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【SS】パパ「こら、もう寝る時間だぞ!」

 ▼ 1 AYr1xkow/g 18/11/12 00:33:19 ID:wg1sOOjg NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「こら、もう寝る時間だぞ!」

背後から怒ったような声が聞こえ、三人の子供たちはビクッと肩を震わせる。アルセアは怯えたようにバジリコの手を握り、アキニレは「ゲッ」と声を上げた。

三人が恐る恐る振り向くと、そこにはアキニレの父親が怖い顔をして仁王立ちしていた。

「また夜遅くに抜け出して……」

父親が呆れたように言う。それから、子供たちと一緒になって縮こまっているまよなかのすがたのルガルガンを見て溜息をついた。

「お前ももっとしっかりしてくれないと」

「ガル……」

普段の好戦的な瞳はどこへやら、ルガルガンはすっかり小さくなって申し訳なさそうに鳴き声を上げた。

もう日付が変わりそうだという時間に、アキニレは父親のルガルガンをこっそり外に連れ出して、友達のアルセアとバジリコと共に夜の一番道路で遊びまわっていたのだ。

三人はまだ自分のポケモンを持っていない。けれど、ポケモンのことは大好きだった。

「アキニレ、お前はもう少しでお兄ちゃんになるんだぞ?いい加減にしなさい」

「……はーい」

アキニレの父親の厳しい声に、アキニレは暗く返した。父親は困ったように笑って、子供たちと目線が合うようにその場にしゃがみこむ。

「……お前たちの気持ちは分かる。早くポケモンと一緒に草むらを走り回って、いろんなポケモンと出会って冒険してみたいよな」

三人はその言葉に目を輝かせて頷いた。

「でも、バジリコくん。何か怖いことがあった時に、今の君じゃ自分の身をきちんと守れないだろ?だから危ないことはしちゃだめだ」

バジリコは真剣な表情で聞いている。

「それに、アルセアちゃん。たとえポケモンと一緒にいたって無敵になれるわけじゃないんだ。それは僕だってそうさ」

アルセアは彼の言ったことがよく分からなかったのか、なんだか微妙な表情を浮かべている。

「いつか必ず、ポケモンと一緒にいろんなことができるようになる。だからもう少し大きくなるまで我慢だ。分かったか?」

「……はぁい」

「もうしません……多分」

「ごめんなさい」

三人は口々に謝った。アキニレの父親は一瞬眉をつり上げたが、やがて満足げに微笑んだ。

「反省したならよし!それじゃ、バジリコくん、アルセアちゃん。家まで送るよ。行こう」

そう言って、アキニレの手を繋ぐ。アキニレは反対の手でアルセアの空いている手を握った。アルセアは変わらずバジリコの手を握りしめている。

ルガルガンが小さく吠える。四人と一匹は、月が優しく見下ろす中、ノグレータウンへと向かって歩いていった。



※この物語は
ママ「ほら、早く起きなさい!」
http://pokemonbbs.com/sp/poke/read.cgi?no=656366
の前日譚となっております
 ▼ 206 AYr1xkow/g 19/10/11 01:04:55 ID:HUYI7g96 [1/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
だめだ、これという一撃が与えられない。

バジリコは焦っていた。今までのバトルとは何かが違う。なんだかふわふわする。全力を出してもそれがまるでちっぽけな力かのように押し返されてしまう。どうすればいいんだ?

「なみのり!」

ミロカロスのなみのりがメタグロスの体に直撃した。既に蓄積されたダメージでメタグロスはボロボロだ。衝撃でガクッとよろけたメタグロスは体を持ち上げようとしたが、叶わずその場に崩れ落ちた。残るポケモンは二匹。対するアルセアは、三匹。

「……っ、メタグロスお疲れ。……ブラッキー!頼んだよ!」

バジリコはメタグロスをボールに戻すとブラッキーを繰り出した。すると、アルセアもボールを取り出す。

「ミロカロス、サンキュ」

アルセアは同じタイミングでミロカロスを引っこめると、ポケモンを入れ替えた。

「バシャーモ、行くよ」

思わずバジリコは構えた。バシャーモ。スリジエ博士に貰ったアチャモの、最終進化形だ。アルセアの相棒。かつて、タイプ相性が悪いにも関わらずアシマリが一撃で負けてしまった相手。
 ▼ 207 AYr1xkow/g 19/10/11 01:07:25 ID:HUYI7g96 [2/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……」

アルセアは一瞬考えてから、何かを取り出した。七色に輝く美しい石――あれこそが、キーストーンだ。

そうか、おれとのバトルでそれを使うのか。使わなくても勝てるだろうに、見せつけるため?バジリコはそんなことを考えてから、唇を噛みしめた。いや、違うって分かってる。……でも、見たくはなかった。

アルセアがキーストーンを掲げる。すると、バシャーモの体が眩い光に包まれて見えなくなった。やがて、光が収束してバシャーモの姿を解き放つ。トサカのような毛が逆立ち、色合いもより好戦的な赤と黒に変わり、手首から帯のように長い炎が吹き出している。これが、メガシンカと呼ばれるものだ。

「バシャーモ、とびひざげり!」

メガバシャーモが素早く大きく飛び上がり、ブラッキーに膝蹴りをお見舞いする。ブラッキーは倒れた。

「……ありがとう、ブラッキー」

バジリコはブラッキーをボールに戻した。

もう、一匹しか残されていない。バジリコはパートナーの入ったボールを強く握りしめた。絶対に勝つ!おれだってやれるってことを見せてやるんだ!

「アシレーヌ!行くよ!」

「シレーヌッ!」

アシレーヌはバジリコの声に答えるように大きな鳴き声を上げた。

メガバシャーモは素早く足踏みをして体を軽く動かしていた。かそくしているところなのだろう。

「バシャーモ、決めるよ」

アルセアが言う。その眼差しは強い。

「シャモッ」

メガバシャーモは鳴き声で応えた。

「かみなりパンチ!」

メガバシャーモが、電気を帯びた拳でアシレーヌに思いきり殴りかかる。アシレーヌは悲鳴を上げて、その場から吹っ飛んだ。バシャーモの攻撃は急所に当たったらしい。アシレーヌは床に叩きつけられたまま、動かなくなってしまった。
 ▼ 208 AYr1xkow/g 19/10/11 01:09:50 ID:HUYI7g96 [3/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……」

バジリコは黙ってアシレーヌをボールに戻した。

負けた。またアルセアに負けた……。ブラッキーとアシレーヌに、何もさせてやることができなかった。アルセアはとても強かったが、あのバシャーモの力はまさに桁違いだ。

どうして、勝てないんだ……。

「……お疲れ。ありがと、楽しかったよ……」

アルセアはそう言ったが、負けて意気消沈している自分に気を遣っているのだということが嫌と言うほど伝わってくる。

「……クソッ」

バジリコは歯を食いしばった。

なぜ?どうして勝てない。せっかく追いついたと思ったのに、結局、それは自分の勘違いだった。ただ、彼女はバジリコが登ってこられるところまで下りて待ってくれていただけ。実際のところは、彼女はもっともっと上にいるのだ。

同じ時に、同じ場所からスタートしたのに。どうしてここまで違う?ずっと彼女のことを守って庇ってきた。そんな彼女に負けることを癪だとは思わないが、今まで彼女の前にいたはずの自分の力はこれほどしかないのかと、惨めな気持ちになってくる。

……アルセアに勝ちたいのに。アルセアは強い男の方が好きかな。もしかして、今までの旅でおれに幻滅して、アキニレの方がいいと思ってるかも。ありえるな。前に、おれ抜きで夜に二人で話してたこととかもあったし。

なんでだよ。なんで勝てないんだよ。

「……バジリコ?」

アルセアが不安げに名を呼んでくる。ずっと考えこんでいるバジリコは何も返さなかった。

「……よかったら、また来てよ。またバトルしよ……」

アルセアの声が、どこか遠くから聞こえるようだ。

それからの記憶は、ほぼない。その日からバジリコは、アルセアとアキニレと共に過ごすことはなくなった。
 ▼ 209 ビワラー@いんせき 19/10/11 01:55:19 ID:MsmIiuv. NGネーム登録 NGID登録 報告
前作読んだ時は相棒ポケモン的にアルセアが主人公、バジリコがライバル、アキニレが幼馴染ポジションのイメージあったけど
バジリコ視点から見てみるとかなりクルものがあるな…
長文失礼しました 支援
 ▼ 210 AYr1xkow/g 19/10/11 19:14:24 ID:a4DYIKvE [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
例によって名前の由来一覧B

ミフレッド Mifreddo
ケーキなどを半解凍したドルチェ、セミフレッドから。

コルネッホ Cornejo
ミズキ科ミズキ属ヤマボウシ亜属の落葉高木、花水木のスペイン語。

クロコ Croco
アヤメ科クロッカス属の植物、クロッカスのイタリア語。
8年後は何してる?→四天王を辞め、地元のモルタウンで市議会議員を務めている。

ジェラーニオ Geranio
フクロソウ科の植物、ゼラニウムのイタリア語。
8年後は何してる?→四天王を辞め、世界中を旅している。たまにアルセアや当時の他の四天王たちの元に絵葉書が届く。

クラベリーナ Clavellina
ナデシコ科ナデシコ属カワラナデシコのスペイン語。
8年後は何してる?→四天王を辞め、ラランジャシティにて若いトレーナーたちの教育に専念している。モクレンはかつての教え子。

セードル Cedre
マツ科ヒマラヤスギ属の常緑針葉樹、ヒマラヤスギのフランス語。
8年後は何してる?→子供が生まれたため育休中。いずれ四天王に戻る予定。

ついでに…アルセアの前のチャンピオンって誰?→実は今までの話の中のどこかに登場しています。
 ▼ 211 AYr1xkow/g 19/10/11 19:15:33 ID:a4DYIKvE [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ちょっとした余談 ▼
ママ早とパパ寝にて、それぞれスリジエがまったく同じ台詞を言っているシーンがあります。よかったら探してみてね。

そしてもうひとつ。バジリコが主人公のお話であることにコメントしてくださった皆さん、ありがとうございます!
実はパパ寝はなんとなくですが三部構成になっています。第一部はポケモンと一緒に旅に出ることを夢見る仲良し三人組が、実際にポケモンと仲間になって旅立つまでのお話。ここまでは短いですがアキニレ目線です。
第二部は今まで読んでいただきましたここまで。実際に旅に出てたくさんのポケモンと出会って、たくさんの人をバトルをしていくお話です。ここは皆さんもお気付きの通り、バジリコ視点ですね。
そして、これから始まる第三部は……
 ▼ 212 ワンコ@プテラナイト 19/10/11 20:07:50 ID:Ls.sSSQA NGネーム登録 NGID登録 報告
なるほど だから最初だけアキニレ目線だったのか
そして元チャンピオン…わからん
支援
 ▼ 213 AYr1xkow/g 19/10/12 17:07:42 ID:6JEgzciM [1/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
二年後――。

頼みがあるとスリジエに呼ばれ、アルセアは久しぶりに彼女の研究室へと向かっていた。一番道路でアキニレと会ったので、二人でオーロシティへと向かう。

ふと三人が秘密基地にしていた大きな老木が目に入る。まだ木は残っていたが、とうとう街周辺の整備のために切り倒されることが決まった。来週の中頃にこの木は切り倒されてしまうらしい。

歩いていると、アキニレが口を開いた。

「……バジリコも呼ばれてるみたいだな」

「……みたいだね」

アルセアはそれだけ返した。

「最近バジリコと会ったか?」

アキニレが尋ねる。

「顔はたまに見るよ。でも全然喋ってない」

アルセアはぼんやりと言った。家は隣なのだから顔を合わせることは時々ある。だが、あの日以来、会話はほとんどしていなかった。

「そうか……ん?」

アキニレがアルセアを見てら何かに気付いたように声を上げた。

「キーストーンはどうしたんだ?前はバングルにしてたよな」

アキニレがアルセアの右腕を見て言った。アルセアは黙って右耳に髪をかけた。アルセアの耳元で、七色の珠が煌めく。

「ピアスにしたのか」

アルセアはコクリと頷いた。

「……アモルで私しか持ってないのに、見せびらかすように持つのもどうかと思って」

アルセアは静かに言った。アキニレは何とも言えない表情を浮かべていたが、「……そうか」としか言わなかった。
 ▼ 214 AYr1xkow/g 19/10/12 17:09:17 ID:6JEgzciM [2/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
二人がオーロシティのスリジエ研究所に到着して中に入ると、既にバジリコが来ていた。受付の椅子に座って、二人で入ってきたアルセアとアキニレを見て微かに顔をしかめる。それから、バジリコはふいと視線を逸らした。

「……よっ。久しぶり」

アキニレが朗らかに声をかける。

「久しぶり」

バジリコは挨拶を返したが、それ以外は何も言わなかった。

アルセアとアキニレも椅子に座って待った。近くのテーブルには菓子が置かれている。だが、手を伸ばす気にはなれなかった。

「三人とも、久しぶり!待たせちゃってごめんなさいね」

エレベーターから出てきたスリジエが、パタパタと駆けながらこちらへとやってきた。

「いえ、大丈夫です」

アキニレが答える。三人は立ち上がろうとしたが、スリジエは身振りで座るように促した。

「ありがとう。……三人とも、バトルコロッセオって知ってるかしら?」

スリジエが三人の顔を見回して問う。バトルコロッセオとは、本土から離れたフェルマータ島にあるバトル施設だ。そこには、バトルの実力者たちが集う。アルセアは頷いた。

「たまに行きます」

「オレは挑戦したことはないけど、知ってます」

「一度だけ行ったことがあります」

アキニレとバジリコも答えた。スリジエは満足げに笑みを浮かべた。

「いいわね!実はね、そこで近々レンタルポケモンでバトルする新しい部門を作ることが決まったの。そこでわたしがレンタルポケモンたちの調整を担当することになったんだけど……もしよければ協力をお願いしたくて」

「何をすればいいんですか?」

アキニレが質問する。

「レンタルポケモンたちが問題なくバトルできるか、確認してほしいの」

スリジエが答えると、バジリコが顔を上げた。

「バトル?おれも協力するんですか?」

「ええ。ぜひお願いしたいわ。三人とも、すっかり成長して今はもうとても強いトレーナーだもの」

スリジエがそう言うと、バジリコは誰にも気付かれないくらい小さく顔を歪めた。
 ▼ 215 AYr1xkow/g 19/10/12 17:09:48 ID:6JEgzciM [3/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
>>213
失礼しました、二年後ではなく三年後です
 ▼ 216 AYr1xkow/g 19/10/13 15:19:55 ID:XygQlOFE NGネーム登録 NGID登録 報告
翌日、スリジエの頼みを聞くことにした三人は、スリジエと共にフェルマータ島へと向かった。

バトルコロッセオは、古代にポケモンバトルの会場として使用されていた円形闘技場だ。既に半壊状態だが、当時の外観を残しつつ修復されて今は新しいバトル施設として利用されている。

アルセアたちはレンタルポケモンを使って実際にコロッセオでバトルをし、ポケモンたちに何か問題がないかを確認した。共に働いたのは、バトルグラディエーターと呼ばれるコロッセオで待ち構える強力なトレーナーたちだ。三人は、自分たちが挑戦者であるという体でレンタルポケモンを使用してバトルグラディエーターと戦い、ポケモンたちの様子を確かめていった。レンタルポケモンたちに異常は特にないようだった。

予定よりもずっと早く終わったので、アルセアはバトルグラディエーターたちに個人的なバトルを申しこんだ。ここにいるトレーナーはみんな強い。まだ負けたことはないが、張り合いのある戦いができる。

アキニレも初めてバトルコロッセオに挑戦することにしたようだ。バジリコは遠慮していたが、結局一度だけバトルグラディエーターと戦うことにした。その様子を、スリジエは満足そうに眺めていた。
 ▼ 217 AYr1xkow/g 19/10/13 15:21:40 ID:x.3UAmms [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「三人ともお疲れ様。ありがとう!」

バトルコロッセオの休憩室で、スリジエが嬉しそうに声を上げた。

「いえ、博士もお疲れ様です」

アルセアはそう言って頭を下げた。

「うふふ、ありがとう。よかったらどうぞ。……みんな、エネココアとサイコソーダだったらどっちが好きかしら」

スリジエが四本の缶を見比べながら言った。どちらも同じくらい好きだが、今は炭酸を飲みたい気分だ。アルセアとバジリコはサイコソーダを、アキニレはエネココアを受け取った。

「アルセアちゃんたちがとっても優秀なおかげですぐ終わったわね!あなたたちのポケモンも疲れてるでしょう?回復させてあげるわ」

余ったエネココアの缶を開けて一口飲んでから、スリジエがそう言った。そして、バッグから何か機械のようなものを取り出す。見えたのは、ポケモンセンターに置いてあるポケモンたちを回復させる機械のミニチュア版のようなものだ。

「じゃあ、お願いします。ありがとうございます!」

アキニレがモンスターボールをスリジエに預ける。

「ありがとうございます」

「お願いします」

アルセアとバジリコも、それぞれ持っているモンスターボールをスリジエに渡した。スリジエは機械にモンスターボールを三つずつはめてコンピュータを操作する。ポケモンセンターにあるものよりも小型なので、一度に三匹までしか回復させられないようだ。

「はい、お待たせ!みんなすっかり元気になったわよ」

スリジエは三人のポケモンを全員回復させると、アルセアたちにボールを返した。

「ありがとうございます」

アルセアたちがボールを受け取ると、スリジエはぐるっと三人を見回した。そして、お茶目に微笑む。

「バトルは楽しんでくれたみたいだけど……疲れたわよね。何か美味しいものでも食べて帰りましょうか!」
 ▼ 218 AYr1xkow/g 19/10/13 15:25:23 ID:x.3UAmms [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
スリジエが連れていってくれたのは、たくさんの客で賑わうレストランだった。ここフェルマータ島やダ・カーポ島は料理も美味しいものがより多いことで有名だ。ちなみに住んでいる人たちは陽気でよく言えばおおらかな人が多く、それでいて治安は本土と比べて少し悪い。

アルセアたちは夕食を奢ってもらってから、フェルマータ島を後にし、帰路に着いた。

家に帰ると、アルセアはベッドに腰かけてモンスターボールを手に持った。アルセアは就寝時には基本的にポケモンたちをボールから出すようにしている。ミロカロスとボーマンダは体が大きいので、他のポケモンたちを出さずに交代で出したり、外に散歩に行ったりしてバランスを取っている。ミロカロスとボーマンダのボールを撫でてから、アルセアはポケモンたちをボールから出していった。

「……聞いてよ。今日、久しぶりにバジリコとちゃんと会ったのにさ」

アルセアは投げやりな口調で言いながらボールを投げた。クレッフィは部屋の中を好きに動き回っている。ボールから出たルガルガンは、アルセアの声を聞いて首を傾げた。

「全然ちゃんと話せなかった。せっかく会ったのに……、……は?」

ボールから出たグレイシアがアルセアの膝に飛び乗る。グレイシアの頭を撫でながらバシャーモをボールから出そうとしたアルセアは、思わず固まった。バシャーモがボールから出てこない。

「どういうこと……」

もう一度ボールを投げる。だが、何も起こらない。

「えっ……なんで……」

アルセアは何度もボールを投げた。反応がないので、少し乱暴に振ってもみた。だが、バシャーモは出てこない。モンスターボールは空だ。アルセアは立ち上がった。グレイシアが驚いて飛び降りる。

「えっ……えっ?なんで……」

どうして。なんでいないの?

「バシャーモがいなくなっちゃった……!」
 ▼ 219 AYr1xkow/g 19/10/14 00:41:30 ID:SDVI.oS. [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「アルセア!大丈夫か!?バシャーモがいなくなったって……!」

真っ青な顔をしたアキニレが、家の前へと駆け寄ってくる。

「わたしはなんともないけど……バシャーモが……」

アルセアは弱々しく声を上げた。

アルセアは、あれからすぐに幼馴染たちに連絡を入れた。少し迷ったが、バジリコにも。バジリコは、今は黙ってアルセアの隣に立っている。

「心当たりはあるか?」

「何もないよ……」

「スリジエ博士に奢ってもらったレストランで、誰かに盗られたとか……?」

「……なんで盗まれなくちゃいけないの……」

アキニレの質問に、アルセアは声を震わせながら答えた。アキニレは慌てて質問を変える。

「えっと……コロッセオのポケモンたちと紛れたとか……」

「そんな適当な管理してない」

アキニレの言葉に、アルセアはハッキリと言い返した。

「わ……分かってるけど、可能性はゼロじゃないだろ?」

アキニレができるだけ優しい声でそう言う。

なぜこんなことに?スリジエに貰った時から、アチャモだった時から、彼女とはずっと一緒だった。ポケモンと一緒に旅立ってから、想像していたよりずっと辛いことはたくさんあったが、すべてバシャーモがいたから乗り越えられたのだ。

才能を開花させて、周囲の見る目が変わっても。自分を追跡していたという怪しい人物たちの目論む面倒ごとに巻きこまれても。小さい頃からずっと一緒だった大好きな人が冷たくなっても。耐えられたのは、相棒のバシャーモがいたから。

「どうしよう……どこにいるの……」

アルセアの声は、どんどん小さくなっていった。
 ▼ 220 AYr1xkow/g 19/10/14 00:43:32 ID:SDVI.oS. [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「スリジエ博士に相談してみよう」

バジリコが口を開いた。アルセアは顔を上げて、思わずバジリコの顔をまじまじと見つめてしまった。ようやく、ちゃんと話してくれた。心配してくれているのだと思っていいのだろうか?

「そっ……そうだな。オレが電話するよ」

アキニレがそう言って、携帯電話を取り出した。そして、急いでスリジエに電話をかける。スリジエはすぐに出た。

「はい、スリジエです」

「博士っ、アキニレです!」

「どうしたの?」

アキニレの緊迫した声に、スリジエも異常事態だと悟ったらしい。アキニレのスリジエとの通話を、アルセアとバジリコは固唾を飲んで見守った。

「アルセアのバシャーモがいなくなっちゃったんです!でも、さっきまでは一緒にいたはずだから、その……コロッセオとかレストランにいるかもと思って、連絡しました。博士も、時間があればバシャーモを探してくれませんか?」

電話の向こうから、息を呑む音が聞こえてくる。

「分かったわ。もちろん協力します。コロッセオやレストランにも聞いてみるわね。また明日に連絡するわ」

「……はい。ありがとうございます……」

アキニレはそう言って、電話を切った。そして、アルセアとバジリコの顔を見る。

「聞こえてたと思うけど、探してくれるって。とりあえず、今日は遅いからもう寝よう。明日探しに行こう」

「やだ。今から行く!」

アルセアは大声を上げた。少しの時間も立ち止まっていられない。すぐにでも探しに行きたい。

「でもこんな時間に歩き回ったら危ないよ」

バジリコが言う。アルセアは唇を震わせた。でも、もしかしたらバシャーモはもっと危ない怖い目に遭っているかもしれない。バシャーモは強いから並大抵のことには負けないだろうが、それでも少しでも嫌な思いをする可能性があるのなら、その可能性はトレーナーである自分ができるだけ排除してやりたい。見つけ出したい。助けたい!

「バジリコの言う通りだ……心配なのは分かるけど、今日はやめておこう……今日、久しぶりに秘密基地で三人で寝るか?」

アキニレがあえて明るい声で言った。だが、アルセアは首を横に振った。

「……いい。二人とも、もう入れないでしょ」

アルセアは低い声でそう言うと、二人の返事を待たずに家の中に入って玄関の扉を閉めた。
 ▼ 221 AYr1xkow/g 19/10/15 00:29:56 ID:zx/AEgm2 [1/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
翌日、至るところを探してもバシャーモは見つからなかった。関係のないような場所まで見たが、どこにもいない。スリジエからも、「見つからなかった」という連絡しか来なかった。そして、バシャーモが見つからないまま五日が過ぎた。

「……」

今日は、スリジエ研究所にやってきていた。アルセアは、椅子の上で体育座りをして深く沈んでいた。

どうして見つからないのだろう?なぜバシャーモがいなくなったのだろうか?ポケモンを盗まれるようなことなんて、当然していない。以前戦ったミフレッドという奴らは怪しい人たちだったが、彼らにはもうそんなことはできないだろうということは想像がつく。

アキニレとバジリコも一緒に研究所に呼ばれていたが、二人は一言も発することができずにいた。受付の壁に備えつけられたテレビをぼんやりと眺めつつ、アルセアの様子を伺っている。

「……このままバシャーモが本当に見つからなかったらどうしよう」

アルセアはそう呟いた。アキニレとバジリコがこちらを見たのが分かった。

バシャーモがいないのに、バトルをする気にはなれない。バトルを楽しめるはずがない。そんなのは無理だ。戦えない。どうしよう。戦いたくない。アモル地方のチャンピオンになって三年が経つ。でも、こんな状況じゃバトルなんてできない。

「このままじゃ、戦えない……」

ポツリポツリと、まるで雫が垂れるように小さく呟く。

「戦いたくない……」

アルセアはそう言って、胸と膝の間に顔をうずめた。

これからどうすればいいのか分からない。アキニレとバジリコがどんな顔をしているのかも、アルセアには分からなかった。
 ▼ 222 AYr1xkow/g 19/10/15 00:32:41 ID:zx/AEgm2 [2/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「アルセアちゃん、大丈夫?……では、ないわよね……」

茶を淹れるために席を外していたスリジエが、ティーポットとカップを乗せたトレイを持って戻ってきた。アルセアを見て心配そうに声を上げてから、テーブルにトレイを置き、カップに紅茶を注いでいく。

「わたしも、バシャーモを見つけてあげられなかった……ごめんなさい、役に立たなくて……」

アルセアは返事をしなかった。代わりにアキニレが「いえ、ご協力本当にありがとうございます」と礼を述べているのが聞こえる。

「もちろん、今後何かあったらすぐに連絡します。あの時わたしがあげたアチャモがこんなことになってしまうなんて、本当に悲しいわ……絶対に見つけましょうね」

スリジエは胸に手を当てて苦しそうに言った。それから、真面目な表情でアルセアを見つめる。

「でも、アルセアちゃん、流石にちょっと休んだ方がいいわ。聞いたわよ、昨日からろくにご飯も食べてないって。紅茶を飲んだら、今日はもう帰ってゆっくりしなさい」

「……バシャーモも、何も食べられてないかもしれないし」

アルセアは顔をうずめたままくぐもった声を上げた。分からない。バシャーモがどこでどうしているのかが、まったく分からない。苦しい思いをしていないかと、とにかく心配だった。もし誰かに盗まれてしまっていたとして、嫌な目に遭っていないか。

「……きっと、大丈夫よ」

スリジエはそう言って、アルセアの頭を優しく撫でた。アルセアはまだ顔を上げる気にはなれなかった。静かな研究所の受付に、テレビの向こうのアナウンサーの声が響く。

「続いてのニュースです。12番道路にあるボール工場が、一週間前に破産していたことが分かりました。アモル地方でのモンスターボールの生産は困難になってしまったため、今後はカロス地方からの輸入が主な入手ルートとなる模様です。専門家曰く、一般のトレーナーたちに大きな影響はないとの見込みです……」
 ▼ 223 AYr1xkow/g 19/10/15 00:40:39 ID:zx/AEgm2 [3/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
それからしばらくの間アルセアは研究所で休んでいたが、アキニレとバジリコに支えられるようにして研究所を後にすることにした。

「アルセア、ちょっとマジで体に気をつけた方がいいぞ……大丈夫か?」

よろめくアルセアにアキニレが心配そうに声をかける。アルセアは頷いた。

「わたしは大丈夫……博士の出してくれたお菓子、食べたから……」

本当は紅茶にも菓子にも口をつける気はなかったのだが、三人に食べろと言われて少しだけ食べた。

「いや、もっとちゃんと食べなきゃだめだろ。野菜とか肉とか。バジリコも言ってやってくれよ」

アキニレがそう言ってバジリコの方を見た。バジリコはずっとどこか遠くを見つめていたが、アキニレに呼ばれてこちらを向いた。そして、口を開く。

「バシャーモがどこにいるか分かったかもしれない」

「えっ?どこ!」

アルセアが身を乗り出して大声を上げた。つんのめって転びそうになったアルセアを、アキニレが慌てて支える。

「バジリコ、ほんとか!?」

アキニレも声を上げた。ちょうど研究所から人が出てきたので、バジリコは頷くと声を落とした。

「ボール工場の中は、まだ見てない」

バジリコの言葉に、アルセアは愕然としながらも目を見開いた。どうしてそんなところにいるのかは分からないが、確かにボール工場の中はまだ探していない。そもそも、工場は普段は入ってはいけない場所だ。

「……実は前に、あそこでスパイス団に会ったことがあるんだ。怖くて誰にも言い出せなかったけど、工場の経営にスパイス団が関わってるって言ってた……信じたくないけど」

「えっ……」

淡々と語るバジリコに、アキニレが動揺の声を上げる。

「スパイス団……」

アルセアも呟く。バジリコは続けた。

「工場はもう潰れてて、中も稼働してない。さっきニュースで言ってた。潰れたのは一週間前だ」

「……」

アルセアとアキニレは、一瞬黙って考えた。それから、三人は顔を見合わせて頷く。

「ボール工場に行こう」
 ▼ 224 ッキー@ふしぎなきのみ 19/10/15 00:51:31 ID:Ge.g3kuA NGネーム登録 NGID登録 報告
この辺前作読んでたらゾクゾクしてくる
支援
 ▼ 225 AYr1xkow/g 19/10/16 00:32:51 ID:/uLMS3/M [1/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
三人は12番道路へとやってきた。ボール工場は確かに静かだ。工場には鍵がかけられていたが、もう誰のものでもないのだからと自分たちに言い聞かせた上で、アキニレのブリガロンに破壊させた。

中に入ると、奇妙な光景が広がっていた。ボール生産のために必要な機械の周りには大量の書類が散乱している。更には、機械も大部分が破壊されていた。

「え、なんだこれ……」

アキニレが工場内部の不気味な様子を見て、引いた声を上げる。

「文字通り、潰れてるな……」

バジリコも呟いた。

床にばらまかれた書類をできるだけ踏まないようにしつつ、アルセアたちは工場の中を歩いた。改めて見ると、この荒れ模様はまるで何者かが暴れたような形跡のようだということに気がついた。

ガガシャン!

突然凄まじい音が聞こえてきて、三人は飛び上がった。それから、音の聞こえてきた方を見る。もう一度大きな音がした後、ポケモンの鳴き声が聞こえてきた。

「……っ!」

アルセアは息を呑んだ。

バシャーモの鳴き声だ!

「いる!バシャーモがいる!」

「早く行こう!!」

三人は急いでバシャーモの鳴き声が聞こえてきた部屋へと走った。
 ▼ 226 AYr1xkow/g 19/10/16 00:49:45 ID:/uLMS3/M [2/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
一番奥の部屋まで駆け抜ける。部屋に入ろうとした瞬間、何か大きな機械が飛んできた。

「うおっあぶねっ」

一番走るのが速いアキニレが慌てて声を上げて、アルセアとバジリコにぶつからないように二人を押し戻す。よく見ると、飛んできたのはベルトコンベアの破片だった。

三人は恐る恐る部屋の中に入った。相変わらず小道具や紙、壊れた機械が散乱した部屋の中に、何かがいる。大きなトサカをこちらに向けて、ゴソゴソと動き回っている。

「バシャーモ!」

バシャーモだ。バシャーモだ!バシャーモがいた!!

「よかった……」

アルセアは安堵の声を上げた。無事だったんだ……。どうしてこんなところにいるのかは分からないが、見つかって本当によかった……。

だが、何かがおかしい。アルセアはバシャーモの背中を見つめた。相棒の声を聞いてもバシャーモは振り返らない。よく見れば、彼女の体は禍々しい色をしたオーラのようなものに包まれていた。アルセアは眉をひそめた。

「バシャーモ……?どうしたの……大丈夫?」

ようやくバシャーモがこちらを見た。だが、大切なパートナーであるアルセアの声に気がついたから振り向いたわけではないのだと、アルセアにもすぐ分かった。バシャーモは、背後から聞こえてくる声が耳障りだったからこちらを向いたのだ。

「……バシャーモ……もしかして、わたしのこと覚えてないの……」

アルセアは、掠れた声で呟いた。よろよろとバシャーモに近づき、その体に触れようとする。

「シャーモッッ!!」

バシャーモが咆哮を上げる。そして、大きく振りかぶった。

「アルセア!」

バジリコとアキニレが、同時に悲痛な声でアルセアを呼んだ。

一瞬のことで、何が起こったのかよく分からなかった。だが、次の瞬間左頬に激しい痛みを感じてアルセアは左手で頬を覆った。頬がパックリと割れているのが分かる。濡れたような感触がして左手を目の前まで持ってくると、手の平は真っ赤な血でべっとりと汚れていた。
 ▼ 227 AYr1xkow/g 19/10/16 00:54:07 ID:/uLMS3/M [3/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「アキニレ!!」

アルセアの怪我を見た瞬間、バジリコが大声を上げた。

「大人を呼んでこい!!ポケモンレンジャーとか!!頼りになる大人!!」

「わ、分かった……!」

左頬からボタボタと血を垂らすアルセアを見て、顔面蒼白になりながらアキニレはガクガクと頷いた。そして、急いで部屋を出ていく。

「アルセア、これ頬に当ててて」

バジリコは着ていたカーディガンの裾をビリっと破ると、アルセアの頬に当てた。アルセアは放心していて動かない。無理矢理アルセアの腕を掴み、左手の手の平の血を拭って、布が落ちないように支えさせる。

「アシレーヌ!バシャーモの足元を常に濡らして、こっちに近づけないようにするんだ!」

バジリコはアシレーヌを繰り出すとそう指示を出した。アシレーヌは了解、と言うように鳴き声を上げて口から水を吐き、バシャーモの足止めをする。

バシャーモはアルセアとバジリコに何度も襲いかかろうとしてきた。その度にアシレーヌが立ちはだかる。アシレーヌも、共に旅に出た仲間であるバシャーモのこんな姿を見るのは苦しそうだった。

どうして。何があったの。なんでこんな目に遭わなきゃいけないの。バシャーモもわたしも、悪いことなんて何もしてない。なんで……可哀想なバシャーモ……暴れているのは、きっと苦しいから……。

永遠のように感じられた。たった一瞬のようにも感じられた。どれくらいの時間が経ったのか分からない。やがて、ボール工場の中にたくさんの大人たちが入ってきた。
 ▼ 228 AYr1xkow/g 19/10/16 00:56:49 ID:/uLMS3/M [4/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「暴れてるポケモンはどこだ!?」

「君たち!危ないからそこをどくんだ!」

知らない大人たちが大声を上げながら部屋に入ってきた。六人ほどの男性たちはバシャーモを見つけると、拘束具などを取り出してバシャーモを捕まえようとし始めた。

「やめて!やめて!乱暴しないでよ!!」

アルセアは絶叫した。バシャーモの方に駆け寄ろうとするが、バジリコにがっちりと抱きしめられて動けない。アルセアはもがいたが、バジリコは離してくれなかった。アルセアを拘束したまま、どこか遠くを見ている。バシャーモの向こう側に何かがある……?アルセアにはよく見えなかった。それに、そんなことはもうどうでもいい。

「シャモ!」

バシャーモは鳴き声を上げると、男性のうちの一人を蹴り飛ばした。男性は壁に吹っ飛ばされ、頭を打って気を失ってしまう。それを見て、アルセアもとうとう抵抗をやめた。バシャーモ、どうしてそんなことをするの……。

「この野郎、どうしてこんなことになってんだ!」

「エスパータイプのポケモン持ってる奴!バシャーモの動きを封じろ!」

男性たちはそんな声を上げながら、一時間近くかけてようやくバシャーモを捕らえた。バシャーモは拘束され、苦しそうに呻いている。そんなバシャーモの姿を見て愕然としていたアルセアに、男性のうちの一人が応急処置を済ませた。

「よし、連れていくぞ……」

その言葉にハッとする。

「待って!どこに連れていくの!?」

頬にガーゼを貼りつけ終えたアルセアが叫ぶと、一人の男性が移動しながら早口に答えた。

「ジョーヌにある本部に連れていくよ。このバシャーモは僕たちで保護して、どうしてこんなことになったのか調べる。バシャーモは車で連れていくけど、お嬢ちゃんもいつか来るといいよ。落ち着けばバシャーモに会えるはず」

「落ち着けばってどういうこと?しばらくは会えないんですか?待って!一緒に行かせて!!」

アルセアはバジリコの制止を振り払って男性を追いかけながら必死に叫んだ。だが、大人たちはアルセアを車には乗せてくれない。

「危険だからだめだよ。お友達とメランシティの支部においで。そのままじゃほっぺの怪我が残っちゃうから。通報してくれた男の子も先に来てるよ」

「お願い!バシャーモと一緒にいさせて!!」

アルセアは無我夢中でそう言ったが、バシャーモが乗せられた車の後部の扉は目の前で閉められてしまった。

「やだ……っ!バシャーモ……!!」

アルセアは必死に手を伸ばした。でも届かない。再びバジリコに体を固定されて、アルセアはただ相棒の名を呼ぶことしかできなかった。
 ▼ 229 AYr1xkow/g 19/10/17 18:36:03 ID:YtV6WMfo [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
魂がどこかへ抜けていってしまったかのようだった。

アルセアは、バジリコに連れられてよろよろとメランシティに続く道を歩いていた。

何も考えられない。せっかく見つかったはずのバシャーモは、記憶を失くし、我を忘れて周りのものすべてを破壊し尽くしていた。禍々しいオーラを放って、苦しそうに何度も鳴き声を上げながら。

どうしてこんなことに……。

そう心の中で呟いたその時、バジリコが立ち止まった。それを見て、アルセアは酷く嫌な胸騒ぎを感じた。何も言わずにただ歩き続けてほしいと思った。

「アルセア」

バジリコがアルセアの方を見て口を開く。

「おれ、ちょっとボール工場を見てくる」

「なんで……」

アルセアは声を絞り出した。

「気になることがあるんだ」

そんなのどうでもいいから、わたしと一緒にいてよ。

「やだ。行かないでよ……」

アルセアは懇願するような声で言った。

「一人にしないで……」

そう言って、バジリコに手を伸ばす。

小さい頃は、よく手を繋いで一緒に歩いていた。今は少し大きくなったから、ちょっと恥ずかしく思う気持ちもある。だけど、辛かった。寂しかった。せめて手だけでも繋いで、支えてほしい……。

バジリコはアルセアの手を見て、苦しそうな顔をした。一瞬アルセアの手を取ろうとしたのかピクッと動いたが、結局、バジリコはアルセアから目を逸らした。

「……アキニレがいるだろ」

バジリコはただそう言うだけだった。
 ▼ 230 AYr1xkow/g 19/10/17 18:38:02 ID:YtV6WMfo [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……じゃあわたしも行く」

「だめだ」

アルセアがそう言うと、バジリコはハッキリと言った。

「アルセアはもう工場なんかに行くな」

バジリコは強い口調で続ける。

「あんな場所にはもう二度と行かなくていい!」

「……」

アルセアは呆然とバジリコを見つめることしかできなかった。バジリコは苦い顔をしてアルセアを見つめ、やがて踵を返す。

「すぐ戻るから。アルセアは、アキニレと一緒にいなよ」

バジリコはそう言って、来た道を戻り始めた。バジリコがどんな表情をしているのかは分からない。ただ彼の後ろ姿を黙って見送ることしかできない。

隣にはもう、誰もいない。バシャーモも。バジリコも。

「……バジリコ……」

アルセアは、今にも泣きそうな声で幼馴染の名を呼んだ。

それからバジリコに会うことは、なかった。
 ▼ 231 リムー@はねのカセキ 19/10/20 20:13:37 ID:hPDkJE.U NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援…
 ▼ 232 ッコラー@フエンせんべい 19/10/20 21:34:07 ID:/7LIpdWU NGネーム登録 NGID登録 報告
ヒュウの妹のチョロネコを思い出す
支援
 ▼ 233 AYr1xkow/g 19/10/21 20:51:48 ID:fTPc1LHo [1/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
一人でメランシティまで歩いて、ポケモンレンジャーが管理する施設の中に入る。

もう連絡が行っていたのか、すんなり中に通され、頬の傷に軟膏を塗ってもらい今後自分でも塗るようにと薬を渡された。軟膏は酷く染みた。

バシャーモについて話すと言われて案内された部屋に入ると、既にアキニレが座っていた。アキニレはアルセアを見るなりガバッと立ち上がり、真っ青な顔をしてアルセアの元へ駆け寄る。

「大丈夫か!?怪我は……」

「こんなの何ともないよ……」

アルセアは囁いた。アキニレはアルセアの顔を見て、まるで自分も痛みを感じているかのように顔を歪めた。それから、アルセアの背後を見て、目を瞬く。

「バジリコは?」

その言葉を聞くなり、アルセアの心はズキズキと痛んだ。

「知らない……」

「え?」

「やっぱり来てないんだ……」

アルセアはそう言って両手で顔を覆った。アキニレが困ったようにアルセアを見て、励まそうとしてくる。

すぐ戻るって言ったじゃん。馬鹿。バジリコの馬鹿。やっぱり、もう戻ってくる気なんてないんだ。

なんでだろう。ずっと一緒にいたのに、何かがだめになって、バジリコはどこかへ行ってしまった。ポケモンを貰って旅に出てから、バジリコとの間にある何かが変わってしまった。本当はずっと前から気付いていた。でも、気付かないふりをしていた。チャンピオンとしてバトルした時よりもっと前から、バジリコはどこかおかしかった。
 ▼ 234 AYr1xkow/g 19/10/21 20:59:15 ID:fTPc1LHo [2/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
やがて、一人のポケモンレンジャーの女性が入ってきて、バシャーモの容態について話し始めた。

バシャーモはどうやら、何らかの機械によって無理矢理記憶を奪われた可能性が高いという。その機械がバシャーモの脳細胞に強く影響を及ぼし、攻撃性を極限まで高めてしまった。治療には長く時間がかかるかもしれない、とのことだ。女性の話を、アルセアは絶望的な思いで聞いていた。

「それでね、そんなことができるだなんて犯人はただの泥棒じゃなくて高い技術力を持った組織である可能性も高いから、国際警察に捜査をお願いすることにしました。あなたにも連絡が取れるように、よければ国際警察の人との顔合わせの機会を設けたいんだけど……」

そんなことはどうでもいい。アルセアは口を開いた。

「バシャーモに会いに行きたいんですけど」

「バシャーモに?」

女性が目を丸くする。

「でも……治療が済むまで、少なくとも三ヶ月はかかると思うんだけど……」

「少なくとも三ヶ月?」

アルセアは唖然として繰り返した。

「三ヶ月の間も会えないんですか?」

アルセアの反応に、女性は胸を痛めたようだった。女性は苦しそうに口を開いた。

「……もちろん、会いに行っちゃいけないってわけではないわ……でも、今バシャーモの様子を見に行ってもきっと辛くなるだけだと思うの……今はとにかく、少しでも落ち着くまではバシャーモを拘束して薬を投与しているから……」

「そんな可哀想なやり方しかないんですか?」

アルセアは反射的に返した。女性は重々しい顔で頷く。

「ごめんなさい。でもバシャーモは眠っている時以外はひたすら暴れようとするから、今はこの方法しか……」

「わたしが行けば何か変わるかも!」

アルセアはすがる思いでそう言った。だが、女性はそんなアルセアをじっと見つめると、小さく息を吐いた。もう、取り繕うことはやめたようだ。

「無理よ……」

そう言って、力なく首を横に振る。
 ▼ 235 AYr1xkow/g 19/10/21 21:08:06 ID:fTPc1LHo [3/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あのね、バシャーモは記憶を失くしている。あなたのことを覚えていないの」

アルセアは黙っていた。

「それに、理性を失っていて今はとにかく凶暴で……あなたがどれほど優秀なトレーナーだったとしてもきっとどうしようもできない」

女性のその言葉に、アキニレが微妙な顔でチラッとこちらを見てきたのが分かった。

「もちろん最善は尽くすけど、絶対にバシャーモが元通りの状態まで戻るという確証もない……誤魔化しても意味がないと思うから、本当のことを言うわ」

女性はそう言って、真っ直ぐにアルセアを見つめた。アキニレは不安げな表情でアルセアと女性の顔を交互に見ている。

「もう、あなたの知ってるバシャーモは今いないの。そして、バシャーモもあなたのことを知らない。……大変なことだとは思うけど、もっと辛い思いをする前に諦めた方が……」

ガタンという激しい音がした。アルセアが急に立ち上がったせいで、椅子が倒れた音だった。アキニレと女性が、驚いてアルセアを見上げる。

アルセアは一言も発さずにその場を離れ、部屋から駆け出した。

「アルセア!」

アキニレが慌ててアルセアの名を呼ぶ。だが、アルセアは振り返らなかった。
 ▼ 236 AYr1xkow/g 19/10/21 21:10:11 ID:fTPc1LHo [4/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
どうして。どうしてよ。なんでわたしなの。なんでバシャーモなの。なんでこんな目に遭わなくちゃいけないの。

アルセアは闇雲に走り続けた。ずっと耐えてきた涙が、とうとう溢れてくる。周囲の人々が何事かとアルセアを見つめてくる。アルセアは宙に向かってモンスターボールを投げた。ボールから出たボーマンダの体にしがみつくと、ボーマンダは鳴き声も上げず、抵抗もせずに静かに飛び立った。

ボーマンダだって、クレッフィだって、ミロカロスだって大切な仲間だ。グレイシアもルガルガンも失いたくない。だけど、バシャーモはやはり特別だった。初めて触れ合ったポケモン。大事な、たった一匹だけのパートナー。でも、大切な人もポケモンも、もういなくなってしまった。

空の上でなら、いくらでも泣くことができた。嗚咽を漏らしても、大声で喚いても誰も何も言わない。ボーマンダも、何も言わずにただあてもなく空を飛び回ってくれた。

どうしてこんなことになってしまったのか、毎日ずっと考えていた。そして、ひとつだけ思い当たることがあることにアルセアは気付いていた。それは、自分が未だに誰にも負けたことがないくらいバトルが強いということ――
 ▼ 237 AYr1xkow/g 19/10/22 20:45:19 ID:sUAYCLYk [1/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
気がつけば、1番道路までやってきていた。

ボーマンダの首を一撫でしてから、ボールに戻す。ふと目に映ったのは、かつてバジリコとアキニレとルガルガンと作った、あの秘密基地だ。

秘密基地の入口は、バジリコやアキニレより体の小さいアルセアですらもう入れそうにないほど小さい。だが、アルセアはその穴の中に顔を突っこんだ。そして、身をよじって無理矢理中に体を押しこんでいく。

難なくここに入ることができた頃は、楽しかった。夢を見て、毎日笑っていた。でも、そんな日々はもう、戻らない。

木の枝が体の至るところに刺さって痛い。だが、アルセアは止まらなかった。泥だらけになりながら、奥へ奥へと進んでいく。

木の中の空洞の一番奥までやってくると、アルセアは何をするでもなくただそこに座ってじっとしていた。

ようやく泣くことができたからか、案外心は冷静で、思考はしっかりしている。アルセアは考えていた。これからどうすればいいのかを。

背後から物音が聞こえてきた。一瞬びっくりしたが、アルセアは何も言わなかった。きっとアキニレだ。

「……アルセア」

名を呼ばれた。やっぱり、アキニレだった。アルセアのことを心配して、ここまでやってきて無理をして秘密基地の中に入ってきたのだろう。だが、アルセアは振り向かなかった。

「……やっぱりここか」

アキニレはそう呟くと、声色を変えてわざとらしく明るい声で言った。

「とうとう明日、この辺りも取り壊すって決まったらしいな。……ここも、見納めだな」

アルセアは何の反応も示さなかった。アキニレは優しい声で続ける。

「……バシャーモに、会いに行っていいってさ。それから、国際警察の人にもやっぱり会ってほしいって。連絡先聞いといたから、気分が落ち着いたら言ってくれよ。教えるから」

それから、アキニレは少し不満げに言う。

「……あのお姉さんももう少し言い方を考えてほしいよな。……アルセア、大丈夫か?」

アキニレが、心配そうにそう言ってアルセアに近づく。

「アルセア?」

「強くなったっていいことなんて何もない」
 ▼ 238 AYr1xkow/g 19/10/22 20:48:03 ID:sUAYCLYk [2/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……えっ?」

アルセアの呟きに、アキニレは声を上げた。

「周りの目は変わるし、面倒ごとに巻きこまれるし……大切な人もポケモンも、どこかへ行っちゃう」

ポツリポツリと、頭に浮かんだ言葉を紡いでいく。アキニレは黙っていた。

「……旅になんて出なければよかった。ポケモンなんてゲットしなければよかった」

アルセアはそう口走った。そんなことも、思わずにはいられない。

やっと気付いた。ポケモンバトルだけ強くなったって意味がないのだ。心は弱いまま。でも、それでは許されない。だって、わたしはこのアモル地方のチャンピオンで、アモルで唯一メガシンカを使うことを許されている、最強のトレーナーだから。

「……もっと、強くならなくちゃ……」

アルセアは、深い息と共にそう吐き出した。

負けるな。自分に。乗り越えろ。自分を。誰がこんなことをしたのかは分からないけど、絶対に許さない。このわたしをこんなに傷つけたことを、後悔させてやる。まだ仲間のポケモンたちやアキニレがいるのだ。こんなことで落ちこんでいてはだめだ。もう二度と、弱音を吐いてはいけない。

「アルセア?」

自分にそう言い聞かせていると、アキニレが不安そうに声をかけてきた。

「……無理はするなよ」

アキニレは何かを感じ取ったのか、先程より少し強い口調でそう言ってきた。

「大丈夫だよ。わたし、強いから」

アルセアは自嘲気味に笑みを浮かべながら、投げやりな口調でそう返した。

心配はいらない。絶対にバシャーモを元に戻して、バジリコも見つけ出してやる。

……だって。

「わたし、最強のトレーナーなんだから」

わたしは、最強でなくちゃいけないんだから。


〈了〉
 ▼ 239 ツドン@あおぞらプレート 19/10/22 20:55:12 ID:OegQVrLs NGネーム登録 NGID登録 報告
そして物語はママ早へ続く……ってことか
もう一度ママ早読んでみよう

 ▼ 240 AYr1xkow/g 19/10/22 23:10:39 ID:sUAYCLYk [3/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございます。
剣盾発売前に終わらせたい!と終わったので終盤はラストスパートをかけました。更新頻度が低かった時期は、お待たせして申し訳ありませんでした。
この三人の話を書くかどうかはママ早を書いている時点でもちょっと悩んでいたのですが、書いてよかったなと思いました。パパ寝はバッドエンドに近いお話ですが、あの未来に続くのでご安心ください。
今後またパロレやアルセアたちの話を書くかどうかは分かりませんが、もしその気になったら形にするかもしれません。個人的には執筆するうちにどんどんキャラクターたちに愛着が湧いてきてしまったので、もしかしたら何かあるかもしれません。その時はまた一緒に楽しんでいただけると光栄です。でもとりあえず剣盾をじっくりプレイしたいのですぐにはないかな…?
最後までお付き合いくださりありがとうございました!
 ▼ 241 ベルタル@スチールメモリ 19/10/23 00:02:39 ID:KWUEyBPc NGネーム登録 NGID登録 報告

ちょっとママ早読んでくる
 ▼ 242 リボーグ@くっつきバリ 19/10/23 07:32:52 ID:/2KE/6og NGネーム登録 NGID登録 報告
乙〜
 ▼ 243 クレオン@トポのみ 19/10/30 23:23:36 ID:.4dgxY7Q NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
乙でした
アルセアさんはパロレ目線だとぶっきらぼうでちょっと取っつきにくい人ってイメージが強かったけどアキニレ、バジリコ目線だと結構可愛いところもある感じも見えてきて萌えた
俺もママ早を読み返してこよう
 ▼ 244 ドキング@かえんだま 19/11/05 00:51:59 ID:TTbgLZl6 NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ママ早を新作として売ってくれ
 ▼ 245 テボース@バグメモリ 19/11/14 22:51:39 ID:VE8QGvTk NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
今更だが剣盾前に一気に読んだ
乙!
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