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【SS】あの夏、僕はポケモンを殺した

 ▼ 1 ◆77uL6pC9U2 23/07/16 17:03:45 ID:FErk8kME NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……どうして」

 その日、少年は困惑に声を漏らす。

 自分が数分前に預けていたモンスターボールには、回復された相棒のアチゲータが入っている。はずだった。

 しかしその手に握られていたのは、天体のような深い青と黄色のボール。中にいた存在を少年はもっと知らない。

「君は誰」

 紫と白のアカデミーの学生服。日よけの白帽子。なんてことのない少年の前には、折り紙で作ったような奇妙な生物が佇んでいる。
 彼は未知のポケモンと――自分の相棒を取り換えられてしまった。
 ▼ 31 夏色ネマシュ◆77uL6pC9U2 23/07/20 22:49:08 ID:QbLQTqhE [1/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 マリナードでの夜をポケモンセンターで明かしたのち、ソウタは朝早くから活気ある人々の声に気が付いた。

 普段からレッツゴーしているウパーと一緒に、せっかくなので市場に寄ってみた。
 
「おお、やっぱり競りだ。本場は初めて見るなあ」
「うぱぱ」
「うん。ご飯食べながら見よっか」

 マリナードタウンの名物、競売市場。
 白や水色の明るいタイルの広場には、朝早くから手慣れた様子で仕入れを行う人々。

 既に朝一番の回は終わったようで、「いやあ良かったんだい」という安堵の声が聞こえる。ソウタは声の主が、カラフジムの料理人だと気が付く。大柄な男は、大量のガケガニスティックを保冷バッグに詰めていた。

「……これ、次の競りですか?」
 ▼ 32 夏色ネマシュ◆77uL6pC9U2 23/07/20 22:50:16 ID:QbLQTqhE [2/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「お、お目が高いね! いかにもだが高くつくよ?」

 朝食のサンドイッチを頬張っていると、ウパーと共に珍しい品を見かけたので尋ねた。

 競りの主が用意していたのは、一個のモンスターボールだった。他にも古い鏡や小さな箱が置かれていたが、中でもこのボールは、丁寧に磨かれていて気になる。

「こいつぁムーンボール! ジョウトにたった一人しかいないボール職人が、丹精込めて作った貴重な品よ」

 得意げに話す主人の手には、月があしらわれたボール。確かに高級品と言えそうな見た目をしている。
 だがそれを見ているうちに、ソウタはひらめいた。

「……そうだ。店主さんはそういう骨董品とか詳しいんですか?」
「まあ古物商の身としては、そうだなあ」
「じゃあ、青くて天体みたいな珍しいボールとか。そういうのを見たことは?」
 ▼ 33 夏色ネマシュ◆77uL6pC9U2 23/07/20 22:51:11 ID:QbLQTqhE [3/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 頬にパイナップルを溜めたウパーを抱き上げ、少年は尋ねてみた。

 何もカミツルギだけではない。あの青いボールすら、見たことがなかった。もしやボールからも、何かわかったりはしないだろうかという淡い期待だった。

「うーむ。実は、話には聞いたことがある」
「え、そうなんですか!?」
「……だがちょいと、なあ。古物商にも手には入れられないブツらしくて。ボクはボールマニアってやつかな?」

 ソウタは「そうなんですね」と古物商に頭を下げた。

 やや落胆はしている。
 どうやら想像以上に、カミツルギの詳細は危険かもしれない。その考えは浮かんできた。
 ▼ 34 夏色ネマシュ◆77uL6pC9U2 23/07/20 22:52:13 ID:QbLQTqhE [4/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「せっかくだし、何か買ってはいかないか学生さん」

 ねだるような熱い視線。それでいて獲物を逃がさぬ獰猛さ。それに耐えかねて、ソウタはさっきから自分の近くにあった小さな箱を「じゃあ」と指した。

 男の店にはアンティークが目立ったが、その小箱はたったの500円で取引されてしまう。少年は、要りもしない買い物をさせられてしまった。

「まいど! 昼には競りもやるから、良かったら来なよ!」

 初めてだ。
 自分が確実に、苦笑いで義務的に手を振る感覚がわかる。ウパーを抱いていて良かったと思う。

「これが情報料ってやつかあ……」
「うーぱ」
 
 しみじみと呟いたソウタは、赤と黒の小箱を手にし、海岸線に向かって歩いて行った。
 ▼ 35 夏色ネマシュ◆77uL6pC9U2 23/07/20 22:53:59 ID:QbLQTqhE [5/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ◇◆

 
 マリナードから続く海岸線に座りこんでいた。

 浜辺には薄く波模様が残る。浅瀬にいるウミディグダがきゅいきゅい鳴いていて、ウパーが出ては引っ込むのを追いかける。カルボウは水が苦手なので、今は出ていない。

 自然音だけが占める空間に、少年は小箱を持っては思いを馳せていた。

「宝箱……」

 そして、みなさんだけの『宝物』を見つけてください。

 このクラベル校長の声はよく覚えている。それに対して戸惑った、自分の気持ちすらも。
 あの見知らぬ青いボールを手に取る。カミツルギは最近ようやくできた、自分の目標だった。それは果たして宝物になるんだろうか。
 
 ▼ 36 夏色ネマシュ◆77uL6pC9U2 23/07/20 22:54:56 ID:QbLQTqhE [6/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「レ……クレー……」
「ん?」

 少年は考えることに夢中で、それまで気が付かなかった。

 自分の持つ小箱がカタカタと動き、そしてまさか奇妙な声を発しているとは。

「コレクレー!」

 瞬間、赤と黒の小箱が独りでに開いた。

「う、うわあああああ!?」
 
 思わず少年は弾け飛ぶように転び、持っていたボールが砂に転がる。
 
「ヨコセー!」
 ▼ 37 夏色ネマシュ◆77uL6pC9U2 23/07/20 22:56:03 ID:QbLQTqhE [7/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「何これ!? ポケモン!?」

 小さなポケモンが、箱ごと飛び掛かる。中にはさらにちんまりした本体がいて、動く度に金貨が散らばる。

 本体がソウタの持っていたケースを引っ張っていこうとした。「ちょっと!」と、慌ててその手から奪おうとする。中身はセルクルのジムバッジだったからである。箱の中身は見た目よりずっとしつこくて、埒が明かない。

「た、助けてウパー! コイツポケモン!」

 ウパーはやや遠い位置にいて、水遊びに夢中だ。どうにか気づかないか、そうやきもきしている時。

 相手、あの小箱が吹っ飛んだ。

 ソウタは何もしていないが、バッジケースと共にこちらも転がった。
 ▼ 38 夏色ネマシュ◆77uL6pC9U2 23/07/20 22:57:07 ID:QbLQTqhE [8/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「コ、コレ……レ」

 小箱を牽制するようにして、見えない刃が複数刺さっていた。砂浜に影だけができて、熱気で揺れている。『サイコカッター』。

 攻撃主を見た小箱の顔色が、一瞬にして青ざめていく。

「……カミツルギ」

 しゃんとした佇まいで、納刀したカミツルギはソウタに振り返った。

 瞳のない面が、さめざめと少年を見る。起き上がると、彼は「もういいよ、ありがとう」と首を横に振る。
 ▼ 39 夏色ネマシュ◆77uL6pC9U2 23/07/20 22:58:23 ID:QbLQTqhE [9/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「クレ、クレナイデー!」

 アンティークの箱が、一転してカミツルギにひれ伏す様子を見せる。だが箱の方が重たく、失敗して金貨が散らばった。この華麗な転身芸を見たところで、カミツルギはどうもしない。

「結局何なんだ……コイツ」
「レー! クレー!」
「もうわかったよ」

 ソウタがスマホロトムに尋ねてみてわかったのは、これがあのコレクレーだということ。図鑑画面を見てようやく、看板に時々いるあの小さなポケモンだと気づいた。

 カミツルギを見てからというもの、コレクレーはビビり散らして平身低頭だった。

 ようやく戻って来たウパーが不思議そうに覗くもお構いなし。ずっと頭を砂浜に押し付けて止めないのだ。
 ▼ 40 夏色ネマシュ◆77uL6pC9U2 23/07/20 22:59:22 ID:QbLQTqhE [10/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ど、どうしようこのコレクレー」
「うーぱぱ!」
「連れてくの? まあ僕が買ったけどさ……」

 ウパーとしてはこれでも歓迎らしい。

 だがこのコレクレー、カミツルギにはひれ伏すも、ソウタに対しては生意気が直ったワケではないようだ。

 彼の投げたボールが弾かれたのである。同行したいだけで、言うことまで聞く気はないらしい。

「ヨコセー! クレー!」
「まあ……いっか」
 ▼ 41 夏色ネマシュ◆77uL6pC9U2 23/07/20 23:00:34 ID:QbLQTqhE [11/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「レー!」
「あんまり邪魔したらまた店に売るからね」
「コレレ!?」

 こうして旅にはコレクレーが加わる。カミツルギに比べたら、この程度は誤差な気がしてきた。
 
 少年はコレクレーをリュックに詰めると、ポケモンセンターにて待たせているモトトカゲのもとに急ぐ。次に目指すはチャンプルタウン。旅の道連れが増えて、ちょっぴりソウタの座る席は騒がしくなったのだった。


 ◆◆
 ▼ 42 夏色ネマシュ◆77uL6pC9U2 23/07/20 23:01:48 ID:QbLQTqhE [12/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「あんたはホゲータにしなさいよ。一番可愛くて、世話が楽チンなんだからね」

 クラベル校長が家を訪ねてきたあの日、母親は少年に向かってそう言った。

 3匹のポケモンから「好きに選んでください」と言われたが、実質は一択だったと思う。
 母親はお喋り好きで、見た目通りに派手な人であった。ソウタがホゲータを前にして俯いている時にも「やあねえ、先生ったら!」と愛想を絶やさずに話していた。
 
「うん」

 どうせ自分で選ぼうとしても、時間がかかって先生をわずらわせてしまう。パルデアのアカデミー行きも、このデニムのスニーカーも。全ては母が自分の為に選んでくれたもので、無下になんてできないから。

 そう思ってあの日、ソウタは言われた通りにホゲータのボールを手に取った。
 ▼ 43 夏色ネマシュ◆77uL6pC9U2 23/07/20 23:03:29 ID:QbLQTqhE [13/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ◆◆


 チャンプルタウン――宝食堂。
 手持ちのウパーを引き連れて、ソウタはお目当ての食堂へとやって来ていた。いまだリュックにはコレクレーもいる。

 和風の木造建築は親しみやすさがあり、座布団で談笑するスーツ姿の人もちらほら。ホウエンの料理が主流らしく納得だ。

「いらっしゃい学生さん! ご注文は?」
「ええと。このからしむすびってやつで」
「はいよ! 横のウパーちゃんの分も付けとくからね」

 慣れないカウンター席に座ったソウタ。
 背の高い椅子にやや苦戦した。活気ある店内を眺めているうちに、からしむすびが二人前届いていた。「うぱあ〜〜!」と隣のウパーは目を爛々と輝かせる。
 ▼ 44 夏色ネマシュ◆77uL6pC9U2 23/07/20 23:04:29 ID:QbLQTqhE [14/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「辛っ! あ、でも慣れたらイケるかも……」
「ぱー」

 しっかりとした美味しい昼食を摂っているうちに、ソウタは目的を忘れかかっていた。ここでオトシドリについてか、あるいは大穴に行く手段を聞いておかねばならない。

「若い学生さんはジムテストかい?」
「いいえ。あの、おばさんはでっかいオトシドリについてとか、知りませんか」
「オトシドリぃ?」

 宝食堂の店主の女性は、大きく唸ると首を傾げていた。

 ソウタがカウンターで困った顔をしていると「あんた知ってるかい?」と、女将の正面にいたサラリーマンに尋ねる。

「……知ってますよ。西1番エリアだと思います」
 ▼ 45 夏色ネマシュ◆77uL6pC9U2 23/07/20 23:05:47 ID:QbLQTqhE [15/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「え、あ、うん。そうです。そこにいるオトシドリ」

 女将に答えたのは、冴えない顔をした男性だった。頭に、白髪なのかメッシュなのか分からない線が入っている。疲れた顔をしていた。

 彼は淡々と、皿に山盛りのおにぎりを食べつつ続ける。
 
「自分は一度、上司に言われて確かめに行きましたが……特に大きい以外には、何の変哲もない個体でした。なので安全かと」
「そうなんですか」
「……はい」

 やや場は気まずくなったが、ソウタは必死に考え込んでいた。

 オトシドリについては少し分かった。

 だが肝心の大穴潜入について、どう聞いたものだろう。この男性はよく事情を知ってそうだし、何かを聞いておきたかった。
 ▼ 46 夏色ネマシュ◆77uL6pC9U2 23/07/20 23:06:59 ID:QbLQTqhE [16/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「うぱー!」

 とか考えているとだ。
 いつの間にやら、ソウタのウパーが男性の膝に乗って、こちらを見ていた。何かを訴えるように。
 
「あ、こらウパー!」
「……自分は大丈夫です。元気ですね、いいことだと思います」
「すみませんごめんなさい!」

 少年は立ち上がり、ウパーを無理矢理ボールに戻そうとした。

 その時、男性は膝にいたやんちゃ坊主ではなくソウタの腰元を見た。
 そして何かを確信するように二度、まばたきすると。小さく控えめな声でこう言った。

「あの……キミ。今からジムバトルしませんか」
 ▼ 47 今日はここまで◆77uL6pC9U2 23/07/20 23:08:13 ID:QbLQTqhE [17/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「へ?」
「タダとは言いません。それに自分はおそらく……キミが知りたいことを知ってますから」

 男性は立ち上がると、ウパーのいた膝を軽く手で払った。そして厳しいとも寛容ともとれない瞳が、ソウタを見る。

 身じろぎした。何だか嫌な予感が、少年には次第にひた走ってきたからだ。



「申し遅れました。ジムリーダーのアオキです」

 その男は改めて、落窪んだ顔を見せていた。
 ▼ 48 シンボラー@ププリンのけ 23/07/21 10:15:58 ID:9Agw2av. NGネーム登録 NGID登録 [s] 報告
良さげなSSなのに、無理に難しい表現使うせいでちょこちょこ使い方間違ってるのモヤる。嫌な予感が『ひた走る』とか、落窪んだ『顔』とか
 ▼ 49 ランクルス@アッキのみ 23/07/21 22:03:46 ID:zOacyJ1s NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 50 ジメレオン@ヤシのミルク 23/07/25 23:45:38 ID:4qCM3gMs NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 51 オンバーン@ノメルのみ 23/07/25 23:50:51 ID:0sZgs9SI NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
〜Fin〜
 ▼ 52 アママイコ@シャドーメール 23/07/25 23:51:46 ID:NvbgEy0g NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 53 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 00:42:00 ID:5IQEv0cI [1/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ◇◆


「焼きおにぎりの二人前、強火で……レモン付けてください」

 注文を聞くと、すぐさま「あいよっ」という威勢のいい声が返ってくる。

 ソウタはあれから3人のジムテスト挑戦者と戦い、何とかウパーとカルボウのみで勝ち通せた。セルクルで一度ジムは経験していたとはいえ、ここはチャンプル。トレーナーも随分と手強かった。

「……良かったです。キミが合格してくれて」
「アオキさん。僕はトレーナーとしては凡庸です。でも突然アナタに言われてジムテストを受けました。だからその、もし勝ったら約束してほしいです」

 おそらくだがソウタは――このジムに、自分たちは勝てないと思っている。

 彼は難関と言われる、ハッコウのナンジャモよりも、さらに強いジムリーダーと聞いていた。

 そもそもカミツルギと、ボールに入らなかったコレクレーを抜いた手持ちは、たったの2体である。少年はいなくなったアチゲータの存在を、今に強く感じさせられていた。
 ▼ 54 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 00:45:07 ID:5IQEv0cI [2/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告





 #4 普通




 ▼ 55 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 00:46:07 ID:5IQEv0cI [3/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「アナタの言ってた、僕が知りたいことを。教えてください」

 よれたネクタイを直す男性。アオキは静かにその場で屈伸をすると、ポキポキと関節が鳴った。元は食堂だったフィールドに歩いていく。

「……約束はできかねます。こう見えても営業の人間ですから。はい。では業務開始です」

 何人かの野次馬と観客が、見物のカウンター席を賑わしていた。
 かくして、チャンプルジムリーダー・アオキとの突発的なジムバトルが――ここに幕を開ける。
 ▼ 56 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 00:47:37 ID:5IQEv0cI [4/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「頼むよ」

 お互いに場には先鋒が出揃う。ウパーとノココッチ。

 ウパーは図体の大きな相手に対して、「ぱー!」となるべく大きく吠えていた。力んでも全然怖くないのがウパーらしい。

「先手はどうぞ」

 よれたネクタイを直すアオキが告げた。
 
「ですよね、ウパー『あくび』!」

 ソウタは始めからこの一手を決めていた。

 格上との戦闘とはいえ、負けてやる気はない。ならばと薄い勝ち筋を辿り、後続にも繋がる『あくび』を選択。ノココッチはウパーによって、元からの寝ぼけ眼をぱちぱちさせる。

 眠気は即座には作用しない。最低でも1回は、相手からの攻撃を受けることになる。
 ▼ 57 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 00:48:47 ID:5IQEv0cI [5/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「どうやら気が合いますね」
「うぱ……っ!」
「うわ」

 だが相手の選択はもっといやらしい。『へびにらみ』による麻痺だ。これなら地面タイプのウパーすら、問答無用に置物にできる。

「変えてもいいですが……攻めましょうか『ハイパードリル』」

 麻痺で、ただでさえ足の遅いウパーに攻撃はほぼ必中。地中からの一撃を喰らい、小さな泥団子がフィールドの端まで、すってんころりん転がっていく。

 ノココッチはそれから眠ったが、ウパーも大して動けない状況だ。

「お願い、『マッドショット』!」
 
 ノココッチが寝ている今、絶好のチャンスだがこちらも動けない。痺れてしまい、狙いを外した『マッドショット』がフィールドに広がる。

 これでは攻撃がほとんどできない。途中から上手く動けないウパーに対して、ソウタは指示を変える。
 ▼ 58 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 00:50:07 ID:5IQEv0cI [6/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「『アイアンヘッド』」
 
 ウパーがひたすらヤキモキと泥を吐いていると、覚醒したノココッチが頭突く。特性“てんのめぐみ”が、反撃を待たずの追撃を可能にする。ねじ巻いた尻尾が、直後にすかさずウパーを叩きつけた。

 フィールドにはしぶとく泥が残るが、あえなくダウン。ノココッチの攻撃が決め手だった。

「ごめん!」

 ウパーを手持ちに戻し、交代先を投げ入れる。
 この時点で相手は残り3体。かなり絶望的な盤面だが、トレーナーである以上は最後まで戦う必要がある。

「やれるだけやるよ、カルボウ!」
「ぼう!」
 ▼ 59 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 00:50:52 ID:5IQEv0cI [7/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ソウタの残りはカルボウ。

 こちらは炎タイプの特殊メインアタッカーである。ウパーの残した、泥のフィールドに降り立つ。カルボウはふと足元の違和感に顔をしかめた。

「先手必勝、『かえんほうしゃ』だ!」
「潜って下さい」

 カルボウが軽くジャンプして、小さな両手から炎が吹き上がる。ノココッチに先制した。

 予想外にかなりの威力を発揮して、大きな四節が吹っ飛ぶ。相手は『ドリルライナー』での奇襲の算段が崩れた。

「……『テラバースト』!」

 壁に叩きつけられたノココッチに対して、今は無色の光線が追い打ちをかける。
 しばらくして、目を回す。あのノココッチを撃破した。
 ▼ 60 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 00:51:46 ID:5IQEv0cI [8/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 カウンター席から小さな歓声が上がって、見た人の何人かはまだ理解出来ていなくてどよめいた。

(先ほどは、炎テラスタルでもない通常攻撃。ここまで効果はないはず。違和感があるなら――)

 アオキはノココッチを戻すと、ちらりと地面を見た。

 先ほどのウパーが荒らしていたフィールド。かなりあっさりと退場したウパーだが、彼らの真の狙いに気が付く。

「『アシッドボム』ですか。『マッドショット』に混ぜていた。特防が下がってたなら納得です」
「は、はい。流石ジムリーダー」
「なるほど……はい。見た目よりずっとしたたかだ」

 彼は1ヶ月もしないうちに、セルクルを突破したとは聞いていたが。ジムテストすら危うい生徒もアカデミーにはたくさんいる。
 アオキは改めて少年を見た。
 ▼ 61 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 00:52:18 ID:5IQEv0cI [9/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 どこにでも居そうな茶髪の大人しい生徒。しかしアオキがカウンター席で見た物が、もし本物ならば話は変わってくる。

「……警戒気味でお願いします。ネッコアラ」

 アオキは小さく、次鋒に対して呟く。そしてボールから出たネッコアラも「ねー」と夢うつつに鳴いた。

 カルボウと向かい合うと、アオキは開幕早々、食い気味に攻撃を宣言。

「『こうそくスピン』」
「あっ!?」

 眠ったままとは思えぬ、俊敏な動き。ネッコアラは抱いていた丸太で、フィールドを一掃した。目の前のカルボウを一切無視した動きだった。
 ▼ 62 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 00:53:16 ID:5IQEv0cI [10/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「やはり……ありましたね。『どくびし』。ダブルチェックは社会人の常ですから」

 ネッコアラの特性は“ぜったいねむり”。
 常に睡眠状態でありながら、他のポケモンと同じように行動できる。だから『どくびし』の設置が、ネッコアラを見ても分からなかった。

「でも今だ『ニトロチャージ』!」
「……ぼうっ!」

 さっきとは打って変わり、カルボウは近接主体の攻撃に切り替える。『こうそくスピン』後のネッコアラに飛びかかった。人型を活かした蹴りが直撃。

 だが相手は戦いのプロ。カウンターが早い。
 ネッコアラは蹴られた衝撃でノックバックするも、素早く丸太を使いカルボウに反撃した。『ウッドハンマー』である。
 ▼ 63 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 00:54:58 ID:5IQEv0cI [11/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そこです。『たたきつける』」

 ネッコアラが丸太を拾うと――思いも寄らぬ大打撃を与えた。素早さの上がっていたカルボウを、問答無用で地面に叩きつける。

 これぞチャンプルジム。タイプ一致のシンプルな強さである。
 
「カルボウ……!」

 ソウタの声へと応えるようにして、小さな火の戦士は立ち上がる。
 しかし連戦で体は傷だらけだ。審判が辛うじて判定の旗を下げた。

「行くよ。『ニトロチャージ』だ!」
「ネッコアラ、ここは受け切って」

 再び相手を恐れずに、カルボウは飛び込んだ。アオキは意外にも回避を指示しなかった。
 ▼ 64 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 00:55:50 ID:5IQEv0cI [12/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「相手の丸太を奪うんだ!」
「かっ……ぼう!」

 ここでソウタは機転を利かせた。相手のこれまでの攻撃は、どれも丸太を使った動きだった。そこに目を付ける。

 素早さの上がったカルボウは丸太を蹴飛ばすと、次の一撃を振りかぶる。

 勝負を決めるならここだ。

 ソウタは持っていたカルボウのボールを翳し、一回限りの切り札――テラスタルのボタンを押した。だがそれをするには、ほんの数秒足りなかったようだ。

「今です、『じたばた』」

 丸太を失くし、大幅な戦力ダウンと思われたネッコアラだったが。小さな体を活かし、近接戦闘を仕掛けてきたカルボウに飛びついた。

 これにはカルボウも驚いたらしい。裸同然のネッコアラは、四足の爪で暴れる。大きく体を動かし、カルボウのそこかしこをひたすらに殴る。
 ▼ 65 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 00:58:05 ID:5IQEv0cI [13/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……カルボウ!?」

 ソウタがテラスタルオーブを起動させた、まさにそのタイミングで。カルボウは結晶に覆われることはなく、目を回して地面に伸びていた。

「体力が減るほど威力の増す技……そっか。ああ、そっか」

 ソウタは握っていたモンスターボールを見て、静かに悔しさを零した。これで手持ちの戦えるポケモンはゼロ。ジムリーダーの完全勝利だ。

 確かに相手は格上だったが、思ってたよりも自分でも奮闘できた。ソウタはそう満足して「お疲れ様」とカルボウを戻す。
 
「アオキさん、対戦ありがとうございました。自分でも実りある勝負でした」
「……キミはまだ負けてません」
 ▼ 66 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 00:59:19 ID:5IQEv0cI [14/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 アオキの相変わらず覇気のない声に対し、「えっ?」と声が出た。

 ここでソウタはリュックにいる小箱のことを思い出す。
 
「あー。僕のリュックにいるコレクレー、アイツはボールに入ってないんです。だから僕の手持ちは……」
「いえ。むしろ……そのコレクレーを自分は知りませんでした。そうではありません。キミは間違いなく“もう一つのボール”を、所持していました」

 宝食堂のギャラリーは、そこから動かなくなったソウタに、にわかにざわつき始める。次第に「育成中でも戦いはやらなきゃ」「ひよるなよ学生さんー」といった、無自覚にソウタ達を追い詰める言葉がかけられる。

「ジムバトルでは学生の皆さんには本気で戦っていただきます。それが規則ですから……はい。お上から言われてまして。すみません」

 ソウタは、この時やっとアオキの真意を理解した。

 公衆の面前でも、あのカミツルギを出さざるを得ない機会。それにぴったりなのが、まさしくこのジムバトルだった。この男の目的は最初からそっちなのだ。
 ▼ 67 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 01:00:59 ID:5IQEv0cI [15/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
(この人、カミツルギを見たのか……! 多分あの時だ、食事中だ。油断してた。どうする、どうする)

 ソウタは被っていた白帽子のつばを握り、この選択に歯ぎしりした。

 しらを切り通すにはもう難しい。アオキの疑惑をかわせるとも思えないし、もしこれ以上の大ごとになったりしたら。自分の密かな旅の決意は、全てが水泡に帰す。

「……わかりました」

 深呼吸をすると、リュックの底に入れていた青いボールを取り出す。ネッコアラのいるフィールドに、それを投げ入れる。

 しんとした冷たさ。単なるジムバトルとはもはや違った、真剣勝負と探り合いの空気に触れる。

 
「いきなりごめん。お願いだ、協力して。相手を全部倒すよ――カミツルギ」
 ▼ 68 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 01:02:21 ID:5IQEv0cI [16/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……きゃしゃん」

 少年の切なる想いを聞いて。カミツルギは戦場に降り立つ。そしてヒトが息をつくよりも――遥かなる速度で。ネッコアラを切り捨てる。

 一瞬だった。

 その立ち振る舞いに目が追い付くよりも、斬撃に驚嘆するよりも速く。カミツルギの一太刀は確実に急所を抑えた。

 ギャラリーからはこれまでにない歓声。カミツルギの圧倒的な戦闘力に、宝食堂は湧いた。
 だがアオキの顔は渋いものだった。ようやく見えた相手の一手に、立ち尽くしたまま微動だにしない。長考は時々、アオキの癖として見られるものだ。

「……これは。正直、想像以上の事態ですね。ありがとうございましたネッコアラ」

 アオキはようやく決まった攻め筋と共に、ジムリーダーとして最後の手持ちを出す。
 ▼ 69 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 01:03:32 ID:5IQEv0cI [17/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 片足で立つ鮮やかな鳥ポケモン。カラミンゴである。

 この相手を見た瞬間の違和感。正体はすぐに判明する。明らかに立っている時の重圧が、これまでの2匹の比ではない。これにはカミツルギも同じようだった。

「普段は自分……ラストのポケモンで、ちょっとしたサービス芸をしていますが。キミとそのポケモンには、不要と判断します」

 相手は格闘タイプだ。

 カミツルギの推定は草と鋼であり、ソウタは密かに焦っていた。相手は全身全霊で勝ちに来ている。もはや挑戦者というよりも、侵略者への迎撃と言えそうな、そんな立ち振る舞いだ。
 
「お願いしますよ、カラミンゴ」
「くえーっ!」
「……来るよッ!」

 ソウタに対し無言を貫いたカミツルギが動く。
 ▼ 70 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 01:04:37 ID:5IQEv0cI [18/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 カラミンゴの先制攻撃が通る。『フェイント』が細やかにこちらを狙った。ソウタが指示を出せないまま、カミツルギは本能に任せた一手を打つ。『スマートホーン』での衝きの動きが、片脚での器用なフェイントを全て防ぎ切った。

「……素早さが上がっているのか」

 アオキは目の前にいる正体不明のポケモンに、知識をかき集め類推した。

 先ほどのネッコアラ戦よりも、この相手は研ぎ澄まされている。この実技試験用のカラミンゴと、平然と渡り合う合うほど――相手は強大だ。先ほどのネッコアラを斬ったのは『リーフブレード』で、ならばタイプは草か。しかし今の一撃は何なのか。

 淡々とカミツルギに関して、推理していく他ない。アオキは疲れたようにため息を吐く。

「カラミンゴ、『ちょうはつ』」

 片脚でもしっかりと立つ鳥が、休ませた方の足でくいくいっと挑発する。

 カミツルギはまんまとそれに乗ってしまい、『つるぎのまい』が不発。アオキからすれば「高速移動でもされたら溜まったものではない」という考えだったが、思わぬところで効果が出た。
 ▼ 71 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 01:05:58 ID:5IQEv0cI [19/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「やばい、このままだと……!」
 
 カミツルギはソウタのポケモンではない。言うことを聞くかはカミツルギ次第だ。

 だがカミツルギに戦闘の全てを任せた場合、今のようになってしまう。カラミンゴが単格闘であり、挌闘のほとんどが挑発や先制攻撃を覚えるという知識。このトレーナー間での戦闘のメタ的思考、読み合いなど。何よりテラスタルというパルデア特有の戦い方。それらが分かるはずない。

「カミツルギ、カミツルギ! 相手は格闘なんだ。だから有効打は――」
「『インファイト』」
「……!」

 挑発に乗った隙に、カラミンゴは近接戦闘を仕掛けた。

 『インファイト』での強力な前足の打撃。息を呑む間もなく、カミツルギに襲い掛かる。薄く風にすら乗る体が、この時初めてひしゃげたように歪んだ。
 ▼ 72 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 01:07:18 ID:5IQEv0cI [20/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 カラミンゴが再び前足を構える。地面に落ちたカミツルギへ容赦なく飛び掛かるのが、ソウタには見えてしまった。
 咄嗟に握った青い天体――ウルトラボール。薄い望みを託すように構えた。

「……切るしかない、勝ち筋を追うならこれしかない!」

 刹那に、カミツルギの体は結晶体に覆われた。

 眩い光が明けたと同時に、カラミンゴの『インファイト』が飛んできた。しかし先ほどよりも威力が落ちている。頭上の燦然と輝くテラスタルは花の形だった。

 思いがけぬ援護に驚いたのか、カミツルギは少年に振り返った。ソウタは静かに頷く。そこにあったのは「君をサポートする」という意志だった。

「僕は君を全力で助けたい。だから、一緒に戦ってほしいんだ」


 表情のない複雑な折り目が彼を見た。
 素直な少年の熱意に導かれるようにして――カミツルギは頷いた。そして抜刀する。これまでとは違う、ふたりで戦う意志を、ここに見せる。

「……『リーフブレード』!」
 ▼ 73 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 01:08:34 ID:5IQEv0cI [21/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 向かってきたカラミンゴに向かって、三度。フェイントを交えての一刀が引き抜かれた。もはやソウタの肉眼でも追いきれない。細い相手の足に肉薄し、まさに急所へ滑り込んだその時。

 カラミンゴの様子が変わる。カミツルギと同じく、白い結晶が相手を覆い隠していた。頭上のクリスタルは風船。飛行タイプのテラスタルだ。カラミンゴの翼が弛んでは斬撃を受け流す。

 気が付けば、相性最悪と言える盤面になってしまった。

「……危ない。トップに怒られた時よりもヒヤッとしました」
「ノーマルタイプのジムって聞いてたんですが」
「そうだった気がしますね」

 アオキは涼しい顔でそう言った。

 少年は素直に思う。ここまで高度な頭脳戦に、自分すらわからないカミツルギへの最適解の出し方。この男のやり方には怒りも湧くが、それ以上にトレーナーとして強い。ここまでの技量がジムリーダーにあるなんて、到底思わなかった。
 ▼ 74 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 01:12:07 ID:5IQEv0cI [22/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そろそろ決めないとまずい」

 カミツルギは――その圧倒的な素早さと引き換えに、装甲がほとんどないらしい。効果抜群の『インファイト』を一撃喰らっており、もう予断ならない状況だ。本人も弁えており、静かにカラミンゴを見据える。相手もかなり耐久が落ちていて、限界に近い。

 勝負を決するのは次の一撃。互いにそう認識する。

「決めますよ、先に懐へ」
「カミツルギ……ソーラーブレードを!」

 お互いが指示を口にする。
 だがまた近接攻撃を目論むカラミンゴに対し、カミツルギは一瞬ためらった。

 これには聞いていたアオキも同じくだ。『ソーラーブレード』は大技だが溜めが必要で、即座に攻撃ができない。ならばとアオキは口にしようとしていた攻撃を変える。防御も下がる『インファイト』から『アクロバット』へと、オーダーを変えようと動いた。その僅かな隙を生む。

 次の瞬間、勝負は決する。
 ▼ 75 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 01:13:34 ID:5IQEv0cI [23/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「今だ……ッ!」

 ソウタの声を聞き、佇んでいたカミツルギは動いた。

 そこにあったのは『サイコカッター』による、遠隔から切り付けられたカラミンゴ。相手のアクロバットがたどり着くよりも早く、鳥ポケモンを覆っていた結晶が粉々になった。

 試合終了――カミツルギの勝利だ。

 カミツルギと共に戦った、初めての勝負。その結果は歓声に溢れていた。ソウタとしても困惑しつつも、この勝利は嬉しかった。

「か、勝った……?」
 ▼ 76 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 01:14:35 ID:5IQEv0cI [24/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「…………はい。自分の完全敗北です。ソーラーブレードはフリですか」
「え、えっと、多分。もし本当に覚えてたら負けてました」
「そうですか」

 急いでカミツルギを戻す平凡な少年は、アオキに対し、苦笑でそう話す。

 カミツルギを知らないことを、完全に利用された一戦だった。あれはポケモンだけの強さではない。そう男は心に秘める。

「ジムバッジ、差し上げます。それであの、二人きりで話したいのですが」
「……嫌です」
「…………あの。すみませんでした。ジムリーダーでありながら、今回は自分、全力で勝ちに行ってました。はい。ですから、キミにお詫びがしたいのです」
 ▼ 77 ◆77uL6pC9U2 23/07/30 01:15:46 ID:5IQEv0cI [25/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 チャンプルのバッジを受け取った少年は、じっとくたびれたサラリーマンを見た。
 男は頭をポリポリと掻いて、下がり気味の眉と共にソウタを見る。この人の強さは本物だった。今は信じたい気持ちが勝っていた。

「わかりました」
「…………では、ここでは目立ちますから移動しましょう」

 ウパー達の回復もかねて、ソウタはアオキについて行くことに。

 二人が宝食堂を抜ける中で、何度も「すごかったよ学生さん!」と称賛をもらう。「僕は普通ですよ」「ポケモンが頑張ってくれました」と謙遜気味に返していた。
 そんな少年を見ていたアオキは、小さく聞き取れない声で呟く。



「キミのようなトレーナーを普通とは言いませんよ……」

 その声は、後ろを歩くソウタには届いていなかった。
 ▼ 78 ◆77uL6pC9U2 23/08/12 00:12:12 ID:TZtgNP4. [1/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



──ジムバトルを終えた後、ソウタは外に出た。ウパーとカルボウをアオキに回復してもらった。その様子をリュックサックから、コレクレーが「クレー」と物欲しそうに覗く。

「ありがとうございます」

 二匹に「さっきはありがと」と言って、ソウタはチャンプルジムでの激闘を労った。
 
「いえ。それで……キミの持つそのポケモンについて、聞きたいのですが」

 目線で指したのは、残ったただ一つの青いボール。

 まだ回復していないあのカミツルギだ。当の本人は相変わらず神妙で、しかし今はカラミンゴとの戦いでボロボロになっている。

 アオキは明らかに警戒をした目で見るも、カミツルギにも同じように傷薬を噴射した。
 ▼ 79 ◆77uL6pC9U2 23/08/12 00:12:50 ID:TZtgNP4. [2/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「キミの持つそれは確か、ウルトラボール。自分も資料でしか知りませんが……特定の種を捕まえる専用ボールと、昔上司から伺いました」

 ややあってから、ソウタはカミツルギを庇うようにして立つ。

 するとアオキが聞かせたのは、マリナードの古物商すら知らなかったボールの詳細だった。ウルトラボールという異質な名称。不思議と納得がいったのも、カミツルギの異常な強さを知っていたから。
 
「特定の種?」
「はい。パルデアにはまず居ないそうで……それ以上は自分もあまり。すみません」
「そうなんですか。あ、あの。アオキさんはその“上司”に、このことも言うんですか」

 アオキの上司という人物はよく知らない。

 それでもあのカミツルギに対する警戒っぷりは、ソウタにも危機感をもたらす。ほぼ不可抗力とはいえ、公衆の面前でカミツルギを繰り出してしまったのだ。何かしら連絡が行くのではないかと心臓が痛む。
 ▼ 80 ◆77uL6pC9U2 23/08/12 00:13:28 ID:TZtgNP4. [3/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「…………問題があればそうします」

 しかし意外にも、アオキの返答は控えめなものだった。

 少年の長めの茶髪が驚きに揺れた。ソウタの足の間から、未だに警戒を覗かせたカミツルギがアオキに向く。

「本当ですか」
「キミ達の戦ったあのカラミンゴは……通常、ジムでは使用しない個体でした。ミスがあれば、顧客にお詫びしなくてはいけません。申し訳ありません」

 ソウタに対しても依然、腰の低いジムリーダーはそのまま続ける。

「あの異常な戦闘力は警戒しましたが、ソウタ君の言うことを聞いていました。自分は……トレーナーの管理下なら、問題にはならないと判断します」

 このアオキの言葉には、安堵よりも肝が冷えた。
 カミツルギが言うことを聞くかなんて、彼にもわからなかった。たまたま土壇場でカミツルギが応えなかったら、今頃どうなっていただろうか。
 ▼ 81 ◆77uL6pC9U2 23/08/12 00:14:51 ID:TZtgNP4. [4/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「なら、いいんですよね……?」
「はい。宝探しを引き続き頑張ってください」
 
 内心で安堵していると、牽制のような「では」というアオキの声。

「受付案内に戻りましょうか」
「は、はい。ありがとうございます」
「いえ」

 少年がカミツルギを戻して、ジムの受付に歩いていくと。

 そこには長身の男性が立っていた。白シャツとサスペンダー姿でアオキに「お疲れさん」と優雅に手を振る。
 
「まいど! チリちゃんやで。このかわいー子が例の?」
「……はい」

 アオキと話している人は、長いクロムグリーンの髪が特徴的だと思った。「名前は?」と聞かれたので、とりあえず名乗る。

「ソウタです」
 ▼ 82 ◆77uL6pC9U2 23/08/12 00:15:48 ID:TZtgNP4. [5/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ん? ああ、男の子だったんか! いやすまんすまん。チリちゃん気づかんかったわぁ」
「え、あれ……女の人、ですか」
「いやいやお前もかい! こう見えても四天王や。美人さんやろ?」

 四天王のチリは、改めて自己紹介と共にソウタを見た。ニコニコと笑っているはずだが、彼女の瞳にソウタはいない。どこか不気味だった。

「自分やるやん。アオキが二番目なんやろ? コイツが負けたんひっさびさやねん。だからつい挨拶しに来てもうたわ〜」
「そ、そうなんですね。でも正直まぐれ勝ちだから」
「へぇ謙虚やな。チャンピオンテストまで行けるかもって、かなりスゴいから自信持ちぃ」

 チリはそう言って「ほな、これな」とチャンプルのジムバッジを受付の代わりにくれた。ソウタがお礼を言ってから、先ほどから足元にいたドオーを見る。大人しいのでしばらくじゃれていた。

 その隙に、彼女は背を向けて小声で話す。アオキがぼんやりと彼女を見る。


「つかアオキ。あんたカラミンゴ使って負けたんは……マジなん?」
 ▼ 83 ◆77uL6pC9U2 23/08/12 00:18:36 ID:TZtgNP4. [6/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「はい。戦闘用の個体をミスしました。すみません」
「ホンマにそれだけか?」

 チリは訝しむように男の肩をつんと引っ張る。

 カラミンゴは実技試験用、つまりは四天王戦で用いる個体しかいないはず。彼女は同僚なのでよく知っていた。

「そうです」

 アオキは整然と言い放つ。

 小さな沈黙が挟まる。「まあええか」とそれからチリは引き下がった。

 少年は大人たちの話を、ドオーを撫でまわしながらこっそり聞いていた。意外にも、本当にアオキは自分を庇っていたので驚く。
 ▼ 84 ◆77uL6pC9U2 23/08/12 00:19:54 ID:TZtgNP4. [7/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ほな、これからも頑張りや〜。ジム巡るんやと、カラフとボウルは多分もう行けるで」

 それだけ言い残すと、男性然とした彼女は歩いていってしまう。後をのっそのっそとドオーがついて行った。

「やっと行きましたか……彼女は悪い人ではありませんが、自分の上司とよく繋がってますから」
「……なんか疲れてます?」
「ああ、そうだ。これどうぞ」

 それには答えず、唐突に思い出したかのような男が呟く。
 ソウタはマイペースなアオキから重たい道具を受け取った。その道具には、ドーミラーに近い文様が刻まれている。
 
「なんですかこれ」
「“祝いの鎧”です。キミの連れているカルボウは、あのまま戦っていても進化はしませんから」

 カルボウの進化に道具が必要なことは、何となく聞いたことがあった。ただアオキからこれを貰うとまでは思ってなかったので、固まっていた。
 ▼ 85 ◆77uL6pC9U2 23/08/12 00:20:53 ID:TZtgNP4. [8/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「何でそこまでしてくれるんですか」

 少年の純粋な疑問。
 アオキはくたびれた顔を隠さずに、ぼんやりとその場で突っ立っていた。ただしこの最中も何かを考えていることは、先ほどのバトルでよく知っている。

「いえ。これは単なるサービス精神です。キミもいつか社会人になれば、分かるやもしれませんが……」
「そうなんですか」
「はい。若い人を見るとそういう気持ちになります」

 そういうもんかと少年は引き下がろうとした。「しかし」とは、アオキから飛んできた言葉。
 
「大穴は危険ですので、お近づきにならないよう学生の方にはお願いしています……ええ」

 少年の次の行動を見透かしたかのような一言。まさにこれこそが、先ほど問われた知りたいことだった。
 ▼ 86 ◆77uL6pC9U2 23/08/12 00:22:02 ID:TZtgNP4. [9/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「大穴に繋がるエリアゲート付近の見張りは、自分が受け持っています。あそこは危険ですから」
「……危険、なんですか?」
「はい」

 間接的にだが、初めて大穴内部についての言及を聞いた。
 カミツルギがやって来たという未知の大穴。内部に何があるのか、アオキから見ても危険であるらしい。

「なので……ライド用モトトカゲにはあまり無理させないでください」
 
 結局この人はどこまでが建前だったのだろう。ソウタは戸惑う。これまで出会った誰よりも、少年には腹の底が分からなかった。あのチリという同僚よりもずっと。敵とも味方ともつかない。

 それでもだ。この男に掛けようとしていた言葉は変わらない。リュックを背負い、チャンプルの出口に足を向けると、一礼。
 
「アオキさん。ありがとう、お元気で!」

 白いスクールハットの少年は、くたびれた男に笑顔で手を振った。リュックからは小さなコレクレー。「クレー!」と、少年の行動とは関係なしに金貨をソウタにせびる。
 相手はまた棒立ちしていてよく分からなかったが、男は少しだけ険が取れていたように見えた。
 
 ▼ 87 ◆77uL6pC9U2 23/08/12 00:24:25 ID:TZtgNP4. [10/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 

 ◇◆


 アオキと別れた後、ソウタはチャンプルから出て再びカラフシティに向かっていた。西2番エリアを抜ける辺りで、モトトカゲを止める。

 辺りはすっかり暗くなっていた。夕日が木陰に溶け込んで、ささやかにオレンジ色に染まる。

 ソウタは急いで寝袋と、ピクニックの用意をすることに。

「今日はこの辺りで休もうか」
「うーぱ!」
「うん。ウパーの好きなジャムサンド作るからね」

 てちてちと元気いっぱいなウパーは駆けてった。カルボウと一緒にテーブルの準備をし、コレクレーはそれを遠巻きにしては、自分のコインを楽しそうに見つめる。
 ▼ 88 ◆77uL6pC9U2 23/08/12 00:24:59 ID:TZtgNP4. [11/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告





 #5 君といた夏の夜




 ▼ 89 ◆77uL6pC9U2 23/08/12 00:27:31 ID:TZtgNP4. [12/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 食事の準備もできたところで、カミツルギがボールから出た。一人で夕日を浴びている。

「カミツルギ?」

 表情のない紙の塊が振り向く。折り目が風で揺れていて、祝いの席に似合いそうな白が薄い橙に染まる。
 
「あのさ……この前のバトル」
「?」

 少年はその場に屈んでみた。

「咄嗟だったのに、応えてくれてありがと。アレがなかったら大変だった」
 
 彼の被る白いつばが風で揺れて、膝についた手と丁度同じ高さにカミツルギがいた。
 30センチもない小さな体躯。それでもジムリーダーの本気に打ち勝ったのは、夢ではない。

 ソウタは妙にふわふわとした実感のまま、カミツルギを見つめる。するとふわりと、熨斗紙に似た体が目の前に浮かび上がってきた。
 ▼ 90 ◆77uL6pC9U2 23/08/12 00:28:15 ID:TZtgNP4. [13/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そうだ。君も何か食べる?」
「――しゃん」
「サンドイッチ。パルデアの名物グルメだよ」

 木のバターナイフでマーガリンとジャムをひと塗り。それからイチゴとバナナを軽くサンド。フルーツサンドを渡してみると、意外にもカミツルギは食いつく。

「あ、食べるんだ」

 少年はカミツルギが普通のポケモンと同じく、ごく自然にサンドイッチを口にしたことにまばたきした。それから微笑ましくもなる。

「甘いのが好きなの?」
「……」

 無表情な紙の剣。どこから咀嚼したのかは不明だが、確かにその時には小さく首肯したように見える。
 
「そっか。ごめん、今までも分けてあげれば良かった」
 ▼ 91 ◆77uL6pC9U2 23/08/12 00:29:38 ID:TZtgNP4. [14/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ソウタは夜に沈むパルデアを見ていた。

 ウパーは早くもウトウトして、カミツルギは初めに少し衝突したカルボウの隣に座り、コレクレーがじゃりじゃりと箱からコインを出している。彼らはなんてことない普通のポケモン達だった。

「楽しいな。でも」
 
 カミツルギは他人のポケモンで、ソウタと出会うはずがなかった。

 それが事件きっかけとはいえ、こうして一緒に旅をしている。ジムバトルも一緒に乗り越えて、同じ食事を食べて一緒の寝袋で夜を明かした。それは確かにパルデアに越してくる前に思い描いていた風景で、自分で決めた自分だけの旅。尊くて憧れていた、自由なポケモントレーナーそのものだった。

 少年はアチゲータのことを忘れてない。だがそれでも、こう思ってしまう。

「いつかは……別れが来るんだよね」

 じゃれ合ったり、作ったサンドイッチを分け合う4匹。

 彼らへ背くように。ソウタは消え入るような声で、ウルトラボールを握りしめる。そして物見塔だけの見える夜景に一人呟いていた。
 ▼ 92 ◆77uL6pC9U2 23/08/16 22:04:12 ID:aBPkL4qI [1/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 朝起きると、トレーナーであるソウタを余所に、2匹のポケモンが既に草原に立っていた。
 カルボウとカミツルギだ。

 先にカルボウが軽くジャブのように拳を奮うと、難なくカミツルギが見切る。続いて蹴りが出るが、そちらもひらりとかわしてしまう。少年は「おはよう」と声を掛ける。

「バトルの特訓?」
「……ぼう!」
「そっか。えらいなあ。カミツルギはすごく強いからね」

 それからも、カミツルギは淡々と剣術に体術を教え込んでいた。

 静かに手を翳せばカルボウもそれを真似る。紙の剣士が突きをすれば、火の戦士も拳を突き出して横の師匠を伺う。初めはアチゲータの件もあってやや険悪だったが、今となってはカミツルギの実力を完全に信頼しているようだ。
 ▼ 93 ◆77uL6pC9U2 23/08/16 22:04:54 ID:aBPkL4qI [2/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そういえば……進化もできるけど」

 カルボウの小さな肩を叩くと、昨日にアオキから貰った小さな鎧を見せる。カルボウは、何となく自分に関するものだとは悟ったらしい。しかし本人の意志で首を横に振る。
 
「まだってこと?」
「るぼっ」
「そっか」
 
 2匹が真剣に特訓している中で、ソウタは眠たそうなウパーに朝食の揚げパンを突っ込む。

 途中、起きてきたコレクレーがウパーからパンを強奪しようとした。これには「うーぱ!」と珍しく怒っていて、慌てて少年が介入して止める。
 
「クレー! ヨコセー!」
「そういえば……カラフには金物屋もあるよ。珍しい箱とか買ってもらえるかもね」
「レ!?」

 少年は少し意地悪く笑ってみて「流石に冗談だよ」と、物欲しそうなコレクレーは無理やりリュックサックに詰めたのだった。

 マップを起動すると、ピクニックセットもしまい、いよいよあの西1番エリアのオトシドリ捕獲に向けて動く。
 ▼ 94 ◆77uL6pC9U2 23/08/16 22:05:59 ID:aBPkL4qI [3/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「待たせちゃった。いこっか」

 ライド用のモトトカゲにも、チャンプルで買っていたパンをあげると。「アギャス」とひと鳴きし、少年を乗せた背中は慌ただしく走り出していく。

 水の都・カラフシティが再び見えてきたところで、ソウタはとあるものが目につく。

 何人かのトレーナーが妙に固まって、モトトカゲに乗るソウタを見てきた。服装からして、グレープアカデミーの生徒のようだ。彼らはヘッドホンをした背の高い男子生徒と共につるんでいる。見ていた少年はあまり気にも留めなかったが、彼らはどうやら小さなアジトを作っているよう。

「何だろ。あの星のサングラス集団」
「クレー!」
「……あのサングラス貰ってもなぁ」

 やや奇抜な集団に目を奪われていたが、ついに目的の西1番に近づいてきた。
 ▼ 95 ◆77uL6pC9U2 23/08/16 22:06:55 ID:aBPkL4qI [4/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ソウタはモトトカゲのライドギアを握る手に力が入る。空に目を向けた。よく晴れ渡っているが、あの堂々の存在感はまだ見えない。

「いないか。あんなに大きかったのに。どこに棲んでるんだろ」

 ソウタは身を乗り出してみるも、辺りにいるのはハネッコやププリンといった普通のポケモン達。コレクレーもリュックから顔を見せる。

 西1番エリアは丘陵地帯となっている。とりあえずカラフでボールの買い足しもしたところで、ソウタはモトトカゲを見晴らしのいい丘の上に目指させた。それまでは、変わらない穏やかな丘が広がっていた。

 しかし風車付きの塔が並ぶ地帯に来ると、様子が変わってくる。
 ▼ 96 ◆77uL6pC9U2 23/08/16 22:07:56 ID:aBPkL4qI [5/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告






 #6 大空のヌシ




 

 ▼ 97 ◆77uL6pC9U2 23/08/16 22:08:52 ID:aBPkL4qI [6/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「うわあ!?」

 突如として、ソウタ達の乗るモトトカゲは飛び跳ねて後退した。見ると大きな音と共に、さっきまでいた場所に巨大な岩石が降ってきたのである。
 コレクレーが「ヨコセ!?」と奇声をあげてしがみついた。

「オトシドリ……!」

 少年の声は正しかった。
 気づけば地上には大きな影。上空には憎悪に満ちた満面の笑みが一つ。岩を運んでは落とすという、あの時見た巨大なオトシドリ本人だった。「キョキョキョ」とくつくつ嗤うように鳴くと、遥か丘の頂上に飛び去っていく。

「モトトカゲ、急ぐよ。アレを追って!」
「ギャス!」

 何時間と大地を走り続けた自慢の脚力が、山岳に飛んだ白い大鳥を追いかける。
 ▼ 98 ◆77uL6pC9U2 23/08/16 22:09:53 ID:aBPkL4qI [7/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 少年も落ちないよう必死にしがみつく。何度も揺れて、時には大岩が前方に降り注いだ。その度にまたコレクレーの悲鳴も響く。

 やがて丘の頂上に辿りついた。オトシドリもそこからは動いていない。

「追い詰めたぞ……オトシドリ!」

 急いでモトトカゲから降りると、ソウタはすぐさま自分のボールを構えた。

 対するオトシドリは彼らを舐め腐ったような笑みで見つめるばかり。それから、ひと際大きな声で啼いた。


「ストオオオック!」

 威嚇にも似た奇声。それが戦闘開始の合図だった。
 ▼ 99 ◆77uL6pC9U2 23/08/16 22:11:01 ID:aBPkL4qI [8/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ソウタは勢いよくボールを投げる。出てきたのはウパー。やはり信頼する先発メンバーである。

「ウパー、『アシッドボム』!」

 小さな泥団子がオトシドリに勢いよく迫る。
 しかし、アシッドボムで狙いをつける前に吹き飛ばされた。「うぱっ!」という小さな悲鳴。オトシドリの『エアカッター』だ。

「ウパー!」
「うううぱ……」

 嬉々とした怪鳥の声が上から降り注ぐ。ケタケタとこちらを嘲笑っているようだ。
 
「続けて、『アシッドボム』をとにかく当てるんだ」
「うぱ!」

 ウパーは小さな体で相手に立ち向かう。

 相手は特に巨大なオトシドリだけあって、今度は『アシッドボム』が命中した。すぐに上空からは、先ほども見た岩石の山。『いわなだれ』だ。効果はいまひとつだが大岩に巻き込まれる。

「大丈夫!?」

 完全に場を支配した相手は、それからも容赦のない追撃を見せる。
 ▼ 100 ◆77uL6pC9U2 23/08/16 22:12:06 ID:aBPkL4qI [9/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 傷ついたウパーに対し『ちょうはつ』すると、アシッドボムを当てようが関係なく、エプロンめいた白い器官を伸ばし大空に連れ去る。

 ぐんぐんと距離を離されてしまい、遂に少年が指示を叫んでも伝わらなくなってしまった。

「エンゲッゲッ」

 空からは大鳥の嫌味な笑い声。
 モトトカゲと共に地上で見ていたソウタにも、流石に焦りが出てきた。ライド用のギアハンドルを急いで取り出す。
 
「あ、アイツ……! あのままウパーを誘拐する気か!?」

 少年は慌ててモトトカゲに乗り込むと、土煙に構わず前進した。素早さとしてはこちらの方が早い、そのうち追いかけ続けていれば追いつける。

 だがオトシドリを見続けた少年は、次の行動に目を疑う。

「……!」

 オトシドリは小さな泥んこのウパーを絡め取り、次には空から突き落とした。
 ▼ 101 ◆77uL6pC9U2 23/08/16 22:13:27 ID:aBPkL4qI [10/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 落ちたウパーが「うぱっ!」と痛そうに跳ね返ると、また拾い上げては突き落とす。その度に大空からの悪趣味極まりない笑い。

「ゲッゲーッ」
「遊んでいる、のか……?」
「キエー!」
 
 何て所業だろうか。鬼畜の如き、野生の中でもひと際下劣な、快哉の声は続く。

 だが普通の野生ポケモンがここまでの悪行を成すなんて。彼は全く予想ができなかった。ウパーを攫われてしまったのはソウタの責任だ。自分の落ち度だ。でも今はモトトカゲでひたすら追いかけて、アレから助ける術なんて自分にあるだろうか。手持ちに飛行ができる種族はいない。

 少年が静かに怒りで震え、考えているときだ。腰元のボールの一つが大きく揺れた。青い神秘的なボール――ウルトラボールだった。

 いつの間にか、カミツルギは自身の意志で目の前にふわふわと浮遊する。

「カミツルギ」

 少年の方を見ていた紙の剣は、それから厳しい面持ちで大空を見上げる。意志を汲むかのように素早い判断だった。
 ▼ 102 ◆77uL6pC9U2 23/08/16 22:15:14 ID:aBPkL4qI [11/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ま、待って。それなら!」

 少年はモトトカゲの頭付近に浮かんだ一匹と、自分の赤いモンスターボールを取り出す。もう一匹の信頼する相棒。カルボウが出ると、ソウタの背にしがみついていた。

「僕たちも協力する。君ひとりにやってもらうなんて、嫌なんだ」

 ボブカットの茶髪が走行で激しく乱れていた。そんなのはお構いなしに、ソウタはカミツルギを見る。ビー玉にも似た蒼い眼をしていた。

「だって君も……仲間だから」
 
 カミツルギをここまで連れてきた第二の主は、最初からずっとポケモンの為に動いてきた。元の主と同じ、その真っ直ぐで純然な意志に間違いがあるはずない。

 カミツルギが、再び彼の意思に頷くのにも──時間はかからなかった。

 目標はあの小さなウパーを落とす怪鳥。火の戦士と紙の刀剣が互いに頷き合った瞬間、モトトカゲのギアハンドルを握るソウタは叫んだ。
 ▼ 103 ◆77uL6pC9U2 23/08/16 22:17:26 ID:aBPkL4qI [12/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「カルボウ、カミツルギを背負って! 『ニトロチャージ』!」

 彼の「蹴って!」という決死の声に従い、カルボウは少年の背中を踏み台にして、カミツルギを背負い上空に飛び出した。その燃えた足先からは激しい火の粉が散り、更なる上層へと押し上げる。

 オトシドリの数メートル上を位置取った瞬間に、カルボウは勢いよくカミツルギを放り投げる。

「かっぼう!」

 炎の申し子が願いを託すように紙剣を投擲した。

 翻り、風を受けて、凄まじいスピードで飛来するかのように。

 カミツルギはオトシドリに接近する。
 そしてこちらへの注意を確認し、相手の瞬きを確認した、刹那だった。
 秋霜三尺の刀剣を初めて敵の目に晒す。
 ▼ 104 ◆77uL6pC9U2 23/08/16 22:18:52 ID:aBPkL4qI [13/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ゲ……?」

 それは絹糸が張りつめるよりも、一瞬にして、単純な太刀筋だった。

 相手の急所、すなわちは首と翼を繋ぐ筋肉を割くようにして、カミツルギはリーフブレードを抜いた。相手が墜落を見せたのはそれから1秒もしないうちだった。

 敗北、そして圧倒的な目の前の戦力に慄く間もなく、巨大なオトシドリは丘に落ちていく。

「カミツルギ、ウパー!」

 俊足を誇るモトトカゲがオトシドリに接近するが、墜落には間に合いそうにない。

 少年たちを見て動いたのは、地上に戻りつつあるカルボウだった。二度、ギアを踏んだニトロチャージでの更なる素早さを得ると、彼女はゆっくりと落ちつつあるカミツルギとウパー。その両名を空から抱き留めた。

「……カルボウ! ありがとう」
「うーぱ」
「ウパーごめんね。痛かったでしょ」

 しょんぼり顔のウパーは頷く。傷は多いが、深手ではないので安心していた。少年たちはウパーを取り戻した。

 だがいつの間にやら、あのカミツルギはいない。ふと目を動かすと、落ちてきたオトシドリの眼前に立っている。
 ▼ 105 ◆77uL6pC9U2 23/08/16 22:20:09 ID:aBPkL4qI [14/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ギギギ……ギョアエェ」

 もう既にオトシドリは、あのウパーを虐めていた頃の嫌味なる尊厳も、ふてぶてしさも消え失せている。静かに首元に立つ小さな紙剣に対し、命乞いのような奇声を絞り出す。地に刺さる片腕が鋼よりも鋭いとは、先ほどで思い知ってしまった。

 ソウタは走っていくと、抜刀を試みるカミツルギに「待った」と文字通りの制止をかける。それから少年は、歪んだ笑みのような目をした鳥を見る。

「……オトシドリ。君の命は今、そこのカミツルギと僕が握ってる。それは分かるよね」
「……! トオオク! オオクッ!」

 大きな体躯とは裏腹にすっかり小物と化した面が、何度も何度も頷いた。

 このポケモンは凶悪だが、強いものには滅法媚びへつらうらしい。アオキが見た際に何もなかったのはそのせいだろうか。

 いやそれよりも。あの野生とは思えぬずる賢さに付け入って、少年は口を開く。


「君を見逃す代わりに、お願いがあるんだ」
 ▼ 106 ◆77uL6pC9U2 23/08/16 22:21:07 ID:aBPkL4qI [15/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



 ◆◇


 白いスクールハットが何度も揺れる。風に。そして羽ばたきに。

 今まで見たことのない、遥か上空から見るパルデアの景色。昼間だろうと眩い電飾のハッコウシティに、後方には美しい青タイルの町並み。これから自分たちが見るのは、果たしてこのような絶景だけだろうか。

「いつの間に、僕はこんなにずるくなったんだろう」

 あの巨大なオトシドリに運ばれている少年、ソウタは一人で呟く。

 カミツルギに待ったをかけたあの時。少年は自分たちを大穴に連れていくように言った。カミツルギの戦闘能力に怯え、やたらと賢いオトシドリは、すぐにでも理解したようだった。

 少年は利用した。
 カミツルギの力と自分の立場を、確かにあの時使ったのだった。それが何だか自分でも信じられなくて、何度も過ぎ行く風と雲の中、そのことを考えていた。
 ▼ 107 ◆77uL6pC9U2 23/08/16 22:22:17 ID:aBPkL4qI [16/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「これでカミツルギを届けて……それで。それでいいのかな」
「クレー?」
「ううん。こっちの話」

 数時間ぶりに顔を出したコレクレーは、珍しく不安に顔を曇らせた少年を見た。

 ソウタは無理矢理笑ってみたが、このポケモンもまた、自分が連れてきてしまったのだと。その事実を思い出して複雑な表情になる。

 少年は風の中で考える。

 大穴にいるカミツルギのトレーナーに会って、それからアチゲータともう一度交換してもらう。そうしたら本当にこの関係は終わりだ。でももしも、もしも拒否されたら? あるいはそのトレーナーも見つからなかったら? その時、自分はどうするのだろうか。

 カミツルギとアチゲータ、もはやどちらも大切な存在になってしまったから。それをどうしようもなく、今感じていた。

「選べない、だろうなぁ。僕じゃ」

 小さくなったウルトラボール。
 気が付くと手のひらに収まるその天体を、少年は何度も見つめていた。時々強い光が乱反射して、自分の物憂げな顔を映してくる。
 ▼ 108 ◆77uL6pC9U2 23/08/16 22:23:22 ID:aBPkL4qI [17/17] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「――ストオオォク!」



 その時、オトシドリが嫌々ながら大きく鳴いた。

 目線を下ろせば、遥か下まで青みがかった巨大な虚空。パルデアの大穴に辿りついたのだ。

 思考する暇はもうない。ソウタはオトシドリを軽く3回小突いた。合図を受け取ったオトシドリは、やっと元の厭らしい笑みをとり戻していた。
 


 息を呑む間もなく、少年はリュックサック諸共――パルデアの中央にて口を開けたような大穴に突き落とされる。体を固く固く強張らせて、その身一つで目的地へと墜落していった。
 ▼ 109 ノコッチ@ウイングボール 23/08/17 19:21:23 ID:BPK.vVco NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 110 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:37:05 ID:3De2ACHI [1/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 

 落ちる。落ちる。少年は落ちていく。

 凄まじい風速でアカデミーの制服は膨れ上がり、何もできないようにすら感じてしまう。ソウタは必死の抵抗にてスマホロトムを持つと、力いっぱいに叫んでいた。

「――ロトム!」

 少年が両手で持った端末に、中にいたロトムは慌てて応答した。

 大地が見えてきた頃に、ようやく安全プログラムの一つが動いたのである。

 しかしロトムの微弱な浮遊では、ソウタ達が落ちた高度からの衝撃を殺しきれない。まもなく地面に衝突する。このままでは無事では済まされないと、今まで考えないでいた恐怖が目の前に迫って来る。

「うっ……!」

 思わず目を瞑ったその時、ソウタは大きな物体にぶつかる。衝撃でリュックが一部開いて、中にいたコレクレーが転がった。「クレー!?」という悲鳴が続く。
 ▼ 111 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:37:55 ID:3De2ACHI [2/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 しかし大した痛みはない。まだ自分の心臓が激しく動いていた。

 恐る恐る目を空けてみると――そこにいたのは一匹のドオーだった。弾力ある体で、落ちてきたソウタとロトム達を受け止めている。

「どー」
「え、えっと。体がちょっと小さい。それに……その目はウパー?」
「どー!」

 自分たちを受け止めたのは、ボールから出た仲間のウパー。
 いつも自分たちの隣にいた可愛らしい泥団子。その進化した姿だった。

「進化したんだ。すごいよ! うぱ……」
「どお」
「あ、ドオーか。うんありがと」

 ソウタはすっかり逞しくなった自分の相棒を見る。白いスクールハットは失くしてしまったらしい。撫でまわしてから降り立ってみて、それから目線を上にする。

 そこには果てしなく広がる青空に、岩壁は辺りを隠すように円柱状に聳える。あのオトシドリはもう見えない。

「ここが大穴の内部……?」
 ▼ 112 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:38:49 ID:3De2ACHI [3/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告






 #7 パルデアの大穴




 
 
 ▼ 113 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:40:05 ID:3De2ACHI [4/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 
 彼はようやく、ここまで見てこなかった地上を見渡す。

 辺りは暖かな草原が見渡す限りに広がっていて、背の高いリキキリンの群れが草木を咀嚼していた。空気はどこか薄寒い。所々に大きな虹色の結晶が露出しており、見た目も相まって別の惑星に来たようにすら感じる。幻想的。そんな言葉がよく似合う。

「綺麗……」
 
 再三、大人たちから危険と言われた場所。最初の素直な感想はそれだった。

 少年が落ちて転がってしまったコレクレーを拾い上げると、持っていたウルトラボールが独りでに開く。カミツルギが自分の意志で外に出たのだ。

「カミツルギ?」

 小さな熨斗紙が、静謐な緑の大地に降り立つ。

 ソウタが見守っていると、やがて周りを見渡してから、ある一点を指す。螺旋状に広がる未開の大穴。そのまだ見えぬ深く暗い底を、短くも鋭利な片腕が示す。
 ▼ 114 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:40:57 ID:3De2ACHI [5/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「……君のご主人がいたのも、そこなんだね」
「しゃしゃきん」

 ドオーをボールにしまった少年は、屈んだままに小さな相棒を見つめる。複雑に折れた顔に近い部分が、僅かに揺れている。
 
「わかった。君を必ず送り届ける」

 立ち上がると、すぐさま少年は駆けだした。

 秘められていた大穴の底には何があるのか。授業で習った財宝はあるんだろうか。ずっと会いたかった相棒のアチゲータにも、ようやく会えるかもしれない。そんな期待と、旅路の終わりを感じてどこか寂しくなる気持ちを抑えて。

 少年は走る。カミツルギの道案内に続いて下っていく。

 空中にはアーマーガアの群れが飛んでいて、ワタッコがわらわらと集まっては、様子だけを見て去っていく。大穴内部の光景は、まるで楽園を体現するよう。ポケモン達が穏やかに暮らしていて、豊かな自然と共生している。
 ▼ 115 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:41:59 ID:3De2ACHI [6/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「危険、って言ってたけど」

 今のところ、あの急降下に描く地下の大穴の地形くらいでしか、そう言われた理由がわからない。確かに野生の中では強い種が揃っているようだが、無為に突撃でもしない限りは平気そうだ。

 少年が考えながらも、ひたすらカミツルギを追っていると。

「あれは」
 
 この自然のみの楽園の中に、基地ユニットらしき建造物があった。苔むしているが、これが歴史学でも聞いた研究所だろう。

 先頭を行くカミツルギを見てみると、中に入るようだった。今までよりも人影を警戒し、ソウタはカミツルギに続いていく。
 ▼ 116 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:42:50 ID:3De2ACHI [7/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「……見つからないといいけど」

 入ってみると、やはり研究所の一部だった。

 中央には大きなスクリーンパネル。少年が足を踏み入れた瞬間に小さな照明が灯る。肩を震わして、警戒していると、スクリーン前の丸い床がぼんやりと光っている。すると、問答無用にカミツルギはその上に乗った。

「知ってるの?」
「……」
 
 カミツルギからの返答はなかった。
 何故だか今までよりも話しかけづらい雰囲気だった。それに先を急ぐような素振りすらある。

 少年とカミツルギの乗ったワープパネルは、少ししてからふたりを転送する。

 転送先は同じ基地ユニットのようだ。見た目はほとんど同じで分からない。周囲を警戒して外に出てみると、少年は思わず声を上げてしまう。

「なに……これ」

 あの暖かな草原地帯からは一転。基地ユニットの周りは薄青い洞窟が広がっていた。
 ▼ 117 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:43:49 ID:3De2ACHI [8/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 岩壁には突き刺さるようにして、大きな花弁が休む。上層部でも見た結晶体は、さらに大きく露出し、レーザー光線に見紛う輝度で、ギラギラと洞窟部分を照らす。これまでとはまた一段と雰囲気が異なっている。

 しかしそんな異常な光景に見とれている暇はないと、カミツルギはさらに下層へと進んでいく。

 ソウタも追いかけていこうとするが、足が止まる。カミツルギが急停止したのである。
 
「カミツルギ?」
「……」

 黒い三つ首を持つ凶悪なポケモン。サザンドラがカミツルギの前に立ちはだかっていた。

「さ、サザンドラ!?」
 
 だが様子がおかしい。
 首をこちらに寄越す動きがどこか機械的で、妙に角ばった首の周りには電子的な粒子が流れる様子を見せる。どう見ても普通のサザンドラではない。
 ▼ 118 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:45:01 ID:3De2ACHI [9/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「サザンドラのロボット……?」

 ソウタから出た感想は、すぐに正しいと証明されることになる。

「うわ!?」
 
 目の前のサザンドラのロボットは大きく口を開くと、カミツルギ目掛けて超速の光線を放つ。『テラバースト』だ。見切れたからいいものの、当たっていたら間違いなく消し炭だった。表情一つ変えず、しかし口からは硝煙が上がっていた。

「……しゅしゃきん!」

 鉄でできた首に、カミツルギは単身斬りかかる。

 鮮やかなフェイントを交え、右で抜くと見せかける。するとやはり本体の頭がつられたので、すかさず本命の一刀。『スマートホーン』が鉄の首を串刺しにした。

 見事な一本勝ちと思いきや、しぶとく噛みついた相手からの『あくのはどう』。装甲の薄いカミツルギには痛い傷となる。それから苦しげに、トドメの『リーフブレード』を相手の急所に差し込んだのである。
 ▼ 119 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:46:11 ID:3De2ACHI [10/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 あっという間の幕引き。

 このハイスピードなバトルにソウタは一切の介入ができなかった。しかし、それでも出来ることはと、カミツルギに傷薬を向けた。

「カミツルギ、その傷回復――」
「しゃき!」

 だがカミツルギはこれを拒絶する。

 今はそんなことどうでもいい。そう言うように、先を急いでいる。もはや少年を引き離す勢いですらあった。光速に劣らない素早さが、ぐんぐんと独り、大穴の深層に進んでいく。

「カミツルギ……?」

 今まで見たことのない嫌な焦燥。少年の胸中はざわめいていた。

 置いてかれぬようにとひたすら後を追う。岩盤ほどの大きな結晶。地面がテラスタルオーブにも似た物質で、覆われている箇所は増えていく。普通の洞窟ではない光景が続くが、カミツルギは先に先に進む。
 
 そのカミツルギが遂に立ち止まった。
 ▼ 120 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:47:22 ID:3De2ACHI [11/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 
 今までも見た基地ユニットの一つ。その入り口付近で立ち尽くしていた。周囲にはいくつか人工物があって、誰かが言っていた財宝もあるような古めかしさ。

 少年も後から追いつくと、息を呑んで理由を目撃する。

 そしてすぐにでも血の気が引いていった。自覚ができるような、そんな重たい一瞬が過ぎていく。

「人が、倒れて、いや……」

 白く機械めいた隊服を着た人間。

 彼か彼女かも不明なそのヒトは――海より青い肌から血を流したまま、倒れていた。
 ▼ 121 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:48:20 ID:3De2ACHI [12/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ◆◆

 
「もう行かれるのですね。いい旅を」
「ええ。貴方も」

 宇宙歴3,056光年。
 この日、私は初めての長期探索任務に就いた。
 隊長より支給いただいたべベノムは、今日も身体検査クリアー。いい旅が期待できそうだ。
 これより過去パラドックスの土地“パルデア”に赴き、現地調査を開始する。
 この地で起きた因果律の異変、そして極めて特異な時空の歪み。我らが光を持つ、ネクロズマを混乱に追い込んだ原因はこの時代にあると推察され、その原因を取り除かなくてはシオニラ隊長も安心なさらないだろう。

 ▼ 122 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:49:00 ID:3De2ACHI [13/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



 ◇◇

 
 宇宙歴2,040光年。
 この調査船ルーナイトは中途の薪水補給を挟んだ。
 降り立った世界では、神使いと呼ばれる現地人とコンタクト成功。彼らは皆“神剣”と呼ぶ生物を従えていた。
 
 私もその神剣と対面した。
 結果的に個体の一体と交戦になったが、我らが宇宙船の搭乗員となってくれるようである。
 神剣はその名の恥じぬ名剣の使い手であることを、ここに明記しておく。しかし性格は慎ましやかであり、さほど好戦的ではないが、力ある者を認める。彼らはしたたかな実力者である。
 
 私と神剣は友好的な関係を築けたようだ。この個体は甘味成分を好むようであり、調査船内のダイニングではブルーベリーのゼリーを特に好いた。彼らとの交流も楽しくなってきた。

 ▼ 123 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:50:12 ID:3De2ACHI [14/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



 ◇◇

 
 宇宙歴1,203年。
 過去パラドックスの発生地“パルデア”について独自調査し、判明してきたことをここに記録する。
 パルデアの土地に起きる大きな因果律の歪みは、とある人類の発明に起因している。時空間移動装置。通称:タイムマシンだ。
 どうやらこのタイムマシンが開発された結果、未来に棲むはずの生物たちが、この1,200光年付近で呼び寄せられたのだろう。我らに馴染み深い、テツノツツミにテツノコウベらがこの時代にて観測できた。これは異常事態である。
 
 我らがネクロズマを混乱させ、首都・ウルトラメガロポリスより追放された先の一件。
 大量の古代のポケモン達――古き学術名をサーナイトにエルレイドという。エネルギー充填等の機械的な生態を持たぬ、彼らの持ち込みも影響し、問題視されていた。
 
 これはタイムマシン、並びにその開発に携わった人物。Dr.フトゥーが原因とほぼ断定する。
 これよりただちにアーゴヨン、カミツルギを連れて、原因となった人物を排除する作戦指針に移行する。

 ▼ 124 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:51:28 ID:3De2ACHI [15/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ◇◇

 


 ――タイムマシ……ニ、断念。
 楽園防……ニヨ……妨害発生。人……死亡。
 調査船・ルーナイトヨリ、緊急救命要請。緊急救命要請。

 搭乗……ヨリ、現地ボックスシステ……ニ、緊急不正アクセスヲ確認。
 3秒後、ボールID……ハ……緊急転送サレマス。

 ルーナイトより緊急救命要請。緊急救命要請。

 アクセス……了……。チャージ、ローディング中……。
 
 調査船……ヨリ、緊急救命要請。緊急救命要請。
 調査隊本部ヘ、繰リ返シマス。
 ルーナイトヨ…………。
 ……………………。
 ▼ 125 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:53:22 ID:3De2ACHI [16/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 


 ◆◆
 




 
 そのヒトは、頭部の重たいヘルメットがかち割られていた。

 腰元にはポケモンを入れたボール。間違いない。カミツルギと同じ、あのウルトラボールが残る。隊服の周囲にはウルトラマリンの破片。ウルトラボールの残骸らしき青だった。

 判るのは、何者かが明確に“殺した”という最も残酷な事実のみ。
 

 カミツルギは深々とその人間を見つめていた。
 
 何も言わず、訴えず、吸い込まれるように目に留め続ける。
 何十時間でもそうしているような、不安を抱いてしまう真摯さであった。これまで常に頼もしかった、小さな剣士の背中。それが今は小さく折れているように見える。

「カミツルギ、君は……君はずっと」

 この人を助けたかったのか。

 喉に引っかかる淡く在り来たりな感傷を、ソウタはぐっと飲みこんでいた。その気持ちは痛いほどわかるから。少年がここまで来た理由も、同じであったから。

 だから何も言えなかった。何も言う権利なんてなかった。
 ▼ 126 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:55:01 ID:3De2ACHI [17/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「……! そうだ、アチゲータ! アチゲータッ!」

 はっと思い直した少年は、自分の相棒の名前を叫んだ。

 この人のカミツルギと交換されたのであれば、近くに転送された可能性が限りなく高い。もはや最悪の可能性も頭に過る。でもまだ確定したわけではないのだ。ソウタは必死に呼び続ける。
 
 隊服の周囲を探している時だった。

 パキッという硬質な音。しんと沈みゆく沈黙に、空気が冷えていく。

 振り向いた時、その正体が嫌でもわかってしまう。

「あ、あ……」

 少年の苦しみの喘ぎを、悠々と一蹴するようにして立つ。
 ▼ 127 ◆77uL6pC9U2 23/08/17 23:56:00 ID:3De2ACHI [18/18] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 音の正体はモンスターボール。赤と白の見慣れた二色の球体が、その場で潰れていた。呆気なくも一瞬にして、ただの破片となっていた。

 基地の格納壁が開いている。
 目の前にいたのは、鉄でできた傀儡。弓のような左右対称の長剣を携えては、ビビットなピンクが少年を捉えて、スライドする。その拳は一部、血が褪せたような銅を纏っていた。

「フォウ」

 悲鳴ですらない、小さな息が漏れる。

 恐怖に、慟哭に。少年の淡く蒼い瞳は揺れていた。自分の呼吸音だけが早まっていく。静まり返った場所で、マーカーに似た単純な瞳は標的を見定めるよう。
 


 鉄の武人は静かに少年たちを見下ろし、あの時と同じく。カミツルギと再び対峙していた。
 ▼ 128 ハバタクカミ@なまいきミント 23/08/18 07:23:54 ID:EnAYrtOo NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
(話の流れとかは好きなんだけど、光年が普通に惑星間距離の話してるのか誤用なのかが気になって途中から話が入ってこない)
 ▼ 129 ズルズキン@けいけんアメXS 23/08/18 07:48:58 ID:hYUkNNlA [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
光年は時間じゃない…距離だ!
 ▼ 130 ドラメシヤ@スキルコール 23/08/18 07:49:36 ID:hYUkNNlA [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
まぁ途中で「1203年」になってるからただの誤用と思われ
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