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【1レス目企画】荒野の迅雷リバイバル

 ▼ 1 まぐれな救い主◆m3DNSoFAFg 19/03/08 18:07:09 ID:N7TsxXfE NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


──ここはどこだろうか?

肌寒い感覚が意識を浮上させる

抉れた地面、無造作に投げ捨てられたもう使えないであろうモンスターボール……

どれも全て、見覚えがない

──自分は誰なのか?どうしてここにいる?

必死に思い出そうとしたが、何も思い出せない

記憶の糸はどこかで途切れてしまっていた……


ふと、何かの気配がした

荒れ果てた景色の中で存在感を示す、蕾をつけた桜の木

そのそばに、誰かが倒れているのだ──
 ▼ 156 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 20:01:25 ID:AHpkwvLs [1/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 とはいえさすがにくたびれた。

 見知らぬ顔、顔、顔がずらりと並んでこちらを見つめ返してくるわけで、なかなかに異様な光景だし、精神力が削られる。
 集中力を欠いて見落としてしまっても問題だ。


「少し休憩しよう」

 立ち上がって伸びをする。
 アー。

 いかに筋肉が凝り固まっていたよくわかる。

 窓辺に寄ってもたれかかると校庭の様子が見えた。今いるのは2階だから、眺望は悪くない。

 ▼ 157 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 20:07:38 ID:AHpkwvLs [2/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 生徒たちのにぎやかな歓声が聞こえてくる。

 校庭にはポケモンバトルのためのグラウンドがいくつか設けられていて、今もその1つでバトルの実技授業が行われているところだった。


 あれはラクライだな。対戦相手の方は……まだポケモンを繰り出していないのか?

 と思っていたら、何もないところから電撃が放たれる。
 ああ、なるほど、相手はバチュルか。小さすぎて見えなかっただけらしい。


 まだまだ初心者そのものの生徒だからポケモンも進化前だし、強力な技は使えないから地味な試合ではある。
 しかし、アルバムの山を掘り進む気分転換としては悪くないだろう。

 ▼ 158 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 20:13:41 ID:AHpkwvLs [3/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「おーいユスラも見るか? グラウンドでバトルしてるぞ」 

「わたしはいい」

 首を振り、床にぐでーと大の字になる。
 ここ使われてない教室だから結構ホコリ積もってるけど、いいのかな。 


 ラクライとバチュルのバトルはバチュルが優勢のようだった。
 体格差からパワーに劣るバチュルだが、ラクライの攻撃が大振りすぎてなかなか当たらない。
 一方バチュルは確実に攻撃を当て、じわじわと体力を削りとる。


 しばらく観戦していると、大の字のままで、不意にユスラが呟いた。



「サクラはさ、わたしがなんで学校行ってなかったか、聞かないの?」



 ▼ 159 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 20:20:12 ID:AHpkwvLs [4/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「あー……」

 なんて答えようか。

 正直、気にならないといえば嘘になるし。根本的に解決しようと思えばいつかは聞かなければならないとも思う。
 でも、聞いていいものかという迷いはいまだにある。これはきっとユスラの負った心の傷の本質に直結することだから。


「言いたくないこともあるかなって。でももし話してもいいって気分になったら、教えてくれると嬉しいとは思う」

「ふうん。まあ、サクラにだったら言っちゃってもいいかなって、思うんだけどさ」
 
 そう言ったきり、ユスラは口ごもる。
 ▼ 160 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 20:27:04 ID:AHpkwvLs [5/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「タイミングの問題か。たぶん、重い話だもんな」

「まあ、そう。このアルバム見るのが終わってからにしよっかな」 

「よし、じゃあ、ちゃっちゃとやっつけちまおう。……そうだ、これ、食うか」

 不意に存在を思い出して、リュックから『カイリキーメイト』を取り出す。
 俺が目覚めた時からリュックに入っていたブロックタイプのエネルギー食品だ。かなりお腹にたまることで有名なやつ。

 ▼ 161 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 20:30:44 ID:AHpkwvLs [6/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 カイリキーメイトには色々なフレーバーがあるが、俺が持っていたのはメープル味。やっぱり甘いのが好きだったんだなあ、俺は。


「メープル味? こんなのあったっけ。新発売?」

「あれ、結構前からあるイメージだけど」

「そうなんだ。わたし、お買い物なんてむしよけスプレーぐらいだから……いただきます」

「おう、アルバムにこぼさないようにな」


 エネルギーを補給して、気合い入れていこう。
 待ってろよ、アルバムの中の俺。

 ちなみに、ユスラはメープル味をけっこう気に入ってくれた。

 ▼ 162 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 20:36:58 ID:AHpkwvLs [7/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 ○

「ない!」


 『確認済み』のアルバムの山に、また一冊。
 気がつけば俺の担当のアルバムは最後の一年ぶんとなっていた。

 現在30歳の卒業生たちの写真を収めたアルバム。
 一方、ユスラの方も現在18歳の卒業生のアルバムに手をつけようというところで。


 このどちらかに、俺がいるのか。
 つまり俺は30歳か18歳のどちらかということに。どっちの方が嬉しいだろうか。
 30歳なら実際より5歳若く見えることになる。18歳なら、本当に若いことになる。悩ましいところだ。

 いや、そんなのどうでもいいわ。

 ▼ 163 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 20:42:56 ID:AHpkwvLs [8/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 泣いても笑ってもこれが最後。
 このどちらかにいなければ、振り出しに戻ることとなる。


 南無三!

 祈りを込めて、ページを開いて──ドキリとする。


 そこに、いた。


 短く切り揃えられた金髪、力強くこちらを見返す瞳、鼻筋の通り方も。
 鏡で見た俺の顔に、よく似ていた。自分で言うのもなんだが、俺は結構美形な方だと思う。
 学生時代のものだから、さすがに完全一致とはいかないが──と、氏名の欄に視線を落として。



 ──え?


 ▼ 164 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 20:44:10 ID:AHpkwvLs [9/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 どういうことだ、これは。
 お前は、俺は。
 そういうことなのか?

 



 その写真の人物の名は、こう記されていた。
 ──ワドッカツ。

 ▼ 165 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 20:54:15 ID:AHpkwvLs [10/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



 ワドッカツ。
 ユスラの実の父で、何年も前に荒野を渡ろうと試みて以来、失踪した男。


 ──俺が、ワドッカツ?  


 いや、ありえない。そんなはずがない。 
 まず、本当にそうならグミがもっと反応するはずだろう。
 それにもっと根本的な問題もあるし。

 いくらなんでも混乱しすぎだ。
 他人の空似としか、考えられない。

 ▼ 166 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 21:00:58 ID:AHpkwvLs [11/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 改めて写真を見直してみると、そもそもそこまで似てなかったのではという気もしてくる。

 一致しているいくつかの特徴が目に飛び込んできて、そっくりだと錯覚してしまったのだろう。
 見つかってくれという願望が産み出した幻か。
 あるいは散々写真とにらめっこばかりしていた疲労も一因だろうか。


 落ち着いて見てみれば、少なくとも生き写しというほどではなかった。似てるっちゃあ似てるが、別人だとはっきりわかる程度でしかない。


「まったく、焦らせやがって……」 

 急激に上がった心拍数をなだめながら、何の気なしにページをめくる。
 そういえば、ワドッカツが載ってるってことは。

 ▼ 167 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 21:07:44 ID:AHpkwvLs [12/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 ──いた。

 グミだ。
 この頃からメガネをかけている。髪質はユスラとほぼ一緒だが、やっぱり顔はあまり似ていないな。

 ワドッカツとはクラスも同じだったらしい。ほーん。
 この二人から、ユスラが生まれたわけだ。はーん。

 この二人が現在30歳ってことは、ユスラが生まれた時は21歳ぐらい。ずいぶん早いな。
 家族を置いて荒野に挑むような男だし、だいぶチャラチャラしてたんだろなあ。

 俺がこいつじゃなくてよかった。



 ……よかったか?

 最後のアルバムのページはみるみる残り少なくなっていく。
 そして、終わった。

 いない。
 俺の写真が、どこにもない。


 ▼ 168 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 21:15:17 ID:AHpkwvLs [13/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ショックにうなだれようとしたとき、朗報が届く。


「あっ!! いた! いたよサクラ!」

「本当か!?」


 信じてたぜユスラ! やっぱり俺はぴちぴちの18歳なんだよなあ!

 喜び勇んで参上し、ユスラが指差す先には──!




「なあ、ユスラ、お前疲れてるんだよ……」

 そこには、やたら目付きが鋭く、そばかすの多い少女がこちらを睨むように写っていた。たしかに金髪だけどさあ。  


 ▼ 169 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 21:22:49 ID:AHpkwvLs [14/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「あれ? ごめん、おかしいなあ」


 ぺらり。
 ページをめくった先は白紙。
 ユスラのアルバムも、もう、ページはなかった。


「マジかよ」

「どうしよう」 

 顔を見合わせる。


 俺の存在を示す写真は、俺の記憶を探す手掛かりは、この学校にはない。
 
 もう、この町には、ない。


 ▼ 170 lX0nF9ikQo 19/03/14 21:23:37 ID:AHpkwvLs [15/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 きょうはここまで
 ▼ 171 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 17:58:20 ID:lc6c1md6 [1/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○


 打つ手がない。


 ユスラの誕生日というタイムリミットは、明日に迫っている。迫るもクソも、最初から2日しかなかったけど。

 手掛かりが望めない以上、もはや間に合わせるのは困難。
 とはいえ、可能性がないわけじゃない。


 手掛かりなんかなくとも、直接思い出してしまえばいいだけのこと。
 事実、町に足を踏み入れた瞬間に、俺は記憶の一部を思い出している。
 何が引き金になるかは分からない。だからとにかく色んな場所で色んなものを見るしかないだろう。

 町を隅々まで歩き回って、見つけ出すんだ。
 ひたすら足掻き続ける。
 ▼ 172 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 18:05:08 ID:lc6c1md6 [2/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ユスラはどっと疲れた様子だった。

 久しぶりの学校という場所、緊張で体に力が入ってしまって、精神面だけでなく肉体的にも疲労がたまっているようだ。


「付き合ってくれてありがとな。この後、俺ひとりで歩き回ってみようと思う」

「分かった。何か、思い出せたらいいね。それと……わたしの方こそ、ありがと」

「よく、頑張った。お疲れさん。家でゆっくり休んでくれ」

「ううん。いくら頑張っても、わたしだけじゃできなかった。わたしだけじゃ、何をどう頑張ったらいいかも、きっとわかんなかった。サクラが、いてくれたから」



 ▼ 173 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 18:07:22 ID:lc6c1md6 [3/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



「──ねえ、サクラ、聞いてくれる?」


 何を、とは尋ねなかった。

 今こそ明かそうとしてくれているのだ。ユスラが学校に行けなくなったわけを。
 

 きっとユスラにとって暗澹たる、忌まわしい記憶。
 言いたくないはずだ。勇気を振り絞らなきゃ、言えないはずだ。
 それを、俺に話そうとしてくれている。


「聞くよ。聞かせてくれ」

 向き合って、まっすぐ、目を見て。

 ▼ 174 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 18:12:56 ID:lc6c1md6 [4/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 
 ○


「わたしね、ポケモンが怖いの。目の前にいるとそれだけで息が苦しくて、足がすくんじゃって。触るなんて、とてもできない」
 
 ぽつりぽつりと、語り出す。俺は口を挟むことなく、ただ耳を傾ける。

「ポケモンに襲われた経験が、とかじゃないの。気づいた時には、もう、怖かった」

 自嘲気味に笑みを浮かべる。

「なんでかな。もしポケモンが攻撃してきたら、とか、考えちゃったのかな。その気になったら、わたしなんかいつでも簡単に壊しちゃえるんだなって、ふと気づいたら、なんか──」

 言葉が出てこないのか、ふるふると首を振って。


 ▼ 175 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 18:17:28 ID:lc6c1md6 [5/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「どっちかというと、なんでみんなは怖くないのかなって、その方が不思議。どうして、普通のことみたいにできるかな。わたしは、そんな『普通』には、なれないよ。普通のことって、誰も教えてくれないし。当たり前すぎて、みんな言葉で説明できないの」


 その通りだ、と。
 胸の奥の方で、俺の何かが共感する。

 どうやって息をしているか、とか、どうやって歩いてるのか、とか。
 ごく普通のことは、感覚でできてしまうから。息をしようと思えば息をできるし、歩こうと歩こうと思えば歩ける。
 だから、言葉にして伝えるのは難しい。

 『ごく普通のこと』でつまずいてしまった人にとって、残酷なシステムだ。
 そしてこの町では、人とポケモンが共にいるのが『ごく普通のこと』なのだ。

 ▼ 176 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 18:21:18 ID:lc6c1md6 [6/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「そんなだから、トレーナーはなりたくはなかったし、トレーナーズスクールも入りたくなかったんだけど。他に学校がないから、仕方なく。それに、今は怖くてもそのうち治るって、『普通』になれるって、思ってたから。わたしも、みんなも」


 けれど、ダメで。
 ポケモンへの恐怖を克服することはかなわないまま、今を迎えて。

 今。
 つまり、明日訪れる、ユスラの誕生日。
 ユスラの、10歳の誕生日。


 ごく普通の、常識だ。

 10歳になった子供は、自分のポケモンをもってトレーナーになる。


 ▼ 177 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 18:30:02 ID:lc6c1md6 [7/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○


 すべての辻褄が。
 歯車がぴったり噛み合うように、あらゆる事実が当てはまっていく。


 町中での挙動不審な動き。あれは人と顔を合わせるのを避けるため、だけではなかった。ポケモンに出くわすことを防ぐ意味もあったのだ。 

 入念に吹きかけていたむしよけスプレーのこと。

 『ようきなサンドパン』について、ポケモンのサンドパンが手伝っているのか、と聞いたときの反応や。

 学校で、グラウンドのバトルを見ようとしなかったことも。


 ▼ 178 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 18:33:37 ID:lc6c1md6 [8/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 そして。

 誰もがトレーナーズスクールに通い、誰もがトレーナーになるこの町。
 相手もトレーナーであることを前提に話を進めるから、いざこざはポケモンバトルで決着をつける、そんな習慣もある。

 身を守ってくれるガードマンであり、仕事の相方であり、友であり、理解者であり、時には意見を通すための矛にもなる、そんなパートナー、ポケモン。


 その町の中で、ひとりだけ、トレーナーじゃなかったら。
 たったひとりだけ、ポケモンを連れていなかったら。

 無力。
 屈辱。疎外感。負い目や、引け目、劣等感。
 当たり前のことができない。普通の人に、なれない。
 人が誰しもトレーナーなら、トレーナーでない者は人ですらないのか。


 ▼ 179 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 18:38:53 ID:lc6c1md6 [9/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 そういう孤独の中にユスラはいて。
 そしてそれが決定的になってしまうのが、明日、10歳の誕生日。


 今日までは、たとえトレーナーになりたくてもなれなかった。
 でも、明日からは違う。
 もうトレーナーになれる歳のはずなのに、なっていない。なれていない。
 トレーナーじゃないことが、確定的なものになってしまう日。


 そう考えると、あの疑問の答えもおのずと見えてくる。

 なぜ、急に俺に興味を持ったのか。誕生日までに記憶を取り戻して欲しいと言ったのか。


 ▼ 180 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 18:44:30 ID:lc6c1md6 [10/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 あれは。

 ユスラが俺に興味を示したのは、俺が『手持ちポケモンはいない』と伝えた時だ。 
 そう、『俺がポケモンを連れていなかった』から。


 ユスラにとって、初めての出会いだったのかもしれない。
 共通点を持った人。果てしない荒野の中で見つけた光。
 
 命を投げ出すつもりでついた、荒野での眠り。その眠りから覚めた時、そんな俺が、目の前にいた。
 


 きっと、運命的ななにかを。

 俺だけじゃなかった。あの計り知れない衝撃を、ユスラもまた感じたのだ。
 だから俺には懐いてくれたし、記憶を取り戻すのも手伝うと言ってくれた。
 ユスラの誕生日という期限を設けて。


 ▼ 181 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 18:49:14 ID:lc6c1md6 [11/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ユスラは、知りたかったんだ。

 『大人なのにポケモンを連れていない』俺が、どんな生き方をしていたのか。
 『トレーナーじゃない人』になる前に、知っておきたいと。
 藁にもすがる思いで、そこに希望があると信じて、そう望んだ。


 つまり。
 俺が記憶を取り戻すことは、ユスラを救うことに繋がる。俺の記憶が、きっとユスラの心の支えになる。

 俺にしかできないこと。
 俺がやらなきゃならないことだ。


 ユスラの瞳をまっすぐ見つめる。
 ユスラも、俺の目を見ていた。
 何も言葉にしなくとも、通じあうものがあった。



 ▼ 182 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 18:58:39 ID:lc6c1md6 [12/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



 ユスラの家の前まで、来ていた。
 木造の、狭い小屋のような外観の、古びた家。

「よく、話してくれた。なんとか、思い出すから。ユスラが胸を張って10歳になれるように」

「うん。いってらっしゃい!」


 玄関をくぐるのを見届けて、俺は再び町へ足を向ける。
 やってやる。
 死に物狂いで、見つけ出してやる。

 時刻は午後4時半。
 まもなく、町と荒野に黒雲が立ち込めようという時間だった。



 ▼ 183 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 20:45:05 ID:lc6c1md6 [13/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○


 奇妙な感覚だった。

 道という道の一本一本を、くまなく駆けまわって。一軒一軒の建物をこの目に焼き付けて。
 町中を巡れば巡るほど、その感覚は強まる。


 ここにこんな家、あったっけ。
 この看板、もっと薄い色じゃなかったか。
 この木は、もっと背が高かったような。

 俺自身も気づいていないような小さく細かな差異も含めたら、きっと数えきれないぐらい。


 ここは本当に、ハナカゼタウンなのか?
 俺の記憶とは、少しずつ、微妙にずれている。


 ▼ 184 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 20:52:13 ID:lc6c1md6 [14/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 俺だけが、似て非なる別世界に迷いこんでしまったみたいだって、そう感じた時もあったけど。
 この謎の正体こそが、俺の記憶を閉ざす扉の、最後の鍵ではないか。
 そう思えてならない。

 
 きっと、答えはすぐ目の前にある。そう確信できた。
 なにか、もう一押しのきっかけさえあれば今にも飛び出てきそうで。
 手を伸ばせば届きそうな答えは、しかし蜃気楼のようにすり抜けてゆく。

 
「もう少し、もう少しなんだ」 

 頭を鷲掴みにして、頭皮に指を突き立てて。
 雷鳴と稲光の中で、振り絞る。
 閃け。閃け。




「──なっ!」



 驚きで喉から音が漏れる。


 たまたま通りがかっていた賭場の前。
 その扉から、のっそりと、姿を表す。

 記憶を思い出したのではなく、その人物の顔を見て。


 ──『あの男』だ。

 ▼ 185 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 20:59:40 ID:lc6c1md6 [15/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 長身で色黒、ねっとりした嫌な目付きの、柄の悪い男。
 ユスラを苦しめる男。グミの再婚相手の男。


 今日も1日、遊び呆けていたのか。 
 ユスラがどれほど苦しんでいるか、こいつはきっと知りもしない。考えようともしない。想像することもできない。そんな高度な知能は、こいつにはない。
 
 はらわたの底から、煮えたぎるような怒りが込み上げる。
 こんなやつが。こんなゴミが。
 

「おい!」

 ちらりと俺を見て、ヒックとしゃっくり。酒臭い息を吐いて立ち去るその背中に。
 呼び止めないわけには、いかなかった。

 ▼ 186 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 21:06:10 ID:lc6c1md6 [16/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「んあー? なんだあ、おまえ」

 胡乱な目つきで、男が振り向く。不揃いの無精髭がだらしない、間抜けな顔で。


「なあ、お前、申し訳ないとか思わないのか。恥ずかしいと思わないのか」

「何の話だ? てか誰だよお前」

 舌打ちの音。
 雷が響き、薄暗い路地に稲光が走る。


「ユスラを、お前はどれだけ苦しめた? あの子は、死んだっていいって、本気でそう思うぐらい、本当に追い詰められてるんだよ。そんなことも、お前、知らないだろ」

「死ぬ? マジ? やっば」

 茶化すように男は言う。


 ダメだ。
 どれだけ真摯に思いを込めて言ったって、こいつには伝わらない。同じ言語を使ってると思えないぐらい、何を言ってもこいつは何も感じない。
 こんなやつ、人間じゃない。クソ以下だ。知性の欠片もない。

 生理的な嫌悪感が込み上げる。

 ▼ 187 ドリーノ@ウッディメール 19/03/15 21:06:34 ID:dntYYnro NGネーム登録 NGID登録 報告
支援
 ▼ 188 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 21:12:18 ID:lc6c1md6 [17/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「というか、俺が悪者みたいに言ってくれちゃってるけど、俺が何か悪いことしましたかー?」

「ユスラを、殴ったんだろ」

 ギリギリと、歯噛みしながら、答える。


「あんなのただの躾だろ? 言っても分からねーやつには、体へ直接教え込んでやらないと。知ってるか、あいつ、あの歳で、怖くてポケモン触れないんだぜ? ウケるよな」

 ギャハハ、と唾を飛び散らせながら、品性の欠片もない笑い声。


「──よく分かった。お前は最低のクソ野郎だ」

 自分でも驚くぐらい、冷えきって抑揚のない声が出た。

 ▼ 189 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 21:17:31 ID:lc6c1md6 [18/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「フン、お前こそムカつくクソったれだ。そこまで言うなら、バトルでケリをつけるか?」

 
 ──来た。


 男がボールを放り、閃光とともにグラエナが姿を現す。

 グルルと低い唸り声。
 鋭いキバと爪を剥き出しに重心を落とし、今にも飛びかかれる攻撃姿勢。
 

「おら、お前も出せよ」

「……その必要はない」


 緊張で口の中が渇く。

 怖い。
 ポケモンを持っていない俺では、こいつには勝てない。
 こんな時、トレーナーじゃない人間は、無力だ。


 でも、逃げるわけにはいかない。
 そうだろ、ユスラ。

 トレーナーじゃなくとも、戦う権利はあるから。

 ▼ 190 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 21:23:30 ID:lc6c1md6 [19/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「舐めやがって。お前、何様だ? いきなり出てきて、ユスラユスラって。お前、あのガキのなんなんだ?」


 じりじりと間合いをとりながら、考える。


 俺とユスラの関係は。
 助けて、助けられて、救いたいと願って。
 そんな関係にぴたりと当てはまる言葉は、思い付かないけれど。
 でも、言えることは。



「──友達だ!」


 ちょうど、雷が落ちた瞬間だった。
 男が俺を指差して、なにかを叫び。

 グラエナが、動き出す。



 ▼ 191 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 21:30:34 ID:lc6c1md6 [20/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 振るわれる右の爪を後ろへとかわし──次いで突進の追撃がくる。

 ダメだ、避けられない。
 

 肺が押し潰される。
 一瞬遅れて、後頭部に走る衝撃。  

 脳が揺さぶられる。

 壁だ。吹き飛ばされた先の壁に、打ち付けられたのか。


「ガハッ……! が、ぐぁ」
 
 息が絶え絶えになる。頭も回らない。
 まだ一発だけ、なのに。
 これが人とポケモンの差。トレーナーと、トレーナーでない者の差。


 ──まだだ。まだ、くる。
 グラエナが迫り来る。牙を剥き、俺に食らいつこうと。


 ▼ 192 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 21:35:04 ID:lc6c1md6 [21/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「クソッ!」

 反射的に右腕をつきだす。
 反撃のためではなく、急所を守るために。


 牙が肉に突き立てられる。
 筋肉が引き裂かれる。血管が食い破られる。


 信じられないぐらい、痛い。 

 泣き叫びたくなる。
 でも違う。泣き叫んだりするな。
 叫べ。
 涙なんかいらない、ただ、ただ、でかい声を張り上げろ。雷なんかで掻き消されないぐらい、激しく。


 ▼ 193 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 21:38:02 ID:lc6c1md6 [22/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「あがあああああああああッッ!!」



 これでいい。
 


 なあ、信じてたぜ。

 お前ぐらい考えなしで低能な男なら。
 町中で、生身の人間にポケモンをけしかけるなんて、バカな真似をしてくれるって。

 死ななきゃ、安い。

 ▼ 194 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 21:44:59 ID:lc6c1md6 [23/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「おい! 何をしてる!?」

「あいつ、グミさんのところのろくでなしだ!」

「きみ、大丈夫か!」


 近くの店や家々から。
 騒ぎを聞きつけた人々が姿を現していた。
 これだけ派手にやれば、そりゃな。

 そして、ハナカゼタウンなんてド田舎じゃ、面はすぐに割れる。
 あの男は取っ捕まえられる。少なくともしばらくの間、ユスラたちは解放される。時間を稼げる。


 これで──。





 ──俺は、崩れ落ちた。

 ▼ 195 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 21:53:23 ID:lc6c1md6 [24/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 血が流れ出る右腕を抑え、よろよろと立ち上がろうとした瞬間だった。


 頭が。


 ガンガンと鳴り響く。不穏なノイズが鳴りやむことなく。
 ぐるぐると。俺が回っているのか。世界が回っているのか。


 したたかに打ち付けられた頭部へのダメージが。
 今になって脳に襲いかかる。


 極彩色のような、モノクロのような。とち狂った脳が生み出す幻影が生まれては消えて。
 ぐわんぐわん。
 めちゃくちゃにゴングを叩き鳴らすような耳鳴りの中で。



 朦朧とする意識の彼方に。
 何かが、見えた。



 ▼ 196 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/15 21:57:18 ID:lc6c1md6 [25/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



 凍りつく。

 そんな、そんなことが。



 すべてが、見えた。
 すべてを思い出した。失った記憶のすべてが、鮮明に蘇って。 
 すべての真実が、そこにあった。


 俺は、とんでもないミスを犯している。


「待、て……」

 震えながら、左腕を伸ばす。
 慌てて走り去ってゆく、あの男とグラエナの背に。 

 行かせてはならない、こいつを行かせてはいけない。

 行かせて、は──









 意識が閉じる。


 ▼ 197 lX0nF9ikQo 19/03/15 21:59:56 ID:lc6c1md6 [26/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

今日の更新はここまでです

 ▼ 198 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 17:23:53 ID:xxtQBaVo [1/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○







「──待て!」




 虚空に突きだされた左腕。


 叫びながら。
 俺は目覚めた。

 伸ばした手の先にあの男はいない。
 誰もいない。

 そこにあるものは賭場前の路地とはうってかわっていて。
 白く、清潔な空間。

 俺は簡素な造りのベッドに横たわっていた。


 病院、か。
 あの場の誰かが救急車を呼んでくれたのだろうか。


 ▼ 199 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 17:28:54 ID:xxtQBaVo [2/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 頭がまだズキズキと痛む。くらくらと目眩がする。
 何より、包帯でぐるぐる巻きにされた、右腕。その芯から発せられる鋭い痛みが、『あれ』が現実のことだと教えてくれる。


 あれからどれだけ経った。
 俺は、どれだけ倒れていた。

 ベッド脇の壁に掛けられた時計に視線を飛ばす。
 10時半。
 外は暗い。遠くに雷の音も聞こえる。午後10時半だ。
 

 行かなければ。


 意識を失う寸前、俺は遂に思い出したのだ。
 俺のことを。忘れていた、すべてを。

 俺は何者なのか、どこから来たのか、なぜ荒野に倒れていたのか。
 すべての疑問の答えが、いま、俺の頭の中にある。

 だけど、今はそれどころではない。
 急がなければならない。

 ▼ 200 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 17:35:37 ID:xxtQBaVo [3/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 ナイトテーブルのペン立てから引っ掴んで一本拝借し、乱暴にポケットへ押し込む。
 傍らに置かれたリュックを背負い。


「ぁがッ」

 よろめいて、ベッドに倒れこむ。

 クソ!

 まだ動ける状態じゃない。でも、行かなきゃ。
 痛む右腕を抑え、再び立ち上がる。

 間に合わないかも、しれない。でも行かないと。


 看護師やラッキーに見つかったら引き戻されてしまうだろうから、可能な限り慎重に、それでいて全速力で。

 病室から抜け出す。
 目指すは、ユスラの家。


 ▼ 201 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 17:40:56 ID:xxtQBaVo [4/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○


 足を止める。

 頭がからっぽになって、呆然と、それを遠巻きに見ていた。


「なんたることだ。信じられん」

「あいつは、いつかやると思ってたよ」
 
「娘の方も行方不明なんでしょ? もしかして──」  


 ユスラの家は、バリケードテープに取り囲まれていた。

 寄り集まった野次馬たちが口々に不穏な言葉を並べ立てる。
 警官たちが忙しなく動き回って。
 記者たちのカメラのフラッシュと、雷の明かりが、うるさいぐらいに照らし出す。

 ▼ 202 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 17:46:09 ID:xxtQBaVo [5/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 
 事件現場。その言葉がぴったりの光景。
 事件は起こってしまった。
 運命は変えられなかった。


 俺はこれを予想できたはず、なのに。

 この世界で、俺にだけは、この悲劇を防げる可能性があったんだ。
 もっと早く思い出していれば。あんなところで、何時間も伸びていなければ。


 グミは、死なずに済んだかもしれないのに。


 ▼ 203 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 17:52:27 ID:xxtQBaVo [6/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 
 グミは玄関近くの床に倒れ伏していた。

 致命傷は、鈍器による頭部への一撃。凶器は遺体近くに転がっていたパチリスの置物と見られる。

 遺体を発見したのは警官だ。
 『あの男』が俺を襲ったことで通報が入り、行方を追ってこの家まで来た、その時にはもう。

 現場は争った形跡があり、あの男の姿はなく。


 ──そして、ユスラがどこにもいない。

 警察は状況から考えて『あの男』が犯人と目し、行方を追う。ユスラは容疑者によって拐われた可能性が高い、とのことだ。


 ▼ 204 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 17:56:07 ID:xxtQBaVo [7/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ──でも、俺には分かる。
 俺には、この事件の全容が分かる。


 ユスラが待つ家に、まず帰ってきたのはあの男。

 逃げるにしろ、どこかに身を隠すにしろ、あの男が一旦自宅に向かうことぐらい、容易に想定できたのに。あの男の私物や何やらはこの家にあるんだから。

 ユスラを一人にしてしまった、俺のミスだ。あまりにも、愚かで間抜けだ。


 そうしてふたりが鉢合わせして。
 あの男の暴力の矛先がユスラに向けられた。ユスラは必死に抵抗して。

 そこへ、グミが帰ってくる。
 そして──彼女はユスラを守ろうと動いた。ユスラを逃がそうとして、あの男と揉み合いになり。

 そうして争っているうちに、悲劇は起きた。
 
 ▼ 205 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 17:58:33 ID:xxtQBaVo [8/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 あの男は、とうとう、人の命を奪った。
 死ぬべきは、お前なのに。


 グミが稼いだ時間にユスラは身を隠し、あの男をやり過ごした。
 あの男も余裕はないから、長居はできなかったはずだ。
 だから、ユスラはあの男に拐われたのではない。


 ふたりは、別々にいる。

 ▼ 206 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 18:04:01 ID:xxtQBaVo [9/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 どちらを追うべきかは、明白だ。


 あの男のことは、もちろん許せない。
 この手でぶち殺したいぐらい、憎悪が募る。それはたしかだ。
 だが、あいつは放っておいても捕まる。罰を受けることになる。『俺には分かる』。


 ユスラのもとへ、行かなければ。
 これは俺にしかできないこと、俺がやらなきゃならないことだから。

 そしてユスラがどこに向かったかは、考えるまでもない。

 ▼ 207 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 18:09:40 ID:xxtQBaVo [10/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ユスラとグミの親子仲は、けしてよくなかった。
 一向にポケモンへの恐れを克服できず、学校も休みだしたユスラにグミは辛く当たって。ユスラの方も、そんな母に怯えていた。


 けれど俺が来てから、ふたりの間でなにかの会話があって。改善の兆しはあったのだ。
 グミの態度が柔らかくなり、ユスラも少しずつ、希望を見出だした。
 そんな矢先に。


 目の前で、グミが死んだ。
 やっと、光が見えだしたのに。希望をちらつかされた途端に、どん底へと突き落とされた。

 ましてやユスラは、命を投げ出す淵までいったばかりなんだ。
 再生しかけた心のバランスを粉々に突き崩すには、充分すぎる仕打ち。

 だから。


 ユスラは、荒野にいる。
 あの、桜の木の下に。

 あの暗い瞳で、ただ死ねることを。
 果てしない暗闇から解放されることだけを、一心に願って。


 ▼ 208 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 18:14:07 ID:xxtQBaVo [11/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 行かなければ。
 事態は一刻を争う。

 最後にもう一度だけ、ユスラの家を振り返る。

 ──ごめんなさい、お母さん。助けられなくて。
 だけど、ユスラのことだけは、今度こそ必ず、救うから。


 幾筋もの雷が、矢の雨のように絶え間なく降り注ぐ。
 真っ黒な寒空に、死の閃光が走っては、消える。
 この内のどれか1つでも、当たれば命はないだろう。

 この上なく、危険な場所。
 あの中に、いるのか。ユスラ。


 ▼ 209 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 18:17:12 ID:xxtQBaVo [12/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 足がすくむ。
 
 だけど。
 俺はユスラの苦しみに、打ちのめされた記憶に、思いを馳せる。

 それに比べれば、こんな雷がなんだというのか。

 この荒野から。
 鳴り止まない雷の恐怖から。
 明けない夜から。

 
 どうしても、お前を。

 ユスラを、救いたい。


 ▼ 210 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 18:22:53 ID:xxtQBaVo [13/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告




 ○


「ポケモンが怖いって子、たまにいるんですよ。でも大丈夫、友達と一緒にポケモンと触れあっていけば、みんな慣れていきますから」

「本当ですか? 先生、よろしくお願いします」

「ええ、ええ、ご心配なく。ユスラちゃん、一緒に頑張ろう。よろしくね」

「はい!」


 ──きっとわたしも怖くなくなるって。
 みんなと同じようになれるんだって、そう、思ってた。



 ▼ 211 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 18:26:55 ID:xxtQBaVo [14/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○


「コリ?」

「ひっ!」


「あら、うちのコリンクちゃんはお利口だから怖くないわよ? なでなでしてみる?」

「いや、その……ウッ」

「……何よ、失礼な子ね」

「すみません、うちの子が……ほらユスラ、ちゃんと謝りなさい?」
 

 ──わたしが、悪いの?

 なにがいけなかったの?
 生まれてきたこと?

 ▼ 212 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 18:30:27 ID:xxtQBaVo [15/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 
 ○


「たしかに、少し時間はかかっていますが……いや、問題ありませんよ。それぞれ『個性』がありますからね。ユスラちゃんも、もうひと踏ん張りですよ」

「そうでしょうか……」


「……ちなみに、ポケモンを怖がるようになったのは、何か事件があった、とか?」

「いえ、物心ついた頃にはもう……」

「そうですか。アレルギーがある、ということでもないですし──」


 何か特別な理由があるわけでもないのに。って。
 最初はかわいそうに、って目だったけど。だんだん、だらしない人を見る目になっていった。

 本当に頑張る気があるのか、触れないフリしてるんじゃないか、って。


 ▼ 213 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 18:35:22 ID:xxtQBaVo [16/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 違うって言いたい。
 わたしは頑張ってるって。
 言いたいけど、誰も信じてくれない。


 わたしは気がついた。

 触れるようになることでしか、証明できないんだって。
 だから触れるようにならなきゃって、思えば思うほど、息が苦しくなる。


 すごく嫌な目にあったとか。病気のせいで、とか。
 そんな理由がなくても、本当に、どうしようもなく、怖いの。
 
 ──ねえ、どうしてもできないっていうのは、『個性』じゃないの?



 ▼ 214 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 18:40:26 ID:xxtQBaVo [17/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○


「みなさんは、今年、10歳を迎えトレーナーになり、大人に一歩近づきます。どんなトレーナーに、どんな大人になりたいか、考えてみましょう」


「先生、俺、保安官がいい! かっこいい電気ポケモンと一緒に、悪いやつを捕まえるんだ!」

「私、看護師さんになりたいな。ラッキーとかタブンネとか、可愛いポケモンと一緒に働けるもん」

「では、僕は水ポケモンと共に消防士……いや、牧場でケンタロスやミルタンクを育てるというのも捨てがたい」


「──ユスラさん、あなたは?」


 ▼ 215 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 18:44:04 ID:xxtQBaVo [18/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「わたし……わたしは、トレーナーにはなりたくない、です」

「ユスラさん、ワガママ言わないの。みんな立派なトレーナーになるのにあなただけ、なんて恥ずかしいでしょう? ……ほら、ちゃんと考えてみましょう、ね?」


 ──ワガママ。

 ワガママ?
 そんな、軽い言葉に当てはめて、わたしのこと、分かったつもりにならないでほしい。

 先生、わたし、考えてないわけじゃない。
 


 ▼ 216 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 18:52:14 ID:xxtQBaVo [19/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 

 ○


「ユスラ。ほら、触りなさい。チェリンボなら、可愛いし大丈夫でしょ?」

「ママ……ダメ、わたし、できない」

「ああ、もう。あれも嫌、これもダメ、何なら大丈夫なの?」

「……ごめんなさい」


「お前のやり方はぬるいんだよ。こーゆーのは心が弱いだけなんだから、ちゃんと躾してやらないと。ほら、触れ!」 

「いや、やめて! 離して! 助けて!!」

「ああ!?」

「やめて! 痛いよ!」

「触りゃあいいんだよ、そしたらやめてやる。痛いのが嫌なら、とっとと触れ!」


「助けて! ママ! 助けて!!」

「はあ……。他の子はみんな平気なのに。なんでこの子はこうなの?」


 ──ダメな子で、ごめんなさい。


 ▼ 217 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 19:01:49 ID:xxtQBaVo [20/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○


「誕生日おめでとう!」


「へへ、やっと俺もトレーナーだ!」

「最初のポケモンはどうしたの?」

「パパとママが捕まえてくれたんだ。ラクライのライラック。実は、半年ぐらい前からウチで育てててさ、もうだいぶ慣れてるんだ」

「すげー! 触ってもいい?」

「ああ、いいぜ。いいよな、ライラック? ──あっ、ユスラ、お前も触る?」

 ▼ 218 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 19:04:10 ID:xxtQBaVo [21/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「やめなよ、あの子、ポケモンが怖いんでしょ?」

「あっ……そっか。ごめんな、ユスラ」

「なあそれよりさ、さっそく俺のバチュルとバトルしよーぜ!」

「おっ、やるか? 負けねーぞ!」


 ──周りの子が、ひとり、またひとりとトレーナーになっていく。
 わたしの誕生日も、近づいてくる。
 

 来ないで。 
 時間が、止まってほしい。



 ▼ 219 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 19:08:50 ID:xxtQBaVo [22/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○


「最近、あの子、学校こないね」

「病気なのかな。家、そこだし、お見舞い行く?」

「やだ、違うわよ。恥ずかしくて来れないだけよ」

「えっ、じゃあ、ズル休みってこと?」

「なんだ、心配して損した」


 ──窓際の壁にもたれかかって。
 飛び込んでくる話し声を、受け止めるでもなく、聞き流すでもなく。

 ただ、わたしは聞いていた。



 ▼ 220 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 19:57:29 ID:xxtQBaVo [23/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○


「ねえ、もう時間ないのよ! なんで、触るぐらいもできないの!?」

「だって、わたしだって頑張ってるけど──」

「言い訳しないでって、言ったでしょ! ねえ! そのままポケモン怖がってるまま、大人になる気!?」

「もうやだ! もうどうでもいい!」

「あのねえッ!! あんたみたいな出来損ないを産んじゃって、ママ恥ずかしいの! あんたみたいな、ワガママな怠け者が、生きていけるとでも思ってんの!?」



 ──生きていけないなら。
 じゃあ、生きなくて、いいよね。


 ▼ 221 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 19:58:05 ID:xxtQBaVo [24/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○










 ねえ、誰か、助けてよ。



 ▼ 222 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 20:03:30 ID:xxtQBaVo [25/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○




「──持ち物もほとんどなくて。手持ちポケモンもいないみたいだし!」

 

 ──光。
 あの言葉に、どれほど救われただろう。

 そんな人も、いるんだって。
 ちゃんと、いるんだ。


 会ったばかりなのに、なんでだろう、この人なら信じていいんだって、思えた。


 その人の目を、キレイだと思った。
 芯があって。わたしよりずっと強くてまっすぐで、ちょっと抜けてて、あたたかい。
 そして、かっこいいと思った。
 あんな瞳になりたいと。

 そう、思った。


 ▼ 223 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 20:09:32 ID:xxtQBaVo [26/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○


「サクラさん、ね。不思議な人」

 ママとサクラが出会って、その後、家まで戻る途中で。
 ママがぽつりと言った。
 

「サクラはね、ポケモン、連れてないんだって」

 ママは目を丸くする。
 この辺りに、トレーナーじゃない人なんて、誰もいないから。

「そう。それでユスラがあんなに──」

「うん。わたし、サクラのこと、もっと知りたい」

 
 それから家の目の前まで、わたしもママもなにも言わなかった。
 黙ったまま歩いて。
 でも、不思議と寂しい時間じゃなかった。久しぶりに、ママといるのが心地いいと思った。


 ▼ 224 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 20:14:57 ID:xxtQBaVo [27/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 

 玄関に手をかけて、ぎぎいと軋ませながら開いたところで、ママが言う。

「ユスラ、もうすぐ誕生日だったね。久しぶりにケーキ、買ってこよっか」

「あっ──」


 誕生日。
 わたしが、10歳になる日。
 トレーナーになってなきゃおかしいって、そうなる日。

 ずっと、どうか来ないでって思ってた。
 わたしにとっては全然おめでたい日なんかじゃなくて。

 何をしても、何もしなくても、その日は近づいてきて。1日1日が、怖かった。
 ただそこにいるだけでも、進んでく一秒一秒ごとに、息が苦しくて。


 でも、今なら。
 少しだけ、お祝いしてもいいかなって、思えた。


 ▼ 225 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 20:20:48 ID:xxtQBaVo [28/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 サクラが、ちょっとだけ、変えてくれた。
 小さいけど、わたしにとって、すごく大きい何かを。
 

「じゃあ、モモンとマゴのケーキがいい! あのサンドイッチのケーキ版みたいな」

「本当に好きね。じゃあ、そういうケーキ探してみる」

「絶対だからね」

「はいはい。あっ、そうだ。チェリンボの小さい玉、ケーキに乗せてみる?」

「え……ポケモンを、食べるの?」

「ラッキーのタマゴは食べたことあるでしょ? それと同じよ。甘くて美味しいの」

「……じゃあ、頑張ってみる。ダメだったらごめんね」


「ううん、いいの」


 ▼ 226 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 20:34:15 ID:xxtQBaVo [29/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○






「グミ! おい、グミ、いるか!?」


「なあ、ちょっと金がいるんだ、また貸してくれや」


「……チッ、いねえのか? いるなら出てこいよおい!」



「……ママならいないよ。まだお仕事から帰ってない」


 ▼ 227 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 20:40:58 ID:xxtQBaVo [30/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「んあ? なんだ、ユスラかよ」

「うわ、酒臭い」

「ああん!? 父親に向かってその口の利き方はなんだ?」

「あなたなんか、親じゃない」

「調子にのりやがって! ポケモンも触れないガキが、偉そうな口利くんじゃねえ!」  



「ちょっと……こないで」


「ああああムカつく! もう、どうでもいいわ。お前、相手しろや」


 ▼ 228 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 20:45:15 ID:xxtQBaVo [31/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「イヤ! 離して! ケダモノ!」

「思い知らせてやる! 前から、お前のことは気に食わねえんだよ!」 


「どいつもこいつも! 俺をバカにしやがって!」


「だいたい、お前がいるせいで金もかさんでんだよ! 邪魔なんだよ穀潰しが!」
 

「じたばたすんな! お前らは、おとなしく俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ!」


「弱っちいくせに! 口だけ達者で、俺を見下して! 生意気なんだよ、お前らはよお!」




「──あんた。何、してんの」


 ▼ 229 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 20:52:12 ID:xxtQBaVo [32/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「あ!? お、おう、グミ」


「いや、ちげえんだよ、ちょっとこいつが──」

「──ユスラに! 何しようとしたか、聞いてるんだよ!」
 

「う、うるせえ! 俺に指図するな!」

「ユスラッ! 逃げて!! 早く!」

「ぐッ、う、うるっせえッ!!」



 鈍い音。


 ▼ 230 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 20:54:33 ID:xxtQBaVo [33/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 その瞬間、わたしは本能的に悟った。
 分かってしまった。
 
 なにが起こったのか。
 なにが失くなったのか。

 ▼ 231 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 20:58:50 ID:xxtQBaVo [34/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「お、おい、グミ?」


「ウソだよな? 俺をからかってんだろ?」


「なあ、おい──」


「──マジかよ」


「やべえ」

「やべえやべえやべえ!」


 ▼ 232 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 21:05:20 ID:xxtQBaVo [35/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「お、俺は悪くねえ、おお、お、お前が悪いんだからな、あんな……」


「そうだ、ユスラ! おい! 出てこい!」 

「そこにいんだろ! おい!」


 ガン!
 ガンガンガンガンガン!


 トイレの扉が叩き鳴らされる。
 簡単な鍵がかかっただけの、薄い、頼りない扉。

 怖い。
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 
 がたがたと体が震える。
 扉から少しでも遠い壁に貼り付いて、頭を抱え込んで体を丸めて。


 早く。
 早く早く早く早く。


 どっか行って。早く!


 ▼ 233 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 21:11:38 ID:xxtQBaVo [36/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



 ○


 どれぐらい、経ったんだろう。
 何時間も経った気もするし、ほんの十数秒かもしれない。


 あの男の気配が遠ざかる。
 でも、体の震えは治まらなくて。
 わたしは身動きがとれなかった。
 
 いなくなったと見せかけて、待ち伏せてるかもしれない。
 見つかったら、きっとわたしも殺される。


 そうだ。
 ママが。

 仲は、あんまりよくなかったけど。
 そんなに、好きじゃなかったけど。
 でもたったひとりの、ママが。
 最後にはわたしを守ってくれようした、ママが。


 ▼ 234 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 21:14:43 ID:xxtQBaVo [37/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 わたしはひとりになった。
 ずっと、ひとりぼっち。
 暗い部屋の中で、ひとりきり。


 心がボロボロになって。
 引き裂かれて、血みたいな何かが流れてく。
 きっともう塞がらない。
 

 ボロボロで、ひとり。
 暗闇に、ひとり。
 ひとり。


 暗い。
 暗い。
 ずっと。
 何もない。



 ▼ 235 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 21:20:24 ID:xxtQBaVo [38/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ──ああ、そうか。
 わたしは、急に、気がついた。 


 扉を開く。 


 もう、なんにもないから。
 なくなるものは、ないから。

 
 わたしは、どうして、あんなに怖がってたんだろう。
 もう、死んだっていいんだから、殺されたって、なにも変わらない。
 
 なんにも、怖いことなんかない。


 ママの姿が目に入る。
 虚ろで、何も映していない瞳。
 光のない瞳。
 きっとわたしもあんな目をしてるんだろうな。


 ──サクラ、ごめんね。
 わたし、もう、疲れちゃった。



 荒野へ。

 ▼ 236 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 21:26:42 ID:xxtQBaVo [39/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



 ○


 守り神さま。
 どうか、どうかお願いです。


 どうか、わたしに雷を落としてください。
 そうしたら、きっと、すぐに死ねるから。


 高いところから飛び降りたりするのは、すごく痛そうだ。
 痛くて苦しい死に方は、いやだ。

 だって、生きるのがこんなに苦しいのは、そんなの、わたしのせいじゃない。
 自分で自分に痛い思いをさせるなんて、そんな罰を与えるみたいなこと、おかしい。


 だから、どうか。
 痛みも苦しみも、なにも感じないぐらい、一瞬で。


 わたしを殺してください。


 ▼ 237 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 21:29:31 ID:xxtQBaVo [40/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 

 ああ、雷の光が。

 目の前が、ぜんぶ、真っ白に染まって。
 これでぜんぶ、おしまい。




 ▼ 238 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 21:33:16 ID:xxtQBaVo [41/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○





 ▼ 239 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 21:35:19 ID:xxtQBaVo [42/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○










 ねえ、誰か、助けてよ。


 ▼ 240 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 21:37:09 ID:xxtQBaVo [43/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 ○





 ──ッ!!

 ▼ 241 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 21:42:14 ID:xxtQBaVo [44/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○


 声が聞こえる。

 誰かが叫んでる。
 誰?
 雷のせいで、耳がキーンとなって、よく聞こえない。

 待って。
 おかしい。
 雷に撃たれて死んじゃったなら、もう耳なんてないはず。


 死んでない?
 どうして。


 誰かがいる。
 わたしのことを、抱きしめてる。
 誰?
 雷が眩しすぎて、よく見えない。




 ▼ 242 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 21:47:34 ID:xxtQBaVo [45/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 この顔は、この声は。
 
 段々、目が慣れてきて。耳鳴りが治まって。

 
 ──ああ!
 
 光が見える。


 ひとつひとつの言葉がじんわりと、胸に広がって、染み込むみたいにすっと入ってく。
 心の傷口が、そっと撫でられて、ぽかぽかする。


 涙でにじんで歪んだ中でも分かる、強くて真っ直ぐな光。
 瞳の中に灯る、あたたかなあの光を、わたしは知っている。
 あの目を、わたしは知っている。


 あの瞳は。


 ▼ 243 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 21:50:17 ID:xxtQBaVo [46/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「──ユスラ! 死ぬな!」


「ユスラ! お前は、生きる! 生きていい! 生きられるんだ!」


「ひとりじゃないから! どんな時も、俺がついてるから!」


「生きられるんだよ! 諦めるな!」 


「どうか──自分を信じて! 自分を愛して!」
 


 ──サクラ!

 ▼ 244 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/16 21:52:38 ID:xxtQBaVo [47/47] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

今日はここまで。
そして、明日、完結予定です

どうぞよろしくお願いします
 ▼ 245 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/17 17:57:00 ID:F9RMRaqM [1/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○


 降り注いだ雷は、桜の木を直撃していた。
 幹はぱっくりと真っ二つに割れ、その裂け目から火の手が上がる。
 
 間一髪、救出に成功したものの、もう少し遅ければ木の間近にいたユスラの命はなかった。



「サクラ、ごめん、ごめんね」


 憔悴しきったユスラの顔面は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、土や埃にもまみれ、酷い有り様だった。

 でも、どうだっていい。
 生きててくれた、それだけでいい。


「よく、頑張った。もう、大丈夫だから。どんな時でも、俺だけは、絶対に、ユスラの味方だから」

 胸がいっぱいになって、俺の方まで泣けてきて。
 力いっぱい、ぎゅうっと、抱き締めていた。


 ▼ 246 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/17 18:02:16 ID:F9RMRaqM [2/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



「サクラ、ママが……ママが──」

「ああ……。助けられなくて、すまなかった」

「わたしじゃないよ。あれは──」

「分かってる。あの男が……ユスラ、お前は悪くない」


 不安げに揺れるユスラの瞳を、まっすぐ見つめて。俺ははっきりと言い切る。
 迷いはない。
 この世界中でただひとり、他の誰よりもずっと、俺だけは、そのことを確信できるのだから。


「サクラ、怪我してる」

 俺の右腕に、ユスラの視線が注がれる。傷口が開いてきて、包帯が赤く染まっていた。

「わたしの、せい? ママは、わたしを守ろうとしてくれたの。わたしのせいで……」  

「──違う! ユスラのせいじゃない」

 喉が渇ききって、掠れた声。構わず、俺は言う。


 ▼ 247 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/17 18:07:20 ID:F9RMRaqM [3/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「俺はユスラを救いたいと思った。ただ、俺がやりたかったからやるんだ。お母さんも、きっと同じだ。──たとえ何があったって、最後までユスラの味方だし、最後までユスラを信じなきゃいけないんだ」

「どうして。どうしてそこまで、わたしなんか。こんな、危ない場所まで」


 嗚咽まじりの声だった。
 わたしなんか、なんて言わないでくれ。 

 理由は色々あるけれど、たくさんの言葉で語るよりも。
 俺は万感の思いを込めて、言葉を選ぶ。


「ユスラのことが大好きだから。大切だから。それじゃ、ダメか」


 ▼ 248 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/17 18:14:17 ID:F9RMRaqM [4/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「もう。サクラは、バカだなあ。ほんとに、もう──」

 泣きながら。
 涙に顔を歪めながら、ユスラが笑う。
 これだけ汚れていても、ユスラの笑顔はやっぱり可愛い。ユスラには、笑っていてほしい。  

 俺もニッコリと、出来る限りの笑顔を返した。



「でも、なんで、ここにいるって分かったの?」 

 ひとしきり泣いて、涙も収まった頃、息を整えながら、ユスラが尋ねる。


 今こそ、真実を話す時だ。
 
「ユスラのことなら何でも分かるさ──と、言いたいところだけど。思い出したんだ。全部。俺は──知ってたんだ。ユスラがここに来るってことも」

 ゆっくりと呼吸を整えて、告げる。


「なあ、ユスラ。俺は──未来から来たんだ」



 ▼ 249 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/17 18:19:53 ID:F9RMRaqM [5/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○
 

 たとえば。

 俺はたしかにこの町を知っているのに、町の住民が誰ひとり、俺と面識がなかったこと。
 流行したゲームをユスラが知らなかったこと。
 それから、俺の記憶するハナカゼタウンと、ところどころで町並みに食い違いがあったこと。 

 他にも、細々とした違和感がいくつか。


 単なる記憶違いかとも思ったが──違う。

 なぜ気付かなかったのか。
 もっと明快な答えがあった。

 俺がもといたのは、ここから何年も先の、未来の世界だったんだ。


 ▼ 250 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/17 18:23:36 ID:F9RMRaqM [6/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 住民は誰も俺に見覚えがない。当然だ、未来の人間である俺のことが分かるはずがない。無論、卒業アルバムにだって、載っていない。

 ユスラに『ゴーストウォッチング』の話が通じなかった時、俺は家にテレビがないのかと思った。
 しかし、昨晩泊めてもらったユスラの家で、俺は『テレビを見て』いる。くだらないお笑い番組を、見ている。

 テレビはあるのに、あの一大コンテンツを知らない。
 なにせ、まだこの世界に『ゴーストウォッチング』なるゲームは存在していないんだから。
 俺の方で、未来での記憶と認識がごっちゃになっていたわけだ。


 ▼ 251 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/17 18:28:24 ID:F9RMRaqM [7/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 時間が経てば、町並みだって変わる。

 俺にとって、この世界のハナカゼタウンは『過去のハナカゼタウン』だ。
 だから、『町自体のおおよその風景』には見覚えがあっても、『この頃の正確な町並み』までは記憶していなかった。


 そして。

「未来から……? どうやって、そんなことが」

「それは、論より証拠、百聞は一見に如かず、というやつだ」

 ユスラの当然の疑問。
 その答えを示すべく、俺は桜の木に視線を移す。
 雷に引き裂かれ燃え盛る桜は、今まさに焼け落ちようとしていた。  

 そろそろ、だろう?


 ▼ 252 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/17 18:36:00 ID:F9RMRaqM [8/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「あ……あ、燃えて……守り神さまが──」


 ユスラは、今まさに初めて、桜の木の炎に気づいたようだった。
 それぐらい、余裕がなかったのだ。無理からぬことだ。

「わたしの、せいで……?」

 俺はユスラの肩を抱く。少しでも、支えられるように。


「いや、違う。それに、あの桜はまだ死んでいない。まだ生きている。あの木は、あの木の守り神さまは、そんなヤワじゃない」

 それどころか。
 木が炎上するというピンチになって、その刺激を受けてようやく、あの寝ぼすけは目覚めるんだ。


 ▼ 253 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/17 18:41:45 ID:F9RMRaqM [9/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 あっ、と声があがる。


 業火に包まれた桜が、眩く、輝きを放っていた。
 淡い若草色を帯びた光が、火の手を掻き消すかのように、木の全身を包み込み、渦を巻く。
 その渦の中心から、生まれでるかのように、何かが跳ね出す。


 光をまとった、それはポケモンだった。


 久方ぶりの空への喜びを表しているのか。
 小さな身体で桜の周りを旋回し、舞い踊るように飛び回る。
 薄羽から弾け散る光の粒子が、星くずみたいに夜空を照らし出す。
 空気に、大地に、生命力が満ち満ちてゆく。

 夢を見ているような、幻想的な眺めだった。
 

 ▼ 254 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/17 18:45:46 ID:F9RMRaqM [10/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 

 それから。

 やがて、ゆっくりと俺たちの前に降り立った。
 目の前で、宙にふわふわと浮かび、触覚を微かに揺らしながら。
 じっと、大きく澄んだ瞳で、こちらを見つめている。まるで、何かを待つように。


「やっと会えたな。守り神さま」

「あのポケモンは、まさか──」


 驚愕に目を見開いて、恐怖にかたかたと震え、胸を抑え喘ぎながら。けれど夢見るような眼差しで。
 ユスラが、その名前を呟く。


 綺麗な森に棲むとされ、現れた森には草木が生い茂るという。
 時を越える力を持つ、幻のポケモン。



「──ときわたりポケモン、セレビィ」


 ▼ 255 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/17 18:50:18 ID:F9RMRaqM [11/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○


 知っている。
 俺はこのポケモンを知っている。 

 セレビィの持つ、ときわたりの力。
 その力で、俺は時間を移動し、この世界にやってきた。
 そして、本来出会うはずのなかったユスラと、時を越えた遭遇を果たしたのだ。

 セレビィがいたから。
 セレビィが、ユスラという人間を救おうとしてくれたから。
 セレビィが、そんなきまぐれを起こしてくれたから。


 そうだ、言わなきゃならないことがある。
 伝えたい思いがある。

 なあ、セレビィ、お前──。


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