【SS】アシレーヌ「あたしは歌姫」

月の美しい夜……



とある街の片隅にある、少し寂れたビルの前……


暗闇に、一匹のポケモンが佇んでいた……


アシレーヌ「……」


右手には大きな旅行鞄……そして、あまり似合わない大きなサングラスにマスクを着用している。


彼女の前にそびえ立つそのビル……サビまみれの看板にはかすれた文字で、「カラオケ」と書いてあった。


アシレーヌ「っ……」


ふと視線を感じたように夜空を見上げると、大きな月……


まるで、スポットライトの様にアシレーヌを照らしている……


アシレーヌ「……」


アシレーヌはその月明かりから逃げる様に、そのビルへと入って行った。

俺は、道を絶ったとなんて思ってねぇ。





俺からすれば……短い生涯か、こんな狭っ苦しい病室に閉じこもって長い生涯を生きるかって二択なら、断然短い生涯を選ぶぜ。



そりゃ、長い生涯の方が沢山面白い事があるだろう……



でも、残された時間が短いからって面白い事が少ないかって聞かれたら……そんなのわからねぇだろ？




残された時間が短いのなら、その時間をこれまで以上に濃厚に過ごせばいい……それだけじゃねぇのか？




楽しい事を自分から探していけばいい……簡単な事だろ？



確かに、死ぬのは怖い……けどよ、俺は今、あいつらと過ごす毎日がすげぇ楽しいんだよ。




あいつらと少しでも離れる時間がある位なら……そんな事してまで俺は、長生きなんてしたくねぇんだ……

ガオガエン「……それだけの事だ」



そう言ったガオガエンの顔は、すごく満足そうな……


その顔に、ラッキーも納得した様だ。



ラッキー「そうですか……」



ラッキーはカーテンの向こうに消えた……




残されたあなたの時間が輝かしいものである事を願います。




その呟きだけを残して……

医者がいなくなり、静かになった病室……



ガオガエン「……」



一息つくと、また窓の外を眺めていた……




その時どこからか、バタバタと……




騒がしさの直後、カーテンが勢いよく開いてアシレーヌが……少し遅れてジュナイパーが入って来た。

アシレーヌ「ガオガエン！」



アシレーヌはガオガエンを見るなり、その手を握ってその場に崩れ落ちた……


強く握られたガオガエンの手に温かい涙が落ちる……



ガオガエン「アシレーヌ……お前……」



ジュナイパーに目をやると、ジュナイパーは目をそらした。



ジュナイパー「すまないが、全て伝えさせてもらった……」



ガオガエンはその答えに動じる事なく、ただ呟いた……




ガオガエン「……そうか」

ガオガエンは心の何処か、少しだけ後悔していた……が、その気持ちもすぐに振り切った。


暫くはじっとしていたが、我慢出来ずにすぐにアシレーヌの手を振り払った。



アシレーヌ「！」



ガオガエン「あー！ もう！ 俺はだな、湿っぽいのが苦手なんだよ！」



突然の事にしんと静まりかえる……


驚いてポカンとした顔の二匹、ガオガエンはため息をついた。

ジュナイパーから聞いたって事は、知ってるだろ？



そうだ、俺の身体はもう長く持たねぇ……今医者にも言われたとこだ。



手術をすれば治るかもしれねぇ……そう医者には言われたが……俺は断った。




何故ってそれは……俺はお前達と一緒にいたいからだ。




こんな狭っ苦しい病室に入るくらいなら、お前達と笑っていたいからだ。



だから、俺は短くてもずっとお前達といれる道を選んだんだ。




後悔はしてねぇ……

ガオガエン「自分勝手だが、そう決めさせてもらった」


アシレーヌ「……」




ガオガエン「いつ死ぬかなんてわからねぇ……けど、俺の為に泣くのはこれを最後にしてくれ……俺はしんみりとした空気が苦手なんだよ」




ジュナイパー「……」



ガオガエン「俺の前では、いつも笑っていてくれ……俺がいつか死ぬ時も、笑って送ってくれ……」



ガオガエン「そうしてくれたなら、俺は心から幸せだ……」

全てを悟った様な顔付きのガオガエン……アシレーヌは涙を拭って笑って見せた。



アシレーヌ「うん……私もずっとガオガエンのそばにいる！ 約束したもんね！ 夢を叶えるまでそばにいるって！」


ジュナイパー「……あの店や家ほど静かな場所は無い……小説を読み続ける為にも、私もそばにいるさ」



相変わらずな二匹にガオガエンも安心した様に笑った。



ガオガエン「これからもよろしくな！」


アシレーヌ「うん！」


ジュナイパー「ああ……」




窓の外、広がり続けていた雲の切れ間から眩しい光が差し込んでいた……

いつまでも続く日常なんてない。




そう強く思う日だった……




だから私は、限りあるこの日常を大切にしたいと心から思ったの。




ガオガエンだってジュナイパーだって……それにあたしだって……明日には事故で亡くなってるかもしれない……




何が起こるかわからない世界、当たり前な今が一番大事だとわかった……そんな日だった。







続く

そうして、数年が経った……




あの街の外れの河川敷……アシレーヌの姿があった。



アシレーヌ「……」



草原に腰掛けるアシレーヌ……真っ青に澄み渡った青空に輝く太陽が優しく照らす……




静かな河川敷、水の流れる音だけが響く……

アシレーヌ「今日もいい天気ね……」



あまりの気持ちよさに草原に寝転がった……




目を閉じると、様々な音が聞こえる……




水の音の他に、風の音や遠くを走る電車の音……そして、どすどすと……？


アシレーヌ「……？」



何事かと瞼を開く……背後を見れば、河川敷沿いの道を学生達が集団でランニングしていた……



しかし、変装もしていないアシレーヌの姿を見ても、彼らは足を止めようともしない……なんとも思ってはいない様だ。

そう、もうあたしの事を覚えているポケモンも少なくなった。



少し寂しい気もするけれど、でもこれで良かったと思ってる。



おかげで隠れながら買い物に行く必要も無くなったし……それに、最近は仲良くなったご近所さんとお茶会をするって楽しみもできたから！

アシレーヌ「……ふぅ」



学生達が通り過ぎると、再び辺りは静けさを取り戻した……


アシレーヌは再び目を閉じて自然の音に耳をすませた……



アシレーヌ「……」




優しい風に包まれながら、ゆっくりと睡魔に襲われる……

あの日あたしがあの道を歩いていなかったら……




ガオガエンがあたしに声をかけてくれなかったら……



あのラーメンを食べなかったら……




小さな物事の全てが今に繋がってるから、今のあたしがいるんだってそう思うと……凄い奇跡なんだなって……




そう思うの。

その時だった……



どこからか、風に乗って懐かしい歌が聞こえてきた……








私は〜……歌うのぉ〜……

アシレーヌ「！」



その声に身体を起こす……遠くの河川敷、一匹の若いポケモンが歌っていた……


どこか音程がずれてはいるが、確かにこの歌は……



アシレーヌ「……」




アシレーヌは歌うポケモンを遠くから見つめた……

チラチーノ「っ……」



息が続かずに、歌が途切れる……チラチーノは呼吸を荒くしながらその場に座り込んだ……


チラチーノ「はぁ……やっぱりまだ上手に歌えないな……」



カバンからペットボトルを取り出すと、水を一口……



チラチーノ「でも、私決めたんだもん！ 歌姫アシレーヌさんみたいに素敵な歌を歌うんだって！」




再び決意を固めると、大きく深呼吸……そして、再びあの歌を……

静かな河川敷にいつかの歌が響く……



アシレーヌは再び目を閉じて、その歌に耳を傾けた……



やはり、まだどこか不完全な……でも、アシレーヌは気にしていなかった。




アシレーヌ「……いい歌ね」




小さく呟くと、暖かい陽の光の中……アシレーヌはゆっくりと眠りについた……

最終話 ずっとみんなで……

そうして、更に時は流れる……



あの街の片隅……




どこまでも続く青い空の下……あの日から変わらないボロボロの家があった。

アシレーヌ「……」




その家の縁側に腰掛けていたアシレーヌは、そんな美しい青空を見つめていた……


アシレーヌの隣にガオガエンが腰掛ける。



ガオガエン「アシレーヌ、どうしたんだ？ ボーッとして……」



アシレーヌはガオガエンを見つめた……


その顔、あの日から変わらない……



アシレーヌ「なんでも無いわよ」



アシレーヌはそう言って笑った。

ガオガエン「なんだそれ？」



そう言って不審がるその顔、その目……やはり、あの日から変わらない……



アシレーヌ「……」



確かめるように振り返る……縁側から見える畳敷きの部屋には、ジュナイパーがこたつに入って小説を読んでいる姿が見えた。


視線を感じたジュナイパーは、チラとアシレーヌを見たが、すぐに小説に視線を戻す……



そう、皆歳は取れど……あの日から何一つ変わってはいない。




自分だって……きっと変わってはいないだろう。




あの日の自分が心から求めた生活が、ここにあった……

先程からキョロキョロと辺りを見回しているアシレーヌをガオガエンが心配そうに見つめる……



ガオガエン「おい、どうした？ 何かあったか？」


アシレーヌ「別に？ ただ……」


ガオガエン「ただ？」




アシレーヌ「この三匹で一緒に暮らせて……本当によかったなって思ったの」




ガオガエンは突然のその言葉に少し驚いたが……すぐに、笑顔を返してくれた。



ガオガエン「そりゃよかった！」



アシレーヌも、そんなガオガエンにつられて笑った。

二匹が並んで座る縁側……ポカポカと太陽の光が心地よい……



ガオガエン「ほんと、いい天気だな……」


アシレーヌ「そうね……こんな日がずっとずっと……続けばいいのにね」



アシレーヌがそう呟いた……その時だった。


突然、この家を囲う木製の塀の向こうから「何か」が飛んできて……




ガオガエンの額のど真ん中に直撃した。




ガオガエン「あいたっ！！」

アシレーヌ「だ、大丈夫！？ ガオガエン！」



ジュナイパーも小説片手に少し心配そうな顔をして様子を見に来た。


ガオガエンは額をさすりながら、自分を襲った「何か」を拾い上げる……



それは、小さな石ころ……



ガオガエン「誰だ……こんなイタズラしやがったのは……」



歯をギリリと食いしばる。ガオガエンは塀によじ登るとその向こうを覗き、怒鳴り散らした。




ガオガエン「お前か！！　石ころを投げ込んだのは！！」

そう、これが「あの子」との出会い……



私達の大好きなあの子との……





……でも、その話はまた今度！





また、いつか…………ね？





おしまい。

これでおしまいです。

どんなに大好きな日常もいつか終わりが来るんだな……と、思う今日この頃。そろそろ自分の日常にも１つの終わりが来ますので、色々と悩んでました。
本作はそんな事を１つのテーマに、前作のコメにあったリクエスト「アシレーヌの過去」を中心に、おまけにガオガエンとジュナイパーの過去までぶち込んだSSでした。

本SSの物語は、そのままこちらのSSに続きます。
http://pokemonbbs.com/sp/poke/read.cgi?no=597512

（……リクエスト下さった方、長い事お待たせしてしまい本当にすみませんでした……しばらく長編スランプだったんです）

とにかく、このシリーズは色んなポケモン達の様々な繋がりとか、SSを越えたちょっとした小ネタ、伏線を見つけながら読んでもらえたら嬉しいっすわ。

んじゃ、ここまで読んで下さった方々、マジでありがとうございました！



また、何処かで……

乙！

乙です！

乙

これを見る限りガブリアスssとかマンダssとかライチュウssとかの時、ガオガエンはもう手術を断ったあとだったのか…

乙！

こっそりとお知らせ。

次のネタ、大体目処がつきましたので一応……
もし次に長編書くならデンリュウとミミッキュの二匹で考えてます。

自分がまだSSを書き続けていたのなら、ここの板で書きますわ。
って訳で、皆様乙乙っす。

リクエストした者です
アシレーヌは特に印象に残っていたキャラなのでその過去が知れてよかったです

色々と大変な事があった中、自分のリクエストしたssを書いてくださり本当にありがとうございました。

これからも無理せずに頑張ってください
乙です

>>283
こちらこそ、せっかくリクエストを貰えたのに出来上がりが遅くなってすみませんでした。

キャラの設定はしっかり決めているつもりなのですが、どうしても自分の頭の中で留めておくばかりの設定が多くなる悪癖があるので、今回のSSでその辺の裏設定の様な話を書けて自分も良かったと思っています。

残された時間の限り、この掲示板で活動させていただきたいと思っていますので、今後もよろしくお願いします。

我が儘言うのもあれだが主さん今年の夏ぐらいにまた感想スレ建てる予定ってあるんです？
主さんの感想とても丁寧だし受けたいんだが......
まぁ主さんの忙しさも知ってるし、無理は言わないけど

これだけは言わせてほしい

主さんのSSを楽しみにしてる人は沢山いるんですよ？

だから、無理しないで頑張ってください
俺は主さんを応援してます！

ワガママ言うなよ

乙です！

>>285
あまりこう言った場で個人の事を話すのは良くないとはわかってはいるんすけど……一応自分、今度の四月から社会人となる予定です。

そして今目指している職に就くと、どうしても休みが少なくなり、結果的にSSを書くなどに使う時間も無くなっていくと考えられます。

働いてみないとわからないとは思いますが、時間が今程無くなるのは確実かと思われます。

ですので、夏に感想スレッドを建てられる保証は申し訳無いけど出来ません。


しかし、四月までの残された二ヶ月間になら……話は別。

正直、自分があの日の様なペースでSSを今読めるか、感想を送れるかと聞かれると正直不安な所ですが、それでもよろしいのでしたら、近々のうちに短期で募集をかけてみようかと思います。


自分はこの掲示板の方々に救われた身故、出来る限りの恩返しはして行きたいと考えています。

>>286
人を待たせたり助けてもらったり勝手に名前を変えたり、ここの掲示板でワガママを先に通してきたのは自分です。
なので、皆様にもワガママ言う権利はあるかと思います。

>>282
過去作との繋がりってある？

>>289
一応過去作キャストはゲストで登場するくらいには考えてます。
まだ書き始めたばっかりなので変更になる可能性は大いにありますが……ブラッキーの叔父であり、エーフィにぞっこんのサンダースのキャラの掘り下げとか、ボーマンダの合コンからハクリューが逃走した理由とかを書けたらと思ってます。