【SS】大団円はビタースイート:ポケモンBBS(掲示板) 【SS】大団円はビタースイート:ポケモンBBS

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【SS】大団円はビタースイート

 ▼ 1 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 19:50:32 ID:maoQvZlE [1/26] NGネーム登録 NGID登録 報告



覗き込んだオーブンの中では、オレンジの光の中で材料がぷつぷつと泡立っていました。


「あんまりオーブンさんを急かしてやるなよ」


トレーナーさんが笑っています。でも、急かしているわけではありません。

これから焼けるこのスポンジケーキを、わたしのクリームでどうやってデコレーションするか、考えているのです。

ほのかに甘く暖かいこの待ち時間が、トレーナーさんと一緒にクリームで飾り付けをする時間の次に好きです。
 ▼ 2 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 19:51:04 ID:maoQvZlE [2/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

でも、少し不思議です。

そう言うトレーナーさんだって、焼けるまでリビングのソファーに座って待っていればいいのに。

トレーナーさんは、キッチンをひっきりなしにうろついて、調理用具や材料をあれこれつっついています。

そして時々、チラりとオーブンを見るのです。

わたしは思わず笑ってしまいました。

オーブンを急かしているのは、トレーナーさんの方かもしれません。
 ▼ 3 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 19:51:46 ID:maoQvZlE [3/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

「な、何笑ってんだ」


気づかれてしまいました。だって、いつになくソワソワしてるのがおかしくて。

まるで初めてケーキを焼いたときみたいです。
お菓子作りがまだ不思議な魔法の儀式だった頃みたいに、トレーナーさんはソワソワうろうろしています。

ケーキ作りはもう慣れっこなのに、いったいどうして?


「……特別なんだよ」


トレーナーさんは、材料置き場を弄りながら、観念したように言いました。


「緊張してんの。今から作るのは、特別なやつだから」


 ▼ 4 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 19:52:21 ID:maoQvZlE [4/26] NGネーム登録 NGID登録 報告








【SS】大団円はビター&スイート







 ▼ 5 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 19:55:28 ID:maoQvZlE [5/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

それから、トレーナーさんはこれから作るケーキの「特別」について、わたしに教えてくれました。

明後日は、特別な思いを伝えるための特別な日。

トレーナーさんは、幼なじみの女の子にチョコレートケーキを渡して、好きだと伝えるのだそうです。

わたしがマホミルだった頃、この家でよく遊んでもらっていた子です。

わたしもその子のことは好きです。でも、トレーナーさんの伝える「好き」は、わたしの「好き」とは少し違うらしいのです。

だから特別なんだと、恥ずかしそうに、でも少し嬉しそうに、トレーナーさんは言いました。
 ▼ 6 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 19:56:08 ID:maoQvZlE [6/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

けれど、特別な「好き」ってどういう感じなのでしょう。

トレーナーさんは、あの子のことをどう思っているのでしょう。

むずかしいです。想像もできません。

考えれば考えるほど、よく分からない何かがわたしの中を駆け巡りました。

温かいような、苦しいような、とても不思議な何かです。

この何かを、どこかで感じたことがあったような気がしました。

でもやっぱり、よく分からないのです。
 ▼ 7 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 19:56:42 ID:maoQvZlE [7/26] NGネーム登録 NGID登録 報告


「マホイップ。おーい、マホイップ」


トレーナーさんに頬を突っつかれて、はっとしました。


「どうしたんだよ。口開けて、ボーッとして」


むずかしいことを考えすぎて、上の空になっていたみたいです。


「ほら、お待ちかねのクリームタイム。今日も頼りにしてるからな」


トレーナーさんが指差した調理台には、焼き上がったスポンジケーキが置いてありました。

調理台の手前には、さっきまで電子レンジの前にあったわたし専用の踏み台が。

そうでした。今はお菓子作りの途中なのです。
 ▼ 8 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 19:57:21 ID:maoQvZlE [8/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

わたしが踏み台に登り、トレーナーさんも横に立ちます。

トレーナーさんと同じ目線になるこの高さが、わたしは好きです。どんな顔をしてるのか、よく見えます。


「まぁ今日はまだ試作だし、いつも通り気楽に作ろうな」


なんて言いながら、トレーナーさんはちょっぴり気合が入った顔でした。

特別だもんね。

わたしも張り切って飾り付けしないとです。
 ▼ 9 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 19:57:57 ID:maoQvZlE [9/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

ココア色をした小さな丸いスポンジケーキをじっと見つめます。

贈り物だから、わたしが好きなように飾り付けるわけにはいきません。

女の子に渡すなら、可愛いのがいいでしょうか。

でも、トレーナーさんが渡すなら、可愛すぎても変かもしれません。

どうしましょう。困りました。
 ▼ 10 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 19:58:28 ID:maoQvZlE [10/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

「そんなに悩まなくてもいいよ。アイツはお前のことも知ってるんだし」


固まってしまったわたしに、トレーナーさんが笑いかけます。

でも、「なんでもいい」は一番むずかしいです。

何かヒントはないですか? と、トレーナーさんを見つめます。

するとトレーナーさんは真剣な顔で、少しうなって。


「シンプルなのが好み、かな。多分」


そうなんだ。なら、控えめにデコレーションすれば良さそうです。

落ち着いた飾りつけのチョコレートケーキ。なんだか少し大人です。
 ▼ 11 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 19:59:03 ID:maoQvZlE [11/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

スポンジケーキの上に手をかざして、じっと集中します。

すると、手の先にほわっとした白い光のかたまりが生まれました。

クリームの魔法です。この光でスポンジを包むと、想像した通りにクリームで飾り付けできます。

わたしの作れる味はミルキィバニラだけですが、この光の中にフレーバーを混ぜると、クリームの味が変わります。

混ぜるのはトレーナーさんとの共同作業です。

この甘くて不思議な光を一緒に少しずつ大きくしていくのが、わたしはとても好きです。
 ▼ 12 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 19:59:44 ID:maoQvZlE [12/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

「よし、いくぞ。せーの」


トレーナーさんが、溶かしたチョコレートを光の中に垂らしていきます。

白い光は、チョコレートの黒と溶け合いながら、少しずつ広がりはじめました。

ふと見たトレーナーさんの横顔は、口を固く結んでクリームの光を見つめています。

「心をこめる」という言葉がよく似合う顔です。
 ▼ 13 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 20:00:25 ID:maoQvZlE [13/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

わたしのクリームに、今、トレーナーさんがあの子に伝えたい「好き」が注がれているのだと思います。

その「好き」がどういうものなのかは、よく分かりません。

けれど、ケーキを作る真剣な表情や、あの子の話をするときの恥ずかしいような嬉しいような表情の一つ一つが、そうなんだと思います。

「好き」のせいなんだと思います。

少しココア色に濁った光と一緒に、暖かくて苦しい不思議な何かが、頭の中で大きくなっていきました。
 ▼ 14 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 20:01:01 ID:maoQvZlE [14/26] NGネーム登録 NGID登録 報告



クリームで飾って、それからしばらく冷やして、ケーキが出来上がりました。

控えめなチョコレートクリームの飾り付けが、ちょこんとした大きさのケーキによく似合っています。

普段はこんもりふわふわにデコレーションするけれど、シンプルなのも素敵だなと思いました。

上品で、でも少し寂しそうなのが、好きです。

ケーキはお姫様です。ふわふわの白も、慎ましやかな黒も、なんでも着こなせてしまうのです。
 ▼ 15 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 20:01:41 ID:maoQvZlE [15/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

「さて、どんなもんかな」


今日はひとまず試食です。トレーナーさんのフォークがケーキに沈んでいきます。

小さく切り取ったケーキを、トレーナーさんが口に運びました。

食べてる顔を見るのが好きです。

美味しさの数だけ「美味しい」の顔があって、それを見るのが楽しみだからです。

今もトレーナーさんの新しい「美味しい」を見るのが楽しみなのです。
 ▼ 16 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 20:02:30 ID:maoQvZlE [16/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

でも今日は、様子が違いました。

眉を寄せて、むずかしい顔をしています。

トレーナーさんはフォークを置いて、わたしのおでこにピタリと右手を当てました。


「熱はない、か。でもさっき、ボーッとしてたし……。なぁマホイップ、大丈夫か?」


どうして、わたしの体の調子を心配しているのでしょうか。
 ▼ 17 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 20:03:31 ID:maoQvZlE [17/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

それから、トレーナーさんはぶつぶつ言いながら、光る板で何か調べごとをはじめました。

光る板に書いてあることは分からないので、トレーナーさんの独り言に耳をすますと、


「クリームが甘くないなんて、おかしいよな……」


とても不安そうに、そうつぶやいていたのです。
 ▼ 18 リボーグ@タマゴけん 20/02/11 23:02:49 ID:maoQvZlE [18/26] NGネーム登録 NGID登録 報告






特別な日まで、あと1日です。

学校から帰ってきたトレーナーさんが一人でキッチンに向かおうとしたので、わたしは慌てて服の裾を掴みました。


「お前……本当に大丈夫なのか?」


一生懸命うなずきます。だって、どこも悪くなんてないのです。


「でも昨日は、なんか……わわっ!」


トレーナーさんを引っぱって、キッチンに向かいます。

昨日も、今日も、わたしは元気です。お菓子作りが大好きです。
 ▼ 19 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 23:03:40 ID:maoQvZlE [19/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

トレーナーさんは、どうにか納得してくれました。

今日はもう失敗できないので、ケーキに塗る前にクリームを作って、トレーナーさんが試食します。

甘いクリームを作る一番のコツは、楽しく作ること。トレーナーさんがそう言っていました。

昨日はきっと、緊張してしまったのです。

あの不思議な何かのせいです。むずかしいことを考えすぎて、楽しさが隠れてしまったのです。

だから今日は、いつも通り。いや、いつもよりも、とびきり楽しく作るのです。

明るく、明るく。笑って、笑って。
 ▼ 20 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 23:05:42 ID:maoQvZlE [20/26] NGネーム登録 NGID登録 報告


そうしてできたクリームを、小皿に盛り付けました。

それをトレーナーさんが、人差し指にすくいとって口に運びます。


「ん。甘い」


ああ、よかった。ほっと胸をなで下ろしました。

やっぱり、楽しく作れば大丈夫なのです。

ほらね、と、トレーナーさんの方を見ます。「美味しい」の顔が見たくて。

けれど、それは今日も叶いませんでした。


「ちゃんと甘いよ、マホイップ」


トレーナーさんは、わたしを見つめて微笑んでいるのです。

優しく、そしてひどく不安そうに、微笑んでいるのです。
 ▼ 21 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 23:06:02 ID:maoQvZlE [21/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

トレーナーさんは、それ以上何も言いませんでした。

けれど、よくない味なのは分かります。

すぐにもう一回、もう一回と、クリームを作り直しました。

けれどそのたび、クリームを舐めたトレーナーさんは同じ顔をするのでした。

もう一度クリームを出そうと手をかざすと、その手をトレーナーさんが握りました。


「ちゃんと甘いって。大丈夫。な?」


そしてもう片方の手でわたしの頭を撫でました。

撫でられるのは好きです。

けど、今は。今は違うのです。
 ▼ 22 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 23:06:54 ID:maoQvZlE [22/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

「ほら、クリーム塗ろう」


トレーナーさんは、冷ましてあったスポンジケーキを調理台に置きました。

きっと、トレーナーさんは今日のわたしのクリームを美味しいと思っていません。

でも、それを言ったらわたしが傷つくから、トレーナーさんはケーキを作りを止めさせないでいるのです。

優しくされるのは好きです。でも、今はとても苦しいです。

だって、これで失敗したら、トレーナーさんの「特別」は。
 ▼ 23 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 23:07:42 ID:maoQvZlE [23/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

どうしよう。どうしよう。スポンジケーキの上に手をかざして、考えます。

もし美味しいクリームにならなかったら、トレーナーさんはどうするのでしょうか。

そのケーキを渡すのでしょうか。代わりの何かを買って渡すのでしょうか。何も渡さずに想いを伝えるのでしょうか。

それとも、伝えるのを諦めるのでしょうか。

そんなのは嫌です。

この一つしかないスポンジケーキに、ちゃんと美味しいクリームでデコレーションしなければなりません。
 ▼ 24 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 23:08:18 ID:maoQvZlE [24/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

どうして美味しいクリームを作れないのでしょう。

このケーキ作りと今までで、何が違うのでしょう。

いつも通りにできればいいだけなのに。でも、いつも通りって、どんなだったでしょうか。

楽しく作るのが、甘いクリームを作るコツ。

いつも楽しかったから、こうやって考えたこともありませんでした。

わたしはどうして、お菓子を作るのが楽しかったんでしょうか。

今はどうして、苦しいんでしょうか。

どうして、こんなに。
 ▼ 25 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 23:08:39 ID:maoQvZlE [25/26] NGネーム登録 NGID登録 報告





──ああ、そっか。




 ▼ 26 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/11 23:09:33 ID:maoQvZlE [26/26] NGネーム登録 NGID登録 報告

わたしは目を閉じて、スポンジケーキに手のひらをかざしました。


むずかしくなんてないのです。簡単です。

想像できないのではないのです。想像したくなかったのです。

分からないのではないのです。分かりたくなかったのです。

けれど今、分かってしまったのです。

暖かくて苦しい不思議な何かの正体。

それが、美味しいクリームの作り方なのです。


 ▼ 27 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/12 20:19:49 ID:pSAA.iAs [1/17] NGネーム登録 NGID登録 報告






学校が終わり、俺は立ち漕ぎで帰路についていた。

いよいよ今日だ。アイツにケーキを渡す約束は、20分後、5番道路の橋の上。

俺が家の冷蔵庫からケーキを回収して橋まで戻るのと、アイツが歩いて下校して橋の上を通るのは、ほぼ同時になるはずだ。

ケーキを直前まで冷やし、女子を待たせず、さらに夕焼けに染まるワイルドエリアを一望できる絶景スポット。

ついでに人通りも少ない。

我ながら、これ以上なく完璧なセッティングだ。

ただし全力の立ち漕ぎが前提だし、経験上アイツが時間を守ることはまずないが。
 ▼ 28 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/12 20:21:43 ID:pSAA.iAs [2/17] NGネーム登録 NGID登録 報告

いつもより心臓が忙しく脈打っているのを感じる。

必死で漕いでいるせいか──それとも不安を主張しているのか。

落ち着け。大丈夫だ。

事あるごとに「まだ付き合ってなかったの!?」と言われる仲だ。

百戦錬磨の親友が脈アリの太鼓判を100回ぐらい押している。

幼少の頃に本人の口から求婚された覚えもある。

今日約束を取り付けたときだって、間違いなくいい感じだった。
 ▼ 29 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/12 20:23:21 ID:pSAA.iAs [3/17] NGネーム登録 NGID登録 報告

これまで何もなかったのは、アイツが恋愛に関してかなり引っ込み思案だからだ。

男っ気のある話など、高校生の今に至るまで聞いたことがない。

だからこちらから行くのだ。お互い意気地なしでは始まらないから、このバレンタインという日を間借りして、曖昧な関係に終止符を打つのだ。

何より、俺には心強い味方がついている。

昨日マホイップが最後に作ったクリームは、ほかのどんなスイーツよりも美味かった。

バレンタインの贈り物で、あれ以上のものはないと確信できる。
 ▼ 30 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/12 20:28:45 ID:pSAA.iAs [4/17] NGネーム登録 NGID登録 報告

告白の不安はおおよそ吹き飛んでくれたようだった。

しかしその代わり、今度は元々心に留まっていた別の不安が顔を出す。

マホイップのことだ。

最後のクリームはいつも以上に絶品だったが、そこに至るまでのクリームの味が何か変だった。

甘いは甘いのだが、何かごちゃまぜの味を上から甘味で塗りつぶしたような、そんな味。

しかもその前の日には、全く甘みのないクリームが出てきている。

クリームの味にはその時の気分が影響すると、ネットの記事にそう書いてあった。

これが本当なのだとしたら、マホイップは何か大きな不安や悩みを抱えているのではないだろうか。
 ▼ 31 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/12 20:29:50 ID:pSAA.iAs [5/17] NGネーム登録 NGID登録 報告

でもそれにしては、昨日の最後のクリームは完璧な味だった。

なら、最後のデコレーションをする時には悩みは晴れていた?

俺がこのケーキ作りを特別だなんて言ったから、それが重いプレッシャーになってしまったのだろうか。

……なんにせよ、昨日あれだけ頑張ってくれたマホイップにはとびきりの感謝を伝えなければならない。

告白に失敗したらきっとマホイップは責任を感じてしまうから、なおさら成功させたい。

そう思うとなんだか気が急いて、俺は自転車のギアを一段上げた。

 ▼ 32 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/12 20:31:18 ID:pSAA.iAs [6/17] NGネーム登録 NGID登録 報告



「ただいま!」


思ったより時間が押している。玄関を閉めるのももどかしく、俺は冷蔵庫へと急いだ。

確か、ケーキは一番上の棚の手前側。最短の回収をシミュレーションしながら、キッチンに駆け込む。

しかし、ケーキは冷蔵庫を開ける前にみつかった。

冷蔵庫の前に置かれた踏み台の上で、マホイップがケーキの小箱を抱えていたからだ。
 ▼ 33 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/12 20:32:41 ID:pSAA.iAs [7/17] NGネーム登録 NGID登録 報告

「……どうした?」


返事は返ってこなかった。俯いていて、表情はよく見えない。


「出しといてくれたのか? これ」


やはり返事はない。

小箱に触れると、まだ冷たかった。

冷蔵庫から出したのはついさっきであることが分かり、ひとまず安堵する。

しかし、マホイップの様子が明らかにおかしい。

クリームの味が変わったときともまた違う。

見ているだけで悲しくなるような、まるで今にも消えてしまいそうな。

そんな不安に胸がざわつく。
 ▼ 34 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/12 20:34:38 ID:pSAA.iAs [8/17] NGネーム登録 NGID登録 報告

どうしたいのだろう。どうしてあげればいいのだろう。

抱えているケーキを持っていってはいけない気がする。

それに、マホイップをここに置いていく気にはなれない。

けれど、何と声をかければいいのか分からない。どう声をかけるのも、怖かった。

……ダメだ、約束まで時間がない。

俺はマホイップが箱を抱えている理由をどうにか考えた末、最初に思い当たったものに賭けた。


「一緒に渡してくれるか、マホイップ」



──この的外れな推測が、後に大惨事を招くとも知らずに。



 ▼ 35 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/12 20:36:33 ID:pSAA.iAs [9/17] NGネーム登録 NGID登録 報告



約束の橋に差し掛かると、真ん中でアイツが手を振っているのが見えた。

橋の上にいるのはどうやら俺たちだけのようだ。

マホイップを載せた自転車カゴが揺れない程度にスパートをかける。

結局、約束の時間には5分遅れだった。


「待たせた。すまん」

「いいよ、いっつもあたしが遅刻する側なんだから。待つって新鮮だね」

「そうか……すまん」


時間にルーズな彼女が、珍しく約束通りに来ていたのだ。

それほどこの約束を大事に思ってくれていたのが嬉しく、だからこそ待たせてしまったのが余計に悔しかった。
 ▼ 36 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/12 20:37:21 ID:pSAA.iAs [10/17] NGネーム登録 NGID登録 報告

「それで、その……何? 改まって呼び出したりなんかして」


いつになく真面目な調子で、彼女は問いかけてきた。

そのトーンだけで、何か覚悟をしてここに来たのだと分かる。

それはきっと、俺がしてきたのと同じような覚悟。


「渡したいものと、伝えたいことがある」


友達以上恋人未満は今日で終わらせるのだという覚悟だ。
 ▼ 37 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/12 20:38:03 ID:pSAA.iAs [11/17] NGネーム登録 NGID登録 報告

「さ、マホイップ」


ケーキを渡そう、とマホイップに促す。

けれど、動かない。

自分で渡したいから持っていた、というわけではなかったらしい。

ということは、マホイップがケーキを抱えているのは──

──渡したくないから、ということになるのだろうか。
 ▼ 38 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/12 20:40:11 ID:pSAA.iAs [12/17] NGネーム登録 NGID登録 報告

「ねぇ。マホちゃん、大丈夫なの?」


心配そうに彼女が言う。

俺はしゃがみ込んで、マホイップと目線を合わせた。

どうしたらいいのか分からない──マホイップはそんな顔をしていた。

俺もどうしたらいいのか分からなかった。


「なぁ、マホイップ。このケーキは──」


言うべきこともまとまらないまま、俺は小箱に手を伸ばした。

伸ばしてしまった。

その瞬間。


マホイップの体は、赤く、まばゆい光に包まれた。


 ▼ 39 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/12 20:41:30 ID:pSAA.iAs [13/17] NGネーム登録 NGID登録 報告




簡単なことだったのです。

分かってしまったのです。

想像もできるのです。

特別な「好き」も、それを伝える幸せも。

でもやっぱり、ダメです。無理です。嫌なんです。

だって、だって、だって──。



 ▼ 40 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/12 20:43:28 ID:pSAA.iAs [14/17] NGネーム登録 NGID登録 報告



激しい光で目が眩み、何も見えない。


「マホイップ? マホイップ!」


呼び掛けには返事がなく、伸ばした手も空を切った。

あの赤い光に飲み込まれて、マホイップが消えていく。そんな光景が脳裏をよぎる。

違う。ありえない。大体、フェアリータイプのポケモンが光るぐらいよくあることで。

しかし不安を振り払おうとする俺を嘲笑うかのように、今度は地面が激しく揺れた。

やめてくれ。勘弁してくれ。

マホイップはそこにいる。消えたりなんかしない。
 ▼ 41 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/12 20:44:56 ID:pSAA.iAs [15/17] NGネーム登録 NGID登録 報告

縋るように目を開ける。

赤い光は消えていた。揺れももうない。


「マホイップ! おい!」


しかし橋の上にマホイップの姿は見当たらない。

足が遅いから、そんなに遠くに行っているはずもないのに。

まさか、さっきの揺れで橋から──
 ▼ 42 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/12 20:46:00 ID:pSAA.iAs [16/17] NGネーム登録 NGID登録 報告

「ねぇ、あれ」


最悪の想像を、彼女の声が遮った。


「マホちゃん……だよね?」


彼女が指差した方──橋の手すりの向こうに、巨大な白い塊が聳え立っている。形容するとすれば、ウエディングケーキのような。

橋よりもはるかに高いその四段重ねの頂上に、確かにマホイップが乗っていた。
 ▼ 43 ャイン◆pe3jx/lPm. 20/02/12 20:46:53 ID:pSAA.iAs [17/17] NGネーム登録 NGID登録 報告

「マホイップ……?」


橋の手すりに駆け寄りケーキを見上げると、頂上のマホイップがこちらを振り向く。

そして目が合うや否や。


「みぃーっ!!」


空に鳴き声を轟かせて、大きな光の塊をこちらに投げつけてきた。
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