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【バレンタインSS】某誌に寄稿された与太話

 ▼ 1 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:00:58 ID:BNLAzyiA [1/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

船内の静寂を打ち破るけたたましいアラーム音。
その音が段々と近づいてきて、ドアが勢いよく開け放たれる。


「リシアン!生体反応だ!」


部屋に入ってきたのは、片手に騒音の元となる端末を持った青年。
名を呼ばれた女が眉をひそめると、男は端末を弄って音量を絞ってからそれを差し出した。


「ほら、この辺りにいるらしい。野生の生きたポケモンだ!」

「ユース、少し落ち着いて頂戴」

「しかもこの大きさからして、大型のポケモンかもしれない。怪獣か大型陸上グループか、あるいはドラゴンだったり……」

「ユース」


女が冷ややかな声で名を呼ぶと、ユースと呼ばれた男は叱られた子供のように身をすくめてみせた。


「希少性は理解できるわ。でも貴方はもう子供じゃないでしょう。考古学者として、大人の男性として、相応の振る舞いをお願いしたいところね」

「……勿論。冷静な判断と分析で以て、素晴らしい成果を持ち帰ると約束しよう!」


気取った台詞を紡ぎ出し、自分に向けられた冷たい視線から逃れるように身を翻して部屋を出たユースだったが、ドアが閉まった途端に向こう側からバタバタと駆け出す音がして、リシアンは軽く溜息を吐いた。
 ▼ 2 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:02:10 ID:BNLAzyiA [2/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告





1.邂逅




 ▼ 3 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:03:24 ID:BNLAzyiA [3/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「船より西方に洞窟発見!どうやら件のポケモンはこの中にいるらしい」

『頼むから慎重にお願いね』


薄暗い洞穴を指さして高らかに喧呼するユースに対して、リシアンは端末越しに戒める。

険しい荒野の中にぽつりと佇む不気味な洞窟。
中は闇で満たされて先が見えず、いつ崩壊するかも分からない。
しかしユースは一切の恐怖も滲ませずに、鼻歌交じりで歩を進めていった。

湿った岩肌の間をしばらく進むと、開けた空間に出た。


「これは……」


ユースは息を飲んだ。
暗視レンズを通して見えた光景は驚くべきものだった。
そこら中に点在する人工物から伺える明らかな人間の生活痕。
そして、空間の中央部に横たわっている三対の羽を折りたたんだ黒い竜。


『サザンドラ、のようね』


圧倒されて固まってしまったユースの代わりに、リシアンはその正体を告げた。
 ▼ 4 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:04:54 ID:BNLAzyiA [4/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

サザンドラ。一度破壊衝動が沸き起これば、動くもの全てを破壊するとの言い伝えのあるドラゴンポケモンだ。
獰猛な性質故に、はるか昔に人間に追われて姿を消したと言われている。
その希少価値は計り知れない。
ここ数年――いや、数十年で一番の発見といえよう。


『随分と痩せているわね。眠っているというよりは衰弱していると言うべきかしら』

「……」

『ユース、分かっているでしょうけど、貴方の優先順位は……』

「え?……ああ。うん、勿論だよ」


釘を刺されたことで、ユースは浸っていた自分の世界から引き戻された。
歯切れの悪い返答をし、眠るポケモンの前へゆっくりと歩み寄っていく。

まるで剥製のようだ、と男は思った。
間近で観察することで、かすかに呼吸をしている様子が確認できたが、それ以外にこのポケモンに生命感はない。

――辺りに散らばる、トレーナーのものと思わしき遺物がその印象を強めていた。





――――――

――――

――
 ▼ 5 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:06:18 ID:BNLAzyiA [5/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

XX.XX.XXXX



故郷は無くなってしまったが、この場所が残っていたことに心が救われる。

遠い昔。家を飛び出した私が、我が相棒と共に修行を積んだのがこの洞穴だった。

薄暗く湿った岩肌。幼き頃に持ち込んだランプや調理器具などの品々。全てが当時のまま残っていることに、年甲斐もなく喜ぶ。

元々洞窟を住処にしていた相棒にとっては、最も過ごしやすい根城だったのだろう。
普段は気位の高い彼女も、忙しなく辺りをうろうろしては嬉しそうに羽を動かしていた。
 ▼ 6 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:07:08 ID:BNLAzyiA [6/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

XX.XX.XXXX



この辺りの荒廃は酷く、食料調達も一筋縄ではいかない。

幸い、空を飛べる相棒のおかげで当分は飢え死にという末路には至らずに済むようだ。

しかし、当時はモノズだった彼女に自分がよくきのみを取ってやったことを思い返すと、なんだか感慨深いものがある。

心なしか彼女の表情も得意げに見えた。
 ▼ 7 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:08:15 ID:BNLAzyiA [7/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

XX.XX.XXXX



竜使いの一族として生を受けた私が、愚かにも長年気づかなかったことがある。

……いや、単に目を背け続けてきただけなのかもしれない。


初めて出会ったとき、私は物心がつき始めた無垢な子供で、彼女はまだ卵の殻を破ったばかりの幼子だった。

共に強くなることを誓い合い、修行を始めた頃。私は日を追う事に度に身の丈が伸びていたが、彼女は狭い洞穴の中を飛ぶコロモリ達を何年も変わらず見上げ続けていた。

各地を巡り、長い月日をかけてようやく彼女が姿を変えたそのとき。
私は既に若さを失い、夢を諦めつつあった。


そして先頃。かつての私が待ち望んでいた黒い翼竜が目の前で頭を垂れたとき。
私に残された命数は既に尽きかけていた。
 ▼ 8 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:09:15 ID:BNLAzyiA [8/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

XX.XX



故郷も家族も名誉も失ったが、私が後悔しているのはただ一つ。

誰よりもひたむきで美しいこの愛竜が、仲間のいない荒野で独り残されてしまうということだった。

死期の迫った私を、わざわざ遠い思い出の地へと運んでくれるような彼女のことだ、きっと永遠の眠りについた私の墓守をし続けることは想像に容易い。

群れから引き離した上に、共に目指していた夢を叶えることができなかった。
結局私は、彼女を不幸にしてしまっただけなのだろうか。



もしこの手記を手に取った者がいるのなら。そのときにまだ私の相棒がそこにいたのなら。どうか、あなたのその手で――
 ▼ 9 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:11:02 ID:BNLAzyiA [9/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「あ!」


手記を読んでいたリシアンは、突如横から大声を出されて現実に引き戻された。
非難の色を込めて横目で睨むと、隣に座っていたユースが爛々とした目でこちらを見ていて、既に何を言っても聞かないモードに入ってしまっている様子だった。


「今の聞こえただろう? あの子が起きたんだよ!」

「私の耳に入ってきたのは、たった今叫んだ貴方の声だけですけど」


リシアンはうんざりとした口調でそう言うと、左耳を塞いでみせる。
しかし、返ってきた言葉は思いもよらぬものだった。


「それは驚きだ。あんなに凄い物音なのに。きっとカプセルが破られたんだよ」

「……確かなの?」


あまりにもあっけらかんとした様子で告げられたので、リシアンは一瞬それがタチの悪い冗談なのではないかと錯覚した。


「ガラスが思い切り炸裂する音がしたんだ。いくらか回復したとはいえ、あの体で強化ガラスを破れるとは思えないから、エネルギー波を放った可能性が高いね」

「大変じゃないの。何をのんびりと分析しているのよ」


リシアンは手記のデータを表示していた端末を横に置くと、腰掛けていたソファから立ち上がろうとした。
 ▼ 10 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:12:08 ID:BNLAzyiA [10/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

だが、横から伸びてきた手がリシアンの体を引き戻す。


「荒事は僕の仕事だろう?君はここで待っていてくれ」

「でも」

「心配は無用さ。きっとあの子は少し動揺しているだけなんだ。少し宥めてあげれば大人しくしてくれるよ」


代わりに席を立ったユースは、彼女を安心させるために肩に手を置くと、出来る限りの穏やかな笑みを浮かべて見せた。


「あのね」

「まあ無理もないさ。目が覚めたら謎の液体で満たされたカプセルの中にいました、なんて動揺しない方が珍しいだろうし。僕だったら実験体にされるんじゃないかって思って、建物ごと破壊するかも」

「私が心配しているのは」

「じゃあ行ってくる。戻ったらホットチョコレートを淹れてあげるよ。なんだか顔色が悪いみたいだし」


一方的に捲し立てると、ユースは軽い足取りで部屋を出て行った。
残されたリシアンは、ずり下がった眼鏡の位置を直しながらぽつりと独りごちた。


「心配なのは、貴方のデリカシーの無さなんだけど」
 ▼ 11 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:13:09 ID:BNLAzyiA [11/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

通路を進んでいると、物音に怯えたポケモン達がユースの姿を見つけるなり駆け寄ってきた。
勢いよく胸に飛び込んできたヨーギラスを受け止め、足元にしがみつく二体のキルリアと目線を合わせる為にかがみ込む。


「皆、落ち着いて。新入りの子がちょっと不安で騒いでるだけだからさ。……大丈夫だよ。あの部屋はいくら暴れたって壊れやしないから」


宥めの言葉をかけると、遅れてやって来たハリテヤマに小さなポケモン達を託し、ユースは目的の場所へ向かった。


『保護室』と書かれたプレートが下げられたその扉は、先程の言葉通り非常に重量がありそうな外観をしていた。
男が手のひらを壁のパネルにかざすと、重々しい音と共にゆっくりと扉が開いていく。
中には小部屋と同じような扉があり、二重の構想になっていた。
ユースは待ちきれないとばかりに、ぎりぎり通れるところまで開いた隙間に体を捩じ込んで侵入し、間髪入れず二つ目の扉も解除した。

またしても緩慢に開いていく扉に焦らされ、男は子供のようにパタパタと足先を踊らせて待つ。
やがて室内の様子が見えてくると、ユースは驚きで目を見張った。


「グオアアアアアアアアアアアッ!!」


高らかな咆哮と同時に、目の前に黒い閃光が広がった。
 ▼ 12 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:14:47 ID:BNLAzyiA [12/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「……おっと、危ないな。もう少しで粉々になるところだった」


咄嗟に身をかわしたユースは、掠めてしまった髪の断片がパラパラと床に落ちていくのを見て苦笑する。
衝撃でひしゃげてしまい、開閉途中で止まってしまった扉に手をかけると、自分が入れるくらいまで開けて体を滑りこませた。

追撃は飛んでこない。どうやら決死の力を振り絞った一撃だったようで、件のポケモンは小さく唸り声を上げて男を睨むのみだった。
ユースはその様子を確認すると、先刻不安がっていた幼いポケモン達に披露した柔和なその微笑みを、目の前の「凶暴ポケモン」にも同じように向けた。


「初めまして。僕はユース。この船の調査員だ」


落ち着き払った様子で距離を詰める男に、サザンドラは再び臨戦態勢をとった。
濡れそぼった六枚の羽を持ち上げ、両腕の牙を剥き出しにして威嚇するが、男は気にも留めずサザンドラの眼前まで歩み寄ってきた。


「驚かせてしまってすまないね。あの装置はポケモンの自己修復機能を促進させるためのもので……」


言い終わる前に、サザンドラの右腕が宙を切った。
 ▼ 13 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:16:08 ID:BNLAzyiA [13/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

ガチン、と虚空を噛み砕く音が部屋に響く。
続けざまに左の手が男の顔を捉えようと飛び出すが、これも易々とかわされてしまい、再び歯のぶつかる音だけが鳴った。


「……つまり、弱っていた君の治療をしていたんだよ。だから、怖がらなくてもいいんだ」


まるで攻撃されているという事実が全くないかのように、ユースは穏やかな笑みと口調のままで話を続ける。
サザンドラは怒りの声を上げ、体を引き摺りながら必死に攻撃を仕掛け出した。


「僕たちの目的は、野生ポケモンの保護と観察。そして、僕個人のちょっとした趣味で考古学の資料を集めさせて貰っている」

「荒れ果てた地域で生き延びているポケモン達は、逞しい生命力と高度な知恵を身につけている。この船の主が知りたいのはそれだ」

「でも、彼女と違って僕の方は本当にただの嗜好なんだ。痕跡を見つけて過去を辿り、そこに生きていた者達に想いを馳せる……なんの生産性もない行為だけど、何故だか心が惹かれるんだ。でも、趣味っていうのはそんなものだよね」

「……で、僕たちが保護したポケモン達は、治療とデータ収集が終わったら自由の身になる。元いた場所に帰ってもいいし、ここが気に入れば残ってもいい」


いくら襲いかかっても息を乱す素振りすら見せない男の様子に、次第にサザンドラは畏怖の感情を滲ませていく。
だが、この後ユースの放った言葉が、諦めかけていた彼女の心に再び火を灯すことになる。
 ▼ 14 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:18:28 ID:BNLAzyiA [14/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「君はこの辺りにかつて存在した集落で暮らしていた。この地方では有名なドラゴン使いの一族が住んでいたとされる小さな村だ。君が大事そうに抱えていたマントの意匠から察するに、君のトレーナーはそこの出身なんだろうね。一旦は故郷を離れて各地を巡ったけど、晩年になって思い出の地で最後の時間を過ごそうと戻ってきた、といったところかな」


赤の他人には決して知り得ない情報を語りだす男。その表情は実に溌剌としていて、少年のような無邪気さを醸し出していたが、かえってそれが不気味に感じられた。


「君のご主人様は筆まめな人だったんだね。おかげで大体のことは分かったよ。君たちの出会いや旅の道筋、好きなきのみから素敵な名前なんかもね。だから、元気になったらすぐに解放してあげるよ。ね、スカビ――」


「ガアアアアアアアアアアアァアアアッ!!」


その名を口にさせまいと、サザンドラは哮り立った。三対の黒い羽が揺らめき、身体から溢れ出るエネルギーが頭上で収束する。


「っと、流石にそれはまずいな」


ようやく顔色を変えたユースは、相手の射線から逃れるべく回避の姿勢をとる。
直後、集められたエネルギー塊が激しく紫色に輝いた。

りゅうせいぐん。
深く信頼し合ったトレーナーと共に修練を積んだドラゴンポケモンのみが会得できる最強の技。
その名の通り、降り注ぐ光は宇宙から飛来する星々のように見えるという。


――さぞかし美しいだろう。


一瞬だけ、ユースの心に迷いが生じた。





――――――

――――

――
 ▼ 15 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:20:20 ID:BNLAzyiA [15/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「――それで、なにか言うことは?」

「申し訳ございませんでした……」


平伏するユースを、リシアンはカップ片手に冷たく見下ろす。
部屋の惨状は酷いもので、保護カプセル一つに扉一枚破損。壁には見事な打痕が七つ、道しるべの星座の如く点在していた。

あの後、ユースは部屋中を転がり回りながらりゅうせいぐんの弾を全てかわし、完全に力を使い果たしたサザンドラに麻酔銃を打って眠らせたのだった。


「全く……手荒な真似をしないための措置だっていうのに、結局実力行使するんじゃ意味ないじゃないの」


フィジカルが強すぎるのも考えものね、とリシアンは深く溜息を吐いた。
ただ眠らせるだけなら、遠隔で催眠ガスを使えば確実で安全だ。ただ、自らの意思に反してここに連れて来られたポケモンに対し、一方的に行動を支配するような行為をしたくなかったからこそ、「説得」という選択肢を選んだのだ。


「でも、あれだけ元気に暴れられるんだから、きっとすぐ回復するんじゃないかな」


当の本人はのんきなもので、早々に反省の表情を忘れて楽しげな笑みを浮かべていた。
大方、珍しいポケモンの技を目の前で見れたことが嬉しくて仕方ないのだろう。
楽しかった思い出を反芻している子どものようなその姿を見ていると、怒るのも馬鹿馬鹿しくなってしまう。


――けど、下手に入れ込むよりは、これでよかったのかもしれないわね。


女はカップを傾け、その中身を口にする。
甘く香ばしいチョコレートが鼻腔に広がり、飲み下すと心が静まった。
 ▼ 16 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:21:31 ID:BNLAzyiA [16/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告





2.追憶




 ▼ 17 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:22:13 ID:BNLAzyiA [17/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

我らサザンドラ一族は、闇の中で生まれ育つ。
深く暗い穴の底で産声を上げ、洞に溜まった水を啜って育ち、長い年月をかけてようやく翼を手に入れても、決して陽の下で飛ぶことはない。

人間という愚かな生き物共がそれを許さないのだ。

奴等は脆弱で、臆病で、そして非常に傲慢だ。
誉高き我らサザンドラ一族の力を恐れた人間達は、小賢しく冒涜的な知恵を駆使し、我らを自分たちの根城から追いやったのだ。

だから、決して人間達に見つかってはいけない。光の刺す場所に行ってはならないのだと。
同胞達はそう口々に幼い我に言い聞かせていた。


『あ!産まれた!』


だが、我がこの世で生を受けたその日。初めて見たものは圧倒的に眩しい「光」だった。
 ▼ 18 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:23:25 ID:BNLAzyiA [18/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

甲高い歓声を上げて目の前で蠢くその存在に、視界のない我は戸惑い固まった。
殻の中で過ごしていた頃は意識が薄かったが、こんなに騒々しい声を聞いたことがなかった。
これが本当に自分の親なのだろうかと当惑していると、か細い腕がやってきて我の身体を捉えた。


『やっと会えた!産まれたてのモノズだ!』


温かな触感。耳元で囁かれる歓喜に満ちた言葉。
それらはまだ世に出たばかりの我にとって強烈過ぎる程の刺激であり、後に初めて太陽を見たときでさえこの鮮烈さを超えることはなかった。

そうしているうちに、洞窟の彼方から此方へ向かってくる大量の気配がして、その者は慌てて我を地面に下ろした。


『今はまだ半人前だから連れて行けないけど、でも、また後で迎えに来るから。そのときは、僕と一緒に外の世界へ行こう』


そう言い残し、彼は迫り来る気配の反対方向へと急いで駆け出して行った。



この後すぐ、自分が出会ったのはかくも邪悪な人間という存在であったことを同胞達から知らされるのだが、既に我の心の内には消し去ることのできない、「光」への強い憧憬が生まれてしまっていたのだった。





――――――

――――

――
 ▼ 19 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:25:13 ID:BNLAzyiA [19/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『やあ、おはよう。よく眠れたみたいだね』


目が覚めた直後、憎き男の声が部屋の片隅から聞こえた。
反射的に力を溜め、振り返ると同時に竜の波動を叩き込む。
だが、声のした方向に人影はなかった。


『――ちょっと何やってるの。代わりなさい』


別の人間の声がしたかと思うと、ガサガサと耳障りな音が響く。
少し間を置いて、その声の主は語り出した。


『えー……初めまして、私はリシアン。昨日は私の連れが粗相をしたみたいで、ごめんなさいね』


落ち着いた女の声の背後で、例の男が何やら文句を言っているのが微かに聞こえる。どうやらどこか別の場所から二人の人間が我に語りかけているのだろう。


『もう話は聞いてるでしょうけど、私たちはあなたの体調が回復次第、自由にしてあげるわ。あなたは長い間ボールの外で昏睡状態になっていたから、かなり身体が弱っているの。……その、あなたの怒りはごもっともだと思うし、望むならこの男を簀巻きにして差し出してやってもいいんだけど』

『――酷い!』

『今のあなたには休息が必要だわ。だから、しばらく安静にして貰いたいの。完治したらいくらでもこの男を殴らせてあげるから、それまでは大人しくしていて頂戴』


女はそう告げると、泣き言を言っている男の相手をし始めた。しばらく見苦しいやり取りが続いたが、やがて通信が切れたのか再び部屋は静寂に包まれる。
人間の考えることはわからない。
奴らは何故、見知らぬ我を捕らえて治療などしているのか。
 ▼ 20 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:27:22 ID:BNLAzyiA [20/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

奴らの目的を考えてみた。
あの男が言っていたことが事実とするなら、我の力を欲していて、その力の仕組みを解明した後、その見返りに多少の善行を働いて罪悪感を減らしているのだろう。

しかし、それだけではまだ納得がいかない。
女の方はともかく、あの男の思考、言動、行動は我の理解の範疇を超えていた。
我と主(あるじ)の領域をずけずけと踏み荒らし、怒れる竜を前にしてまるで幼子をあやすかのような気の抜けた笑みを浮かべて振舞っていた。
そして、あの並外れた身体能力である。
……思い出すだけで腸が煮えくり返りそうだ。


だが、最も腹立たしいのは己自身だ。
人間の若造に翻弄された挙句、そいつの目が――

――竜の一族最強の技を放つ瞬間に見えたそいつの目が、「光」輝いて見えたのだ。




コンコンコン。


突如、背後から扉を叩く音がして思考が引き戻される。
 ▼ 21 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:29:00 ID:BNLAzyiA [21/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『あの、ボク、食事を持ってきました。入ってもいいですか?』


扉越しに聞こえる声はポケモンのものだった。
先程の弱々しいノック音からして、貧弱な種族に違いない。
先手をとって攻撃すれば……いや、威嚇してみせるだけでそいつは怖気付いて後ずさり、その隙にこの部屋を出る隙が生まれるかもしれない。
算段を立てた我はその者を促す。


『開けろ』

『あ、はい。それじゃあ失礼しますです』


いつの間にか修繕されていた重い扉がゆっくりと開いていく。
案の定見えてきた相手の影は小さい。
羽を広げ、悪のエネルギーを体に纏わせる。
そして、数多のポケモン達を恐れおののかせてきた邪悪な表情を浮かべ、声の限り叫ぶ。


『雑輩が!!そこを退け!!』

『うわあああああああぁっっ!』

『――キャッ!な、なななんだお前はっ!?』


不覚なことに、腰を抜かしたのは自分の方だった。
我が脅した瞬間、そいつの首が吹っ飛んだのだ。
 ▼ 22 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:30:27 ID:BNLAzyiA [22/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『もー!全く酷いですよ。いきなり脅かすなんて!』


奴は外れた首を戻した後、辺りに散らばったきのみを集め出す。……頭が反対方向に付いていることに途中で気がつき、ぐるりと180度回転させていた。
そのあまりに奇怪な光景に、思わず外に出る目的も忘れて固まってしまう。


『これが今日の分のご飯です。さあ、どうぞ召し上がれ!』


器にきのみを盛り付ける作業が終わると、そいつはにっこりと笑って器を我に差し出した。
オレン、オボン、チーゴ、ラム、バンジ……特におかしなものは入っていないように見える。


『じゃあ、お邪魔だったらボクはここで』

『待て!』


そそくさと退散しようとするそいつを、右手の顎で掴んで制する。


『イタタ……離してくださいよ〜』

『貴様は何者だ。正体を示すまで離さん』

『えぇ〜……わ、分かりました、話すので離してください!』


短い手足をばたつかせて喚くそいつを床に放り投げると、ガコン、と硬い音が響いた。
 ▼ 23 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:32:09 ID:BNLAzyiA [23/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『ボク、バリーさんと申しますです。この船でいろんなお手伝いをしていて、今日は配膳のお仕事を頼まれたのです』


そう言って、ぺこりとお辞儀してみせる。するとまた不安定な首が外れて床に落ち、慌てて元に戻そうと四苦八苦し始めた。
見ていてもどかしくなったので、代わりに両手で首を掴んで思い切り嵌め込んでやった。


『あ、ありがとうございます』

『それで、貴様は機械か?ポケモンか?』


単刀直入に問いただす。我はまどろっこしいやり取りが嫌いだ。
奴はきょとんとした表情で答えた。


『ポケモンですよ?どこからどう見たってそうじゃないですか』

『……』


しばし言葉を失う。
そいつの風貌は、デリバードと呼ばれるポケモンに似ていた。
しかし、金属の装甲に液晶に浮かぶ目、そして胴体から簡単に外れる頭部など、明らかに生物としては異質だった。


『ボクはこの船で生まれて、いろんなポケモン達のお世話をしてきましたです。みんな最初は怖がるけど、すぐに楽しく暮らすようになるんです』


デリバードはにっこりと笑った顔をしてみせた。


『リシアンさんもユースさんも、とっても優しい人です。……ユースさんは誤解されやすいかもですけど、でも、悪い人じゃないんです。ボクにとってあのお二人は、両親みたいな存在なのです』


そう言ってデリバードは、抱えていた袋から何かを取り出した。
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