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【SS】ぶっ倒れてたミュウツーを拾った話

 ▼ 1 QsVrxuaWuk 18/09/18 20:45:04 ID:8yqw4Nmk [1/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「記憶がない?」

「はい……」


もう夏になる、ある昼下がりのことだった。

人里から離れた、誰もいない山道に、一匹のポケモンが倒れていた。

俺が介抱してやると、そいつはなんと人の言葉で話しかけてきたのだ。

テレパシーを使うポケモンなんて初めて会ったので、俺は少し驚いてしまった。


「記憶がないって……。過去のことが、すっかり分からないってことか?」

「はい……」

ポケモンは、辺りをキョロキョロと伺って言う。

「ここは、どこなんでしょうか。どこかの山奥……ですかね」


「そうだな。俺もよくは知らないけど、この辺にはポケモンの研究所があるくらいで、ほかには何も……」

「そうなんですか。……では、あなたはこんな所で何を?」

「俺は、旅をしてるだけだよ。一人で」

「旅人さん……ですか」

「ああ」
 ▼ 25 QsVrxuaWuk 18/09/18 21:27:13 ID:8yqw4Nmk [2/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
打撃が腕に当たる度に、構えたガードが緩み、

斬撃が体に届く度、そこに赤い傷が増えていく。

「もうやめてくださいっ……」

声も、息切れでかすれてきていた。


エルレイドの左手が、ミュウツーの右腹部を穿つ。

右手が、左頬を切り、左足が右腕を欷泣させ、強烈な右足が腹部の中央に決まる。

鈍い音が響く。

俺は、見ていられない気持ちになった。

ミュウツーが、よろよろと数歩後ずさる。

俺は、背負っていたバッグを地面に降ろして、走り出していた。
 ▼ 26 QsVrxuaWuk 18/09/18 21:27:30 ID:8yqw4Nmk [3/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
とどめの追撃をしかけようとするエルレイドの前に、飛び出して、

「やめろ!!」

と叫ぶ。


情けや同情、愛情ではない。

正義心とも違う。

突き動かしたものがなんだったかは知らないが、俺は目をきゅっと瞑って、壁のように立ち塞がった。

とにかく、どうにかして一度、この不毛な争いを停止させたいと思っていた。


が、次の瞬間、俺は頭に強い衝撃を感じ、地面が揺れる感覚を覚えた。

体が重力に従って、ぐわんという音が頭に響いたのを最後に、意識が闇に閉ざされていった。
 ▼ 27 QsVrxuaWuk 18/09/19 18:42:36 ID:HNPw3hyI [1/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
──────

────

──






「……さん、旅人さん!」


声が聞こえて、俺はハッと目を開ける。

心配そうに覗き込むミュウツーと目が合った。


「俺は……」


声を出そうとしたら、喉がカラカラに乾いている。


辺りはまだあの山の廃墟のままだったが、空に浮かぶ太陽が、もう西に傾き始めていた。
 ▼ 28 QsVrxuaWuk 18/09/19 18:47:24 ID:HNPw3hyI [2/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「良かった。目が覚めましたか」

「俺は……どうなったんだ?」

目を瞑って胸をなでおろすミュウツーに、聞いた。

「憶えていませんか。あなたは私を庇った後、気絶してしまったんです」

「気絶……」

最後に憶えているのは、

迫って来る、エルレイドの顔。


「エルレイドと、頭突き合ったんですよ」

「そうか……」



「急に飛び出して……、大丈夫なんですか?」


大丈夫ではなかった。

頭はズキズキ言っているし、体中が軋むように痛む。


ただ、あの鬼気迫る迫力のエルレイドに対峙して、殺されなかったのは幸運だったのかもしれない。
 ▼ 29 QsVrxuaWuk 18/09/19 18:49:43 ID:HNPw3hyI [3/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「で……、そのエルレイドはどうしたんだ?」

「もう行ってしまいました」

「行ったって……、なんだったんだあいつ」

「あなたと衝突してから、急に大人しくなって。ちゃんと話し合ったら、分かってくれたみたいです」

「そうか」

「ええ。こんなことを言ってました……」
 ▼ 30 QsVrxuaWuk 18/09/19 18:51:28 ID:HNPw3hyI [4/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
──

────


密度の高い有機物同士がぶつかるような、低くて鈍い音がした。

目の前の宿敵に集中していたから、横から飛び出してくるであろう気配に気づかなかったのだ。

前方から、なにかが地面に倒れる音がして、何が起きたのかを理解した。

唐突に、今まで自分を動かしていた、赤黒く燻っていた感情が引いて行き、ストンと気分が落ち着きを取り戻す。

それと同時に、なにか微妙な違和感のようなものを感じた。


「旅人さん!」


暗闇から声が聞こえた。


落ち着きながら、周りの気配に感覚を研ぎ澄ます。

自分の思いに反して、敵意や悪意がまったく感じられない。

なんだこれは。

疑問が全身を駆け巡る。
 ▼ 31 QsVrxuaWuk 18/09/19 18:51:45 ID:HNPw3hyI [5/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
自分が極悪だと思って淘汰しようとしていたものが、今他の誰かを庇うようにすがっていた。

おかしい。

なぜ反撃もせず、攻撃を受けてばかりいたのだ?

昔、あの残虐な行いをしかけてきたあいつは、こんな行動をするような奴だったか。


「貴様は……」

疑問というよりは、確認という感じで聞いた。

「何者だ?」



────
 ▼ 32 QsVrxuaWuk 18/09/19 18:52:04 ID:HNPw3hyI [6/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
────




──何者だ。

そう聞かれても、核心のない曖昧な答えしか返せない。


「私は、ミュウツーというものです」

「ツー? "ミュウ"ではなくてか?」

「ミュウさんは、さっきまでここにいましたけれど、あなたがくる少し前にどこかへ行ってしまいましたよ」

「なんだと……」


目は閉じたままだったが、エルレイドの顔に、焦燥の色が現れたのが分かった。
 ▼ 33 QsVrxuaWuk 18/09/19 18:57:14 ID:HNPw3hyI [7/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「もしかして、あなたが探していたのは、私ではなく、ミュウさんの方だった、なんてことはないですよね……?」

「む……。確かに、拙者の因縁は、そのミュウというポケモンにある。

 ……だが、拙者には貴様がそのミュウに視えてしまうのだ。あのとき出会った貴様の気配は、今も鮮明に憶えている。

 その気配を持ちながら、違う者だと主張するのなら、貴様のことを話してみせろ。

 ……無関係の人間を傷つけた詫びだ。話しを聞いてやる」

「そうですか……。本当にあなたが盲目なのだと言うのなら、尚のこと相手を確認するべきではなかったのですか?」

「……そうだったかもしれん」

「……。話せば拳を収めてくれると言うのなら、お話致しましょう。もっとも、お話することなんて本当に少しですからね」


本当に少し。

それもそのはずだ。

記憶を失って目覚めたのはつい先ほどのことであり、そこからこれまでのこと以外何も知ることがないのだから。


「? どういうことだ?」

「つまり、こういうことです……」



────
 ▼ 34 QsVrxuaWuk 18/09/19 19:22:05 ID:HNPw3hyI [8/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
────


話しを追えるのに、数分もかからなかったのには、正直複雑な気分になった。



「……記憶を、失った?」

「そうです。信じてもらわなくても結構ですが、今の私にこれ以上何もしゃべることはありません」



「いや……」


何かを恨まれていた立場の者が、こんなことを言ったところで、それは言い訳にしか聞こえないはずだが、

なぜかエルレイドは、何かに納得したように頷いた。


「そうか、そうだとすれば合点が行く」

「……? 何がです?」

「貴様が、記憶を失っていたのだとすれば、今までの不可解な違和感にも納得がいくのだ」


うむ。と頷かれても、よくわからない。
 ▼ 35 QsVrxuaWuk 18/09/19 19:22:40 ID:HNPw3hyI [9/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ともすれば、いまこの場には、三つの可能性があるということになるな」

「三つの可能性?」

「うむ……。一つは、貴様が嘘をつき、身分を偽っている可能性。……だがこれは、どうも拙者の思う貴様の性分とは合致しない。

 二つ目は、貴様が拙者のことすら忘れ、能天気に被害者面をしているという可能性。

 もう一つは、貴様は記憶を失っているが、本当に別の黒幕がいるという可能性だ」

「はぁ……」


なるほど、このエルレイドも少しは違和感を覚えて私と闘っていたのかもしれない。


三つの可能性。

私が、何か怒りを買うことをしていたのか、それとも全くの無実なのか。


三つ目であってほしいが、二つ目であっても否定ができない。
 ▼ 36 QsVrxuaWuk 18/09/19 19:23:10 ID:HNPw3hyI [10/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「ふむ……」


少し考えていたエルレイドが言った。


「拙者は、一度退散するとしよう。不確定な要素があっては、貴様を切ろうとも切れぬ……

 ……ふむ。仮にだが、今貴様が置かれている状況が、三つ目の可能性であったとしたら、すまないことをした。

 だが、二つ目の可能性であったならば、拙者は貴様を必ず討ち果たさなければならぬ」


……真偽を定かにする必要が生まれてしまった。

そしてそれを確かめるためには、やらなくてはいけないことがある。


「だから貴様には、一刻も早く記憶を取り戻してもらわねばならぬのだ」


しかし、それなら当初の目的と同じなのだ。

断る理由はない。


「それは……もちろんです。どうやら私には、他にも記憶を取り戻さなくてはなないという責任があるようですから」


エルレイドは、また考えるそぶりを見せた。

「ふむ。では拙者は、貴様の言う、もう一体の"ミュウ"の方をまた探すこととしよう」

それからこう付け加える。

「……そうだ。過去を探るのであれば、ウバメの森へ行くと良い」


「ウバメの森……?」

「ああ。その森には、過去を見せるポケモンがいるというのだ」

「過去を見せる……ですか、確かに、それなら一度に記憶を取り戻せますね」
 ▼ 37 QsVrxuaWuk 18/09/19 19:33:51 ID:HNPw3hyI [11/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「そうだ。……こんな噂話では、詫びにもならぬがな……」

「詫び……? なんのです?」

「……貴様を。無抵抗な貴様を、一方的に攻撃したことへの詫びだ。そうだな、何があっただろうか……」

ゴソゴソと何かを探し始めたエルレイドに私は言った。

「い、いいですよ……。良くはないかもしれないですけど……、でも、このことについては私にだって責任があったかもしれませんし、咎める権利は私にはないですよ……」


それでもエルレイドは、詫びだと言って、よく分からないものを二つほど差し出してきた。


「いや……。そうだな、こんなものしかないが、今は受け取っておいてくれ」

「え、はぁ。はい……」

「では、これで失礼する。貴様が記憶を取り戻せば、我々はまたいずれ邂逅することになろう。どちらかにとって、だがな」


──そう言って、いきなり現れた謎のエルレイドは、ミュウが消えたのと同じ方向へ去って行った。


夏の昼過ぎを告げる暖かい風が、穏やかな面持ちの山の木々を揺らして通り過ぎて行った。
 ▼ 38 QsVrxuaWuk 18/09/19 19:36:52 ID:HNPw3hyI [12/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
──

────


「それで、これが貰ったものです」


置いていた鞄から水筒を取り出した俺に、そう言ってミュウツーが差し出したのは、黄緑色の四角いものと、透明な球体の何かだった。

水筒の中の水をぐびぐび飲む。

俺は最初に、黄緑の箱のようなもに目が行った。


「これ、かいふくのくすりじゃないか」

「くすり? お薬なんですか?」

「そうだ。ポケモンの傷を治す薬。なんだあのエルレイド。ちゃんと持ってるのもは持ってるじゃん」


黄緑色は、中に入っている液状の薬の色だった。

「どれ、見してみろ」


そう言って、ぎこちない反応をするミュウツーの全身にある傷に、かいふくのくすりを吹きかけ始める。

薬が染みるのか、ミュウツーは時折苦い顔をしていた。
 ▼ 39 QsVrxuaWuk 18/09/19 20:40:21 ID:HNPw3hyI [13/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「こんな感じでいいかな」

ほどなくして、一通りの傷に薬を吹きかけ終えた。



「ありがとうございます……」

「ああ。でも、やっぱり一度ポケモンセンターに行った方がいいだろうな」


俺は、空になったくすりの容器を地面に置いていた鞄にしまい、もう一つのお詫びの品を見る。


ビー玉より一回りほど大きい透明の玉。

中をのぞくとカラフルな模様が浮かんでいる。

先ほどミュウから受け取った石と、驚くほどそっくりに似ていた。
 ▼ 40 QsVrxuaWuk 18/09/19 20:40:37 ID:HNPw3hyI [14/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「なんなんだろうな、これ」

「綺麗な石ですね。宝石みたいです」

横からミュウツーがのぞき込んできてそう言う。


「そうか? オモチャみたいにも見えるけどな」

俺は一応、二つの石を"大事なモノ入れ"にしまった。

"大事なモノ入れ"というのは、俺の鞄ならカメラのレンズなんかが入っている、貴重品をしまう場所だ。


そう言えば、ここであったことの写真を撮るをすっかり忘れていた。

もしかして、かなりレアな体験をしていたかもしれないのに。
 ▼ 41 QsVrxuaWuk 18/09/19 21:08:03 ID:HNPw3hyI [15/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
もう一口水を飲む。


「しかしお前、恐ろしく強いんだな」

ふと、さっきまでの戦闘を思い出して呟く。


落ち着いて思い返すと、ミュウツーとエルレイドとのバトルはとてつもないものだった。

反撃こそしなかったが、あの攻撃をいなし続けたミュウツーは、さっきのエルレイドとも互角に戦えるくらいの力は持っているのだろう。


「え、そう……でしたか?」

ミュウツーは、始めて耳にする言葉を聞いたような顔をした。

「なんだ。記憶はないけど戦い方は身体が覚えてたってか?」

「え……。はあ……そうなんですかね」


控えめにそう応えるが、やはりこのポケモンにはどこか普通ではないものがあるように思える。

それだけ強ければ、旅の途中で狂暴なポケモンと出会っても心配する必要はないかもしれない。

そう考えると、ミュウツーが頼もしく思える気がした。
 ▼ 42 QsVrxuaWuk 18/09/19 21:28:55 ID:HNPw3hyI [16/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
また水を飲んで、今度は深呼吸を一つする。


「じゃあ、少し休んだらもう行くか。まだ暗くなる前に街まで行けるだろ」



そういうことにして、俺はおもむろにカメラを取り出した。

廃墟の方にレンズを向けて、写真を撮る。


「街へ行って、それからどうするんですか?」

ミュウツーが聞いて来た。


「とりあえず、当たれるところを当たってみようと思う」

レンズを除きながら答える。

「たぶん、ジュンサーさんなんかには、野生のポケモンだって言うと、そんなにしっかり取り扱ってくれない。

 だから、ここ十数人いたはずの研究員を探す。それでダメだったら、エルレイドの言っていた、ウバメの森に行ってみよう」

「なるほど、分かりました」


ミュウツーは一度口を噤んだが、その後少し間を置いてまた話し始めた。


「でも、どうして私なんかの為にそこまでしてくれる気になったのですか?」

それは正直、されても困る質問の一つだった。
 ▼ 43 トマル@ダークメモリ 18/09/19 21:30:15 ID:81wQ7kVU NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 44 QsVrxuaWuk 18/09/19 21:34:38 ID:HNPw3hyI [17/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あー……。もしかして、申し訳ないとか思ってる?」

「そりゃあ……思いますよ。

 だって……、あなたにとって、良いことがないじゃないですか」


俺はため息を一つついて言った。

「あのな、俺はこれでもカメラマンの端くれだぞ。楽しそうなことよりも、珍しげなことの方が俺は好きなんだ」


今自分の口から出た言葉を、その通りだと思わないことも無かったが、

正直に言うなら、『理由はないけどなんとなく』が、正しい理由だった。

もちろん、そんなことを正直に言おうとは思わないが。


「なるほど……。でも、私について来たって珍しいことなんて特に起こらないかもしれませんよ?」

「いいんだよ。どうせ、その辺を歩いてたって、ありきたりなものしか撮れないんだから。

 それに、珍しいを語るなら、お前というポケモンはかなり珍しい部類だと思うぞ」

「え、そうなんですか」

「うん。ポケモンの種類についてなら人一倍詳しい自信はあるけど、"ミュウツー"なんて知らなかった。

 そうだ、それなら一枚とっても良いか?」

「ええ。全然構いませんよ」

「じゃ、撮るぞー」


パシャパシャ、カシャカシャカシャ。


「い、一枚じゃないんですね……」

「ん。まあいいだろ?」

「なにかこう、ポーズとかとらなくて良かったですか?」

「えぇ。いいよいいよ。俺モデル撮るのとか苦手なんだ……

 あー、じゃあさ、一緒に記念撮影しておこう。折角、出会えた記念にさ」

「記念、ですか。いいですね」
 ▼ 45 QsVrxuaWuk 18/09/19 21:37:03 ID:HNPw3hyI [18/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
鞄に取り付けるように収納していた、三脚を取り出し、地面に立てる。

先にカメラを取り付けて、セルフタイマーを設定した。

シャッターボタンを押して、タイマーがスタートする。

ピ、ピ、という機械音がリズムを刻み始めると、俺はミュウツーの隣へ駆け寄った。


「よし、音の感覚が速くなったら一秒前だからな。ピースしとけ」

「こうですか」


三本のうちの二本を立てて、ミュウツーがVサインを作る。


「そうそう、じゃ、良い笑顔で」


やがて、感覚の短い機械音が聞こえてきた。


「はい、チーズ」


誰もいない山奥の廃墟に、シャッターの音が小さく響いた。
 ▼ 46 QsVrxuaWuk 18/09/20 18:47:01 ID:PYB.Lzhg [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
────


山と森を抜けて、目指していた街に着いたのは、

真赤な夕日が半分より少し西の山に沈んで、反対側の空が仄暗くなり始めたころだった。


街へ踏み出してみて思った。

今まで人に合わないで来たので、あまり意識していなかったが、ボールにも入っていないミュウツーは、人の中ではいささか目立つ。

それでも、タウンマップに従って進むと、やがてポケモンセンターの屋根が見えてきた。


ポケモンセンターは、ポケモンを連れているトレーナーに限らず、

すべての旅人にとって、なくてはならない施設だ。

無料でポケモンを回復して貰うことができ、料金を払えば、フレンドリィショップの利用や宿泊、食事もできる。


「すみません。回復おねがいします」


受付のジョーイさんに話かけ、ミュウツーを見せた。


「あら、珍しいポケモンですね。お名前は何ですか?」

「ミュウツーって言うんです」
 ▼ 47 QsVrxuaWuk 18/09/20 18:47:23 ID:PYB.Lzhg [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ジョーイさんもミュウツーのことを知らなかったので、やはり珍しいポケモンなのかな、なんて思いながら、ミュウツーを預けようとすると、


「では、ボールをお預かりしますね」


と、そう言われた。

大したことでもないはずなのに、俺はビクリとしてしまった。


ミュウツーは、俺と一緒にいるけれど、俺のポケモンではもちろんない。

そもそも初めから一人で旅をしていた俺は、モンスターボールなんて一つも持っていなかった。


「ああえっと……。それが、ボールは無くって」


そう伝えたえる。

ジョーイさんは一瞬なにかを考えたようだが、

すぐに「分かりました」と言って、ミュウツーを奥の方へ連れて行ってくれた。


「では、少々お待ちください」

明るくて事務的な声で、ジョーイさんはそう言った。
 ▼ 48 QsVrxuaWuk 18/09/20 18:48:12 ID:PYB.Lzhg [3/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
後で係の人に 一応、俺も山で頭を打ったのだ と言ったら、氷嚢をあてがわれた。

人間の怪我は、人間の病院で見てもらえと言うことだろうか。

こんなもんで大丈夫だろうかと思いつつ、人目に付かない隅の方の席に座る。


昼間の時間が少しずつ伸びてくる時期だが、時間も時間で、外はすっかり暗かった。

明るいポケモンセンターの中からでは、暗くなった街の様子はよく伺えない。

東側の山裾から、月が顔を覗かせ始めたころ、ジョーイさんに呼ばれた。


「はい。ミュウツーはすっかり元気になりましたよ」

笑顔でそう言う彼女の後ろに、ミュウツーがいた。

小さな傷や痣はもう一つもない。

「またのご利用をお待ちしております」

機械的に、だが自然な感じで暖かく、ジョーイさんは俺たちを見送ってくれた。
 ▼ 49 QsVrxuaWuk 18/09/20 18:49:11 ID:PYB.Lzhg [4/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
それからこんどは宿泊施設の受付に行って、チェックインを済ませる。

センターの備え付けの宿は、簡単なホテルの小部屋のような場所だ。


俺は、部屋に着くなり背負っていた荷物を壁際のベッドに放り投げ、椅子を引いて腰を落ち着けた。


小さな部屋の中に、俺とミュウツーがいる。


「あの」

ミュウツーから話しかけてきた。


「さっき話に出てきていた『ボール』とはなんのことなのでしょう。どうやら、あった方が普通のようでしたけれど」

そう聞いてくる。

俺もちょうどその話をしようとしていたのだ。

ジョーイさんに、「ボールをお預かりします」と言われて、なぜかとても焦ったことを思い出す。


「ああ。あれはな……」
 ▼ 50 QsVrxuaWuk 18/09/20 18:49:26 ID:PYB.Lzhg [5/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
旅をするトレーナーは、自分のポケモンをモンスターボールに入れるのが普通である。

移動するにも都合が良いし、ポケモンに無駄な体力を使わせずに済む。

そもそも、ボールに入れた時点でトレーナーはそのポケモンを"ゲット"したことになるのだ。


ボールに入っていなければ、どんなに人に懐いていたところで、それは野生のポケモンなのであり、

公式的な試合や、公共施設等を利用するといったことに制限がかかって来る。

ポケモンセンターくらいであればさしたる問題はないが、先ほどのように変な空気が流れたりする。

ポケモンは、人間にゲットされるという形で、人間社会で人々と共生しているのだ。
 ▼ 51 QsVrxuaWuk 18/09/20 18:49:44 ID:PYB.Lzhg [6/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……だから、俺としてはお前にボールに入ってもらいたいものなんだけど、どうだろう?」

一通り説明して、俺がたずねると、

「全然構いませんよ」

と、朗らかな声が帰ってきた。
 ▼ 52 QsVrxuaWuk 18/09/20 18:50:25 ID:PYB.Lzhg [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「でもなぁ……、こういうのって、本当はもっとバトルとかして、ポケモンに実力を認められて初めてできることで……」

「おや、そういうことなら私はもう十分あなたを認めていますよ」

「……そうか?」

「ええ。……私は、特に何か比較できるような記憶があるわけじゃありませんけど、あなたはきっと立派な人なんだと思います。

 今更他の誰かに頼れることができるようには思えませんし、

 あなたに手伝うって言ってもらえた時や、エルレイドの攻撃から庇ってもらえた時、私すごく嬉しい気持ちになったんですよ。

 なんていうか、感心のような感動のような、そんな気持ちでした。

 だから、もしポケモンがトレーナーを選ぶものなら、私は一番にあなたを選びます。

 そう思うのは、おかしなことでしょうか?」

真っすぐな目でそう言われてしまった。

「……いや」

拒む理由も否定する理由も、もうない。

「じゃあ、それでいいんだな……?」

「はい!」

満面の笑みが向けられていた。

そういえば、こいつがこんな風に笑みを見せたのは初めてのことだったかもしれない。
 ▼ 53 QsVrxuaWuk 18/09/20 18:51:15 ID:PYB.Lzhg [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
もう、夜も遅かったので、調査は明日から開始するということになった。

夕飯を採り、風呂を借り、

寝る前、フレンドリィショップにて、ボールを一つ購入する。

結局、俺は最後まで気づかわしさを感じながら、ミュウツーが自らボールに吸い込まれていくのを見送った。


カチリ。


調子のいい音を聞いてから、ボールを拾い上げる。

半透明の赤いカプセルが、鈍く光を反射していた。

俺は、ボールを宙に放り投げ、中からミュウツーを呼び出す。

再び小さな部屋に現れたミュウツーは、自分の手や体をチラチラと確認していた。


「……不思議な感覚ですけれど、これと言って何か変わった気はしませんね」


不思議そうに呟いて、肩越しに背中を見たり、手足を確認したりしている。



何はともあれ今日俺は、ミュウツーのトレーナーになった。

記憶を取り戻したミュウツーが、取り戻した後でどうなるのか今はまだ分からないが、

明日から、新しい目的の下での生活が始まるのかと思うと、わくわくするような不安になるような、曖昧な気分の味がする。


ほんの半日ほどの間にあった、本当に不思議な出来事を思い返しながら、その日は眠りに就いた。
 ▼ 54 ルズキン@つかまえポン 18/09/21 00:52:52 ID:7kLET7jQ NGネーム登録 NGID登録 報告
しえん

なんか儚い感じが羊っぽいような
 ▼ 55 ガデンリュウ@きのみジュース 18/09/21 07:26:18 ID:vaeAiLAk NGネーム登録 NGID登録 報告
シエンネ
 ▼ 56 QsVrxuaWuk 18/09/30 06:17:24 ID:07i2WQ9c [1/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
────


朝、目をさますと、部屋の床でミュウツーが寝ていた。

あれ。と、違和感を感じながら、ぱさぱさした目をこする。

俺が起きたのに気づいて、ミュウツーも目を覚ましたようだ。


「あ、おはようございます……」


寝起きの、間延びした声でそう言った。


「おはよう。

 どうだ? 一日寝たけど、何か思い出したこととかないか?」

「ん……。いえ。これといって……」


半開きの、とろんとした目で、未だに記憶が戻らないことを告げられる。

そこでやっと、俺はこの違和感に気付いた。


「そっか。……あれ、お前、ボールは?」


昨日の夜、確かに問答していたというのに、なぜかミュウツーはボールから出ている。


「え、あ。その……、どうも落ち着かなくって……」

痛い所をつつかれたような顔をされた。
 ▼ 57 QsVrxuaWuk 18/09/30 06:18:09 ID:07i2WQ9c [2/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「出てきちまったのか」

「はい……。いえ、あの、すみません……」

観念したように頭を下げられて、ああ、俺が起きる前にボールに戻っておこうとしたんだろうな、と思った。


「いやいや、謝らなくっていいよ。合わなかったんなら、やっぱりやめるか?」


ボールを嫌うポケモンは、実はそんなに珍しくないらしい。

それもそうだろう。あんな窮屈な場所に閉じ込められるのは、俺なら耐えられない。


それでもミュウツーは、結局ボールに入ることを選んだ。

「慣れれば大丈夫だと思うので、普段は入っておきたいです」

「そうか」

そう言われてしまえば、それ以上どうするべきなのか、知識もない俺には分からない。


もそもそとベッドから起き上がり、洗面所へ向かう。
 ▼ 58 QsVrxuaWuk 18/09/30 06:23:18 ID:07i2WQ9c [3/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
空っぽのボールは、机の上に置いてあった。

部屋に差し込む朝の日差しを、相変わらずに鈍く反射して光っている。


「床で寝てて、大丈夫だったか。腰とかにきたりしないのか?」

「腰、ですか……? はい。特に問題ないですよ」

「そうか……でも、今度は布団敷いておこうな」


ミュウツーだけじゃない。もしかしたら、知らなければならないことが、俺にもたくさんあるのかもしれない。


じゃあ、準備したらジュンサーさんの所へ行こうか。

そう会話を締めくくって、俺は洗面所で眠い顔を水で洗った。

冷たい水道の水に、ぼんやりしていた意識が冴える。


熱帯夜とまでは言えないが、昨日の夜は暑かった。

喉も乾いているし、汗もかいている。

一杯水を飲んだ後、濡れたタオルを絞った。

タオルを腕に押し当てると、ひんやりとした心地よさが体に広がっていく。
 ▼ 59 QsVrxuaWuk 18/09/30 06:25:26 ID:07i2WQ9c [4/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
いつの間にかミュウツーは、部屋に置いてあるテレビをつけていた。

先ほどまで俺が寝ていたベッドにちょこんと正座して、天気予報を聞いている。


「明日は雨になるそうですよ」

「あー。まじ? 一泊延ばそうかな……」


なんとなく生返事をした。

宿泊は、二泊三日。

あまり長居はしない。


ジュンサーさんと話をして、

向こうが引き取ると言われたらそれまでだし、

もしかしたら、ミュウツーを探しているという情報があるかもしれない。

そうでなくても、

ジュンサーさんに頼んで、例の研究所についてのことが聞けて、

もしもあの研究所が本当にミュウツーと関係しているのなら、それでいろいろと明らかになるはずだ。

いずれにせよ、そう大した時間は必要にならない。

仮に何も分からなくても、その時は早々にトウカの森へ足を運べばいいのだ。
 ▼ 60 QsVrxuaWuk 18/09/30 06:26:33 ID:07i2WQ9c [5/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
着替えを済ませ、荷物を整理して、部屋を出る。

ミュウツーと一緒に、センター内にある食事処で、軽い朝食を済ませた。


それから、ミュウツーをボールに戻して、いそいそと出口へ向かう。

自動ドアが開くと同時に、暖かくなってきた夏の風が頬をかすめていった。


長閑な街の中に朝の活気が広がって、賑わう人々の声が聞こえてきていた。


タウンマップを片手に、往来の中道を進むと、

程なくして、ジュンサーさんのいる交番に着いた。
 ▼ 61 オタチ@プレシャスボール 18/09/30 07:22:51 ID:U.XcbHSM NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 62 ードー@ちりょくのハネ 18/09/30 14:56:31 ID:vSEMS3TA NGネーム登録 NGID登録 報告
いいねぇ、いいですよ

この二人の旅路が楽しみだ
 ▼ 63 ウオウ@カビゴンZ 18/10/01 19:54:42 ID:CzQ.zZ5o NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
シエンネ
 ▼ 64 ソハチ@こだいのうでわ 18/10/04 21:33:15 ID:dzd2aEhk NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
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