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【バレンタインSS】チョコレートコーティング

 ▼ 1 5oP7VYU6fg 23/02/14 13:44:08 ID:8Cw.y6NE [1/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


この街では毎朝鐘の音が鳴る。
どこからともなく、カァーンッ、カァーンッと。


その音を合図に、
クリーム色の道路が揺れ、
キノコの街路樹が風にザワつく。


ピンク色の空の下のメルヘンな街は、
今日もいつも通りの朝を迎える。


 ▼ 2 5oP7VYU6fg 23/02/14 13:46:05 ID:8Cw.y6NE [2/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


「んん〜っ、もう朝かぁ!」

私は伸びをして、
わたあめみたいな布団から飛び起きた。

鐘の音に起こされたのではない。
1階の方からただよってくる甘い匂いが脳を刺激したのだ。

2階に位置する自分の部屋を出てリビングに向かうと、マホイップがすでにキッチンに立っていた。


「おはようございます。マホイップ!」
「おはよう。朝ごはんできてるよ」


ちょうど大きなホールケーキが、テーブルに運ばれてくるところだった。
つい嬉しくなって、手をケーキに近づける。

「こら! 人間なんだから、ちゃんとスプーンを使って食べなさい」
「あははは。ごめんごめん」


ペシッと手をたたくマホイップは、まるで私のお母さんみたいだ。
私の世話をしてくれるという意味ではそういうところもあるかもしれない。

 ▼ 3 5oP7VYU6fg 23/02/14 13:47:09 ID:8Cw.y6NE [3/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


あらためてスプーンを握り、いざ巨大なケーキに切り込む ── !

真っ白の大地にスプーンが入る。生クリームがプルンッとはじける。
さらに奥に入れると、スポンジ生地のフワフワっとした弾力が肩まで伝わってくるみたいだった。

スプーンで抉った断面から、甘い匂いがフワッとあふれてきた。

断面からケーキの内部が見える。
スポンジに挟まれた生クリームのなかに、きのみがいれてあるのがわかった。
黄色と赤色の模様の入ったヒョウタンみたいな形のきのみだ。フィラのみと言うやつだろうか?


ついにケーキが舌に触れると口いっぱいに虹色の甘味が広がった ──!
一瞬、目の前がまっしろになるほどの衝撃!
脳がブッ飛びそうな幸福感!
これがマホイップの作るケーキだ!


「んんん〜!流石マホイップ! 今日も最高のケーキだよ!」
「はいはい。ありがとう」


マホイップは呆れながら、カップに紅茶を注いでいた。
受け取ったポットデス製の紅茶を、
一口で飲み干すと全身に痺れるような快感が走った。


「ごちそうさまでした! 私お店の準備してくるね!!」


リビングを出て、店先に移動する。
私とマホイップは2人でケーキの専門店を営んでいる。
王道のショートケーキはもちろん、チーズケーキやモンブランなどなど祝い事に食べる色んなケーキを売っている。
 ▼ 4 5oP7VYU6fg 23/02/14 13:47:54 ID:8Cw.y6NE [4/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


店は朝8時に開店だ。
私はケーキ屋さんというものが大好きだった。
誕生日やクリスマスなど、誰かを祝福する時に訪れる場所。
綺麗なお店と綺麗な女性が美味しいケーキを販売している場所。
だから私はそんなケーキ屋さんになれたことが本当に幸せだった。


「いらっしゃいませー!!」


店には様々な人が訪れる。
今日の最初のお客さんはクチートだった。


「えーっと、イチゴのショートケーキをひとつお願いできるかしら?」
「かしこまりました!」


クチートはあざむきポケモンと呼ばれている。
可愛い顔とは裏腹に、頭の後ろにある巨大な口でバクりと食べてしまうからだそうだ。
しかし頭の後ろの口は味覚がないらしい。
味がしない食事って楽しいのだろうか?


 ▼ 5 5oP7VYU6fg 23/02/14 13:48:29 ID:8Cw.y6NE [5/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


「ありがとうございました〜!」


私が店頭に立って接客をするあいだ、マホイップはキッチンでケーキを作っている。
ショートケーキがひとつ売れたのでショーウィンドウに、残りのケーキを補充した。
次に来たのは、大人の男性だった。


「こんばんは。良い店だねぇ」
「あ、はい……っ! いらっしゃいませ!」


初めての男性のお客さんで、なんだか緊張してしまう。
歳は20歳くらいだろうか?
精悍な顔つきで真面目そうな感じの青年だった。


「うん。来て良かったかもな……」
「……? あの今日は誰かのお祝いで?」


しばらく辺りを見渡して小さく呟く男。
しかしケーキを買う様子はなかった。


「ああいや、いちおう今日誕生日なんですが。独り身なもんで、祝ってくれる人はいなくて……」
「そうなんですね!おめでとうございます!」


男性は気まずそうに笑う。


「いいじゃないですか! ひとりでもケーキを食べたら幸せですよ!」
「いいんですよ。記念日とか、時間に頓着はないタイプなんです」


……ではどうしてこのケーキ屋さんに足を運んだのか。
この時の私はとくに疑問に思わなかった。
男前な男性を相手に浮き足立っているらしい。


「おや、その後ろの写真……」


男性は私の後ろの壁に注目した。
その視線の先には、一枚の写真が飾ってあった。
なにもない真っ白の壁にその1枚だけが飾ってある。


「そういえばこの写真、いつからあったんだろう……」
「それ。セレビィですよね?」

 ▼ 6 5oP7VYU6fg 23/02/14 13:49:13 ID:8Cw.y6NE [6/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


「セレビィって?」


どこかで聞いたことのあるような名前だと思ったら、
男性は目の色を変えて、その写真に食いついた。


「幻のポケモンですよ! 時間を越えるチカラを持つと言われている! 」
「……!」
「そう簡単に会えるポケモンじゃないのに! どうやって写真を手に入れたんですか!?」

夢中になった男は身を乗り出しながら、強く私を見つめてきて思わず顔が赤くなる。


「ちょっと落ち着いてください!」


「すみません」と気を取り直した男は、改めて私にといてくる。


「しかしあなたはセレビィに会ったことがあるんですか? そうじゃないとそんな写真……そうそう手に入らないはずです。撮れたとしても手放す人はいませんよ」
「それは……」


「実は、そうなんですよお! 私、セレビィを一度だけ見たことがあってぇ!」


もちろん大嘘である。

 ▼ 7 5oP7VYU6fg 23/02/14 13:50:04 ID:8Cw.y6NE [7/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


だけど食いつきっぷりが凄まじかったので、彼の気を引きたくて思わず嘘をついてしまった。


「本当ですか!? ぜひその時の話を聞かせてください!」
「え、えーとぉ……」
「見たのはやはりトキワの森ですか?」
「はい! もちろんですよ!」


なんとか話を合わせて、彼との会話を続ける。
しかしそうして話すのも限界がある。聞かれる側ではなく聞く側にならないと無知があっという間にバレてしまうだろう。


「ところであなたはどうして、そんなにセレビィのことを知りたいんですか?」
「実は、私はある研究をしていまして……」
「研究って?」


男はバツが悪そうに目をそらす。


「……笑わないでくださいよ?」
「はい。笑ったりしませんよ」
「タイムマシンを作る研究です。」


……………た、タイムマシン?
笑う笑わないという以前に、そのワードの突飛さにぽかんとしてしまった。


「つまり人が未来に行ったり過去に行ったり、時を越える装置を作るための研究を続けているんです」


そうか。それで時を越えられるセレビィのことを探していたんだ……。


「しかし結局見つけられなくて……そうだ! あなたはセレビィを見つけたことがあるんですよね!?」
「え、はい……」
「それなら是非、私の研究に力を貸してください!」

「えっ!ええーっ!?!?!?」

「だって、あなたもセレビィを探していたということは私と同じような考えがあったんでしょう!?」


しまった!!話を合わせているうちに、いつの間にか私がセレビィを探していたことになってしまっていた。

しかしその提案は満更でもなかった。
この時の私は既に、彼に小さな好意を抱いていたからだ ────。
 ▼ 8 5oP7VYU6fg 23/02/14 13:50:51 ID:8Cw.y6NE [8/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



── それから数時間後。


「お疲れさま。今日はこれで最後だよ」


夕暮れ時、ケーキは今日も完売!
店頭の電気を消して、意気揚々と店の掃除をしている時だった。


「マホイップ、このあと少し出かけてもいい?」
「え? なんで?」
「実は今日来たお客さんと仲良くなって、研究をお手伝いすることになったのよ!!」

「は、はあ?」


店を閉める夕方以降や休日だけは、彼の研究所に行くことになったのだ。


「ダメよ。そのお客さん怪しい人じゃないの?」
「私よりもずっと年上の真面目そうな大人の男の人だよ」


マホイップがなんの心配をしているのか。
私にはわからなかった。
夕日が徐々に沈み、店内が暗くなっていく。
薄い暗闇のなか、マホイップは言う。


「だいたい知り合って一日の男に惚れて、夜に家に行くなんて信じられないわ」
「ちょっと待って。なんで私がその人に惚れたってわかったの?」


店の電気は消えている。
日は沈んで、店の中は真っ暗になった。


「私は惚れたなんて一言も言ってないよね?」


マホイップは何も言わず、
陰が落ちた瞳で、こっちを見つめていた。




もしかして………
 ▼ 9 5oP7VYU6fg 23/02/14 13:53:20 ID:8Cw.y6NE [9/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「もしかして、私そんなに顔に出てたかなぁ!?」

顔がみるみるうちに熱くなる。
そうだ。私はあの男に、彼に一目惚れしてしまったのだ。

「でもそういうことだから、わかったでしょ! 私は彼にアプローチすることにしたの!」
「ダメよ!あなたみたいな幼い女の子が夜に出歩いて危ないでしょ!? その男は信用できないわ!」
「何言ってるの! この街に危険なんてないよ!」

私はマホイップの静止を無視して、私は部屋に戻って身支度をする。
ガタガタと部屋のものを動かしていると ──

──パタンッ。
棚の上に置いてあった写真が倒れた。

「なんだろ……?」

 ▼ 10 5oP7VYU6fg 23/02/14 13:55:11 ID:8Cw.y6NE [10/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


写真に写っているのは、
老人と少女が手を繋いでいる様子だった。

少女の方は私だ。

しかし老人の方は誰だろう?
写真にうつっている私を見るかぎりそんなに前の写真ではなさそうだが、最近こんな老人と会った記憶はない。


おっと、そうこうしている間に時間が過ぎていってしまう。
今日の私は、彼の研究所に行く約束があるのだ。

私は意気揚々と家を出て、
彼が待つ研究所へと向かった。



メルヘンな街路を行き、町外れの研究所にたどり着く。
外観は、お菓子の街並みに反して面白みのない建物だ。


 ▼ 11 5oP7VYU6fg 23/02/14 13:56:29 ID:8Cw.y6NE [11/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「よく来てくれたね!」


しかし中に入るとそこには、様々な工具や資料などがたくさん散らかっているいかにも研究施設らしい部屋が拡がっていた。
私が研究所に来ると、彼は私に研究所の手伝いをさせながら昼間と同じように自分の研究について長く話し込んだ。


「"親殺しのパラドックス"って知ってるかい? よく言われる時間遡行における矛盾点なんだけど……」


私が首を振ると、彼は話を続ける。


「例えば、ある夫婦のもとに生まれた子供がタイムマシンで自分が生まれるより過去に行き、その夫婦を殺したとする。
しかし夫婦が殺されれば子どもは生まれないのだから、夫婦を殺すことができなくなるはずだ。
というおかしな状況になるんだ」
 ▼ 12 5oP7VYU6fg 23/02/14 13:57:25 ID:8Cw.y6NE [12/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



「これが"親殺しのパラドックス"。セレビィが行う時間移動やタイムマシンが実現可能なら、何らかの形でこの矛盾が解決しているということになる」


聞いたことがない言葉だったので、私は彼の話について行くのに精一杯だった。
楽しそうに話す彼を見ていると、私はほとんどわからない専門分野の話を知ったふりでついてきた自分に少し罪悪感がわいてきた。


「……そこでだ! 僕の仮説は"並行世界説"!!
親が死ぬ世界と、親が生きたままの世界に分岐し、並行世界が生まれるということであればこのパラドックスは回避できる」

「つまりセレビィやタイムマシンは、正確には時間移動ではなく並行世界の好きな時系列に移動していると僕は考えているんだ」

「そしてその全ての並行世界を外側から管理しているのが、シンオウの神話に出てくる伝説のポケモンディアルガ、パルキア、ギラティナなんじゃないかな。と思っているんだ」


パッとしない顔で見つめていた私に気づいて、彼はハッとする。


「ああっ。すまない! また長々と話してしまって……悪いくせでね。こういう話ができる人はあまりいないから……」
「あっ、いやそういうわけじゃなくて……」


浮き足立ってここまで着いてきたはいいものの。
相手を騙して研究の手伝いという目的で来てしまったのはやっぱり良くなかったかもしれない。


「あ、あの!」


このまま中途半端な状態で、この人との関係を始めるよりも私はちゃんと彼と向き合いたいと思った。

 ▼ 13 5oP7VYU6fg 23/02/14 13:58:22 ID:8Cw.y6NE [13/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

「私、実はセレビィに会ったことないんです。本当はタイムマシンの話もよくわからなくて……その、あなたとお話がしたくて、嘘をついてしまいました……すみません!」
「そ、そうなのか……」
「だけどあなたの役に立ちたい気持ちはあります! まだ何も分からないけど、あなたの話を聞いて興味が出て、あなたのことを、あなたのしている研究のことをもっと知りたいと思いました!」



そこまで一息で言い切ったあと二人の間に数秒間沈黙が流れる。
怒っているだろうか。彼の顔が見れない。


「だから、その……もし良かったらこれからお手伝いとして、お勉強させて貰えたら……」

「もちろんだよ!!」


おそるおそる言った私の肩を、彼はガッ!と掴んだ。


「たしかにセレビィに会ったことなかったのはショックだけど、でも僕のこれだけ話を聞いてくれたのは初めてだよ!」


彼は目を輝かせながら言った。


「人手が足りなくてね。研究の助手を探していたんだ。もし君に勉強するつもりがあるのなら、ぜひ私に力を貸してくれないか?」
「……! はい!!」


嬉しさが込み上げる。
どうしてだろうか。まだ出会って一日しか経っていないのに、私はこの人のことを無性に好きになっていた。

きっと私は彼のことを生涯をかけて愛するのだろうと、まるで何かに裏付けされたことかのように理解できた。

 ▼ 14 5oP7VYU6fg 23/02/14 13:59:15 ID:8Cw.y6NE [14/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


この日はもう夜も遅いので、家に帰る。
ストロベリー色の空の下では夜でもあまり暗さを感じない。
私は街路をスキップしながら考える。

すぐにでも彼の役に立つ方法は無いだろうか。
セレビィの写真が家にあったのだ。
もしかしたら他にも何か彼を喜ばせるような手がかりがあるかもしれない。


そうして考えているうちに、ひとつ思い当たるものがあった。
夕方に見つけたあの写真だ。



部屋に帰るとすぐさま、棚の上にあった例の写真を探す。
私と老人の男性が写っている写真だ。

改めて見てみると夕方感じた違和感に気づいた。
写真のなかの老人が着ている服が、さっきまで一緒にいた彼と同じなのだ。

そして写真の中ではその老人の隣には、
今と全く同じ姿の私が立っている。


この写真は一体なんなのだろうか。


もしかしてこれは、彼が語っていた"タイムマシン"によるものではないだろうか?
この老人は未来の彼の姿で、
未来の彼が今の私と出会った写真ではないだろうか。

それが何故ここにあるのかはわからないけど……。
とにかくなにかの手掛かりになるかもしれないので、今日は眠って明日彼に見せに行こう。


 ▼ 15 5oP7VYU6fg 23/02/14 13:59:48 ID:8Cw.y6NE [15/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

──── そしてまた一日が始まる。



ピンク色の太陽が昇る。
鐘の音を目覚ましにクリーム色の道路が揺れ、
キノコの街路樹が風にザワめいた。


「んん〜っ、もう朝かぁ!」


心地よい甘い匂いが鼻を刺激する。
1階に降りると、すでにマホイップがケーキの準備をした後だった。


朝食はもちろん、甘くて刺激的なホールケーキとポットデスの紅茶だ。

辛いものは嫌いだが、甘いものは好きだ。
ケーキのクリームが舌に触る度に頭がビリビリする。
紅茶を飲み下すと目の前が一瞬真っ白に飛んでいく。
それが心地よくて、食べるたびに癖になっていく。


「ごちそうさまでした!」

 ▼ 16 5oP7VYU6fg 23/02/14 14:00:46 ID:8Cw.y6NE [16/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


食べ終わると、マホイップがいつになく神妙な面持ちでこちらを見ていた。


「ねえ。────!」
「……え? 今なんて?」


マホイップの声に一瞬、ノイズが混ざったような音がして、聞き取れなかった。


「朝ごはん美味しかった?」
「うん い つ も 通 り 美味しかったよ!」
「……それなら良かった。今日お店のあと行きたい用事があるんでしょう?」
「え、どうして分かったの」
「今日のお店は定休日だから、行ってきなさい」

「……え?」


言ってる意味がわからなかった。
定休日、なんてものは今までで初めてだった。
このお店が始まってから一度もお店を休んだことなんてない。

……そもそも。
この店がどれくらい前から経営されているのかも。
自分がいつからこの店で働いているのかも知らない。


「待って。わたし今日もお店やるよ」
「いいから行きなさい。会いたい人がいるんでしょう」
「……わ、わかった……」


マホイップの態度に若干の違和感を覚えながらも家を出る。
すぐにでも彼に会いたかったのも事実で、私は例の写真を握りしめて街を走った。
 ▼ 17 5oP7VYU6fg 23/02/14 14:01:34 ID:8Cw.y6NE [17/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

ストロベリー色の空が、ジワジワと雲におおわれて赤黒くなっていく。


「あれっ? あなたはケーキ屋さんの!」


私を見つけるやいなや、後ろから声をかけてきたのは昨日店でケーキを買っていったクチートだった。
その手元には、うちのケーキを入れる紙袋を持っている。


「クチートさんまだ昨日のケーキ持ってるんですか?」
「まっさかぁ。これはさっきあなたの店で買ってきたの」
「え……? 今日は定休日だって……」

「何言ってるの! あのお店に定休日なんてないでしょう?」


「は、はあ……」と声をこぼす。
ならさっきの話は私に気を使ってくれたのか?
それにしても2日連続でケーキを買いに来るなんて珍しい方だ……。


「昨日のケーキも美味しかったわよ! こうやって、一口で食べちゃったけど!」


── バクンッ!!


クチートの背後の大きな顎がグワリと口を開けて、手に持った紙袋ごと一口で呑み込んでしまった。
昨日もこうやって食べたのだろうか。
しかしそういえばあの後ろの口には味覚はなかったはず……。


「んん〜!おいしい! ごちそうさまでした!」
「そういえばその後ろの口って、味覚ないんですよね……? どうして後ろの口で……?」
「ん? ああ〜気にしないでいいのよ! ケーキもこのクチもぜーんぶ見かけだけでしょう!? この世界に中身なんてないんだから!! あはははははは!!」


狂気的なクチートの笑顔に背筋がゾワッとする。
甲高い笑い声が街に響き渡り、赤黒い陰が私の頭に落ちた。

何が起きている?
この違和感は……?
このセカイで、いったい何が ──?


 ▼ 18 5oP7VYU6fg 23/02/14 14:03:28 ID:8Cw.y6NE [18/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


不安を振り払うように赤黒の街を駆け抜けて、研究所にたどり着く。
早く彼に会いたくて、縋るような気持ちで勢いよく扉を開けた。


「……君は! どうしたんだい? 店があるんじゃ」
「店はいいんです!それよりも見てくださいこれ!」


シワのついた写真を乱暴に取り出す。


「昨日初めて会ったばかりなのに、私とあなたが写っている写真が家にあったんです……! なにかのヒントになるかもと思って……」


彼は渡された写真を見て、すぐに目を輝かせた。


「おおお。これはすごい……間違いない! これは未来の写真だ!この老人は間違いなく僕だ。そして隣にいるのは、僕が開発しようとしている ──」


そこまで言って、彼は怪訝そうに眉をひそめた。


「これは……誰だ……?」
「きっと未来のあなたですよ! 服も同じだし顔つきも似ている気がする!」
「あ、ああ……それはわかるんだが……」


私をジッと睨みつける。


「もう1人の方だよ」


……え?


「"コレ"はなんだ? キミなんてどこにも写ってないじゃないか」


彼はいったい何を、言って……。
ほら、ばっちり写ってるじゃないか。
未来のあなたとその隣に立つ今の私が……!


「キミには"コレ"が自分に見えるのか?」

「いや、それよりも……」


「キミには、"コレ"が人間に見えるのか?」
 ▼ 19 5oP7VYU6fg 23/02/14 14:06:03 ID:8Cw.y6NE [19/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「え……!?」


"コレ"……? 人間って、いったい彼は何を言って……!


「僕は隣にいる"コレ"のことを知ってる。コレはおそらく、僕がこれから開発しようとしている人造ポケモンだ!」


彼は写真に写った"少女"を指差して叫んだ。


「こっちの研究のことは君にまだ話していなかったが、間違いない! これは数十年後の未来で、僕が将来開発した人造ポケモンと撮った写真なんだ!」


彼がそう言い放った途端、私の頭にズキンッと刺されるような感覚。


「うぐっ!! なに……っ? アタマが──!」
「お、おい大丈夫か!?」


私は……、この写真の中にいるのは……!!
写真の表面がパラパラとひび割れて、中から本当の画像が姿を現した。
本来の写真……そこに写っているのはとうてい今の私には似つかない不気味なからくり人形だ。


「君はいったい何者なんだ……!? どうしてこの写真を持っていたんだ!?」


わからない!わからない!
ちがう!私は何も知らない……!

ここに写ってるのは、人間の私のはず ── !


「ここに写ってるのは、僕が設計した人造ポケモン "マギアナ" だ!!」
 ▼ 20 5oP7VYU6fg 23/02/14 14:07:15 ID:8Cw.y6NE [20/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



───────────────
──── 意識が途絶えた。

───────────


 ▼ 21 5oP7VYU6fg 23/02/14 14:07:52 ID:8Cw.y6NE [21/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


赤黒い空がヒビ割れていく。
破片がパラパラと落ちてくる。

お菓子の街が塵になって、崩れ落ちていく。

繰り返すだけな虚像の世界が壊れる……。



「思い出した?」



目の前にはマホイップが立っていた。

私が生活していた街が暗闇に落ちていく。
私はいったい、どこで何をしていたの……?


「この世界はあなたが見てる幻覚。あなたが作った虚像の世界だよ」


幻覚……?


「そう。愛する人を失ったあなたが見てる幻の世界……」


愛する人……ああ、そうか。
彼がそうだったんだ ── 。


 ▼ 22 5oP7VYU6fg 23/02/14 14:09:50 ID:8Cw.y6NE [22/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


「ある男がいた。」

「男は過去や未来を自由に移動できる装置を夢見て、日夜タイムマシンの研究と開発に没頭していた。
そんな中である女性と出会った。

その女性は周囲から変わり者と指をさされていた男に興味を持ち、彼の話を聞いていくうちに徐々に好意を持つようになっていく。
そして男の方も初めての理解者にだんだんと心が惹かれていった。

やがて2人は結婚し、幸せな夫婦となる──
── はずだった。

2人が結婚した矢先のことだ。
女性は不治の難病にかかり、残りわずかの命と宣告を受けてしまったのだ。
焦った男は以前にも増してタイムマシンの開発に没頭するようになった。
未来ならば彼女の病を治す方法があるかもしれないと思った。
しかし努力は虚しく、どれだけ研究を続けてもタイムマシンの完成は遠のくばかりだった。
そうして、ろくな思い出も作れないままに彼女は若くして命を落とした……」

「男は深く後悔する。短い時間のなかで彼女にろくな思い出のひとつも作ってやれなかった。
そして男はもう一度立ち上がったのだ。
タイムマシンが完成すればもう一度彼女に会えるかもしれない。その時は全てを謝ろうと。
死してもなお、タイムマシンを完成させてみせようと……」


やがて彼は年老いて、自分が死ぬまでにタイムマシンの完成が不可能だと悟った。そこで肉体が死んでも、自分の自意識が生き続けることは出来ないかと考えた。
つまり肉体と魂を切り離して永遠に生きるすべを見つけようとした。

そんな中で作られたのが、この私──

── "マギアナ"だ。


 ▼ 23 5oP7VYU6fg 23/02/14 14:11:10 ID:8Cw.y6NE [23/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


研究所にあるマギアナの開発資料にはこう書いてある。

『No.801:魂の開発』

ソウルハートと呼ばれる魂の代わりとなる装置を動力に。
私は、男の身の回りの世話をする手伝い役としてこの世界に生まれたのだ。


だけど生まれたばかりの私はろくに役に立たなかった。ドジでノロマで手足の動きもぎこちなくて、彼の助手どころか邪魔をしてしまうばかりだった。
そんな自分がずっと嫌いだった。


「だけど、そんなあなたに男は愛着を感じるようになった。」


……。


「妻を失った男の孤独は少しづつマギアナに癒されていった。そして男はついにはタイムマシンの開発も魂による生存も諦めて、我が子に見守られながら穏やかな最期を迎えた」


「そうしてあなたは独りとり残された……」


 ▼ 24 5oP7VYU6fg 23/02/14 14:11:51 ID:8Cw.y6NE [24/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



私は彼を愛していました。

けどそれと同時に気づいてしまった。
彼の心には愛する妻を失った何にも代えがたい空白があることを。

私ではその代わりにはなれないことを。


「ソウルハート……あなたには人の心を感じ取る能力があった。」


私はは自分がポケモンに生まれたことを呪った。
人間に生まれたかった。

ポケモンのままでは、
愛した人の妻にはなれない。
愛した人と対等な存在にはなれない。
たとえタイムマシンで男が生きている過去に戻ったとしても、それは変わらない。
そう思った……。

ならばせめて、愛した人と共に生きて共に死にたい。
しかしこのカラクリの身体では、それすら叶わない。


私は、彼がいない現実を受け入れられなくて夢の世界に逃げたいと思って、マホイップにお願いした。


「私は毎朝、あなたの嫌いなフィラのみを使って毒性の強いケーキを作って、ポットデスの紅茶を用意した。
それを食べたあなたは錯乱状態になって強い幻覚を見る。それがいずれ覚める夢だとしても、危険な行為だとわかっていてもね」


……ごめんなさい。マホイップ。

 ▼ 25 5oP7VYU6fg 23/02/14 14:12:19 ID:8Cw.y6NE [25/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



「どうだった? 幻の世界は?」


幸せだった……。
全てが理想通りだった
きっと亡くなった奥さんはあんな風に彼と出会って、あんな風に生きていたんだ。


ケーキ屋さんになったのも、
きっと憧れていたんだと思う。

人として生まれて、
人として愛し合い、
人として死ねる。
そんな祝福に……。


「……マギアナ。あなたには、あなたにしかない祝福があったはずよ」


え……?


「きっといつかわかるわ」


 ▼ 26 5oP7VYU6fg 23/02/14 14:13:49 ID:8Cw.y6NE [26/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



遠のいていく意識のなか、マホイップは言った。


「幻じゃ満足できなくなったら、あるいは幻に満足したら戻ってきなよ。その時はちゃんと甘い誕生日ケーキを作ってあげるから」






── 【バレンタインSS】チョコレートコーティング
完。
 ▼ 27 5oP7VYU6fg 23/02/14 19:21:36 ID:8Cw.y6NE [27/27] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
こちらの企画に参加しています。

【SS企画】バレンタインSS企画2023【投稿期間1/13〜2/14】

https://pokemonbbs.com/sp/poke/read.cgi?no=1864461
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