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【バレンタインSS】某誌に寄稿された与太話

 ▼ 1 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:00:58 ID:BNLAzyiA [1/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

船内の静寂を打ち破るけたたましいアラーム音。
その音が段々と近づいてきて、ドアが勢いよく開け放たれる。


「リシアン!生体反応だ!」


部屋に入ってきたのは、片手に騒音の元となる端末を持った青年。
名を呼ばれた女が眉をひそめると、男は端末を弄って音量を絞ってからそれを差し出した。


「ほら、この辺りにいるらしい。野生の生きたポケモンだ!」

「ユース、少し落ち着いて頂戴」

「しかもこの大きさからして、大型のポケモンかもしれない。怪獣か大型陸上グループか、あるいはドラゴンだったり……」

「ユース」


女が冷ややかな声で名を呼ぶと、ユースと呼ばれた男は叱られた子供のように身をすくめてみせた。


「希少性は理解できるわ。でも貴方はもう子供じゃないでしょう。考古学者として、大人の男性として、相応の振る舞いをお願いしたいところね」

「……勿論。冷静な判断と分析で以て、素晴らしい成果を持ち帰ると約束しよう!」


気取った台詞を紡ぎ出し、自分に向けられた冷たい視線から逃れるように身を翻して部屋を出たユースだったが、ドアが閉まった途端に向こう側からバタバタと駆け出す音がして、リシアンは軽く溜息を吐いた。
 ▼ 2 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:02:10 ID:BNLAzyiA [2/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告





1.邂逅




 ▼ 3 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:03:24 ID:BNLAzyiA [3/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「船より西方に洞窟発見!どうやら件のポケモンはこの中にいるらしい」

『頼むから慎重にお願いね』


薄暗い洞穴を指さして高らかに喧呼するユースに対して、リシアンは端末越しに戒める。

険しい荒野の中にぽつりと佇む不気味な洞窟。
中は闇で満たされて先が見えず、いつ崩壊するかも分からない。
しかしユースは一切の恐怖も滲ませずに、鼻歌交じりで歩を進めていった。

湿った岩肌の間をしばらく進むと、開けた空間に出た。


「これは……」


ユースは息を飲んだ。
暗視レンズを通して見えた光景は驚くべきものだった。
そこら中に点在する人工物から伺える明らかな人間の生活痕。
そして、空間の中央部に横たわっている三対の羽を折りたたんだ黒い竜。


『サザンドラ、のようね』


圧倒されて固まってしまったユースの代わりに、リシアンはその正体を告げた。
 ▼ 4 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:04:54 ID:BNLAzyiA [4/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

サザンドラ。一度破壊衝動が沸き起これば、動くもの全てを破壊するとの言い伝えのあるドラゴンポケモンだ。
獰猛な性質故に、はるか昔に人間に追われて姿を消したと言われている。
その希少価値は計り知れない。
ここ数年――いや、数十年で一番の発見といえよう。


『随分と痩せているわね。眠っているというよりは衰弱していると言うべきかしら』

「……」

『ユース、分かっているでしょうけど、貴方の優先順位は……』

「え?……ああ。うん、勿論だよ」


釘を刺されたことで、ユースは浸っていた自分の世界から引き戻された。
歯切れの悪い返答をし、眠るポケモンの前へゆっくりと歩み寄っていく。

まるで剥製のようだ、と男は思った。
間近で観察することで、かすかに呼吸をしている様子が確認できたが、それ以外にこのポケモンに生命感はない。

――辺りに散らばる、トレーナーのものと思わしき遺物がその印象を強めていた。





――――――

――――

――
 ▼ 5 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:06:18 ID:BNLAzyiA [5/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

XX.XX.XXXX



故郷は無くなってしまったが、この場所が残っていたことに心が救われる。

遠い昔。家を飛び出した私が、我が相棒と共に修行を積んだのがこの洞穴だった。

薄暗く湿った岩肌。幼き頃に持ち込んだランプや調理器具などの品々。全てが当時のまま残っていることに、年甲斐もなく喜ぶ。

元々洞窟を住処にしていた相棒にとっては、最も過ごしやすい根城だったのだろう。
普段は気位の高い彼女も、忙しなく辺りをうろうろしては嬉しそうに羽を動かしていた。
 ▼ 6 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:07:08 ID:BNLAzyiA [6/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

XX.XX.XXXX



この辺りの荒廃は酷く、食料調達も一筋縄ではいかない。

幸い、空を飛べる相棒のおかげで当分は飢え死にという末路には至らずに済むようだ。

しかし、当時はモノズだった彼女に自分がよくきのみを取ってやったことを思い返すと、なんだか感慨深いものがある。

心なしか彼女の表情も得意げに見えた。
 ▼ 7 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:08:15 ID:BNLAzyiA [7/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

XX.XX.XXXX



竜使いの一族として生を受けた私が、愚かにも長年気づかなかったことがある。

……いや、単に目を背け続けてきただけなのかもしれない。


初めて出会ったとき、私は物心がつき始めた無垢な子供で、彼女はまだ卵の殻を破ったばかりの幼子だった。

共に強くなることを誓い合い、修行を始めた頃。私は日を追う事に度に身の丈が伸びていたが、彼女は狭い洞穴の中を飛ぶコロモリ達を何年も変わらず見上げ続けていた。

各地を巡り、長い月日をかけてようやく彼女が姿を変えたそのとき。
私は既に若さを失い、夢を諦めつつあった。


そして先頃。かつての私が待ち望んでいた黒い翼竜が目の前で頭を垂れたとき。
私に残された命数は既に尽きかけていた。
 ▼ 8 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:09:15 ID:BNLAzyiA [8/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

XX.XX



故郷も家族も名誉も失ったが、私が後悔しているのはただ一つ。

誰よりもひたむきで美しいこの愛竜が、仲間のいない荒野で独り残されてしまうということだった。

死期の迫った私を、わざわざ遠い思い出の地へと運んでくれるような彼女のことだ、きっと永遠の眠りについた私の墓守をし続けることは想像に容易い。

群れから引き離した上に、共に目指していた夢を叶えることができなかった。
結局私は、彼女を不幸にしてしまっただけなのだろうか。



もしこの手記を手に取った者がいるのなら。そのときにまだ私の相棒がそこにいたのなら。どうか、あなたのその手で――
 ▼ 9 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:11:02 ID:BNLAzyiA [9/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「あ!」


手記を読んでいたリシアンは、突如横から大声を出されて現実に引き戻された。
非難の色を込めて横目で睨むと、隣に座っていたユースが爛々とした目でこちらを見ていて、既に何を言っても聞かないモードに入ってしまっている様子だった。


「今の聞こえただろう? あの子が起きたんだよ!」

「私の耳に入ってきたのは、たった今叫んだ貴方の声だけですけど」


リシアンはうんざりとした口調でそう言うと、左耳を塞いでみせる。
しかし、返ってきた言葉は思いもよらぬものだった。


「それは驚きだ。あんなに凄い物音なのに。きっとカプセルが破られたんだよ」

「……確かなの?」


あまりにもあっけらかんとした様子で告げられたので、リシアンは一瞬それがタチの悪い冗談なのではないかと錯覚した。


「ガラスが思い切り炸裂する音がしたんだ。いくらか回復したとはいえ、あの体で強化ガラスを破れるとは思えないから、エネルギー波を放った可能性が高いね」

「大変じゃないの。何をのんびりと分析しているのよ」


リシアンは手記のデータを表示していた端末を横に置くと、腰掛けていたソファから立ち上がろうとした。
 ▼ 10 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:12:08 ID:BNLAzyiA [10/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

だが、横から伸びてきた手がリシアンの体を引き戻す。


「荒事は僕の仕事だろう?君はここで待っていてくれ」

「でも」

「心配は無用さ。きっとあの子は少し動揺しているだけなんだ。少し宥めてあげれば大人しくしてくれるよ」


代わりに席を立ったユースは、彼女を安心させるために肩に手を置くと、出来る限りの穏やかな笑みを浮かべて見せた。


「あのね」

「まあ無理もないさ。目が覚めたら謎の液体で満たされたカプセルの中にいました、なんて動揺しない方が珍しいだろうし。僕だったら実験体にされるんじゃないかって思って、建物ごと破壊するかも」

「私が心配しているのは」

「じゃあ行ってくる。戻ったらホットチョコレートを淹れてあげるよ。なんだか顔色が悪いみたいだし」


一方的に捲し立てると、ユースは軽い足取りで部屋を出て行った。
残されたリシアンは、ずり下がった眼鏡の位置を直しながらぽつりと独りごちた。


「心配なのは、貴方のデリカシーの無さなんだけど」
 ▼ 11 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:13:09 ID:BNLAzyiA [11/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

通路を進んでいると、物音に怯えたポケモン達がユースの姿を見つけるなり駆け寄ってきた。
勢いよく胸に飛び込んできたヨーギラスを受け止め、足元にしがみつく二体のキルリアと目線を合わせる為にかがみ込む。


「皆、落ち着いて。新入りの子がちょっと不安で騒いでるだけだからさ。……大丈夫だよ。あの部屋はいくら暴れたって壊れやしないから」


宥めの言葉をかけると、遅れてやって来たハリテヤマに小さなポケモン達を託し、ユースは目的の場所へ向かった。


『保護室』と書かれたプレートが下げられたその扉は、先程の言葉通り非常に重量がありそうな外観をしていた。
男が手のひらを壁のパネルにかざすと、重々しい音と共にゆっくりと扉が開いていく。
中には小部屋と同じような扉があり、二重の構想になっていた。
ユースは待ちきれないとばかりに、ぎりぎり通れるところまで開いた隙間に体を捩じ込んで侵入し、間髪入れず二つ目の扉も解除した。

またしても緩慢に開いていく扉に焦らされ、男は子供のようにパタパタと足先を踊らせて待つ。
やがて室内の様子が見えてくると、ユースは驚きで目を見張った。


「グオアアアアアアアアアアアッ!!」


高らかな咆哮と同時に、目の前に黒い閃光が広がった。
 ▼ 12 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:14:47 ID:BNLAzyiA [12/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「……おっと、危ないな。もう少しで粉々になるところだった」


咄嗟に身をかわしたユースは、掠めてしまった髪の断片がパラパラと床に落ちていくのを見て苦笑する。
衝撃でひしゃげてしまい、開閉途中で止まってしまった扉に手をかけると、自分が入れるくらいまで開けて体を滑りこませた。

追撃は飛んでこない。どうやら決死の力を振り絞った一撃だったようで、件のポケモンは小さく唸り声を上げて男を睨むのみだった。
ユースはその様子を確認すると、先刻不安がっていた幼いポケモン達に披露した柔和なその微笑みを、目の前の「凶暴ポケモン」にも同じように向けた。


「初めまして。僕はユース。この船の調査員だ」


落ち着き払った様子で距離を詰める男に、サザンドラは再び臨戦態勢をとった。
濡れそぼった六枚の羽を持ち上げ、両腕の牙を剥き出しにして威嚇するが、男は気にも留めずサザンドラの眼前まで歩み寄ってきた。


「驚かせてしまってすまないね。あの装置はポケモンの自己修復機能を促進させるためのもので……」


言い終わる前に、サザンドラの右腕が宙を切った。
 ▼ 13 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:16:08 ID:BNLAzyiA [13/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

ガチン、と虚空を噛み砕く音が部屋に響く。
続けざまに左の手が男の顔を捉えようと飛び出すが、これも易々とかわされてしまい、再び歯のぶつかる音だけが鳴った。


「……つまり、弱っていた君の治療をしていたんだよ。だから、怖がらなくてもいいんだ」


まるで攻撃されているという事実が全くないかのように、ユースは穏やかな笑みと口調のままで話を続ける。
サザンドラは怒りの声を上げ、体を引き摺りながら必死に攻撃を仕掛け出した。


「僕たちの目的は、野生ポケモンの保護と観察。そして、僕個人のちょっとした趣味で考古学の資料を集めさせて貰っている」

「荒れ果てた地域で生き延びているポケモン達は、逞しい生命力と高度な知恵を身につけている。この船の主が知りたいのはそれだ」

「でも、彼女と違って僕の方は本当にただの嗜好なんだ。痕跡を見つけて過去を辿り、そこに生きていた者達に想いを馳せる……なんの生産性もない行為だけど、何故だか心が惹かれるんだ。でも、趣味っていうのはそんなものだよね」

「……で、僕たちが保護したポケモン達は、治療とデータ収集が終わったら自由の身になる。元いた場所に帰ってもいいし、ここが気に入れば残ってもいい」


いくら襲いかかっても息を乱す素振りすら見せない男の様子に、次第にサザンドラは畏怖の感情を滲ませていく。
だが、この後ユースの放った言葉が、諦めかけていた彼女の心に再び火を灯すことになる。
 ▼ 14 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:18:28 ID:BNLAzyiA [14/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「君はこの辺りにかつて存在した集落で暮らしていた。この地方では有名なドラゴン使いの一族が住んでいたとされる小さな村だ。君が大事そうに抱えていたマントの意匠から察するに、君のトレーナーはそこの出身なんだろうね。一旦は故郷を離れて各地を巡ったけど、晩年になって思い出の地で最後の時間を過ごそうと戻ってきた、といったところかな」


赤の他人には決して知り得ない情報を語りだす男。その表情は実に溌剌としていて、少年のような無邪気さを醸し出していたが、かえってそれが不気味に感じられた。


「君のご主人様は筆まめな人だったんだね。おかげで大体のことは分かったよ。君たちの出会いや旅の道筋、好きなきのみから素敵な名前なんかもね。だから、元気になったらすぐに解放してあげるよ。ね、スカビ――」


「ガアアアアアアアアアアアァアアアッ!!」


その名を口にさせまいと、サザンドラは哮り立った。三対の黒い羽が揺らめき、身体から溢れ出るエネルギーが頭上で収束する。


「っと、流石にそれはまずいな」


ようやく顔色を変えたユースは、相手の射線から逃れるべく回避の姿勢をとる。
直後、集められたエネルギー塊が激しく紫色に輝いた。

りゅうせいぐん。
深く信頼し合ったトレーナーと共に修練を積んだドラゴンポケモンのみが会得できる最強の技。
その名の通り、降り注ぐ光は宇宙から飛来する星々のように見えるという。


――さぞかし美しいだろう。


一瞬だけ、ユースの心に迷いが生じた。





――――――

――――

――
 ▼ 15 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:20:20 ID:BNLAzyiA [15/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「――それで、なにか言うことは?」

「申し訳ございませんでした……」


平伏するユースを、リシアンはカップ片手に冷たく見下ろす。
部屋の惨状は酷いもので、保護カプセル一つに扉一枚破損。壁には見事な打痕が七つ、道しるべの星座の如く点在していた。

あの後、ユースは部屋中を転がり回りながらりゅうせいぐんの弾を全てかわし、完全に力を使い果たしたサザンドラに麻酔銃を打って眠らせたのだった。


「全く……手荒な真似をしないための措置だっていうのに、結局実力行使するんじゃ意味ないじゃないの」


フィジカルが強すぎるのも考えものね、とリシアンは深く溜息を吐いた。
ただ眠らせるだけなら、遠隔で催眠ガスを使えば確実で安全だ。ただ、自らの意思に反してここに連れて来られたポケモンに対し、一方的に行動を支配するような行為をしたくなかったからこそ、「説得」という選択肢を選んだのだ。


「でも、あれだけ元気に暴れられるんだから、きっとすぐ回復するんじゃないかな」


当の本人はのんきなもので、早々に反省の表情を忘れて楽しげな笑みを浮かべていた。
大方、珍しいポケモンの技を目の前で見れたことが嬉しくて仕方ないのだろう。
楽しかった思い出を反芻している子どものようなその姿を見ていると、怒るのも馬鹿馬鹿しくなってしまう。


――けど、下手に入れ込むよりは、これでよかったのかもしれないわね。


女はカップを傾け、その中身を口にする。
甘く香ばしいチョコレートが鼻腔に広がり、飲み下すと心が静まった。
 ▼ 16 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:21:31 ID:BNLAzyiA [16/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告





2.追憶




 ▼ 17 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:22:13 ID:BNLAzyiA [17/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

我らサザンドラ一族は、闇の中で生まれ育つ。
深く暗い穴の底で産声を上げ、洞に溜まった水を啜って育ち、長い年月をかけてようやく翼を手に入れても、決して陽の下で飛ぶことはない。

人間という愚かな生き物共がそれを許さないのだ。

奴等は脆弱で、臆病で、そして非常に傲慢だ。
誉高き我らサザンドラ一族の力を恐れた人間達は、小賢しく冒涜的な知恵を駆使し、我らを自分たちの根城から追いやったのだ。

だから、決して人間達に見つかってはいけない。光の刺す場所に行ってはならないのだと。
同胞達はそう口々に幼い我に言い聞かせていた。


『あ!産まれた!』


だが、我がこの世で生を受けたその日。初めて見たものは圧倒的に眩しい「光」だった。
 ▼ 18 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:23:25 ID:BNLAzyiA [18/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

甲高い歓声を上げて目の前で蠢くその存在に、視界のない我は戸惑い固まった。
殻の中で過ごしていた頃は意識が薄かったが、こんなに騒々しい声を聞いたことがなかった。
これが本当に自分の親なのだろうかと当惑していると、か細い腕がやってきて我の身体を捉えた。


『やっと会えた!産まれたてのモノズだ!』


温かな触感。耳元で囁かれる歓喜に満ちた言葉。
それらはまだ世に出たばかりの我にとって強烈過ぎる程の刺激であり、後に初めて太陽を見たときでさえこの鮮烈さを超えることはなかった。

そうしているうちに、洞窟の彼方から此方へ向かってくる大量の気配がして、その者は慌てて我を地面に下ろした。


『今はまだ半人前だから連れて行けないけど、でも、また後で迎えに来るから。そのときは、僕と一緒に外の世界へ行こう』


そう言い残し、彼は迫り来る気配の反対方向へと急いで駆け出して行った。



この後すぐ、自分が出会ったのはかくも邪悪な人間という存在であったことを同胞達から知らされるのだが、既に我の心の内には消し去ることのできない、「光」への強い憧憬が生まれてしまっていたのだった。





――――――

――――

――
 ▼ 19 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:25:13 ID:BNLAzyiA [19/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『やあ、おはよう。よく眠れたみたいだね』


目が覚めた直後、憎き男の声が部屋の片隅から聞こえた。
反射的に力を溜め、振り返ると同時に竜の波動を叩き込む。
だが、声のした方向に人影はなかった。


『――ちょっと何やってるの。代わりなさい』


別の人間の声がしたかと思うと、ガサガサと耳障りな音が響く。
少し間を置いて、その声の主は語り出した。


『えー……初めまして、私はリシアン。昨日は私の連れが粗相をしたみたいで、ごめんなさいね』


落ち着いた女の声の背後で、例の男が何やら文句を言っているのが微かに聞こえる。どうやらどこか別の場所から二人の人間が我に語りかけているのだろう。


『もう話は聞いてるでしょうけど、私たちはあなたの体調が回復次第、自由にしてあげるわ。あなたは長い間ボールの外で昏睡状態になっていたから、かなり身体が弱っているの。……その、あなたの怒りはごもっともだと思うし、望むならこの男を簀巻きにして差し出してやってもいいんだけど』

『――酷い!』

『今のあなたには休息が必要だわ。だから、しばらく安静にして貰いたいの。完治したらいくらでもこの男を殴らせてあげるから、それまでは大人しくしていて頂戴』


女はそう告げると、泣き言を言っている男の相手をし始めた。しばらく見苦しいやり取りが続いたが、やがて通信が切れたのか再び部屋は静寂に包まれる。
人間の考えることはわからない。
奴らは何故、見知らぬ我を捕らえて治療などしているのか。
 ▼ 20 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:27:22 ID:BNLAzyiA [20/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

奴らの目的を考えてみた。
あの男が言っていたことが事実とするなら、我の力を欲していて、その力の仕組みを解明した後、その見返りに多少の善行を働いて罪悪感を減らしているのだろう。

しかし、それだけではまだ納得がいかない。
女の方はともかく、あの男の思考、言動、行動は我の理解の範疇を超えていた。
我と主(あるじ)の領域をずけずけと踏み荒らし、怒れる竜を前にしてまるで幼子をあやすかのような気の抜けた笑みを浮かべて振舞っていた。
そして、あの並外れた身体能力である。
……思い出すだけで腸が煮えくり返りそうだ。


だが、最も腹立たしいのは己自身だ。
人間の若造に翻弄された挙句、そいつの目が――

――竜の一族最強の技を放つ瞬間に見えたそいつの目が、「光」輝いて見えたのだ。




コンコンコン。


突如、背後から扉を叩く音がして思考が引き戻される。
 ▼ 21 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:29:00 ID:BNLAzyiA [21/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『あの、ボク、食事を持ってきました。入ってもいいですか?』


扉越しに聞こえる声はポケモンのものだった。
先程の弱々しいノック音からして、貧弱な種族に違いない。
先手をとって攻撃すれば……いや、威嚇してみせるだけでそいつは怖気付いて後ずさり、その隙にこの部屋を出る隙が生まれるかもしれない。
算段を立てた我はその者を促す。


『開けろ』

『あ、はい。それじゃあ失礼しますです』


いつの間にか修繕されていた重い扉がゆっくりと開いていく。
案の定見えてきた相手の影は小さい。
羽を広げ、悪のエネルギーを体に纏わせる。
そして、数多のポケモン達を恐れおののかせてきた邪悪な表情を浮かべ、声の限り叫ぶ。


『雑輩が!!そこを退け!!』

『うわあああああああぁっっ!』

『――キャッ!な、なななんだお前はっ!?』


不覚なことに、腰を抜かしたのは自分の方だった。
我が脅した瞬間、そいつの首が吹っ飛んだのだ。
 ▼ 22 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:30:27 ID:BNLAzyiA [22/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『もー!全く酷いですよ。いきなり脅かすなんて!』


奴は外れた首を戻した後、辺りに散らばったきのみを集め出す。……頭が反対方向に付いていることに途中で気がつき、ぐるりと180度回転させていた。
そのあまりに奇怪な光景に、思わず外に出る目的も忘れて固まってしまう。


『これが今日の分のご飯です。さあ、どうぞ召し上がれ!』


器にきのみを盛り付ける作業が終わると、そいつはにっこりと笑って器を我に差し出した。
オレン、オボン、チーゴ、ラム、バンジ……特におかしなものは入っていないように見える。


『じゃあ、お邪魔だったらボクはここで』

『待て!』


そそくさと退散しようとするそいつを、右手の顎で掴んで制する。


『イタタ……離してくださいよ〜』

『貴様は何者だ。正体を示すまで離さん』

『えぇ〜……わ、分かりました、話すので離してください!』


短い手足をばたつかせて喚くそいつを床に放り投げると、ガコン、と硬い音が響いた。
 ▼ 23 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:32:09 ID:BNLAzyiA [23/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『ボク、バリーさんと申しますです。この船でいろんなお手伝いをしていて、今日は配膳のお仕事を頼まれたのです』


そう言って、ぺこりとお辞儀してみせる。するとまた不安定な首が外れて床に落ち、慌てて元に戻そうと四苦八苦し始めた。
見ていてもどかしくなったので、代わりに両手で首を掴んで思い切り嵌め込んでやった。


『あ、ありがとうございます』

『それで、貴様は機械か?ポケモンか?』


単刀直入に問いただす。我はまどろっこしいやり取りが嫌いだ。
奴はきょとんとした表情で答えた。


『ポケモンですよ?どこからどう見たってそうじゃないですか』

『……』


しばし言葉を失う。
そいつの風貌は、デリバードと呼ばれるポケモンに似ていた。
しかし、金属の装甲に液晶に浮かぶ目、そして胴体から簡単に外れる頭部など、明らかに生物としては異質だった。


『ボクはこの船で生まれて、いろんなポケモン達のお世話をしてきましたです。みんな最初は怖がるけど、すぐに楽しく暮らすようになるんです』


デリバードはにっこりと笑った顔をしてみせた。


『リシアンさんもユースさんも、とっても優しい人です。……ユースさんは誤解されやすいかもですけど、でも、悪い人じゃないんです。ボクにとってあのお二人は、両親みたいな存在なのです』


そう言ってデリバードは、抱えていた袋から何かを取り出した。
 ▼ 24 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:33:42 ID:BNLAzyiA [24/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『――それは!』


我はそれが何かわかった瞬間、奴の手から奪うようにひったくった。

上部に深い傷のついたダークボール。
我が主の所有していたボールだった。


『あなたが最初カプセルに入れられてたのは、そのためなんです。ボールを使ってあなたを捕らえたら、所有者が変わってしまうからって、ユースさんが言ってました』


思えばポケモンを回復させる機械というものは、どれもモンスターボールに入った状態で使用していた気がする。
あの怪しげな液体の詰まったカプセルは、どうやらあの男が言っていたように生身のまま身体の傷を癒すためのものだったらしい。


『あ。それから、これも渡すんだった』


デリバードはまた袋に手を突っ込むと、長い布を苦労しながら取り出した。
短い両手をいっぱいに使って布を広げると、そこには見慣れた紋様が描かれていた。


『慣れ親しんだものがあると安心できるからって、リシアンさんに頼まれたんでした。いやぁ〜危なく忘れるところでした』

『……冷たい』

『それはごめんなさいです。本来これは冷気を貯める袋なので……』


受け取ったマントに顔を埋めると、主人の温もりを思い出すどころかキンキンに冷えていたので、思わず不平をこぼしてしまった。
 ▼ 25 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:35:26 ID:BNLAzyiA [25/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『……それでは、ボクは一旦戻りますけど、用があったらいつでも呼んでくださいね』


デリバードはまた深くお辞儀をしかけたが、今度はすんでのところで傾きを止めて上品に礼を終えると、小さく開いた扉から外に出て行った。


奴の話によりいくつかの疑念は解消されたが、新たな謎も増えてしまった。
奇怪なデリバードの正体。この空間のあちこちで散見される並外れた科学技術。そして――

受け取ったマントとボールをその場に置くと、部屋に残していったきのみの器に視線を向けた。
栄養価の高いものを中心に、好みである苦い味のきのみが多めに混じっている。これも、我の好物を調べあげて用意したのだろうか。
慎重に匂いを嗅いでみるが、なんらかの異変を感じとることはできなかった。

――こんな献身に意味はあるのだろうか。

利用するだけ利用したら、捨て置く方が簡単なはずだ。
わざわざ高価であろう機械や食料を、見ず知らずのポケモンに消費する意味はなんなのか。

恐る恐る器山の頂点に置かれたバンジの実を口にする。
酷く懐かしい味がして、そこからはもう止めることができなかった。
 ▼ 26 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:37:56 ID:BNLAzyiA [26/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

   ✳︎    ✳︎    ✳︎


「やはり、ポケモン同士の方が上手くいくのかな」

「いいえ。貴方のコミュニケーション能力がこの子より劣っていただけだと思うわ」

「……」

「デリ?バババ……」


拗ねてそっぽを向くユースの頭を、バリーさんは気遣うようにそっと撫でた。
そういうところよね、と思わず口にしそうになった皮肉を飲み込む。


「それで、あのサザンドラは今後どうするつもりなの?」

「多分、帰りたがるんじゃないかな。そしたら、見つけた場所で逃してやればいい」


ユースは顔を逸らしたまま、ぶっきらぼうに答える。
恐らく本心ではない。
毎回ポケモンを保護する度に、彼は最もらしい御託を色々並べてはこの船に留めようとするのだ。


それに、あのサザンドラは主人を失い、うち捨てられた人形のように長い間眠っていた。
ユースが気にかけない訳がないのだ。


「……それはまだわからないんじゃない?もう少し時間をかければ、あの子の気も変わるかもしれないわよ」
 ▼ 27 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:38:52 ID:BNLAzyiA [27/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告





3.告解




 ▼ 28 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:39:52 ID:BNLAzyiA [28/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

あれから一週間が経った。

出された食事を摂っては眠るだけの日を三日も繰り返すと、サザンドラの身体は不自由なく飛んで移動できるほどに良くなった。

敵意を見せるのをやめた為か、部屋を出る許可は五日目にしてあっさりと下りた。
しかし通路に出た途端、好奇心旺盛な小さなポケモン達に群がられて面食らってしまったために、サザンドラは結局大人しく元の部屋に篭って療養に努めていた。


最初は一刻も早くこの場所から脱出し、主の眠るあの洞窟に戻るつもりだった。
だが、今のサザンドラの思考の大部分を占めているのは、彼女を翻弄した男――ユースだった。

――あの男に一撃喰らわせるまでは帰れぬ。

プライドの高い彼女は復讐心に燃えていたのだ。
幸いにもそれは、治療への原動力となっていた。
 ▼ 29 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:41:23 ID:BNLAzyiA [29/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

   ✳︎    ✳︎    ✳︎


「一緒にお茶しましょう」


夕刻。滅多に顔を見せない船の主がやって来たかと思うと、彼女はそんな提案をしてサザンドラを部屋に招いた。

彼女が普段過ごしている部屋は、沢山の古びた本や落ち着いた色合いの家具に溢れており、どこか無機質で殺風景な空間が多い他の部屋とは一線を画していた。
サザンドラが部屋の入り口で様子を伺っていると、リシアンは微笑みを浮かべて手招きした。


「ほら、貴女の好きなきのみも用意したのよ」


部屋の中央に置かれたテーブルの上には、大量のバンジのみがガラル風のケーキスタンドから溢れ落ちるほど盛られている。
こんなもので懐柔しようとは浅はかな……とサザンドラは内心反発していたが、この実は人間がそのまま食べるには適しておらず、自分が食べなければ無駄になるだろうと言い訳をして、そっと口に運ぶことにした。
リシアンは小さく笑うと、カップを手元に手繰り寄せた。


「こうして一緒にお茶ができる相手ができて嬉しいわ」


その言葉に、サザンドラは疑念を抱く。
この女の周りにはいつも鬱陶しくまとわりついている男がいる。共に茶を飲むことくらい、そいつはいくらでも付き合うのではないのかと。


「そうね。貴女が疑問に思っていることは大体わかる。……今から少し長い昔話をするから、それが答えになると思うわ」





――――――

――――

――
 ▼ 30 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:43:12 ID:BNLAzyiA [30/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

私には考古学者の祖父がいて、小さい頃よく冒険話を聞かせてくれた。

イッシュ地方の海底遺跡、ジョウト地方の遺跡に仕掛けられた古代人のパズル、ナナシマの渓谷で見つけた謎の古代文字……
子供の心をくすぐる面白い話に私はすっかり夢中になってしまって、合うたびに祖父に話の続きをねだっていたわ。
……考古学者、というよりは作家に向いていたのかもね。

ある時、祖父の冒険譚がホウエン地方に差し掛かってから、登場人物が一人増えたの。
その子はカナズミシティの山中を彷徨っていて、迷子だと思った祖父はその子に食料を分け与えて話を聞くことにした。
その男の子は、長年続けていたトンネル工事の仕事を失ってしまって、どうしていいかわからず途方に暮れていたんですって。
カナズミシティの近くには採掘途中のトンネルがあったんだけど、環境を壊してしまうから、という理由で開発が中止されたのね。

そこまで聞いて、祖父は不思議に思った。
小さな子供が危険な工事の仕事をしていて、しかも職を失った後行く宛がないなんて、と。
その子は祖父があげた携帯食料も、温かいお茶も、私が好きなチョコレートのお菓子も、どれにも口をつけなかった。

――いえ、つけられなかったの。

だって彼は、採掘用の労働型アンドロイド……つまりロボットだったから。
 ▼ 31 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:45:33 ID:BNLAzyiA [31/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

その日から、男の子は祖父の冒険の仲間に加わった。
子供のような見た目からは想像もできないくらい、彼は力持ちで頑丈で、祖父の探検を大きく支えたの。

それに、今まで祖父はずっと一人で世界を巡っていて、協力してくれる人やポケモンがいてもその場限りの関係だったから、初めて旅の相棒ができたことがとても嬉しかったのね。
男の子はロボットらしくいつも冷静なんだけど、時々すごく抜けているところがあって、話を聞いていた私もその子のことが大好きになったわ。



しばらくの間、祖父の愉快な冒険譚は続いた。
私は厳しい両親や勉強から逃れたいとき、いつも祖父の家に行って話をせがんだ。祖父はいつも嫌な顔せず私を迎え入れると、美味しいホットチョコレートを淹れてくれて、それから楽しい冒険の話をしてくれた。
……十歳を過ぎた頃になるともう、祖父の話が全て本当の出来事じゃないってことが分かり始めたんだけど、それでも私は祖父の話が――不器用で健気なその男の子のことが好きだったの。



私が十四歳になった頃、祖父は重い病気で寝込みがちになってしまった。
私も将来に向けての勉強が忙しくなっていて、以前のように祖父に会いに来ることがなくなっていたわ。
だからその日は、久しぶりに会った祖父との間に気まずい沈黙が流れていた。
歩行が辛い祖父の代わりに自分で淹れたホットチョコレートはあまり美味しくなくて、祖父は思い悩んだ顔をして黙ったままだった。

どれくらい時間が経ったか忘れたけど、やがて祖父は重たい口を開いた。
 ▼ 32 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:47:35 ID:BNLAzyiA [32/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

ある日、彼らは空の柱と呼ばれる塔に向かった。
そこはホウエン地方の伝承が眠る場所で、非常に歴史的価値のある壁画があるとされていた。
けど、塔には危険が多くて、その地方のジムリーダーが認めた者しか立ち入りを許可されない場所だったの。

祖父たちは監視の目をかい潜り、無断で塔に侵入した。
……後悔はすぐに訪れたわ。
塔を少し登った辺りで、彼らはポケモンの襲撃を受けたの。
男の子はポケモンとも互角に戦うことができたんだけど、その塔はあちこちが脆くなっていて、攻撃を受けた際に足場が崩れてしまった。

落下する中、男の子は生身の人間である祖父を必死に庇った。

そして、祖父が意識を取り戻したとき、傍らには男の子だったものの残骸が散らばっていた。


そこまで語り終えると、祖父は重たい腰を上げて私を地下室へと案内してくれた。
今まで、掃除をしたことがなくて汚いからと立ち入りを禁止されていたその部屋の中には……そこには、白銀の髪と鉄の身体を持った男の子が眠っていたの。
 ▼ 33 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:49:36 ID:BNLAzyiA [33/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

私は、その子に一目で心を奪われた。
ずっと物語の中だけの登場人物だと思ってた男の子が、本当に存在していたことが嬉しくてたまらなかったの。

だけど、祖父は悲しい顔をしてその子の状況を語り出した。
事故の後すぐに男の子のパーツをかき集めた祖父は、ロボットの製造会社に駆け込んだ。でも、ここまで大きく破損してしまったらもう直すことは不可能だと言われてしまった。
……その人達はとても冷淡で、ロボットには人間の思考回路に似せたAIはあるけど心はない。だから、新しく素体を用意すれば同じ個体を再現できる、なんてことまで言ったらしいわ。

今まで集めた貴重な発掘品を全て売り払い、祖父は様々な研究機関を訪れて頼み込んだりもしてみたんだけど、一番良い返事ですら「身体を再現することはできるが、その場合記憶は全て抹消される」という残酷なものだった。

祖父は、男の子が自分のことを完全に忘れてしまうんのが怖くて、半壊したままの状態の彼をずっと地下室に閉じ込めていたの。


苦しげに騙る祖父に反して、私の心には一筋の光が差し込んでいた。

だったら私が、その子に再び命を与えてみせよう、とね。





……もう、わかってるでしょうけど。私は十年かけて再構築したそのアンドロイドに、「ユース」という名前をつけたの。
 ▼ 34 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:50:14 ID:BNLAzyiA [34/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告





4.爛然




 ▼ 35 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:51:06 ID:BNLAzyiA [35/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『……行方不明?』


サザンドラは告げられた言葉の意味を噛み砕くように、自分の口で繰り返した。


『そうなんですぅぅぅ……三日前にここを出てからずっと戻って来なくて、連絡もないんですよぉぉ……!』


デリバードは涙が出せない代わりに、目元の液晶にこれ以上ないほどの困り顔を表示して、悲痛な声を上げていた。


『ルルゥ……ユースさん、このまま戻ってこなかったらどうしよぉ……』

『縁起でもないこと言わないでよラル!そんなの……う、うぅぅ……』

『『うわーん!』』

『やめろ!我の横で泣き喚くな!他所で泣け他所で!』


両脇からフェアリーボイスで泣き出すキルリア達に、サザンドラは頭を振って叫ぶ。



『無理もないですよ。今までも時々帰りが遅くなることはありましたけど、それでも次の日には戻って来てたんです。それがなんの音沙汰もないだなんて……皆不安になるに決まってますです』


デリバードは心底困り果てた様子で、泣き出したキルリア達をなんとか慰めようとしながらそう溢した。
 ▼ 36 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:52:25 ID:BNLAzyiA [36/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

   ✳︎    ✳︎    ✳︎


『全く……なぜ我がこのようなことを』


夜空を滑空しながらサザンドラは悪態をつく。

ここ数日間。機会があればすぐにでもあの男の首をへし折ってやろうとサザンドラは意気込んでいた。
が、船内で男の姿を見ることはなかった。それはリシアンが気を回して男を遠ざけていたからだった。
彼女は三日前、ユースに対し「サザンドラが回復するまで船から降りて探索でもしてきなさい」と命じたらしいのだが、それからずっと彼からなんの連絡もなく、所在がわからなくなってしまったのだという。

どうせどこかの廃墟にでも立ち寄り、周りが見えなくなるほど熱中しているのだろう。
サザンドラにはそうとしか思えなかったので、他のポケモン達が何故あんなにも心配しているのかが不可解だった。


ピピピ……

リシアンによって首に下げられた機械が、か細い音を立てて震え出した。
なんでもこれは、ユースの体に取り付けられたチップが発する位置情報を読み取って反応するものらしく、近くに寄るほど大きな音がなる仕組みになっているらしい。

まるで迷子探しだ。こんなものを用意されている時点で、奴はそうなることを以前から予測されていたのだろう。
怒りを通り越して呆れの境地に達し始めたサザンドラは、無心になって高度を下げていった。
 ▼ 37 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:53:36 ID:BNLAzyiA [37/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

ゆっくりと降下するにつれて、闇に包まれて見えなかった地上の様子が次第に見えてきた。
サザンドラは、その場所が覚えのあるものであることに気がつく。


『ここは……村があった場所ではないか』


僅かに残る朽ちた建物の配置。干上がった川の形。それらは過去にサザンドラがトレーナーと共に暮らしていた村の特徴と合致していた。

あの男、性懲りも無くまだ我の過去を嗅ぎ回っているのか。

サザンドラは忌々しげに眉間を寄せた。
もし、哀れにも何らかの事情で動けずにいるのであれば、船内で指を咥えて待っている奴らの代わりに男を回収してやってもいいと思っていた。

だが、サザンドラの脳裏にはまた、あの憎たらしいユースの振る舞いが蘇る。

……もし、あの男が呑気に探索とやらを楽しんでいるようだったら、我がこの手で奴を半壊させてやろう。

そんな結論に至ると彼女は少し機嫌を取り戻したようで、積極的に耳を傾けて捜索を始めた。
 ▼ 38 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:55:59 ID:BNLAzyiA [38/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

ピピピピピ…


揺らぐ電子音に耳を澄ましながら、サザンドラは廃村を隈なく見て回った。
村は変わり果てていたが、所々に過去の記憶と重なる部分があって、ふとした瞬間に思い出が脳裏をよぎる。
以前の彼女だったら、一度それが始まると際限なく続いてしまい、長い間動けなくなってしまうことがあった。
しかし、今のサザンドラの頭の中は強い目的意識で満たされており、立ち止まらずに通り過ぎて行った。


音が大きくなる方へ進んで行くと、石造りの建物の残骸が見えてきた。
周囲の朽ち果て具合に比べると、以前の面影が強く残っていたため、すぐにその場所を思い出す。

村の竜使いたちが集う修練場だ。
かつてこの場所で、サザンドラと主は一族の秘技を習得した。

――成程、奴が好みそうな場所に違いない。                            

様々な伝統が眠るこの建物は、恐らくユースにとって価値のあるものに違いないだろう。
人間の知識に疎い彼女でも、なんとなくそれは予測できた。
 ▼ 39 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:58:47 ID:BNLAzyiA [39/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

間近で見てみると、建物は既に完全に倒壊していた。
全体を支えていた巨大な柱がかろうじて残っているくらいで、その他の殆どが瓦礫の山と化している。
確か入口付近には等身大の竜の彫刻が飾られていたはずなのだが、それすら見当たらない。


ピピピピピピ…!


音は確実に近くを示している。
だが、周囲に動く者の姿はない。

状況から見て、男は瓦礫の中だろう。




――ボクが探しに行きますよ。ユースさんの行きそうな場所は大体わかってますから、すぐに見つけてみせます!……でも、そうなるとこの子達のお世話をお願いすることになりますですが。

赤子のヨーギラスと潤んだ目のフェアリータイプ二体を押し付けられそうになり、それだけは無理だと言って捜索する方を選んだ。
だが、今となってはどちらがましだったのか、怪しいものだ。


サザンドラは途方もない作業を目の前にして、自分の選択を後悔し始めた。
 ▼ 40 XSB9B4V/6I 23/02/14 20:59:56 ID:BNLAzyiA [40/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

   ✳︎    ✳︎    ✳︎


アンドロイドは眠らない。
なので、長い間身動きのできない状況下にあるときは、ひたすら回想をして時を過ごす。

いつも最初に浮かぶのは、自分がまだろくに感情もなく、命じられるがままに動いていた頃の記憶だった。
一度大きな破損をしたせいで、リシアンの手によって目覚めたあの日よりも前のデータは、彼女によって入れられたものを除けば殆どが消えているはずだった。
それなのに僕の記憶の原初には、他の誰にも知られていない、僕だけが見た風景が確かにあった。

視界に映るのは、靄がかった薄暗い洞窟の岩盤。
僕に施されたプログラムは、その岩を掘削すること以外の自由を許さない。なんの感情もなく、僕は日々労働を繰り返していた。

そんな単調な風景の中で唯一鮮やかだったもの。それは沢山の「声」だった。
 ▼ 41 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:00:50 ID:BNLAzyiA [41/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『あれはなに』


始めはその声が誰のものなのかわかっていなかった。
洞窟には沢山の作業員がいたので、彼らが発しているものだと思っていた。


『なにをしているの』『わからない』『こわしてる』『うるさい』


だけど、それらの声は無垢で、か細くて、作業員達の発する事務的な言葉とは違うように思えた。


『人間だ』


ある時それが、ポケモン達の声だということがわかった。

僕はそれらに耳を傾けるようになり、やがて、次第に鮮明に聞こえるようになっていく。


『今日も人間たちが来たよ』『また岩を壊すんだ』『奥に隠れに行こう』


ポケモン達は、自分たちの住処に人間や機械が入り込み、地形を崩していることに怯えているようだった。
 ▼ 42 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:02:09 ID:BNLAzyiA [42/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

プログラムのミスか、バグの発生か。
僕の意識は命令に背き、日に日にポケモンたちの方へと向いていく。

ある日、声が自分のすぐ側で聞こえたので、僕は自分の足元へと視線を移した。
するとそこには、小さくて桃色のポケモンが佇んでいて、つぶらな瞳で僕をじっと見上げていた。


『ねえ、君は何?』


その子の問いに、僕はどう答えていいかわからなかった。

僕は人間ではない。
記憶も、嗜好も、行動理念も、全てプログラムされた情報に基づいている。

だけど、機械でもない。と、思う。
欠落箇所を埋めるために、リシアンは高度なAIを組み上げ、そこに人間一人分の記憶を入力した。
でも、それ以前の僕にも、希薄ではあったが確かに自我が存在していたからだ。



何度も、何十回、何百回も同じ回想を繰り返してきた今でも、答えは見つかっていない。
 ▼ 43 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:04:11 ID:BNLAzyiA [43/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

   ✳︎    ✳︎    ✳︎


重たい瓦礫を掴んでは放り投げる作業を、もうどれだけ繰り返したことだろう。
気がつけば空は白み始めていた。

首に下げた機械は、甲高い音を上げ続けている。
ある程度の距離に達すると音量が変わらなくなるらしく、先刻からただの耳障りなガラクタと成り果てていた。
苛立ち紛れに、瓦礫と一緒に思いきり投げ捨てる。

カシャーン。

小気味よい破裂音がして異音が鳴り止む。
多少気持ちが晴れたサザンドラは、再び足元の瓦礫に目をやって驚いた。


人の足だ。

ようやくこの労働から解放される喜びに、彼女は対象が憎き相手だということも忘れ、無我夢中で引っ張り上げた。

徐々にその姿があらわになっていく。
着ていた服は破けてボロ切れのようになっていたし、関節は外れておかしな方向に曲がっていた。
サザンドラはこの人物の正体を知っていたため、惨状になんの動揺もせず、雑な動作で最後まで引き上げた。

しかし。


『――ヒッ…!キャアアアッ!』


首から先のない人体に、サザンドラは悲鳴を上げた。
 ▼ 44 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:07:14 ID:BNLAzyiA [44/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「その声は……サザンドラ?」


へたり込んだサザンドラのすぐ真下から声が聞こえた。
恐る恐る瓦礫を退けると、銀髪の頭部が現れた。


「いや助かったよ。流石にこうなると自力じゃ出られなくてね」


発掘されたユースは、そう言って力なく笑う。
並外れた身体能力の彼だったが、指令を出す頭部が分離してしまってはどうにもならないらしい。

夜明け途中の薄暗闇の中で、サザンドラを見上げる男の目は明星のように光っていた。


「ごめん、怖がらせちゃったよね。あの、僕は実は……」


驚いて呆けてしまったサザンドラを見て何も知らないと思ったのか、ユースは自分の正体を語り出す。
既に知っていたことだけだったので、サザンドラは聞き流しているうちに冷静さを取り戻していった。
 ▼ 45 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:07:59 ID:BNLAzyiA [45/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

この状態の男をどうやって連れ帰ったものか。
目先の不安はそれだった。
力なくしなだれる胴体と、転がり落ちる頭部。その二つを乗せて飛ぶのは不可能だ。


「……つまり、バリーさんと一緒なんだよ。あの子のことは知ってるよね?」


男の言葉に、サザンドラは思い出した。


「あの子も実はリシアンがね……って、サザンドラ?」


急に地面から浮いたことで、ユースは話を止めて彼女を見やる。
サザンドラはユースの髪を噛んで持ち上げており、空いている両の手には胴体があった。


「え、ちょっと、まさか」


ガチャン!

金属のぶつかる音とともに、男の悲鳴が上がった。
 ▼ 46 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:10:05 ID:BNLAzyiA [46/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「うぅ……そんな、雑な扱いって、ないよ……」


不平を言いながらも、背に乗せられたユースは震える手でサザンドラにしがみついた。

あのデリバードと同じように頭を接続してみたところ、しばらくはその場で悶えていたが、やがて少しだけ体を動かせるようになった。
なんだ、機械というとのは案外扱いが簡単ではないかと、サザンドラは得意げになる。

ユースが首に手を回してきたのを確認すると、サザンドラは羽を広げて飛び立った。


「――わっ……!」


大きく揺れた衝撃に、背後から小さく悲鳴が上がる。
彼がずり落ちてはいないことを確認し、更に高度を上げると、悲鳴は歓声に変わった。


「……凄い!飛んでる!」


ユースは感嘆の声を上げ、子供のように無邪気に笑いだした。
あまりにも笑いが止まらないので、そのまま力が抜けて落下するのではないかと危惧するほどだった。
 ▼ 47 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:11:37 ID:BNLAzyiA [47/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『この男……ついに完全に壊れたか』


ボソリと呟く。
すると、ユースは呼吸を整えてから言った。


「確かに今はあちこち破損してるけど、でも、思考は至って正常だよ。空を飛ぶことの感動は、空を飛べる子にはわからないのさ」

『え……?』


言葉が返ってきたことにサザンドラは唖然として、背後を振り返る。


「何?」

『お前、我の言葉を理解しているのか?』

「ああ、うん。そうなんだよね。なんとなく聞き取れるんだ。それよりも、僕は以前から、空を飛べたら是非上空から見てみたい遺跡があってね……」


簡素な返答の後、それがどうでもいい情報であったかのように、さらりと別の話題を出されてしまう。
だが、サザンドラにとってそれは、ユースの正体がロボットであったことよりもずっと衝撃的だった。
 ▼ 48 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:14:07 ID:BNLAzyiA [48/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

ユースはぐだぐだと小難しい話を続けていたが、相手が自分の話に興味を持っていないことに気づくと、口をつぐんだ。
しばらく沈黙が続き、先にそれを破ったのは、またしてもユースの方だった。


「……僕は、時々自分がわからなくなる」


先程までとは打って変わって、彼は静かに話を切り出した。


「リシアンがいくら手を尽くしても、僕は人間にはなれない。だからといって、物言わぬ機械に戻ることもできない」


ユースが身動ぎすると、半壊した身体の継ぎ目から金属の擦れる音がした。


「溢れ出る好奇心を満たしているとき、その時だけは自分を忘れられるんだ……これも、もしかしたらあの人が僕に設定した趣向なのかもしれないけどね」

『あのポンコツ鳥をポケモンだと言い張るのなら、お前もそうなのではないのか』


サザンドラは、ある種の希望を込めて問いかける。
しかし、長い間を置いて返ってきた男の返事は、歯切れの悪いものだった。


「……そう、かもしれないね。人の手によって作られたポケモンというのは、遠い昔から存在していた。明確な定義はないけど、無機物に生命エネルギーが宿り、それが自我を持つことでポケモンになると考えられている」



「でも、僕は、人間になりたいんだ……リシアンのために」


その言葉を聞いたサザンドラは衝動に駆られ、首に下げていたガラクタを捨ててしまったことを後悔した。
 ▼ 49 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:15:31 ID:BNLAzyiA [49/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「昔は楽しかった。僕も彼女もお互いを誇りに思っていたし、二人で成し遂げたい夢もあった。……でも、ある時期から、リシアンは重い罪悪感に囚われるようになった」

「自分の軽はずみな好奇心と身勝手な欲求のせいで、僕が永遠に苦しむようになったと、彼女は泣いていた」


「人間と、不死のロボットは、永遠には一緒にいられない。それは君だって一度苦しんだことがあるんだから、わかるだろ」




『なにを言い出すかと思えば、くだらない』


サザンドラは吐き捨てた。
何故、彼らが自分を拾い上げて救おうとしたのか。その本心が透けて見えたのだ。

かつての相棒が自分に遺した言葉が、今再び脳裏に浮かび上がってきた。
それを復唱するように、サザンドラは口を開いた。


『お前はお前の好きなように生きればいい』
 ▼ 50 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:17:28 ID:BNLAzyiA [50/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『お前は我を勝手に同類だとでも思っているのかもしれぬが、我があの場所にいたのは、自らの意思だ』


苛立ちをぶつけるように吐き捨てると、胸のつかえがとれた気がした。
サザンドラが最も癪に障っていたものは、彼らの憐憫の目だったのだ。


『我が主は何度も言っていた。「私が死んだら、お前は好きな所に行きなさい」と、だから我は、そこにいた。……初めて会ったときから、生涯を捧げると決めていた相手のところにな』

「そうだったんだ……それは、悪い事をしたね」


今更愁傷な態度をとるユースに対し、サザンドラは、フン、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
――誰のせいで、もうそこには戻れなくなったと思っているのだ、と、思わず余計な文句を言いかける。


『ともかく、人間としてあの女と添い遂げたかったら心中でもしてやればいい。そうでなければ、女を看取った後に、遺跡でもどこにでも行って好きなように生きればいいだろう』


あまりに剛毅果断な彼女の提案に、ユースはしばらく何も言えなかった。
 ▼ 51 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:19:36 ID:BNLAzyiA [51/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『お前がうだうだと悩んでいるから、その女も気に病んでいるのだろうが。男なら、番(つがい)の世話くらい自分で見ろ』

「つ、番って……そんな直球的な……いや、でも、ある意味間違ってはいないのかな……」


黙り込んだ相手が気に食わないサザンドラが追い打ちをかけると、男は違う方向でうろたえだした。
怪訝に思ったサザンドラが振り向くと、ユースは先程までの話はなんだったのかと問いただしたくなるような、アンドロイドにあるまじき表情を浮かべていた。


「……ええと、実はバリーさんって、僕が集めた古代文明の資料を元にリシアンが作り上げたポケモンなんだよね」


突然、脈絡のない話題が出てきてサザンドラは困惑する。


「だから、考え方によってはあの子は、僕と彼女の愛の結晶って言い方もできるのかなって、思ってさ!えへへ……」

『振り落とされたくなかったら、今すぐその気持ち悪い薄ら笑いをやめろ』

「え……どうして急に怒るんだい?」

『これ以上、貴様に語る言葉はない!』


堪忍袋の緒が切れた彼女は、背中の人物を労って飛ぶのをやめることにした。
荒々しく羽を広げて前駆姿勢になると、サザンドラは白み出す地平線に向かって思い切り疾駆する。


夜闇の下で生きてきた彼女にとっては、鈍く発光する朝日ですら、目を刺す程に眩しかった。
 ▼ 52 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:20:32 ID:BNLAzyiA [52/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告





5.黎明




 ▼ 53 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:23:40 ID:BNLAzyiA [53/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「貴方を一人にしないために、私、ずっと研究してきたわ。でも、何が正解なのか。未だにわからない」


目の前の人物から目を背けるように、女は手のひらで顔を覆う。
部屋は暖炉の火が爆ぜる音だけが響き、辺りには懐かしいホットチョコレートの香りが漂っている。
ユースは温かいコップを持ったまま、所在なさげに立ち尽くしていた。


「できることなら、私も貴方と共に生きたかった……けど、この手術を施すには私の体力はもう足りない」


リシアンは手袋と服の袖で覆われた左腕に右手をかけ、袖を捲り上げた。
そこには、鈍く光る機械の腕があった。


「後は……貴方に擬似的な寿命を施すことはできる。設定した年月が経過することで、活動を停止させるプログラムを入れればいい。でも、それは」

「それは、君の信条に反するものだろう」


リシアンの震える声に、迷いのない男の声が重なった。
顔を上げると、蒼天のように混じり気のない青い瞳が、彼女を真っ直ぐ見つめていた。
 ▼ 54 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:25:23 ID:BNLAzyiA [54/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「そして、君のお爺さんにも――彼の記憶と人格を受け継いだ僕にとっても、受け入れがたい提案だ」


そう言ってユースは天井を仰ぎ見ると、無いはずの眼鏡の位置を治す動作をした。
懐かしい動作に、部屋の音と匂い。全てがあの頃のものと重なって、リシアンは弱々しく微笑んだ。


「確かに君を失うのは怖いよ。僕にとって君はかけがえのない存在だ。生みの親であり、大切な孫娘であり、愛する恋人でもある……だけど、僕は、僕には造られたものではない意思がある。遠い昔、ただ穴を掘るだけの機械だった頃から、僕には心があったんだよ」


ユースは持っていたカップをテーブルに置いた。
大きな乾いた音がして、リシアンは目の前の人物が何者なのかを思い出した。
黒い水面に、怯える女の顔が揺れていた。


「僕の毎日には夢が溢れている。過去の遺産を発掘して、謎を紐解いて、当時の暮らしを知るのが楽しい。未知のポケモンに出会うことが楽しい。知らない景色を見ることが楽しい……これは、君の設計した感情なのかもしれない」

「だとしても、今は全部、それも含めて僕自身なんだと思ってる」


彼の目は遠くを見ていた。
リシアンは、何も言えなくなって俯いた。
 ▼ 55 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:29:42 ID:BNLAzyiA [55/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「君が居なくなって、そこで終わりにしたくない。君の思い出を抱いたまま、また歩き出したいんだ」


リシアンの手に、ユースの機械の手が重なった。
しわがれた右の手を冷たい手で握り締め、機械の左手には熱いカップを持たせた。


「最後の時まで、君の好きなホットチョコレートを煎れ続けるから。だから、僕の記憶メモリになるべく多くの笑顔を焼き付けさせて欲しい。それが僕の望みだよ」


ユースは微笑んだ。それは、作り物でない、紛れもなく本物の笑みだった。
しかし、リシアンは同じものを返すことはできなかった。
無言のまま、俯い垂れ下がる白髪の間から、いくつもの雫を零した。





――貴方に本物の心があるのなら、尚更一人にできないじゃない。


彼女は温かなカップをきつく握りしめた。





――――――

――――

――
 ▼ 56 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:30:36 ID:BNLAzyiA [56/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

   ✳︎    ✳︎    ✳︎


「おーい、バリーさん。大丈夫かい?」


ユースは足を止めると、振り返って様子を確認した。
可哀想なそのポケモンは、短い足を必死に駆動させて階段を登っているが、体格故になかなか進むことができなかった。
「仕方ないな」とユースは苦笑して降りて行くと、そのポケモンを担ぎ上げて再び上を目指して進み出した。

パルデア地方の強い太陽の日差しが、長い階段を上がる二人をジリジリと灼く。
あまり浴び過ぎると危ないかな……と思案していると、不意に小さな影がユースに覆い掛かった。


「やっと戻って来たのか――スカビオサ」


ユースが空を見上げると、三対の黒い羽をはためかせた竜が嬉しそうに一鳴きした。


「キャシャーーーン!」
 ▼ 57 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:32:02 ID:BNLAzyiA [57/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

鋼鉄の体を持つ、サザンドラによく似たポケモン。
この子はある日突然船の中に現れた。

僕はこの不思議なポケモンの正体を知ろうと、リシアンから引き継いだ記憶を何度も読み込んでみたけれど、照合するデータは見つからなかった。

非常に不可解な存在だったが、僕は詮索するのをやめた。
サザンドラとこの子が、まるで親子のように寄り添っている姿を見たからだ。


結局この子の正体はわからないままだったが、なんであれ、サザンドラの子供だと思うことにした。
それが、最善だと思ったのだ。
 ▼ 58 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:33:27 ID:BNLAzyiA [58/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「さあ、ここがかつてのテーブルシティの中心だ!」


階段を登り終えると、ユースは抱えていたバリーさんごと腕を高らかに上げ、溌剌とした声で叫んだ。
そのまま瓦礫の山に駆け寄ると、目を輝かせてその場にしゃがみ込む。


「この場所にはかつて、世界一と呼ばれるほど巨大な学校が建っていてね……」


生き生きと語り出すユースの様子に、腕に抱かれたポケモンは嬉しさ半分、呆れ半分のような微妙な表情を浮かべる。
上空では、幼い機械竜が素知らぬ顔で飛び回り、気ままに景色を楽しんでいた。




日が暮れると、ユースは二匹を呼び戻して帰還の準備を始めた。


「明日は久しぶりに、君たちの母親に会いに行こう。この素晴らしい旅の成果を聞かせたらきっと喜ぶよ」


その手には古いチョコレート菓子の空き箱と、白く小さな花を咲かせたきのみが握られていた。
 ▼ 59 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:35:14 ID:BNLAzyiA [59/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

   ✳︎    ✳︎    ✳︎


以上が、オーカルチャー編集部で現在最も注目されている幻の人物、ユーストマ博士の生い立ちだ。
彼は相方の女性から受け継いだ知識と自らの好奇心を以ってして、後に多くの人工ポケモンを創り出したと言われている。

なお、文中に記されたサザンドラ型の機械生命体については、二つの仮説が存在する。
一つは、遺されるユーストマ博士を想ったリシアン氏が、最後に作り上げた人工ポケモンであるという説。
もう一つは、機械の身体に人間ともポケモンともつかない心を持った不思議な存在であるユーストマ博士を、サザンドラはポケモンだと認識していた――つまり、彼女自身が産んだ新たな形の生命体であるという説だ。

どちらも我が社の誇る有識者達による論説であるが、真相はまだ深い闇の中。
どちらを信じるか、はたまた別の新たなる説を信じるのかは、君次第だ!



月刊オーカルチャーでは毎月パルデア地方の謎を取り上げ、様々な角度から解説している。
今回あまり掘り下げられなかったデリバード型のポケモンについては、今後特集を組む予定なのでお楽しみに。

※オーカルチャーはバックナンバーによる取り寄せも可能!
二冊以上の注文でなんと送料無料!詳しくは巻末にて。
 ▼ 60 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:36:47 ID:BNLAzyiA [60/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

   ✳︎    ✳︎    ✳︎


「ジニア先生、本当にこんな怪しい雑誌で図鑑の文章書いてたんだ……」


ハルトは溜息を吐いて本を閉じる。
『月間オーカルチャー』と題されたその雑誌の表紙には、怪しげな風貌のエスパータイプのポケモンが大きく描かれており、眉唾物としか言いようがない様々な論説の見出しがその絵を埋め尽くすように散りばめられていた。

長い読み物を一気に読んだせいで首と肩が凝って仕方ない。
雑誌を机に投げ出すと、ハルトは思い切り体を伸ばして椅子の背にもたれ掛かった。


「キャシャン?」


椅子――もとい椅子にされていたポケモンが小さく鳴いた。
ハルトはごめんと謝ると、まどろみから覚めたばかりのポケモンの頭を撫でる。


「ねえ、キミは一体どこから来たの?」


ポケモンにしてはやけに無機質な、ディスプレイのような顔を覗き込む。
ハルトの問いかけに対し、そのポケモンは何の表情の変化も見せなかった。
 ▼ 61 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:38:02 ID:BNLAzyiA [61/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告





No.385 テツノコウベ


ロボットに 恋した サザンドラの 子どもと
オカルト雑誌が 取り上げた ポケモンに 似ている。




 ▼ 62 XSB9B4V/6I 23/02/14 21:43:22 ID:BNLAzyiA [62/62] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

このSSは以下の企画に参加しています。
また、作中に登場する人物・解釈は独自のものであり、公式準拠ではありませんのでご了承ください。

【SS企画】バレンタインSS企画2023【投稿期間1/13〜2/14】

【SS企画】バレンタインSS企画2023【投稿期間1/13〜2/14】

https://pokemonbbs.com/post/read.cgi?no=1864461
 ▼ 63 イタラン@くろいろたまいし 23/02/14 23:37:57 ID:F9yoL..I NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
乙です
素晴らしかった
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