スナバァ「今日から……僕は」

「また明日ね、ノフレちゃん！」

ノフレ「バイバーイ！　ラガス君！」


そうやって、僕は、ノフレちゃんに別れを告げました。

夕暮れ時の、砂浜での事です。

その後、僕は、必死で砂浜を走りました。

だって、お母さんに怒られるからです。


ラガス「急がないとなぁ……」


そんな風に呟きながら、でも、その日の僕はなんだか、イライラしてました。

で、今に至ると。

目が覚めた時の衝撃は、今でも忘れられません。

僕は、砂浜にいました。

朝日が、やけに眩しく見えたのを覚えています。

うーん、と1つだけあくびをして、立ち上がろうとしました。

気付いたのは、この時です。

足がないんですもん、立ち上がるなんて、不可能ですよね。


だけど、そんな事に気付けないまま、僕は、無理に起き上がろうとしました。


「うーん！　うぬぬ……」

3回目ぐらいに、ようやく視界がハッキリして来て、で、ようやく気付いたんです。

僕の体が、砂で出来ている、と言う事に。


「え……なんだこれ」

「おはよーさん」

「わっ」


唐突に声をあげたのが、ノカンさんです。

彼が恐らく……いや、まあ後にしましょう。

そのノカンと言うスナバァは、僕に話し掛けて来ました。


ノカン「よっす、新入りさんよ。新しい体はどーだ？」

「新しい……体？」

ノカン「気付いてんだろ、目ぇ背けんな。もう逃げらんねぇしなどーせ」

「あの、これは一体……」

ノカン「残念だったなぁ、変な好奇心起こしたばっかりに」

そこで、ようやくその異常性に気付きました。


「あっ、えっ、いやっ、ちょっ、ちょっと待って。ポ、ポケ、ポケ、ポケモンが、ポケモンが喋ってる〜？！」

ノカン「……そっからか」

「いやっ、だって、だって……」

その後しばらくの事は、覚えてません。

ようやく落ち着いた頃には、たぶん、もう、現状を理解してました。


「そっか……」

「今日から……僕は」


スナバァなんだ。

そんな現実を、です。

ノカン「あー、まあ、そういうこった。諦めるんだな。俺もお前と同じさ。あっ、人間だった時は、ノカンって名前だった」

スナバァ「僕は、ラガスです」

ノカン「ふーん、いい名前じゃん。忘れんなよ、大事な名前を」

スナバァ「は、はぁ……」

ノカン「名前を忘れた時が、お前の終わりだからな」

スナバァ「えっ、どういう……」

ノカン「……まあ、早いとこ忘れちまった方が幸せかもしれんがな」


この時の僕には、ノカンの話は、全く意味がわかりませんでした。

ただ、どうにも、人間とは全く違うしきたりがあるんだなってぼんやり思ったぐらいです。

そこから、ノカンは、僕にスナバァとしての暮らしをレクチャーしてくれました。

基本、シロデスナには逆らえない。

逆らったら、2度目の死が待っているのみ。

逆に、従ってさえいれば少なくとも安全は保証される訳だ。


ノカン「ぞっとはしねぇが、メシにもありつけるぞ」

スナバァ「それってさ……」

ノカン「お察しの通りさ」


少し気分が悪くなって来て、僕は、もどしました。

砂をかけてなんとか隠し、ノカンの所に戻ります。


ノカン「大丈夫か？」

スナバァ「……全然」

ノカン「まあ、慣れるさ」

スナバァ「うぅ……」

こうして、僕の地獄の日々が始まりました。

何匹かのスナバァも一緒にいましたが、僕、そしてノカンを除くと、みんながみんなもう自分の意志で動いてませんでした。


ノカン「名前を忘れるな、ってのはな、こーいうこった」


僕は、ごくりと生唾を呑み込みました。

カントーの方の有名なアニメ映画にも名前を忘れるなどうこうってのがあるの、知ってます？　それと照らし合わせて、なんとか理解出来たんです。

出来ちゃったんです。

ノカン「ラガス、囲い込みの時間だぞ」

スナバァ「わ、わかったよ……」

シロデスナ「こらそこ！　ぐーたらしてたらぶっ殺すぞ」

スナバァ「……」

ノカン「行こうぜ、な」

スナバァ「うん」


野生のポケモンを連携して追いやり、シロデスナの方へ連れて行く、それだけの作業。

だけど、僕には、出来ませんでした。

追いやられた後、どうなってしまうのかは、自分が一番わかってたから。


ピカチュウ「ねぇ、なんで？　僕が何をしたっていうのさ……うわあああっ！」


周りのスナバァたちが砂をぶつけてどんどんシロデスナの方へ近付かざるを得ないピカチュウ。

僕は、見てる事すらしんどくて、逃げ出しました。

ノカン「あーあ、逃げたらヤバいって。言ったろ？　殺されるぞ、って」

スナバァ「何の罪もないポケモンを殺すぐらいなら、死んだ方がマシ」

ノカン「やれやれ。ラガス君って健気だねぇ。……まあ、知性が高すぎる人間は、この境遇への適応も遅いらしいしな。

　　　　　あ、あのピカチュウ、明日にはたぶんもう、従順なスナバァになってんだろ」

スナバァ「……」

ノカン「人間様は、しばらくかかるからなぁ。それが幸せなのか苦痛なのかはともかくな」



新入りの元はピカチュウだったスナバァに声をかけてみました。


ピカバァ「……君、あの時逃げ出した――」

スナバァ「うん。ごめんね、助けてあげられなくて」

ピカ「……もういいよ。弱肉強食は野生の定め。強いて言うなら、こんな姿にはならずに死にたかったなぁ」

スナバァ「……」

ピカ「で、どう？　僕はおいしかった？」

言えませんでした。おいしかった、なんて。

シロデスナが生気を吸い取ると、それは僕たちにも流れ込んで来るんです。

その味は、例えようもなく、おいしかったんです。

サイテーですよね。


ピカ「ま、いいや。どうせ僕も、明日からは向こう側、でしょ？　君はどうにも、まだみたいだけど」

スナバァ「……僕は、元人間だから」

ピカ「そっか、ご愁傷さま。ニンゲンは、命を奪うのに抵抗があるからね」

スナバァ「……」

その後、どこから漏れたのか、僕は追い込みに参加しなかった事がバレて、シロデスナにボコボコにされました。

ピカチュウだったスナバァとノカンだけは心配そうに見てましたが、他のスナバァたちはそれを手伝っていました。

もう、僕の体中の砂粒がバラバラになりそうなぐらい、執拗に。

永遠とも思われる苦痛が過ぎ去り、僕は、地面に埋もれました。

痛みは酷いけれど、死んではいませんでしたし、ノカンが「砂を補給すれば治るぞ」と言ってくれたのもあります。


ピカ「……災難だね、ニンゲンって」

スナバァ「……」

ピカ「気にしないで。弱肉強食なんだから、怯えて自分が死ぬなんて、バッカらしいし。

　　　　たぶん、今ここで僕が言わなかったら、君死んじゃうと思って言うんだけどね」

そして、翌日。

ピカチュウだった物は、もう、完全にスナバァになっていました。


ノカン「ラガス、気にすんな。いつもの事だ。諦めるっきゃねー」

スナバァ「だけど……」

ノカン「死にたくなけりゃ、やるしかねぇんだ」


今思えば、この発言にも、裏があったのかなって、まあ、想像ですけど。

今日も追い込み。

僕も、覚悟を決めました。

ピカチュウの言葉を免罪符に、僕は何度も謝りながら、ポケモンを捕まえました。

そして、そうこうしている内に、そのポケモンは、スナバァになって行く……。

地獄、です。

リーリエ「興味深いお話ですね」

スナバァ「……ですね。あなたにとっては、そうなんでしょうね」

リーリエ「だけど、あなたは今、こうしてはぐれもの。そこに至るには、何かの理由があるんですよね？」

スナバァ「はい。それがあなたに証明して欲しい事件です」

リーリエ「わかりました」


彼女は、メモを取る手を止め、僕を真剣に見据えた。

そして、その口を、真一文字に結ぶ。

僕の言葉を、ロトムが翻訳して伝えているにも関わらず、彼女は、僕の方を向いた。


スナバァ「僕の方向いて、ロトムの声が聞き辛くないですか？」

リーリエ「話を聞くのに、そちらの方を見ないのは、失礼ですから」


なるほどね、と頷き、彼女が聞く体勢に入ったと見て、話し始めた。

そんなある日の事です。

事件が起こったのは。


最初に気付いたのは、ノカンでした。

慌てて僕の方に駆け寄り、その口調のまま言ったんです。










シロデスナが死んでいる――と。

僕たちは慌ててシロデスナがいる場所に戻って行きました。

確かに、そこでシロデスナは、死んでいました。

外傷は、0です。だけど。

理屈じゃなく、死んでるって、わかったんです。

正直、凄く嬉しかったですよ。

これであの地獄から逃れられるかもしれない、と思うと。

だけど僕は、断じて、自ら手を下してはいません。

そう、それだけは誓って。

それなのに、ノカンが、言ったんです。


ノカン「……お前だな？」

その根拠として、僕が、未だにポケモンを殺す事に抵抗を持っている事を挙げました。

そして、外傷が0だからこそ、呪いを使って殺したのではないか、それが出来るのは、この界隈にはスナバァとシロデスナぐらいしかいないって。

殺す程のダメージを物理的なダメージなし、あ、もちろん特殊技でもシャドーボールとかはダメですよ、それで殺せるのは、それぐらいしか思い付かないって。

で、そっから先は、もうダメです。

ノカン以外のスナバァが、もうそうだと決めつけて、一斉に襲い掛かって来ましたから。

必死で逃げた、って訳です。

そこに現れたのが、リーリエさん、あなたでした。

そこから先は、もう、いいですよね？

ポケモンとしての話をする代わりに、証明して欲しい事ってのは、これです。

僕は、殺したのが、ノカンだと思ってます。

僕じゃないとすると、必然的にそうなるから。

シロデスナは確かに嫌いだ。だけど、実際に殺すのは、違う。

シロデスナだってポケモン。それをためらいなく殺せる奴だなんて、思ってなかったんですけど。

だけど、そうなりますよね。

それに、殺戮に対するハードルが、スナバァとしての生活で下がってるってのもありますし。

……僕は、ノカンに何を言いたいのかわからない。

今さらあの暮らしに戻りたいとも思わないし、追放されたままでいい。

だけど、僕は知りたい。

真実を、知りたいんだ。

リーリエ「……なるほど。ところで、本当に真実を知る覚悟って、ありますか？」

スナバァ「……え？」

リーリエ「言った通りの意味です。真実は、時として、恐ろしい。

　　　　　　それでもあなたは、それから、目を背けずに、いられますか？」

スナバァ「え、ど、どういう……」

リーリエ「出来ますか？」


あまりの剣幕に、僕は、思わず後ずさりした。

そして、そのまま頷く。


リーリエ「わかりました。では、あなたの無実を、証明してみせましょう。恐らくですが、たぶん、正解です」

まず、犯人は、ノカンさんではありません。

もしノカンさんだとすると、おかしいんですよ。

なぜ今になって殺したのか。

技「呪い」なら、いつでも殺せるはずです。

それを、わざわざここまで持たせる意味がわからないんです。

もちろん、ラガスさんでもありませんよね。

となると、別に犯人がいる訳です。

それを、推理出来た……と思います。

シロデスナに襲われて誰かがお亡くなりになられた……という事件は、テレビでもよくやっていますよね？

もちろん、ラガスさん、あなたがその被害にあった、というのも、テレビで報じられました。

あなたに関わりがない人から見ればそれは対岸の火事、お気の毒ぐらいに思ってすぐ忘れてしまうでしょう。

けれど、そうではない人もいます。

あなたの事を心配して、叱ってくださるお母さん。

他にも家で待っている人やポケモンはいる事でしょう。

そして――学校のお友達。

あなたを失って悲しむお友達もいらっしゃった事でしょうね。

例えば――ノフレさん。

直前まで一緒にいた彼女には、その衝撃は計り知れない物でしょう。

私も人の事は言えないのですが、子どもというのは時として、大人が想像も出来ないような行動力を発揮する事もあります。

それが、恨み、怒りなど、負の感情を伴った時、信じられないような行動を行ってしまう、という事も、充分あり得ます。

シロデスナには、外傷がありません。ですよね？

だから、呪いという技に固執してしまったのかもしれませんが、シロデスナという生き物の性質を考えてみてください。

体内に獲物を取り込んで、その生命エネルギーを奪うのです。

どうやらノカンさんは、外傷がないって事だけで判断したそうですが、恐らく、内部は確認していないのではないでしょうか。

ポケモンとしての本能で死を悟った……のかもしれませんね。ラガスさんと同じように

だから、その必要もなかったのでしょう。

スナバァ「嘘だ……嘘だよね？」

リーリエ「嘘だと思うのなら、すぐに確認出来るはずです」

　　　　　　ただし、あなたにそれを見届ける覚悟があれば、の話です」

スナバァ「そんな……」

リーリエ「知る、という事は、恐ろしい事です。けれど、一度知りたいと思ってしまったら、間違った物語で納得しては、いけないのです。

　　　　　　その覚悟もなく、知るだなんて、おこがましいにも程があります！」



リーリエは、激昂した。

彼女の鬼気迫る表情に、僕は、何も言えずにいた。

だって、そんなの、むごすぎる。

体内から、殺すだなんて。

そして、それをしたのが、ノフレだなんて。

……あまりにむごすぎる。まだポケモンも持てないような年齢の子どもに背負わせるには。

リーリエ「だけど……」


そう言って、リーリエはふっと息を吐く。

そして、その表情を緩めた。


リーリエ「辛いのは、当然です。真実から目を背けるな、とは言えません。ただ、知るには、覚悟が必要なだけです。

　　　　　　わかってください」


僕は……僕は……。

震える砂の体を、なんとか保つ。

息を吸い込み、目を閉ざした。

思い返す、ノフレの笑顔。

悪戯をしたら、物凄い強さで平手打ちを食らったっけ。

ケンカ仲直りまたケンカ。

だけど、すぐに仲直りしちゃう。

一緒にいて、凄く、楽しかった。

さっきの息を、強く吐き出した。


スナバァ「わかった。僕、決めました。行きます」

リーリエ「わかりました。ついて行きましょうか？」

スナバァ「大丈夫です。ありがとうございました」

リーリエ「そうですか」


彼女は、その顔を綻ばせた。

この辺に……。


モブバァA「あっ！　お前、どの面下げて戻って来たんだよ！」

モブB「そんなに殺されたいの？」

スナバァ「違う！　もしかしたら……誰が殺したのか、わかったかもしれないんだ！　僕でも、ノカンでもなくて……」


スナバァたちは、僕の剣幕に押されて引っ込んでしまった。

そこで出て来たのは、ノカン。


ノカン「どうしたんだ？　ラガス。まあ、聞こえてたが」

スナバァ「お願い。シロデスナのとこに連れてって」

ノカン「……わかった。俺も、お前がやったなんて思いたくなくってな」

スナバァ「……そうなんだ」

ノカンと僕は、一緒に走り出した。

その最中に、僕は、リーリエさんの仮説を披露した。


ノカン「なるほどな……。筋は通るし、たぶん、そのリーリエってのカンニングしてやがる」

スナバァ「え？」

ノカン「……まあ、ハッキリしたら話すわ」

スナバァ「だね」

シロデスナの死体が置かれた場所へ到着した。

日光に照らされて照り輝く砂が、その体を飾っている。


スナバァ「合ってるとすると……」


僕は頭のスコップを抜き取り、シロデスナの体から砂をかき出し始めた。

ノカンもそれに追随する。

しばらくの間そうしていると、何か触れる物があった。

もしかして……。僕は、それの周りを掘り進める。

スナバァ「……やっぱりだ」

ノカン「お前の友達か？」

スナバァ「うん……」


予想通り、ノフレの体が、そこにはあった。

命の灯は消え去り、ただ、物体として、そこにある。

彼女の手には、水筒がしっかりと握られている。


スナバァ「ノフレ……」

ノカン「内から水で殺す、かー。考えたな。よっぽど大量の水で殺ったんだろうな。重かっただろーに。」

ノフレの顔は、笑みを浮かべていた。

僕の復讐を達成して、喜んでくれてるのだろうか。

そう思うと、不意に、涙が溢れた。

砂の体のどこに水分があったのか、わからないけれど、どうにも止まらなかった。

ノフレ、ノフレ、ノフレ……。


ノカン「ったく、人間世界で相当騒がれてるだろーに、穏やかな死に顔だ」

ひとしきり泣いた後で、僕は、ノカンと話を始めた。


ノカン「ったく、お前も幸せだな。ここまで想って貰えるんだから」

スナバァ「……うん」

ノカン「なー、お前、これからどうすんの？　シロデスナは死んだ。もう、俺たちを縛り付ける物は何もない。あいつらも、そろそろ洗脳が解けて、新たな自我を持つんじゃねーか？」


ノカンは、こう言っている。

お前は帰れる。だから帰れ。

けれど僕は、思考の世界に潜って行った。

これからも、スナバァは成長し、進化して、新たなシロデスナとなる。

そうして、また、こんな事件は起こる。

それなら、いっその事……。

決めた。

決意の瞬間、僕は、自分の体が光を纏ったのを悟った。


ノカン「おま……すげーな、このタイミングでかよ」


少しずつ、周囲の砂を取り込んで、僕の体は成長していく。

手は塔の形を持ち、頭も、ただの山ではなく、規則だった形へと変じて行く。


スナバァ「今日から……僕は」

これからも、シロデスナは産み出され続ける。

それならばいっそ、自分がなってしまおう。

そして、これからは、無闇な殺戮をしないようにしよう。

自分がリーダーとなれば、それも可能だ。

それが、ノフレを殺した世界への……。

僕の、ちっぽけな反抗だ。

スナバァ「今日から……僕は」





シロデスナだ。






完

当SSはこれにて完結です
お読み下さりありがとうございました

アスパラガス（ラガス）の花言葉
不変
変化がない

スノーフレーク（ノフレ）の花言葉
汚れのない無垢な心
乙女の誇り、純潔

ノカンゾウ（ノカン）の花言葉
宣告
愛を忘れる
苦しみを忘れる

乙

乙

良かった

乙
ネタ投稿した