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【寒い日SS】氷下の誓い

 ▼ 1 ◆Co36dbu5ck 17/08/06 23:41:10 ID:ObQtkIfg [1/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
冷たい激流の中で、僕は「何か」を必死に抱きしめていた。

守ろうとしていた、だなんておこがましいことは言えない。

肌を突き刺すような冷たさと恐ろしい程の重さに圧倒され、僕はまともに身じろぎすることさえ出来なかったのだ。


ただ、離れたくないという思いだけがあった。

逃れられない恐怖の中で、まるで母親にすがりつく幼子のように、僕はその「何か」にしがみついていた。それだけだった。



――しかし、目が覚めたとき、僕の記憶は失われていた。
 ▼ 2 ◆Co36dbu5ck 17/08/06 23:43:16 ID:ObQtkIfg [2/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
視界が赤い。
瞼越しの光の眩しさに目を開けると、一面の雪景色が陽の光を反射してキラキラと輝いていた。


(ここは……)

視線を彷徨わすと、見慣れない光景が広がっていた。
高い氷壁が四方を取り囲み、存在する色は雪の白と、日に照らされて輝く氷の青色だけ。


(……ここは、どこだ?)

状況が掴めず、僕は体を動かそうともがいた。
だが、それがまずかった。


ザーーーーーーーーーーーーッ!!


「うわああああああ!」

日差しによって溶けて脆くなっていた雪の塊が崩れ、僕の体は更に深い谷へと落ちていった。
 ▼ 3 ◆Co36dbu5ck 17/08/06 23:44:12 ID:ObQtkIfg [3/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
覆いかぶさった雪を必死で払いのけて顔を出す。
ぷは、と息を吐き呼吸ができることに安堵するも、辺りの様子を見て僕は絶望した。


(……クレバスだ)

クレバス。雪山に潜む恐ろしい罠。
うず高くそびえる氷の壁は、高さにすれば二階建ての建物程度の高さだが、狭い亀裂の穴からは僅かに光が漏れる程度で、見上げた僕の閉塞感を煽った。


(でも、どうして。どうして僕はこんな場所に居るんだ?)

雪の中から這い出し、僕は呻いた。





「僕は……誰だ?」
 ▼ 4 ◆Co36dbu5ck 17/08/06 23:45:37 ID:ObQtkIfg [4/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
背負っていたリュックを開け、中の物を全て出してみた。

物資を確かめる為でもあったが、どちらかと言えば、自身の素性を知るための手掛かりになる物があるか知りたい、という気持ちの方が大きかった。


(……これは、どういうことなんだ)

しかし、小さなリュックサックの中からは、そのどちらの望みも裏切る物しか出てこなかった。



古ぼけた白いラジカセ。

ウイスキーの酒瓶。

時間の止まった懐中時計。


それだけだった。
腹を満たすことも出来ない、暖を取ることも出来ない、なんの見覚えもないただのガラクタだけだった。
 ▼ 5 ◆Co36dbu5ck 17/08/06 23:46:54 ID:ObQtkIfg [5/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
リュックのポケットを一つ一つ探って他に何も出てこないのを確かめると、僕は諦めてその役に立たないガラクタ達をよく調べてみることにした。


まずはラジカセだ。
これはかなり古い携帯式のもので、動力は乾電池だ。

試しにアンテナを目一杯伸ばしてみるも、ラジオの電波は入らなかった。

中にセットされていたカセットテープを再生してみると、安っぽいラブソングが流れ出す。


『会いたい』『どんな時も』『誰よりも』『愛してる』『生まれ変わっても』……

次々と流れてくる、月並みな言葉の数々に眉をひそめる。
どうやら、記憶を失う前の自分とはあまりセンスが合わないみたいだ。


『永遠に一緒』

世界中のラブソングに使い古されたそのフレーズが、今の自分には、酷く憂鬱に聴こえた。
 ▼ 6 ◆Co36dbu5ck 17/08/06 23:47:53 ID:ObQtkIfg [6/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
懐中時計は8時を差したままの状態で止まっていた。

細やかな装飾が施されており、骨董品の知識がない今の僕にも、なんとなく高価だろうと思わせる代物だったが、この厳しい自然の中では動かない時計に価値など無い。


そして残ったのは、ウイスキーのボトルが1瓶。
結局、これが唯一の役立つ物資となった。



(これから、どうすれば良いのだろう)

僕は途方に暮れた。
崖を登る為のピッケルも無ければ、暖を取るためのシェルフも、食料も無い。
自分が何者で、何故こんな場所にいるのかも分からないのだ。


寒さと不安を紛らわせる為にウイスキーをひと口含む。
安酒だが、味は悪くない。

……どうやら、酒の好みだけは変わらなかったみたいだ。
 ▼ 7 ◆Co36dbu5ck 17/08/06 23:48:59 ID:ObQtkIfg [7/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
寒さでジッとしていられない僕は、クレバスの中をうろうろと歩き回った。

しかし、どこを向いても雪の壁しか存在しない。

場所を変え、何度も壁に向かって爪を立ててみるが、ザリザリと表面が削れてしまってとてもじゃないが登れそうになかった。




歩きながら、自分の素性についても考えた。

こんな危険な雪山にやって来た理由は何か。
もし、同行者がいるのならば助けを呼んでくれるかもしれない。
初めはそんな希望も僅かにあった。

だが、異様に少ない荷物とその中に酒が入っていたことから、僕の考えは最悪の結論に至った。
 ▼ 8 ◆Co36dbu5ck 17/08/06 23:50:19 ID:ObQtkIfg [8/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
(僕は、死ぬ為にここに来たのかもしれない)


登山ならばそれなりの装備を携えている筈だ。

それに、この度の強いウイスキー。
冬場に酒を煽って凍死する事件は少なくない。

つまり、記憶を失う前の僕は、酔いの力を借りて自殺するべくここへやって来たのではないか。そう悟ってしまったのだ。




疲れきった僕は足を止めた。
僕が歩くのをやめると、途端にクレバスの中は静まり返る。

ここに、僕以外の生き物は居ない。

改めて孤独を噛み締めた。
 ▼ 9 ◆Co36dbu5ck 17/08/06 23:52:16 ID:ObQtkIfg [9/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
(……このまま死ぬしかないのか)

次第に、諦めの気持ちが心を支配していった。

日は傾き、うっすらと青く輝いていたクレバスの中は、海の底のような深い青に染まっていく。

僕は、雪の壁に背を預けて座り込む。
冷たい。防寒着越しに伝わってくる冷気で背筋が震える。




温もりが恋しい。
残酷にも、僕の失われた記憶は自らの素性に関する部分のみであり、出来立てのスープの温かさや柔らかな毛布の温もりはしっかりと覚えていた。

いっそ、何もかも忘れてこのクレバスの中に投棄されたほうがよかったのに。


何故、こんなことを。

記憶を失う前の自分が恨めしい。
 ▼ 10 ◆Co36dbu5ck 17/08/06 23:54:02 ID:ObQtkIfg [10/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
(寒い、寒い、寒い寒い寒い寒い……)

クレバスの中は、深い青から完全な黒へと変わっていく。


僕は必死に身を縮こませ、震える手でウイスキーの瓶を傾けた。
だが、もはやアルコールを上手く口に運ぶことすら出来なくなっており、ダラダラと零れてしまう。


目の前にはどこまでも深い闇が広がっている。

記憶を失くした僕には、大切な人の顔や懐かしい故郷の幻を浮かべることすら出来ない。



どうして、僕は、こんなところで、
考えても、わからなかった。
 ▼ 11 ◆Co36dbu5ck 17/08/06 23:55:08 ID:ObQtkIfg [11/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



寒い、さむくて全身がいたい。





ひどく、ネムい。
でも、ネむるのはコワい。シにたくない。








くらくて さむくて もう なにもわからない……


 ▼ 12 ◆Co36dbu5ck 17/08/06 23:55:51 ID:ObQtkIfg [12/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



……ぅぅ


こえがきこえる

おんなのひとのこえ

なぜか どこか なつかしい


 ▼ 13 ◆Co36dbu5ck 17/08/06 23:56:35 ID:ObQtkIfg [13/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



……ひゅうぅ


こえ ちかづいてくる

ないてるみたいだ

おばけ かもしれない


 ▼ 14 ◆Co36dbu5ck 17/08/06 23:57:46 ID:ObQtkIfg [14/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



……の…ぅ


なにかいってる

すぐ ちかく



きみは


だれ?





「メノゥ……」
 ▼ 15 タマロ@でかいきんのたま 17/08/06 23:59:03 ID:Z4ijzq02 NGネーム登録 NGID登録 報告
グレイシア期待したのにユキメノコだったか−
残念
 ▼ 16 レイドル@こうかくレンズ 17/08/07 00:56:11 ID:rm47Gzzk NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
させてもらおう
 ▼ 17 ◆Co36dbu5ck 17/08/07 22:41:55 ID:Hs.9Ag5c [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
(……どうしたんだろう。急に、体が楽になった)


気がつくと、突き刺さるような寒さが無くなっていた。

死んでしまったのだろうかとも思ったが、目を開けた僕の視界に「何か」が佇んでいた。


「メノ」


「何か」はそう鳴いた。

白い仮面を付けたような顔。
振袖のような出で立ち。でも、その腕は仮面の横から伸びており、明らかに人間ではない。

幽霊。妖怪。死神。
その異形の存在を表す言葉を探す。

だが、そのどれでもないようだった。
 ▼ 18 ◆Co36dbu5ck 17/08/07 22:42:43 ID:Hs.9Ag5c [2/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「メノ……」

その「何か」は僕に木の実を差し出した。
梨によく似た小さな実、確か、これはポケモンが好む木の実の一種だ。

……ポケモン。その定義に合点がいく。

この不思議な生き物は、きっとポケモンなのだ。


人間の捨て子が狼ポケモンに育てられたり、遭難者が鳥ポケモンに食料を分けて貰って助かった逸話があるように、僕も運良く心優しいポケモンに出会えたんだ。

胸に温かいものが流れる。
それは、希望だ。


(僕は死にたくない。少なくとも、今の僕は生きたいんだ!)


僕は、目の前に差し出された希望の果実に、思いきり齧り付いた。
 ▼ 19 ◆Co36dbu5ck 17/08/07 22:43:56 ID:Hs.9Ag5c [3/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「か、かたい……」

だが、寒さに晒されて麻痺してしまった顎では、硬い皮に覆われた木の実を噛み砕くことが出来ない。

はぁはぁと息を吐いてもう一度齧り付こうとすると、ポケモンは木の実を自分の口元に持っていってしまった。

ガリガリと咀嚼音が聞こえる。
仮面の下で、小さな口が上下して木の実を噛み砕いていた。


(……もしかして)

ポケモンは木の実の向きを変えながら何度も齧り付く。

そして、その咀嚼した面を向けて再び僕に差し出した。


(食べやすいように皮を除いてくれたんだ)

その甲斐甲斐しさに思わず涙が滲んだ。
 ▼ 20 ◆Co36dbu5ck 17/08/07 22:45:28 ID:Hs.9Ag5c [4/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
木の実の表面についたその小さな歯形に、僕は自分の歯を合わせる。

シャク。

中の白い果肉はみずみずしく、一瞬にして口いっぱいに強烈な酸味が広がった。


「う、ゲホッ……ゴホッ!」


酸っぱい!
あまりの味に咳き込み、頬が引きつる。

ポケモンが好む木の実は、人間が食べるには少し味が強過ぎるものが多い。
だから、梨の味を想像して齧った僕は予想外の刺激に面食らってしまった。


でも、その刺激は弱っていた体への気付け薬にもなったらしい。
寒さで動けなかった体が自由に動かせるようになった。
 ▼ 21 ◆Co36dbu5ck 17/08/07 22:48:10 ID:Hs.9Ag5c [5/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「クスクスクス」

「!」

ポケモンが口に手を当てて笑っている。
どうやら、僕は相当面白い顔をしていたらしい。


(……こうして見ると、結構可愛いな)

第一印象は無機質で幽霊のようなポケモンだったが、そうやって笑う姿は無邪気な少女のようで、仮面の下の顔も案外愛らしかった。


(なんていうポケモンなんだろう)

僕が忘れてしまったのは自身に纏わる記憶だけで、一般的な常識や知識の類は残っている。
検討もつかないということは、元々僕はポケモンに詳しくなかったということなのだろうか。


「メノメノー」

とりあえず、鳴き声から取って「メノ」と呼ぶことにする。
 ▼ 22 ◆Co36dbu5ck 17/08/07 22:49:30 ID:Hs.9Ag5c [6/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ありがとう、メノ」

恐る恐る手を伸ばして、その頭を撫でてみた。
固く、感触は石膏に似ていた。


「……痛っ!」

頭の両脇に生えた氷の角に触れるとあまりにも冷たくて、手袋越しなのにドライアイスに触れたのと同じような痛みが走る。

手袋を外すと、指先が火傷で真っ赤になっていた。


「メノゥ」

メノは、両腕で僕の手を包み込んだ。

すると、驚くべきことに、指先の火傷がみるみると消えていく。


(そうか。きっと僕が目を覚ましたのもこの子のおかげだったんだ)
 ▼ 23 ◆Co36dbu5ck 17/08/07 22:51:23 ID:Hs.9Ag5c [7/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……くぁ」

メノはあくびをして僕の膝の上に横たわった。
頭の角に触れてしまいそうで少し怖いが、僕も眠ることにした。

決して暖かくはないが、あの凍てつくような寒さはもう感じない。
このポケモンには、周りの寒さをやわらげてくれる力があるらしい。


……この子が現れてくれてよかった。


僕は安堵感に包まれて眠りに落ちる。




……だけど、一体どうして、僕の所に来てくれたんだろう……
 ▼ 24 ◆Co36dbu5ck 17/08/12 11:03:32 ID:ce3gIfHo [1/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

目を覚ますと、僕の膝の上で眠っていたメノが居なくなっていた。


「……ハックシュン!」

あの子の加護を失くしたせいで、僕は再び厳しい寒さに晒されてしまう。
鼻をすすり、視線を彷徨わせるが、そこにあるのは殺風景な氷の壁だけだ。


(どうしよう。あの子は、メノは、どこに行ったんだろう)

僕は不安に苛まれて立ち上がった。
あの子の姿を探し、辺りをぐるぐると歩き回る。

「おーい、メノ!」

呼んでみるが、返事は帰ってこない。
再び胸に絶望感が渦巻く。

元々、野生のポケモンが行きずりの人間に尽くす義理なんてないのだから、あの子が僕に施してくれたのはただの気まぐれであり、立ち去ることもまた気まぐれなのだろう。

僕はあの子のトレーナーではないので、それを引き留める権利もない。

けれども僕は、こんな場所で急に1人きりにされることなんて、とてもじゃないが耐えられなかった。

僕は、あの子の力がなければ生き延びることが出来ない。
 ▼ 25 ◆Co36dbu5ck 17/08/12 11:04:30 ID:ce3gIfHo [2/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「メノ!どこに行ったんだ!助けてくれよ!」

僕は半狂乱になって叫ぶ。
まるで親とはぐれた幼子のようで哀れな姿だが、またあの恐ろしく寒い孤独な夜がやって来るかと思うと、とてもじゃないが正気でいられない。


(嫌だ。もう死にたくない。助けてくれ。誰か)

ここを出られないまま、再びあの寒さと飢えで苦しむのなら、いっそ昨晩のうちに眠りこんでしまえばよかったのに……

絶望と後悔が入り交じり、僕はへたり込んで涙を流す。


すると、


「クスクスクス」

笑い声が上空から降ってきた。
見上げると、メノが口元に手を当てて笑っている。
その片方の腕には、昨晩僕にくれた木の実が抱えられていた。


(僕は見捨てられたわけじゃなかったんだ。よかった!)

喜びのあまり抱きつくと、メノは迷惑そうに目を細めた。
 ▼ 26 ◆Co36dbu5ck 17/08/12 11:05:10 ID:ce3gIfHo [3/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
二度目に食べる木の実は、味を知っているお陰でそこまで顔をしかめずに済んだ。
爽やかな酸味の果汁が喉を潤してくれて心地よい。


「……」

メノは、僕が木の実を食べるのをジッと見つめている。

親が子を見守るような、そんな気持ちなのだろうか。

仮面の下の表情は無表情のままで、イマイチその意図が組み取れない。


「……なあ、君はさっき飛んでたよな」

「メノ?」

何となく、この木の実を食べ終えたのを見届けたら、メノはまたどこかへ消えてしまうのではないかと思った。

だから、僕は木の実を食べる手を止めて、彼女(多分メスだと思うけど本当のところは分からない)に話しかけてみた。
 ▼ 27 ◆Co36dbu5ck 17/08/12 11:06:21 ID:ce3gIfHo [4/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「僕はここから出たいんだ。ここから……そう、あの上に行きたいんだよ」

「メノメノ?」


クレバスの裂け目に向かって指を差す。
メノは釣られて上を見た。
雲一つない殺風景な青空が雪の隙間から覗いている。

正直、ポケモンに人の言葉が通じるのか、トレーナーとしての記憶が無い僕には半信半疑だ。

ましてや、メノは野生のポケモンだ。素直に言うことを聞いてくれる保証なんてない。


「僕が君に掴まってるから、さっきみたいに飛んでくれないか?」

「メノー」


メノはゆっくりと首を傾げた。
表情は変わらず、無機質な瞳が僕の目をジッと見ている。


(……どうしよう。通じていないのか)

焦りと不安がこみ上げる。
 ▼ 28 ◆Co36dbu5ck 17/08/12 11:07:17 ID:ce3gIfHo [5/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……メノ」


僕の希望もむなしく、メノはこちらに背を向けてしまった。
ふよふよと宙を漂い、僕から離れていく。


「待ってくれよ!」

「メノッ!」

「痛っ」


慌てて捕まえようとすると、袖のような腕に叩かれる。


「ヒュウウゥ……」


メノは、女性の泣き声のような不気味な声を出し、こちらを冷たい目で睨んでいた。
その姿に、ぞくりと背筋が震える。

優しいポケモンだと思っていたが、どうやら気難しい種族のようだ。

下手に動くのは危険だと判断した僕は、その場で様子を伺うことにする。
 ▼ 29 ◆Co36dbu5ck 17/08/12 11:07:58 ID:ce3gIfHo [6/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
メノはしばらくの間その場に漂っていたが、やがて一際甲高い悲鳴を上げた。


「ヒュゥゥゥゥゥゥ!!」


その悲鳴とともに、クレバスの中に氷雪が吹き叫んだ。


「うわあああっ!」

凄まじい吹雪に僕はたまらず声を上げた。
強い風と乱れ散る雪に息も出来ない。

吹き飛ばされそうになる体を必死に堪え、地面にしがみつく。


真っ白な視界の中で目を凝らすと、吹雪の中で舞い踊るメノの姿があった。


気まぐれで、時に優しく、時に苛烈。
そんな移り気な性質はまさに雪山の精霊のようだった。


(僕は、ポケモンではなく、もっと恐ろしいものに出会ったのだろうか……)
 ▼ 30 ◆Co36dbu5ck 17/08/12 11:08:40 ID:ce3gIfHo [7/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「メノ!」

気がつくと吹雪は収まっていて、半分雪に埋もれかけていた僕をメノが掘り起こした。


「何するんだよ、もう……」

悪態をついて起き上がった僕は、目の前に広がる光景に息を飲んだ。


断崖絶壁だった雪の壁に、人間が登れそうな氷の段差が出来ていたのだ。


「こ、これは、もしかして……メノ、僕のために……」

「メノゥ」

驚いてメノの方を見ると、彼女は相変わらず感情の読めない瞳で僕を見つめていた。
 ▼ 31 ◆Co36dbu5ck 17/08/12 11:09:18 ID:ce3gIfHo [8/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
段差の一つに手をかけ、よじ登る。

雪を氷で固めて作られたそれは、しっかりとしていて崩れる心配はなさそうだ。
滑り落ちないように気をつければ問題ないだろう。

ゆっくりと、一段づつ慎重に踏みしめて登っていく。


徐々に外の世界が見えてきた。
光に照らされた氷がキラキラと眩しく輝く。


側ではメノが音も無く宙を舞いながら着いてくる。
もし滑落したら助けてくれるつもりなのだろうか。


「……っと、」

最後の足場に手をかける。
そして這い上がり、かじかむ指先を光の方へ差し伸ばし、地上へと躍り出た!



ギラッ


僕の体にとっては久しぶりの――記憶を失った僕にとっては初めてとなる太陽の日差しが視界を貫いた。
 ▼ 32 ◆Co36dbu5ck 17/08/12 11:09:53 ID:ce3gIfHo [9/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
クレバスを上がった先は、一面の雪景色だった。
照りつける日差しと眩しく反射する雪に目が痛んだ。


「メノゥ」

ぐしぐしと瞼を押さえていると、背後から声がする。

僕はその声の主を強く抱きしめた。


「ありがとう……」

細い体はたおやかで冷たい。

また涙ぐんでしまった僕に、腕の中の彼女はクスリと笑みを零した。
 ▼ 33 しー◆iTFigG3P7M 17/08/12 13:31:08 ID:zWREb0xg NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
なんで雪山に行ったのか
メノは何者なのか
結末が気になる

支援
 ▼ 34 ◆Co36dbu5ck 17/08/14 13:34:21 ID:yD58E39M [1/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
外に出た僕達は、ひたすら山の斜面を下った。
道がわからなくてもとりあえず降りれば下界に出られるだろう。


メノは僕の後を着いてきた。
もう何も言わずとも彼女は僕に尽くしてくれるのだと信じていた。


雪は深いが氷山と呼ぶ程ではないようで、所々に白い木立が点在している。
その中には、メノが持ってきてくれた木の実がなっている木もあった。
いつくかリュックに詰め込んでまた歩を進める。




日が暮れる頃には、かなり麓に近い場所まで来れた。
 ▼ 35 ◆Co36dbu5ck 17/08/14 13:36:26 ID:yD58E39M [2/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「ヒュウウウ!」

メノが雪を操り、僕の指示通りに固める。
あっという間に雪の家が完成した。

ビバークとなると場所選びや穴を掘る作業が難儀だが、メノの力を借りれば容易い事だ。



中に入り、雪の壁に背を預けて木の実を齧る。

決して暖かくはないが、絶対に生き延びてやろうと興起する生への執着心が、身体の奥から熱を湧き起こしていた。


傍らでは、メノがラジオのダイヤルを回して首を捻っていた。

「ほら、貸してみろよ」

ラジオを受け取って代わりに再生ボタンを押してやると、賑やかなラブソングが流れ出す。

「メノメノー♪」




一日を過ごす間に、この子のことも分かってきた。

一つは、歌が好きだということ。
 ▼ 36 ◆Co36dbu5ck 17/08/14 13:38:05 ID:yD58E39M [3/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「メノ?」

音楽に耳を傾けているメノの横でウイスキーのボトルを傾けていると、メノは不思議そうな顔で覗き込んできた。

飲んでみるか?とボトルの口を差し出すと、クンクンと匂いを嗅いだメノの顔がひきつる。

「……メノッ!」

「うわっ!……そんなに嫌だったのか?」

振袖状の腕に叩かれ、僕は慌ててコルクを閉めた。




そしてもう一つは、酒の香りが嫌いだということだった。
 ▼ 37 ◆Co36dbu5ck 17/08/14 13:39:16 ID:yD58E39M [4/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「〜♪」

メノは、曲に合わせてハミングしている。
無音なのが寂しくて付けたカセットテープの歌を、どうやら彼女は随分と気に入ったようだ。


焚き火一つ起こせない暗闇の中で、ラジカセから流れるザラついた音楽と、メノの奏でる不思議な歌声が混じり合う。


ポケモンが人間の歌を気に入ることに驚くが、何だか、この空間が既視感のように思えた。





(もしかして……僕は……このポケモンと……)


ぼんやりとした意識の中で、そんな仮説が立てられていく。

だが、それが確信に変わる前に、僕はいつの間にか眠りの中に落ちていた。
 ▼ 38 ◆Co36dbu5ck 17/08/14 13:42:13 ID:yD58E39M [5/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――――――

――――

――


夕日の差し込むバラック小屋。

埃っぽいカウチ。

煙草に混じった甘い匂い。

テーブルの上に、白いラジカセが乗っている。



流れているのは、僕の嫌いなラブソング。



……誰かが歌っている。



僕の隣で

誰かが


甘い匂い





歌っているのは、僕の大切な……


――

――――

――――――
 ▼ 39 ◆Co36dbu5ck 17/08/14 13:46:35 ID:yD58E39M [6/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
目が覚めたときに感じたのは、そこはかとない喪失感だった。

……何か良い夢を見れた気がする。

それ故に、その大切なものを忘れてしまったことへの悲しみが募る。


「メノゥ!」

ぼんやりとしていた僕の背を、メノが励ますように叩いた。
彼女の姿を見ると、沈んでいた気持ちがまた興起する。


「ああ、行こうか」

僕は絶対に生き延びる。

生きてこの山を出て、それで、

……どうしたらよいかはまだ分からないが、きっと今からでも居場所は見つかるだろう。



僕達は再び歩き出した。
 ▼ 40 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 00:24:00 ID:4K/BaGXE [1/2] NGネーム登録 NGID登録 報告
うら寂しい雪景色とは不釣合いな騒々しい大衆音楽をBGMに、僕達はひらすら前に進んだ。


「メノー♪」

メノは楽しそうにハミングしながら僕の前を飛んでいる。
その無邪気な姿に、僕の心は少なからず癒されていた。


「なあ、君はこの歌を知ってるのかい?」


僕はメノの背中に問いかけた。
すると彼女は歌を止め、ゆっくりとこちらを振り返った。


「……」


氷輪の瞳が何かを訴えかけるように、静かに僕を見据えている。

その視線が意味するのは、肯定か否定か。

判断しかねた僕は更に言葉を重ねようと唇を開きかけた、その時だった。


「ヒュゥゥゥゥゥゥ」


おぞましい重低音が僕の体を震わせた。
 ▼ 41 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 00:24:39 ID:4K/BaGXE [2/2] NGネーム登録 NGID登録 報告
背後に不自然な冷気を感じた僕が振り返ると、そこには恐ろしい顔をしたものが佇んでいた。


「うぎゃぁあ!?」


恐怖のあまり僕はその場に倒れ込んだ。


「ヒュウウゥゥゥゥゥ」


岩と氷で出来た鬼のような顔をしたその生き物は、不気味に生え揃った歯の間から低い唸り声を上げて僕を見下ろしていた。
谷底から吹いてくる風のようなその音に、恐怖で背筋が凍りつく。


逃げなければ。
そう思っていても、僕の視線はその恐ろしい顔に釘付けになってしまい、体が動かない。


「メノゥ」

そんな僕の間に躍り出たのが、メノだった。
 ▼ 42 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 00:26:00 ID:9VaMTYxM [1/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……」

「……」


両者は睨み合う。
無言のまま、殺気だけを放ちながら。





――先に動き出したのは相手の方だった。


「グギュゥゥグガアアァ!」

獰猛な声と共にそいつは襲いかかる。


「メノ!危ない!」

目の前の生き物と比べるとあまりに小さくて頼りないメノの後ろ姿に、僕は手を伸ばして叫んだ。


だが、その脅威がメノ目の前まで迫ったところで、そいつは動きを止めた。
 ▼ 43 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 00:28:59 ID:9VaMTYxM [2/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……メノ」

袂がフワリと風もなく靡くと、奴の体は宙を舞った。
耳鳴りのような甲高い音が辺りに響く。


「グ、ギ、グゴゴ…」

謎の力に翻弄されたそいつは、噛み締めた歯の間から苦悶の声を上げる。

これは、何かの技なのだろうか。
記憶のない僕はただその光景を眺めるだけだった。


「メノゥ!」

掛け声とともに、相手は念力によって激しく揺さぶられる。

そして、


ズゥゥゥン……


奴は勢いよく地面に叩きつけられて気絶した。
 ▼ 44 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 00:29:51 ID:9VaMTYxM [3/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「メノ」


呆然と座り込んだ僕に、メノはそっと近寄ってきた。


「……ありがとう。本当に、君には助けられてばっかりだ」


そう言うと、メノはスッと目を細めて袂を口に添えた。
クスクス、と小さな笑い声が漏れる。

その姿を見た僕はつられて笑みを浮かべようとした……


だが、





「ヒュウウゥ!」


メノの背後で、奴が再び襲いかかろうとしていたのだ。
 ▼ 45 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 00:30:57 ID:9VaMTYxM [4/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「危ない!メノ、後ろだ!」

僕は咄嗟に叫んだ。

瞬間、奴が口から勢いよく冷気を吐き出した。



「メノッ!」

僕を守るように腕を広げたメノが鳴き声を上げると、吹きつける氷雪の風が左右に割れた。

そして腕を振り上げると、不気味な黒い光が渦巻いた。
光というより影と呼ぶべきそれは音も無く収縮し、球状を形どる。


「ヒュウウゥアァッ!」

悲鳴を上げ、メノはその黒い光の塊を奴に発射した。

勝負は一瞬だった。
 ▼ 46 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 00:31:43 ID:9VaMTYxM [5/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「やった!」

「メノ♪」


巨体が雪の中に沈み込むのを確認した僕達は、手のひらを合わせて喜びの声を上げる。

僕は不思議な高揚感に包まれていた。


(もしかして、これがトレーナーとしての喜びってやつだろうか)

僕の声に反応したメノが敵を返り討ちにした。
僕は咄嗟に一声上げただけで殆どメノの実力で倒したようなものだが、それでも嬉しかった。

自分のポケモンと心を合わせて戦う。その楽しさを僕は初めて知ったのだ。



「なあ、メノ。もしこの山を出たら、僕のパートナーになってくれないか?」

「一緒に旅をして、バトルして、強くなって……もし記憶が無くなる前の僕がトレーナーじゃなかったら、この年から始めるのは遅いだろうし、僕に才能があるかは分からない。でも、きっと僕らは良いコンビになれると思うんだ」


「メノ!」

メノはニッコリと微笑んで頷いた。


僕の胸に、これまでにない希望が溢れ出した。
 ▼ 47 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 00:32:32 ID:9VaMTYxM [6/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――僕は記憶を失くした。

大切な人の顔も、生まれた故郷も、帰る場所も、何も分からない。

もしかしたら既にそれらを失っていて、その為に死を選ぼうとしたのかもしれない。


それでも、僕は生きたい。


大切な子に会えたから。

生きて、この場所を出て、この子と旅をするんだ。





この山を出られたら、まず最初にこの子の名前を知りたいな……
 ▼ 48 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 21:46:55 ID:dCiMXBl2 [1/19] NGネーム登録 NGID登録 報告

僕達は歩き続けた。

いつの間にかメノが先を行き、僕がそれを追う形になっていた。


会ったばかりだというのに、僕はメノに絶大な信頼を寄せていた。

何度も助けられた恩だと考えれば至極真っ当な理由だが、それだけではない「何か」があるように思えた。





しばらく経ってメノは立ち止まった。


「どうしたんだ?」

「……」

先程の戦闘で疲れてしまったのかもしれないと思って顔を覗き込むと、何やら逡巡しているようだった。

雪山の道を知らない僕はこの子を頼りにして歩いていたので、彼女が思案を終えるのを黙って待つことにした。
 ▼ 49 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 21:47:52 ID:dCiMXBl2 [2/19] NGネーム登録 NGID登録 報告
「……メノ」

数分経ってからメノはこちらを向いて声を発した。

また、あの訴えかけるような瞳がジッと僕を見据えている。


「どうかしたのか?」

だが、メノはその問いかけを無視して再び進み出した。

その後を黙々と追いかける。





次第に、道が悪くなっていった。

雪の塊がそこかしこに転がり、倒れた木々が行く手を邪魔する。

宙に浮いたメノを追いかける僕は、悪戦苦闘しながら必死に雪を踏みしめる。


それでも僕は、メノを信じていた。


(きっとこの子は、僕をこの山から脱出させてくれる。そして、その先もずっと一緒に居てくれるんだ)
 ▼ 50 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 21:49:49 ID:dCiMXBl2 [3/19] NGネーム登録 NGID登録 報告
たどり着いた場所は、なだらかで開けた地だった。

木々は少なく、大量の雪の塊が地面に転がっている。


「メノゥ」

メノがまた立ち止まってしまう。

やっぱりどこか怪我をしているのではないかと心配するが、メノは俯いたまま反応しない。

今日はもう休むべきかと検討し、辺りの安全を確認すべく見回すと、僕は一面の雪景色の中に、とある一つの色を見つけた。



(あれは……あの色は!)


強い既視感を感じた僕は走り出した。まるで引き寄せられるかのように。
 ▼ 51 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 21:51:13 ID:dCiMXBl2 [4/19] NGネーム登録 NGID登録 報告
近づいてみると、その蛍光色は女性物のリュックだった。

それを見た瞬間、脳裏に激しい閃光が走る。



(僕はこのリュックを知っている。これを持っていたのは、このリュックを持っていた人は……)



今まで眠っていた記憶が蘇ろうとしている。

蜃気楼のようにぼんやりとした懐かしい景色が頭の中を駆け巡り、それでもハッキリとした姿が見えない「その存在」がもどかしくて、僕は呻く。



眩暈を堪えてリュックを開いた。

中からは、雪山に相応しくない物ばかりが入っていた。

ささやかな化粧品や雑貨。睡眠薬。甘い匂いを放つミックスオレの空き瓶。



その甘い匂いを嗅いだ途端、僕の記憶は更に鮮明に蘇った。




僕の頭の中で、鍵をかけてしまい込まれていた記憶が、次々と解放されて目まぐるしく駆け巡っていく……
 ▼ 52 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 21:52:41 ID:dCiMXBl2 [5/19] NGネーム登録 NGID登録 報告

――――――

――――

――


小さな女の子が泣いている。

僕はその子を泣き止ませたくて、必死に色々な言葉をかけて慰めた。
でも、その子は僕の言葉には何一つ耳を貸さず、泣きじゃくるばかり。


困った僕はその子にとある約束を持ちかけた。

僕には約束という自覚は無くて、ただ、その子を泣き止ませたくて言っただけだ。
それでも、効果はてきめんだった。


途端に彼女の涙は止まり、花のような笑顔が咲いた。

 ▼ 53 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 21:53:40 ID:dCiMXBl2 [6/19] NGネーム登録 NGID登録 報告

――――――

――――

――


「一番綺麗な死に方って知ってる?」


その問いかけに、僕は首を降る。


「凍死よ」

少女はうっとりした顔でそう答えた。
年の割には随分と背伸びした服装と化粧を施してはいるが、顔にはあの女の子の面影が残っている。


「凍り付いて死ねれば、腐らずにずっと綺麗なまま居られるじゃない。何十年も、何百年もそのまま。時を止めたようにね。永遠の愛だなんて安っぽい言葉があるけど、本当の永遠ってそういうことでしょ?」

微笑む少女はとても美しかった。
留めておきたい、と思うほどに。


「ねえ、私たちが死ぬ時は一緒に氷の中で死にましょう。誰にも邪魔されない遠い所に行って、二人だけでずっとそこに眠り続けるの。この世のどんな場所よりロマンチックでしょ」

僕はその絵空事のような約束に相槌を打つ。
だけど、ロマンなんてものはわからない。
ただ、彼女が美しいままいてくれるのなら、悪くないと思ったんだ。

 ▼ 54 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 21:54:37 ID:dCiMXBl2 [7/19] NGネーム登録 NGID登録 報告

――――――

――――

――


「こんなこと、もうやめて」


瞼に雫が落ちた。
目を開くと、滲んだ視界の中で綺麗な女の人が泣いている。


「貴方が居なくなったら、私は生きている意味なんてない」


女性は泣きながら僕に沢山の言葉を吐いた。
だけど、体が痛くて、頭がクラクラして、彼女の姿も言葉もよくわからない。

彼女に手を伸ばそうとすると、手のひらから何かが小さな金属音を立てて転がり落ちていった。

僕はただ、彼女の赤い唇が動くのを漫然と見ていた。


「お願い、私と一緒に……」


女性は泣き腫らした顔で僕に懇願する。

僕は、彼女を悲しませたくなくて、その誓いに頷いた。

 ▼ 55 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 21:55:34 ID:dCiMXBl2 [8/19] NGネーム登録 NGID登録 報告

――――――

――――

――



陳腐な歌声が流れる。

古びたソファの横で鼻歌混じりに彼女はラジカセを弄っていた。


「いい加減、その曲止めてくれよ」

「嫌」

彼女は僕の提案を一瞥もせず却下した。
今の彼女は派手な化粧もアクセサリーの一つも身につけていないせいか随分幼く見えたので、そんなこしゃまくれた態度も可愛げのあるものに感じる。


「僕の好きな曲も一つくらい入れてくれればいいのに」

そのラジカセは僕が拾ってきた物なんだから、そのくらいの権利はあるはずだ。
でも、彼女は唇を尖らせて抗議する。


「絶対に嫌。死に際にアニメの歌なんて聴きたくない!」

ムキになって怒る彼女に、僕は思わず吹き出した。
 ▼ 56 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 21:57:04 ID:dCiMXBl2 [9/19] NGネーム登録 NGID登録 報告

――――――

――――

――


ウイスキーのボトルを捻ろうとした僕の手を、誰かが抓りあげた。


「酔っ払って凍死するのはホームレスと一緒。美しくないじゃない」

鼻の頭を赤くして怒るその顔は、やっぱりどこか幼くて、小さな頃の面影が重なる。


「これが無きゃ奥に行く前に凍死するって」

そう言って、彼女にもボトルを差し出す。
けど、彼女は「私はこれでいいの」と言って、ミックスオレの缶を傾けた。相変わらず味覚は子供のままだ。



雪山の気候は思っていたよりも穏やかで、まともな装備の無い僕らでも順調に進むことが出来た。

辺りは驚くほど静かで、人の影どころか生き物の気配さえ全く無い。
もういいんじゃないか、と僕は途中で彼女に何度も問いかけた。


「駄目。もっと奥に行くの。もっと、奥深く、誰にも邪魔されないところで……」

だけど、彼女はその度に首を降った。

日陰で生き続けてきた僕達には、居場所が無かった。
だから、僕達は果てもなく進むのだ。


誰にも傷つけられることのない、二人だけの場所を目指して。

 ▼ 57 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 21:58:12 ID:dCiMXBl2 [10/19] NGネーム登録 NGID登録 報告

――――――

――――

――


白い激流が僕達を襲う。

轟音。固く突き刺さる氷。彼女の悲鳴。


「嫌!助けて!」

彼女の体が離れていく。

僕は必死に手を伸ばしたが、無情にもその手は空を切る。

彼女の悲鳴が次第に遠ざかっていく。



「……私は…………たくない……」


雪崩にかき消されたその言葉が、僕が失った最後の記憶だった。
 ▼ 58 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 21:59:02 ID:dCiMXBl2 [11/19] NGネーム登録 NGID登録 報告

――

――――

――――――



僕は雪崩の跡を必死に掻き分けた。

どれだけそうしていたのだろう。気がつけば、空は傾き始めており、辺りの景色は夕暮れの色に染まっていた。


手の感覚が無くなりかけたとき、僕はようやく探し求めていた人を見つけることができた。




彼女は静かに眠っていた。

「一番綺麗な死に方」という彼女の言葉は嘘ではなかった。

まるでショーケースの中に飾られた人形のように、彼女は静謐で美しいままの姿で眠っていたのだ。

死という言葉が相応しくない程に。
 ▼ 59 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 21:59:41 ID:dCiMXBl2 [12/19] NGネーム登録 NGID登録 報告
体が痛いほどに冷たい。
昨晩凍え死にそうになっていたときの感覚が、再び僕を襲っていた。


だけど、もう僕は怖くない。

僕は、眠る場所を見つけたのだから。




「今までずっと、約束守ってやれなくてごめんな」

僕は冷たくなった彼女の頬に唇を寄せた。

彼女が幼い頃から何度も同じ誓いを交わしていたのに、僕はいつもそれを守ってやれなかった。
自分の都合で振り回して、いつも辛い目に合わせてきた。


だから、今度こそ。

この最期の誓いだけは必ず守ろう。





僕は、彼女の手を取って眠りについた……
 ▼ 60 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 22:02:42 ID:dCiMXBl2 [13/19] NGネーム登録 NGID登録 報告



なにかが聞こえた。


「……!」


誰かが、僕がを呼んでいる。
か細くて、どこか懐かしい声……


「……ノ…」


その声に、薄れていた意識が戻された。
冷たく強ばっていた体が楽になり、僕は目を開ける。


 ▼ 61 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 22:02:58 ID:dCiMXBl2 [14/19] NGネーム登録 NGID登録 報告

「……メノゥ」

目を開けると、そこにはあのポケモンがいた。

雪の体。愛らしい目。
そして、差し出される果実。

どうやら、再び僕を助けようとしてくれているらしい。



その姿を見た途端、僕の中で忘れかけていた気持ちが蘇る。



(そうだ。ここを出て、この子と一緒に生きるつもりだったんだ)
 ▼ 62 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 22:03:29 ID:dCiMXBl2 [15/19] NGネーム登録 NGID登録 報告
これまで過ごした思い出が蘇る。


僕を孤独と寒さから救ってくれたあの夜。

歌を聴きながら微睡んだ昨夜。


僕とメノが共に過ごした寒い日は、ほんの二日間だけ。

記憶を取り戻した今となってはほんの短い間の出来事だが、それでも少し前までの僕にはこの子が自分の全てだった。


固く決心したはずの心が揺らぐ。

冷たく沈みこんでいた心に、再び暖かい光が僅かに差し込む。
それは希望。今の僕にとっては何よりも残酷なものだ。
 ▼ 63 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 22:05:59 ID:dCiMXBl2 [16/19] NGネーム登録 NGID登録 報告

「ごめんな。お前とも、約束したのに」

僕は差し出された木の実を拒絶した。

酷いことをした。約束を破られることは、とても寂しいのに。

この子は僕が思い描いていたような夢を、同じように見ていたのだろうか。
だとすれば、きっとすごく悲しい顔をしているだろう……



しかし、視線を上げた僕が見たものは、柔らかな微笑みだった。

メノは微笑んでいた。

その目を見ただけで、僕は全てを許されたのだと悟る。





何故、そんな顔をするんだ。


……どんなに酷いことをしても、何度も約束を破っても、いつも僕に向けられるのはその顔だった。



面影が重なった僕は目を見開く。



「もしかして、君は……」





――。



だが、僕がその名を呟く前に、意識は白く塗りつぶされた。
 ▼ 64 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 22:07:22 ID:dCiMXBl2 [17/19] NGネーム登録 NGID登録 報告



No.478 ユキメノコ

ゆきぐにポケモン


ゆきやまで そうなんした じょせいの

うまれかわりという いいつたえが

ゆきの おおい とちに のこる。


 ▼ 65 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 22:08:14 ID:dCiMXBl2 [18/19] NGネーム登録 NGID登録 報告
終わりです。読んでくれた方、ありがとうございます。

このSSは下記の企画に参加しています。宜しければどうぞ↓
http://pokemonbbs.com/sp/poke/read.cgi?no=633896
 ▼ 66 ツドン@プラスパワー 17/08/16 22:08:54 ID:ucUQ5e/I NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
せつない
 ▼ 67 ◆Co36dbu5ck 17/08/16 22:40:48 ID:dCiMXBl2 [19/19] NGネーム登録 NGID登録 報告
ちなみに、このSSは以前バクガメのスープスレ(ウミガメのスープのぽかんう版)に出題しようとしていた問題を物語に書き起こしたものです。

もう出題できないので貼らせて下さい!
大体あらすじになってるので、なげーよ!と思った方にオススメです。



【問題】
雪山で目を覚ました彼は、記憶を失っていました。
リュックの中には酒の空瓶や壊れたラジカセなど、役に立ちそうにないものばかり。
体は雪に埋もれていて、身動きがとれません。
途方に暮れていると、彼の前にとあるポケモンが現れました。
そのポケモンは雪に埋まっていた彼を助け起こしてくれたり、木の実を分けてくれたりと、何故か彼に対して協力的でした。
どうやら、雪山を脱出する手助けをしてくれるようです。
男とそのポケモンは助け合いながら雪山を進みます。
ですが、もう少しで雪山から出られそうな場所まで来て、男は雪山を出る事をやめてしまいました。

男が雪山を出なかった理由は?




【解答】
男は恋人の女性と二人で心中する為に雪山に入りました。
できるだけ人気の無い場所へ行こうと奥へ進んでいったものの、途中で雪崩に巻き込まれてしまいました。
その雪崩で二人は離れ離れになってしまい、男は運良く息が残っていましたが、彼女は雪崩の中で死んでしまいました。
二人一緒に死ぬ事が出来なかった後悔の念で彼女は、雪山で遭難した女性が姿を変えたという言い伝えのあるポケモン、ユキメノコとして生まれ変わりました。
ユキメノコは男を脱出させようとしていたのではなく、自分の亡骸のある場所へと導いていました。
男は雪崩のショックで一時的に記憶を失っていましたが、恋人の亡骸を見て全てを思い出し、自分もそこで命を終える覚悟をしました。
 ▼ 68 ュウ@しろいビードロ 17/08/16 23:02:00 ID:GcQRfroo NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
乙でした
 ▼ 69 ングース@ファイヤーメモリ 17/08/17 19:23:28 ID:tolIbR4M NGネーム登録 NGID登録 報告
乙!!!

というかバクガメのスープ忘れてない奴おったんか
忘れてないの俺とその企画の企画者くらいかと思ってたわ
(頼む、過疎ってるから戻って来てくれ……)
 ▼ 70 サキント@あさせのかいがら 17/08/20 01:30:03 ID:LcKvplJs NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
うおお……最後の最後でゾクゾクっとした……
凄い、乙です
 ▼ 71 トシゲッコウガ@ひかりのいし 17/08/20 01:36:13 ID:tLsSIoF. NGネーム登録 NGID登録 報告
桃園の誓い的な
このページは検索エンジン向けの機能制限版の旧ページです。
下URLから閲覧下さい。
https://pokemonbbs.com/post/read.cgi?no=649077
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