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【SS】クサモドキとひとでなしのお話

 ▼ 1 nfYyot98RE 18/11/03 20:39:16 ID:YRLs4r6. [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
船をも腐らす猛毒が私を取り巻く海の底。
光もほとんど差さない暗い海底に漂うのは私ひとり。

誰にも邪魔されない。
誰も入って来れない。

私だけの静かな空間。
暗くて落ち着く世界。

……そうだったはずなのに。

「おいドラミドロ、聞いてるか?」
 ▼ 13 nfYyot98RE 18/11/03 21:08:23 ID:YRLs4r6. [2/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「俺は……ドヒドイデ」

「聞いていないけれど」

「その海藻みてえな姿、あんたは……ドラミドロだろう?」

その名を聞いて少し驚いた。

私を知っていても尚逃げなかった……いや相手は満身創痍、逃げられなかったのだ。

「聞いたことがあったもんでな、この辺りの深海にニンゲンすらも近寄れない絶対不可侵の領域……ドラミドロの海域があるってな」

「そう……知っていたの」
 ▼ 14 nfYyot98RE 18/11/03 21:09:41 ID:YRLs4r6. [3/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……貴方も不運だったわね、命を拾われたのが孤独に引きこもるクサモドキだなんて」

猛毒で自らの海域を作り出し、誰も近づけさせない。他の種との交流をすることもない。
そんな孤独が心地よかった。

こういうことをしているから、当然他のポケモン達は多少なりとも私を疎ましく思っているらしかった。
そんな私を知っていたなら、不運に違いなかった。

「不運……? まさか、幸運の間違いだろう」
 ▼ 15 nfYyot98RE 18/11/03 21:10:55 ID:YRLs4r6. [4/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あんたは命の恩人だよ」

……命の恩人。
その言葉に何故か胸が高鳴り鼓動する。

「誰も俺を助けようなんざ思わないからな」

誰も助けない……?
興味なんて持ちたくもなかったのにどうしても疑問がよぎった。

「そう……」

「そう、俺もあんたが言っていたように……孤独、なんだよな」

ポケモンはもちろん傷は癒えていないが、すっかりすらすらと話せるまでには回復しているようだった。
どうにもこのドヒドイデというポケモン、再生力の強い種族らしい。
 ▼ 16 nfYyot98RE 18/11/03 21:14:31 ID:YRLs4r6. [5/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
孤独。

命の恩人。

このポケモンの言葉はやたらと私の胸に引っかかる。

「……なぁ、さっき言ったよな? 傷が癒えるまでここにいてもいいってよ」

「……そうね」

「貴方は再生力が強いみたいだからほんの少しだけだけど」

「ならいいんだ」

「世話になるぜ……ドラミドロ」

何故だか私は黙るしかなかった。

それでいて、これからの数日感に不安や鬱陶しさにも劣らない何かを覚えているらしかった。
 ▼ 17 nfYyot98RE 18/11/03 21:17:12 ID:YRLs4r6. [6/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


ドヒドイデとの出会いの記憶がふつふつと浮かび上がる。
こうして思い出す度にどうして助けたりしたのか自分で自分が不思議だった。

「なぁ、おーい?……あんた、話してても勝手に自分の世界に入る癖があるよな」

そう言いながらドヒドイデは私の目の前で触手をわさわさ動かしていた。

「……悪かったわね」

実際、その通りだと思った。
他者と関わらない私には気遣いだとか傾聴なんてものは無縁だったからだ。

「悪いとは言ってない」

「言っているようなものよ」

「面倒くせぇなぁ」

ドヒドイデは頭の触手をポリポリとかいてうんざり顔をしていた。
 ▼ 18 nfYyot98RE 18/11/03 21:19:18 ID:YRLs4r6. [7/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あー……また外の話でも聞くか? 引きこもりのあんたは外に興味があるらしいしな」

「言ったでしょう、興味なんてない……私はこの海底から出るつもりなんてないわ」

「そうかぁ? 昨日あんなに真剣に聞いてたろ」

「そんな風になんて……」

口ではこう言うがこれは嘘だ。

私はドヒドイデの話す“海の外の世界”に多少……いや大いに興味惹かれていた。

私の知らない……空のある世界の話。

「まあ口直しにってことでさ? 聞いてくれよ」

ドヒドイデは強引に話の封を切った。
 ▼ 19 nfYyot98RE 18/11/04 19:56:07 ID:EluYspnw [1/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そうだな……昨日は空の話だったよな」

「そうね」

ドヒドイデは私が生涯一度も海中から出たことがないと知ると、いかに外の世界が素晴らしいかを語った。

昨日は昼でも夜でもなく緋色に染まる“タソガレ”の話だとか、ポケモンのうろこみたいな雲の話を思い出しては私にしてみせた。

私はそれらを興味無さげに振る舞いつつ……しかし深々と聞き入っていた。

「空と海と来たら……次は陸だな」

「……陸地?」
 ▼ 20 nfYyot98RE 18/11/04 19:57:32 ID:EluYspnw [2/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そうだぜ、俺たち海に棲むポケモンにはあまり縁がないから気になるだろ?」

私は無言でいた。
陸地か……たしかにまた私の知らない世界だ。気になってしまう。
だが陸地は……

「俺が元々いた浅瀬にはよ、行ける範囲に大きな荒磯があったんだ」

「そこにはあらゆるものを怖がって逃げる虫ポケモンがいてよ……追いかけ回すとすんごいスピードで逃げてやんの」

「可哀想じゃない」

「そうかぁ? こっちとしては面白くてたまんないけどな、アイツ俺からもニンゲンからも逃げるから荒磯を始終駆け回ってるんだぜ?」

ニンゲン。

ドヒドイデのこの言葉に息を呑む。

そう、陸地にはニンゲンがいる。だから陸地は危険であるというのは、この海に棲むものの共通認識だとばかり思っていたが。

……ドヒドイデは気にしてはいないのだろうか。
 ▼ 21 nfYyot98RE 18/11/04 19:58:27 ID:EluYspnw [3/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「で、まあ荒磯の話でもするか……あんたのことだからお宝のことも知らないんだろ?」

「そうね、知らないわ」

お宝……?
一体どういったものなのだろう。
荒磯と関係があるものなんだろうか。

「荒磯に登って上から海を見るんだ」

「海を……上から」

私の棲む母なる海。
中はそれなりに知っているが外からの姿は見たことがない。
……外から見る海はどんな姿なのだろう。

「あー、また浸ってるな?」

ドヒドイデがこちらを伺っていた。
続けて、というつもりで目線を返す。

「でそうするとさ、影になってるところがあったりするんだ」
 ▼ 22 nfYyot98RE 18/11/04 19:59:42 ID:EluYspnw [4/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ま、大概はコイキングだとかホエルコだとかの魚影なんだけど……たまーに微動だにしない小さいのがあってな?」

「それになんだろうかと触手を伸ばすと……」

「と何なの」

私が言うとドヒドイデは悪そうな顔でにんまりと笑って言った。

「なんと、しんじゅが見つかるんだ」

「しんじゅ」

私は言葉を反芻する。
 ▼ 23 nfYyot98RE 18/11/04 20:00:51 ID:EluYspnw [5/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「って知ってるか? 綺麗な白い珠なんだぜ……持ってたら見せてやれたのになぁ」

「聞いたことはあるわ」

しんじゅ……真珠。
実際にその目には見たことはないが、貝が生み出す塊であることは知っている。

その見た目からニンゲンにも重宝されているとかなんとか。
……そんなに美しいものなのだろうか。

「まあ、あとはよくわかんねー丸っこい金属とかも取れたりするけど」

「たまに見つかるんだよなそういうお宝がさ、だから俺、結構荒磯には遊びに行くわけ」

「……そうなの」
 ▼ 24 nfYyot98RE 18/11/04 20:03:53 ID:EluYspnw [6/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あとは……そうだな、荒磯より先に行ったときの話でも聞くか?」

「荒磯よりも先……って本当に危険ではないの」

率直な疑問だった。
海から離れれば危険も増す。
ニンゲンに出くわす危険が増す。

「まあそりゃあ体は乾くしな? あんまり遠くには行けなかったさ」

「そうではなくて……」

「で、行った先に一際大きな木があったんだが」

ドヒドイデは私の言葉を遮って話し始めてしまった。
 ▼ 25 nfYyot98RE 18/11/04 20:05:06 ID:EluYspnw [7/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あんたがくれたようなきのみがたっぷり根元にあったんだよ」

きのみ……か。
ドヒドイデに渡したものはたまたま浅瀬付近に行った時に拾ったものだ。

あれも本来なら“木”という植物にぶら下がっているものだ。
私はその植物本来の姿を知らない。

「で、やりぃ! と思ってきのみに触手を伸ばしたらよ」

「先客がいたんだ、きのみに隠れて見えなかったんだな」

「そう……」
 ▼ 26 nfYyot98RE 18/11/04 20:06:01 ID:EluYspnw [8/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……貴方」

「あ? なんだよもっと面白いエピソードを寄越せって?」

「よく外にでているみたいだけれども、ニンゲンの恐ろしさを知らないの?」

「……ああ」

ドヒドイデはバツが悪そうな顔になる。

「知ってるよ、よく知ってる……俺はニンゲンに嫌われてるからな」

返ってきたのは意外にも肯定の言葉だった。

私は……やはり考えていたとある可能性を強めてしまった。

ドヒドイデを瀕死にしたのはニンゲンではないかという可能性だ。
 ▼ 27 nfYyot98RE 18/11/04 20:06:58 ID:EluYspnw [9/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あ、ニンゲン以外にも嫌われてるけどな」

ドヒドイデはケロッとした顔で思い出したように取ってつけた。

ここまで私はドヒドイデに悪い印象は持っていなかった。むしろ興味深い話を聞かせてくれる……愉快な旅人を泊めたような感覚でいた。

しかし……これから聞く話如何ではその認識を改めなくてはいけない。
緊張で言葉に詰まる。

私はゆっくりと息を吸ってその短い言葉を吐いた。

「何故……嫌われているの」
 ▼ 28 nfYyot98RE 18/11/04 20:09:43 ID:EluYspnw [10/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
私の問いにドヒドイデは躊躇っていた。

それでもしばらく沈黙が続くと諦めたようにため息を吐いて語り始めた。

「サニーゴってポケモン知ってるか?」

「……ええ、知っているわ」

サニーゴ。
珊瑚礁に擬態した硬い殻を持つポケモン。浅瀬に棲むポケモンで、深海に棲む私には名前と何となくの姿しか知りえない。

「俺たちドヒドイデってポケモンはアイツが……主食なんだ」

主食……その言葉にたしかに身を凍らせた私がいた。

「それにサニーゴはニンゲンの保護対象なんだ……それでニンゲンからは忌み嫌われてる」
 ▼ 29 nfYyot98RE 18/11/04 20:11:01 ID:EluYspnw [11/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……引いた?」

「ポケモンがポケモンを食うとかあんまり聞かないもんな」

ドヒドイデはさっきまでの小生意気さを引っ込めていた。
どこか怯えているようにも見える。

ドヒドイデの言葉をゆっくりと飲み込み、私はもう一度言葉を吐く。

「生きていくためには……仕方のないことだわ」

私だってプランクトンを食べてこうして生きている。それがサニーゴに変わっただけだ。
サニーゴには気の毒かもしれないが……それが自然の摂理なのだから。
誰にもどうすることは出来ない。私はそれを拒みはしない。

「そうか」

ドヒドイデは俯いたままポツリと呟いた。

「あんたは……やっぱり優しいよ」
 ▼ 30 nfYyot98RE 18/11/04 20:13:22 ID:EluYspnw [12/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「優しい……?」

初めて言われた言葉だった。
優しいとは何だろうか。

相手を否定しないこと?
命を助けること?
やはり私には優しいは分からない。

「優しいも知らないのか」

ドヒドイデは一転、いつもの呆れ顔に戻っていた。

「そうね……これまで私は誰とも関わらなかったから」

他者との交流を拒み、独りを好んで生きてきた私に優しいなんて言葉を受け取る素養なんて……持ち合わせていなかった。

「分からないなら素直に受け取ってくれよ、“あんたは優しい”」
 ▼ 31 nfYyot98RE 18/11/04 20:14:51 ID:EluYspnw [13/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「私はただ……血なまぐさい貴方を見るのが嫌だっただけ」

「助けてもらったのもそうだが今のだって……周りの奴らは皆サニーゴの味方なんだぜ?」

言われてみれば……そうか。
この肯定は私が孤独ゆえの答えかもしれなかった。
もしドヒドイデを食らうポケモンがいたら……私は良い印象は持たないだろう。

……そしてこんなことを考える程度には私はドヒドイデに友情じみた何かを感じているのか、とふと気づいた。

「だったらいいわ……優しいってことにしておいても」

ドヒドイデは満足そうだった。
 ▼ 32 nfYyot98RE 18/11/04 20:18:42 ID:EluYspnw [14/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「貴方を傷つけたのも……ニンゲンなの?」

私はずっと抱いていた疑問をドヒドイデに問う。
これは私がドヒドイデに嫌われる理由を問うた以上、聞かなくてはいけなかった。

「……そうだぜ」

「正確にはニンゲンのポケモンだが」

ニンゲンのポケモン。
ポケモントレーナーとか呼ばれるポケモンを従事させるニンゲンがいるらしい。
おそらくはその集団だろう。

「……そう」
 ▼ 33 nfYyot98RE 18/11/04 20:19:47 ID:EluYspnw [15/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「言ったろ? 孤独の嫌われ者なんだ……寂しい奴なんだよ俺」

「孤独は哀しいものかしら」

「寂しいな、あんたには分からないだろうが」

「そうね……」

否、これは強がりだった。

私はドヒドイデに不思議と安堵感を覚えていた。
同時に自分の気持ちに正直なドヒドイデが眩しかった。

孤独でありたいと願い、そうしていたが群れているものを見るのが辛いという想いがたしかに私の中にはあった。

好きでそうしているのに、辛さのようなものを感じるのは弱さだ。
私は……まだまだ弱いらしい。

なんだか言い様にない痛ましさを覚えていた。自分で整理しようと考えてみても説明付かない。
身に覚えのない痛ましさだった。
 ▼ 34 nfYyot98RE 18/11/04 20:21:57 ID:EluYspnw [16/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ああ……なんだか喋り疲れちまったよ」

「急病者には悪いことをしたわ、ごめんなさい」

「いや、いいってことよ」

気がつけば深海の群青は深みを増している。
もう眠りにつく時間帯だった。

「……話しているとあっという間なのね」

私は自然にその言葉をこぼしていた。
独りで過ごす毎日は……もっと一日の時間を長く感じていたに違いなかった。

「だろ? 誰かと話すのも悪くないって思ったろ?」
 ▼ 35 nfYyot98RE 18/11/04 20:23:36 ID:EluYspnw [17/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……疲れたんじゃあなかったの?」

「疲れた、でも楽しいんだ……あんたと話すのは」

「もうずっとこのままでも……」

ドヒドイデはしみじみと言う。

「……おやすみなさい」

私はそれに答えず一方的に就寝の挨拶をした。

「ああ、おやすみ」

ドヒドイデとは背中合わせになる形で地に着き、目を伏せた。
 ▼ 36 nfYyot98RE 18/11/04 22:51:37 ID:EluYspnw [18/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……なあ、あんたはやっぱり孤独が好きなのか?」

翌日の光が比較的強く差す頃だった。
ドヒドイデは目を覚ますと少し考えてはこう切り出してきた。

「そうね」

「そうか、俺はあんたが……いや」

私が……何なのか。
気になるが聞かない方が良いのではないかと直感的に思ってしまった。

傷つく言葉だったのかもしれなかった。それを問いただすのは恐ろしい。
……ああ、そうか。そんなにも私はこのポケモンの発する言葉を気にしているのか。

ふとした変化に気づいてしまい何か物悲しさを覚える。

「傷の調子は?」

「あ、ああ……痛むけど良くなってる、もう歩けるかもな」

「そう」
 ▼ 37 nfYyot98RE 18/11/04 22:52:48 ID:EluYspnw [19/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……俺、今日中にはここを去るよ、あんたに悪いからな」

「そう……好きにするといいわ」

「そうか、いやありがとうな」

ありがとう……私はその言葉に妙な感覚、暖かみとでも言えばいいのだろうか? それを感じていた。

いや、思い出してみれば「ありがとう」だけではなかったように思える。

ドヒドイデの言葉の端々からはそれは感じ取っているのだった。

こういうとき、言葉では何と形容すれば良いのだろうか。
やはり私は無知だ。
 ▼ 38 nfYyot98RE 18/11/04 22:54:05 ID:EluYspnw [20/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
……孤独を好んだ。

猛毒を恐れ、疎み誰にも相手をされないならいっそ孤高でありたかったからだ。

孤独こそが私の生きる世界、生きていくことの出来る世界であると信じた。

だが今は……どうだろうか?

私はドヒドイデの話す外の世界の話に聞き入り、彼の話す孤独に同調していた。

これは孤独ではない。
孤独でない心地良さを知ってしまった。
彼がいなくなってしまったらどうなる? 私は……以前までの私で居られるだろうか。

不安。
焦燥感。

実感すればするほどにそれは色濃くなる。
 ▼ 39 nfYyot98RE 18/11/04 22:57:28 ID:EluYspnw [21/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……私、見送りに行ってもいいかしら?」

だからこそなのだろう。
こんなことを言い出したのは。

「一度見てみたくなったの、外から眺める海がどんな姿なのかをね」

「あ、ああ……!」

これは本心からの願いだった。
ドヒドイデは動揺していたようだが、受け入れてくれた。

「そうだな……一緒に行く前に俺が上の様子を見に行こう、あんたは初めてだし色々不安だろうから」

「傷を負っているのに?」

「俺は平気だ、それ……もう歩けるだろう」

と言うとドヒドイデは触手の腕をひょいひょいと動かして歩いてみせた。

「そう、なら任せるわ」

「ああ」

外の世界。
初めて見る海。

しかし期待による高揚感はなかった。
むしろ侘しさを感じている私がいた。
 ▼ 40 nfYyot98RE 18/11/04 22:58:34 ID:EluYspnw [22/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
しばらくして私とドヒドイデは浮上し始めた。
今までほとんど出ることのなかった猛毒の漂う海底を後にする。

改めて見下ろすと随分暗い岩場である。

「やっぱりあそこの方が落ち着くか?」

「正直言って……分からないわ」

「そうか……俺も」

「ちょっと分からないことがある」

「……何?」

「あー……あんたには……言わない方がいいのかねぇ」

「……そう」

「まあそう気に病むなよ、愚痴を言いたいとかじゃないんだからよ」

「そうなの」

少し引っかかったことを言い当てられて小っ恥ずかしくなる。顔には出さないようにしてドヒドイデについて行く。
 ▼ 41 nfYyot98RE 18/11/04 22:59:18 ID:EluYspnw [23/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あ、そろそろか?」

周囲の群青は明るさを増してきていた。もうだいぶ浮上してきている。

ここまで明るい海域に来るのは初めてだった。

「外の世界……近いのね」

「ああ、だから一旦待ってくれ」

ドヒドイデが私に向き直る。

「……待っていればいいのね」

「ああ、様子を見たらすぐ戻るから」

そう言って大きな触手を仰いで、上へ上へと泳いでいった。
 ▼ 42 nfYyot98RE 18/11/04 23:00:02 ID:EluYspnw [24/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ドヒドイデと過ごす日々が終わろうとしている。

再び迎えるのは暗い海底に独り、ひたすら漂う毎日。

果たして耐えられるのだろうか。

私は彼に何か言うべきではないのだろうか。
言うって……何を?

実はずっと楽しく話を聞いていたこと?
孤独の寂しさを私も感じていたこと?
……離れてほしくないということ?

分からない。思考すればするほどに分からない。

……しかし、それにしても遅い。
何かあったのだろうか。
 ▼ 43 nfYyot98RE 18/11/04 23:00:49 ID:EluYspnw [25/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ドラ……ミドロ」

「……ドヒドイデ!」

それを見て私は思考するよりも早く叫んだ。

触手は千切れ、もげて、見るも無惨な姿のドヒドイデがそこにはあった。
急いで傷ついたドヒドイデを支える。

ドヒドイデの紫の体液で辺りが刺々しい色に染まっていた。

「酷い傷よ……何があったというの」

混乱する私を他所にドヒドイデは触手を私にくべる。

「これ……」
 ▼ 44 nfYyot98RE 18/11/04 23:01:31 ID:EluYspnw [26/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「渡したかったんだ……どうしてもあんたに……それで……」

千切れかかった触手の腕に包まれている珠があった。

私はそれを受け取る。

純白でいて虹色を帯びた……美しい珠だった。

「しんじゅ、あんたに似合うと、思って」

あまりの衝撃の連続。
私は……言葉もまともに紡ぎだせなくなっていた。

「そんな……そんなことのために!」
 ▼ 45 nfYyot98RE 18/11/04 23:02:11 ID:EluYspnw [27/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「がはっ……!」

ドヒドイデは呻いた。

あちこちに刻まれた傷口はどれも修復不可能な程、裂けていた。
その痛々しすぎる姿から目を背けたくなる。
誰がやったというのか。見渡すが分からない。どうして。何があったの?

「俺……死ぬのか……でもあんたに見守ってもらえ、て死ねる、な、ら……」

ドヒドイデは僅かに残った力で私に微笑む。

「……そんな哀しいことを言わないで」

見れば分かる。
いくら再生力が強いと言えどこの傷は致命傷であるということくらい。

「ド、ラミドロ……」

最初に出会った時よりも弱々しくドヒドイデが言う。
 ▼ 46 nfYyot98RE 18/11/04 23:03:05 ID:EluYspnw [28/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ドヒドイデ」

「あ……」

「……ドヒドイデ」

「……」

「……ドヒドイデっ!」

その口元は何かを描こうとして強ばる。
何か……? それは分からない。
私には知る術がない。
やはり私は無知だ。

……それを教えてくれる友はもういない。
 ▼ 47 nfYyot98RE 18/11/04 23:04:02 ID:EluYspnw [29/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
気がつくと身体を伝うものがあった。
それはとめどなく溢れた。

確実に哀しみの露であった。
しかし怒りでもあった。
嘆きでもあった。

ここまで強い感情? 情動? を私は知らない。
独りでは絶対的に抱くはずのない感情だった。

彼を襲ったのはニンゲンなのか? そのポケモンなのか? 分からない。
知る術が私にはない。

ただひとつ言えるのは生きている者が死にゆく。
これもまた……自然の摂理に違いなかった。

初めて抱く感情だった。
……思えば色んな初めてを彼に教わったのだった。その結果としてのこれなのだと結論付けた。
 ▼ 48 nfYyot98RE 18/11/04 23:05:42 ID:EluYspnw [30/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
私はそんなドヒドイデの身体を背負って、浮上する。

群青はその青みを次第に失っていき、とうとう透明になった。
眩い光が差す。
いつか話していた緋色の光だった。

私が待ち望んでいた外の世界。
ドヒドイデと見たかった……外から眺める海だ。

波は寄せては引いてを繰り返し、そのさざめく音は私の激情を次第に落ち着かせてゆく。
 ▼ 49 nfYyot98RE 18/11/04 23:06:26 ID:EluYspnw [31/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
私は背負ってきた彼を波に委ねた。

ドヒドイデの身体は白波に呑まれ、ゆっくり、ゆっくりと海を漂い始めた。
やがて水色の身体は浮き沈みを繰り返し、小さくなっていく。

私は静かにそれを眺めた。
紺碧に緋色が疎らにその色を残していた。

海とは、空とは……こんなにも広大で包容的で、そして美しいものだったのかと私は実感する。

ドヒドイデの姿が海と空の狭間に消えた。

私は水葬を見届けると再び海中深くに潜水した。
 ▼ 50 nfYyot98RE 18/11/04 23:07:16 ID:EluYspnw [32/32] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



私は今日もひとり漂う。

静かな波に揺られてひとり漂う。

しかしもう孤独ではなかった。

この海の泡沫と化した彼がいるからだ。

私は生きていく。

この生命の始まりたる母なる海と共に。
……たったひとり心を許した友を心に刻印し、彼と一緒にこの海を生きていく。

私の草冠にはきらりと眩く真珠があった。








─了─
 ▼ 51 ンゲラー@ピカチュウZ 18/11/04 23:34:40 ID:EFd2Us5E NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ▼ 52 闇のシャンデラ◆JKKWLseGjM 18/11/04 23:44:37 ID:/JxsKrLo NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
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