ソニア「最高のバレンタインデーに乾杯！」

ソニア「スコッチ、ウォッカ、ワイン、エール、シードル……ふふ」

ワンパチ「…………」

ソニア「それに……バレンタインデー限定のチョコレートリキュール！どんなカクテルにしようかな？」

背中のリュックから　酒瓶が擦れる幸せな音が聞こえる……▼

ソニア「いやあ、ワンパチ！今年もバレンタインデーが楽しみで仕方がないね！」

ワンパチ「ヌワ……」

ソニア「何よその目は……もしかしてあたしの肝臓を心配してくれてるの？」

ワンパチ「イヌヌワ！」

ソニア「うわあ！何で吠えるのさ！」

ワンパチ「ガルルルル……」

ソニア「あー……そういうことね！大丈夫だって安心してよー！平気平気、あたしとおばあさまにかかればこんな量大したことないからさ」

ワンパチ「ハァ……」

ソニア「ほんと、おばあさまって最高よね！独り者にうるさいシルバー世代が多い中、我らがクイーン・マグノリアは恋より酒を楽しめって笑ってくれるんだから！」

ワンパチ「……？」

ソニア「さて、お酒は決まったけど、おつまみは何かな？去年はおじいさまが用意してくれたトリュフチョコだったけど、今年はしょっぱい系のものが……」

ワンパチ「ヌワ！」ｶｼｶｼ

ソニア「……って、ワンパチ？」

ワンパチ「ヌワ！ヌワワッ！！」ﾀﾀﾀｯ

ワンパチは広場の方へ一目散に駆け出していった！▼

ソニア「あっ！ちょっと！どこ行くのよーっ！」

◆

【スパイクタウン　ネズの車庫】

ネズ「さて……」

SUVの黒い車体は　ところどころにグラフティが描かれている▼

車体の傷を直さず　グラフティを描き込むのは　スパイクジムリーダーの伝統だ！▼

ストリンダー「フフン……」

ストリンダーは　スポンジをドアミラーに近付ける▼

ネズ「ああ、そこは大丈夫」

ストリンダー「？」

ネズ「おまえは後ろの方をお願いします」

ストリンダー「ギャウ！」

ネズ「…………」

マリィ「アニキ、何しとー？」

ネズ「見ての通り、車を洗っているのです」

マリィ「おお、やる気やなあ！てか……病み上がりで洗車とか大丈夫なの？」

ネズ「じっとしている方がだるいからね。ま、部屋に戻ったらすぐに着替えれば大丈夫でしょう」

マリィ「ならいいけど……」

タチフサグマ「シャウトアウッ！」

タチフサグマが　ノリノリで　車の汚れを落としている▼

ネズ「……こいつ、キバナとバトルした後かってくらい汚れていましたからね。寄り掛かっても服が汚れないようにしておきたいのです」

マリィ「…………」

ネズ「どうかしましたか？」

マリィ「やっぱり、妙に気合入っとーね」

ネズ「そうですかね」

マリィ「うん。こんなに浮かれとーアニキは久々に見るかも」

ネズ「…………」

車内は清掃が行き届いており　助手席には　真新しいクッションの上に　畳まれた膝掛けが置いてある▼

暖かそうな膝掛けには　ワンパチの模様が　デザインされている……▼

ネズ「……そうですね。おれも案外、単純なんですかね」

マリィ「何言ってんの？アニキは元から単純だよ」

ネズ「ひどい……！」

マリィ「で、どこに行くつもりなんだっけ？」

ネズ「初日はショッピングで決まりました。以降は調べ物に付き合いつつ、合間にランチやティータイムを過ごすことになりそうですね」

マリィ「ふーん。ま、楽しんできなよ」

ネズ「おや、エールはないのですか？」

マリィ「応援したところでうまくいくものじゃないって、アニキが教えてくれたんだよ？」

ネズ「そうですが……アニキとしてはエールが欲しいのです」

マリィ「そんなに不安と？デートはこれが初めてじゃないでしょ」

ネズ「初めてじゃないが、ほとんど失敗に終わっております」

マリィ「前にも言うたけど……自分の理想と違うってだけで他人を嫌う方がおかしいとマリィは思っとるけん」

ネズ「…………」

マリィ「ソニア博士はそんな人じゃないと思うし、あの三日間、ずーっと優しかったんやろ？きっと上手くいくでしょ」

ネズ「……どうでしょうね。なんとなく気が合いそうな気はしますが、実際どうなるのやら」

マリィ「もう！そんなに悩むなら何でデートに誘ったのさ」

ネズ「おまえにも教えたはずです。人と距離を縮めたいなら、少しでも長く過ごすしかないのだと」

マリィ「一緒に過ごす中で上手くいかないなら、縁がないっていうのも……アニキが教えてくれたことだよね？」

ネズ「うっ……それは、そうですけど！嫌われたくないのは誰だって同じでしょう！口では幾らでも言えますけど、やっぱ好かれたいんですよ！たとえいけそうだと思っていても不安なの！わかるね！？」

マリィ「うわ、めんどくさ！」

ネズ「しぇからしか！恋する男は総じて面倒臭いのです……！」

マリィ「えぇ……？アニキが特別面倒臭いだけでしょ。それはさすがに世の男の人たちに対して失礼だってば」

ネズ「はぁ……何でどいつもこいつも男を知らないんだ……」

ストリンダー「フフン」

ストリンダーは　背伸びをしてガラス窓を拭いている……▼

ネズ「……ま、好かれずとも、キモいやつだと思われないようにしたいものですね」

マリィ「え、それは無理でしょ。好かれるほうが簡単だと思う」

ネズ「ひどい言われようだ……！とにかく、3日間世話になったんだし、愛は勝ち得られずとも、何かしら役には立ちたいものですね」

マリィ「そうだね。少しは役に立ってきなよ！」

ネズ「…………」

ネズ「……ところで、マリィよ」

マリィ「なに？」

ネズ「豊穣のシンボルで思い浮かぶ"獣"といえば何ですか？」

マリィ「豊穣のシンボル……」

ネズ「ええ。どちらかというと、繁殖寄りの」

マリィ「繁殖……うーん、色欲とかなら、やっぱ角を持つ四つ足の獣じゃなかと？」

ネズ「メェークルや、ゴーゴート……ですよね」

マリィ「バイウールーも含まれるらしいよね」

ネズ「へぇ、それは初耳だ」

マリィ「何でそんなこと聞くのさ」

ネズ「実は、ソニア博士によると……」

──2月7日──

◆

【ポケモン研究所】

ホップ「ザシアンとザマゼンタが……豊穣のシンボルである可能性が？」

ソニア「いや、その可能性は極めて低いけどね。ルーツを考えると、多分ルガルガンやグラエナの方が近いと思うんだ」

ホップ「なるほど！でも……豊穣のシンボルなら、鳥ポケモンや角を持つ四つ足のポケモンじゃないのか？」

ソニア「"ルパ"」

ホップ「……ルパ？」

ソニア「そ。古い言葉で"娼婦"を意味する言葉でもあり、ルガルガンやルペルカーリアの語源にも関係があるとされているの」

ホップ「娼婦……売春婦か。なるほど！"角の獣"と重なる要素はあるな」

ソニア「そして、ルペルカーリア祭は豊穣とも深い関係のあるお祭りであり、男女が出会う機会でもあったことから……」

ホップ「"ルパ"が豊穣や生殖の象徴として崇拝されていたかもしれない、ということか？」

ソニア「そ！"ルパ"が豊穣の概念とどのように関わっているのか……そして"ルパ"が厳密にどのポケモンを表す言葉なのか、今後のためにもちゃんと知っておきたくて」

ホップ「なるほど！その"ルパ"ってやつが、角を持たない四つ足の獣であれば……ザマゼンタ達とも少なからず関わってくる可能性が出てくるもんな」

ソニア「うん！それに……ルペルカーリアはバレンタインデーの源流とも言われているからね！タイムリーな話題なのよ！これぞ研究者らしいバレンタインデーの楽しみ方よね」

ホップ「さすがだぞ！博士として常に学習意欲を……って！よくない！全然よくないぞ！」

ソニア「は、はぁ！？なんでよ！」

ホップ「ソニア！ネズさんとの約束、忘れてないよな」

ソニア「あっ……」

ホップ「デートするんだろ！勉強するのはいいことだが、ネズさんのことを忘れるのはいくらなんでもかわいそうだぞ！」

ソニア「しまった！忘れかけてた！」

ホップ「全く……しっかりしろよな！バレンタインデー期間をエンジョイできるいい機会なんだし、そっちも楽しまなきゃ損だろ！」

ソニア「だよね……しかし、お礼を兼ねたものとはいえ、ネズさんと二人きりかあ……」

ホップ「お、少しは意識してんのか？」

ソニア「まあ……それなりに緊張はしてるかな？周りにいないタイプだし、失礼がないといいんだけど」

ホップ「へぇー！ただ二人で出掛けるだけなのに緊張するんだな！へぇー！」

ソニア「あ、そうだホップ！ミアレのポケモン研究所に問い合わせた資料だけど、届いたからまとめといてくれる！？」

ホップ「はいはい！秒でまとめてやるんだぞ！」

ホップは立ち去っていった……▼

ソニア「…………」

ワンパチ「……ヌワ」

ソニア「ワンパチ、明日ネズさんに会えるよ」

ワンパチ「ワンパ……！」

ソニア「……なにさ。尻尾振っちゃうほど嬉しいの？」

ワンパチ「イヌヌワン！」

ワンパチは　ゴキゲンに　飛び跳ねた！▼

ソニア「…………」

しかし　デート　ね……▼

ネズ『友人としてではなく、一人の男として、あなたと距離を縮めたいと思っています』

って　いきなり言われてもなあ▼

嫌じゃないし　光栄っちゃ光栄だけど　正直困るよ▼

でも……▼

ソニア「……明日のデート、楽しもうね！」

ワンパチ「ヌワワン！」



あんな風に誘われるのも　バレンタインデートも　滅多にないことだし！▼



楽しまなきゃ　損だよね！▼

期待

シエンネ

──2月8日──

◆


車窓から見える景色は　自然が剥き出しで荒々しいのに▼

走行は平地を走るように安定している▼

ラジオの流れない車内は　エンジンやタイヤの音が聞こえるほど静かだけど▼

暖房が効いていて　シートの座り心地も快適だ▼

……しかし▼

ネズ「…………」

ソニア「…………」

ネズさんと二人きり　か▼

うーん　なんとも言えぬ　不思議な感じ▼

◆

【冬の抜け道】

ネズ「車の準備をしておいて正解でした」

車窓から見える　冬の景色が　スピード感を持って移り変わっていく▼

ネズ「ナックルからシュートへの列車……あの時間帯は本当によく止まるのですよ」

ソニア「…………」

ネズ「……ソニアさん」

ソニア「…………」

ネズ「ソニア」

ソニア「えっ、あ、は、はい！」

ネズ「もしかして……緊張してる？」

ソニア「それは……ご、ごめんなさい」

ネズ「謝らないでください、おれも同じですから」

ソニア「ネズさんも緊張してるんですか？」

ネズ「流石にあなたほどじゃありませんが、まあ、それなりに」

ソニア「ええ？そうは見えないな……」

ネズ「そのうち分かるようになりますよ」

ソニア「……そうかな？」

ネズ「人付き合いなんて、そんなもんでしょう。それより……じきに着きそうですよ」

ソニア「あ……」

フロントガラスについた雪が　ワイパーで取り払われる▼

木々の合間から覗くビルの奥で　バトルタワーの天辺が瞬いた▼

◆

【シュートシティ　ショッピングエリア】

ネズ「列車の都合とはいえ……短くない時間のドライブ、お疲れ様でした」

ネズは　フードを深く被り直した▼

ソニア「そんな！こちらこそ運転ありがとうございます」

ネズ「礼なんて要りませんよ。おれも久々に雪道を走れてて楽しかったですから」

ネズさんは　見慣れたユニフォームとは違い　先週みたいな私服姿だ▼

こういう格好だと　街中で目立たないけど……▼

ソニア「…………」

所々に描かれた車のグラフティや　ロックな雰囲気の漂う服装が▼

ミュージシャンらしいというか　今まで周りにいなかったタイプって　感じが強い▼

ネズ「しかし……」

駅員「どうする？そろそろお昼行く？」

おとなのおねえさん「でも……今の時間だと混んでない？」

ソニア「…………」

ジェントルマン「凄い人の数だ！ぼくらの想像を上回ったな！」

モデル「そうですね、平日だからと侮るんじゃらなかったわ……」

ネズ「…………」

ショッピングエリアの街道は　老若男女の二人組で　ひしめきあっている！▼

ソニア「……想像以上の人だかりですね」

ネズ「ええ、何で平日にカップルがこんなうろついてるんだ……って、おれらも似たようなものでしたね」

ソニア「に、似たようなもの……まあ、そうなるか」

ネズ「実際に来て思い知りました。あなたが一人歩きを躊躇するのも無理ないですよ」

ソニア「ええ。ほんと、ネズさんに誘われなきゃ来れなかったです」

ネズ「ふっ……いずれにせよ、はぐれないようにしなければ」

ソニア「そう……ですね。他のカップルに押し潰されないように気をつけなきゃ」

ネズ「……行きましょう。最初はイベントブースでしたっけ」

ソニア「あ、はい」

ネズ「確か、あっちだったかな」

ソニア「…………」

ネズ「……大丈夫ですか？」

ソニア「えっ？あ……なんでもないです」

ネズ「…………」

ソニア「…………」

そうか▼

ネズさんとははぐれたり　置いていかれる心配もないのか▼

◆

【ショッピングエリア　バレンタインブース】

ソニア「ああ……」

陳列棚には　ハートやお菓子のデザインがあしらわれた　色とりどりのグッズでいっぱい！▼

ソニア「すっご！可愛いで溢れてる……！」

ネズ「たしかに……」

キュートで派手なデザインから　普段使いできそうな落ち着いたものまで　ありとあらゆる限定品が揃っている……▼

ネズ「おれの趣味ではないが、フロア全体のハーモニーは賑やかで悪くない。はしゃぐ気持ちは理解できますよ」

ソニア「でしょ！今年のバレンタイングッズ、めっちゃオシャレなんです！ほらー！ここにある小物なんて一年中使い回せそうなやつばっかだし……」

ネズ「言われてみれば、ここ数年で使い勝手のいいアニバーサリーグッズが増えましたよね。デザインが洗練されているというか……」

ソニア「そこがいやらしいんだよね。こんな普段使いしたくなるものを限定品として売ります？性格悪すぎでしょ」

ネズ「性格が悪いからこそ成り立つ商売なのでしょう……それにしたってなんでも置いてありますね。フラッシュメモリとかもあるんでしょうか」

ソニア「ありそうだよね。スマホケースのコーナーあたりに」

ネズ「確かに。あとで付き合ってくれますか？」

ソニア「勿論！」

ネズ「まずはあなたのエコバックだ。そういえばテーブルにあった袋、だいぶ使い込まれてたよね」

ソニア「よ、よく見てるな……」

ネズ「周囲の観察は癖みたいなものなんで……ここか」

限定デザインのエコバックが　綺麗に陳列されている……▼

ソニア「うわぁ……！可愛いやつばっかじゃん！」

ネズ「思いの外充実してますね。ゆっくり悩むといいですよ」

ソニア「いや、そう言われるとガチで悩みますよ？」

ネズ「大丈夫、こういう状況には妹で慣れているんで。気兼ねなく……」

ソニア「って！」

ネズ「ど、どうしました？」

ソニア「なんで……」

ソニアの視線の先に……▼

ソニア「なんでワンパチがいるのよ……！」

赤いリボンでおめかしした　キュートなワンパチのエコバックが　陳列されている！▼

ネズ「前から思ってましたが……ワンパチ、そんなに好きなんですか？」

ソニア「そう！あたし、ワンパチガチ勢なんで。ワンパチならなんでも良い次元で目がないんですよ……！っ、てかなにこれ！可愛い！便利！好き！」

ネズ「な、なるほど……」

ソニア「これにする……って！？は！？色違いあんの！？ええっ！？あたしを殺す気なの！？えーっ！？」

ネズ「ソニアさん落ち着いて」

ソニア「はっ……！ご、ごめんなさい……あまりの可愛さに、つい」

ネズ「それでオーケー。少しクールにおなりなさい。エコバックは逃げないんですから」

ソニア「うん……いやでも、ワンパチのバレンタイングッズなんて珍しすぎじゃん」

ネズ「そうなんですか？デザインの話で言えば、ワンパチはウールーに並んでポピュラーだと思いますが……」

ソニア「限定品になると中々見かけないんですよ。やっぱピカチュウやイーブイの方が売れるみたいなので」

ネズ「なるほど」

ソニア「あと、この時期だとカジッチュやマホイップに出番を取られるから……」

ネズ「ベロバーとかも見かけますよね。ミブリムとセットで」

ソニア「そうそう！あとサーナイトやエルレイドも王道ですよね」

ネズ「ポケモンもカップルしかいねーのか……」

ソニア「いやあ……バレンタインデーだし、ワンパチだし、最高としか言いようがないね……」

ネズ「……ふふ」

ソニア「よし決めた。これ全部買おう」

ソニアは　ワンパチのエコバックを3つ　カゴに入れた！▼

ネズ「さて、次は……」

ソニア「ま、待って！」

ネズ「どうしました？」

ソニア「ごめんなさい！違うデザインの方が使い勝手いいからそっちも欲しいかも……！」

ネズ「はは、悩みますね」

ソニア「ど、どうしよう。何か、このまま勢いで買うのも、向こうの思惑に乗せられてる気がしてくる……」

ネズ「何を今更。もうワンパチで乗せられてるじゃないですか」

ソニア「それもそっか……で、でも！ワンパチに罪はないから！ワンパチは別枠です！」

ネズ「はいはい。しかし……エコバックでしょう？比較的消耗が激しいアイテムですし、多めに買うのは悪くないチョイスだと思いますが」

ソニア「そこも悩みどころなんだよね……でも、他に欲しいものいっぱいあるし、無駄に買い込むのは違うと思うんです」

ネズ「何ならおれが少し出しましょうか？」

ソニア「えっ？大丈夫です……」

ネズ「遠慮はいりませんよ。せっかくのバレンタインデーなんだ、それくらいさせてください」

ソニア「あの……お礼とかのつもりなら、いいですから。明日から調べ物に付き合わせるんだし、あんまり気を遣われるのもちょっと……」

ネズ「……つれないですね」

ソニア「つれないも何も無いでしょ。とにかくバックはこれでいいから……ッ！？」ﾋﾞｸｯ

ネズ「ど、どうしました？」

ソニア「ハアッ……！」

ネズ「あれは……！」

二人の視線の先には……▼

ワンパチグッズの　コーナーが　賑わいを見せている！▼

ソニア「なっ……なんたることっ！」

ネズ「凄いな、あれ全部限定品なんでしょうか。どこのブランドなんだろう……って」

ソニア「う……かわ……かわいい……！」

ネズ「ソニアさん……？」

ソニア「ほんと……誰だよ！バレンタインデーにこんなクッソ可愛いワンパチグッズを売ろうと決めたのは……！」

ネズ「っ、クク……」

ソニア「もうやだ！ギャーッ！遠目から可愛いし！なんなのよもう、あたしの財布を空にするつもり！？！？」

ネズ「……ソニア博士。不必要にものを買い込むのは違うんじゃなかったのですか？」

ソニア「ネズさん！ワンパチは別！！ワンパチはかわいいの！！わかるね！？」

ネズ「は、はい……」

ソニア「あの、ごめんなさい。少し見てもいいですか？」

ネズ「少しとは言わず、幾らでも。気が済むで付き合いますよ」

ソニア「ありがとう！さて……カゴは一つで足りるかな？」

ネズ「ふふ……大はしゃぎですね」

──数時間後──

◆

【シュートシティ　屋外フードコート】

ネズ「…………」

ソニア「……あの」

背中のリュックサックには　グッズや小物でいっぱい！▼

ネズ「はい」

ソニア「ほんと……ありがとうございます」

ネズ「何がですか？」

ソニア「その、長時間付き合わせてしまって」

ネズ「お気になさらず。そうなることを理解した上でショッピングに誘いましたから」

ソニア「そんな！人としての器がでかすぎる……女の買い物に付き合うことほど退屈なことはないでしょ」

ネズ「別に退屈しませんでしたよ。情報量の多い場所は創作意欲を高めるのに最適ですから」

ソニア「な、なるほど……観察対象には事欠かなかったってことですか？」

ネズ「ええ。ああいった場所に出掛けることは少ないので、いい刺激になりました」

ソニア「だとしてもネズさんには頭が上がらないな……文句一つ言わないし、荷物持ってれるし。人間の鑑じゃん」

ネズ「買い被り過ぎですって。おれの方こそ、無計画なせいでキッチンカーでのランチになってしまい申し訳ないです」

ソニア「だからネズさんは気遣いすぎだって！あの混み具合で食事にありつけるだけ御の字たよ」

ネズ「全く……お人好しなのか、脈ナシなのか」

ソニア「あ、ここですよね？ネズさん一押しのキッチンカーって」

目の前には　ターフー農園の　キッチンカーが止まっている▼

ネズ「味は保証しますよ、なんといっても……」

ヤロー「ネズさん！」

ソニア「えっ！？」

ネズ「ヤロー、出迎えありがとうございます。連絡通り、サンドイッチとアップルパイのセットを……」

ヤロー「ネズさん！！」

ネズ「……なんですか、今日は随分とノイジーですね」

ヤロー「ネズさん！なんと！ネズさんも！いやあ、たまげたなあ……！」

ソニア「あの、えっと……」

ネズ「ヤロー……たまげるのはいいが、客を困らせるのは如何なものかと」

ヤロー「それはそれは失礼しました。で、なんでしたっけ。ぼくに喧嘩売りに来たんですか？」

ネズ「は？食事しに来たんだよ！」

ヤロー「そうですか！じゃあさっさと金を出すんじゃ！！」

ネズ「ほらよ！受け取れこのヤロー！！」

ヤローは　代金を受け取った▼

ソニア「あ……ちょっと」

ネズ「……これくらい出させてください」

ソニア「だから、気にしなくていいのに……」

ヤロー「…………」

ネズ「だから何が言いたいんですかおまえは」

ヤロー「いいや？なんでもないです。その辺で首洗って待っといてください」

ネズ「あまり待たせないでくださいよ」

ヤロー「ったく！どこまでも迷惑な客じゃ！」

ヤローの　すてゼリフ！▼

ヤローは　キッチンカーに戻っていった▼

ソニア「えぇ……？」

ネズ「……あの、なんか、すみません。騒がしくしてしまって」

ソニア「い、いえ。ちょっと驚いただけです。まさかヤロー選手がキッチンカーを出してるとは思わなくて」

ネズ「おれも最初は耳を疑いましたね。家の手伝いじゃないというのは聞いていますが……」

ソニア「それよりお金……ありがとうございます」

ネズ「先週の食事量を考えれば当然のことをしたまでです。座って待ちますか」

ソニア「はい……」

◆

ソニア「…………」

ネズ「…………」

ネズさんの顔は　フードに隠れて見えない▼

広場は人影が少なく　店内よりずっと静かに感じる▼

ネズ「……来ましたね」

ソニア「えっ」

ヤロー「はい、お待ちどうさまです」

テーブルで　淹れたての紅茶とサンドイッチ　アップルパイが　湯気を立てている！▼

ソニア「え、メッチャ美味しそうじゃん！」

ネズ「どうも」

ヤロー「…………」

ソニア「では早速……ん？」

ヤロー「ネズさん……」

ネズ「まだ何か？」

ヤロー「人があくせく働いてるときにデートとはいいご身分ですねぇ！」

ソニア「ふふ」

ネズ「ヤローよ、たまげすぎて空気の読み方を忘れましたか？」

ヤロー「余計なお世話じゃ！ぼくは今、最高に機嫌が悪いんですよ……！」

ソニア「な、何かあったんですか？」

ヤロー「知己のカップルに利用されるのはあなた達で二組目なんですよ！最悪じゃ、全く！」

ネズ「へぇ、一組目は？」

ヤロー「ルリナさんとボーイフレンドでした」

ソニア「へー……えっ！？ルリナが！？」

ヤロー「そりゃあもう大はしゃぎだったな！人目も憚らずイチャつかれてねぇ！冗談だとしてもキレそうになりましたよ……！」

ネズ「ボーイフレンドって……もしかして」

ヤロー「ガラル一素敵な紳士です」

ソニア「誰……？ルリナのボーイフレンドとか全然聞いたことないんだけど」

ネズ「仲間内のジョークみたいなものです。本人に聞けば教えてもらえるかと」

ソニア「まじ？帰ったら聞かなきゃ……！」

ヤロー「……ああ、思い出した！あなた、確かホップくんの」

ネズ「おいヤロー、まだ何かあるのかよ」

ヤロー「うるさいんじゃい！それより次の試合……覚えといてくださいね」

ネズ「リクエスト、受け付けました。後悔しても知りませんからね」

ソニア「……ふふ」

ネズ「どうしましたか」

ソニア「いや、仲良いんだなって」

ネズ「まあ……仲良しってほどではないが、悪くない関係ですよ。リーグ関係者の中では付き合いのある方だし」

ソニア「シーソーコンビの時もバトルしてたもんね……ん、うま」

ネズ「お気に召してくれたなら何よりです」

ソニア「それにしてもルリナ、誰とデートしてるんだろ……サイトウ選手かな？」

ネズ「どうでしょうね。ところで……デートで思い出したのですが」

ソニア「は、はい」

ネズ「……さっきの店、不倫カップルが3組くらい居ませんでした？」

ソニア「えっ？不倫カップル……？」

ネズ「あ……下世話な話は嫌でしたか。申し訳ない」

ソニア「いや、全然平気ですよ。えっ、むしろ気になり過ぎるんだけど。どこにいました？」

ネズ「レジで並んでた時、おれたちの後ろにいましたよ」

ソニア「ええっ！？いたっけ！？」

ネズ「後ろ？音の位置的に後ろだったよな……男の方が『いつ旦那と離婚するの』ってしつこく聞いてて、女がのらりくらりと……」

ソニア「あ……！言われてみれば後ろでいちゃついてましたよね！でも話までは聞いてなかった」

ネズ「ワンパチに夢中でしたもんね」

ソニア「チクショー！かわいいワンパチがいけないんだ……！」

ネズ「あとネクタイ売ってるコーナーで『これ付けたら嫁にバレる』って女連れたおっさんがぼやいていたな」

ソニア「えーっ！？知らない！なにそれ！？どういう状況なの！？」

ネズ「おれも詳しくはわからなかったのですが、男の方はだいたい60過ぎくらいで、女の方は、多分……そうだな、メロンさんと変わらないくらいで……」

ソニア「なにそれ……こっわ……！」

◆

ソニア「ふぅ、美味しかった……」

プレートの上には　空になった皿とティーカップが　置かれている……▼

ソニア「ネズさんがオススメする理由がわかりました。下手なレストランよりずっと美味しいですもん」

ネズ「そう言っていただけると鼻が高いですね。ヤローも喜ぶでしょう」

ヤロー「ええ、とっても嬉しいんだな」

ソニア「ん？」

ネズ「……今度は何しに来たんですか」

ヤロー「ちょっと！露骨に嫌そうな顔をしないでくださいよ！ぼくは親愛なる好敵手に"エール"を贈りに来たんだな」

ヤローはテーブルに　クラフトビールの入ったグラスを置いた▼

ソニア「おお……！」

ヤロー「ビールはお好きですか？」

ソニア「は、はい！お酒ならなんでも好きです」

ヤロー「やりますねぇ！」

ネズ「あの……」

ヤロー「ご安心を。ネズさんのはノンアルコールですから」

ネズ「ヤロー……いい判断だ！おまえこそ真のガラルスターですよ」

ヤロー「当たり前じゃ！今度飲みに行った時は奢ってくださいね」

ネズ「当然だ。期待しといてください」

ヤロー「では、ごゆっくりどうぞ！」

ネズ「…………」

ソニア「慕われてますね」

ネズ「あいつもお人好しですから。ところで……この後は本を探すんだったよね」

ソニア「それなんですけど……今日はこの辺でお開きにしませんか？」

ネズ「えっ」

ソニア「そ、そんな死にそうな顔しないで！？ほら、ネズさんなら分かってくれると思うんだけど、人の集まる場所で売り出す本って大衆向けというか……」

ネズ「……専門性に欠ける？」

ソニア「そう！ここに来る途中で寄った本屋も、バレンタインデーコーナーは『愛のエピソード』みたいなのばっかだったし……人混みの凄さを考えても、無理して探す必要はないかなって」

ネズ「そうですね。おれも家で探したい資料があるんで、早めの解散は都合がいいけど……」

ソニア「あ、もしかして買い忘れたものでもあります？」

ネズ「……それ、本気で言ってるんですか？」

ソニア「いや……解散を渋る理由なんて、それ以外にある？」

ネズ「ありますよ。おれはもう少しあなたと一緒にいたいです」

ソニア「…………」

ソニア「……へっ？」

ネズ「昼過ぎとはいえ、まだ時間に余裕はある。せっかくシュートシティまで来たんだし、もっと楽しみましょうよ」

ソニア「は……」

ネズ「それとも、おれとのデートはお気に召しませんでしたか？」

ソニア「あ……いや、そんな！とても楽しかったし、その、嫌というか……あまりに予想外過ぎて」

ネズ「……予想外って、ソニアさん」



ネズ「あなたをデート誘ったのは、単なるお礼のつもりじゃないって……最初に言いましたよね？」

ソニア「そ、それは……」

ネズ「ここまで付き合ってくれたわけだし、嫌ってわけじゃ……ないんだよね」

ソニア「ま、まあ……っ、えっと！むしろ気持ちは嬉しいん、ですけど……明日も会えるでしょ？無理に長居しても負担になるだけじゃないですか」

ネズ「それもそうか。ただ、明日はもう少し長く過ごしたいですね」

ソニア「えっと……それは調べ物次第じゃないですか？」

ネズ「本当につれないですね！って、そうだ……早くエールに手をつけないとヤローが殴り込んでくるね」

ソニア「あ、そうだった！ファイティングファーマーのエール、しっかり味わないと」

ネズ「調べ物が落ち着いたら、おれもご馳走しますよ。安心して飲める店を知っているんで」

ソニア「えっ、まじ！？いいんですか！？」

ネズ「っクク……ソニア博士、気を遣われるのはお気に召さなかったんじゃないのですか？」

ソニア「う、た、タダ酒は誰だって飲みたいでしょ……！」

ネズ「それで良し。素直なのは嫌いじゃないよ。では、おれたちのイカしたバレンタインウィークに……乾杯」

ソニア「乾杯！」

二つのグラスが　カチリと　控えめな音を立てた▼

ヤローのキャラすこ
支援

保守

あげ

──2月9日──

◆

【古書店　カロス・ノスタルジー】

ネズ「…………」

色褪せた本棚には　カロスの古い民話が並んでいる……▼

ネズ「……ん？」

ネズは　赤い背表紙の本を手に取る▼

本の表紙には　『新訳　カロスの宮廷詩集』と書かれている▼

ネズ「これは……！」

ソニア「あ、いたいた」

ネズ「ソニアさん。本は見つかりましたか？」

ソニア「はい、おかげさまで！ネズさんも何か見つけたんですか？」

ネズ「ええ。探すのを諦めていた本が偶然見つかったのです」

ソニア「へぇー……って、渋いな。宮廷詩人の本か！一昔前の詩集って全編揃え辛いですもんね」

ネズ「僥倖ですが、まさか今になって見つかるとは。ありがたいのやら悔しいのやら……それより」

ソニア「どうしました？」

ネズ「荷物、重いでしょう。手伝いますよ」

ソニア「いやいや、これくらい大したことな……って！」

ネズは　トートバッグ　を手に入れた！▼

バッグの中には　分厚い本がいっぱい！▼

ネズ「おっと……」

ソニア「う……本当に任せちゃって大丈夫ですか？」

ネズ「これくらい大したことはないのです。しかし……用意した資料プラスこの冊数を吟味するとなれば」

ソニアのコートに　リュックサックのショルダーハーネスが食い込んでいる……▼


ネズ「昨日と違って、早めの解散は難しくなりそうですね」

わーい
待ってました

支援

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