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【ss】甘いチョコと苦い現実

 ▼ 1 ◆mLJ5dMN69s 26/01/12 21:22:00 ID:DgGUGzEk [1/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ある日、首にマフラーを付けた二十歳ほどの青年――アランが、気晴らしに朝の散歩に出ていた。

まだ朝は少し冷える時期だった。しかし、春が近づいてきていることは確かだ。

アランは「ふぅ」とため息をつく。それはかつて訪れていた季節の時のように白く染まることもなく、透明のままどこかへ消え去った。

ふと周りに目を向ける。

気づけば、辺りはバレンタインの甘い雰囲気を纏っていた。桃色のハートの風船、ショーウィンドウに並ぶチョコなどなど。チョコを売っている男性が声をかけようとアランに目を向けたが、アランは気づかないふりをしてそっぽを向いた。


――バレンタイン。

そう思うと、いつでもどこでも彼の脳内に彼女の姿が浮かんでくる。

バレンタインといえば男女のイベント。男であるアランにとって、女性といえばマノン――今ともに旅をしている彼女――が、一番に思い浮かぶのだった。

彼女といってもただの代名詞であり、本物のガールフレンドという訳ではない。ただし、「今は」が入るかもしれないが。


手から体温が奪われていることに気づき、アランはポケットに手を突っ込んだ。

温まるまではまだ時間がかかるかもしれない。そう思った、丁度その時だった。

「随分と早起きなのねぇ」

少し低い嗄れ声が、辺りに響いた。
 ▼ 2 デッポウ@こだわりハチマキ 26/01/12 21:22:37 ID:HbD22q7c NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
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 ▼ 3 ◆mLJ5dMN69s 26/01/12 21:22:42 ID:DgGUGzEk [2/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アランはハッとして右手側を見る。そこには、まるで魔女が着ているようなローブを身につけた老婆が立っていた。背は、なんとかアランの肩に届くくらいの高さだ。

思わず訝しげな視線を送るアランに、老婆は申し訳なさそうに微笑んだ。「驚かせてしまって悪いね」

そしてこう続けた。

「寒いだろう? 少しウチに寄っていったらどうだい。温かい飲み物をご馳走するよ」

「はあ、ありがたいです、けど……」

アランは困ったようにそう言いながら、ポケットから手を出した。「良いんですか?」

「もちろんさ。私も早起きな方なんだが、何もすることがなくて暇なのよ。こんな老人で悪いけど、暇つぶしの相手になってくれないかね」

「あっ、是非」昔大好きだった祖母のことを思い出し、アランは今度は二つ返事で受け入れた。「俺でよければ」

「ありがとう。私の家はこっちだよ」

アランは歩きだした老婆のあとを追った。そして再びポケットに手を入れる。

車がギリギリ通れそうな道でゆっくりと歩を進めながら、老婆が話しかけてきた。「コーヒーと紅茶、どっちが良い?」

「えと……」アランは暫し二つのドリンクを脳内に浮かべて考えた。コーヒーの苦味と、紅茶の仄かな甘味――「お言葉に甘えて……コーヒーをお願いします」

「そうかい。苦い方が好みかね」

「そうですね…」

「……今日くらいは、甘い飲み物を飲んでも良いんじゃないのかい」

「ど、どうしてですか?」

「なんでって、今日はバレンタインデーじゃないか」ニヤリと笑みを浮かべてから、ゆるりと首を横に振った。「いや、揶揄っただけさ。本気では言ってないよ」

「はあ……」

「君、好きな子はいるのかい?」

「えっ……いや、その」

「ふふ……。ごめんね、近頃はこんな風に誰かを揶揄う機会が無かったから、つい」

「…………」

何も言えずにアランは俯いた。好きな子――か。
 ▼ 4 ◆mLJ5dMN69s 26/01/12 21:24:15 ID:DgGUGzEk [3/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ここには一人で来たのかい?」

「あ、いえ。ポケモン達と、もう一人連れがいて……その子達はこの街のポケモンセンターにいます」

「そうなのかい、女の子と二人で」

「っ…………」

「ふふふ」老婆は、アランの反応を見て心底楽しそうに笑った。「それで、早くに目が覚めたから彼女達をおいて散歩に来たのかい。早起きする子は嫌いじゃあないよ」

「あ……ありがとうございます」

思わぬ方向から褒められたので、ついモゴモゴと聞きづらい声で返してしまった。

「……ここが私のウチだよ。ほら、入った入った」

「ぁ……失礼します」

失礼極まりないが、正直にいうと平凡な家だった。茶色の瓦屋根で、壁は白く、一部分だけレンガの模様がついている。木の温もりを感じられるドアを開けてもらい、アランは家の中に足を踏み入れた。

整理された玄関で靴を脱ぎ、リビングへと通してもらう。

「ここに座って待ってて、コーヒーを淹れてくるから」

「お願いします」

言われた通り、アランはダイニングテーブルの周りに並べられた椅子の一つに腰掛ける。そこにはクッションが置いてあり、快適さを感じた。

それから少しして、キッチンに行っていた老婆が姿を見せた。手には二つカップを持っている。

「はい、これが君の分ね」

「ありがとうございます…っ」

「いいのいいの。…よいしょっと」

アランは蒸気を出しているカップに手をつけた。その手が冷えていたので、温かいカップを両手で包むように持つ。

それから熱い漆黒の液体を啜る――「……!」
 ▼ 5 ◆mLJ5dMN69s 26/01/12 21:25:32 ID:DgGUGzEk [4/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「どうだった?」

目を見開くアランに、老婆は少し不安そうに問う。「お口に合ったかい?」

「は、はい」あまりの驚きで少し声が震えてしまった。「美味しいです、凄く」

「あぁ、良かった」

目の縁のシワを濃くして、老婆は微笑んだ。最近は自分でしか飲んでいなかったからね、と言いながら自身もカップを持ち上げ、口をつけた。

「んん、いい出来だ」

「はい、とても」

「…………君、名前はなんと言うんだい?」

「俺は……アランです」

「そうかい、アラン……いい名前じゃないか。私はソルシエールと言うのよ」

「ソルシエールさん、ですか。そちらこそ良い名前をお持ちで」

「ありがとう、褒め上手なのね」

少しだけ口角を持ち上げて、ソルシエールは手にしていたカップを机に置いた。

「……アラン君に頼みたいことがあるの」

「…俺にですか?」

「ええ」真剣な目で老婆は続ける。「占いの相手になってほしいのよ」

「…占い」

驚いたようで少しだけ眉を上げて、アランは返事をした。「勿論、良いですよ」
 ▼ 6 ◆mLJ5dMN69s 26/01/12 21:26:36 ID:DgGUGzEk [5/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「本当かい!」

「はい」

「そうかい……ありがとう。私は占いをするのが好きなんだけど、この頃は誰にもしてやることが出来なかったからね」

「そういうことなら、尚更どうぞ」

「分かったわ、じゃあ遠慮なく」

ソルシエールは椅子から立ち、リビングから出た。階段を上がったようで、その足音が聞こえてくる。

やがてソルシエールは、水晶と紫色のクッションを持って戻ってきた。

「水晶を探してる途中で何を探してるのか忘れちゃって、遅くなってしまったわ、ごめんね」

ハハハと笑い飛ばすソルシエールに、アランはどう返していいのか分からず、ただ苦笑いをするだけだった。

「私がやるのは水晶占いでね。この水晶を覗き込んで占いをするのさ――あまり信用されないことも多いけどね」悲しそうにソルシエールは笑った。

それから、手に持っていたモンスターボールを床に転がした。

「出ておいで、マフォクシー」

ポンッと音を立てて、水色の光が飛び出してくる。かと思えば、すぐにその光は狐のようなシルエットを映し出した――「まふぉ!」

カロス地方でマフォクシーといえば、プラターヌ博士から貰う内の一匹――フォッコの進化系だ。ソルシエールさんもプラターヌ博士、いや、その父か――どちらにせよこの地方の博士にポケモンを貰ったのだろうかとアランは思った。

「マフォクシーに占いを手伝って貰うのよ」

「まふぉ」

言いながら、ソルシエールはクッションの上に水晶を置いた。「頼むよ、マフォクシー」「まっふぉ」

そしてマフォクシーは、自分が持つ木の枝に火を灯し、水晶に近づけた。その火は水晶に燃え移ることはなく、ただパチパチと音を立て続けた。ふとアランは野宿のことを思い出した。

「うん……」ソルシエールは、先ほど言っていたように水晶を覗き込んだ。「視えるね」

「は、はあ」

何が視えているのだろう、とアランは不安になる。未来のことか、はたまたこれまでのことか。
 ▼ 7 ◆mLJ5dMN69s 26/01/12 21:28:12 ID:DgGUGzEk [6/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
するとソルシエールは水晶から顔を離した。

「今は、アラン君のこれまでのことを見せてもらっていたよ。将来のことを知るには、まず昔のことを知るのが近道だからね」それから突然顔を翳らせた。「……君、何か悩みがあるんだっけ? 忘れちゃったよ。何かあるならそのことを占わせてもらうけど」

「いえ、悩みは……ないですけど」そのような話題になった記憶もない。「強いて言えば、これから………これから気をつけた方がいいことを知りたい、ですかね」

「よし、分かった。じゃあさっき視えたことを言うね」

「…………」

「君、昔からポケモンが大好きだったみたいね。それでポケモンに関わる機会の多い人の元で、働いているんじゃないかね」

「…はい。そうです」

無論それはプラターヌ博士の元で働いている、ということを当てているのだろう。

この流れだと、あのことも――アランは漠然とした不安を感じた。

そしてそのことは、予想通り口にされた。「純粋な心を持っていたことが災いして、誰かに利用されてしまったこともあるようだね。そしてそれを、今でも後悔している」

「………はい」

言うまでもない、フレア団のことだ。

五年前アランは、世界を破壊しようとしていたフレア団――フラダリに、図らずも手を貸してしまったことがあるのだ。

自分の大切な人が、世界を壊そうとしている――そしてそんな人に自分は利用されていた――それを聞いた時のアランはどれほど絶望に駆られただろうか。他人が簡単に分かることではないだろう。

最終的にはギリギリのところでフレア団の野望を止めることに成功し、今では“一番大切な人”も変わっているのだが、一度カロスを絶望的な状況に追い詰めた原因の大半は自分だ――そんな思いはずっと抱え込んでいた。

最近は思い出すことが少なかったものの、こうやって面と向かって言われるとやはりきついものがある。

「それからは大切な人を守ることに徹しているみたいだけど……。これから気をつけた方が良いことを知りたいっていうのは、その人を完璧に守り通したいからなの? 随分と純粋なのねえ」

「えっ………あ……」

「図星、ね」老婆が笑うと、奥の方で銀歯がキラリと光った。「じゃあ、これから未来のことも視てみるわね。もう一度お願い、マフォクシー」

「まふぉ!」

マフォクシーは返事をして、一度水晶から離していた枝を再度近づけた。
 ▼ 8 ◆mLJ5dMN69s 26/01/12 21:29:51 ID:DgGUGzEk [7/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そしてソルシエールは水晶に顔を近づける。「うん…………」少し顔を顰めるのを見て、アランはなんとも言えない気持ちになった。

やがてソルシエールは顔を離し、アランの方を見た。

「油断しちゃダメだよ」

「……? 油断…」

「そうさ。君、昔何かやらかしてしまったんだろ? その子を守りたいのなら、気を抜かないことだね」

そして、ふう、と息をついた。「少し疲れちゃったみたいだね」

「あ……あの、ありがとうございます」

「良いんだ、久々に占いが出来て私は良かったよ」

「そう、ですか……」アランは残りのコーヒーを一気に飲み、カップを机に置いた。「ご馳走様でした。とても温まりました――俺、もう帰りますね」

「そうかい」

ソルシエールは立ち上がった。「寂しくなるね……でも、旅人なんだろう? 仕方ないね」

「はい」

二人はいそいそと玄関で靴を履き、ドアを開けて外に出た。

「本当にお世話になりました」アランは口元を綻ばせた。「また来ますね」

頼むよ、と寂しげにソルシエールは言った。それからこう続けた――「君の名前、聞いてなかったね。なんというんだい?」

アランはハッとした。今までの多くのフラグは、ここに来て回収されたようだった。それに気づき、アランは唇を舐めた。

「アラン………アラン、です」

「そうかい。私はソルシエールだ」

最早アランの不安は拭いようがなかった。この老婆をここに一人で置いていれば、認知症は酷くなっていくだけだろう。俺はこのまま帰っていいのか、と逡巡する。

「アラン君、大切な人がいるんだろう。その子を守り抜くんだよ、絶対ね」

しかし、「戻らなきゃ守れないだろ、さっさと帰った帰った」とソルシエールは言った。そう言われれば、アランは帰る他に術がなかった。「は、はい………」

「じゃあ、元気で。また来るんだよ」

その笑顔があまりにも朗らかで、一瞬ことの重大さを忘れてしまう彼だった――「はい、また会いましょう」
 ▼ 9 ◆mLJ5dMN69s 26/01/12 21:32:02 ID:DgGUGzEk [8/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告




ポケモンセンターに戻ったものの、アランの表情は沈んだままだった。そんな彼に、ある女性が声をかけてきた。

「アラン、どこ行ってたの」

驚いて後ろを見ると、そこにはアランの大切な人――マノンが立っていた。「今から探そうとしてたところだよ」

隣にはハリマロンのハリさんも佇んでいた。「りまぁ!」

「そうか、悪かった」

確かに、少し長居していたかもしれない――そう思うアランの横で、マノンが今の彼にとって魅力的な単語を発した。

「アラン、まずは朝ごはん食べようよ」


「それで何してたの」

マノンは、右手でフランスパンを千切りながら問いかけた。対するアランは、千切ったフランスパンを口に入れてからこう答えた。「散歩だ。早く起きたからな」

「へぇ……」

「りま」

「…何だ、その顔は」

「いや、なんか意外だなーって思って」

「意外?」

口に含んだフランスパンを飲み込んでから、そんなことはない、とアランは吐き捨てるように言った。

「というかそっちこそ、随分と起きるのが遅かったんじゃないか?」

「えっ……まあ、それは色々あって。ね、ハリさん」

「りまっ」

上手くはぐらかされたような気もしたが、取り敢えず突っ込まないことにしておくアランだった。
 ▼ 10 ◆mLJ5dMN69s 26/01/12 21:33:00 ID:DgGUGzEk [9/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……あ、そうだ」パンを食べることに夢中になっていたマノンが、不意に弾かれるように顔を上げた。「行きたいところがあるんだ、アラン」

「どこだ?」

「この街なんだけどね、真ん中の広場に大きな樹があるんだって」

「へぇ……」

「で、夜にその樹の下で願い事をすると、それが叶うらしいよ」行きたいでしょ、とマノンが身を乗り出す。アランは曖昧に頷いた。

「まあ、そうだな」

実際には、マノンが行きたいと言ったところにはできるだけ行きたいというだけなのだが――その時、ふとアランに思いつくことがあった。

「行こう。今日の夜か?」

「うんっ」

アランが思ったより乗り気な様子を見せてくれたので、マノンは満足したようだった。


 ▼ 11 ◆mLJ5dMN69s 26/01/13 21:08:02 ID:MpacJfNM [1/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



それから、二人はその街で有名なメガピジョット使いのトレーナーに会いに行き、話を聞いた。そして戦ったりもした。

無論、プラターヌ博士の研究促進のためだ。

そしていつしか日は沈み――



彼らは裏通りを歩いていた。

どうやらここから大樹のある場所に行けるらしいので、通っているのだが――人気も少なく、薄暗くて気味が悪い。ゴーストポケモンが今にも飛び出してきそうだ。

「アラン、早く行こう」

マノンが小走りで先頭に出た。どうやら不穏な気配を感じとったらしい。ハリさんは、そんな彼女のあとを慌てて追った。相変わらずしっかり者である。

マノンに呼ばれたアランは特に急ぐ様子を見せず、ああ、と頷きながらも、横にびっしりと並ぶビルに視線を向けていた。

一階の窓が割れている。人は住んでいないのか、とアランが思った、丁度その時だった。

「――いやあっ!?」

前の方でマノンの悲鳴が聞こえたのだ。
 ▼ 12 ドシシ@ドラゴンZ 26/01/13 21:08:10 ID:GYA.2eLc [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
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 ▼ 13 ◆mLJ5dMN69s 26/01/13 21:09:00 ID:MpacJfNM [2/14] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「っマノン!」

すぐさまアランは駆け出した。確かに前を見ると、マノンは誰かに抱かれているようだった――そして、何か光ったものを喉に当てられていると気づく。「マノン!!」

「それ以上近づくなッ、こいつがどーなっても良いのか!!」

ハッとしてアランは止まった。その声は、マノンにギラリと光ったもの――いや、刃物だ――を当てている男から発せられたからだ。

「そこのハリマロンもだ。動くんじゃねぇ」

「りろ……!」

ハリマロンは臆せずに男を睨んだ。アランも、普段では出さないような低い声を出す。「お前、なんのつもりだ」

「アラン……っ」

「喋るなッ」

「うぅ………」

目に涙をたっぷりと浮かべるマノンを見て、アランは歯を食いしばった。俺が、俺が油断したからマノンは――

「なんのつもりだ、と言ったな」男はアランに目をやった。その瞳は、どこまでも澄んだアランの瞳とはまるで正反対のものだった。

「お前を殺すためだ。この五年というもの、ずっとこの街で待っていたんだよ」

続いて言われたその言葉に、アランは今にも掴みかからんばかりの勢いで叫んだ。

「ならどうしてマノンを!!」

「人質だよ」
 ▼ 14 ◆mLJ5dMN69s 26/01/13 21:10:32 ID:MpacJfNM [3/14] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「り……りぃまっ!」ハリマロンは抵抗するかのように声をあげた。

「ふん、お前はどっか行ってろ」

すると突然男は足を伸ばし、目の前に落ちていた小石を蹴るかのようにハリマロンを蹴った。当然ハリマロンは後ろに倒れる。

「りっ!?」

「っ! ハリさ――」

「殺されてぇのか!!」

「………!!」

地面に打ちつけられたハリマロンを見て、そして身の危険を感じて、マノンは遂に涙を溢した――

「――マノンを離せ」

不意に、威圧感のある低音があたりに響いた。アランの声だ。

俯いて彼の顔はよく見えないが、とてつもなく怒っているということは男にも分かった。そのあまりの剣幕に、男は息を呑む。

「俺なんてどうなってもいい。だからマノンは――離すんだ」

「ほぉ、そうか」男はニヤニヤとした。自分の思っていた以上にことが上手くいきそうなので、嬉しくなったのだろう。「じゃあこいつは離そう」

そう言ってドンとマノンを押した。マノンはよろけながらも、なんとか踏ん張ってアランに喋りかけた。「ダメだよ、アラン、アランが死んじゃイヤ……!」

そんなマノンの訴えなどどこ吹く風、とばかりにスルーしたアランは、男に近づいた。それを見て、男は問いかける。

「どんな殺され方がいい? 首を一刀両断――かな」

「お前の好きにしろ」
 ▼ 15 ◆mLJ5dMN69s 26/01/13 21:11:44 ID:MpacJfNM [4/14] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
アラン、ポケモンを出して、と思うマノンだが、すぐにそれは無理だと気がついた。アランはさっきまでメガピジョット使いのトレーナーとフルバトルをしていたので、ポケモンたちは全てジョーイさんに預けてしまったのだ。

だからといってあたしがポケモンを出しても意味がない。男とあたしの距離は離れてるから、不意打ちができないし……第一レベルが低い。頼みの綱のハリさんだって、こんな……。

すると、マノンの考えを見透かしたように男が釘を刺してきた。

「お前、ポケモンを出そうと思うなよ。出したらアランは即お陀仏だ」

「っ………」

「……お前、どうして俺の名前を知っているんだ? 会った覚えはないが」

「あぁ、アラン、お前フラダリ様のことを手伝ってただろ」

「っ…………ああ」自身の黒歴史に触れられ、アランは顔を歪めた。

「じゃあなんで裏切ったんだ? お前が裏切ったから、フラダリ様率いるフレア団は滅びたんだぞ」

男は一気に不機嫌そうな顔になった。対するアランは、強がっているのかクールに答える。

「自分のやっていることが間違いだと気づいたからだ」

「はぁ? それってさ、自分だけ助かるために逃げただけじゃねぇか。恩人を置いて逃げるなんて卑怯な奴だな」

「アランは悪くないよ! 悪いのは騙したフラダリさんだもんっ」

「うるせぇ、黙れ」

男に一喝されて、マノンはムッとした。あたしは本当のことを言ってるだけなのに、心の狭い人、と言葉にせずとも悪態を吐く。

「お前が裏切んなきゃ、フラダリ様の夢は成し遂げられたってのに」

「いいや。俺は代表に裏切られたからお返しをしただけだ」

「フラダリ様が、裏切った?」訝しげに男が眉を顰めた。「どうしてだ」
 ▼ 16 ◆mLJ5dMN69s 26/01/13 21:12:50 ID:MpacJfNM [5/14] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「俺は――強くなりたかったんだ。満足するため、そして守るために――代表にも言われた、“己の思いを成し遂げたければ最強であれ”と」アランは自分が殺されかけているというのに、ハッキリと喋り続ける。「なのに、その“守りたかったら強くなれ”――の結果は世界の破滅だった」

「……お前は…………強くなり、守るためだけに、メガシンカエネルギーを集めていたのか。世界の破壊なんて望んでいなかったのか」

「そうだ」その返事には、最早感情がこもっていなかった。いや、もしかすると感情を押し殺していたのかもしれない。

骨の折れる作業だったろうに、と男は呟いて、それから思い出したように言った。

「じゃあ、あいつが言っていたことは本当だったんだな。お前は騙されたって」

男はマノンに目をやる。見られたマノンはしっかりと頷いた。

「だったら、どうして…………どうしてフレア団は負けたんだ」

そして彼は膝から崩れ落ちた。どうやら、ずっと“フレア団が負けたのはアランのせいだ”と思っていたらしい。

「フレア団が負けた理由は、俺にも分からない」だが、フレア団が世界を壊すまであと一歩の状況まで追い込んでしまったのは俺だ、とアランは心の中で付け足した。「カロスの全員が、最後まで諦めなかったからだろうか……」

いつのまにかマノンが、アランの横にピッタリと付いていた。そのままギュッとアランの腕を抱く――少ししてようやく安堵したらしく、アランから離れてハリマロンの元に駆け寄った。

「ハリさぁんっ!」

アランは思わず笑顔になった。何故なら、ハリマロンが目を覚ましたのを見て、マノンが笑っていたからだ。
 ▼ 17 ◆mLJ5dMN69s 26/01/13 21:15:22 ID:MpacJfNM [6/14] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
――そんな時、どこからかバイクのエンジン音が響いた。それは段々近づいてきた――「ああっ、大丈夫!? その人ナイフを持ってるじゃないっ」

そのバイクに跨っていたのは、水色の髪を一つに束ねたジュンサーさんだった。

彼女は素早くバイクを停めて、アラン達に近寄ってくる。

「襲われたの?」

「はい」

「そうです!」

「りまっ」

「はぁ、ここは人通りが少ないから、いつも同じ時間に見回りをしてるんだけど……来てよかった」

ジュンサーさんは心底安心したように言い、男の近くでしゃがむ。「貴方が彼らを襲ったのね?」

ああ、と半ば放心したように男は頷いた。ジュンサーさんが続けて「名前は?」と問うと、男はこう答えた。

「ファシェだ」

「そう、ファシェ……」すぐさま手帳を取り出し、そこに名前をメモした。「話は署で詳しく聞かせてもらうわ」

彼女は男――ファシェに手錠をかけてから立ち上がり、左手に持っていた手帳とペンを、無駄のない動きで仕舞った。ベテランなのだろう。

「貴方達にも、話を聞きたいのだけれど……もしかして、この先の広場にある大樹のライトアップを見に来たの?」

「えっ、ライトアップするんですか? 今日?」

「そうよ。その瞬間を見たいのなら、ちょっと急いだ方がいいわね……」

ジュンサーさんは少し逡巡してから、二人に名前と電話番号を聞いた。それから、「ファシェを訴えたいと思う?」と尋ねたが、マノンは首を横に振った。結果的に誰もケガをしなかったから、という理由らしい。

アランは訴えようとしていたが、マノンに「あたしは大丈夫だから、ねっ」と言われたのでファシェを見逃すことにした。

「分かったわ。じゃ、あとは本人に聞くわね。黙秘されるようだったら、手伝ってもらうかもしれないけど……多分大丈夫よ」

「はい。ありがとうございます」

「ありがとうございます!」

「りまりま〜!」
 ▼ 18 ◆mLJ5dMN69s 26/01/13 21:16:07 ID:MpacJfNM [7/14] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告



二人とハリマロンは、どうにか大樹の所までたどり着いた。

「うわぁ、大きい」

「だな………」

――願いが叶う、か。

アランは今朝出会った老婆、ソルシエールのことを思い出していた。

確かに合っていた。過去に間違いを犯したのなら、決して油断するな――こんなに早く危機が訪れるとは思っていなかったが。

そして結局、その占いは生かされることはなかった。俺が油断したからだ、とアランは改めて思う。

きっと、これからもずっとそうなのだろう。忘れてはいけないんだ、フレア団、そしてフラダリのことは――油断してはいけないんだ。

マノンを守るためだ、それぐらい良いだろう――。

「ねえ、アラン」

不意にマノンに名前を呼ばれ、アランは大樹に向けていた視線をマノンに投げた。「どうした」
 ▼ 19 ◆mLJ5dMN69s 26/01/13 21:16:59 ID:MpacJfNM [8/14] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
あのね、と言うマノンが手に小包を持っていたので、アランは彼女に向き直った。

「アランに、これ……」

おずおずといった風にその小包を差し出され、疑問符を頭に浮かべるアラン。「な、なんだ?」

「今日、バレンタインデーじゃん………だから、義理チョコ。これからもよろしくね」

はい、とマノンはアランの胸にそれを押しつけた。しかしアランはそれを優しく押し返した。

「えっ、なんで…………?」

「作ってもらっておいて悪いが、俺は感謝の義理チョコを貰えるような人間じゃない」

アランは目を細めた。それを見て、マノンはハッとした。もしかして、フラダリさんに騙されたことをまだ後悔しているんじゃ――。

続けて彼は、マノンが思っていた通りのことを口にした。

「事情を知らなかったからとはいえ、俺が代表に協力したからミアレはあんなに壊されたんだ……」そう言いながら俯く。「それだけじゃない、マノンがさっき危ない目に遭ったのも元はと言えば俺のせいだ」

違う、という様にマノンは首を横に振る。しかしアランは気づかないかのように続けた――「そんな俺が、感謝されて良いわけがない」
 ▼ 20 ◆mLJ5dMN69s 26/01/13 21:17:55 ID:MpacJfNM [9/14] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
――ずっと、そんなことは言っていなかったのに。今日の出来事で、またぶり返してしまったのだろう……あの時の気持ちが。

そんなことにマノンは気がついて、だけど何も返せずに視線を落とした。義理チョコ――朝、早起きしてまで作った大切なもの――の入った小包が目に入る。

そして、ふと思い出した。そうだ、あたし、ただ感謝の気持ちだけでこれを作っていた訳じゃないんだ。

それを言わなきゃ、口にしなきゃとマノンは決意した。

「じゃあ、アラン」

彼と視線が合い、ドキドキと心拍数が早くなる。それに構わず、マノンは自身の思いを告げた。「――本命だったら?」

「……は?」

「本命なら、受け取ってくれる?」

「…………本命? 本気で言っているのか」

「…うん。本気」

真剣な表情でこちらを見つめてくるマノンを、アランはまじまじと見た。嘘を吐いている訳ではなさそうだ。

何も言えなかった。正直なところ、アランはずっと前からマノンに惹かれていたのだが……あまりにも急な展開で、アランは頭に言葉が浮かんでこなかった。

「だからね、その」そこで、マノンは表情を和らげた。「あたし、アランが好きなの」

「――!」
 ▼ 21 ◆mLJ5dMN69s 26/01/13 21:18:42 ID:MpacJfNM [10/14] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「お願いします、付き合って下さい……っ」

マノンは頭を下げ、小包を差し出した。その袋が少し赤みがかっていることに、今更気がつくアランだった。

「……俺もだ」アランはほんのりと紅い小包に手を伸ばした。「俺も、マノンが好きだ…………よろしくお願いします」

うそ、とマノンが呟いた。嘘じゃないとアランが返すと、マノンは彼の胸に飛び込んだ。

「っ!?」

「あはは、大好き」

「…〜〜///」

「♪」

マノン、と名前を呼んだ。彼女がアランから顔を離して彼の方を見る――すると、そのあどけない唇は暫しの間アランに奪われた。

一方で、マノンの隣に立ちながらも全力で気配を消すハリマロンだった――
 ▼ 22 ◆mLJ5dMN69s 26/01/13 21:19:19 ID:MpacJfNM [11/14] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


アランが口を離して少しは沈黙が訪れていたが、ふと大樹のライトアップが始まっていることに気がついてマノンは声を上げた。

「あっ、願い事をしに来たんだった」

「そうだな」

言うが早いか、マノンは大木に向かって両手を合わせ、目を閉じた。ハリマロンとアランもそれに倣って手を合わせる。目を閉じる。そしてアランは――ソルシエールのことを思い浮かべた。

――お願いします、どうかソルシエールさんを一人にしないでください――

――あと…………マノンと、ずっと一緒にいられますように――
 ▼ 23 ◆mLJ5dMN69s 26/01/13 21:20:24 ID:MpacJfNM [12/14] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告





それから三年くらい経った。

アランは、マノンと共にソルシエールの家を訪れていた――。


「はい」

インターホンで、「三年前に、ソルシエールさんとまた会おうと約束をしたのですが」とアランが言うと、アランより少し年下らしき女性が出てきた。

そして、女性は続けて「おばあちゃん、アランさんだって」と振り向いた。

すると、その木の温かみが心地よいドアから、一人の老婆が出てきた。途端にアランと目が合う。

アランは、この人だ、と感じた。

「あの、アランです。三年前のバレンタインデーに、貴女と会った者なんですけど」

興味深そうなマノンの視線を背中に受けながら、彼は老婆の答えを待った。やがて返ってきたのは――

「いや、気のせいじゃないかね。覚えてないよ」

そんなものだった。

だろうな、とアランは思った。三年前のことだし、何よりソルシエールさんは――。
 ▼ 24 ◆mLJ5dMN69s 26/01/13 21:21:06 ID:MpacJfNM [13/14] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
不意に、この老婆の孫にあたるらしき女性が言葉を発した。「ごめんなさい、私も丁度三年前はいなかったので分からないんです」

「“丁度三年前は”?」アランは何か引っかかり、「じゃあいつからここに住むようになったんですか」と尋ねる。

女性は、何故そのような質問をするのかと不思議そうにしながらも、「そうですね、三年前の春から、です」と答えた。

アランはハッとした。なるほど、確かにあの大樹は願い事を叶えてくれたらしい。

「そうなんですか……では、俺たちは帰ります」

「えっ、是非ウチに上がってくださいよ。コーヒーをご馳走しますよ」

「お気持ちは嬉しいですが、大丈夫です」アランは微笑む。しかし内心は辛いのだ――あんなに親切にしてくれたのに、そしてまた来てねと言ってくれたのに、ソルシエールは自分のことを覚えていないというのが――。「突然訪問してすみませんでした」

「いえ、また来てください」

去り際にそう言われたが、もうここを訪れることは二度とないだろうなとアランは思った。









終わり
 ▼ 25 ◆mLJ5dMN69s 26/01/13 21:22:55 ID:MpacJfNM [14/14] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
そしてさよなランドロス
ありがとうBBS
 ▼ 26 ンダー@モトトカゲのウロコ 26/01/13 21:59:41 ID:GYA.2eLc [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
おツボツボ
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