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「大人になる」ということは、「何者かになる」と同義だ。
「何者かになる」ということは、「選択をする」と同義だ。
「選択をする」ということは、「責任を負う」と同義だ。
しかし、「責任を放棄する」ということは、「何物にもならない」と同義ではなかった。
〇
一体どういうつもりなんだ、と言われているような気がする。特定の誰かからではなく、世界から。何か行動を起こす度に胸ぐらを掴まれて、お前は一体何をしているんだと唾を吹きかけられている。「何でそんなことをしているのか、お前にはやるべきことがあるんじゃないのか」と、食事をする度に、排泄する度に、息をする度に問い詰められているような気がするのだ。
もっとも気がするだけであって、実際に言われているわけではない。あくまでも私の思い込み。しかしながら、言ってこないだけで思われてはいるだろう。根拠は視線だ。私が街中を歩く度に向けられる怪訝な色を伴った視線、「あいつ、進化もしないで何をやっているんだ」「大人なんだから進化しなさいよ」「将来性の塊とは言うが、その将来がいつになっても訪れないんじゃ話にもならんな」……。そんな幻聴が聞こえてくるほど、私の姿を見たポケモンはぎょっとする。
人間でいう、成人を果たしたくらいの年齢のイーブイ。通常のポケモンは進化先は一種類に固定されているのに対して、私たちイーブイは八種類以上もの進化先がある。
進化先とは、可能性だ。ポケモンは進化すれば、進化前に比べて圧倒的な力を手に入れることができる。その可能性がイーブイには何種類も用意されている。まさに可能性の塊。「将来性」という言葉の体現。
「私たちは何物にでもなれる。だから精いっぱい生きて、いろんなことを体験して、自分の道を決めていってくださいね」幼い頃からタコができるほど聞かされてきた言葉。確かにあの時、私には将来性があった。それは言わば、私が生まれながらにして持っていた才能のようなものだった。何にでもなれるという才能。それを発揮しないまま、時間だけが流れていった。
気づけば、私は大人と呼んでも問題ない、どころか子供と呼ぶ方が差し支えのある年齢になっていた。私はまだ進化先を決めていないのに。進化しようがしまいが、時間は平等に流れ去る。
あのとき確かに私は何物にでもなれた。しかし今の私は「何者かになる決断をしないまま大人になったイーブイ」だ。つまるところ、かつての私は己の才能にあぐらをかいて碌に自らの今後について思いも馳せなかった未来の加害者だった。
結果として、こんな惨状になってもまだ私は進化先を決断することができない。何者かになれる才能をみすみす手放したくない。そうして私はひとり閉じこもり、一丁前に進化することもしないまま、進化しなくてごめんなさいと泣き濡れる社会不適合者。誰に向かって謝っているというのだろう。許してもらおうとしているのだろうか。
はあ、まったく嫌になる。最悪の人生だ。青く澄んだ、澄み過ぎて黒色にすら思える空を睨みつけ、私は溜息を吐いた。