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ㅤ空気が変わった。
ㅤ肌のひりつく緊張感、背筋に這い寄る悪寒、心臓を鷲掴みにされているかのような強い圧迫感。
ㅤ額からどっと汗が吹き出す。
ㅤ眉間から鼻筋を伝って流れた汗が、顎からぽたりと滴るまでの十数秒の間、俺は微動だにしなかった。
ㅤ否、動けなかったのだ。
ㅤ危険だと分かっているのに、足が硬直して歩けない。
ㅤ気づけば、強く握りしめていた眼鏡はパキャリと割れていた。
ㅤ破片が手のひらに突き刺さっている。
ㅤ痛みはない。
ㅤそんなものを感じる余裕は、今の俺にはない。
ㅤ何故なら、そこにあるのは痛み等よりずっと先の根源的な恐怖。
ㅤそう、俺の目の前には、死があった。
ㅤ人とも似つかぬその生物はやがて、重く瞼を開いた。
ㅤ泣き腫れて血走った目が、こちらを覗いている。
ㅤその瞳に見つめられた瞬間に、俺の世界は色を失った。
ㅤ焦点の中心に収縮するモノクロームの世界。
ㅤ住人はただ二人。
ㅤそして今から、独りになるだろう。
ㅤあの眼鏡はきっと、これを抑えるためのものだったのだ。
ㅤ理から外れた異物。
ㅤ在るはずのないモノを見る魔眼。
ㅤだが、それを抑えるすべは、俺の手のひらの中で粉々に砕け散った。
ㅤもう後戻りは出来ない。
ㅤ俺は、ふと気になった。
ㅤその目には、一体何が映っているのだろう。
ㅤその目に、俺はどう映っているのだろう、と。
ㅤ壊すために作られた玩具か。
ㅤ屠られるために産まれた家畜か。
ㅤはたまた、モノとして認識すらされないような、視界の端のゴミ屑か。
ㅤ化け物が手を伸ばす。
ㅤそのか細い指が、俺の肌に触れる。
ㅤずぶり、と。
ㅤさして鋭くもない爪が、音を立てて首筋にめり込んだ。
ㅤ痛みはない。
ㅤ麻酔手術を受けている時のように、触感はあれど痛みは感じなかった。
ㅤ指先が血管の合間を縫うように、するりと肉を割って侵入してくる。
ㅤやがて、首の骨に触れた。
ㅤ骨を触られる感覚は初めてで、少々のむず痒さが来る。
ㅤ何故だか暖かい。
ㅤ下を向くことが出来ないからよく見えないが、どうやら首から垂れた血が少しづつ服を濡らしているらしい。
ㅤ三十五度の温もりが、汗で冷えた俺の身体を覆う。
ㅤそれはまるで、陽の光を浴びているかのような。
ㅤなんて穏やかな心持ちの中、突如として世界が廻った。
ㅤ空と地面がグルグルと。
ㅤ朝と夜が交互に来るように。
ㅤ惑星が自転をするように。
ㅤあまりにあっけなく、首をはねられた。
ㅤ徐々に薄れゆく意識。
ㅤぼやけた白と黒だけ視界の中で、ただひとつ。
ㅤ
ㅤ鮮やかな緋色が、散りばめられていた。
ㅤポケットモンスタースカーレットㅤ-DEAD END-