【寒い日SS】ブースターとのふゆやすみ

男「……へっくし！」

ブースター「ぶぅ、ぶぅ……」zzz…

男「うおお、寒っ！ おいブースター寝相悪いぞ！」ﾊﾞｯ

ブースター「ぶすたっ！？ ぶ、ぶぅ……！」ｶﾞﾀｶﾞﾀ

男「ふははは！ 布団を占領するなんて許さんのだ！」

ブースター「ぶ、ぶすた！ ぶーすたっ！」ﾊﾞﾀﾊﾞﾀ

男「欲しいか！？ 布団に入りたいか！？ ならば……」

男「一緒に二度寝しようぜ。今日も仕事休みだしな」

ブースター「ぶぅすたっ！」ﾋﾟｮｰﾝ

いつもの自分のイメージを手繰り寄せては再現を試みて、表面を塗り固めた。

口角を上げて、大げさにはしゃいで、1分たりとも沈黙しないよう舌を回し続けた。

ひっくり返ってボロボロの日常を、まるで何年も染み付いたライフスタイルであったかのように取り繕った。

そうして、その日は笑顔が絶えない1日になった。

俺の、もはや原型を思い出せないほどに不自然な笑顔と、

ブースターの、触れれば壊れてしまいそうなほどに儚い笑顔と。

そんな2つの笑顔が、凍った部屋の中に一日中浮かんでいた。

不安を笑顔で塗りつぶした。


その笑顔は、どこまでもいびつだった。

ぶすたっ

「もうこんな時間だ。そろそろ寝ようぜ」

「ぶーぃ」


普通のやりとりのはずなのに、薄氷のような笑みの上をただただ上滑りして行く。

俺はなんでこんなに笑うのが下手なんだ。

お前はなんでこんなに悲しそうに笑うんだ。


「ブースター……」


笑みを貼り付けたまま漏らした声は、そのまま冷たい空気に溶けて消えていく。

言葉が途切れると、部屋を支配するのは耳に痛いほどの静けさだ。


「そ、そうだ！ 朝開けたクッキーがまだ少し残ってるからさ、食べて元気だそう！ な！」


沈黙に耐えかねて、早口にまくしたてた。


缶にいくらか残してあるクッキーが最後の食料だ。

無くなれば明日以降の食料は完全に底をつく。

だが、悲しげな微笑を浮かべるブースターを見ていると、なんだかそのままふわりと死んでしまいそうな気がするのだ。

今食べれば、翌朝訪れるかもしれない最悪の未来は回避できるかもしれない。

今朝の一瞬感じた恐怖がフラッシュバックし、俺の脳裏を凍てつかせていた。


「待ってろ、今取ってくるから」


布団にブースターを残して、クッキーの缶を取りに向かう。

「寒い……。でもあいつは多分もっと寒いんだよな」


一人呟きながら、台所の棚へ手を伸ばす。


「確か、残り10枚くらいだったか……ん？」


棚の中のクッキー缶を取り出そうとすると、予想以上の抵抗を感じた。

中がほぼ空のアルミ缶は、当然大した重さではない。

……つまり、俺の手に力が入ってないということだ。


「クソ……！」


毒づき、両手に力を込めて缶を引っ張り出す。

感覚の遠い指で缶を支えながら、俺は台所を後にした。

小走りにベッドに戻ると、ブースターが、やはり微笑を浮かべて待っていた。


「待たせた、ブースター！ さ、夜食を……」


ガン、ガラン。

俺の指をすり抜けて缶が落ちた。

大袈裟な音を鳴らして床に打ち付けられたそれは、直後一瞬の静寂を際立たせる。

「な……何やってんだ俺！ あーもう、クッキー割れちゃったかなぁー！」


慌ててしゃがみこみ、缶を拾い上げようとした。

だが、半端に持ち上がった缶は再び指を離れ、先ほどより幾分軽い音を鳴らす。

そしてまた、凍てつく静寂が辺りを支配する。

「あ……。……いや、どうしたんだろうな？ ほんとよく滑る缶だよなぁこれ！ 」

「ぶー」


ブースターが、布団から這い出した。


「いや、そこで待っててくれよ。布団の外は寒いだろ？」

「ぶーぅ」


ブースターは止まらない。

そのままベットから降りると、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。

「だから待ってろって。二人して布団から出ちゃったら熱が勿体無いだろ？ これもベッドの上で食べれば……」

「ぶーすた！！」


ブースターが、声を荒げた。

俺よりずっと衰弱しているであろう体で、叫んだ。


「……ぶぅすた」


そして、俺を見つめた。


「…………」


気づけば、俺の笑顔は剥がれていた。

ブースターも、今は笑っていなかった。

昨日の夕方と同じ眼差しで、また俺をじっと見ていた。

何か伝えたいことがあるかのように──俺の言葉を待つかのように。

「……なぁ、ブースター」


おい、ダメだ。


「ごめんな」


違うだろ。何を謝っている。


「全部、違うんだ。本当は」


やめろ、何言ってる。やめろ。

心が決壊したかのように、言葉が溢れて止まらない。

小さなヒビが大きな亀裂に。

冷たい隙間風が白い吹雪に。

もう、どうにもならなかった。



「冬休みなんかじゃないんだ」


ああ、ダメだ。


「俺たちはずっと氷の中に閉じ込められてる」


冬休みが終わる。


「出られないんだ」


絶望が始まる。

「ごめん……ごめんな……！」


涙が溢れて、視界が滲んだ。

もう、何もかもがめちゃくちゃだった。

心はすぐさま氷に閉ざされた。

体が動かない。

感じるのは、全身に這い回る冷たい絶望だけ。


寒い、寒い、寒い。

寒い、寒い、寒い、寒い、寒い──

──温か、い？

頬に、ほのかな熱が灯った。

二度、三度、同じところに熱が重ねられる。

その熱は伝播して、顔の、体の、そして心の氷を溶かしていく。


「ぶーう」


ブースターが、涙の伝う俺の頬を舐めていた。

「ブー、スター……？」


ぎこちなく呼びかけると、ブースターが俺の顔を離れる。

そして。


「ぶぅすた！」


笑った。

それはもう、自然に、綺麗に。

ニッコリと笑った。

ああ、そうか。

そういうことか。

俺は、最初から日常を守ってなんかいなかった。

ブースターは気づいていたんだ。

日常がとっくに壊れていることに。

そして、それを俺よりずっと強く受け入れていたんだ。

きっと、事件を冬休みに塗り変えたあの瞬間から、ブースターは俺に合わせていたのだろう。

そうじゃないと、俺が壊れてしまうから。

そして、それでも俺はダメだった。

だからブースターは俺が話すのを待っていたんだ。

俺はこいつを待たせていたんだ。

守られるほど弱くないブースターを、守れるほど強くない俺が守ろうとして。

しかも守ろうとしていることすら見抜かれていて。

そしてこれまで逆に守られていて、今に至っては救われてしまった。

ああ、なんて情けない。

何が日常だ、何が冬休みだ。

現実を受け入れるのが怖かっただけじゃないか。

「ブースター……ごめん」

「ぶぅ」

「……ずっと、縋ってたよ。お前に」

「ぶーぅ」


優しい、温かい鳴き声だ。

俺が弱音を吐き出せば、全て受け入れてしまいそうなほどに。

そうしたいとは思った。

今まで抑え込んでいた全てをここで吐露して、その温もりに顔を埋めてしまいたかった。

けれど、それじゃ今までと何も変わらない。


縋るのはもうやめだ。

守るのも、俺には無理だ。

なら、俺が、俺たちがすべきことは。

「……なぁ、ブースター。冬休みなんかじゃないけどさ」

「ぶぅすた？」


そう、冬休みはもう終わった。


「一緒に、生きような」

「……ぶすた！」


けれど、始まるのは絶望なんかじゃない。

それから、俺たちはお互いに腹をギュルギュル鳴らしながら、いろんな話をした。

これまでのこと、今のこと、そして、未来のことも。

終わりの見えない氷の檻の中だったけれど、心はじんわりと熱を放ち続けた。


「あったかいな、ブースター」

「ぶーぅ」

ただ、ただ、温かかった。

1人で必死に守ろうとした偽りの日々なんかよりも、ずっと、ずっと。

今思えば、当たり前のことだ。

心の温度は繋がりの温度だから。

通じ合えば、それだけで温かいんだ。

そして、二日が経った朝。





鈴のような音とともに、氷がはじけた。

「あ……！」

「ぶぅ……すたぁ！」


空に散りばめられた無数のパーティクルが、陽光を浴びて街を幻想的に染め上げる。

窓から差し込んだ虹色の光の熱が、冷たい氷の世界に終わりを告げていた。

──────────────────

男「あー、動きたくねぇな」

ブースター「ぶーすたぁー」

男「腹減ったし……でも寒いし。なぁ、ブースター？」

ブースター「ぶぅー」

男「昼飯、オレンのみでいいかなぁ。いっぱい貰っちゃったしなー」

ブースター「すたー」

男「コタツでオレン……。あー、風流だなー」

ブースター「ぶすたー」

あの後、俺は最後の力を振り絞って、フラつきながらほとんど這うような格好でポケモンセンターへ駆け込んだ。

ジョーイさん曰く、ブースターはかなり危険な状態だったらしい。

にもかかわらず回復装置に通して5秒で全快したのには、流石に閉口せざるを得なかったが。

とはいえ俺もしばらく点滴を打っただけで普通に動けるようになったので、案外そういうものなのかもしれない。



そして、ポケセンから帰宅した今、俺たちは……。

TV『プラズマ団の引き起こした、今世紀最悪の大氷結テロ。そして明らかになった伝説のポケモン、キュレムの存在。その全貌は……』

男「はぁ、悪の組織の手篭めにされる伝説のポケモンねぇ……」

ブースター「ぶぅー……」

男「しかもその伝説持ちの悪の組織を退治したのが子供って、変な話だよなぁ」

ブースター「ぶすた、ぶすた」

男「しっかしまぁ実際、まだこんなに寒いわけだし伝説のポケモンってのも……うーむ」

ブースター「ぶーむ……」

男「まぁ、とにかくだ」

ブースター「ぶぅー？」

男「今日も明日も会社は臨時休業！ 外はまだ余波で寒い！」

ブースター「ぶぅ！」

男「電気もある！ 出ようと思えば外にも出れる！ 飯はポケセンで貰ったオレンが山積みだ！」

ブースター「ぶぅ！」

男「そんなわけで……」

ブースター「ぶーぅ……」

男「俺たちの冬休みは、これからだ！！」

ブースター「ぶーすたーー！！」

　　ブースターとのふゆやすみ
　　　　　　　　　　



　　　　　　　　　　　　　　─────つづく。

支援感想ありがとうございました。これにて完結です。

ブースターもふりたいです。


当作品は暑い日/寒い日SS企画（http://pokemonbbs.com/sp/poke/read.cgi?no=633896）に参加しております。

何この神作

乙です……！

乙です
すっごい楽しめました

乙でしたー!
嫁にキュンキュンさせてもらいました

展覧会から来ました
読んでて心がじんわり暖かくなる優しいssでした
乙です！

人の涙腺崩壊させやがって