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【SS】密林までゴミを捨てに行くだけの話

 ▼ 1 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:01:53 ID:SPso2qfc [1/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



『ダメだ……』


その時、確かに彼は戦った。


『またダメだ……!!』


戦っていた。


『ダメだ、ダメだ、ダメだっ!!』


足掻いていた。


『また……また、ダメ、だった……!!』


しかし。


『もう、無理だ……!!』


もうそれは、ずっと遠くの物語。



──
───
 ▼ 2 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:03:38 ID:SPso2qfc [2/22] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ソウタロウ「先代、例の船はもう来ましたか?」

セイジロウ「とっくに来たさ、この寝坊助め。どうしたテメー、この頃ずっと朝遅いじゃねえか、その癖立派に目の下に隈なんて作りやがってよお」

ソウタロウ「……すみません、先代」


青年は窶れていた。
彼の名はソウタロウという。肩書きは、アローラ内部にて発生するありとあらゆるゴミを一手に処理するリサイクルプラントの社長。内実は、先代である父親の跡を継いだだけのひよっこであった。


セイジロウ「全部ゴミは処理場に移してある。さっさと次の船のルート確認してこい!!」

ソウタロウ「は、はい!!」


怒鳴られて走る。デスクにかじりつき、アローラ全体からかかってくる電話を受け、アイアントの群れのように絶え間無く続くゴミを積んだ船を捌き、安い金を受けとり、処理場のポケモンの健康を管理する、長くて面倒で息苦しい一日がまた始まる。

別にそれを嫌っている訳ではない。仕事なんてどれもそんなものだと分かっている。大人とはそういうものだと知っている。男はそれに耐えられるように出来ていると言われている。
もうソウタロウは大人の男だった。
 ▼ 3 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:06:21 ID:SPso2qfc [3/22] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
   プルルルル プルルルル

   ガチャ

ソウタロウ「はい、こちらマリエリサイクルプラントです」

男「悪いがゴミが増えた。今日の船は二倍に増やさせて貰うよ」

ソウタロウ「えっ、そ、それは困ります!! お客さまの後にはエーテルパラダイスからの貨物船が三台控えているので……」

男「うるせぇな、もう船は送り出した!! 金ならきっちり払ってやるから何とかしろ!!」

   ブチッ

ソウタロウ「……」



   プルルルル プルルルル

ソウタロウ「すいません、そちらエーテルパラダイスさまでしょうか」

職員「どうしました?」

ソウタロウ「あの、マリエリサイクルプラントなのですが、そちらからの貨物船何ですが、到着時間を三十分遅らせては貰えないでしょうか」

職員「困りましたね……私達の貨物船はゴミを出した後にそのまま港で新しく荷物を受けとるので……」



ソウタロウ「どうしましょう先代!?」

セイジロウ「そんなん根性でどうにかするしかねぇだろう根性で!! 」

ソウタロウ「そんなこと言われましても!!」

セイジロウ「ライドポケモンのラプラスを出せ!!」

ソウタロウ「海上輸送なんて無茶ですよ!?」


仕事を始めて思ったことだが。どうにも、アローラの人間は人使いが荒い。それとも、ゴミ処理場の人間ならどこもこんなものなのか。とにかく、無茶を言われる頻度が高かった。そしてソウタロウは、その無茶に対応する必要があった。

太陽はとっくに上っている。海原には既に新たな船の影が見える。
ソウタロウは言われるままにラプラスに跨がり、後方に小さなコンテナを提げて、嫌々ながら繰り出した。
 ▼ 4 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:07:10 ID:SPso2qfc [4/22] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告





ソウタロウ「……はぁ……はぁ……」


そして、一日は機械的に終了する。ソウタロウが何を思っていようと太陽はだいたい決まった時間に落ちるし、月は周期通りに満ち欠けする。
ずっと動きっぱなしであったソウタロウは、力尽きて人気の無い廊下に倒れ込んでいた。別に珍しい風景でもない。廊下で目覚めるなんてもう何度経験しただろうか。


ソウタロウ「やだなぁ……今回は何とかなったけど、あの人絶対前に出来たんだからって言いながら同じことやってくるよ……」


はっきりとした声が出ているかの判断はもうソウタロウにはつかない。外からの音の判別も不可能。きっと今なら彼は何を言われても無反応でいられるだろう。

彼はくたびれていた。

そんな彼の隣に這い寄るものが一匹。
 ▼ 5 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:07:58 ID:SPso2qfc [5/22] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ベトベター「……ぎゅる」

ソウタロウ「……おう、ベトベターか……何だ、お前も、お疲れか」


ベトベター。ただのアローラのベトベター。かつてのソウタロウのたった一匹の相棒で、今ではゴミ処理場の新人ポケモン。彼の仕事は先代の手持ちであったベトベトンや他のベトベター達と共に、ひたすらゴミを貪ること。


ソウタロウ「そうだよな……いくら腹が減ってるってってもな、それでも一気に、無理矢理食うのは、そりゃ疲れるよな」

ベトベター「ぎゅる」

ソウタロウ「お前も、疲れたか。そうか」

ベトベター「……ぎゅらぁ」


ベトベターは本格的に寝る体勢に入ったのだろう、全身の力を抜いてまさしくヘドロのように床に広がっている。その端はソウタロウの服にも当たっていたが、彼はそんなこと気にする程の体力を持ち合わせていなかった。


ソウタロウ「……おやすみ」
 ▼ 6 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:08:25 ID:SPso2qfc [6/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
───
──



『ベトベター、どくどくのキバ!!』


燦々と照りつける太陽。


『っ、躱された……!?』


草の臭いに囲まれた森。


『まだだ、かみつけ!!』


湿っぽくて軟らかい大地。


『……ダメだ、下がれ、下がれ!!』


そして、立ち上る光の柱。



──
───
 ▼ 7 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:10:41 ID:SPso2qfc [7/22] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

ソウタロウ「船は!?」

セイジロウ「今日も遅かったな。だが今日の船はまだだ。持ち場につけ……しかし、まず顔を洗ってこい。ひでえ顔だぞ」

ソウタロウ「……はい」


青年は窶れていた。
彼の名はソウタロウという。かつては将来を有望視されたエリートトレーナーであった男。今では、挫折から立ち直ったと見なされたありふれた社会人。


   バシャバシャ

ソウタロウ「……はぁ」


顔を洗っても、不景気な印象は拭えなかった。船着き場を監視し、機械のメンテナンスを行い、ヨワシの群れのように雪崩れ込むゴミを管理し、諸々の資金を遣り繰りし、現在の状況をレポートにする、長くて面倒で息苦しい一日がまた始まる。

別に逃げたい訳ではない。逃げる場所があるかと言えばそんなこともない。やりたいことがあるかと言えばそうでもない。しかし仕事にしっかり打ち込めているのかと聞かれても首を縦には振れない。
しかしソウタロウは大人の男だ。
 ▼ 8 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:13:20 ID:SPso2qfc [8/22] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
   プルルルル プルルルル プルルルル

   ガチャ

ソウタロウ「はい、こちらはマリエリサイクル──」

女「ねぇ!! 貴方達のところに私のSDカードって運ばれてる?」

ソウタロウ「はい? いえ、我々はあくまで最終ゴミ処理場ですので、最低限の資源分離以外のゴミの選別はしておりませんし、そもそも見分けがつかないので……」

女「お願い探して!! 探してよ!!」

ソウタロウ「そんなこと言われましても……」



ソウタロウ「ということがありまして……」

セイジロウ「バカヤロウ!! テメー、何でもっと詳しく聞かなかった!!」

ソウタロウ「え、えぇ……?」

セイジロウ「探してこい!! それっぽいもの全部だ!! ゴミ運搬はオイラがやってやる!!」

ソウタロウ「無茶言わないで下さいよ!?」

セイジロウ「うるせぇ!! 根性が足りんぞ根性が!!」



ソウタロウ「はぁ、はぁ……」

   ガサガサ

ソウタロウ「見つかるわけないじゃん……そもそも、分離の時点でネオジム並の磁力の電磁石使用してるんだからデータが生きてるはずもないのに……」

   ガサガサ ガサガサ

   シュッ

ソウタロウ「っ痛……はぁ……」


仕事を始めて思ったことだが。どうにもアローラの人間は考えが回らない。あるいは固定観念に縛られているようにも見えるし、あるいは考えが回らないようにも見える。
どうせ口に出したら、疲れた社会人の戯れ言でしかないのだが。
 ▼ 9 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:15:51 ID:SPso2qfc [9/22] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告





ソウタロウ「……はぁ……はぁ……」


そして、一日は機械的に終了する。ソウタロウがどれだけ汗をかいても気温はあんまり下がらないし、湿度も上がる一方で。
ずっと動きっぱなしであったソウタロウは、力尽きて人気の無い階段に倒れ込んでいた。廊下で寝るときほど頻繁ではなかったが、これもまあよくあることだった。


ソウタロウ「結局、痛い思いしただけだったな……それっぽいのも見つからなかったし、向こうからの連絡もなし」


自分の声が孕んでいるのが罵倒なのかそれとも懇願なのかも彼には最早分からない。そもそもこんな状態では言葉に意味なんて籠らない。

彼はくたびれていた。

そんな彼の隣に這い寄るものが一匹。
 ▼ 10 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:16:20 ID:SPso2qfc [10/22] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ベトベター「……ぎゅる」

ソウタロウ「……ベトベター……お疲れさん、だな。腹壊してないか?」

ベトベター「ぎゅ」


ベトベター。ただのアローラのベトベター。ずっと昔にはソウタロウと共にちょっとだけ名を馳せたポケモン。今の彼は飛び抜けて大食らいのベトベトンの影で、ひたすら腹にゴミを詰め込むこと。


ソウタロウ「お前、金属部品嫌いだったろ。食っちまってたら悪かったな。ちょっと一時的に電磁石止めちまってさ」

ベトベター「ぎゅる」


そこで本格的にソウタロウの意識が薄れ始める。彼はもう立ち上がるつもりもなく、階段の踊り場で泥のように眠り始めた。


ベトベター「……ぎゅ」
 ▼ 11 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:17:19 ID:SPso2qfc [11/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
───
──



それが来たのがどれだけ前だったか、もうソウタロウは覚えていない。ただ、日差しが強かったことは覚えている。


『なあアンタ、オイラのベトベトンはちと食い過ぎちまったみたいなんだ。わりいがよ、腹ごなしの運動に付き合ってくんねえか?』


外装の点検の最中にセイジロウが声をかけた通行人。
それは、通りがかりのただのトレーナーだった。島巡りの証が見えたから、きっと11才なのだろう若い子供。それに、セイジロウは勝負を仕掛けた。


『ハハ、腹ごなしのわりにはガッツリだったな!!』

『なんて凄いんだ……社長の、ベトベトンを……』


……思いの外、それは強かった。
Zワザ、ブルームシャインエクストラ。そのトレーナーが放たせた技はいとも簡単に彼の父のベトベトンを打ち破った。タイプ相性をものともせず、まるで当たり前のように。
少年のポケモンに傷はない。悠々とした立ち姿は、ソウタロウにかつての己を想起させた。


『ボサッとしてんじゃねえ!! 次はテメーが行け!!』

『ボッ、ボクとベトベターじゃ絶対敵わないですよ!!』


無茶振りを言われて、思わず彼は目を見開く。
ポケモンバトル。ソウタロウは島巡りをやめてこの方、ちっともやっていなかった。


『テメー!! ガキんときの試練もそうだ!! ちょっとキツいとすぐに音を上げて投げ出しやがる!! それでもオイラの息子か!!』


だが。
そんなことを言われれば、引っ掛かりも覚えた。……引っ掛かりも覚えたが、その時はそれ以上に、セイジロウの言いたいことを察していた。
 ▼ 12 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:18:49 ID:SPso2qfc [12/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
『オイラはな、ほんとはテメーにウチの跡を継がせてぇんだよ!! でもそんなんじゃ心配で心配で、とても任せられねぇよ!!』

『……分かった』


何を分かったと言うのだろうか。
いや、分かっている。ソウタロウには、その時何をするべきなのかは、分かっていた。セイジロウは涙声だった。


『ボクはもう逃げない!! 本気でやってみる!! ボクは男になる!!』


流れで言った。意味なんて自分で鑑みてもいない。ただ、言うべきだと思った。言いながら、今まで自分は本気ではなかったのだろうか、と少し疑問に思った。
しかしまあ、『本気』ではなかったのは、きっと確かなのだろう。



当然のごとく、ソウタロウは敗北した。
ソウタロウとて手を抜いた訳ではない。なるべく『本気』を演じつつ、今出せるベストを尽くしたと思っている。だが、簡単に敗北した。

向こうが使ってきたのは、やはり草のZワザ、ブルームシャインエクストラ。ベトベターはそれをギリギリで回避し損ね、光に呑まれ、倒れ伏した。ソウタロウがずっと昔に見た光景と、似かよっていた。


『──チクショウ!!』


変な声が出た。憤りだった。

別に、島巡りの少年に怒った訳じゃない。彼はただ勝っただけ。
ソウタロウには、己の敗北の原因は分かっている。単純に力量の差だ。そもそも相手が島巡り中にウラウラに来ているのならば、その時点で彼の腕がソウタロウを上回っているのは自明。

では、何に憤ったのか。
それはソウタロウにも分かっていない。ただ何となく、迷いがあったことは確かだ。
何故自分はあそこで島巡りを投げたのか。自分は本気ではなかったのか。自分のことの筈なのに、自分では何も分からない。そのもどかしさに呻いたのかもしれない。

それが下手すれば顔に出そうで、ソウタロウは適当に言葉を繋ぎつつそっぽを向いた。
さっさと終わりにしたいと思った。


『……採用だ』

『……パパ?』


のだが。
 ▼ 13 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:19:46 ID:SPso2qfc [13/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
『パパじゃねぇ!! 社長だ!! 採用だって言ったんだよ!! 今日からテメーが社長!! 何べんも言わせんじゃねぇ!!』

『……えっ?』

『オイラよりずっと強ええトレーナー……それに必死に食らいついてくテメーとテメーのベトベター……オイラはずっとテメーらの、そんな姿が見たかったんだ』


それならそう言えば良かったのに。
全部過ぎた今ならソウタロウはそうも思うが、その時は思わなかった。


『なんで、テメーとテメーのベトベターが……オイラの跡、継いでくれ』


芝居がかった口調だった。ドラマか何かを再現しているような身振りだった。
きっと、それに乗せられたのだろう。その時ソウタロウの目尻には熱いものがあった。……後から思い出せば、中々に薄気味悪い光景だった。

父の内心は分からず。
己の内心も分からず。
ただ、望まれたことをこなした。
ソウタロウはそういう生き方を選んだ。

さて。
この程度のイベントで変われるほど、本当に、彼の人生は軽かったのだろうか。



──
───
 ▼ 14 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:20:38 ID:SPso2qfc [14/22] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

ソウタロウ「……」

セイジロウ「来たな。船が来るぞ、持ち場につけ」

ソウタロウ「……はい」


青年は窶れていた。
彼の名はソウタロウという。かつては夢を抱いた者。今となっては、彼自身でも自分が何を望んでいるのか図りかねている者。


ソウタロウ「はいそこに船つけて下さい、ゴミ下ろしますからね……」

船員「おう!!」


作業を開始する。ゴミに四肢を浸し、周囲から飛んでくる心ない言葉を無視し、ケンタロスの群れのように襲い来る顧客の要求に対応し、税金を遣り繰りし、内情を知ろうとする者は誰もいない、長くて面倒で息苦しい一日がまた始まる。

別にこの仕事を嫌悪はしていない。ゴミにまみれ人々の偏見を買うのは好きではなくとも、それを承知でこの仕事に従事するのは誰にも出来ないことで、それが出来るのは素晴らしいことなんだ、と彼は先代に何度も言われてきた。
先代、セイジロウ。彼は立派な大人の男だ。一日も休むことなく、一度の不平も漏らさずに働いて、誰よりもクリーンな人間であることを目指し、それを実現し続けている。ソウタロウが知っている大人の男は、彼しかいない。
もうソウタロウは大人の男だった。そう、ならねばならなかった。
 ▼ 15 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:25:09 ID:SPso2qfc [15/22] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
   ガコ ガコン

ソウタロウ「えっ、何で破砕機が故障してるんだ!? 昨日点検した時は──あ、うっそ……何でタイヤなんて入ってるのさ……」

   ガチャガチャ

ソウタロウ「取り合えず機械全部止めなきゃ……はぁ、大変だなぁ……」


ソウタロウの仕事は多い。その時彼は、ゴミ処理場の各所に設置したカメラ越しに、不調が無いかを確認していた。……すぐに不調が見つかったら、もう彼は動かねばならなかったが。
ぼやきながら彼は立ち、監視モニターを離れる。まだ足腰は痛むが、今すぐあのゴミの中に飛び込んで、機械を再点検しなければならなかった。

が。

ふと、部屋の隅でつけっぱなしのテレビに目が向いた。
ポケモンリーグにて、見覚えのある誰かが、見覚えのない誰かを下していた。


テレビ『勝者、チャンピオン、ヨウ!!』


画面の中で審判が旗を上げている。

頭ではすぐに再点検に向かわなければならないと分かっていたが、足は動かず、目は画面に釘付けになっていて。
決まった勝負。敗北した誰かの悔しげな顔。その光景を見て、ソウタロウはその、勝利した少年の名前を思い出した。


ソウタロウ「ヨウ……そうか、ヨウか。ヨウ、だったな」


ヨウ。それが、あの時セイジロウとソウタロウを一息に凪ぎ払い、名乗りもせずにさった誰かの名前。その名を初めて知ったのは数週間前、彼がポケモンリーグ初代チャンピオンになったのをテレビで見たとき。
思えば、こうして嫌な夢ばかりを見るようになったのもその日の夜からだった気もする。

ソウタロウはそこまで見てテレビを消した。もう足は動く。ヨウの顔を見ると、どうにも無性に胃がむかついた。
何に? 自問はしてみたが、どうにも答えは見つからず。
 ▼ 16 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:25:47 ID:SPso2qfc [16/22] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告





ソウタロウ「……」


やっぱり、一日は機械的に終了する。ソウタロウがどれだけもやもやとした物を袂に抱いていようと、誰もそれには気づかない。
今日も今日とて働きっぱなしであったソウタロウは、また人気のない廊下に倒れ込む。彼は眠るでもなく、目の前に転がっている地に堕ちた埃を眺めていた。


ソウタロウ「……」


何故それを見ているのかは彼には分からない。何故あの時ヨウに苛立ったのかも分からない。何故今こうして働いているのかも、結局のところ分からない。

彼は、限界だった。

そんなソウタロウの隣に、またベトベターが這いずってくる。
 ▼ 17 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:29:48 ID:SPso2qfc [17/22] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ベトベター「……ぎゅる?」


ベトベター。もはや有象無象の一匹でしかないベトベター。誰も見ない処理場に引きこもる道具。……それでも彼は確かにソウタロウの相棒であって、だからかはともかくとして、彼はソウタロウの『変化』を何となく読み取っていた。


ソウタロウ「……なぁ」

ベトベター「……」

ソウタロウ「なぁ……」


何となくベトベターの、何時もよりソウタロウの近くまで寄ってきた彼の視線が違うように思えて、ソウタロウは何か言おうと思ったのだが。
何を言おうとしたのかも忘れてしまった。ソウタロウの意識はいよいよ薄れて、言葉すらも練り上がらず、瞼は勝手に閉じていく。


ベトベター「……ぎゅらぁ」


ヘドロが頬に暖かかった。
 ▼ 18 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:30:20 ID:SPso2qfc [18/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
───
──



『やったよソウタロウ君!! 私倒したよ、ラランテス!!』


あの時、どうして諦めたんだったか。


『……まだ、倒せてないの?』

『……うん』

『そう……ごめんね』


それは今でも分からない。哀れみから逃げたかったのか、それとも限界を見てしまったのか。あるいは、単純に疲れたのかもしれない。
しかし何にせよ。


『私は、今から大試練を受けに行くよ』

『……』

『追い付いてきてね?』


あの時に、自分はどこにも『それ』を捨てなかったんだろう。



──
───
 ▼ 19 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:33:00 ID:SPso2qfc [19/22] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ソウタロウ「……っ」


どこかの窓から射す光で目が覚めた。
ちょっとの間、ソウタロウはその場に倒れていた。頭の中で、短い夢を再生する。内容ははっきりと覚えていた。


ソウタロウ「……ああ」


そして彼は、体の節々が痛いのを我慢しながら立ち上がる。隣ではベトベターが、物音に気づいたのかあくびをしていた。


ソウタロウ「……ああ、そうか」


ようやく気づいた。もしくは、ずっとずっと前から知っていた。そして、今確信を得た。

まだ、彼は大人になれない。
大人になるには、捨てるべきものを抱え込みすぎた。

足下ではベトベターが目元を擦っていた。ソウタロウはゆっくりとしゃがみこみ、彼に目線を合わせる。ベトベターは惚けたような視線を返してきた。


ベトベター「ぎゅ……?」

ソウタロウ「……なあ、ベトベター」

ベトベター「……」

ソウタロウ「……」


声が出かかって、そこでソウタロウは胸に苦しいものを覚えた。
言いたいが、言いたくないような、そんな感じがして。言ってしまうと、今の自分を否定する気がして、それは申し訳ないと、誰に言うわけでもないのに思いかける。
ああ、しかし。


ソウタロウ「……ふっ」


ふと、彼の口元は勝手ににやついた。
今さら、誰に謝ろうと言うのか。何かに謝れば気は晴れるのか。そんなことはない。やるべきことは一つしかない。
そうだ。実際のところ、こんな自分なんかちっともいらないのだ。

ベトベターはもう、訳知り顔で転がっていた。考えはきっと、筒抜けだったんだろう。


ソウタロウ「……なあ」

ベトベター「ぎゅる」

ソウタロウ「もうちょっとだけ、付き合ってくれないか」
 ▼ 20 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:33:25 ID:SPso2qfc [20/22] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
   ガラッ

クローゼットを解放する。目のつくところに並んでいるのは、動きやすいからと理由をつけて毎日着てしまっているトレーナー時代の服と結局袖を通す気にはなれなかった作業服。
ソウタロウは少しばかり悩んでから、結局何時もの服に手をつけた。

もう鞄の中には、入れるべきものは入っている。支度にはちょっと手間取ったから、もう船着き場ではセイジロウが働いているだろう。だが今日ばかりはそれも仕方がない。


ソウタロウ「ベトベター」

ベトベター「……?」


ソウタロウはそう言いながら、久々にベトベターのモンスターボールを取り出した。
思えば、彼をこれに入れるのもしばらくぶりだ。島巡りをリタイアし、ベトベターは処理場の住人となって、それからはメンテナンスの際にしか彼はモンスターボールとは縁がなくなった。もしかするとそれは良いことなのかもしれないが……それでも。


ソウタロウ「入って、くれるな?」

ベトベター「ぎゅ」


ベトベターは静かに、不敵な笑みを浮かべて、赤い光に包まれた。空っぽの器がにわかに暖かみを帯びる。
そしてソウタロウはそれを大事にホルダーに装填し、力強く立ち上がって。
 ▼ 21 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:34:51 ID:SPso2qfc [21/22] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ソウタロウ「先代」

セイジロウ「……何だ」


そして彼は、セイジロウの作業している机に向かう。普段は怒りっぽい父親だが、ここまでどうどうと仕事をサボられれば怒りも一周回って冷静になるようで、彼はソウタロウに対して片眉を上げるだけの反応しかしなかった。
それを受け入れて、ソウタロウは鞄に手を差し込む。

そして、一枚の紙をセイジロウの元に叩きつけた。


ソウタロウ「今日限りを持って、ボクはここを辞めさせていただきます」

セイジロウ「……はぁ?」


退職願だ。

セイジロウはそれを見て、おもむろに立ち上がり、一発ソウタロウの頬を平手で打つ。軽快な音がした。
ソウタロウはそれでも、ぶれることなくセイジロウの瞳を見詰めていた。


セイジロウ「おいテメーとうとうとち狂ったか!? 社長が退職願出すなんて聞いたことねぇ!! 何だ、どうした!? あの時の根性はどこいった!!」

ソウタロウ「先代──いや、パパ!!」

セイジロウ「ふざけてんのか!! 今さらそんな呼び方しやがって、オイラをからかうのもいい加減にしろ!!」

ソウタロウ「ボクは、島巡りをやり直します」

セイジロウ「はぁああ!?」


セイジロウの耳に飛び込んだのは、到底大の大人がするとは思えない世迷い言だった。
島巡り。彼の息子がとっとと諦めて帰ってきた通過儀礼。きっとソウタロウにとっては黒歴史の類いであろうもの。セイジロウはそう捉えてしかいなかったし、ソウタロウのためにももうそれのことは言うまいと気を使っていたのに。
 ▼ 22 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/16 23:35:50 ID:SPso2qfc [22/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
セイジロウ「仕方ねぇ、今日だけは休みをくれてやる、病院行くぞ!! 何かあったにちげぇねぇ、取り合えず今日来る船に連絡するぞ!!」


彼は立ち上がった。きっと息子はどこか打ったのだろう。さっさと治療しよう。どこに行けば良いのかも分からないが、とにかく動かないことには始まらない。取り返しのつかないことになる前に急がなければ。


セイジロウ「ほら、手伝え!!」

ソウタロウ「パパは言いましたよね。我々は誰よりもクリーンであるべきだと」


……しかし流石にそう言われれば、清掃業者たる彼は聞かざるを得なかった。
『自分達は誰よりもクリーンだ』というのがセイジロウの持論だった。誰もしたくないことを喜んでする人こそが誰よりも綺麗なのだと。そう信じているからこそ、彼は誰よりもクリーンであるために、慈善事業もかくやの低料金でゴミを引き取り、一日も休みを取らず、馬車馬の如く働き、そして自分の息子もそうなると思っていた。そうなったと思っていた。


ソウタロウ「ボクはまだクリーンじゃありません。まだ大人の男じゃありません。まだ何者でもありません」

セイジロウ「テメー……オイラはもう、テメーは大人になったと思ってるんだがなぁ」

ソウタロウ「ボクはそう思えません」


しかし、それは思い込みだったのだと、きっぱり告げられた。


ソウタロウ「この仕事から逃げたい訳じゃありませんし、プロのトレーナーを目指すつもりもありません」

セイジロウ「……」


変に力が抜ける気がした。もう立つ腹も抜かれたような気分だ。考えも投げやりになりそうで、セイジロウは奥歯を噛み締める。
息子の目は鋭かった。どこか責め立てるようだった。


ソウタロウ「ただ」

ソウタロウ「ボクはゴミを捨てに行きます」





『好きにしろ』と言えたのは、子供がとうに立ち去った後だった。
 ▼ 23 リンク@ヘビーボール 18/09/16 23:55:03 ID:70ekyQmk NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 24 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 13:57:22 ID:MdhY5CRk [1/19] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告





ごとん、と床が一際大きく揺れた。
夕焼けは斜めから甲板を照らし、船員の誰かが船を港に繋ぎ止めた。


ソウタロウ「……着いたな」


返事はない。話しかけている相手は、彼のたった一つのモンスターボールの中にいる。

ウラウラ島から船で半日。そこは、メレメレ島ハウオリシティポートエリア。かつて踏みつけた大地。もう踏まないだろうと何となく思っていた大地。
朱色の潮風が鼻をくすぐった。胸の半分くらいまでそれを吸い上げて吐き出し、そうして彼は一歩踏み出す。


ソウタロウ「……」


足を出す毎に、カツカツと足元から音が立った。以前は、何を思ってここを歩いていたんだろうか。ソウタロウはそれを思いだそうとしてみたものの、どうにもはっきりとした記憶は出てこない。
まあ、当然だった。
 ▼ 25 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 13:58:12 ID:MdhY5CRk [2/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ソウタロウ「……こんなところに店あったんだね」

ソウタロウ「マラサダって何だったっけ」


かつて島巡りをしていた彼は、ただ試練を突破することだけに情熱を傾けていた。それ以外は見ようともしていなかった。
……きっとそんな表現も正しくない。あの頃は正真正銘のエリートであったソウタロウはその時、『試練を突破する』ことだけを目標としていた。誰よりも速く。圧倒的に。それだけを。


ソウタロウ「……試練、たしかあっち側だったと思うんだけど」


きっと、今でもそうあるべきだと思っている。
思いながら、その上で彼はただの敗北者になってしまった。大人という名の敗北者に。
 ▼ 26 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 14:00:29 ID:MdhY5CRk [3/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



ハウオリを抜けて、彼が2番道路の北側のポケモンセンターに辿り着いたのは日がとっぷり落ちて暫くしてからだった。
今夜はここに泊まることになるだろう。ソウタロウはそう思いながら昔やったようにポケモンセンターの一室を確保し、ドアのすぐ外まで歩いて出る。


   ポンッ

ベトベター「ぎゅあ」

ソウタロウ「お疲れ。と言っても、ほとんどバトルもしてないけどさ」


ベトベターをポケモンセンター内で出すと他の利用客が良い顔をしないことを、ソウタロウはもう学習していた。

ソウタロウはかつて、メレメレ島に関して言えば大試練まで突破している。だからこの辺りのポケモンなら簡単に倒せるし、野生のポケモンなら毒ガスを薄めたものを煙幕代わりに撒くだけで逃げていく。
それでも、わざわざメレメレまで戻ってきたのは、島巡りを『やり直す』ためだ。一つだけ抜き出して再挑戦がしたい訳じゃない。


ソウタロウ「ほれ、オボンだ」

ベトベター「ぎゅらぁ!!」

ソウタロウ「おいこら、お前、ボクの手まで食うんじゃない!!」


慌てて手を引き抜きながら、ポケモンセンターから見える洞窟、茂みの洞窟を望む。
以前は簡単に突破した試練だ。あの中にいた主のデカグースは、かみつくだけで強引に突破した記憶がある。

そんなベトベターのかみつくも、こうしてじゃれている限りでは簡単に躱せてしまう。『牙が抜かれた』という単語が頭を過って、あんまりにもそれっぽいのでソウタロウはにへらと笑っていた。

今日は大人しく寝る。夜が明けたらキャプテンを探せばいい。
 ▼ 27 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 14:03:06 ID:MdhY5CRk [4/19] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
───
──



『ソウタロウくんスゴい!! もうデカグース倒したの!?』

『まあね。何とかなったよ』

『私もヒドイデと今から行くんだ、試練!!』

『頑張ってね。応援してるよ』


こんな風景を見たのも、今ではずっとずっと昔のこと。
記憶の中で自分に笑いかける少女の名前は何だったか。こうしていた頃は、そこそこ親しかった筈だったのだが、ソウタロウの記憶は随分と薄れていた。取り合えず分かるのは、彼女は何れ自分を追い抜いたということ。

少女が洞窟に入っていくのが見えた。
きっと彼女は勝つだろう。あの頃のソウタロウは、彼女と並んでエリートと称されていたのだから。

そして、彼らがエリートとして試練を勝ち抜いたならば、当然『エリートではない』ままに試練に挑む人間だっている。


『ドロン君、だっけ。大丈夫かい?』

『……ンだよテメー、笑いに来たのか』

『別にそうでもないけど』


記憶の中のソウタロウは、試練に負けて逃げ帰っていた先客に話し掛けていた。
今なら趣味が悪いと思えるが、かつての彼は敗者と積極的に交流を持とうとしていた。同時に、周囲はそんなソウタロウを喜んでいた。その時彼は当たり前のようにそれを行っていたが、それがどれだけ残虐なのか今なら分かる。

ともかく、先客はソウタロウに目もくれず、うつむいて地面を見つめていた。


『君のドガースは動きが遅い方の個体みたいだね』

『……うるせぇ……ンだよ』

『でもそれでもやりようはあるよ』

『だから……うるせぇッてんだろ!!』


……当時のソウタロウは、端から見れば、調子に乗っていたのだろう。それはソウタロウに及ばないものをきっと不快にさせたし、大多数は彼から離れていった。そしてソウタロウは、それに気づいていなかった。

全部終わってから判断するなら、これは間違いなく悪夢であった。



──
───
 ▼ 28 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 14:03:59 ID:MdhY5CRk [5/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

朝はやって来た。
ポケモンセンターの扉を開けて、彼は肺を朝の空気で満たす。いかにも旅先、といった感じの草のような臭いがした。懐かしい臭いだ、と思うには、彼はこの臭いから離れすぎていた。

自販機で買った水を一つ口に含んで、ソウタロウは辺りを見た。試練を受けるならキャプテンを探さないといけない。そして、それがどこにいる誰なのかをソウタロウは知らない。名前が『イリマ』だ、ということは知っているが、それだけだ。
一先ず彼は、一番側にいた浅黒い青年に声をかける。


ソウタロウ「なあそこのキミ、あー、イリマの試練、とかいうのはやっぱりここでやってるのかい?」

イリマ「イリマならボクですが」

ソウタロウ「えっ」


ソウタロウは思わず目を見開いた。
予想外だった。イリマは、ソウタロウの知る先代のキャプテンよりずっと若いように見えた。

当然といえば当然の話だ。キャプテンでいられるのは十代の間のみ。それを過ぎれば引退、新たなキャプテンに引き継がれる。引退したキャプテンより新たなキャプテンが若々しいのは当たり前。むしろキャプテンが若くなったというか、単にソウタロウが老けたのだ。
イリマは若かった。それが当たり前だった。
 ▼ 29 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 14:04:55 ID:MdhY5CRk [6/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ソウタロウ「……そっか、そうか」


ソウタロウは一人納得し、そして時の経過を噛み締める。島巡りを止めて、自宅に帰って──あれから何年経っただろう。彼はまるで、過ぎた時を象徴しているかのようにソウタロウには見えた。
イリマにはソウタロウの視線の意味が分かるわけがなく、彼は己を見つめてくる見知らぬ男性を怪訝な目で見上げる。


イリマ「何の御用ですか?」

ソウタロウ「ああ、いや。試練を受けたいと思って」

イリマ「……はい?」


その目は、すぐに疑りの目に変わった。

これも当たり前だった。島巡りの対象年齢は11歳だ。ソウタロウは、それをするには大きすぎる。老けすぎている。
イリマには、ソウタロウは狂人の類いに見えていた。だから本当は会話もしたくないのだが、彼がキャプテンである以上説明は不可避だ。


イリマ「あのですね、その、試練を受けるのは、えっと、11歳が通常でして。お兄さんみたいな年齢の方は、ちょっと……」

ソウタロウ「ボクは11歳だ」

イリマ「見え透いた嘘を言わないでくれませんか……?」

ソウタロウ「島巡りの証なら、ほら、あるんだけど……」

イリマ「何年前のものですかこれ!?」


別にソウタロウだって、誤魔化せるとは微塵くらいしか思っていない。しかし、どうにかしてここの試練を受けないことには、何も始まらない。何も終われない。
今から彼は、全力の押し問答に突入するつもりでいた。これまでの接客経験で、どの様に言葉を使えば程よく相手を威圧し上手く動かせるかなら、何となく掴んでいる。


イリマ「ともかく、その、試練に挑む、という形式でやるのはですね……」
 ▼ 30 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 14:06:20 ID:MdhY5CRk [7/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



ハラ「何の騒ぎですかな?」

ソウタロウ「……!!」


のだが。今回、それを使う必要は無いらしかった。


ハラ「ふむ、君は……誰でしたかな。ああ、クリーンセンターの」

イリマ「クリーンセンター? ウラウラのですか?」

ハラ「そこの若社長ですな」

ソウタロウ「いつもご贔屓に……じゃなくて」


島キングのハラ。彼は以前から島キングだった。当然かつてソウタロウも彼の大試練を突破した。別に、まさか温厚な彼とてトレーナーとしてのソウタロウを記憶しているとはソウタロウも思っていない。

しかし、島キングの仕事はバトルだけではない。彼は島全体の運営にも携わっている。勿論、島のゴミ問題にも。
アローラのゴミは、ソウタロウのいたクリーンセンターが一手に引き受けていた。その縁では、ハラは何度もソウタロウと会っていた。友人ではなく、知り合いというにも関わりは薄いが、確かに二人は顔馴染みだ。

ここは、彼に話を聞いてもらおう。


ソウタロウ「ボクはもう退職しましたから」

ハラ「ほう? 社長なのに?」

ソウタロウ「ええ」


ハラは基本的に交流を重んじる人柄だ。彼は当然、ソウタロウが職を辞めたことにも興味を示した。
ソウタロウはどのように話を続けたものかと一瞬迷ったが、素直に内心を打ち明けることを選択する。下手に話を盛っても見破られそうな気もした。


ソウタロウ「島巡りをやり直しに来たんです」

ハラ「……ふむ、何故ですかな」

ソウタロウ「……仕事に就いて、働いて、ずっと頑張っていたんですが……この頃、ずっと、島巡りをしていた頃の夢を見るんです」

ハラ「ほう」

ソウタロウ「全身が鉛のように重いんです。頭も節々も痛いんです。何より、後悔がずっと頭を埋めているんです……いや、後悔なのか、別の何かの感情なのかも、ボクには分からないんですけど」
 ▼ 31 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 14:06:57 ID:MdhY5CRk [8/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ハラは暫く、うつむいて唸っていた。それはどうしたものか、と処遇を悩んでいるというより、取り合えず形だけでも唸っておこう、といった感じのものであった。
顔を上げて、彼は言う。


ハラ「分かりましたな」

イリマ「いいんですか!?」

ハラ「試練の内容には昔と変更はありませんな。進めばよろしい」

ソウタロウ「……ありがとうございます」


その言葉以外、ソウタロウは要らなかった。

ソウタロウは洞窟の入り口を見つめる。
モンスターボールが勝手に転がり出て、地面に落ちた。


   ポンッ

ソウタロウ「行くぞ、ベトベター」

ベトベター「ぎゅ」


そして、再挑戦者は薄暗い闇へと消えていく。
 ▼ 32 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 14:25:51 ID:MdhY5CRk [9/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告





イリマ「何で通したんですか?」

ハラ「……彼の目は、中々にくたびれていましたからな」


それを見送ったハラは、すぐに追いかけることもせずにそこに立っていた。


ハラ「私が思い出せる限りの昔の彼は、立派な少年に見えましたな。……見えた、だけかもしれませんが。敗け知らずで快進撃を進め、あらゆる生徒の模範でありましたな。確か、次のキャプテン候補の末席にも名を連ねていました」

イリマ「そうだったんですか……じゃあ、どうして?」

ハラ「アーカラ島の試練……シェードジャングルで、スランプに陥ったようでしてな。勝てなくなって、諦めた」

イリマ「……なら、弱かったんですね」

ハラ「……まあ、そうですなぁ。ですが、挫折をするのはある種子供の特権であり、そこから立ち直るのもまた子供。そうして人は大人になるのです」


それが出来なかったものは、『大人』ではない。成功しか知らない者は大人ではない。挫折の重みが分からないままに育ったのは大人ではない。成長を知らなかったままに育ったのは、大きな子供だ。


イリマ「子供……ですか」

ハラ「ここでの子供は、別に年齢の話ではない、ということは分かっているでしょうが。早いうちに大人になった者もいれば、ずっと子供のまま燻った者もいる」

イリマ「それはつまり、」

ハラ「名前は挙げませんがな。……何にせよ、それは普通なのです。子供は誰しも挫折を知る。己の意思を知る。立ち直るべき状況を知る。そして、子供は誰の力でもなく、自分の力で立ち直る。そうして、大人になり、道を選ぶのです」
 ▼ 33 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 14:26:36 ID:MdhY5CRk [10/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告





ソウタロウ「……ぬしは」

ラッタ「キシャアアアア!!」

ソウタロウ「ラッタか。……前は、デカグースだったよね」


茂みの洞窟、最深部。
聳え立つのは黒く濡れた毛の大ラッタ。きっと代替わりしたのであろうこの洞窟の主。

ソウタロウは覚えている。かつてここのぬしだったデカグースと対峙した、その時の余裕を。慢心を。確信を。
あの時の勝ち方を、ソウタロウは覚えている。練習を重ねて編み出した大技を覚えている。その時の喜びを覚えている。
さて、相棒は覚えているだろうか。


ベトベター「ぎゅる」

ソウタロウ「……やるよ」


……それを問うまでもなかった。ソウタロウにちらっと振り向いたベトベターの目は、何処か懐かしいものだった。

さあ、やり直しを始めよう。
 ▼ 34 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 14:27:58 ID:MdhY5CRk [11/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ラッタ「キシャアアアアッ!!」


ラッタはすぐさま前傾姿勢になり、ベトベターの方へと飛び込んできた。一歩ごとに砂煙が上がっている。ぶつかられたら一溜まりもないだろう。
敵との距離、残り50m。


ソウタロウ「覚えてるよねベトベター、毒ガスを下腹部に充填!! 」


しかし、すぐには避けない。相手の動きを見定める。
こういうタイプの相手には、『追い付こう』という気概を見せるのは無理があると、ソウタロウは11歳の頃に気づいていた。自分達はそれは出来ないと。それを初めから知っていたことが、彼をエリートたらしめた。

残り25m。

では、突進してくるラッタにどうするのか。
やることは決まっている。このラッタと戦うのは初めてだ。昔と同じ手が、通じる。

残り、5m。

ベトベターの足元では、加熱された紫のガスが燻っていた。


ソウタロウ「放射!!」

ベトベター「……ぐ!!」

   ブワッ


そして、それは大地に放たれる。毒の煙は蒸気と共に血を覆い尽くし、ラッタの出していた砂煙を弾き飛ばして洞窟の中を占領した。
ラッタは困惑と共に歩みにブレーキをかけ、曇った視界に目を凝らす。

ベトベターは、見当たらない。

当たり前だ。
それは、上空を舞っていた。
 ▼ 35 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 14:28:57 ID:MdhY5CRk [12/19] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ラッタ「──ッ!?」

ソウタロウ「かみくだくっ!!」

ベトベター「ぎゅああっ!!」


降ってくる。毒ガスのロケットで飛び上がり、牙を剥き出しにしたヘドロが、空の上からラッタへと降り注ぐ。勢いよく。それはまるで隕石のような、あるいは溶岩のような。
そして周囲には煙の壁が高くそびえている。完全に囲まれたラッタには、避ける手段は見えなかった。


   グシャッ

ラッタ「……ヘブッ」

   ドサッ


たった、一撃の勝利だった。
かつて突破した試練だったのだから、それが当たり前だった。


ソウタロウ「やったか……お疲れ様、はい、オボンだ」

ベトベター「ぎゅらあ♪」


戦いを終えたソウタロウは、かつての変わらぬ健闘を見せてくれたベトベターにきのみを投げ渡し、そして這いずりながら退却していくラッタの向こうに輝くノーマルのZクリスタルを見る。
Zクリスタル。ソウタロウは残念ながら、Zリングを持っていない。


イリマ「一撃、でしたね」

ソウタロウ「うん。最初の試練は、これで終わり?」

ハラ「そうですな。もうクリスタルはお持ちですかな?」

ソウタロウ「……いえ。でも、元々Zリングも無いんですし、使い道はありませんから」

ハラ「それもそうですなぁ」


遠くで観戦していたのだろうイリマとハラは、まるでソウタロウを試すかのように眺めている。
しかし、もう試練は終わった。ここには用はない。


ハラ「では、私はこれで。アーカラの方には私から連絡をしておきましょう。大試練はやはり私がやりますからな、準備が出来次第、リリィタウンまで挑みに来れば良いでしょう」

ソウタロウ「ええ、明日にはお邪魔させていただきます」
 ▼ 36 ベルタル@カクトウZ 18/09/17 14:39:45 ID:uQc67vsA NGネーム登録 NGID登録 報告
支援
 ▼ 37 ャオブー@エフェクトガード 18/09/17 14:56:29 ID:xuYsAmT2 NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 38 トウモリ@イバンのみ 18/09/17 15:50:17 ID:P/cUobz. NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 39 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 18:59:03 ID:MdhY5CRk [13/19] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
───
──



『うむ、参りましたな。ハラの大試練、突破ですな』

『ありがとうございます』


勝利の記憶。

例えその戦いにどんな名前がついていようと、それはソウタロウにとってはただの勝利のうちの一枚にすぎなかった。きっと彼は、勝利の写真の一枚一枚よりも、それが産み出す写真の山の存在を望んでいた。また、望まれていた。


『次はアーカラ島ですな。頑張りなさい』

『ええ』

『ぎゅ』


たった一匹の友との旅路。歩き続けて、彼は何処を目指していたのか。島巡りの達成を目指していたのは確かだが、しかしそれは言葉の上にしかないものだ。

島巡りに挑むトレーナーは、島巡りを通して何かを望んだ。あるものは楽しい思い出を望んだ。あるものは最強を望んだ。あるものはポケモンとの絆を望んだし、あるものは出会いを望んだし、あるものは経験を望んだ。


『行ってきます』


しかし、ソウタロウは、何を目指していたのか思い出せない。勝つことを望んではいたと思うが、しかし何故望んでいたのかを問われると言葉に詰まる。ただ勝てれば、褒められたから、勝っただけなのかもしれない。あるいは、模範であることをいつの間にか望まれたからそうしたのかもしれない。分からない。
きっと、昔から分からなかった。



──
───
 ▼ 40 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 19:00:03 ID:MdhY5CRk [14/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

ソウタロウ「……パイルジュースを」

マスター「分かりました、と。それにしても、今日はいい朝だねぇ。お兄さんは旅行か何かかい?」

ソウタロウ「……まあ、そんなものです」

マスター「そうかい。息抜きは大切だからねぇ。楽しみなさい」

ソウタロウ「……」

マスター「はいお待たせ。夏の太陽を一杯浴びた、取れたてのパイルのジュースだ。飲めば今日も一日、元気でいられるだろう」

ソウタロウ「どうも」


グラスの中の金色を、ソウタロウは喉の奥に流し込んだ。甘酸っぱいことこそ分かるものの、味に敏感な訳ではなく食にこだわりもないソウタロウには『夏の太陽』も『取れたて』もよく感じられない。しかし一先ず、目は覚めた。


ソウタロウ「ご馳走さまでした。お勘定」
 ▼ 41 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 19:00:37 ID:MdhY5CRk [15/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



ソウタロウ「……」


ポケモンセンターを出る。ハウオリには鋭い日が差していたが、街は活気に溢れていた。メレメレで最も繁栄したこの都市には、多くの人が集い、生活を営み、趣味に勤しんでいる。

だがそんな街を歩むソウタロウには、これといった趣味は無い。昔は興味が無かったし、今では何かを始める機会が回ってくる度に『今さら』という単語が顔を覗かせるようになってしまった。

美容室やら服屋やらが立ち並ぶ賑やかな通りを歩む。どんな宣伝も、ソウタロウを別の上着を羽織る着にはさせない。
カメラ片手にポケモンの撮影に勤しむ集団の隣をすり抜ける。写真そのものにも、それで得られる感想にも興味はない。
海水浴場の横を通る。海辺にて戯れる男女を見ても、別にソウタロウは何も思わない。


ソウタロウ「……まだ遠いなぁ」


人は、そんなソウタロウを見れば『乾いた人間』だと評価するだろう。もしくは、そんな人間でもなければゴミ処理場でなんて働けまいと思うのか。
しかし実際には誰もソウタロウの中身を見ようともしないのだから、想定すらも無意味だった。
 ▼ 42 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 19:01:13 ID:MdhY5CRk [16/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ソウタロウは誰の視線も集めずに街の外れまでやって来ていた。最後に自販機で水だけ買って、彼はハウオリシティを出る。


ソウタロウ「もう、いいかな」

   ポンッ

ベトベター「ぐぎゅ」


リリィタウンまではまだ距離があった。ハウオリシティを出たことで、周囲の人気はめっきり無くなり、辺りには人ではなくポケモンの声が目立つようになる。ここでなら、ベトベターを出しても誰も何も言わないだろう。


ソウタロウ「……」

ベトベター「ぎゅあ?」


道はまだ長い。まだ暫く歩くことになる。ソウタロウは一歩踏み出した。
ベトベターは小首を傾げながら辺りを見回していた。


ソウタロウ「……覚えてる?」

ベトベター「ぎゅ?」

ソウタロウ「ここは──」


少し方向を変え、十歩程進む。
標識が見えた。

トレーナーズスクールの。
 ▼ 43 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 19:02:04 ID:MdhY5CRk [17/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ベトベター「ぎゅああ!!」

ソウタロウ「ああ。懐かしいね」

ベトベター「ぎゅ、ぎゅ?」

ソウタロウ「いや、入らないよ? 通るだけ、通るだけだ。今日中にはハラさんに挑みたいからね」

ベトベター「ぎゅう……」


ベトベターは両手を上げて反応していたが、ソウタロウは入り口を素通りした。時間が気になったこともあるが、何より、今からトレーナーズスクールを覗いても意味がない。侵入したとして、今のソウタロウはただの不審者だ。

それでも確かなのは、かつては彼も彼処にいたこと。かつては誰よりも強かったこと。天才と呼ばれたこと。
きっと、それはたまたまだ。たまたま相棒と相性が良くて、たまたま運が良くて。きっと、それで勝っただけだ。でも確かに、あの時二人は強かった。

エリート、なんて呼ばれるようになったのは何時からか。11を迎えるまでも、迎えてからも、ソウタロウとベトベターは強かった。ゴミ処理場の御曹司がゴミ処理ポケモンであるベトベターと共に学校に君臨する様はまあまあ絵になるからか、一時期は衆目も集めたりした。
だが。それをソウタロウが望んだ訳ではない。つまるところ流れだ。名を付けられれば従い、称賛を受け入れ、要望を読み取った。そうしていれば世界が喜ぶと、何故か始めから分かっていた。ソウタロウが生まれ持っている才能があるとしたら、きっとそれを分かっていることだった。
 ▼ 44 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 19:02:40 ID:MdhY5CRk [18/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



なんてことをずっと思っていたら、リリィタウンまで辿り着いていた。足に意識を向ければ、今さらになって疲れが湧いてくる。
ちらっと脳裏に休憩の二文字が浮かんだが、町を見渡してみればすぐに掻き消える。

ハラが、既にバトルフィールドに立っていた。


ハラ「ようこそ、挑戦者よ。島キングのハラですな」


声を掛けられた。何時からかはさっぱり分からないが、向こうはずっとソウタロウを待っていたらしい。
ソウタロウもフィールドに上がる。一歩、一歩。木製のフィールドはやや湿気ったような音を立てていた。
観客はいない。別にそれが普通だった。


ソウタロウ「……」

ハラ「君の再挑戦を、私は嬉しく思います。島巡りは誰にでも開かれているもの。誰もを受け入れるもの。やり直しも自由です」

ソウタロウ「……本当ですか?」

ハラ「ええ。誰も、そうしようとはしないのですがな」


ハラはそう言いつつ、モンスターボールを手に取る。こちらのポケモンはベトベターだけだからか、ハラの持っているのもまた一つだけのモンスターボールだった。
ソウタロウも、ボールを握る。中には、道中で歩き疲れてボールに退却していたベトベター。彼のポケモンはこれだけだ。それだけで、構わない。


ハラ「では、行きますぞ。大試練、開始ですな」

ソウタロウ「……行きます」

   ポンッ ポンッ

ベトベター「ぐぎゅるぅ!!」

マクノシタ「フンッ!!」


赤雷が弾け、二匹のポケモンが露になって。
 ▼ 45 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/17 19:03:31 ID:MdhY5CRk [19/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



ハラ「……流石ですな」

ソウタロウ「いえ。ボクは、貴方が通常の大試練の為に調整したポケモンを、既に大試練を突破したポケモンで倒しただけですから」

ハラ「ま、それもそうですな。しかし、戦いかたを覚えている、ということも大切なことです」


……特筆すべきことは、何もない戦いだった。

まずベトベターは、突撃してきたハラのマクノシタの顔面に高圧のどくガスを吹き掛け、同時にいやなおとを立てて怯ませた。
そして、動きの止まったマクノシタの首筋に歯を突き立てる。

やったことは、それだけだった。


ハラ「これにて、メレメレでの試練は終了。次はアーカラ島ですな」

ソウタロウ「やっぱり、そうなんですね」

ハラ「ええ。キャプテンもぬしポケモンも様変わりしましたが……あの森の主だけは変わっていませんな」


その言葉で、ソウタロウはハラの目を見る。
覚えていたのか、と。

声には出さない。ハラは片眉を上げて口元に笑みを浮かべていた。


ソウタロウ「……ありがとうございます」


やるべきことは成した。もう用はない。
ソウタロウは背を向ける。


ハラ「スッキリして、満足したら。家に帰ることも少しは考えてあげるとよいでしょうな」


そう投げ掛けられた言葉に、一瞬彼は立ち竦んだ。
あの日、彼を社長に任命したセイジロウの顔が頭に浮かぶ。


ソウタロウ「……」


考えておく、とでも言えば良かったのだろうが。それを言う気にはならなかった。
フィールドを降りる。もう、歩む道は薄暗い。
 ▼ 46 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 20:46:13 ID:V6VcQsG6 [1/19] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
───
──



『ここがアーカラか……』


さて、あの旅でソウタロウは何を得ていただろうか。


『取り合えずオハナタウンで試練の受付をしてるとか聞いたから向かうとして、ここからオハナタウンを目指すと……うわ遠いなぁ……』


経験は、積んだだろうか。
いや、積んではいない。彼が行ったことは、ひたすらに道を進むこと。あらゆる脇道を無視して止まらずに進むこと。

それは間違っている、と人はきっと言うだろう。それは旅ではないと。人生はそうではないのだと。
しかしそうだろうか。
人の歩む道に王道があるだろうか。明確な正義、あるいは逃してはならないイベントが一つでもあるだろうか。



──
───
 ▼ 47 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 20:47:11 ID:V6VcQsG6 [2/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

ソウタロウ「……アーカラだね」


カンタイシティは、ソウタロウをただ受け入れた。誰もソウタロウを見なかったし、誰も興味を示さなかった。

タラップから飛び降りる。半日船に揺られていたせいかバランスは少し崩れて、とてもかっこいい着地とは言えなかった。

時刻は午前7時。リリィタウンからハウオリシティまで戻るのに丸一日費やしてしまっていたから、ソウタロウにとっては島巡り再挑戦から五日目の朝だった。


ソウタロウ「……」


旅に際して、ソウタロウとて感慨が無い訳ではない。しかし話し相手がいなければ口に出しても意味がなく、だから彼は無言で歩くしかない。そんな姿は不景気な印象を持たせ、人を離れさせていく。
とはいえ、人がいれば話したのかは、それはそれで怪しいところだが。

ソウタロウの目的地はオハナタウンの向こう、せせらぎの丘。かつてはヨワシが主だったことを覚えている。
 ▼ 48 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 20:48:04 ID:V6VcQsG6 [3/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ソウタロウ「……行くよ」

   ポンッ

ベトベター「ぎゅう」


その歩みに迷いはなかった。道を間違えることはなく、ただ最短を進んでいく。寄り道も、補充も行わなかったために、彼はすぐ彼は4番道路まで突入した。

草むらを掻き分ける。辺りではポケモンの声が所々から立っていた。
……昔は初見だったから、道に迷うこともあったし、野生ポケモンとの戦いでポケモンセンターまで戻ることもあったが。


   ガサガサ ガサガサ

ププリン「ぷょぃ!!」

ソウタロウ「どくガス」

ベトベター「ぎゅぅ」

   ブワッ

ププリン「ぴゃぁ!?」


今のベトベターの力量なら、どくガスの一発でポケモンは追い払えた。かつて自分達の旅路に牙を向いたヨーテリーもイーブイも、今となっては呆気ない。
トレーナーだって同じだ。この道路のトレーナーだって、大して強い訳ではない。ただの一発で吹き飛ばせる。


ソウタロウ「……」


しかし、それは別にソウタロウが強いことを示してはいない。何しろ彼は一度、この道路を突破していたから。
だからここでの戦いは消化試合でしかなかった、とも言える。

それでもソウタロウがここを歩いているのは、彼がかつて挫折した『島巡り』を今度こそ乗り越えるため。そうしなければ、いけない気がした。
 ▼ 49 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 20:49:15 ID:V6VcQsG6 [4/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



ジョーイ「お待たせしました!!」

ソウタロウ「どうも」


モンスターボールを受け取る。
ソウタロウが徒歩でオハナタウンまで辿り着いた頃には、太陽はもう傾いていた。夜通し歩こうかとも思ったが、流石に足が疲れていた。

ポケモンセンターの宿泊施設の一室に入り、ベッドに転がる。常日頃はベッドに入ることすらしていなかったからなのか、こうするだけでもうソウタロウを眠気が襲うようになっていた。
しかし、そうはしない。ソウタロウは手持ちの電話を取り出して検索エンジンを開き、次の試練について検索する。


ソウタロウ「……オニシズクモかぁ」


オニシズクモ。存在は知っているが、直接見たことはなかったような気がする。どんなポケモンだったか。更に検索した。


ソウタロウ「……すいほう、か」


……そのポケモンが相手なら、簡単に勝てる。ソウタロウはそう確信した。ベトベターの調子は良好。何も無ければ、明日の夜には試練に挑めるはず。
そしてそこまで掴んだところで、いよいよソウタロウの意識は薄れていく。

昔は、こうして下調べをすることもあまり無かったな、なんて思ったのが最後だった。
 ▼ 50 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 20:51:42 ID:V6VcQsG6 [5/19] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
───
──



『ふぅ……倒したね』

『ぎゅらぁ』


ヨワシを倒すのには、まあまあ骨が折れた気がする。ベトベターはヘドロ状のポケモンである為に水より重く、必然、戦いの舞台はベトベターにとっては慣れない水中だった。

それでもまあ、何とか倒せた。というか、群れたヨワシの図体では湖底にへばりつくベトベターに狙いを定められず、結果的にベトベターが一方的に攻撃する形になったから、実質完勝だったのかもしれない。
どちらにしろ、その時のソウタロウとベトベターはエリートと呼ぶに相応しかった。

後々になって、挫折するとは思えないくらいには。


『えっ!? ソウタロウ君もう倒したの!?』

『うん。何とかなったよ』

『すごーい!!』

『君も、今から行くの?』

『うん!!』


そういえば。自分と一緒にエリートだったこの娘は、今何をしているんだろう。
まだ、旅をしているんだろうか。



──
───
 ▼ 51 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 20:53:15 ID:V6VcQsG6 [6/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

   ポンッ

ソウタロウ「……おはよう」

ベトベター「ぎゅる」


翌朝。空は微妙に曇っていた。
オハナタウンを出て、町の北部一帯に広がるオハナ牧場に入る。野生ポケモンも出るここを突破しなければ、試練を受けることは出来ない。

しかしここも、結局はかつて突破した場所だ。


ソウタロウ「ベトベター、どくガスだよ」

ベトベター「ぎゅぅ」

   ボフッ


ベトベターの周囲にどくガスが撒かれ、草むらの中まで溶けていく。濃度としては薄まりすぎて、ポケモンを状態異常にさせるには及ばない。しかしその臭いだけで、この辺りのポケモンなら追い払うには十分のはずだった。


ソウタロウ「……じゃあ、入るよ」

   ガサッ
 ▼ 52 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 20:54:03 ID:V6VcQsG6 [7/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



牧場を突破したのは昼過ぎだった。徒歩だとこんなものか、とソウタロウは一つ伸びをして、鞄から取り出したパンをかじる。
ライドポケモンでもいればまた違ったのだろうが、生憎ソウタロウが会社で使っていたライドギアは置いてきてしまった。セイジロウと共用で使っていたから、気を使ったとも言える。


ベトベター「ぎゃ、ぎゃ!!」

ソウタロウ「……食べる?」

ベトベター「ぎゅらぁ!!」モッシャモッシャ


食べかけのパンを投げ渡す。袋ごと貪るベトベターを尻目に、ソウタロウは辺りを見回した。次に入るのは5番道路、その向こうにせせらぎの丘がある。
早めに突破してしまおう。

そこまで考えて、不意に思った。

何故自分は、こんなにも急いでいるのか?


ソウタロウ「……」

ベトベター「ぎゅ、ぎゅ!!」

ソウタロウ「もっといるのか? もうないぞ」

ベトベター「にゅぅ……」


何に自分は急き立てられているのだろう。
仕事はもう無い。誰も自分を追ってはいない。誰も自分を見てはいない。誰も自分を求めてはいない。ソウタロウはそれを自覚して、しかし胸の奥に焦燥を覚えていた。

北の方から何となく、ふわりと森の臭いがした。
 ▼ 53 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 20:55:19 ID:V6VcQsG6 [8/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
あんまり長く休むつもりはなかった。目的が試練以外に無い以上、疑問を少し抱いたとしても、歩みを止める理由にはならなかった。

5番道路に入る。この先が、せせらぎの丘。
幾らかのトレーナーはいたが、そこまで苦戦する感じには思えなかった。この先にはポケモンセンターがあった筈だ。まずはそこまで向かおう。


試練サポーター「……あれ?」


ソウタロウはそう思っていたのだが。


試練サポーター「ちょっと、そこの人」

ソウタロウ「……ボクですか?」


不意に呼び止められた。
立っていたのは、ソウタロウと同じくらいの年代の女性だった。腕章からして、どうやら島巡り関係者と見える。昔少しだけ関わったな、なんて思いながら、ソウタロウは次の言葉を待った。


試練サポーター「……ソウタロウ君?」


……名前を呼ばれた。

知り合いなのだろうか。ソウタロウは、ここで初めて女性の顔をまじまじと見る。


ソウタロウ「……ああっ!!」


そして思い出した。

多分、この人はあれだ。
この頃夢に何度も出てくる、今日も出てきた、あの。


ソウタロウ「あーっと、あーっと……名前何だったっけ……?」
 ▼ 54 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 21:18:11 ID:V6VcQsG6 [9/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



マスター「はい。ロズレイティー二つだよ。ごゆっくり」

ソウタロウ「どうも」


空がオレンジになり始めた頃に、二人は共にポケモンセンターの敷居を跨いでいた。
少し話して分かったことだが、やはり彼女はかつて、ソウタロウと親しくしていた数少ない人間の一人だった。……ソウタロウより先に進んだ人間であった。名前は、ソウマ。


ソウマ「いやーそれにしても、こうして話すのも久し振りだね!!」

ソウタロウ「そうだね。……試練サポーターやってたんだ」

ソウマ「うん!!」


買った紅茶を渡す。女性はそれを手にし、一息で半分ほど飲み下した。
思い出そうとして思い出せるほどソウタロウはかつて彼女の顔を見ていなかったから確信は持てないが、彼女は確かに大人の顔付きになっていた、と思う。


ソウタロウ「何時から?」

ソウマ「去年から。仕事は大変だけど、やることは少ないからもう慣れたよ。ソウタロウ君は? 今は社長になってたりするの?」

ソウタロウ「……辞めたよ」


そう告げれば、ソウマの目は怪訝そうに細まった。明らかな疑いの目だった。
 ▼ 55 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 21:18:37 ID:V6VcQsG6 [10/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ソウマ「何で?」


当然だろう。自分がどこ出身なのかがかつて知れ回ったことを、ソウタロウは誰よりも知っている。まして同じ学舎にいた人が知らない筈がない。

だが、それは過去だ。

今は。


ソウタロウ「もう一回やりに来たんだよ、島巡り」

ソウマ「……え?」


──その一言で、唐突に向かいの人間の目は冷えきった。


ソウタロウ「島巡り。前に止めたからさ。この頃になって、引っ掛かって。やっぱり言葉を、越えなくちゃいけないって思って」

ソウマ「──」

ソウタロウ「……どうしたの?」


人と顔を合わせることがあまり無かったソウタロウだが、流石にその表情の変化には気づいた。目元が暗すぎる。……明らかに、彼は地雷を踏んだらしい。だがソウタロウには、自分が何をしてしまったのか掴めない。

だが状況を鑑みれば、何が地雷だったのかは簡単に分かること。
 ▼ 56 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 21:19:33 ID:V6VcQsG6 [11/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ソウマ「私ね、ラランテスを倒してからウラウラに行ったの。ウラウラで、天文台での試練をこなして、そしてメガヤスの跡地での試練に向かった」

ソウマ「そこの主はミミッキュでね」

ソウマ「私達、どうしてもミミッキュが倒せなかったの。タイプ的には有利な筈なのに、どうしても、どうしても」

ソウマ「でも勝ちたくて、挑んで、また負けて。それでも挑んで、また負けた」


ふいに、女性は話し始める。
それは少女の辿った道。……かつてソウタロウが歩んだ道と似かよっていた。違いがあるとすれば。


ソウマ「それでね」

ソウマ「私、買ったんだ、クリスタル。オークションに出てた、毒タイプのクリスタル」

ソウマ「ありったけのお金を払って買ったの。ヒドイデが使えるように。ミミッキュを倒せるように」

ソウマ「そしたらね」

ソウマ「あっという間に倒せちゃった。クリスタル一つで、呆気なく倒せちゃった」


ソウタロウが彼女の手元を見れば、白いリングが輝きもなくただついていた。昔は持っていなかった筈だ。……購入、したのだろう。
その口は笑っていたが、目は笑っていなかった。その声は震えていた。ソウタロウは相手が何を言おうとしているのかを察する。
ああ、彼女も。


ソウマ「……でも、また勝てなくなった」

ソウマ「きっと楽してたからだね。ポニに入ったとたんに、誰も倒せなくなっちゃった」

ソウマ「戦っても、戦っても、すぐにポケモンセンター行き。でも諦める訳にもいかなくて、ずっとそこに居座った」


彼女も、そうなったのか。
 ▼ 57 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 21:20:56 ID:V6VcQsG6 [12/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ソウマ「通りかかった小さな男の子に勝負を挑んで、ブルームシャインエクストラで倒された」

ソウマ「きっとその時だったんだね」

ソウマ「もう、バトルが楽しくない自分に気づいたの」


島巡り。それは、成し遂げる人間の方が少ない儀式。殆どが脱落する儀式。ソウタロウがそうだったように、彼女も。
負けたのだ。諦めたのだ。


ソウマ「それからはもう早かったよ。島巡りを投げて、家に帰って、このアーカラで仕事を見つけた」

ソウマ「試練サポーターなんて名前だけど、基本的にはただ立ってるだけの人。時々バトルもするけど、手は抜いて、適度にやられることが義務付けられてる。そんな仕事。……昔は君と一緒にブイブイ言わせてたのにさ」

ソウタロウ「……」

ソウマ「でも仕方ないじゃん」

ソウマ「私は、もう君が諦めたって知ってたから。もう君が大人になったんだって聞いてたから。あの時私よりスゴかった君がそうだったなら、じゃあ、私ももうワガママは言えないじゃん」

ソウマ「信じてたのに」


その言葉には、恨みが見えた。ソウタロウ越しに、己の身を恨んでいるように見えた。ソウタロウには全く覚えのない出来事ではあるが、彼女にとってソウタロウは、確かに背信行為を行っていた。


ソウマ「だから、ね」


大人が何か。ソウタロウには分からない。大人を演じてこそいたが、未だにさっぱり分からない。彼に今分かるのは、今の自分が大人になれなかったこと。胸の支えが重すぎること。


ソウマ「私、君が凄く嫌い」

ソウタロウ「……」

ソウマ「私は、もう夢から覚めたのに。大人になったのに。君はもうそうなってると信じてたのに」

ソウマ「今さら、やり直すの?」


彼女は、大人になったのだろう。本人はそう思っていたのだろう。……きっとソウタロウは、知らないうちにその心の支えに組み込まれていたのだろう。
その瞳は、どうしようもなくくたびれていた。


ソウタロウ「そうだよ」

ソウタロウ「ボクはまだ大人にならない。なれないんだ。だから、ゴミをきっちり捨てにいく」

ソウマ「……そう」


そこでソウマは立ち上がった。
窓越しに彼女は外を見る。ポケモンセンターに併設された簡易的なバトルフィールド。整備もあまりされていない、草も所々に生えているみすぼらしい広場。


ソウマ「当たり前だったよね。意見の対立があったなら、バトルで決着をつけるなんて」
 ▼ 58 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 21:21:26 ID:V6VcQsG6 [13/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



ソウタロウ「……ルールは?」

ソウマ「君のポケモンは?」

ソウタロウ「コイツだけだよ」


外に出るまで、10分とかからなかった。フィールドの北側にソウマが立ち、南側にソウタロウが立つ。月が、雲の波間から顔を覗かせる。すぐそこに池があるからなのか、フィールドはやや湿気っていた。


ソウマ「じゃあ、私もドヒドイデだけで行くよ」

ソウタロウ「……そう」


互いに持つのはモンスターボールたった一つ。賭けるのはお互いの尊厳。


ソウタロウ「始めようか」


睨み合えば、それだけでもう言葉は邪魔になる。ソウタロウは頭の片隅に、かつてのトレーナーズスクールを思い浮かべた。


   ポンッ ポンッ

ベトベター「ぐぎゅっ」

ドヒドイデ「シャバッ」


相手が繰り出してきたのはドヒドイデ。そういえばかつての彼女の相棒はヒドイデだった。いつの間に進化したのか。
いや、それすらも余所事だ。

今はただ、尋常に。
 ▼ 59 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 21:47:11 ID:V6VcQsG6 [14/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ソウタロウ「──」

ソウマ「──」

ベトベター「──」

ドヒドイデ「──」

ソウタロウ「いやなおと!!」


先に声を上げたのはソウタロウだった。ベトベターは指示と同時に体を揺らし、金切り声を上げる。威圧だ。
だがドヒドイデはそれに少しも動揺せずに、触腕のトゲをベトベターに向けた。


ソウマ「とげキャノン!!」

ドヒドイデ「ジャアッ!!」

   ズドン ズドン


そして、重い音と共にドヒドイデの全身からトゲが射ち出される。合計10発。どれも狙いが定められているのだろう、一直線にベトベターへと飛んでくる。
ただで食らうつもりはもちろんない。


ソウタロウ「……上に逃げろ!! 毒ガス!!」

ベトベター「ぐぎゅぎゃぁ!!」

   ブワッ

ソウマ「逃がさないで!!」


タイミングを見て指示を出す。ガスを噴射し飛び上がるベトベター。放たれた攻撃のうち八8発は勢いそのままに地面に突き刺さったが、残りの2発は方向を変えベトベターへと着いてきた。
 ▼ 60 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 21:48:17 ID:V6VcQsG6 [15/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ソウマ「続けてとげキャノン!!」

   ズドン ズドン ズドン

ソウタロウ「方向転換!! 元の場所に戻ってこい!!」

ベトベター「ぎゅるっ」


更に10発加えられるのを確認してから、またソウタロウは指示を出した。上方向へとまっすぐに飛んできたトゲでは、どう操作しても上手く下へと動くことは難しい。
ソウタロウの読みの通り、ドヒドイデの攻撃は互いに絡み合い、無力化していく。

ベトベターは落ちていく。まだ無傷だ。


ソウマ「距離を詰めてどくづき!!」

ソウタロウ「かみくだく!!」


切り替えた方がいいと、向こうも判断したのだろう。ドヒドイデはとげキャノンから作戦を変更し、さっきとげを放っていた触腕に力を溜めた。妖しい紫色に点滅する。どくづきだ。


ベトベター「ぎゅららぁっ!!」

ドヒドイデ「シャババッ!!」

   ガギンッ


ベトベターの歯と、ドヒドイデの腕が競り合う。
ベトベターの歯は確実に食い込んでいる。噛み千切りそうな勢いだ。……が、勝てない。

次の瞬間には、ベトベターは大きく吹き飛ばされていた。ベトベターは一瞬目を回しかけ、首を振って堪える。どうも吹き飛ばされた際に全身のヘドロを揺さぶられたらしい。人間で言うなら軽く脳震盪を起こしている。


ソウタロウ「っ……!!」


明らかなパワー不足だ。こちらのベトベターはアーカラでリタイアしたが、ドヒドイデはポニまで進んでいる。その、単純な力量差がベトベターを追い込んでいる。技量だけでは突き放しきれない、力量差。
 ▼ 61 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 21:49:19 ID:V6VcQsG6 [16/19] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ソウマ「ここで、終わりにしようよ」

ソウタロウ「っ……」


ソウマの目は虚ろだった。残念ながらソウタロウは昔の彼女をはっきりとは覚えていないので、どのくらい変わったのかは分からなかった。
取り合えず分かるのは。

彼女の腕にはZリング。左手を前に、右手を上に。踊っているのは──


ソウマ「アシッドポイズンデリートっ!!」


刹那、ドヒドイデを中心にして生まれた毒の沼が、意志を持ったかのようにベトベターへと襲い掛かった。Zワザだ。向こうは、これで決めに来ている。


ソウタロウ「全力で下がるんだ!!」

ベトベター「ぎゃ……っ……!!」


ベトベターは後方まで下がる。下がる。だが先程のダメージが大きいのか、逃げ切るには及ばない。精々草の中まで入って隠れるのが精一杯で、そしてそんな逃亡は意味を為さない。


ドヒドイデ「ジャアッ!!」

ベトベター「ぎゅる……!!」


ソウタロウには、その一瞬が、止まったように映った。
一秒後には、負ける。負ける。負ける。
あの日の光景が蘇る。あの密林の光景を思い出す。立ち上る光の柱を、どこか悲しげな励ましを。

ああ。

勝ちたい。
 ▼ 62 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 21:50:26 ID:V6VcQsG6 [17/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



ソウタロウ「……ガスだ、温度と圧力を限界まで高めろ!! 回りの物を全部燃やせ!!」


そう思った瞬間には、彼の口は動いていた。ここをどうにか堪える。堪えてみせる。堪えて、勝つ。


ベトベター「ぎゅるぎゅるぎゅらぁっ!!」

   ボフボフッ


牙を剥いた沼を前にして、ベトベターの周囲にはどくガスが舞った。今日まで鍛え上げた高圧、高温のどくガス。本来ならベトベターの移動に応用していたが。
やってやれないことはない。温度を限界まで高めて。

周囲の草花に火がついた。

 
   ボッ

   バシャァッ


そしてベトベターは毒に呑まれる。
だが炎は途絶えない。絶え間なく供給されるガスは、決して消火を許さない。全てを紫に囲まれて、しかし深紅は途絶えない。
熱く、熱く、とろかすように。毒は業火を圧迫し、されど侵食はせず。焔は煌々と燃え盛り、されど打ち勝たず。ここに再び、両者は拮抗し。
 ▼ 63 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 21:51:31 ID:V6VcQsG6 [18/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ベトベター「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃあ!!」

ドヒドイデ「ジッ……ジュッ……!!」

ソウタロウ「ベトベターぁああああっ!!」

ソウマ「──っ!!」


そして。


   ボチャン


炎は沼に落ちる。
 ▼ 64 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 18/09/18 21:55:05 ID:V6VcQsG6 [19/19] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告





   ザバッ

ベトベター「ぐぎゃあああああっ!!」

ドヒドイデ「──」


……そして、蘇った。
堪えていたのだ、相棒は。ソウタロウの握り拳は歓喜に震える。
毒に濡れ、飛び出したヘドロは、PP切れもいとわずにガスを燃やして加速を重ね、歯を剥き出し、呆気に取られていたドヒドイデの胴体に、かじりつく。


ソウマ「わ、ワイドガード!!」

ベトベター「ぎゅるらぁ!!」

   ガッ

ドヒドイデ「──ジャアッ!!」


ドヒドイデが守りの体勢に入る。だが遅い。ベトベターの一撃は確実に急所を捉えた。ドヒドイデは更なる追撃こそ防いだものの、Zワザで体力を大幅に消耗したこともあり息も絶え絶え。勝機は、ある。

二匹の距離、15m。
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