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SS

【SS】指先にかける夢の続きで会いましょう

 ▼ 1 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/09 15:30:28 ID:tG2oZELA [1/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あの子が夢を叶え、そして私の夢が終わったあの日のことは、今でも鮮明に覚えている。

少女の両手のひらの中にある小さなボールに、伝説のポケモンが静かに収まっているのを見た時、悔しさは少しも覚えなかった。ただ、「ああ、やっぱり」という納得が私の心の中を占めていた。
きっとこういう日が来るのだと、少女に初めて戦ったあの日から、私は薄々感づいていた。だからだろうか、恨みや嫉妬の感情は少しも湧かなかった。
ただほんの少し、寂しい気持ちがあるだけ。

「こんな素晴らしい戦いを見たのは初めてだ!感動したよ」

スイクンもすごかったが、クリスもすごかったぜ。
スイクンは、自分の身を預けられるだけの力を持ったトレーナーを選んだというだけだ。クリスがそれだけの力の持ち主であることは、同じ夢を追いかけた旅路を通して、心の底から理解していた。
少女の手をとり、おめでとう、という祝福の言葉を贈ると、少女は罪悪感の色を湛えた、憧れのポケモンによく似た美しい青い瞳で私を見つめたのだった。

「あなたと一緒に、同じ夢が叶えられたらよかったのに」

何のしがらみもなく、同じ夢を語り、同じ夢を見て、最後に二人で心から笑い合えたらよかったのに。
聖なるポケモンに認められた少女の発した一言を、私はただ、否定も肯定も出来ずに、じっと黙って聞いていた。
 ▼ 2 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/09 15:49:49 ID:tG2oZELA [2/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
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彼女に初めて出会ったきっかけも、スイクンだった。
ジョウト地方、エンジュシティの西端にある、古ぼけた建物。『やけたとう』と、地元の人々に呼ばれるその建物に、私…スイクンハンターであるミナキがいたのは、他でもない、長年調査を続けてきたエンジュのホウオウ伝説についての調査のためであった。

屋根が焼け落ちた古い木造建築は、上を向けば剝き出しの青空が見え、下は焼け焦げ雨曝しとなってひどく傷んだ床がギシギシ音を立てる。点々と散らばった瓦礫の多くは焦げて黒く変色し、やってきたものの行く手を阻んでいる。なにせ150年前の落雷で、塔の天井が吹き抜け状態になってしまっているのだ。何も知らない者が見れば単なる廃墟にしか思えないだろうが、私にとっては、憧れのポケモンが生を享けた特別な場所である。

歩く度に音を立てる板張りの床にも、ここに何度も足を運ぶうちにすっかり慣れてしまった。焼け焦げたにおいがするような気がしたが、150年も前に燃えた建物だ。きっと気のせいだろう。150年前の伝説に想いを馳せる自分の感傷が、そう感じさせているだけかもしれない。

一張羅のスーツが汚れるのも構わず、座り込んでそこから天井の穴を見上げる。
天井に丸く切り取られたように見える青空は、普段見る青空と違って少し狭い。
かつて、ここで再生の奇跡を受けた憧れの伝説ポケモンたちも、今の私と同じ景色を見たのだろうか。


「ミナキくーん」


天井の穴から空を見ていると、この街のジムリーダーでありながらやけたとう(本来はカネのとうという名前なのだが)の管理も行う古き友人……マツバが、声をかけてくる。伝説の詳細を調査するために資料を提供してもらったり、同じく伝説を待ち続ける者として熱い議論を交わしたり、良き友人である。今こうしてやけたとうに入って遠慮なく調査を行えるのも、この友人のおかげなのである。


「なにか成果は得られたかい?」


マツバの問いかけに、私は無言で首を横に振る。ここには何度も足を運んでいるが、毎回芳しい成果は得られていない。なにせ火災のせいでほとんど焼失してしまっている上、伝説の出来事からは150年以上も経っているのだ。スイクンをはじめ、伝説の三聖獣について、めぼしい情報はほとんど得られない。この塔にスイクンがいるという話を聞いて、改めてこの塔を訪れた訳だが、一体どこにいるのやら。

天井に開いた大きな穴から青空を仰ぎ見ながら、小さく息を吐く。
めぼしい手がかりは片っ端から当たっているが、細かな差異はあれどそのどれもがおとぎ話程度の曖昧さしかなく、スイクンへ至るための決定的な手がかりとは言えないものばかり。長年追い求め続けているにも関わらず、ちらりともスイクンの姿を見られたことすらない。


「なかなか一筋縄ではいかないね」


「ああ……まあ、当然ではあるだろう。伝説を追うとはそういうことだ」


マツバが少々がっかりしたように肩をすくめた。相手は伝説。簡単に手の届く存在ではないことは分かりきっている。それでも、なんでもいいから、この停滞した状況をひっくり返す何かが欲しくて、私はここに来たのだった。まあ、結局これといった手がかりは得られそうにないが。
 ▼ 3 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/09 16:23:58 ID:tG2oZELA [3/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「やけたとうにスイクンたちがいるという噂はデマだったのだろうか……」


「う〜ん、どうなんだろう。伝説ではジョウト中を駆け回っているとされているし、ひとところに留まるなんてことがあるのかわからないけど……」


マツバはヘアバンドをずり上げながら天井の穴の方を見つめる。
天井の穴越しに空を見ながらマツバと話していたときだった。ギィ、と床のきしむ音に振り向くと、一人の少女がきょろきょろと見回しながら、おっかなびっくりと塔の中へ入ってきたのが目に入った。
二つに結んだ青い髪が特徴的な少女だ。傍らに小柄な火ネズミポケモンを連れて入ってきた少女は、何かを探すように辺りを見回している。
天井に開いた穴から差し込む光にまぶしそうに目を細めた少女の様子をなんとなく眺めていると、床板が腐ってできた穴に足を取られ、少女がバランスを崩した。


「わっ」


「大丈夫か?」


膝をついた少女の元に駆け寄り、さっと手を差し伸べると、少女は「ありがとうございます」と言って立ち上がり、膝を軽く払った。心配そうに見つめる傍らのポケモンを一撫ですると、こちらに向き直り改めて頭を下げた。
見たところ10歳かそこらの子供なのに、ずいぶんとしっかりしているものだ。そういえば、私がスイクンを追いかけて旅を始めたのも、この子くらいの年頃だっただろうか。


「わたしはスイクンというポケモンを求めて旅をしているミナキというものだ。きみは?」


縦に大きく開いた瞳は青く澄んだ色をしていて、目の前の景色を鏡のように映しこむ。子供のころに祖父に読んでもらった絵本で見たスイクンの、水晶のような角に少し似ている、と思った。


「クリス、です」


「クリスというのか、よろしく」


握手のため掌を差し出すと、クリスは遠慮がちに握手を返した。不思議そうに首を傾げて、青い二つ結びがゆらりと揺れる。少々自己紹介がいきなりすぎただろうか。目の前に立つ青い髪の少女の中に、なんとなくスイクンの面影を見出して、つい自分のことを語らずにいられなかったのだ。
 ▼ 4 クロー@ながながこやし 25/09/09 19:01:12 ID:DQrwkz82 NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アフターエポックスの歌詞がタイトルなの良いね
ミナキ好きだから期待
 ▼ 5 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/09 22:29:52 ID:HOvkwIUc [1/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「ええと…ジムリーダーの人ですか?」


どうやら、マツバのことを探してここへやってきたらしい。


「マツバのことならそこにいるぜ。チャレンジャーかい?」


「ええ。ここにいるって聞いて」


傍らのポケモンを見ると、クリスの足に頭をこすりつけながら、不思議そうに私の方を見ている。よく懐いているし、しっかりしつけもされているようだ。
この様子ならマツバともいい勝負をするだろう。


「すぐマツバにジムに戻るように伝えよう。おーい、マツバ……」


「あ、いいんです!そんな急ぎじゃないですし」


天井の穴を見ながら考え事をしているマツバの背に声を掛けようとしたら、慌てたように止められた。


「ジムに挑戦する前に、一回ここを探検してみたいんです」


好奇心できらっと輝いた瞳が、塔の内部、古ぼけた内装に向けられた。
傍らのポケモンも、彼女の気持ちが移ったのか、小さく鳴き声を上げて背中からほんの少し火の粉を散らした。
好奇心たっぷり、冒険心が抑えられないと言わんばかりの目に、スイクンをひたすら追いかけた子供のころの自分の姿が重なって、ふと口角が上がった。目に映る何もかもが新鮮に見えて、純粋にスイクンを追いかけていた子供のころの自分の気持ちが胸の中に蘇る。


「それなら、好きにするといい。もし、スイクンというポケモンにまつわるものを見つけたら私に教えてくれ」


クリスはこくんと頷くと、ポケモンと連れ立って奥の方へと歩いて行った。
私も頑張らなくては。クリスを見ていると、子供のころの闇雲にスイクンを追いかけたころの気持ちがよみがえり、改めてスイクンを探すための気力がわいてきた。
 ▼ 6 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/09 22:33:33 ID:HOvkwIUc [2/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

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クリスという少女と別れて数刻経ったころだろうか。
突然ズン、と地鳴りがして、地面が揺れた。
壊れかけのやけたとう全体が揺さぶられ、壁の一部が崩れる。
あまりにいきなりの揺れに、バランスが取れずつい尻もちをついた。


「ミナキくん!大丈夫?」


揺れが収まり、尻餅をついた私に、マツバが駆け寄ってくる。
マツバはきょろきょろ周囲を見回しながら、「地震?」と首を傾げて、私の手をとり立ち上がらせる。


「ミナキくん、一度外に出て安全な場所に行こう。ここは古いし崩れたら危ない」


マツバの言うことももっともである。
しかし、私の頭の片隅には、先ほど言葉を交わした少女のことがこびりついていた。


「さっき、一人奥に入っていった女の子……彼女は大丈夫だろうか」


「……僕たち以外に中にいた人たちのことは気がかりかもしれないけど……今は僕ら自身の安全を確保しなくちゃ」


「だが……」


どうしても、彼女の無事が気になって、つい視線を奥の方に向けてしまう。先ほど少し会話した程度にも関わらず、妙に心にのしかかっている。
奥の方を気にする私の手を、マツバが困惑したように引く。お人好しな友人も、人が奥に残されているかもしれないのは心配じゃない訳ではないだろうが、命あっての物種、自分たちの安全を先に確保するべきと判断したのだろう。掴まれている手に力がこもったのが分かって、しぶしぶ私は足を踏み出す。
 ▼ 7 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/09 22:34:36 ID:HOvkwIUc [3/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

そのとき、さっと私たちの横をかすめて、燃えるように赤い髪をした少年が通り過ぎた。


「あ、ちょっと!きみ!」


マツバが声をかける。無視して進もうとした少年の腕を、マツバが掴む。
しぶしぶといった具合に振り向いた少年に、マツバが尋ねる。


「きみ、さっき奥の方から戻ってきただろう?他に取り残されている人を見かけていたら教えてくれないか」


「ああ……ひとり、ドジなやつが穴ぼこに落ちてったぜ」


少年はフン、と鼻で笑った。
笑い事じゃない、とマツバが叱責すると、少年は小さくため息をついてじろりとマツバを睨んだ。


「地震の時に開いた穴にあいつがドジって勝手に落ちたんだよ。クリスのやつ、オレを負かしたからバチが当たったんだ、きっと」


「なんだって?」


マツバと私の声が重なる。
赤い髪の少年は「もういいだろ」と吐き捨て、マツバの手を振り払いさっさと出て行ってしまう。取り残された私とマツバは、顔を見合わせた。

あの子が穴に落ちた?この揺れで?穴って、どこに開いたんだ?
いや、それよりも……床に開いた穴なんて、一体どこに繋がっているんだ?


「ミナキくん!」


気が付くと、マツバの手を振り払って奥へ向かって走り出していた。
穴。床に開いた穴。そこから、床下に行くことが出来たなら。
ずっとこのやけたとうでスイクンを探していたが、地下の存在は完全に盲点だった。
地震で崩れた瓦礫の山から、適当な板切れを持ち出して、焼け焦げ朽ちかけた床めがけて突き立てると、いとも簡単に床の一部が壊れ、暗い穴が空いた。


「……なるほどな」


道理で、地上を探してもスイクンが見つからないわけだ。
床下の空間というには深く、底が霞んで見づらい穴を見つめて、私は胸の高鳴りを押さえられなかった。
調査用に携帯していたロープを近くの柱に結び付け、穴の中に垂らす。それを足掛かりにして、私は地下へと降りて行った。
 ▼ 8 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/14 21:57:43 ID:1TrUp8m6 [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
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やけたとうの地下は、空が丸見えで明るかった地上と違って薄暗くじめじめとしていた。
光源は先ほど私が開けた穴から差し込む光くらいのもので、想像以上に広かった塔の地下ではあまりに細く頼りない。
一寸先の足元すら見えづらい暗闇の中で、ぼんやり何かが光っている。


「なんだ……?」


目を凝らしてみると、うっすらぼんやり光るその何かは、三つ動いているのが分かる。
その三つの光のすぐそばに、先ほどの少女が……クリスが立っていた。


「クリス」


声を掛けようと一歩踏み出したとき、気が付いた。
いつか、何かの資料で見た、伝説の三体のポケモン。クリスのすぐそばにある光の主が、そのポケモンたちと同じ形をしていることに。


「……!」


気づいた瞬間、その神々しい姿に、息をするのも忘れた。
ライコウの体が金色の稲妻のように鋭い光を発していることに、エンテイの体が燃え上がる炎のように赤い光を発していることに、そして……スイクンが、ホウオウに最も近い眷属と言われるスイクンが、オーロラのように柔らかな光を発していることに、何か神性のようなものを感じて、金縛りにあったように体が動かなくなった。

エンテイとライコウは、一瞬互いに顔を見合わせると、そのたくましい足で大地を蹴って、すごい速度で私のすぐ真横を駆け抜けた。と思えば、先ほど感じた私を威圧するような強い気配はもう気配はなくなり、振り向いたがもうそこに二体の姿はなくなっていた。


「……!ス、スイクンは」


すぐ脇を通り抜けた二体の伝説にあっけにとられていたが、一体だけ、去らなかったスイクンのことを思い出して慌てて振り向くと、スイクンはまだ先ほどと同じ場所に大人しく座っていた。

ととっ、とそのほっそりと長い足を踏み鳴らしたかと思うと、スイクンの目の前にたつ青い髪の少女……クリスの周りを、舞い踊るように飛び跳ねた。


その仕草の優美なことと言ったら。
さらさらのたてがみがオーロラのようにゆったりなびき、白く長い尾はクリスの周りの空気を撫でるように動く。
丁度、エンジュにいる舞妓たちが舞い踊る姿に似ている。そういえば、舞妓たちが舞うのも伝説ポケモンと関係性があるとマツバに聞いた覚えがあったが、確かによく似た気品を湛えている。

スイクンは、くるくるとクリスのすぐそばを飛び跳ねたかと思うと、興味深そうにクリスの顔を覗き込んで……エンテイとライコウと同じように、さっと身を翻して走り去った。
北風の如く、たった一瞬、私の頬を掠めるようにしてスイクンが通りぬけた。
スイクンがさると、やけたとうの地下から肌がぴりつくような神聖な空気は消え去り、静寂の暗闇がやってきた。
 ▼ 9 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/14 22:00:52 ID:1TrUp8m6 [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

クリスが振り返る。伝説のポケモンたちのすぐそばに接近した少女は、夢の中にいるようなぽかんと放心した表情をしていた。
ふらふらと数歩歩いてこちらに来た彼女と目が合うと、彼女は、夢から覚めたように数回瞬きをした。


「あ……えっと……ミナキさん」


「ああ。わたしもおりてきてみたら……驚いたぜ!目の前をものすごい勢いでスイクンが駆けていった……」


「やっぱり、あれが……スイクンだったんですね」


クリスが目を見開いて、感嘆したように息を吐く。


「とても……とっても、綺麗でした」


頬が紅潮し、かみしめるように発したその言葉は、伝説のポケモンを目の前にした感動を抑えきれないといったようすだ。
もうすっかり、彼女もスイクンの魅力の虜になってしまったようだ。


「わたしもだ!スイクンをおいかけて10年、ようやく出会うことが出来た……!……感動だぜ!スイクンに会えたのもクリスのおかげだ。ありがとう!」


あの地震で、クリスがここに落ちてこなければ、地下の存在に気付くこともなかっただろう。
それにしても、スイクンは明らかにクリスのことを意識していたが、あれは偶然だったのだろうか。偶然にしては、あまりにタイミングがよすぎるような気もするが……


「また会えるかな……」


「きっと会えるとも。エンジュに伝わる伝説のポケモンは認めた人を近づけて試すと聞いたことがあるぜ」


スイクンに認められていたなら、きみもきっとまた会えるだろうという言葉は飲み込んだ。
私もあわよくばスイクンに認められ、いつかその美しい姿をいつでも間近で見られるようなトレーナーになりたくて、今まで駆け抜けてきたのだ。
下りてきたときに使ったロープを手繰り寄せると、腕の力でよじ登る。ようやく動き出した私の夢。もういてもたってもいられなかった。


「わたしはスイクンを追う。ではクリス、また会おう!さらばだ!」


私はやけたとうの地下から地上へあがると、崩れかけの塔を飛び出し、どこかへ走り去ったスイクンを追いかける。

塔の外に駆け出しながら、胸が熱く滾っていた。
長らく姿すら見られなかった憧れの存在を目にして、バクバク脈打つ心臓が抑えられない。

ああ、ようやく夢が動き出したのだ。
これまでの追跡の日々も、数え切れぬ失望も、全ては今日という瞬間のためにあったのだろう。
この邂逅を決して無駄にするわけにはいかない。

――待っていろ、スイクン。
私は必ず、おまえにふさわしい存在となってみせる。
 ▼ 10 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/18 00:16:00 ID:c0G.uAYw [1/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


✧₊⁺ ⋆⭒˚。˖°.⊹ ࣪✧˖°. ✧₊⁺ ⋆⭒˚。˖°.⊹ ࣪✧˖°. ✧₊⁺ ⋆⭒˚。˖°.⊹ ࣪✧˖°.

海辺の町、タンバシティ。
スイクンの姿を初めて目にしたあの日から二週間ほど経っただろうか。スイクンを本格的に追いかけ始めた私は、ジョウト中の水辺を探し回った末に、海辺のこの町に辿り着いた。
海からの恵みに育まれたこの町は、東側の海の向こうにうずまき島が位置しており、その群島美は割と観光客に人気となっている。

うずまき島はかつてやけたとうに飛来していたルギアというポケモンにも所縁深い地であるとされている。ゆえに、やけたとうで生まれたスイクンがこのあたりに来るのではないか、と推測してこの地を訪れたのであった。

潮風が強く吹き抜け、マントをはためかせる。
海から町に吹き込む生ぬるい風と、照り付ける太陽にじりじり焼かれて吹き出す汗をハンカチで拭う。少し厚着し過ぎたな、と後悔しながら砂浜を歩く。

――その時だった。
生ぬるい潮風の中に、ひやりと冷たい風が混じった。北から吹き下ろす一陣の風が、砂浜を駆け抜け、私のマントを強くはためかせる。


「……この風……」


私は、この風を知っている。
そう、あのとき、初めてやけたとうで、スイクンに出会ったとき。
頬を掠めて駆け抜けたあの風と、全く同じ感覚だ。
風に正面からぶつかるようにして、北の海岸へと走る。一歩踏み出すごとにエナメル靴が砂浜に埋まり、不格好な走り方になったがそんなのはどうでもいいと思った。私の勘が、本能のようなものが、私の求めるものがその先にいると叫んでいた。

海岸の白波が、ざざん、と規則正しく押し寄せる。
遠くにはうずまき島の影が揺らめき、潮の匂いがむせ返るほどに濃い。
陽炎のように揺れる潮風の向こうに、ひときわ澄んだ蒼がきらめく。
ゆったりと白い砂浜に身体を横たえ、太陽の光を受けて光る姿はまるで宝石だ。


「……スイクン!」


息を呑む。
陽炎の見せる幻ではない。
海を渡る風が、確かにその姿の周りだけ冷たく澄みわたり、私の頬を刺す。
私が目を奪われていると、不意にスイクンがゆるりと首を巡らせた。
その視線の先に――ひとりの少女がいた。

海を背に立つ、青い髪の少女。
両の手を胸の前に重ね、ただただ見惚れるようにスイクンを見つめている。
あの日、やけたとうで出会った少女……クリス。
スイクンは立ち上がると、潮騒を蹴って軽やかに跳ねた。
陽の光を受けて、そのたてがみがオーロラのように揺らめく。
そしてまるで舞うように、クリスのすぐそばを回り込み、彼女の瞳を覗き込む。

思わずスイクンの方へ手を伸ばした、その瞬間。
スイクンは風を切り裂くように身を翻し、海の上へと駆け出した。
水面を蹴るたび、飛沫がきらめき、陽光の中に虹のような弧を描く。
その走りはあまりに速く、あまりに美しく、目で追うのがやっとだった。


「……なぜ、逃げる……」


伸ばした手は、虚空を掴んだまま。
目の前に残されたのは潮風と、砂浜に立ち尽くす少女だけだった。
 ▼ 11 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/18 00:32:19 ID:c0G.uAYw [2/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
少女はなおも、スイクンが消えていった海の彼方を見つめていた。
その横顔には、驚きと、抑えきれない喜びが入り混じっている。
まるでスイクンに心を奪われてしまったように放心している。


「……よう、クリス。今の……スイクンじゃなかったか?」


沈黙を破ったのは、思わず口をついて出た私の声だった。


「あ……ミナキさん」


クリスが我に返ったように私を見上げた。
驚いたように幾度か瞬きを繰り返すと、小さく微笑んだ。
最後に会ってからまだ二週間も経っていないのに、少し凛々しくなったような気がする。


「ミナキさんの言ったように……またスイクンに会えました」


「ああ。ちらっとしか見えなかったが、海の上を走っていったように見えたぜ」


クリスはその瞳をきらきらと輝かせて、再び海の向こうを見つめた。
すっかり、スイクンに心酔しているようだ。夢見るような水晶色の瞳は彼女の心の内を素直に映し出す。


「本当に……綺麗でしたね」


「そうだな……スイクンは美しくて凛々しい、しかも物凄い速さで町や道を駆け巡るんだ」


彼女の言葉に同意を示しつつも、胸の奥にざらりとした感覚を覚えた。
前にスイクンと遭遇した時も、そしてついさっきも、スイクンは明らかにクリスに興味を示している。いつだって彼女は私の一歩先で、スイクンに邂逅しているのだ。


「わたしももっと近くでスイクンを見てみたいのだが……」


言ってしまってから、嫌みっぽく聞こえたかもしれないとクリスの方に目をやった。クリスはまだ海の向こうを見つめていて、スイクンの面影を見ていた。聞こえなかったのならいいのだが、とこっそり息をつく。
クリスはまだ海を見つめていたが、やがて静かに口を開いた。


「……私も……スイクンのこともっと知りたい……強くなって、スイクンと戦ってみたい」


その声には迷いがなかった。
私は思わず笑みを浮かべる。だが胸の奥に残るざらりとした感覚は消えない。
嫉妬というには小さな靄のようなその感情を振り払うように、マントを翻し、クリスの方に向き直る。

 ▼ 12 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/18 00:32:53 ID:c0G.uAYw [3/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「……よし」


私はポケットからモンスターボールを抜き出すと、胸の前で構える。
クリスが驚いたように目を瞬かせる。


「トレーナーであるきみと戦ってわたしもスイクンに認めてもらう」


伝説によれば、スイクンは認めた人間を自身に近づけて試すという。
今、スイクンが最も心を許している存在がクリスならば、私も私自身の夢のため、腕試しする必要があるだろう。
今この瞬間に私の胸の内に霞むもやもやを振り払うためにも、自分の力と彼女の力を見ておきたいと思った。

クリスは一瞬戸惑ったようにきょとんとしていたが、瞬き一つするとすぐにその目には闘志が宿った。


「……わかりました。私も、試したいです。」


潮騒がざわめき、砂浜の上に緊張が走る。
互いにモンスターボールを構え、私たちは同時にポンと中空にボールを放った。

赤い閃光が砂浜の上にほとばしり、私の相棒のスリープが飛び出した。私の手持ちは三体。スイクンを追うために人生を共にしてきた同志たちだ。

対してクリスの出したポケモンは、先日やけたとうで出会ったときに連れていた火ネズミポケモン……の、進化系か。しなやかな体毛を逆立てて、首元から炎を吹き出す。気合は十分だ。
私の心臓が高鳴る。クリスの進歩は想像以上だ。


「早速勝負だ!行くぞ、クリス!」


「はい!」


砂浜を吹き抜ける潮風が、まるで試合開始の合図のようにざわめいた。
 ▼ 13 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/20 01:57:35 ID:nP3Qiqxc [1/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

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「がんばれマルマイン!かみなりだ!」

砂浜をジグザグに転げまわり、彼女のポケモンとの距離を一気に詰める。
私の最後の切り札であるマルマインは、その体にたっぷり電気をまとい、一直線に相手のポケモンに突撃していく。
相対する少女は、転がりくるポケモンを待ち構えながら、時機を見極め冷静に指示を放つ。


「ヌオー!たたきつける!」


彼女のポケモンが太いしっぽを私のポケモンにたたきつける。のほほんとした顔から想像つかない威力の技をもろに受けてしまい、私の最後の一体が弾き飛ばされた。


「マルマイン!」


既に気を失い文字通り砂浜に転がったマルマインを見て、愕然とする。
もう私の手持ちは一匹残らず倒されたが、クリスのポケモンはまだ元気そうだ。太い尻尾をゆらりゆらりと揺らして小さくあくびを漏らす。その向こう側に立つ少女は、美しい双眸をまっすぐ私に向け、私が次のポケモンを出すのを待ち構えている。


「……悔しいけど、わたしの負けだ」


そういって、マルマインをモンスターボールに戻すと、クリスに向かってひらひらと掌を振った。降参、の合図だ。


「やったあ!よく頑張ったねっ、ヌオー!」


クリスは無邪気に歓声を上げると、バトル場のポケモンに駆け寄って勢いよく抱き着いた。
水色のポケモンは朗らかに笑ってクリスに身体を擦り付ける。仲睦まじい一人と一体を見ながら、ふう、と息をついて空を見上げた。

 ▼ 14 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/20 01:59:23 ID:nP3Qiqxc [2/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

ヌオーと抱き合うクリスの姿は、勝者特有の偉ぶったような感じはない。仲間と喜びを分かち合う純粋な少女の姿がそこにあった。
力を誇示するためではなく、共に戦い、共に笑い……


「……すごいな……」


口の中で小さく呟く。
悔しい。だが不思議と清々しい。スイクンを巡って私が仕掛けたこの戦いだったが、既に胸中の靄は取り払われていた。

少女は、天才だった。

先鋒のポケモンも、次鋒のポケモンも、バランスよく鍛えられていてレベルが高い。
かといって力技でごり押すようなところもなく、彼女の頭にはタイプ相性や急所の知識が積み重ねられており、的確に弱点を突いてくる。齢10歳かそこらの少女とは思えない知識、判断力。
なによりも……相手を射すくめるような、強い光を放つその双眸。

戦闘中、海からの陽光を受けて宝石のように光る瞳が美しくて、私は一瞬バトル中だということも忘れて見とれてしまった。
彼女の迫力に気圧されて、バトルに心から集中できなかった時点で、私の負けだったのだろう。
ポケモンをモンスターボールに戻すと、クリスがこちらに向かって駆けてくる。


「ありがとうございました!すごく楽しい戦いでした!」


きらきら光る瞳で見上げられて、少し照れる。さっきまでその目には鋭い光が宿っていたというのに、今は人なつっこい子供に様変わりしてしまっている。
差し出された小さな手を取り握手する。その掌は私よりも一回り小さい。


「マツバのジムも突破したのかい」


「はい!次はアサギジムに行こうと思ってたんですけど、ジムリーダーの人が灯台のポケモンのためにジムを開けてて」


そこまで言ってから、クリスは「あ」と小さく声を上げた。
 ▼ 15 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/20 02:00:16 ID:nP3Qiqxc [3/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「いけない、早くデンリュウに薬をもっていってあげなきゃいけないんだった」


なんでも、今アサギシティの灯台に暮らすデンリュウが体調を崩してしまっており、それを治すための特製の薬を、クリスはわざわざこのタンバシティまで取りに来ていたのだという。


「困っている人は見過ごせませんから」


クリスはにこっと笑って、浜辺の向こうに見えるアサギシティの方角を見た。
人のために、ポケモンのために迷わず走っていくその姿勢。

私はようやく気づく。
スイクンが彼女に惹かれるのは、その強さゆえだけではない。
仲間を慈しみ、困っている者に手を差し伸べ、迷いなく前に進むその真っ直ぐさに、北風の化身は心を動かされたのだろう。


「……なるほどな」


スイクンがどうしてクリスの前に現れるのか、その理由が分かったような気がした。
そして、それと同時に脳裏に浮かんだ、いつか訪れるかもしれない自分の夢の結末はそっと胸に押し込める。今はまだ、夢を追いかけていたいのだ。


「ミナキさん?」


「……わたしはスイクンを探す」


小さく呟いて、海の方を見やる。
潮風が頬をかすめるとき、かすかにひんやりとした冷気が混じった気がした。
まるでスイクンが、遠い海の向こうからこちらを見守っているかのようだ。


「お互いスイクンを追いかけていれば、また会うだろうな。それじゃあ、またな!」


さわやかに別れの言葉を告げ、クリスに背を向ける。
振り返らずに歩き出す。
砂浜を吹き抜ける潮風が、どこか心地よく、そしてほんの少しだけ冷たかった。

――スイクンよ。
次におまえが姿を現すとき、私はどこまで迫れるだろうか。
そしてその傍らに、また彼女が立っていたなら……
私はその光景を、きっと悔しいと思いながらも美しいと感じてしまうに違いない。

 ▼ 16 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/20 02:09:45 ID:nP3Qiqxc [4/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

💎*¨*•.,,⋆*💎*¨*•.,,⋆*💎*¨*•.,,⋆*💎*¨*•.,,⋆*💎*¨*•.,,⋆*


鮮やかに澄んだ水色の空が、長年追いかけ続けた憧れのポケモンを連想させる、そんな快晴の夏の日だった。
カンカン照りのエンジュシティを、ひたすら走る。真夏の炎天下、一張羅のスーツと、白いマントをたなびかせ、走る。

スイクンが、スズのとうであの子を待ち構えていると、友人から連絡があったのがほんの30分前だろうか。古き友人は、概要を述べた後、電話口でこう言った。


「行く先を、見届けるんだろう?」


言われなくても、そのつもりだ。
スイクン……私の憧れがどんな選択をするのか。150年も駆け回り続けたスイクンの、人間に対する恐れ―一種の『呪い』を解くのが彼女なら、それを見届けなくてはならない。

それがたとえ、私の長年追い続けた夢が、結実せずに終わることを意味していたとしても。

スズの音の響く小路を駆け抜けて、エンジュ伝説を守る坊主たちが群がる塔の入り口までなんとか辿り着く。坊主たちを押しのけ、彼女がスイクンと相対しているはずの塔の中を覗き込もうとした瞬間。


「お願いバクフーン!!」


「グァァァァ!!」


あの子の相棒のポケモンが咆哮するのが聞こえた。
水晶のようにものを映しこむあの子の澄んだ瞳の、その視線の先には、あの子と私が共に夢見た、美しく凛々しくそして気高い生き物が鎮座している。


「スイクン……」


思わず、息を吞む。
ほっそりと長い四つ足を揃えて座り、藤色の豊かなたてがみをゆらりゆらりとたなびかせる様は、一見穏やかにリラックスしているように見える。
しかしその目は、人間を見定めるような、強い闘志と少しの恐れと好奇心の入り混じった光を放っているように私は感じた。

その深紅の瞳に映っているのは、私ではなく、彼女であったけれど。


「すすい〜!!」


高らかにスイクンが吠える。
と同時に、さあさあと音もなく、霧雨がスズの塔内部で降り注いだ。
スイクンの一鳴きで作り上げられた雨雲が、九重の塔の高い天井を覆い隠すように広がって、屋内にも拘らず雨を降らせているのだ。

 ▼ 17 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/20 02:12:01 ID:nP3Qiqxc [5/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「あまごい……!!かえんぐるまで削るわよ!」


雨粒を振り払うように、彼女は相棒に指示を出す。バクフーンが目にもとまらぬ速度で炎をまとってスイクンに襲い掛かる。スイクンは、素早い身のこなしで飛び上がり、爆炎を軽くかわす。バクフーンから距離を取りつつも、視線と意識はずっと、あの子の方へと向いているのが分かった。


「スイクン……」


思わず呟いた私の声は、降りしきる雨に吸い込まれて消えた。
スイクンは、まるで雨雲を従えているかのように水を操る。今も、スイクンの頭上の雲が白い霧雨となって大地に降り注ぐ。
その中心で、スイクンは優雅に舞っていた。長い尾をゆらりゆらりと揺らし、たてがみから落ちる雫が水晶のように煌めく。

なんて、美しいのだろうか。
技と技のぶつかり合い、軽やかな身のこなし。
人間を恐れ、逃げ回ったという伝説の聖獣が、少女とのポケモンバトルで、とても、とても楽しそうに舞っているように見える。
手を抜いているわけではない、全力の勝負であることは明白だ。立て続けに放たれる技や、指示の声の強い調子がそれを物語る。
スイクンの身体はしなやかに動き、それを水晶の瞳が軽やかに追いかける。

なんて、美しいのだろう
夢の終わりとか、見届けなくてはとか、先ほどまで自分の中にあった感情は、もうはるか彼方遠くへ行ってしまった。
ただ一つだけ、強く、強く心の中にたった一つあるのは、強い感動。ただそれだけ。

 ▼ 18 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/20 02:12:40 ID:nP3Qiqxc [6/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「距離を詰めてバクフーン!ばくれつパンチ!」


スイクンの降らせた雨と、水技のおかげで、彼らの間には水たまりが広がっていた。そこにバクフーンの一撃が叩き込まれる。
スイクンはひらりと身を翻してその攻撃を避けた。が、その瞬間に生じた一瞬の隙を、彼女は逃さない。


「追撃!かみなりパンチ!」


畳みかけるように、彼女の声が飛ぶ。バクフーンの雷を纏った拳が、スイクンの身体に叩き込まれた。
ふらりとスイクンはよろめき、バクフーンから距離を置こうと数歩後ずさったが、うまく体が動かない。

かみなりパンチによるまひ状態。軽やかに塔の内部を舞っていたスイクンは、身体がしびれ、もう動けない。
スイクンが、目の前のバクフーンを、そして、その向こうに立つ少女を見た。
霧雨の降る中で、手にボールを構えた少女と、聖なる水の獣の視線が絡まるのが、外から見ていた私にも、はっきりと分かった。

少女が、手の中の黒いボールをスイクンに投げる。
こつん。優しく投げられたボールがスイクンの額に当たると、二、三度振動してから、かちり、とボールが鳴った。
スッと天井を覆っていた雨雲が消え去り、霧雨がやむ。それはすなわち、雨雲を作り上げたスイクンが、ボールの中に納まった、ということを意味していた。

 ▼ 19 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/25 21:00:49 ID:DrsUxf1U NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「クリス!!」


半分つんのめりながら私は少女の……クリスの元へと駆け寄った。
黒いボールを手に持って、優しく微笑む少女は、こちらに気が付くと目を見開き「ミナキさん」と小声で私の名を呼んだ。
雨に打たれたせいでずぶ濡れになった小さな体が震えていた。寒いのだろうか。風邪をひいてはいけない。そう思って、私は自分のマントを脱ぎ少女の体にかけてやる。


「あの、ミナキさん。私……」


「こんな素晴らしい戦いを見たのは初めてだ!感動したよ」


スイクンもすごかったが、クリスもすごかったぜ。
スイクンは、自分の身を預けられるだけの力を持ったトレーナーを選んだというだけだ。クリスがそれだけの力の持ち主であることは、同じ夢を追いかけた旅路を通して、心の底から理解していた。
少女の手をとり、おめでとう、という祝福の言葉を贈ると、少女は罪悪感の色を湛えた、憧れのポケモンにとてもよく似た美しい青い瞳で私を見つめたのだった。


「あなたと一緒に、同じ夢が叶えられたらよかったのに」


ずぶ濡れの小さな体が震えて、雨粒ではない水滴が少女の頬を濡らした。
小さな身体が、私への罪悪感に震えて、夢を叶えられたことを素直に喜べないのだと分かると、どう声をかけていいのかわからなくなった。少女の小さな頭にやさしく手を置く。


「素晴らしい戦いを見せてくれたきみに感謝するぜ」


逡巡の末、感謝の言葉を口にした。夢が終わったことへの悔しさも、切なさも、溢れるほどにあった。しかしそこに後悔はない。クリスがスイクンの信頼を勝ち得たことが嬉しくもあった。それは紛れもない本心だ。
ただクリスの口にした言葉だけが、私の心に少し影を落とした。
 ▼ 20 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/27 22:42:03 ID:gOREcXwQ [1/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
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「もしもしミナキくん?今どこにいるんだい!ずっと連絡してたのに無視するなんて酷いじゃないか」


ポケギアに並んだ何十件もの不在着信に出ると、思った通り、かつて共に伝説を求めた旧友が開口一番まくし立てた。最後に彼に会ってから約半年、いや、もう少し経ったろうか。スイクンがあの子の元に行ってから長らく会っていなかったから、久々に彼の声を聴いた気がする。普段穏やかな男だが、怒らせると長い。とはいえ電話に出なかった私を心配してのことだから彼の怒りも甘んじて受け入れねばなるまい。


「すまん、電話に出なかったのは悪かった。電波が悪くて……」


「……きみがいろんなところ歩き回ってるのはいつものことだから別に気にしないけどさ。で、今どこにいるんだい」


「アルフの遺跡だ」


キキョウシティの南側。1500年前に造られたというこの古い遺跡の、発掘作業員のための簡素な研究所の一角を間借りして会話をしている旨を伝えると、マツバが不思議そうな声で聴き返す。


「なんでアルフの遺跡に?」


「そりゃあ、スイクンのため以外に何があるというんだ」


「え……でもミナキくん、スイクンはもうあの子のところへ」


「分かっているとも」


スイクンがクリスを選び……そして、各地を駆け回るエンテイとライコウをも手にした彼女が、つい先日、虹色のポケモンを呼び寄せたことは、まだ記憶に新しい。実家のタマムシシティで再会した時にはすでに伝説の三聖獣を皆連れていたのだから驚いたものだ。
そして、そのあと彼女がスズのとうで虹色のポケモンに会うのを見届けた。結局、エンジュに伝わる伝説たちは、みんな私ではなくクリスの元へと行ったのだった。

無論、そのことに対する文句は一つもない。きっと、選ばれるべくして彼女が選ばれたのだろう。


「新しい夢ができたからな」


スイクンが彼女を選んだあの日。
クリスがぽつりと囁いた言葉が、私の新しい夢の原動力となったのだ。


『あなたと一緒に、同じ夢が叶えられたら』


同じ夢を見て、同じ夢を追いかけて、そして同じ夢を叶えたかった。
それは私も同じだった。……私がこれからもスイクンを追い求め続けて、立派なマニアとなってスイクンを探求していければ。スイクンの主としてすぐそばに居続けなくても、せめて笑っていられたら、それで十分なのではないか。
……あの日見た彼女の瞳に焼き付いた罪悪の色が、脳裏に鮮烈に焼き付いたまま離れない。あの子が罪悪感を感じる必要なんて本来はないはずなのだから。

だから、今、夢を叶えて心の底から笑えるために、立派なマニアになるために初心に帰って勉強中というわけだ。
 ▼ 21 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/27 22:45:51 ID:gOREcXwQ [2/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そう語ると、電話口で、マツバがふふっと笑う声がした。


「めげないなあ、ミナキくんは……ぼくも、負けていられないなあ」


「きみだってよくやってると聞いてるぜ」


彼が幾度も修行を重ね待ち続けた夢も、結局私と同じようにクリスのことを選んだ。夢には届かなかったが、マツバは今もやけくそ気味に新しい未来のために修行中だと風のうわさで聞いている。夢が霧散した今も輝かしい未来を求める努力家な面は尊敬に値する。


「で、それが何でアルフの遺跡なんかに?」


「ああ。アルフの遺跡で最近発見されたアンノーンというポケモンが、スイクンを捕まえるための鍵になるんじゃないかと思ってな」


古代文字によく似た姿をしているアンノーン。
ある地域の創世神話にも密接な関係を持つというアンノーンは、まだ生体についてもよくわかっていない、その名の通り未知数なポケモンだ。


「この遺跡の一部で発見された文献に、ホウオウに関わる記述があったらしいんだ。1500年前の遺跡でスイクンとの直接的なつながりはないのかもしれないが……」


かすかな手がかりだとしても、夢のためなら探求する価値はきっとある。
努力が必ずしも報われるとは限らない。けど、夢に向かって歩む姿は素晴らしいのだ。必死に努力した時間は無駄にはならないはずだ。


「そうか……ジジッ……でもザザッ」


ザザザ……とノイズが入り始め、マツバの言葉がぶつ切れになり始める。
このあたりは生息しているポケモンの影響で、電波が悪くなりこのように通話が出来なくなるのは日常茶飯事だ。


「悪い、電波が悪くなってきたみたいだ。切るぜ」


「えっ、ちょっと、待って」


マツバが言葉を最後まで紡ぐよりも先に、ザーー……という砂嵐にかき消されるように電話が切れた。こんな形で電話が切れてしまって、きっと次に会った時は怒られるだろうが、久々に友人の声が聞けて良かった。私はふう、と息をつくと、立ち上がって再び遺跡へと足を踏み入れる。
 ▼ 22 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/27 23:39:50 ID:gOREcXwQ [3/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
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つながりの洞窟を抜けた先にある、遺跡の部屋の一つに足を踏み入れると、不気味な静けさが私を包み込む。
いつぞや、やけたとうの地下でスイクンと対面した時と空気感が似ていると思うのは私のスイクンに対する憧憬がそう思わせているのだろうか。
あるいは、推測の通り、スイクンとこの遺跡に本当に関連性があるのか……

遺跡の小部屋の石壁に刻まれた古代文字は、どれも不気味なほど生きているかのように揺らめいて見える。
耳を澄ませば、形容しがたい不気味な音が奥から響いてくる気がする。会話しているように様々な方向から聞こえるその音を聞いていると、体中が泡立つような、ぞわぞわした不快感に苛まれる。

息を呑み、足早に部屋の中央にある石台に視線を落とす。
ばらばらに散らばった石のかけらが、台の上に乱雑に散らばっている。近づいてみると、かけらの表面には細かな模様が刻まれていて、どうやらひとつに組み上げることができるようだ。
周囲の不気味な雰囲気に少し圧倒されたが、これくらいでくじける訳にはいかない。

石のかけらの一つを手に取ると、ひとつひとつ石の台の上で組み上げていく。
石の欠片に刻まれた模様は、手袋をはめた手でもしっかり触って確認できるほどにはっきりとしており、模様同士を組み合わせていくことはそこまで難しくはない。

ぱち、ぱち……かちり、と音を立て、模様のつながりが見えるように枠にはめ込んでいく。
 ▼ 23 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/27 23:41:26 ID:gOREcXwQ [4/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

パチリ。
最後の一つのかけらをはめ込み、石のパズルが完成した。


「これは……」


完成した石板を、改めてまじまじと見つめ直す。そこに描かれていたのは――見覚えがある、あのポケモンの姿。
そして、横に刻まれた古代の文字が目に入る。


『にじいろに かがやく ハネで おおぞらを じゆうに まう ポケモン』


ホウオウだ。
豪奢な羽根、空を覆うような姿。その伝説の名を、遺跡の石板が確かに物語っている。
150年前、やけたとうにまつわる伝説が生まれたずっと以前から、ホウオウはこの地に関わっていた……?
驚きと期待が入り混じったまま、私はそっと石板の表面をなぞった。


「ホウオウが……この遺跡と関係が……?」


ぽつりと独り言をこぼした、そのときだった。
ピシッ――。


「……ん?」


足元からいやな音がして、ゆっくりと下を見る。
自分が立つ床の石畳に、大きな亀裂が走っている。そして、その亀裂はピシピシと音を立てて広がっていく。そして……

パキャッ。


「おわああああ!!?」


逃げる間もなく、床が崩れ落ちた。重力に従って私は垂直に暗い深淵へと落下していった――。

 ▼ 24 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/28 00:24:15 ID:UIkQ89vo [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「ったた……」


固い石の床に腰を強く打ち付け悶絶する。急に床が壊れるとか聞いていない。うずくまったまま顔だけあげて辺りを見回すと、先ほどよりも幾分広い部屋の中にいた。
先ほどの部屋の地下に当たる場所だろう。いくつかポケモンの姿を模した石像が建てられており、壁には同じように文字のような文様が多く描かれている。

壁に描かれた奇怪な模様のひとつが、ふとこちらを見返したように思え、思わずじっと壁を見つめる。
……ただの石刻みに過ぎないはずなのに。
ぐるりと見回すが、周囲に生き物の影は認められない。それなのに、たくさんの息遣いに囲まれているような、猛烈な視線を感じて息がつまりそうだ。
いくつもの大きな目玉に、じっとりと体中をくまなく見つめられているような……気味が悪い。

腰の痛みも引いてきたので、ゆっくりと立ち上がり、部屋の内部を探索する。
私以外の人間の姿は認められない。観光客はおろか、研究員ひとりいないというのに、体中に突き刺さるような強い視線を感じるのは一体何なのだろうか。


「不気味だな……」


ぽそりと独り言をつぶやいた。そうでもしないとこの不気味な静寂に耐え切れそうになかった。
 ▼ 25 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/28 00:38:24 ID:UIkQ89vo [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「……ラジオでもつければ気が紛れるだろうか」


ふと思い立ち、ポケットの中のポケギアの電源を入れた。ラジオ機能をつけ、適当にチャンネルを合わせて音を鳴らそうと思い立ったのだ。
今やっているのは……ミュージックチャンネルのポケモンマーチか。それは野生のポケモンが近づいてこられると困るな。ここにポケモンがいるかはわからないが。他になにかないだろうかとチャンネルをいじくりまわしていると……


「□▶■――×□▶◎●○」


「う、わっ」


いきなりチャンネル表に表示された『?????』の文字。そして、ラジオから聞こえてくる、何の音か判別しずらい音声に、思わずポケギアごと取りおとした。


「×■×○♦――◎△××――●▶□×♦」


「な、な、なんだ」


鳴り続けるラジオ。人間の言葉ではないなんだかよくわからない音が、床に落ちたポケギアから発せられ続ける。
なんだか不気味で気味が悪い。ずっと聞いていると、全く知らない言語で話しかけられているような恐ろしさと気持ち悪さが同時に襲ってくるような、とにかく訳の分からない音だ。
とにかくこのチャンネルはやめにしよう。
そう思ってポケギアを拾い上げようとしたときだった。


「□●×@!#%」


「う、うわあ!?」


突然、ふわりと壁に張り付いていた文字の一つがはがれて、私の目の前に躍り出た。
壁の文字が動き出して目の前に出てくるという状況に仰天した私は、思わず声を上げて尻もちをつく。


「あ、わ、わ、わ……」


「@*$■◎×○○#¥」


黒い古代文字の形の何かは、ポケギアから流れてくる音とよく似たトーンの音を発しながら、私の方へ迫ってくる。
それも、ひとつではない。
 ▼ 26 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/28 00:39:52 ID:UIkQ89vo [3/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……ラジオでもつければ気が紛れるだろうか」


ふと思い立ち、ポケットの中のポケギアの電源を入れた。ラジオ機能をつけ、適当にチャンネルを合わせて音を鳴らそうと思い立ったのだ。
今やっているのは……ミュージックチャンネルのポケモンマーチか。それは野生のポケモンが近づいてこられると困るな。ここにポケモンがいるかはわからないが。他になにかないだろうかとチャンネルをいじくりまわしていると……


「隱ー縺?――縺励i縺ェ縺??縺ィ――縺昴→縺ョ縺?″繧ゅ?」


「う、わっ」


いきなりチャンネル表に表示された『?????』の文字。そして、ラジオから聞こえてくる、何の音か判別しずらい音声に、思わずポケギアごと取りおとした。


「縺ェ縺九∪?――縺ィ繧ゅ□縺。縺ョ縺翫→――縺昴→縺ョ縺ィ繧ゅ□縺。?」


「な、な、なんだ」


鳴り続けるラジオ。人間の言葉ではないなんだかよくわからない音が、床に落ちたポケギアから発せられ続ける。
なんだか不気味で気味が悪い。ずっと聞いていると、全く知らない言語で話しかけられているような恐ろしさと気持ち悪さが同時に襲ってくるような、とにかく訳の分からない音だ。
とにかくこのチャンネルはやめにしよう。
そう思ってポケギアを拾い上げようとしたときだった。


「縺薙s縺ォ縺。縺ッ縺ィ繧ゅ□縺。」


「う、うわあ!?」


突然、ふわりと壁に張り付いていた文字の一つがはがれて、私の目の前に躍り出た。
壁の文字が動き出して目の前に出てくるという状況に仰天した私は、思わず声を上げて尻もちをつく。


「あ、わ、わ、わ……」


「縺薙s縺ォ縺。縺ッ縺ィ繧ゅ□縺。」


黒い古代文字の形の何かは、ポケギアから流れてくる音とよく似たトーンの音を発しながら、私の方へ迫ってくる。
それも、ひとつではない。
 ▼ 27 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/28 00:40:25 ID:UIkQ89vo [4/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

そう。尻もちをついたまま辺りを見回した私は、自分の周りが、古代文字の何かに取り囲まれているのに気が付いたのだ。
ふわふわと踊るように宙に浮くそれらは、ラジオから流れる謎の音と似た音を発しながら、どんどん私の周りに集結している。


「な、なんだ……ポケモン……なのか?」


「□●×@!#%」


「@*$■◎×○○#¥」


「×□▶◎●○」


私を挟んで、文字のようなそれらは、互いに謎の音を発し続けている。まるで、なにか会話をしているように……
と、そこまで考えたとき、急にそれらの音と、動きがピタリと止まる。かと思うと、なにか号令にかけられたかのように、素早い動きで何か順番を並び替え始める。

あっけにとられて眺めていると、それらは一列に並び終わりピタリと動きを止めた。



WATASITATI ISIKI SATTISURU TIKARAARI SOTO KOBAMU


「……えっ?」


古代文字が目の前にまっすぐ横並びになった状態で、私は意味が分からず首を傾げるしかなかった。
 ▼ 28 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/28 00:42:57 ID:UIkQ89vo [5/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

WATASITATI NEGAIKANAERU TIKARAARI SEKAI TUNAGU


「えっと……」


WATASITATI ANATANONEGAI TUNAGERUTIKARA ARI


なにか、古代文字に似たポケモンたちが目の前に整列していく様を眺めながらも、古代文字の判読が出来ない私は口をぱくぱくさせるしかない。


WATASITATI ANATANONEGAI TUNAGERUTIKARA ARI


KANAERUTIKARAARI ANATANOYUMEKANAERU


そこまで並んだとき、古代文字に似たポケモンたちはまたいきなり、激しく動き始めた。
先ほどとは比べ物にならない早い動きで、整列した状態のまま激しく円を描いて回り始める。台風のようにくるくるくるくると激しい回転をし始めたポケモンたちが、少しずつ、ほのかに発光し始めたのは私の見間違いだろうか。それとも……


「うわっ!?」


突如彼らから発せられた閃光のような光が辺りを包み込む。私はその光に目を覆ったが、目の前が真っ白になり、そのまま意識がとおのいていった……
 ▼ 29 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/28 01:04:44 ID:UIkQ89vo [6/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
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ザザン……ザザン……

打ち寄せる波の音が聞こえたのをきっかけに、意識を取り戻す。
恐る恐る目を開くと、先ほどまでいたはずの遺跡ではなく、見知らぬ砂浜に私は立っていた。


「ここは……?」


訳が分からない。これは夢か?
しかし先ほど床に打ち付けた腰は未だにじんじんと痛んでいるし、波打ち際に押し寄せる波の音があまりにリアルなので、到底夢とは信じがたい。
試しに手の甲を軽くつねってみるが、ちゃんと痛い。

周囲を見渡すがこんな場所は今まで来た覚えがない。さっきまであんなにたくさんいた古代文字のポケモンたちもすっかりいなくなっているし、この砂浜には私が一人で立っているだけだ。


「どういうことだ……?」


訳もわからず、とりあえず海岸線をぼうっと眺めて思案していると。

視界の端を掠めて、なにか、宝石のような透き通った輝きが通り過ぎた。
ほんの、一瞬。砂浜の遥か遠く、海と陸が重なる場所で、何かが息づくように光る。


「……あれは」


考えるよりさきに足が動いた。
あれは。あの美しい、水晶のような影はもしかして。
見間違うはずもない。あの日、私が憧れた存在と同じ輝きが、そこにある。

革靴が砂にとられて埋まるのも構わず駆けた。
駆けて、駆けて、駆け続けて、その続きで……私が叶えたい夢は……!


「はぁ、はぁ、はぁ……」


息が切れ、ズボンのすそが砂まみれになったころ、ようやく私はそれに追いついた。
……見間違いではなかった。

憧れ続けたポケモンがそこにいた。
主人の少女と共にいた。

水色の美しいサテンのドレスを身に着けた少女が、そのポケモンを撫でている。
記憶とは少し違うエメラルドグリーンの髪は、二つ結びをほどいておろされているが、癖の強い髪は外側に強くハネている。
小さな背丈は記憶のままだが、以前の動きやすそうな恰好とは全く違う、美しい装束になっていた。
まるで、スイクンそっくりな……


「……きみは」


少女が振り返る。やけたとうで初めて出会ったときと全く同じ、私の姿を映しこむきれいな瞳がこちらを見た。
 ▼ 30 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/28 01:34:52 ID:UIkQ89vo [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
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「……と、そういう感じで私はこのパシオにやってきたというわけだ」

「へぇー!」


人工島パシオ。巨大なポケモンセンターの一角にあるカフェスペースにて。
きらきらと星を散らすような黒・茶・緑の六つの目に見つめられ、私は一口コーヒーを啜った。
目の前で各々ジュースを飲みながら私がこの島に来る以前の話を聞いていた子供たち……ヒビキとコトネとクリスは、お互いに顔を見合わせてきゃいきゃいと歓声を上げている。
そう。私があの謎の古代文字のようなポケモン……あれらが、当時新発見されたばかりの「アンノーン」だったと知ったのは、こちらに辿り着いてからのことだ。


「アンノーンには、世界を作ったり、捻じ曲げたりする力があるかもしれないって、コウキくん……シンオウの子に聞いたわ」


緑の髪の少女、クリスがヒビキとコトネにそう伝えると、感心したようにうんうんとうなづいた。


「てことは、ミナキさんてやっぱりあたしたちとはちょっと違うジョウトから来たのかな?」


「かもしれないよね!この島ってなんか、いろんなところに繋がっているらしいし……」


コトネの純粋な言葉に、ヒビキが答える。どうもこのパシオという島は、幻のポケモン・フーパの影響やウルトラホールという現象、そして時空の歪みだとかなんとかで、時間や世界線を完全に無視して人が頻繁にやってくることがあるらしいのだ。
つまり、私のような経緯で突如やってくるものも珍しくないのである。
……それって、いろいろ大丈夫なのか?という心配はまあ置いておこう。


「でも珍しいよね。フーパの力でここに来る人は結構いるけど、アンノーンの力で来る人って……」


「……アンノーンたちは、おそらくだが、意図してここに私を連れてきたわけではないと思っているんだ」


同じ夢を見て、同じ夢を叶えて笑える世界。
それがたまたま、このパシオのある世界だったのだろう。
私はポケットからボールを取り出し、やさしくなでた。収まっているのは、追い求め続けた夢の果て。
少し色は違うものの、愛おしく美しい水晶のポケモン。


「夢に向かって駆け抜けた夢の続きで、クリス……きみとまた会えたことを嬉しく思うよ」


記憶の中のクリスは鮮烈な青い髪。
目の前のこのクリスは、エメラルドグリーンの髪。
きっと、世界線が違うから少し違う「クリス」なのだろう。世界が変わった先でも、こうして彼女に出会えて、さらにお互い夢を叶えて笑っていられることが奇跡のようなことだと思うのだ。

クリスは少しきょとんとしていたが、やがてほんのり笑って頷いた。
夢の続き。私はまだまだこれからも歩いていける。コーヒーを飲みながら、私は微笑んだ。


〜fin〜
 ▼ 31 フターエポックス◆VcTdlhWmMY 25/09/28 01:46:54 ID:UIkQ89vo [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
お疲れ様でした。この作品はファイナルラストSS企画にエントリーしています

【SS企画】ポケモンBBS ファイナルラストSS企画 【9/27〆切】

https://pokemonbbs.com/post/read.cgi?no=2381088

仕事がバタついて思ったように執筆できず、締切ギリギリ間に合わせるために思っていた展開とはかなり違う終わり方になってしまいました。(結局締切オーバーしてるし……)
展開を強制路線変更したことでポケマス公式のエピソードラインとの変なズレが発生してしまっていますが緩い目でみてください……
アフターエポックス聞きながら書いたけど要素薄くなっちゃった。BBSが終わる前に一つくらいまともなミナキSS書いとかないと後悔するなと思って書きました。

過去作紹介

クリス「わあ私のスイクンがミナキさんのスイクンの上に乗って腰振ってる!すごい!」

https://pokemonbbs.com/post/read.cgi?no=1967009

シロナ「遂に追い詰めたわ……ウォロさん」ギラティナ「ビシャーン!」ウォロ「おのれ……」

https://pokemonbbs.com/post/read.cgi?no=2142910

【SS】青色なキミとぼくの夢の話

https://pokemonbbs.com/post/read.cgi?no=1984056
 ▼ 32 ロリンガ@だいすきメール 25/10/07 00:50:50 ID:/uN6/YIA NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
乙!
めっちゃ面白かった
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