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SS

【寒い日SS】グラジオ「俺は、もっと、お前の心配が、していたい……っ!!」【グラミヅ】

 ▼ 1 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/12 20:40:08 ID:KBJWkvu. [1/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「クロバット、クロスポイズン!」

少年の緊迫した声が場に響く。

呼応して、上空を猛スピードで飛翔するクロバットが、その4枚の羽を毒々しく染め上げる。

そして、少年の声に被せるように発せられた、鈴のように可憐な声。

「コケっち! 避けて!」

瞬間。

クロバットよりも少し低空で、圧倒的な存在感が爆発して撒き散らされた。

クロバットの真下を黄色の残像が横切る。

「後ろ、斜め下!」

クロバットが振り向き、そのまま何もない虚空へ突進し始める。

とその時、クロバットの進行方向に黄色い影が割り込んだ。

残像の移動コースを予測しての指示。確かな実力だ。
 ▼ 2 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/12 20:40:23 ID:KBJWkvu. [2/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「受け止めてっ!」

少女側が焦ったような声をあげた、コンマ数秒後。

衝撃波が二人の体を容赦なく打った。

顔を腕で守りながら、様子を伺う。

2匹のポケモンがが空中に静止している。

一方は、黄色の残像の正体である、カプ・コケコ。

もう一方は、ぬらぬらと紫に光る羽をカプ・コケコに押さえつけられてもがくクロバット。

少年よりワンテンポ遅れて状況を確認した少女がにやりと口角を吊り上げた。

「10万だよコケっち!」

全部言うのももどかしかったのか、10万ボルトを短縮した指示が飛んだ。

同時に黄色の閃光が空間を目一杯に明るく照らし出した。
 ▼ 3 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/12 20:40:48 ID:KBJWkvu. [3/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ◇ ◇ ◇

「……負け、か」

地上に力なく落ちたクロバットに歩み寄り、クロバットを軽く撫でてからボールに戻す。

完敗だった。

手持ち6匹フルで挑んで、倒せたのはたった2体。

不甲斐なさすぎる。

食い縛った歯がギギギ、と擦れた。

「――グラジオ」

同じくカプ・コケコを労ってボールに戻したミヅキがつかつかとこちらに歩み寄る。

年頃の少女らしからぬ鬼気迫るような表情に、俺は思わず一歩体を引いてしまった。

「これで……カントーへの船、出してくれる?」

「……そもそも、俺は負けたら出してやるなんて約束もしていないはずだ。お前が勝手にバトルを仕掛けてきただけだろう」

「…………勝ったら船を貸してって、お願いしたじゃんッ!」

ややヒステリックに叫ぶミヅキは、一転して今にも泣きそうな顔をしていた。

「悪いがこっちとしても財団の信頼を立て直す時期だ。私用で財団の船は出せない」

一貫して断らざるを得ない状況だったが、正直心苦しかった。

こいつの境遇を、俺はもう知ってしまっている。

「なんで……よ……」

黙っていたミヅキが口を開け発した声は、絞り出すような掠れたものだった。

ミヅキの頬を一筋の光が流れる。

「なんで……なんで……みんなで、わたしばっかり除け者に……!」

押し殺してもなお抑えきれずに溢れ出してくる怨嗟の声。

俺だって、断らなくていいなら断りたくはないのに。

「俺は除け者になんかしてない。でも……ダメだ。財団の職員全員の働き口を勝手な行動で潰すわけにはいかない」

もう、突き放すしか方法はなかった。

いつの間にか降っていた雨が、屋根を強く打ち鳴らし始める。
 ▼ 4 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/12 20:41:11 ID:KBJWkvu. [4/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「…………」

ミヅキの瞳から、光が消えたように感じた。

「…………グラジオなら、助けてくれるって、思ったのにな……」

居心地が最悪を極めたような雰囲気の中、ミヅキがつぶやくように濡れた声を出す。

痛々しいあざがいくつも刻みつけられている腕をもう片方の手で押さえつけるように握る仕草はとても頼りなく、儚げで。

泣きそうなのを必死にこらえているように歪められた顔が、余計に俺の罪悪感を煽り立てる。

例えるなら――ペット不可のマンションに住んでいるのにどうしても捨て猫から目が離せないような、そんなもどかしい気分だ。

「……すまない」

俺には、謝ることしかできなかった。
 ▼ 5 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/12 20:44:20 ID:KBJWkvu. [5/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
これ以上酷くはならないだろうと俺が勝手に考えていた雨は、逆にその音を激化させていく。

しかし、そちらに脳の注目が動いたからか、対照的にミヅキは少し落ち着いたようだった。

「……ごめんなさい。グラジオも、大変だよね。分かってたのに……」

そんな謝罪を聞いて、俺は密かに息を詰まらせる。

さっきまでどうやってミヅキを説得して帰ってもらおうか、なんて考えていたのに、そう簡単に引かれてしまうとそれもなんだか腑に落ちない。

そもそも、ミヅキの方が大変さは上なのだ。なのに、なんで気を遣ってもらっているのは俺なんだ?

……情けない。

なんとかして理由をひねり出すべく、俺はしばらく思案した。

「…………グラジオ?」

「……はぁ。とは言っても、部外者を載せることはやっぱりできない」

「そう、だよね。……わたし、もう帰るね。時間を取らせちゃって、ごめんなさい」

くるりと背中を向けるミヅキを、俺は呼び止めた。

「待て。逆に言えば、部外者じゃなければ乗せてやれないこともないってことだ」

「……!」

「うちの手伝いをするっていうなら問題はないだろう」

「……ほ、ほんとに?」

「バトルの腕は誰からも信頼されてるんだ、そこを買ってやればいい。流石にこれならバッシングもできないはずだ。……どうする?」

脳漿を絞りに絞って出したのは、こんな案だった。

苦し紛れにしては上出来ではないだろうか。

後はミヅキの返事を待つだけ。

「……ありがと」

彼女は、控えめに微笑んだ。

思わず漏れてしまった、というようなそんな笑み。

さっきから辛そうな顔ばかりしていたミヅキが見せた、年相応の表情。

俺は少し安堵した。
 ▼ 6 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/12 20:48:06 ID:KBJWkvu. [6/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「代表ー! だーいひょーー?」

外からおっとりとした声が聞こえて来た。

「あ、ビッケさんだ」

ミヅキの呟きは多分聞こえていないだろうが、ビッケがこちらに気づいて走ってきた。

……相手はビッケだ。別に目のやり場に困ったりすることはない。

「代表、ここにいらっしゃいましたか」

「……代理だ。俺は代表じゃない」

「これで良いんですよ。職員のみなさんも坊っちゃまのことは信頼していますから」

「……やっぱりやめてくれ」

「そうですか? もっとも、代表でも代理でも、坊っちゃまは坊っちゃまですから。安心してください」

「……その坊っちゃまっていうのもやめて欲しいんだが」

俺の切実なお願いには答えず、ほほほ、とビッケは穏やかに笑った。

ビッケの笑いを見ると、慈愛に満ちた微笑みとはこういう表情を言うのだろう、といつも思う。

見透かされているような気がしたし、返答もないので俺にはあまり面白くなかったが。

「…………。それで、なんで俺を探してたんだ?」

「そうそう、そうでした。他の職員の皆さんはもうみんな仕事を切り上げた様子でしたので、坊ちゃまもそろそろお休みになってはいかがかと」

言われて俺は左腕に付けた時計を確認した。

時刻は9時半過ぎ。

確かに仕事をするには遅い時間だ。
 ▼ 7 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/12 20:51:52 ID:KBJWkvu. [7/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
しかし、俺は緩く首を振る。

「悪いが、まだ今日中にやっておきたい仕事が残っている」

「今日こそそうはいきませんよ? 坊ちゃん、最近疲れが溜まっているのではありませんか?」

「否定はしないが……」

確かに睡眠時間もロクに取れていないので疲れていることは自分でも分かっている。

それでも、俺にはやるべきことがあるのだ。

ビッケをどう説得しようかと考えていると、ぴんぴん、と袖口が引かれた。

「わたしも、休んだ方がいいと思うの。戦ってても前みたいなキレがなかったから」

「……! そうか」

今回の完敗は、ミヅキが成長したからだけではなかったのか。

どうやら俺のせいでポケモン達に迷惑をかけてしまったらしい。

「……分かった。今日はもう休もう」

「それは良かったです。そうと決まれば、早くお部屋に戻られてはいかがでしょう?」

「あぁ。そうする」

ビッケの勧めに頷くと、袖を引っ張っていた力が離れた。

「じゃあ、わたしも帰るね」

言いつつスタスタと早足でミヅキは去っていく。

元々話すのが苦手だったせいで、別れの挨拶のタイミングがよく掴めなかった。

「お気をつけて〜」

ビッケは構わずミヅキに手を振って見送っている。

話すだけ話していって、まるで嵐みたいなやつだ。
 ▼ 8 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/12 20:55:38 ID:KBJWkvu. [8/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――嵐?

「おいミヅキ、待て!」

慌てて呼んだせいで、怒ったような大声になってしまった。

ぴくりと華奢な方が揺れる。

「な、なに……? えっと……わたし何かしちゃった?」

小動物のように怯えた表情を見せられて、俺は慌てて取り繕った。

「あ、いや、お前が何かしたわけじゃない。ただ、こんな雨でリザードンは飛べるのかと思ってな」

島同士の移動に使われる空を飛ぶのライドギアは、リザードンが担っている。

そして、ここは海のど真ん中に浮く人口メガフロート。島まではかなりの距離がある。

そんな距離で、小雨ならまだしも、屋根が轟音を発しているような土砂降りの中でリザードンに仕事をしてもらうのは酷ではないのか。

「それに、真冬だぞ。風邪を引くだろう」

いくら暖かいアローラといっても、冬まで快適なわけがない。

雨に濡れたまま夜冷えした大気に触れていれば、体温なんてすぐに持っていかれてしまう。

ミヅキもビッケもまるで雨に気づいていなかったようで、ぽかんと口を開けていた。

「あらあら、帰れますか?」

「多分帰れないです……ど、どうしよう」

眉をハの字にして俺とビッケを交互に見るミヅキ。

「ビッケ、職員用のベッドに空きはあるか?」

「いえ、今日はなかったかと……。合いているの代表のベッドくらいですね」

一瞬、ビッケが俺のベッドにミヅキを寝かそうとしているのかと勘違いしてしまった。

そんな訳がない。母さんのベッドのことだろう。

「……こうなるから代表と代理を分けてくれって言ったんだ。で、ミヅキ。母さんのベッドでよければ泊まっていくか?」

「あ、えと、じゃあ……お願いします」

「分かった。ビッケ、案内しといてもらえるか?」

「分かりました。ミヅキさん、こちらへ」

ビッケとミヅキが所有者不在の母さんの部屋へ向かうのを少しだけ見届けて、俺はさっさと自室に引っ込んだ。

着替え、翌日分の着替えを置いてからベッドへと倒れ込むと、すぐに俺の意識は眠気に飲み込まれていった。
 ▼ 9 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/12 21:00:13 ID:KBJWkvu. [9/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
今日はここまで

グラミヅSS書いていきます
書いていく、と言っても今回はもう書き溜めで書き終わっているため
5日かけて毎日20:30に落としていきます
なおスレタイ詐欺はないです
 ▼ 10 かちう◆Xq21k6pIJA 17/08/12 21:19:19 ID:eQsLaSFk NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
グラミヅ大好きです……!
支援
 ▼ 11 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 20:53:08 ID:lUcYyPFc [1/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――――ジリジリジリジリッ!

突如。騒々しく耳障りな音が頭を叩いた。

意識が急速に覚醒へと引っ張り上げられる。

揺れる意識の中、俺はその音の正体をぼんやりと考えた。

(…………目覚まし時計か)

原因が分かった途端更にうるさく感じ始めた。

騒音を聞かされた仕返しに目覚ましのスイッチを叩く。

ベッドから降りて、用意されていた服を少し荒々しく掴む。

――よくよく考えてみれば、目覚まし時計はこっちが設定した通りの働きをしているだけだよな。意図的に不快な音を出させられてるのに仕返しに叩かれて、ちょっと不憫かもしれない。

取り留めのない思考を広げているうちに、いつの間にか着替えは終わっている。

少々時間を損をした気分になりつつ、俺は頭の芯に居座る眠気を追い払うべく外に出る。
 ▼ 12 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 20:55:39 ID:lUcYyPFc [2/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
今はもう雨は止んでいるが、夜通し降っていたのか外周はまだ濡れに濡れていた。

足元は水でツルツルとしていて、靴を踏むたびにきゅっきゅっと音を立てる。

気を抜けば滑ってしまいそうになるのは注意しなければ。

天を仰ぐと、朱と紺がぐるぐるに混ざった、明けきらない空が広がっている。

朱の方には紫色の雲が、紺の方には光る星々がそれぞれの空に加勢して華美を争っている。

夏ならもうとっくに太陽が双方をなぎ払って空に席巻しているはずなのに、冬は不便だ。

一回、二回と深呼吸をする。

元からの寒さと雨でキンキンに冷やされた空気が肺に流れ込んでくる度、意識が明瞭になっていく。

やっと仕事をやる気が出てきた。

振り返ると、エントランスにミヅキが降りてきている。

「あ、グラジオ。……おはよう」

眠いのか、それとも何かあったのか、テンション低めな声。

ゆっくりとこちらに歩いてきて――

「――わひゃっ!?」

素っ頓狂な声とともに俺の目の前で濡れた床に足を滑らせた。

そのまま、ミヅキは後ろへと倒れて行く。

「っ!」

反射的に足を踏み出して、限界まで左手を伸ばす。

手の先に柔らかく温かい感触が乗っかった。

後は体制を立て直すだけだと踏ん張ろうとして、気づく。

こんなにつんのめっていて踏ん張れるわけがないのだ。

そのままミヅキの体に手を押され、俺はビショビショの床に倒れ込んだ。

びしゃ、と水音が弾け、服が一気に冷たくなる。

空いていた右手をなんとか地面に叩きつけて衝撃を和らげる所まではよかったのだが、そこへミヅキが降ってくる。

俺の左半身にミヅキの右半身が重なる。
 ▼ 13 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 20:58:57 ID:lUcYyPFc [3/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
いくらミヅキが他人より軽いとはいえ、やはり人間の体重となればそれなりの衝撃はあった。

「っく……だ、大丈夫か?」

パニックで脳に俺の声が届くのに数秒かかっているのか、ミヅキは少し遅れてバネ人形のように勢いよく飛び起きる。

「ご、ごめんなさい! 悪気はなくて、そ、その、あの、本当にごめんなさい! 許してください!!」

こっちへぺこぺことすごい勢いで頭を下げてくる。

急に尋常ではない剣幕で謝られ、こちらの方がびっくりしてしまった。

「……ど、どうした? 別にそんな謝るほどのことじゃないだろ」

「…………ぁ」

ハッと我に返ったように動きが止まった。

瞬時にその色白な顔が朱に染まる。

「……癖、でさ。ごめんなさい」

ぼそぼそと呟いた言葉。

その中の癖、という言葉が脳裏に引っかかる。

何故あんな「癖」がついてしまったのか。

その理由を少し考えて、それから俺は慌てて取り繕った。

「そんなのはどうでもいい。怪我とか、ないな?」

「う、うん。怪我はないよ。グラジオのおかげ」

「そうか。そりゃ良かった」

「グラジオは……?」

「俺は特に問題ない」

しかし、俺が打ちつけた右手を揉んでいるのをミヅキは見逃さずに拾い上げてしまう。

「……でも。右手、痛そうにしてる」

言われて、自分が自分の手を押さえているのに気づく。

誤魔化すなら、こういうのも無くさないといけなかったのに。

「打ち付けた程度じゃ何もならないから大丈夫だ」

ミヅキがしょんぼりしたような表情になった。
 ▼ 14 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 21:01:10 ID:lUcYyPFc [4/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
……服も濡らしちゃったし、わたし、グラジオに迷惑かけすぎだね……。忙しいのに足引っ張っちゃって、ほんとにごめん」

別に俺はこの程度迷惑とは思っていないのだが、ミヅキには罪悪感があるらしい。

フォローなんてどうすればいいのかなんて、俺にはよく分からない。

「服は俺よりお前の方が問題だろ。俺は代えくらいあるからいいが、お前のは今手元にない」

「た、確かに……。取りに戻らないと」

濡れた服からライドギアを探り始めるのを、制止する。

「濡れた格好でこんな夜明けを飛ぼうとか正気か。風邪引くだろうが」

ぴくりと手の動きを止めて、ミヅキはこちらを見た。

おずおずと控えめに、反論してくる。

「で、でも濡れたままでも風邪引いちゃうし……」

「着替えならうちの制服を貸せる。それを着ろ」

「え、借りるのは申し訳ないよ……」

「どうせこっちで働いてもらう時に着る。ちょっと時間が早まっただけだ」

「そ、そっか。それなら……」

やっと納得してくれたらしい。

別に、貸すくらい幾らでもやってやるのだが。

「着替えを取りに行く。着いて来い」

「うん、分かった」

後ろに足音を引き連れて俺は更衣室へ向かった。
 ▼ 15 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 21:03:41 ID:lUcYyPFc [5/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
着替え終わってエントランスで待っていると、パタパタとミヅキが走ってくる。

「着替えられたか?」

「うん……なんかいっぱいポケットとかついててちょっと邪魔だなー」

「職員的には割と便利らしいから勘弁してくれ」

ミヅキはスカートを伸ばしてみたり、足に巻き付けてあるポケットをずらしてみたりと服を調整していた。

いつも同じ服装しか見たことがないので、少し新鮮だ。

「それで、この後どうすればいいの?」

「すぐに仕事がある」

「え、もうやるの? 早いんだね」

「いつもはこんなに早くない。今日は特別な仕事でな」

「そっか。わたしは何をすればいいの?」

「簡単に言うと、用心棒ってとこだ」

「用心棒……?」

ミヅキが怯えたような目になった。

用心棒というとどうしても要人警護に当たっている屈強なSPを考えてしまうからかもしれない。

「ポケモンバトルになった時のためだ。それならお前の方が強いだろ? 素手なら俺がやる」

「そっか、ちょっと安心した。っていうか、グラジオ素手要員?」

その微妙な苦笑はどういう意味なのか。

「スカル団にいた時はそれなりに機会があったからな」

素手の戦闘スキルは持っていて悪いことはないが、人を傷つける方面以外で役立つことは少ない。

あまり使いたくはないのだった。

昔のことを掘り返されてなんとなくきまりが悪くなって、俺は向こうの床に目線を移した。
 ▼ 16 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 21:06:15 ID:lUcYyPFc [6/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
それを知ってか知らずか、ミヅキが視線に割り込むように目の前に移動して来た。

ふわりと甘く香るほどの距離で顔を覗き込んで、からかうように無邪気に笑う。

「じゃあ、わたしのことも守ってね?」

瞬間、心臓が幽霊にでも取り憑かれたように不可解な動きを始める。

意識しなくても分かってしまうくらいに大きく拍動する。

その原因が全く分からなくて、俺の脳はどんどん混乱していく。

「ん? どしたの?」

首を傾げたミヅキの声でやっと我に返ることができた。

「……いや、何もない。そんなことより、お前はナマコブシ投げのバイトやったことあるか?」

誤魔化しに、話を元の路線に戻そうと試みる。

「あるよ。ずっと前だけどね……」

「じゃあ、最近はあんまりナマコブシ投げが行われてないって知ってたか?」

「えっ、そうなの? 名物だったのになんで?」

「ナマコブシの密漁が横行して個体数が激減したせいでビーチに上がって来なくなった、って言われてる」

「確か干しナマコブシは高級品なんだよね? でも、許せない……っ!」

「そこでナマコブシの保護をしようって訳だ」

「密猟者とバトルになるかもってことかぁ。わたしも頑張るよ」

「頼んだぞ。それじゃ、行くか」
 ▼ 17 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 21:08:44 ID:lUcYyPFc [7/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
船着場は下なのでエレベーターの元へ向かったが、あいにく使用中のようだった。

仕方なくゆっくりと階段で降りることにした。

船着場は地下一階なのだが、階層ごとが普通のビルなんかの3倍はあるので実質3階分くらいの階段を降りなければならないため、時間がかかる。

鉄製の階段を踏むたびに、たん、とん、と軋んだような音が反響する。

「ね、今から行くのってさ……その、何人?」

斜め後ろから聞いてきたミヅキの質問の意図がよく分からなかった。

何人かを知ってどうしようというのか。

だが、答えても減るものでもないし、とりあえず疑問は放置しておくことにした。

「船の運転をするやつを除くと俺とお前だけだが。無闇に職員を危険なところに連れて行きたくないしな」

「うん……!」

「やっぱ2人だと不安か? 実際に密漁者に会うとも限らんし、大丈夫だとは思うんだが」

「ち、違うよ! 別に2人で大丈夫だし」

「……? ならいいが」

やはり、いまいちミヅキの考えていることは分からない。

シルヴァディのが考えていることの方が分かるくらいだ。

とそんなこんなで、船着き場に到着。

金に光る財団のロゴと喫水線より下以外は一面真っ白という船がいくつか並んで停泊している。

一番手前の船へ乗り込むと、立っていた財団の職員がこちらに気づいて恭しく一礼してきた。

「いらっしゃっていたのですか。気づかず申し訳ありません」

「そんなのは別にいい。もう出発できるか?」

「はい。準備は整えてあります」

「そうか、お疲れ様。こんな早くから悪いな」

「いえ、財団のためですから」

さっぱりとした笑みで職員は言い切った。

本当に、みんな頑張ってくれている。

操縦席に着いた職員が出発の声を一言掛けると、船はゆっくり動き出した。
 ▼ 18 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 21:11:30 ID:lUcYyPFc [8/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「わ、久しぶりだなぁ……!」

ハノハノリゾート前に停泊し、そこから誰もいないビーチに来るとミヅキが楽しげな声を漏らした。

「今回は観光できないけどな」

そう釘を刺して、俺はあるものを差し出す。

「ん、これは……?」

「ダイビングスーツだ。潜ってナマコブシを探すからな」

ミヅキの目がまん丸に開かれた。

驚いた顔のまま固まっている。

漫画だったら顔中から汗が出ているんじゃないか、というほどのリアクションが何秒か続いた後、俺を揺さぶらんばかりの勢いで俺を問い詰めてきた。

「え、え、ちょっと待って! 泳ぐの!?」

「当然だろう。最近ナマコブシがビーチに上がって来なくなったって話はしたばっかだぞ」

「う、言われてみれば……」

まさに苦虫を噛み潰したよう、という表現がぴったり合う表情と声音。

何かを隠すように目線を逸らしている。

「もしかして、泳げなかったりするのか?」

ミヅキの方がギクリと飛び跳ねた。

躊躇った後、こくりと小さく首が縦に振られる。

「……まぁ、今日は波もあまりないし俺に捕まってればなんとかなるんじゃないか?」

「……ここで待ってるのは?」

「ナシだ。お前1人で放置は出来ん。かと言って船に戻られるとバトルになった時に困るしな」

「うぅ……大丈夫かな……」

俺が服を着た上からそのまま来たのを見て、ミヅキも渋々それに習った。

ちなみに、俺たちが着たのはドライスーツという種類らしく、海に潜ってもスーツの中は濡れないのだ。
 ▼ 19 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 21:15:05 ID:lUcYyPFc [9/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「それで、ナマコブシの保護って言っても何するの?」

「あぁ、このバッグにエサとエーテルのボールが入ってる。まずはエサで警戒心を解いて、ボールに入れるんだが……」

「ボールに入れちゃうの? それじゃ捕まえたことにならない?」

「いや、こいつだとそうならない様に設定してある。野生のポケモンを一次的に運ぶためのボールでしかない」

「そっか、じゃあ捕まえればいい?」

「いや、手間はかかるが、自分から入ってもらってくれ。懐いてくれていた方が世話がしやすい」

「分かった。ポケモンと仲良くなるのは得意だよ」

「頼もしいな。俺にはどうもうまく出来ん」

マスクをつけ、呼吸用のタンクをそれぞれ背負い、波打ち際まで進む。

色々と道具が入っているポーチから防水のライトを二つ取り出して点け、一つを後ろに差し出す。

「入るぞ」

腕に軽く柔らかいものが巻きついてきた。

海の中へと一歩踏み出すと、足首に水圧を感じる。

進むたびに海はどんどん上がってきて、ついに頭まですっぽりと覆われてしまった。

腕を握る力が少し強くなる。

水中では会話ができないので、ジェスチャーで海底を指差し、ナマコブシを探すよう指示する。

二条の光が海底を舐めるように照らすと、その中に、もぞもぞと動いている黒と赤の物体が確認できた。

近寄るとナマコブシもこちらに気づいたようで、警戒心を露わにして睨んでくる。

すると、ミヅキが俺のポーチからさっき見せたポケモンフーズを取り出してそっとナマコブシに差し出した。

一瞬さらに警戒を強めたナマコブシだったが、ミヅキの手が動かないのを見るとポケモンフーズをじっと凝視し始める。

ミヅキは興奮した様子でこちらにサムズアップしてみせた。

掴みが良さげだと伝えているのか、それとも単にナマコブシがかわいいので興奮しているだけなのか。

楽しそうなのでどちらでもいいが。
 ▼ 20 バルドン@つららのプレート 17/08/13 21:16:08 ID:v1GZDG7M NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
前見てたグラミヅSSは失踪しちまったからイッチは完結させてくれると嬉しい
 ▼ 21 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 21:17:45 ID:lUcYyPFc [10/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
再びナマコブシに目をやると、既にミヅキの手のポケモンフーズにかじりついていた。

のそのそとナマコブシはミヅキの手に乗っていく。

(警戒を解く速さが俺の比じゃないな……)

すると、ミヅキがこちらを見て自分の背負っているタンクを指差した。

一瞬意味がわからなかったが、俺の腕に絡みついているもう片方の手がバタバタしていることで察することが出来た。

要するに両手を使いたいから押さえておいてくれ、ということなのだろう。

後ろに回って、のしかかるように上からタンクを押さえつける。

すると、食べ終わったナマコブシの目の前に、空いたミヅキのもう片方の手からボールが差し出される。

(何をしてるんだ? こんな短時間で十分に懐いているはずがない)

本来だったらもっと懐かせてからボールを出すものだ。

ポケモンフーズを一回あげた程度で懐くほど、ポケモンは単純ではない。

(このままだとナマコブシの不信を誘ってしまう可能性もある……)

そんな俺の不安をよそにミヅキとナマコブシの視線がぶつかる。

(言葉も発さずに、コミュニケーションが取れるのか?)

ナマコブシの表情が一瞬迷ったように見えた。

ミヅキは首をかしげると、ボールを置いてナマコブシの頭を優しく撫で始めた。

ビクッとナマコブシが震える。

そして、次の瞬間。



ナマコブシはミヅキの顔へ向かって白い拳を突き出した。

ミヅキの悲鳴代わりにガバゴボと泡を吹き出す。

しかし、その手がミヅキにぶつかる事はなかった。



何故なら、その拳の形は親指を上に立て他の指を曲げた、サムズアップの形だったから。

こつんとナマコブシの手に自分の手を当てて、ごぼごぼと何やら興奮気味のミヅキ。

ナマコブシが、口から出た指先で置いてあるボールのボタンを押す。

ぽひゅん、とモンスターボールが開く間の抜けたような音がミヅキとナマコブシの間に信頼が生まれた証だった。
 ▼ 22 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 21:21:22 ID:lUcYyPFc [11/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
持っているミヅキのタンクを上に向け、一緒に浮上する。

「今のどう?」

「普通なら結果的に良かったでしかない」

「うー……どこがダメだった?」

「いや、お前はそれでいいと思う。ポケモンとすぐに仲良くなるのが俺には出来ないだけだからな」

「あはは、人間とはなかなか仲良く出来ないけどね……」

ミヅキは自嘲気味に乾いた笑みを浮かべる。

「それでもいいんじゃないか? スカル団の連中とは十分に仲がいいだろう」

「そうかなぁ……おっと、こんなこと話してる場合じゃないよね」

これ以上は話さない方がいいと思ったのか、無理矢理に話が逸らされた。

「よーし、もっと仲良くなるぞー!」

おー、と拳を空に突き上げるその様子からは、さっき滲み出ていた暗いオーラなんて一切出ていなかった。
 ▼ 23 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 21:21:53 ID:lUcYyPFc [12/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
太陽がジリジリと高くなってきて、眠っているナマコブシが増えてきたので切り上げることにした。

13匹。7匹も集まればいい方か、と思っていたので約2倍だ。

ぽいぽい見つけてはすぐに仲良くなっていくので、俺の仕事は船のモーターとさほど変わらなかった。

「久しぶりに楽しかった気がするな〜」

帰りの船の椅子に座って足をパタパタと前後に振りながら、ミヅキは楽しそうに言う。

「どう、役に立てた?」

「お前がいなきゃもっと苦戦していただろうな。助かった」

「そっか、なら来てよかった」

隣では途中から一緒に活躍してくれたシャワーズを膝に乗せてひたすら撫でている。

その手つきはこの上なく優しく、シャワーズもリラックスした表情だ。

しかし、それ以降会話が続かなくて、俺は1人なんとなく居心地の悪さを感じた。

何か喋るようなことがあっただろうか。…………思いつかない。

世話話を考えては躊躇う、そんなことを何回か繰り返した。

その間ずっとシャワーズを撫でるミヅキの横顔を眺めていたからか。

ミヅキがふとこちらを向く。

目が合う。

「ん。どしたの?」

「いや。なんでもない」

実際に何もなかったのでそう答えると、ミヅキはすぐにまたシャワーズに目線を戻した。

結局何も言えなかったので、話を続けることは諦めて船の外を見る。

穢れのない碧い海。

透き通るような海は、たくさんのポケモンたちが泳いでいるのが見える。

ちょうどまっすぐ横を見れば、海と入れ替えでグレーの空が始まる。

昨日から雨は止んだものの、まだ空は厚い雲に覆われてどん曇りなのだった。

いくらアローラが暖かい気候とはいえ、こんな真冬に日も出ていなければ空気は普通に冷たい。

一回そう意識すると少し手が冷たく感じて、ポケットに両手を突っ込んだ。

頭に浮かんでくるのは仕事のことばかり。

最近はこうゆっくりできる時間もなかったので、どうも気が急いてしまう。

今やれることはない、と自分を説得して、ほとんど変わらない風景ひたすらを眺めた。
 ▼ 24 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 21:26:43 ID:lUcYyPFc [13/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「グラジオ様ー? 到着いたしましたよー?」

遠くからぼんやりと声が聞こえる。

脳が動き始め、そこが屋内であることに気づく。

だんだんと視界がクリアになって来る。

(……いつの間に寝てたんだ)

ゆっくり椅子の背もたれから背中を離そうとして、肩に違和感を覚える。

ミヅキの頭が乗っかっていた。

「っ……!?」

近い。温かい。近い。

ずっと海にいたからか、心地よい海風のような香りが少しした。

「……起きろ。着いたぞ」

肩を軽く揺らす。

「んんぅ……よく寝れた……」

俺から離れ、眠たそうな半目を擦りながらミヅキは呟く。

「2回めだけどな。到着したから船から降りるぞ」

「ん、分かった……」

船の外に出ると、出迎えがいた。

それも、財団の関係者ではなく。

「ミヅキさーん、元気っすかーーー?」

「もうちょっと静かにしな!」

スカル団幹部プルメリと、同じくスカル団のしたっぱの1人だった。

スカル団といえばならず者集団だなんてよく言われているが、その実態が世間の評価とは食い違っていることを俺は知っている。
 ▼ 25 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 21:29:16 ID:lUcYyPFc [14/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「プルメリさん! したっぱちゃん! 元気ー?」

ぴょんぴょんと船から軽快に降りて、ミヅキは2人のところへ走っていく。

「おかげさまでね」

「元気も何もないっす! 姐さんと来たら毎日のようにノロケやがるんすよ!」

「悪かったね……」

「い、痛いっすよ姐御〜」

「げ、元気そうだね……それで、今日はなんで来たの?」

「用事はもう終わったっすよ?」

「ミヅキがグラジオのとこにお泊まりデートするって言うもんだから荷物持って来てやったのさ。感謝しな」

「でっ、デート!? 違いますよ!!」

「自分、もうノロケ話は飽きたっすよ……」

「ノロケてないでしょ! 違うんだからね……!!」

「はいはい、そういうことにしとくよ。ほら、帰るよ!」

「はいっす! じゃっ、さよなら〜」

「え、え? えっと、じゃーねー!」

ミヅキは腕をぶんぶん振って2人を見送った。

次に2人は船から降りたところに立っていた俺のところに近づいてくる。

「グラジオさんご無沙汰っすー」

「あんたと会うのも久しぶりだね。前までみんなで飯食ってたのに」

あの時代は楽しくないわけではなかったが、あまり思い出したいものでもない。

俺は眉を寄せて渋面を作りつつ返した。

「前、なんて言うほど最近じゃなかったと思うがな」

「細かいこと気にしてるとモテないっす!」

「そうそう。あとは……上手くやんなよ?」

こつんとプルメリに脇腹を小突かれる。

何を上手くやるのか、意味が分からない。

不審げな俺の顔を見て満足げに頷き、プルメリは片手をポケットに突っ込む。

ポケットに突っ込んでいないもう片方の手を後ろ手に振って別れを示した。
 ▼ 26 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 21:32:45 ID:lUcYyPFc [15/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「良かったじゃないか、荷物を取りに行く手間が省けて」

「そ、そうなんだけど……カントーに行くまでここにいてもいいの?」

「別に問題はない。カントーに行くのは明々後日だからな」

「そっか、あと3日しかないんだ……。じゃあ、この荷物どこに置いていい?」

「母さんの部屋に置いとけ。起きてすぐ近くにあった方がいいだろう」

「分かった。運んでくる」

手にあるのは3つのトランクケース。

多いような気もするが、それが全財産だと考えるとむしろ少ない

入っているものも中にはそれなりに重量があるものもあるらしく、3つあることもあって少々運びづらそうにしている。

「悪いが俺は手伝ってる時間が多分ない。できたらビッケを呼んでおく」

「別に1人で運べるよ? 迷惑かけたくないし」

「そうか。大変だったら適当な職員に声かけてくれ。ここの奴らはお前に悪いことは思ってない」

「うん……」

エレベーターに乗って行くのを見届けて、俺も仕事場へ向かった。
 ▼ 27 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 21:50:56 ID:lUcYyPFc [16/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
承認のハンコを押したり、サインを書いたり、そんなことをいくつもやっていく。

ただそれだけなら単純作業なのでまだマシなのだが、長ったらしい契約書だのをいちいち全部読んでいかなければならない。

こんなことをずっとやっていたと考えると、母さんもただの悪い人ではなかったのだと思わざるを得ない。

職場の鍵を閉める22:00ギリギリまで仕事をしていたものの、結局今日も終わらなかった。

幸いやることは書類を読むだけなので、ハンコを持ち出せばやる場所は職場でなくてもいい。

自室の申し訳程度に置いてある机でひたすら消化して行く。



不意に、コンコンと扉が鳴った。

「誰だ?」

「み、ミヅキです」

時計を見てみれば、いつの間にか二時間経っていた。

こんな時間に、何かあったのだろうか。

椅子から離れて扉を開ける。

すぐ目の前に暗い顔をしたミヅキがいた。

パジャマ代わりなのだろうか、緩めの服を纏い、リーリエから貰ったであろうピッピ人形を抱きかかえ、顔の下半分をそれで覆い隠している。

「どうした。何か用か?」

「ううん、別に用があるわけじゃなくて……」

そこでミヅキは口ごもってしまう。

これでは目的がなんなのか全く分からない。

「……まぁいい。仕事中で悪いが、部屋に来るなら勝手に入ってベッドにでも座っててくれ」

「うん……邪魔しちゃってごめんなさい」

「気にしなくていい」

一通り応対はしたので、すぐに仕事へと戻る。

ミヅキは少し迷ったあと部屋に入ってきて、ゆっくり扉を閉めた。

「……グラジオは何時まで仕事してるの?」

「今日は溜まってるからもう少し掛かるだろうな」

「毎日?」

「基本休みはないな。そうでもしないと追いつかない」

あくまで書類を読むことを優先にしながら、脳の余った領域で返答していく。
 ▼ 28 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 21:51:44 ID:lUcYyPFc [17/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
後ろからため息をつくようなしみじみとした声が聞こえてくる。

「……すごいなぁ、グラジオは」

「別に俺は特別なことなんかしていない。それを言ったら俺よりもずっとお前の方が大変だろう」

「ううん、そんなことない。財団の代表なんて責任の重い役割をちゃんと投げ出さないでやってる。……わたしはチャンピオン投げちゃったから」

「……そんなに大それたもんじゃない。やれって言われたからやってるだけの機械と同じだ」

「グラジオは機械なんかじゃないよ!」

ぼそぼそとした声が突然大きくなって、思わず動かしていた目を止めた。

「ご、ごめんなさい……でも、グラジオは機械なんかじゃないよ?」

「何故そう思う」

「だって、グラジオは優しいから」

初めて言われた言葉だった。

今まであまり人と接してこなかったせいか、そもそも自分の評価をもらったこと自体が少ない。

お世辞にも外交的とは言えない性格なので、貰ったとして「無口なやつ」とか「カッコつけてんじゃねえの」とかそんなものだった。

自分でも特にその評価を疑うことも訂正することもしなかったので、余計にミヅキの言葉は謎に包まれている。

「俺の、どこが」

「優しいよ。じゃなきゃ危険を承知でわたしをカントーまで連れてってくれたりしないよ」

「…………」

そうか。俺は、優しかったのか。

こんなの、生きている中で初めて知った事実だ。

普通だったら信じていないだろうが、ミヅキに言われると信用できる気がした。
 ▼ 29 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 21:55:31 ID:lUcYyPFc [18/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……終わった」

今日の仕事がやっと終わった。

今日といっても日付的には昨日だが。

「待たせて悪かったな。それで、どうしたんだ」

ミヅキは隠すようにピッピ人形に顔を押し当て、そのままもごもごと何かを喋った。

「……よく聞き取れんのだが」

流石に人形越しに言われても俺には理解できない。

ピッピ人形を顔から離し、ぎゅっと強く抱きしめる。

目線は足元をうろちょろと動き回り、頬は心なしか紅潮している。

「その……グラジオと、一緒に寝ようと思って」

「…………はぁ?」

思わず喉から間の抜けた声が出た。

だが、それも仕方のないことなのではないだろうか。

まさかこんなお願いをされるなんて、普通思いもしない。

「っ……だ、だから、グラジオと一緒に寝に来たの……!」

「……どういうことだ」

「その、今日船で寝ちゃった時さ、久しぶりに気持ちよく寝られたの。なんでかな、って考えたら、グラジオと一緒だったからかなって」

「……単にいつもと寝る環境が違ったからじゃないのか?」

「そんなことないと思うけどなぁ……。別にグラジオが嫌ならいいの」

耳まで真っ赤にして、顔をピッピ人形で隠して、まるで捨て犬のような潤んだ目で訴えかけてくる。
 ▼ 30 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 21:55:49 ID:lUcYyPFc [19/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ミヅキはそんなこと微塵も考えていないのだろうが、こんな反応をされては俺としてはかなり断りづらい。

「やっぱり、ダメだよね……」

しょぼん、とミヅキの目が伏せられる。

どうするのか、早く決めなければ。

「…………別に、構わない」

「……え?」

「お前がそうしたいなら、勝手にしてくれ」

俺はミヅキを押し退けてそのままベッドに体を投げ出した。

目覚ましがセットされているかを確認して、煌々と点いていたライトを常夜灯に変更する。

いつもより少し壁に寄って、壁側を向いて布団を被る。

少しして、バサ、と布団の端がめくられた。

一瞬冷たい空気が入ってきて、それから温かいものが背中に当たった。

全身を流れる血流の勢いが一気に強くなる。

今朝もあった、あの謎の現象。

布団に2人分の熱がこもっているせいで、真冬だというのに体は熱い。

しばらく無心に壁を見ていたが、そのうちに段々と心臓の動きが緩やかになってきた。

無駄に緊張していた背筋の力が抜ける。

今まで感じたことのないような、安心感が体を包み込む。

不思議な、しかし心地よい感覚。

自然にまぶたがすぅっ、と降りていった。
 ▼ 31 日分終了◆Ju6JKuHffQ 17/08/13 21:56:41 ID:lUcYyPFc [20/20] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
……ガタン……ゴトン……ガタン…………。

規則的に鳴るジョイント音。

手持ち無沙汰で、俺は反対側の窓を見る。

ロイヤルドーム辺りを通っているのか、窓の外では活発に人々が行き来していた。

しかし、電車は人が疎らにしかいないスカスカの状態だった。

電車と言われても一回満員電車に乗ったことがあるだけの俺は、電車がこんなに快適なものなのだと初めて知った。

新鮮な気分で電車内部をぐるりと見回す。

と、肩にミヅキの頭が乗っていることに気づいた。

ふわりと髪から甘い香りが漂ってくる。

――またこいつは寝やがって。

口をぽかんと開けているあどけない寝顔。

なんとなくその頭に手が伸びた。

頭に乗せたまま、手を左右に動かす。

手の表面に伝わる感触はまさにサラサラ、という表現がぴったりだった。

充足感とはこんな感情を言うのだろうか。

肩にちょうどいいくらいの重みを感じながら、再び窓の外に目線を移す。

すると、今度は膝に重りが乗った。

ミヅキがそのまま倒れてきて、奇しくも膝枕のような状態になっている。

そのままでは寒いだろうから、上着をかけてやろうと自分の上着を脱いで、ミヅキの上に乗せ――
 ▼ 32 ャラドス@もののけプレート 17/08/14 08:13:25 ID:w9K9BHec NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 33 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 00:01:22 ID:CYg0HTU2 [1/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
申し訳ない、諸事情で来れませんでした
 ▼ 34 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 00:01:47 ID:CYg0HTU2 [2/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
頭の中に騒音が反響した。

全くもってうるさい事この上ない。

急いで起き上がって、すぐさま目覚ましを止める。

はぁー、と息を吐き出し、だるい体を弛緩させた。

そういえば、何か夢を見ていたような。

…………全く覚えてないな。

もう少し寝ていたかった。

しかし、ここでもう一度倒れ込んでしまえば寝坊は確実である。

ここ最近は悪夢ばかりだったので、そうじゃなかっただけでも良しとしよう。

ベッドから降りようとして、自分の他にもう1つ布団の盛り上がりを作っているものがあった。

口を半開きにして、年相応、と言うより童顔になったような寝顔のミヅキ。

目覚ましも聞こえていないのか、明らかに熟睡状態だった。

ミヅキを起こさないように、慎重にベッドを降りる。

立ちあがるとと湧いてきたのは、不思議に満ち足りた気分。

何故か今日は仕事が進むような気がした。
 ▼ 35 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 00:02:06 ID:CYg0HTU2 [3/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
今日の仕事は昨日の内容に関する資料作成。

ひたすらパソコンのキーボードを打つだけとはいえ、動きがある分昨日よりはマシだ。

慣れた手つきで軽快にキーを打っていく。

小一時間カタカタやっていると、朝食を食べ終わったらしいミヅキが近づいてきた。

「グラジオー? わたし、今日なにか仕事ある?」

「いや、今日はない。ナマコブシの世話でもしてたらどうだ」

「ナマコブシはもう職員の人にあげちゃった。じゃあ、やることないね」

「そうだな。適当に過ごしててくれ」

「適当に、かぁ……」

手を顎に当てて考える素振りを見せた後、ミヅキはいいことを考えたとばかりどこかへ走っていった。

しかしすぐに戻ってきた。

手に持っているのは、なんのことはないただの椅子。

それを俺の隣に置いて座る。

「何がしたいんだ?」

「別になにも。ちょっと手伝えるかなって」

「今日はひたすらパソコンの操作だから手伝うもなにもないんだが」

「えー、パソコンかぁ……あ、手伝えるよ!」

「……なんだ、これは?」

ミヅキが持ち歩いているポーチから出てきたのは、広げた手よりは少し大きいくらいの赤い機械。

それがなんなのかは、表にした瞬間分かった。

「ラーラーラー、それは ロ・ト・ム・図・鑑! ロト! よロトしくロトー!」
 ▼ 36 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 00:02:29 ID:CYg0HTU2 [4/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
なんとも鬱陶しい口調だ。

1つのセリフで何回ロトロト言う気なのか。

「……これがなにに使えるんだ?」

「えー、酷いロトよー! ボクは色々な機能があるロト!」

「……鬱陶しい。それで、こいつをなにに使うって?」

「えっとね、パソコンとロトム図鑑を接続するとロトムがパソコンを操れるようになるはず」

「本当か? だとしたら意外と便利じゃないか」

事務机の中からケーブルを取り出し、パソコンとロトム図鑑とを接続する。

「このロトムにさかららららららららーー!!」

普通に移動すればいいのに、わざわざ吸い込まれるような演出は必要なのだろうか。

仕事を手伝ってもらうのだから文句も言えないが。

ロトム図鑑のモニターがぷつんと切れ、代わりにデスクトップにカーソルほどの大きさの水色の塊が出現した。

「ロトー! ここはすごく快適ロト!」

ちょこまかと画面を動いているのがうざったい。

「ちょっと、ロトムー! お仕事手伝うんだからちゃんとやってよ!」

ミヅキが一喝すると、ロトムはピタリと動きを止めた。

「ごめんなさいロト……それで、何をやればいいロト?」

「書類を作るだけだからさほど難しくはない。お願いできるか?」

「お安い御用ロトー!」

「頼んだぞ」

作る予定の資料の内容をまとめた紙を見ながら、ロトムに1つ目の指示を出す。

「まずは――」
 ▼ 37 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 00:02:45 ID:CYg0HTU2 [5/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
結論としては、パソコン上の処理に関して言うとロトムはこの上なく優秀だった。

実際、今日やる予定の仕事は午前中のうちに終わってしまったのだ。

次の日の分なんかを先取りして仕事の量を増やしても、全ての仕事が終わったのは夕食前。

こんなに早く仕事を切り上げられたのはいつぶりだろうか。

そのスピードはやはり、ロトムがパソコンの中に入って直接情報をいじることができるのがとても大きい。

面倒な工程も、入っているプログラムだけではできない複雑な挙動もなんのその。

また、普通の処理もスピードも手でマウスを動かしたりするより断然早く、こちらは動かさなくてもいいので快適だ。

本人曰く、データの書き換えは体を自由に動かすようなものらしい。

そんなこんなで、少なくとも一年はなかったであろう暇というものに俺は困惑していた。

何もすることがないときに何をしていたかなんて昔の経験は、もうとっくも忘れてしまっている。

特に目的もなく2階の保護区で自分のポケモンたちと触れ合っていると、後ろからミヅキの声がした。

「グラジオ、今から何かまだやるの?」

「いや、今日はもう何もない」

「ほんと? じゃあ一緒に外に出ない?」

「別にいいが……俺はライドギアなんか持ってないぞ」

メガフロートというだけあって、やはりここは海の上。

船も財団のものしかない。

私用でここから出るようなことが今までなかったので気にしていなかったが、俺はこの閉鎖空間にずっといるのだ。

「2人で乗ればいいよ」

「違反じゃないか……」

「いいよ、そんなの。私には違反とか関係ないもん」

まるで子供のように自己中心的な発言だが、ミヅキの境遇を考えるとそれがまかり通ってしまうのだった。

「……そうか。どこに行くのか知らんが、付いて行ってやってもいい」

ポケモンたちをボールに戻し、ポケモンたちと戯れていて乱れた服を払う。

「本当に? じゃあ早く行こ!」

右手が柔らかくてしっとりとした感触に包まれた。

伝わってくる温もりが少し冷えていた手を温めてくれた。
 ▼ 38 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 00:03:05 ID:CYg0HTU2 [6/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
エントランスから外に出ると、冷たい夜風が吹き抜けた。

「うぅ……さ、寒いね……」

「分かっていたことだろう。何を今更」

「そうだけどさぁ……」

ぶつぶつと文句を言いつつ、震えた手でライドギアからリザードンを出す。

その出てきたリザードンを見て、俺は疑問を感じた。

「普通のライド用のリザードンは座席がついてなかったか?」

「ついてたよ。取っちゃった」

「おい、そんなことやっていいのか?」

「知らないけど、他のポケモンのも取っちゃってあるよ。だって窮屈そうなんだもん」

「……窮屈、か」

「そ。カントーではそのまま乗ってたし大丈夫だと思うの」

それに……、とミヅキはリザードンを優しく撫でながら付け加えた。

「座席なんかつけてポケモンを道具みたいにしてるの、わたしは嫌い」

それは、俺が考えても見なかったことだった。

今まで全く違和感なんてなかったが、言われてみれば確かに道具のような扱いだ。

「確かに、な。座席なんてない方がいいのかもしれない」

今までポケモン目線で一緒に関わって行く、というモットーでポケモンの保護をやってきたが、まだポケモンを道具扱いしているような面があったのかもしれない。

もしそうだとしたら、反省しなければ。

「……お前も十分すぎるくらい優しいじゃねぇか」

ボソッと思ったことを呟く。

しかし、リザードンと戯れているミヅキには聞こえなかったようだった。

「え、グラジオ何か言ったー?」

「いや、何も。どこかに行きたいなら、早くしてくれ」

「はーい」

リザードンが首を地面に近づける。

乗ったミヅキは俺に手招きをした。

「早く乗ってー!」
 ▼ 39 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 00:03:23 ID:CYg0HTU2 [7/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
成り行きのままにミヅキの後ろに跨ろうとして気づく。

――ミヅキはリザードンの首を持てるから安定するが、後ろの俺はどうするんだ?

「早く乗ってよ〜! じゃないと出発できないよ?」

「いや……このままだと体が固定できないんだが」

「あ……どうしよっか。でも、それしかない……よね?」

どうやら方法を思いついたらしいが、俺には見当もつかない。

「何か思いついたのか?」

「いや、あの〜……うん。わ、わたしに掴まってれば良いよ!」

一瞬何を言っているかよく分からなかった。

いや、察することはできたが、脳が理解するのを拒んだのだ。

「……どういうことだ?」

「いいから、早く乗ってよ!」

珍しく語勢を強めて言われ、そのままミヅキの後ろに跨る。

瞬間、手首が手錠を嵌められるかのようにがっしりと掴まれた。

そのまま腕が前に持っていかれる。

強引に前まで持っていかれたせいで、密着状態が出来上がってしまった。

「こ、これでいいよ! リザードン、お願い!」

状況についていけずに困惑している間に、リザードンはミヅキの命を受けて飛び立ってしまう。

「なっ、ま、待て!」

乗っている場所が揺れ、安定感を求めた俺は反射的に近くのミヅキへ抱きつくような格好となる。

「ひゃっ……!?」

突然お腹に力が加わったせいでミヅキが奇声をあげる。

「その……すまん」

「ち、違うよ? 危ないからむしろこうしないといけないんだもん」

飛んでいるせいで全身に当たる風は冷たく、体の末端の温度はどんどん下がっていく。

しかし、肝心の中枢部分はどうしようもなく温かくて。

俺はひたすら無心状態を維持するのに精一杯だった。
 ▼ 40 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 00:03:59 ID:CYg0HTU2 [8/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
飛んで行ったのはエーテルパラダイスから向かって南西方向。

どこへいくのかと思えば――

「ほら、ここ! ナッシーアイランド!」

ミヅキが指を真下に指すと、リザードンが急降下を始めた。

思わず叫びそうになるのを気合いで押さえ込む。

地面にぶつかるんじゃないかと思うほどギリギリまで急降下し、一気に止まる。

心臓も一緒に止まるんじゃないかとさえ思ったが、特にそんなことはなく普通以上に拍動していた。

やっとの思いで降り立った地面は当然だが全く不安定ではない。

地面が揺れていないことにこんなにも安心感を覚えるのは多分今日が最初で最後だろう。

夜風が顔に当たるのがちょうどいい涼しさでとても心地よい。

ミヅキはというと、何かを祀っていたようにも見える台座の下の段差に腰掛け、空を眺めていた。

少し距離を離して隣に座り、俺も同じように空を見上げた。

まだ後ろの方の空は真っ黒な雲に覆われているが、ここから少し首を上げてみる分には一面宝石を散りばめたような綺麗な空だった。

「…………」

「…………」

「綺麗でしょ?」

「最近は星空なんて見てないから余計にな」

「カントーに行く前にもう一回見ておきたかったんだー」

チクリ、と棘が刺さるような痛みがあった。

しかし、どこが痛いのかは分からない。
 ▼ 41 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 00:04:18 ID:CYg0HTU2 [9/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「もう一度? 前にも見たことがあるのか?」

「うん……もうずっと前になっちゃったなぁ。リーリエと月の笛を取りに来た時なんだけど」

「というと、母さんがウルトラホールに入って行った時のことか」

「……思い出させちゃってごめん」

「気にするな。俺も気にしてない」

「……そっか。確かあの時は迷って別の方に行ったりとかして、なかなかここへ来る船が見つからなくてさ。やっと見つけたらもう夜だったんだけど、海の民の団長さん、普通に船出してくれたんだ」

「それで、ナッシーアイランドに行ってナッシー捕まえたりしてたら急に雨が降って。……この下に洞窟があるんだけどさ、そこで雨宿りしたんだ」

「色々話しこんでたらいつの間にか雨が止んでて……その時見たのがこんな感じの空だった。あれが一番好きな空だよ」

膝を軽く抱えて、しみじみとした口調で話を結ぶミヅキ。

空の上、遠くを見るような目をしていた。

「あの時は流星群が――流れ星の方だよ?――綺麗だったんだけど……流石にそんな都合いいことあるわけないよね……」

星が落ちるのを見逃さないように、と2人して空に食い入るように見入った。

「…………私さ。今でもリーリエが羨ましいんだよね」

「羨ましい……?」

「うん。可愛いし、どんな服着ても似合うし、誰とでも喋れるし……いっぱいあるよ」

そのもの寂しげな横顔に、どう返せばいいのか俺には分からなかった。

どう慰めればいいのか、そもそも慰めた方がいいのか。

考えているうちに、結局何もしないままミヅキは再び口を開く。

「一番は……多分リーリエは今でもお母さんの体調をよくするっていう目標に向かってずっと頑張ってるよね……私にはそんな目標、もうないし」

「……お前で目標もないなら、俺も同じだ。目的意識なんてあったもんじゃない」
 ▼ 42 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 00:04:37 ID:CYg0HTU2 [10/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ヒュオォ、と冷たい夜風が俺たちの間に吹き抜けた。

「うぅ……寒」

「……そうでもないな」

手を寄せて首を縮めるミヅキを横目で見ながら、俺は先ほど取り出した使い捨てカイロを手の中で弄ぶ。

「寒くないの? ……あーーー!! ホッカイロなんかずるいよ! わたし持ってないのに!」

寒さに縮こまっていたのも忘れ、こちらの手元に指を差してくる。

「ずるい、なんて言われてもな。持って来なかったのが悪いだろ」

「うぅ……そうだけどさ。ね、ちょっとだけ、貸して!」

さささっ、とすぐ横まで擦り寄られて、俺の右腕に抱きついて強引に揺さぶってくるミヅキ。

「ちょっとだけ貸して、ってそれで戻って来ない時のセリフなんだが……」

「か、返すよ! 当たり前じゃん! ……だから、ダメ?」

「…………とりあえず離れろ」

「くれるの? やったー!」

ミヅキの目が星空に負けず劣らず輝き始めた。

「左手、出せ」

「左? うん」

差し出された俺より一回り小さいその手にカイロを手渡す。

「ありが……と?」

ミヅキの言葉が途中で止まったのは、俺がカイロごとその手を握ったからだ。

「…………お前に全部くれてやるほど俺に自己犠牲心なんかない」

「え、え……? う、うん……」

ミヅキは面食らったような空返事をして、後はずっと黙っていた。

手に感じる暖かさが、なんとも言い表せない不思議な気分を作り出す。

心が安らぐような、緊張するような。

幸福なような、寂しいような。

本来知っていたのに機械的に仕事ばかりこなしていたせいで感情というものが鈍ってしまったのかもしれない。

しばらくは何も考えずに色んな気持ちが混ざったようなこの気分に浸っていることにした。
 ▼ 43 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 00:04:55 ID:CYg0HTU2 [11/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
とりとめもない思考が展開されていくのを止めることなく空をずっと見上げていると。

キラリと一瞬光が流れた。

「あ、流れ星!」

ぱちんと手を合わせて何かを念じ始めるミヅキ。

すでに消えてしまったのだから、流れ星に願い事をするには遅すぎると思うのだが。

「なんのお願いだ?」

「そんなの内緒に決まってるじゃん。……うん、流れ星見て満足した。そろそろ帰る?」

「俺はいつでもいい」

「じゃあもう帰ろっか」

「あぁ、分かった」

握っていた手が、離れていく。

ライドギアを取り出すためだ。

ちゃっかりカイロを持っていかれたが、その辺は多めに見ることにした。
 ▼ 44 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 00:05:14 ID:CYg0HTU2 [12/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
エーテルパラダイスに到着し、エントランスをくぐる。

すると、横から声がかけられた。

「帰るのが遅すぎますよ、坊っちゃま。もう10時過ぎです」

「すまない……もうそんな時間なのか」

「えぇ。これでやっと鍵を閉められます」

咎めるような、しかしやはりいつもと変わらない優しい声だった。

「待たせていたのか……申し訳ない」

「わ、わたしも……すみません」

2人で同時に謝ると、ビッケは少し意地の悪い笑みを浮かべた。

「いえ、いいんですよ。デートは楽しかったですか?」

「そ、そんなんじゃないですよ!!」

「全くだ。変な言い方はやめてくれ」

「ふふ、私にもそんな時期がありました。もうずっと昔ですけれど」

意味有りげな笑みを残してビッケは去って行った。

「もう、違うのに……」

ミヅキは顔のみならず耳まで真っ赤にしてぶつぶつと呟いていた。
 ▼ 45 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 00:05:30 ID:CYg0HTU2 [13/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
自室へ戻って、着替える。

朝以来使っていない部屋は外ほどではないが十分に寒い。

「この後はどうするの?」

ミヅキはちゃっかり今日もここにいた。

「特にやることもない。寝るだけだな」

「あ、もう寝るんだ……その、今日もいい?」

「何がだ?」

「昨日みたいに、一緒に寝ても、いい?」

「……あぁ。好きにしろ」

すると、ミヅキは俺が横になるよりも先にベッドに寝そべった。

背中合わせの格好でその隣に横たわる。

右手を伸ばして電気のスイッチを切ると、ミヅキが布団を掴んでずり上げた。

また昨日のように背中をくっつけてくるのかと思ったが、今回はそうではなかった。

もぞもぞと布団が動く。

次の瞬間、脇腹とベッドの間に、無理やり柔らかいものが割り込んできた。

続けて上からも何かが侵入してくる。

それらが俺を包むように折れ曲がる。

「なっ……何のつもりだ」

「どうしても嫌なら離れるけど……好きにしてって行ったのグラジオじゃん……」

確かにその通りではあったので、反論のしようもなかった。

仕方なく、黙り込む。

「……左腕、重くないのか」

「重い? 別に大丈夫」

耳元でささやくような声。

心拍数が際限なく上がっていく。
 ▼ 46 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 00:05:54 ID:CYg0HTU2 [14/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「…………ね、グラジオ」

「……なんだ」

「……リーリエと私なら、どっちが可愛い、かな?」

突然何を聞いてくるんだ、と思った。

こんな質問に気の利いた答えがサッと出てくるような俺ではない。

「……そもそもリーリエは妹なんだが?」

「じゃあ、妹とか関係なしで」

妹とかなしで、なんて言われてもそれで血縁関係が消えるわけではない。

そもそも比較対象が間違っているのだ。

ここで答えられる答えなんて一つしかない。

だが、それを口に出すまでにだいぶ時間がかかった。

そりゃそうだろう。

本人の目の前で「お前の方が可愛い」なんて公然と言える奴はただの節操のない奴ではないか。

「…………。…………お前でいい」

「ほんと?」

「…………何回も言わせようとするな」

「……迷ったってことは、リーリエと同じくらいってことだよね。そっか、私、リーリエと同じくらいなんだ……」

囁かれる声はとても満足げだった。

よく分からないが対応は間違っていなかったらしい。

「ありがと、グラジオ」

「あ、あぁ。全く意味が分からんが」

「ふふ、気にしないで……えと、おやすみ……」

それからたった数十秒で、後ろから規則的な息遣いが聞こえてきた。

しかし、俺の心臓はまだ寝る準備に入ろうとしない。

頭の中に、ナッシーアイランドにいた時のようなあの気分が再び現れた。

二回目を経験してみると、その正体を隠す霧が少し晴れたような気がした。



――まさかな。勘違いだろう。
 ▼ 47 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 00:06:13 ID:CYg0HTU2 [15/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
……ガタン……ゴトンガタン………………………………ガタッ……ゴトゴン……。

不規則に、好き放題鳴るジョイント音。

傍らには、ミヅキが俺に寄りかかって寝ている。

――いつまでこいつは寝ている気なんだ。そろそろ起きなくてもいいのだろうか。

少し揺さぶってみるものの、起きる気配は特になかった。

まぁもう少しいいか、と起こすのは諦めて、顔を上げる。

そこで俺は違和感を覚えた。

――こんなに人少なかったか?

人が少ない、というよりこの車両に乗っているのは俺たちだけだった。

隣の車両は人でごった返しているのに。

反対側は、運転席……なのだが、そこにも誰もいない。

そういえばこの電車は自動運転なのだったか。

それにしても、なんで誰もこっちに入って来ないんだ……?

そんなことを考えながら窓の外を眺めていると。

ミヅキが突然身震いした。

何かあったのかと聞こうとしたが、依然として寝たままで、聞くことはできなかった。

あまりいい予感はしない。

と、その時、電車が止まった。

やっと着いたのか。

ミヅキを手を引っ張って無理やり起こし、俺たちは電車の外へと出た。
 ▼ 48 コリザル@カビチュウ 17/08/15 00:08:52 ID:3I6JnxZw NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あぁ〜^グラミヅたまらん
 ▼ 49 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 21:31:58 ID:CYg0HTU2 [16/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ごめんなさい本当にごめんなさい
今から更新します……
 ▼ 50 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 21:32:23 ID:CYg0HTU2 [17/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
意識が急激に浮上した。

体がまだもう少し寝ていたいと疲れを主張しているのを感じる。

それに任せてもう一度寝ようとしていたらタイミング悪く目覚ましが鳴った。

もうあと5分あればまた違うのだが。

けたたましい音に急かされて仕方なく起き上がる。

自分で起きた分まだ気分的にマシか、と肯定的に捉えることにした。

「んぅ……あうぁ……」

横で寝ていたミヅキが突然大きく伸びをした。

「あ、グラジオ……おはよ……」

「あぁ、おはよう」

「あー……そうだ。ね、今日用事があるんだけど、こっちでの仕事とかってある?」

「いや、特にないだろう。好きにしててくれ」

「ん、分かった」

着替えるためかスタスタと部屋から出て行くミヅキを見送り、着替えに手を掛ける。

頭にあるのは、今の話だ。

カントーへ行くのはもう明日。

多分用事というのはアローラに別れを告げに、といったところだろう。

アローラから出て行くことを望んでいるとはいえ、今生の別れとなれば見納めの風景なりやり残したことなりは当然あるだろう。

……それは本人の思い出であって、俺が関わるところでは決してない。

だから、ひとまずミヅキのことは気にせず俺は仕事に励めばいいのだ。

ちなみに、今日の仕事はマリエ図書館にて明日の仕事についての調査。

明日のカントー行きは、表向きにはリージョンでない、原種のゴローンの調査となっている。

その場の地理や、ゴローンと接する上での注意点は念のため調べておかなければいけない。

着替え終わった俺はいつもより少し大股で部屋を出た。
 ▼ 51 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 21:32:47 ID:CYg0HTU2 [18/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
順調に図書館へと到着し、俺が今いるのは図書館の資料保管室。

一般へ貸し出ししていない研究資料なども数多く収蔵されていて、ポケモンたちの生態を詳しく調べるには一番手っ取り早い場所だ。

特に、今回のように実際のポケモンがまだ近くにいないような状況では情報収集にかなり有効な手段となる。

ひたすら資料を探してはめくり、探してはめくり……というのを何回過ごしたか。

1時ごろから入って作業を始めたのが、いつの間にかもう7時だ。

帰る予定の時間を忘れる程度には少し熱中し過ぎてしまったらしい。

切り上げるか……と手に持つ資料を閉じたその時。

たたん、と何かが軽やかに着地する音がした。

振り向くとそこに立っていたのは――

「――ミヅキ? なんでこんなところにいるんだ」

「ひうっ……えっ……? ぐ、グラジオこそ……」

声をかけられただけでびくりと動揺しているところからして、怪しい。

「俺は明日の仕事の資料を見ていた。お前、そもそもどうやって入ってきたんだ」

「それは……テレポートでしゅっと……」

「不法侵入罪だぞ……」

「で、でも! どうしても最後に見たい本があったから……」

逸らしていた目を急にばっ、と上げてこちらに訴えかけてくるミヅキ。

しかし、ここはさっきも言ったが一般開放されていないのだ。

ミヅキが知っている本があるとは思えない。

「こんなところに、か?」

「うん。……これこれ。リーリエと一緒に見た、アローラの伝承をまとめた本なんだけどさ」

パッと手にした古めかしい本のページがぺらぺらとめくられていく。

その本を眺める目は昨日の星空を見上げたときのそれと全く同じだった。

その様子を黙って見ていると、いきなり第三者の声が割り込んできた。

「またあいつがいるぞ!」

保管庫の様子を見にきた職員が大声をあげると、すぐさま2,3人の別の職員もポケモンたちを引き連れて駆けつけてくる。

「まだ読みたいのに! フーディン、テレポートお願い!」

慌てて本を片付けつつミヅキはフーディンに手を合わせる。

それに答えて、フーディンがテレポートのためのサイコパワーを溜め始める。
 ▼ 52 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 21:35:22 ID:CYg0HTU2 [19/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
しかし。

「ムウマージ、黒い眼差し!」

職員の1人がすかさず隣に浮くムウマージへ指示を飛ばした。

ムウマージの目が不気味に黒いオーラを発し始め、それと同じ色がフーディンの体にまとわりつく。

「えっ……!?」

「この前に侵入したばっかなのに対策されていないとでも思ったのか、馬鹿が」

別の職員たちがミヅキに遠慮のない侮蔑の眼差しを浴びせる。

「っ……!」

退路が絶たれ、血が出るほど唇を噛みしめるミヅキ。

ヤケになって、そのまま職員たちが群がっている唯一の出口へと突進し始めた。

こんなに人が密集しているところを通れるはずがないのに。

先頭に立っていた男が、ニヤリと笑う。

その拳が握られるのを、俺は見逃さなかった。

ろくに前も見ずに走るミヅキへ、男が拳を高々と振り上げる。

しかし、叩きつけるように上からくる拳はミヅキの頭へは当たらなかった。

俺がなんとか直前で間に割り込むことに成功したのだ。

的確に受け止め、引っ張って相手の体勢を崩す。

更にこちらへ倒れてくる相手を逆側、つまり職員たちが群がっている方へと突き飛ばす。

男は職員2,3人を巻き込んで、派手に床へと倒れた。

俺に非難の目線が殺到する。

今にも殴りかかってこんばかりの憎々しげな視線だが、その程度で怯む俺ではない。

「……何故それに味方しようとするの? そんなクソ泥棒に」

今度は女が吐き捨てるように俺に問う。
 ▼ 53 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 21:37:06 ID:CYg0HTU2 [20/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
女を睨み返し、ミヅキを庇いながら言う。

「誰が相手でも――それこそ世界中から憎まれていても、それで不当な暴力を振るっていいわけがないだろうが。そんなことも分からないのか」

「私たちは既に極大の暴力を振るわれたわ! 神の敵討ちをする権利だってあるはずよ!」

「そんな権利はない。勝手に作った私怨の復讐ごときを正当化するんじゃねえ」

「勝手なんかじゃないわ! これは世間の常識のはずよ!」

「だったらその世間様が間違ってるって言ってんだよ。どうせ元からろくに信仰もしてなかった癖に叩きたいがために無駄に騒ぎやがって」

怒りに震える女相手に言い返していると、さっきの男がぶつけた腰を押さえながら再び立ち上がった。

「調子に乗りやがって、ガキが……!」

拳を握りながら男が鬼の形相でこちらへ走ってくる。

ただし、殴り方はただのド素人だ。脅威ではない。

拳を避け、そのまま背中で相手を押し出す。

男はさっきと同じようにバランスを崩して倒れていった。

「ミヅキ、行くぞ」

後ろに隠れていたミヅキの手を引っ掴んで倒れている職員たちの間を走る。

「待ちやがれ!」

追いかけてくる職員たちには目もくれず、走る。

図書館は表面上運営中で外に出ると流石に静まり返っていた。

――はずだったのだが、俺たちが出てきたことに気づいた瞬間に館内にバッシングの嵐が吹き荒れた。

それはもう、内容も量も言葉に出来ないような罵声。

無視して館内に出ると、それを追いかけてくる者まで出てくる始末だ。

路上へ出て、その状況は悪化した。

図書館という場所に配慮する必要がなくなったせいで、そこかしこから物が飛んでくるのだ。

石なんかの硬いものも、遠慮なし。

足やら背中やらに幾つも重い物体がぶつかった。

厚手の上着を脱いでミヅキの頭に被せ、そのまま走る。

走りながら、どこに逃げれば一時的に凌げるかを思案する。

すると、ちょうど目の前に「マリエ庭園 歩いて楽しむパラダイス」と書かれた看板が現れた。

「ミヅキ、あっち入るぞ」

全力疾走を保ったまま、俺たちはマリエ庭園の門をくぐった。
 ▼ 54 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 21:41:03 ID:CYg0HTU2 [21/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
時間の都合でマリエ庭園の一番の見どころである茶屋がもう店を閉めてしまっているため、庭園は閑散としていた。

茶屋まで走り、外に出ている椅子にミヅキを座らせる。

入り口を確認するが、流石にここまで追ってくる者はいないようだった。

一息ついて、俺もミヅキの隣へ座った。

ちなみにこの椅子は、歴史を重んじるとかいう理由で時代劇によく出てきそうな赤い布が掛けられた長椅子となっている。

後ろには真っ赤な傘も刺さっている忠実な再現っぷりなのだが、それを気に留める人はあまりいない。

そんな椅子に座ると、やっと体から力が抜ける。

2分ほども全力疾走したせいで体力がごっそり持っていかれていて、正直寝そべりたかった。

ミヅキが、頭に掛けてやった上着をずいっとこちらに差し出した。

受け取ろうとすると、その上着に一つシミが出来た。

2つ、3つ、増えていく。

「…………わたし、どうすればいいんだろ……」

かすれ切った、ほとんど聞き取れないような声。

「…………脚、いたい」

大半が青いあざで埋め尽くされている脚に、更に今ぶつけたばかりの赤い痕が上からできている。

これを痛々しいと言わずしてなんというのか。

そして、こんなことが日常と化していることに腹の底から怒りが湧き上がってくる。

「そりゃさ……っ……私、だってさ……っく……悪いことしたけどさ……?」

そう。いかにアローラの人々だって理由もなしにここまで過激になれるわけがない。

その理由というやつが、余計に状況を複雑化させているのだ。
 ▼ 55 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 21:45:50 ID:CYg0HTU2 [22/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
それは、もう1年ほど前か。

とあるニュースに、アローラ中が震撼した。

そのニュースとは。



――現チャンピオンミヅキが守り神4体を捕獲した。



他の地域であれば、超が何個ついても足りなくらいに珍しい伝説のポケモンを捕まえたとなれば当然英雄扱いだろう。

しかし、アローラの人々にとって守り神を捕まえられるのは大問題だった。

何故なら、アローラの人々は守り神たちを神として信仰していたからだ。

要するに、自分たちが崇めていた神がたった1人の少女のボールに捕らえられた、という意味へと変貌するのだ。

文字通り神を失ってしまったわけであって、恐らく人々の衝撃は並々ならぬものだったのだろう。

リリィタウンのミヅキの家周辺は殺到する人たちがみんなシンクロしたように怒り狂う地獄絵図と化した。

警察までもが暴動に参加する異常事態は三日三晩続き、誰ともなく家に放火することでひとまずの収束を迎えた。

しかし、ミヅキはそれ以来アローラ中から排他されることになる。

道を歩けば石を投げられ、人と会えば殴られ蹴られ。

当然町の施設なんか利用できたもんじゃなかった。

守り神を捕まえる前と全く変わらない態度で受け入れてくれたのは、同じようにアローラの社会から追い出された者たちの集まりであるスカル団と、ミヅキのおかげで代表のルザミーネを止めることができたため恩があるエーテル財団の2つだけ。

他の人々が乗り込んでくるのを常に恐れながら、狭い世界に閉じこもるしかミヅキの防御法はなかったのだ。
 ▼ 56 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 21:47:38 ID:CYg0HTU2 [23/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そんなミヅキの境遇。

世界中から目の敵にされる辛さは、俺には考えられないほど辛いだろうということしか分からない。

「実は今日、コケっちたちを逃がすために遺跡回ってたんだ」

「用事っていうのはそれのことか」

「うん……一応戻したんだけどな。やっぱりそれだけで許されるわけないよね……」

何かを堪えるようにミヅキは強く目を閉じる。

手も痛いほど握られて、爪が食い込んでしまっている。

「……一応アローラにだって思い出はあったのにさ。最後の日が、これかぁ……」

怒りを押し留めている濡れた声で細々と呟く。

どう声をかけたらいいのだろうか。

いや、きっと言葉程度で払拭されるような軽い感情ではないだろう。

痛いほど冷たい、乾いた風が吹いた。

せめてと受け取った上着を再び広げてミヅキの肩にかけ、その肩を抱いた。

ミヅキが嗚咽を漏らす。

それはだんだんと濡れた声に変わっていった。
 ▼ 57 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 21:48:18 ID:CYg0HTU2 [24/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
泣き止んできたミヅキは真っ赤にした目を俺に向けた。

「…………グラジオ、ごめん……」

「お前が謝るところがどこにある」

「……だって、巻き込んじゃったから」

「俺が勝手に乱入しただけだ。いちいち気にするな」

「…………じゃあ、助けてくれて、ありがとう」

悲壮感溢れるような顔が、少しだけ笑顔に変わった。

「もう外の騒ぎも収まってきた。エーテルの船に乗るか?」

「お願いします……」

ミヅキの肩を抱いた状態のまま椅子から立ち、小走りで船へ向かった。
 ▼ 58 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 21:58:55 ID:CYg0HTU2 [25/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
エーテルパラダイスに着いたのは予定より1時間遅れた時刻。

時間的に、もう一つ予定していた仕事は出来そうにない。

少し早いが、そのまま寝ることにした。

壁を向いて、ベッドに寝転ぶ。

すかさずミヅキが隣に滑り込んできた。

3回目ともなると少し慣れてしまっている自分が怖い。

電気を消すと、明るさに慣れていた目が対応しきれず一瞬視界が真っ暗になった。

少しずつ目が常夜灯の光に慣れてくる。

「……グラジオ」

突然後ろから呼ぶ声は少し湿っぽかった。

「なんだ」

「……壁向いてないで、体こっちに向けるの、ダメ……かな?」

驚愕に心臓が跳ねすぎて、危うく口から出て来るのではないかとさえ思った。

向かい合いって寝るなんて、そんなのは……。

「ダメならダメって言ってくれても、別にいいの。なくても、いいから……」

しばらく葛藤した。

しかし、すがりつくように背中を掴んでくる小さな手に負けて俺はその場で寝返りを打った。

目の前には、何もない。

代わりに視界の下の方でわずかに頭が動くのが見えた。

トゲデマルのように丸くなって俺に顔を押し当ててくる。

「………わたしばっか。……みんな笑ってて、わたしだけ逃げてて。わたしだって、みんなで笑いたいのに……」

「……別に、カプたちだってみんな捕まえられたからイヤイヤ私に従ってたわけじゃないよ? コケっちだって、テフちゃんだって、レヒねぇにブルさんも、みんな私を認めてくれたもん……!」

少しずつ、静かに、ミヅキの心の中で点火した炎が火勢を強める。

「勝手に、守り神を取ったとか言われたって、知らないよ……。みんな全然拝んでなんかなかったくせに……!」

遣り場のない怒りを必死に堪えているのが見ているだけで分かる。
 ▼ 59 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 21:59:43 ID:CYg0HTU2 [26/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そしてそれは諦めへと変化した。

「……アローラになんか、来なきゃよかった」

「なぁ、ミヅキ」

「なに……?」

「お前の言ってるのは、合ってると思う。あいつらは、おかしい。……でも、それで来なきゃよかったなんて言わないでくれ」

「…………」

「リーリエとの思い出、楽しそうに話してくれただろうが。アローラに来てたからこそ、じゃないか?」

俺に人を慰めるなんて高度なことはできない。

だから、思ったことを言うくらいしかやってやれることはなかった。

「……!」

強く握っていた拳がから、力が抜けた。

「…………そう、だよね。……うん、楽しかった」

顔を離して、下から見上げるように俺を見てくる。

「……ありがと。グラジオのおかげで、アローラのこと嫌いにならなそう」

一瞬、本当に一瞬だけ、にこりと花が咲くような笑顔を見せた。

「…………あ、あぁ。良かった」

ミヅキはすぐにまた丸まって、そのまま寝てしまった。
 ▼ 60 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 22:00:49 ID:CYg0HTU2 [27/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「…………」

その寝顔を見ているだけで、まるで春の陽だまりの花畑に寝転んでいるような、そんな温かさが湧き上がってくる。

急にパァっと部屋の中が明るくなった。

月明かりがこちらへ差し込んだのだ。

さっきまで曇っていたのだが、今はもう雲は遥か西へ飛んで行ってしまっている。

透明感のある綺麗な銀の光がミヅキの白い肌を照らした。

ボブカットの黒髪が月光を跳ね返して碧く輝く。

艶やかな黒髪が緑髪と呼ばれる理由が今分かった気がした。

少し目線を下げると伏せられた長い睫毛、白い頬ときて――

朱色の絵の具を水で薄めに薄めたような、淡く紅い唇。

小さな吐息が漏れるたびにかすかに動くそれに、いつの間にか見入っていた。

別に誰が見ているわけでもないのに、慌てて目を逸らす。

肋骨の下から突き上げるような拍動。

すぐ近くのミヅキに聞こえないかが心配でならない。

仰向けに寝転ぶと、自然と頭に浮かんでくるのは気持ち――



――これ、は…………?



――まさか。……その、まさか、なのか……?



――……でも。……しかし……だとしたら…………。





――…………っ!!

 ▼ 61 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/15 22:01:07 ID:CYg0HTU2 [28/28] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
見渡す限り、緑、緑、緑。

どこかも分からない、草原。

視界は360度、足首くらいまでの丈の短い草だけだった。

ポケモンが出てこないようにスプレーを取り出して自分に吹きかける。

歩く。

歩く。

駆ける。

走る。

歩く。

止まる。

刻み付いていた道が完全に草の中に溶け込んで、曖昧に消えてしまっている。

と、服の裾口がちょんちょんと引っ張られた。

ミヅキが、何かを指差している。

その木にはピンクの丸いきのみがいくつもなっていた。

確か名前は……ゴスのみだったか。

2人で1つずつもぎ取って、一口に食べる。

程よい酸っぱさと絶妙な甘さがとても美味しい。

もう1つ、もう1つ。

口いっぱいに甘さが広がった。
 ▼ 62 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/16 20:39:31 ID:koPv/r2U [1/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
体が勝手に起き上がった。

遅れて脳も目を覚ます。

しばらくそのままの体勢でぼーっとしていて、それから起床したのだと自覚した。

目覚ましに頼らずに起きるのは久しぶりだ。

時間を見れば、まだ鳴る時間より1時間も早い。

全然寝られなかった。

その上、やっと寝られたと思えば、こうしてすぐに起きてしまう始末。

まぁ、理由は分かっているのだが。

(……寝るのはもう無理だな、諦めよう)

どうせ今日はすぐに遠出の準備をしなければいけない。

時間があって困ることはないだろう。

ミヅキがいて着替えようにも着替えられないため、俺は着替える場所を探して部屋の外へ出た。
 ▼ 63 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/16 20:39:47 ID:koPv/r2U [2/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
荷物の中身を確認したりとなんだかんだしていると、いつの間にか出発30分前。

荷物をいつものアローラへ出る用の船ではなく、大きめの船に移動していく。

とはいえ5日程度なので、荷物は少ない。

船も寝る用で大きいものを用意しただけであって荷物だけならいつもの大きさで十分なくらいだ。

荷物を運び終わると、自然に職員たち合計6人が俺の前に整列した。

「荷物はもうないな?」

「はい! 今ので全部です!」

「時間が中途半端に余ったな……。早く出発すると不都合な人いるか?」

念のため聞いては見るが、やはりいなかった。

「よし、なら前倒しで出発するぞ」

「「「「「分かりました!」」」」」

職員たちが一斉に船へ乗り込んで行く。

俺も乗り込むと、残っているのはミヅキだ。

「どうした。何かあったか」

「あ、なんでもないよ。すぐ行く」

声をかけると、ミヅキもすぐに乗り込んできた。

その際の「じゃあね、アローラ……」という声がいやに耳に残った。

船がおもむろに動き出す。

メガフロートなので仮とはいえ、陸地が離れていく。

いつもならそこに何か感じることなどないが、名残惜しげに後ろを眺めるミヅキがいるとなるとまた別だった。
 ▼ 64 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/16 20:45:47 ID:koPv/r2U [3/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
順調に航海は進み、予定していた時間よりだいぶ早く目的地へ到着した。

降り立った先は、ナナシマと呼ばれるカントーの列島。

カントーとは言っていても、その距離はだいぶ離れているのでカントーらしさはあまりないが。

そして、原種のゴローンを探しての調査が始まった。

……のだが、俺は作業に全く身が入らなかった。

もちろん理由は分かっていて、だからこそどうしようもなかったのだ。

まぁ、調査だけなら俺がいなくとも十分なデータは集まっているはずなので問題はない。

そして、出港の時間が来た。

それはつまり、ミヅキがカントーへと去る時間に他ならない。

船には財団の人間全員が乗っていて、しかしミヅキは港で立ち止まったまま。

半ば上の空でミヅキとたわいもない事を話しているうちに、ミヅキが乗る予定のフェリーの時間がやって来てしまう。

「えと……じゃあね! 連れて来てくれて、ありがと!」

ミヅキは少し寂しそうに俺に笑いかけ、くるりとこちらに背中を向けた。

そのまま、歩いて行ってしまう。

「――――ミヅキ!」

呼び止めた瞬間、まるでディアルガが時間を操作したように体感時間が極限まで引き伸ばされた。

ミヅキが足を止めて振り向くまでが既にとてつもなく長い。

「ん、どうしたの?」

手が、足が、顎が、背中が、震えて震えてろくに言うことを聞かない。
 ▼ 65 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/16 21:02:28 ID:koPv/r2U [4/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そんなおかしな様子を不思議そうな顔で見つめられて、余計にその震えが増して行く。

心臓が喉にドクドクと振動を伝え、声を出すのを邪魔してくる。

「グラジオ……?」

呼び止めてしまった以上、今更後戻りは出来ない。

……覚悟を決めろ。

精一杯自分に言い聞かせて、肺から息を絞り出す。

「……行かないで、くれ」

ミヅキの眉がピクリと跳ねた。

「…………お前が何処かに行ったら、また何かされてないか、心配でならない」

ミヅキの喉が何かを飲み込むように動いた。

まるで、決定的な何かを待つような仕草。





「俺は、もっと、お前の心配が、していたい……っ!!」




 ▼ 66 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/16 21:08:32 ID:koPv/r2U [5/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
昨晩あれだけ頭を回っていた言葉も、動きも、全く出てこなかった。

それだけに留まらず、「好きだ」の一言も言えなかった。

結局、出てきたのは全く意味がわからない怪文。

表には出さず、俺は途方にくれた。

今ほど自分が嫌いになった事はない。

目はキチンと見えているはずなのに真っ暗で、もう何も見えない。

永遠にも等しい数秒を経て。

ミヅキの目から、キラキラと光るものが溢れた。

ミヅキが地面と船を結ぶタラップを踏んで走ってくる。

俺の目の前に来ても、その勢いは止まらない。

タックルするように突っ込んでくるミヅキの肩を手で持って、受け入れた。

「……グラジオの、バカ……!」

「っ……なんで、だよ」

「遅いよ……遅すぎるよ……! わたし、ずっと好きだったもん……っ!」

握った拳を俺に叩きつけてくる。

しかし、痛くはなかった。

「それに……卑怯……! 迷惑かけちゃうからって、最後にグラジオと一緒に色々出来たからいいやって、諦めたのに……直前でさ……!」

とめどなく溢れる涙が甲板をどんどん濡らしていく。

「……悪かった。あんまり泣かないでくれ……」

「違うもん、グラジオのばか! これは……これは、嬉しいからだからいいの……!」

しまいには俺に抱きついてきて声をあげて泣き始めるミヅキ。

俺はその小さな背中をひたすらさすり続けた。
 ▼ 67 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/16 21:10:39 ID:koPv/r2U [6/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
行きと同じように8人を乗せた船がナナシマを出てから数時間後。

甲板には月明かりによる淡い影が2つくっついて落ちていた。

「わたし、今のこの空がアローラで一番好きだな」

「一番はリーリエと見た流星群じゃなかったのか?」

「違うよ。流星群よりグラジオの方が好きだから」

さらっとこっぱずかしいこと言いやがって……。

こいつは無意識にとんでもないことを言いだすから困る。

「……勝手に言ってろ」

放置して水平線を眺めていると、今度は腕に巻きついてきた。

「うあ、服のせいで全然あったかくない……ねぇ、ホッカイロないの?」

「ない。積んできてすらない」

「むー……じゃあこれでいいや」

上着のポケットに入れてあった手が勝手に引っ張り出され、少し冷たい手に包まれた。

「冷てっ……人から勝手に熱を取るな」

振りほどこうとしても解けなかったので、ミヅキの手ごとポケットに入れることにした。

「……も、もう……ね、グラジオ」

「なんだ」

「呼んでみただけー! 一回やってみたかったんだー!」

きゃっきゃと1人楽しそうに笑うミヅキ。

手を額に当てて、うんざりした様子を伝えてみる。

「……気安く呼ぶな」

「どしたの? 厨二病? 気安く呼ぶな……」

「や、止めろ! それは昔だろ!」
 ▼ 68 RIVER◆zFLCCAWaiw 17/08/16 21:11:52 ID:HJ0F.cC2 NGネーム登録 NGID登録 報告
スレタイの怪文はこういうことだったのかー

支援
 ▼ 69 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/16 21:13:08 ID:koPv/r2U [7/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「わがままだなぁ。なら気安くじゃなきゃ呼んでいいよね!」

ふわりと甘い香りがした直後。

「グラジオ……」

負けず劣らず甘い声と甘い吐息が耳を直撃する。

自分の顔がみるみる赤熱するの感じる。

「あははは! ……はー、楽し」

そりゃ散々人を振り回した側は楽しいだろうな、と悪態を吐こうと思ったのだが、どうも様子がさっきまでと違った。

「……グラジオが告白してくれなかったら、わたし今頃船で泣いてただろうなぁ」

喜びを深く噛みしめるような、神妙な表情で呟く。

「……ありがとね、グラジオのおかげ」

ミヅキがこんなにも満ち足りた顔をしているのを俺は今まで見たことがない。

思えばミヅキの笑いはいつも中身のない空っぽの笑みだった。

それを満たせたのだと思うと、素直に嬉しかった。

「……あっ!? グラジオ、見て見て!」

言われるがまま目線を跳ねあげると。

ちょうど、星が1つ光りながら落ちていった。

消えてしまった、と思えば、絶え間なく次の星が降ってくる。

「綺麗……これで、文句なしに今日が人生で一番の夜だよ……」

とんとん、と肩が叩かれた。

「ん? なん――」

右の頬に、極限の柔らかさが花開いた。

一瞬で脳が活動する機能を奪われる。

数秒の後、起こったことを悟って俺は右手を頬にくっつけた。

たった一瞬のことだったのに、それはあまりにも強く意識に刻み込まれていて、ずっと感触が残り続ける。

ミヅキは悪戯っぽく笑って、俺に抱きついてくる。

俺も苦笑いを返して、ミヅキを抱き込む。

(……温かい)

冬の冷たい大気が、今は少し遠ざかった気がした。

2人の頭上では幾多の星々が、圧倒的な光量の月明かりに負けじと光り、降り注いでいた。
 ▼ 70 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/16 21:13:49 ID:koPv/r2U [8/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告




――――Fin.

 ▼ 71 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/16 21:17:54 ID:koPv/r2U [9/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 あとがきもどき

なんか1レスが60行まで解禁されたおかげでレス数少ないのにめちゃめちゃ長くなりましたよね
あとがきにかけることが多くなったのは偉大なメリットですけど
それにしてもほんと色々長かった
このSS、32475文字(ラノベ4分の1冊くらい?)あるらしいんですが……夏休みとは言え3週間で書き切ったのがまず疲れました
もっと早く始めろや(怒)と3週間前の自分に怒鳴りたい
というかそれが本職とは言え小説家の方々ってすごいですね
あとまともに更新時間守ってなくてごめんなさい

と、本編に関係ない話は置いておくとして……
いかがだったでしょうか?
前からやろうと思ってたグラミヅをちょうどいいところに企画があったのでやってみました
リーリエも出して三角やろうかなーとか思ってたら長編になりそうで断念
リーリエ出さずにこの締め切りギリギリなんで英断でしたかね
え、寒い日企画のくせに寒いってことが軸じゃないじゃないかふざけんな?
境遇が極寒の真冬ってことで勘弁してください……
ちなみに、冒頭のミヅキがお泊まりすることになるシーンなのですが、「遣らずの雨」とかいう言葉があるの、皆さん知ってます?

あとは……そうですね、3回出てきた夢について補足
電車→異性と電車に乗っている夢は「恋が実る」という目的地へと向かっている暗示
人がいない→2日目のような夢はいなくなった人物が離れていく警告夢だそうで、この場合は3日目のミヅキの境遇についての伏線、というと大げさですがそんな感じのもの
ゴスのみ→3日目の夢のゴスのみはDPPtのポフィン(懐かしい)とかに使う甘いやつで、瑞々しい甘い果実は異性をものにしたい=告白したいという内面の表れ
とまあ一応の意味も、なくはないです。


それでは、今回はこの辺りでお開きです
いつもの通り、感想質問疑惑文句挑発いちゃもんなどなど(長い)ありましたら遠慮なくレスしてってください
それでは、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました! さようなら!

なお、このSSは「暑い日/寒い日SS企画」に参加しております(URLは以下)
今回はなんと、僭越ながら僕が主宰させていただいてます!
20日開催のBBS夏祭りともコラボしてますので、作品展覧会と結果発表にも是非是非いらっしゃってください!
http://pokemonbbs.com/post/read.cgi?no=633896(【企画】暑い日/寒い日SS 本スレ)
 ▼ 72 羽真◆Ju6JKuHffQ 17/08/16 21:19:30 ID:koPv/r2U [10/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
>>68
怪文ですいませんw
でも全体で見てクール装った優しさの塊グラジオが不遇ミヅキを心配するっていうのが大筋なのでスレタイはこれ以外ないと自分では思ってます
 ▼ 73 Hope◆SCP948ZBFs 17/08/16 21:53:46 ID:w//98M4Q NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ▼ 74 クシーマフォクシー◆ZmNoEZzYKc 17/08/17 00:08:28 ID:yE.7Kdmg NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
乙です
 ▼ 75 RIVER◆zFLCCAWaiw 17/08/17 00:26:41 ID:txvFheZE NGネーム登録 NGID登録 報告
>>72
目的あるスレタイなら余裕でオッケーでしょ!

(と、スレタイセンスが壊滅してる私が言う)

乙です
 ▼ 76 メパト@チャーレムナイト 17/08/28 02:48:39 ID:l.cH.5sw NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
グラミヅはやっぱええな
どっちもカワイイし^^

乙です
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