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【SS】オーキド「サトシに何かがあったのかもしれん」 ケンジ「サ、サトシに!!? なぜ……、!!」

 ▼ 1 クロズマ@よせだまのもと 23/09/06 22:48:23 ID:LcZM6F2k [1/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
※pixivで連載してた完結済みシリーズをちょっとこっちに持ってきてみました
※初出・シリーズ全体の構想の確定がXY放送中の頃だったため、S&M以降は存在しないXY一年後の世界が舞台です


 ある日、ある時、ある場所で、厳かに顔を合わせる三人の男がいた。一人は紅いスーツを纏い、一人は蒼い海賊衣装、そしてもう一人は神官のような衣服を身に着けていて。各々が手元の紙に視線を向けながらも決して警戒を怠らない彼らの間で緊張感が高まっている。恐らく誰か一人でも腰のボールに手をかけることがあれば、一瞬でこの膠着状態は崩壊するだろう。

「計画は以上でいいな」
「えぇ、異議はありません」
「くれぐれも、変な気は起こさないでくれよ」

 誰かがそう言うも、返事は返らない。代わりに互いに向ける眼差しが物語っている。それは声を発した張本人も全く同じで牽制はただの言葉遊びだったことは語らずとも伝わってくる。

 ――隙を見せれば、潰す
 ▼ 2 ッポウオ@イエッサンのけ 23/09/06 22:48:52 ID:LcZM6F2k [2/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「さーて、ヨーギラスにでも会いに行くか!」
「ピッカァ!」

 一方その頃マサラタウンでは、カロス地方からの旅から帰ってきたサトシがのんびりと過ごしていた。まだ見ぬ地域、まだ見ぬポケモンとの出逢いがなく、そしてまるで自らを導くかのような虹も現れないため、少しの間だけポケモン達との触れ合いに重点を置いて過ごしているのだ。とはいっても中々出逢いがなければ、サトシは今度は一度行ったことのある地方にもう一度足を運ぶつもりだ。カントー地方は二度回ったため、イッシュ地方とカロス地方は最近行ったばかりなため、今度はオレンジ諸島かジョウト地方、ホウエン地方かもしくはシンオウ地方の何れかをもう一度巡ってみようと考えている。
 けれどそれはまた今度。今日はシロガネ山で過ごすヨーギラスに会いに行くだけだ。保護区であると同時に危険地帯でもあるシロガネ山だがサトシにとっては何のその。深海に大気圏にと数々の人間が生きられない場所から生還してきた彼からすれば酸素があればそれだけで十分な安全地帯だ。

「行ってきまーす!」
「ピッピカチュー!」
「フォルルルルル」

 ヨルノズクの神通力によって浮遊しながらシロガネ山の方角に移動していくサトシ達を見送りのポケモン達が盛大な行ってらっしゃいの声を上げて、それを背にしながら変わっていく眼下の景色を楽しんで。今日ボールの中にいるのはヘラクレスとベイリーフにマグマラシとワニノコ、そしてドンファン。ピカチュウのボールだけを預けることで一時的に七にん連れを可能にしてヨーギラスと親交の深いジョウト地方のメンバーを連れて行くことにしたのだ。
 サトシ達はシロガネ山で一泊してから帰るとオーキドやケンジ、ハナコには伝えていたが特に誰も心配することなく行ってらっしゃいと笑顔で送り出していた。本来ならデッドゾーンだが百戦錬磨の彼に限ってはそういった場所で過ごす術も分かっているためだ。そのため彼らはサトシが翌日の午後に笑顔で帰ってくると、信じるまでもなく当たり前のこととして意識にすら上らなかった。

「これは……一体……!?」

 そんな翌朝、ケンジが目にしたのはサトシのポケモン達が誰ひとりいなくなった広大な庭だった。そこからは研究所のお庭番の役目を持つフシギダネも、三十にんもいるケンタロス達すらも消えていて。嫌な予感を感じながらもボールの保管庫に走ると、サトシのポケモン達のボールだけがごっそり消えていた保管庫の前に立ち尽くすオーキドの姿が。

「サトシに何かがあったのかもしれん」
「サ、サトシに!!? なぜ……、!!」

 二人の視線の先には床に残るジュカインの足跡。彼が自らボールを持ち出した証拠だった。
 ▼ 3 プ・コケコ@リンドのみ 23/09/06 22:51:25 ID:LcZM6F2k [3/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「坊ちゃんよ、いーからとっとと金寄越せって言ってんの」
「現代語分かるー?」

 シンオウ地方に位置するアラモスタウンの時空の塔の目前にある大通り。そこで身なりの良い少年が、共通の紅い衣服を纏った男性二人に詰め寄られていた。身を縮めて俯きじっと耐えて立ち去ってくれるのを待つ少年に、道行く人々は同情の眼差しを向けながらも助けようとするものはいない。寧ろ皆、自分が次の標的にならないようにと足早に通り過ぎていく。

「あら、残党のくせに随分粋がってるかも」
「ちょっ、カモちゃんやめましょーよ……!!」

 そんな我が身可愛さに何もしない――否、何もできない人々の中からたった一人声をかける者がいた。緑のバンダナをした細身の少女は子ども特有の高めの愛らしい声でいとも容易く毒を吐く。その隣にいる女性のような言葉を話す男性の方が余計な飛び火を恐れて少女を止めようとしている。

「テメェは……! 何でここに!!?」
「ずらかるぞ!!」

 けれど男性の懸念を余所に二人の男達は少女の顔を見た途端血相を変えて走り去っていった。そんな情けない後ろ姿に少女は呆れて溜息を吐き、その後で快活な笑顔に切り替えて絡まれていた少年に声をかける。

「アイツら、元はマグマ団ってとこの構成員だったけど所詮は幹部いなきゃなーんにもできない下っ端共の残党連中だから気にすることないわよ」
「あ、はい、有難うございます」

 顔を見せるだけで悪い大人二人をも退けた彼女に衝撃を受けているのだろう、礼を言う声にも覇気がない。寧ろ第三勢力のラスボスが出てきたような心地がしているようで怯えすら若干入っている。

「そーだ、アタシ達これからお茶するんだけど、君も一緒にどうかしら? ケーキでも食べて気持ち落ち着かせましょうよ」
「へ?」
「ハーリーさんにしてはまともな考えかも!」
「ちょっ、どーゆー意味よ!?」
「自分の胸に聴いてみれば?」
 ▼ 4 ンパチ@セシナのみ 23/09/06 22:51:58 ID:LcZM6F2k [4/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 少年そっちのけで嫌味合戦を始めてしまった二人にどうすればいいか分からずにオロオロするしかできない。そんな少年に助け船を出すかのように嫌味が飛び交う間に少年の腰から紅い閃光が伸びて、そこから一体のポケモンが現れた。

「わぁ! かわいかもー!」
「見たことないポケモンねぇ。イッシュかカロスの方のポケモンなの?」
「あ、は、はい、そうです」

 そこから少女は生息地を教えてほしいと目を輝かせ、男性も知らない地域のポケモンの話を聴いてみたいと詰め寄って。先ほどまでとは違う純粋な好意により詰め寄られる状態になった少年はカフェに連れ込まれることになった。

「僕はラケルといいます。カロス地方のアゾット王国からこの地に参りました」
「そうなんだ! 私はハルカ、昨日ここで開かれてたコンテストに出てたの」
「アタシはハーリー、カモちゃんと同じよ」

 場所をカフェに移した彼らはまだ互いの名前も知らなかったことを思い出して自己紹介から始まった。二人、特にハルカの方が一介のコーディネーターでしかなかったことにラケルが密かに安堵していたことには気付かれなかったが。

「ラケルは何を目指してるの?」

 そう尋ねるハルカは相手が何か夢を持っていることを信じて疑っていなかった。けれどそれは決して嘗て夢がなかった自分を忘れているわけではなく、海を越えた遠い地まで旅に出てくるからにはそれなりに夢に向かって経験を積んでいるトレーナーであると判断したためのことだ。

「特に目指しているものはありません。ただ、旅が楽しいのです」

 機械に囲まれた部屋、機械仕掛けの街、そのぐらいしか知らなかったけれど、海沿いの町や山に囲まれた街、それぞれが全く違う文化の中で生きていて、それでも人やポケモンが笑い合っている姿だけは同じであることを知っていくことが楽しくて仕方ない。そう語るラケルの瞳の輝きは夢に向かって走る人達のものとなんら遜色なくて、そしてその姿にハルカは夢に向かって一直線ではあるけれど同時に旅そのものを全身で楽しんでいるある人物のことを想起した。
 ▼ 5 ガロコ@インドメタシン 23/09/06 22:52:25 ID:LcZM6F2k [5/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「なーんか、サトシみたいかも」

 夢のポケモンマスターに向かって一直線で、けれどその旅路には寄り道も多かった。でもそんな回り道すらも楽しんで自分の力に変えていく。世間一般からすれば無駄だと言われそうなことも意義あることに昇華させていくそのひたむきさが、サトシもラケルも同じような感じがしたのだ。

「サトシを知っているのですか!?」
「え?」
「え?」

 けれどそんなハルカの何気ない呟きにより一層目を輝かせた彼の反応には驚いて、ハルカとハーリーは思わず顔を見合わせた。どうやらこの出逢い、この一度きりでは終わらなそうだ。そうして話していくうちに発覚した驚くべき事実や意外な繋がりにハルカを除く二人は目を剥いた。

「サトシの後輩だったのですか!?」
「そっちこそ王子なの!?」
「あぁ、確かに皇族っぽいとは思ったかも」

 後悔に沈む自分にそっと道を示してくれたサトシの後輩が目の前にいるという事実にラケルは目を輝かせ、相手の身分にハーリーは驚く。そしてハルカはというと嘗て出会い少しだけ言葉も交わしたロータの領主アイリーンと似た空気を僅かながらに感じていたため大方想像は付いていた。加えてサトシの知り合いならば王子であろうと今更驚きはしない。

「ちょっとカモちゃん何でそんな落ち着いてんのよ!?」
「だってサトシの知り合いなんでしょ?」
「理由になってないわよ!!」

 ハルカからすればサトシの知り合いと大物をイコールで結びつけるのは割と当たり前のことなのだが、それほど深い関わりがなかったハーリーからすればそうもいかない。そういった認識のズレに当人達は気付かずにまた言い合いを始めるのはコンテスト界では今では一種の名物となっているのだがラケルはまだ慣れるほど一緒にいるわけではない。結果、カフェに来る前と同様にオロオロするしかなかった。

「まったく、二人そろって美しくない……」

 そんな状況をカフェの外から見咎めたシュウが店内に入って店員にハルカ達との相席を申し出て助け舟を出すのはこの数分後のこととなる。
 ▼ 6 シカマス@パワフルハーブ 23/09/06 22:52:30 ID:Ousc9edQ NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 7 ンプラー@うつしかがみ 23/09/06 22:53:03 ID:LcZM6F2k [6/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 活気溢れる街の路地裏は表通りとは反対に人通りが一切無い。そんな若干薄暗い通りでライブキャスター片手にラケルに絡んでいた二人の男が話している。その通信画面の向こうには嘗て敵対していたはずの蒼い衣服の――元アクア団の下っ端達。

「アラモスタウン調査のマグマ班だ。こっちはハズレ」
「槍の柱調査のアクア班。こっちは……っと、聴きたいか? どーしても聴きたいか?」

 ライブキャスター越しにニヤニヤとした腹の立つ笑みを向けながら挑発してくる相手に彼らは察して舌打ちする。思わずライブキャスターを放り投げたい衝動に駆られるがぐっと堪えて無言で通話を切る。

「アクアの脳筋共が……!」
「くっそ、なんであんなヤツらが当たり引くんだよ!!」

 頭をガシガシと掻き毟る彼らには敵対姿勢しか見られない。けれど彼らはアクア班・マグマ班と名乗る様から分かるように一つの組織になり生まれ変わった。下っ端同士がどれだけいがみ合おうと組織のトップの意向は変わりはしない。尤もそれぞれのトップ達もいがみ合う姿勢は変わりはしない。ただ下っ端達とは違いやり方が上手いだけだ。

「本部に戻ってやけ食いでもするかー!」
「だな、この調査終わったら俺ら今日はやることないし! 仕事増えたアクア班ザマァミロ!!」
「あっははは! 確かに!!」
 ▼ 8 マザラシ@よつばアメざいく 23/09/06 22:53:19 ID:LcZM6F2k [7/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ニュース速報です。つい先ほど、シンオウ地方カンナギ博物館にて解散したはずのアクア団が押し入りこんごうだまとしらたまを強奪していきました。繰り返します、シンオウ地方カンナギ博物館にて――」

 ポケモンセンターのテレビから流れてくる不穏なニュースにトレーナー達は怖いねと言い合う。けれど皆それほど深刻に考えることはなくただただ他人事として話題のネタにする程度。平穏な旅をする一般トレーナー達にとって、事件とはテレビの向こうにある自らとは無縁なものなのだ。

「シンオウでそんなこと起こったんだ……。私らも暫くは博物館とかには近付かない方がいいかもね」
「大丈夫じゃないか? ここホウエンだし」

 ホウエン地方のラルースシティ。都会を通り越して近未来都市なこの地には大きなバトル施設があることから普段はトレーナーが多いが、昨日のポケモンコンテストの名残で今日はコーディネーターも少なくない。ロビーでテレビを見ながら話す四人の少年少女も昨日激戦を終えたばかりだった。ニュースを見て他の利用客達と同じように適当なことを言い合う四人……否、話している三人とは違いたった一人だけは話題に加わらずに彼らとは全く違う表情を浮かべている。

「ヒカリさん、どうし……!!?」
「え? ……!?」
「お、まえ……なんて顔してんだよ!!?」

 言葉だけ聞けば状況からして一人――ヒカリは絶望か恐怖か、何れにせよ途轍もない負の感情を表情に映していると推察できる。けれどそうではない。彼女の瞳に映るのは希望、口元には不敵な弧、その表情はまるで強敵を前にしても恐れるものなど何もないとばかりに立ち上がる、何か一つのものを一心に信じる戦士のようだった。

「ちょっとタケシに電話してくる!!」
「ポッチャッ!」

 相棒の声がボールを挟まずにすぐ側から聞こえること、そんな今の彼女にとっての当たり前はサトシに影響されたのが始まりだった。ボールから出したパートナー、最後まで諦めない粘り強さ、負けても立ち上がる不屈の心、そして――大切なものを護るためには戦わなければならないこと。サトシとの旅で普通なら滅多に学べない様々なことを得られたヒカリにとって、このニュースは戦いの兆しを感じ取るには十分な情報だった。

「タケシ! さっきのニュース見た!?」
「あぁ、見たよ。――次に事が起こりそうな場所を絞り込もうか!」
「さっすがタケシ! 分かってるぅっ!」
「ポッチャァ!」


 いつだって大きな戦いの渦中にはサトシがいたから。この兆しを逃さずに戦いに身を投じれば必ず手掛かりが掴めると彼らは確信していた。――サトシが姿を消してから、一年の月日が経っていた。
 ▼ 9 ョンチー@クヌギダマのから 23/09/06 22:57:22 ID:LcZM6F2k [8/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「こんごうだまとしらたまが奪われたとなれば、やつらの標的はディアルガとパルキアって考えるのが自然よね」
「まぁ最終目的は分からないが現時点ではあいつらの捕獲か、それかあいつらを暴れさせてギラティナを誘き寄せるかのどっちかだろうな」

 歴史的資料を精査していくことは専門家にしかできないけれど、この二人には経験則に当てはめて考えることができる。それは時には本質を穿つことができ、誰よりも早く答えに辿り着ける一番の強み。ニュースで公表されず伏せられた事実もあることを知る、敵と対峙した戦闘の当事者達だけが共有する真実がある。

「ならその前準備として、湖のさんにんを求める筈ね」
「そうだな、リッシ湖付近は割と都会だからすぐに通報されて警備網が敷かれるのも早いだろう」
「エイチ湖は移動手段が乏しいし今はジンダイさん近くにいるからリスクが高いわね」

 なら、と顔を見合わせて同時に頷く。大規模に事を起こすのに最もリスクが低いのは、シンオウの中でも田舎の方でありながら移動の勝手も良く、実力者が常駐しないシンジ湖。このままでは大規模に荒らされ真っ先に捕えられるのは、ヒカリとポッチャマの最初の思い出の地と、彼女と共鳴した友となる。ヒカリが黙っている筈がなかった。

「私、すぐシンオウに戻るわ」
「ポチャ!」
「分かった、俺も念のためエイチ湖に向かう。リッシ湖は……シゲルに連絡してみるよ。敵は違えど、あいつも今度こそ護りきりたいって思うはずだ」
「そうね!」
 ▼ 10 ガミミロップ@グラスメモリ 23/09/06 22:58:04 ID:LcZM6F2k [9/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 大きな事件を起こした直後の今、敵の方もすぐには動かない筈だ。次に事を起こすには準備が必要で、伝説と呼ばれるポケモンの力を目の当たりにしたことのある組織が元になっている連中ならば余計に慎重になる。それは同時に彼女らにも時間があるということ。船のチケットを取るときにお土産も買って、軽い帰省を兼ねてもいいかもしれない、なんて考える余裕があるぐらいには嘗ての彼女にとって戦いは日常の一部だった。
 けれどヒカリと旅を共にしていたわけではないライバル達にとってはそうではない。闘いとは本来自分達とは無縁の遠い世界のもので、ただ危ないことであることだけを漠然と分かっているつもりになっている程度の存在。それほどまでに死闘とは一般に知られないものであり、それほどまでに彼女のライバル達は普通の人なのだ。

「ヒカリ……まさか、とは思うけど……闘いに行くん、じゃ、ない……よね……?」

 電話を切った彼女に問いかける声が震えているのは、立ち聞きした内容から導き出される答えを認めたくないがためのもの。つい先程までテレビの向こうの世界の話だった大きな事件が起こる地に、親しい者が赴くことを実感してしまったことへの恐怖がノゾミ達の心を酷く萎縮させる。けれどヒカリにはなぜ彼女らがそうまで震えているのか欠片たりとも理解できない。彼女は他のサトシの仲間達とは決定的に違うところがある。それは、初めて旅に出たその日に護るための闘いを経験したということだ。例え相手があのロケット団のさんにん組との後に日常となったピカチュウを巡る闘いだとしても、だ。
 カスミやタケシにケンジ、アイリスにデント、シトロンは、サトシに出逢う前には既にみんなレベルに差異はあれど、それでもある一定以上の経験は持っていた。サトシに出逢う時期と新人としてのスタートの時期が近かった二人とも違う。嘗てのハルカのように非常事態に技の指示一つ儘ならない程の無知でもなく、セレナのように初日はサトシの側にはいなかったわけでもなかった。ヒカリはサトシと旅を共にしたトレーナー達の中で唯一、護るために闘う覚悟を持たない、平和で平凡な極普通のトレーナーでいられた時期がない者だ。

「そうだけどどうしたの? なんか顔色悪いけど、みんなして風邪?」

 だからヒカリには分からない、本来なら無縁でいられたはずの闘いの世界がいかに恐ろしい場なのかが。例えコーディネーターであろうともポケモンを持つトレーナーである以上は、仲間を、友を護るためならそこが戦場でも共に進むのが当然の責任だと履き違えている彼女は、きっと永遠にその恐怖を真に理解することはないだろう。
 ▼ 11 シボン@つめたいにんじん 23/09/06 22:58:26 ID:mBhgp2II NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
あれ?ダークライが入ってないやん!
 ▼ 12 ーフィ@ギガトンボール 23/09/06 22:58:40 ID:LcZM6F2k [10/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ポ……チャチャー……」

 対してヒカリの腕の中でどうしたものかと溜息を吐くポッチャマは、彼女に託される前から新人トレーナー用にある程度育成されていたポケモン。無知な場合も少なくないパートナーの支えとなるためにある程度の知識も育成施設で身に着けさせられていた。最初の旅ではサトシという何となく安心できるような心強い場所があり、ピカチュウという圧倒的な全体のリーダーがいたからこその自由っぷりだった。きっと彼らを見ていなければ進化をしないという選択肢に気付きもしなかっただろう程には、あのふたりの存在は圧倒的だったのだ。けれどそんなふたりに霞んだ上に甘えてしまっていた彼は、実際の所は専用のブリーダーによる育成を受けていないピカチュウよりもずっと「普通」や「一般常識」に関しては理解していた。そしてその「普通」の存在の理解とは裏腹に非常事態をその身で知り過ぎていたために、本来ならばポケモンであるために必要としない電子端末の扱い方をピカチュウに教わることに疑問を持つことなく積極的な姿勢で取り組んでいた。

「ポチャポーチャ」
「え? ポッチャマ?」

 ポケッチの画面に数回触れて、随分前のアップデートによって追加されたキーボード打ち込みでのメモ機能を起動させて手早く文字を打ち込んでいく。いつ、人間に正確な言葉として伝えなきゃならないことができるか分からないから、そう言って嘗て共に旅をしていた頃、ピカチュウはポッチャマにしっかりと教え込んでいてくれていた。

「えっと、"みんなヒカリが危ない所に行くのを心配してる"?」
「ポチャ!」

 結構省いたものの、ヒカリのこともよく分かっているポッチャマからすればこのぐらいにしてしまった方が逆に伝わりやすいだろうと考えられた。サトシの隣を走り共に危機に立ち向かう位置にあった彼女にはやはりその想いを心で実感することはできなかったようだけど、彼ほど自分へ向けられる心に対して無知でもないヒカリには頭で理解することはできた。

「だいじょうぶだいじょーぶ! ささっと片付けちゃってくるわ!」
 ▼ 13 スイジュナイパー@マーマレード 23/09/06 22:59:52 ID:LcZM6F2k [11/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 それでもやっぱり彼女は大丈夫と笑うことしかできないし、知らない。そんな彼女だからこそ、サトシとヒカリとアイリスの三人はとても気が合うのだろう。彼女達三人は、彼を中心とする仲間達の中でも特に、護る側の気質の強い者達だから。護られる痛みも、送り出す不安も、分からない。自分は大丈夫だと笑うことがどれだけ自分を想う者達を不安にさせるものか、理解していない。
 けれど、今ヒカリの周りにいるのは何のかかわりもない一般トレーナーではなく、一般トレーナーではあるが同時に彼女のライバルのコーディネーターでもあった。だからこそだろう、彼と彼女らはその頬を強張らせ、瞳を恐怖に揺らしながらも顔を上げてヒカリの目を見てハッキリと言い切った。

「私も行くわ! ヒカリさんなんかに任せる気はないわ!!」
「あ、あぁ! ピカリ一人じゃ荷が重いだろ!!」
「アタシも行くよ! アンタ一人で行って危ない目に遭うぐらいなら、アタシも道連れにしな!!」
「ちょ、ノゾミイケメンーッ! 何その殺し文句ぅー!!」
「は!? アタシは真面目に言ってて……!!」

 が、三人の決死の覚悟は当のヒカリ本人の緊張感皆無のはしゃぎっぷりにぶち壊された。仕方ないのだ、何度も言うが戦場へ赴く覚悟というのはヒカリにとってはいつでも使える日常的な心構えの一つでしかなく、反面他の三人にとっては未知の恐ろしい世界。根本的な認識のズレは、訂正できる者がいない以上戦場に実際に立つまでは発覚しないのだろう。
 そして同時にヒカリに対して淡い想いを抱くケンゴの精一杯の強がりも、その遥か上を行くノゾミのプロポーズを超えるレベルの剣幕にぶっ壊されたことに気付いてあげられる者もいなかった。
 ▼ 14 チグマ@こだいのどうか 23/09/06 23:01:31 ID:LcZM6F2k [12/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
>>11 一応ギラティナも書いたけど、この話をしてるときの二人はどっちかっていうとギンガ団のときのことを思い出して考えてるって想定なので……
 ▼ 15 ヤッキー@きあいのハチマキ 23/09/06 23:03:03 ID:LcZM6F2k [13/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
>>6
支援ありがとう

ってかこの小説、合計10万文字ちょいあるんだけどある程度投下したらちょっと日を改めたりとかするべきだろうか……
 ▼ 16 トウモリ@サンのみ 23/09/06 23:03:37 ID:LcZM6F2k [14/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 そうこうして彼女達は全員で船のチケットを購入したものの、闘いを控えて早くも緊迫した表情を浮かべるノゾミとウララ、ケンゴ。そんな三人とは裏腹に慣れ切っているヒカリはホウエンからのお土産をどうしようかときゃっきゃっと港の売店を周っていた。そうしてフエンせんべいの袋とつい最近目覚めて眠りに着いたというジラーチを模したヘアゴムを購入して満足顔でライバル達の元へ戻ると。

「うわっ、ちょっとみんなどうしたの!?」
「どうしたもこうしたもないわよ……」
「ちょっと感覚の違いを思い知らされたというか……」
「お前の常識どうなったんだ……」

 あまりの気楽さに項垂れる三人の中でも特にケンゴは、昔はもっと普通の女の子だったのにとぶつぶつ呟いていてそのショックの度合いは大きいらしい。けれどもそんなことに気付くはずもないサトシほどではないがそこそこ鈍いヒカリは、目覚ましにはこれだとばかりにパチリスを出して極々自然にほうでんを指示しようと口を開きかけ。

「おい待てピカリ、今何しようとした」
「それはダメ、ダメだから。人としてアウトだからね」
「え? でもサトシの目覚ましはじゅうまんボルトよ?」
「そう、彼のせいなのね。ちょっとあの人外のギア番教えてもらえるかしら?」
「え? サトシは図鑑以外の電子機器持ってないし、だから行方不明扱いなのよ?」
 ▼ 17 ヌギダマ@ネットボール 23/09/06 23:04:12 ID:LcZM6F2k [15/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 連絡取れないから行方不明がデフォルトだけど目撃情報なしでニュースとかにも映らないのは異常だから困ってるのよねーと、さくっと言ってのける嘗ての彼の旅仲間の言葉に三人は思わず顔を見合わせる。アイツどんだけ旧時代的な生活してんの、と。ヒカリの危機感のなさや映るのがバトル大会の中継ではなくニュースである点にはもうツッコミを入れてはいけないと諦めた。諦めたところで話題転換のためにも首を傾げるヒカリを促して船に乗り込んで、出港のときを待つことにした。このときの三人は今までにない素晴らしいコンビネーションを発揮していたというのは、偶然彼女らを目撃していたモブコーディネーターK氏の談だった。
 そうこうしつつも出港した船の中。ヒカリは自販機でアイスを買って食べていて、ボールから出されたポケモン達も思い思いに船の中を探索したり備え付けのプールで遊んだりと満喫している。そんな和気藹々とした過ごし方はただ帰省するだけだと言われた方が納得のいく、戦場に赴くにはあまりにも呑気過ぎる姿で。思わずノゾミは不安そうに声をかけた。

「ねぇヒカリ……、その、今から戦いに……行くんだよね?」
「んー、そうだけど、どうしたの?」
「緊張とかしないのかい? それに何か準備とかもあるんじゃ……」

 その問いかけにヒカリはそういえば、と呟いた。それは準備のことを忘れていたのかという不安材料に通常ならなり得るとんでもない発言だったが、そこにある彼女の真意はまた別の所にあった。その気持ちをヒカリは思い出話をするような心持で、近場の自販機でもう二つアイスを購入して片方をノゾミに手渡しながら口を開く。

「サトシと旅をしてた頃は、いっつも訳が分からないままいきなり巻き込まれていってて……準備をする暇もなかったんだ」
「え……」
「だから準備をする時間があるのなんて初めてで……なーんにも考えてなかったの! ……あ、アイス溶けちゃうよ」
 ▼ 18 NIV2AxL4Mg 23/09/06 23:05:29 ID:LcZM6F2k [16/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ヒカリの指摘に慌てて袋を開けるノゾミだったが、彼女の軽い声に、それを放つ彼女のさっぱりした表情に、頭の中は混乱していた。けれど当の本人であるヒカリは「ジュンサーさん達はしっかり事前に情報を手に入れて準備してるっていうのに、私もまだまだだなー」なんて爽やかに笑うだけで。けれどそんな彼女に自覚は無くノゾミも知らないが、予めしっかりと準備をして作戦も練っているジュンサー達以上の功績を一切の事前情報すら持たなかった状態からヒカリ達は幾度となく叩きだしていた。

「やっぱり私、実戦しか知らないからちゃんとした訓練とかもしとかなくちゃかな?」
「いや、普通は順番逆だと思うよ」

 ヒカリのいつもの天然発言に幾らかノゾミも和めたのだろう、少しだけ表情を和らげて軽いツッコミを入れる。コンテストのフィールドでは対等にぶつかっていたライバルは、別の舞台では自分では遠く及ばない遥か遠くの高みにいたことを今更ながら心から感じ取ることができた。けれど不思議と戦場に行くことを当然と受け止めていることへの憐憫や、強い心を持つことへの妬みの感情は芽生えない。それはきっと、彼女自身がこうして今隣で笑っているからだろう。

(この笑顔を、隣で支えられるようになりたい)

 食べ終えたアイスの棒をゴミ箱に投げ入れると、隣からおぉー、と拍手が聞こえる。そうして同じように投げた棒がゴミ箱の蓋に弾かれて渋々と入れ直すべく立ち上がる彼女の背中に笑って。そんな些細な日常を闘いの後も変わらず送り続けるために、ノゾミは一つ頷いて立ち上がった。
 ヒカリに背を向けてノゾミは緊張した面持ちで一緒にいたケンゴとウララの元へと向かった。二人が知り合ったのは割と最近のことだったものの、意味合いは違えどヒカリのことを強く意識している者同士で意外と気が合うようで。自らも闘いに身を投じることを考えて表情を強張らせている二人を前にしてノゾミはある提案をする。

「ねぇ、今回アタシ達は後方支援に徹しないか?」
「はぁ!? それじゃあ一緒に行くって言った意味ないだろ!?」
「そうよ! ヒカリさんを独りで戦わせるなら、行かなくても同じじゃない!!」

 そう、彼女らは素直に言葉にはしなかったものの想いは同じ。いつ命を落とすか分からないような危険な場所にヒカリを独りで向かわせたくなかった。だからどれだけ怖くても、どれだけ帰りたくても、必死に隣に立とうとしてきた。それを同じ想いを持っていたはずのノゾミが否定したことは、二人にとっては裏切りにも近かったのだ。けれどそれでも、ノゾミは先ほどヒカリと話していて気付いたことがあったから。ヒカリのためにも今回は辞退すべきだと思ったのだ。
 ▼ 19 NIV2AxL4Mg 23/09/06 23:06:19 ID:LcZM6F2k [17/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ヒカリは……闘いの後には自分達の平和な日常に帰れることに、一片の疑いも持ってない」
「……どういうことだ?」
「あの子にとっては犠牲を出さずに勝つことが当然のことなんだよ。だからこそアタシ達は――足枷になることも、犠牲になることも許されない。ヒカリにとって当然の、誰一人欠けることのない平和な未来を護るために」
「……!!」
「……!!」

 何の準備も心構えもなく闘いに赴くのはいつものことだったと笑ったヒカリ。そんな非日常の中で鍛え上げられていた彼女の隣に立つのは今の自分達では不可能だと判断した。それはノゾミにとっても悔しいことだ。けれど闘うだけが覚悟ではなく、身を引くことも覚悟の一つの形。そして今、身を引くことができるのは次のチャンスがあると確信できるからだ。

「ヒカリは必ず総てを護る。絶対に次がある。だから今回は、あの子の戦闘を見て学ぶべきじゃないかって思うんだ」

 どちらかというとリアリストな部分があるノゾミがそう断言したことに二人は目を瞠った。けれど誰よりもヒカリと仲の良い彼女の言葉だからこそ、二人にとって信頼に値するものでもあったから。だからウララとケンゴも直接力になれない悔しさを押し殺す。瞼を閉じて一つ深呼吸して、再びその瞳を覗かせたときには決意を宿して頷いていた。
 フタバタウンに到着した船から降りて港を後にしたヒカリは一度家に帰るそうだ。地元を同じくするケンゴも同様に帰宅するものの、ノゾミもウララもヒカリの自宅に泊まるそうでお泊りに誘われていた。そのことにケンゴは信頼されてるのか意識されてないのかと複雑そうだったが仕方ない。ヒカリはサトシとタケシとの紅一点状態での三人旅で、平然と一緒に野宿したりポケモンセンターで部屋も分けずに同室で寝泊まりしていたのだから。とはいえ普通ならあり得ないこの状態がまかり通っていたのは、サトシがあまりにも異性への興味がなくタケシがあまりにもお母さんだったからこそで。普通の男の子で尚且つヒカリに淡い想いを抱いているケンゴからすればそれなりに意識するのも当然のことだった。

「サトシほどじゃないけどヒカリもかなりの鈍感だからね。大丈夫、嫌われてない以上はまだ誰のものでもない時点で可能性はゼロじゃないさ」
「そうよ、ライバルになったら最も勝ち目のない性格イケメンは女の子とポケモンの区別が付かない男だもの。可能性をゼロにする存在はハナからライバルにならないんだから少しずつ意識させてく方向に持ってけばいいわ」
「やめてくれ、サトシにはどうあがいても勝てないのは僕も分かってるんだ……」
 ▼ 20 NIV2AxL4Mg 23/09/06 23:06:44 ID:LcZM6F2k [18/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 肩を叩きながら追い打ちをかけていく二人にケンゴは沈んでいく。ヒカリの鈍感さはサトシレベルではないためナギサシティでシンオウリーグの開催地であったスズラン島行きの船に乗る前、ケンゴに二人旅を誘われた段階で想い自体は一応は届いていたのだが、ケンゴは未だにあれでも気付かれていないと思っている。加えて母、アヤコとキッチンに立って背を向けている当の本人は割と近くにいたため会話も筒抜けだ。

「いいの、ヒカリ?」
「……今はまだ、そういうことはよく分からないの。分からないまま受け入れるのも、拒むのも、嫌だって思うのはやっぱり勝手かな?」
「そうねぇ、確かに気付いていないフリを続けるのは不誠実だと思うけど、でもケンゴ君の気持ちを蔑ろにしたくないからこその選択なんでしょ? それに……」

 言葉を切って何でもないと言った母の態度に首を傾げるヒカリには、母が娘の不誠実とも取れる選択を咎めなかったもう一つの理由に気付かない。ヒカリはこれから戦地に赴く。そしてそこで死ぬ覚悟を固めるわけでもなく、寧ろ生き抜くことを当然としている。旅に出る前とは全く違う彼女のことを今はもう、母は理解してやれない。闘いを知らないアヤコにできることはもう何もないのだ。

(私も知らない、この子の生きる世界……。それを知った彼がどうするのか、それを見てから決めても遅くはないもの)

 逃げるか、引き留めるか、隣で戦うか、後ろから支えるか……。どのような選択をするかは闘いを知らない彼女には想像もできない。そしてそれは、平和で平穏な日常を忘れたヒカリにも。だからこそ彼が闘いの地で何を想いどう動くか、ヒカリが態度を決めるのはそれを見てからでも遅くない、それどころかその後でなければ早すぎるのではとアヤコは思うのだ。
 彼女が調理をしながらも思案している横で、ヒカリの手は不意に止まった。そうしてボウルを置いてソファで寛いでいたポッチャマを呼んで。

「エムリットに呼ばれた。行くわよ、みんな!」
 ▼ 21 NIV2AxL4Mg 23/09/06 23:07:19 ID:LcZM6F2k [19/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ヒカリの声を受けてシンジ湖に駆け付けた彼女達の目の前には、先客と共に平和な湖がただそこにあるだけだった。緑のバンダナと共に茶色い髪を揺らす少女の背と、彼女を真ん中に佇む少年達。――ハルカ、シュウ、ハーリー、そしてラケルだ。

「久しぶりかも、ヒカリ!」
「えぇ、久しぶり! ハルカも来てくれてたんだ」

 緊張した面持ちの少年二人、男性一人とは違い笑顔で話す余裕のある二人の少女。取り残された彼らは互いの表情を見て、自分達と同じだと気付く。そうして活動地域のすれ違い等の理由で初対面の名前だけを知る者達も、自己紹介していくことによって緊張が少しだけ解けて話ができるようになった。

「ラケルはコーディネーターじゃない、よね? どうして一緒に?」
「少し絡まれてしまっていたところをハルカに助けられたのです。その後、サトシのご友人だと知り、力になりたいと思ったため同行させていただきました」

 サトシに救われたある国の王子だと知り驚き慄く少年少女達。そんな戦闘を前にしていることを若干忘れかけているような呑気な会話をしている彼らとは違い、ハルカとヒカリは着実に情報共有を進めていた。
 エイチ湖に向かったタケシの所にはスズナとジンダイが、リッシ湖に訪れたシゲルは都会の地域故に荒事に慣れている地元のジュンサーと合流。そして田舎であるために荒事に慣れない軽犯罪専門のジュンサーしかおらず、ジムリーダー等の戦闘を任せられる実力者も常駐しないこのシンジ湖。ここにはちょうどシンオウ地方にいたハルカを呼び、ヒカリと二人で闘うことになったそうだ。

「それで、潜んでる……よね? 私達かなり警戒されてるかも」
「うん。でもなんでかな? ちょっとなめててくれてる感じもある」

 周囲の茂みに潜んでいる敵の存在も二人だけはしっかりと認識していた。自分達を警戒しつつも同時にこれはいけると余裕を持たれてもいる。そのことに首を傾げる二人だが答えは簡単だ。敵の存在に気付かずに談笑に興じる者達の存在により、ヒカリとハルカに関しても彼らと共にただ遊びにここを訪れただけだと認識されたのだ。気付かれていないため奇襲して倒すか捕えるかしてしまえば、後は全て作戦通りに進めるのみ――敵はそう思ってしまったのだ。
 ▼ 22 NIV2AxL4Mg 23/09/06 23:07:43 ID:LcZM6F2k [20/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ギャラドス、はかいこうせん!」
「ポッチャマ、ハイドロポンプよ!」

 轟音が響き、戦いの火蓋は切って落とされた。姿を見せた元アクア団員を前にしてボールを構えたのは、構えることができたのは、ハルカとヒカリの二人だけだった。
 そんな敵の奇襲から始まった攻防戦。寄せ集めの下っ端による数の暴力で押し寄せるところを、ハルカとヒカリは広範囲に広げた技の質によって薙ぎ払っていく。慣れた者からすればまだまだ序の口の大したことのない闘いで、けれど初めて戦場に立つ者達からすれば恐ろしくてたまらない世界だった。

「ズバット達、ちょうおんぱ!!」
「みんな集まって!」
「バシャーモ、ほのおのうずで防御壁を作って!」

 一定のルールの元で競う試合をフィールドとする彼らにとって、トレーナーやコーディネーターの安全が確保されていることも、互いが繰り出すポケモンの数が同数であることも、疑う余地もないほどに当たり前のものだった。けれど目の前に広がる世界はどうだろう。トレーナーへ攻撃が向けられることも、多数対少数での攻防も、まるで当然のことであるかのようで。

(二人は――本当にアタシが知るライバルなのか……!!?)

 そしてなにより敵がそれを行うことよりも、当然のようにそれらの事柄に対応できるハルカとヒカリのことをとても遠い存在に、そして少し恐ろしく感じてしまった。特に彼女達二人ともと面識があり、少しだけ天然の入った能天気な笑顔で笑う年相応の少女達の姿を知っているノゾミが受けたショックは凄まじいものだった。

「目を逸らしてはいけません。元より今回は、学ぶためにこの場に立ったのでしょう?」
「!!」
「ぁ……」

 自らの価値観すらも崩壊させかけられて、それ以上に親しい少女達に恐怖を感じてしまって、そんな自分に愕然として俯きかけた彼らに凛とした声をかけたのはラケル。嘗て操り人形にされ何も知らぬまま悪事に加担していた自責を乗り越えた、そんな今の彼の声は誰よりも力強いものだった。

「教えて下さる方々もいるのですから」

 嘗てのサトシのように何も語らずにただそっと道を示す、なんてことはまだまだできないけれど。今度は逃げないように決意を固めて戦場にじっと目を凝らす彼らを見て、ラケルはそっと微笑んだ。

(僕も少しは、サトシのようになれたでしょうか)
 ▼ 23 ンドール@ルガルガンZ 23/09/06 23:07:54 ID:PfhEv3Sc NGネーム登録 NGID登録 報告
一気に全部出すと埋もれるぞ
 ▼ 24 NIV2AxL4Mg 23/09/06 23:08:29 ID:LcZM6F2k [21/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 二人の後ろで目を凝らす。心構えだけでなく、技を、動きを、目に見える総てのものを自らの糧にするため、ただただ一心に激闘を見据える。――それが、仇となった。

「っ!!?」

 こちらへまっすぐに向かってくる攻撃と、その向こうで笑みを浮かべる敵。目を凝らしていたからこそ、余計なものにまで――相手の瞳の奥に宿る感情にまで気付いてしまった。安全が確保されているコンテストの舞台をフィールドにしているとはいえ、それでもトレーナーに技の余波が向かう危険性は少なからず存在する。故に普段ならばぎりぎり避けることも可能な攻撃だった。

(怖い……!!)

 けれど、呑まれてしまった。相手の瞳の奥に宿る憎悪、狂気、そして――嘲りに。お前達は二人を殲滅するための餌だと雄弁に語るその瞳に。

「ポッチャマ! カウンターシールドよ!」
「ポチャッ!!」

 シンオウ地方を旅していた頃にヒカリのコンテストで偶発した動きをヒントとしてサトシが編み出したオリジナル技、カウンターシールド。本来は攻防一体の技として使用するその技を、まもるの技を持たない彼女は盾としても活用していた。咄嗟にヒカリがポッチャマを背後の友人達の元へと投げ込み、彼が空中でしっかりと体勢を整えて放った防壁はしっかりとその役目を果たすはずだった。僅か一歩ある一人が内側に立っていれば、防壁内に全員収まっていたのだ。

「バシャーモ!」

 ほんの僅かな立ち位置のズレから敵の攻撃とポッチャマの防壁の両方に挟まれかけていたシュウ。このままでは危険だと誰もが焦りを顔に浮かべたそのとき、ハルカの声が響きその直後には彼女はシュウに覆い被さっていた。嘗てサトシがヘイガニにやってもらったように、自らを飛ばしてもらったのだ。

「ぅぐっ、っ」
「――!!」

 轟音に掻き消された彼女の痛みに耐える呻き声は、彼の耳だけに届いていた。

「ごめんハルカ! 大丈夫!?」

 本当は振り向いて安全を確認したい。けれどそれは敵にとっては大きな隙になる。自分の浅慮も一因となって負傷しているであろう戦友を護り切るためにも、今のヒカリは全く動じていない体を装って前を向かなければならなかった。

「はんっ、冷徹なこった!」
「お仲間怪我させといてよーくそんな落ち着いてられるな!」
「何とでも言いなさい」

 例え理解されなくたって構わない。――それで護ることができるのなら。
 ▼ 25 NIV2AxL4Mg 23/09/06 23:09:02 ID:LcZM6F2k [22/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「大丈夫よ! でもそっちはお願い!!」
「オッケー!」

 背中の痛みを堪えながらも、冷静な声が返ってきたことに安堵したハルカ。正直な話、身体は痛むものの戦えないほどではなかった。にも関わらず敢えて何も説明せずにヒカリ一人に任せたのは、こちらに背を向ける彼女には理解できない別の傷の存在故だった。

「落ち着いて、シュウ」
「で、でもっ、でも……!」

 背中の大きな傷から僅かに薫る鉄のような臭いに、はらはらと右の肩口だけから落ちるざんばらになってしまったセミロングだった髪の毛に、シュウは軽い錯乱状態に陥ってしまっていた。この痛みだけはヒカリには理解できない領域だった。けれど護られる側の痛みは、ハルカは身を以て知っているから。
 彼女はそっと彼を抱き締める。苦しみ怯えるポケモンを宥めるときと同じように、温もりで包み込んでまずは話ができる状態になるまで落ち着かせる。そうして触れた肌から伝わる震えが消えてからゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「今のシュウの気持ち、私にはよく分かるわ」
「っ、そんなわけ……! っ!?」

 そんな気休め要らない、と思わず八つ当たりにも近い気持ちで顔を上げるが、目の前には複雑そうな微苦笑。シュウはそれ以上の言葉を発することはできなかった。

「どうして自分はこんなに無力なんだ、力になりたいから来たのに、足枷になるなら来なければよかった、いや、いっそのこと――出逢わなければこんな目に合わせなかった」
 ▼ 26 NIV2AxL4Mg 23/09/06 23:09:26 ID:LcZM6F2k [23/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 紡がれていく言葉は全てシュウ自身の心情を当てていて、ただただ目を瞠り絶句するしかなかった。ただの気休めかと思っていたのに、本当に全て言い当てられていて驚いていたのだ。けれどハルカからすれば分かるのは当然のことだった。なぜならこれらの想いは――、

「私も、サトシに護られる度にそう思ってたの」

 ――嘗て、ハルカも同じように抱いていた気持ちだったから。どれだけ強くなったと思っても、どれだけコーディネーターとして結果を残しても、彼女は……彼女だけは最後まで非常事態においては護られる側の人間だった。まともに戦えたのは精々ロケット団のさんにんぐみとの小競り合いのときぐらい。四人旅の中での最後の大きな騒動である海の王冠を巡る事件のときでさえ、ハルカはサトシに護られていた。本当は自分が、マナフィを護らなければならなかったのに。

「私はついさっき、やっとあの頃のサトシの気持ちに気付けた」

 私もやっと、ヒカリ達に追い着けた。そう話すハルカはコーディネーターとしてはヒカリの先輩だけれど、戦士としては彼女達よりも大きく出遅れていたと思っていた。けれど、

「それは、違うんじゃないかな」
「え?」
「"護られる痛み"を知っていることは、君だけが持つ武器だと思う」

 そして僕も、この後悔を武器にしてみせる。そう言ったシュウが立ち上がるのと、ヒカリがポッチャマとバシャーモを駆使して最後の敵を倒したのは同時だった。
 戦闘が終わりトレーナーごと倒した敵の元アクア団員達を常備していた縄で縛りあげる。そうして後は近場で待機していた地元のジュンサーによる回収を待つだけとなったときだった。

 きゅぅうううん

 どこからともなく響いた透き通った声。驚き目を瞠るのはハルカとヒカリの二人以外の人達だった。ヒカリの目の前に淡く輝く光の玉がふんわりと漂ってきて、その輝きが形を成す過程で風を起こす。紺色のロングヘアがたなびく目の前で煌いたのは黄色い眼差し。

「――久しぶりね、エムリット」
「きゅぅうん!」
 ▼ 27 NIV2AxL4Mg 23/09/06 23:09:55 ID:LcZM6F2k [24/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 本当に姿を現した感情の神に驚き慄く者達と唯一違う反応をするのはハルカ。マナフィの育ての母であった彼女は、同じサトシの仲間である後輩が神と呼ばれるポケモンと縁を結んでいても今更驚きはしない。

「初めまして、私、ハルカ!」
「きゅうん」
「わっ、可愛いかもー!」

 笑顔で挨拶しに行って、くるくると自分の身体の周りを回るエムリットの愛らしい姿にハルカも上機嫌。けれどエムリットは背中に回ったときに見えた大きな傷に、痛ましげに目を伏せて。ユクシー、エムリット、アグノム、この三体は心を司る神だ。精神的な傷を癒せても、肉体の傷を癒す力はない。

「だいじょうぶだいじょーぶ! タケシね、ポケモンドクターになった上に人間のドクターにもなったのよ!」
「そーそー! タケシに診てもらうから大丈夫!」
「ポチャポッチャ!」
「シャァッモ!」

 彼女達の笑顔を見てエムリットも少しだけ笑みを浮かべた。普通の生き物となんら変わらないその仕草に、闘う意味を知りようやっと覚悟を固められた二人のライバル達も顔を見合わせて歩を進めていった。

「全く君は……。タケシはエイチ湖の方なんだろ」
「そうよカモちゃん、普通にポケセン行きなさいな」

 少し呆れ混じりに話しながらも彼らの顔には少しの笑みが浮かんでいて。エムリットも彼らの間にある感情を察したのだろう、笑顔で片手を上げたのだった。
 そして一通り挨拶もすませた数刻後、待機していたジュンサーの護送車により元アクア団員たちは無事に連行された。その間はエムリットは姿を隠していたけれど、護送車が去るとまたその姿を現す。そんな性別不明の――便宜上彼女とする――彼女は今はヒカリの隣で不安そうにふよふよ浮いている。
 ▼ 28 NIV2AxL4Mg 23/09/06 23:10:22 ID:LcZM6F2k [25/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「大丈夫よエムリット! ハルカは今頃治療を受けてるわ」

 怪我人であるハルカは護送車の助手席に乗せてもらって、ポケモンセンターに立ち寄ってもらうことにしたため今はここにいない。あの傷はきっと一生痕が残ってしまうだろう。それでも彼女が笑っていたのは、きっと護られる側から護る側へと変われたから。

 そうだけれど、それだけではないの。

 憂いた表情でのエムリットの呟きは、共鳴できるヒカリにだけ届いていた。けれど生憎、ヒカリには分かっていることだった。ヒカリにだけは、分かっていた。

「分かってる。この戦いは、敵にとっても前座に過ぎない」
「――つまり、僕らが力になれるチャンスもまだまだあるってことだな」

 隣に立ったケンゴに顔を向けると、そこにいる彼はもうただ怯えるだけの一般トレーナーではなくなっていた。そうしてその逆隣りで笑うノゾミもまた然り。

「アタシらの戦闘訓練、付き合ってほしい」
「んじゃ、アタシも頼もうかしらね〜。カモちゃんに教わるのは癪だし」
「それなら私はハルカさんに頼むわ。ヒカリさんなんかに教わりたくないもの」

 一部素直になれない者達もいるが、それはライバルとして意識しているからこそ。本当に嫌っているのならば彼女らは今ここにいないのだから、その時点でただ素直になれないだけだというのは周りにはバレバレだった。

 いい友人達ね。

 届いた声にヒカリはそっと微笑んで頷いた。エムリットもまた笑って頷いて、そうしてテレポートで姿を消した。けれどまた会えることを願って前を向くヒカリは気付かない。

 私も、ヒカリの力になりたいわ。

 彼女のテレポート先は木陰に置いてあったリュックの前で、こっそりボールに吸い込まれていたことには。
 ▼ 29 NIV2AxL4Mg 23/09/06 23:11:37 ID:LcZM6F2k [26/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
>>23 なるほど把握

トリも付けといたんでキリいいから今日はここまでにしときます
 ▼ 30 ラピオン@ふといホネ 23/09/06 23:44:00 ID:32ysoyYY NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
>>15
別にいんじゃないかな今日で
 ▼ 31 ロッゴン@マスターボール 23/09/07 13:30:36 ID:MkbUMH5s [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
面白い
 ▼ 32 ブリアス@おだやかミント 23/09/07 14:19:04 ID:MkbUMH5s [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
面白い
 ▼ 33 NIV2AxL4Mg 23/09/09 09:54:07 ID:gveE.f6Q [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 炎が燃えて風が舞う。鳴き声轟く中、駆け抜けるのは――一人の少女。火炎が壁になり背後が遮られたことを感じ取った色黒の少女は苛立った様子で毒吐いた。

「ほんとアイツらしつこい!!」

 * * *

 ハルカの背中の治療も無事に終えて、彼ら彼女らはようやっと緊張が解けたことにより疲れが出たのだろう。ポケモンセンターのロビーで少しだれていた。それでもやはり決意を固めて二人の少女達と同じフィールドへのスタートラインを決められたからだろうか、戦闘前には抱いていた緊張や恐怖といった感情は見られない。

「私は服新しくしなくちゃなー」
「確かに背中のとこボロボロだもんね」
「髪も切り揃えなくちゃならないんじゃない?」

 ハルカの身なりを整えるためにコトブキシティに行こうかと話し合っていると、ポケモンセンターの自動ドアが開く音がした。そんな日常的な雑音は誰も気に留めなかったが、建物に入ってきた方はそうでもなかったらしい。たったと駆け寄って来て、こちらが顔を向けるのと同時に不機嫌な顔で話しかけてきた。

「ヒカリ久しぶり! ねーねー聴いてよ聴いて!! すっごくムカつくの!!」
「アイリス!? 久しぶりね! 何々? 何があったの?」

 最強女子コンビの唐突な再会によって始まったマシンガントークに周りは目を白黒させていた。だがそんな様子もどこ吹く風、というよりは気付いていないのだろう。久々の友人との再会に気が緩んだのか出てくる出てくる不満の数々。

「それで私のこと狙うハンターがうじゃうじゃしてて――」

「蹴散らしても蹴散らしても次から次へと襲撃してきて――」

「さっきもちょっと撒いてきたんだけど――」

「もうほんとウザい! ムカつく!!」
 ▼ 34 NIV2AxL4Mg 23/09/09 09:54:51 ID:gveE.f6Q [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 一通り話して落ち着いたようで、ここで一息吐いてノゾミがさりげなく近くに置いた水を飲み干して。

「落ち着いた?」
「あはは……、うん、ありがと」

 荒れていた自覚はあったのだろう、少しバツが悪そうに苦笑を浮かべてノゾミに一言お礼を言って。それから今度はいつもの彼女らしく快活に笑う。

「初めまして、私アイリス! イッシュ地方の竜の里出身で、ドラゴンマスターを目指すソウリュウジムリーダーです!!」

 サトシ達との旅の頃、ジムリーダーを継ぐ話を保留としていたけれど。その後の旅で更なる成長を遂げた彼女は今、イッシュ地方最強のジムリーダーの座を譲り受けていた――

* * *

「話を整理するとまず、アイリスは竜の里に受け継がれていっているドラゴンタイプのポケモンと心を通わせる力を持っている、と」
「けど、竜の里の人は誰もがその力を持っていたのは遠い昔のことで、今ではアイリスを含む三人のみ」
「にもかかわらず、竜の里の人間というだけでアイリスは興味本位のハンターに狙われることが多い、と」

 ――それ、どっからどうみても民族衣装な服装変えればいいだけじゃね?

「そっか……! 返り討ちだけが全てじゃないのよね!」
「シュウもノゾミもラケルも頭いいかもー!」
「ちょっとした変装ね! さっすがー!」

 アイリスとハルカ、そしてヒカリというこの三人の反応で一同は察した。彼女もサトシと旅したことある者だと。戦闘が前提になっているこの思考回路、一緒だ。彼ら彼女らの心がそんな微妙な状態で一つになっているなんて思いもせずに、三人はそれなら今から行く予定だったブティックに一緒に行こうと盛り上がっていて。
 ▼ 35 NIV2AxL4Mg 23/09/09 09:55:26 ID:gveE.f6Q [3/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「その前にハルカは髪だろ」
「え、シュウがやるの?」
「まあね。僕が原因だし、これぐらいやらせてよ」

 そうして連れたって切った髪が多少散らばってもいいようにと屋外に出ていった二人は、傍から見てるとまるで付き合っているようで。当人達にその気ゼロでも、絶賛片思い中のケンゴは羨ましそうに見ていて、ハーリーは面白そうにニヤついて、アイリスはリンゴを取り出して丸かじりしていた。

「え、どうしてリンゴ……」
「恋のことになるとお腹すくのよねー」
「キバキバー」
「キバゴも食べる?」

 髪から出てきたパートナーにもう一個のリンゴを差し出すと嬉しそうに齧っていて。ウララは少し引きながら流石はサトシの旅仲間ねと、頭を抱えながら呟いた。

「ねぇねぇアイリス! どんな感じの服にするの?」
「んー、私オシャレとかあんまり分かんなくて……。あ、でも動き易いのがいいな!」

 けれどそういう恋バナに行きそうでいかないぐらいの空気なら気付かないちょっと鈍いヒカリはこれからのショッピングにうきうきするのみ。ただリンゴを食べながらアイリスは応えるけれど、ファッション関連に疎い自覚がある彼女の返事は歯切れが悪い。
 ▼ 36 NIV2AxL4Mg 23/09/09 09:55:49 ID:gveE.f6Q [4/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「じゃあさ、お互いの服をお互いで見立ててみるのはどうかな?」
「それはいいですね。自分が似合う服なら中々分からなくても、相手に似合う服を考えるというのは楽しそうです」

 そんな中響いたノゾミの提案とラケルの頷きにより、ヒカリもイメチェンが決定してしまったけれど。それいい!! と二人は目を輝かせて賛成した。そうと決まれば早速とばかりにここ、マサゴタウンのポケモンセンターからコトブキシティのブティックへと足を運ぶことが決定。ちょうどそのときハルカとシュウも戻ってきて話をすると。

「楽しそうかも! 私も参加ー!」
「いいわね!」
「じゃあローテにしよっか!」

 さっぱりしたショートカットになったハルカも目を輝かせて突撃。話はすぐに纏まってハルカはヒカリの服を、ヒカリはアイリスの服を、そしてアイリスはハルカの服を選ぶことになった。

「じゃあみんなの回復終わったらすぐ出発だね」
「でも女子のショッピングって長いよなー……」
「あら、それをその女子の前で言うの?」

 ケンゴの少し憂鬱そうな声にウララが笑顔で凄むと、すぐさま彼はノゾミの後ろに隠れた。あのねぇ、と呆れ気味に苦笑するノゾミに対してケンゴは少し申し訳なさそうに苦笑い。そんな愉快な様子を見て彼が何も言わないはずがなく。

「あーらら、そこのお二人さんのコンビもなかなかいい感じじゃなーいー?」
「ハーリーさん……」

 彼の隣でラケルが一つ困ったように笑いを零す。シンオウで出逢った当初とは違いハーリーの性格も分かってはいるものの、彼の性格ではストッパーにはなれなかった。だがこのからかいに関してはノゾミもケンゴも動じなかった。
 ▼ 37 NIV2AxL4Mg 23/09/09 09:56:13 ID:gveE.f6Q [5/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「まぁ、ライバルとしては仲悪くはないし……」
「だね。それにケンゴはヒカリ一筋だし」
「ちょっい、言うな!!」
「勝者、ノゾミさん」
「……アンタ、やるわね」

 側にいながら早々に興味を無くしてマイペースに爪にやすりをかけだしていたウララが淡々と告げて。ハーリーは謎の対抗心を燃やし始めた。これからケンゴとノゾミが一緒にいるときの、ハーリーのケンゴいじりは加速していくことだろう。
 ちなみにハルカといるときは標的になることもあるが、基本はストッパーであるシュウはというと。

「いっそアイリスは髪型も変えてみたらどう?」
「そうだね、君は……ポニーテールも似合いそうだし、何よりアップにすると印象も変わる」
「そうかな? じゃあやってみるわ。あ、ヒカリは二つ縛りとかも似合いそう!」
「それいいかも! 私もヒカリの髪いじってみたいし」

 ショッピング組に普通に混ざっていた。流石女性ファンが多いだけあって、女性のファッションにもそれなりに詳しいようだ。
 そうこうしているうちにポケモン達も回復が完了し、マサゴからコトブキまでのバスに乗って移動。コトブキシティにあるブティックにハルカ、ヒカリ、アイリスが突撃して――、

「これとかどう?」
「いやいや、それじゃあんまり変わらないかもー」
「せっかくのイメチェンだし、ベースカラーごと変えてしまうのもいいと思うな。特にアイリスは変装の意味合いが強いわけだし」
「なるほど!」

 ――シュウが普通に混ざったままだった。あれでもないこれでもないと吟味している三人に自然な様子でアドバイスをしている。これにはいわゆるオネエ系であるハーリーですら頬を引き攣らせた。
 ▼ 38 NIV2AxL4Mg 23/09/09 09:56:30 ID:gveE.f6Q [6/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「同じ女である私でもあのテンションは遠慮したいというのに……」
「アタシもヒカリ達のショッピングに付き合うのはちょっとキツイものがあるんだけどね……」
「それはそれでどうかと思うわよ……」

 同性であるもののあまり馴れ合いを好まないウララの溜息と、サバサバしているノゾミの苦笑にハーリーが少し呆れた顔をして。ケンゴがぼそりとあんたもオカマだからブーメランだろと呟いた。けれどいつもなら嫌味を三倍にして返してくる彼は意外にも今回は目をきょとんと瞬いて。

「あら、言ってなかったかしら? 私はこれでも中身も男、トランスジェンダーじゃないわよ?」
「え、そうだったのですか?」

 トランスジェンダー、医学用語では性同一障害と呼ばれるそれは肉体の性別と精神の性別が一致しない人々を指す。世間一般的な"普通"の枠組みに入らない彼らは多くの場合、異端として爪弾きにされてしまう。ただハーリーはそのトランスジェンダーだと周囲には思われていたものの、寧ろ当人の灰汁の強い性格と比べれば些細なこととされてきた。けれどどうやら、そうではなかったらしい。

「うちの実家、アタシ以外みんな女なの。で、そういう環境で育ったから女っぽい話し方と性質になっちゃってるだけよ。自分自身の性別には別に違和感も疑問もないわ」
「へぇ、そうだったのか」
「なるほど……大変勉強になります」

 他の面々はただなるほどと頷いているだけだったが、ラケルはそうではなく真剣にメモを残していた。一国の王子として、どこの国でも解消すべき問題である差別問題に関連しそうになる事象はしっかりと勉強しておきたいのだろう。
 そうやってときには実のない、ときには誰かしらには役立つ雑談を繰り返している内にショッピングもどうにか終了したようで。男子であるシュウが混ざっていたことも幸いしたのか、待機メンバーが雑談にも飽きて待ちくたびれるよりは早く店から出てきた。
 ▼ 39 NIV2AxL4Mg 23/09/09 09:56:45 ID:gveE.f6Q [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「アイリス、ファッションに自信ないって言ってたけどばっちりじゃない!」
「うんうん、この服気に入ったかも!」
「そ、そーお? でもヒカリもハルカも、シュウもチョイスいいわよねー。私は結構アドバイスもらっちゃったし……」
「まあ僕らはコーディネーターだから、相手の魅力を引き出す目は必須スキルなんだよ。寧ろバトル専門の君がこういう分野で僕らに付いてこれたことには少し焦るね」

 ポケモンコーディネーターは確かにポケモンの魅力を引き出すことを競技としているが、その試合の中で培われた審美眼が人間に応用できない訳ではない。そういったこともあってコーディネーター達は総じて高いファッションセンスを持っているのだ。
 アイリスをフォローするよう説明を行うシュウの隣で、ハルカとヒカリがへーっと頷いているのは彼は見ないことにした。

「ふぅん、ポニータにも衣装ね」
「あら、それ、選んでくれたアイリスも馬鹿にしてることになるわよ?」

 女の冷戦と言えば疑問符が残るが、そういった空気の舌戦を早速始めるハーリーとハルカ。黒のベアトップとキャミソールタイプの赤いトップスを重ね着し、白いボトムスは惜しげもなく足を晒すショートパンツ。赤白のブーティーからソックスは見えず、全体的にスポーティーな印象だ。けれど彼女自身の年齢以上のスタイルの良さが、それだけとは感じさせずセクシーさも覗いている。
 笑顔で嫌味を飛ばすハーリーに負けぬよう、小首をかしげて口汚い言葉を話しながら考え抜くハルカの頭では、ショートカットになった濃い茶髪と共にリボン結びの赤いバンダナが揺れている。

「シュウ、ラケル、止めなくていいの?」
「キバ?」
「いつものことだよ」
「お二人にとっては遊びのようです」
「そ」
 ▼ 40 NIV2AxL4Mg 23/09/09 09:57:01 ID:gveE.f6Q [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 本気の喧嘩じゃないのなら気にすることもないか、と、意外とさっぱりした反応をするアイリスは長くて多い髪をポニーテールにしていて。ノースリーブの桃色のボレロの内は、裾にむかっていく部分がカシュクールになっている黒のワンピース。木々を駆ける彼女の動きを阻害することのない桃色のスパッツとキャバリエブーツは、元々アイリスと親交のあったヒカリが選んだからこそのものだろう。髪型が変わったことにより潜りにくくなったのだろうか、キバゴは彼女の左肩に乗っていた。
 ヘアピンで留めた桃色のリボンが揺らめき、その中心でキーストーンが煌いている。職人によりキーストーンとリボンは以前から一つにされていたそうだが、それをヘアピンに着けたのはシュウだった。

「ピカリにしては、ま、まあまあじゃないか」
「ヒーカーリーでーすー!! ノゾミどーおー?」
「うん、可愛いよ」
「わーいノゾミ大好きー!」
「……」
「ヘタレ」
「ポチャ」

 素直に可愛いと言えないケンゴに呆れるウララとポッチャマの傍らでノゾミに抱き付くヒカリ。白と桃色のサンバイザーの下揺れるロングヘアはおさげにしている。水色のオフショルダーネックのトップスで、肩には桃色のストラップ。淡い黄色のフリルスカートを翻す彼女が纏う服は、これまでの黒の面積が大きかった衣服とは裏腹な明るい色合いでヒカリという名にぴったりだ。
 そうして和やかとは程遠いもののわいわい賑やかな一行は、とりあえずはポケモンセンターにと移動しようと誰からともなく声をあげようとしたのだが。

「あ、いたいた! ヒカリさん達に……アイリスさんも一緒だったのね」
「シロナさん!」
「はい、お久しぶりです!」
 ▼ 41 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:33:47 ID:WlYMkq8k [1/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「元々私は、シロナさんに呼ばれてシンオウに来たの」

 そう真面目な表情で告げるアイリスは、自分達と同い年でありながらも確かにジムリーダーの一角なのだと感じさせる空気があった。そして場所を移動したカフェの一角、彼女の隣に座るシロナもしっかりと頷いて。

「アイリスさんにはこの後の会議で戦闘経験豊富な一般トレーナー、サトシ君の仲間としてとと同時に、イッシュ地方の代表の一人としても参加してもらう予定よ。そしてヒカリさんとハルカさんにも、彼の仲間として民間協力者という体で参加してほしいの」
「分かりました!」
「了解です!」

 本来なら護られていてもいい立場にある二人の少女の快諾にシロナは微笑んで、そして目の前にいるチャンピオンマスターに少し緊張気味の面々に視線を向ける。

「アゾット王国のラケル王子、ですね。お逢いできて光栄です」
「こちらこそ。初めまして、チャンピオンマスターのシロナさん。今回の件、僕も全面的にバックアップさせていただきます。王族の者としても、ハルカさん達の友としても」
「それは心強い。有難うございます」

 だが流石は一国の王子ということか、ラケルだけは確かに視線を合わせて力強く頷いた。国を取り仕切っている姉にも連絡を入れ、既に連携の準備は済ませている。本国はカロス地方にあるため物理的距離故に王族としての力を最大限に使うことはできないけれど。それでも自分にできることは何か、先の戦いでラケルもまた考えていたのだ。
 ▼ 42 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:34:27 ID:WlYMkq8k [2/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「さて! 堅苦しいことはこれで終わり!」
「まだ時間あるし、私質問! ヒカリはサトシとシンオウ旅してたし私はサトシ繋がりだけど、ハルカはどうやってシロナさんと知り合ったの?」
「スイーツ仲間よ! ここのお店もすっごく美味しいかも」
「ハルカさんのお勧めならハズレはないものね」

 まあ確かに、とシュウとハーリーがうっかり頷いたことをきっかけに緊張も少しほぐれたようで。暫しわいわいと雑談をすることになる……と、皆思っていたのだが。

「お待たせいたしました! クランチポテトと、あるトレーナーのケンタロスパフェです。ハルカさん、いつもありがとうございまーす!」
「いえいえ、すっごく美味しいですよ! さあ皆、SNSとかに写メ載せするなら今の内かも! この巨大パフェ、私はすぐ完食しちゃうわよー」

 シュウの勧めで注文した、人数の割には量が少ないと思われるポテトがテーブルの中央に置かれて。次いでハルカの前に五人以上のグループ客で注文することを想定された、名前からして分かる人は分かる量を誇る巨大パフェ。最近はSNS映えなどという流行の所為で注文しておいて殆ど食べずに残す客が多いそうだが、ハルカからすれば満足な量というだけのもの。ある程度見慣れていたのだろうか、シュウとハーリーは既にホロキャスターを取り出していて言い終わる前に写真を撮っていた。だが他の面々は唖然茫然。

「ハ、ハルカさん……」
「ん? 何ウララ?」
「それ全部食べるつもりなの!?」
「もちろん!!」
 ▼ 43 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:35:05 ID:WlYMkq8k [3/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 シュウとハーリーは手慣れた様子でSNSに写真とコメントを載せていて。ノゾミとケンゴが端末を横から覗き、二人も見易いように彼らの方へ傾けるとその画面には。

「また舞姫か、完食後写メが続く流れですね分かります、SNS映え民を殺す写真……」
「なんかこう……リプ欄に慣れを感じるな」
「まあね。一番最初に食べる前のだけ上げたら、舞姫がSNS映えで食べ物捨てる民に成り下がったか、って叩きも湧いたけど完食後の写真も上げたら皆黙ったよ」
「ごちそーさまー!」
「はやっ!?」
「うん、今日も安定のスピードね」

 口の周りにクリームを少し付けて満足気に笑う彼女の前には、中身が消え去った巨大パフェグラス。ハーリーすらも嫌み一つ言わずに端末を向けてパシャリ。常識人のはずのシュウも全く動じることなくパシャリ。

「この食べっぷり見てると、こっちまでお腹いっぱいになるだろ?」
「あぁ、だから僕達は少なめの軽食で十分、ということですね」
「私もスイーツは好きだけれど、ハルカさんが頼んだのを数口分けてもらえば……ねぇ?」

 シロナとの間に、微妙な仲間意識が生まれた瞬間だった。ちなみに完食後の写真を載せたSNSの反応も、恒例の流れを見たような慣れを感じるものだったそうだ。
 ▼ 44 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:35:59 ID:WlYMkq8k [4/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 シロナとアイリスが言うには、彼女達の集合場所はこの街・コトブキシティのポケモンセンターだそうで。建物の奥にある会議室を借りて話し合いが行われるらしい。カフェからポケモンセンターへ移動する間、シロナは誰に聞かれても問題ない範囲のことをまず話してくれた。

「参加メンバーは、各地のチャンピオンとサトシ君と旅をした経験がある子達、そしてヒカリさんとアイリスさんは会ったことのある国際警察の捜査官と彼の一時的な協力者。そして、貴方達よ」
「そんなすごい人達も集まるんですか……!」
「黙ってなさい、トップコーディネーター」

 最初に驚きの言葉を発したノゾミがウララに斬られた。彼女に関してはブーメランだ。

「荘厳たる面々ですね……!」
「あんたもちょっと黙ってなさい、王族」

 驚嘆するラケルもハーリーに斬られた。彼に関してもブーメランだ。

「あれ? あの子って……」

 そんな気の抜けるやりとりを呆れた様子で眺めていたシュウの隣。ハルカが声を上げて、更にその隣のヒカリが目を輝かせた。
 ▼ 45 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:36:56 ID:WlYMkq8k [5/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あのっ!! 初めまして!」
「あっ……! 初めまして」

 一団から抜け出し駆け寄って声をかけたヒカリを見て一瞬の瞠目。そしてハニーブロンドの髪の美少女もふんわりと笑って挨拶を返してくれる。

「私達、今まで活動地域被ることなかったけど……ずっと貴女のことチェックしてました!」
「今度はシンオウなんですか? 私もかも! お互い頑張りましょう!」

 ――セレナさん!!

 彼女――現在はポケモンコンテストの場で修練を積むポケモンパフォーマー・セレナ。彼女もまた、ハルカ達、ヒカリ達とは違う地域で活躍するグランドフェスティバル出場経験もある実力者だ。トライポカロンの演技とは根本的に違うポケモンコンテストの演技をしっかりと身に着けながらも、パフォーマーとして培った技術を最大限に生かして会場を彩る彼女は、確実に強敵になるとこの場の全員が思っていた。

「"夢の追風" と今期は戦うことになるのね……」
「相手にとって不足なし、だね」
「い、いえ、違うんです! えっと、今回は野暮用で……」
 ▼ 46 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:37:39 ID:WlYMkq8k [6/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 困ったように視線を泳がせるセレナ。言っていいものかと悩んでいるようだったが、後からゆっくりと追い付いてきたシロナやノゾミにウララ、ケンゴ、アイリスと共にいた彼が声をかける。

「お久しぶりです、セレナ」
「あ、ラケル王子……」
「大丈夫です、恐らく僕達も同じ目的でしょう」

 同じ目的。その言葉にシュウ達は目を瞠った。今はバトルでも競うコンテストのステージに立つとはいえ、元々は乙女の祭典と呼ばれるほどに華やかでふわふわした舞台で踊る可憐な少女。まさかそんな彼女が――、

「そうだったんですね。よろしくお願いします! 一緒に――護り抜きましょう!」

 ラケルの言葉にほっとした後に見せた勝気な笑み。その内に宿るのはハルカやヒカリ、アイリスと同じ、闘う者の瞳だった。
 ▼ 47 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:38:47 ID:WlYMkq8k [7/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ポケモンセンターの会議室。そこに集う荘厳たる面々は、ひとまずは落ち着いた空気で自己紹介を始める。

「カントーとジョウト地方のチャンピオンを兼任している、ワタルだ」
「ホウエンチャンピオンのダイゴです」
「一時期ホウエン地方のチャンピオンを代行していた、コンテストマスターのミクリです」
「シンオウチャンピオンでチャンピオンマスターのシロナです」
「イッシュ地方でチャンピオンをやっておる、アデクじゃ」
「カロスチャンピオンのカルネよ」

 誰もが知るチャンピオン達。その全員が揃っているこの状況に計らずとも背筋が伸びる。次いで、自己紹介をするのはサトシと旅をした面々。中にはジムリーダーやコーディネーターとして有名な人もいるが、知られていない人もいるためここできちんと顔合わせを行っておかなければならない。

「あたしはカスミ。ハナダジムリーダーよ。サトシとはカントー、オレンジ諸島、ジョウト地方を旅したわ。経験した世界規模の騒動は一つ、町規模の騒動は三つ、とあるお国関係の事案もホウエンに行ったときに一度関わっているわ」
「元ジムリーダーで今はポケモンドクターのタケシです。カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウの四地方の大規模騒動にはほぼ全て関わっていて、伝説系もだいたい全員知り合いだという認識で構いません」
「僕はケンジ。オーキド博士の助手をしているポケモンウォッチャーで、直接関わった案件は一つですが、博士と一緒に後々の後始末に多く携わっているよ」

 カントーメンバーの自己紹介だけで分かるこのチート具合にウララとハーリーはドン引きを隠せなかったが、ポケモンGメンのワタルも似たり寄ったりな表情だった。

「本職泣かせにもほどがある……」
 ▼ 48 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:39:47 ID:WlYMkq8k [8/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 だが爆弾はこれが初撃に過ぎない。次いで飛び出すハルカ、マサト、ヒカリの発言に、神話研究家の面も持つシロナは額をデスクに打ち付けた。

「私はハルカ! ホウエンの舞姫って呼ばれてるコーディネーターです! サトシとはホウエンとカントーを一緒に旅しました。世界規模の事件には関わってないですけど、地方規模が一件、町規模が三件とさっきカスミも言ってたお国関係、あと海底関係が一件かも」
「僕はマサト! こっちはトレーナーになったらゲットするって約束してるラルトス」
「ラル!」
「関わった事件はお姉ちゃんと同じだけど、僕の役割は今のところは後方支援に特化できるように訓練を積んでます!」
「私はヒカリ! シンオウの妖精が二つ名のコーディネーター。サトシと旅したのはシンオウだけだけど、世界規模の事件二つと町規模の件に二つ関わって、あと一回歴史変えました!」

 シンオウ時空神話をメインの研究にしているシロナにとって最後の一言は聞き捨てならない。デスクに突っ伏した彼女は無言だ。

「待って」
「待って」
「ダウト、めっちゃダウト」

 ノゾミとウララ、ケンゴも思わず口を挟んでしまったほどの衝撃発言だった。
 ▼ 49 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:41:00 ID:WlYMkq8k [9/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あたしはアイリス! ソウリュウジムリーダーで、世界規模二件、地方規模一件、町規模二件に関わったわ」
「僕はデント、サンヨウジムリーダーでポケモンソムリエさ。僕らがサトシと旅をしたのはイッシュ。関わった案件はアイリスと同じだよ」

 彼らもとんでもない経歴のはずなのだが、なぜか非常に平凡に感じさせられ安心できたのは確実に直前のヒカリの発言のせいだろう。

「僕はシトロン。ミアレジムリーダーで発明家です。僕達が関わったのは、場所は森だったものもありますが規模としては町規模に分類できるのが二件、ラケル王子と知り合った国の案件が一つ、そして世界中で報道されたあの、フレア団の件でした」
「わたしはユリーカ! プニちゃんはあのときのジガルデだよ!」
「オロロッ」
「夢の追風って呼ばれてる、パフォーマーのセレナです! 私達はカロスをサトシと一緒に回ってました」

 サトシとの旅を経験した面々とラケル以外の人達は、ポシェットのプニプニに固まった。まだトレーナーになってすらいない子供が既に伝説を味方に付けているとは、末恐ろしいと言わざるをえない。一般的な感覚としては。

「へー、プニちゃんっていうのね!」
「プニプニかもー!」

 気にしないのは最初に旅した地方の伝説系統とはだいたい知り合った面々だ。プニちゃんの身体を突いて喜ぶハルカの反応も、イーブイのもふもふした感触に癒されるトレーナーと大して変わらない。
 そしてそんなほのぼの空気に少し癒され驚愕の空気も僅かながらに落ち着いたところで、次の自己紹介に。
 ▼ 50 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:42:20 ID:WlYMkq8k [10/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「私は国際警察捜査官、コードネーム・ハンサムだ。そして今回の案件で一時的に手を組んでいる――」

 ハンサムが名乗り、彼の後ろに控えていた平凡な見た目の男女と子供に視線をやると。纏っていたベーシックな衣服に手をかけ――、

「あぁぁああぁあーーーーっっ!!」

 この場のほぼ全員が絶叫した。ある意味ではこの場で一番面識のある人が多い人物達。

「あぁぁああぁあーーーーっっ!! と叫ばれたら」
「応えてあげるが世の情け」
「以下省略で」

ずさーーっ

 次の口上を出す前、一日に二度目の襲撃の際にはニャースがそう言うところでタケシがぶった切った。付き合いの長さがなせる絶妙なタイミングである。
 そう、ハンサムと協力関係を結んでいるのは、悪の組織ロケット団に所属するムサシ、コジロウ、ニャースのさんにん組だ。彼らが口上切られた文句をやいのやいの言い出す前に、カスミがチラリと視線を向けて問う。

「で?」
「あぁ、うちのボスがさ、共倒れ警戒して一時的に対策協定結ぶことにしたんだよ。んで、駅弁さんのとこのお上もいくらか条件出してそれを認めたってわけ」
「そ。でも組織の方針がそうなっても、実際に動く人間は反発持ったりもするし? ならまあ停戦経験ある私達がこっちに来るのが妥当でしょ?」
「つまりはこっちのサポートとうちへの橋渡し役を兼ねてるってわけにゃ」

 言いたいことは色々あった。それでも言葉にすることは憚られるぐらいには、彼らの判断は間違いなく状況に適応していて。だからマサトがジト目で口を開いたとき、言ってやれと期待を抱いてしまったのも無理はなく。
 ▼ 51 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:43:07 ID:WlYMkq8k [11/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「なんで駅弁さん?」

 そこじゃない! と頭を抱えた人達がいたのもまた無理のないことだった。
 とはいえそもそもの話、サトシと旅をした面々は共闘経験は当然のようにあり、更にはその関係で一部のチャンピオン達もまた彼らとの共闘経験があるのだ。しかも、だ。

「――まったく、すっかり変わってしまったと思ってたんだけどねぇ」

 ぽつり、呟いたダイゴの表情は穏やかで、優しくて。それでいて少しだけ寂しそうで。

「んー……、そんなに俺、変われてないか……?」
「あぁ」
「即答かよ」

 溜息を吐き、自分のあたまをぐしゃぐしゃ掻き回すコジロウに周囲から何かを問われる前に。

「相変わらずのお人好しのまま、強くなった」
「……!」

 向けられた笑顔に、思わずへにゃりと頬が緩む。そして自然と口から零れた。

「ジャリボーイのおかげだよ」

 ダイゴは大企業の御曹司、そしてコジロウもまた家出中とはいえ元々はお坊ちゃま。きっと幼い頃に面識があったのだろうと彼の事情を多少なりとも把握している面々は理解した。
 ▼ 52 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:44:12 ID:WlYMkq8k [12/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「コジロウのやつねぇ! 最初に会ったとき、口癖みたいに俺は何からも逃げたことがないーなんて言ってたのよ!!」
「ちょっ、ムサシ!?」
「ぷっ……! 何それ! 寧ろ何もかもから逃げまくりだったのに……!」
「ダイゴまで……!」
「ジャリボーイ追っかけるようになってから、あいつの強さも弱さも見続けて、追いかけ続けて、コジロウもすっかり逞しくなったのにゃー」
「ニャースにだけは言われたくなぁああーいっ!!」
「いやー、でも確かにあのご両親にあのルミカは逃げたくもなるでしょうよ」
「おまけに二十人越えの家庭教師とか無理だろ」
「だよな!? あれから逃げても別に普通だよな!?」

 以前はミーハー心だけでダイゴを見ていたムサシもすっかり意気投合して、ニャースがしみじみと頷き、カスミとタケシがフォローに入る。すっかり騒がしくなってしまったが、計らずとも一部の面々が抱いていた警戒心や懐疑心は綻んでいくことになった。
 彼らにも彼らの事情がある、居場所がある。そう認めてしまえれば、許容はできないが、きっと一時的な歩み寄りは叶うだろう。

* * *

「あたしはノゾミ。ヒカリのライバルで一応、トップコーディネーターです」
「ウララです。コーディネーターよ」
「僕はケンゴ。ヒカリのライバルのコーディネーターで、幼馴染」
「シュウといいます。ラルースの若き貴公子、と呼ばれているコーディネーターです」
「私はハーリーよ。同じくコーディネーター。こんな話し方だけど、性自認自体は男だから気を使う必要はないわ」

「アゾット王国の王子、ラケルといいます。嘗て騙され過ちを犯した僕に、サトシは道を示してくれました。その恩に報いるため、そして何よりも彼女達の友として、全面協力をさせていただきます」

 多少の滞りはあれど顔合わせはこれで完了。いよいよ本題に入る。まずは敵を知るため、ハンサムとロケット団のさんにんによる調査の結果報告だ。
 ▼ 53 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:45:42 ID:WlYMkq8k [13/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「一部の面々は交戦もしたし、ニュースにもなっているから分かっているだろう? 敵の構成員は嘗て自然解散したはずのアクア団とマグマ団で成り立っている」
「けどそれだけじゃない。実は今、密かに暗躍している組織もある。これまでずっと関連性は分からなかったけどな」

 思い返す、つい昨日のこと。本当に偶然の賜物だった。ムサシにパシられてアイス屋で並んで限定アイススイーツを購入し、溶けないようにと近道として路地裏を選んだとき。視界の端に直接的に見知った顔が、情報でしか見知らぬ服装で不審な動きをしていた。
 元プラズマ団団員のアンジーが、どこの何とも知らぬ暗躍していた組織の白い宗教染みた制服を纏っていたために、気付いた違和。互いに面が割れている彼女の情報は特に慎重に取り扱われていたようで、あの偶然がなければ決してこの答えに辿り着くための調査は行われなかっただろう。

「昨日たまたま見かけてから調べてはっきりした。ジャリボーイ達がイッシュで潰したプラズマ団もグルだ」

 戦慄が迸る。険悪だった二つの組織が手を組んだだけでも厄介なのに、実は二つではなく三つだったとなれば――果たして、勝てるのだろうか。

「――戦力が、足りなさすぎる」

 ミクリが零した言葉に反論できる者はいない。戦力の質では負ける気はしないが――あまりにも数に差があり過ぎる。何か、何か手がないかと必死に考える者、無理なのかと一瞬諦めかけ、その懸念を否定しようと一生懸命な者、そして、

「あたし達みたいに、力になりたいって思う人達ももっといるんじゃないですか?」

 ――自分達自身が、部外者から増員になろうとしている者。ノゾミが発した声はまさしく希望だった。
 動揺は一瞬。逡巡も僅か。それらが過ぎ去った後には、光に照らされた歓喜の声。

「ノゾミ君、といったね」
「――っはい」

 彼らの様子を見れば分かる。今はまだ見学者に過ぎない自分がうっかり零した言葉は、決して失言ではなかったのだと。

「君達には人を集めている期間のうちに、俺達がハルカ君達と共に戦闘を基礎から叩き込む! ――公募したトレーナー達への指導を任せられるようにな」

 元気のいい少年少女達の返事が部屋に響いた。
 ▼ 54 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:47:04 ID:WlYMkq8k [14/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 共に戦える戦士となり得るトレーナー達を集めて鍛え上げるといっても、戦闘というものを知らないまま覚悟が定まらない者まで仲間に入れてしまうことになってはいけない。ある程度の振るい落としは必要だ。
 推薦制にするか、公募して何かしらの試験を行うか。それだけではない。戦闘訓練に使う設備は? 安全が保証できないこの募集に対する対価は? 多くの人を集めて大きなことを行おうとするからには、それだけの手間も時間もかかる。
とはいえもとより巨大な脅威に立ち向かうためには、どんな手立てが案としてあがろうとも、同程度の時間やコスト、会議数は想定されていた。寧ろコジロウが遭遇した偶然により想定以上の戦力差があった事実が最初のうちに発覚し、そこにノゾミの思い付きにより対抗策が早々に出たことが重なって、余計な回り道を回避できた。

「だから小難しいことは私達大人に任せて、その間にワタルの指導でしっかり強くなってくること」
「ワタルが抜けることについても心配いらないわ。人数多すぎてもそれはそれで議論って混戦起こしちゃうものだから、一人ぐらい減った方が逆に、ね」
「まあな。それにハンサムさんは俺と似た立場だ。早急な進行が必要な場合において、専門家が複数いる状態はかえって議論が滞りやすくなる。俺が抜ける理由ができるのはかえって好都合でもあるんだ」

 自分の軽はずみな発言で手間を増やしたのではないかと密かに思い悩んでいたノゾミに、シロナ、カルネ、ワタルがかけた言葉がそれだった。

「そもそも貴方の思い付きを意見として認めて採用を決めたのは私達よ? だから胸を張りなさい」
「それに貴方達ももうその計画のメンバーなのよ」

「はい! よろしくおねがいします!」

 ようやっと笑みを見せた彼女に、彼らもしっかりと頷いて。

「こちらこそ!」
 ▼ 55 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:48:23 ID:WlYMkq8k [15/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ハルカ、ヒカリ、セレナ、三人のコーディネーター達は先んじて飛行機に乗っていた。王族として動くラケルは離脱し、ハルカとヒカリのライバル達であるノゾミ達は、ワタルに連れられ客船に乗り込んでいく予定だ。
 カントー地方、そこに戦闘訓練のために敷地を貸してくれるという、心優しい老夫婦がいるそうだ。

「ハルカ君、ヒカリ君、セレナ君には、今日は会議に出る俺の代わりにハンターの盗伐を頼んだ、ということにしてある」

 そうして船の客室で渡されたのは、合成写真により作られた架空の少年少女達の写真。そしてそれと同じ衣服とウィッグだった。

「敷地を貸してくれる方々が保護しているポケモン達のうち、すうにんが協力を申し出てくれた。君達はハンター役として捕らえたという設定のポケモン達を奪われないように防衛・撃退戦を行うんだ」
「ハルカ達が……こちらを敵だと思っている状態で戦闘をしかけてくるんですね?」
「そうだ。これは訓練だけど、あの子達はそうは思っていない。――潰す気でかからないと、危険なのは君達の方だ」

 怖くないと言えば嘘になる。けれどもう覚悟は決めていた。それにプロのように数年かけて訓練を積み、段階を踏んで実践へ、なんて悠長なことを言っていられるような状況でもないと、少しは分かっている。サトシのように、彼の仲間達のように、習うより慣れろ方式による急激な成長が必要なのだ。

「俺は手助けはしないし、何かあっても頼ろうと思えないように、見守りもしない。ただ、場を整えるだけだ。いいな?」

 はいっ、と静かに、けれど力強い返事が響いた。

 ピンポンパンポーン

 船のアナウンスが鳴っている。まもなくカントー地方。目的地はヤマブキシティ付近にあるそうだ。
 ▼ 56 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:49:29 ID:WlYMkq8k [16/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「でか……」
「もはや城……」
「これが……個人所有……?」
「話に聞いてはいたが、まさかここまでとは……」

 到着した一同はあまりの建物の規模に唖然茫然だった。事前に情報としては把握していたワタルとて例外ではない。

「チリーン?」

 立ち尽くす彼らの背後から不意に愛らしい声が。振り向くとその声に違わず愛らしいチリーンが、人が首を傾げるように身体を傾けて浮いていた。どうやらお客のことは事前に聞いていたようで、その子は建物の方へ鈴のような音を鳴らして家主を呼ぶ。
 そうして「ちょっと待っててね」と書いた紙を取り出して見せると、シュウの方へふよふよ飛んでいき、随分気安い様子で短い片腕と声を上げた。

「チリッ!」
「え? えっと、こんにちは……?」

 首を傾げながらも応えるシュウに、周りもクエスチョンマークを浮かべる。チリーンの様子からしてどうやら面識があるようだが、誰も心当たりはないようで。シュウが見知ったチリーンとて、サトシ達とロケット団の小競り合いに巻き込まれた際に、ほんの数回見覚えがある程度で――、と、そこまで思考が回ったところで、

「おやおや、君は随分前からコジロウぼっちゃまとお会いしたことがあるんだね」
「ようこそ、練習が終わったらゆっくりくつろいでくださいな」

 そう、この城はコジロウの実家の別荘。そして彼の現在を知りながらも、ありのままを受け止めた優しい老夫婦の住まう土地だった。
 ▼ 57 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:50:18 ID:WlYMkq8k [17/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 習うより慣れろといっても、彼らはまだ戦闘初心者どころか未経験だ。そしてライバルである彼女達と違い、行き当たりばったりというやり方には馴染みがない。

「まずは作戦を立てるための整理といくべきかな」

 テーブルを囲んで考える面々の中で、シュウが発した言葉に否を唱える者はいなかった。ノゾミが鞄からノートを取り出したのを見てからハーリーが声を上げる。

「まずこの間の戦闘を見る限りだと、何でもありって感じだったわね」
「確かに。卑怯な手も使い放題というより、卑怯もなにもないって感じね」

 ハーリーとウララは、緊張もしているが同時に少しだけ楽しそうでもある。元々この二人は実力を磨いて正しく勝負をするにはするが、その合間に気に入らない相手を貶めようと画策する面もないこともない人達だ。根が意地悪な彼女達としては、いたずら心が刺激される状況でもあるようで。

「一対複数がまかり通るっていうのは、この先を考えたら不利だろうけど、今回の訓練においてはここはポイントになりそうだよな」
「確かにね。敵とは数の差で不利って話だったけど今回に関してはあたし達の方が多い」

 ケンゴの考えにはノゾミは同意してノートに記していく。ハーリーとウララの会話も一応書き残してはいるが、採用するかどうかは微妙なところだ。

「トレーナーへの直接攻撃も、気は進まないけどきっとやるしかなくなると思う」
「そうだね、傷付く覚悟だけじゃない。傷付ける覚悟も必要になるって思うよ」

 シュウの言葉にもノゾミは同意した。ハルカとヒカリの戦いを見せてもらった先日の戦闘を思い返せば、否定しようもない。
 ▼ 58 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:51:18 ID:WlYMkq8k [18/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「待ちなさい。いきなり傷付ける覚悟を決めたところで、傷付ける度合いってものがあるわ」
「えぇ、私達はあくまでも悪から世間を護る立場になるのよ? 仕方ないって言える程度の多少の怪我で済ませなければならないわ」

 けれどハーリーとウララがそこにストップをかける。少しだけの卑怯ならば厭わない彼女達だからこそ、その少しというものの加減を見誤るべきではないと知っているのだ。これは正々堂々と戦うばかりのシュウ、ノゾミ、ケンゴだけでは気付けなかったことだろう。彼女達の意見も聴き、ノゾミは今回の訓練の方針を纏めた。

「なるほど……確かにそうだね。なら今回はひとまず、複数対一に持ち込むって点を最優先かな」

 ワタルから借りている変装アイテムを身に着け、彼らは戦闘の場となる森へと足を踏み入れた。檻の中にいるポケモン達はあくまでも訓練に協力してくれているに過ぎないため、怯えはなく寧ろ頑張れと応援してくれている。

「ピチュピッチュ!」
「ピッチュー!」
「あら、ありがとう。でも訓練だってバレちゃだめだから始まったらしっかり怖がってるフリしなさいよー?」

 流石のハーリーもふたりのピチューの無邪気な応援には少し微笑ましくなった。苦笑交じりの言葉にピチュー達はラジャー! とばかりに敬礼して。コマ付きの檻をガラゴロと引いているシュウと、隣に控えるロズレイドとアブソルも少し和んだ。
 ノゾミが纏めた複数対一に持ち込むという方針に否を唱える者はいなかった。チームの組み方についても、お互いにライバルとして対戦経験のある、ホウエン出身組とシンオウ出身組ですぐに分かれられた。そして、どちらのチームが囮になり、どちらのチームが戦闘メインで動くかも、二つのチームでは人数が違うために、自然と決定された。
 シュウやハーリー、近くの木の陰に隠れつつ同行しているノゾミ達、人間である彼らは気付かない気配の揺らぎをポケモン達が感知した。外に出しているポケモン達の様子から人間達も、バトル経験があまりないピチュー達も訓練の始まりを察する。
 ▼ 59 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:52:29 ID:WlYMkq8k [19/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「かまいたちで囲ってマジカルリーフ!」

 シュウの指示にすぐさまアブソルは技で気配を閉じ込め、ロズレイドがマジカルリーフで攻撃した。マジカルリーフは追尾させる技である関係で、比較的威力のコントロールもし易い技だ。人に――ハルカやヒカリ、セレナに当たることがあっても、大怪我には至らない。
 火柱が、上がる。バシャーモのほのおのうずによるシールドだ。先手必勝、だが敵はハルカだけではない。潜伏しているメンバーは温存し、試合のときのみといえども彼女と戦い慣れているシュウとハーリーで総攻撃をしかける。

「アブソルはみずのはどう! ロズレイドははなびらのまい!」
「オクタンちゃんはオクタンほう! ジュペッタちゃん、シャドーボール!」

 不意打ちの攻撃が防がれた。やはり戦闘においては相手の方が高い実力を有している。人間相手の手加減など気にしてはいられないと理解させられた以上、もう威力の高さも気にはしない。気にしてはいけない。
 また、火柱が上がる。けれど威力は落ちた。畳みかけようと再度指示を出すために口を開きかけたそのとき――桃色の突風がアブソルを吹き飛ばした。

「ヤンチャム! ストーンエッジ!!」

 響いた声は、ハルカのものではなかった。かえんほうしゃを緻密にコントロールし、ほのおのうずと同質の効果を編み出していたのだと気付かされた。ハルカのバシャーモだと思っていたポケモンは、セレナのテールナーだったのだ。
 コーディネーターを兼ねているといえども、ポケモンと共に踊るパフォーマーであることを主軸とするからこその技術力に、戦闘訓練であることを一瞬忘れてただのコーディネーターとして純粋に脅威と感じた。
 そんな二人の隙を付き檻へと真っすぐに向かうストーンエッジ。シュウとハーリーは慌てて指示を出そうとするも、コーディネーターとしての高い機転を編み出す自らの頭脳が間に合わないと理解してしまう。
 ▼ 60 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:53:24 ID:WlYMkq8k [20/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「エナジーボール!」
「シャドーボール!」

 ノゾミのリーフィアとウララのブースターが防いでくれた。もう温存と言っている場合ではない。彼女達もケンゴも姿を現し、そしてセレナの方にも近付いていく足音が。

「セレナ! 無事!?」
「えぇ! 大丈夫よ!」

 ハルカとヒカリ。テールナーが上げた火柱を目印に合流してきたのだ。
 彼女達が一瞬向けた視線の先には、ハーリーの指示通りに怯えたフリをしているピチュー達。痛ましそうに顔を歪めて怒りの表情を彼らに向ける。正面から向けられる敵意に怯みそうな心を抑え、戦意を奮い立たせる。本番はここからだった。

 最初こそ戸惑いが多く防戦一方だったが、徐々に慣れてきて巻き返し始めたそのときだった。技と技のぶつかり合いにより生じた爆風を切り裂くスピードスターが、攻撃を防いだ直後で少しだけ安堵していたウララに襲い掛かる。

「ぅああっ!」

 吹き飛ばされたウララには追撃は行わず、けれど攻撃の手自体は緩めずに油断なく残りのメンバーに仕掛けるべく、口を開きかけたヒカリは、次の瞬間さっと青褪めた。
 血が滴る上半身を庇いながら、痛みに、恐怖に瞳を揺らしながらも、決して屈しない強い瞳でまっすぐに見据えてくる彼女は――

「うそ……ウララ!?」

 ウィッグを着用していたために髪形は見慣れたツインドリルではなかたけれど。それでも確かに、地面にウィッグを落とした彼女は、間違いなくヒカリのライバルであるウララの姿だった。
 ヒカリは、ノゾミとしたある会話を思い出す。戦闘訓練を自分達はしたことがない、と笑って話したあの船の会話。まだ状況を理解しきれていないハルカとセレナに叫ぶ。
 ▼ 61 バメ@デボンボンベ 23/09/14 16:53:42 ID:KH1YpnlU NGネーム登録 NGID登録 報告
支援
 ▼ 62 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:54:33 ID:WlYMkq8k [21/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「これ、戦闘訓練だったのよ!!」
「!!」
「そんな……!!」

 容赦なく攻撃を加えていた相手は、ライバルで、友で、味方である存在だった。そのことに気付いた彼女達は完全に委縮してしまった。
 このメンバーの中で一番体格がいいハーリーがウララを抱き上げ、彼女達の方を振り返り叫ぶ。

「なにやってんのよ!? 今は治療が最優先でしょ!! 反省も後悔も後回しにしなさい!」
「ぁ……」
「は、はい!」

 ポケモン達をボールに戻し、ピチュー達も檻から出して自分で走ってもらう。早く、早く、と足を急かして、必死になって建物を目指した。

* * *

 上の服を脱ぎ手当を受けているウララは、部屋から出ようとした男性陣を引き留めていた。

「この際だから、貴方達も一緒に聴いていてほしいの。……ヒカリさん」
「っ……」

 俯いて微動だにしないヒカリに、ウララは苛立たしく舌打ちする。

「貴方、ハルカさんに怪我をさせたときはすぐに割り切っていたわよね?」
「それはっ……、っ」
「えぇ、えぇ、分かっていますとも。ハルカさんは貴方の隣で戦える戦友。怪我のリスクも承知の上で戦える人だとお互いに分かっているもの」
 ▼ 63 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:55:29 ID:WlYMkq8k [22/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 吐き捨てるウララの言葉にヒカリはただ膝の上の拳を握り締めるだけだった。いつもならば間に入るノゾミも、今は何も言わない。その不自然さに気付く余裕などヒカリにはない。
 お婆さんがぎゅっと包帯を留めて、静かに一歩下がる。治療が終わったと、声を挟まずに伝えてくれたのを見て、ウララはガタッと勢いよく立ち上がりヒカリの胸倉を掴む。

「私達ももう同じなのよ!! 覚悟決めてるんだって分かりなさいよ!!」

 いつも涼しい顔で意地悪を言ったり、クールな姿を気取っている所のある彼女の激しい叫びに、ヒカリは目を瞠る。
ヒカリの味方であるノゾミや、幼馴染のケンゴが同じことを言えば慰めの言葉になっていた。ヒカリと切磋琢磨しながらも彼女の実力に、才能に、どろどろとした想いを抱いている面も持つウララが言うからこそ、正しく本心であると伝わったのだ。

「ウララの傷はすぐ動いて大丈夫なものですか?」
「そうですねえ、無茶はお勧めはできないけど、絶対に駄目だっていうほどの怪我ではないですよ」

「ならさっそく再開するわよ!」

 ワタルから借りていた服は破れてしまったため、ウララはいつも自分が着ている服をさっと着て。着替えてはいないがウィッグは外したノゾミやケンゴも、シュウとハーリーも立ち上げる。驚いているヒカリと、ハルカとセレナへ彼らは振り返る。

「ほら早く!」

 彼女らは眩しいものを見るように目を細めて立ち上がった。
 ▼ 64 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:56:37 ID:WlYMkq8k [23/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「アンタ達は浅はかすぎるわ!!」

 突如としてカスミが怒鳴り声を上げたのは、コトブキシティポケモンセンターの会議室でのことだった。ここのジョーイの好意により会議は基本的にこの一室で行っている。
 大人であるチャンピオン達や根が穏やかなデントやシトロンならばともかく、基本的に喧嘩っ早い気質のアイリスですらも困惑して口を閉ざすのは、彼女の表情があまりにも怒りに、苦しみに、そして恐怖に強張っていたからだ。あまりに強い想いに、理由が分からないながらも呑まれてしまっていた。

「落ち着けカスミ」
「でもっ!!」

 そんな中で声をかけられたのは、タケシだけだった。彼はいつも通りの穏やかな声で、宥めるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「確かにお前から――いや、お前達からすれば、スパイ対策だけで十分っていう今の方針はあまりにも楽観視し過ぎてるように思えるんだろうさ」
「……」
「……タケシは違うのかい?」

 苦々しく沈黙するカスミに続くようにケンジが声をあげた。彼も声を荒げてこそいないが、想いは同じということだ。それでもタケシは困ったように笑うだけ。

「俺もシンオウでの旅では置いてけぼりくらうことが多くなったからなあ。――あの旅より更に後からサトシに出逢った人達が知らないのも当然さ」
「!!」
「ぁ……」

 瞠目し言葉も出なくなった二人をひとまず横目にし、タケシは話しについていけなくなっている面々に伺いを立てた。
 ▼ 65 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:58:06 ID:WlYMkq8k [24/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「少し脱線してしまいますが、俺達の話を聴いてもらえませんか?」
「そうじゃのお、わしらにはなにがいかんかったのかさっぱりだった。だからこそ、他の視点の存在は決して無視してはダメだろう」
「そうですね。問題点に気付いた人がいるのに見て見ぬふりをすることは、更なるバッドテイストを呼びかねません」

 アデクとデントの言葉に他のメンバーも頷いた。

「――さっきはいきなり怒鳴ってごめんなさい」

 カスミはそう告げてから、けれどと声を重ねる。ここだけは決して譲れないのだと。声を荒げたことは謝るが、浅はかだと思ったことは絶対に撤回できないと。

「なあ、サトシと君達の関係はどんな感じだった? 特に、戦闘では」

 困惑を隠せない彼らに、タケシはそっと問いかけた。シトロンとデント、アイリスは顔を見合わせ、ミクリにアデクは、ダイゴにシロナ、カルネ、ハンサムに視線をやる。

「サトシはいつも僕達を引っ張ってくれていて、一緒にいると僕もなんでもできるような、そんな勇気をくれる人でした。それは普段でも、戦闘でも。きっとユリーカとセレナも同じように思っていると思います」
「私はちょっと違うかな。危ないところでもばんばん突っ込んでいく姿は見てられなくて、ついつい私もフォローしなきゃって追っかけちゃってた」
「僕はどちらかっていうと、そんな二人の後方支援がメインだったよ」
「これは貴方達にも言えるけれど、サトシ君も戦闘では凄く頼りになると思っているわ」
「そうね、それどころか彼が道を作ってくれたからこそ、私達も具体的にどうすればいいのか決められたということもあった」
「ホウエンで出逢ったときからそれなりに対応に慣れている印象はあったけれど、カロスの件でのことを思うともはや一級戦力だよなあ」
「所々危ないところもあったが……やっぱり彼になら手を貸してもらえると心強いよ」
 ▼ 66 NIV2AxL4Mg 23/09/14 16:59:24 ID:WlYMkq8k [25/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 戦闘においてはあまりサトシのことは知らないミクリとアデクも、各々の印象や事前情報などから考えてそれほど彼らの話に違和は覚えないらしい。
 だからこそ、冷静さを取り戻した、けれど沈鬱な表情で俯きぽつりと零したカスミの言葉は、彼らに衝撃を与えた。

「私達の知るサトシは――初めて世界を背負う羽目になったとき、怯えて委縮してたわ」
「ぇ……」
「うそ……」

 唖然とするのはデント達だけでなく、彼を戦力として見ていた大人達もだった。

「そうだな、初めてジャリボーイが世界救おうってなったときは、途中で諦めかけてたりもしてたぜ」

 そう口を挟んだコジロウは資料を片手に扉を閉めていた。ロケット団とマサト、ユリーカ、そして昨日彼らに合流したシゲルは別室で情報面を主軸に動いていたが、恐らくちょうど何かしらの伝達に訪れたのだろう。
 けれどそれよりも彼の言葉の方がよほど衝撃的だった。あのサトシが怯えて震えていただけでなく、諦めかけたなんて、想像もつかなかった。

「死にそうになって、それでも動かない身体を気力だけで動かして、どうにか守り抜いたんだ」
「そして逆に、助けられずに喪ったこともあった」

 それは彼らしか知らない、昔の姿。けれど嘗ては確かに在った、弱くてちっぽけな、ただの少年の姿なのだ。

「あの頃のサトシは、既にリーグも経験していたそれなりに実力のあるトレーナーだったけど。それでも、そんな有様だったんだ」
「これから巻き込むのは、あの頃のサトシと同じラインにいる人達なのよ。それとも――、」

 ――嘗てその位置にいた貴方達を引っ張ったサトシと同じことが、貴方達にできるの?
 ▼ 67 NIV2AxL4Mg 23/09/14 17:00:45 ID:WlYMkq8k [26/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「っ」
「……」
「……」
「カスミ、言い過ぎだ」

 そう言えたのはタケシだけだった。そこまで言うことないだろう、とすら反論できなかった。そしてタケシも、彼らへのフォローはこれが限界だった。

「んー、俺からしたらシンオウまでのやつらならともかく、お前達はジャリボーイの役目を負えないのは当たり前にしか思えないけどなあ」

 コジロウだけが、軋轢ができかけた両者共に言葉をかけることができた。彼ら全員を、彼ら全員の関係を、彼ら全員の旅路を知る、コジロウだけが。

「え……」
「それってどういう……」

 いつの間にか俯いていた顔を上げ、シトロンとアイリス、デントが小さく声を出す。

「初代ジャリガール達はそもそもジャリボーイの先輩だし、ジャリガール二号三号はジャリボーイの影響強く受けてたりお互いに影響しあってたりしてたから、まあまだアイツの役割も兼ねたりできそうだけどさ、」

 ――そもそもお前らはそういうのじゃないだろ?

 目を瞠る。

 そう、違うのだ。それは実力や経験ではなく、

「イッシュとカロス、そのお前らの旅は全員がバラバラだったからこそ役割分担がはっきりしてて、役割が決まってたからこそ、成り立ってた」

 ――誰も、誰の代わりにはなれない。

「それが、お前らのチームの持つ強みだろ?」

 強張っていた身体から自然と力が抜けた。それはアイリス達だけでなくカスミ達も、そして沈黙を保っていた大人達もだった。

 そうして緊張の解けた身体を、心を感じてアイリスは凄く微妙な気持ちになった。

「アンタが一番サトシに似てるとかムカつく」
「え」

 コジロウ以外の全員が頷いた。今日の会議で最初の満場一致だ。
 ▼ 68 NIV2AxL4Mg 23/09/14 17:01:26 ID:WlYMkq8k [27/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
>>61 支援ありがとう

今日の更新はここまでにしておく
 ▼ 69 ードー@こうかくレンズ 23/09/14 20:34:16 ID:xaz2CdTw NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 70 ピンロトム@ゆきのシズメダマ 23/09/15 23:43:41 ID:mdE.fEXI NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援ネ
 ▼ 71 NIV2AxL4Mg 23/09/20 20:52:15 ID:oYTQofCs [1/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「速報です! フューチャー団と名乗る者達がエンジュシティで暴動を起こしています!」

 一週間ほどの時が過ぎた。マグマ団、アクア団の制服を纏った下っ端と見られる者達が時折街で暴れては地元のジュンサー達に逮捕されたり、彼女達から逃げ切ったり、といったニュースが散見されるようになった。
 戦う力も経験もあるほんの一握りの者達からすれば簡単に対処できる下っ端でも、一般的には恐ろしい存在だ。競技としてバトルを行うトレーナーであろうとそうでなかろうと関係なく、彼らはただ逃げるしかできない。

「フューチャー団の上層部は敢えて放置しているらしいニャ。やつらにとって下っ端が好き勝手していることは支障にはニャらないってことらしいニャ」

 ロケット団の諜報部隊が使役するポケモンからの言葉を、言語的に情報収集に向かいにくいため待機しているニャースが通訳した結果がこれだ。
 建物の近くを飛行ポケモンが横切ったところで偵察を疑う者はそういない。寧ろ疑う者がいたら疑心暗鬼を通り越して自意識過剰だろう。だがその一般論は、しゃべるニャースの通訳があるために今回は逆に利用できた。偶然通りかかった野生ポケモン、という体をとる以上長居はできないため断片的な情報しか聞き取れないものの、それでも大きな情報ラインのうちの一つを担っていた。

「なるほどね、寧ろ暴れてくれたらその分こっち側も手薄になるから好都合ってのもあるかもね」
「あーありえる。なら変に押さえつけて不満持たせるよりは命令以外のとこで好きにさせた方が、色々便利なんだろうねー……」
「もーっ、ホントめんどくさい!!」
 ▼ 72 NIV2AxL4Mg 23/09/20 20:52:50 ID:oYTQofCs [2/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ニャースが伝達した情報に推察を加えるシゲルとマサト、そしてぼやくユリーカ。マサトとユリーカが行っているのは紙媒体に出力した情報を並べ替えたり分類したりファイリングしたりといった地味な作業だ。だがこれを地道にきちんとこなしているか否かが、後に情報戦になったときに先手を取れるかどうかの明暗を分ける。
 シゲルもロケット団やハンサムが得てきた情報を見て、素人にも分かりやすい表現や文書形式に書き直してパソコンから印刷をかけている。情報班といえどスパイ系のスキルは無いが、研究職の本領発揮といえよう。
 彼らはふとテレビを見た。そろそろだ、と。

「近隣にお住まいの皆さん、一刻も早く避難を、」
「うるせえ! ゴルバット、エアカッター!」
「邪魔だオラァア! ヘルガー、かみくだく!」
「きゃああああっ!!」
「うわぁああ!!」

 画面の向こう、避難を呼びかけていたリポーターとカメラマンの悲鳴が響く。テレビでは聞き取り難いが僅かにいくらかの悲鳴が届いている様子を見るに、逃げ遅れた人やポケモンはそれなりにいるらしい。ブレた中継の画面が一瞬、迫りくる技の向こうに立つアクア団の制服を着た二人組の愉快そうな嘲笑を映した。
 現地にいる者達も、中継を見ている多くの者達もきっと恐怖に震えて迫り来る惨事を待つしかないと思っていることだろう。だが彼らは知っている。

 ――大丈夫だ、と。
 ▼ 73 NIV2AxL4Mg 23/09/20 20:53:29 ID:oYTQofCs [3/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「だいじょうぶ!」

 カメラが映したのは、最近二つ縛りにするようになった紺色のロングヘアーを靡かす少女の後ろ姿。彼らの前に盾のように立ちはだかる、ジムリーダーのような“特別な”トレーナーなどではない、ただ少しだけ有名なだけの、一般のコーディネーター。鋭く力強い声でパートナーのポッチャマに指示を出した彼女達は、僅か一瞬の間で起こるはずだった悲劇をぶち壊してしまった。

「あの子って、確かコーディネーターの――」

 その呟きは海を越えた遠き土地、イッシュ地方でも零れ落ちた。マグマ団の制服を着た脅威と渡り合う戦士のごとく凛々しい少女。ポケモンコーディネーターのこの土地での知名度は他の地方に比べてまだ低めだが、舞姫と呼ばれる彼女は髪形が変わっても、コンテストが浸透していないこの地でも、他者に認識されるぐらいには有名な、コンテストという“競技”の上での実力者だった。

「――セレナ」

 リポーターとカメラマンを抱き起こす、大柄なリーグ経験者が零した声を契機に、ここ、カロスの土地に住まう者達は歓喜した。

「ティエルノ、ジュンサーさん呼んできて!」

 パートナーから借りた枝を突きつけ手持ちを倒されたアクア団、マグマ団の制服を着た者達を自らの手で牽制するのはクイーンの次に有名な、自らの主軸とする競技においては“バトルをしない”少女。
嘗てカロスを襲った惨事では後ろで非戦闘員の少女達を護っていただけの、戦士としては印象の薄かった舞台人。そんな彼女は今ここで、己と己のポケモン達だけの力で総てを守り抜いた。
 ▼ 74 NIV2AxL4Mg 23/09/20 20:54:05 ID:oYTQofCs [4/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「――なんということでしょう」

 どこかの地で、リポーターがマイクを握った。

「私達を護ってくれたのは、」

 どこかの地で、リポーターの声が上ずりだした。

「一般人の少女です!!」

 どこかの地で、リポーターが歓喜の声を上げた。

「うそ……凄い……!」
「私達とそうかわらないのに……!」

 全ての地で、人が、ポケモンが、瞳を輝かせた。

 少女達がそれぞれの地で、マイクをさっと抜き取り拝借する。
そう、彼女達はジムリーダーや四天王、チャンピオン達のような特別なトレーナーではない。少しばかり有名だが、それはあくまでも競技の選手としてに過ぎない。そしてその中には、修練のために挑む競技ではバトルにも関わるが、主軸とする競技ではバトルすらしない少女すらいて。
そんな“多くの一般トレーナー達と同じ”少女達が、一瞬のうちに脅威に打ち勝った。
 ▼ 75 NIV2AxL4Mg 23/09/20 20:54:39 ID:oYTQofCs [5/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「みんなー! 私達は戦えるけど、みんなはどう?」

 そう言われて黙っていられる、ある程度実力のある一般トレーナーは少ないだろう。

「うーん、私達としては準備運動かも」

 敢えて挑発しているのだと分かっていても、乗らない、乗れない者はそもそも実力主義なトレーナーの世界にはいない。

「そもそも、サトシって一般トレーナーなのよね」

 何度も世界を救ってきた実績のある少年の、厳密な立場を改めて突きつけられても対抗心が全く沸かないようなトレーナーならば、今以上に上を目指したところでたかが知れているだろう。

 協力者を募ろうにも、やる気と実力のあるトレーナー達を集めるのは中々困難だろうと考えていた。
チャンピオン達のような誰もが知る特別な存在がいくら演説したところで、普通の人、普通のポケモンでも戦場に立てるという説得力など感じさせられない。かといってコーディネーター、パフォーマー達のアイドル的人気を使ったところで、そのときだけファンが集まるだけだっただろう。

「元のやる気は度外視して実力あるトレーナー達を挑発してやる気にさせる、うーんあくどい」

 見事なまでに乗っかってくれたテレビの向こうのトレーナー達や、間違いなく乗っているだろうテレビを見ているトレーナー達に思いを馳せて、一級戦力の研究員は呑気に頷く。
 ▼ 76 NIV2AxL4Mg 23/09/20 20:55:07 ID:oYTQofCs [6/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「いやその案を出したシゲルに言われても……」
「ブーメランだよねぇ」
「いやあ、トレーナーって根本的にはサトシと同じ手段で釣れるものなんだよねえ」

 マサトとユリーカは顔を見合わせて微妙な心境を共有する。顔良し実力良し、家柄良し、けれど性格は結構悪い。タケシやカスミ、それに今ここにいるニャースに言わせればだいぶ丸くなったらしいが、丸くなってこれとはというのが二人の共通認識だった。

「サトシってよくシゲルと幼馴染やれてたよね」
「だよねえ……。ユリーカだったら嫌い! って言っちゃいそうー……」
「僕もたぶん言うと思う」
「まあ否定はしないけど、そもそもサトシも元々はだいぶ酷い性格してたから」
「まあニャー。スピアーの群れに襲われてたとき、生贄にされたりしたこともあったのニャ」

 シゲルの言葉には怪訝な顔を見せた二人は、ニャースのまさかの発言にぎょっとした。ポシェットから出て犬系ポケモンのフォルムになってデデンネと共に書類の入ったファイルを運んでいたプニちゃんも微妙な表情だった。

「……人もポケモンも変わるものだが……それでも変わりすぎだろう……」
「デーデネ?」
 ▼ 77 NIV2AxL4Mg 23/09/20 20:56:18 ID:oYTQofCs [7/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ハルカ、ヒカリ、セレナが中継されていた場でトレーナー達を煽るのに合わせて、フューチャー団への対抗組織の入団募集情報を公開していた。最初の集まりは上々、けれどまだ満足してはならない。
 今日の試験でどれだけ残るかが重要なのだから。

「じゃあ皆、頑張ってね!」
「はい! サナも頑張ってください!」

 試験の集合場所となったカントー地方セキエイ高原のスタジアム。その入口でティエルノ、トロバ、ショータは見送りに来ていたサナに手を振った。

「オーライ、それじゃあ行こう!」

 ポケモンパフォーマーは競技としてバトルをしない上、ポケモンと共に、ポケモンの技のすぐ隣で演技をするという性質上、どうしても技の威力は鍛えない、鍛えられないものだ。故に今回の戦いにおいてパフォーマー達は、自分達は戦力になれないものと認め、別の位置から人々の心を護る活動を企画している。――唯一無二の例外である、セレナを除いて。
 嘗ての旅で、ユリーカはセレナの演技を楽しそうで自分達も楽しくなると評していた。けれどそれは彼女が圧倒的勝率を誇った要因ではない。確かにセレナ達は演技を全力で楽しんでいた。けれどそれは彼女達だけの特権ではなく、他の多くのパフォーマー達も同じなのだ。ならばなぜ――最初のシーズンにおいてフォッコが転倒したデビュー戦や、イーブイが着地ミスをした大会以外では、クイーンであるエル以外には負け無しだったのか。
 ▼ 78 NIV2AxL4Mg 23/09/20 20:57:11 ID:oYTQofCs [8/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ポケモンパフォーマーの演技は、どうしても人間であるパフォーマーの安全に最大限配慮したものになる。そうなると自然と、どの演技もふわふわした印象になるものだ。ミルフィのペロリームによる綿を使う演技も、ネネのゴチムのサイコキネシスを主軸とした演技も、サナのフシギソウが持つつるのむちを駆使する演技も、――エルの、ビビヨンの翅を借りる演技ですらも。全て、技に触れても痛くなくて、空中に身を躍らせるときも何かしらの技で身体がしっかりと固定されているのだ。
 セレナだけが火炎放射で囲まれている中でくるくる踊り、至近距離でストーンエッジをバンバン打ち出させ、風という不安定な力のみで飛ぶ。セレナだけが非常に危険な演技、非常に恐ろしい演技をしてけれどセレナも他のパフォーマー達と同じように楽しそうに、嬉しそうに踊るのだ。
 その結果生じる圧倒的な迫力を誇る演技が、セレナというパフォーマーだけの、唯一無二の強大なアドバンテージになっているのだ。そしてそのアドバンテージの性質故に――パフォーマーの中でセレナだけが、今回の戦場で最前線に立つことができる。

「俺達も追風みたいになれるかもしれないな!」
「そうだな! 頑張ろうぜ!」

 緊張しながらも嘗てカロス地方で最前線には立てずとも救助活動に携わった経験故に、周囲より比較的落ち着いた状態で話しながら歩いていく。そんな彼らの隣を駆け抜けた見知らぬどこかのトレーナー達の何気ない言葉にティエルノは少し表情を曇らせた。
 ▼ 79 NIV2AxL4Mg 23/09/20 20:57:34 ID:oYTQofCs [9/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そういえばアランさんは見かけないですね。凄く強かったし、なんとなくサトシの名前出されたりしたら黙っていなさそうな気がしていたのですが」
「アランさんはあのときの事件の実績から、初めから戦力としてカウントされているそうですよ」
「あぁなるほど。……ティエルノ? どうしたんですか?」

 ショータと話していたトロバはティエルノの様子に首を傾げた。トロバの様子からショータもティエルノの異変に気付いて、きょとんと目を瞬く。

「あ、いや……大したことじゃないよ」
「そういうのいいですから」
「何かあるのでしたらちゃんと言ってください!」

 ティエルノは苦笑して流そうとするも、トロバとショータはそれを許さなかった。なんせ自分達が力になれるか否かを決める重要な試験の直前だ。体調であろうと心境であろうと、何かしらの不調を抱えた状態で挑むわけにはいかないのだから。
 ティエルノは暫しの沈黙の末、諦めたように溜息を吐いた。ここではなんだからと、受付後に話せる場所で話すと約束して。
 ▼ 80 NIV2AxL4Mg 23/09/20 20:58:02 ID:oYTQofCs [10/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 吹き抜ける風が心地いいテラス。初めての建物内を迷いながらも運良く辿り着いた人気のない場所でティエルノは溜息を吐いた。

「セレナの二つ名がさ、さっき偶々耳に入って」
「夢の追風、ですね」
「そういえばティエルノはその呼び名にあまりいい顔してませんでしたね」

 幼馴染であるトロバの言葉にティエルノは頷く。
ハルカにはホウエンの舞姫、シュウにはラルースの若き貴公子。ヒカリはシンオウの妖精。有名なコーディネーターやパフォーマーには二つ名が自然とできることがままある。そして世間からセレナに与えられたのは――“夢の追風”という名。
 デビュー戦のあの姿から一気に駆け上がった彼女の今が、夢への壁にぶつかった人々の背を押す追い風のような、希望そのものに写るらしい。

「あんなに凄くなった今になってでも最初の失敗をずっと持ち出して。後からセレナのことを知った人達も、その呼び名のせいで由来を調べたらあの失敗に辿り着く。そんなの――セレナに失礼だ」
「ティエルノ……そうでしたか、それで……」
 ▼ 81 NIV2AxL4Mg 23/09/20 20:58:24 ID:oYTQofCs [11/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 基本的に陽気な彼の、珍しい曇った表情。その理由にトロバもショータも俯いた。二人も同じことを思わなかったわけではない。ショータはセレナの初戦のことは後から知ったが、その呼び名をセレナはどう思っているのかと、憂いたこともある。けれどずっと小さく心にしこりを残し、そのやり場のない憂いに蓋をしきれなくなるほどではない。
 なぜティエルノだけがそうなるのか。そんなのは単純な話だ。トロバやサナから、ティエルノは惚れっぽいと聴いたことのあるショータは、それなにり付き合いの長くなった今でもセレナ以外の女性にアプローチする姿を見たことがなかった。セレナが好きなのはサトシだと、気付かないはずがないのに。それでも想い続けているのだから、その分彼女のことで思い悩むときの憂いの強さが二人の比ではないのは当然だった。

「ティエルノ、トロバ、ショータ!」

 そのとき、背後から響いた声に彼らは硬直した。困ったような顔で、けれどしっかりとした足取りで姿を見せたのは、声に違わず話題の少女で。

「ごめん! 出てくるつもりはなかったんだけど、時間ギリギリだから……!!」
「あっ……!!」
「大変です!!」
「あっ、でもここってどこですか!?」
「案内するわ! 付いてきて!」
 ▼ 82 NIV2AxL4Mg 23/09/20 20:58:48 ID:oYTQofCs [12/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 聴かれていた気まずさはあるが、正直そうは言っていられなかった。試験に向けて憂いを吐き出させるために話していたのに、それで試験に遅れて受験すらできなかった、なんてことになっては笑い話にもならない。
 彼らを先導しながらセレナは声を上げる。三人、否、応えられないと分かっていながらも自分に想いを寄せ続けてくれる友人の憂いを、少しでも晴らすために。そして友達思いの二人の友人達が、安心して試験に臨めるように。

「私はね、夢の追風って言われるのは誇らしい!」

 全力疾走の中で声を上げるほどの体力はないのだろう。驚く気配は分かるが、声は返らない。けれどセレナは構わず続ける。

「だってそれって――」

 あの日の涙も無駄じゃないってことだもの!!

「――!!」

 入口が見えた。振り返って、笑いかけ、そうして目を瞠る彼らに発破をかけてやる。

「さあ、頑張ってきて! 私達の新戦力達!!」
 ▼ 83 NIV2AxL4Mg 23/09/20 20:59:12 ID:oYTQofCs [13/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ちょっと上から目線だったかな、なんて反省は一瞬。カロスクイーンという夢の先で、人々に笑顔を与える側になるためには、きっとこういった物言いも必要なときには出せるようになるべきだろう。

「――オーライ! 絶対合格してみせるよ!」
「すぐに追いついてみせます!」
「少しだけ待っていてくださいね!」

 セレナの笑顔を追い抜いて、彼らは会場へと駆け込んだ。憂いが消えた先の想いは、惚れた惚れないはひとまず抜きにした、ただのトレーナーとしての敬意だった。

「あーもう、セレナは強いや! 敵いそうにない!!」
「そもそも望みゼロの恋ですよ!」
「それを言ってはおしまいでしょう」

 丸聞こえだが、気まずさはない。叶わない恋をしていると自覚して、その上で想い続けているのは自分も同じなのだから。分かっているのだ。サトシに好きな人はいないが彼は誰のものにもならない人。決して自分には振り向かないと分かってなお想うティエルノの気持ちは実はセレナが誰よりも分かっているから。だからこそ笑ってこう言えるのだ。

「もー! 丸聞こえよ!」
 ▼ 84 NIV2AxL4Mg 23/09/20 21:03:08 ID:oYTQofCs [14/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
聞かれる前に補足1
ポケモンパフォーマーの特質については、私の二次創作で頻出する独自解釈です

聞かれる前に補足2
ハルカのホウエンの舞姫は公式設定で、ヒカリのシンオウの妖精はpixivのアニポケ小説ではかなりスタンダードな二次設定
セレナの夢の追風はアニポケの中でサトシがセレナに言ってた「無駄なことなんてない」を強く意識した描写をするために作ったこのシリーズのみでの二次設定です
 ▼ 85 NIV2AxL4Mg 23/09/20 21:04:36 ID:oYTQofCs [15/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 スタジアムの中心に立つワタルが告げた試験内容はこうだ。

 裏の森に指名手配中のポケモンハンター達を上手く追い込んだから捕まろ。

 以上である。試験のはずなのにいきなり本物と戦えと言われて、怖気づくトレーナー達の姿もちらほらと見えたのを確認して、ワタルと隣に立つシロナは、マイクを持って更に告げた。

「これは試験だけど試験ではありません。だからポケモンハンターに負けたら、どうなるか……」
「もちろん俺達も試験の後に捕縛してポケモン達も取り返すつもりだが……絶対にそれが可能だという保証はない」

 会場が一気に騒めく。中にはポケモンハンターといえども、ポケモンハンター役の試験官だろうと思っていた者もいたのだろう。その考えのアンサーを暗に告げられて、煽られてついつい来てしまったがもしものことを思うと震える、なんてトレーナーも中にはいるようだ。
 想定内だった。――否、会議の最初の頃にカスミが声を荒げてくれたからこそ、想定内にできた。

「この試験は、開始前なら辞退も可能だ」
「自分だけでなく自分のポケモン達の身も守るために、戦いから逃げる選択をする人達を私達は臆病者とは決して言いません。今の自分の精神状態を正しく理解して引き返す選択をできるトレーナーなら、きっとこの先のどこかで別の形で、誰かの支えになれるでしょう」

 シロナの言葉を受けて、申し訳なさそうに周囲に頭を下げながら、強い心を持つトレーナー達に任せろと言われながら、会場を後にするトレーナー達。満員だった会場は八割ほどの密度に減った。ワタルとシロナはアイコンタクトをして、呼吸を合わせ高らかに宣言する。

「それでは、」
「試験開始!!」
 ▼ 86 NIV2AxL4Mg 23/09/20 21:05:35 ID:oYTQofCs [16/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 始まる前から脱落したトレーナー達に託された想いを受けた人々は、ボールの中からその様子を見届けていたポケモン達は、直前よりも一層気合を入れて立ち上がる。
 ――先に自ら帰った人達こそ、賢かったのだと気付かないで。

「アンタの予想、だいたい当たってたわね」
「まあまあやるじゃない」

 森の中、茂みに身を隠しながらこそりと声を上げたのはラングレーとカベルネ。なるべく太い木を探して遮蔽物にする大柄のケニヤンと長身のベルも、声は出さずに頷いた。

「そもそも募集の趣旨からして、筆記試験をやったところで無意味じゃないか」

 ――基本だろう?

 試験内容が実技試験であることは公表こそされていなかったが、フューチャー団の対抗組織――“ソラ”への入団試験の募集要項や昨今の情勢から考えれば普通に気付くだろう。
それこそ呆れ半分のシューティーの言うように、筋肉タイプのトレーナーだったり猪突猛進だったり知識や観察眼こそ優れていても思考の深さはまだ未熟なところがあったり、負けた逆恨みで一つのタイプとの勝負に拘ったりなんてことのない、普通の思考回路をしていて普通に試験前や試合前は対策を考えるような、普通のトレーナーならば、普通に気付くものなのだ。

「――で、作戦はちゃんと覚えているよな?」
「あぁ、俺は問題ないぜ」
「もちろん」
「私も大丈夫よ」
「最初は――っと、言っちゃダメなのよね!」

 一瞬ひやりとしたがセーフ。一応隠れてはいるものの、いつポケモンハンターが近くに来てしまうのか分からないのだ。潜んでいるのが試験官ではなく本物の悪人であることは流石に想定外だったが、それでも自分達のやれる範囲自体が変わるわけではないのだから、無理に作戦に修正を入れることは返って悪手だというのがシューティーの判断だった。
 ▼ 87 NIV2AxL4Mg 23/09/20 21:07:06 ID:oYTQofCs [17/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「チラーミィ、足音聞こえたら教えて!」
「ミッ!」

 ベルが出したチラーミィがすかさず彼女の肩に乗る。彼らのポケモン達は軒並みカントー地方には生息しない種族。だからといってポケモン達だけにしてトレーナー達は姿を隠す、なんてあからさまに囮作戦を立てたところで、距離を開けて後手になるようなスタートで勝てるとは思えない。
 故にトレーナーと身体を密着させた、襲撃の可能性は減るが守れる可能性は上がる位置の囮なのだ。

 そもそもどうしてシューティーが彼らのリーダーのような役割になっているのか。それは単純な話、彼には戦闘の経験があるからだ。
 ヒウンシティでフシデが大量発生した事件で嘗てシューティーはフシデの強制排除のために、あの日その場に居合わせていた他のトレーナー達を率いて戦っていた。
 あのときのシューティーの行動は、決して万人に認められるものではない。サトシのように酷いと怒る者も、アーティーのようにやんわりとだが軽率だと伝えようとする者もいるだろう。そしてヒウンシティの市長やシューティーに追従したトレーナー達のように、やむを得ない必要な判断だったと、否定はしない者も、きっといる。
 人を護るか、ポケモンを護るか。難しい問題の中でどちらも護ると言える強く優しい人がいた。だから結果的にはあの日のシューティーは正しいとは言い切れない立場になってしまった。けれど過程を見ればそれだけではないのだ。
 ▼ 88 NIV2AxL4Mg 23/09/20 21:08:51 ID:oYTQofCs [18/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 シューティーやトレーナー達が人を護っていたからこそ、フシデ達は“人を害したポケモン”ではなく“迷い込んで混乱していたポケモン”として保護するという方針にできた。例え混乱状態であったとしても、人々が害されたという事実が生じていればフシデ達を庇いきることは困難になっていた。
 そしてフシデ達の反撃に怯む周囲のトレーナー達を鼓舞し、解決策を出せるような人間が現れるまでの間、人を護るための前線を維持させたのは、他でもないシューティーだった。
 相手が野生のポケモンかトレーナーのポケモンかで勝手はもちろん変わる。だがそれを踏まえても、バトルと戦闘の違いを身をもって経験しているかどうかは大きな差だ。それも、ただ言われるままに動くしかなかった者などではなく、人を率いたことのある者となればなおさら。
 ケニヤン達はあのときその場にはいなかったが、今時情報を入手する手段などいくらでもある。シューティーがリーダー役に名乗りを上げたことに、文句など出なかった。

* * *

「ミッ! ミィ!!」
「! エンブオー! お願い!」
「ジャローダ!」
「頼むぞダゲキ!」
「出てきてツンベアー!」
「メブキジカ! GO!」

 チラーミィの声に応じて臨戦態勢で待ち構える。

「ブレイズキック」
「シャッモオ!!」
「エンブオー!」
「ブッ、ォオオオ!」

 強襲してきたバシャーモのブレイズキックが襲う先は、ポケモンではなくトレーナーのベル。けれど戦闘ではその可能性があることは予めシューティーから聴かされていたため、冷静に対処できた。
 ――野生か否かで勝手は違っても、“ルール無用”という“基本”の部分は同じなのだ。

「へえ、そこそこ儲けになりそうなのがいますね」

 バシャーモが控えた先。サングラスをかけた少年か少女か、中性的な佇まいの人間が笑っていた。

「悪いけど、逆にこっちが君を獲らせてもらう!」

 シューティーの声を合図に散会し敵を囲んだ。袋叩きか、と臨戦態勢で呟く敵にラングレーが叫ぶ。

「こういう戦いはルール無用って知ってるのよ!」

 戦いの火蓋が切って落とされた。
 ▼ 89 NIV2AxL4Mg 23/09/20 21:09:34 ID:oYTQofCs [19/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「イズミ様! こちら雷班、配置に付きました!」
「氷班も準備完了です!」
「こちら炎班、すみませんあと五分かかります!」
「分かりました。この作戦は重大です。仕損じないよう、時間よりも確実性を優先しなさい」
「了解です!」

 現在はアクア班と名乗る元アクア団の面々が立ち並ぶのは、アーシア島の各祭壇だった。雷の島、氷の島、火の島に人員を配置し、無線で指示を出すイズミは多数の部下と共に祭壇に佇んでいる。

「さて、皆さん。待機中の今のうちに――邪魔な存在の排除を行いましょう」
「了解! トドゼルガ、れいとうビーム!」

 イズミの指令を受けた下っ端は手持ちのポケモンに指示を出す。応えたトドゼルガの攻撃は、一見何の変哲もない大岩の陰に向かい――、

「グレッグル、どくづきだ!」

 攻撃されたことにより姿を現したのは、グレッグルに続きタケシと、カスミとケンジ。あまりにも少なすぎる人数に下っ端のうちの一部が嘲笑う。

「対抗組織への試験だかで手一杯、なんてこっちが高をくくってるとでも思ったか?」
「油断してるにもほどがあるな。ばーかばーか」
 ▼ 90 NIV2AxL4Mg 23/09/20 21:10:26 ID:oYTQofCs [20/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 プークスクスとこれ見よがしに笑ってみせる者すら出てくるが、イズミや彼ら以外の下っ端達はより一層警戒を強めた。
 彼らはいわば、「あの少年」の先輩とそれに近い存在だ。マグマ団との騒動のときにはまだ目立った活躍は見られなかったが、プラズマ団からの情報、ギンガ団やフレア団の事件を調査した結果から、今では非常に厄介な存在になった――自分達の一番の標的でもあるあの少年――サトシと、ピカチュウ。ただでさえ数の差をものともしない超少数精鋭の一級戦力の、先輩達。博士の助手だという少年については彼の先輩かというと語弊があるかもしれない。それでもこの三人だけで訪れたのは、こちらが油断していると思ったわけではない。この三人で十分だと言える自信と実力があるからだ。
 冷静に判断した下っ端の一人が、イズミに僅かに視線を向ける。ハンドサインで待機の指示。ここで無理に状況を動かすべきではない、と彼女は判断した。タケシ達も今はまだ動かない。互いに様子見の膠着状態だった。
 通信が入る。イズミは何も言わない。また通信。

「祠を破壊しなさい!」

 ドカァァアアァン

 轟音と共に伝わる地響きに、不意を突かれたカスミ達は一瞬体勢を崩した。その拍子に手に持っていたモンスターボールを落としてしまう。

「トドゼルガ!」
「ハイドロポンプ!!」
「グァーッ!」
「グァーッ!」
「しまった!」
「頼むグレッグル!!」
「ヴー……」
 ▼ 91 NIV2AxL4Mg 23/09/20 21:11:24 ID:oYTQofCs [21/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 予め身構えていた団員達の指示により、一斉に放たれるハイドロポンプ。まだ外に出しているのはグレッグルのみ。カスミのスターミーとギャラドス、ケンジのストライクも自らボールから出て駆けつけようとはしているが、落としたボールは少し転がってしまっていたため間に合いそうにない。基本的に冷静なグレッグルは、状況を正しく認識した上で無茶を承知で、腕を構えてギリギリまでエネルギーを溜めている。――倒れてでも、護ってみせる。
 そう思うぐらいには普段の態度とは裏腹に、グレッグルは彼を、彼らを、気に入っているのだ。そしてそう考えられるほどに、他の手持ちのメンバーが自分が倒れた穴を埋めてくれると信じているのだ。
 全身全霊のどくづきを放つ、その瞬間。グレッグルの身体は技の前から何者かに退避させられた。彼にしては珍しく目を瞠ること数舜、自分がトレーナーと共に黄色い何かの背に乗っていると理解する。

「クルァアアアァァアアッ!」
「クァアアァアアァァアッ!」
「クォォオオォォオオォッ!」

 左右を見ると、カスミとケンジもそれぞれ水色の鳥ポケモン、炎を纏った鳥ポケモンの背に乗せられていて。グレッグルには彼らに関する知識こそ無いが、経験からくる感覚で彼らが伝説のポケモンである、サンダー、フリーザー、ファイヤーであることを理解した。

「ありがとう! みんな!!」
「助かったよ!」
「ありがとうな」
「ケッ」
「グレッグル……」
 ▼ 92 NIV2AxL4Mg 23/09/20 21:12:51 ID:oYTQofCs [22/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 いつものこととはいえ、流石に助けられた相手へのその態度にはタケシも少しばかり困った顔。けれど伝説のさんにんはさほど気にしていない様子。嘗て互いの領域を荒し合い、破壊し合い、結果的に世界すらも壊しかけた。そんな彼らは同じ過ちを繰り返さないために、冷静に誰が敵で誰が味方かを見定めようとした結果。あの騒動のときに少しだけ見覚えのあった二人の人間を確認した直後――グレッグルを見て信じる相手を決めた。
 彼らからすれば、ピカチュウと共にいたあの帽子の少年以外は印象が薄かったため、見覚えがあるからといってもすぐさま信じるとはならなかった。だが彼らとて伊達に長く生きているわけではない。自然界の掟「強者に従う」を護っているに過ぎないトドゼルガ達と、自らの意思でもって「護りたい人達のため」に無理を通そうとしたグレッグル。彼の覚悟を確かに感じとれた以上、どちらの味方をするかは明白だ。
 そしてその判断は、彼らの態度を見て正解だったと確信した。伝説のポケモンである自分達に圧倒されたり興奮するのではなく、ただ助けてくれたポケモンとして真正面から接してくるその態度。あの少年のことも印象には残っているがよく知っているわけではない。そして彼らのことも大して知らない。だが――好印象を抱くには、十分だった。
 一度彼らを地面に降ろし、三人の前の大地へ脚を着ける。そうして視線を向けて一声あげれば、一瞬の瞠目の後、勝ち気な笑みで頷き返された。

「サンダー、グレッグルのどくづきに合わせてじゅうまんボルト!」
「スターミーはなみのりを纏って! フリーザー、ふぶきよ!」
「ストライクありがとう、今回は戻ってくれ! マリル、ハイドロポンプ! ファイヤーはそれに合わせてかえんほうしゃだ!」

 まずはケンジの指示で、ハルカが使う炎と水のフュージョンを再現して大幅に数を減らす。そこに続き、嘗てサトシがリーグでも使用した氷のアクアジェットで突撃。最後にオオスバメのゴールデンバードモードと当時のメンバーに言われるあの強化を、グレッグルに無理のない形態に落とし込めた、電気を纏ったどくづきで水タイプである残りのトドゼルガ達を確実に一体一体沈めていく。
 あくまでも主体とするのは自らのポケモン達という戦い方。伝説に頼り切らない、けれど彼らの力も存分に生かすその戦い方。それは例え彼らの助力を得られたとしても変わることのない、自分と共にこれまで歩んできてくれたポケモン達への信頼で、そして同時に彼らの持つ圧倒的な火力に頼る以外のやり方が自分達にはできるのだという、トレーナーとしての力量の誇示でもあった。
 ▼ 93 NIV2AxL4Mg 23/09/20 21:13:51 ID:oYTQofCs [23/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「っ、くっそ! 行け! ゴルバット!」
「全員でエアカッター!」

 無論それで退くような敵ではない。だが、多少の怯みや焦りを誘発して判断ミスを煽るには十分だ。今の状況で全体攻撃ほど無意味なものはない。今度は伝説の三鳥の持つ広範囲攻撃で一掃された。

「イズミ様……!」
「問題ありません。巫女班の準備も済んでいます」

 焦る下っ端にイズミが冷静に笑みを浮かべると同時。島民が済む島の方角からエアームドに乗った団員が訪れた。カスミ達は目を瞠り硬直する。

「抵抗すればこいつがどうなるか、分かるな?」

 その団員が拘束し、エアームドの翼を突きつけられているのは。

「フルーラ……!」

 あの日の件から、どのような心境の変化があったのかは分からない。けれど今、震えている彼女は服装こそ最初に会ったときのような流行りものだが、その胸元には巫女として扱う笛が下げられていて。肌身離さず、けれど大切に手入れされているその笛の状態から巫女であることを嫌がっていたフルーラの中で、何かが変わっていたのは確かだった。

「ゴルバット達――もう一度エアカッター」

 冷徹に笑うイズミの指示で再度放たれる攻撃。大半はポケモン達が、伝説の三鳥が、その身一つで盾になり防いでくれようとしていた。だが、

「エアームド」
「ぁ……」

 ほんの僅か、風に乗って聞こえてきたフルーラのか細い悲鳴。それに気付いたケンジが目を向け、カスミとタケシもその視線の先を確認すると、彼女に向かって技が放たれる構えだった。戦う力を持たないフルーラが、次の瞬間どうなるか。三人の判断は一瞬で揃った。
 ▼ 94 NIV2AxL4Mg 23/09/20 21:14:50 ID:oYTQofCs [24/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「みんな避けて!!」

 カスミの鋭い声に従ったのは、反射だった。考える間もなく指示通りに動けるだけの信頼があるからこその退避行動だった。
 ――ポケモン達が避けたその後ろに立つトレーナー達がどうなるか、気付いたときには遅かった。

 笛の音が聴こえる。

 竜巻が、彼らを護った。

 無傷のカスミ達が慌てて目を向けた先。攻撃されたのだろう、肩から血を流すフルーラが膝を付いて俯き、笛から口を話した。キャップに隠れて表情は読めない。

「ごめんなさい……!」

 見知った存在が傷付けられることに耐えられなかった彼女を責めることのできる者は、この場にはいなかった。

「――大丈夫だ。あとは、任せろ」

 そう――笛の音に呼ばれ、自らを捕えようとする者達の目前に晒されたルギアも、穏やかに頷いた。
 アクア班がルギアを捕えるための機械を構える。用済みとなり解放されたフルーラを背に庇い、カスミ達もポケモン達も――ルギアも、再び戦闘姿勢。
 ▼ 95 NIV2AxL4Mg 23/09/20 21:15:23 ID:oYTQofCs [25/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 突如として彼らの横合いから突風が吹き荒れた。思いもよらない方向からの攻撃に、敵も味方も振り返る。黒いローブに身を包むピジョットに乗った、体格からして背の低い女性とみられる存在が、片手に持ったモンスターボールをすれ違いざまにルギアに触れさせた。

「!?」

 誰もが目を瞠るものの、今はまだルギアの体力は削られていない。ボールから出てきた瞬間が勝負だと、両者共に意識を集中させる。

 ボールが揺れる、

 揺れる、

 揺れる、

 女性の口が小さく何かを囁いて、

 ポンッ

「――!?」
「嘘……!?」

 沈黙したボールはゲットされた証。動揺が奔った一瞬の隙に女性を乗せたピジョットは飛び去った。
 ▼ 96 NIV2AxL4Mg 23/09/20 21:16:19 ID:oYTQofCs [26/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「雷班、氷班と我々は炎班も含めた撤退作業! 炎班は今飛び去ったピジョットを追いなさい!!」
「了解!」

 僅かに遅れてイズミが急いで無線で指示を出し、彼女も撤退作業のため駆けだすが、最初の一歩で遅れた以上、追い付けないだろうと歯噛みした。チラと敵対する少年少女達の動きも確認するが、こちらを追おうとするカスミをタケシが止めていたため放置して問題ないだろう。
 船が去っていく。自分を制止したタケシに対して憤慨する――ことなく、カスミはタケシの背に少しだけ身を隠していたケンジに声をかけた。

「それで?」
「うん――スケッチ完了だ」
「上手く気を引いたな、カスミ」

 三人でニッと笑う。
 カスミが深追いしようとしていたのは、ケンジがスケッチしていたと気付かせないためのポーズ。敵は撮影できる端末を出せずあの女性とみられる存在の記録を残せなかったようだがこちらには一目見たものを一瞬で描いてしまえるケンジがいる。

「大丈夫よ、フルーラ! 絶対に助け出すから!!」
「あぁ、その通り! 今回はごめんな、みんな。でも約束する。僕達で助けてみせる!」
「だからもう一度俺達を信じて、待っていてくれ」

 伝説の三鳥は三人の人間達にそっと頷き、共闘したポケモン達に何事か声をかけて飛び去った。そして、フルーラも。

「――私にも、何かできることはない!?」
「伝説を奉る祭事を行う地域同士で、なにかしら繋がりはあるか?」
「は、はい!」
「それなら情報の共有と、俺達との連携のための口利きを頼みたい」

 タケシとは初対面だったが、彼女にも、否、彼女にしかできない役割を与えてくれた彼に、焦りがすっと落ち着いて。彼女もまた決意と共に動き出す。
 ▼ 97 NIV2AxL4Mg 23/09/20 21:17:28 ID:oYTQofCs [27/27] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
今日の更新はここまでにしときます
やっと半分です
 ▼ 98 NIV2AxL4Mg 23/09/24 11:49:50 ID:.jNs/fr. [1/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「クソッ……!」

入団試験を終えたばかりのスタジアムのロビー。自らの拳を固い椅子に打ち付けるのは、ジュンだけではなかった。沈鬱な空気が漂うこの空間で、しっかりと前を向けている者はほんの一握り。
本物のハンターとの戦った今回の試験で、彼はパートナーを失うことにはならなかった。だがそれは決して彼らの実力ではなく――、

――なんだ、この程度か。

 攻撃を向けられた己を庇い倒れ伏したエンペルトを、奪われまいと慌ててボールを取り出そうとする前に。マグマラシを連れた緑髪のハンターにそう溜息を吐かれたのだ。そうしてプラスルとマイナンを入れた踵をポケモンに運ばせながら返した彼の態度は、エンペルトは奪う価値すらないと示していて。
 奪われなかったことには確かに安堵した。けれど少し時間が経って張り詰めていた気持ちが落ち着いてくると、悔しさが沸き上がった。
 自分のパートナーは弱くないと声を張り上げたかった。けれどあの場でそんなことをすれば、それならとエンペルトは奪われていたかもしれなかった。沈黙は正解、けれどプライドはズタズタだった。
 俯いた先の視界に映る床に、ふと誰かの靴がカツンと鳴る。顔を上げるとそこにいたのは、それほど親しいわけでもないが、共通のライバルなどを介して以前何度か話したことのある存在で。

「――コウヘイ」
 ▼ 99 NIV2AxL4Mg 23/09/24 11:50:18 ID:.jNs/fr. [2/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 時折ヒカリの背後から現れては引かれたり、かと思えば彼女と普通に話したりしていることもある、よく分からないトレーナー。それがジュンにとっての彼の印象だったが、同時に自分とは正反対な冷静なタイプだとも思っていた。だが、今目の前にいる彼の表情は。

「――ジュン君、二日で鍛え直したいのです。付き合ってもらえませんか」

 誰もが自信もプライドも打ち砕かれ、開始前に帰っていったトレーナー達の判断こそが賢明なものだと思い知らされたあの会場。マイクを握ったシロナはただ、二日後にもう一つの試験があるとだけ告げて解散を言い渡した。
 どんな試験なのかは分からない。けれど、今ここで俯いているだけでは時間の無駄にしかならないのは確かだった。

「私も、ご一緒させていただけませんか?」

 立ち上がり、頷いたそのとき。穏やかな低い声、それでいて隠し切れない熱量も孕んだ声音が二人の間に響いた。視線を向けたその先にいた相手は、面識こそないが見たことはある存在で、それは恐らく相手にとっての自分達もそうなのだろうと分かる程度には共通点があるトレーナーだった。

「確か貴方は――嘗てのシンオウリーグでサトシ君と試合をしていた、」
「――えぇ、ナオシです。お二人はコウヘイ君とジュン君、ですよね」

 コウヘイに否はないようだし、ジュンとしても人が増えるのは少し心強かったためナオシが来たことには驚いたものの歓迎だった。そしてふと思った。どうせここまであの頃のサトシのライバル達が揃っているのならば、と。そうしてきょろきょろと辺りを見回して。
 ▼ 100 NIV2AxL4Mg 23/09/24 11:50:59 ID:.jNs/fr. [3/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あ! いた! おーい、シン、っ」

 基本的にシンジに対して怒ることも怯むこともないジュンが、一睨みで黙らされた。
 あまりにも鋭い眼光に硬直したところで、スタスタと彼は建物の自動ドアを潜り抜けていってしまっていて。コウヘイとナオシもジュンの考えはすぐに気付いていて、彼の考え――シンジも誘うということには概ね賛成のつもりではあったのだが。

「無理ですね」
「無理ですねえ」

 無理、その一言に尽きた。シンジのことは諦めて特訓できそうな場所をと考えつつ、ひとまずは麓まで降りられるバスに乗る。先ほど叩きのめされた戦闘についての分析、自分達に不足している点の割り出し、そして改善方法の考案をひとまずはデータ系に強いコウヘイに一任。ジュンとナオシは自動販売機で購入したミックスオレとおいしい水をそれぞれ飲みながら話していた。

「でもちょっと意外だなー。コウヘイはまだ分かる気もするけどナオシさんって、こういうときでも落ち着いてる優雅系な人かなって印象だった」
「そうですね。優雅、とは思ってはいませんが、自分が少しばかり呑気な自覚はちょっとだけですがありました。――去年のリーグでの、サトシ君との試合までは」
 ▼ 101 NIV2AxL4Mg 23/09/24 11:51:35 ID:.jNs/fr. [4/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 穏やかな空気の中から一瞬だけ醸し出されたピリッとした熱気。彼との真っ向勝負で初めて感じた、魂が揺さぶられるような感覚。一度引き出されたその熱い衝動は、普段表に出ることはあまりないが時折何かの拍子に彼の心を駆り立てるようになった。
 緊張感を仕舞い込み、また再び穏やかな雰囲気だけを纏いなおしたナオシは、困ったように苦笑いして。

「いまだに慣れることができていないので、時折制御しきれなくなることがあるのは困りものです」

 元々あった熱い部分が目覚めたのか、それとも嘗てのあの試合で火種が灯されたのかは分からない。分からないが、嘗ての能天気なだけの自分ならば、そもそも今回の入団試験自体に挑むこともなく、吟遊詩人として不安に揺れる人々の心を癒す方向での動き方を選んでいたことだろう。

「それでも戦うことを選んだのが、今の私です」

トレーナーとして、そしてコーディネーターとしてのスタートは遅かったが、ジュン達よりほんの少し多く重ねた年齢の違いがある。ナオシは能天気ではあるが決して自分に対して無知ではないのだ。

「ナオシさん、ジュン君、一つ相談なのですが」

と、そのとき。これまで静かに思考の海に沈んでいたコウヘイから、言い辛そうに、言いたくなさそうに、声をかけられた。

「おっ、何か思いついた……っぽいけど……?」
「どうしました?」
 ▼ 102 NIV2AxL4Mg 23/09/24 11:52:00 ID:.jNs/fr. [5/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 良くも悪くもまっすぐなジュンと、熱血な一面も最近宿したそうだがそれでもふんわりとした空気の穏やかなナオシ。冷静な頭脳により導き出してしまった、酷な手段でしか短期間での強化は不可能であるという事実を告げるのには抵抗があったけれど。
 それでも、己の頭脳を信じて任せてくれた彼らに応えるために正直に告げる覚悟を決めた。一つ深呼吸して、まっすぐに二人を見つめ、そして腰のモンスターボールの中にいる互いのパートナー達にも言い聞かせるように。

「訓練中に、お互いに怪我を負わせる危険があります。――この先戦う敵だけでなく、今この場で同士となったお互いを傷つける覚悟を決めてください」

 目を瞠るのは一瞬。二人はすぐに答えを出した。

「オッケー!」
「分かりました」
「ぇ……」

 あまりの即答具合に逆にコウヘイの方が動揺を隠せなかった。各々のボールの中のポケモン達も、抗議するようにボールを揺らすこともなくて。
 困惑するコウヘイを見て、ジュンは頭をガシガシ掻き毟りながら溜息を吐いて言葉を続ける。
 ▼ 103 NIV2AxL4Mg 23/09/24 11:52:21 ID:.jNs/fr. [6/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あー、その、な……、――エンペルトは、俺に向けられた攻撃から庇って倒されちまったんだ」
「!」
「私達も分かっています。ポケモン達の闘い方を変えるだけでなく、私達自身も最低でも足枷にならない程度の回避能力は身につけなければならないと」
「でも二日だぜ? 無茶も通さなきゃ無理だろ」

 二人の言う通りだった。敵は人間である自分達も容赦なく狙ってくる。他にも課題はもちろんあるのだが、最優先で対処すべき問題点はそこだった。
そして次の試験まで二日、そうでなくとも堅実なトレーニングを積んで、などと考えられるほど悠長にしていられる状況ではない。急速に仕上げるためには、怪我も承知で無茶をやるしかなかった。

「――分かりました、ではトレーニング内容を言いますね」

 彼らの覚悟を受けて、コウヘイは今度こそきちんと具体的な鍛錬の方法を告げた。
 ポケモン達にトレーナーを攻撃させ、トレーナー達はひたすら回避する。けれど自分のポケモンに頼めば恐怖心から反射的に制止してしまうことは人間誰しもありえるため、回避訓練の順番待ちのトレーナーが自分のポケモンに指示を出して攻撃させる。

 ジュンの頬が引き攣った。

 そして更に、トレーナーもポケモンもうっかり相手の状態から手心を加えてしまわないように、アイマスク装着で予め決めた時間の間はずっとポケモンに気配を読んでもらっての狙い撃ちで行う。アイマスクをしていて見えないため、例え怪我をしようとも制限時間中はそのことに気付かずにどんどん追撃が来る、という寸法だ。

 流石にナオシも青褪めた。

「――どうします?」
「や、やる!」「やります……!」
 ▼ 104 NIV2AxL4Mg 23/09/24 11:53:51 ID:.jNs/fr. [7/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 コウヘイ、ジュン、そしてナオシの三人とポケモン達で行ったトレーナー達のための鍛錬。それはとても痛くて恐ろしくて。容赦のできない手段をコウヘイが考案していなければ、きっと手を緩めてしまい、自分達が感じていた最低ラインを越えることなどできなかっただろう。
 ジュンとコウヘイの腕には包帯が巻かれていて、ナオシも見た目には分からないが服の内側の身体は包帯でぐるぐる巻きだった。それでも三人は次こそはと思い、試験二日目に臨むべく再びセキエイ高原のスタジアムの客席に腰を下ろす。二日前と比べて空席が目視で確認できる程度には人数も減っていたが、無理もないだろう。
 試験のガイダンスが始まる時間になった。会場が騒めく。シューティー達と対峙したサングラスの人間や、ジュンと対峙した緑髪のハンター。他にも茶髪のロングヘアーの少女や濃い茶髪が覗くキャップの少年、紫の長い髪をポニーテールに縛った男性などもいるが、他の参加者達の様子からして、彼らもまたハンターなのだろう。
 緊張が奔るこの場で、代表するように一歩前に出た人間、彼か彼女か定かではないその者は、サングラスに手をかけて、

「試験だけど、試験じゃない――」

 露にした素顔でニッと笑うのは――赤髪の少女。

「それでもやっぱり、」

 引き継ぐように口を開いた緑髪の少年は、少しばかり少女のようにも見える、ふわふわとした衣服の一部を取り外し、さらりとしていた髪を軽くくしゃりとかき混ぜて。
 ――有名な、普段の姿へと一瞬で戻っていって。

 他の少年少女達も下ろしていた髪を結び、キャップを、ヘアゴムを外して、後付けの装飾で雰囲気を大幅に変えていた衣服を戻すと。

「これは試験!!」

 声を揃えた、ハンター達――否、ハンター役のコーディネーター達が、ハルカのバシャーモやヒカリのマグマラシなど、自分達のライバルから借りているポケモン達と共に、一斉に瞬きの煌めきを魅せてくれた。
 トップコディネーターであるサングラスの――ノゾミが、代表してマイクを引き続き握る。
 ▼ 105 NIV2AxL4Mg 23/09/24 11:55:05 ID:.jNs/fr. [8/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「今ここにいる皆さん――試験二日目、合格です」

 ノゾミの言葉に、再び会場は騒めく。なぜもう合格なのか、まだ何もしていないじゃないか、そういった困惑に満ちた会場の参加者達にノゾミは声を重ねる。

「試験の通過条件は――今、ここにいることです」

 補足するようにウララが続ける。

「皆さん、私たちに一度叩きのめされて、戦闘においての差を痛感したはずです」

 彼女の容赦ない言い方に眉を顰める者もいたが、本当のことのため何も言い返せない。一瞬ぴりりとした空気になるも、ウララは悪びれることなくハッキリと告げた。

「それでも今ここに来た貴方達は、自らを奮い立たせて現状と、自分自身と、向き合う覚悟を決めたということでしょう? だから、合格」

 その言葉にきょとんとする者、纏う空気を和らげる者、上から目線の言い方がやはり気に入らない者反応は様々だが確かに意図は伝わっていた。緊張の解けた参加者達を見て、ハーリーがニヤリと笑う。
 ▼ 106 NIV2AxL4Mg 23/09/24 11:56:22 ID:.jNs/fr. [9/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「まあだからといって気合だけで差が埋まるわけじゃないから、私達でビシバシ鍛えるんだけどぉー」

 ハーリーの性格の悪さはそれなりに有名なためだろう、会場の空気は一斉にうわぁ……となる。様々なトレーナー達がいるが、彼には当たりたくないという一点において満場一致のようで。

「なんということでしょう、一瞬でみんなの心が一つになりました」
「あらぁー、褒めても何も出ないわよぉ」

 棒読みのケンゴの言葉は実に的を射ていて。言葉とは真反対の悪い笑みでクックックッと嗤うハーリーの陰でウララもこっそりほくそ笑んでいたのに気付いたのは会場袖で控えていたヒカリだけだった。

「うっわぁ……」
「どうしたのヒカリ?」

 セレナの問いに無言で彼女の方を指指して。首を傾げるセレナの隣、意味をよく理解したハルカもうわぁ……となった。

「極悪タッグできちゃってるかもー……」

 以前の会議でのカスミの激昂から、最低限の素性調査だけでなく戦場というものを突き付けたうえで覚悟を定めさせる必要性を感じていた。だが、その手段に行き詰っていた。試験だと気楽にされるわけにはいかない。けれど本物の悪人を試験の段階でぶつけるわけにもいかなかった。
そう頭を悩ませていたところでニャースが提案したのが、本物の敵だと偽った試験官との戦闘、という方法だった。その試験方法はかつてロケット団養成学校で受けたものと同じ方針だという説明も加われば、あまりいい顔はしない者もいたが合理的な手段であることもまた事実。悪の組織が使用していた方式を採用することへの悪感情と、必要かつ合理的な手段ならば割り切るべきだという判断。
共闘慣れしている故に彼らの案に乗ることへの抵抗感自体が元々少ないサトシ繋がりのメンバーと、専門外といえども地方の代表として人々を護るためには合理的な判断も必要な立場のチャンピオン達。そんな面々で会議が行われていた以上、決まるのが早かったのは自然なことだろう。
それはさておき、新しく浮上した問題があった。
 ▼ 107 NIV2AxL4Mg 23/09/24 11:57:22 ID:.jNs/fr. [10/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「さーて、鍛え上げる方はアイツらに任せてっと」
「ニャー達はあの謎フードについてだにゃ」
「でもどーすんのよ? 手がかり無さすぎるわよ」

 そう、ノーダメージ状態だったルギアをモンスターボールで捕獲して去っていった謎フードの女性。ケンジのスケッチで外から見た容姿は把握できても黒いローブで全身を隠していても分かるぐらいには豊満なバストとあまり高くない身長から、背の低い女性か、ハルカのように発育の良い少女か。その程度しか推定できない。
 手持ちによく育てられているピジョットがいるとは分かっても、そもそもカントーではありふれた種族の最終進化系だ。手がかりにはならない。
 あの状況でモンスターボール一つで捕獲できた異常さとて、ヒントにはならない。モンスターボールに洗脳機能を施すことのできるだけの技術を持つ第三の組織が存在していてそこに属する者なのか、ボールの外からも催眠をかけられるだけの強力なエスパーポケモンを所持する個人なのかも、憶測すら立てられないのだから。

「ジャリガール一号達が言うには、あちらさん達も混乱してたらしいしなあ」
「ぶっちゃけ今の手がかりじゃ無理よ、むーり」
「ニャー……、もうちょっと様子見して手がかり増えてからだにゃー」
「ソーナンス!」

 今の段階ではどうにもできない調査には見切りを付けて、彼らは別のところへ助太刀に向かおうと結論付けた。フューチャー団の調査はロケット団本部と国際警察が行っている。今更彼らが合流するまでもなく手は足りているだろう。ならばとムサシは一瞬で懐かしい衣装を身に纏い、髪をツインテールに結びオシャレメガネをかけて。

「キャンディ・ムサリーナ、復活よー!」
「お供します、ムサリーナ様――なんつってな」

 コジロウもそれに合わせて、付き人のような衣服に早着替え。ニッと悪戯に笑い合って、ポケモンコーディネーターとして、ヒカリやノゾミ達――新しく入ったメンバー達への指導者側へ合流するのだ。
 ▼ 108 NIV2AxL4Mg 23/09/24 11:58:16 ID:.jNs/fr. [11/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 新入り達――フューチャー団の対抗組織を本質とした「自警団・ソラ」の新入隊員達の数は、当初の志願者達の人数よりは大幅に減ったといえども、指導に回れる者達と比べるとかなり多い。一人でも多く指導者側に回れる人間が増えるに越したことはないだろう。

「ジャリガール達、助っ人してやるわよ!」
「え? ムサリーナさん!?」
「ムサリーナさん? ってかジャリガールって!」

突然現れたムサリーナには驚かれたが、彼ら独自の呼び方で声をかければすぐに正体は分かったことだろう。あちこち走り回っていたノゾミとアイリスは一瞬で、じゃあこっちやあっちよろしく! と一部の指導を任せたのだった。
その様子に疑問を持ったのだろう、指導側に立つ一人が同じく指導者のカスミに尋ねた。

「カスミ、彼らは?」
「無駄に付き合い長い敵よ」
「それ信用していいのか!? あ、こらジュン! そこで無理して突っ込むな!!」
「えー!? でもよー!」
「でももだってもない! 人間はポケモンよりも遥かに脆いんだ! 無理を通して動けなくなれば、庇護対象を無駄に増やすだけ!」

 ――基本だろ!!

「シューティーの言う通りだ。アイツのような肉体的な強さが自分にもあると思うな」
「任せるところは任せる、役割分担も必要よ! あとシンジ、アンタも次から指導側に回って!」
「あぁ」
「〜〜〜〜っ、分かったよ! 頼むぜエンペルト!」

 そう、シューティーは先の試験において同郷の仲間達を率いて、ハンターに変装したノゾミを捕えることこそできなかったが非常に良い動きを見せた。ベル達は彼の指示のもと動いていたため独力で動くためにもまだ訓練は必要だったが、リーダーの役目を果たしていたシューティーについては、初めから指導側での参加を要請されていたのだ。
 ▼ 109 NIV2AxL4Mg 23/09/24 11:59:22 ID:.jNs/fr. [12/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ナオシさん! 貴方は年齢の分体格も彼らとは違うんです! コウヘイやジュンと同じような身軽なかわし方がずっとできると思わないでください!」
「そうでしたね、すみません!」

 事前に二人と共に訓練していた影響で、十一歳の身体故の身軽さで闇雲に流れ弾をかわしまくるジュンとコウヘイと同じように動いていたナオシは、シューティーの声を受けてすぐさま周囲を観察して効率的に回避する方法を試み始めた。
 シューティーは基本を重視するスタンス故に突発事態にはあまり強くなく、そのため公式戦の試合の成績は伸び悩むことが多い。その度に問題点を鑑みて克服していき、最近では戦績も安定してきたが、それでも今ではジムリーダーを務めるアイリスや、自分と同じサトシのライバルであるシンジやシゲル、アランなどにもきっと勝てないだろう。
 だが、彼の持つスタイルは今ここで、戦闘の指導者として大きな意義を周りに見せつけていた。そのことにはシューティーをそれなりに知っているアイリスも、映像越しといえども彼のバトルを多少は把握しているシンジもかなり驚いていた。

「おいそこ怯むな!」
「シャンデラ、少し助けてやれ! シンジ! みんながお前みたいな鋼メンタル持ってると思うな!」

 そして反面、シンジは指導にはとことん不向きのようだ。
 彼は訓練開始時点で戦闘においてもかなりの完成度を見せてきた。カスミはそれを見て指導側に回す判断をしたようだが、コウヘイとジュンからすればまあそうなるよなとしか思えなかった。
 あの日、事前訓練に誘おうとしたジュンに対する態度からしてシンジは間違いなく独力で仕上げてきたとみて間違いないだろう。協力して逃げ道を塞ぎ合わなければ乗り越えられないような危険な訓練と同じようなことをしてきたことは、自分達以上に怪我の手当の痕の多い姿を見れば容易に想像がつく。それを自分のポケモンに指示を出しての、いわば逃げ道のある状態でやり遂げたとなれば。本能的な恐怖すら抑え込んだ彼の心の強さは驚異的だ。
 だが反面、恐怖心すら凌駕して独力で鍛錬を行うことができてしまった彼には、強い威力の流れ弾に対してつい怯んでしまう普通の人のことはあまり理解しきれないだろう。
 シンジは早々に指導側から外され、今から向かう予定の新たな戦場の方へ合流するように言われたのだった。次にフューチャー団が事を起こすという情報が入った地――ホウエン地方、ファウンスとラルースシティ。シンジはその内、ファウンスへ向かうチームへと歩を進める。
 ▼ 110 NIV2AxL4Mg 23/09/24 12:00:05 ID:.jNs/fr. [13/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「これでも持ってくにゃ」
「……なんだそれは」

 途中、ニャースから強引にあるものを押し付けられ、問答している時間がなかったために渋々受け取った物があった、なんていうことは言う必要を感じなかったため、遅いと憤慨するヒカリを無視した。

「あーあ、まさかシンジも来るなんて!」
「ハッ、その様子でまともな連携ができるか怪しいところだな」
「うっわぁ、よくその口でそんな言葉使えたわね」
「はいはーい、別に仲悪くてもいいけど、戦闘のときは割り切ってねー」

 その後も険悪な空気で船を降りてファウンスへと歩いていく二人にズバッと切り込んだシゲル。苦笑いするタケシ――の隣で地図を持ち先導する彼の言葉にひとまず言い合いを中断したヒカリとシンジ。

「はーい」
「言われなくとも」

 タケシならば確実に、ヒカリに黙っててと言われシンジに一睨みされていたところだろうが、シゲルの言葉なら割と素直に聴くらしい。基本的に同年代の中でもシゲルの言うことなら聴くというような人を好かないシゲルに気にした様子がないのは、二人が素直に頷いた理由が「オーキド博士の孫だから」ではなく「サトシの幼馴染だから」だろう。
 前回のアーシア島での戦いは試験のために人員を割けなかった。そして今は新入隊員達の指導でチャンピオン達も手一杯。今回のファウンスとラルースでの戦いも引き続き少数精鋭での戦闘の予定だ。

「ジラーチが千年の眠りについたのは、ほんの一年前だ。それでもこの地を狙うということは、恐らく狙いはジラーチがこの大地に注いでいる千年彗星のエネルギーとみていいだろう」
「なるほど、問題はその手段ってわけか」

 通常ならば、ジラーチの目覚めが近くてそこを狙われていると考えるだろう。けれどこちらにはそのジラーチとの七日間を、仲間達と共に過ごした人間がいる。ジラーチは自分達が生きている時間のうちに目覚めることはないと、知っているのだ。
 ▼ 111 NIV2AxL4Mg 23/09/24 12:00:54 ID:.jNs/fr. [14/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 予めポケモン達を出して警戒しながら辿り着いたファウンスの地。

「わぁ……!」
「へえ……」
「……」

 たくさんのポケモン達が暮らす穏やかで温かく、それでいて美しい景色にヒカリとシゲルは思わず声をあげ、シンジも表には出さないがそれなりには感銘を受けている様子。

「たった一年で――ここまで戻したのか」

 そして嘗ての騒動で荒れてしまったこの土地に戻った自然の煌めきに、今日はこの地には不在らしいバトラーとダイアン、そして彼らと共に力を尽くしたポケモン達への敬意を抱くタケシ。
 風と共に羽音が響く。隣に降り立った、嘗てはサトシとマサトを乗せ空を舞った彼に笑顔を向ける。

「この地を護ろう――フライゴン」
「フラァーイ!」

 フライゴンの案内で怪しい者がいないか探しつつファウンスに住むポケモン達にも挨拶しながら不審な存在を見ていないか尋ねて回る。直接言葉を交わせなくとも、首を上下左右に振ったりといった動作で大筋の意思疎通は可能だ。

「ありがとう、何かあったら知らせてくれ」
「チルッ!」

 タケシの腕からチルットが飛び立ち群れの仲間の元へと帰ってゆく。
 いくら護りに来たと主張してもポケモン達からすれば、彼らとて見知らぬ地方のポケモン達を連れた見知らぬ人間だ。普通ならば警戒されるところだ。だが面識はなくともタケシの姿に見覚えのあるというポケモン達がそれなりにいたらしく、元々この地に住んでいるフライゴンの橋渡しもあり協力体制を築くのもそう難しくはなかった。その上、

「キノッ!」
「ん? もしかしてサトシに見覚えある?」
「キーノッ!」

 ここに来るのは初めてのシゲルも、サトシに似た雰囲気だとポケモン達に思われているらしく、かなり興味津々で近付いてくるポケモン達が多い。頭を撫でる手つきにキノココは目を輝かせて声を上げ喜んだ。
 ▼ 112 NIV2AxL4Mg 23/09/24 12:01:32 ID:.jNs/fr. [15/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「キノッ! キーノッ!」
「サトシのお兄ちゃんだって?」
「キノーッ!」

 キノココの態度からしてドンピシャだったらしいが、シゲルはキノココの言葉を正確に理解できたわけではない。ただ「オーキド博士の孫」を知らなくて、サトシとは面識のある、という者に初めて会ったときは人間かポケモンか問わず大体そう言われるのだ。

「サトシも僕も一人っ子なんだよなあ」
「キノッ!? キノォーッ!」
「いやいやほんとなんだって」

 嘘吐けーっ! と言っているらしいキノココはきっと進化していたら綺麗な裏手ツッコミを見せてくれただろう。何はともあれ、タケシとシゲルにより野生のポケモン達から協力を得られることになった。

「グゥルルルルルル」
「あら? あのポケモンって……」
「ポチャァ?」
「アブソルだな」
「メノ」

 この地に住まうポケモン達と完全に初対面なヒカリと、初対面な上に警戒心を解き協力を得るということについてはとことん向かない顔と性格のシンジは、不本意ながら二人別行動で探索を行っていた。そんな彼らのもとに現れたアブソルは戦意を見せることなく、寧ろ先導するように鳴き声をあげつつ狭い洞窟へと入っていく。

「行くわよシンジ!」
「おい待てっ! ……チッ」

 罠だったらどうするんだと舌打ちしつつシンジも後を追う。それは決してヒカリが女の子だからという紳士的な理由ではなく、万一罠だった場合に人質にでもされたら戦況が不利になるだろうという苛立ちからだったのは彼らしいと言えよう。
 ▼ 113 NIV2AxL4Mg 23/09/24 12:02:21 ID:.jNs/fr. [16/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 洞窟の中、開けた場所に出る直前にアブソルは立ち止まり、片方だけ前足を上げて器用にしーっとジェスチャーする。
それに従い、音を立てないようにそっと岩陰から覗くと。赤い制服に身を包む元マグマ団――今はフューチャー団のマグマ班とみられる人間達がそこにいた。
彼らが何かの機械を自分のポケモン達に取り付けながら雑談している傍には、一般のツアー客が着ていてもおかしくない衣服が簡単に畳まれている。ただの旅行者のフリをしていた彼らの姿は、この地に住まうほとんどのポケモン達には全く怪しく見えなかったことだろう。災いを察知する力を持つ種族であるアブソルは、災い――人災を齎す者達と、それらから護ってくれる者達との違いを正しく判断して知らせてくれたのだ。

「にしても、こーんな装置でほんとに俺らのポケモンだけ洗脳回避できるのか?」
「さあ? まあでも技術はプラズマの連中しか持ってねーんだ。駄目だったら駄目だったであっちに責任擦り付けりゃ済むことさ」
「それもそーか」

 ヒカリはすぐにでも飛び出していきたかったが、彼らの会話を盗み聞くに、向こうは洗脳装置を持っていて尚且つ自分のポケモンには対策を施しているらしいと分かると、そっと撤退の合図を出した。
 シンジもそれに頷き、アブソルが殿を務めつつ洞窟の外を目指す。今ここで突っ込むのは愚策、対策を立てた上で先手を取らなければならなかった。だから、気付かなかった。

「――俺ら、いつまでこんなことやるんだろうな」
「……そうだな、俺らはただ、今この世界に生きる命が、もっと住みやすくなるようにって思ってただけなのに」

 そう、マグマ団はやり方こそアクア団達と似たり寄ったりだったが、そこにある思想は、ただこの世界の命を思ってのものだった。自然を操るなど無謀なことだったのだろう、そのためのやり方もきっと間違っていた。そう分かって尚、世界征服という根幹からして違う元アクア団と元プラズマ団と、手を組まなければならないのか。普段は忙しさやアクア班に対する敵愾心から忘れがちだが、時々ふと虚しくなる。

「……」

 ホムラはその団員達のぼやきを聴こえなかったフリをしながら作戦への段取りを再び頭で反芻する。その隣に立つそうして隣に立つ者に視線を向け。

「バレないとは限らないんだぞ――バトラー」
「分かっているさ」

 マグマ団の元研究員、とっくに追放され恩讐からも解放されたはずの彼がなぜか今、元マグマ団幹部現マグマ班リーダーのホムラの隣に佇んでいた。


 準備は滞りなく済んだ。

 広範囲に洗脳周波を起こす装置のスイッチ、

 それをポンッと押した。


 ヴィン、と一瞬の機械音の後、洞窟の外で爆音。

 始まったのだ。


 この地のエネルギーを吸い出すための前準備が。

 前準備――邪魔者の、排除が。
 ▼ 114 NIV2AxL4Mg 23/09/24 12:02:58 ID:.jNs/fr. [17/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 異変が訪れたのは、ヒカリとシンジがタケシとシゲルと合流したその瞬間だった。今の今まで友好的だったポケモン達が一瞬の硬直の後、一斉に襲い掛かってきたのだ。それは自分達のポケモン達も同じで、ポッチャマが、ユキメノコが、ブラッキーが、ルンパッパが、こちらに敵意の籠った一撃を。

「遅かったわ……! シンジ! 付いてこれてる!?」
「チッ、誰に言っている」

 二人の会話から情報は掴んだが、伝達には間に合わなかったことは把握できた。詳細を聴くに、広範囲の無差別洗脳装置で敵のポケモンには対策済みらしいとも分かって。

「広範囲ならその分、威力も劣るはずだ!」
「あぁ、それならコイツらに対処できる!」
「えぇ! お願い――エムリット!」

 ヒカリのボールからはエムリットが、タケシのボールからはユクシー、そして――、

「僕はサトシの代わりだけど――アイツが見つかるまでは頼むよ、アグノム!」
「キュォオオンッ!」

 案の定、心を司る神であるこのさんにんに影響を与えられるほどの威力はなかったらしく彼らは平然としていた。けれど、

「よけろユクシー!」
「クウッ!?」

 彼らは心を司る神であるが故に、戦闘は専門外。洗脳の解除を攻撃をかわしながら行うのは非常に難しかった。

――タンタカタンタンタンッ♪
――タンタカタンタンタンッ♪

そんなとき、どこからか不意に流れた軽快な音楽。同時に全てのポケモン達の動きが止まって、

――ズンチャッチャッ♪
――チャチャチャ、ズンチャッチャッ♪

なんと、音楽に合わせて全てのポケモン達が踊り始めてしまった。
 ▼ 115 NIV2AxL4Mg 23/09/24 12:03:37 ID:.jNs/fr. [18/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「キュゥウウーーーーッ!?」
「エムリットー!?」

 そしてそれは操られているポケモン達だけでなく洗脳系に強いはずのエムリット、ユクシー、アグノムまで。どうやら意識はあるらしいが身体が勝手に動かされているらしく、非常に困っているのが分かる。

「まさかこんなものが役に立つとは……」

 その傍で頭を抱えるシンジがもう片手に持つ装置が軽快な音楽を奏でていて。どう見てもこれがシリアスクラッシュの原因ですありがとうございましたと言うべきだろうか。

「シンジ……それは一体……」
「…………ニャースに押し付けられた」

 ――モンスターダンシングボール、だそうだ。

 苦虫を数那由他匹ほど噛み潰したような顔でそう告げたシンジの溜息を他所に、エムリット達は次第に楽しくなってきたのだろう。上手いことリズムに乗って、躍らされている中で上手に力の行使も両立させていっている。彼らの能力でポケモン達の洗脳が解除されていったのを確認して、シンジは装置のスイッチを切った。
 そうしてファウンスに平和な光景が戻った。

「…………」
「…………」
「…………撤退だ」
「…………了解」

 洞窟から出た途端に洗脳対策の装置を付けている自分達のポケモン達が踊りだしたことで、作戦を進めることが不可能になっていたマグマ班も見つからないうちにとそっと撤退していたのだった。
 ▼ 116 NIV2AxL4Mg 23/09/24 12:04:18 ID:.jNs/fr. [19/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 フューチャー団の拠点にある一室。マグマ班が保持するエリアにてマツブサとホムラの二人だけである密談が行われていた。

「ホムラ、団員達の――不満の具合はどうだ」
「はい、順調に“今の”マグマ団に対する虚無感を募らせています」
「そうか、ならば頃合いだろう。不満を持つ者だけを集めなさい」
「了解しました」

 そうして一室に召集された、マグマ班の団員達。彼らは一様に不安を抱いていた。嘗てのマグマ団はやり方こそ間違えていたが、そこにある想いは今この世界に生きる人やポケモン達にとって、より住みよい世界にしたい、というものだった。
手段は似ていても世界征服を最終目的としていたアクア団やプラズマ団とは根幹からして違うのだ。

「俺ら――処罰されるのかな」
「かもな……フューチャー団には、なり切れねえもんなあ……」

 そう、彼らは嘗てのマグマ団の思想を今も捨て切れずフューチャー団のマグマ班に染まらない者達。
 壇上に上がるマツブサを、緊張の面持ちで見据える。隣に控えるのはホムラとバトラーだけでなく、アクア班のイズミと――プラズマ班に戻ったと言われていて、ゲーチスの息子にして元裏切り者だという、N。

「君達に集まってもらったのは他でもない」

 息をのむ。

「グラードンとカイオーガを目覚めさせたあの日、マグマ団の願いは終わった」

 僅かな、困惑。

「だが、せめて今のこの世界を護ろうと動いたところで、我々は全員前科者同然の存在です」

 目を瞠る。

「ならばせめて内側から崩し、我らごと打ち倒してもらおうと考えている」

 それはつまり、

「我々はマグマ班の名で、マグマ団のまま動く」

 現状に不満を持つ者こそが、ボスの求める存在。だがそれならば、彼の傍に立つイズミとNは――?
 ▼ 117 NIV2AxL4Mg 23/09/24 12:05:08 ID:.jNs/fr. [20/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「まず、マグマ団の目的はフューチャー団の壊滅とアクアとプラズマの者達が目論む――サトシ君の殺害の阻止だ」

 そう、未だ見つからない、悪の組織と一般に認識される存在にとって非常に目障り且つ――恨めしい少年。彼は、アクア班とプラズマ班にとっては復讐の対象でもある。

「私は、アオギリ様への忠誠が最優先です。ですがアクア団の、アクア班の作戦隊長だからこそ、最終的な目的がいかに無謀であるかが分かってしまう。――せめて、最後の一線、命を奪うところだけは、止めたい。それが私の目的、手を組む理由です。」

 そう言ったイズミの隣、目くばせを受けたNは困ったように首を傾げた。

「うーん……僕はいきなり、本当の目的は同じだろうと決めつけられて連れてこられたんだけど……」

 溜息を吐くNに嘗ての情報にあった浮世離れした空気はなくどことなく俗っぽい雰囲気。世界を巡り結局人の世に失望してプラズマ団に戻ったと自称していた彼は、本当はそうではないとマツブサ達は思っていたのだが――もしや、と背に汗がつたう。

「僕は僕の意思でここにいる」

 それはつまり、敵に情報を渡してしまったということ。懐に手を伸ばす彼に、最大限の警戒をもって身構えて。彼が取り出した――、

「国際警察の、臨時職員としてね」

 ――警察手帳に、目を瞠った。

「あくまでも今回の件に対抗するために必要な権限を付与してもらうための臨時契約なんだけど、それでも一応は国際警察所属だ。マグマ班――否、マグマ団の方針については僕から伝えておくよ」

 力が抜けた。思わず空笑い。けれど次の瞬間マツブサは少し安心したように微笑んだ。

(これなら彼らにこれ以上罪を重ねさせず動ける)
 ▼ 118 NIV2AxL4Mg 23/09/24 12:06:44 ID:.jNs/fr. [21/21] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
今日はここまで

今日更新分の補足を1つ聞かれる前に
シゲルがサトシのほぼ兄みたいな感じっていうのは私の作品内で一時期よくやってた独自の設定です
 ▼ 119 NIV2AxL4Mg 23/10/01 15:31:08 ID:R8C2.hus [1/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 マグマ班がファウンスでの作戦にとりかかろうとしていた頃、アクア班もまたラルースシティで密かに暗躍していた。そしてハルカ、シュウ、ハーリーもロンド博士を訪ねるべく、この地に訪れている。本部で情報整理しているマサトが可能性として挙げたのは、デオキシスとレックウザの戦闘データか若しくはデオキシスを復元した装置のデータが狙いであるということ。近未来都市であるこの街には、他に彼らに狙われるような伝説や逸話がないためだ。

「それにしても君がロンド博士と顔見知りとはね」
「? シュウはそうじゃないの?」
「君ねえ……こんな大きな都市じゃあ、隣の住民のこともよく知らないなんてことだって別に普通にあるんだよ」
「カモちゃんだって別にド田舎育ちってわけじゃないでしょー? 逆になんで思い当たらないのよ」
「えぇー……?」

 ハーリーに指摘されて旅に出る前のトウカシティでの生活を振り返ってみるも、街の中で自分とマサトのことを知らない人間はいなかった。トウカシティもラルースシティほどの大都会ではないが、決して田舎ではないのは事実だ。実際、他のトウカシティの人間ならシュウとハーリーに同意しただろう。
 だが彼女はジムリーダーの娘だ。現在は彼女自身の力でコーディネーターとして名を上げているが、元々が街のジムリーダーの娘さんとして地元の街では知らない者はいない状態で育っている。そのためラルースレベルの規模ならばと理解できても、トウカぐらいならみんな顔見知りではないかという意識は覆らないようであった。
 ▼ 120 NIV2AxL4Mg 23/10/01 15:31:43 ID:R8C2.hus [2/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ハルカ! 久しぶり!」
「プラ!」
「マイ!」

 そんなこんなで話しながら歩いていくこと数刻。観光客で賑わうエリアとは一変、静かな温室等があるエリアにハルカの案内で訪れた彼らは、地元の人間でも全ての人が知っているわけではない落ち着いた空間に感嘆するシュウを横目に、駆け寄ってくる少年とプラスルとマイナンに挨拶をした。

「トオイ、久しぶりかも!」

 ハルカには笑顔で再会を喜べたトオイは、シュウとハーリーに向かい合い、

「は、はじめまして、トオイです!」

 ガチガチに緊張した様子で挨拶をかえした。無理もないだろう、一年前までポケモンに触れることができなくなっていた彼にとって、舞台の上で魅せる彼らは雲の上の存在。今ではハルカもそうであるとはいえ、元々友人であるか否かは大きな違いだ。

「あぁ、よろしく。難しいかもしれないけど、あまり固くならないでくれると嬉しいよ」
「シュウ君とアナタだって同郷とはいえ初対面、むりせずほどほどにから始めたらいいんじゃないの」

 ハーリーもトオイはいじってはいけないタイプの人だと感じたのだろう、彼にしては対応が随分優しかった。
 ▼ 121 NIV2AxL4Mg 23/10/01 15:32:59 ID:R8C2.hus [3/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 そうしてトオイの案内で地下の研究施設に向かってゆく。以前ハルカ達が訪れた際の騒動のときは、彼女は発電所の方で事に当たっていたためその場所については把握していなかったのだ。

「トオイは今はどうしてるの?」
「僕は今は、ポケモンレンジャーになるためにレンジャースクールに通ってるよ」
「ポケモンレンジャーに!?」
「ちょっと意外だな」
「大人しそうに見えて随分アクティブな方向ねぇ」

 意外だと言われるのは彼も慣れているのだろう、トオイはその言葉に腹を立てるわけでもなく笑って頷いた。

「僕も、自分でも驚いてるんだ。でも僕が憧れたのはサトシだから」

 護ることも、戦うことも、救うことも、全部自分でできてしまう彼のようになれる人間なんてほんの一握りの中の一つまみ。だからこそ戦うことはポケモンGメンやジュンサー達が、護ることはポケモンレンジャーが、救うことはジョーイやカウンセラーが、といったように分担し、連携する。それは分かっているけれど、それでもトオイは、

「だからまずはポケモンレンジャー! そして慣れてきたらジュンサーさん達の仕事にも関わらせてもらって戦闘もできるようにして、しっかり経験を積んだらポケモンドクターと人間のドクター資格両方の勉強をして、全部やれる存在として世界中を旅して色んな人やポケモンを助ける人になるのが目標!」
「なにそれ凄い!」
「壮大な夢物語のように見えて、しっかりと現実的なプラン練ってるあたり末恐ろしいな……」
「……まあ、今回の件は経験になるんじゃない?」
 ▼ 122 NIV2AxL4Mg 23/10/01 15:33:46 ID:R8C2.hus [4/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 そうしてトオイもまじえた面々で地下の研究施設に向かう。その場所で待っていたロンド博士と助手のユウコに迎え入れられて。

「久しぶりね、ハルカちゃん」
「初めまして、シュウ君、ハーリー君、よろしく」
「お久しぶりです!」
「初めまして、よろしくお願いします」

 そうして挨拶をすませて、防衛戦線についての話をシュウが伝える。サトシの嘗ての旅仲間として最も敵に警戒されているハルカが、敢えて見当はずれのエリアでうろつき敵の戦力分散を図る。そして、

「搦め手を得意とするハーリーさんが精密機器の多い屋内戦を、広範囲技を使う場合も多々ある僕が外の防衛ラインを担います」
「なるほど。我々は研究者であり、戦いについては専門外だ。君達の判断に従おう」
「ありがとう、助かるわ」

 ロンド博士の任せるという判断に、ハーリーは満足気に頷く。研究の分野ではそこそこベテランでも、戦闘についてはそうではないのだと自覚してくれている相手であることに少し安心したのだろう。
 ある分野で実力のあるベテランというのは、一般論として変にプライドの高い人間である場合というのが多々あるが、彼はそうではないらしい。
 ▼ 123 NIV2AxL4Mg 23/10/01 15:34:40 ID:R8C2.hus [5/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「じゃあ、行ってきます! できるだけいっぱい引き付けて減らしておくから安心して待っててね!」
「あぁ、任せるよ」
「余裕ぶっこいてやられるんじゃないわよ!」

 強気な笑顔で一人駆けだす少女の背中にかける信頼の籠った声に、ロンド博士とユウコは顔を見合わせて微笑む。

「頼もしいですね」
「あぁ、とても心強い」

 そしてトオイは、

(いつか僕もそこに立てるように頑張らなきゃ!)
「プラプラ!」
「マイッ!」
「うん、一緒にね!」

 肩に乗るパートナー達と共に、決意を新たにしていくのだった。

「飛んで火にいる夏のケムッソね」
「いくらお前でもこの人数で囲まれたらどうにもならないだろ」
「――さあ、研究室の場所を吐きなさい!」

 大勢のアクア団の下っ端に囲まれてハルカは、マサトとシュウ、ハーリーが予め考えていた通りの展開に口角を上げる。

「それはこっちのセリフかも! バシャーモ、ブレイズキック!」
「シャァアアアモッ!」

 シュウとハーリーが想定していたよりも多い人数だったが、ハルカとバシャーモからすれば下っ端などいくら数がいても烏合の衆。先手必勝とばかりにボールを構える前にまずは数人意識を刈り取る。

「っ、うぐっ」
「がっ」
「くそっ、トドグラー!」
「いけ、ゴルバット!」

 それでも数は多いため大多数が残り、ボールから多数のポケモン達が出される。
 ハルカもまたバシャーモ以外のボールを構え、仲間を呼び出す。さあ、戦闘の始まりだ。
 ▼ 124 NIV2AxL4Mg 23/10/01 15:35:25 ID:R8C2.hus [6/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 研究室の建物付近、シュウの元にも敵は現れていた。ハルカが大多数を引き付けていたためシュウは比較的善戦し易く、フライゴンのすなあらしとロズレイドのはなびらのまいで一掃していた。だが、彼は眉間に皺を寄せていた。

(――おかしい、あまりに簡単すぎる)

 そう、いくら実戦に近い訓練を彼らが積んできたとはいえそれでも付け焼刃であることに変わりはない。なのになぜ、こんなに簡単に倒せたのか――、

「! まさか……!」
「っく、ははっ、今更気付いても遅い!」

 動けないものの意識がある敵の一人がニヤリと笑う。そう、今回の彼らの狙いはポケモンでも、現地のエネルギーでもない。

「あの女が陽動やってるように、俺らも陽動! 今回の目的は――データなんだからハッキングすればいいだけさ!」

 その言葉と同時に、後ろに護っていた建物の電気が消えた。

「え?」
「……は?」

 放心する敵の視線を追い背後を確認するシュウも、一拍遅れて戸惑いの声を出した。
 突如として停電した建物の外側の一角、ケンジがスケッチしたのと同じような外見のフードを深く被った謎の女がブレーカーのスイッチを切っていた。

「何てことしてるんだ君は!!?」

 思わず叫んだのは、近未来都市育ちの性だろう。確かに物理的に電源を落としてしまえば、データを奪われなくなるだろう。だが同時に、正しい手順で電源を落とさないとデータが壊れたり消えたりしてしまう危険が大きいのは、ラルース育ちならば五歳児でも理解しているようなことだ。

「おいおい……マジかよ……」

 敵である彼も流石にこの暴挙には度肝を抜かれたらしい。それもそうだ、ラルース育ちでなくても現代の若者は結構な割合で、いきなり電源落とすことがどれだけ惨いことかよく分かっている。
 ▼ 125 NIV2AxL4Mg 23/10/01 15:35:54 ID:R8C2.hus [7/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 フードの女の表情は分からないが、とんでもない暴挙を働いたにも拘らず動じた様子は伺えない。そうして呆気にとられた一瞬。

「ゴルバット達、ふきとばし!」
「クォオオオオッ」

 ハルカと彼女のポケモン達と交戦していた敵の声が響く。ゴルバット達の翼により吹き荒れる風で、上空に巻き上げられた少女の姿。

「……ぇ」

 突然のことにハルカは反応できていなかった。彼女のポケモン達の中で唯一彼女を受け止められる体格のバシャーモの姿は見えないため、恐らくボールの中だろう。

「必要のない襲撃をわざわざした理由――それは貴様らの戦力を削ぐためだ」

 数は随分減っていたが、それでも敵が一矢報いるのに十分だった。長時間の戦闘により気力、集中力を削ぎ、体格に優れたバシャーモを倒したら――司令塔であるハルカを直接狙う。それが目的。

「ハルカッ!」

 シュウの悲痛な叫びが響く。ぎゅっと目を瞑ったハルカの身を受け止める者は――、

「大丈夫、あとは任せて」
「ぇ、ぁ……」

 ピジョットに乗ったフードの女がそっと彼女を降ろして、地に足をつけてようやっと彼女に受け止められ助けられたと理解した。
 ▼ 126 NIV2AxL4Mg 23/10/01 15:36:37 ID:R8C2.hus [8/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「〜〜〜〜〜〜っ」
「ハルカ! …………ハルカ?」

 切羽詰まったシュウの声にも反応できず、屈みこんだハルカの顔を不安そうに覗き込む彼。だが次の瞬間、呆れた溜息を吐く。

「お姉ちゃんって呼びたいかも……!」
「君ねえ……」

 彼女の顔は真っ赤になっていたのだから、無理もないだろう。
 ボールを投げたフードの女の前に浮くのは、緑の髪のような体毛を揺らす、アイドルみたいな見た目のポケモン――メロエッタ。だが、表情のないそのポケモンの様子はまるで操られているかのようで。

「ハイパーボイス」
「――――」

 ボイスという攻撃なのに声が聞こえない。一掃された敵のポケモン達や、動けない敵側の人間達の様子から強力な援護射撃だったのは確かだがそれでも。

「戻って、行くよピジョット」
「っ、待て!」

 シュウが声を荒げるが、ちらりと振り向くだけでピジョットの背に乗り飛び去ってしまう。

「もうっ! なんなのよー!」

 遅れて地下から駆け上がってきたハーリーの叫びが虚しく響いた。

* * *

 その夜、シンオウ地方のグラシデアの花畑にて。氷の表面に浮かぶ次元の揺らぎの傍で、カチリとモンスターボールが音を立てた。

「――――」

 ボールを持つ手の元、肩に座るのは洗脳を受けていることは明白な虚ろな瞳のメロエッタ。反転世界の王、ギラティナがフードの女の手に堕ちた。
 ▼ 127 NIV2AxL4Mg 23/10/01 15:37:19 ID:R8C2.hus [9/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 数日の時が過ぎた。訓練の甲斐あって戦闘できる人数は増え、潜入捜査をしていたNの報告によりフューチャー団のマグマ班が味方であることも判明した。一見順調に見えるこの現状だが、自警団ソラの面々は所々でギスギスしていた。

「私は……あの人が悪い人だって思えないかも」
「君を助けてくれたのは事実だけどね、彼女はメロエッタというポケモンを洗脳していたんだよ?」

 主にハルカとシュウの間で、フードの女について意見が割れている。そしてメロエッタは伝説、幻のポケモン達の中でも複数の個体が存在しない、世界に一体しか存在しないポケモン。必然的にアイリスとデントと交流のあった彼女が被害に遭っていたということになり、二人とハルカの間でも少し気まずい空気になっていた。

「ハルカの気持ちは分からないわけじゃないけど、でも……」
「僕もアイリスと気持ちは同じだよ。だけど無理に争ったら連携に支障をだす危険性がある」

 お互いに主張を避けることでどうにか現状維持を保っているが、決壊は時間の問題かもしれない。
 ▼ 128 NIV2AxL4Mg 23/10/01 15:38:15 ID:R8C2.hus [10/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「クソッ……」

 シンジは骨折して吊っている腕を忌々しげな表情で睨みつけていた。先日の戦いで何もできなかったことから焦り、無理な訓練を独力で強行した結果だった。
 嘗てのように、自分のポケモンに必要以上の無理を強いることはなくなった彼だが、焦りに囚われたときにやってしまっていた無茶な特訓の矛先を自分自身に向けてしまうことになるだけだったのだ。

「人もポケモンも、そう簡単には変われるものじゃないと思うけど?」
「……何が言いたい」

 そんな彼に声をかけたのは、シューティーだった。分厚い何かの本を抱えた彼は、少しの逡巡の後に再び口を開いた。

「以前の君についてはヒカリから少し聞いてるよ。そして君の方も僕についてヒカリとアイリスから聞いてるってことも把握してる」

 ヒカリとアイリスの二人は仲が良く、同時にヒカリとハルカも仲が良い。今はハルカとアイリスが少し軋轢がある状態なのでどちらとも仲が良いヒカリは少し困っているみたいだが、それはそれとして。

「僕は基本を重視しているけど、応用にはとことん弱い。だから試合成績は不安定だったけど――本当に改善手段は弱点の克服だけなんだろうか?」
「…………」

 無言で続きを促すシンジに、シューティーは自信満々に笑ってみせて、
 ▼ 129 NIV2AxL4Mg 23/10/01 15:38:48 ID:R8C2.hus [11/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「僕はチャンピオンを目指してリーグに挑戦してきているわけだけど、リーグ戦で高度な応用が必要な反面、アデクさんのようにベテランのチャンピオンは、応用なんてなくても単純なポケモン達のパワーやスタミナだけで勝ててしまう」

 まさかと、シンジは目を瞠る。

「僕はポケモン以上に得意不得意が一見では見分けにくい人間の指導を経験して、思ったんだ。苦手を無理に克服するよりも、得意をとことん極める方が効率的だって」

 そう言ってシューティーが見せたのは、ポケモンのスポーツ医学に関しての入門書。試合で応用を必要としないレベルに達するまで、とことんまで攻撃力や体力などの基礎の力を鍛え上げる。そしてその過程でポケモン達に無理をさせないための知識を身に付け、トレーニングメニューの調整や安全管理などを徹底できるようにする。それがシューティーが見つけた、自分のポケモントレーナーとしての在り方の最適解。

「君はそもそも、誰かを守ることなんて向いていないと思うよ。戦闘だけ引き受けていればいいんじゃない?」

 それじゃあ、僕はポケモンの特訓からあまり目を離すべきじゃないから。そう言って立ち去るシューティーの背中に、シンジは声をかける。

「――助かった、礼を言う」

 ひらりと軽く手を振り応えた彼を見送り、シンジは不敵な笑みを浮かべる。道筋は見えた。あとはそれに向けて駆けるのみ。
 ▼ 130 NIV2AxL4Mg 23/10/01 15:44:38 ID:R8C2.hus [12/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
キリがいいので今回の更新はここまで

今回の突っ込まれる前にしておきたい補足
⇒シューティーの「ベテランのチャンピオンレベルになれば応用いらないよね」という方針は、サンムーンが放送されてた時期には既に構想にあったネタです
つまり解釈のベースは新無印のPWCSでの試合内容ではなく、DPやBW、XYでのチャンピオン達の試合内容です
 ▼ 131 NIV2AxL4Mg 23/10/06 16:06:19 ID:WGqIbvPE [1/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 突然だが、元々はロケット団所属の飛行ポケモンが通りがかりを装って聞いた情報を自警団ソラの方にいるニャースに伝えてもらう、という情報収集方法を手段の一つにしていた。だがこの方法はリスク回避のため通りがかりを装う必要があるために長居はできず、断片的な情報しか得られなかった。
 それが今回、マグマ班とNが連携を始めたことにより劇的に変化した。これまではNがロケット団の飛行ポケモンに情報を伝える、という手段はあまりに危険が大き過ぎたために使用できなかった。だがマグマ班がNの監視という名のガードを引き受けることにより、Nの方からもロケット団の飛行ポケモンに情報を伝えることができるようになったのだ。そしてその結果――、

「次のフューチャー団の狙いはアラモスタウンのダークライと、ハテノの森で目撃例があったセレビィだそうだニャ」
「ポッポ、ポッポポーッ」
「フムフム……ニャー……」

 ニャースがポッポから詳細な聞き取りを行っている間、コジロウとダイゴがコーヒー片手に書類とにらめっこ。
 ▼ 132 NIV2AxL4Mg 23/10/06 16:06:43 ID:WGqIbvPE [2/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「コジロウはどう思う?」
「多分だけど、ハテノの森と、あとクラウンシティはダメ元で軽く調査する程度だと思う。あそこにセレビィが訪れたことがあったのは確かだけど、居ついていたわけじゃないから。確実に危ないのはアラモスタウンだな。ダークライはあの場所を大事に想ってるみたいだし」
「なるほど……少し気になるんだけど、お前が知ってるってことは」
「あぁ、ジャリボーイがガッツリ絡んでた場所だ」

 そう、これまでフューチャー団が狙った地は全てサトシが何かしらのトラブルに巻き込まれ、伝説、幻と呼ばれるポケモン達と関わってきた場所だ。世界には他にも彼らにまつわる遺跡等が存在するにも関わらず、サトシが訪れたことのある場所にのみ絞られている。

「でもなぁダイゴ、別にそれに関してはそこまで気にすることないと思うぜ? だって他の遺跡には確実な目撃情報がなくて、アイツが巻き込まれた場所は直近の確実な出現歴があるんだから」
「それは…………確かに否定できない」

 そう、これはただ単にサトシの巻き込まれ体質が酷いだけだろう。寧ろコジロウが気になるのは別のことだ。
 ▼ 133 NIV2AxL4Mg 23/10/06 16:07:21 ID:WGqIbvPE [3/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「俺が気になるのは、これだけの大事になってるのにジャリボーイが出てこないことだ。アイツの性格からして、動ける状況なら絶対こっちに合流してくるはずだ。――自分の命も狙われているってことをもし仮に知っていたとしても、だ」
「大人しく隠れていてくれるような子じゃないってことか……」

 そう、これだけの事態になってもサトシの手がかりは一切ない。そしてこれに関してはフューチャー団の方も何も掴んでいないようで。

「疑うべきは第三勢力」
「そして第三勢力である可能性が高い存在がある」

 二人は頷く。何もかも謎であるフードの女。彼女については何一つ掴めないのが現状だった。だが洗脳したメロエッタを使役していたことからして、善良な存在でないことは確実だ。

「ふむ、了解したニャ」

 と、そこでニャース達の方も一区切りついたらしい。窓の外に飛び立つポッポに軽く手を振った彼が言うには――、
 ▼ 134 NIV2AxL4Mg 23/10/06 16:07:46 ID:WGqIbvPE [4/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「セレビィについてはハテノの森とクラウンシティで調査するみたいだニャ。でもひとまず今回は観光客や一般の研究員を装った聞き込みや環境調査だけらしいニャ」

 なるほど、と頷く。嘗て訪れた土地でも、もう一度セレビィが訪問するかといわれるとその可能性は低い。ならば、戦力を投入して悪戯に刺激し、必要のなかった戦闘をするのは憚られる。

「そっちは今回は国際警察の方に任せた方がいいかもね」

 ダイゴの言葉にコジロウも頷く。敵を無暗に刺激せずに静かにそっと動向を伺うとなれば、本職の方が適任だ。
 そしてアラモスタウンの方は、

「アラモスタウンのダークライの方ニャが、おびき寄せるための人質作戦もプランに入っているらしいニャ」
 ▼ 135 NIV2AxL4Mg 23/10/06 16:08:44 ID:WGqIbvPE [5/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 アラモスタウンに向かった面々は二手に分かれることになっていた。フューチャー団にダークライをおびき寄せるための人質として狙われる可能性が高いアリスの警護と、ダークライが暮らすみんなの庭――ゴーディの庭での戦闘に備えるメンバーだ。

「…………」
「…………」

 アリスの警護にはハルカとアイリス。メロエッタとフードの女のことで意見が合わない二人は喧嘩にはなっていないが、ヒカリと三人で服を選びあったときのように和気藹々ともいかず気まずい雰囲気。

「すみません、ちょっと訳あって……」
「もしもあの二人が上手くいかなくても、僕らがちゃんと護ります」
「ありがとう。ヒカリちゃんからも荒療治が必要ってことは聞いているわ」

 万一に備えたフォロー役として同行しているノゾミとシュウが、アリスにそっと伝える。ヒカリからも事前に話を聞いて了承していた彼女は笑って頷いたが、少し心配顔。アリスも若い女性だが、それでも彼女ぐらいの年齢になると、友達だからといって全ての考えが合致する必要はないと知っている。けれど彼女達はいくら有名なコーディネーターでも、いくらジムリーダーだといっても、まだ十一歳。そのあたりの割り切りが上手くいかなくても無理はないのだ。
 ▼ 136 NIV2AxL4Mg 23/10/06 16:09:22 ID:WGqIbvPE [6/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
(仲直り、できるといいんだけど……)

 護りに関しては不安がないわけではないが、嘗てアラモスタウンでの神々の戦いを目の当たりにした経験もあってか落ち着いた気持ちで向き合える。寧ろ襲撃があった方が、自分の警護のために一致団結しそれをきっかけに仲直りが望めるだろう。それが失敗したとしても、ノゾミとシュウが控えているためどのみち安全は確保されている。
 だが、失敗した場合は最悪の場合、二人の間にある軋轢は決定的なものになるだろう。アリスはそれが心配だった。

* * *

 その頃、ゴーディの庭でも憂い顔の少女が一人。

「板挟み、ですね」
「ポチャア……」
「うん……」

 心配そうなポッチャマを抱っこしたヒカリは、隣を歩くコウヘイの言葉に頷いた。もともとハルカともアイリスとも仲が良い彼女は、二人の間にある軋轢に対してどうしたらいいか分からなかった。元々は二人のフォロー役にはヒカリの名前が上がっていたにも関わらず、見かねたノゾミが代わると言うぐらいに彼女もまた現状に参っていたのだ。

「ポァー」
「ポァー」
「ポァー」
「わっ」
「うわっ」
「ポチャッ」

 そんな少し暗かった空気だったが、突如降ってきたミノムッチ達に驚いたことで少し変わった。驚かせられたことが楽しかったのだろう、きゃらきゃら笑いながら木の中に引っ込んでいく彼らを見送ると自然と笑みが零れた。
 ▼ 137 NIV2AxL4Mg 23/10/06 16:09:56 ID:WGqIbvPE [7/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「うん! こっちは私達がちゃんと護らなきゃ!」
「向こうのことは信じましょう。大丈夫、ですよ」
「えぇ!」
「ポチャッ!」

 そうして見回りを続けていく中、ヒカリはほんの少しだけ違和感を感じる。彼女はサトシやマサト、アイリスのような“何か”を感じ取る力はない。けれどサトシ達と旅をしていたときに様々なことに巻き込まれ戦い抜いた経験から働く勘は、彼女を含むサトシと旅をした面々全員が持っている。

(多分、ここにダークライはいない……)

 本当に何となくなのだ。感覚的なものの上、サトシほど高い精度でもない。それでも無視するほど楽観視もできなかった。

「ねぇコウヘイ、多分なんだけど――」
「ヒカリさん」

 コウヘイに呼ばれハッとした。ダークライのような大きな力が感じ取れないことに気を取られて、潜んでこちらを狙っていた敵の気配に気付いていなかったのだ。
 奇襲の失敗を悟ったのだろう、ぞろぞろと出てきたプラズマ班の者達とコウヘイがボールを構える。

「ポッチャマ、バブルこうせん!」
「ポチャーッ!」

 今回はヒカリは確かに気付くのが少し遅れてしまったが、ボールからポケモンを出してから技の指示を出す必要のある他の人間達に対し、普段からポッチャマをボールから出して過ごしている彼女は初動で大きく優位に立てる。

「ぎゃぁあああっ!」
「くそっ、行けレパルダス!」
「コロモリ達、エアカッターだ!」
 ▼ 138 NIV2AxL4Mg 23/10/06 16:10:54 ID:WGqIbvPE [8/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 プラズマ班のポケモン達が一斉に襲い掛かってくるが、種族やスタイルの関係で元々が一対一を得意とするハルカと違い、回転を主軸とした戦いをするヒカリの場合はポケモン達の技範囲が広く集団戦における消耗が少なく済む傾向が強い。そのためハルカ相手に消耗戦に持ち込むことに成功した例を参考に準備をしてきた相手に戦う戦力としては彼女一人で十分だった。彼らはハルカにはハルカへの、ヒカリにはヒカリへの対策をするべきだったのだ。

「リルルゥ……」
「クゥリュリュリュ……」
「さあさあ、荒事は彼女に任せて君達は避難しましょう。あ、ヤドキング、まもるです」
「ヤァン」

 加勢は不要とみたコウヘイはこの庭園に暮らす野生のポケモン達が巻き添えを食らったり人質ならぬポケ質にとられて戦況が不利になったりしてしまうことを防ぐために、避難誘導を行っていた。コーディネーターでない彼が試合で向かい合うのはヒカリではないが、出会いはタッグバトル大会で、サマーキャンプでも共に過ごした経験がある。互いの得意分野を把握し役割を適切に分担することは容易いことだった。
 ヒカリとポッチャマによる掃討戦にパチリスも参戦していたが、敵が尻込みし始めているのに対し彼女達はまだ余裕が見える。
 ▼ 139 NIV2AxL4Mg 23/10/06 16:11:39 ID:WGqIbvPE [9/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ふぅ、ヒカリさん、こちらは――」
「くっそお、アイツをやっちまえ!」
「!!」

 ポケモン達の避難が終わり、ほんの一瞬気が抜けた瞬間だった。プラズマ班の一人がコウヘイを直接狙いにかかったのだ。ヤドキングはまもるを使用した直後で再度の発動には間に合わない。彼自身で回避しようにも、不意を突かれていたのでそれも間に合わなかった。

「まかせて!」

 けれどヒカリは冷静にコウヘイの前に移動し彼に背を向け、ポッチャマとパチリスに続けて指示を出す。悪足掻きのごとく突撃してきたレパルダスをしっかりとトレーナーごと撃退したのを最後に静寂が戻った。
 回避しようにも間に合わず、バランスを崩して尻もちをついてしまっていたコウヘイは自身の体温に変化を感じた。二つ結びにした群青のロングヘアが靡く可憐なはずの強く凛々しい後ろ姿を見上げると自然と頬が熱くなっていくのだ。
 くるりと振り返ったヒカリは一瞬目を瞠り、けれど冗談半分といった笑顔で声をかける。

「なーに? 私に惚れちゃった?」

 ヒカリは恋愛事に関しては基本的に鈍感だが、サトシほどの無知でもない。ケンゴのように普段はからかいの態度として表れていたタイプだと気付きにくかったが、それでもあからさまな態度や表情になれば分かるのだ。
 コウヘイは顔の熱を収めるようにパタパタと手で扇ぎながら軽く苦笑いして応える。

「分かりません、今の状況ではつり橋効果の可能性も否定できませんし……」

 それにそもそも、と彼は続ける。
 ▼ 140 NIV2AxL4Mg 23/10/06 16:12:34 ID:WGqIbvPE [10/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「元々、僕があなたに向ける感情がどんなものか、実のところ僕自身が分かっていないんですよ」
「え、そうだったの?」
「えぇ。あなたというコーディネーターにトレーナーとして興味を持っているのか、負けたくないのかも、人間としてリスペクトしているのか、異性として惹かれているのかも――正直自分でも分かっていません」

 苦笑気味に、けれど冷静に、穏やかに笑うコウヘイに、ヒカリはそっと笑みを浮かべた。

「よかった」

 ほっとしたように笑う彼女は、一見するとコウヘイからの好意は迷惑だとも捉えられるだろう。けれど彼は照れ隠しに冷静なふりをしているというわけではなく、本当に冷静だった。

「ケンゴ君のことですね?」

 そう、ヒカリはケンゴからの好意に気付かないフリを続けていた。
 恋愛のことは分からなくて、分からないまま答えを出したくはないと、ケンゴの想いが真剣だときちんと理解していたからこその先延ばし。そんな状況でコウヘイからも好意を向けられて、しかも彼の想いにだけ気付いている、なんてことになるのは申し訳なかったのだ。

「うん」

 困ったように笑って頷く彼女もそっと口を開く。
 ▼ 141 NIV2AxL4Mg 23/10/06 16:12:57 ID:WGqIbvPE [11/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「私ね、今が大好き。戦ってる今とかじゃなくて、今の関係が。サトシとハイタッチしたり、時々ケンゴと文句を言い合ったり、後ろから現れるコウヘイにちょっとびっくりしたり、そんな関係が好き」

 ケンゴの気持ちに気付いた以上、いつかは動く必要があるとは分かっている。けれど、現状の関係に満足してしまっているからか、なおさら心が決まらないのだ。

「僕も人のことは言えませんし、お互い答えが出るまではこれは内緒ですね」
「そうだね、内緒話」

ふわりと笑った二人の傍で、気絶した敵が目覚めないか監視していたポッチャマとヤドキングが、待機していたジュンサーを呼びに行っていたパチリスを迎えていた。

――ダークライは、姿も影も現さなかった。
 ▼ 142 NIV2AxL4Mg 23/10/06 16:14:25 ID:WGqIbvPE [12/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
一区切りのタイミングなので今回の更新はここまで
 ▼ 143 NIV2AxL4Mg 23/10/10 16:06:46 ID:vYG.gzp. [1/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ごめんねヒカリィイイ!!」
「もう大丈夫だからぁーっ!!」

 倒した敵をジュンサーに引き渡した後、ヒカリとコウヘイがハルカとアイリス達のもとへ合流した直後のことだった。少し擦り傷はあれども元気そうな様子でハルカとアイリスがヒカリに突撃して抱き着いて来たのだ。

「よかったぁ……!」

 ヒカリは一瞬驚いたが、無事に仲直りできた様子に嬉しそうに笑った。
 きゃいきゃいとはしゃぐ完全に関係が修復できた女子達の姿を見て、コウヘイはアリスに挨拶をしてからノゾミとシュウに声をかける。

「無事に解決したみたいですね」
「あぁ、フードの女のことについてはやっぱりお互い譲れないけど、それはそれこれはこれってことで落ち着いたよ」
「まあその過程で一瞬危ないことにもなったからアリスさんには申し訳ないけどね」
「それは構わないわ。私だってうまくいってよかったって思うもの」
 ▼ 144 NIV2AxL4Mg 23/10/10 16:07:26 ID:vYG.gzp. [2/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 アリスも加わって微笑ましく見守る中で、コウヘイは合流途中でヒカリから聞いたことを言うべきか否か少し迷った。だが情報は適切に共有するべきだろうと判断し口を開く。

「……ヒカリさん自身も感覚的なもので、確証があるわけではないとのことなんですが」

 少し思案顔で告げる言葉を待つ面々。三人のテンションも落ち着いてきて、ハグの巻き添えを食らう前にとヒカリの腕の中から脱出していたポッチャマも彼の足元で少し珍しく神妙な顔で見上げている。

「ダークライは――いないそうです」

 目を瞠るノゾミとシュウ、アリス。だが、ハルカとアイリスは逆に納得した表情だった。

「それはちょっと分かるかも」
「伝説系のポケモンがいるって感じしないもんね」
「君達も分かるのかい?」

 ノゾミの問いかけに対して、ハルカとアイリスは顔を見合わせてうーんと微妙な表情で考える。自分達でもどう言ったらいいのか分からないのだ。

「サトシやマサトならもっとはっきり分かると思うんだけど……伝説系のポケモンがいる場所って、何だろう、こう、なんとなく凄く強い存在がいるなーって感じがするの」
「うん、マサトはどうかは分からないけど、私やサトシが限定的な条件で記憶を読み取ったりする力や体質が発動してるのとは違って……」
「多分だけど、サトシと旅をしたことある人はみんな分かる感覚だと思うから……タケシかデント、あとシトロンも頭いいって聞いたから戻ってから聞いて……私達じゃだいじょばない……」

 そう、アイリスは頭を使うことはとことん向いていないし、ハルカとヒカリも彼女ほどではないもののあまり理論的に考えるのは得意ではないのだ。
 ▼ 145 NIV2AxL4Mg 23/10/10 16:08:33 ID:vYG.gzp. [3/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「えぇ、そうします。とはいえ言いたいことは大体掴めましたが」

 とはいえここにいるのは頭脳戦に特化していると言えるほどに頭のいいコウヘイと、彼ほどではないものの考えることが苦手ではないシュウとノゾミ。そして一度とはいえ神々の戦いに巻き込まれた経験からなんとなく彼女達の感覚に覚えがあったアリスだ。解説を求めなくても大方把握できた。

「熟練のトレーナーは自分のポケモンの本能的な反応に頼らなくても、試合が始まる前の相対しただけの時点で相手との力量差を自分自身の感覚で分かるといいます。恐らくそれと似たようなものかと」
「要は経験からくる感覚ってことだろうね」

 アリスは言おうかどうか迷っていた。彼女もダークライがいない、と感じたことがあった。でも一度大いなる力を目の当たりにしたとはいえ、彼女達ほど経験豊富ではないため気のせいだと思ってしまった些細な違和感だった。

「どうしたんですか、アリスさん?」

 ヒカリに問われて、迷ったが隠す理由もなかったため応えることにした。

「気のせいって思ってたんだけど――一年と少し前からなの、ダークライがいないように感じるのは」
「!?」
「そんなに前から!?」

 アリスが言うには、元々彼女とダークライとはあまり交流があったわけではなかった。彼と親しかったのは祖母のアリシアであり、アリスではない。
 それでもディアルガとパルキアの戦いに巻き込まれた件をきっかけに時々接するようにはなったが、その期間はダークライがいないように感じ、姿も見せなくなるまでの数か月程度のものだった。
 ▼ 146 NIV2AxL4Mg 23/10/10 16:09:32 ID:vYG.gzp. [4/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「関わっているうちに私と祖母は見た目が少し似てるだけの別人だって思って、今まで通りの距離に戻っただけなのかもって思ってあまり気にしていなかったんだけど……」
「――去年のいつ頃ですか?」
「え?」

 アリスの話を聞いて、コウヘイは引っかかることがあった。一年と少し前、それはつまり、

「――月――日よ。ちょうど友達の誕生日だったから覚えてる」
「それっ、サトシがいなくなった前の日よ!?」
「――!?」

 驚愕に声を上げたヒカリの言葉にみんな目を瞠った。サトシの失踪と同時にサトシのポケモン達が研究所から姿を消していて、その中にいるブイゼルは嘗てはヒカリのポケモンだったこともあり、彼女には当日に連絡が入っていたのだ。

「一年と少し前、という共通点が少し引っかかったのでもしも近い時期だったら何かの手がかりになるかもしれない、と思ったのは確かですが……まさかほぼ同時だったとは……」

 相変わらずサトシについての手がかりがないことに変わりはない。けれど、一つ繋がった。
 ▼ 147 NIV2AxL4Mg 23/10/10 16:10:25 ID:vYG.gzp. [5/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 アリスと別れ、拠点に戻って行った報告は非常に濃いものとなった。ハルカとアイリスの仲直りとアリスの無事、ダークライが随分前からいなかったことと姿を消した日にちがサトシの失踪の前日だったこと。そして、アイリスとハルカが少しとはいえ怪我をしていた理由――、

「私達が最初ぎくしゃくしちゃってたのも原因ではあるんだけど……」

 ハルカが少し言いにくそうにアイリスをちらりと見る。アイリスも少し気まずそうに唸っていて。彼女の様子を見てピンときた者が数名。

「氷タイプ」
「うっ、正解……」
「あんたまだ氷タイプ克服してないの?」
「それでよくドラゴンタイプのジムリーダーやれてるわね……」

 デントの言葉に頷いた直後、ラングレーとカベルネから容赦のない追撃に項垂れる。

「デーネ?」
「ひっ!?」

 そんなとき、ユリーカのポシェットからデデンネが飛び出してアイリスに近付いて行った。この子なりに宥めようとしたようだが、顔を青褪めさせるアイリス。

「デデネ〜ッ」
「わわっ、よしよしデデンネ、大丈夫だよー!」
「わーっ!? ごめんねデデンネー!?」

 泣きながらユリーカにくっついてしまったデデンネにアイリスは慌てて謝るが、それでもあまり近付いていくことはできないみたいで。その様子を見たシューティーは困惑顔で電気とフェアリーのタイプを持つデデンネを見る。
 ▼ 148 NIV2AxL4Mg 23/10/10 16:11:11 ID:vYG.gzp. [6/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「確かに初めて会ったとき氷タイプはドラゴンタイプの弱点だから苦手って言ってたけど……もしかして寒いのが苦手っていうのを誤魔化すためとかじゃなくて本当にドラゴンタイプの弱点だから……?」
「そうだって最初から言ってるじゃない……」

 落ち込んだ様子のアイリスを見て少し苦笑しながらシロナは口を開く。

「できれば理由を聞かせてもらえないかしら?」

 苦手というのは人それぞれだ。頭ごなしに否定していいものではない。けれど理由も分からずタイプだけで遠ざけられるのも、そのタイプのポケモンやパートナーであるトレーナーからすればいい気持ちになれないのも確かだ。好きなポケモンの弱点であると言っているが、それがなぜ苦手に繋がるのか本質的な理由をきちんと共有できれば衝突の回避にもできるし、内容によっては克服に協力できるかもしれない。

「――能力が、原因なんです」
「龍の里に伝わっていて、今は君を含む三人だけが持っているっていう、あの?」

 デントの確認に頷いたアイリスは続ける。アイリスが言うには、彼女が生まれ持つドラゴンポケモンと心を通わせる力というのは、通常は記憶を読むことができるほどの強力な力ではないらしい。

「私も最近になって聞いたんだけど、オババ様もシャガさんも経験則をちょっと補強するぐらいの力しかないんだって」
 ▼ 149 NIV2AxL4Mg 23/10/10 16:12:12 ID:vYG.gzp. [7/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 だがアイリスは、持って生まれた力が強すぎた。ほんの少しだけでも相手が教えてもいいと思ってくれたら記憶すら受け取れる、とてもとても強い力。それは彼女の肉体的性質をドラゴンタイプに近付けてしまうほどの。

「体質はドラゴンタイプに近いのに、身体の丈夫さとかは普通に人間なの。だから――ドラゴンタイプの弱点になるタイプの技って、少しかすめただけでも命にかかわる大怪我になる」

 実際に幼少期に一度、生死の境を彷徨った経験もあったとまで聞けば、納得するしかなかった。彼女の氷タイプとフェアリータイプに対する拒絶反応は決して過剰ではない。生き物として生存本能が正常に働いているだけなのだ。

「ジム戦のときは大丈夫なんです。小さい頃から一緒で危なかったときのことも知ってるドリュウズが護衛してくれるから。でもそういった準備がないときにいきなり来ると、どうしても……」

 話を聞いてみんな納得できた。デデンネも泣き止んでいて、寧ろ少し申し訳なさそうにチラチラと様子を伺っているぐらいだ。
 けれど克服について考えることは不可能と判明させてしまったために、アイリスは少し俯いていて。

「はぁーっ」
「っ」

 ラングレーの溜息に、アイリスは身を固くする。戦いでは力になりたい。けれど相手によっては足手纏いになる身体である自覚もあるのだ。
――自覚があるから、言い出せなかったのだ。
 ▼ 150 NIV2AxL4Mg 23/10/10 16:12:57 ID:vYG.gzp. [8/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そういうことはもっと早く言いなさいよ! 知らなきゃフォローもできないじゃない!!」
「そうよそうよ! アンタは戦力の要の一人なのよ! 途中で倒れたら全員危なくなるんだから対策しなきゃいけないのよ!?」

 声を荒げるラングレーに続いてカベルネも怒鳴りつける。アイリスは顔を上げ、目を瞬く。彼女達以外の面々も異論はないようで、アイリスが戦いに出るときのための案をさっそくとばかりに話し合っていた。

「アイリスさんが最前線なのを動かすのは難しいしそれにやっぱり基本方針が細かいところは現場まかせなのも適切なのよね……」
「えぇ、分析型のトレーナーならともかく、作戦を固め過ぎるのも裏目に出る可能性が高いですし」

 カルネとシトロンが話し合っているように、事前に決める作戦は大まかなものだけにし、細かい点については実際に戦っている者達に任せている。その時々で失敗や反省点もあったが、それでもこれ以上のベターな形がないのも事実。

「セレナとのタッグを基本方針にしたらいいんじゃないかい?」
「私?」

 そこで声を上げたのはシューティーだった。現場での臨機応変な判断には向かないが、指導や作戦の基本方針の立案には非常に適していたのだ。

「君の身体能力ならアイリス以上に前に出ることもできるだろう?」

 そう、ポケモンパフォーマーはポケモンと一緒に演技をするという競技の性質上、人間の安全面に配慮したポケモンの技の鍛え方をする。だが唯一無二の例外として、ポケモンと共に高火力の技に囲まれて演技する彼女には相応の身体能力が備わっているのだ。実際、セレナ自身も確かに、と頷いて。

「――アイリス、あらためてこれからよろしく!」
 ▼ 151 NIV2AxL4Mg 23/10/10 16:14:18 ID:vYG.gzp. [9/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
今回の突っ込まれる前にしておく補足

アイリスの氷苦手の原因と、それに伴ってフェアリーも苦手設定は私の独自解釈によるものです
 ▼ 152 NIV2AxL4Mg 23/10/10 16:15:21 ID:vYG.gzp. [10/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 自警団ソラの中核を担うのは、サトシの関係者であることは誰もが知ることだ。そもそもが実力も実績も豊富だけれど、現在は行方不明の一般トレーナーである彼をダシにして人員を集めたのだから当然のことだろう。
 そういった経緯のため、どうしても年齢故に非力な者が二人いることも致し方ないのだ。

「んーっ、やっぱりケンジについてきてよかった」
「ラルッ」
「マサトには特に窮屈な思いさせてるからね、少しぐらいなら寄り道にも付き合うよ?」
「ほんと!? やった!」

 ユリーカは立場としてはマサトと同じではあるものの、デデンネだけでなくプニちゃんという名のジガルデが護衛もできるため比較的外出もしやすい方だ。だがマサトの場合は共にいるポケモンは、トレーナーになったら迎えに行くという約束を少しばかり前倒しにして隣にいるラルトスのみ。不用意に外出して敵の標的になるリスクを抱えるわけにはいかなかった。

「じゃあ僕、あそこのケーキ屋さん行きたい!」
「ラルルッ!」

 ケンジの買い物に同行させてもらう形でおでかけが叶ったマサトとラルトスは、嬉しそうにある一つの店を指差した。彼にしては少し意外なチョイスに思えるが、その店はただのケーキ屋ではない。最近トレーナーやコーディネーターに人気と評判の、ポケモンと一緒にケーキのデコレーションの一部をやらせてもらえるという店だ。
 ▼ 153 NIV2AxL4Mg 23/10/10 16:16:02 ID:vYG.gzp. [11/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あそこでいいのかい?」
「本当は野生のポケモンの観察とかに行きたいけど全部終わって安全になってから! お店の中なら襲われる危険も少ないもん」

 ケンジが確認した通り、妥協点であるのは確かだった。それでもラルトスを必要以上の危険な目に合わせないために、ケンジに負担をかけすぎないために、現状の中で楽しめる範囲の息抜きを彼なりに考えての選択だった。

「オッケー、ちなみにお小遣いは大丈夫?」
「もちろん! それにちゃんとサイトで値段も確認したからね!」
「ラルッ!」

 そういうところは今ならばともかく、旅に出る前は姉よりもしっかりしていたぐらいだ。ニッと笑って答えたマサトとラルトスに、ケンジも今度はしっかり頷いていざお店に、というときだった。

「待って」

 ふいにかけられた声。振り向くとそこには見覚えのない少女が立っていた。少しぼんやりとした意思の薄そうな瞳で、ホワイトカラーの髪とトップスの可愛らしい顔立ちの少女。

「え?」
「公園のベンチにあった忘れ物」

 そう言って差し出されたのは一冊のスケッチブック。中身を見ると間違いなくそれはケンジのものだった。途中で休憩に立ち寄った公園でうっかり置き忘れていたのだろう。
 ▼ 154 NIV2AxL4Mg 23/10/10 16:16:47 ID:vYG.gzp. [12/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「それじゃあ」
「ちょっと待って」
「……?」

 今度はケンジが呼び止めた。引っかかったのだ。ハルカのような発育のいい体型は、彼女以外に直近の見覚えがあった。それ以外にもウォッチャーとしての感覚から似ていると感じるものがある。それらに関しては感覚的なもののため、根拠としては薄いけれど、確実に言えるものが一つある。

「どうしてこれが僕のものだって分かったんだい」

 質問しているようで断定的な言葉だ。ケンジはサトシと嘗て旅をした面々の中で、最も知名度が低い人間だ。彼は、彼だけは、ジムリーダーでもジムリーダーの関係者でも、コーディネーターやパフォーマーでもない。ウォッチャーで、研究者の助手である彼の高い能力は、けれども表舞台で輝く面々とは発揮されるフィールドが大いに異なる。
 彼の絵と、彼の容姿。その二つの情報を結び付けられるのは仲間内か、もしくは嘗てのギンガ団のように相手の情報を全て手中に入れることすら可能な組織かの二択だった。

「…………」

 何も答えない彼女の意図は、なぜだかとても見えにくい。けれど意思が薄そうでいても、洗脳されているというにはきちんと意思はある様子なのだ。
 引っかかるものがあるのはケンジだけではない。
 ▼ 155 NIV2AxL4Mg 23/10/10 16:17:29 ID:vYG.gzp. [13/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……ねえ、あなたの髪飾り、僕すっごく気になるんだけど」
「ラル……」

 マサトとラルトスは、万一に備えてケンジの後ろに隠れつつも警戒しきれない不思議な感覚に戸惑っていた。
 恐らくはケンジのスケッチにあったフードの女なのだろう。けれど、メロエッタを洗脳して使役しているというには、非常に強い違和感があるのだ。
 彼女の白い髪に留められている透き通った蒼い石の髪飾りは、一般的にはとても似合うと感じるものだろう。けれどマサトとラルトスは、その石から何かを感じた。何かは分からないけど、でも何かあると感じてしまい無性に気になるのだ。

「……………………テレポート」
「ピジョッ!? ピジョーッ!」

 ボールから出されるや否やの指示にピジョットはぎょっとするも、彼女の肩をガシッと掴み一瞬で飛び去って行った。制止する間もない離脱にマサトとラルトス、ケンジは唖然とするも、次の瞬間少しばかり微妙な表情で顔を見合わせて。

「テレポートって言ったね」
「うん、テレポートって言ってた」
「ラル、ラルル、ル」

 多分、テンパってたんだろうなあ、と声に出さずとも見解は一致した。とりあえず、ケンジはスケッチブックの最新のページに彼女の容姿をさらりと一瞬でスケッチした。
 ▼ 156 NIV2AxL4Mg 23/10/10 16:21:04 ID:vYG.gzp. [14/14] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
今日の更新はここまで
pixiv連載してたときは残り3話だったところまでいけました
 ▼ 157 NIV2AxL4Mg 23/10/12 16:58:56 ID:J.ZsGOLw [1/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ボンジュール、ポケモンをこよなく愛する世界中の皆さま、乙女の祭典トライポカロンエキシビションクラス、アルトマーレ大会が優雅に華麗に始まります!」

 ピエールによる恒例の開幕の一声と同時に会場は拍手と歓声に包まれた。ここはジョウト地方にある水の都、アルトマーレ。本来はカロス地方で行われているトライポカロンの公式大会や、ホウエン地方などの各地で開催されているポケモンコンテストの公式大会は、フューチャー団による社会不安等の情勢を鑑みて開催が見合されている。だが、少しでも人々の不安を和らげるための慈善活動として、エキシビション大会が世界各地で行われているのだ。
 なおコーディネーターはトップクラスの実力者達は自警団ソラに大半が所属したため、ある一名を除き戦うことはできないパフォーマーによるトライポカロンがメインだ。

「ニャオニクス、サイコキネシス!」
「ナーオッ!」「ニャオッ!」

 トップバッターはブランシェとニャオニクス達。サイコキネシスによる空中浮遊を得意とした彼女達のパフォーマンスだが、今回はいつもと少し違う。

「水も一緒に巻き上げて!」
「ニャアッ!」「ニャッ!」

 パートナーの姿勢をしっかりと安定させた上で、ニャオニクスは水の都の名にふさわしく会場に張り巡らされた水路の水を操り、霧雨を降らせて晴天の下に虹をかける。最初からクライマックスと言っても過言ではないパフォーマンスだ。
 ▼ 158 NIV2AxL4Mg 23/10/12 16:59:48 ID:J.ZsGOLw [2/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ポケモンパフォーマーの演技は、人間がポケモンの隣で一緒に演技を行うという性質上、ポケモンの技の選択や鍛え方は人間への安全に最大限気を使ったものになる。そのためポケモンとの身体的な連携においてはトレーナーやコーディネーターと比べてずば抜けているが、どうしても彼らと比較すると単純な技の威力の面で劣るのだ。
 故に彼女達は戦場に立つことはできない。だが、だからこそ彼女達は人々の不安を、少しでも楽しい気持ちで誤魔化してあげることができるのだ。満員の会場は歓声に溢れ、リアルタイムで配信されているポケビジョンのコメント欄も大盛況だ。
 だからこそ、パフォーマーの中で唯一無二の自警団ソラに所属できる存在であるセレナは、ステージ衣装を身に纏いつつも、会場の死角に潜み慎重に目を凝らす。

「みんなは、私達が守らなきゃね」
「テナッ!」
「チャム!」
「フィア!」

 次のパフォーマーが呼ばれる。ミルフィとペロリーム、ニャオニクスによるコットンガードの綿を活用したパフォーマンスも嘗てより数段魅力が増していて、ライバルのパフォーマーとしてちょっぴりうずうずしてしまうが今は我慢。
 戦士として、彼女達を、彼女達のパフォーマンスを心待ちにして訪れた観客達を守り抜くのが、今の彼女達の役目なのだから。

「でもやっぱりちょっと出たかったぁー……」
「テー、ルナ……」
 ▼ 159 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:00:43 ID:J.ZsGOLw [3/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 Nからの情報とカスミ、タケシの経験談から、今回敵がターゲットにするのはアルトマーレの博物館にある大きな展示物であると確定した。その展示物の正体は、街を丸ごと護ることのできる防衛装置であると同時に、悪意で以て触れれば街を滅ぼすことになってしまう代物だ。だが、

「リザードン、かえんほうしゃ!」
「リザードン、かえんほうしゃです!」
「カメックス、こうそくスピンでおもいっきり翻弄しちゃって!」
「ジュカイン、討ち漏らしはリーフブレードでよろしく!」

 アランとトロバのメガリザードンXとYのかえんほうしゃでまずは一掃。打ち漏らしはティエルノのカメックスとショータのメガジュカインで狩り尽くしている。
 この調子だと間違いなく、万一装置が起動させられた場合に備えて技術者として参戦しているシトロンの出番はないだろう。そして、

「クッソォ! だがお前ら! トライポカロンの会場がどうなってもいいのか!」
「どうぞお好きに! できるものなら、ですがね」

 ニッとシトロンは笑う。彼らが人質作戦をとれないようにするために、セレナが会場で待機しているのだから。
 ▼ 160 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:01:33 ID:J.ZsGOLw [4/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 今大会でのラストを飾るパフォーマーとして、カロスクイーンの座を今でも譲らないエルが、マフォクシーとビビヨン、フレフワンと共に会場を盛り上げる。ビビヨンに翅になってもらったエルはフレフワンと共に会場をふわりふわりと飛び回り、マフォクシーは最大限威力を抑えた決して熱さを感じさせない炎で、会場中をふんわりと色づける。そうして全ての演技が終了した、そのときだった。
 ステージの近くと観客席の付近に、マグマ班の人間達が一斉に現れボールを投げ……突風に巻き上げられたのは。

「え……」

 怯える暇もなく大半が一掃されたその様に、エルも、投票のために控室から出てステージに集まろうとしていたパフォーマー達も、観客達も呆気にとられた。

「くそっ、なんなんだよ……!」
「どういうことだ……!」

 倒れた人間達と、大なり小なりダメージを負ったポケモン達を見てマグマ班――態度からしてフューチャー団に染まった面々だろう、彼らは動揺する。
 残った人間達が悪態をつきつつも、代わりに倒された人間達の分もポケモン達に指示を出す。放たれたストーンエッジはパフォーマー達を閉じ込めようと展開され――、

「いくよみんな! まずはストーンエッジ!」
「チャムッ!」

 突如現れたヤンチャムのストーンエッジに巻き込まれ、セレナとテールナーの足場にされた。
 ▼ 161 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:02:32 ID:J.ZsGOLw [5/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「なにっ!?」
「うそだろ!?」

 そうして動揺している間に、ニンフィアのようせいのかぜでテールナーが急接近して近距離で火炎放射をくらわせ、反撃を食らいそうになると、

「テールナ!」
「まかせて!」

 テールナーがエネルギーを込めた枝をセレナに投げ渡し、ヤンチャムのストーンエッジで離脱し今度はセレナが込められた炎エネルギーが溢れる枝を棒術のように振り、敵を沈めていく。
 戦いでありながらまるで演武のような、殺陣のような彼女達の姿に、みんな安堵すると同時に今日一番の歓声が轟く。
 ポケモンとの身体的連携が優れたパフォーマーであり、サイホーンレーサーの娘として受けた英才教育により根幹がアスリート気質、そしてサトシとの旅で得た自衛の術としての火力は、ただ戦場で活躍できる能力というだけでなく、人間であるセレナも交えた変則的な戦闘スタイルを生み出していた。
 彼女達の無双が終わり、敵のポケモンが全員倒されたあとは、最初の一撃で倒れなかった人間達は撤退したが彼女達は追わなかった。なぜなら、

「みんなー! 今日は巻き込んでごめんなさい!」

 観客達の無事と心のケアが何よりの最優先事項。だから彼女は声を上げる。安心させるように、笑顔を意識して。

「でも安心して! この街で今起こってるメインの戦いもすぐに決着つくから!」

 その笑顔の種類が、戦士としての勇ましいものだったことに気付いていないのはセレナ本人だけだったが、安心させる目的としては寧ろ効果覿面。
 ▼ 162 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:03:18 ID:J.ZsGOLw [6/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「さあみんな、あとは投票だけ! セレナに投票するのももちろんありだよー!」
「エルさん!?」

 パンッと仕切り直すように手を鳴らしたエルのウインクに、セレナは驚くがピエールも他のスタッフもすぐさま対応して彼女の投票枠を作り出す。

「カロスクイーン・エルの言う通り。なぜなら此度の大会はエキシビション。戦士(ヴァルキュリア)・セレナのパフォーマンスをラストステージといたしましょう!」

 セレナが衣装の内側に作ったポケットに入れた端末の通知音が、歓声に紛れて消えた。

FROM:シトロン
こちらも無事に制圧完了です!
 ▼ 163 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:04:27 ID:J.ZsGOLw [7/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 前線は有志の者達に任せて本職である国際警察やポケモンGメン、そして裏の勢力であるロケット団本部は適度に連携を行いつつもそれぞれでフードを被っていた謎の女について調査を行っていた。だが現在確認できる組織立った動きは、フューチャー団とロケット団を除くと小さなものならばそれなりにあるが、どこを調べても彼女の存在にも、ポケモンを洗脳できるほどの技術力を持つ組織にも行き着かなかった。
 ならば他者を洗脳できるレベルの強力なエスパーポケモンとピジョットが手持ちにいる個人である可能性を視野にいれたがこれも空振り。ケンジのスケッチを参考に調査した結果、フードを外した白い少女は様々な場所を転々としていることが分かった。時々ではあるものの普通に買い物をすることすらあるみたいだ。だが、

「どこの誰か、については一切分からないか……」
「えぇ、今はカントーにいるっていうのはこっちも掴んでるんだけどねー」

 ハンサムとワタルがそれぞれの機関からの情報を持ち寄った定期報告会に、ロケット団の人員として顔を出しているのはドミノだった。

「なあ、ちょっといいか?」

 そしてその部屋にひょこっと顔を覗かせたのはコジロウ。ワタルとドミノはそれぞれ別の意味で少し反応は芳しくないが、ハンサムは頷いた。

「なによ下っ端」
「一応今回の会議に君は関係ないはずなんだがな」
「まぁまぁ、とりあえず用件を」

 コジロウは、喧嘩っ早いムサシに報告を押し付けられて正解だったと内心ほっと溜息を吐きつつも、本題に入る。
 ▼ 164 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:05:09 ID:J.ZsGOLw [8/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「一応俺達もさ、ちょっと独自に調べてみたんだ。で、基本的にはそっちと同じなんだけど……変装めちゃくちゃする俺達から見たら、あれめっちゃ変装なんだよ」

 ワタルもハンサムも、ドミノも固まった。彼らはそれぞれ捜査や工作で大なり小なり変装や演技をすることもあるが、あれが変装だとは感じなかった。だが、ほぼ毎日ありとあらゆる変装をしていた時期もあったというコジロウ達の感覚は無視できない。

「多分だけど、オタクが同類を見分けるのがめちゃくちゃ得意っていうのと同じ感覚だろうな」

 その言葉を聞いて部屋の中は溜息三重奏。自分達が変装であるということすら見抜けないレベルの高度な変装をした相手の、素性を更に調べるなど、恐らく不可能だろう。

「メロエッタは洗脳されているし、ルギアも捕らえられている以上放置はできないが……」
「先回りはほぼ不可能ね……」
「…………現行犯確保しか、ないなあ……」
 ▼ 165 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:06:03 ID:J.ZsGOLw [9/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 マサトと比べてユリーカは、デデンネだけでなくプニちゃんという名のジガルデがついているため外出におけるハードルはかなり低い。最初はマサトに遠慮して息抜きに外に出ることは控えていたユリーカだったが、当のマサトに雑談のネタ収集を求められた結果、彼女は割と頻繁に外出していた。

「プニちゃん、今日は公園行こう!」
「デネネッ!」
「グルルッ」

 犬系ポケモンの姿にフォルムチェンジして、ユリーカを背に乗せ歩くプニちゃん。ユリーカの外出についてはいくつか条件がある。
 ひとつは兄であるシトロンが作った発信機を所持しておくこと。危険は少ないだろうがゼロではないのだから、万一のときに駆けつけられるように。
 もう一つはプニちゃんが戦える姿でついていること。ジガルデの存在を誇示しておいた方が、万一偶然敵に遭遇することがあっても、下っ端ならば黙ってUターンすることも期待できる上、もし反対に襲われてもフォルムチェンジへのタイムラグがない状態の方が迎撃しやすいためだ。

「あら、ユリーカちゃんお出かけ?」
 ▼ 166 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:06:49 ID:J.ZsGOLw [10/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 通りすがりに声をかけてきたのはジョーイ。どこのジョーイかはユリーカには分からない。

「こんにちは! お出かけだけど……」

 首を傾げつつ聞いていいかどうか困ってしまう。名前を知っているということは恐らく面識があるジョーイなのだろう。だが、会ったことのある人に、誰かと聞いていいものか。

「あぁ、ごめんなさい。情報共有されてるから私は知ってるけど、初対面よ。初めまして、トキワシティのジョーイです」
「そっか! 初めまして!」
「それとアドバイス! 私達ジョーイとジュンサーさん達なら、会ったことあっても誰か聞いていいのよ。だって私達だってお互いの見分けつかないもの」
「そーなの!?」
「デネネッ!?」
「グルル……」

 恐らく用事がある方向が同じなのだろう、隣を歩きながらクスクスと笑うジョーイにユリーカとデデンネは驚き、プニちゃんも少し微妙な気持ちというような反応を示す。

「えぇ、タケシ君に見分け方教えてほしいぐらい」

 ジョーイ曰く、ジョーイとジュンサー一人一人の区別が一目でつくのは恐らく彼だけだろうとのことだ。そしてはぁ、と溜息を吐きながら、
 ▼ 167 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:07:52 ID:J.ZsGOLw [11/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「次のドクターとジョーイ達が集まる大きな会議の進行役兼書記は絶対タケシ君一択ね。ドクターはまだしもジョーイが多く集まると誰が何を言ったのかを誰も把握できないもの」
「うわぁ、大変そう……」
「デネェ……」
「グルゥ……」

 ポケモンは同じ種族だと一部の例外を除き基本みんな同じ見た目だが、そもそも会議の場で誰が何を言ったかをきちんと整理する、という機会がない。だが人間と共に生きるポケモンは、人間社会のこともある程度は分かる。人間社会でみんな同じ顔であるがために起こる弊害を想像すると、物凄く大変そうだと、デデンネもプニちゃんもしみじみと思うのだった。
 そうして時に微妙な心地に、時には和やかに談笑しつつ、一つの路地でユリーカ達とジョーイは別れて数刻。

「狭い路地の前を通るときは要注意…………あ」
「あ」

 自衛の一つとして、ユリーカ達は大通りを必ず通るようにしていた。その上で狭い路地が面している箇所では、敵が密かに蠢いている可能性を考慮し、細心の注意を払っていた。注意の過程で敵の一員と思いっきり目があってしまうのは流石に予想外だったが。

「チッ、いけ、バンギラス!」
「ゴルバット、いけ!」
「プニちゃんはグランドフォース、デデンネはほっぺすりすり!」

 マグマ団の制服だが、すぐさま攻撃をしかけてきたということはフューチャー団のマグマ班に染まった者達と見て間違いない。集まった情報の整理などの雑用をこなす過程できちんと敵のポケモンの情報も把握しているユリーカ達なら、プニちゃんの力も相まって下っ端程度の相手であれば十分戦える。
 ▼ 168 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:08:23 ID:J.ZsGOLw [12/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「くっそぉ、マルマイン、だいばくはつ!!」
「……!」

 悪足掻きの一発だったのだろう。マルマインの捨て身の一撃はユリーカ達にとって予想外で、回避したプニちゃんの背中から風圧で吹き飛ばされる。

「ユリーカ!!」

 プニちゃんがテレパシーで叫ぶ。土煙が晴れるとその先では。

「っふー、あぶないあぶない」

 兄とは似ない優れた運動神経でもってきちんと着地していたユリーカの姿。無事な彼女の様子と、上手くプニちゃんの足にしがみついて難を逃れていたデデンネの姿も確認してほっとしたその一瞬の隙。

「メロエッタ、サイコキネシス」
「――」

 逃げようとした敵の者達だったが、突如現れたフードを外した白い少女がメロエッタを使役し一斉に拘束した。

「あ、あなたは……」
「大丈夫、下がって」
 ▼ 169 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:09:01 ID:J.ZsGOLw [13/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ケンジのスケッチ通りの容姿に意思の薄い瞳と、聞いていた通りの洗脳されたメロエッタ。けれどユリーカは、彼女を悪人とは思えなかった。だって、確かに意思は薄いように感じるが、それでも、

(――どうして、こんなに暖かい人が……)

 彼女が発した大丈夫にはとても安心感があった。それにメロエッタによりしっかりと敵は拘束され、敵のポケモン達もサイコキネシスで強制的にボールに戻されてまでいるのに、ユリーカをしっかりと庇える位置をキープしているのだ。

「ユリーカ、デデンネ、プニちゃん! 大丈夫!?」
「ウォオンッ」
「お兄ちゃん、レントラー……!」
「デネェ……!」
「無事ではある、が……」

 そこに駆けつけたのはレントラーの背に乗ったシトロン。プニちゃんがテレパシーで示す、ユリーカを庇う位置にいる白い少女にシトロンは目を瞠る。

「……! まずは、ユリーカを庇ってくれてありがとうございます」

 洗脳されているメロエッタについて、言いたいことはあった。だが、妹を庇ってくれていたのも確かな事実だと判断できたから。
 ▼ 170 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:09:23 ID:J.ZsGOLw [14/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ひとまずレントラー、エレキフィールドで彼らを痺れさせてください」
「ウオンッ」
「ギャッ!?」
「くぅっ!」

 敵が痺れて動けなくなったことを確認した少女はメロエッタに命じてサイコキネシスを解かせる。そうして横槍の可能性を完全に潰した上で、シトロンは尋ねる。

「それで――貴女はなぜ、メロエッタに洗脳を?」

 その瞳は妹に向ける兄の顔でも、妹の恩人に対するものでもない。一人のジムリーダーとして、厳正な対応を責務とする者としてのものだった。

「…………」

 彼女が口を開きかけた、そのとき。

「ピジョオォオッ!」

 上空で待機していたのだろう。ピジョットが彼女を息もつかせぬ素早さで連れ去ってしまった。

「っ、逃げられましたか……」
 ▼ 171 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:10:42 ID:J.ZsGOLw [15/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 自警団ソラから見た戦況はとても順調だった。ミチーナではウララとハーリーが姑息に罠を張りどちらが悪か分からないような高笑いをして、参戦していたフードを外した白い少女が反応薄くも地味にドン引きしていたり。白い少女は現れなかったが、シゲルとシューティー、そして再起したシンジがハテノの森で無双したり。フューチャー団の最終的な目的が判明しなくとも、彼らが伝説系統のポケモン達を狙い失敗し続けている以上、優勢は明らか。

「N、これまでご苦労でした」
「ゲーチス……?」

 ニヤリと笑みを浮かべるゲーチスは全く追い込まれているように見えない。それに彼は今、まるでNを切り捨てるかのような言葉を放っていた。

「人の世に絶望して戻ってきた、などという戯言をこの私が本気で信じていたとでも?」
「――ならば、なぜ?」

 Nは一瞬で警戒を身に纏う。彼の智略の厄介さは自らの人生そのもので証明されている。ならばもしかしたら、自分がスパイとして潜り込んでいることだけでなく、彼らの劣勢すら彼の策の内なのでは、

「貴方は実によく向こうに情報を流してくれていました。――おかげで方針転換後の計画は非常に順調でしたよ」

 あちらに戻って伝えなさい。――まずは世界への見せしめとして、世界中に中継しながら堂々と決闘をしかけてあげます、と。
 ▼ 172 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:11:31 ID:J.ZsGOLw [16/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 そもそもフューチャー団は伝説のポケモン達の捕縛と洗脳を狙ってはいたが、自警団ソラの結成やフードの女などの存在や、現れない伝説のポケモンなどの様々な状況を鑑みて早急に方針転換を行っていたらしい。

「方針転換後のフューチャー団の目的は、命が、心があるポケモンではなく、反逆されるリスクのない機械兵器での支配だそうだ」

 そしてそのためのエネルギー自体は最初の博物館の襲撃で得ていたこんごうだまとしらたまで充分補える。それでもなお、失敗する戦力差で、否、成功しても大した意味のない伝説にまつわる地への襲撃を繰り返していたかというと。

「君たちの戦闘データを集め、利用すること。それが彼らの襲撃の本当の目的だったんだ」

 Nの報告に、臨時の所属先である国際警察の者は頭を抱えたそうだ。
 だが実際に戦闘を担う若きトレーナー達は違う。正々堂々ではないだろうが、見せしめという目的なら力勝負の戦闘が主となるだろう。それは寧ろ、

「ハッ、好都合でしかないな」

 シンジが鼻で嘲笑う。

「同感だね、真っ向から叩き潰すのは寧ろこっち側の得意分野だ」

 シゲルがニヤリと脚を組む。

「見せしめという目的上、敵にとって正面突破は必須事項だ。闇討ちができないやり方を選んだのは彼らのミスだね」

 シューティーがクスリと優位を示す。

 決戦はもうすぐ。場所は、セキエイ高原だ。
 ▼ 173 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:12:22 ID:J.ZsGOLw [17/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 決戦の日、セキエイ高原のフィールドにて。自警団ソラの面々とフューチャー団の者達が向かい合う中、彼女もまた戦場に降り立った。

「来たわね、元フード女」

 ハーリーの苦々しい呟きにも動じず、白い少女は相変わらず意思の薄い瞳で洗脳状態のメロエッタを従えている。

「さあ、とっとと始めようか! 蹴散らせ機械共!」
「貴方達には我々の礎となっていただきます」

 アオギリの獰猛な笑みと、ゲーチスの酷薄な笑みが揃う。足並み揃えたように見せかけて、冷たく笑ったマツブサは――、

「では我々も手筈通りに、裏切らせてもらいます」
「全員、一斉にまもる!」

 ホムラの指示で下っ端達により繰り出されたポケモン達が、一斉に張った防御で初撃は防いだ。

「なに!?」
「貴様ら、何を……!」
「残念だが、彼らは元よりこちら側だ」

 動揺する敵に、ワタルは無情に告げる。厳密には初めから協力していたわけではなく、途中から協力的な意思を把握したのだが、フューチャー団としては些細な違いだろう。そして、
 ▼ 174 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:13:04 ID:J.ZsGOLw [18/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「バシャーモ、ブレイズキック!」
「ポッチャマ、バブルこうせん!」
「ラルトス、ねんりき!」

 熱して、冷やして、壊す。

「ギャラドス、かえんほうしゃ!」
「ヌマクロー、みずでっぽう!」
「ストライク、きりさく!」

 熱して、冷やして、壊す。

 嘗てロケット団のさんにんぐみに日参ペースで襲撃され撃退していた面々にとって、それぞれの技専用に特化した対策もないただ強力なだけの機械など大したものではなかった。
 そしてそれは機械を壊し慣れている面々だけではない。

「ブラッキー、サイコキネシス」
「エレキブル、かみなりだ」
「ジャローダ、ソーラービーム」

 純粋に強いトレーナー達にとって、この程度の敵など強力な一手でごり押しするだけで充分だった。
 機械仕掛けの敵の数も多かったが、多くのトレーナー達が、コーディネーター達がここには集まっている。数は多少自警団ソラの方が少ないが、スタミナ切れになるほどの差ではない。戦力の質で充分な程度の数の差しかなかった。

「メロエッタ、ハイパーボイス」

 そうして最後の敵の機械が崩れ落ちた。
 
 長引いた社会不安や多くの襲撃の割に、決着はあっけないものだった。
 ▼ 175 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:13:41 ID:J.ZsGOLw [19/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 フューチャー団の者達が逮捕され、あとは謎の白い少女のことだけだとなったそのときだった。突然力を失ったかのように崩れ落ちた者が、一人いた。

「シゲル!?」
「大丈夫? どこか怪我でも……!」

 崩れ落ちた彼、シゲルは無双していたように見えたが、もしかして途中で何かあったのだろうかと駆け寄る面々。だが彼はゆるりと手を振って。

「いや、大丈夫。ただ……笑いを堪えるのってすっごいしんどいねえ……」
「はあ……?」
「笑い……?」

 一体どこに笑うような状況があったのか、誰もが疑問符を浮かべている中。シゲルだけはもう堪える必要のないとばかりにクスクスと笑いを零しながら白い少女に向かって歩いて行って。
 そうして彼女の前に立って、笑い疲れなど感じさせまいと少し嫌味に笑う。

「まったく、状況が状況だったから堪えていたけどね、明日は顔面筋肉痛確実だよ。どうしてくれるんだい?」

 ――サートシくん?
 ▼ 176 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:14:30 ID:J.ZsGOLw [20/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「――――!?」
「うそ……!?」
「サトシ……!?」

 彼女――否、彼は黙ったまま一つのボールを手に取りポンと放る。出てきたのは、ノーマルとひこうのタイプである――、

「フォルルル」

――強力なエスパー能力を持つ、ヨルノズク。

 彼の目が青く輝いた直後、彼の意思の薄い瞳は輝きを取り戻しメロエッタの洗脳状態も解除された。
そうして豊かなバストと思われていた所がもぞもぞと動き、襟元から黄色い頭がぴょこり。

「チャァー」
「久しぶり、みんな!」
「ロメッ!」

 聴きたいことはたくさんあった。なぜメロエッタを洗脳していたのか、そもそもなぜ行方をくらませていたのか、だがそれよりも――、

「ピカチュウの!! 隠し方!!」

 まさかのまさか過ぎて唖然騒然だった。
 ▼ 177 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:15:40 ID:J.ZsGOLw [21/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 そもそもの話、サトシは一年前の時点であるポケモンを通じて自分と自分に縁ある伝説のポケモン達が狙われていることは知っていたのだ。そうして姿を隠しつつ保護してまわっていたところで自警団ソラの発足を街中の街頭テレビで知り、サポートするべく姿を現していたらしい。

「メロエッタの洗脳は、サトシだってバレないためのカモフラージュとしてメロエッタが考えた作戦でしゅ。メロエッタほんにんがいいって言ったんだからとやかく言われる筋合いはないでしゅ」

 マサトが気にしていた青い髪飾りは、反転世界へ通じる出入口として渡されたものだそうだ。そこから現れたシェイミが生意気な話しぶりで一蹴する。

「確かに、サトシの女装が凄いって知ってる俺達も洗脳してるってことでサトシである可能性が頭からなくなってたな……」

 タケシの言葉に、カスミとハルカとアイリスが頷いた。そしてサトシにも軽く暗示がかかっていたのは本人がボロを出すことを防ぐための、落ち着きやすくする程度のものらしい。

「私がボールに収まったのも、暗示ではなく単に彼が名乗ったため、信じて任せただけさ」

 そうルギアが微笑んだ。だがシュウはひとつ、納得できないことがあった。

「じゃあなんで君はラルースシティで機械の電源いきなり落とすなんて暴挙働いたんだい?」
「え!? あれ駄目だったのか!?」
「駄目に決まってるだろう!?」

 だがこれに関してはサトシと旅をした面々については納得している。あの暴挙は単純に機械音痴ゆえの所業だったのだ。
 そしてケンジのスケッチブックを、絵を見ただけで本人に迷いなく届けられたことも。情報を全て集められていたのではなく、元々知っている仲間内の人間だったためのことだった。

 終わってみれば結局、大したことなかったのだ。
 ▼ 178 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:16:28 ID:J.ZsGOLw [22/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 答え合わせが終わって、ワイワイと賑やかな面々から一歩離れたところでサトシとピカチュウはそっと呟く。

「ありがとう、ダークライ」
「ピカチュ」
「…………」

 彼らの陰が揺らめき、一年前――サトシが姿を消す前日に彼の元に知らせに来てくれたダークライが姿を現した。

「…………いいのか」

 僅かに気遣うような空気を感じて、けれどためらいなく頷く。

「これは、さんにんだけの秘密でいい」

 ダークライは一年前、悪夢を通じて教えてくれた。自分の無事を信じて戦っていたみんなの、最後の決戦のとき。とっくのとうに物言わぬ骸になっていた自分とピカチュウの躰が放り投げられ、失意の中で蹂躙されてゆく仲間達の姿。それが、サトシが徹底的に姿を隠していた理由。

「だってあれは、もう絶対にこない未来だから」
「ピッカ!」

 だから決して訪れることのない最悪のイフは、さんにんだけの内緒話。

 サトシとピカチュウは一年前と変わらぬ笑顔で、仲間達のもとに戻っていった。
 ▼ 179 NIV2AxL4Mg 23/10/12 17:16:54 ID:J.ZsGOLw [23/23] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
よし、終わりです!
 ▼ 180 ンプク@はつでんしょキー 23/10/12 17:53:02 ID:K2RY4lZ. NGネーム登録 NGID登録 報告

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