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【SS】蟻地獄は青い空に恋焦がれる

 ▼ 1 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:45:22 ID:zMfQ.zeU [1/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

フライゴン。しなやかな羽で砂漠の空を舞う精霊ポケモン。

母となったフライゴンは、常に卵を腕に抱いて過ごします。

羽をはばたかせて砂嵐を起こし、外敵から卵を守るのです。



フライゴンの羽音はまるで女性の歌声のよう。

時折、それに魅せられたポケモンを捕食します。



フライゴンの子供は母の腕に抱かれ、羽音が奏でる子守唄を聴きながら、ゆっくりと孵化までの時を過ごすのです。
 ▼ 2 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:47:01 ID:zMfQ.zeU [2/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

――――――





とある砂漠の片隅。

ここに、一匹の手負いのフライゴンがいました。

ぼろぼろに傷ついた薄羽を広げ、迫り来る天敵から必死に逃げ惑っています。

その腕には、一つの卵が抱かれていました。



『この子だけは、絶対に死なせない』



母親のフライゴンは覚悟を決めると、地面へと降り立ちました。

傷ついた羽で逃げ切るのは無理だと悟ったのでしょう。

柔らかに沈む砂の上に卵を置くと、背後に迫る天敵から庇うようにゆっくりと羽を広げました。
 ▼ 3 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:48:02 ID:zMfQ.zeU [3/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

フライゴンの羽は鋭い牙によって大きく引き裂かれ、既にその機能の殆どを失っています。

それでもフライゴンは必死に羽ばたいて砂嵐を作ろうとしているようです。



バサッ、バサッ。

ザァァァァァ……



砂塵が巻き上がり、フライゴンの姿を隠します。

が、彼女を突け狙う天敵の目は誤魔化せないのでした。



『無駄な抵抗はやめな!』



暗闇をも見通す目を持つワルビアルは、砂の中に佇むフライゴンの姿を容易く捉えると、牙を剥き出しにして飛び掛かりました。
 ▼ 4 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:48:55 ID:zMfQ.zeU [4/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

一つの甲高い悲鳴が響きます。

その瞬間辺りを覆っていた砂煙が晴れ、フライゴンの薄羽に深々と牙をめり込ませたワルビアルの姿が露わになりました。

フライゴンはなんとか逃れようと体を身じろぐものの、強靭な顎の力の前にその抵抗はあまりに無力でした。

もがく程に羽は裂かれ、やがて完全に引き千切られてしまいます。



『死なせは……しない』



一瞬の自由を手に入れたフライゴンはよろよろとタマゴの方へと歩み寄ろうとしますが、それすらもメグロコ達によって阻まれてしまいます。

先程の悲鳴で集まってしまったのでしょう。彼らは手負いのフライゴンに群がると、思い思いにその身体に歯を立てました。
 ▼ 5 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:50:01 ID:zMfQ.zeU [5/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

もがき苦しむフライゴンを、ワルビアルは勝ち誇った様子で見下ろします。



『さあ、親子諸共食らい尽くしてやるよ!』



ワルビアルが咆哮を上げると、何匹かのメグロコが卵の方へと向かっていきました。

倒れ伏したフライゴンはただその光景を見送るだけ……のように思われました。



『その子に手は出させない!』



しかし、フライゴンは高らかに一鳴きすると、最後に残った力を振り絞ってその運命を変えました。
 ▼ 6 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:50:37 ID:zMfQ.zeU [6/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

ザァァァァァァァァァァァ!!



メグロコ達の走る地面が、ワルビアルの立つ地面が、卵の鎮座された場所を中心に渦を巻いて崩れ出したのです。


砂地獄。

すり鉢状の大穴は地を這う生き物たちを飲み込み、捕らえて帰さない砂漠の罠。

しかもこれは、同時に何匹ものポケモンを飲み込むほどの大きなものでした。


羽を食い千切られてからも地面の砂がわずかに渦巻いていたのは、恐らくずっとこの力を溜めていたからなのでしょう。






流砂はそこに立つ全てのポケモン達を飲み込み、残ったのは微かに音を立てて流れる砂地獄だけでした。
 ▼ 7 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:51:11 ID:zMfQ.zeU [7/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

――――――





生まれたばかりのナックラーは自分で穴を掘ることも出来ません。

しばらくの間は親の作った巣穴の中で過ごし、弱らせた獲物を運んでもらって大きくなります。

そうして成長する中で少しづつ砂の操り方を教わっていくのです。



……あの母無し子のナックラーはどうなったのでしょう。
 ▼ 8 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:51:43 ID:zMfQ.zeU [8/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

あれから長い年月が過ぎました。

驚くべきことに、あの時のフライゴンが作り出した砂地獄は未だにその形を保っていました。


その最奥に、ナックラーは潜んでいます。



『……』



普段は砂の中で眠り、獲物が落ちてきたら捕食する、彼女はその繰り返しをずっとずっと続けていました。

母親の作った砂地獄は非常に強力で、ナックラーが生き続ける為に必要な獲物を定期的に運んでいた為に、彼女は今まで生きてこれたのでした。
 ▼ 9 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:52:27 ID:zMfQ.zeU [9/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

過ぎ去った年月は大きく、ナックラーであれば既に成虫へと進化している期間でしたが、この個体は未だに幼体の姿のままでした。

普通であれば親から教わるはずの砂の操り方や空の飛び方といった知識を、このポケモンは何も受け取れなかったからです。



『……』



言葉も知らず、他者との触れ合いも知らず、

このナックラーはただ一人砂の中で黙し続けていました。





そんな彼女の下に、ある日一匹のポケモンが迷い込んできます。


それが、彼女を大きく変える出会いとなるのでした。
 ▼ 10 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:53:40 ID:zMfQ.zeU [10/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

――――――




目を開けると、そこは薄暗い穴の中だった。

体にまとわりつく不快な感触が砂によるものだと分かると、俺は自分の置かれた状況をすぐに理解した。



「……ちっ、よりによって砂地獄に落ちるとは」



視線を真上に向けると、空の様子が全く見えなかった。

絶望的だった。

それほどまでに深い穴から自力で這い上がるのは、非力な種族である自分には不可能なのは明らかだ。

自慢の羽が動かせれば話は別だったのだが、生憎この穴に落ちてしまった要因となった先程の砂嵐によって、背中の羽は再起不能なまでに傷付いてしまっていた。



ここで死ぬしかないんだろうな。



一瞬で諦めの気持ちが俺の心を支配する。

この潔さは俺の数少ない取り柄の一つだ。



……自分の間近で蠢く気配にも、俺は抵抗しようとしなかった。
 ▼ 11 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:54:40 ID:zMfQ.zeU [11/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

目の前の地面が隆起し、その砂の中から予想通りのポケモンが姿を現す。



「……」



ナックラー。

巣穴で獲物を待ち構え、強靭な顎で落ちてきた捕食するポケモン。

力は強いが動きは緩慢な生き物で、対抗策はいくつかある。


だが、それはこちらに戦える体が残っていればの話だ。

今の自分は羽を痛めており、攻撃するにも逃げるにも羽を使う俺の種族にとって、それは磔にされたも同然の状態なのだ。



「くそ……やるなら一思いに飲み込んでくれよな」



大きく鋭い牙を目の前に、俺はそう呟いてから目を閉じた。


あれに噛み砕かれたらさぞかし痛いだろう。

せめて、一気に飲み込んでくれれば……と一縷の望みをかけたのだった。





だが、いつまで待ってもその一撃はやって来ない。
 ▼ 12 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:55:29 ID:zMfQ.zeU [12/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

恐る恐る目を開けると、ナックラーは妙にきらきらとした瞳でじっとこちらを見ていた。



「あなた、何?」



と、そいつは言った。

思いもよらぬ展開に俺は面食らってしまったが、すぐに取り直して口を開いた。

切り替えの早さと口の上手さも、俺の特技の一つだった。



「誰、じゃなくて何?ときたか。まあ、確かにこの辺りじゃ見ない姿だろうけどな」



わざと勿体ぶったような言葉を返す。

余裕のある態度をしてみせるものの、内心ではいつあの大顎で噛み砕かれるか気が気ではなかった。


なるべくこちらに興味を持たせつつ、相手の情報を探る。

そんな作戦に、俺は命をかけて挑むつもりだった。


だが、



「うん、知らない。わたし。こんなきれいなの……」



返ってきた言葉は、拍子抜けるほどに幼く純粋なものだった。
 ▼ 13 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:56:20 ID:zMfQ.zeU [13/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ナックラーは好奇心に満ちた視線を俺に注いでいる。


その黒々とした瞳には、鮮やかな青い羽を持つ俺の姿が映っていた。


しめた。どうやらこいつは幼い個体らしい。

子供ならば口車に乗せるのも簡単だ。



「俺はビビヨン。砂漠の外れに仲間たちと住んでるんだが、砂嵐でここに落ちちまったんだ」

「なかま……?」



瞬時に脱出までの算段を頭に組み立てた俺は、そのゴールへと向かって話題を誘導する。



「ああ。俺と同じ仲間だよ。皆、俺と同じ色の羽を持ってるのさ」



そう言って痛む羽をなんとか羽ばたいてみせれば、ナックラーは親にあやされた赤子のようにはしゃいだ声を上げた。

ほんの少し嘘をついた事に罪悪感を覚えたものの、俺は外へ出してもらえる作戦が上手くいきそうなことにほくそ笑んだ。
 ▼ 14 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:57:12 ID:zMfQ.zeU [14/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「すごい。きれいなの、たくさんいるの?」

「ああいるさ。数えきれないくらい、たーくさんな。会ってみたいだろ?」



身を乗り出すナックラーに、俺は確信めいて誘いをかけた。

後は、俺の仲間に会いたがるナックラーに外に出して貰えるように頼むだけだ。



「うん!」

「じゃあ、一緒に行こうか。この穴を出て、太陽が昇る方向に歩いてすぐだ」



俺はにっこりと微笑んで東の方向を指し示す。

だが、ナックラーはその提案に身を固くして黙り込んでしまった。



「だめ。行けないの」
 ▼ 15 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:57:53 ID:zMfQ.zeU [15/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

どうしてだい、と優しく問いかけると「ここから出ちゃいけないの」とその子は言った。

面倒だ。

もどかしさに歯噛みするが、幼い子供ならばそのように親に言い聞かされているのは当然だろうと俺は思い直し、再び説得を続ける。



「じゃあ、お父さんかお母さんが戻ってきたら頼んでくれよ」



ナックラーの成体はフライゴン。砂漠の空を舞うポケモンだ。

この子が上手く取り入ってくれれば、安全に砂漠の外れにある住処まで運んでくれるだろう。

俺は少し安堵して、この子の親が現れるのを気長に待つことにした。



「おかあさん、ここにいるよ」



しかし、ナックラーは非常に不可解な台詞を吐いた。
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