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SS

【SS】微笑みの怪盗

 ▼ 1 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 21:50:18 ID:DPc.hpuQ [1/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
遠くでサイレンの音が聞こえる。

……事故か何かだろうか?
この街にしてはやけに騒がしい。

男はぼんやりと思考を巡らせつつ、店内の紳士淑女に営業スマイルを向ける。

まばゆい光を放つ宝石類。
思わず目が止まる程の細かな装飾が施されたジュエリー達は、ショーウィンドウからも十分にその価値を見せつけていた。

「お客様、そちらのパールをお買い求めですか?」

「……」

近くにいた背広の男はこちらに目もくれずにショーウィンドウを見続けている。
 ▼ 2 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 21:52:08 ID:DPc.hpuQ [2/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そちらのパールはですね……混じりっ気のない純度100%のものでして! 国内でも貴重な大粒の純粋パールなんです」

「……」

全く無愛想な客だな。
こういった店には慣れていないのか?
だったらこちらからそれらしいアプローチをしてやろうじゃないか。

男は背広の男の腕に注目した。

「お客様そちら有名ブランドの腕時計ですよね、とてもお似合いで……」

手首をほんの少し掴んだ途端、目の前が煙に覆われた。
 ▼ 3 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 21:53:05 ID:DPc.hpuQ [3/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
へ? と店員の男が思考を止めていると背広の男はどこへやら。
そこには目尻の上がった黒いポケモンがいた。

「なっ、なんだこいつ!?」

「……ゾロアーッ!」

黒いポケモンは鳴き声を上げつつ黒い波動を店内に解き放つ。

店内から悲鳴が上がる。
 ▼ 4 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 21:53:59 ID:DPc.hpuQ [4/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ゾロッ、ゾロアーッ!」

黒いポケモンが店内のガラスを割り、派手に暴れ回っている。

男は慌てて非常ベルを鳴らす。

ジリリリリリリリリリリ……!

店内が震え、人々が耳を塞ぐ程のけたたましい音が鳴る。

「こっ、こっちへ来るわ!」

「もしもし!? 警察ですか今ポケモンに襲われていて……」

「あの黒い奴をどうにかしろ!」

あらゆる声が錯綜する。
非常ベルを聞きつけた警備員が現れた。

「何事だ……行け! ゴーリキー! 捕まえろ!」

彼らのボールから勢いよく筋肉質のポケモンが飛び出た。
 ▼ 5 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 21:54:48 ID:DPc.hpuQ [5/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
黒いポケモンはひょいひょいと素早く店の中を駆け巡る。
さながらこちらを煽っているようだ。

「捕らえろ! 押させつけるんだ!」

「ゴウッ!」

複数のゴーリキー達の拳が黒いポケモンに迫る。

「ゾロッ!?」

素早い身のこなしで迫り来る筋肉をかわしていたが、ついに一発ぶち当たった。
いいぞゴーリキー達。
そのままとっちめてしまえ。

「よし、そのまま押させつけろ!」

ぱしゅん。
そんな音がして黒いポケモンが消えた。
 ▼ 6 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 21:55:39 ID:DPc.hpuQ [6/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「消えた……?」

直後にゴーリキー達の頭上に現れたのは違うポケモン。

あれはフーディンだ。
しかし何故……?

フーディンは折り重なったゴーリキー達に降り立つ間もなく姿を消した。
テレポートを使用したのだろう。

途端に店内が静寂に帰った。
ショーウィンドウを割った音はしなかった。

「何だったんだ……」

男は緊張の糸が切れたのかずるりと壁にもたれかかった。

「しょ、商品は……商品は無事かね!?」

店長が叫んでいる。

「大丈夫です、ショーウィンドウは一つも割られてないでしょう」

男は落ち着いた声で言い渡す。
 ▼ 7 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 21:56:41 ID:DPc.hpuQ [7/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
店の商品を守る大事なものだ。
そんじょそこらの野生ポケモンが暴れ回って割れるような代物では無い。

念の為だ。
店内のショーウィンドウをぐるりと一周する。
ダイヤの指輪もプラチナのネックレスもあのポケモンが見つめていたパールも無事だった。

なんだ、なんてことはないじゃない……か?
安心しようと最後に目を向けたところではたと青ざめる。
 ▼ 8 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 21:57:24 ID:DPc.hpuQ [8/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
確かにショーウィンドウのガラスは割られていない。傷もついていない。
だが、あるべき物がなかった。

「ここにあった……あのブローチがない」

あの黒いポケモンが見つめていたパールの真反対のショーウィンドウ。ウチの看板商品のあのブローチだけが忽然と姿を消していた。

店長と警備員が青くなっていく。

「盗まれたんだ」

警察が現場に到着したのは通報から二十分も後のことだった。
 ▼ 9 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 21:58:15 ID:DPc.hpuQ [9/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ちょろいものだったな」

「ゾーロッ!」

白髪混じりの壮年の男。
隣には壊れた脱出ボタンを持ったゾロアーク。

その手に収まっているのは先ほどまでショーウィンドウに収まっていたきらびやかな宝石が施されたブローチ。

「ま、僕の手にかかればこんなものさ」

自信と満足に満ちた笑みで、男は盗んだブローチを丁重に再びハンカチで包みこんだ。
 ▼ 10 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 21:58:59 ID:DPc.hpuQ [10/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「フーッ……」

顔に疲れを滲ませたフーディンがぱっと空中から現れる。

「おう、帰って来たか」

男が二体に労いの言葉をかけボールに戻す。

「さて……僕もさっさとおいとまさせてもらうとしよう」

ボールをポケットにしまい、男は白髪混じりの顔面を剥がし帰路へと歩き始める。

男は世間では「怪盗」と呼ばれていた。
 ▼ 11 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 21:59:57 ID:DPc.hpuQ [11/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「お帰りなさいませ」

怪盗を出迎えたのは落ち着いた雰囲気の若い女性だった。

「ああ、ご苦労さん」

「ま、今回結果的には君の手を借りるまでもなかったけどね」

「……とりあえず無事帰られて何よりです」

「夜だってのに暑いな、コーヒー淹れてよ」

怪盗は白のシャツをパタパタと大げさに扇いでいる。

「ホットで宜しいですね?」

「アイスに決まってるだろ……どこに熱帯夜から帰った主人をホットコーヒーで出迎える助手がいるのさ」

「ここに」

おります、と「助手」と呼ばれた女性が至って真面目な顔で佇んでいた。
 ▼ 12 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:00:57 ID:DPc.hpuQ [12/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そうだな……悲しいけど君ならやりかねない、そういう奴だ」

やや大げさに首をふり悲しみを嘆く。

「冗談ですよミスター、少しお待ちください」

「君にはユーモアのセンスがほしのかけらほども無いな」

「ユーモアは心得ておりませんので」

「全くだ……あ、これ今日のゴミな」

怪盗はやれやれと着ていたスーツと手袋を脱ぎ捨て、壊れた脱出ボタンを助手に手渡した。
脱出ボタンを受け取った助手が脱ぎ捨てた衣類を拾い集め、彼女の隣にいたサーナイトにお茶の用意を指示する。
 ▼ 13 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:02:20 ID:DPc.hpuQ [13/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
カタカタとサイコキネシスでカップとドリップコーヒーセットが運ばれてくる。

奥のキッチンでは助手が野菜嫌いの主のためにあらかじめこしらえたであろうローストビーフを切り分けていた。

「どうぞ」

きちんと切りそろえられたローストビーフの皿。
その前でナプキンを着け手を合わせる。

「ふぅ……いただきますと」

ゾロアークとフーディンもそれぞれボールから出て、既に助手お手製のポケモンフーズを頬張っている。

肉片を次々に口に運ぶ怪盗の横で、サーナイトがこごえるかぜで冷ましたコーヒーを淹れていた。
 ▼ 14 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:03:11 ID:DPc.hpuQ [14/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「それで今日の仕事は」

真向かいに座る助手が抑揚のない声で切り出す。

「ああ、そりゃもういつも通りに……ゾロアーク達が撹乱してその隙に僕がちょちょいとさ」

シャツのポケットから先ほど包んだハンカチを取り出した。
助手はそちらに目線をやったが特に中身に興味はないようだった。

「ま、暇つぶしみたいな仕事だったからね」

「それでも私に警察の足止めはさせたでしょう……必要なかったようですが」

「念の為だよ、飽きるくらい念には念を入れなきゃ怪盗なんてやってられないから」

「まぁそうですが……」
 ▼ 15 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:04:07 ID:DPc.hpuQ [15/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「しかし……貴金属に興味のない貴方がジュエリーショップに入るなんて」

「珍しいですね、間違えてウイのみでも食べました?」

「失敬な……君こそまだ気づかないのか?」

「何がです」

「今日」

もったいぶった仕草でひらりとフォークを助手へと向ける。

「今日……本日ですか? 火曜日ですねヒウンにいけばアイスが買えますよ、だいぶ並びますけど」

「そうじゃなくてさあ」

「君、一応女性だろう? 普通は記念日とか気にする質だろう?」
 ▼ 16 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:05:38 ID:DPc.hpuQ [16/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「全く」

助手は微動だにせず即答する。

「あーあなんで僕の助手はこう、無愛想で繊細さに欠けるんだろうか」

「手持ちのサーナイトはこんなに可愛らしいのにな」

おお、神よと大仰に頭を抱えたかと思えば、コーヒーのおかわりを注いでくれたサーナイトの手を握り、冷めた目を助手へと向ける。

「私もサーナイトは可愛いと思います」

助手は無表情にズレた共感をしている。サーナイトが二人の間で照れた笑顔をしていた。
怪盗はそんな助手を無視して話を続ける。
 ▼ 17 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:06:30 ID:DPc.hpuQ [17/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「今日はさ」

「君が僕のところに来て三年が経つ日なんだ」

助手は変わらず無表情だったがややあってへぇ、とらしくない小さな声を漏らした。

「……もうそんなにですか」

「そんなにだよ」

意外と長い付き合いだろ? とフォークに指したローストビーフの切れ端を揺らす。
そして平らげた。

皿の上は赤褐色のソースのみが残っていた。
 ▼ 18 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:08:04 ID:DPc.hpuQ [18/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「だからその記念にと思って」

怪盗は口をナプキンで拭い、包みを差し出した。
助手は包みを受け取るとそっと開きその中身を目にする。

「これ……ブローチですか」

助手の手の中には輝かしい宝石が散りばめられたブローチが煌めいていた。
小さなブローチは、繊細な職人技で美しい曲線を描きながらも翡翠色と緋色、そして純白の宝石の輝きを魅せている。
この配色と曲線の組み合わせはサーナイトをモチーフにしたものであることは助手にも容易に察しがついた。

「それもあのカロスの女優がデザインに関わったブランドの看板商品を」

近づきはせずに、しかし隈無くしげしげと細かな芸術品を見つめる。
 ▼ 19 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:08:58 ID:DPc.hpuQ [19/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ジュエリーは女性……それも美しい女性に身に付けられてこそだろ?」

「君は怪盗の助手のくせに飾りっけがなさすぎる」

怪盗はニヤついた顔をしてはキザったらしいセリフをそれらしい身振り手振りで言ってみせた。

「助手だからですよ」

それらを跳ね除けるようにピシャリと無表情な言葉を放つ。

「私は助手……怪盗の助けを目的にのみ生きる人間です」

「とは言っても仕事中以外はもっと華やかな格好でもいいだろ? 美人なんだからもっと着飾って笑えばいい」
 ▼ 20 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:09:49 ID:DPc.hpuQ [20/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……」

怪盗は変わらずニヤついていたが、助手はそうではなかった。無情な面持ちの中には確かな躊躇いの影を感じさせた。

「別にいいでしょう……私の自由です、まぁしかし」

一瞬湧き上がった複雑な表情はいつもの鉄仮面へと戻った。助手は怪盗へと向き直る。

「強欲な貴方の好意なんて珍しいので……これはありがたく受け取らせていただきます」

「ありがとうございます」

助手が礼儀正しく頭を下げた。
 ▼ 21 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:10:45 ID:DPc.hpuQ [21/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ふん……だったら最初っからそう言えばいいのになぁ?」

首を後ろへもたげフーディンに肯定を求める。
フーディンは小さく息をついただけで何も言わなかった。

言葉は不満げだが顔には微笑みが浮かんでいた。
それはいつも怪盗が浮かべる笑みよりも幾分か優しく見えた。

「ホットコーヒーをご所望で?」

「してない、淹れるな」

助手が空いたカップにコーヒーを注ぐフリをした。
対して怪盗が大きくNOのサインを出す。

「残念……まだまだありましたのに」

後ろではフーディンとサーナイトがお互いに苦い微笑みを交わしていた。
 ▼ 22 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:12:19 ID:DPc.hpuQ [22/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……三年ですか」

私は自室で一人呟いていた。

三年前の私が聞けば驚いて声も出ないに違いない。

どんなに落ち着いて状況を整然と好意的に話したとしても、自分から進んで怪盗の助手になって盗みの助けをしている、なんて話は絶対に信じないだろう。

あの人と出会った時。
父だった人に捨てられた時。
初めてポケモンをもらった時。
初めて「ご令嬢」「お嬢様」以外の名で呼ばれたあの時……

様々な記憶が降っては消えていく。
 ▼ 23 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:13:03 ID:DPc.hpuQ [23/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
『笑えよ……もっと笑って過ごしたらいい、そしたら自然とどうでもいい気分になる、人間って単純だぜ?』

過去のあの人の言葉。

笑えと言われても私には喜びを表す表情が、歓喜を感受する心が欠けてしまった。

幼少期、それでも周りの大人達は私に笑顔を要求した。
「ご令嬢」には必需品だったからだ。

……いつしか顔には冷たい笑顔の鉄仮面を付けるようになっていた。

しかし、あの人はそれを嫌った。
 ▼ 24 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:13:51 ID:DPc.hpuQ [24/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「サナ?」

いつの間にか、ボールから出ていたサーナイトが心配そうにこちらを覗いていた。
ラルトス族は人の感情を敏感に察知するというから、いつも通り私のことを心配してくれているのだろう。

このサーナイトも出会った時にはラルトスどころかタマゴだったのだと思うと何とも感慨深い。

サーナイトともう一体……こちらは今でもやや難ありだが。
二つのボールと今日のブローチをサイドテーブルに置いて眺める。

誰も褒めてはくれない。
しかし確かに過ごした三年間が消えないものとなって存在していた。
 ▼ 25 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:14:43 ID:DPc.hpuQ [25/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「大丈夫ですよ」

一拍置いてまた呟く。

「私は大丈夫です」

それはサーナイトに、というよりは私自身に言い聞かせていた。

「とりあえず寝ましょう……明日もありますから」

薄黄緑色の人の髪のような房に触れて安心させる。
それでもサーナイトは少し不安げだったが半ば強制的にボールへ戻して私も掛け布団に潜り込む。

……さながら怖い現実から目を背ける子供ようだと自分で思いつつも目を瞑った。
 ▼ 26 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:15:58 ID:DPc.hpuQ [26/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「三年、ね」

どこぞの美術商から盗んだ懐中時計を眺めつつ呟く。型番の古い正真正銘のアンティークで、蓋にはミロカロスが精巧に彫られた……僕のお気に入りだった。

もうアイツも寝た頃だろうか。
もしかして僕と同じように物思いに耽ってたりしてな。

アイツは今日も笑わなかった。
いや……笑顔に出来なかったのか。

僕は不満だった。

アイツが……助手があのつまらないぶすっとした顔をしているのが。
そんなに僕はつまらない男か?って迫ってやりたくもなった。

……さすがにそんな不躾な真似はしないが。
 ▼ 27 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:17:02 ID:DPc.hpuQ [27/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
最初はただの小娘……いや、社長令嬢ではあったか。だったのに三年もするとあらびっくり、立派な怪盗の助手になってましたとさ。

正直僕も驚いている。

おおよそ途中で根をあげると思っていたし、まさか僕自身もここまで他人と過ごして居心地がいいと思う日が来るなんて想像もしていなかった。

だからこそ……なのか?
こんなに複雑なことを思ったり考えるようになったのは。
 ▼ 28 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:17:40 ID:DPc.hpuQ [28/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
この月の下に白状しよう。

僕は彼女が羨ましい。
そこには若干の怒りも携えてだが。

それは僕がかつて挫折し、諦めたポケモントレーナーという夢。そのあるべき姿に彼女は至極真っ当に近づいているからだ。

僕は助手として彼女が成長していることに喜びつつも、僕をも越えるトレーナーの才能の持ち主であること……そして何より、自分の悩みだとか心のうちを決して打ち明けないことに内心少し苛ついていた。
 ▼ 29 ェード◆nfYyot98RE 18/09/14 22:18:31 ID:DPc.hpuQ [29/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アイツはいかなる時も感情の凍った笑みで僕を出迎えた。あんな無表情な笑顔で迎えられて誰が喜ぶって言うんだ。

同時に気がついた。

心からの……自らの感情を振るった瞬間なんて今までにないことに。

それからだ。

あの薄気味悪い凍りの微笑みを止めさせて、僕がことある毎に「笑え」なんて言うようになったのは。

そして今日のように笑顔にしてやろうと、嫌がらせついでに試行錯誤し始めたのも。

「くそ、今に見ておけよ……この怪盗に手に入らないものはないんだからな」

低い天井に向かって呟いた言葉は深い夜の静寂に吸い込まれ、そのまま何も聞こえなくなった。
 ▼ 30 ョロゾ@ふたのカセキ 18/09/14 22:59:54 ID:koaMpFUY NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 31 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 17:48:23 ID:bwHcsucI [1/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……今回やけに静かだったな?」

「ですね」

ブローチの盗難から二週間ほど経ったある朝。

怪盗はいつも通りのにたついた顔で小型のテレビ相手にフレンチトーストを頬張っていた。

「有名宝飾ブランドに泥棒が入る……マスコミならもっと食いつきそうな話題ですがね」

助手は自分で淹れた紅茶を啜りながら画面に映る赤サングラスのキャスターの話す言葉を不審がっていた。

連日、追っ手を警戒していたが特に何事もなく過ごせていた。
それどころか普段なら「怪盗ファントム現る!」だのと騒ぎ立てるマスコミがほとんど影を潜めていたからだ。
 ▼ 32 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 17:51:03 ID:bwHcsucI [2/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「おいおい、泥棒じゃなくて怪盗な」

怪盗からのツッコミが入った。

「世間的に同一視は避けられないかと」

「あのな、泥棒と怪盗は根本的に違うんだよ」

「して……その心は」

ずい、と怪盗が助手に迫りよる。
負けじと助手も目線を合わせる。

「捕まるのが泥棒、捕まらないのが怪盗だ」

「さいですか」

それだけ言うと満足した様子で再びフレンチトーストを切り分ける作業に入った。
 ▼ 33 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 17:54:52 ID:bwHcsucI [3/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「いつもなら「怪盗ファントム」なんてダサい名前で呼んで囃し立てるクセにな」

「大体なんだよ「怪盗ファントム」って……頭痛が痛いみたいな名前付けやがって」

「ゾロアークを使うからなんでしょうけれど……そんなに嫌なら自分で別の名を名乗れば良いのでは」

助手が紅茶を淹れつつ提案する。

「予告状でも出すのか? あまりにもアホらしくて笑えないぞ」

鼻で笑いつつ、そのカップを受け取り紅茶を口へと運ぶ。

「しかし今回の件は僕としても少し不審だ」

「……考えられるとすれば」

「上が動いたってことだな」

助手の声に台本通りかのように続けて言ってのける。

怪盗は相も変わらずニタニタした笑みでフレンチトーストを頬張っていた。
が、その瞳に笑みはなかった。
 ▼ 34 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 17:58:18 ID:bwHcsucI [4/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「このゾロアークにフーディン……そしてこの逃走経路」

「間違いないですな、奴らですぞ」

と会話しているのは壮年の白髪混じりの男と中年の小太りした男。
机に突っ伏していては険しい顔をしていた。

「……先輩!」

バタンと扉が雑に開けられる。
押し入ったのは二人よりも少し若い男。

男は先輩と慕う二人組に声をかける。

「やはり表の交差点、事件現場までに使える最短ルートの道路は消防車が封鎖してました」

「だろうな、ヤツら……「怪盗ファントム」の常套手段だ」

白髪混じりの方が舌打ちをする。
 ▼ 35 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 18:00:09 ID:bwHcsucI [5/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「すまない、遅くなった」

開きっぱなしの扉に続いて現れたのは暑そうなロングコートの男。
眉間にシワを寄せ、何やら難しそうな顔をしていた。

「……! いえ、とんでもありません」

年長二人組が畏まる。

「状況は?」

「……使用ポケモン、逃走経路からヤツらの仕業と断定してよいかと」

「空港、港には監視を手配済みです、ヤツらはまだそう遠くへは行けません」

二人組の……刑事達が淡々と自分達の報告を済ませた。

「そうか、ならば時間との戦いかもしれんな」

「えっと……失礼、どちらの方で?」
 ▼ 36 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 18:01:04 ID:bwHcsucI [6/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
若い男の刑事が状況が掴めずに質問する。

「おっと! すまない自己紹介が遅れたな」

前髪を整え、ロングコートの男が目を見開く。

「私は国際警察の機動捜査員、コードネームは……ハンサムだ」

ハンサムと名乗ったその男は……その白い歯を輝かせ、そのコードネームに違わぬ人物であることを証明してみせた。
 ▼ 37 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 18:04:34 ID:bwHcsucI [7/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あの湧いては群がる……野生のコラッタよろしくなマスコミ共を抑えられるようなヤツらはかなり限られてくる」

「しかも今回僕らのことを一切伏せている……いつもはやたらめったら関連付けるのが趣味のクセに、だ」

怪盗は人差し指を突き出し言う。

「つまり敵はかなりの上層、それも国家単位を越える程の……そんな組織は一つしかない」

「……国際警察」

「そういうことだ」

人差し指を鋭く助手へと突きつけた。

「簡単には逃げさせてくれなさそうですね」

「だな」
 ▼ 38 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 18:06:47 ID:bwHcsucI [8/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「面倒くさいなぁ……こういう時はさっさと逃げるに限るんだが」

ナプキンで口元を拭いながら気怠い声を上げていた。
かたや助手は新聞を真剣な目で見つめていた。

「これ……ちょっと見て下さい」

怪盗の気だるげな声を助手が遮る。
その声には寒々しいものがあった。

新聞のとある記事を差し出し指差す。

「あん?」

欠伸を上げていた眠気まなこが記事に向けられた瞬間、混じりっけのない真剣なものになっていた。
 ▼ 39 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 18:09:34 ID:bwHcsucI [9/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
新聞にはこのような記事が載っていた。

『バイモ・コーポレーション秘蔵の名もなき異本! ○○博物館にて○月○日より限定公開……』

新聞の片隅にこうした広告が載るのはいつもの事だ。
しかし、この二人にとっては違う意味を持つものであったのは偶然か、はたまた必然だったのだろうか。

「『名もなき異本』……まさかそんな、でもどうして……?」

助手のこの悲痛とも聞こえる言葉には意味があった。
この『名もなき異本』というアーティファクト、怪盗が過去一度だけ盗み損なった因縁の書であり、まさしく二人が出会ったきっかけでもあった。
 ▼ 40 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 18:10:31 ID:bwHcsucI [10/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
この二人の出会いは三年前に遡る。

怪盗はまだ怪盗とは呼ばれていない頃だった。

怪盗はとある巨大企業からこの『名もなき異本』を盗むためにその社長の娘を人質にした。そうでもしないと『異本』をその場に出させることも不可能であったからだ。苦肉の策であった。

結果は失敗に終わった。

相手が人質交渉に全く応じなかったのと「娘」が自ら怪盗の助手を志願したからだ。

事件後、人質……もとい「娘」は戸籍、トレーナーID、その他諸々この世から消滅した。
まるで最初から存在していなかったかのように。

代わりに「娘」は「助手」になった。
 ▼ 41 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 18:11:45 ID:bwHcsucI [11/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ともかく縁の深いこの『異本』が再び世に出てきたことを二人は二者二様に困惑していた。
気まずい沈黙が続く。

「……きな臭いな」

最初に静寂を破ったのは怪盗だった。

「だって娘を明け渡しても出さなかった書物だろ? 普通に考えたらフェイクだ」

「娘に人質程の価値もなかったのでそれはまた違うのでは」

助手……もとい元「娘」が他人事であるかの如くに否定した。

「しかし、私もフェイクであることには同感です」

「違いない……なんたって君のお父様だしな」

「“元”お父様ですよ」

「あぁそうだった……“元”お父様な」
 ▼ 42 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 18:14:35 ID:bwHcsucI [12/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「じゃあやることは決まってるな、怪盗は逃げるが勝ち、敗色濃厚の戦いなんて挑まない……」

と言い切ると立ち上がる。

「さぁ行くぞ……早いうちにな」

「どこへです? 国際警察が動いているなら……迂闊に外へは出られないのでは」

食器をてきぱきと片付けながら助手が問う。

「交通機関を使わなければ問題ない……行くぞ、新しい拠点を探しにな」

怪盗は椅子に掛けていたコートを翻し、準備のためか自室へと戻っていった。
 ▼ 43 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:14:04 ID:bwHcsucI [13/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ここ……人はいないんでしょうか?」

「いないよ、以前にドンカラスに偵察してもらった……誰も住んじゃいないどころか近寄りもしない」

ドンカラスは怪盗の手持ちの一体で、そらをとぶでの偵察や逃走補助を主にするポケモンであった。

二人が辿り着いたのは古びた館……というよりは幽霊屋敷だった。
元いた拠点より少し離れた場所に位置するここは鬱蒼とした森に囲まれていて怪盗の言う通り人は寄り付かなさそうだ。

「ここには前から目星を付けていた、君が掃除さえしてくれればそのまま使えそうな上玉だ」

「掃除って……この子たちのですか?」

そう言って助手が見る先には、野生のゴーストやカゲボウズがふよふよと様子を伺っていた。

「それもあるし一般的な方もな」

たしかにこの館……無人ではあったが古びて陰ったこの場所は都合がいいのか、ゴーストポケモン達の住処になっていた。
 ▼ 44 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:16:56 ID:bwHcsucI [14/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……心得ました」

助手が野生ポケモン達の前に立ちはだかる。

「すみません……我が主はわがままで傍若無人でどうしようもない人なのです」

「おい」

「ですから……申し訳ありませんが、出て行ってもらえませんか」

カチリ、と助手がボールを押す音がした。
放たれたのはあのサーナイトではなく、双頭を持つ黒竜。
トレーナーには似つかわしくない禍々しい姿をしていた。

「ジヘッド……あくのはどう、でも少し抑えてあげて」

「ググシャーッ!」

双頭の黒竜……ジヘッドは助手の命令に従い、やや狙いを外して暗黒の波動を口から放った。
 ▼ 45 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:18:28 ID:bwHcsucI [15/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ゴーストポケモン達はあくのはどうを見てか、または悲運にも被弾した仲間を見てか、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「よしよし……その調子でお願いするよ」

「グギャアァッ!」

いつものニタニタした笑みの怪盗。
それに噛みつかんとばかりにジヘッドが双頭を振るう。

「おっと危ないな……全くお前は相変わらずだ、僕の言うことはちっとも聞きやしない」

ちょいちょい、と脚を差し出しては噛まれないところで引っ込めて嘲笑っているらしかった。
怪盗の脚が迫る度にジヘッドが噛み付こうと必死に盲目の双頭をわしわしとせわしなく動かしていた。
 ▼ 46 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:20:14 ID:bwHcsucI [16/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「この子は臆病なんです、そうして怯えさせるようなことはやめて下さい」

助手がそっと頭に手を添え、暴れるのを制止した。
ジヘッドはぐるぐると唸り声を出してはいたが噛み付こうとするのをやめた。

「臆病ね……暴れるのが好きなようにも見えるけどなぁ?」

「そんなことだから懐かれないんでしょう……それに矛盾するのは人間だって同じです」

「そりゃ違いない」

怪盗はあっさりと肯定する。

「さぁ時間があまりないんでしょう? 早いところポケモン達を追い払いますよ」

「ああ、僕は手を貸さないから頼むよ」

頭の後ろで手を組む怪盗を置いて、助手とジヘッドは館内を徘徊し始めた。
 ▼ 47 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:22:22 ID:bwHcsucI [17/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「一階はもう大丈夫なはず……まだ見ていないのは二階のこの部屋だけですか」

各部屋の老朽化や設備のチェックを怪盗がしつつ、助手とジヘッドは野生のポケモンを追い払ってここまで来た。

時には避けられずバトルにもなったが、こまめな回復とジヘッドの頑張りで特に問題なく進めていた。

一階では多くの野生ポケモンがいたが、二階では全くその姿を見なかったのも功を奏した。

「あとありそうなのは物置部屋か……お宝なんてものは望めそうにないが」

「さぁ……なんでしょうね、ともかくいきますよ」

助手が錆びたドアノブに手をかけ扉を開く。
ジヘッドも無言で頷き、助手の後に続く。
 ▼ 48 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:23:52 ID:bwHcsucI [18/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
部屋はこじんまりとしたものだった。
怪盗の推察は正しかったらしく、壊れた箱や錆びれた重々しい金庫が一つ置かれているだけだった。

「な? 言ったろ?」

「まだわかりませんよ……本当にただの物置部屋でしょうか」

助手は至って冷静だった。
冷静に姿を見せぬ何かに警戒をしていた。

「ひょっとして……いるのか、金庫番が」
 ▼ 49 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:26:01 ID:bwHcsucI [19/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ええ、恐らくは」

怪盗の問いに冷静に答えた。

「主はとうに亡くなって跡継ぎもいないってのに……ご苦労なことだ」

ジヘッドは低い唸り声を上げて錆びた金庫の辺りを睨む。

金庫を包み込む影はやがてある形と変貌した。
切っ先のような鋭い影だった。

影から突き出た本物の剣……に似たポケモンがジヘッドへとその身体を振りかざした。

剣が助手共々ジヘッドへと切りかかる。
 ▼ 50 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:27:43 ID:bwHcsucI [20/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「かみくだく!」

が、すんでのところでジヘッドの双頭にがっちりと噛みつかれ辛うじて攻撃は受け止められた。

それなりにダメージを受けたらしく、翻り持っていた盾へとその切っ先を隠してジヘッドの追撃のあくのはどうを防いでみせた。

「あのポケモンはギルガルド……しかもかなりの手練ですよ」

「らしいな……本当にここの金庫番だったのか? ゴーストポケモンは特に寿命が長いからな……人が寄り付かないのもコイツのせいだと考えれば合点がいく」

唐突な激烈の攻防の後ろ、怪盗はボソボソと呟く。
 ▼ 51 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:29:16 ID:bwHcsucI [21/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ギルガルドは攻撃の手を緩めず、主にジヘッドと助手を狙い巧みに影を操る。
影はかげうちとなり、多段にジヘッドへと襲いかかる。相手の隙ない巧みな攻撃にジヘッドは怯んでいるらしかった。

「ジヘッド、落ち着いて……あくのはどうを部屋全体に……!」

かげうちの連続攻撃にしばし怯んでしまっていたが、あくのはどうを放射状に飛ばし反撃する。

華麗にかわしていたギルガルドだったが、狭い部屋でのバトルだったためか避けきれず、金庫を庇うようにあくのはどうを浴びる。

しかし怯まず、素早く盾を持ち替え切っ先であるギルガルド自身を振りかざす。

素早い一閃、せいなるつるぎがジヘッドを切り裂いた。
 ▼ 52 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:32:25 ID:bwHcsucI [22/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「強い……!」

助手から思わず苦い言葉がこぼれ落ちる。
大きく切り裂かれたジヘッドが仰け反り後ずさる。効果はバツグン……明らかに致命傷であった。

攻撃を終えたギルガルドが再び盾と共に錆びれた金庫の前に立ち塞がる。

「おい! バトルはいいが屋敷を壊しすぎるなよ!」

「ポケモンバトルは助手の役目でしょう? それに相手が襲ってくるんですから致し方ありません」

「だからって、かえんほうしゃは使うなよ! 僕らまで消し炭になる」

「心得て、おりますとも……!」
 ▼ 53 ュゴン@いしょうトランク 18/09/15 19:35:14 ID:eYBQ65Bw [1/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 54 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:35:23 ID:bwHcsucI [23/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
いつもの口癖を苦々しく言いながら思う。
それにしても……強い。

助手にはひとつの疑問があった。
あのギルガルドはどうみても人の手の入った……トレーナーのポケモンに違いなかった。

金庫を背に守るように戦っているのを見るに怪盗の言った通り金庫番らしい。

ならばなぜ、主亡き今……屋敷がこんなにも荒れ果て人が寄り付かない幽霊屋敷となっても尚、我々を攻撃するのか?
執念なのだろうか、それとも……?

「……ジヘッド、来ますよ!」
 ▼ 55 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:38:12 ID:bwHcsucI [24/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「グギャッ……」

相当の痛手を負ったからか、はたまた相手に気圧されたのかジヘッドはふるふると震えていた。

「ジヘッド、ジヘッド……! 大丈夫ですから」

……こうしてバトルの最中に戦意を失うのはジヘッドの悪癖であった。
助手の声も聞こえていないらしい。

動けなくなってしまったジヘッドに畳みかけるように影が部屋の物体を通り抜けて集中線の如く襲いかかる。

「危ない……!」

かげうちから庇うように助手がジヘッドの前に出た。
影の刃が助手の二の腕辺りを掠った。
この突飛な行動にはギルガルドも少し驚いた様子だった。

「ギャッ……!」

ジヘッドが小さな悲鳴のような声を上げて助手を見やる。

「……何やってんだよアイツ」

後ろで怪盗が呆れた声で言った。
 ▼ 56 ルリア@かおるキノコ 18/09/15 19:38:57 ID:eYBQ65Bw [2/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
書くの早っ
 ▼ 57 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:39:43 ID:bwHcsucI [25/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ふと我に返ったギルガルドは右手を床に付き、その身をジヘッドへ向けて大きく振りかざす。

だが、危なげに仰け反ったジヘッドにより切っ先は空を切った。

先程の助手に助けられたからか……恐怖は一旦克服したようだ。
自ら助手を押しのけ、攻撃をかわしてみせた。

「……あくのはどう!」

二つの口から暗黒の波動で反撃する。

しかし、浮いていた盾を持つ左手でガードされる。素早い身のこなしで盾にその身を隠す。

「キングシールドは厄介なわざ……ですが連続では成功しにくい、だから次こそ大技で来る……!」

いつの間にか手を固く結んだ助手が呟く。
 ▼ 58 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:41:38 ID:bwHcsucI [26/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「来ます……! ジヘッド、空気の流れを感じて全力でかわして下さい!」

「グギャ……」

ジヘッドも二つの頭を集中させ、静かに相手の動向を伺っていた。

ギルガルドが盾からその切っ先を引き抜き、回転するようにジヘッドへと切りかかる。

「今です!」

助手の合図ぴったりにジヘッドは最大までギルガルドを引き付けた後に素早く後ずさった。

「ギル!?」

攻撃をかわされ、見事に床へと突き刺さってしまったギルガルドが困惑する。手を使い抜け出そうともがくが動けない。

「……かみくだく攻撃!」

「グギャアァーッ!」

動けないギルガルドに勢いよく双頭が噛み付く。そして力強く引き抜き、壁へと叩きつけた。
 ▼ 59 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:43:00 ID:bwHcsucI [27/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「おい!? 壁が思いっきりやられたぞ今! 僕はこの目で見てたからな!?」

部屋の隅にて傍観を決め込んでいた怪盗がズケズケと助手に歩み寄る。
怪盗が来たことに対してジヘッドがまた低い唸り声を上げていた。

「言われた通り燃やさなかっただけマシです、それに……」

「ああ……この屋敷のボスは撃破したみたいだな」

叩きつけた壁の辺り、埃が舞ったきり何も音がしなくなった。
ギルガルドは戦闘不能になったらしい。

助手がギルガルドの落ちた方へと歩み寄っていく。

「おいおい、何をするつもりだ?」
 ▼ 60 ングース@せいれいプレート 18/09/15 19:44:06 ID:eYBQ65Bw [3/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 61 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:44:57 ID:bwHcsucI [28/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あの……貴方、ここの主人のポケモンですよね?」

助手が傷つき、埃まみれになったギルガルドのすぐ側でしゃがみこむ。
助手の問いに伏せていたギルガルドが静かに頷いた。

自分を負かした相手だからか、単に体力の限界だからか、どちらにせよもう戦意はないようだった。

「元の主人は既に亡くなっていて……その息子さんもここは継がなかったんですよね?」

ギルガルドは静かに頷いた。

「それでも亡き主人に尽くしていた……ここを守るのが自分の役目だから、与えられた……ただひとつの役目だから」

ギルガルドは静かに頷いた。

「自分の生きる理由だから」

ただ静かに頷いた。
床に点々としずくが滴る。
 ▼ 62 ーパ@ソクノのみ 18/09/15 19:46:24 ID:eYBQ65Bw [4/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援!!
 ▼ 63 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:46:41 ID:bwHcsucI [29/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……私と同じですね」

助手の目はいつもの冷たいものではなかった。

「私……怪盗の助手をしております、ですからその……貴方の主人へと尽くす気持ちですとか、主人無き自分の存在価値の無さですとか……ほんの少しですが分かります」

「他に理由がないから……守るものが失くなってしまってもずっとここを守っていたのでしょう? でもきっと……それは貴方には勿体ない」

「ですから……ここに縛られることをやめてはみませんか?」

助手はそう言って黒く光沢のあるボールを取り出す。
ギルガルドはボールと助手をただ見つめていた。

「貴方の以前の主人にはなれませんが……貴方と似たもの同士の私なら違う理由を見つけてあげられるかもしれません」
 ▼ 64 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:49:21 ID:bwHcsucI [30/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
しばしの沈黙があった。

ギルガルドは鈍った動きでその身体を起こし、そして……ボールのスイッチを自ら押した。

ボールにギルガルドが吸い込まれる。
三度助手の手中で揺れ、その後動かなくなった。

「ありがとうございます……そして、これからよろしくお願いします」

「手持ちにしたのか」

ジヘッドに睨まれつつ後ろで見ていた怪盗が尋ねる。

「ええ、ずっとここに縛られているなんて辛いですから」

助手が振り向き、黒光りするボールを見せる。
 ▼ 65 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 19:50:24 ID:bwHcsucI [31/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「まぁ僕としてもまた襲われるよりそっちの方がいい……しかし、また僕の言うことを聞かなそうなポケモンだな」

「それはまだわかりませんが……そのニヤついた顔が癇に障るかもしれません」

「失敬な……これは笑顔だよ、そうスマイルさ」

ジヘッドにやや噛みつかれながらさらに口角を上げた怪盗がいた。

「そんな笑顔ならやはり私には必要ありませんね」

助手の顔つきがいつもの凍りついたものに戻る。

「強情なヤツめ」

口では憎まれ口を叩いているが怪盗の表情はどこか安心したものだった。
……その左の袖口を噛みつかれながらだが。
 ▼ 66 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:03:23 ID:bwHcsucI [32/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
季節外れのダークブラウンのロングコート。
そのポケットで震える長方形を取り出す。

「もしもし……私です、国際警察のハンサムです」

ロングコートの男……国際警察機動捜査員のハンサムはその額にシワを寄せ着信に応答する。

「ハンサム様、どうも初めましてバイモ・コーポレーション連絡担当の者です……社長がご多忙のため代理での連絡をお許し下さい」

携帯電話からはバイモ社の連絡担当の冷淡な話し声が流れてくる。

「いえ、構いません」

「それで件のお話ですが……社長からは申し訳ありませんが、お力にはなれないとの旨をお伝えさせていただきます」

ハンサムは心の中で舌打ちをした。

 ▼ 67 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:04:56 ID:bwHcsucI [33/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「お気持ちは分かります……しかしヤツらを侮ってはいけない、フェイクではまた見破られてしまう……ここで捕まえなくてはさらに被害が拡大してしまいます」

「重ね重ね申し訳ないがどうかご協力をと……お伝え下さい」

畳みかけるようにハンサムは話す。
携帯電話を握る手に汗が滲む。

「社長が了承するかは分かりかねますが、こちらとしても国際警察さんの協力を突っぱねるのは少々まずいですから……再び伝言はさせていただきます」

「ええ、是非ともよろしくお願い申し上げます……それにあなた方も自分のところの娘に泥を塗られたなんて冗談はもうこりごりでしょう?」

やや強気にハンサムはゆさぶる。

兵器を中心にビジネスを展開するバイモ社は法律目線で見ればグレーな存在。摘発対象にもなりうるがこちらにも圧を掛けかねない巨大企業だった。

しかし、この挑発に乗ってくれなければ彼に立場はなかった。
決して勝算の濃くない賭けであった。
 ▼ 68 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:06:02 ID:bwHcsucI [34/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……どういった意味でしょう? 社長にはご子息様しかおりませんので」

連絡担当の空とぼけた答えはまたいっそう抑揚を失くし、残忍とも言える調子に聞こえた。

「ははっそうでしたね、ではいい報告をお待ちしております」

ならばこちらもと乾いた笑いで応答する。

「……失礼いたします」

プツッ、と短い電子音を出して通話は途切れた。

「偽善者共め……まとめて捕まえてやりたいところだが、今は協力してもらおう」

ハンサムの独り言は暑く湿った夜の雑踏に塗れた。
 ▼ 69 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:13:54 ID:bwHcsucI [35/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ギルガルド、出てきて下さい」

助手は黒に金で装飾されたボールを取り出し、ボタンを押した。

「ここが私たちの……数ある拠点のひとつです」

助手はキョロキョロと辺りを見渡すギルガルドにあれこれ話しかけながら、キズぐすりで今日のバトルの回復をする。

ギルガルドは興味深そうに周りを見渡しては、キズぐすりが染みるのか時折小さな声を上げていた。

「そして……彼らが私のほかの手持ちです」

と言って新たに二つのボールのボタンを押す。
先ほど一戦まみえたジヘッドとサーナイトがそれぞれボールから現れた。

「ジヘッド、貴方もお疲れ様でした」

甘噛みするジヘッドに助手がキズぐすりを噴射する。
 ▼ 70 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:15:27 ID:bwHcsucI [36/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「さて……貴方は私の手持ちになった訳ですが、私はさっきも言った通り怪盗の助手です」

回復を終え、助手がギルガルドに向き直る。

「つまり盗みの手伝いをする悪党な訳ですが……貴方にその覚悟はありますか?」

ギルガルドは少し恥ずかしそうに、はにかんでは紳士然としたお辞儀をした。

「良かったです、ではこれからよろしくお願いしますね」

概ねサーナイトとジヘッドも歓迎しているらしく、それぞれ恐る恐る近づいたり、ギルガルドの手をとったりしていた。
 ▼ 71 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:17:25 ID:bwHcsucI [37/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ギルガルド、はがね・ゴーストタイプ……王の素質を見抜くらしい、認められた人はやがて王になる……だってロトー! 助手は王様になるロトー!」

「ロトム? また図鑑に入って遊んでいるんですね……」

助手とギルガルドの間に入ってきた赤い機械。
かつて怪盗が盗んだであろうポケモン図鑑に、怪盗の手持ちの一体のロトムが入り込んでいた。

いつもはサーバーへ潜り込んではセキュリティシステムを破壊する大事な役目を果たすポケモンだが……潜伏時にはこうして家電や電子機器に入り込んで遊ぶやんちゃなポケモンである。

「君が王の素質だって? だったら僕は神になれるな」

怪盗がぬらりといつもの憎まれ口と共に現れた。

「泥棒の神様……ご利益ありませんね」

「僕らにはあるだろそれに泥棒じゃない、怪盗さ」
 ▼ 72 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:22:57 ID:bwHcsucI [38/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……で? わざは確認したかい?」

「かげうち、せいなるつるぎ、キングシールド……そういえばまだ一つ見ていませんね」

「ギルガルドの強さを見るロトー!」

やけに気合いの入ったロトムが困惑するギルガルドの前に現れスキャンする。
ロトム図鑑の画面を助手が覗いた。

「これは……なかなか使えるわざではないですかね」

助手のこの言葉を受けてか怪盗も画面を見た。

「どれどれ……ほう、なるほどね……良いわざを持っていたな」

怪盗も満足そうに頷く。
 ▼ 73 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:26:03 ID:bwHcsucI [39/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「さて……僕が怪盗さ、歓迎するよギルガルド」

怪盗もまたニヤついた顔に似合わぬ紳士然としたお辞儀をした。

ギルガルドはその胡散臭い姿をを訝しげに見てからまた同じくお辞儀をした。

「新しい仲間ロトー! 今日はパーティロトー!」

「そうだな新人歓迎会するか」

「えぇ……? そんな急に」

「さぁさぁ助手の君、さっさと支度したまえ」

戸惑う助手を気にせずパンパンと怪盗が手を叩いて言う。

「全く……なんてわがままなんでしょうね?」

助手はサーナイトに話しかける。
サーナイトは苦い笑みを返し、助手と共に夕食の支度へと向かった。
 ▼ 74 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:28:45 ID:bwHcsucI [40/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「僕としてはあの金庫の中身が気になるな、さすがに空だと思うが」

二人はカルボナーラを、ポケモン達は助手お手製のポケモンフーズを頬張りながらそれぞれの雑談に明け暮れていた。
小さめのテレビから報道番組がBGMとなって聞こえてくる。

「そもそも開くんですかね」

「さあな? 今度一応フーディンに開けさせるか……」

「結局、あの幽霊屋敷使うんですか? バトルして結構破壊してしまいましたけど」

「あぁもちろん、使えるものは使うさ」

「……掃除に骨が折れますよ、あれは」

「それは君の腕の見せどころだろ? 頑張ってくれよな」

「はぁ、心得ておりますが……」
 ▼ 75 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:31:28 ID:bwHcsucI [41/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
しかしこの平穏とも言える時間はそう長くは持たなかった。
完全にBGMと化していた報道番組が一同の団欒を打ち破ったからであった。

『バイモ・コーポレーションの秘蔵の写本……『名もなき異本』と呼ばれる書物の表紙がこちらです、これはすごく貴重な映像なんじゃないでしょうか』

画面に映るアナウンサーはパネルを指さし『異本』の画像をパラパラと切り替えては専門家らしき人物に話しかけていた。

『この本は古代にポケモンの力を科学的に出力し軍事利用する為の……言わばバイモ・コーポレーションにとっては社内機密に相当する研究書の写本な訳ですが……わざの研究に携わる者としては拝みこんでも見物したいですよねぇ、こうして一部でも見れるのは大変ありがたい』

白衣を着たいかにも学者らしき人物が興奮気味に語っていた。
食い入るように見ていたのは怪盗達も同じだった。
 ▼ 76 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:32:32 ID:bwHcsucI [42/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「こいつは……」

会話は途切れ、報道番組の音声のみが場を支配していたところで怪盗が呟いた。

「どういう訳かは知らないが本当に例の『異本』らしい」

「……あれが本物? そんなまさか」

「この僕の、怪盗の審美眼と勘がそう告げている……あれは本物だってな」

怪盗が神妙な顔つきで言った。

「おい、あれ盗むぞ」

助手は引きつった顔をして硬直した。

後ろでポケモン達のどよめきが聞こえてくる。
喜びにも困惑にも湧いた。
 ▼ 77 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:35:15 ID:bwHcsucI [43/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……お酒に溺れましたかミスター? お冷ならいつでもお出し出来ますが」

呆気に取られたが平静を取り戻した助手が怪盗のグラスを掴む。

「シラフだよ、それに僕はいつだって真剣そのものさ」

グラスを助手の手から取り戻す。

「まだ前回の盗みから全然時間が経っていないんですよ? 国際警察が動いてるって貴方自身も言ってたじゃないですか!」

立ち上がり、語気を強めた。
手を付いたテーブルがガタリと音をたてる。
 ▼ 78 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:36:29 ID:bwHcsucI [44/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「今は逃げることも困難な状況……そんなことをすれば投網に自ら突っ込むヨワシの群れ同然、残酷な結末しか待っていません」

「そこを逆手に行くのが怪盗だろ、ヤツらもまだ警戒網が整い終わってないはずだ……そこを狙う」

怪盗のしたり顔の正面には棒立ちになって握りこぶしを作る助手がいた。
助手にしては珍しい顔つきだった。

「それほど……」

険しい顔からは一転、発せられた言葉は震えていた。

「……それほどあれを盗めなかったことが悔しいですか? 自分の命よりもプライドが大事だなんて言うんですか?」
 ▼ 79 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:40:23 ID:bwHcsucI [45/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「どうした、隷属的で冷血漢の君が珍しく苛立ってるな」

手に顎を置いて冷静に助手の一挙一動を見ていた。
いつものニヤついた顔ではなかった。

「助手としてハッキリ申し上げますがリスクが高すぎます、諦めて下さい」

「へぇ……君ともあろうヤツがこの僕が捕まる可能性を考えてる訳か? 僕は教育を間違えたかもな?」

助手の意志ある冷たい視線が怪盗を貫いた。

「相手を侮ってはいけない……あの人が絡んでいるなら尚のことです」

悲痛でもあり真摯とした訴えだった。
怪盗は面白くなさげにそれを傍観した。
 ▼ 80 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:42:33 ID:bwHcsucI [46/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そんなことを言われると怪盗としてはますます盗みたくなってしまうよなぁ?」

「ミスター、もし貴方が捕まったら……私は、私は……」

助手の肩は震えていた。
その華奢な肩を掴み、怪盗は助手の顔を見やった。

「僕は捕まらない、怪盗だからな」

笑顔だった。

「……信じろ」

その心からの……本物の微笑みであった。いつもの冷笑や愚弄混じりでない純然たる微笑みであった。

助手は戸惑い、言葉に詰まった。
 ▼ 81 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:43:53 ID:bwHcsucI [47/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「分かりかねます、何故そこまであの『異本』にこだわるのですか……?」

「僕は怪盗だぞ、盗み損なったなんて稀代の恥さ……今でなくともアレはいつか必ず盗み出すと心に刻印していた」

「しかもあの博物館はこの拠点からそらをとぶで行ける距離ときた……これはピンチじゃない、むしろ一世一代のチャンスさ」

「やはりですか、そんな理由で命懸けの危険行為に及ぶなんて……」

「そんな理由だが大した理由だ……それに」

「君の“元”お父様……ああいう権威に鼻をかけた連中が僕は特に大嫌いでね、奴らが強欲にも収集し独占しているお宝を盗んで鼻を明かしてやりたいってのも大きい」

戸惑いの色を濃くした助手が押し黙る。

「……ひねくれ者なんですね」

「そうさ、そのひねくれ者とももう長い付き合いだろ?」

「もう一度言う……アレを盗むぞ」
 ▼ 82 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:46:07 ID:bwHcsucI [48/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
怪盗は画面に映る『名もなき異本』を指さし溌剌とした声で宣言した。
助手はしばらく怪盗と画面を交互に見ては瞬きしていた。
そして……

「……心得ました」

押し問答に折れた助手が、疲れた声でいつもの返し文句を言ったのだった。

「宜しい……早速明日から下調べを始めよう……今回は出来る限り早く動くぞ」

「はい、心得ております」

先程の疲れや怒りは霧散し、いっそ潔い覚悟を持った……凛とした助手がそこにはいた。
 ▼ 83 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:47:13 ID:bwHcsucI [49/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「おいお前達……話は聞いてたな? 明日からは忙しいぞ」

怪盗がそう言い振り返ると怪盗の手持ちポケモン達……主にゾロアークとロトムが歓喜の声を上げた。
ドンカラスとフーディンは静かに了解の相槌を打った。

助手の手持ち、サーナイト達は皆それぞれ未だに困惑していた。

「ギルガルド……来ていきなりなのですがお仕事です」

助手がギルガルドの元に歩んで話しかけた。
ギルガルドは敬礼の姿勢をした。

「……準備開始だ、怪盗の本分を君の元お父様に見せてやるとしよう」

カルボナーラ最後のひとまとまりをぺろりとたいあげ得意気に言った。
 ▼ 84 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:51:01 ID:bwHcsucI [50/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あちらが動いてくれたのはデカかった……私が来た甲斐があったよ」

ハンサムは蒸し暑い会議室の中、ロングコートを下ろしシャツを扇いでいた。

「本当に……あの非人情なバイモ・コーポレーションがよく動いてくれましたね」

この会議室の中、比較的若い刑事の男が続ける。

「後は奴らがかかってくれさえすれば……」

「いや、奴らが掛からないと私らの首がこうさ」

ハンサムが自身の首前で手を左から右へと引いた。
 ▼ 85 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:52:15 ID:bwHcsucI [51/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「大丈夫でしょう、奴らなら食いつく」

白髪混じりの刑事がしみじみと頷く。

「奴らが……唯一の汚名を挽回する機会を逃すわけがない」

「ええ、来ますでしょうなァ」

白髪混じりの刑事の言葉は確信に満ちていた。中年の小太りの刑事が汗を拭いながら同意する。

「懸念材料は……」

「奴らの構成人数が不明な点、ですかね」

ハンサムの言葉に白髪混じりの刑事の言葉が続く。ハンサムら周りの刑事が無言でそれを肯定した。
 ▼ 86 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:55:47 ID:bwHcsucI [52/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「僕らの最大の勝算は数さ」

『名もなき異本』を盗むと宣言してから三日が経った夜だった。

二人の周りをポケモン達が囲い、それぞれ真剣な顔で覗き込んでいたりポリポリと頭をかいていた。

怪盗はいくつかマーカーの付いた、博物館内部の図面を広げて語る。

「しかしミスター、相手は国際レベルの多勢、多勢に無勢ですよ……むしろ不利なのでは?」

顎に手を添え険しい顔をした助手が尋ねる。

「そう、相手は多勢だ……全体数の想定が難しいほどに」

「しかしその分連携が薄い、そして相手サイドはこちらがたった二人とは知らない」

「……つまり情報操作で相手陣営を崩して勝つと?」

「そんな感じだ」
 ▼ 87 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 22:57:44 ID:bwHcsucI [53/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「博物館内部の様子を見てきたが、監視カメラと警備員の数は一博物館にしては体感多かった……対策はされていると見るべきだろう」

とあるビル内部にある博物館の図面を、ペンでマーカーを付けた部分をさすりながら怪盗は潜入時の感想を語る。

「ではゾロアークのイリュージョンは活躍が難しいですね、きっとフーディンも……脱出ボタンでの入れ替えも使ったばかりですし対策されていそうです」

「まぁ何もしていないなんてことはないだろうな」

怪盗はニタついてはいるがその眼は真剣そのものであった。神妙に今回の難易度の高さと危険度を噛み締めるかのようだった。
 ▼ 88 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 23:00:26 ID:bwHcsucI [54/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そして肝心の『異本』ですが……どうするおつもりで?」

「それなんだが、僕にちょっと考えがある……よーく聞いてくれよ?」

怪盗が作戦の概要を端的に述べた。

助手が驚きの顔を見せつつ、真剣に聞き入る。サーナイトやギルガルド……ジヘッドも一緒に。

「……確かに裏をかけますが、これはリスクが高くないですか?」

「いや、これで行くべきだろう……君だって今回は過去に見ないほどの危険案件だってことは分かってるだろ?」

「ええ……もちろん、とうに覚悟は決めております」

助手が手を固く握りしめる。
その手のすぐそば……タイトブラウスの襟元にはあのブローチが光っていた。

その瞳とブローチがそれぞれ鋭い光を帯びていた。
 ▼ 89 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 23:01:56 ID:bwHcsucI [55/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「だったら精々よくシュミレーションしておいてくれよな……僕らは怪盗、逃げるが勝ちなんだから」

「ともかくこの作戦で盗み、逃げて奴らに勝利する……覚悟はいいか?」

「心得ております、決行の日は?」

「五日後が良さそうだ……天候が良いだろうし、警備員の構成の関係の事情も良い、それに……」

怪盗は言い淀んでポケットに手を突っ込んだ。

「こいつを使わなきゃいけないかもしれない……僕はまたちょいと出掛けてくるよ」

そう言って、怪盗が取り出したのは一つのモンスターボール。
しかし助手にも見覚えのない……随分と傷ついたボールだった。
 ▼ 90 ェード◆nfYyot98RE 18/09/15 23:03:01 ID:bwHcsucI [56/56] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「本気なんですね」

その第五のボールを見て確かめるように助手が言った。

「もちろん、いつだって僕は本気だし真剣だ」

フッ、と一息ついては怪盗が刮目する。

「五日後の深夜、例の博物館に潜入する……!」

助手が息をのみ、周りのポケモン達が歓喜と決死の鳴き声を上げた。
 ▼ 91 ロア@ナナシのみ 18/09/16 05:35:54 ID:uT4IDtrU NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
展開がなめらかだ!支援
 ▼ 92 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:13:43 ID:R1CkMNkA [1/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
月明かりと僅かな照明のみが夜を彩り、草木も眠る夜更けの時刻。

あれから五日が経過し怪盗と助手は目標の位置する博物館の入ったビル……その内部に忍び込み、それぞれのポジションに着いて待機していた。

『時は来た……これより作戦を決行する』

怪盗はパチンと指を鳴らした。

「ロトーッ!」

ロトムは出現とともに監視カメラに入り込み、そしてカメラから一瞬破裂音にも似た電撃の走る音が聞こえる。

監視カメラから出てくると煙を上げプツプツと音を立てていた。

『これはあんまり持たないな……急げよ!』

「心得ております」

通信機を介して怪盗にいつもの言葉を返す。
監視カメラ類は無事ロトム達がシャットダウンさせてくれたようだ。
この間に段取り通りに行動するため……助手はある場所へと走り出す。

 ▼ 93 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:14:31 ID:R1CkMNkA [2/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「警部さん、奴らです!」

青年らしき警備員が通信機へとやや興奮気味に話しかける。

『監視セキュリティをやられたか……しかし直ぐに復旧させる、現場は?』

「今のところターゲットは無事……いつもの妨害工作かと」

『なるほど……ともかくこちらも急いで応援と共にそちらへと向かう、それまで何とか凌いでくれ』

「了解です」
 ▼ 94 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:15:59 ID:R1CkMNkA [3/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ブツリ、と通信が途切れる。
通信機を持つ警備員は……笑顔だった。

ニタニタとしたいやらしい笑顔の横、身ぐるみを剥がれた同程度の背丈の男が眠っていた。

さいみんじゅつにかけられ、強制的な眠りに落ちているのだった。
犯人は警備員の肩で翼を広げゆったりと通信を聞いていた。

「さて……こちらも動こうとしようか」

ドンカラスを肩に乗せ、通信機からロトムに出るよう命じた警備員……に扮した怪盗が二体をボールへと戻し、新たに出てきたフーディンが身ぐるみ剥いだ男をサイコキネシスで浮遊させる。

目先の距離にある『名もなき異本』から去る。
 ▼ 95 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:18:00 ID:R1CkMNkA [4/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あった……!」

肩で息をする助手が見る先、その遠くには……先程まで怪盗が近くにいたであろう『名もなき異本』とそれを覆う分厚いガラスケースがあった。

助手は深呼吸をし、黒く光るボールからポケモンを出した。

「ギルガルド、ゴーストダイブです」

ギルガルドは影となり大理石の床へと潜り込む。
『名もなき異本』を展示するガラスケースの周りには目には見えない赤外線センサーが張り巡らされていたが、それらは怪盗らも承知していた。

完成に影と一体化したギルガルドはセンサーを潜り抜け……ガラスケースの目の前に出現した。
 ▼ 96 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:19:33 ID:R1CkMNkA [5/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ガラスケースに先程と同じ要領で手を潜らせる。
しかし、ギルガルドの手は弾かれた。

するとギルガルドは目の前の『異本』よりも助手を注視した。

その助手が右手を高く上げ……そして振り下ろした。

合図を受け、その自身の切っ先を振り下ろした。
ガラスの甲高く割れて砕ける音がすると、『異本』を持ち助手の元へと急ぐ。

ガラスケースを破壊したことで耳を劈くサイレン音が鳴り響いていた。

「サーナイト……!」

ボールから出て待機していたサーナイトがテレポートでギルガルド共々その場から消えた。
 ▼ 97 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:22:30 ID:R1CkMNkA [6/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「サイレン……ガラスが割られたのか」

白髪混じりの刑事が呟く。
後ろでは小太りの中年の刑事が通信機片手に冷や汗をかいていた。

「セキュリティシステムが復旧しましたぞ……GPSはどうですかな?」

橙色の背中上で危なげなバランスの中パソコンで『異本』のGPS座標を確認した。
彼らはそらをとぶで移動している最中だった。

「問題なく作動している、奴らのテレポート先は……」

「屋上、空を飛ぶつもりか……急ぐぞリザードン!」

「グォーッ!」

「もしもし、ハンサムさん? こちらハウンド03、一部がいる屋上へ向かいますぞ!」

彼ら二人組を乗せたリザードンが勢いを増して屋上へと羽ばたく。
吹き飛ばされないよう二人の男が必死にしがみついた。

 ▼ 98 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:24:19 ID:R1CkMNkA [7/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ガラスが割られた……現場へ急げ!」

警備員と刑事の集団が待機していた上の階から揃って下へ降りてくるところだった。

近づくにつれて耳を貫くサイレンがその音の刃を大きくしていく。

集団は目的の博物館、地下二階へと到着する。

「みんなご苦労! 私がハンサムだ……くそ、奴に情報を撹乱され遅くなってしまった」

後ろから声が投げかけられた。
この暑い時期に似合わぬダークブラウンのロングコートを着た男はぶつくさと怪盗への恨み言を言っていた。

後ろにいた隊員達がその言葉を聞き、敬礼する。

その男……国際警察機動捜査員のハンサムは一団を見やり、頭に装着したレンズ機器を弄り次にはこう言った。

「ほう……やはり紛れこんで来たな?」
 ▼ 99 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:25:06 ID:R1CkMNkA [8/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「どういうことです……!?」

一番後ろにいた警備員が尋ねる。

「……私から見て前から四番目、そいつだけ体温が異常に高い」

一団がどよめき、ハンサムの前……後ろから四番目の隊員に視線が集中する。

「……!」

集団から懐疑的な目を向けられたのにその男は何も言わなかった。

「……そいつがゾロアークだ! 捕まえろッ!」

ハンサムが叫ぶ。
後ろから四番目の隊員は目を見開き、ぎゅっと尖らせ自らの爪を噛んだ。
 ▼ 100 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:28:14 ID:R1CkMNkA [9/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「来た、屋上……!」

テレポートに成功した助手達。
残るボールに手を掛けたその瞬間だった。

「……行かせはしないぞッ!」

「グオォオーッアッ!」

空から現れた橙色のポケモンに炎の牽制を喰らう。
ギルガルドとサーナイトが挨拶代わりの攻撃をかわす。

「……リザードン」

「よう、お嬢ちゃん……いや元ご令嬢と言った方がいいな」

「よっととと、全く社長令嬢が怪盗の仲間とは……最初は人質を疑いましたぞ」

リザードンから降り立つ二人の男。……二人の刑事と助手は対峙していた。
 ▼ 101 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:30:19 ID:R1CkMNkA [10/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「おじさんから悲しい報せだ……そいつはダミーだ、そしてそいつが君の居場所を知らせてくれた訳だな」

二人組の白髪混じりの方がギルガルドの持つ『異本』を指さし、貫禄ある語りで助手達に迫る。

じりじりと後ずさる助手達。

「ええ、そうでしょうね……なんたって“元”お父様の所持品ですから」

「娘はかなりあっさりと棄てたようですがなァ?」

ギルガルドから『異本』のダミーを受け取り、空へと投げる。
パラパラと空白のページが風でめくれる。

「丁度いいので誤解を解いておきますが……私は「娘」でも「元ご令嬢」でもありませんよ……私は!」

息をのみ、瞬き、目を見張り……そして声高に言った。

「怪盗の助手です」

指を鳴らし出てきた最後のポケモン……ジヘッドが『異本』のダミーを燃やし、塵へと変えた。
 ▼ 102 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:32:09 ID:R1CkMNkA [11/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
『もしもし、ハンサムさん? こちらハウンド03、奴らの一部がいる屋上へ向かいますぞ!』

「了解した……応援を向かわせる」

小太りした刑事からの無線を聞き、ハンサムはその場にいた警備員達おおよそ半分に屋上へ向かうよう指示を出した。

降りてきたばかりの警備員が半数程度今度は登っていった。

残った隊員達とハンサムは現場、フェイクの『異本』があった場へと向かう。

「……おい、大丈夫か」

遠目に割られたガラスケースが見える。
そのスペースの真ん前に横たわる警備員の姿を確認した。腰元に通信機が見当たらない。恐らくは初めにここを警備していた者であるらしい。

警備員は眠っているようで、強めに揺さぶるが起きる気配がない。

「催眠か……やはり別れたらしいな」
 ▼ 103 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:33:08 ID:R1CkMNkA [12/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ハンサムさん……我々はどこに向かうべきでしょう」

一同が立ち尽くしていると警備員の中から目立つスーツの男……若い刑事が尋ねた。

「奴らの中核……「怪盗ファントム」がどこかにいるはずだ、ゾロアークを使い呼び出すか……?」

ハンサムが難しい顔つきをさらに難しいものにする。

「あの、例の本は無事で……?」

一人の警備員が唐突に尋ねる。

「ああ……大丈夫だ私の手元にある、奴らの犯行時刻と日を読んでの危険な賭けだったがな……今屋上にあるのはダミーだ」

そう言ってハンサムはポケットの四角い影に触れる。
おおっ、と場が賞賛に湧いた。
 ▼ 104 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:34:43 ID:R1CkMNkA [13/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「うっ……」

周りが湧く中眠っていた警備員が起き上がった。周囲が驚く中、申し訳なさそうに謝り倒した。

「すみません……してやられました」

大丈夫か、と周りの警備員から支えられながら彼は語る。

「ですがハンサムさん、奴らの通話を薄らと聞きました……三階で妨害工作してそらをとぶで逃げるつもりです」

「なるほど、第三派がいたか……では第四部隊は三階に至急……」

指示を言いかけたハンサムがハッとした顔で硬直する。三階へと向かい始めようとしていた隊員達がその顔を見て動きを止めた。
その難しい顔つきにさらに青筋を立てていた。

「貴様……なぜ最初に私を“警部”と呼んだくせに今は“ハンサムさん”なんて呼ぶ?」
 ▼ 105 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:35:35 ID:R1CkMNkA [14/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「何故だ? あれ程強く眠っていて今のやり取りを聞いていた……なんて事はあるまい、答えてみろ!」

「それは……」

「それは?」

周囲がどよめきハンサムはその警備員に睨みを利かす。

緊張し強ばった警備員の口元が歪む。

ハンサムの目に映るそれは……笑顔だった。
卑しくも憎々しくもある、だがしかしそれは微笑みであった。

「この僕こそが怪盗だからさ……“ハンサムさん”」

警備員の服を脱ぎ捨て、ゾロアークに目と口元がよく似た男が現れた。

ハンサムが反射的にその男から飛び退く。
 ▼ 106 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:36:24 ID:R1CkMNkA [15/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「貴様……! やはり現れたな!」

ハンサムが目の前に現れた怪盗に睨みを効かせる。
周りの警備員と刑事がモンスターボールに手をかけているのが見えた。

「フン……犯行時刻まで読まれていたのは予想外だったがオールオッケーだ! 僕は『異本』の在り処が知りたかった、ありがとうよハンサムさん」

「例え知られたとしても……ゾロアークのいない貴様には何も出来まい!」

「さて……それはどうだろうか」

手袋を付けた指で器用にも音を鳴らした。

「ゾロアーク、どろぼうだ」
 ▼ 107 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:37:16 ID:R1CkMNkA [16/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ざわめく集団をかき分け、一際素早い挙動で……その黒い影はひらりと現れた。

「なっ……何だと!?」

「ゾロアーク……!? 何故!?」

「あの予備動作……! クソッ、みがわりと幻影を見せる能力だな……!?」

ハンサムが推測を言い放つと、辛酸を舐めた顔つきでぎりりと怪盗を睨む。

「ほほう……やるじゃないかハンサムさん、流石は国際警察と言ったところか」

そして黒い影……ゾロアークが華麗な身のこなしでハンサムのポケット内を狙い、電光石火の勢いで駆け抜ける。

勢い余って怪盗からは少し離れてしまったが……その手には確かにあの『異本』があった。
ゾロアークがしたり顔で掲げる。

「おい……ッ! このクソッ! アイツを押さえ込め……!」
 ▼ 108 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:38:04 ID:R1CkMNkA [17/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ゾロアークの手元にある書を見て怪盗は笑みを強めた。

「貰った……確かに本物を!」

「全員ポケモンを繰り出せ……! 何としてもゾロアークを捕らえろ!」

ハンサムの必死な叫びが轟く。

「クロバット、くろいまなざしだ!」

「ニョロボン……あの黒いやつにじごぐぐるまだ」

「出てこいッオーベム!」

「バリヤード、マジックルーム!」

ハンサムの言葉を聞いて、警備員達のモンスターボールから次々とポケモンが現れる。

「出てこいお前達、帰還作戦決行だ」

怪盗が一気に三つのボールを空へと投げる。ボールからポケモン達が降ってきた。
 ▼ 109 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:39:27 ID:R1CkMNkA [18/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「サーナイト、ムーンフォース……ギルガルドはゴーストダイブ! ジヘッド、あくのはどうです!」

助手が続けざまに周りの三体へと指示を出す。
ギルガルドは影と化し屋上に溶け込んだ。サーナイト、ジヘッドがリザードンに向かい攻撃をした。

「ほう……やり合う気か、いいだろう行けレントラーッ!」

「頼みましたぞドサイドン!」

白髪混じりの刑事から新たにレントラーが、小太りした刑事の手持ちからはドサイドンがそれぞれ場に出る。

リザードンを庇うように飛び出たドサイドンがムーンフォースとあくのはどうを腕で受け止め、膝を着く。
がしかし、倒れずにその堅牢さを助手達に見せつけた。

「ならばこちらも本気でいくまで……サーナイト!」

助手が取り出したのは大きな水晶の着いたペンダント。そしてサーナイトの腕輪に着いたサーナイトナイト。
二つが共鳴し合い眩い光を帯びた。

サーナイトが激しい光に包まれる。
球体状にサーナイトを包んだ光はやがて放射線に散り、姿を変貌させた……メガサーナイトがその美しくも凛々しい姿を見せた。
 ▼ 110 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:40:18 ID:R1CkMNkA [19/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ほうメガシンカか……相手にとって不足なしッ! 」

白髪混じりの刑事が高らかに言い放つ。

「リザードンかえんほうしゃ、レントラーワイルドボルトだ……サーナイトを狙え! テレポートなんてされたら厄介だからな」

「ですな……ドサイドン、アイアンヘッドでサーナイトを狙いますぞ」

リザードンが飛び立ち、レントラーが自身に激しく電撃音を響かせる電光を纏う。ドサイドンが重い足取りでメガサーナイトへと近づく。

「メガサーナイト……まずはドサイドンを集中砲火です、ジヘッドはかえんほうしゃを打ち消しましょう」

メガサーナイトは頷き、先程と同じく月の光を帯びたサイコパワーを相手へ浴びせる。
アイアンヘッドを撃ち込むために接近してきたドサイドンへど真ん中、先ほどよりも威力の上がったムーンフォースが命中する。ドサイドンが崩れてアイアンヘッドを外した。

上空からひらりとリザードンが現れる。
口から灼熱の放射を噴出しメガサーナイトを狙ったが、ジヘッドのあくのはどうにこれを阻止された。
 ▼ 111 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:41:19 ID:R1CkMNkA [20/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「上手く凌いだようだが……これは避けられまい!」

レントラーが電光石火の速さで激しい雷光と共に無防備となったメガサーナイトに突っ込む。

「サナ……!」

レントラーもろとも吹っ飛ばされたメガサーナイトが小さく呻き声を上げた。
メガサーナイトの背後、攻撃を終えたレントラーが反動で姿勢を崩した。

「ギルガルド!」

助手が声を上げた。

ジヘッドと対峙していたリザードンに影の塊が迫る。
影から具現したギルガルドが鋭利なる一閃でリザードンを地に落とす。

リザードンは再び羽ばたこうと身体を上げたが、叶わず意識を手放した。

「チィッ……!」

白髪混じりの刑事がリザードンをボールに戻しながら舌打ちをした。
 ▼ 112 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:43:40 ID:R1CkMNkA [21/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「もう一度ワイルドボルトだ……!」

「アイアンヘッド、サーナイトへ」

レントラーが身体に再び電光を溜め始め、ドサイドンがその巨体で頭突きの予備動作を取りだした。

「キングシールド!」

メガサーナイトを庇う形でギルガルドが素早く盾を自身に装填し、二体の攻撃を弾いた。
キングシールドの効果で接近した二体の攻撃をガクッと下げる。

「くそうッ!」

「やりますなァ……!」

刑事二人組から苦い言葉がこぼれる。
 ▼ 113 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:44:30 ID:R1CkMNkA [22/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「こごえるかぜ……そしてあくのはどう!」

メガサーナイトが冷たい冷気の全体攻撃を発した。
ドサイドンはこれまでのダメージの蓄積、そしてこの攻撃が急所に当たり、その堅牢さは砕けた。

辛うじて立っていたレントラーだが、ワイルドボルトを撃ち損じ、こごえるかぜで敏捷の下がった隙をジヘッドに回くぐられた。
あくのはどうが無防備なみぞおちへと命中し……そして動かなくなった。

「さぁ……もう終わりですか? そんな訳ないでしょう?」

助手が余裕ある冷淡な口調で言ってのける。

「くっ……言っていろ……こちらハウンド01、至急応援を要請する! 繰り返す、至急応援を要請する!」

白髪混じりの刑事が自分のポケモンをボールを戻しつつ、通信機に応援を繰り返し唱えた。
初めの貫禄と余裕はとうに失せていた。
 ▼ 114 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:45:59 ID:R1CkMNkA [23/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「遅れました!」

通信機への必死の連絡から間もなくだった。
十数人の警備員達が屋上へなだれ込む。

「来ましたね……追加オーダー」

助手と一間置いたジヘッド達が扉から現れた警備隊に向き直る。
助手に緊張の汗が滴った。

「あいつが助手だそうだ……総員かかれ! 一体ずつ確実に排除しろ!」

「「「はっ!」」」

警備隊のポケモン達がとめどなく屋上の入口付近を支配した。

「ジヘッド、サーナイト、ギルガルド……! ここが正念場です!」

助手が強ばる声で言う。
ジヘッド、サーナイト、ギルガルド……皆助手を見て無言で頷いた。

「あの人の元へは……行かせません……!」
 ▼ 115 ンガー@もうどくプレート 18/09/16 21:46:31 ID:1OOgfwb2 NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
2つ○をー♪つーけーてー♪
 ▼ 116 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:47:09 ID:R1CkMNkA [24/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「くろいまなざしなんてさせるかよォ!フーディン、サイコキネシスだ!」

「ロトムは10まんボルト……ドンカラスはねっぷう!……ゾロアーク、お前は暴れて戻って来い」

「逃がしはしない……! オーベム、フーディンにふういん!」

フーディンとクロバットの素早さ勝負は僅かにフーディンが勝った。クロバットがわざを繰り出す前に、サイコキネシスでぶん投げて見事戦闘不能にした。
が、その隙に警備隊の手持ちの一体、オーベムに自身の技を封じられた。

「チッ……今度はふういんか、テレポート対策だな……」

怪盗は毒づいてはいたが……依然として笑顔であった。

ゾロアークがバークアウトで遠距離攻撃に応戦する。そしてそのゾロアークを守るように周りに電撃が迸った。電撃の跡からぶすぶすと黒い煙が上がる。

続いて大きく羽ばたくドンカラス。
警備員一同はねっぷうによる全体攻撃を警戒し、身構えた。

結果、それは空振りした。
 ▼ 117 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:48:09 ID:R1CkMNkA [25/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「何……くろいきりだと!?」

ドンカラスは黒く、てかりある翼を広げると大きく旋風を巻き起こす……ようなことはなく、代わりに口から黒い霧を噴出した。

予想外の行動に警備隊とそのポケモン達は一瞬、硬直した。
その隙に一際素早い黒い影は群がるポケモン達を掻い潜る。

「誰か風を起こせ、視界を戻すんだ!」

「ケンホロウ……きりばらいだ!」

いきなり黒もやに雲隠れさせられたハンサム率いる警備員達。
ポケモン達が標的を失い混乱している最中、誰かが手持ちのポケモンへときりばらいを命令する声が聞こえる。

「そうらもっと騒げ!……フーディン!」

怪盗は混乱する警備隊を嘲笑う調子で高笑いした。
そして一転、冷静に命令する。

「テレポートだ」
 ▼ 118 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:49:25 ID:R1CkMNkA [26/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーディンは霧の中テレポートを試みた。
しかしそれはやはり失敗に終わる。

「馬鹿め……その手は封じた」

やがて、突風により黒い霧が晴れた。
そこには警備隊のポケモン達をくぐり抜け『異本』を怪盗に手渡すゾロアークと、テレポートが不発したフーディン……そして怪盗の近くで空を漂うロトムとドンカラスがいた。

「よくやった……しかとこの手に受け取ったぞ」

「くっ……小癪な、しかし逃走は封じたぞ……大人しくお縄にかかってもらおうか」

ハンサムが険しい面持ちに汗を滴らせて言う。

「それはフーディンのテレポートの事か? フッフッフッ……甘い、甘いな甘すぎて胃もたれしそうだ」

勿体ぶった言い回しで怪盗は高らかに笑う。

「何を……このまま戦い続ければ数のない貴様の敗北だ」

「僕は怪盗……戦いはしない、逃げるが勝ちなのさ」

指をパチンと弾き高らかに言う。

「まねっこッ!」

ゾロアークがフーディンの動きを真似て地に手を付きそして……怪盗の一派がその姿を消した。
 ▼ 119 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:50:31 ID:R1CkMNkA [27/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
一体どれくらいのポケモンをなぎ倒した頃だろうか。しかしそれほど時間は経っていないように助手には思えた。

「……サーナイト、ギルガルド!」

助手達の奮闘虚しく、警備隊達の数の力で押されていた。
初めにメガサーナイトが……そして複数を相手取り、攻撃をモロに浴びたギルガルドが倒れる。

「……お疲れ様です」

ボロボロになるまで戦ってくれた二体をボールへと戻す。
追い詰められたジヘッドが、ガクガクと震えて助手の方を見ていた。

「そろそろお終いか? ポケモン達を傷付ける前に大人しく投降したらどうだ?」

この言葉に助手は苦虫を噛んだような顔をした。
仲間の戦闘不能、多勢による攻撃で残るジヘッドも戦意を喪失していた。

「さて……あとはそのボロボロのジヘッド一体でこちらは十体弱、勝機はありませんなァ?」

「さぁ諦めろ!」

刑事達は強い口調で畳み掛ける。
 ▼ 120 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:51:17 ID:R1CkMNkA [28/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
刑事達を険ある冷徹の目で睨むも効果はない。

助手は屋上の風に吹かれ、二度、三度静かに瞬いた。
何か決意に満ちた……涼しげな顔をしていた。

そして一歩、後退する。
一歩、また一歩……後ずさった。

「私は……私は怪盗の助手です」

助手はじりじりと後ずさる。

「捕まる、訳には」

助手はじりじりと後ずさる。

「あの人の……足枷に、なる訳には……」

「おい! 何をしている」

助手はじりじりと……一歩一歩着実に後ずさる。
僅かな緊張と恐怖で口ごもっていた。

ここは高層ビルの屋上。
何をしようとしているかは明確であった。刑事達から制止の声が上がる。
 ▼ 121 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:52:11 ID:R1CkMNkA [29/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ジヘッド……今までありがとうございました」

「グギャアッ!?」

助手は満足そうだった。
唐突な言葉と行動にジヘッドは当惑していた。

「サーナイトもギルガルドも……本当によく働いてくれました……皆、そしてミスター、こんな無力な私をお許し下さい」

「……さようなら」

カツン、と靴底の乾いた音がした。
そして重力へとその身を任せ……助手は静かに落下運動を始めた。
 ▼ 122 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:52:45 ID:R1CkMNkA [30/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「グギャアッ……グギャゴルオオオォォォォオ……ッ!」

哀しみと怒りが綯い交ぜになった、嵐のような咆哮がジヘッドの双頭から発せられる。

その哀しみが、怒りが、臆病なジヘッドに飛び出す勇気を……内に秘めていた新たな力を呼び覚ます。

「……!?」

助手は落下の間際それを目端で目撃した。

眩い青い光に包まれると、二つの頭が三つに分かれ……そのシルエットはさらに禍々しいものへと変貌した。

そして今、すんでのところで助手の首元をくわえ持ち、不器用に羽ばたくそれは……今までのジヘッドとは違う誇り高さを感じさせた。

ジヘッドはサザンドラへと進化した。
 ▼ 123 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:53:47 ID:R1CkMNkA [31/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「サザン、ドラ」

「フシュルルルルル……」

「私のために……」

サザンドラは無言だった。
無言であったがその鋭い瞳には安心の色が浮かんでいるように見えた。

『おい助手!? 君……』

静かになった空間に通信機からの怪盗の声がよく聞こえる。
遠くなった刑事達を見るとこちらの状況から何をするでもなく、様子見しているらしかった。

「……ミスター?」

どこかでガラスの割れる小気味よい音が聞こえる。

「風……?」

真下から吹き付ける強風があった。
気づき目をやると、助手とサザンドラのいる上空に目にも止まらぬスピードで迫ってくる者がいた。

「なにやってんだああああああああああああああああ!!!」

「え」

男の……怪盗の叫び声は聞こえると同時にサザンドラから助手をさらった。
 ▼ 124 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:54:39 ID:R1CkMNkA [32/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そんなに君は僕を怒らせたいのか? どうしてもこの僕の珍しく怒れる姿が見たいか、えぇ!?」

「……ミスター、何故ここに」

助手はただ尋ねることしか出来なかった。
あまりにサプライズの連続なのでまともに思考し、言葉をまとめる力が消えてしまっていた。

怪盗はそんなことは関係なしに自分自身を指さし、そして助手を見て叫んだ。

「……僕らは!」

「二人で怪盗……だろ?」

穏やかな、そして晴れやかな微笑みであった。

「……はい」

虚をつかれた助手であったが、その言葉を聞いて……口元を自然と歪ませた。

凍りは溶け、悠然で恭しくも美しい微笑みが……怪盗の視界いっぱいに映る。

「『異本』は手に入れた……帰るぞ、幽霊屋敷の掃除も日々の家事もしてもらわなきゃな」

「心得ております」
 ▼ 125 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:55:19 ID:R1CkMNkA [33/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……! まずい、逃がすな!」

白髪混じりの刑事が叫ぶ。
その声に応じて何体かポケモンが飛び立つ。

「グギャアァーッ!」

飛び立とうとしたポケモンをサザンドラ渾身のあくのはどうで撃ち落とした。

「サザンドラ……!」

サザンドラはもうあの臆病者のジヘッドではなかった。
新たな力を奮い、警備隊一同を攻撃する。

「おいボーマンダ! 分かってるだろうな? お前が言うことを聞かないと全員お陀仏なんだからな!」

助手をさらい怪盗を乗せたポケモン……メガボーマンダが不満気に低い唸り声を上げた。

「ハイパーボイス!」
 ▼ 126 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:56:03 ID:R1CkMNkA [34/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
メガボーマンダの地をも揺るがす唸り声が攻撃となって飛翔するポケモン達を襲いかかる。

「グギャアッ! オオオーッ!」

大半は戦闘不能となり、残党もサザンドラのかえんほうしゃによって焼き払われた。

「良し! このまま突っ走るぞ!」

「戻って下さいサザンドラ!」

翻り、メガボーマンダは逃走を始める。
助手が急いでサザンドラをボールへと戻した。

「くっ……待て怪盗共……!」

爆煙とかえんほうしゃの残り火に包まれた警備隊に為す術はなく。
白髪混じりの刑事の心底悔しそうな言葉だけがその場に残響となった。
 ▼ 127 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:56:54 ID:R1CkMNkA [35/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「撒いた……か……?」

メガボーマンダが二人を乗せてマッハの勢いでしばらくの間滑空していた。

「追っ手は来ていませんね」

特にヘリコプターなどは追ってきていないようだった。
怪盗は勝利を確信した。

「ふぅ……どうやら僕らの勝利らしいな、見たかバイモ社の奴ら!」

ガッツポーズをし、晴れ晴れとバイモ社への煽り文句を言った。

「本当に……盗んだんですか? あの人の本を?」

「ああ? 変わらない心配性だな……ほら、きちんとここに」

やや不安げな助手にスーツの内ポケットから勝ち盗った……本物の『名もなき異本』を見せる。
古めかしくそれでいて霊妙な体相をしたその本は確かにそこに存在していた。

「勝った、のですね……私達本当に勝利したのですね」

助手の声は震えていた。

「ああ、勝ったのさ……僕達二人と八体が」
 ▼ 128 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:57:41 ID:R1CkMNkA [36/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……サザンドラ、進化したんだな」

風に吹かれながら横顔で怪盗は助手に話しかける。

「ええ、私のために頑張ってくれました……帰ったらたくさんきのみをあげます」

「アイツの功労はデカい……是非ともそうしてやれ」

「ええ」

「あの暴れん坊で臆病者のモノズをそこまで育てた……君も実に見どころのある助手になったな」

「貴方が私を褒めるなんて……明日は槍が降りそうですね……ミスターこそ、この子はどうしたんですか」

おい、と助手を小突きつつ、どこか懐かしげに怪盗は語る。

「……コイツは僕が怪盗じゃない時代を唯一知るポケモンでね」

怪盗はボーマンダの背中をさする。
既にメガシンカは解いていた。怪盗に触られて嫌そうに低い唸り声を鳴らす。

「同時にただ一体、僕を見捨てなかったポケモンでもあるわけだが……いかんせん盗みには非協力的さ」

「そんなポケモンが……しかし本当に」

助手は神妙に言う。
 ▼ 129 ェード◆nfYyot98RE 18/09/16 21:58:23 ID:R1CkMNkA [37/37] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「良かった……」

噛み締めるように助手は言う。

「また帰って来れて……良かった」

その瞳は涙で潤んでいた。
安堵と祝福の微笑みが怪盗の目に留まる。

「同感だ」

「拠点で中を見るのが楽しみですね、ミスター」

「ああ、だがそれ以上に……」

「……?」

助手は不思議そうに微笑んだ。
その微笑みに応えるかのように優しさに溢れた微笑みで怪盗は答えた。

「一番欲しかったものはもう手に入ったよ」








【SS】微笑みの怪盗 ─完─
 ▼ 130 クティニ@イリマのノーマルZ 18/09/16 22:12:54 ID:P5R.X8DY NGネーム登録 NGID登録 報告
超支援!!
 ▼ 131 クシオ@ユキノオナイト 18/09/17 10:40:44 ID:dop6dbSI NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
終わったのか……技の使い方が上手くてすごいと思った。ほかに書いた作品があれば読んでみたいです。
 ▼ 132 ガイアス@ジュナイパーZ 18/09/19 17:10:30 ID:btt6f3r. NGネーム登録 NGID登録 [s] 報告
乙!
 ▼ 133 ーシャドー@ニニクのみ 18/09/20 16:06:45 ID:zYbw0q36 NGネーム登録 NGID登録 報告
>>132
なんでサゲてんだよ
このページは検索エンジン向けの機能制限版の旧ページです。
下URLから閲覧下さい。
https://pokemonbbs.com/post/read.cgi?no=881465
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