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【SS】チョコレートカラー・ボーダーライン

 ▼ 1 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:09:35 ID:B/765YNY [1/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

この大地は腐っている。
皆解っているはずだ。
かつてここは、緑溢れる大地だった。私達の大地だった。
毎年春先オレンの実がたくさん取れて、私達ポケモンが、遠慮なく自由に食べることができた。夏には何の心配もなく、子供達は川で遊ぶことができた。秋には積もった落ち葉を布団にした。冬には積もった新雪に足跡をつける喜びを誰もが分かち合えた。

もう、ここにはない。
そんなものはない。
全て奪われてしまった。奴らのせいだ。奴らは私達の大地を切り開いた。木を薙ぎ倒し、水を汚し、空を曇らせ土を固め、私達の仲間を、家族を捕まえていった。
私には父がいた。毛並みの立派なツンベアーだった。その大きな腕で、私を抱き寄せてくれた。暖かかった。だがもういない。父を殺したのは母だった。私の母は奴らに捕まって、自我も朦朧とした様子で、その拳を振るっていた。父は反撃しなかった。ただ、ただ私を庇うだけ庇って、死んだ。
私だけじゃない。皆そうだった。
覚えているはずだ。あの目を。あの顔を。あの声を。人間の、あの残虐さを。

私は許さない。
私達は許さない。
私達は何としてでも。同胞の血を啜ることになろうと、この命を投げ捨てることになろうとも。忘れない。誓いを、誇りを、かつてここは私達の物だったという事実を。
私に続け。全ての同胞よ。私と共に歩むあらゆるポケモンよ。
この血を私達の未来に捧げることを誓え!!


──そう、彼女が言い終わるか、終わらないかのうちに、辺りはポケモン達の叫びで揺れ動いた。
数年前人口を増やした人間によって開拓された街、その隣の山の天辺近く、数少ない野生ポケモン達の安全地帯。そこは既に、憎しみと愛で埋め尽くされて、息もできないくらいであった。手を空に突き上げるもの。涙を流すもの。目を希望に輝かせるものも、目を悲壮感に曇らせるものも、誰もが、外敵への憎しみと、失ったものへの愛を、はち切れんばかりに抱えていた。ここは人間に復讐を誓う、ポケモンのレジスタンスだった。

彼は、それを眺めていた。

「なあ、コジョンド」

誰かが声を上げた。一際高い所に立って、演説をしていた彼女を、レジスタンスのリーダーを指差して。それからその指は少し逸れて、奥に控えていた彼を指差した。

「そこにいる人間は何なんだ? 祝杯代わりに頭でもカチ割るのか?」

そんな声を聞いて、彼は軽く身を竦めた。灰色のコートの襟に口元を隠す。その耳には、剥き出しの殺意が、いくつもいくつも叩きつけられ始めていた。
そんな声達を、コジョンドは制する。

「ああ、説明が遅れたな。彼はどう見ても人間だが、人間じゃない。私達の頼れる仲間だ。そうだろう、メタモン?」

「……あまり、こっちの言葉を、使わせないでくれ。声帯が崩れる」

「そうだったな、悪かった」

彼はメタモンだった。
もう何年も、人間のフリをしていた。
 ▼ 2 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:10:10 ID:B/765YNY [2/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告





「お疲れ」

レジスタンス幹部用に拵えられた洞穴の片隅で、彼はそう声を上げた。後から帰って来た、リーダーに向けてのものだった。

「決起声明は、上手くいった、な、コジョ」

「ああ──私も、ここまできた」

入ってきたコジョンドは大きく伸びをして、彼の隣にもたれかかる。
雪が降りだしていた。うっすら白く覆われ始めた外からは、熱意をもて余したポケモン達の歌が聞こえてきた。命を賭して戦おうという、そんな歌だった。

「メタ。お前のお陰だ」

彼女はそう言った。コジョンドがそれと共にコートの脇を小突いてみれば、彼はまた襟に顔を隠して、ポケモンとも人間ともつかない唸りを小さく上げた。

「なんだ、照れてるのか?」

「……いや。まだ、俺は、何もしてない。コジョ、お前が、ここまでやったんだ」

「よせ、照れる」
 ▼ 3 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:10:52 ID:B/765YNY [3/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


また一匹、外から帰って来た。ガントルだった。ガントルもまた、レジスタンスの幹部だった。
ガントルは雪を振り落とすように身震いしながら洞穴に入ってきて、奥の方に見えた人影に一瞬縮み上がって、それからその人影が仲間だと認識し直して、二人に近づいた。

「……相変わらず、お前の背格好には慣れないよ、メタモン」

「悪いな」

「いや悪くないさ。お前は仕事をやっているだけ。僕だって、まだ人間を憎んでいられているって実感できるから、この拒絶反応は、むしろ好ましい」

「そうか」

「リーダー、あんまりイチャイチャするんじゃないよ。メタモンには明日も仕事がある」

そう言い残して、ガントルは自分の部屋へと入っていく。去っていくのを見送って、コジョンドももたれていた壁から離れた。

「そうだった、な。お前には仕事がまだある」

「ああ」

「私はリーダーだ。このレジスタンスの。お前の仕事に、ついてはいけん。だがお前なら、今までがそうだったように、これからも、しっかり働いてくれるだろう。……私も……頑張る」

「ああ」

「明日も早いだろう。今日はもう寝ろ。私も寝る」

外ではまだ歌が続いていた。二つの足音が、洞穴の奥へと、バラバラになって消えていった。
 ▼ 4 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:11:31 ID:B/765YNY [4/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
───


彼は幸運なメタモンだった。とはいえ、平均からしてみれば、という話である。大体のメタモンはその特殊な性質からしてろくな生活を送れないものだから、平均よりちょっといい程度が、本当に良いかどうか……いや、平均的なメタモンがどんな風に生きているのかも、彼は知らない。

彼が人間の姿を得たのは数年前、ちょうど住みかだった森が人間に開発された折の話だ。彼は偶然、人間の死体に出くわした。
……死体に出くわした、というよりは、出くわした人間が死体になった、と言うべきか。森に立ち入り、ポケモンを追い出すあるいは捕まえることを目的としていた人間に、敢然と立ち向かったいくらかの野生ポケモン達。その一匹に彼は救われたのだ。結果的に、メタモンは生の人間とじっくり触れ合うことができた。そうして人間の姿にへんしんしたのだ。
その体を、彼はずっと使っている。
初めはもちろん、人間から逃げる一時しのぎのつもりだった。人間の姿では、野生の仲間の元には戻れない。しかし彼が人間の姿をコピーしたと知った、復讐に燃えるコジョンドは命じたのだ。

人間の中に溶け込み、私を手伝ってくれ。
 ▼ 5 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:12:23 ID:B/765YNY [5/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


『お疲れ様です』

扉を開けて、彼はそう言った。入ったのは山の麓の街の一角にある、小綺麗な雑居ビルの一室だ。彼の声に反応して、いくつかの人間の顔が彼を見た。

『ああ、ディットさん!! お疲れ様です!!』

一人の少女が、彼に駆け寄った。彼女は彼からコートを受け取り、手近にあったハンガーにかける。

『コート掛けときますね』

『俺の方が、後輩だぞ。いつもそんな──』

『良いんですよディットさん。貴方は働き者ですから』

そう言われてしまっては、彼も上手く拒否することが出来なかった。

『そうだぞディット!! ありがたく好意に甘えとけ甘えとけ!!』

『気にするなよグレース、こいつ照れてるだけだからな!!』

そんな野次まで飛んでしまう始末。もう手に負えない。彼は軽く身を竦め、それから自分のデスクに歩を進める。
ここが、人間としての彼の居場所。そして、ポケモン達のレジスタンスとしての任務を果たすための足掛かり。ポケモン愛護団体リンドの会だった。
 ▼ 6 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:13:17 ID:B/765YNY [6/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
『ああディット、あの道路、そろそろ整備が要るんじゃないか? ポケモン達がちゃんと使ってくれるのはいいんだが、老朽化が心配で』

『まだ大丈夫、な、筈だが。確認する』

ポケモン愛護団体には二種類ある。ポケモンを『愛でる』ことを目的とするものと、ポケモンを『保全する』ことを目的とするものだ。
前者はポケモンだいすきクラブが代表するように、ポケモンを捕獲し、人間の管理下に置くことを良しとする。対してこのリンドの会は逆、後者にあたる。
つまりリンドの会は、ポケモンを自然そのままにしておくことを目的としたグループであった。彼らの目的はポケモンと人間の健全な住み分け。だから彼らはポケモンを持たない。モンスターボールを持たない。そういう意味では、かつて存在したプラズマ団にも通じるだろう。

その組織の元に、彼は身を寄せていた。ここが、彼にとって都合が良かったのだ。まず、こういった環境保護団体でもないと、ちゃんとした戸籍のない彼が所属できる場所はなかった、という点がある。だがそれより大きかったのは──

『……やはり、大丈夫だと、思うんだが。ヒビとか、あったのか』

『ああ、実は一つ。小さいっちゃそうなんだが……ほら』

『確かに』

『残った森から山までのポケモンの遊歩道の、入り口辺りだな。ここ、亀裂入ってるだろ。これがどうにも気になってなあ』
 ▼ 7 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:14:11 ID:B/765YNY [7/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ここが、野生ポケモンのために動いていることである。
彼の仕事は、野生ポケモンを守るための設備を設計する技師だ。これをするために、ひたすらに勉強したのだ。そうして、彼は既に二本、レジスタンスが陣取った山と、麓に残った小さな森の欠片との連絡道路を建設している。リンドの会としては、山にポケモンが逃げられるようにするため。レジスタンスとしては、山からいつでも奇襲をかけられるようにするための道路だ。
彼は幸運だった。ここまで任務を果たすために好条件な場所は、他にはなかった。

『道路、見に行って、くる』

『おっ、頼むぞディット!! あっ一人じゃ足りないかもだろ、グレースも行ってこい』

『いや、俺は、一人でも』

『いいからいいから!! ほら二人で行ってこい!! デートだデート!!』

人間と触れあわずに済むような場所なら、文句のつけようがないくらい、最高だったのだが。
 ▼ 8 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:15:51 ID:B/765YNY [8/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告





『えーと、今回の道路は、あっちの方でしたよね』

『そうだ』

彼は、隣で地図を傾けて首も傾げる少女を横目に見た。彼女の名前はグレース。同僚だ。少女と彼は思っているが、齢は今年で25になる。正体がメタモンである彼の実年齢と比べたら、二倍以上は老けていると言えるだろう。
そんなグレースは、何故だか彼を気に入っていた。彼に心当たりはない。おかしいな、ただ俺は黙々と仕事をしていただけなのに。──そんな姿が気に入られたのだ、という結論に至れない彼は、毎日鬱陶しいような、ちょっと好ましいような、複雑な顔をする羽目に遭っている。

『にしても寒いですねディットさん』

『そうだな』

『ほら私こんなに吐く息が白い!! ほら!!』

はあ、はあと吐息をもくもくさせる少女を横目に、彼はまた口元をコートに隠した。生憎、メタモンである彼には吐息が白くなるような人間らしいシステムはない。

『寒いからな』

『もう二月ですからね!!』

『そうか』

もう二月か、と彼は思った。それからそう思った自分が少し嫌になった。何だかんだで、人間の中で馴染んでしまった気がする。

二人は既に、大分街の外れまで歩いてきていた。もうここまで来ると街灯もない。野生ポケモンの領域だ。
いくら二人がポケモン愛護団体の所属であろうと、ポケモンからしてみればそんなことはどうだっていいことを、彼は知っている。昨日の血気盛んなポケモン達を見ているから尚更だ。気が立った彼らは外敵を、人間の姿を見れば容赦はしないだろう。間違いなく殺しにくる。そしてこちらは、カウンター足り得るポケモンを持ってはいない。

『早く、済ませる、ぞ』

だから、見つかってはならない。迅速に仕事を済ませなければ。早く道路に向かい、確認作業をしなければ。

『……やばい道に迷ったかも』

『えっ』
 ▼ 9 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:16:27 ID:B/765YNY [9/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告





そう思いながら、一時間が経過した。

『おっかしいなー、ここ前も通りませんでした?』

『そうだな』

グレースは手に持った地図をぐるぐると回しながら呻いていた。完全に迷子だ。おかしい、大きな森などではないのに──そう思っても、彼は何とも出来なかった。こうなってしまっては、彼にもここがどこだかはわからない。

『困りましたね……どこでしょう、ここ……』

『ああ』

『一旦外に出るにしても、どっちが街かもよく分かりませんし……あっちでしょうか?』

そう言いながら、グレースは一歩、草むらの中へと踏み出した。ガサ、と音が立つ。


「殺す」


刹那、低い声が辺りに鳴り響いた。ただでさえ冷たい空気が、一層冷え込んだ心地がした。ポケモンの鳴き声だ。
 ▼ 10 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:17:39 ID:B/765YNY [10/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
『この声──』

『下がれ』

彼は草むらに立ち竦む同僚の手を引き戻し、彼女を庇うように身構えた。草むらの中を見据えれば、赤い瞳がその奥に見えた。
野生ポケモンだ。彼は目を細めた。一時間も歩いているのだ、こうなるのは、当然だった。

『ザングース……!! えっと、私達はアナタを傷つけるとか、そういうことは』

「殺す」

『黙れ、グレース』

草むらが揺れる。恨み言と共に。よく研がれた爪がキラリと光っていた。

「絶対に殺す」

『えっとなんですか、その、あっちょっと』

『黙れ』

『むぐっ』

二人の人影を前にして、ザングースの目は血走っていた。よほど人間への憎しみを溜め込んだのだろう、ボサボサの毛並みがストレスを物語っている。
ポケモンを前にして、彼は後ろのうるさい同僚の、その口を片手で塞いだ。人間の言葉に意味はない。それはもう、煮えたぎった怒りに油を注ぐのみ。少女は気づいていないが、もう、そんな段階はとうに過ぎているのだ。

再び彼がザングースに意識を向けた時には、そのポケモンは、爪を振り上げて空にいた。

「絶対に殺してやる!!」

ブレイククローだ。よく研がれた爪から繰り出されるそれは、生の人間の肉なら容易く切り裂いてみせるだろう。ザングースも、きっとそうするつもりだ。
一撃が迫ってくる。彼は同僚の口を塞いでいたその手で彼女を突き飛ばし、交差させた腕で、その刃を受け止めた。爪は彼のコートを引き裂き、肉へと至り……そこで、止まった。
 ▼ 11 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:18:27 ID:B/765YNY [11/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「っ──なんで」

「落ち着け。俺は、メタモンだ。レジスタンスの、メタモンだ」

「……お前か、昨日、リーダーが言っていたやつは」

ザングースはそう言って、地上に降りた。どうやらレジスタンスの一員らしかった。

「住みかを、荒らして、済まなかっ、た。俺は、任務中だ。彼女は、今のところ、協力者だ」

「そうか」

「すぐ、に、出ていく。街は、どっち、だ?」

「……あっちだ。まっすぐ行けば出られる」

「助かる」

ザングースは言い終わると、どこか悲しげな足取りで、草むらの中へと戻っていった。

残された彼は、後ろで尻餅をついたままのグレースに向き直った。

「あ"あ"っ……あー……あ……』

『……ディット、さん?』

『立て、る、か』

『は……はい』

その手を引き上げて、彼女を立たせる。それから彼は、まっすぐ、ザングースの差した方向へと歩き始めた。もうここにはいられない。
グレースは、さっきポケモンの攻撃をまともに食らったはずなのに、ピンピンしている彼を、まじまじと見つめていた。

『あの、ディットさん? 大丈夫なんですか? ザングース、怒ってたんですけど、その……』

『大丈夫だ』

『それに、ザングースと話していたような……』

『気のせいだ』

メタモンだから、とは言えない彼は、少し歩く速度を上げた。
 ▼ 12 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:19:21 ID:B/765YNY [12/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告





『ああっ、ディットさん、コート破れてるじゃないですか!!』

『そうだ、な』

街の辺りまで戻ってきた頃、そんなことを言われた。
改めて見てみると、彼の灰色のコートの左腕の辺りは中々に酷い有り様だった。縦横に引き裂かれたそれは何とも寒々しい。とはいえ仕方のないことだ。体はメタモンでも、服は人間用なのだから。

『後で私に貸してください、コート』

隣で彼のコートの袖を摘まみながら、彼女はそんなことを言う。

『どうして』

『私のせいで破れちゃいましたからね。縫っておきます。家事、得意なんですよ?』

『いい』

断った。彼女を振りほどくつもりで左腕を引いたら、またビリビリと音がした。

『もう、そんなに不安なんですか私の腕が?』

『お前は悪くない』

俺達は仕事であそこに行っただけだ。ポケモンは人間が怖かっただけだ。どっちも悪くない。お前も悪くない。──彼はそう言った。だから気を使う必要はない、と。
言った後に、強引にコートを剥ぎ取られた。

『ちょっ』

『つべこべ言わずにやらせてください。お礼ですからこれは。私がやりたいんです。やーらーせーろー』

『……寒い』

『あっごめんなさい』
 ▼ 13 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:20:20 ID:B/765YNY [13/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
───


「そうか、そんなことが」

洞穴の奥で、コジョンドはそう言った。外はもう暗く、冷たい星明りがうっすらと降り注いでいた。彼女の視線の先では、昨日とはうってかわって桜色のコートを纏ったヒトガタが、なんとも言えない顔をしていた。

「ああ」

「むやみやたらと人間を襲ってしまうと、人間を警戒させることになるな。戦力が今削がれてしまえば、勝てるものも勝てなくなる」

「そうだ、な」

彼はそう言った。
彼の職場は、ポケモンを保全するというその信条故にポケモンで自衛できない。虫よけスプレーを被るくらいしかない。……彼としてもその方が好ましい。だがポケモンが際限なく襲ってきてしまっては、おちおち任務もこなせなくなる。
コジョンドはそれを聞き届けて、わざわざ山を登ってきた同胞の脇腹を軽く叩いた。

「今晩の内に伝令をかけよう。伝令役のマメパトを起こさないとな」

「頼む」

「……それにしても」

叩かれたコートから、ふわり、と花の香りがした。
 ▼ 14 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:21:01 ID:B/765YNY [14/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「道理でいつもの服装じゃなかったんだな、メタ。敵襲かと思ったぞ」

「悪い」

彼女は鼻をひくつかせて、彼は少しばつが悪そうに俯いた。
彼のコートは借り物だ。グレースが、寒いから代わりに着ていけと差し出したもの。小綺麗な、桜色のそれは、まだ生暖かい熱がこもっていた。

「……人間の臭いがする。あぁ……肉と、ミントと、オレンの香水の臭いだ。……借り物か」

「仕事場の、同僚から、だ」

「……そうか」

コジョンドは顔をしかめた。目の前の彼は、どうやら人間と仲良くやれているらしかった。任務が上手くいっていることは喜ばしく、同時に、何とも言えない不安があった。薄暗い洞穴に、人工の桜色は眩しかった。

「脱げ。その服だと、皆驚くだろうから。……今日はここで寝ていけ。私の部屋の火、持っていっていいぞ」

「そうだ、な」
 ▼ 15 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:21:55 ID:B/765YNY [15/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告





自室の寝台に腰掛けて、彼は服を脱いだ。ザングースに裂かれた傷が、紫色に滲んでいた。つけたばかりの火に照らしてみれば、てらてらと懐かしい輝き方をした。
これを見られなくて良かった。心底彼はそう思った。皮も肉も骨も全部これで出来ていると知られたら、これまでの苦労は水泡に帰すだろう。

「はぁ」

痛みはない。だが、ため息が作り物の口をついて出た。

「面倒だが」

彼は部屋の隅から……いや、寝台と暖炉しかない狭い部屋だから、隅も何もあったものではないのだが、とにかく手を伸ばして、彼は一冊の本を手に取った。明かりに照らしながらぱらぱらと開き、一つのページを開ける。
それは成人向けの雑誌だった。裸の男が、にこやかにポーズを取っていた。彼はその男の腕と、自分の左腕を見比べて、少しずつ、少しずつその腕を人間のそれに似せていった。
定期的にこうしていた。人間でい続けられるように、何度も、何度も、少しずつ。

「……もういいか」

左腕が人間っぽく戻ったところで、彼は雑誌を閉じた。また部屋の隅に投げ戻す。積まれていた医学書と手鏡が、小さく音を立てた。
暖炉に土をかけて、彼は寝台に上がる。
 ▼ 16 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:22:59 ID:B/765YNY [16/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
───





『ただいま、戻っ、た』

『おう、お帰りディット!! 今度は大丈夫だったか?』

『ああ』

道路は問題なかった、そう、彼は同僚に言った。昨日は厄介な目に遭ったが、二度も同じことにはならない。彼は借り物のコートをハンガーにかけて、自分のデスクについた。
まだ時計の短針は真上にあった。窓の外が眩しい。彼はパソコンを起動して、自分の仕事に取りかかる。

白い画面に、黒い線で描かれたシンプルな図面。それは橋だった。ポケモン達が安全に移動できるように、という名目で彼が作成を提案した、山の頂上付近に設置される橋。もうほぼ設計図は完成しているこれは、大きく重くともシンプルな作りからして、建築業者に頼めば月末かその後くらいには架かるだろう。
当然、これも裏がある。
この橋には、ウィークポイントをあえて用意してある。ここを意図的に攻撃すれば、橋が一撃で崩落する、そんな弱点。そして崩れ落ちた橋は、山の斜面を滑り降り……彼の設計が正しければ、この街を破壊するだろう。その混乱に乗じて、彼の仲間は反乱する。そういう計画だった。

『……』

『えーと、ディット? その橋、もう、出来そうか?』

『ああ』

彼は仕上げ作業を行っていた。微調整に微調整を重ね、街を破壊するそれを組み上げる。
この橋がちゃんと仕事をしたなら、その進路上の建物は皆尽く壊れるだろう。予測している橋の進路には、ポケモンセンターも、だいすきクラブも、強いトレーナーが多いであろう対戦施設も並んでいた。そうなるように彼が仕組んだ。成功すれば、敵対勢力たる人間は軒並み弱体化は免れまい。……その進路には、彼が今いる雑居ビルも含まれていた。
 ▼ 17 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:23:52 ID:B/765YNY [17/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
不意に、ばん、と音がした。

『お疲れ様です!! 抗議ポスターの張り出し、終わりました!!』

扉が強く開け放たれて、グレースが入ってきた。どうやら彼女は、近く森の開発を計画していた企業に対しての、妨害工作を済ませてきたらしかった。
外から帰って来た彼女は室内を見回して、デスクにかじりついている彼に気がついたようで、彼の元まで歩いてきた。

『お疲れ様ですディットさん』

『ああ』

『あ、コートはもう少し待ってくださいね、あれ使っていいですから!! あっ私は大丈夫ですよ、色違い持ってるので、ほら!!』

そう言いながらグレースは、山吹色のコートの裾をひらつかせた。彼は無視した。
五秒ほど返事を待ってから、諦めた彼女はそのコートを脱いだ。ハンガーにかけて、桜色のコートに並べる。それからまた、彼女はパソコンをぬう、と覗き込んだ。

『へー、やっぱ凄いですよね、この橋』

『そうか』

『あっさりですねぇ、こんなに綺麗なのに!! あー、早く見たいなぁ!!』

何も知らないグレースは、画面の中の白黒の破壊兵器を眺めながら、素敵な未来を考えていた。彼は背中越しに感じる同僚の気配に眉を潜めて、のっそりと画面を閉じた。

『もう、いいだろ』

『……つれないなぁ、いつものことですけど』

気配が離れていく。
彼は視界の前方、部屋の奥の方まで同僚が去っていくのを見届けてから、またパソコンの画面を開いた。あいも変わらず、殺戮は画面の中に鎮座している。
目を閉じれば、暖かい窓辺の向こうで、ポケモンの声がした。どうやら人間の子供と戯れているらしかった。
 ▼ 18 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:25:04 ID:B/765YNY [18/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告





職場が閉まったのは、日没の少し後だった。彼は急かされるように雑居ビルを出て、星のない空を見上げていた。
もう設計図は組み終えた。後は資材の工面、業者の発注、そういった諸々をすればいい。……だが、それも明日からの話だ。彼は一先ずどこかしらで暖を取ろうと、冷たい夜の底を歩き始めた。

『早く帰ろう、エーフィ』

「はーい」

そんな風に笑いあうトレーナーとポケモンとすれ違う。顔を上げれば、遠くの家にワルビルらしきシルエットが浮かんでいる。何となく顔を背ければ、チラチーノを抱いた少女が歩いていた。

山に登る元気はなかった。一番彼に取って寝床に近いのは山の上のあの洞穴なのだが、毎晩登るのは骨が折れる。
ではそんな彼は今までどうしていたかというと、


『いらっしゃい……ああ、あんたか』

「いらっしゃい」

『……どうも』

一件のバーに入り浸っていた。いや、本当は備え付けの仮眠用ベッドに用があるのだが。
店に入った彼はカウンター席の一番奥に腰かける。少なくともここ二年は、彼の専用席になっていた。
 ▼ 19 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:26:01 ID:B/765YNY [19/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
『新作があるみたいなんだが、試していくかい』

「美味いぞ?」

『ああ』

彼がそう呟けば、バーテン役のレディアンはシェイカーを手に取り、店主は彼の肘の横にサービスのスモークチーズを添えた。彼はその内の一切れを摘まんで、そうしながら店の片隅のテレビを眺めていた。こうするのにも慣れていた。
テレビには、ドラマ番組が映っている。丁度キスシーンの最中だった。彼はもう、それが愛し合う人間のする動作だということも知っていた。

「出来たぞ」

『……出来たみたいだ』

レディアンからグラスを受け取った店主は、そのままそれを彼に差し出した。彼は受け取ったそれを口に含んで、それからグラスの中を覗く。
深い赤色をしていた。口のなかには、後を引く甘さが残っていた。彼が店主の横、レディアンを見てみたら、レディアンはシェイカーを洗いながら満足げに微笑んでいた。

『カシブとロゼルのカクテルだ。名前は……ミミッキュキラー、とかでいいかな』

「ダサい」

こんなやり取りも、もう二年は見ていた。

『ダサいと思う、ぞ』

『そうか』

彼はまたミミッキュキラーに口をつけた。彼の目から見ても、少なくともこの街の中では、ポケモンと人は仲良く暮らしているらしかった。
 ▼ 20 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:26:45 ID:B/765YNY [20/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
───


『お疲、れ、様です』

いつものように彼は職場に顔を出した。眠そうな眼の並ぶそこを抜けて、彼は自分のデスクについた。
パソコンを開く。図面を改めて確認してから、必要な経費を纏めはじめた。これをやらないと建築費が降りないのだ。どうせ崩すのに、と彼は内心で思って、どうにも嫌な気分になった。

ドタドタと、誰かが走ってくる足音がした。

『おはようございます!! ちょっと聞いてくださいよ!!』

『うわぁどうしたグレース、やけにカンカンじゃないか』

『何かあったの?』

グレースだった。彼女は目の前で唾でも吐きかけられたかのように激怒していた。

『昨日!! 昨日貼り出したじゃないですか、あのハウスメーカーへの抗議ポスター!! 昨日!! ……棄てられてました。棄てられてたんです!!』

彼女は怒っていた。許せないと怒っていた。
キーボードを叩きながら、彼は声を出さないようにため息をした。そりゃあ知らない内に変なポスターが貼られてたら剥がされるに決まっているだろう、とは言わない。
そんなことより、この橋の方が、ずっと大事なのだ。彼は構ってはいられなかった。表計算ソフトを立ち上げる。

『許せません私。ちょっと抗議するので……』

……気づけば、その服の首の辺りを、摘ままれていた。

『ディットさん、一緒に行きましょう』

『嫌だ』

大事な仕事があるのである。
 ▼ 21 イックサレンダー◆ZSQq537Gzc 20/02/12 23:27:37 ID:B/765YNY [21/21] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
大事な仕事があったのに。

『はぁ』

『あの悪徳ハウスメーカーの事務所はあっちです。絶対迷いませんよ今度は』

彼にとっては大事な仕事でも、人間にとっての最優先はクレームをつけることらしかった。グレースの先導でとぼとぼと歩く彼は、もう肩に重荷を感じていた。
大体、こっそり貼り出したポスターが剥がされたからといって、堂々立ち入って文句を言うのはおかしくないか。いや、平気でそうするからこそ環境保護団体は強いのだろうか。……そんなことを考えている自分に気がついて、なんとも人間みたいな思考だと彼は恥じた。

『なんで、俺、なんだ』

『え? 何か言いました、ディットさん?』

『俺、上手く、話せない、ぞ』

『良いんですよ、それは私がやります。ディットさんは、並々ならぬ存在感を出しながら私の後ろに立っててください。あっもしもの時は助けてくださいね?』

自信満々にそう話す同僚に、目が眩む思いがした。いや、こうなるのも別にこれが初めてではないのだが。

『っと、ここが奴らの住宅展示場ですよ、ディットさん』

彼女はそう言って足を止めた。五、六軒の家が立ち並ぶ小さな住宅展示場。彼女曰く、この家々の壁にポスターを貼ってきたらしい。壁に、窓に、セロテープで、ペタペタペタペタと、何枚も。

『いや邪魔だろ』

『ん? 何か言いましたか?』

『いや』

ポケモンの住む家に勝手に立ち入って、壊して、人間の家を作ろうだなんて言語道断です、とグレースは言った。そんなだからあのザングースのようなポケモンも生まれてしまうのだと。正しいような、でも正しいと認めたくないような、そんな言論に彼には聞こえた。
グレースは躊躇いなく展示場に立ち入っていく。事務所へと、まっすぐに。
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