【非スワップSS】テールナー少年の憂鬱:ポケモンBBS(掲示板) 【非スワップSS】テールナー少年の憂鬱:ポケモンBBS

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【非スワップSS】テールナー少年の憂鬱

 ▼ 1 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:34:54 ID:FbsIRgCU [1/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
凄い。
頭いい。
天才。

どれもこれも、僕に付きまとって来た評価。

幼い頃から、勉強がよくできた僕に、母さんはもっともっとと勉強を押し付けて来た。

父さん曰く、姉ちゃんには普通だったというから、やっぱりこれは、僕が悪いのだろう。

僕が、よくできたから。だから母さんは、変わった。

だけど、本当は苦痛だった。勉強なんて、もう嫌だ。そう叫んでしまえれば、どんなに楽だっただろう。

結局、僕にそんな勇気はなかった。姉ちゃんが1匹立ちし、父さんが死んじゃって、家には僕と母さんだけ。

そんな中で、そんなことを言えるとは、到底思えなかった。

代わりに、僕を救ってくれたのは、姉ちゃんがもう着なくなった、服の数々だった。

僕、姉ちゃんになりたい。姉ちゃんなら、純粋に、頭とか抜きで愛してもらえるのに。

そんな風に心にへばりつく囁き声が、僕をそそのかした。

服に袖を通すと、すっと気が楽になった。姉ちゃんになれた、気がした。


誰にも言えない、僕の趣味。女装、すること。


溜まりに溜まった憂鬱の発露は、そんな不自然な形で起こったのだった。


これは、そんな僕、テールナーを照らしてくれた、淡く優しい光の物語。
 ▼ 2 メタマ@ハガネZ 17/11/27 20:35:27 ID:FbsIRgCU [2/74] NGネーム登録 NGID登録 [s] 報告
こちらのSSは、スワップSS企画(↓)で、1レス目として投下したものを自分で書いてみたというものです
http://pokemonbbs.com/poke/read.cgi?no=690223
企画で◆y9k2BHg7Kgさんに書いていただいたものはこちらになります
http://pokemonbbs.com/poke/read.cgi?no=690398
残念ながら失踪に終わってしまいましたが、併せてお読みくださると幸いです
 ▼ 3 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:36:01 ID:FbsIRgCU [3/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
1

ニンゲンインパクト、と呼ばれるものについて、まずは話をしないといけない。

詳しくは知らないのだが、僕が小2の頃、ニンゲンがこちらの世界にやって来た。

紆余曲折の末、彼らはポケモンたちと交流することを選び、僕らも、それに応じることになった。

そこから、ニンゲンの文化が急激に僕らの世界を侵食し始めた。

例えば、服だ。僕らポケモンは、裸でも何も困ることはない。実際、今でも何も来ていないポケモンは珍しくない。

けれど、うちの姉を含む、おしゃれで最先端が好きな♀の中高生たちが、ファッションと称して服という文化を採り入れだし、そこから一気に開花して。

今じゃ、服を着るのはおしゃれのためなら当たり前、である。

僕はといえば、日常の中で服を着ることは滅多にない。女装を除いてではあるけれど、着ている時間はそう長くないから、滅多にないと言って差し支えはないだろう。

そして、僕が今通っている学校も、ニンゲンインパクトにおける副産物だった。

ニンゲンのリーダーである少女肝入りの、ポケモンとニンゲンが出会い、交わるための学校。

種族の別を問わず、最先端の勉強をできる、いわばエリート学校だ。

ここに通っているほとんど全ての生徒は、まごう事なき天才である。
 ▼ 4 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:36:23 ID:FbsIRgCU [4/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
「よっす、テールちゃん」

「ちゃん呼びすんなよ」


そうやって声を掛けて来たのは、ニンゲンのクラスメイト、ダイキだ。この会話は、毎朝の恒例である。

ニンゲンは、種族毎には見た目を区別できるのだが、個体差は見分けられないらしく、テールナーはニンゲン視点だと、女子っぽい、らしい。


「実際、僕のどこが♀な訳?」


まあ、確かに中性的な見た目だ、とは子どもの頃から言われてきた。僕は♂寄りの中性、そんな容貌をしている。

だが、そんなことは意にも介さず、ニンゲンは僕を「ちゃん」と呼ぶ。

もっとも、この学校にはそういうタイプは少ないし、ダイキだって別に悪意で言っている訳じゃない。だから、じゃれ合うみたいにそう答える。


「顔とか、体つきとか」


そう言って、彼はニヤリと笑う。
 ▼ 5 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:36:54 ID:FbsIRgCU [5/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
授業は、つつがなく進む。頭がおかしい奴は多いが、授業の妨害をして楽しむ不良というのは存在しない。

せいぜいが、関係ない科目の勉強をしてる奴と、家や塾での勉強による睡眠不足を解消しようとしている奴ぐらいだ。

先生も慣れたもので、そう言った生徒を軽くいじったりしながら、さして問題にもしない。

ただ、なんだかなぁ、とは思う。

せっかく学費を出してもらってるのに、そんな風に無駄にしていいのか、と。

もちろん、そんなことを口に出したりはしないけれど。
 ▼ 6 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:37:28 ID:FbsIRgCU [6/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
学校には、何一つ文句はない。この学校に来られたのは、母親の教育方針のお陰だし、そこは感謝している。

けれど。


「テール」

「何」

「なんでテレビなんて見てるの」

「いいじゃん、たまの息抜きぐらい」

「駄目よ、早く寝ないと。明日も忙しいんだから」


明日も、忙しい。何を見て、そう言っているんだろうか。

宿題はとっくに終わった。学校は、さして労苦もない。

だから、こうやって何も考えずに、遊ぶ時間が欲しい。

それすらも、母さんは許してくれない。ただ、頭のいい、理想の息子でいて欲しい。

父さんが死んでから、その傾向は一層強まった気がする。

今じゃ僕は、生活と勉強以外のことをさせてはもらえない。目を盗んで遊ぶことはあるけれど、見付かったらすぐにおしまいだ。

信じてるから、取り上げたりはしない。そうやって、母さんは僕を脅す。

取り上げられたら、まだ反抗できる。けれど、僕の手元に置いておきながら、僕の罪悪感に近い何かを刺激してくるのだから、どうしようもない。

父さんの遺産を使って、学校に近い家まで引っ越したのだ。近くには、小学校時代の友達はもういない。
 ▼ 7 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:38:09 ID:FbsIRgCU [7/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
母さんが眠ってから、僕はこっそり起き出して、それから自室のタンスに厳重にしまってある姉ちゃんの服を取り出す。

倒錯している、とは自分でも思う。けれど、このふわふわとしたレースのワンピースを着ると、僕はその時だけ、天才という評価を逃れられる。

ただの、明るく元気な、1匹のテールナー……ルナ姉ちゃんになれる。

この、母さんに隠れてする背徳的な行動だけが、僕の領地だ。

母さんには絶対に踏み入れさせない、僕だけの不可侵区域。

この格好をして、どうするという訳でもない。ただ、鏡を見て、くるりと回って、そこに、姉ちゃんの面影を見るだけだ。

今頃、姉ちゃんはどうしているだろうか。僕を天才だと言いながら、笑って普通に接してくれた、姉ちゃん。あたしはバカだからといいながら、遠くのそこそこいい大学に合格を決め、1匹立ちした、姉ちゃん。

あんたも大変ね。あたし、時々思うんだ。バカでよかったって。

そんな風に言ってくれた姉ちゃんとは、週に1回、電話で話す。でも、電話機は共用のものしかなく、母さんに秘密の話はできなかった。

秘密は、ほとんど持てない。全てつまびらかにされる。

だからこそ、こういう重篤な秘密を抱えたいのだ。バレたら、どうなるかわからない。けれど、僕だってバカじゃない。そこは上手くやればいい。
 ▼ 8 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:38:38 ID:FbsIRgCU [8/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
2

「テールちゃん、お前さ」

「何」

「好きな奴とか、いんの?」

「はぁ?!」

「おっ、おいお前童貞かよ、反応デカ過ぎじゃね?」

「そら童貞に決まってんだろ?」


声を潜める。ダイキ、♀もいるってのに何言ってんだ。


「え、マジ?」


そう言って話に入って来たのは、ルクシオのルークだった。

彼は、身だしなみに物凄く気を遣っており、服を着ている。

黒っぽい服をかっこよく着こなす彼は、僕に向かってとんでもない発言をする。


「お前、モテそうじゃん」

「どちらかというと♂受けの方がいい説はあるな」

「ねえよポケモンには」


ダイキのボケに、ルークが全力でツッコミを入れた。
 ▼ 9 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:38:57 ID:FbsIRgCU [9/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
「僕がモテそうって?」

「まあ、お前中性的な感じで結構見た目の雰囲気いいと思うし」

「そういうもんなの?」


今まで、♀ポケモンから好意を示されたことは、一度だってない。

友達にはなれるけど、そこまでだった。


「ってかさ、お前は違うのかよ。まだ中1の秋だぞ」

「俺は童貞だけど、でももう卒業した奴もいるって噂だぞ」

「ダイキは?」

「……駄目」


なんとなく、沈痛な雰囲気が漂った。見るからに、2匹ともしゅんとしている。僕は、思わずくすりと笑った。
 ▼ 10 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:40:02 ID:FbsIRgCU [10/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
HRで、先生が言った。

文化祭が、近付いてきている。設立間もないこの学校では、何かしらの試行錯誤がなされているようで、毎年、何かしらの変わった全校企画をやっている。

今年の企画は、衝撃的なものだった。


「女装男装大会、ってのをやるんだ」


教室がざわめく。僕はといえば、近くのダイキに、「やれば?」とからかい口調に言われた。


「一番かわいかった男子、かっこよかった女子が優勝、みたいな企画だ。

希望者がいればいいんだが、もし全校通して参加者が各性別に5人いなかったら、中1の各クラスから強制選出することになっている」


ざわめきが、大きくなった。すっと手があがる。チョロネコのローネだ。

先生が彼女を指名すると、彼女はこう問うた。


「クラスから誰か出てれば、その強制選出は免除されるんですか」

「え? ああ、なるらしいが」

「じゃ、あたしやります」


ざわめき。彼女は、ニコリと微笑んで言った。


「やりたい人がいるなら譲るよ。あたし、嫌じゃないだけでやりたいって程でもないし」


♀たちが、静まり返った。いないらしい。


「ってことみたいなんで、あたし行っときます」

「お、おう」


先生が、たじたじになりながら、言った。
 ▼ 11 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:40:40 ID:FbsIRgCU [11/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
「男子はいるか?」


気付けば、僕は手を挙げていた。

ローネのお陰か、抵抗感が薄くなっていたのだ。


「僕がやったら、うちのクラスはノルマ達成ですもんね。やりたいって奴、いないでしょ。女装の方がハードル高いし」


誰も、いなかった。僕は、ローネの方を見やる。

彼女は、意外そうに僕を見つめていた。彼女も、充分意外なのだが。

ふと、拍手が聞こえた。進んで恥を買って出てくれた僕たちに向けたものだった。

褒められるのは、悪い気がしない。しない、けれど。

けれど、もし僕が、日頃から女装していると言ったら、みんなは、ドン引きするんだろう。

皮肉な思考が脳裏を駆け巡った。それを隠して、照れ笑い。
 ▼ 12 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:41:59 ID:FbsIRgCU [12/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
「いや、まさかマジでやるとはな」

「なんとなくな」


そう言って、曖昧に笑う。ダイキはすげえよ、なんて言って僕の肩を叩いた。

ルークは、ビックリしたと言って、僕を応援した。


「頑張れよ、お前なら、気合い入れれば優勝できそうだし」

「どういう意味だよ」


そう言って、3匹、笑った。


「でもさ、なんで急に?」

「だから、なんとなく」

「お前、もしかしてさ、あいつのこと――」


ルークが、そう言って来た瞬間だった。


「ねえ、テール。ちょっといい?」

「え? いいけど。何、女装の話?」


3匹の会話に、ローネが割り込んで来た。白っぽい服が黒い体に鮮やかな対比を生んでいる。


「そ。ちょっと、話してみたくなっちゃって」


ルークが、ニヤニヤ笑いながら僕を見る。まさか、さっきの発言って。

軽くルークを小突いてから、ローネを見やった。

彼女は、ポケ当たりのいい笑みを浮かべている。それに釣られて、僕の表情もほぐれた。


「まさか、君が出るとは思わなかったよ」

「こっちのセリフだよ」
 ▼ 13 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:43:47 ID:FbsIRgCU [13/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
僕とローネは、2匹っきりで喫茶店にいた。

ダイキもルークも、気を利かせたって言いたいらしい。

部活をサボることに関しては、適当に言い訳してくれると言っていた。

そういう面で嘘を吐く奴らじゃないのはわかっている。だから、その面での不安はなかった。

ローネが、お茶をすする。僕は、そのあまりの平然とした態度に、思わず問い掛ける。


「それにしてもさ、いい訳? ♂ポケモンと、しかも、タマゴグループ一致してる同士、2匹だけで会って。

風評被害、広まったりしないの?」

「大丈夫だよ、別に。男装女装する同士、仲良くなって作戦立てとこうと思ったことにする」

「ふうん」

「優しいんだ。あたしのこと、真っ先に気遣ってくれるなんて」


くすりと笑うローネ。僕はといえば、別に何かを言う必要がある訳でもなく、お茶をすすった。

味は、あまりわからない。


「で、知りたいって、具体的にどういうこと?」

「うん。単刀直入に言うね。あたし、ニンゲンインパクトの当事者な訳じゃん」

「だな」
 ▼ 14 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:44:35 ID:FbsIRgCU [14/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
彼女は、あの事件に巻き込まれた、2匹のタメ年のポケモンの片割れだ。

クラスが始まった時、迷惑そうにしていた彼女を、なんとなくの一言で助けたことがある。


「こいつ、触れて欲しくなさそうだけど」


そう、ポツリと呟いただけなのだが、みんなにはそれが聞こえ、そしてローネの態度に気付いた。

普通なら、空気読めない奴、となるところで、洞察力があって凄いって評価をもらったのは幸いだった。

お陰で僕は、クールな知的キャラというキャラを定着させることができた。

そしてローネも、世界を揺るがす事件のキーパーソンだということを忘れて、周囲に溶け込めているようだった。


「だから、あの時のお礼が言いたくて。で、まあこういうきっかけが欲しかったんだ。知りたい、ってのは、まあその方が、あたしのキャラっぽいし」

「なるほどね」


お茶を一口。タイミングがシンクロする。
 ▼ 15 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:46:00 ID:FbsIRgCU [15/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
「でも、なんで立候補したの?」


会話のために、僕はそう問い掛けた。


「全然、そんなタイプには見えないのに。目立ちたいなら、最初に使うでしょ? ニンゲンインパクト」

「まあね。なんでかって、なんでだろうね」


はぐらかすように、彼女は微笑んだ。

そして問う。僕に、同じ質問を。


「あなただって、そんなキャラじゃないでしょ」

「だろうね。だけど、まあ、たまにはハメ外したくなって。ハメを外す、練習みたいなもん?」

「なるほど」


また、沈黙。ローネが、当たり障りのない話題を振って来る。

僕にとっては結構障る話題なのだけれど、そんなことを知るはずもない彼女には、まごうことなき当たり障りのない話題。


「趣味、何?」
 ▼ 16 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:47:03 ID:FbsIRgCU [16/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
まさか、女装と答える訳にもいかない。けれど、他の趣味を考えようとして、答えに詰まった。

母さんは、大した娯楽を与えてくれない。

それはそのまま、無趣味、ということになる。

女装、と答えてしまいたい衝動に駆られたが、そんなことを言ってしまえば、ドン引きされるに決まってる。


「無趣味?」

「ああ、ごめん」

「謝らなくてもいいよ。ここ、偏差値高いしね。勉強ばっかさせられてたんだ」

「まあ、ね」


母さんのことを思い出して、憂鬱な気持ちが蘇る。

女装の件を、言いくるめなければならないのだ。


「そういう君はどうなの?」

「あたしは、コネがあったから。まあもちろん、適正試験は受けたけど。

勉強に関しては、ホントに、ニンゲンのお世話になった」

「そっちじゃなくて、趣味だよ」

「ああ、読書だ。いろんな生き方を追体験できるからさ。あたし、Sなんだけど」

「う、うん?」

「SMのS。サンムーンじゃなくて、サディストって意味ね」

「いや、それはわかるけど、急に何?」

「読書するようになってから、丸くなって来たって。親友に言われた」


彼女は懐かしむように目を細めた。それから、ふっと我に返ったかのように僕に意識を戻して、言う。


「おまけに言語力も付くし。あたしがニンゲン語を学べたのは、読書のお陰だよ」

「なるほどね」


読書か。そのぐらいなら、母さんを説得できるだろうか。

勉強にも、役に立つから。だから、いいよね。
 ▼ 17 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:47:28 ID:FbsIRgCU [17/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
「うーん、思った以上に会話が続かないね。ま、お礼も言えたし、あたしは満足だけど、テールはいいの?

こんなかわいい娘捕まえて、何もしないって」

「♂ってものをなんだと思ってんだよ」

「ケダモノ?」

「あっ、そう。ま、僕は大丈夫だよ。それじゃ、行こっか」
 ▼ 18 い糸テールナー◆r8RzcYRKik 17/11/27 20:47:52 ID:5btwfK3. NGネーム登録 NGID登録 報告
支援です
 ▼ 19 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:48:17 ID:FbsIRgCU [18/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
家に帰ると、母さんは不在だった。仕事に行っているから、当然だけれど。

この時間は、それでも帰って来るまでに宿題と自習をこなしていないといけないから、自由には使えない。

僕は机に向かいながら、ローネとの静かな会話を思い返していた。

常に微笑を湛え、時に微が取れた彼女。

これは、なんなのだろう。好意、なのだろうか。

ただ、と思う。

そんな言葉では、表せない何かだ。そう、主張する僕もいる。

ぼんやりとした、何か。名前の付けられない、感情。他のより大きい訳でも小さい訳でもないけれど、定義できない。

例えてみるなら、物事を、0で割った感じ。大きくも、小さくも、どんな値だろうと取りうる感情。

妙な具合だった。
 ▼ 20 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:48:36 ID:FbsIRgCU [19/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
今日のノルマをあらかた終え、それから料理の下ごしらえをしておく。

テールはそんなことしなくていい、と言われているけれど、今日日勉強ができるだけじゃ人生やっていけないと説得し、家事の手伝いはやっている。

手先が器用なのも幸いし、今では黙認の域だ。ただし、やっていて楽しいとは微塵も思わない。

世の中には料理が好きな♂もいるらしいけれど、生憎僕にそんな趣味はないらしい。

心の中にあるのは、背徳への渇望。定規に沿った生き方から、逸れてみたい。そんな、歪んだ情熱。

そこに、姉ちゃんの服があった。それが、悪かったのだろう。

けれど、これをきっかけにローネと会話できたのだし、悪くもないかと考え直す。
 ▼ 21 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:49:06 ID:FbsIRgCU [20/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
母さんが帰って来て、僕はお帰りと声を掛けた。

ただいま、と応答があり、それから母さんは、僕の用意しておいた木の実のカットに、火を加え始めた。

僕は、自室に戻る。

そうして、また勉強に取り掛かる。あらかたに含まれなかった一部を、片付けるために。

そうしているうちに、ごはんができたよと呼ばれる。

僕は階下に行き、テーブルに並んだ食事に手を付けた。


「ねえ母さん」

「どうしたの、テール」

「文化祭なんだけど、僕、女装することになった」

「……どうして?」

「そういう企画があるんだよ。それで、推薦されてさ」


少しの嘘。隠しておきたいことは、自分から手を挙げたこと。そこだけ、嘘を吐く。


「それで、断り切れなくて。もう、既定事項だから、反対しても無駄だよ」

「そんな風に、遊んでいていいと思ってるの」

「思ってるよ。だって、まだ中1だよ? 中高一貫なんだから、大学まで後何年あると思ってるの?」

「だけど、みんな、塾に行ってるでしょ?」

「塾に行かなくても、僕の成績は行ってる奴に負けてないよ」


事実だ。塾行ってなくてその成績は凄いって、クラスの中でも、優等生揃いのあの学校の中でも言われている。


「だけど、まだ中1よ。差が付くのは、もっと後になってからだわ」

「あのさ、心配し過ぎだよ。塾行ってる奴なんて、授業中に塾の宿題やってたりするんだよ? 僕は授業を真面目に受けてる。差は開かないよ」

「……とりあえず、塾の資料、もらって来るから。そうやって遊ぶなら、入りなさい」

「なんでさ」

「あなたには、あなたには成功して欲しいから!」
 ▼ 22 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:49:29 ID:FbsIRgCU [21/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
なんだかなぁ、と思う。

ルナ姉ちゃんの生き方は、充分成功している部類じゃないだろうか。

大学で、友達と楽しくやっているらしい。勉強も僕に触発されてか真面目に、しかも自発的にやっているらしいし、きっと将来は、ちゃんとした定職に就けるはずだ。

見た目も悪くないし、結婚もできるだろう。世間的に見れば、勝ち組なのだ。

それじゃ、駄目なのか。普通の成功じゃ、駄目なのか。


「とにかく、考えておいて」


返事はしない。ただ、母さんのその考え方に、どうにもならない違和感があるだけ。

僕は無言で、晩ごはんをかき込んだ。
 ▼ 23 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:49:51 ID:FbsIRgCU [22/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
3

週2で塾。それが、母さんの出して来た条件だった。

遊ぶなら、今まで以上に勉強しなさい。

お陰で陸上部に行く頻度も下がって来たし、自由時間も削られる。


「お前の親、厳しいなぁ」


ダイキが、同情するように声を掛けて来た。


「まあ、ホントは運動部に入るのすら結構頑張って説得したんだよ。運動した方が勉強のパフォーマンスが上がるって医学的根拠を収集して提示して」


声に滲んだ諦めと落胆。

そうでもしないと、認めてくれない母さんのこと。

ため息が漏れた。


「まあでも、女装したお前見たら、卒倒するかもな」


クク、と笑うダイキに、僕は少しだけ留飲を下げた。

女装した、僕を見せる。しかも、合法的に。それは、どこか魅力的な考えだった。

けれど、そんなことが起こらないのもわかっている。

母さんは、仕事で忙しい。文化祭を見るなんて、そんなことできるはずもない。


「ま、頑張れよ」

「おう」
 ▼ 24 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:50:10 ID:FbsIRgCU [23/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
塾の中でも、ランクはある。

僕は、当たり前のように最上位クラスに入ることになった。

知り合いも何匹かいるが、これと言った仲良しはいなかった。

授業は、まあさして問題ではない。

入る価値があったのか、と言われると、ない訳ではない、というのが回答になる。

やっていることは先に進んでいるし、確実に身になってはいる。けれど、そうあくせく先に進む必要がまず感じられない。

ふあっとあくびをする。ああ、眠い。
 ▼ 25 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:50:51 ID:FbsIRgCU [24/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
夜遅く、家に帰る。ただいま、と声を掛けるが、返事はなかった。

眠っているのだろうか。起き出してもこない母さんに、少しだけため息を吐いて、僕は風呂に入り、そして自室へ向かった。

それから、姉ちゃんの服に袖を通す。

慣れた動作で♀に擬態すると、僕は少し、大胆な気分になった。

今日は、このまま寝てやろう。どうせ、母さんは部屋に入っても来ない。

僕の、頭のよさしか見てない母さんは、寝顔だなんて、どうでもいいだろう。

山ほどあるハンガーから1個拝借しておく。

絶対にバレないはずだ。

そして、朝起きた時、自室の壁に姉ちゃんのこの服を吊るしておく。ずっと仕舞いっぱなしだと、さすがに♂の体臭が付いて来るからだ。

洗えはしないけど、窓を開け放ち、空気を入れ替えることで、多少はマシになるはずだ。

僕は、ドキドキしながら布団に入り、そのまま眠りに落ちて行った。
 ▼ 26 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:51:11 ID:FbsIRgCU [25/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
翌朝、体毛に擦れる服の感触で目を覚ます。

そういえば、服を着たまま寝たんだった。

そして、悟る。

何も、なかったんだって。だって、起こしてくれる、はずだから。

息子が女装してたら、普通は。

知ってはいたけど、一抹の寂寥感に襲われた。
 ▼ 27 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:52:15 ID:FbsIRgCU [26/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
その日帰って来て勉強していると、姉ちゃんから電話がかかって来た。

忙しい姉ちゃんに、こちらから掛けることは躊躇われて、気付けば母さんがいる時間にしか話せなかった姉ちゃん。

それが、母さんが帰って来る前に連絡してきた。

どうしたのだろうと思って話を聞いてみる。


「いやさ、なんか、こないだバイトのシフト変わってあげて、お礼代わりに今日休みが取れたんだ。

それで、彼氏連れ込もうとしたんだけどあいつ、すっぽかしやがって。急に補講が入ったんだと。

暇だから話聞いてやる。最近どう?」

「最悪だよ、塾入れさせられて」

「え、マジか。ついにあんたも落ちたか」

「落ちてないよ! ただ、文化祭で目立つなら、勉強しろって」

「何すんのさ」

「……女装」

「ぷはっ! あんた、マジ? 女装って、何が悲しくてあんた! おっもしろ! 超ウケんだけど」

「姉ちゃん、笑い過ぎだってば」

「だって、テール、あんた女装?! いや、ケッサクだよこれ。今日補講入れてくれた彼氏にマジ感謝だわ」


それから数分、姉ちゃんは爆笑していた。

電話を切るのももったいなくて、僕はずっと、それを聞いていた。

1匹のポケモンとして見てくれている。それを感じて、嬉しかった。


「あたしの服、あるよね。自由に使って。それから名前も貸すよ。その代わり、絶対優勝して来いよ!」

「ま、まあ頑張るよ。姉ちゃんはどう?」

「まー、ヤなこともない訳じゃないけど、あんたの女装の発言聞いて全部どうでもよくなった。サンキュ」

「ど、どういたしまして」

「んじゃ、もう切るね。また今度」

「バイバイ」
 ▼ 28 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:52:55 ID:FbsIRgCU [27/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
4


そして迎えた文化祭当日。

あれ以来、ほとんど親しく会話することもなかったローネと、久しぶりに会話を交わす。


「本番だね」

「だな。緊張する?」

「別に。だってあたし、これでも世界救ったんだよ? それに比べれば、こんなのなんでもない」

「すげぇな」


世界を救うという語彙を、会話の中に自然に入れても許される。ある種、彼女の特権だろう。

彼女は、本当に平坦にそれを言う。表情も、いつも湛えている微笑のままだ。

ステージは、体育館だ。生徒も、外からの客も、たくさん入っていた。

女装には慣れているが、それを見られるとなると話はまた別で、正直、僕の心臓は、バクバクだった。


「緊張してるでしょ」

「そらな」


小さく、深呼吸。大丈夫だ。ここは自室。誰もいないところでただ、いつも通り女装するだけ。

さして問題ない。

そう、さして問題はないんだ。


「それでは、エントリーナンバー一番! テールナーのルナです!」


呼ばれたのは、僕の姉ちゃんの名前。

僕は、舞台へと続く階段を駆け上る。

イメージは、姉ちゃんだ。


「やっほー! ルナです! よろしくお願いしまーす!」
 ▼ 29 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:53:17 ID:FbsIRgCU [28/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
「おお、元気がいいですね」

「ま、あたしあんまし頭よくないし、元気よく生きてこってね」


姉ちゃんが、口癖のように言っていたセリフ。違うのは、枕に、「テールと違って」と付かないこと。

姉ちゃんの面影を必死に探す。そうしていないと、目の前が、見えてしまう。

たくさんの観客が僕を見ている、ということに気が付いてしまう。


「元気印ですね」

「そーゆーこと」


そこからは、司会の誘導に沿って、姉ちゃんのイメージに沿った行動をしていく。

ルークやダイキのヤジが聞こえた。かわいいぞー、うんぬん。

それを聞いて、不意に肩の力が抜ける。

観客を見回すと、みんなが、僕の方を注視していた。

それが、僕を高揚させる。

早鐘をうつ心臓は、緊張じゃなく、興奮によるものだ。

僕は、楽しんでいた。女装姿を、姉の姿を、周りに見られることを、楽しんでいた。
 ▼ 30 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:55:25 ID:FbsIRgCU [29/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
お辞儀をして舞台袖に戻ると、ローネが「お疲れ」と声を掛けて来た。


「どうだった?」

「緊張したけど、楽しかった」


汗をぬぐいつつ、答える。

誰かに見られる。そのことに対する抵抗が、一気に薄れていた。

今度はローネが舞台に呼ばれる。名前は、リオだった。

彼女は、いや、“彼”は、堂々と、元気いっぱいな男子を演じてみせていた。
 ▼ 31 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:55:52 ID:FbsIRgCU [30/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
全員の番が終わり、それから僕たちは、舞台に集められた。

優勝者を発表するのだ。


「さあ、ここにいる女の子の中で、最もかわいかったのは……」


呼ばれたのは、姉の名前だった。つまりは、僕だ。

思わず素を出し掛けて、慌てて姉っぽく「マジ? 超ヤバい!」と笑ってみせる。

そして、男装女子で優勝したのは、なんとローネだった。


「みんなありがとう!」


♂っぽくそう叫んでみる彼女は、本当に、演技派だった。

拍手に包まれながら、僕とローネが前に出て、司会から祝福を受ける。


「それでは、お集まりいただいたみなさん! この2匹のポケモンに盛大な拍手を!」


わーっと歓声が上がった。ダイキとルークの姿を認めて、僕は小さく手を振る。

それから、全体に向けて大きく手を振った。
 ▼ 32 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:56:37 ID:FbsIRgCU [31/74] NGネーム登録 NGID登録 報告





こうして、僕の文化祭は終わった。

しかし、これはある意味で、始まりだった。




 ▼ 33 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:57:50 ID:FbsIRgCU [32/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
5

文化祭が終わったその日、僕は女装をしなかった。

だから、これに気付いたのは、その翌日、塾から帰って来て、女装をした時だった。

どこか、女装しただけでは満足できなくなっている自分がいる。

周囲の視線に曝されて、僕の、こんな変な恰好が、みんなに見られて。

それが、どうしようもなく楽しくて。

1匹だけのこの時間が、どうしようもなく、空虚に思えた。

煩悶としながらいるうちに、ふと、あり得ない考えが僕の胸を横切った。


この格好で、夜、出歩いたらどうなるんだろう。


そんなこと、できる訳がない。

だけど、と思う。

化粧しなくても、僕は、服だけいじれば充分♀っぽいのだ。

それは、今回の件が証明している。

考えれば考える程、それは魅力的な考えに思えた。
 ▼ 34 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:58:15 ID:FbsIRgCU [33/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
外に、出る。

姉ちゃんの、服を、着たまま。

まだ、夜の10時。補導されることはない。

襲われたら、炎を吐いて撃退することだってできるのだ。

けれど、誰かがいる気配もなく、ただ夜の闇の中、歩いているだけ。

誰かに見付かったらどうしよう。そんな考えが、僕をなおさら興奮させていた。

背徳の、極み。

恐怖と、高揚がないまぜになって、僕の心をぐちゃぐちゃにした。

どうせ、親は気付いてくれない。

僕が女装していようと、誰にも見付かる訳がない。

知り合い以外に見られたところで、何の問題もない。

そうやって油断して、どんどん遠くまで、遅くまで……。


「ねえ」


聞き覚えのある声がして、僕はビクリと振り返る。
 ▼ 35 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:58:54 ID:FbsIRgCU [34/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
「な、なんで?」

「そりゃ、近くに引っ越したあんたと、寮にいるあたしじゃ家は近いに決まってるでしょ、テール。

寮の場所は知らなかったみたいだけど、すぐそこだよ?」

「え、ちょっと、でもなんで……なんで、いるんだ? ローネ」

「……ったく、見付かって動揺するくらいなら、初めからやらなきゃいいのに、この低能」


呆れたように呟く彼女。その表情は、体毛と闇に溶けあいさっぱり読めない。

ただ、何かしら、恐怖に近い感情が、呼び起こされていた。


「そんなに怯えないで。あたし、別にあんたを脅そうとか、そんなクズなことは考えてない」

「……ほっといてくれよ。ほっといてくれよ!」

「別にいいけど、もしあんたがそうやってあたしを冷たくあしらうなら、あたしにだって考えがあるよ。

大丈夫、別にそんな妙なことして欲しい訳じゃない。ただ、聞かせて。何が、何がテールを、そうまで駆り立てるのか。

ごめん、あたし、本質は知りたがりなんだ。誰かさんのが伝染しちゃって」


そういう彼女の声は、小さく笑っていた。

黒い。そんな印象が、僕を襲った。
 ▼ 36 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:59:35 ID:FbsIRgCU [35/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
母親の眠っている自宅へと彼女を連れ込み、それから問う。


「怖くない訳? ケダモノの家に夜、遊びに行くなんて」

「別に。あんたがそういうタイプだって風には見えないし」


部屋の中で、彼女は退屈そうに僕を見た。


「で、あんたの女装癖、なんとなく理由は察したけど。構って欲しいんでしょ、親に」


何も、答えられない。僕は、彼女をじっと見た。

微笑は、ない。これが恐らく、彼女の素だ。


「どうして、そう思うんだ?」

「……だって、部屋見ても、何もないんだもん。勉強ばっかで無趣味とは言ってたけど、これは、ない。

親がそれ程厳しくしてるんだったら、そういう系統の鬱屈を抱えてて、おかしくない。それがねじ曲がった結果が、その女装」


全て、見透かされている。図星を指されて、僕は怯み、それから言い返す。


「そうだとして、それが何?」


「いや……知ってるから。あんたと、真逆の。♀なのに、♀として生きられなくて、♂として暮らしてた奴を。

だから、あなたに興味が湧いた」

「……そうなんだ」
 ▼ 37 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 20:59:56 ID:FbsIRgCU [36/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
「ねえ、あんたってさ……ちゃんと、向き合ったこと、ある? その、母親と」

「……あるよ」

「ふうん。ま、いいや。また明日。夜、あの公園で会おう」


そう言うと、彼女は立ち上がり、部屋を出て行こうとした。

僕は後を追い、送ろうか、と声を掛ける。


「大丈夫。あたしには、頼んでもないのにボディーガードしてくれる気違いが付いてるから」

「はぁ?」

「言った通りの意味よ。それ以上でもそれ以下でもない。説明は面倒だから、しないけど」


そう言って、訳も解からず立ち竦む僕を置いて、彼女は軽快に歩き去る。

僕は、茫然とその後を見送った。
 ▼ 38 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:00:57 ID:FbsIRgCU [37/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
6

眠い目をこすりながら学校へ向かう。

昨日のあの出来事のせいで、よく眠れなかった。母さんから大丈夫と訊かれたけれど、それだけ。

あくびをかみ殺しながら教室で待機していると、ルークが声を掛けて来た。


「よ、テール」

「おはよ、ルーク」

「どうした、3時間しか寝てないみたいな顔して」

「いや、なんか眠れなくってさ。今はしばらく寝よっかなってとこ」

「おう、じゃ、ほっとくぞ」

「サンキュ」


そう言って、ルークは別の友達の輪に入って行った。俺は、そのまま机に突っ伏し、睡眠時間を確保した。
 ▼ 39 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:01:32 ID:FbsIRgCU [38/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
ローネの方が、気になる。

授業中も、チラチラ視線を向けていた気がする。

彼女は、普段となんら変わることのない態度で授業を受けていた。

僕のことを誰かに言いふらすつもりは、毛頭ないらしい。

もっとも、疑っていた訳ではない。彼女は、そんなところで嘘を吐くタイプには見えなかった。

授業が、少しだけ、上滑りする。眠りが足りないのか、雑念のせいか。
 ▼ 40 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:02:14 ID:FbsIRgCU [39/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
そういえば、ダイキが声を掛けて来ない。

それに気が付いたのは、昼休みに弁当を頬張っている時だった。

今日一日、あいつと会話していない。その違和感が、ふっと、頭をもたげた。

何も変わったことは起こっていないし、あいつも他の面では異常なしだ。

ただ、なぜか話していない。

何かしただろうか。悶々と悩んでもどうしようもない気がして、僕は、ダイキに話し掛ける。


「おーっす、どうしたダイキ」

「あ、て、テール」


わかりやすく、動揺している。どうしたんだろうか。


「何? 僕の顔になんか付いてる?」

「い、いやそういう訳じゃねぇけど……ごめん、ちょっと今日呼び出し食らってて。それじゃ」


そう言って、立ち去った。見え見えだ。

ショックではあるが、受け入れざるを得ないらしい。

なぜか、ダイキに避けられている。
 ▼ 41 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:02:45 ID:FbsIRgCU [40/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
見ていたルークが、声を掛けてくる。


「どうした? あいつ、なんか変だけど」

「さあ……ルークもわかんないの?」

「うん」


少なくとも、土曜の文化祭の時点では何もおかしくはなかった。

昨日一日、あいつとは会っていない。

だけど、朝来た時には既に、ダイキに避けられていた。

……どういうことだろう。

誰にも指摘されない以上、バレた訳ではないと思う。現に、ルークはこうやって話し掛けて来る。

だとすると、本気で原因がわからない。

何があったのだろう。
 ▼ 42 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:03:32 ID:FbsIRgCU [41/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
結局その原因はわからないまま、今日の学校は終わりを迎えた。

部活にも出たが、ダイキも僕も、何も話さなかった。初めは間を取り持とうとしていたルークも、徐々に諦めモードに入っていた。


「なんなんだよあいつ」


次第にルークのニュアンスは、怒りに近いものになっていく。

けれど僕は、怒る気には、なれない。悪意というより、ダイキの顔にある感情が、戸惑いに近いものだったから。

だからきっと、何か理由があるんだと思う。例えば……あの夜、見付けていたのはローネだけじゃなかった、とか。

バラすのも忍びないが、上手く会話もできないとか、そんなんだろうか。

それならまあ、筋は通る。

ただ、本当にそうなのだろうか。

そんな考えを持て余したまま、僕は家路に就いた。
 ▼ 43 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:04:04 ID:FbsIRgCU [42/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
「それはないと思うよ」


公園で、ローネがそう言った。

行かないという選択肢は、弱みを握られている僕に、初めから残されていない。

だから、指示された通り、夜の公園へ向かう。

街灯が薄く辺りを照らしている。それを暗いと感じた僕は、尻尾の枝を取り出して灯りをともした。

そして、問うたのだ。「ダイキが見ていなかったか」、と。

彼女は少しだけ離れて、すぐに戻って来たと思ったら、開口一番そう言った。


「なんで?」

「ボディーガードの気違いがそう言ってた。あたしに近付いた奴は、全員記憶してるけど、いなかったって。

そもそも、ダイキってこの辺に住んでるんじゃないでしょ? 遠くから、電車」

「ああ、まあそれはそう」


そういえば、そうだった。この学校には、そこそこ遠くからもポケモンやニンゲンが集まって来る。

ダイキも、その御多分に漏れず、だ。引っ越しまでして来た僕や、寮に入っているローネの方が圧倒的少数派。

だからこそ、僕はほかならぬ彼女に見付かったのだけれど。

というか、何その「気違い」さんは。シンプルに怖いんだけど。

聞いてもどうせはぐらかされるような気がして、僕は黙り込んだ。


「でも、気になるな、その謎も。ダイキ、ニンゲンだよね」

「ああ」

「ニンゲンの論理に立って、考えてみないといけないのかもね」
 ▼ 44 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:04:23 ID:FbsIRgCU [43/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
「会ってない間に何かが変わるって、ニンゲンならあるのかよ」

「わかんない。だけど、あたしは知ってる。ニンゲンとポケモンは、これでもかって程、違う。まあ、これでもかって程、同じでもあるんだけど」

「ふうん」


ニンゲンインパクトの当事者に言われてしまうと、反論のしようがない。

彼女は、考え込むように手を顎に当てていた。


僕も僕で、思考をニンゲンに併せようと努力した。

けれど、駄目だった。僕は、ポケモン。ポケモンの論理からは、いくら天才だったとしても、離れられない。

それができるのは、僕の周りでは恐らく、彼女ぐらいなものだろう。

けれど彼女は、ふうっと息を吐き出すと、僕に向かって申し訳なさそうな視線を向けた。


「ごめん、これ、あたしにもわかんないや」

「いいよ、別に。答えが返って来ると思ってた訳でもないし」


それで、今日のところはこの話は立ち消えになり、そして、彼女はそのまま帰って行った。

また明日、ここでと言い残して。
 ▼ 45 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:04:48 ID:FbsIRgCU [44/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
翌朝以降も、結局ダイキとの不和は治らないままだし、ローネはローネで見事なまでにいつも通り。

ルークは、僕とダイキの間に入ることは諦めても、それぞれに交流はしているらしい。


「俺がやめたら、なんか本格的に、俺らがマズイことになりそうな気がしてさ」


そう言って笑い、快活に2匹の間を渡り歩く彼には、本当に感謝の念しか起こらない。

けれど、ダイキはそれでも、僕に話し掛けては来なかった。

僕から話し掛けてもどうにもならないし、諦めて彼を待つ。

女装がバレた訳ではないから、とりあえずは待つだけだ。

特に僕に落ち度があるという訳でないのは、ルークが確認してくれた。完全に、向こうの問題らしい。

そこから先は、教えてもらえなかったという。


「サンキューな、ルーク」

「いいってことよ。なんだかんだ言って、俺ら部活メイトな訳じゃん。お前らが仲悪いと、俺もやり辛いしな」

「……マジ、ありがと」

「おいなんだよ! 照れんだろやめろ!」
 ▼ 46 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:05:18 ID:FbsIRgCU [45/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
それからしばらくは、そんな日常が続いた。ローネとの深夜の会話も、ダイキにまつわる愚痴が多かった。

彼女は、それを聞いて満足しているらしい。

本当に、彼女の狙いがわからない。

ただ、間違いなくいい変化がひとつある。

母さんは変わらないし、僕の暮らしも変わらない。

それでも僕には今、女装にかかずらっている暇はなかった。

ローネとの出会いから、僕の女装癖は、止まったのだ。無理矢理、止めさせられたというべきか。


異変が訪れたのは、数週間経ってからだった。
 ▼ 47 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:06:11 ID:FbsIRgCU [46/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
7

夜。

ローネと共に、僕の炎で照らされながら、話をする。

間違いなく、ここ最近は、これを楽しみにしている。

夜こっそり出歩くという背徳もそうだし、純粋に、彼女とこうやって交流を持つのが楽しかった。


「ねえローネ。だけどさ」

「うん?」

「なんで、こうやって毎晩、僕と会ってくれるの?」

「……あんたなら、教えてくれると思ったから。あの子の心境を。

それに……あなたの抱えてる問題は、あたしにも、関係あるから。

だから、最後まで見届けたいの。決着が、どう付くのか。あなたなら、見せてくれると思ったから」

「……どういうこと?」

「なんでもない」


思わせぶりな言い方は、もう慣れた。

恐らく、彼女はもう、気付いているのだ。だけど、なぜか言いたくない。

僕にはわからないニンゲンの論理を、ローネは見事に解きほぐしたのだ。

けれど、それは、ポケモンには恐らく、受け入れがたいものなのだろう。

そんな風に考えていると。

ローネの頬を、すっと、一筋、涙が横ぎった。煌めく炎に照らされて、それは紅く、輝きを纏った。


「……ごめん、なんでもない」

「……そっか」

「ありがと、ほっといてくれて」
 ▼ 48 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:06:33 ID:FbsIRgCU [47/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
これが、前兆だったのかもしれない。彼女は、実はこの時既に、ダイキに働きかけていた。

そして、彼がようやく決意したのが、この時だったのだろう。

それを知って、答えを突き付けられるのが怖くて、彼女は泣いたのだ。

けれど、それに気付けたのは、もっと後のことになる。
 ▼ 49 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:06:53 ID:FbsIRgCU [48/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
「なあ、放課後、いいか」


久しぶりの声に僕は振り向いた。


「ダイキ」

「……お願いだ、来てくれ」

「俺は?」


ルークが横やりを入れる。


「好きにしてくれ。お前なら、いてもいい。

ドン引き、すると思うけど」

「何言ってんだよ」


ルークが笑った。僕も、釣られて笑う。けれど、ダイキの目は真剣だった。

それで、僕は笑いを打ち消した。


「まあ、わかった。部活は出んの?」

「……出る。言い訳担当いなくなるしな」

「了解」


僕とルークの声が重なった。
 ▼ 50 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:07:34 ID:FbsIRgCU [49/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
そして、部活を終えて、3人でコンビニに寄ってアイスを買い、それから僕たちは、例の公園に向かう。

示し合わせた訳でもないが、なぜか、ローネと話をする公園の、そのベンチに座った。

そして、ダイキは、僕に向けて、爆弾をぶつけて来た。


「……俺、さ。あの、文化祭の時、お前の女装見て、さ」

「うん?」

「……そん時は普通だったんだけど、寝る前、なんか、お前のあれ思い出してさ」

「……うん?」

「無理矢理寝て、さ」


まさか、と思った。まさか、こいつは。


「夢精、してた。お前で」


やっぱり。なんとなく、話の流れで、予想が付いた。


「はぁ?」


ルークが、驚いた声をあげる。




「だって、お前、ニンゲンだし、そもそもお前、♂だし……」

「ルーク」


僕は、彼を止めた。

ルークは、こちらを見やる。僕は、彼に言った。


「ニンゲンは、ポケモンの性別を見分けられないんだ。恰好と、喋り方だけ。

それがなくなったら、わからないんだ」

「……ずっと、言ってたもんな。お前、かわいいって、ニンゲンは」


ルークが、腑に落ちた、というように呟いた。
 ▼ 51 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:08:09 ID:FbsIRgCU [50/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
ダイキが頷いて、そして言った。


「次の日1日、考えてた。どうしたんだよ俺って。それで、気付いたんだよ。

俺、お前のことが、好きになったんだって。だから、避けた。こんなこと言われても、お前、困るだろ」

「……まあ、な」

「だけど、ずっと避けてもいられない。だけど、もう、元にも戻れそうにもないから。だから、突っ切ることにした。

ごめんな、気持ち悪くて」

「少し……考えさせてくれ」

「え?」


僕の発言に、2匹の言葉がシンクロする。


「後ろ向きに、検討しとく。だけど、まあ、断っても、何も気にしないよ。

それが、ニンゲンの論理。僕たちポケモンとは、これでもかって程、違うんだから」

「ああ。ニンゲンにゃ、わからねぇもんな、しゃーない」

「……ありがとう」


ダイキが、うつむきながら、笑った。
 ▼ 52 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:08:30 ID:FbsIRgCU [51/74] NGネーム登録 NGID登録 報告







その日の夜、ローネは公園に来なかった。






 ▼ 53 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:09:08 ID:FbsIRgCU [52/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
翌日は、何事もなかったかのように、全て文化祭の前に戻ったかのように、僕たちは仲良くなった。

それでも、心のどこかでは、考えている。

こいつは、僕で夢精した。

気にならないと言ったら嘘になってしまう。

それが、言動に滲んでしまうことも、なかったとは言い切れない。

ただ、ダイキはいつも通りで、それが僕を安心させていた。

できるなら、このままなかったことにしたい。

そんな淡い願望が、僕を包んでいた。

決断は、来週。そうやって、取り決めた。

逃げられるとは思っていない。

――答えは決まっている。NOだ。

それでも、そんなことを、僕はあいつに、伝えたくない。

僕は、気付けばローネを探し求めていた。

相談したい。このことを。

どうやって答えを出せばいいのか。

それを相談できる相手は、もうローネしか思いつかない。
 ▼ 54 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:10:14 ID:FbsIRgCU [53/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
「……そっか、断るんだ」

「うん。僕だって、できれば伝えたくないよ。あいつは、大事な友達だ。だけど。

だけど、やっぱり、嫌だった。付き合うとか、そういうのは、ない。

異種族だし、そもそも♂同士だし。僕は、やっぱり、無理だよ」

「そっか、無理、か」


そういう彼女の顔が、一瞬歪んだ。

すぐにそれは掻き消えて、いつもの、あの微笑になった。

素ではない、表情に。


「どうしたの」

「……ごめん、だけど」


声が、かすれている。体が、細かく震えているようだった。

穏やかな、微笑み。
 ▼ 55 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:11:57 ID:FbsIRgCU [54/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
「だけど、あたし、あなたには、受け入れて欲しかった。ダイキを、受け入れて……」

「えっ」


意外な気がした。彼女が、そんなことを言うようには、思えなかったのに。


「あたし、ダイキと、重ね合わせてた。あたしと、ダイキを。

……テール、やっぱり、嫌なんだよね?」

「え、まあ、カップルは、うん」

「……ありがとう」


微笑は浮かべたまま、彼女は泣きじゃくった。

涙も、泣き声もないけれど、それは、間違いなく、号泣だった。

そして、茫然と気付く。彼女の抱える、問題に。
 ▼ 56 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:12:12 ID:FbsIRgCU [55/74] NGネーム登録 NGID登録 報告







きっと、そうだ。ニンゲンインパクトは、彼女の心に、深い、深い影響を与えていたのだ。






 ▼ 57 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:12:43 ID:FbsIRgCU [56/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
そして、僕は彼女を連れて、家に帰った。

放っておけなくて、僕には、そうするしかできなかった。

家には母さんも寝ているはずだけれど、それどころじゃなかった。

ローネはただ、静かについて来る。

僕の部屋に彼女を連れ込んで、座らせる。


「僕、気にしないよ。君が、誰を好きだったとしても」


それが、僕ではないのだから。それに、僕のことを彼女が好きなら、それはただただ嬉しい事案なのだ。

タマゴグループも一致している。性別は異なる。ついでにたぶん、気持ちも一致している。


「ありがとう。……もう、泣くね」


もう、充分過ぎる程泣いている、と思ったが口には出さなかった。彼女はその瞼から、際限なく、涙をこぼし始める。

布団に顔を押し付け、声が漏れないように。僕はそれを、拒まなかった。ただ、そっと、彼女の肩に手を回す。


「うあああああああああ……」
 ▼ 58 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:13:15 ID:FbsIRgCU [57/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
ずっと、そうしていただろうか。

不意に、彼女は僕を向き直り、それからそっと抱きしめた。

僕も、それを抱き返す。彼女の僕と比べて遥かに冷たい体温が、伝わって来る。

2匹、ひとつになって、溶けあうようだった。

そして、曖昧に溶け合った境界線が、僕らを、少しだけ、大胆にした。
 ▼ 59 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:13:56 ID:FbsIRgCU [58/74] NGネーム登録 NGID登録 報告





けれど、結局、何事も起きなかった。

起こせ、なかった。




 ▼ 60 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:14:35 ID:FbsIRgCU [59/74] NGネーム登録 NGID登録 報告





僕は、絶望的に悟る。





どうやら僕は、チャンスを逃したらしい、ということと、





僕の女装癖は、気付かぬうちに、心にまで浸食していたのだということを。




 ▼ 61 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:15:10 ID:FbsIRgCU [60/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
「ったく、あたしたちって、ほんっと狂ってる。よくも、悪くも」

「……だな」


2匹、添い寝しながら、そう言って、笑う。

疲れた、笑みだった。


「それでもあんたは、嫌なの、ダイキが」

「ああ。♀が無理だったとしても、♂は嫌だ」

「……そっか。あたしも、吹っ切れた。ずっと、あたしだけ、止まってたみたいなもんだからさ。

だから、あたしを動かし出す。ありがとね、教えてくれて」


僕はただ、そろそろ帰らないとマズイぞ、とだけ言った。

反応に困るのだ。そんなことを言われても。
 ▼ 62 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:15:36 ID:FbsIRgCU [61/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
不意に、ただいま、と声が聞こえた。

え、と僕は驚いて、飛び上がる。

母さんの、声だった。


「家に、いるんじゃなかったの?」

「と、とにかく隠れて」

「どこに?」

「クローゼットの中! 僕、寝たふりするから」


足音が、近付いて来る。

気配を、殺した。

だけど、臭いは、隠しきれない。ポケモンの敏感な嗅覚をごまかすことができるような時間は、なかった。

それでも、仕方ない。たぶん、ここを見ることは、しないはず。
 ▼ 63 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:15:58 ID:FbsIRgCU [62/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
しかし、扉は開かれた。


「……よかった、今日も、女装してないのね」


そんな言葉と共に。
 ▼ 64 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:16:36 ID:FbsIRgCU [63/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
心臓が、早鐘を打つ。

今日“も”、“女装してない”。

今日じゃない日に、女装していた。

この間は、女装していた。

女装して眠った日なんて、一日しかない。

その日も、見ていたのだ。

母さんは、見ていたのだ。

どうして。

世界が、グルグル回り始める。

バレていた。全部、バレていた。


「なんでだよ」

「え」

「なんで、気付いてんのに、黙ってんだよ」

「テール、起きて……」

「なんでだって訊いてんだよ!」
 ▼ 65 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:17:04 ID:FbsIRgCU [64/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
バレていた。それも衝撃だった。

けれど、それを知って、何も言ってこなかった。そっちの方が、なお衝撃的だった。


「……だって、私、わからなかったの。何か、深い理由があるんだろうって。そう思ったら、言えなかった」

「なんなんだよ今更っ! なんで、見るんだよ、ほっといてくれよ、頼むから……」

「毎日、あなたの寝顔を見てた」

「え」

「そうでもしなきゃ、疲れちゃうから。だから」

「……今更いい親ぶるなよ、僕の、俺の頭にしか興味ない癖に!」

「そんな訳ないでしょう?! あなたのこと、私はずっと、考えてる!」

「じゃあ、なんだよ。もっと、俺を見てくれよ。俺そのものを、考えてくれよ……」
 ▼ 66 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:17:22 ID:FbsIRgCU [65/74] NGネーム登録 NGID登録 報告







「たぶん、必死で考えてたんだと思うよ」






 ▼ 67 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:17:45 ID:FbsIRgCU [66/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
クローゼットから、声が響いた。

母さんと僕が、同時に振り向く。

中からローネが出て来た。


「ごめん、だけど、黙って聞いてられないよこんなの。

ねえテール、どうしてあなたの母親が、こんなに遅くまで外にいたのか、わかってるの?」

「え?」

「……あなた、父親いないでしょう。遺産でなんとかやって行くには、うちの学校は、高すぎると思う。

その上、塾だよ? 稼ぎがないと、潰れるよ」

「何が、言いたい」

「こんな遅くまで、仕事してるってこと」


あ、と言われて気付く。

そうだ。怒ったはいいけれど、僕は、気付けなかった。母親が、いないということに。

しかも、たぶんそれは、ずっと。
 ▼ 68 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:19:42 ID:FbsIRgCU [67/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
「一旦は家にいるんでしょ? だったら夜出かける必要のある……風俗、違いますか?」


彼女の声は、半ば祈るようだった。これ以上酷い何かでありませんように。

母さんは、首肯した。

僕は、愕然として、母さんを見詰めた。


「あなたのために、あなたのママは、こんなに頑張ってる。これが愛じゃなくて、なんなの?

ホントに……聖母だよ、こんなの。

ママさん、あなたも。大事なことの順番、間違えてるんじゃないですか?

テールと、もっと一緒にいてあげてください」


母さんも、僕を見つめる。


「身を犠牲にして働き過ぎ。テール、ずっと気にしてた。鬱憤晴らしだよ、女装は」


全てが、明らかにされた。僕と母さんは、震える体で、互いに歩み寄り、それから、抱き合った。

ごめん、こっちこそ。そんなやりとりが、零れた。

窓から、光が差し込む。僕ら3匹を包み込んだ、淡く、優しい光。
 ▼ 69 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:20:04 ID:FbsIRgCU [68/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
8

あれから僕は、塾をやめた。

母さんも、夜の仕事をやめたらしい。その代わり、昼の仕事時間は増えた。

その分の家事を僕が負担するようになった。今までの暮らしに比べたら、さして問題でもない負担だ。

あれ以来、完全に女装をやめた。

もう、不要だったから。

これが、僕の家庭に起こった事件の結末だ。
 ▼ 70 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:21:28 ID:FbsIRgCU [69/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
ダイキにまつわる事件の決着も、付けないといけないだろう。

結論から言うと――元通りだ。

その顛末を、ここに記して行こうと思う。
 ▼ 71 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:22:02 ID:FbsIRgCU [70/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
「なあダイキ、今日、放課後」

「……わかった」


そう言って、僕たち3匹は、またあの公園に向かった。

今日は、コンビニにも寄らなかった。


「お前、僕のこと、好きだって言ったよな」

「ああ。それで、どうだって?」

「……お願いだ。これからも、僕たち3匹、ずっと、親友でいてくれるか?」

「……そうか」

「断る定型表現だと思わないでくれよ。ずっと、親友でいたい。これは、マジだ」

「それは、俺がニンゲンだから?」

「それもあるし、お前が♂だから。

そのぐらいしか、文句の付け所ねえもん。お前、いい奴だからさ」

「だよな、テール。ダイキ、サンキュな。俺らのこと、信じてくれて。こうやって、打ち明けてくれて」

「……いいよ、別に。俺も、諦める。諦めて、真っ当に、人間の女子を好きになる。別に、俺ホモって訳でもケモナーって訳でもないしな。

ただ、お前がかわい過ぎた。それだけ」


僕は、思わず吹き出した。


「なんだよそれ」

「ただの事実」


二っと、ダイキは笑った。
 ▼ 72 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:22:31 ID:FbsIRgCU [71/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
だから、元通り。

何事もなかったかのように、親友同士に、戻る。

時折夢精の件は脳裏をよぎるけれど、それも仕方ない。

だって、僕は女装していた。♀に見られるよう、努力していたのだ。

だから、当たり前。♂が興奮して、当たり前。

言葉にすると、それだけのことだ。

僕の女装が上手すぎた、それだけ。
 ▼ 73 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:22:57 ID:FbsIRgCU [72/74] NGネーム登録 NGID登録 報告
最後に、ローネと僕の関係について記して、この話は終わりにしよう。

彼女と僕は――付き合い始めた。

どんな会話があったのか、とか、そういうことを詳しく話す気は、さっぱりない。

ただ、似た者同士、矯正し合えるはず。そんな風な意見の合致があった。

あの夜の、彼女の激情にも理由はあるのだろう。

けれど、彼女はそれを話してはくれない。ニンゲンインパクトに由来するものなのはほぼ間違いないと思うのだけれど、それは、わからない。

だって、話してくれないから。

だけど。

ニンゲンの♀が好きになってしまった少女。

女装して、その挙句に♀に興奮できなくなってしまった少年。

これが似た者同士でなくてなんなのだ。

だから、付き合う。きっと、治せる。

たぶん、僕たち2匹なら。


「よろしくね、ローネ」

「うん、テール」


そう言って2匹、お茶をすすりながら、ニコリと笑った。
 ▼ 74 1◆J44kAZeDOM 17/11/27 21:23:22 ID:FbsIRgCU [73/74] NGネーム登録 NGID登録 報告







【非スワップSS】テールナー少年の憂鬱 完






 ▼ 75 ュプトル@こだいのうでわ 17/11/27 21:23:43 ID:FbsIRgCU [74/74] NGネーム登録 NGID登録 [s] 報告
当SSはこれにて完結です
お読み下さりありがとうございました
ニンゲンインパクトに関しては、こちらのSSにその全貌が載っております
http://pokemonbbs.com/poke/read.cgi?no=295723
併せてお読みください
 ▼ 76 ピアー@でんきのジュエル 17/11/27 21:23:45 ID:e6R1ELZA NGネーム登録 NGID登録 報告
支援た
 ▼ 77 ガドーン@トライパス 17/11/27 22:08:48 ID:xNkdNIQI NGネーム登録 NGID登録 m 報告
>>76
完結していたのに気付かず、申し訳ない!
夢中になって読んでしまうほど、話のテンポがよくて面白かった。
乙です!
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