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【1レス目企画】荒野の迅雷リバイバル

 ▼ 1 まぐれな救い主◆m3DNSoFAFg 19/03/08 18:07:09 ID:N7TsxXfE NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


──ここはどこだろうか?

肌寒い感覚が意識を浮上させる

抉れた地面、無造作に投げ捨てられたもう使えないであろうモンスターボール……

どれも全て、見覚えがない

──自分は誰なのか?どうしてここにいる?

必死に思い出そうとしたが、何も思い出せない

記憶の糸はどこかで途切れてしまっていた……


ふと、何かの気配がした

荒れ果てた景色の中で存在感を示す、蕾をつけた桜の木

そのそばに、誰かが倒れているのだ──
 ▼ 56 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/09 19:42:02 ID:zi0kf9ag NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「サクラ、ありがと。でも、いいよ。別に今まで通りだし。もう慣れっこだから」

 しかし彼女は、首を振る。
 一見すると穏やかなようでもある表情だけれど。その目はやはり悲しげで、すべてを諦めたような、もはや悟りの境地のようですらあった。

「その代わり、早く、思い出してね」

 果たしてそれが、僅かでもユスラの救いになるのかは分からない。でもやれることを1つずつやるしかない。
 この子がこんな悲しい顔を浮かべているのは、見てられない。

「──ああ、必ず」


 ▼ 57 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 08:43:41 ID:q8UsuVxE [1/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 ○


「で、まず北の方で聞き込みするわけですか」

「ああ。人が多いのもあるけど、この辺の怖い顔の人にいきなりチャレンジするのは勇気がいるというか」

「まずはレベルが低い相手でトレーニングしてからということですね」

「まあ、そのような……ユスラってゲームとかするのか?」

「昔、買ってもらったことはありますよ。パパがいなくなってからはないですが」

「あ……すまん」

「ううん。気にしないで──あっ、ちょっと失礼」

 ユスラがそそくさと建物の隙間に隠れる。
 気にしないでと言われても、なんてことない世間話のつもりで地雷を踏んでしまうのは、なかなかに気まずいものだな。

 ▼ 58 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 08:52:51 ID:q8UsuVxE [2/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 ドッコラーを連れた作業員の男がせかせかと通り過ぎるのを見送って、ユスラが出てくる。

「えーと、じゃああれか、最近流行った『ゴーストウォッチング』とかはやってないのか」

 一時期爆発的な人気を集めたゲームの名前を挙げる。俺も詳しくはないが、ゲームのみならずアニメや歌の知名度も高かったはずだ。
 しかしユスラは不思議そうに見返してくる。

「なにそれ」

「あれ? 知らない?」

 もしかして、テレビもない?
 再婚相手は働いていないそうだし、とても裕福な家庭とは思えない。またしても無神経だったか。

「すまん、忘れてくれ」

「変なサクラ──ひゃっ!」

 ▼ 59 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 09:00:11 ID:q8UsuVxE [3/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 妙な声を出して、また隙間に引っ込むユスラ。

 主婦らしき女性が、怪訝そうにじろじろと俺を見ながら足早に通過する。肩に乗ったデデンネが、女性とまったく同じ角度に同じ表情でこっちを見ていたのがちょっと面白かった。

「おい、ユスラ?」

 返事がない。

「おーーい?」

 返事がない。

 ▼ 60 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 09:07:00 ID:q8UsuVxE [4/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 ユスラが戻ってきたのは数分後。
 寄ってきたマメパトの群れに、エサならやらんぞとたっぷり説明し、解散してもらった後だった。

「ふう。お待たせしました」

「遅かったな。トイレか?」

「は!? ち、違います」

 まあ違うだろうとは思うけど。

「さっきからそのかくれんぼはなんなんだ。あの作業員とか主婦の人も、嫌いな人なのか?」

「そうでもない、ですが。顔をあわせたくないというか、なんというか」

 口をもごもごさせて言い淀む。

 どうも様子が変だ。

 ▼ 61 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 09:14:33 ID:q8UsuVxE [5/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 ずっと緊張したような面持ちだし、そわそわしてるし、さっきからなぜか敬語だし。
 なんというか、居心地が悪そうな感じがする。

 北エリアへ向かう通りに差し掛かってから、ずっとこの調子だ。正直、気が気でないし、聞き込みどころじゃない。


 そういえば町の雰囲気に、そこはかとなく違和感のようなものがある。
 町から浮いているというか、異物になった気分というか。
 
 俺が余所者だから、か?
 さきほどの主婦の訝しげな視線なんて、見慣れた住民へ向けるそれではないように思う。

 しかしこの違和感は、それだけでは説明がつかないようなところがある。
 漠然としたものだから、言葉で表すのは難しいのだけれど。

 

 ぐうー。

 ▼ 62 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 09:20:32 ID:q8UsuVxE [6/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 考えを遮るかのように間抜けな音が響く。
 あっとなったユスラ、照れくさそうな拗ねた顔。

 色々あって意識を向けている余裕もなかったが、いざ気がついてみれば、腹の内にぽっかりと穴が空いたような空腹感がある。
 知らないうちに、俺もそうとう腹が減っていたらしい。

 ええっと、今は何時頃だろうか。
 俺は時計を持っていないので、周りを見回す。

 たしか、通りのこの辺り。
 この辺に、時計が設置されていたはずだ。公園にあるような、背の高いやつ。
 ちょうど南部と北側の境目のあたりだから、待ち合わせなどの目印によく使われるはず、なのだが。

「あれ?」

 見当たらない。

 ▼ 63 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 09:27:03 ID:q8UsuVxE [7/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「おかしいな。ここらへんに、時計なかったっけ」

「時計? この近くには、なかったと思うけど」

 記憶違いか?
 思い出したばかりだし、混乱して何か勘違いしているのだろう。そう自分を納得させる。

 ユスラが小首を傾げながら空を見上げる。

「時間は、まあ、そろそろお昼ぐらいかな?」

「通りで腹が減るわけだ。先にどこかで腹ごしらえでもしようか」

「それなら、美味しいサンドイッチ屋さんがあるの。北側の、『ようきなサンドパン』ってお店」

 ▼ 64 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 09:32:34 ID:q8UsuVxE [8/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「……サンドパンが店を手伝ってたりするのか?」

「そんなお店だったらわたし行かないよ──あ、とにかく、そこのモモンマゴサンドがオススメ。生クリームたっぷりで、きのみも甘くて」

「フルーツサンドか。いやしかし、俺が食べるにはちょっと子供っぽすぎるというか」

「そう? 甘いの好きそうかなって思ったんだけど」

「……たぶんそうだ。よく分かったな」

 モモンマゴサンドの説明を聞いてるだけで、口の中に分泌される唾液が急激に増加しているのは自覚があった。
 覚えてないから断言はできないが、おそらく俺の好みの味なんだろう。

 ▼ 65 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 09:39:33 ID:q8UsuVxE [9/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「やっぱり? なんとなくそうかなって──」

「──ユスラ!」

 ユスラの言葉を切り裂くように、鋭い声が割り込む。
 明らかに、怒気を孕んだ声。
 ユスラがびくりと震え、みるみる顔が青ざめる。

「昨日から、どこほっつき歩いていてたの!? 心配したのよ!?」

 近くの角から現れた、睨み付けるような怖い顔をした女性。かなり息を切らした様子で、ずんずんと迫ってくる。
 黒縁のメガネから覗くスッと細められた目がすごい迫力で、思わず俺までたじろいでしまう。

「ご、ごめんなさい、ママ」

 虫の鳴くような声での答えに、思わずふたりの間で視線を往復させる。

 そうか。この人が、ユスラの母親。 
 ▼ 66 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 21:43:55 ID:q8UsuVxE [10/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



 合点がいく気はする。
 金髪の色合いはユスラとそっくりだし、言われてみれば顔立ちも……いや、顔はあまり似てないな。ユスラに比べると、だいぶキツめの顔立ちという印象だった。

「あなたは──あら?」

 母親は今まさに気がついたような様子で俺の方を見て、一瞬、目を丸くした。
 しかしすぐに元の細められた目に戻り、詰問が始まる。

「見かけない顔ですが、どちらさまですか?」

 明らかに俺を不審がっている様子である。まあ、9歳の女の子だもの、当然といえば当然か。

 ▼ 67 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 21:49:42 ID:q8UsuVxE [11/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「俺は──」

 疑いを晴らそうと口を開いたはいいが、迷いで口が止まってしまう。

 何を言えばいい?
 怪しいものではありません、記憶を無くして荒野に倒れてたんです、なんて言ったらどう考えても『怪しいもの』だ。

 と、そこでユスラが慌てて助け船を出してくれる。

「この人はサクラ! サクラが、迷子になったわたしを助けてくれたの」

「あら、そうでしたか? それは失礼」

 口ではこう言いつつも、露骨に疑っている様子。じろじろと探るような視線を送ってくる。

 ▼ 68 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 21:57:01 ID:q8UsuVxE [12/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「それでサクラさん、この子はどこにいたんでしょうか」

 それは。
 答えようとしたとき、いつの間にやら母親の死角に回り込んだユスラの姿が目に入る。
 両手で大きなバッテンを作り、ぴょんぴょんと跳ねて何かをアピールしていた。

 ……言うなってことか?
 ユスラは自分の意思であの桜まで行ったはずだが、迷子ということにしたいのか。
 ひとまず適当に濁しておこう。

 ▼ 69 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 22:04:25 ID:q8UsuVxE [13/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「南側の、路地裏です」

 母親は胡散臭がるように眉をひそめる。
 さすがに抽象的すぎるか。慌てて情報を付け加える。

「ほら、あのクワガノンの落書きがされてる近くの」

 壁にスプレー缶で描かれた、派手な落書きが真っ先に思い浮かんだ。
 地元の悪ガキが勝手に描いたあのペイントは、かなり目立つ。おおよその位置を伝えるには十分なはずだ。

 しかしなぜか、母親はいっそう目を細め、疑いを強めたかのよう。
 背後のユスラも、困惑の表情。

 ……どういうことだ。

 ▼ 70 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 22:11:14 ID:q8UsuVxE [14/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「そんな落書きは、聞いたこともありませんが」

 凍りつくような絶対零度の声で、母親の口から真実が告げられた。

 まさに一撃必殺を食らった気分。


 本当に、どうなっている?
 これも、俺の記憶違いか? だが、位置が違うのみならず、存在すらしないとは?

 さっきの時計は、まだ分かる。そこまで特徴的なものでもないし、単に位置を間違えて覚えていただけかもしれない。
 だが、あれだけ派手で印象的な落書きが、そもそも勘違いだなんて。


 そんなこと、ありえるのか?
 ▼ 71 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 22:19:49 ID:q8UsuVxE [15/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「どういうことでしょうか?」

 ユスラの母親は険しい表情を緩めない。
 俺の脳内は混迷を極める。ユスラも、おろおろと慌てた様子だった。

「ねえ、ママ! サクラは、本当に何も悪くないの! 黙っていなくなったのは、ごめんなさい。でも、サクラは悪くないの。信じて!」

 かなり苦しい。具体的な情報は何も明かさず、ただ信じてくれ、と。
 これでは、あの母親を納得させることはできないだろう。


 そう思って視線を移し──目を見張る。
 母親は明らかに狼狽し、愕然とした表情を見せていたのだ。


 なぜだ?
 今のユスラの言葉のなにに、それほどまでに。


 ▼ 72 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 22:25:38 ID:q8UsuVxE [16/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 
 母親はゆっくりと目を瞑る。
 深々とため息。
 左右に2、3度、首振って。

 目を開いたときには、今さっき見せた驚愕は鳴りを潜め、もとの鋭い顔つきに戻っていた。

 数秒の間黙りこみ、幾度か瞬きし、そして口を開く。

「そこまで言うなら、サクラさん。ひとまずは、あなたを信用しましょう。私はユスラの母、グミと申します。娘を見つけていただき、ありがとうございました」

 まっすぐに俺を見据えて、そう言った。
 ユスラが喜色を浮かべる。俺も正直ほっとした。
 
「ただし!」 

 グミと名乗った彼女は、ぴしゃりと続ける。

 ▼ 73 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 22:31:21 ID:q8UsuVxE [17/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「今後、娘には近づかないように。その時は警察へ連絡させて貰いますから。いいですね?」

「そんな! ねえ、ママ、このあと一緒に北側に行く約束してるの」

「ユスラ、あなたねえ、一晩行方不明になった後よ? 今日は家でおとなしくしてなさい」

 ユスラは抗議するが、取り合う素振りもない。
 信用するとはいったものの、あくまで今回は見逃すだけで次はないってことか。

 客観的に見て、俺、怪しいもんなあ。それに、戻ってきたばかりのユスラが心配なのも、仕方ないことだとは思う。


 思うが、ならば、俺からも言っておくことがあった。

 ▼ 74 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 22:36:17 ID:q8UsuVxE [18/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 グミの迫力は正直怖いが、言わないと。意を決して口を開く。

「グミさん、あなたの再婚相手がユスラに暴力を振るっていると、そう聞いた。俺なんかを警戒する前に、もっとしなきゃならないことが、あるんじゃないのか!?」

 グミは意表をつかれたように目をしばたかせ、唇を噛む。わずかにたじろいだようにも見えた。
 苦々しげに口を歪め、吐き捨てるように言う。

「大きなお世話です。部外者が、勝手な首をつっこまないで」

「たしかに俺は部外者だ。だけど、ユスラの力になりたいんだ。9歳の子があんな弱ってるのを見て、部外者だからって見なかったフリなんかできない」

 ▼ 75 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 22:41:39 ID:q8UsuVxE [19/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「なんなんですか、あなたは!? ポケモンバトルで白黒つけますか!?」

 グミがボールを取り出して構える。ポケモンを持たない俺には、無論、勝ち目はない。
 けれど、尚も俺は言い募る。


「事情も知らずに無責任なことを言ってるのかもしれない。けど、頼む、ユスラの力になってやってくれ! ユスラには、あんたの助けが必要なんだよ! それができなくて、一番すべきことから目を背けて、なにが母親だ!?」

 ▼ 76 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 22:46:11 ID:q8UsuVxE [20/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 ほとんど叫ぶように啖呵をきってしまってから、俺はふと我にかえる。


 激情に任せて、勢いのまま口を衝いた言葉たち。
 なぜこんなにも、冷静でいられない?

 なんだか自分の中の、知らない自分が喋ってるみたいな感覚だった。
 いや、実際、ほとんどそんなものなのだろう。これはきっと、記憶をなくす前の、元の俺の言葉。
 覚えていないはずの言葉が、感情が、何かの拍子に勝手に飛び出してきたのだ。

 いくらなんでも初対面の相手に言い過ぎたか?
 恐る恐る、様子を伺う。 
 

 ──グミは、何か不思議なものを見るような目でいた。

 たっぷり十数秒、沈黙が流れる。

 ▼ 77 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 22:51:00 ID:q8UsuVxE [21/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 居心地の悪い空気を破ったのはグミだった。首を振って、またため息。

「サクラさん、あなたが羨ましい」

 なんとも掴み所のなく、感情が読み取りにくい口調。
 ……皮肉か?
 
「それは、頭がおめでたくて、という?」

「いいえ」

 今度は囁くような声。

「娘がああも誰かを信用しているのは、初めて見ました。あなたの方もユスラのことでそこまで熱くなる。どうしてそこまで、と」

 ▼ 78 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 22:57:01 ID:q8UsuVxE [22/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 ああ、それで、か──。
 ひとつの疑問が氷解する。

 さっきグミがあれほど驚愕したのは、ユスラが俺を庇おうとしたこと自体に、か。

 そうだ。
 俺にだって、はじめユスラは興味を示さなかった。きっと、誰に対してもユスラはあんな調子なんだ。
 母親ですら俺を羨むぐらい、誰にも心を開かない。

 それが、何をきっかけにしてか、急に俺に協力的になった。
 あれは──なぜだったんだ?

 改めて考えると、ユスラにはまだ謎が多い。
 ▼ 79 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 23:03:09 ID:q8UsuVxE [23/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 
 結局、ユスラは一旦帰宅することとなった。
 自宅で昼食をとり、シャワーを浴びて着替えもしなければ、となる。
 
 俺はこの姿しか見ていなかったから感覚が麻痺していたが、そういえばユスラは体も服も汚れ、髪も乱れて大変な有り様だった。
 再婚相手の男の方は、まだしばらくは帰ってこなそう、とのことだし。
 
「あ、そうだ。最後にひとつ、いいですか」

 ユスラの手を引き、ずるずる引っ張って去っていくグミの背中に呼び掛ける。
 せっかく、ユスラ以外で初めてちゃんと話した相手なんだ。聞いておこう。

 ▼ 80 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/10 23:08:40 ID:q8UsuVxE [24/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「前にどこかで俺を見かけたこととか、ありませんか」


 振り返ったグミは、無言のままじっと俺を見る。
 まじまじと、じっくりと。
 やがて、視線がはずれ。


「いえ、初めて会うと思いますが」

 それだけ言うと踵を返し、南側へと歩き去る。


「サクラー! 後でねー!」

「おう、頼むぞ」 

 ユスラを見送って、俺は北へ。
 まずは飯だ。教えてもらった店でサンドイッチを食うとしよう。


 ▼ 81 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 17:49:32 ID:HBhU2HnI [1/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○

 『ようきなサンドパン』は、北側エリアの中心的な大通りからはすこし外れ、奥まった立地にあった。

 店先には野草が繁り、花が咲く春の頃にはいい眺めだろうなと思わせる。
 白くて真四角で、屋根まで平たい店舗だった。サンドイッチ屋だからパンに似せて、というわけでもないだろうが。
 
 この店には見覚えがある、と思う。俺が利用したことがあるかは、思い出せないけれど。

「お、いらっしゃいませ!」 

 ガラス戸を開いて入店すると、店主らしき恰幅のいい男性がショーケース越しに出迎えてくれた。
 
 ▼ 82 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 17:56:53 ID:HBhU2HnI [2/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 
 ケース内には、真っ白く見るからにふわふわなパンを用いたサンドイッチが並ぶ。
 なお、ポケモンのサンドパンの姿はない。

 具材もさまざまだ。

 ラッキーのタマゴを分厚く焼き上げたもの、おおきなキノコとながねぎのソテー。色とりどりのきのみに、変わり種だともりのヨウカンなんてものまで。
 ユスラのお気に入りだけあってどれも美味しそうで、目移りしてしまいそうだが……ここはやはり、オススメしてもらったものにしよう。
 
「これを1つ──」

「モモンマゴサンドを1つね! いやお客さん、お目が高い。こいつはね、今朝とれた新鮮なきのみだけを使ってるんだが、それだけじゃない。マゴのみは、飛びきりひん曲がって最高に甘くなったやつを選び抜いてるのさ。もっと言えば、『ながなが』と『すくすく』をブレンドした特別なこやしを使って、土作りからこだわってるんだ。しかも水のやり方も研究しつくしててね、何時間おきに水をあげるのが最適か、きのみの種類ごとにきっちり決まってる。それから使うじょうろはゼニガメじょうろ、これは絶対だね。ホエルコじょうろ、コダックじょうろ、ハスボーじょうろ、色々あるけど、やっぱり王道を往くゼニガメじょうろだよ、こいつのキレのよさは群を抜いてるね」

 ▼ 83 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 18:05:12 ID:HBhU2HnI [3/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「あの……」

 凄まじいマシンガントークだった。大袈裟な身ぶり手ぶりを交えての熱弁。
 たまらず口を挟むが、何を勘違いしやがったのか店主はさらに続ける。

「ああ、もちろん、クリームの方もこだわって作ってるとも、そんな心配そうな顔しないでくれ。こいつはね、牧場から送ってもらったとれたてほやほやのモーモーミルクから作ってるんだ。アローラダグトリオのヘア製の特注ホイッパーがあってね、そいつと、ボウル代わりのゴツゴツメットでホイップするとうまいこといくんだな、これが。そして砂糖は使わず、あまいミツを加えることで自然な甘みが引き出されて──おっといけない、これ以上は企業秘密だぜ! まあとにかくそんなこだわりの詰まった至高の一品をこのお安さで! あんた、見る目があるぜ! さあ受け取りな!」


 ぜーはーぜーはー、と肩を上下させて深呼吸する店主。
 自分でもしんどいんじゃねーか……。
 

 そして恭しくサンドイッチを差し出す。

「お待たせしました、こちらモモンマゴサンドでございます」

 ……ああ、本当に待たされたよ。

 ▼ 84 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 18:12:28 ID:HBhU2HnI [4/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 料金を支払い、サンドイッチを受け取ってから、例の質問をしてみる。また変な長話が始まっても困るから、この人はスルーしたい気持ちもあるけど。 


「ご主人、俺に見覚えがあったりしないか」

「んん? もしかして、ハンサムな私の気を引くための作戦かな? すまないが、私にはもう妻も子もいてね! HAHAHA!」

 ちげーよ。

 心底イラッとする。
 しかし一方でどこか憎めない感じもする。通販番組の胡散臭いイッシュ人みたいな、愛すべきウザさだ。
 
 ▼ 85 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 18:17:16 ID:HBhU2HnI [5/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「どこかで会ったとか見かけたとか──あと、『WY』と聞いて何か思い当たること、ないか?」 

 壊れたモンスターボールの底に刻まれていた文字のことを思い出し、付け足す。
 あれも、俺の抱える謎の1つであり、数少ない手掛かりだ。
 

「うーん、すまないが心当たりはないねえ。『私は陽気』とかかな? HAHAHA!」

「そうか」

 使えねえなこのおっさん。

 ▼ 86 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 18:23:17 ID:HBhU2HnI [6/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 いや、他のことで聞けることがあるかもしれない。
 たとえばそう、謎といえば、ユスラにも謎が多い。

 そもそもなぜ、あんな荒野にいたのか。
 秘密だと言った、桜の木に棲む守り神への願い事とは。
 何をきっかけに、俺に興味を示したのか。
 そして、どうしてあんなにも、悲痛な瞳なのか。

 家庭環境については垣間見えたけれど、どうもそれだけではなさそうに思えた。


 ユスラについて、探りを入れてみよう。

 ▼ 87 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 18:28:07 ID:HBhU2HnI [7/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「ここはユスラに教えてもらったんだが、ユスラはよく来るのか?」


 店主は一瞬きょとんとしてから、納得したように。

「ユスラちゃんに? ほう、それでね。ユスラちゃんは小さい頃からうちの味を気に入ってくれてねえ。──昨晩から行方不明だそうだが、君はなにか知ってるかい?」

「ああ、それなら、無事だ。もう母親と会って家に帰った」

「本当かい!? それはよかった。まさかとうとう、とずっと心配でね。私も心当たりの場所は探したんだが」

 店主はオーバー気味に胸を撫で下ろしたが、俺は違和感を覚える。

 ▼ 88 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 18:33:27 ID:HBhU2HnI [8/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「とうとう、とは?」

「それは──いや、気にしないでくれたまえ。君が特に感じていないなら、わざわざ私から言うことではないさ」

 単なる陽気なだけの人間かと思ったら、急に年長者らしいところを見せてくれる。自分で気づけってことか。
 

 ──あるいは、口にするのを躊躇うような良からぬ想像をしていたか。
 とうとう、のあとに続く言葉を想像してみると、なんとなく言わんとしたことが分かる気がする。

 たとえば、家庭内の暴力がエスカレートして、結果──とか。

 ▼ 89 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 18:39:11 ID:HBhU2HnI [9/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 店主は疲れきったようなため息をついた。

「あの子も不憫な子だよ。今の父親も酷いが、前の父親もなかなかに勝手な男だった」

「前の──たしか、行方不明になったって」

「うむ、ワドッカツという男だがね。身の丈も考えず大きな成功を夢見てばかりいた。家族を置いて荒野の向こうの町を目指して飛び出して、それっきりだよ」

「男の趣味が悪すぎる。心底、見る目がない」

「まあそれは否定できないな──おっと失礼、こんな話をしていては、せっかくのサンドイッチがまずくなってしまう」

 そんなことより、と窓際に設けられた席を店主が手で示す。日が差し込み、明るい席だ。
 ここで食っていけ、ということらしい。

 ▼ 90 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 18:45:46 ID:HBhU2HnI [10/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 
 ありがたく、勧められたテーブルにつく。

 すると奥から様子を窺っていたのか、店主の奥さんらしき女性が紅茶を運んできてくれた。
 花柄のかわいらしいティーカップだ。この花は桜だろうか。

 礼を言い、一口。
 茶葉の風味が豊かで……豊かで……えーっと。
 やめておこう、俺にグルメリポートの才能はないらしい。まあでも、美味しい紅茶だ。

 ▼ 91 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 18:51:37 ID:HBhU2HnI [11/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 紅茶をすすり、俺がほっと息をついたところで、店主がしみじみと呟く。

「そうか、無事だったか──。ユスラちゃんは、元気だったか?」

「ああ──いや、どうなんだろう」

 普段のユスラを知らないからなんとも言えないが、あれを元気というのは正確な表現ではない気がした。

「最初は、かなり暗いというか、掴み所がない感じがした。でも、少しずつ懐いてくれたというか。最初よりは、まあ、だいぶ元気になったかなと」


「そうか──。……さあ、食べてみてくれ! 紅茶はサービスだから、好きなだけおかわりしたまえ!」
 ▼ 92 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 18:58:59 ID:HBhU2HnI [12/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 モモンマゴサンドを手に取る。

 耳を落として直角三角形にカットされた真っ白なパンは、見た目通りやわらかく。
 たっぷり塗りつけられたクリームはきめ細かく、角切りされた桃色の果肉がこれでもかと盛り込まれていた。

 ボリューミーではあるがサイズはそれほど大きくなく、女性や子供でもペロリと食べられそうだ。
 ちなみに俺はちょうどいいサイズだと感じた。俺はどうやら大食いな方ではなかったらしいな。
 
 さて。

「いただきます」

 ▼ 93 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 19:04:35 ID:HBhU2HnI [13/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 かぶりつく。
 
 これは。

「──うまい」

 そうとしか言えない。素晴らしい味だ。

 モモンとマゴ、どちらも甘みの強いきのみだが、単に甘いというだけではなく。クリームの甘さが控えめなぶん、きのみの旨みがストレートに感じられる。
 とても柔らかくみずみずしいモモンと、歯応えのあるマゴの食感の変化も楽しく。


「ああ。うまかった」
 
 あっという間に完食していた。
 ▼ 94 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 19:11:10 ID:HBhU2HnI [14/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 満足感に腹を軽く撫でて──ハッと気づく。

 しまった!

 紅茶を全然飲んでなかった。
 なんたることだ。
 せっかくおかわり自由なんだし、たっぷり水分補給させてもらおう。

 ティーカップに手を伸ばして……カップの花柄が目に入る。
 桜の、花。 


 桜か。

 記憶を失った俺が倒れていたのは桜の木の近くで。
 その桜には、守り神が宿っているという。

 これは、果たして偶然か? 

 ▼ 95 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 19:18:48 ID:HBhU2HnI [15/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 否。そう考える方が、不自然だ。
 このことになんの意味もないとは、到底考えられない。

 であれば、あの桜の木、そしてあの木に棲む守り神こそが、俺の記憶喪失に関する重大な手掛かりなのではないか?

 糖分補給したおかげだろうか、考えが整理されて、今まで見えなかったことが見えてくる。


「なあご主人、イカズチ荒野に生えてる桜について聞きたいんだが」

「守り神さまの桜かい? 昔は、それはそれは綺麗な花を毎年咲かせてたそうだがねえ。元気だったらそろそろ咲く頃なのだが、土地があれほど痩せてしまってはね」

 店主は俺の向かいの席にどかりと腰かけ、紅茶を自分のカップに注ぎ出す。デザインは同じだが、俺のとは色違いのティーカップだ。

 ▼ 96 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 19:24:09 ID:HBhU2HnI [16/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「もう咲くのか? ちょっと早くないか」

 今は1月末。これからまだ寒さが厳しい時期のはずだった。 

「ああ、桜といっても、咲く時期の早い──ええと、寒桜といったかな。だから冬の内から花を咲かせるんだ」

 それが今では、咲きそうもない数個の蕾のみ、と。

「土地があんな荒れたのは守り神さまが眠ったから、って聞いたな」

「うむ。守り神さまがもたらす実りの力、土地の生命力。そのおかげでここらには豊かな森があったのだが、逆にいえば守り神さまに頼りきりだったわけだな」

 店主がぐいっとカップを傾け、一気に紅茶を飲み干す。

 ▼ 97 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 19:31:35 ID:HBhU2HnI [17/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「それで、いなくなってからはどんどん枯れていったと。そもそも、なんで守り神さまは眠りについたんだ?」

「さあ、それは私なんかには分からないよ。守り神さまのことだから、何か深いお考えがあるのだとは思うが」

 カップを逆さまにして、最後の一滴まで飲み尽くそうと試みる店主。


「案外、きまぐれで休みたくなっただけだったりしてな」

「きまぐれだって!? HAHAHA! 守り神さまをバカにしちゃいけないぜ! まあしかし、周期的に眠りと目覚めを繰り返しているだけ、というのは有力な説の1つではあるが」


「なにか事件があって力を失ってる、とかではないんだな?」

「そういう話は聞いたことがないな。何しろ昔のことだから、確証はないけどね」


 ▼ 98 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 19:41:04 ID:HBhU2HnI [18/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 ポットからおかわりの紅茶を注ぎながら、考える。

 守り神さまと俺の記憶喪失に因果があるのならば。
 怪しいのは、眠りについたきっかけの何か。そう踏んでいたが、この線は薄そうだ。
 
 『眠り』が違うなら、考えられるのは『目覚め』か。


「守り神さまは、どうしたらまた目覚めるんだろうか」

「それもはっきりしないね。時が経つのを待つしかないのかもしれないし、桜に花を咲かせればいいのではないかと考える者もいる。せいぜい、あの木を大事に見守るぐらいしか、やりようがないな」

 ▼ 99 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 19:48:01 ID:HBhU2HnI [19/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 守り神さまが目覚めれば俺の記憶が戻るんじゃないか、とか。
 仕組みは知らんが、超自然的不思議パワーでなんかうまいことそんな風にならねえかな、と。
 
 想像力をたくましくしてみたつもりだが、どうも決め手にかける。
 
 そういえばユスラも、守り神さまを復活させるために桜の木に水をあげていると言ってたな。
 木が花を咲かせられるぐらい元気になれば、守り神さまが蘇るかもしれない、と、そう考えていたわけだ。

 ▼ 100 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 19:59:18 ID:HBhU2HnI [20/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「早く起きればいいのにな」

「そうだなあ。特に夕方からの雷はありゃ、ひどい。ここは離れてるからそこまでうるさくはないけど、それでもちょっと怖いしね」
 
 守り神さまが甦れば、土地もまた豊かになる。
 とはいえこの町自体は北の山々からの恵みで充分やっていけるから、そこまで切迫した問題ではないのかもしれない。


 なら、ユスラは?

 ユスラの家は南側のようだから、北側の住民に比べると荒野の再生への思いは強いかもしれない。
 でも、それだけだろうか。

 ▼ 101 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 20:11:49 ID:HBhU2HnI [21/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 思い当たることはある。
 

『……この木の守り神さまが、お願いかなえてくれないかなって』

 出会ったとき、ユスラは言っていた。
 ユスラには、叶えたい願いがある。
 願い事をするなら、守り神さまには目覚めてもらった方が叶えてもらいやすいだろう、たぶん。


 そのためか。
 ユスラの願いって、なんだろう。

 ユスラの立場になって考えてみると……ムカつく再婚相手の男にくたばってもらいたい、とか?
 守り神さまに願うには物騒すぎるか。


 分からない。
 俺はまだユスラのことを、全然知らない。

 ▼ 102 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 20:18:58 ID:HBhU2HnI [22/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 いや、待てよ。 

 守り神さまへの願い事とは違うだろうが、『ユスラが俺に対して願ったこと』だったら知ってる。


 ユスラは、早く思い出して欲しいと言った。できれば今月中に、と。
 1月はもうあとわずかしかない。ここまで急かす理由はなんだ。
 ▼ 103 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/11 20:27:21 ID:HBhU2HnI [23/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「なあ、店主。1月の終わりか2月の頭で、何か特別なこととか、あるか?」

 唐突な質問に店主はきょとんとなって、太い眉を上下させながら考え込み。

 何か思い付いたのか、ああ、と声をあげ、ポンと手を叩く。


「それならもしかして、誕生日じゃないか。1月31日は、ユスラちゃんの誕生日だよ」




 ▼ 104 ギアナ@オーキドのてがみ 19/03/11 22:54:57 ID:b7mYLkVE NGネーム登録 NGID登録 報告
支援
 ▼ 105 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/12 19:04:20 ID:M2Lwyxug [1/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 ○ 


「俺に見覚えはありませんか!」

「どこかで会ってませんか!」

「WYって言葉に、聞き覚えはありませんか!?」


 首を横に振り、足早に立ち去る男性。
 気味悪そうに見て、駆け足になる女性。
 ヘッドホンをしていて、そもそも聞いてないやつ。

 共通しているのは、顔見知りの相手への対応ではないってことだ。


 『ようきなサンドパン』を後にして、しばらく北側で聞き込みしたものの成果は得られず。ならばと南側に戻ってきてみたが、こちらでも芳しくなかった。

 ▼ 106 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/12 19:13:39 ID:M2Lwyxug [2/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「なあ、この辺はド田舎だし、俺っち、顔も広いからさ。余所者には敏感なわけよ」


 情報通だとの噂を聞いて訪ねた、異国風の店内で。チャラチャラした若者が言う。

「その俺っちの感覚で言うとあんたは余所者だな。でも余所者は印象に残るからな、見たら二度と忘れないわけよ」

 妙な臭いの煙を吐き出し、安酒のグラス片手に席を立ち。

「あんた、この町に来たことなんてないだろ」


「そんなはずは……」

「わりいな、俺っちも忙しいんだ。あばよ」

「……待て、待ってくれ!」

「んー、あんまりしつこいと、俺っちのポケモンでボコッちゃうよ?」


 ……クソッ。
 ▼ 107 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/12 19:20:27 ID:M2Lwyxug [3/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 俺は絶望的な気分で酒場を後にする。ちょうど、十数人ほどの団体が店先を通りすぎるところだった。

 あの中に一人ぐらい、俺のことを知っているやつはいないか。

 手を上げて「よお」とか、名前を呼んでくれるとか。
 なんてことない顔で、なんでもない挨拶の1つでも。
 してくれたりは、しないか。


 仄かな期待も虚しく。

 知らない顔をした人の群れは、俺に興味も示さず通りすぎていく。バカな冗談を飛ばしゲラゲラ笑いあうその顔を、誰も俺に向けない。

 ▼ 108 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/12 19:26:47 ID:M2Lwyxug [4/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 彼らは目の前を歩いてるのに。
 
 ちょっと手を伸ばせばぶつかるぐらい、すぐそこなのに。とんでもなく遠い距離を隔てているかのようで。
 たとえばテレビに向かって喋りかけてるような手応えのなさ。


 そんな、バカな!
 俺はたしかにこの町を、ハナカゼタウンを知っている。
 なのに、誰も俺を知らない。

 この町の住人でもなければ、余所者ですらない?
 俺は何者なんだ。
 俺はなぜ、この町を知っている。


 本当に知っているのか? 俺が知っているのは違う町じゃないのか。
 あの時計は、クワガノンの落書きは、違ったじゃないか。

 ▼ 109 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/12 19:36:00 ID:M2Lwyxug [5/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 俺は不意に、言い様のない孤独感に襲われる。

 ここは、俺の知るハナカゼタウンとは似て非なる存在なのか。俺一人だけが、別世界に放り込まれてしまったのか。
 
 立っている地面までがぐらつく。
 知らない顔が、知らない声が、俺を取り囲むすべてが渦を巻いて、俺を苛む。
 眩暈のするようなカオス。
 

 ここはどこなんだ。俺は誰なんだ。今、どっちを向いている。

 そもそも、俺は本当に存在しているのか?

 ▼ 110 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/12 19:54:17 ID:M2Lwyxug [6/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 記憶を失うとは、拠り所をなくすというのは、こんなにも心細く残酷なことなのだと、俺は今更ながらに思い知った。
 

 今までは、ユスラの存在が命綱だった。

 考えてみれば、見知らぬ人間に対して特に関心を持たないのなんて、ごく普通のこと。その中で、なぜだかユスラだけは俺の何かに興味を示した。

 その後はユスラの存在が指針になっていた。導かれるように、俺はここまできた。ユスラがいてくれることが、俺の心の支えだった。


 俺の方こそが、ユスラに救われてきたんじゃないか。
 


 ▼ 111 リガロン@リリバのみ 19/03/12 19:55:27 ID:5xHsqW/2 NGネーム登録 NGID登録 報告
支援
 ▼ 112 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/12 20:02:49 ID:M2Lwyxug [7/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 だったら、恩は返さないと。

 まずあの再婚相手の男をどうにかすること。そういえば、あれ以来あの男はまだ見かけていない。見つけたらガツンと言ってやろう。

 そして、記憶を取り戻すこと。
 俺に早く思い出して欲しいと、ユスラが提示した期日。
 ユスラの、誕生日。
 
 そこにどんな意味を込めていたのだろう。
 その日がユスラにとって特別な日だと判明した以上、何かしらの想いが込められていることは、間違いない。

 ▼ 113 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/12 20:09:10 ID:M2Lwyxug [8/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 応えたい、と思う。

 こんなことで誕生日プレゼント代わりになるかは分からないが、それがあの子の願いなら、叶えたい。

 そのためには、今までみたいな闇雲な探り方では、ダメだ。

 北側と南側、どちらで聞き込んでも、いまだ手掛かりはゼロ。情報通だというチャラ男も知らなかった以上、俺の知り合いを見つけ出すのは難しいだろう。

 なら、もっと効率よく、確実な方法をとる必要がある。
 ひとつ、心当たりはあった。


 トレーナーズスクールだ。

 ▼ 114 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/12 20:16:09 ID:M2Lwyxug [9/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 町の北側に位置する、ハナカゼトレーナーズスクール。
 なにしろド田舎なのでこの町の学校はこれしかなく、単に『学校』と呼ばれることが多い。

 隣町には北の山脈か南の荒野を越えなければ行けない。
 そのためこの町の人間なら誰もが通い、学び、卒業する場所、それがトレーナーズスクールだった。
 ゆえにこの町の人間は全員がトレーナーなのだが、それはさておき。


 すなわち、俺がこの町の人間ならば『トレーナーズスクールの卒業アルバム』に俺の姿が写っているはずだ、ということ。 

 ▼ 115 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/12 20:22:17 ID:M2Lwyxug [10/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 歴代の卒業アルバムは校内に保管されているだろうから、それを閲覧させてもらう。
 途中で引っ越した可能性なんかも考えて、なんなら入学式や各種学校行事の写真も、何から何までしらみ潰しに。


 そこまでして、それでも俺の姿が見つからなければ、やはり俺はハナカゼタウンの人間ではないと結論づけることができる。その時は、隣町に場を移さざるをえないだろう。

 しかし全部確認するとなると、かなり膨大な量だ。俺一人では骨が折れる。ユスラに頼んで、手伝いに来てもらうか──






 ──いや、待て、今のおかしくないか。


 ▼ 116 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/12 20:33:29 ID:M2Lwyxug [11/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 
 強烈な違和感。
 違和感。

 思考が目まぐるしく回る。

 違和感、といえば。脈絡もなく差し込まれる記憶。

 あれは。


 ──そうか。
 そういうこと、だったのか。

 1つの答えに収束していく。間違いない、と結論付ける。

 ▼ 117 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/12 20:36:29 ID:M2Lwyxug [12/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 
 俺が思い浮かべたのは、ユスラと町中を歩いていた時の記憶だった。

 あの時感じた、違和感。町の風景から浮いているような、異物になったような。
 そして、挙動不審だったユスラ。

 あの正体が、いま、分かった。

 ▼ 118 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/12 20:40:31 ID:M2Lwyxug [13/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 あの時、町は『平日の昼間』だった。
 町にいるのは仕事中の大人や、買い物に向かう主婦ら、という平日の昼間の風景。
 
 その風景の中に、ユスラぐらいの年の子供はいない。
 あの時間、子供は学校に行っている。もちろんユスラも、学校に通う年だ。

 そして、こそこそとして、誰とも顔を合わせようとしなかったユスラ。

 ユスラは前日から行方不明だったのだから、今日に限っては、学校に行かずともおかしくなかったはずだ。

 だが、あれほど挙動不審になったのは。
 後ろめたい、と感じていたから。知っている人に見られることが怖かったから。


 ▼ 119 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/12 20:41:16 ID:M2Lwyxug [14/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 『学校に行っていないこと』がユスラにとって後ろめたいことなら。
 それは今日に限らず、日常的に学校を休んでいるってことで。


 だから、つまり。
 ユスラは、不登校なんだ。  



 
 ▼ 120 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 17:42:10 ID:w6fsbLWg [1/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○


「あっ、サクラ、いたいた!」

 弾むような声。
 振り向いた先、路地裏の角からぴょんと跳ね出てきたユスラは──本当にユスラか?


 表情もなんだか明るく柔らかで。
 汚れを落とし、不揃いながら髪も整え、古着ではあるが綺麗な服になって。まるで別人のようだった。
 というか、今までのコンディションが最悪すぎた。

 あの汚れた格好ですら可愛らしいと感じた俺だから、今のユスラは、ぶっちゃけめちゃくちゃ可愛い。

 めっちゃハグしたい。なんならペロペロもしたいが、それは危険な扉を開くことになりそうだ。
 本能的な警告に制止されて、俺はなんとか思いとどまる。

 ▼ 121 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 17:46:03 ID:w6fsbLWg [2/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 それに、いくら可愛いからって浮かれてばかりもいられない。
 今は無邪気に笑ってくれているけれど。

 ユスラが不登校だって俺の推測が正しかったなら。あの暗い瞳は、まさしくユスラの心そのものだ。


 学校に行かない理由は、色々考えられるけど。
 いじめとか、いじめまでは行かなくとも人間関係のもつれとか、集団生活が苦手で、とか。
 なんであれ、ユスラにとって学校が居づらい場所だってことは、たしかなんだ。

 でも学校を休んで家にいたって、そこもきっと居心地がいい場所じゃ、ない。
 無職の再婚相手もいるし、母親も、たぶんあれこれ言ってきそうだし。
 なにより、再婚相手の男の暴力という、嫌な記憶が染み付いた場所。


 だからこそ、ユスラは桜の木に水をあげにいくのかもしれない。
 家にも学校にも町にも居場所がなくて、そんなユスラにとってはきっと荒野の桜が避難場所なんだ。

 ▼ 122 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 17:53:29 ID:w6fsbLWg [3/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 なら、俺は。
 ユスラの避難場所に、なってやれるのか?
 
 最初よりはだいぶ明るくなった、と感じる。
 年相応の少女らしい感情を見せてくれていると、思う。
 その裏に秘められた闇を考えるといたたまれなくも、なるけど。 

 狭い町だ、ユスラが学校に来ていないらしいという話は、おおよその町民が知るところとなっているだろう。
 事情を知らない俺の前だからこそ、負い目を感じることなく普通に接している、という部分はきっとある。

 気づいていない振りをして、あくまでユスラが明るく、普通に振る舞える相手で、あり続けるべきなのだろうか。


 でも、それでいいのか、という迷いもある。
 軽々しく触れていい問題じゃないとは、思うけど。
 だけど、この問題を避けて通ったら。ユスラを本当に救うことは、できないんじゃないか。


 ▼ 123 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 18:00:12 ID:w6fsbLWg [4/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「ん? サクラ、どうしたの?」

 不思議そうに首を傾ける。金髪がふわっと揺れる。

「あ、いや、ユスラが可愛すぎてみとれてた」

「またまたー」


「お母さんは、出てきてもいいって?」

「うん。サクラのこと、ちょっと気に入ってくれたんじゃないかな。ママ公認だよ」

「なにがあったんだ……。そうだ、教えてくれたサンドイッチ、美味しかったよ。あれはマジでいい」

「よかった。やっぱり、サクラもあの味好きだと思ったんだよね」

 ▼ 124 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 18:06:26 ID:w6fsbLWg [5/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「ああ、今度は一緒にいこう。……どうした、髪いじって」

「うち、貧乏だから、お店じゃなくてママに髪切ってもらってるんだけど。たまには自分で切ってみよっかなって」


 そこでユスラがなにかを閃き、ぽむと手を叩く。

「そうだ、いっそサクラの髪型真似しちゃおっかな」

「俺の真似……? それはどうかと思う」


 俺はかなり短髪な方だ。いくらなんでも大胆がすぎる。
 真似をするぐらい慕ってくれるのは、まあ、嬉しいんだけど。

 ▼ 125 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 18:12:18 ID:w6fsbLWg [6/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「んー、いいと思うんだけどな。おしゃれとかは、あんまり、興味ないんだよね。短くしちゃえば手入れも楽そうだし」


 そう言ったユスラの顔にスッ、と影が射す。
 何かやらかしてしまったか?
 思わずぎょっとなる。

 しかし、違うな。
 暗くなったのは、ユスラの顔だけではなかった。


 髪も服も、いやユスラに限らず、道行く人も、地面も、建物の屋根も、すべてが薄暗く落ち込んでいた。

 ▼ 126 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 18:16:01 ID:w6fsbLWg [7/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「これは……?」


 視線を空へと移す。

 ──黒、黒、黒。
 どこからともなく湧き出た真っ黒い積乱雲が太陽を覆い隠し、たちまちにして空を埋めつくしていた。


「あっ、サクラは初体験になるのか。もう夕方だから、雷の時間だよ」

 そうか、これが。
 イカズチ荒野に降り注ぐ無数の雷。この雲がその源なのか。
 
 ▼ 127 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 18:23:21 ID:w6fsbLWg [8/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



 話には聞いていたし、『こういうものだ』という知識としての記憶は、すでに思い出している。
 けれど実際にこの目で見た時の記憶、というのはなかったから、その光景に新鮮な驚きを感じていた。


 遮るものがほとんどないだだっ広い荒野だから、たやすく一望できる。

 空から大地へ伸びる、一条の光の筋。
 薄暗い空のスクリーンを切り裂き、細く鋭い軌跡を描いて荒野に突き刺さる。
 大地が悲鳴をあげるかのように、一拍の後に耳をつんざく轟き。


 それが数秒おきに放たれ続ける。
 荒野のあらゆる場所に、次々と。

 ▼ 128 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 18:28:25 ID:w6fsbLWg [9/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 タイミングも場所も不規則で、10秒以上の間が開いたかと思えば、立て続けに同じ箇所に落ちることもある。

 不思議なのは、これほど激しい落雷なのに、あの分厚い黒雲が雨を降らせる気配は一向にないこと。
 この雷雲は『そういう現象』と考えるほかなさそうだ。


 不思議といえば、黒雲自体はハナカゼタウンの上空にも広がっているのに、雷が落ちるのは荒野の領域だけだ。
 これに関しては町を避けて落ちているというより、安全地帯のラインまで町の領域が後退した、ということなのかもしれない。
 
 ▼ 129 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 18:36:07 ID:w6fsbLWg [10/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 雷の勢いはつゆほども弱まることなく、暴れ狂う。
 これが明け方まで鳴り止まないというのだから、にわかには信じがたい。
 

 これほどのペースと威力とは、想像していた以上に恐ろしい光景だ。 
 到底、足を踏み入れられない危険地帯。

 ユスラの実の父親、ワドッカツとやらは荒野を渡ろうとしたらしいが、果たして生きて辿り着けたのか。
 途中で夜を明かすなんてとても考えられないから、さぞや過酷な強行軍になったことだろう。


 それにしても、この光と音を間近に感じながら眠って夜を明かすというのだから、ここの住民の肝の太さは大したものだ。

 ▼ 130 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 18:42:09 ID:w6fsbLWg [11/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 すっかり慣れっこなら、見ていても特に何も感じないのだろうか。隣で眺めるユスラへ横目をやる。


 稲光が薄暗闇を照らしあげて──その横顔は、まったくの無表情だった。

 暗い瞳に、亀裂のように稲妻が映りこむ。




 ──ああッ!!!



 衝撃。


 雷の流れ弾に当たったかと錯覚するほどの。
 脳天を撃ち抜く、強烈なバカ当たり。


 ▼ 131 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 18:44:43 ID:w6fsbLWg [12/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 どうして、今まで思い至らなかったのか。

 俺よ。
 考えないようにしていたのか。
 分かっていて、見てみぬフリをしていたのか。


 ユスラ、お前は。

 お前が抱える悲しみは。

 ▼ 132 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 18:52:44 ID:w6fsbLWg [13/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 学校にもいけず、家では暴力に曝され、どこにも居場所がなくて。


 そうなったとき。
 何をしていても、押し潰されそうで。逃れられない苦しみの中にいる、そんなときに。


 町の目の前に、無数の雷が落ちる。
 
 雷が当たれば、死ぬ。 
 この無慈悲な電光は、ユスラにとっては救いの光にすら、見えたかもしれない。

 ▼ 133 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 18:54:41 ID:w6fsbLWg [14/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ユスラは昨晩から行方不明だったという。
 その間、どこにいた?

 俺が見つけた時、ユスラは桜の木の下で眠っていた。

 ユスラは、あそこで夜を明かしたんだ。
 数えきれないほどの雷が降りしきる、荒野の中で。


 今こそ、ユスラが守り神に何を願ったのか、分かる気がした。

 死んでしまったっていい、あるいは、死にたいとすら思いながら、眠りについた。
 きっと、自分の真上に雷を落としてくれと、そう願いながら。

 二度と目覚めないかもしれない、眠りに。
 ▼ 134 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 18:56:14 ID:w6fsbLWg [15/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 そして、奇跡的に生き残った。生き延びてしまった。
 ユスラは、死ねなかった。



 ユスラが目覚めた時の、一番最初の言葉が。
 耳の奥で、リフレインする。
 何度も、何度も。 


 『──なんだ、生きてるんだ』


 あの言葉を、どんな思いで発したのだろう。

 まだ9歳の少女が、これほどまでの覚悟をするのに、どれだけの絶望があったのか。

 ▼ 135 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 18:58:50 ID:w6fsbLWg [16/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 
 胸が締まる。泣きたいぐらい、息が詰まる。
 違う。違うだろう。
 辛いのは、俺じゃない。


 そして目覚めたユスラは俺と出会って。
 まだ、生きてる。

 俺の為すべきことは。
 俺がここに、いる意味は。


 誰がなんと言おうたって、否定させやしない。

 ▼ 136 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 19:01:50 ID:w6fsbLWg [17/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「なあ、ユスラ」 

「ん? どうしたの、サクラ?」

 覚悟を決めて呼び掛ける。
 振り向いたユスラは、さっきの暗い瞳が嘘のような笑顔で。


 胸が、痛む。
 俺の前でだけは、笑えるのに。俺はそれを壊さなきゃいけない。

 でも、たとえそうなってでも。
 俺の前でだけ笑っていても、俺のいないところで苦しんでいたら。
 それじゃ、意味がないんだ。 


 なにかを察知したユスラの表情が凍りつく。
 瞳が、暗く暗く、染まっていく。

 ▼ 137 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 19:04:18 ID:w6fsbLWg [18/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 今、ここでやめておけば。
 ユスラは、さっきまでの明るさに戻るのだろう。
 ……俺の前でだけは。


 俺は、ユスラのこんな悲しい目は、見たくない。
 見たくないけれど。
 でも、違う。もっと、それ以前に。
 『させちゃいけない』んだ。どこにいたって。



「明日、学校に行こう。俺と一緒に」 



 どうしても、お前を。

 ユスラを、救いたい。

 ▼ 138 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 20:52:55 ID:w6fsbLWg [19/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○
 
 乾いた風が流れた。
 痺れるような空気の震えを感じる。
 落雷の衝撃波だ。

 二度、三度と稲光が俺たちを照らし出して。

 奇妙だな。と思う。
 雷の音が聞こえてこない。 
 

 音のない世界。 
 外の雑音なんかに邪魔させない、俺たちのための、世界。
 それほど張りつめきった空気が、流れていた。

 ▼ 139 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 20:56:10 ID:w6fsbLWg [20/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「そっかあ」

 首を項垂れたユスラの小さな、小さな声。本来なら落雷で掻き消されてしまうはずなのに。真っ直ぐに、俺に届いた。


「気づいちゃったんだ。わたしが、学校、行ってないの」

「ああ」

 俺は頷く。

「それから、ユスラがどれだけ、苦しかったのか。どうして、どんな思いで、あの桜の下にいたのかも。少しぐらいは、分かったと思う」

「そっか」

 ユスラは俯いたまま表情を見せない。

 ▼ 140 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 20:59:55 ID:w6fsbLWg [21/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「ユスラの選択も、仕方なかったのかもしれないと思う。きっと、それほどのことだったんだ。でも、それでも、俺は──」

「──学校、行ってもいいよ。行けっていうなら」

 抑揚のない声で、遮るように言う。

「でも、きっと意味ないよ。またすぐ逆戻りしちゃうだけ」


 その通りだと思う。

 根本的な解決をしなければ、場当たり的な対応で無理に学校へ行かせても、きっと意味はない。

 一度行くだけなら、きっとできるのだ。でも、現実はその後にもずっとずっと続いていく。

 問題は、継続しなければならないこと。


 ▼ 141 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 21:03:51 ID:w6fsbLWg [22/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「学校へ行くと言っても、教室にいく必要はない。先生とかクラスメイトにも、会わなくていい」

「えっ?」

 そこではじめてユスラが顔をあげる。
 暗い瞳。だけど、困惑の色と、微かに興味を示す色。


 俺は自分の考えを説明する。

 聞き込みでの捜査は難航したこと。
 卒業アルバムの写真に俺の姿があるのではないかと考えたこと。
 そして、俺の写真を探すのを手伝って欲しいということ。

 ▼ 142 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 21:08:37 ID:w6fsbLWg [23/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「学校って場所に慣れるリハビリにもなるし、俺の記憶も探ることができる。まさに一石二鳥だ。どうか、人助けと思って、頼む!」

 深々と頭を下げて、頼み込む。
 ちょっとせこいが、俺を助けるという名目を与えて、少しでも乗り気になってもらおうという作戦だ。


 どうだろうか。
 この体勢ではユスラの表情が分からない。

 唾を飲み込む。




「──ふふっ」

 聞き間違えか?
 最初、そう思った。

 しかし違う。
 

 顔をあげる。

 ユスラが、くすくすと、笑っていた。

 ▼ 143 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 21:13:53 ID:w6fsbLWg [24/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「どうした、なにを笑って」

「ごめん。なんか、サクラのその頼み方、最初の時みたいだなって」

「ああ……」

 そういうことか。

 なんだかおかしくなって、俺のほうも笑みがこぼれる。
 あの時は、町に一緒に来てくれるよう頼んだんだった。
 頼んでる途中で、ユスラが俺に興味を示しだしたんだよな。


「わたし、サクラに会えた時、ほんとうに嬉しかった。出会えて、ほんとうによかった」

「俺も、ユスラに会えてよかったよ。一目見たとき、なんか運命的なもの、感じたんだ」

「もう」


 ユスラの瞳に、光が宿る。小さくか細いけれど、確かにそこにある灯火。

 ▼ 144 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/13 21:21:58 ID:w6fsbLWg [25/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「いいよ、サクラ。明日、学校に行く。サクラと一緒に」

「そっか」


 何を言えばいいか分からなくて、素っ気ないような返事になってしまって。

 この気持ちをもっと伝えたいけど、どんな言葉を使えば伝わるか、分からなくて。


 俺は、思い切り抱き締める。
 ぎゅっと。触れあう肌から、少しでも何かが伝わってくれ、と念じながら。


「ユスラ、よく、頑張った。ひとりじゃないから。俺が、いるから」 

「……うん」



 幾千の雷撃を横目に、夜が更けてゆく。
 また1日、1月の終わりが迫りくる。

 明日。
 明日が、俺たちの本当の戦いだ。

 ▼ 145 lX0nF9ikQo 19/03/13 21:28:36 ID:w6fsbLWg [26/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ここまででお話の前半はおしまい。

 次回から後半に入ります。お付き合いいただけたら幸いです。
 ▼ 146 ミロップ@あかいウロコ 19/03/13 21:31:34 ID:kxOsVsuU NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 147 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 18:31:03 ID:AHpkwvLs [1/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○ 


「緊張してるか?」

「少しは。久しぶりだし。半年ぶりぐらいかな」

 念入りにむしよけスプレーを吹き付けながら、ユスラが言う。今日はトレーナーズスクールの制服に身を包んでいた。

 1月30日の朝。多くの生徒が登校を終えた、午前9時すぎ。
 ユスラ宅の玄関前で、支度を整える。


 ユスラはそわそわと、所在なさげに胸の前で手を揉み。かと思えば、戸棚に置かれたパチリス型の置物を撫でだしたりもする。

 ▼ 148 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 18:36:39 ID:AHpkwvLs [2/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「大丈夫、写真見に行くだけだから」

「そうだね。ただ、友逹と遊びに行くだけ。行き先は、たまたま学校にそっくりな見た目してるけど、実は写真館なの」

「友達っていうには、ちょっと年が離れすぎてないか」
 
「ダメ?」

「いや……それも悪くない」

「よかった」

 パチリスオブジェにデコピンしながらにっこりと言う。
 この分なら大丈夫そうか。

 それにしても存在感のある置物だ。この町出身のパチリス使いのトレーナーが大きい大会で優勝した、とかで記念に配られたものらしい。

 ▼ 149 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 18:43:42 ID:AHpkwvLs [3/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「ユスラ、無理しちゃダメよ。娘をお願いしますね、サクラさん」

 心配そうな顔で、グミが見送りに出てくる。彼女にも仕事の出勤時間があるはずだが、俺たちに合わせて遅らせてもらったそうだ。

「ああ。それから、あの男のこと、どうか考えてみてくれ」


 実は昨晩、俺はユスラの家に泊めてもらっていた。
 
 テレビでくだらんお笑い番組を見て盛り上がったりしつつ。
 深夜まで粘っていたのだが、とうとう再婚相手の男が帰宅してくることはなかった。

 グミによると、こういうことはちょくちょくあるらしい。決まって『徹夜でスロットしていた』と話すそうだが、グミは浮気相手のところにいたに違いないと睨んでいた。


 あの男のことも、いずれケリをつけないと。

 ▼ 150 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 18:48:57 ID:AHpkwvLs [4/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「ええ、サクラさんばかりに任せていては、母親の面汚し。母親四天王最弱の烙印を押されてしまいます」

「母親四天王……?」

「ええ、PTAにそういうのがありまして……ええととにかく、私だって、あの子を守りたいですから」

 にこやかに、グミは言う。

 この人も、なんだか変わったな。昨日会ったときより、人柄が穏やかになった。
 俺のいないところでユスラとグミの二人で話をしたらしいが、何を話したのやら。


「じゃあ、ママ」

 やや固いけれど、前向きな顔で、ユスラが宣言する。

「行ってきます!」


 
 ▼ 151 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 18:54:31 ID:AHpkwvLs [5/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 ○

 トレーナーズスクール。
 トレーナーとしての基礎知識や実践訓練を授業に取り入れた、トレーナーになるための学校。
 もちろん、普通の学校で教わるような一般教養の類いも学ぶことができる。
 そして、この町で唯一の学校。


 人通りはあまりない時間だが、それでも何度か建物の陰や路地の角に身を潜めて、人をやり過ごして。
 予定より時間はかかったが、トレーナーズスクールの裏門前までやってきた。

 ちなみに正門ではなく裏門なのは、ユスラが出した条件で。
 正門から入ると校庭を横切ることになり、教室の窓から見えてしまうから嫌だ、とのことだ。

 ▼ 152 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 19:01:57 ID:AHpkwvLs [6/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「大丈夫か? 無理はするなよ」

 そのユスラは緊張の面持ち。顔は青く、唇も震えていた。

「なにも、一発でクリアする必要はない。撤退も勇気ある選択だ」 

「ううん、大丈夫」

 ユスラが足を踏み出す。数歩後ろに俺も続く。

 正門は二頭のルクシオ像が鎮座し、本物のレントラーが警備にあたっているのだが、そちらに比べると裏門はかなり簡素な造りで警備も薄い。

 守衛の老人に声をかけて開いてもらい、真っ直ぐ事務室へ。

 ▼ 153 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 19:10:07 ID:AHpkwvLs [7/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 学校内部の構造は、俺にもなんとなく分かる。頭の中に入っている。
 この記憶があるということは、単に町を訪れただけでなく、この学校にも来ているということ。

 アルバムへの期待が高まる。


 アルバムを閲覧したいということは昨日のうちに連絡してあったから、事務員の応対はスムーズだった。

 使われていない教室に案内され、年度の数字が書かれた段ボールが運び込まれてくる。
 ドン、ドン、と重量感ある音を立てて床に置かれた。

「ご用が済みましたらお声かけください。持ち出しはご遠慮ください」

 それだけ言うと事務員は事務室に戻っていく。
 

 さて。


 ▼ 154 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 19:17:26 ID:AHpkwvLs [8/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

 この間ずっと身を縮こまらせていたユスラが、おっかなびっくりという様子で段ボールを覗きこむ。


「これを、全部……?」

「ああ。俺の年齢は25歳前後と推定されるが、実はもっと若いかもしれないし、実年齢より若く見えてるのかもしれない。というわけで18歳から30歳と仮定して、その範囲のアルバムを用意してもらった」

「若いって言い方にこだわるね」

「まあな。ユスラも俺ぐらいの歳になれば分かる」

 裏を返したら『実年齢より老けて見える』と『実はもっと老けてる』だからな。ものの言い方というのは大事だ。


「なあに、全部とはいっても見つかりさえすれば終わりだから、案外早く済むかもしれん。さ、はじめるぞ」


 ▼ 155 まぐれな救い主◆lX0nF9ikQo 19/03/14 19:54:06 ID:AHpkwvLs [9/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


 ○

「──見つからないね」

 ぱたん、とアルバムを閉じて机に放って。つかれきった顔でユスラが呻く。

「おかしいな。あるはずなんだが」

 俺が24歳と仮定した年のアルバムからスタートして、俺は過去の年へ遡り、ユスラは最近の年に向かって。
 分担してアルバムのページをひたすらめくり、それぞれ3年ぶんほど進んだところだった。


 これで見つからなければ、恐らくもうこの町で、俺の手掛かりは得られないだろう。
 それ以上探ろうと思うと、この町から離れるしかない。

 それはつまり、ユスラから離れるということで。


 まだだ。
 まだ、それはできない。

 一方で、誕生日までに記憶を取り戻して欲しいというユスラの希望も、叶えたい。
 だから、見つかってくれなければ困るのだ。どこかに、俺の写真が。 

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