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SS

【SS】蟻地獄は青い空に恋焦がれる

 ▼ 1 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:45:22 ID:zMfQ.zeU [1/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

フライゴン。しなやかな羽で砂漠の空を舞う精霊ポケモン。

母となったフライゴンは、常に卵を腕に抱いて過ごします。

羽をはばたかせて砂嵐を起こし、外敵から卵を守るのです。



フライゴンの羽音はまるで女性の歌声のよう。

時折、それに魅せられたポケモンを捕食します。



フライゴンの子供は母の腕に抱かれ、羽音が奏でる子守唄を聴きながら、ゆっくりと孵化までの時を過ごすのです。
 ▼ 16 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:58:35 ID:zMfQ.zeU [2/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「……どこにもいないように見えるけど?」



その言葉を真に受けて辺りを見回すが、そこにあるのは当然流砂の壁だけだ。

一応上空を見上げてみるものの、時折サラサラと砂粒が落ちてくるだけで何者の気配も存在しない。


頭の隅で、まさか、と微かに冷たい予感がよぎる。



「ここにいるよ。ほら、おかあさんだよ」



ナックラーは親しみを込めた声でその台詞を繰り返した。


……物言わぬ砂の壁に向かって。
 ▼ 17 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 20:59:34 ID:zMfQ.zeU [3/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

このナックラーが母親を亡くした孤児であるということは、ほんのいつくかの問いかけだけで判明した。


恐らく、生まれてすぐか生まれる前に、このナックラーの親は命を落としてしまったこと。

その死の間際に残っていた力を全て振り絞ってこの砂地獄を作りだしたこと。

そして、それが自分の子供を守る唯一の術(すべ)だったが故に、外へ出ては行けないという遺言を残したこと。


そんな生い立ちが、幼く拙いナックラ−の話から推測された。



俺は愕然として、急に目の前が暗くなった。

これまで思い描いていた脱出までのビジョンが全て崩れ去り、残ったのは無慈悲な砂の壁と、それを母のように慕い外の世界を怖がる幼子だけだった。
 ▼ 18 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:00:39 ID:zMfQ.zeU [4/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「……」

「……」



俺が黙りこくると、ナックラーは一言も言葉を発しなかった。

砂の流れる音だけが四方から聞こえるこの空間は、なんだか卵の中にいるかのような気分にさせられて酷く不快だった。

しばらくの間、あまりのやるせなさに何も思考できず固まっていたのだが、その間ナックラーはじっと俺を見つめていた。


頭の中に、ふと最初の疑問が蘇る。

この子は何故自分を食らわなかったのだろう。


その答えは既に出ていたのだが、俺は改めて気づかされることになる。



「……きれい」



ナックラーは、ぽつりとそれだけ呟くと再び黙した。
 ▼ 19 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:01:54 ID:zMfQ.zeU [5/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「そんなに珍しいのか?この羽が」



そう言ってくるりと体を回して見せれば、ナックラーは無言のままこくりと頷き顔を紅潮させた。

もしかしてこのナックラーは青い色を見たことがないのか。

俺ははっと気がついて視線を上げると、確かに天井は砂で埋もれていて、地上の様子が殆ど窺えなかった。

これでは砂と暗闇以外のものを見る機会など全く無いだろう。


このナックラーは、生まれてからずっと薄暗い砂の中に一人で過ごしてきたのだ。

そう考えるとと、なんだかこのナックラーが酷く哀れに思えてきた。



「俺の住んでいた場所の話をしようか」



と、気づけば俺は下界の出来事を話し始めていた。
 ▼ 20 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:02:23 ID:zMfQ.zeU [6/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

俺は砂漠の外れにあるオアシスで、同族の群れと一緒に住んでいた。

そこには冷たい泉があり、甘い蜜を貯める花や木陰を作ってくれる大木が群生していて、不毛の砂の大地とは比べ物にならない程住みやすい場所だった。

砂と落ちてくる獲物くらいしか知らないナックラーにそれらを説明するのは簡単ではなかったが、彼女は実に辛抱強く話を理解しようとしていた。


そうして話をしている間に分かったのだが、どうやらこのナックラーは幼子ではないらしい。

確かに話す言葉は拙く極端に語彙が少ないのだが、それは単にこれまでまともに誰かと言葉を交わす機会が無かっただけで、精神は決して幼稚ではなかった。


ナックラーは俺の語る何気ない話を、まるで何代も受け継がれた伝説であるかのように真剣に聞いて、そして子供のように無邪気に喜んでくれた。
 ▼ 21 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:03:07 ID:zMfQ.zeU [7/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

ナックラーの気を引くために少しだけ嘘をついていたのは、群れの仲間達の事だった。

本当は、俺以外の皆の羽は砂漠に舞う砂塵のような模様をしていた。

俺だけが青い色素を持っているのは、一人遠くの地からやって来た母親の血筋のせいなのだ。

母親は元々旅人であり、俺が幼い頃にはよく寝物語としてその旅で巡った各地の出来事を語ってくれた。それが、今の俺のお喋り癖の元となった訳である。


だが、その母が授けてくれた旅の逸話と青い羽は、群れの仲間達の中ではあまり歓迎されなかった。

想像も出来ないような異国の話の数々は大抵が与太話として片付けられ、鮮やかな青い羽の模様は敵の目を引くものだと煙たがられた。

……思わず素性を偽ってしまったのは、少なからず引け目を感じていたからなのかもしれない。


だが、このナックラーには猜疑心というものがなかった。

向けられるものは、純粋な好意と好奇心。


それがなんだか心地良くて、気づけば俺は時も忘れて話を続けていた。
 ▼ 22 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:03:57 ID:zMfQ.zeU [8/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

◇



「ビビヨン」



耳元でそう囁かれて、俺は目を開けた。

薄暗い砂地獄に、こちらをじっとうかがうナックラー。その光景を見て、やはり夢ではなかったのだと落胆する。

どうやら話し込んでいる間に眠ってしまっていたらしい。

今が朝なのか夜なのか、まともに日が差し込まないこの場所ではいまいち判断できない。



「これ、食べれる?」


ナックラーはそう言って何かを差し出した。

見るまでもない、と予測した俺はそれに視線を向けずに返答する。



「悪いけど、俺は木の実や植物しか食べられないんだ」


ナックラーが食べるのは砂地獄に落ちたポケモンだ。草食性の自分には食べることができないし、見るだけで気が滅入ってしまうだろう。



「木の実だよ」



だが、思いもよらぬ言葉が返ってきて、俺は顔を上げる。

するとそこには、確かに木の実が置かれていた。

砂地獄に落ちてくるのは、生き物だけではないということなのだろうか。



……意外と食べ物には困らないのかもしれない。

少々萎れてはいるが、水分を含んだそれを一口齧ると、なんだか希望が湧いてきた。
 ▼ 23 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:05:08 ID:zMfQ.zeU [9/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



「ねえ、もっとききたいな」



食事を終えると、ナックラーは俺に話をせがんできた。

ずっとこの巣穴の中で引きこもっていた彼女にも、外の世界への興味はあるみたいだった。

これは良い兆候だろう。

もし俺の話で彼女の好奇心を膨らませることができたら、この砂地獄の外に出る気になってくれるかもしれない。



「いいぜ。まだまだ話のネタは尽きそうにないしな」



了承すると、ナックラーは期待に満ちた眼差しを向けてきた。

その星のような輝きに少し気恥ずかしさを感じながら、俺は頭の中にある無数の蔵書を紐解いていく。



「さ、どこから話したもんかな……」



世界は広い。

自分が生きた年月とその間に見聞きしたものなんてほんのちっぽけなものだが、それでも一朝一夕に語りつくせる程ではないのだ。
 ▼ 24 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:06:02 ID:zMfQ.zeU [10/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

◇ ◇



俺は昼夜も忘れてナックラーに様々な話を聞かせた。



この砂地獄の外に広がる広大な砂漠の様子や、俺が暮らしていた群れの話。

一番活躍したのは、冒険心の塊みたいな人だった母親の諸国漫遊記であるのは言うまでもないだろう。

とにかく、俺は世界の広大さをナックラーに教えてやりたかった。



「すごいね。そんなところがあるんだ……」



ナックラーは、いつも好奇心に目を輝かせて俺の話に聞き入ってくれた。

そんな様子を見ていると、よく群れの幼い子供たちに話を聞かせてやることがあったな、と昔を思い出して懐かしくなった。

子供というのは非常に純真な生き物で、大人のように何事もすぐ疑ったり軽んじたりしない。

俺はそんな子供たちが好きで、率先して語り部役をしていたのだ。




「ビビヨンのおかあさん、たくさんのぼうけんをして、たのしいお話をいっぱい教えてくれたんだね」



ナックラーはそう言って微笑んだ。

自分の母に心からの賛美を貰ったのは、これが初めてだった。
 ▼ 25 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:07:01 ID:zMfQ.zeU [11/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

◇ ◇



「ビビヨンのおかあさんは、怖くなかったのかな」



いつものように母親の冒険話をしていると、ナックラーは突然ぽつりとそう呟いた。



「どうだろうな。普通なら思うだろうけど、あんなに無鉄砲な人を他に見たことがないからな……」



俺は思わず口ごもった。

実の子供だからこそ、その性質は一番よく知っていた。

俺の母は一つのところに留まることを知らないような、奔放な人だった。

子供がいてもなお冒険心の火を燃やし続けていて、ある日突然ふらっと旅に出てしまうような人だったのだ。


俺は母のことが嫌いではなかったが、母親としては駄目な人だとは思っていた。

母は、俺が幼い頃に旅に出たきり戻ってこなかったのだ。
 ▼ 26 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:07:47 ID:zMfQ.zeU [12/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「実は、俺も旅に出ようとしたことがあるんだ」



俺は自然と話を切り出していた。

あまり人には言いたくない、情けない話なので自然と声が小さくなる。どうせ自分達以外誰もいない空間なのだから意味は無いが、ナックラーは内緒話でも聞くように顔を寄せてくれた。



「いなくなった母ちゃんを探しに行きたくてさ。……でも、結局ダメだった」



数年前。

なんとなく群れでの暮らしが嫌になり、俺は住処を出て母親のように旅に出ようとしたことがあった。

でも、それはオアシスを出て間もない所で終わってしまった。



「怖かったんだよ」



居心地の良い場所を出て、たった一人で果てのない旅をする。

それがとても不安で恐ろしくて、俺はほんの半日で逃げ帰ってしまったのだ。
 ▼ 27 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:08:55 ID:zMfQ.zeU [13/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「笑っちまうだろ。俺はあんな母親を持ちながら、その何分の一の勇気も持ち合わせてないんだ」



吐き捨てるように言い、俺は自嘲気味に笑う。

俺は散々ナックラーにこの住処を出るように勧めているくせに、自分こそが臆病者だったのだ。


だけど、ナックラーは嘲笑ったりしなかった。



「そっか。同じなんだね、わたしたち」



彼女は静かにそう呟いて、砂の壁を見上げていた
 ▼ 28 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:09:51 ID:zMfQ.zeU [14/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

◇ ◇ ◇



母親の冒険談と同じくらい、俺はよく空の話をした。



受ける風の心地良さや、時折吹き荒れる砂嵐の恐ろしさ。

青々とした晴天の眩しさに、砂漠の地平線に沈む夕日の美しさ。

飛び方を教わり、初めて空を舞った日のこと。



始めはそれもナックラーに憧れを抱かせる策の一つのつもりだったが、本当は自分自身が恋しくなっただけなのだと思う。


自由な空が恋しくなるのは、空を舞う者の常なのだ。
 ▼ 29 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:10:30 ID:zMfQ.zeU [15/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



「私もとべるかな?」



ある時ナックラーは、巣穴の天井を見上げて呟いた。



「飛べるだろうさ。あんたの親は空を飛べるんだからな」



そう返すと、ナックラーは複雑そうな顔をして黙ってしまった。

以前、彼女の種族と本当の親の姿を話したとき、酷く混乱させてしまったことがある。

今まで母親だと信じていた、自分を守り包んでくれる砂地獄ではなく、優雅に空を駆ける砂漠の精霊こそが本当の母親なのだと。

あれから少し月日が経って、その真実を受け止めることが出来たのかと思っていたが、やはりまだ葛藤は消えないらしい。
 ▼ 30 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:12:36 ID:zMfQ.zeU [16/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「私、出来ない……ごめんなさい……」



弱々しい声でそう呟き、ナックラーは流砂の壁の前に倒れ込む。

俺は慌てて駆け寄ると、その体を助け起こした。

ナックラーは俺の顔を見るなり、はらり、と静かに涙をこぼした。



「本当は、ビビヨンも外に出たいんでしょう?」



きっと、日々の語りに郷愁の想いが入り交じっている事を彼女は感じ取っていたのだろう。

だが、俺はその問いかけに首を振った。


地上に帰りたいかと言われると、嘘ではない。

でも、実のところ、今の俺には外へ出たい気持ちは殆ど残っていなかった。
 ▼ 31 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:13:37 ID:zMfQ.zeU [17/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「……もういいんだ。無理しなくていい」



俺はそう言って、疲れ切ったナックラーの頭を優しく撫でた。

少し前の自分なら必死に宥めて再び砂の壁に向かわせたかもしれない。


でも、そんなことをしても無駄に彼女を苦しめるだけだ。

同族でもない俺が、親の代わりに砂の操り方を教えてあげることもできないのだから。



自分が彼女を背負って飛べたらいいのだが、それも叶わない。

羽に受けた傷は深く、恐らく俺はもう空を飛ぶことはできないだろう。

飛べなくなったビビヨンが下界に出たとして、まともに生きていけるはずがない。

だったらこの巣穴の中で心安らげる相手と添い遂げる方が幸せだと、俺は思っていた。
 ▼ 32 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:14:15 ID:zMfQ.zeU [18/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「ビビヨン……いっしょにいて。ずっと、わたしのそばにいてね」

「……できる限りそうするさ」



ただ一つの憂い。

それは彼女を残して自分が死ぬことだけだった。



俺の命は長くない。

傷を負っている上、元々俺の体はこんな日の当たらない地下で暮らすようには出来ていないのだ。


一人残されてしまうナックラーのことを思うと、俺は胸が張り裂けそうになった。
 ▼ 33 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:14:51 ID:zMfQ.zeU [19/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

◇ ◇




「卵から生まれる前のことを覚えてるか?」



唐突に、俺はそんなことを聞いてみた。



「うん、少しだけ。もうほどんど忘れちゃったけど」



ナックラーは目を閉じると、遠い昔の記憶をじっくりと思い出してから口を開いた。



「お母さんの声がしたの。『生きなさい』『私が守ってあげるから、ここから出てはいけない』何度も何度もそう言ってたの」



その声色には、俺が計り知れない程の慈しみが込められている。

この砂地獄は彼女にとって、母親の愛そのものなのだろう。

外敵から我が子を守り、流れ落ちる砂の音は子守歌となる。


だが、その愛が深過ぎるが故に、彼女はいつまでもそこから抜け出せないのだ。
 ▼ 34 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:16:05 ID:zMfQ.zeU [20/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「なら、どうして生まれたんだ? わざわざ厳しい自然の中に飛び出さなくたって、ずっと卵の中に居れば安全じゃないか」

「……どうしてかな」



俺の意地悪な詰問に、ナックラーは少し考えた後困ったような表情を浮かべた。


強い言葉で彼女の殻を破ってしまうのは簡単だ。

でも、それでは駄目なのだ。

無理矢理卵を割られた赤子が生きていけないように、俺が死んだ後一人放り出されたナックラーはきっと途方に暮れてしまうだろう。


だから、俺は飾らぬ本心で答えることにした。





「外の景色が見たかったから、じゃないのか」
 ▼ 35 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:16:39 ID:zMfQ.zeU [21/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

――――――





ビビヨンは一人孤独に生きてきた私に、沢山の話を聞かせてくれました。

この巣穴の外に広がる色鮮やかな世界の話を、沢山のポケモンとの出会いに満ちた日々の暮らしを。


だけど、彼が気づかせてくれたのは夢や希望ばかりではありませんでした。



「……お母さん」



私は流砂の壁に向かって呼びかけます。

返ってくるのは、無機質な砂の音だけ。

以前はそれが優しい母の囁きに聞こえていたのに、今ではもう寂しげなものにしか感じられなくなってしまったのです。
 ▼ 36 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:17:30 ID:zMfQ.zeU [22/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

私に新たな世界と温もりを与えてくれたビビヨンは、ある日を境に眠ったまま動かなくなりました。

しばらくはその冷たくなった体に寄り添っていましたが、次第に美しい青色の体が朽ちていくのが辛くなり、私はビビヨンの体を深い場所へ埋めてしまいました。


今ではもう、この砂地獄の中に私だけが取り残されています。



「……お母さん。私をここから出して……」



私は毎日砂の壁に向かって懇願していました。

恐怖と、焦燥感と、寂しさ。

今まで自覚出来なかった感情に圧迫された私は、狂ってしまいそうになりながら砂の斜面を搔き乱します。
 ▼ 37 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:19:53 ID:zMfQ.zeU [23/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

「お母さん!私!ここを出たいの!」



乾ききった体からは涙も零れませんでした。

本来は消耗を防ぐためにじっとしてなければいけないのに、毎日泣き叫んでは砂の斜面をよじ登ろうともがいている為に、私の体は酷く弱っているはずです。


でも、何故か私は疲れを感じませんでした。

それどころか、日に日に体のあちこちに熱いものが宿っていくような気さえするのです。



「私、外に出たい!外に出て……一目でいいから、見てみたいの」



背中に焼けるような熱を感じながら、私は叫びます。





「青い空を!」



その瞬間、一筋の光が差し込みました。
 ▼ 38 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:20:55 ID:zMfQ.zeU [24/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

砂が崩れ、その隙間から覗いたのは眩しい青空でした。

初めて見るはずのそれは、記憶の中のとあるものと一致して、私は声を上げました。



「ビビヨン!」



あの美しい羽を持つ彼。

彼が自分の羽と見えぬ空を指して教えてくれたことは、真実だったのです。





会いたい。



私は激しい衝動に駆られ、自分が地の底に住む生き物だということも忘れて跳ね上がりました。

振り上げた短い腕は空を切り、はるか遠くにある空へかすりもせずに地面へと転がり落ちる……そうなるかと思われました。



だけど、


一瞬背中に酷い熱を感じたかと思うと、私の体は空へと向かって上昇し始めました。
 ▼ 39 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:22:39 ID:zMfQ.zeU [25/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

視界の中の青色がどんどん大きくなっていきます。

身体中の痛みと熱も加速していき、自分の体が形を変えていくのを、私ははっきりと自覚しました。

薄く脆い羽はやがて大きな羽へと変わり、柔らかな体は硬い皮膚に覆われます。

でも、私の思考は砂の壁の向こうにある蒼穹で満たされていて、自らの変貌を気に留める暇もありませんでした。



やがて天井まで来ると、私は最後にこれまで過ごしてきた巣穴の奥地を見渡しました。


母の深い愛によって生み出された、私を守る砂の揺り籠。



「さようなら、ありがとう……」



私は力いっぱい尾を振り、崩れかけた砂の入り口を壊しました。
 ▼ 40 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:23:21 ID:zMfQ.zeU [26/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告



青。

それは、砂と暗闇の色しか知らなかった私が初めて恋した色。

私はようやく再会することが出来たのです。





地平線の果てまで、見渡す限りその色は広がっていました。
 ▼ 41 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:23:45 ID:zMfQ.zeU [27/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

――――――



夏の砂漠の空は雲一つなく、美しい青一色に染まります。


陽炎の揺らめく空を優雅に駆けるのは、砂漠の精霊フライゴン。


その手には何故かオアシスに咲く花が握られていました。
 ▼ 42 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:24:30 ID:zMfQ.zeU [28/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

『ただいま、坊や』

『おかあさん、おかえり!』



フライゴンが巣穴に戻ると、砂の中からナックラーが飛び出して母親を迎えました。



『わぁ!お花だ!』

『花もいいけど、ちゃんと他の物も食べなさいね』



大喜びで花の密を味わうナックラーの頭を、母親はいさめるように薄羽で優しく撫でました。
 ▼ 43 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:25:13 ID:zMfQ.zeU [29/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

小さな巣穴の中、親子は仲睦まじく寄り添い合って空を見上げていました。



『ねえ坊や。お母さんがいない時、寂しくない?』

『へいきだよ。だって、いつもおとうさんがみてるから!』



この母親フライゴンはまだ巣穴を作るのが下手なようで、二匹の頭上にはぽっかりと大きな穴が開いています。


そこから見えるのは、澄み渡る青空。

まるで二匹を見下ろしているかのように、温かな光で巣穴の中を照らしていました。
 ▼ 44 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 21:26:26 ID:zMfQ.zeU [30/31] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
終わりです。







鳥は卵の中から抜け出ようと戦う。

卵は世界だ。

生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。


(引用:ヘッセ『デミアン』)
 ▼ 45 チゴラス@でんきだま 18/09/20 21:29:04 ID:HrOsPmJY NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
乙でした
 ▼ 46 フタチマル@いかずちプレート 18/09/20 22:04:27 ID:IuQE4vvQ NGネーム登録 NGID登録 報告
乙
 ▼ 47 デスカーン@せいれいプレート 18/09/20 22:04:41 ID:bko2ZGOc NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
目頭が熱くなった
乙です
 ▼ 48 ◆XSB9B4V/6I 18/09/20 23:09:28 ID:zMfQ.zeU [31/31] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
企画本スレ貼るの忘れた……
↓こちらに参加します
http://pokemonbbs.com/post/read.cgi?no=860029
 ▼ 49 ヤドラン@コオリZ 18/09/21 23:27:53 ID:tZtwaBEo NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
おとうさんって青い空の……ビビヨンのことなのかなぁ
 ▼ 50 チェリム@ズアのみ 18/09/29 22:29:03 ID:m/woEjiA NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
最優秀ゲキアツ賞 おめでとうございます
 ▼ 51 ゴチルゼル@やまぶきのミツ 18/09/29 23:57:07 ID:81P2k476 NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
>>50があげてくれたおかげでいい物語を読めた
 ▼ 52 レジギガス@わざマシンケース 18/09/30 00:12:30 ID:mV56oodc [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
乙
 ▼ 53 ヤミラミ@メガバングル 18/09/30 23:39:47 ID:mV56oodc [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
乙
 ▼ 54 ワシボン@ほのおのいし 18/10/01 21:05:30 ID:Uiqs6g4A NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
乙!
 ▼ 55 ムクホーク@どくけし 18/10/01 21:17:58 ID:B0R6vUZw NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
お疲れさま
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