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【たぶん】フーパ『フーパ、サートン、たすける!』【劇場版】

 ▼ 1 15/08/13 18:49:45 ID:l8bFfsPI NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ポケットモンスター。

略称「ポケモン」。

この地球に生息する、ふしぎな生き物たち。

空に、水のなかに、そして大地に・・・

きっと世界中のいたるところに、その姿を目撃できるだろう。
 ▼ 294 15/10/22 21:43:02 ID:HC7LVayg [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
紫色の視線がすぐに逸らされた。

精一杯に隠していたつもりだったのだろう、

その面持ちの影が一気に濃くなった。

バルザとメアリの顔もまた明らかに張り詰めている。

すこしの沈黙の後で、フーパは弱々しい声を震わせた。

フーパ「フーパ……"戒め"……」

100年も封じられた本来のチカラがその身に戻った。

とはいえ、旅人グリスがフーパに課した"戒め"が解けたことには繋がらない。

フーパ自身がその"戒め"を悟ったのかどうかは、まだ分からないままだ。

最悪の場合、フーパはこの空間と同じ運命を辿ることになるだろう。

それでもサトシは、その口許に微笑みを滲ませた。

サトシ「やってみないと、分からないじゃないか……」

その右手が壺のフタに伸びていく。

サトシ「大丈夫だ。俺はフーパを信じる」
 ▼ 295 15/10/22 21:49:22 ID:HC7LVayg [2/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そう言い終わると同時に、ぽんと、壺の封が解かれた。

そして柔らかな気流とともに、淡い輝きを放ちながら、

フーパの本来のチカラがその壺のなかに吸い込まれていった。

フーパ「サートン」

再び小さな姿となったフーパ。

その翠の瞳を泳がせながら、サトシの前に降り立った。

彼もまた何も言わずに、その頭をそっと撫でつける。

そして身体の向きを変えて、メアリの元に歩み寄っていった。

"いましめのツボ"を彼らの元に返すために。

メアリ「サトシくん……」

長いまつ毛がかすかに震える。

また近くで、瓦礫が剥がれていく音が響いた。

サトシはそれに表情を変えず、しっかりと屹立している。
 ▼ 296 15/10/22 21:55:54 ID:HC7LVayg [3/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その琥珀色の瞳に、言葉が喉の奥でひっかかってしまった。

メアリは耐えがたい胸の痛みを抑えつけると、

バルザが不意に、彼女の肩のうえに片手を置いた。

バルザ「メアリ、サトシくんの言うとおりだ。俺たちもフーパを信じよう」

その言葉に、メアリは黒い髪を揺らして顔を合わせた。

メアリ「兄さま……」

バルザの瞳に宿っている決意の色を見て、メアリは息を呑む。

そうだ。これは兄妹の望みでもある。

メアリはきゅっと唇を噛んで、強く頷き返した。
 ▼ 297 15/10/22 22:01:28 ID:HC7LVayg [4/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ぴかぴ」

サトシの足元で、ピカチュウがカーゴパンツの裾を指で引っ張った。

その顔を持ち上げて、じっと琥珀色の瞳を食い入るように見つめている。

その面差しに、サトシは笑みを沿えてゆっくりと片膝を突いた。

慣れた手つきで腰のボールホルダーを外し、相棒に手渡してから、

右手で赤い帽子を掴みあげて、ぽすんと、相棒の頭に被せた。

黄色い両耳が、自然と垂れていく。

サトシ「ピカチュウは先に行っててくれ……な?」

そう囁くと、指先で赤い頬をくすぐるように撫でる。

電気技の使いすぎで筋肉が凝っているのだと分かって、

小さな苦笑を漏らした。

ねずみ「ぴかぴ」

ピカチュウは口唇をぎゅっと結んだ。

瞳を閉じて、その温もりに何度か頬擦りをしてから、

なにかを断ち切るように踵を返していった。
 ▼ 298 15/10/22 22:07:32 ID:HC7LVayg [5/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
遠ざかっていくピカチュウの背中に、

サトシは胸に棘が刺さったような痛みを覚えた。

相棒がリングの内側に駆けていくその姿を、この目でしっかりと捉えてから、

腹の奥からせり上がってくる熱いものを飲み込んだ。

すると青年バルザも顔を引き締めて、妹に向かい合った。
 ▼ 299 15/10/22 22:11:55 ID:HC7LVayg [6/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
バルザ「メアリも、先に行っててくれ……」

メアリ「兄さま!?」

メアリの全身がびくりと震えた。

胸元の首飾を握り、ふるふると首を振って拒もうとすると、

バルザはそっと息を吐きながら笑った。穏やかな声だった。

バルザ「向こう側で、フーパを迎えてほしいんだ」

メアリ「――ッ」

メアリは痛感する。

バルザはきっと、妹が体力的に限界であるのを見破ったのだろう。

視界が歪むなか、溢れる思いを押し止めて小さく頷いた。

メアリ「フーパ、兄さま、サトシくん……待ってるからね!」

精一杯の笑顔を浮かべて、メアリは駈け出した。
 ▼ 300 15/10/22 22:15:18 ID:HC7LVayg [7/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その直後に、リングがまたすこしだけ狭まっていく。

バルザは表情を固めて、両の手を胸の前に突き出した。

バルザ「サトシくん。おれは後ろからバックアップする!」

弱まっている精神力でも役に立つのであれば、

青年バルザはその身に残されているわずかな気を高めていく。

サトシ「お願いします!」

サトシも改めて心を決して、フーパを胸に抱き寄せる。

そして顔を曇らせるフーパに向かって、ニカッと笑った。

大丈夫だと、必ずできると、そう励ますようにぎゅっと腕に力を込める。

その思いが伝わったのだろう、フーパもリングに目を凝らした。

真剣な表情だった。

フーパ「うん! フーパ、行く!」

それを合図に、サトシは地面を蹴りあげた。

サトシ「行くぜ!」
 ▼ 301 15/10/23 22:30:48 ID:BoB4Oa8k [1/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
空間が歪みゆくなか、サトシはリングに向かって勢いよく走り出した。

しかしその次の瞬間、"戒め"の制約が透明な膜となって、

サトシとフーパを力強く跳ね返した。

その衝撃で地面のうえに転がってしまい、摩擦音が響いた。

サトシ「――ッ」

軽く後頭部を打つとともに、サトシの背中に鋭い痛みが走る。

さらに何かがつう、とそのうえを伝った。

サトシは両目を眇める。

どうやら乾いて固まった血の塊りが剥がれてしまったらしい。

フーパ「サートン!」

サトシ「へへ、俺は平気だ……」

サトシは片目を閉じて笑い、飛び上がるように立ち上がった。

サトシ「もう一度だ、フーパ!」
 ▼ 302 15/10/23 22:39:55 ID:BoB4Oa8k [2/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あくまで落ち着いた口調だった。

すこしでも不安を抱いたら、目の前のことに集中できないからだ。

フーパ「うん!」

サトシ「よし、行くぜ!」

不快な音を立てるリングに向かって、サトシたちは飛び込んだ。

だが再び、あの透明な膜が出現し、フーパとサトシの身に衝撃が走った。

空気が重く唸る。

それでもサトシは踏み止まるためにその両足に力を込めると、

メアリの声が耳元に届いた。

メアリ「サトシくん……!」

サトシ「!」

メアリが伸ばしているその右腕を、サトシは掴もうと一心不乱になる。

しかしその指先と指先が触れた瞬間、

サトシとフーパはまた、押し戻されてしまった。
 ▼ 303 15/10/23 22:47:10 ID:BoB4Oa8k [3/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そのまま地面に打ち付けられ、苦悶の声が漏れる。

サトシはすぐに右手を突き、呼吸を整えながら立ち上がった。

痛みに悶絶している場合ではない。

リングの縮小がさらに進行してしまい、

すこし宙に浮かんでいるような状態になっているのだから。

サトシ「負けるもんか!」

サトシは大きく息を吸い込んでから、鋭い呼気とともにリングを睨みつける。

三度目の正直だ。

気合の声をあげて、サトシは向こう側の空間に右足を踏み入れた。

そのまま大きく左腕を伸ばしていく。

メアリもその手を掴み、弾き飛ばされぬように力の限りに引いた。

すると先程よりもサトシとフーパの身体が、徐々にリングを通過し始めた。

それと同時に、透明な膜も伸びていく。
 ▼ 304 15/10/23 22:54:50 ID:BoB4Oa8k [4/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
だが決して気を緩めるな。

シトロンたちがリングを掴んで必死に抗うなか、

メアリはさらに手と腕に力を籠めた。

かれらを必ず脱出させてみせる。その強い思いを胸に抱き、

メアリは全力を振り絞ってその手を引っ張り上げようとする、その矢先だった。

サトシ「……!」

サトシの腕のなかにあったはずの重みが、消えた。

その身体は引張力に従ってその空間と空間を渡っていった。

一瞬、何が起きたのか分からなかった。

どくんと、心臓の音がサトシの全身に伝わっていく。

すぐさま上半身を起こした。そして、ハッと息を引き切った。

琥珀色の両目が限界まで見開いたまま、

その背筋に冷たいものが這い上がっていくの感じた。

その視界に映り込んだのは、空っぽになった手のひらだった。
 ▼ 305 15/10/23 22:59:52 ID:BoB4Oa8k [5/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
なにかもが遠ざかった。

ただあの小さな手の感触だけが、脳裏に焼きついて離れない。

けれど瞬く間に、馴染んできたそれがこの手から奪われていくのだ。

視界が霞む。口のなかが痙攣した。

サトシは消えゆくその感触をすこしでも繋ぎ止めるために、

その右拳を硬く握りしめる。

そして骨が軋むまで地面に叩きつけた。

サトシ「待ってろ――!」

背後からの聞こえてくる呼び声を振り切り、

その身に沸き立つ感情のまま、狭まっていくリングのなかに飛び込んでいった。


 ▼ 306 15/10/23 23:07:46 ID:BoB4Oa8k [6/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



*+*+*+*


重々しい轟音が絶え間なく鳴り渡っているこの空間に降り立ったサトシは、

愕然とその周囲を見渡した。

空間の消滅はもう、間近だった。

リングとの助走距離も確保できるか怪しいほどで、

残されていたその足場も、あの黒ずんだ液体によって

次々と砕かれては蒸発している。

もう残り少ない時間が刻々と迫ってくるなか、

サトシはフーパとバルザの眼前でその片膝を突いた。
 ▼ 307 15/10/23 23:15:04 ID:BoB4Oa8k [7/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
サトシ「フーパ……」

青年の腕に抱かれているフーパは、ぐったりとしていた。

3度の挑戦で、体力を消耗しているのだと容易に推測できた。

フーパ「サートン……バルザ……」

今にも泣き出しそうなのを無理に抑え込んでいるその声に、

サトシは右手を爪が食い込むまで握り込む。

サトシ「ごめん……手を、離して……」

フーパは力なく視線を落として、首を振った。

そして翠の瞳を潤ませながら、ぽつりと呟いた。
 ▼ 308 15/10/23 23:22:07 ID:BoB4Oa8k [8/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーパ「もう……いい……」

嗚咽交じりのそれは、サトシの胸を深くえぐるのに十分な言葉だった。

フーパ「サートン、もう行って……バルザも……」

サトシは愕然とその喉をひきつらせ、バルザも厳しい顔で下唇を噛んだ。

手足の先が氷のように冷え切っていくのを感じる。

逆に、目頭が熱くなるのを感じた。

その琥珀色の視界に映り込むその悲痛な表情に、

サトシはわなわなと首を振る。

サトシ「嫌、だ」

耐えきれなくなった。

胸中からこみ上げてくる激情が、喉から迸っていく。

サトシ「俺は嫌だ! もう二度と、お前を、"影"を、ひとりにさせるもんか!」

フーパ「……!」
 ▼ 309 ルトロス@メンバーズカード 15/10/23 23:33:34 ID:BoB4Oa8k [9/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
バルザが瞠目し、フーパもその言葉に身を震わせた。

サトシ「フーパ……」

サトシはたまらなくなって震えるその右手を伸ばし、

瞳に涙を湛えているフーパの頬に触れる。

その琥珀色の眼差しが、その心を大きく揺さぶったそのとき、

不意に、フーパの頭のなかで思い出が走馬灯のように駆け巡った。

旅人グリス。バルザとメアリ。アルケーの人々。かれらとの生活の日々。

そして、サトシたちとの出会い。

たくさんの思い出が蘇えれば蘇えるほど、フーパのまぶたが震えた。

なにかをすがるように頬にある温もりに手を重ねる。

フーパ「帰りたい……」

琥珀色と翠の視線が絡まる。

その全身にあふれてくる感情に任せて、フーパは声を絞り出した。

フーパ「フーパ、みんなのところに帰りたい……!」
 ▼ 310 15/10/24 14:41:45 ID:GzoKQJ7Q [1/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
涙混じりのフーパの叫びがこの歪んだ空間に反響した、そのときだった。

サトシ「……!」

バルザ「これは!」

バルザの胸元の首飾りが、突然、今引きの輝きを放ち始めたのだ。

青年の体力はほぼ底をついているのにも関わらずに、

その輝きがみるみるうちに濃くなっていく。

サトシは反射的に目を守った。

その刹那、膨れ上がったその金色の光が、

燦然と飛び散っては、この歪んだ空間を満たしていった。

するとあの黒ずんだ破壊の波が、その進行を止めたのだ。

まるで時間が停止したかのようだった。

そのおかげで、リングの縮小も制止する。
 ▼ 311  誤字 15/10/24 14:45:09 ID:GzoKQJ7Q [2/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
× バルザの胸元の首飾りが、突然、今引きの輝きを放ち始めたのだ。

◎ バルザの胸元の首飾りが、突然、金色の輝きを放ち始めたのだ。
 ▼ 312 15/10/24 14:47:00 ID:GzoKQJ7Q [3/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その眩い光景に胸を突かれながらも、バルザはその黄金の首飾りを凝視した。

体の中央が熱い。心臓が興奮したかのように脈打っている。

けれど、苦しくなかった。

体温が上昇すればするほど、高鳴れば高鳴るほど、

その全身からチカラが漲ってくるのだ。

バルザは荒ぶる首飾りをぎゅっと握りしめ、深い吐息をこぼした。

バルザ「サトシくん、フーパのことを頼む……」

視界を埋め尽くすほどの光がバルザを中心に収束するなか、

フーパをサトシの腕のなかに預けてから、強く叫んだ。

バルザ「俺が必ず、フーパをアルケーの谷に連れて帰る!」

サトシ「バルザさん……」

きっと、これが最後のチャンスになる。

サトシはその腕のなかにある小さな存在をぎゅっと抱きしめてから、

大きく頷き返した。
 ▼ 313 15/10/25 16:33:30 ID:QZzQK9ok [1/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
サトシ「フーパ、帰るぞ!」

フーパ「うん!」

血潮が体内で燃えるようにたぎるなか、地を蹴った。

サトシ「行っけぇえええええ――!」

少しの助走。そして沈み込んだ体勢から、

サトシはリングの向こう側へとその身を躍らせた。

すぐに左腕を伸ばし、メアリの手を掴んだその刹那、

大音響とともに凄まじい衝撃が、サトシとフーパの全身に叩き込んだ。

琥珀色の瞳が見開く。負けるわけにはいかない。

全身に駆け抜けるその衝撃を吹き飛ばそうと気合の声を張り上げ、

フーパを抱きしめるこの右腕に力を込める。

かれらのその背中を、バルザが奥歯を噛み締めながら後押ししていく。
 ▼ 314 15/10/25 16:40:44 ID:QZzQK9ok [2/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
全神経を研ぎ澄ませ、高ぶる感情のままに絶叫した。

それに呼応するかのように、首飾りの輝きが一際強まっていく。

シトロンも、セレナも、ユリーカも、メアリとともに、

サトシの腕を握り、引っ張り出そうと身体を後ろに反らした。

弾き飛ばされないように。押し戻されないように。

みんなの必死な想いが、透明な膜をゆっくりと引き伸ばしていく。

それをサトシは肌で感じ取り、

右手に全神経を、最後の集中力をかき集めるべく、大きな息を吸い込んだ。

サトシ「フーパ……"戒め"を、乗り越えろぉおおおおお――ッ!」

フーパ「フーパ、帰る! 絶対に帰る――!」

そうだ。みんなのところに帰るんだ。
 ▼ 315 15/10/25 20:28:11 ID:QZzQK9ok [3/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
サトシの叫びとフーパの心が絡み合い、満ち溢たそのときだった。

あの透明な膜が柔らかくなり、音を立てて破裂したのだ。

そのまま転がり落ちると、フーパはすかさず飛び上がって、

バルザに向かってその小さな手を伸ばした。

フーパ「バルザ!」

バルザ「……!」

手を掴み、力の限りにバルザの身体をこちらへ引っ張り出した。

一瞬だった。そして遂に、空間が消滅した。

それから地面に座り込んだまま、数十秒の沈黙が流れた。
 ▼ 316 15/10/25 20:36:16 ID:QZzQK9ok [4/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
荒い息を繰り返しながら、全身から力が抜け落ちるのをただ感じていると、

サトシの口許から何かが零れた。まるで音を刻むような響きだった。

サトシ「フーパ」

その呼び声に、フーパはぴくりと反応する。

ゆっくり振り返ると、琥珀色と翠の視線が交差した。

そこで、すべての感覚が鮮明になっていった。

空気の匂い。風の音。日射しの感触。視界に映り込む鮮やかな色彩。

そして、身体中からこみ上げてくる温かいもの。

サトシ「フーパ!」

気付いたときにはすでに、サトシはその小さな身体をこの胸に抱き寄せていた。

思いっ切り叫んでいた。

サトシ「よく頑張った! よく、頑張った!」

フーパ「サートン……」

感極まったその声音に、フーパは瞳を閉じてその胸に顔を埋める。
 ▼ 317 15/10/25 20:45:40 ID:QZzQK9ok [5/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ねずみ「ぴかぴ」

不意に、その足元から鳴き声がやさしく聴覚を揺らした。

サトシはフーパを抱きしめがら振り向くと、相棒の姿があった。

赤い帽子が大きいからか、その頭から今にも落ちてしまいそうだ。

サトシ「ピカチュウ……」

ねずみ「ぴかぴ、ぴかちゅう……」

漆黒の瞳を見つめて、サトシはさらにその表情を綻ばせると、

頭上から柔らかく降りそそぐ一筋の光に気がついた。

琥珀色の瞳がすこしだけ開かれる。

アルケーの一族が身に着けているあの首飾りと同じ輝きだった。

サトシは一度目を閉ざし、すーっと息を吸い込んでから、

引き締めた表情で空を見上げた。
 ▼ 318 15/10/25 20:51:10 ID:QZzQK9ok [6/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その視界に飛び込んできたのは、

伝説たちよりも遥か上空で佇んでいる創造神・アルセウスだった。

その輝きを大空が吸収して、黄金色に輝いていた。

威風堂々たるその姿に、シトロンたちや周りの人々も声を呑むなか、

バルザとメアリは感謝の意を込めて深く深くお辞儀した。

バルザ「来てくださったのですね……感謝します……」

それに応じるかのように、胸元の首飾りが淡い光を放つ。

そしてアルセウスは雄大な空を駆けるように、雲海の彼方へと去ってしまった。

そのときに巻き起こった風が、サトシの黒髪を揺らして通り過ぎていく。

サトシ「ありがとう……アルセウス……」

ねずみ「ぴかちゅう……」

穏やかな笑みを浮かべて、サトシはそう呟いた。


 ▼ 319 15/10/26 12:56:53 ID:9jSHrfOo [1/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



*+*+*


キャモメの群れが海鳴りに合わせて、

白い渦巻を描くかのように飛んでいるなか、

伝説のポケモンたちはそれぞれの住処へと帰っていった。

時間や空間、反転世界など、その帰路はさまざまだ。

その刹那、磯の香りがする風がふわりと吹かれると、

黒いレックウザはルギアに向かって鳴き声をあげた。別れの挨拶だ。

それからサトシたちの姿をその眼に収めながら、

何度か空中を旋回すると、成層圏へと舞い上がっていった。
 ▼ 320 15/10/26 13:08:00 ID:9jSHrfOo [2/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ルギア『優れたる操り人……』

その名前を呼ばれて、サトシは靴音を鳴らしながら前へ出た。

しばしの間、お互いの姿を見つめ続ける。

銀色の羽に覆われたその麗しい姿に吐息を漏らしながら、

サトシは柔らかく首を横に振った。

サトシ「ルギア。俺はまた、お前と出会えることを願う」

静かな声音が風に乗っていく。

その琥珀色の瞳に、ルギアはその頬を緩ませた。

ゆっくりと白い翼をはためかせると、その身体がふわりと持ち上がる。

ルギア『私も、そう願おう……』

滞空飛行から一気に海中に飛び込んでいった。

壮大な水飛沫と、あの美しい海の声を残して。
 ▼ 321 15/10/26 15:01:10 ID:9jSHrfOo [3/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
水面に生じた波紋が波と交錯し、やがて消えていくその様子を、

サトシは潮風を肺にたっぷりと送りながら、いつまでもいつまでも眺めていた。

ふたたび静かに寄せてくる波に、琥珀色の瞳を閉ざして、

その口許に深い笑みを刻む。

それから爽やかな風とともに、サトシは背後に振り返った。

サトシ「ポケモンセンターに戻ろうぜ……」

しかし、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
 ▼ 322 15/10/26 15:29:18 ID:9jSHrfOo [4/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その目蓋が重たく閉じていく。足取りも不安定になり、

その身体が糸が切れたかのように崩れ落ちる。

ねずみ「ぴかぴ!」

ラティオス「ふぉおおおお!!」

ラティオスが咄嗟に≪サイコキネシス≫を発動し、

サトシの身体が地面に叩きつけられるその寸前で守った。

気を失ったらしい。手足が力なく投げ出されている。

ぐったりとしたその身体を支えようと、

ラティオスが腕を伸ばしたそのとき、紅色の双眸が驚愕の色を浮かべた。

それに弾かれたようにラティアスが傍に駆け寄り、

促されるまま、サトシの額に片手を乗せる。

熱かった。顔が火照っており、そのうえには脂汗が浮かんでいた。

息も荒く、悪寒を感じるのか全身が震えている。
 ▼ 323 15/10/26 15:37:29 ID:9jSHrfOo [5/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ねずみ「ぴかぴ! ぴかぴ!」

フーパ「バルザ、サートンが!」

バルザもすかさず駆け込みその容態を確認する。

バルザ「……ッ」

右腕の皮膚の一部が紫色に膨れ上がっていた。

青いシャツが伝わってくる凝血の感触に、心臓が跳ねる。

それをめくると、黒シャツに付いた血が目に飛び込んできた。

背中には深い傷跡が走っており、

その肌のうえに流れ止んでいた血液がこびりついていた。
 ▼ 324 15/10/26 15:40:18 ID:9jSHrfOo [6/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
それらの傷口から細菌が入り込んだのだろう。

体温調節中枢が狂ってしまい、体全体が悲鳴を上げているのだ。

一種の生体防衛反応とはいえ、これはマズイ。

ねずみ「ぴかぴ、ぴかちゅう!」

バルザ「早くドクターに診せないと!」

両腕でサトシの身体を横抱きにすると、バルザはフーパに向かって大きく叫んだ。

バルザ「リングでポケモンセンターに繋いでくれ!」

フーパ「うん!」

言われるがままに、リングの能力を発動した。



 ▼ 325 15/10/26 22:54:29 ID:9jSHrfOo [7/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



*+*+*


サトシがあのあとポケモンセンターに運ばれてから、

すぐに治療室へと移動させられた。

傷口の清浄、ステロイド剤・鎮痛剤の投与、点滴の処置などなど、

さまざまな治療のフルコースを施された。

だがサトシ本人はそれ自体記憶に残っていない。

それほどまでに意識が朦朧としていたのだ。
 ▼ 326 15/10/26 22:57:49 ID:9jSHrfOo [8/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そして、ジョーイと医師は眉間に深いシワを寄せてこう告げた。

しばらくの間は絶対に安静だと。

体温計の数値が「41.8度」を示してしまったので、当然だった。

あとは自然治癒力が及ぼす身体の負担をいかに軽減させるか、だ。

氷枕がぬるくなったらその中身を入れ替え、適度に汗を拭い、

アルコールで湿した脱脂綿で傷口を消毒しては、また氷枕を取り換える。

ピカチュウとフーパは寝食を忘れてサトシの看病に没頭し続けた。

そしてその成果は、四日目の朝にあらわれる。

カーテンの隙間から射しこむ柔らかな朝日に、ピカチュウの意識が浮上すると、

頭のうえになにか暖かなものが触れてくるのに気づいた。

その心地好さにしっぽを揺らすも、すぐに離れてしまう。

ピカチュウは物寂しさを覚えてぱちりと目を開けると、

サトシがフーパの頭を撫でながら、こちらに視線を送っているその姿が視界に映った。

サトシ「おはよう、ピカチュウ……」

ねずみ「ぴかぴ」
 ▼ 327 15/10/26 23:02:00 ID:9jSHrfOo [9/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その顔に憔悴の色が浮かんでいたが、サトシはニカッと白い歯を見せた。

その笑顔に、胸のつかえが取れていくのを感じる。

ああ、症状が軽くなったんだ。

溶けるような安堵感のなかに落ちていくなか、

ピカチュウは思わずその大きな胸に飛び込んだ。



まだ微熱が残っていたが、軽い会話ならできるまでにサトシの体力が回復していた。

スタッフが運んできた胃にやさしいポタージュを、

サトシはやけどしないように注意しながら口許に運んでいると、

不意に、フーパにこう問いかけた。

サトシ「フーパはアルケーの谷に帰るんだよな?」

フーパ「ふぱ……」

翠の視線が右へ左へと揺れ動いていた。

おや? とサトシは不思議そうに見つめる。

どうやらこれからのことをまだ考えてはいなかったらしい。
 ▼ 328 15/10/26 23:05:59 ID:9jSHrfOo [10/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーパは思案顔で手を抱え込んだその数秒後、

ふわりと宙に浮かんで、ベッド際の大きな窓に身を寄せた。

フーパ「ううん! フーパ、あれ直す!」

フーパが指差したところは、デセルタワーの跡地だった。

状況を調べてきたバルザが言うには、そこはすっかりと荒れ果ててしまい、

風が吹いてしまうと粉塵が巻きあがる有様だったらしい。

サトシ「ビルを立て直すのか?」

ねずみ「ぴ〜か?」

首を傾げてそう確認すると、フーパは元気よく頷いた。

気合充分だと言いたげにクルリと旋回するそのちいさな姿に、

サトシは口唇をほころばせた。

そして手を伸ばして、ぽんっとその頭のうえに置いた。

サトシ「そっか!」

そう遠くない別れが刻一刻と近付いているのだと感じながら、

サトシはピカチュウとともに、フーパと笑顔を交わしあった。
 ▼ 329 15/10/26 23:06:54 ID:9jSHrfOo [11/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


〜Fin〜


フーパの成長を見届けていただき、ありがとうございました!
 ▼ 330 15/10/26 23:07:47 ID:9jSHrfOo [12/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
わからない描写・解釈、また質問(疑問)などがありましたら遠慮せずに。
 ▼ 332 ュウコン@きれいなウロコ 15/10/28 20:01:40 ID:YyxvaNto NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
終わってたのか

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