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【SS】金木犀の花が薫る頃に

 ▼ 1 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 11:32:04 ID:zGwUq9R6 [1/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
──彼は、毎年この時期にやってくる。

オレンジ色の星型の花。

金木犀の花が薫る頃に──
 ▼ 2 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 11:32:30 ID:zGwUq9R6 [2/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
〜〜〜

わたしは、ずっとこの花の楽園で暮らしている。

ずっと一人で。

はるか前に仲間はいたんだけれど、みんな飛んでいってしまった。


わたしは、何故か飛ぶことができなくて……。

取り残されてしまった。


花の楽園で、一人ポツンと居座っている。
 ▼ 3 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 11:32:48 ID:zGwUq9R6 [3/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
いつもと何も変わらない、平凡な日々を過ごしていたある日。

何やら、影が近づいてくる。

わたしは身構えた。


何やらいい薫りとともに現れたのは。


「……君は……誰?」


……現れたのは、ニンゲンだった。

一人の、ニンゲンの男の子。


ニンゲン。はるか昔に見た記憶がある。


『何故……ここに来たのですか』
 ▼ 4 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 11:33:12 ID:zGwUq9R6 [4/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
テレパシーで彼に訊く。


「いやぁ、毎年この頃は、この辺りのおじいちゃんの家に遊びに来るんだけどね」

「ちょっと遠くに出てみたら、海が割れて道ができてたんだよ!」

「気になって、来てみたんだ。そしたら……君が」


……なるほど。

ここは人の住んでいるところから外れたところにあるから、誰も訪ねてこなかったが、この少年は来てしまったみたいだ。
 ▼ 5 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 11:33:32 ID:zGwUq9R6 [5/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「君はなんでここに居るの?」


わたしは口を噤む。


『え……と……。……飛べないから』

「飛べない?」

『何故だかわからないけど、わたしだけ姿が変わらないの』

「姿……?」


わたしは彼に説明した。


ここに沢山咲いている、『グラシデアの花』の花粉を吸うと、わたしの種族は姿が変わって空を飛ぶことが出来ること。

でも、何故かわたしは吸っても姿が変わらず、ここに残されてしまったこと。
 ▼ 6 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 11:33:59 ID:zGwUq9R6 [6/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そうだったんだ……一人でつらかったね」


つらい……のだろうか。ずっとここにいるせいで分からない。


「僕の前で一回やって見せてよ。もしかしたら出来るかもしれない」


できないとは思うけど……一応やって見せた。

グラシデアの花に近づき、匂いを嗅ぐ。


『くしゅんっ!』


……やっぱりこうだ。

毎回、こうやってくしゃみをしてしまうだけで、姿は変わらない。
 ▼ 7 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 11:34:16 ID:zGwUq9R6 [7/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「なんでだろうね……」

『わからない……』


やっぱりわたしは、ずっとここにいなきゃいけないみたいだ。


……と、彼がずっと持っているあるものに目がいく。


『ねぇ……それは何?』

「ああ、この花? これは『金木犀』っていうんだ」

『……キンモクセイ?』
 ▼ 8 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 11:34:52 ID:zGwUq9R6 [8/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「うん。とってもいい匂いがするんだ」


と言って彼はわたしの元に花を近づける。

わたしは、匂いを嗅いでみる。


……かぐわしい甘い薫り。

とても、いい匂い。


『くしゅっ!』

「あれ、この花でもダメなんだ。じゃあ、花粉症かな?」


……どうやら、わたしがフォルムチェンジ出来ないのは花粉症のせいらしい。

花のポケモンが花粉症なんて……。


『でも……とても良い薫りでした』


最初は怖かったけど、このニンゲンに出会えてよかった。
 ▼ 10 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 12:58:44 ID:zGwUq9R6 [9/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ああ、僕、そろそろ行かなきゃ」

『えっ』


しばらく色々話した後、彼はそう言った。


久しぶりに誰かと話せて嬉しかった。

なのにもう行ってしまうなんて。


「この花、プレゼント。今日の記念に」


と言って彼は金木犀の花をわたしに差し出した。


『いいの……?』

「うん!」


「また来年……この花が咲く頃に会えるかもね」


彼はわたしの方へ微笑んでから、駆け出していってしまった。
 ▼ 11 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 12:59:13 ID:zGwUq9R6 [10/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
……それからしばらくは、この花を抱いていた。

わたしは、この短い間で彼のことを好きになっていたようだ。


寂しい。

会いたい。


そんな気持ちがわたしの中でぐるぐる回る。


ずっと、ここで待っていよう。

また来年、彼に会えることを願って。
 ▼ 12 サイドン@グラウンドメモリ 18/10/08 13:24:22 ID:2xjgazCw NGネーム登録 NGID登録 報告
乙!
シェイミ可愛い
 ▼ 13 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 14:23:12 ID:zGwUq9R6 [11/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
それからは、今までと同じような平凡な日々が続いた。

もう慣れてしまったので、何も感じない。


そして……。


風が冷たくなって、雪が降り。

雪が溶け、暖かい日差しが差し込み。

その日差しが照りつけるように暑くなり。

そして、また涼しい風が吹いてきた頃。


……その風とともに運ばれてきたのは。


あの、オレンジ色の星型の、

前に見覚えがある、あの。


金木犀の薫りだった。
 ▼ 14 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 14:23:37 ID:zGwUq9R6 [12/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
『!!』

「やぁ、また来たよ」


それは、少し背が高く、声が低くなったけれども、紛れもなくあの少年のものだった。


『会いたかったっ……!!』

「まだここにいたんだね」

『うん……』


「ほら、これ……」


と言って差し出したのは金木犀の花だった。


『わぁ……!! やっぱりいい匂い!』
 ▼ 15 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 14:24:00 ID:zGwUq9R6 [13/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
『これ……』


と言ってわたしは、色褪せ、薫りも無くなった花を彼に見せた。


「わっ! ずっと持っていてくれたんだね……!」

『うん……』


少し、恥ずかしくなる。


わたしは、持っていた花を置き、新しい金木犀の花を持った。

……匂いを嗅ぐ。


『……しゅっ!』


また、ダメみたいだ。
 ▼ 16 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 14:24:23 ID:zGwUq9R6 [14/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「うーん、ダメかぁ……」

『うん……』

「また来年も来るよ! 君が空を飛べるようにねっ!」

『!!!』


嬉しかった。

わたしのことを思って、来てくれる少年のことが。


『ありがとうっ!!』


……わたしは、彼に感謝の気持ちを伝えた。

感謝。とても良い事だ。
 ▼ 17 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 14:24:43 ID:zGwUq9R6 [15/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
一年前と同じように、暗くなるまで二人で話す。

少年は、年に一回一日だけこの辺りに来るらしい。


「また、来年来るからね」

『うん』


別れが惜しい。

着いていきたい。


けど、少年はポケモンを持ってはいけないと言われているようだ。


……来年を、待とう。
 ▼ 18 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 14:25:09 ID:zGwUq9R6 [16/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「じゃあねっ!!」


と言って、少年が消え去っていく。


『じゃあね……!!』


しばらく、余韻に浸る。


……ふと、持っている金木犀の匂いを嗅いだ。

彼の匂いがしたような気がした。



『っしゅん!』


くしゃみは、相変わらずだ。
 ▼ 19 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 14:25:28 ID:zGwUq9R6 [17/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
……それからも、金木犀の花が薫る頃になると、少年は来てくれた。

年々、花粉症も和らいできたかもしれない。


毎年、毎年、この時期を楽しみにしている。



わたしの種族は長生きだ。

だから、少年と長くいられる。


……と、思っていた。
 ▼ 20 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 17:11:50 ID:zGwUq9R6 [18/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
今年も金木犀の花が薫る頃になった頃。

また彼はわたしの元に現れた。


……が、なんだか暗い顔をしている。


『……どうしたの?』

「あぁ、ごめん。なんでもないよ」

『そう……?』


「ほら、これ」

『ありがとうっ!』


金木犀の花。

匂いを嗅いでみる。

……すると。


『いい匂い……』

「……あれ、くしゃみ出ないね?」

『あっ……本当だ!!』


『「やったーっ!!」』


二人で、喜んだ。
 ▼ 21 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 17:12:09 ID:zGwUq9R6 [19/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
……しかし、喜びもつかの間。

彼がまた暗い顔に戻り、言った。


「ごめん、ここに来られるのは今日で最後かもしれない」

『……え?』

「今まで、ありがとう。君と話せて良かった」

『待って、なんで……』


彼は黙っている。


『……わたしも、あなたに出会えて本当に良かった』

「ふふ、そう思ってくれてるなんて、嬉しいや」
 ▼ 22 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 17:12:35 ID:zGwUq9R6 [20/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そうだ。君の名前を聞いてなかった」

「君は、誰?」


彼がはにかんで言う。


今更だ。

言っていなかったことに気づかなかった。


そういえば、彼がここを尋ねた時、一番最初に言ったのもこの言葉だった。


……わたしは、彼の質問に答える。


『わたしは……シェイミ!!』
 ▼ 23 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 17:12:53 ID:zGwUq9R6 [21/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「シェイミ……シェイミか」

「ありがとう、シェイミ。君のことは一生忘れない。」

『わたしも……あなたのことを忘れない』


「……もう……行かなくちゃ」

『そんなっ……!!』

「今まで、本当にありがとう。楽しかったよ」

『こ……こちらこそ……』


涙がこぼれる。

これが最後なんて……。


「ありがとうっ!!」


最期に彼はそう言って、向こうへ走っていった。


〜〜〜
 ▼ 24 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 17:13:10 ID:zGwUq9R6 [22/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



……それから、何年も経ったかもしれない。

正確には覚えていない。


彼は、本当に来なくなってしまった。


今もなお、ずっと金木犀の花を抱きしめている。


……ふと、花畑に目がいった。

グラシデアの花。


『あっ……!』


わたしは気付いた。

花粉症を克服した今なら、空を飛べるかもしれない……!
 ▼ 25 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 17:13:36 ID:zGwUq9R6 [23/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
グラシデアの花にそっと近づき、匂いを嗅いだ。

すると……。


体が、グラシデアの花の匂いに包まれて……。



目を開けると、"私"は『スカイフォルム』になっていた。


『これなら……行ける!!』
 ▼ 26 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 17:13:54 ID:zGwUq9R6 [24/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
なんで気づかなかったのだろう。

彼は、私が空を飛べるようにという使命を果たしてくれたのに。


……彼は、今もいるだろうか。

……どこにいるのだろうか。


海割れの道。

小さい姿では行くのが困難だったところも、飛べばひとっ飛びだ。


と、思うと、少年はこの道を毎年来てくれたのか……。

胸が痛くなる。
 ▼ 27 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 17:14:17 ID:zGwUq9R6 [25/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
長い長い道を超え、外へ出る。

……思えば、何年ぶりだろう。


と、どこかから懐かしい薫りがする。


懐かしい、温かい薫り。


それは紛れもなく、金木犀の薫りだった。


……今年も、あの時期がやってきたのか。


私はその匂いを辿って進んでいく。
 ▼ 28 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 17:14:33 ID:zGwUq9R6 [26/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
進んでいく中で、一つの疑問が浮かぶ。

ポケモンはちらほら見かけるのだけれど、ニンゲンが見当たらない。


はるか昔で、今は風景も変わってしまっているけれど、前はこの辺りも人間がいたはずなのに……。


……どう考えてもおかしい。


と、思っていた時。

角を曲がると、そこには……。


金木犀の木が、たくさん立っていた。
 ▼ 29 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 17:15:09 ID:zGwUq9R6 [27/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
『わぁっ……!!』


まるで楽園だ。


ひとつひとつの花の匂いを嗅ぐ。

久しぶりのこの薫り。


彼を思い出す。

名前すら知らない、でも、私にとって一番大切な彼。



『ありがとう……』
 ▼ 30 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 17:15:25 ID:zGwUq9R6 [28/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
私の中で、彼はずっと生きている。

この、金木犀の薫りとともに。



……私は、仲間の元へ戻った。


でも、あの頃に、毎年彼に会いに行こう。


そう決めた。
 ▼ 31 かちう◆Xq21k6pIJA 18/10/08 17:15:42 ID:zGwUq9R6 [29/30] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


……金木犀の花が薫る頃に。

彼に、感謝……『ありがとう』を伝えるために……。









【SS】金木犀の花が薫る頃に
〜完〜
 ▼ 32 イケンキ@バコウのみ 18/10/08 17:30:39 ID:R0esPcEk NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
良いお話
乙です
 ▼ 34 ンガー@ちいさなキノコ 18/10/08 20:07:02 ID:/x1orylw NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ▼ 35 ェローチェ@クリティカット 18/10/09 20:28:16 ID:/sgoh0bs NGネーム登録 NGID登録 報告
乙!
 ▼ 36 プ・レヒレ@こおりのジュエル 18/10/10 21:24:59 ID:xbn.nDUM NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
乙!感動
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