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SS

【地の文系SS】ジャノビー「俺は……を、許して、くれるのか?」ジュプトル「許す。許すよ!」【草御三家SS】

 ▼ 1 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/27 21:04:46 ID:jpXM90NE NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
(まずい、もう日が暮れる)

木々の影からチラチラと赤い光が漏れるだけの鬱蒼とした森の中、俺は草の根を分け獣道の横を走っていた。

もうそれぞれの巣へ戻ったポケモンも多いからか、獣道にはポケモン1匹見当たらない。

早く、誰かしら見つけないと。

(別にこの辺に寝っ転がるのもいいんだけど。縄張りとか面倒だしな)

さっさと次に住む場所を見つけたい。

その一心で俺はこの一帯を住処にしているポケモンを探して草の中をひた走る。

「……おっ」

いた。

茂った草を隔てた向こうの獣道に、緑のポケモン。

こうやって獣道にうろついて帰ろうとしているポケモンをこっちが先に見つけるために、わざわざ獣道から外れた草むらの中を走っていたのだ。

頭部、両腕、尻尾にも若々しい新緑の葉っぱが生えている、そのポケモンは。

(ジュプトル。――なら♂だよな)

にやり、と口角があがった。

ジュプトルという種族は♂が多いのだ。

外見からしても、このジュプトルは♀の感じはしない。

当分は寝る場所に困らなそうだな。

そんなことを考えながら、ゴソゴソッ! と目の前の草を揺らす。

ジュプトルが振り返ってこっちを見た。

ガサガサガサッ、とさらに強く揺らす。

ジュプトルが両手を構えて警戒しながら近づいてくる。
 ▼ 35 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:07:36 ID:y0Fsr6zw [1/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
毎度のことながらよく熟したきのみを食べ終わって、俺たちは例のひらけた場所にいた。

俺が見てきた今日まで1日も欠かさずジュプトルはリーフブレードの練習をしているのだ。

10日経とうが相変わらず刃の形成はいびつで上手くできていない。

それでも刀身が少し伸びているだろうか、進歩がないわけでもなさそうだった。

「……99……100! 一旦休憩かな」

ジュプトルが俺の横に座り込んだ。

意外と体内エネルギーを使うらしく、振り終わった後はいつもこうだ。

それでも、少し休んだ後にジュプトルはまた続けようとする。

その精神力はすごいと素直に思う。

「……私もちょっとやってみようかな」

つい、ちょっとした思いつきだ。

「お、なんの練習するの?」

俺ができる技……つるのむち、グラスミキサーは練習しなくてもいいし。

大技といえば……リーフストームか。

「じゃあ、リーフストームをやろうと思います」

「リーフストーム……!?」

ジュプトルは驚愕に満ちた顔。

まぁ草タイプで1番の大技だからな。驚いても変じゃない。

俺も最近習得したばっかだし。
 ▼ 36 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:07:59 ID:y0Fsr6zw [2/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「どうしたの……?」

「あ、いや、ジャノビーってもしかして強いのかなって思って」

「わからないけど、バトルは苦手、かな……」

「そうなんだ。すごい技出来るんだね」

「あ、ありがとう……」

さて、打ってみるか。

尻尾に意識を集中する。

体内のエネルギーを尻尾に集めて、葉っぱの形で打ち出すのだ。

よし、そろそろ!

目一杯飛び上がって、俺は草むらめがけて尻尾を振った。

尻尾に渦巻いていた葉っぱが風を巻き起こしながら草むらに直撃して、草を薙ぎ払っていく。

……と思いきや、すぐにパッと霧散してしまった。

もう少し飛ぶと思うんだけど――

「なっ……」

葉っぱの嵐が晴れた先には、1匹のニドラン♀がいた。

リーフストームが消えたのは、おそらくニドラン♀にぶつけてしまったから。

ニドラン♀の腕から血が一筋垂れる。

呆然としていたニドラン♀が、垂れた血を見て泣き出した。

びええええええええええええええっ!

その場一帯にニドラン♀の大きすぎる泣き声が響き渡る。

半ば頭が真っ白になりながら、急いで俺はニドラン♀へ近づいた。

しかし、それは悪手だった。

ニドラン♀に話しかけようとする俺の声に、低い声が被さった。

「……貴様」

恐る恐る、声のした右方向を向く。

そこには、魔王のような、なんて表現じゃ生ぬるいくらいに怒りで顔を歪めたニドキングが立っていた。
 ▼ 37 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:08:20 ID:y0Fsr6zw [3/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「貴様ァァァッ!!!」

ニドキングは怒りに任せた声を張り上げ――一瞬のうちに俺との距離を詰めた。

驚きか、恐怖か、俺の体は動かなかった。

ニドキングの腕が毒々しく紫色に染まる。

その腕が俺に突き刺さるのを、俺は避けることもできなかった。

腹にまともに毒づきを受け、俺にできるのは自分の体が宙に舞うのをただ感じることだけ。

なにかを考える間も無く地面に打ち付けられ、勢いのまま数回転転がる。

体が止まると、遅れて鈍い痛みがやってくる。

同時に喉が詰まってしまったように息が吸えなくなる。

(ダメージが思った以上に大きい……闘争心か)

闘争心。同性への攻撃が強力になり、異性へのダメージは弱まる特性。

ニドキングは♂。俺も♂。

思考だけが冷静に判断できても、体はたった一撃の毒づきで動くこともできなくなってしまっている。

それでも顔を動かして、俺は飛ばされてきた方を地面に倒れながら見あげた。

しかし、ニドキングの姿は見えなかった。

(ジュプトル……っ!?)

俺とニドキングの間にジュプトルが割って入っていたのだ。
 ▼ 38 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:08:37 ID:y0Fsr6zw [4/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ジュプトルが飛び上がると、ニドキングが毒づきをしているのが見えた。

空中へ避けて、ジュプトルは上からリーフブレードを発動した。

長く立派な刀身が腕から伸びて、ニドキングの脳天を狙う。

しかし、ニドキングはそれを頭を縮めて避ける。

(ジュプトルには、攻撃するなッ……!!)

俺の思いも虚しくニドキングは下から毒づきでジュプトルの体を突き上げた。

ジュプトルの体が宙に舞う。

のっしのっしとニドキングがこちらへ歩く裏で、ジュプトルの体が地面に叩きつけられた。

ジュプトルへのダメージも、俺と同じように闘争心で増してしまっている。

あんな状態で受けたらジュプトルは俺以上のダメージを負っているはずだ。

やっと息が復活して、俺は地べたに這いつくばったまま大きく息を吸い込んだ。

元は俺が悪いんだ、早くジュプトルから注目を逸らさなければ。

腹の鈍い痛みで力が入らない体を鼓舞して立ち上がる。

しかし、ニドキングは容赦がなかった。

ニドキングの口が赤く光る。

発射されたかえんほうしゃに、俺はなすすべなく包まれた。

熱い……熱いッ……!

喉が反射的に声を絞り出そうとするが、声すらも出なかった。

再度地面に倒れた衝撃とともに、世界が暗くなった。
 ▼ 39 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:08:57 ID:y0Fsr6zw [5/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ゆら……ゆら……、体が揺れているのを感じる。

俺は海に1匹浮かんでいた。

照っている太陽は、熱いというよりは温かい。

そしてなにより、海の中が優しい熱にあふれていた。

海流が仰向けに浮かぶ俺を押し流していく。

その流れもまた心地いい。

……ん? 波が少し荒れ始めたな。

ざばっ、ざばっ、語りかけるように波が音を立てる。

次の瞬間、俺は前方の大きな波に跳ねあげられて空中に投げ出された。

最高点まで俺の体が上昇して――
 ▼ 40 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:09:13 ID:y0Fsr6zw [6/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ハッ。

唐突に目が覚めた。

……ここは?

目の前は、葉っぱの天井。

「ジャノビー! 起きたの!? 大丈夫?」

よりも視界の大きな割合を占める、下から見たジュプトルの顔。

「ぅ……あ、ぇ?」

「今住処に着いたんだ! 待っててね!」

「ぁ……」

俺の体が床に着いた。

ジュプトルの腕が背中と床の抜き取られ、同時にジュプトルが視界から消える。

頭がぼんやりと霧がかかったようになにも認識しない。

「…………」

……そうだ、俺は、ニドキングに攻撃されて……今、住処にいる。

俺は、ジュプトルに運んでもらったのか。

もしかして、さっきの夢の大波は、ジュプトルが大きくジャンプしてここに登っていた時なんだろうか。

ずきん、と腹が殴られたのを思い出して痛くなって、思考が散っていった。

まだダメージから回復はしていないようだ。

痛みに頭を支配されながら、俺はジュプトルを待った。
 ▼ 41 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:09:34 ID:y0Fsr6zw [7/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「おまたせ! 飲んで!」

奥からジュプトルが走ってきた。

葉っぱに包まれていたのは、ふっかつそうをすりつぶしたペーストだった。

「……にがいやつ」

「いいから! 早く飲んで!」

ジュプトルはずいっとペーストが乗った葉っぱを俺に突き出す。

ふっかつそうは、瀕死の状態でも体が良くなるほどの効き目を持った薬草だ。

しかもそうぽんぽんと生えているわけではない。

それをわざわざ出してくるのは、俺への気遣い以外におそらくないだろう。

苦いのが嫌い、なんて言っている場合ではない。

「…………あり、がと」

ツタで少しすくって、ぺろりと舐めてみる。

口の感覚がなくなってしまいそうなくらいの痺れる苦さ。

思わず顔をしかめる。

これは、少しずつ食べていても苦しむ時間が伸びるだけのやつだ。一気に片付けよう。

ふっかつそうの乗った葉っぱごと、俺は一気に口へ運んだ。

「そ、そんなに大丈夫?」

こく、と頷いて平静を装う。

しかし内心の平静までは保てなかった。

口いっぱいに苦味が広がって、むしろこれで体調が悪くなってしまいそうだ。

苦味に耐えて、一気に飲み込む。

全部飲み込んだはずなのに、まだ口の中には苦さが後を引いている。

「ほんとに大丈夫?」

苦い口では喋る事も億劫で、俺はこくこくと頷いた。

「じゃあ、ふっかつそう飲んだら寝なきゃね」

再び、こくこくと頷く。

「僕はきのみ探してくるね。起きてから食べたいでしょ。じゃあ、おやすみ!」

ジュプトルはそう言うとすぐにまた住処を出て行った。

俺は1匹、床に残された。
 ▼ 42 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:09:51 ID:y0Fsr6zw [8/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あれからしばらく寝ると、ふっかつそうのおかげかだいぶ痛みも引いた。

日も傾いてきているので、それなりに寝ていたのだろう。

体の調子が戻ってくるにつれて、頭も動くようになってくる。

(今回はジュプトルがいなかったら俺もどうなってたかわからないな)

いや、ジュプトルがいなかったらあんなところでリーフストームなんか打ってない気もするけど。

ニドキングの毒突きにかえんほうしゃ、本当によく効いた。

闘争心で補正されているのはあっただろうが、あんなのがうようよしているならここって結構危険なんだろうか。

ジュプトルはよくこんなところで生活できるな。

ジュプトルも毒突き受けてたよな。

あれを受けてなお今動けているということは案外頑丈なんだろうか。

あいつへの攻撃も闘争心の補正が乗っていたはず――

「……おい、待てよ」

――俺は、1つの可能性に気づいて声を漏らした。

ジュプトルはここまで来るのに多分俺を担いでいるはずだ。流石にあの毒突き受けてから俺を担いで走る体力が残るわけがない。

闘争心の効果は……自分と同じ性別、ニドキングであれば♂への攻撃ダメージが上がって……。

「♀への攻撃ダメージが、下がる……ッ!」

可能性、あくまで可能性だ。

ただ単にジュプトルが尋常でなく頑丈なのかもしれない。

だが、仮にジュプトルが♀だとするならば。

今までジュプトルが♂だと思って取ってきた俺の行動は、全部無意味。

その上でジュプトルは俺に優しくしてきた、ということになる。

俺の行動が全部無意味ということは、ジュプトルが俺に優しくする理由なんてないはずなのに。

「…………余計に分かんねェ」

俺は呻いた。
 ▼ 43 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:10:16 ID:y0Fsr6zw [9/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「なにがわからないの?」

唐突にかけられる声。

俺は思わず背筋をピンと伸ばした。

「あ、ジュプトル……おかえり」

「きのみ、取ってきたよ。……で、どうしたの?」

「あ、あー、うん……」

どうしようか。

言わない方が、このままの生活を続けた方が、多分楽だ。

そもそもジュプトルが♀かもなんて可能性だし、違ったらそれなりに失礼だ。

言わない方が、いいはずだ。

言おうか言わないか、俺の中で二つの選択肢が揺れる。

喉まで出かかって、それを飲み込んで、そんな葛藤を2、3回繰り返す。

「だ、大丈夫……?」

「あの。ジュプトルは、さ。その……その、♀なの?」

ジュプトルが、れいとうビームを受けたみたいに動かなくなった。

目だけがその驚きを表すみたいに見開いていく。

「ご、ごめんなさい、変なこと言って……そそ、そんなわけないですよね!」

慌てて修正してみても、ジュプトルはまだ固まったまま。

「……あの? ジュプトル、さん?」

顔を覗き込むと、やっと動き始めた。

「えっと……ごめんなさい!」

いきなりジュプトルが勢いよく頭を下げた。

俺には何が起こっているのかわからない。

「どうしたんですか……?」

ジュプトルは下げた頭を中途半端にあげて、うなだれる。

「……合ってるんです」

「じゃあ……」

「はい、僕は、♀です」

やはり、そうなのか。

まさか俺と同じことをしている奴がいるとはな。
 ▼ 44 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:10:36 ID:y0Fsr6zw [10/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「どうして、隠してたんですか」

言ってから気づいた。

あくまで俺は責める姿勢を取っていた。自分も重ねてカミングアウトする姿勢では絶対にない。

自分のことを棚に上げて、俺は今ジュプトルを責めようとしている。

どれだけ悪行を重ねる気なんだ、俺は。

そんな俺の思考など知らないジュプトルは、俺から視線を逸らして左下をずっと見ている。

「ジャノビーと一緒にいるのが楽しくて……」

「私といるのが、楽しい?」

謎の発言に聞き返すと、ジュプトルはこくんと一つうなずいた。

「お母さんがいなくなってから、僕はずっと1匹でした。だから、嬉しかったんです。誰かと一緒にいられるだけで。もちろんそれはジャノビーが優しかったからですけど」

俺が? 優しい?

意味がわからんことを言う奴だな。

聞こうとしたが、先にジュプトルが話し始めてしまった。

「前に、♂に守ってもらえていい、みたいなことを言われた時に、僕が♂だと勘違いされてることに気づいて。僕が♀だって知ったらどこかへ行っちゃうんだと思ったんです。……さ、最初は隠すつもりはなかったです! でも、僕はずっと隠してました。本当に、ごめんなさい……」

……ジュプトルが♀であることを隠そうとするまでは1日分くらいはあったはずだ。

つまりそれまでは俺がただジュプトルを♂だと勘違いして疑わなかった。

ジュプトルはこう言うが、1日あって全く♀だと気づかない俺はどうなんだ。

久しぶりに、自分に絶望した。
 ▼ 45 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:10:56 ID:y0Fsr6zw [11/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「わ、私こそ気づかずに勘違いしてて、ごめんなさい」

「ううん。僕が悪いから」

ジュプトルが首を横に振った後、お互いに何を言っていいかわからなくなった。

気まずい沈黙が、座った俺と立っているジュプトルの間に流れる。

何を話そうかと目線を動かしていると、絞り出すような掠れた声が耳に届いた。

「いいよ、僕なんか気にしないで出て行っても。騙してるポケモンと一緒になんかいたくないよね」

――どうする。

正直今の環境は手放しがたい。

♂の守りの手はないと言うが、10日間で♀2匹に絡んでくるポケモンもほとんどいなかったわけだし。

ジュプトルが騙していた理由は、俺といるのが楽しいから。

……俺といるのが楽しい、ね。

「ジュプトルは、どうしてほしいの?」

「僕は……これまでと変わらなければいいなって、思うけど……」

風になびく、枯れ木の最後の一枚の葉っぱのような頼りない声だった。

「じゃあ、いいよ。私、ここにいる」

俺の言葉を聞くや否や、ジュプトルは顔を跳ね上げて俺を見つめた。
 ▼ 46 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:11:18 ID:y0Fsr6zw [12/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「も、もう一回聞いていい……?」

セレビィでも見たみたいな、「信じられない」と書いてある顔でジュプトルは聞き返す。

「私、ここに残るよ」

「なんで、一緒にいてくれるの?」

「ジュプトルは、なんで私にいてほしいの?」

「それは、ジャノビーと一緒にいるのが、楽しくて……」

ジュプトルの頬に、一筋光が伝った。

「また、1匹になりたくなくて……」

2つ、3つ、次々とジュプトルの頬を涙が伝う。

母親のこと、「もう大丈夫だから」なんて言ってたけどやっぱりショックなんだろうな。

いざとなったらもちろん切り捨てるつもりだが、問題ない間はいてやってもいいだろう。

つるのむちでジュプトルを引き寄せて、ちゃんと腕で優しく抱きしめる。

「そんなに泣かないで。私はいるから」

「……ありがとう」

ジュプトルの背中を撫でてやって、落ち着くように促す。

「私も、ジュプトルのこと好きだよ。だから一緒にいる」

「…………ぇ」

まぁ嘘ではない。

今の生活はこれまでの中でもかなり快適な方だし。

珍しく、ただ従うだけじゃなくて仲良くなれたし。

友達、なんてのは転々としている俺には関係ないもんだと思ってたが、いるといるで案外悪くない。
 ▼ 47 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:11:35 ID:y0Fsr6zw [13/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……ね、ねぇ」

いや別に、抱きしめ返すのはいいんだが。

……ちょっと力強くないか?

「今の、ほんと?」

掠れた声とともに首にかかるジュプトルの吐息は、まるでかえんほうしゃ。

ジュプトルに回す手が感じ取る鼓動は、どんな攻撃よりも力強い。

「……? うん。ほんとだよ」

答えると、ジュプトルが首筋に顔を押し付けてきた。

そんなに辛かったならもっと早く――

「…………すき。僕も、好きだよ……ずっと、一緒にいてほしい」

――ずっと?

優しい熱で温かくなっていた俺の心が、一瞬で凍りついた。

ずっとというのは、要するに、番い。

群れを作らないポケモンたちがより自分と相手の身を安全にするために行動をともにする、永遠の誓い。

「ずっと」なんて、この他にはない。

「もう、誰にも離れてほしくない……っ」

番い? 俺が? なんの話だ?

散々それをチラつかせて騙してきた、俺が。

身体中に心から発生した暗雲が巡って、ジュプトルを抱きしめる腕がこわばる。

「……ジャノビー?」

「離れてッ……!!」

ジュプトルを全力で押しのける。

ジュプトルが倒れるところすら確認しないで、俺はいい加減慣れ親しんでしまった住処から飛び降りた。
 ▼ 48 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:12:21 ID:y0Fsr6zw [14/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
どこへ向かっているかはわからない。

水浴びをした川も超えて、いよいよ未知の場所だ。

ただひたすら、遠ざかるように全速力で走る。

こんなことは初めてだった。

こんな俺でも、騙したまま番いの話を持ち込まれることだけは申し訳なく感じていた。

他のポケモンの時は番いの話が出そうな雰囲気を見計らって逃げ出すようにしていたのだ。

それが転々と色々なところをうろついていた理由だった。

文字通り騙し騙し生活しているくせに、なぜか変にそういうところは律儀にしていた。

だから、今回も突き放した?

俺の最後の一線を守るために?

……俺は、何一つ最後の一線だなんて考えてなんかいなかった。

今までと違って予期せずそんなことを言われて、慌てただけ。

逆鱗を発動した後みたいに、不随意にジュプトルを押しのけて、あげく飛び出した。

未だに背中にジュプトルの腕の感触と熱が残っていて、どんなに速く風を切っても拭えない。

心地いいと感じていたその熱が、今は氷の海で転覆した心を押さえつける重荷に変わっていた。
 ▼ 49 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:12:40 ID:y0Fsr6zw [15/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
走り続けたせいか、俺は頭が冷え始めていた。

何をしてるんだ、俺は。

母親がいなくなってしまったのがやっぱりショックなんだろう、とわかっていながら、突き飛ばして失踪して。

よりにもよって一番傷つくであろう行動だ。

『ずっと、一緒にいてほしい』

ジュプトルの言葉がいつまでも耳に残って俺を責め立てる。

何が「問題がない間はいてやってもいいだろう」だ。

すぐ後に俺の勝手な問題のせいで逃げ出すくせに。

何が「そんなに泣かないで。私はいるから」だ。

俺にも逃げられたせいで、ジュプトルはもっと泣いているだろうに。

そもそも、俺は何様のつもりで一緒にいてやる、だなんて思ったんだ。

『騙してるポケモンと一緒になんかいたくないよね』

ジュプトルの言葉が俺の心を今更締め付ける。

「――っつ!?」

前に出そうとした足が何かに引っ張られた。

前に進もうとしていた俺の体は、地面に引きつけられて倒れた。

振り返るとあったのは、ただの木の根っこ。

いつもだったらつまずく程度が関の山なのに。

起き上がると今更のようにえりが痛んで、生ぬるいものが体を伝った。

転んだ時に盛大に擦りむいたらしい。

つるのむちで拭っても拭っても血は止まらない。

血が止まるまでは一旦休まざるを得ない。

草むらの陰に潜もうと一歩二歩歩く間に、垂れて地面に落ちたのは、血だけじゃない気がした。
 ▼ 50 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:14:23 ID:y0Fsr6zw [16/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
運良く近くに生えていたばんのうごなの元の葉っぱを傷口にあてがって、俺はしばらく草むらの陰に隠れていた。

血も流石に止まってきたみたいだ。

そろそろ出ようか、そう思った俺の目の前を声が突き抜けていった。

「ジャノビー!! どこ!?」

背筋が凍って動けなくなる。

なぜ、ジュプトルがここにいる?

水が苦手って言ってたから、川を越えればもう来ないだろうと思ったのに。

俺はそこまでして追う価値のあるポケモンじゃないのに。

声はまだ遠いが、確実にこっちに向かってきていた。

「ジャノビー!! 出て、きてよ……っ!!!」

湿った声を張り上げて、ひたすら俺を呼んでいる。

出ていけば、最悪弁明くらいはできるかもしれない。

「なんで! なんで……」

俺の足は、草結びされたみたいに動かない。

出て行く勇気は体の隅々に散り散りに散らばって集まらない。

一緒にいると言った相手が唐突に手のひらを返して飛び出していった、なんて理解しがたい状況のはずなのに、健気にもジュプトルは叫び続ける。

「僕、謝るから! ダメだったこと全部、謝るから! だから……」

転覆した心が、裏返しのままチクチクと針に押し付けられる。

それでも、散り散りなった勇気のかけらは集まらなかった。

ジュプトルの声が、だいぶ近い。

「……ここら辺のはずなのに」

一気にボリュームの下がった声も、聞き取れてしまう。
 ▼ 51 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:14:53 ID:y0Fsr6zw [17/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「やっぱり、性別同じなのに、♀どうしなのに、嫌だよね。僕だってわかってたけど、わからない」

そうだ。そうだった。

俺は今まで大事なことに気づいていなかった。

勝手に♂と♀とで番い、だなんて連想していたが、実際はそんなことにとどまっていなかった。

♀同士だと思っててそれでも「ずっと一緒にいたい」って言ったんだ。

♂だの♀だのじゃなくて、俺といるために。

でも、だったら尚更俺なんかと一緒にいちゃいけない。

騙して食べたきのみでできているこんなポケモンなんかと、いちゃいけない。

「……また、1匹で暮らすしかないよね」

草むらをかき分けて、外の様子を見た。

腕を落とし、うなだれて歩くジュプトルの背。

その感情の渦を見て、俺は草むらから飛び出した。

「――ジュプトル!」

ジュプトルが弾かれるようにこっちを見た。

走り寄ってくる。

……なんで、飛び出たんだ。

出ないほうがいいと、俺とはもう関わらないほうがいいと決めたはずだったのに。

いつもいつも、逆のことばかりしてしまう。

もう、今更もう一度逃げ隠れるわけにはいかない。

せめてちゃんと本当のことを言おう。

腹はくくった。
 ▼ 52 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/29 21:15:12 ID:y0Fsr6zw [18/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ジャノビー! よかった……!!」

抱きつかんばかりの勢いで俺に近づいてくるジュプトルを、手で制止する。

「…………。……あのさ」

「…………どう、したの」

「俺は――」

自分1匹じゃない状況で初めて口にした、本当の一人称。

「俺…………」



「俺は、♂だ」



「……ぇ」

制止してなお俺に近づこうとするジュプトルの足が、生気を失ったみたいに固まった。

その目が見開いていくのが、時間の流れが変わったみたいにゆっくりと見えた。

「俺は。最初からわざと騙してたんだ。住処と食いもんをもらうために。自分の力じゃなく楽に生きようとして。今までだってずっとこうしてきた。騙した食べ物を食べて、体を汚して生きてきた。お前は俺のカモにされてたんだ。俺が楽をして生きるために。俺は一回も自分1匹だけで生きたことなんてない。自分と本気で向き合ったことなんて、あるわけない。他のポケモンに頼ってばっかりで、他のポケモンを傷つけて生活してきたんだ。俺は、そんな汚れたやつなんだ……ッ!!」

一息の早口で言い切って。

俺はきびすを返して俺は草むらの中に紛れて走る。

ジュプトルからの非難の目線を受けたくなかった。

今までだったら、誰に害が出ようが、自分の迷惑にならなければ気にしていなかったのに。

(腹くくってたら逃げ出さねえよ!!)

真実を話す腹はくくった、そう決意したはずなのに、逃げる足が止まらない。

脳裏に映るジュプトルにせきたてられるように走る。

俺は、ウォーグルに食べられそうになった時以来の全力で走った。

心はとっくに闇に捕食されてしまっていて。振り払おうと草むらの中をひたすらつっきった。
 ▼ 53 イリキー@むげんのふえ 19/05/29 21:33:02 ID:bpnErQGg NGネーム登録 NGID登録 報告
支援!!
 ▼ 54 ゲデマル@ルールブック 19/05/29 21:52:50 ID:zwmYemDA NGネーム登録 NGID登録 報告
いいねえ、こういうシチュ好きよ
支援
 ▼ 55 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 20:48:04 ID:BJCwKh8w [1/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
走り続けるうちに、広大だった森ももう端まで来ていた。

空は燃えさかる炎が消え去って、ただ冷え切った濃い青の海になっていた。

脚を止めて、振り返る。

木漏れ日ならぬ木漏れ月光で薄く照らされる森の中は、俺の周囲にはやっぱり誰もいなかった。

走りながら何回も振り向いて、その度に誰もいなかったんだから当然だ。

本当だったらここで座り込んでしまいたかった。

走りすぎたせいで全身が痛い。

走り続けた手も脚も、千切れそうだ。

近くの木について寄り掛かろうと手を触れた瞬間、また脳裏にジュプトルが蘇る。

「…………ッ」

まだだ。もう少し森から距離をとったほうがいい。

そんな、言いようもない焦りに襲われる。

また俺は走り出した。

体に当たる冷え込んだ風はこんなに冷たいのに、頭は一向に冷えなかった。

頭を空っぽにしたくて、空回り気味の脚をスカスカと動かす。
 ▼ 56 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 20:49:05 ID:BJCwKh8w [2/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
地面が脚に巻きつくような気がして、俺は脚を止めた。

さっきまで草原だったのが、足元は今一面に花が咲いていた。

月明かりにてらされる薄桃色の花弁が一面を埋め尽くしていた。

(ツキミソウ、だったか)

優しい月の光を浴びる花たちはそれなりに綺麗だとは思う。

しかし、弾けて消えてしまいそうな雰囲気をまとった花が群生している様子は、俺にはなんだか薄気味悪く思えた。

草原と違って走りにくいし、あんまり踏み潰したくないのもあるし、さっさと出よう。

背後に俺を駆り立てるジュプトルの亡霊がいるので来た道を戻ることはできない。

花畑を突っ切るしかない。

さささっ、としばらく花の海をかき分けて走る。

「……ぅ……ぇぇ……」

なにかが呻くような声。

俺は脚を止め、周囲を警戒する。

ゆっくりと声のする方へ向かう。

「うう、うぁ……ぇぇえん……」

呻き、ではなく泣き声。

正体は、1匹の小さなヒメグマだった。

ツキミソウの中に埋もれて、へたり込んで泣いている。

迷子だろうか。

こんな夜に?
 ▼ 57 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 20:49:58 ID:BJCwKh8w [3/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「おい、どうしたんだ」

「ぅ……え?」

「なんでこんな夜に子供が1匹で。聞いてやるから、話してみろよ」

俺もその場にしゃがんだ。

少し頭をかたむけて、ヒメグマと同じ高さで目線を合わせる。

「……あ、あのね。おかーさんが、おなかいたいの」

「それで、どうしてお前が今ここにいるんだ」

「お花のみつ……えいようがたっぷりだって。ぼく、あげようとおもったんだ」

「お母さんに花の蜜をあげようとしたのか。それで、どこにいるのかわからなくなったのか?」

「うん……あし、いたい。つかれた……」

しょんぼりとヒメグマは俯き加減で頷いた。

花の蜜を、ねぇ。

手ぶらできてどうやって持ってくつもりだったのか、なんて言うのは詮無いこと。

いい子供じゃねえか。

「どうしよう……」

話すため一旦泣き止んだのに、ヒメグマはまた今にも泣き出しそうな顔をし始めた。

「あー……わかった。俺が蜜集め手伝ってやるから泣くな」

「ほんと? おにーちゃん、ありがと!」

「あぁ。よしよし」

優しくヒメグマの頭を撫でてやると、ヒメグマは少し落ち着いたようで笑顔を見せた。

……おにーちゃん、ね。

初見で見抜いたのはこいつが初めてだな。

やっぱ口調か。姿が仔細には見えないこともあるだろうが。

それに、俺も俺で不思議だ。

さっきまでは素を出すのをあんなに恐れていたのに、子供相手だとこんなにもあっさりと出せてしまった。

ヒメグマの頭をただ撫でてやっているだけのはずなのに、追い立てられて波風立っていた俺の心は今や穏やか。

……わからんな。
 ▼ 58 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 20:50:28 ID:BJCwKh8w [4/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「乗れ」

ヒメグマに背中を向けて、言う。

「え、でも……」

「歩き疲れたんだろうが。いいから乗れ」

「うん……」

少し怯えながらも、ヒメグマは俺の背中に体重を預けた。

つるのむちで軽く押さえて、ヒメグマを背負ったまま立ち上がる。

……案外、重いな。

「お前は、蜜を集めるものもなしにどうやって集めるつもりだったんだ?」

「……ぁ」

「ったくしゃーねーな。この辺にきのみないか?」

少し賭けになるが、葉っぱよりは使いやすい器の作り方がある。

「んと、あともうちょっと前にあるよ!」

「そうか、分かった」

言われた通りに花畑をひたすら前へ。

「……どこだ?」

「あっち!」

ヒメグマは進んできた方とは明後日の方向を指差した。

「……そうか」

全然前じゃねえ。

ツキミソウをなるべく踏まないように、かきわけて進んでいく。

「……お、あったな」

ツキミソウ地帯が終わって、まばらに木が生え始めた。
 ▼ 59 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 20:50:47 ID:BJCwKh8w [5/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
さて、きのみチェックの時間だ。

ラムのみ……はハズレ。オレンのみ……もハズレだな。

「……おっ、ウイのみあるじゃねえか!」

2個ほど失敬してっと。

「ねぇねぇ、いれものは?」

「作ってやるから待ってろ」

俺は両手に1つずつウイのみをもってある技を発動する。

きのみが光り始め、その輪郭がぼやける。

両手の光の球を合掌するように合わせて、形をイメージすれば。

「ほれよ」

ちょいとゴツゴツはしてるが、ちゃんとした岩の器だ。

「わぁ……! どーやってやったの!?」

「しぜんのめぐみ」

きのみをエネルギーに変える技。

ウイのみは岩タイプになるから器にできなくもないのだ。

「しぜんのめぐみ?」

「お前は覚えないから気にすんな」

「よくわかんない。おにーちゃんありがと!」

「おう」
 ▼ 60 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 20:51:27 ID:BJCwKh8w [6/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「これでおかーさん。みつ食べられるよ!」

はしゃぐヒメグマの手にはたっぷり花の蜜が溜まった器。

「こぼすなよ。俺にかけたら承知しねえ」

「ご、ごめんなさい……」

少し脅してみたら、しょんぼりする声。

なんだか申し訳なくなった。

「器、貸してみな」

「? はい」

ヒメグマから岩の器を受け取って、マジカルリーフと草結びで蓋をしてやった。

「これでこぼれねえぞ」

「おにーちゃんありがと!」

ご機嫌良好なヒメグマは再びはしゃぎ始めた。

「はしゃぐのはいいけど、さっさとお母さん探さないといけねえじゃねえか」

「おかーさん……おかーさん、どこ?」

「知るか。だから探してやるんだろうが」

「ぼく、帰れる?」

「知らん……あー、帰れる! 絶対帰れるから! 泣くな、な?」

適当に返したものの、背後からぐすぐすと泣きそうな声が漏れ聞こえて、俺は訂正した。

「ほんと?」

「あぁ」

「よかった〜!」

なんとか泣かれずに済んだ。

背中で泣いて暴れられたら困るどころじゃないからな。

「さて、お前はどんなとこから来たんだ?」

「木がたくさんのとこ!」

曖昧な情報だが、多分森だろう。

月明かりで見えにくいものの、見渡して確認できる森はひとつだけ。

(戻るのは、ヒメグマのために仕方なくだ)

やむを得ない。俺は元来た方へと戻った。
 ▼ 61 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 20:52:36 ID:BJCwKh8w [7/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
来るときは全速力で突っ走った草原を、今度はゆっくりと抜けるとまた森に差し掛かる。

森の入り口、木の下にひとつだけ大きな影があった。

「……あ!」

ヒメグマが声をあげた。

あれが親なのか?

もう少し近づくと、声も聞こえてきた。

「ヒメグマ〜? ヒメグマー! 聞こえたら返事しなさいねー!!」

「はーい!」

大きな影ことリングマがこちらを向いた。

すぐさまその巨体がこちらに向かって走り始める。

恐怖に一瞬体が勝手に逃げかけるが、親だったら攻撃はされるはずないと踏みとどまる。

「よかった、ヒメグマ……っ! あの、あなたは?」

「迷子になってたんで面倒見てました」

「うちの子を、ありがとうございます。ヒメグマ、あなたは夜までどこに行ってたの!?」

こんな夜まで子供が帰ってこなかったら心配も尽きなかっただろう。

体調が悪い、みたいな話だったがそれでもあんなダッシュを繰り出すのだ。親はすごい。

ヒメグマを下ろしてやった。

ヒメグマはおずおずと器を差し出す。

「これ……おかあさん、げんきになると思って」

「……? これは、花の蜜?」

「うん! えいようたっぷりって教えてもらったから!」

死ぬほど心配したからとて、子供の健気さには敵わない。

しばらくリングマは器を持ったまま言葉も出ない様子だった。

「…………もう、バカね。ありがとう……!」

俺が聞いた中で世界一優しい「バカ」だった。

俺は全く関係なくて、この場においては空気も同然なのに、それでもなおそう思った。

「うん!」

「でも! 一人でこんな遠くまで来ちゃいけないのは言ってあったわよね?」

「ご、ごめんなさい……もう、しない……」

しつけはまた別件、と。このリングマは、いい母親なんだろう。
 ▼ 62 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 20:52:51 ID:BJCwKh8w [8/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ぐすぐすとまた泣き始めたヒメグマも、いいポケモンになりそうな、そんな気がする。

「よし。……本当にありがとうございます。うちの子、すぐ泣くから大変だったでしょう?」

「あー、まぁ泣いてはいましたけど。そこまで厄介ではないですから。……俺も、暇でしたし」

「そうですか。助かりました。あなたがいてくれなかったら、今頃どうなっていたか……。お名前、お聞きしてもいいですか?」

名前。

つまりは俺の情報。

「いえ。俺の名前なんか聞くに値しませんよ。忘れてください」

俺の名前なんか知ったって、ロクなことはない。

俺が今までロクなことしてこなかったんだから。

食い下がられても困るので、俺はさっさとその場を立ち去った。

「あ……その、ありがとうございました!」

リングマの声を背中で受けながら、走った。
 ▼ 63 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 20:53:45 ID:BJCwKh8w [9/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
……俺は何をやっているんだろうな。

子供1匹助けて、何を。

別に悪いことをしたとは思っていない。

だから後悔、とかではないんだが。

散々悪いことをしてきて、今更。

焼け石に水、というか。

そんな気分になった。

ジュプトルをあんな風に傷つけて逃げて、向き合おうと決めた自分からも逃げた、俺がな。

柄にもなく撫でてみたりなんかして。

――それで贖罪のつもりか。

ジュプトルがやるように振る舞ったって、ジュプトルには何も返らない。

それに、もやもやはもういくつか。

散々今まで詐って塗り重ねて作り上げていた仮面を、俺は今回つけなかった。

そりゃ仮面はすり寄るためのもので、ヒメグマにはすり寄っていないから当然なんだが。

おにーちゃん、とヒメグマに呼ばれた時、あるべき違和感はなかった。

それもそうだし、その時は何も思わなかったものの……なんでジュプトルの話を考えた?

仮面をつけるたび、俺は罪悪感に苛まれて、それでも俺は仮面に隠し続けて。

仮面をつけているのが普通のはずなのに、仮面の下を見られても違和感がない。

……俺は、仮面を取りたい。

そうか。俺は、仮面を取りたい、のか。

次は。次は、詐らない。

ジュプトルのことは申し訳ないが、仕方ない。もう、終わってしまったことだから……。

もう、巡り会うこともないだろうしな。
 ▼ 64 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 20:55:11 ID:BJCwKh8w [10/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……あ?」

俺自身何を考えたかったのかわからない、まとまらない思考の沼をもがきながらさまよい歩いていて、ふと気づく。

ここは、どこだろう。

ただの草原だ。それ自体はなにかあるわけでもない。

でも、俺はツキミソウのあるあの花畑へ戻ったつもりだったのだが。

どこをどう間違えたんだ。

「はは、俺も迷子じゃねえか……」

思わず、苦笑い。

さっき助けたヒメグマと同じ状況に俺が陥るとは夢にも思わなかった。

もっとも、俺は適当にその辺で過ごせばいい。

ヒメグマと違って帰る場所があるわけでも――



「ジャノビー……っ!」



背後から、幻聴が聞こえた。

今更俺なんかについてきているはずのない声。

振り向く。

そこにいたのは、幻でも亡霊でもなくて。

「ジャノビーっ!!」

そんなに距離が遠いわけでもないのに、ジュプトルは力の限り俺に叫ぶ。
 ▼ 65 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 20:55:54 ID:BJCwKh8w [11/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……何しに来た。裏切った俺を殴りにでも?」

我ながら、誰も寄り付かないような嫌な声だった。

ジュプトルは一度だけゆっくり首を横に振った。

「違うよ。ジャノビーと、話に来たの」

一歩。また一歩。

ジュプトルが俺に近づいてくる。

同じ速度で、俺もじりじりと後退する。

「俺なんかと何を話すっていうんだ」

「たくさんあるよ!」

「……最後の話くらいは聞いてやる」

ぴたっとジュプトルの動きが止まった。

「ジャノビーは、優しいよね」

「俺がお前に何をしたか、聞いてなかったのか?」

どう勘違いしたら俺が優しいなんて結論に至るんだ。

「迷子のヒメグマの面倒見てた」

「……見てたのか」

跡をつけていたのか。

ジュプトルはいないと、何度も確認したはずなのに、どうやって?
 ▼ 66 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 20:56:12 ID:BJCwKh8w [12/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「撫でてあげてた」

「……あれは」

「リングマさんのところまで連れてってあげてた」

「……ジュプトルならそうするだろうなと思って」

言い訳しようとして、とっさに浮かんだ言葉をそのまま口にする。

が、そのせいで意味がわからない言い訳だ。

なんでここで全く関係ないジュプトルが出てくるんだよ。

「僕……?」

「なんでもねぇ。なんも関係ねぇから」

「僕だったら迷子を助けそうだって思ってくれてたの?」

「知るか」

ジュプトルはふふ、と小さく笑って、また俺に近づき始めた。

「ジュプトルは、あまのじゃくだよね」

「あ? まぁ特性はな」

「違うよ。優しいのに、優しいって言わないとこ」

「はぁ?」

俺は、優しくなんかない。

それを信じないお前がおかしいだけだ。

黒いモヤモヤが俺を包んで、チクチクと刺し続ける。

その見えない黒い霧が俺に入り込んで、俺をたまらなく焦燥させる。

「それに、ずっと嘘ついてたって言ってたけど、そんなことないでしょ。夕焼け見た時とか、ゴスのみ食べた時とか、あと追いかけっこした時とか。他にも、たくさん。毎日優しいって思ってた。嘘ついてる顔じゃなかったよ。僕が♀だって分かった時に抱きしめてくれたのだって……嘘でも、優しいよ。嘘の方でも優しいなら、ほんとはもっと優しいと思う」
 ▼ 67 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 21:07:38 ID:BJCwKh8w [13/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……俺は優しくなんかない。俺の都合で、勝手にお前を振り回すようなポケモンなんだ」

ありえない。許されていいはずない。

俺は首を横に振って、否び続ける。

「……もう知ってると思うけど、僕、後付けてたんだ。ジャノビーはもう僕と会いたくないかもしれないのに」

「何が、言いたい」

言葉に詰まって聞き返す。

ジュプトルははっきりとした声で言い切った。

「僕も、自分勝手だから」

「…………」

「これからもずっと一緒にいてほしくて、追いかけてたんだ。勝手にだよ。しかも、木の上で、見つからないようにして……ごめんね」

「……………………」

「♂だって聞いた時、ジャノビーは決心して打ち明けてくれたはずなのに、僕は……♂でちょうどよかった、なんて思っちゃった。僕も、自分勝手。だから、おあいこじゃダメかな」

「……俺は、」
 ▼ 68 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 21:14:33 ID:BJCwKh8w [14/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「僕、やっぱりジャノビーのこと好きだよ。ほんとのジャノビーのこと聞いても。だから、どうか……一緒に、いてください」

頭が真っ白になって、言葉が紡がれない。

心の中がその言葉で全て埋め尽くされてしまったみたいに、息ができなくなる。

畏れにも似た、でも決定的に違う何かが混ざった、そんなぐしゃぐしゃの塊が俺の中で跳ね回る。



「俺は……を、許して、くれるのか?」



混乱のせいでまともな文章も作れない。

ただただ、信じられなかった。

ジュプトルは、騙して俺が楽をする駒にさせられたはずなのに。

俺が最低のことにジュプトルを利用したはずなのに。



「許す。許すよ! ジャノビー……っ!」



ジュプトルが俺へ向かって走り寄る。

俺はもう後退しなかった。

走る勢いそのままにジュプトルに抱きつかれて、よろける。

「あ、あぁっ!?」

呆けていたからとっさにバランスが取れなくて、俺たちは揃って草原に倒れこんだ。

手だけはジュプトルに繋がれたままだった。
 ▼ 69 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 21:15:09 ID:BJCwKh8w [15/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ふふ、あはははは!

ジュプトルは1人笑い出す。

不思議と騒がしくは感じない笑い声を聞きながら、色が薄まりつつある空をぼーっと眺める。

「ふ、ふふふ……。じゃあ、僕が勝手に一緒にいてほしいって思ったことは、許してくれる?」

「あぁ。許すよ」

ジュプトルの声を聞くたびに、心の中のぐしゃぐしゃがバネブーのようにぽよよんと跳ね続ける。

でも、もう俺は黒い霧を払おうともがかなくてもよくなった。

ジュプトルが払ってくれたのだろうか。

俺が今までつき続けてきた嘘は、無駄じゃなかったのかもしれない。

散々悩んできた自分の今までの暮らしにさえそう思えてしまうほどに、晴れ晴れとした気分。

横に倒れたジュプトルをちらっと見る。

ジュプトルの後ろの空は、もう夜の色が消えて鮮やかな薄紫に染まっていた。

「……あ、赤くなってきた」

いわゆる、朝焼けというやつだ。

淡く静かに燃える空は、ジュプトルと会った日に見た夕焼けよりもずっと綺麗だった。

夕焼けは、太陽が沈む直前。これから夜になるための最後の輝き。

朝焼けは、太陽が生まれる前兆。新しい日が始まる生命の輝き。

「ほんとだ。綺麗だね!」

ちらりと空を見て、すぐさまジュプトルは俺に視線を戻す。

そして、ニッコリと、最大級の花笑みを見せた。

一面咲き誇る花畑よりも綺麗で美しいその表情を例えるなら、まさに。



(まさに、ブルームシャインエクストラ)


 ▼ 70 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 21:15:29 ID:BJCwKh8w [16/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







 ▼ 71 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 21:16:14 ID:BJCwKh8w [17/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
後書き
以上でジャノビージュプトルSS完結となります
結びまで見てくださって本当にありがとうございました!
今回は完結させてから落とす形式だったので待ち時間が少なかったでしょうか
いつもお待たせてしてしまってたのでこれからもなるべく完結させてから落としたいです

月夜に揺れるツキミソウ、綺麗ですよね
込められた意味は別にしても
僕は夜より朝焼けが好きなんですけども(自分語り)

ニンフィアがジャノビーと同じように性別詐称するSSがもうBBSにあるのを知ったのは書き終わってからでした
別にパクってはないのですが申し訳ないです

後書き、毎回書いてますけどどうなんでしょうか
個人的には物語から現実に戻るまでの余韻を楽しませてくれるものとして必要だと思ってるのですが
賛否は両論だと思います

あとがきもそろそろ結びます
自己満後書きまで読んでいただいて本当にありがとうございました
またお会いしましょう!
(エルフーンドレディアはもう少し続けようかと思います)
それでは、さようなら
 ▼ 72 羽真◆9nlytNSHx. 19/05/30 21:16:36 ID:BJCwKh8w [18/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
このSSは『御三家SS企画・くさタイプ部門』に参加しています
参加宣言は必要ないとのことでしたが、このSS以外にもたくさんの御三家SSが投稿されますのでぜひぜひそちらも読んでいただきたく思います
↓御三家SS企画スレURL
http://pokemonbbs.com/sp/poke/read.cgi?no=973976
 ▼ 73 ノンド@きのみプランター 19/05/30 21:56:04 ID:./bMcN6A NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
乙!!良かった!!
性別詐称SSはよくあるから気にしなくていいぞ
 ▼ 74 ギルダー@モモンのみ 19/05/30 22:40:01 ID:vT8U2Or. NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
乙!
めっちゃ面白かった!
このページは検索エンジン向けページです。
閲覧&書き込みは下URLよりお願いします。
https://pokemonbbs.com/post/read.cgi?no=984628
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