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【SS】あの青を追いかけて、デンリュウは光っている

 ▼ 1 ◆aIiv212DRk 23/08/27 02:27:18 ID:ZygAu8bE [1/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告




近くに町もなければ街道も整備されていない南4番エリアでは、日没後の光源は寄り道トレーナーたちのテントのランプぐらいしかない。

トレーナーが寝袋に入るころにはそれも消え、見渡す限り完全な暗闇になる。

しかしこの日は、深夜10時を回ってもエリア一帯が眩く照らされていた。

ぴかぴかと規則的なリズムで瞬く、星ではない灯り。
地上というには高く空というには低い場所で赤い光が輝くたび、一度は闇夜に溶けて形を失った丘陵がくっきりと浮かび上がる。


「うわ、なんだ」
「見張り台の方?」


赤く照らされたあちこちのテントから、燻り出されたかのようにトレーナーが這い出ては空を指差す。


「なんか上で光ってる」
「ポケモン?」
「デンリュウじゃない?」
「本当だ」
「野生かな。珍しいね」
「野良デンリュウがあんなことする?」


光の正体を好き勝手に言い合うトレーナーたちのことなど気にも留めず、赤い光は淡々と明滅を繰り返す。ぴか、ぴか、ぴか、と。


「……なんか」


物珍しさにスマホのカメラを向けていた青年が、ぽつりと呟いた。


「あのデンリュウ、何か待ってるみたいだ」


液晶に写る光の主は、その尻尾の灯りで照らされた何を見るでもなく、どこか遠くを見つめていた。

 ▼ 2 ◆aIiv212DRk 23/08/27 02:29:27 ID:ZygAu8bE [2/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


◆


枕元でロトロト言うやかましい目覚まし音に、ぼんやりとした意識をかき集めてどうにか体を起こす。
ロトムを鎮めるための操作は指が記憶している。枕元で震えるスマホ引っ掴んで親指を押し付けると、スンッとロトムが鳴き止んだ。

……と思ったのも束の間、もっとやかましい音声が飛び出す。


『おひさしニャオハロー! まず悪いニュースなんだけど』

「あー、うん。なに?」


そういえば、目覚ましと着信の鳴き声って同じ「ロトロト」なんだなぁ。友達がぶっ込んできた何個かのツッコミどころをスルーしながら、さっきの操作で押したのが「通話」ボタンだったことを今更理解する。


『なんと! あと4日で夏休みが終わります! どーしよ、履修全然組んでない! 締切今日!!』

「いつもそうじゃん。あたしの時間割みる?」

『あざます!』
 ▼ 3 ◆aIiv212DRk 23/08/27 02:31:02 ID:ZygAu8bE [3/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

彼女が「夏休み」と呼んでいるのは、アカデミーの名物授業である宝探しのことだ。2ヶ月の宝探し期間が終わると、すぐに通常授業の時程に戻る。
あたしたちにとっては、週明けから始まる後期がアカデミー生活最後の学期だ。


「あんた、卒業までついに一回も自分で時間割組まなかったね」

『お礼にレターパックで現金送るね!』

「はいはい」


いつものようにボケを受け流していると、目の前に浮かぶスマホロトムが不意に震え、メッセージ通知がポップアップした。


『はい、送った!』


え、レターパックで現金を? なんて冗談を言いながらアプリを開くと、夜の景色を写した画像が何枚か貼られている。
どこかの道路の見張り塔であろう建物の上には、尻尾の光で夜を照らすデンリュウの横顔。


「えっ……」


このデンリュウ、まさか。
 ▼ 4 ◆aIiv212DRk 23/08/27 02:33:03 ID:ZygAu8bE [4/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

画像を拡大してあちこち覗き込む。手足の長さ。尻尾の模様。おでこの宝石。瞳。やっぱりそうだ。


『ね、激エモでしょ。ネットで話題の灯台デンリュウ! こないだ空飛ぶタクシー乗ってるときに偶然遭遇して……』

「ど、どど、どこ!? それ撮ったの!」

『え、めっちゃ食いつくじゃん。えっと……あれ、どの辺なんだろ。通った場所よくわかってないからなー』

「わかんないかぁ……」


ああ、そうだった。彼女の旅はもっぱら友達やタクシー任せで、地図を全く読まないんだった。
でも今は、何とか思い出してもらわないと困る。


「なんかない? こう、近くに何があったとか」

『そんなこと言われても……。あ、でもトレンドに上がってる。昨日のは西1番エリアだって』

「本当!?」

『そういえばアカリ、SNSとかやってないんだっけ。このデンリュウ、毎日別の塔に現れるんだよ。……さてはこの子のファンになったな?』

「そうじゃなくて!」


思わず声が大きくなる。だって写真の中にいるのは、もう3日も探し続けている、あたしの。


「……あたしのデンリュウだよ、この子」

 ▼ 5 メグロコ@オリジンボール 23/08/27 09:38:55 ID:FQ86EZcI NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
初めてSSスレで気になった支援
 ▼ 6 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:02:55 ID:ZygAu8bE [5/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『ほぇー、そうなん……えー!?』


通話音声につんざくようなノイズが混じり、スマホロトムが顔を顰めた。「近い近い」とやんわり音割れをたしなめる。


『じゃあこの子、あのモココちゃんなの?』

「そうだよ。進化したのはつい最近だけど」

『進化かー。私アカリのこと勝手に夏休み仲間だと思ってたから、なんかショック。宝探し最終回にしてバトル熱、再燃した?』

「んー……まあ、そんなとこ」


夏休み仲間というのは、「宝探し期間にそんなに頑張らない人」的な意味だろうか。

あたしからすれば、エオス島でユナイトだのネロリ博士の治験バイトだの、彼女は彼女でかなり宝探ししているように見える。

でも、トレーナーとして戦い続けている人との間に線を引いてしまう感覚は、不思議とすんなり理解できた。
そういう意味では、あたしは別に「そっち側」に行ったわけではないんだけどな。
 ▼ 7 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:03:51 ID:ZygAu8bE [6/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『それにしても、私の可愛いモココちゃんがついに最終進化か〜。おめでとう、おめでとうだねぇ。進化してもかわいいねぇ』

「ありがと。あんたのじゃないけど」


私のだもん、とただをこねるように食い下がる友達。
アカデミーでお互いの部屋に遊びに行くたび、彼女はモココを好き放題こねくり回していた。
もしかしたらあたし以上に愛情を注いでいたかもしれない。


『で、それは置いといてさ』


だからだろうか。本題から逸れ始めた会話の流れを、珍しく彼女から修正してきた。


『そのデンリュウちゃんがなんでひとりで見張り台ツアーしてるの? 反抗期? かわいいね』


言葉は茶化しているけれど、普段の彼女とは違う真剣な声音だ。真面目なときの彼女の声は、そっと逃げ場を塞ぐような、不思議な迫力がある。

送られてきた写真をもう一度見る。尻尾の光で赤みを帯びた横顔は、不安げなようにも、何か決意を固めているようにも見える。


「まあ、反抗期、ではないと思うけど。うん」

『……何かあった?』


胸の奥がチクリと痛む。

別に何かを非難されているわけでもないのに、どこか問い詰められているようにすら感じる。
彼女にその気がなくても、あたしの自意識が突きつけてくる。「何かしたんだろう。心当たりはないのか」と。


「あったよ」


自意識に根負けして、あたしは白状した。
 ▼ 8 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:04:51 ID:ZygAu8bE [7/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


◆


──さっきメリープのこと助けてくれた子、モココっていうんだって!

──かっこよかったね! メリープもあんな風に電撃使えるようになるのかな?

──そしたら、カエデさんのヒメグマにリベンジできるね!



デンリュウには「師匠」がいた。

1回目の宝探しを始めて間もないメリープ時代、電撃をちゃんと扱えるようになるまでお世話になった野生のモココだ。

モココが電気を溜めるお手本を3回見せて、メリープがそれを真似する。上手く充電できると尻尾がパッと輝くから、それで上達具合がわかる。

修行は単純ながら長時間続くハードなものだったけど、上手く光るたびに師匠が撫でてくれたからか、メリープは珍しくめげなかった。

最初は不格好だった光が、日を追うごとにリズムよく、はっきりと。
ぴかぴかぴか、ぴかぴかぴかと、まるでお喋りでもするかのように、青と黄色の光が交互に灯るようになっていく。

たった1週間ちょっとの修行だったけれど、厳しくも優しい少し歳上の師匠にメリープはよく懐いていた。

師匠の尻尾の先で輝く青玉を追うメリープの瞳が、青い光を反射してきらきらしていたのをよく覚えている。

その青い光が眩しくて、なんだかワクワクした。
 ▼ 9 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:05:39 ID:ZygAu8bE [8/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


──師匠! 師匠いるー!? あなたの弟子が進化しましたよー!

──あたしが呼んでもダメかなぁ。それじゃモココ、“フラッシュ”!

──あ、あれ師匠じゃない? すごいねぇ、弟子の光は色が変わっても分かるんだ。



“でんきショック”を身につけて師匠とお別れしてから1ヶ月。

宝探しが終わる前に「修行場」の南4番エリアに立ち寄り、師匠にバッジ3個分の旅路の報告をした。

その頃にはメリープはモココに進化していて、電気の力はもう師匠と大差なかっただろう。

でも、同じモココが並んでいるのに、どっちが弟子でどっちが師匠なのかは誰が見ても分かったんじゃないかと思う。

だって、師匠は進化前と同じように弟子を撫でていたし、弟子の目はメリープの頃と変わらず青を映して輝いていたから。

それ以来、毎年の宝探し期間の初めと終わりには修行場に立ち寄り、師匠に挨拶するのが約束になった。
 ▼ 10 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:06:41 ID:ZygAu8bE [9/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


──師匠〜! 一年ぶり! 元気してた? うちのモココはちょっとだけ背伸びたよ。

──今年は師匠直伝の電撃でハイダイさん倒してくるから! ね、モココ!

──それじゃ応援しててね。行ってきます!


そう言って出発した2年目の夏。
マリナードジムのハイダイさんには、今までにないくらい苦戦を強いられた。

モココだけじゃなく水に強いニャローテやマリルリもいるのに、ケケンカニの強力なパワーをなかなか攻略できないでいた。

負けるたび、こうそくいどうを練習したら、とか、リフレクターを最初に使って、とか、いろいろ作戦を試す。

負けが続くのはしんどかったけど、戦うたびに少しずつ良くなっている気がして、それは少し楽しかった。
 ▼ 11 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:07:59 ID:ZygAu8bE [10/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

「モココ、テラスタル行くよ! かみなりパンチ!」

「競り合いならお手のもの! こっちもテラスタル、ぶっこむかあ!」


そして最終日、通算4回目の挑戦で、最後の打ち合いにモココが勝った。
泣き笑いして抱き合って、あたしは「すごい、すごいよ」と何度も言った。

何処へ行き、誰と出会い、何を為すのか。

宝探しの説明でクラベル先生が言っていたことを思い出す。

あたしたちは、パルデアを旅して、師匠やモココたちと出会って、一番すごい勝利を為し遂げたんだ。
あたしたちはこの宝物を持って、これからアカデミーに帰るんだ。
 ▼ 12 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:10:47 ID:ZygAu8bE [11/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

ポケモンの回復が終わるともう夕方だった。早く師匠に報告したくて、ソワソワしながらタクシーを待っているときだった。


──なあ、さっきのモココさ。


夕方のポケセン前は、タクシー待ちで賑わう。いつもなら気にも留めないような雑踏の会話が、「モココ」という1単語をパスワードにして粘っこく耳に侵入してきた。


──最後ケケンカニが氷タイプのままだったら負けてたんじゃね?

──あー。最終日近くなると、挑戦数多いトレーナーにはああやってこっそり手加減すんだよ。まあ、後半のジムだともう容赦ないらしいけど。

──そういうことね。5つ目の壁ってよく言うけど、むしろ4つ目までがハードル下げてんだ。

──そうそう。そもそも4個目までは履歴書に書かないのが普通だし。8個目指さないなら意味ないっつーか。


負けてた? モココが? そういうことって、何? 意味ないって、何?

混乱するあたしに追い打ちをかけるように、男子2人の選ぶ言葉は次第にどす黒い響きを帯びていく。

簡単。お情け。努力賞。思い出作り。ザル。最終日の法則。そんなキーワードが頭の中をグルグル回る。

対抗するように、キーワードを並べた。ジムチャレンジ、マリナード、難しい。やめた方がいいと分かっていながら、すがる思いで検索する。
1番上に出てきた情報サイトでは、「5つ目の壁」とかいう言葉について、それぞれのジムの突破率とセットで説明されていた。

「4つ目までは簡単」という内容を繰り返す過剰なまでに分かりやすい解説が、2年間頑張って手に入れた宝物のメッキが、一つ一つ丁寧に剥がしていく。

あたしなんかの手が届くのところにあるキラキラは、みんな偽物で、宝物なんかじゃない。そう言われているような気がした。
 ▼ 13 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:11:58 ID:ZygAu8bE [12/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



──師匠、ただいま。ハイダイさんに勝ったよ。

──うん、ありがと。……モココ大活躍だったから、褒めてあげて。

──モココ、泣いちゃダメだって。頑張ったじゃん。頑張った、のに。……ごめん、ごめんね。


気づけばあたしも泣いていた。

どんよりとした雲が覆う夜空の下、師匠はただ、モココを撫で続けていた。

ニャローテとマリルリを外に出して、抱き寄せる。


「どうしてだろうね。なんであたしたち、こんなに何にもないんだろう」

「……あたしたち、何を持って帰ればいいのかな」
 ▼ 14 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:13:26 ID:ZygAu8bE [13/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



帰りのタクシーの中でなんともなしに開いたペラップアイコンのSNSアプリは、宝探しを終えた生徒の投稿で埋まっていた。

「#私の見つけた宝物」。宝探し最終日を賑わすハッシュタグの中には、見知ったクラスメイトの姿もちらほらあった。

四天王への挑戦とか、伝説級レイドバトルとか、凄そうなことを書いてる子もちらほらいる。

でもほとんどは、「仲間と過ごした時間」とか、「最高のポケモンたち」とか、そういう文章を記念写真と一緒に投稿している。

確かにあたしも去年そんな投稿をした気がする。作文もそういうこと書いた。きっとそれが一つの答えなんだと思う。

誰かが価値を保証してくれるような宝物には限りがある。だから、ほとんどの人は自分で宝物を決めて、自分の作った箱にしまわなきゃいけない。
 ▼ 15 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:14:36 ID:ZygAu8bE [14/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

【師匠やみんなと出会って旅をして、一番すごい勝負をした!】

師匠とみんなの写真を1枚ずつ選んで、完成。これがあたしの宝物。

でも。

投稿ボタンを押せなかった。


──なんであたしたち、こんなに何にもないんだろう。


それは宝物なんかじゃない。さっきの涙を無理やり箱に入れて、勝手に納得しようとするなよ。

心の中であたしがそう泣き喚いていた。
 ▼ 16 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:15:18 ID:ZygAu8bE [15/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


──そもそもさ。あたしたちバトルそんな得意じゃないし、好きなわけでもなかったじゃん。

──お泊まりしたり、いろんなところ行ったり、そういう時間の方が合ってるというかさ。

──宝探しって言ったって、勝つことだけが宝物なわけじゃないし。クラベル先生だって何してもいいって言ってたよ。

──だったらさ。

──宝物なんてなくても、別にいいじゃん。

 ▼ 17 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:15:53 ID:ZygAu8bE [16/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



──久しぶり、師匠。あれ、モココ。なんかそっけなくない? あ、照れてんの。あんたもオスだねぇ。




──ただいま。ごめんねこんな雨の日に。モココがどうしてもっていうから……痛ててて! モココ、何すんのさ!




──師匠、今年も来たよ。ほらモココ、呼んどいて隠れない。……仕方ないな。それじゃ、行ってきます。




──ただいま師匠。今年も楽しかったよ。夏休み。


いつからだろう。
あたしが夏休みという言葉をためらいなく使うようになったのは。

いつからだろう。
モココが、師匠と目を合わせられなくなったのは。
 ▼ 18 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:16:53 ID:ZygAu8bE [17/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



──今年は会えなかったね。師匠。

──ほら、行くよモココ。師匠は野生ポケモンだもん、きっと色々あるんだよ。

──なーに泣いてんの。宝探しは長いんだから、そのうちどっかで会えるかもよ。だから行こう。ね。


最後の宝探しの出発日。夜中まで待っても師匠は現れなかった。

師匠を探して光り続けたモココは、最後にはエネルギー切れを起こしてフラフラだった。

それでも瞳だけは、今ここにないはずの青い光を映して微かに光っていた。そんなふうに見えた。

その青い光が眩しくて、あたしは目を逸らしてしまった。

モココが宝物を探そうとしている。

いつしか宝物を信じられなくなったあたしの隣で、モココが。
 ▼ 19 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:17:56 ID:ZygAu8bE [18/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



──またやってる。どう、見つかりそう? ……そっか。広いからね、パルデア。

──ニャローテもマリルリも寝ちゃったよ。モココも、遅くならないうちにテント戻んなよ。

──ね。あんたさ……その、そろそろしんどくない?


つがいを見つけて新天地に行ったとか、縄張り争いに敗れたとか。

そういう話はしなかった──というか、できなかった──けれど、モココも薄々分かっていたんじゃないかと思う。

それでも、行く先々の山で、平原で、ホテルの屋上で、テントの外で。モココは毎日のように光を放つ。

今日もきっと、電気が尽きるまで外でああしているつもりだろう。

青白く光るテントの布がどうしても気になって、あたしは夏なのに寝袋に顔を埋める。


「見つかりっこないって、分かってるじゃん。それにあんた、見つけたって、目も合わせらんないのに。分かるでしょ」


分かってよ。寝袋の端をきゅっと寄せながら、縋るように繰り返す。何もかも壊してしまうかもしれない言葉。宝物を諦めるための言葉。

布一枚隔てた向こう側にいるモココに聞いて欲しいのか、聞かれたくないのか、あたしにはもうわからなかった。

次の日から、モココは光るのをやめた。
 ▼ 20 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:18:48 ID:ZygAu8bE [19/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

──ちょっとモココ! なに他人のポケモンにちょっかいかけてんの!

──あの、うちのモココがごめんなさい。あ、いや、別にバトルしたいわけじゃなくてですね。

──え? うそ、やるの? どしたの急に。……まあ、別にいいけど。


モココは、光るのをやめた代わりに血気盛んになった。

強そうなポケモンを見つけては、あたしの静止を無視して勝手に「レッツゴー」していく。

うちのモココは、バトルが好きなわけでも、まして得意なわけでもない。

なにせ生存競争のほぼないエリアに生まれ、電撃を覚えるまでに1週間を要した可愛いやつなのだ。もちろん、痛みも怖さも人一倍感じる。

それでもがむしゃらに、青い光を爛々とほとばしらせて、明らかに格上の相手に立ち向かう。

バトルでは“フラッシュ”を多用した。師匠と出会って最初に教わった技だ。
鮮烈な青い光は、ときには相手に尻餅をつかせるほどの迫力があった。

日に日に強まる光を見るたび、モココが何も諦めていないことが分かって、辛かった。

ニャローテはため息をついていたし、マリルリは心配そうな顔をしていた。
 ▼ 21 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:20:21 ID:ZygAu8bE [20/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


──モココ、ナイスファイト。カッコよかっ……え!?

──これって、進化……!?

──デンリュウだ……。すごいよモココ、デンリュウになっちゃったじゃん!!


それはバトルの日々が始まってから1ヶ月ぐらいでのことだった

その日はささやかなお祝いをして、ハッコウシティのホテルに泊まった。

最近はずっと鬼気迫る様子だったデンリュウが部屋の中で機嫌良さそうにしていたことに、あたしはホッとしていた。

ニャローテたちもどこか肩の荷が降りたような顔をしていたように思う。この子たちも、戦いが正直苦手な方なのだった。

おやすみを言って、電気を消す。久しぶりによく寝られそうな夜だった。
 ▼ 22 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:21:11 ID:ZygAu8bE [21/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


ニャゴニャゴと騒ぐニャローテに起こされて、ベッドから這い出る。

なんだよもう、と恨み言を言うまもなく、ニャローテはあたしに空のボールを突き出してきた。


「モココの……?」


あれ、進化したんだっけ。じゃあデンリュウだ。……デンリュウは?


「デンリュウ!? どこ!?」


ミャ!と苛立たしげに一鳴きして、ニャローテが窓を指す。

開け放たれた窓から吹き込む風が、カーテンを揺らしていた。

この日以来、デンリュウとは会えていない。
 ▼ 23 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:21:51 ID:ZygAu8bE [22/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


「デンリュウ、どこいったの!?」


ニャローテとマリルリも一緒になって、ハッコウシティ中を探し回る。

警察にも連絡をしたが、管轄内で迷いポケモンは出ていないと言う。

デンリュウが見つからないまま、半日、1日、2日と時間は過ぎていく。

ハッコウシティにいないことぐらい、なんとなく分かっていた。

何をしにいったのかも。

でも、一番大切な宝物のためにどこかに行ったデンリュウを、あたしが連れ戻しに行っていいんだろうか。

あの子のところに行って、なんで声をかければいいんだろう。
 ▼ 24 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:23:07 ID:ZygAu8bE [23/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


◆


「ってことがあって……」

『暗い!!!!』


ロトムスマホがキーンと鳴り響く。


「……ご無体じゃない?」

『いやいや、しんどすぎだから。アカリ、そんなこと考えて宝探ししてたの? そっかだから今Chatotsやってないんだ。人の宝探し見て余計なこと考えちゃうから』

「今はZって名前だよ、そのアプリ」

『やかましい! 幸せの青いペラップがなんで監視者になっとんじゃい!』

「知らんて。あたしに言わないでよ」


どうでもいい軽口を言い合っていると、さっきまでの話で体に溜まっていた不健康な何かがいくらか浄化された気がする。

辛気臭いものを辛気臭いとスパッと言えるのは彼女のいいところだと思った。
 ▼ 25 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:26:07 ID:ZygAu8bE [24/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

『まあでも分かるよ。あたしだって、変に急かされたくないから外の地方ばっかり行ってるし』


旅費の補助出ないから、ずっと稼いでなきゃなんないけど。と彼女は付け加えた。

なるほど、だからユナイトバトルに睡眠治験、金になることばっかりなのか。今更ながら彼女の生きる力に感心する。


「マイペースすぎて時間割も作んないしね」

『そ。だからね。アカリが今悩んでることは、気にしててもいいし、気にしなくても良いいの。だって自分のことなんだからさ』


なんだかあっけに取られた。他人の悩みのことをここまで簡単に言い切るのは、単純にすごい。サロンやる人とか向いてるかもしれない。


「そっか。そうかも。ありがと、ちょっとスッキリ……」

『ね。それよりデンリュウちゃんの恋だよ! 恋!!』

「さてはあんたちょっと薄情なだけだな!?」
 ▼ 26 ◆aIiv212DRk 23/08/27 21:28:39 ID:ZygAu8bE [25/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

『いや、まあ、アカリの絶対解決しない悩みよりは正直デンリュウちゃんの恋の方が気になるし。アカリもそうでしょ?』

「え、あたしの悩み絶対解決しないの!?」

『じゃあするの?』

「まあ、うん。しないかも」

20代ぐらいまでは、多分。不服ながら頷く。


「でも、連れ戻したら終わっちゃうよ。デンリュウの恋」

『ノンノン。アカリ、今が何する時間か忘れちゃったの?』

「え……履修登録?」


歯切れ悪く答えると、『あーもう、焦れったいやっちゃな!』とスマホがわめいた。


『一緒に探しちゃえばいいんだよ。宝物!』
 ▼ 27 主催◆aIiv212DRk 23/09/08 19:43:00 ID:lTc.5Fts [1/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


◆


唸り声のような風の音が鳴り、窓から見える鈍色の地平線の角度がぐらりと変わる。
不可視の力と合金製の壁の板挟みに遭い、体から空気混じりの呻き声が押し出された。

乗り慣れたタクシーなのに、悪天候のせいか、今日はやたらと頭痛がする。


「お客さん、大丈夫ですか?」


ザザ、と小さなノイズを伴って、天井に取り付けられたスピーカーから音が鳴る。
壁一枚隔てた操縦席に座るドライバーの表情は見えないけれど、かなり心配されているのが声音から伝わってきた。

さっきのうめき声を拾っていたであろうマイクに向かって、できる限り大丈夫そうに「大丈夫です」と答える。


「すみませんね、風の日はどうしても。もうすぐですから、辛抱してください」


雲の蓋の下に吊り下げられた鉄の箱は、頼りなくふらつきながらも街道沿いの進路を維持して進んでいく。

マップアプリを確認すると、テーブルシティを過ぎたところだった。残る道のりは3分の1ほど。もうすぐ、と言っても小旅行ぐらいの距離はある。

正直にしんどいと言えばドライバーは一度タクシーを地上に下ろしてくれるだろうけれど、多分、何分休もうとしんどいままだろう。

目的地に向かっているという事実がある限り、あたしの体はありもしない車酔いを主張し続けるに違いない。
 ▼ 28 主催◆aIiv212DRk 23/09/08 19:43:47 ID:lTc.5Fts [2/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「それにしてもお客さん」


あたしを気遣ってか、操縦席からスピーカー越しに会話が切り出された。


「ハッコウからオージャ第一塔に、それも夜中に着くようにしてくれだなんて、随分不思議な注文ですね」


宝探しですか? と尋ねるドライバーは、少し楽しそうだ。
わざわざ地方を端から端まで移動して夜の湖に行くという異常な旅程に相応しい、これぞアカデミー生という答えを期待しているのかもしれない。
なんだか申し訳なくなる。


「宝探しというか、その、ポケモン探しです」

「ポケモン探しですか。いいですねぇ。オージャの湖に行くってことは、シャリタツですか? それともハクリューとか」

「デンリュウです。あたしの手持ちなんですけど、ハッコウシティで家出して」

「家出」


家出、家出ですか。と、続きの言葉を探しあぐねているかのように繰り返すドライバー。気まずそうだ。
 ▼ 29 主催◆aIiv212DRk 23/09/08 19:44:44 ID:lTc.5Fts [3/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「それは、絶対に見つけないとですね。でも、お客さん」


ゆっくりと言葉を選んでいくように、ドライバーが続ける。


「聞いてもいいですかね。どうして、オージャ第一物見塔にいると?」


穏やかに尋ねるドライバーの声に、どこか子どもを諭すような響きを感じた。
遠回しに、それで見つけるのは無謀だと言っているのかもしれない。
普通に考えて、地方の反対側まで行ってピンポイントに家出ポケモンを探すという計画には無理がある。


「あの! 家出してから、毎日別の塔で光ってるらしいんです。行ったことがある中だと、次に近いのはオージャ第一で。迷ったり、探し物をするときは物見塔だって、旅のときはよく登ってて。だから、それで……」


デンリュウが見つかる理由は、もうこれ以上出てこなかった。SNSから集めた情報と、あたしのこれまでの旅路。根拠はそれで全部だ。


「……すみません、それだけなんです。高いところなら塔の他にもあるし。あたしの行ったことがない場所かもしれないし。だから探したって」

「探しましょうよ」


探すのをやめる理由を並べるあたしを、ドライバーがピシャリと遮った。


「私はそりゃ、それだけ聞いてもそこにいるとは信じられないですよ。でも、お客さんは違うでしょう」


ポケモンのことをよく知るパートナーなら、理屈を超えて分かることもあるだろう。ドライバーはそう言いたげた。

また、頭がぐらぐらと痛む。
 ▼ 30 主催◆aIiv212DRk 23/09/08 19:45:35 ID:lTc.5Fts [4/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「……あたしも、そこにいるって信じられないです。だってあの子のこと、何も分かってない」

「じゃあ、確かめてみますか。……イキリンコ、上昇!」


ドライバーが鋭く指示を出すと、突然重力が強まったように体が座席に押し付けられた。激しい羽音と共に地平が遠ざかっていく。


「な、何!?」

「デンリュウの光って、宇宙からも見えるんでしょう? ならもう、高度さえ稼げば見えるはずですよ」


高度が上がるにつれて、地球の丸みに隠れていた遠くの灯りが顔を出していく。
セギンのアジト。カラフシティ。まだ見えていない地平線の裏には、オージャの湖がある。もうすぐ見えてしまう。


「……分からないんです。あたしが本当にあの子を探したいのか。本当にあの子のトレーナーがあたしでいいのか。
 友達は、一緒に宝探しをすればいいって言ってました。でもあたし、宝物は見つからないってデンリュウに言ったんです。なのに、今更」


タクシーの上昇は止まらない。
 ▼ 31 主催◆aIiv212DRk 23/09/08 19:46:51 ID:lTc.5Fts [5/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「なんか、青春ですね」


ふふ、とドライバーが笑う。

少しムッとした。友達といいこのドライバーといい、真面目に悩んでるのに他人事みたいに。……いや、他人事だからか。

「青春」の二文字が呼び起こすたくさんの記憶の中で、宝物には手が届かないと知ったあの日の自分があたしを睨んで泣いていた。
青春という綺麗な言葉で飾られることを、駄々をこねるように拒んでいた。


「青春なんかじゃ……ないです」


青春も、宝物も、少し遠いところから、ちょっと他人事みたいに日々を飾る言葉だ。

もしかするとずっと後になってから、あたしは観念して他人事みたいに過去をラッピングして、どこかに片付けるなりするのかもしれない。

でも今は、何もかもが近すぎる。辛いことは辛いまま、悲しいことは悲しいままだ。

それに、宝探しのことも、デンリュウのことも、何一つ終わっていない。

あたしは今からデンリュウに会うんだ。片付けのことを考えるには、まだ早い。


「……あっ、お客さん、アレじゃないですか?」


右の方、ほら。とドライバーが窓を開ける。


「何も分からないなんて言うわりに、行き先は当たりでしたね」


悪戯に笑うドライバー。

湖の水平線の上で、赤い光が瞬いていた。
 ▼ 32 主催◆aIiv212DRk 23/09/08 19:47:35 ID:lTc.5Fts [6/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


◆


「本当にここでいいんですか?」


ドライバーが心配そうに言う。
タクシーを降りた場所は、オージャ第一物見塔まで1kmほどの平原だった。


「いいんです。あたしが来たってバレたら、多分あの子、逃げちゃうので」

「なるほど。そういえば家出したんでしたっけね」


赤い光を見上げて、ドライバーは顎髭をいじる。

タクシーで近づけば、デンリュウはあたしに連れ戻されると思って姿を消すだろう。

昔ハイダイさんに勝つために“こうそくいどう”を習得してしまったので、本気で逃げられたら絶対に追いつけない。

あたしが宝探しの中で登録できた空飛ぶタクシーの行き先は、パルデアの南半分まで。
デンリュウがひとりでこの先に行ってしまえば、もはや探すのは不可能だ。

まずはこっそり近づいて、それから。
……それから、どうすればいいんだろう。
 ▼ 33 主催◆aIiv212DRk 23/09/08 19:48:09 ID:lTc.5Fts [7/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「それじゃあまずは仲直りですか。頑張ってくださいね、お客さん」


ドライバーに見送られ、物見塔に向かう。


「仲直り、か」


ほのかに赤を反射する草地を進みながら、ぴか、ぴか、ぴかと規則的に点滅する塔の上の光を眺める。

そういえば、デンリュウの光を直接見るのはこれが初めてだ。
師匠との修行のときと同じリズム。けれど、今までよりもずっと強い光。


──見つかりっこないって、分かってるじゃん。それにあんた、見つけたって、目も合わせらんないのに。分かるでしょ


青い光から逃げ込んだ寝袋の中でつぶやいた言葉を思い出す。あの子が急にバトルを始めたのは、その翌日からだ。

トレーナーのあたしが師匠を一緒に探してくれないと分かったから、デンリュウは自分ひとりで探すことにしたのだろう。

師匠がどこにいても見つけられるような、眩しすぎるほどの光を身につけて。
自分の足でパルデアを端から端まで渡り歩いて。
師匠ともう一度ちゃんと目を見て話す覚悟を決めて。
 ▼ 34 ◆aIiv212DRk 23/09/08 19:50:16 ID:lTc.5Fts [8/15] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

ジムチャレンジをやめて以来、デンリュウは師匠とちゃんと目を合わせていない。

照れてたわけじゃないことぐらい、あたしにもわかる。

怖かったんだと思う。
バトルをやめたら師匠との繋がりが切れた気がして、どう接すればいいか分からくなった。そうでしょ?

そんなあの子が、師匠ともう一度向き合おうとしている。


「あんたが師匠と向き合うなら、あたしもあんたと向き合わなきゃね」


草原のどこに立っても、光はあたしを照らしてくっきりと影を作る。
もう逃げ場はないんだ。

テント越しじゃなくて、まずは面と向かって話をしよう。そう思った。
 ▼ 35 ◆aIiv212DRk 23/09/08 19:51:00 ID:lTc.5Fts [9/15] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

見つかりっこないって、そう思ったのは本当だよ。
今でもちょっと思ってるもん。

だって師匠は野生のポケモンなんだから、急にいなくなることもあるよ。

でも、そんなことが言いたかったんじゃないんだ。

……ねえデンリュウ。あたし、本当はね。
 ▼ 36 ◆aIiv212DRk 23/09/08 19:51:39 ID:lTc.5Fts [10/15] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


◆

スマホロトムのズームカメラでデンリュウの視線を避けながら、どうにか気付かれずに物見塔の下まで辿り着いた。

錆びついた梯子にゆっくりと手をかけ、そろりそろりと登っていく。

地面に続く道はこの梯子一本だから、もう逃げられる心配はないはずだ。

と、そこまで考えてから、ふと疑問に思ったことが1つ。

そういえば、デンリュウはあのぺたぺたした手足でこの梯子を登り降りしているんだろうか。

モココの頃に一度自力で登ろうと悪戦苦闘していたが、手足の形状的に梯子を掴めていなかったはずだ。


「まあ、進化してできるようになったのかな」


そうでなければ、ジャンプやクライミングで塔の上に行ったことになる。
そんなの、1年生チャンピオンのミライドンでも不可能だ。
 ▼ 37 ◆aIiv212DRk 23/09/08 19:52:24 ID:lTc.5Fts [11/15] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

考えているうちに、梯子が掛けられている穴からデンリュウの足が見えてきた。
塔の頂上だ。


「デンリュウ、久しぶり」


梯子から顔を出して「元気してた?」と手をあげる。

あたしを一瞥するや、デンリュウはプイ、と顔を背けた。

それから、両足をそろえてトントンと小刻みに跳ねる。


「デンリュウ……?」


陸上部の準備運動にもよく似たその動きは、ハイダイさんに勝つために散々練習した──

──“こうそくいどう”の発動ルーティンだ。
 ▼ 38 ◆aIiv212DRk 23/09/08 19:53:52 ID:lTc.5Fts [12/15] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

「待って!」


あたしがハシゴから乗り出すと同時に、腰のボールからニャローテが飛び出した。

にゃっ、と鋭い気合いとともに放たれた蔦と蕾のヨーヨー。

デンリュウが塔の外に向かって走り出すより一瞬早く、蔦がその足に絡みつく。

デンリュウはつんのめりながらも、すぐさまヨーヨーで縛られた足を振り回してニャローテを左右に揺さぶる。

いつのまにかボールから出ていたマリルリがデンリュウに飛び掛かるが、むぎゅうっと空中で何かに衝突。
デンリュウがかざした右手の先には、赤い光を反射してうっすら光る透明な壁が。


「“リフレクター”……!」


これもジムチャレンジ対策で覚えたわざだ。

デンリュウが駆け出そうとした先をよく見ると、同じような透明な板が階段状に連なっている。
塔を上り下りするデンリュウの謎の答えが今更判明した。
 ▼ 39 ◆aIiv212DRk 23/09/08 19:57:46 ID:lTc.5Fts [13/15] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

「待って、デンリュウ! 連れ戻しに来たんじゃないんだよ! 話がしたいの!」


ヨーヨーの蕾が引き千切れて、ニャローテの体が石畳の上を転がった。
ニャローテは受け身も取らず、蔦だけになったヨーヨーをすぐさまデンリュウの腕に放って絡めとる。


「あのとき、見つかりっこないなんて言ってごめん!」


絡まった蔦をもう片方の手で無理矢理に解こうとするデンリュウ。
両手が塞がったその隙を逃さず、マリルリが“のしかかり”で飛びつく。


「見つけても何もできないなんて言ってごめん! あたし、本当は!」


リフレクターを出し損なったデンリュウがマリルリに押し倒され、仰向けに倒れ込んだ。
もがくデンリュウに、ニャローテがダメ押しで飛び乗る。

降参したとばかりに、デンリュウは大の字に手足を投げ出した。

上に乗っている二匹に「もういいよ、大丈夫」と声をかけると、そろそろとデンリュウから降りていく。
あたしはデンリュウの隣に膝をついて、やっと近くで顔を見た。


「ね、デンリュウ。聞いてよ。あたし本当はね」


ぜぇぜぇと肩で息をしながら、デンリュウもあたしを見ていた。


「あんたが羨ましかったんだ」


師匠の青い光を宿して輝く、メリープの頃から変わらない瞳だった。
 ▼ 40 ◆aIiv212DRk 23/09/08 19:58:41 ID:lTc.5Fts [14/15] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

「この2ヶ月間、ずっと眩しかった。師匠を追いかけるあんたが、ずっと」


初日に夜中まで師匠を待って光っていたときも。デンリュウに進化するために戦っていたときも。そして、今も。


「勝手だけどさ、仲間だと思ってたんだよ。何にもない仲間。『あたしたち何にもないから、宝探しは似合わないね』って」


ジムチャレンジを諦めてから3年間、あたしもポケモンたちも、何も追いかけなかった。

あたしたちには何にもなくて、こんなに特別じゃないんだから、もう追いかけなくていいと思った。
あたしもポケモンたちも、追いかけたら追いかけるだけ辛くなるんだって、そう言い聞かせていた。
 ▼ 41 ◆aIiv212DRk 23/09/08 19:59:40 ID:lTc.5Fts [15/15] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告

「でも違った。あんたが光るたび、何にもないのはあたしだけだったんだって分かって。それが怖かった」


塔の端っこで不貞腐れたように千切れたヨーヨーを弄るニャローテ。
両耳をしょんぼりと垂らして俯いているマリルリ。

もしかすると、ニャローテやマリルリも取り残されたような気持ちでいたのかもしれない。

思えば今年の旅の途中、この子が光るときはいつもひとりだった。
今だって、何もかもを置き去りにして、ひとりで。


「あんなに綺麗に、キラキラ光って。……そんなの、ずるいじゃん」


あたしの勝手な言い分をデンリュウはただ黙って聞いていた。

ずるいのはデンリュウじゃない。分からないフリをして目を背けていたあたしの方だ。


「あたしも一緒に追いかけさせてよ」


もうすぐ、最後の宝探しが終わる。
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