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【SS】ポケモンと人間が出会い、交わると言う事

 ▼ 1 1◆J44kAZeDOM 16/04/24 19:24:34 ID:12/Lxjok [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
プロローグ

「出来た……」


長年の夢。

パラレルワールドの行き来。

それが今、ここに完成したのだ。

彼女の目は、子どものように輝いていた。


「……待っててね。今、会いに行くから」


彼女はその機械を起動させ、別世界へと旅立った。

後には、その設計図だけが残されている。

彼女の目的が達成されたのか、それは誰にもわからない。
 ▼ 2 1◆J44kAZeDOM 16/04/24 19:24:57 ID:12/Lxjok [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







1章 交わり、始まり






 ▼ 3 1◆J44kAZeDOM 16/04/24 19:25:18 ID:12/Lxjok [3/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


「お母さん……」


恐怖に震えて、しかし少女は声を絞り出す。

母は、微笑みを見せた。

明らかに、無理をしている表情だ。しかし、その事をはっきりと理解するには、少女は幼過ぎた。

それでも、どこか本能的な部分で、母の無理を感じ取っていた。


「いい、あなたは隠れるの。大丈夫。悪いポケモンは、お母さんがこらしめてあげるからね」

「でも、怖いよ……」



部屋の外から、ガンっ! と大きな音が鳴った。

それに、思わず大きな悲鳴をあげてしまう。
 ▼ 4 1◆J44kAZeDOM 16/04/24 19:25:38 ID:12/Lxjok [4/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「しっ! 気付かれたらマズイのよ」

「でも……でも……」

「でもじゃない! あなたの事だけは、何があっても守るから」

「……うん」

「だから……。だから、絶対出て来ないでね。何があっても」


そう言うと、母は飛び出して行った。

恐怖の余り、少女は、涙を流した。
 ▼ 5 1◆J44kAZeDOM 16/04/24 19:26:08 ID:12/Lxjok [5/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


「リオル! パース!」


僕は、足元のボールを蹴り上げた。

ボールは放物線を描き、友達、マイナンの目の前に着地する。


「マイナン! 任せたよ!」

「ナイスパスリオル! 行っけえ!」


マイナンはそれを前へと蹴り飛ばす。

狙いはコーナーの隅。

マイナンの放ったシュートは、狙い通り隅を貫いた。

僕は大きく叫んだ。


「ナイッシュー!」
 ▼ 6 1◆J44kAZeDOM 16/04/24 19:26:30 ID:12/Lxjok [6/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
夕焼けが眩しく辺りを照らしている。

校庭に、たくさんの陰が伸びていた。

そんな中、マイナンのお姉ちゃん、プラスルが声をあげる。


「マイナン! もうそろそろ帰らなきゃダメだよ!」

「えー、もっと遊びた――」

「だ、め、で、す」

「ちぇっ」

「もう帰ろうよ。プラスルも言ってるよ」

「まあ……そうだな」


落胆した声のマイナンに、みんなの笑い声が響いた。
 ▼ 7 1◆J44kAZeDOM 16/04/24 19:27:14 ID:12/Lxjok [7/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
僕はマイナンたちにサヨナラをした。


「バイバーイ!」

「また明日な!」

「うん!」


そして、振り返ると、勢いよく走り出した。

完全に太陽が沈んでしまう前に帰らないと。
 ▼ 8 日はここまで◆J44kAZeDOM 16/04/24 19:27:48 ID:12/Lxjok [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
一瞬身震いした。

自分でも、理由はよくわからないが、体が、ぶるっと震えた。

その時だけ、動きが止まる。

その瞬間、僕は、うめき声を聞いた。

どうしたんだろう。

そんな疑問が浮かんだ。

そして、そのままうめき声の方を目指して、歩いて行く。


これをきっかけに僕は世界を揺るがす戦いに巻き込まれて行く事になるのだけれど、今はそんな事、思いもしてなかった。
 ▼ 9 HMoCyTLZPc 16/04/24 19:29:04 ID:LcUP2wnc NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 10 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 00:21:52 ID:.DzO5/xA [1/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「大丈夫ですかー?」

「う……うぅ……」

「! やっぱり誰か倒れてるよね……」


草むらの中に、1匹のポケモンがいた。

傷だらけでボロボロ。意識もないみたいだ。


「うわっ! だ、大丈夫?!」

「うーん……」

「ど、どーしよ……」


ちょっと迷って、僕は、この子をおんぶした。

少し重かったけど、それでも、放っておけなかい。


「よいしょっと……」
 ▼ 11 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 00:22:15 ID:.DzO5/xA [2/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「どうしたんだーリオル、その子、傷だらけじゃないか!」


傷だらけのこの子をおぶって商店街の中を歩いていると、おじさんが声をかけて来た。

いつも明るく挨拶をしてくれる、木の実屋のおじさん。

今日の声は、いつもとは違い、心配そうな感じだった。

まあでも、当然と言えば当然だ。心配しないはずがないだろう。

だけどおじさんは、僕に向かってこう言った。


「駄目じゃないかリオル、女の子にケガさせちゃ」

「え、ち、違うよ! 僕はそんな事してない!」

「ホントかぁ?」

「だって、そんな事したらママに殺されちゃうよ……」

「ハハハっ、それもそうか。とにかく、リオル。その子は、どうするつもりだ?」

「えっと……。と、とりあえず家に連れて帰ろうかなって。ママならどうすればいいかわかると思うし」

「うーん、なるほど。でも重いだろ。どれ、おじさんが手伝ってあげる」

「ありがとう!」
 ▼ 12 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 00:22:37 ID:.DzO5/xA [3/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
そこから、おじさんも手伝ってくれて、僕はその子を家まで連れて帰って来た。


「さて、到着だな。母ちゃん、今家にいるのか?」

「あっ」

「やれやれ、仕方ねぇな。とりあえず、ソファか何かに眠らせてあげるんだ。それと、オレンの実だ」

「え、くれるの?!」

「こんな傷だらけの、しかも見た感じ、お前と同い年ぐらいの少女をほっとけないさ」

「ありがとう!」

「それで、この子が目覚めたらこれを食わせてやれ」

「うん! おじさんありがとう!」

「どういたしまして。早く良くなるといいな」


そう言って、おじさんは帰って行く。

後には、僕とこの子だけが残された。
 ▼ 13 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 00:23:24 ID:.DzO5/xA [4/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
おじさんの言う通り、ソファに寝かせてあげた。

その後、この子の事を少しだけ観察してみる。

たぶん、種族はイーブイじゃないかな。

茶色い耳が、元気なく垂れ下がっている。

傷だらけだけど、顔は痛いと言うよりも、怖いと言うか、そんな感じの顔。

……何があったんだろう。

こんなボロボロになるなんて……。

まずは、しっかり元気になってね。なんて考えていた。


「ただいまぁ」

「あ、ママ! お帰り! あのさ、ケガした女の子見付けたんだけど……」

「……え?」

「だから、言った通りだよ! イーブイがボロボロで……」

「ちょ、は、速く見せなさい!」

「ソファで寝てる!」

「わかった!」
 ▼ 14 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 00:24:06 ID:.DzO5/xA [5/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ドタバタしたけど、ママはイーブイを見て、とりあえずそこにあったオレンをミキサーでジュースにする。

そして、それをイーブイに強引に飲ませた。


「なんで速くこうしなかったんだい!」

「だってそんなの思い付かないよー……」

「まったく……。さて、そろそろ元気になるんじゃないかな」

「う……ううん……」

「あ、気が付いた!」

「……って、うわあっ!」


目が覚めたと思ったら、イーブイが悲鳴をあげる。

それにビックリして、僕たちは思わずイーブイを見詰める。

彼女は、戸惑ったように辺りを見回すと、そろそろと僕たちの方に視線を向けて来た。
 ▼ 15 ガヘラクロス@きよめのおふだ 16/04/25 00:27:13 ID:Q/kCk6Xs NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
サーナイト
ルカリオ(♀)
ドレディア
テールナー
 ▼ 16 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 20:06:37 ID:.DzO5/xA [6/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あの……、こ、ここは?」

「あたしたちの家だよ。あんたがケガしてたから、リオルが運んで来たんだ」

「重かったんだよ? でも良かった、無事で」

「…………」


イーブイの視線が、ふと家の奥の方を向いた。

そして彼女は、慌ててそこから目を逸らす。
 ▼ 17 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 20:06:57 ID:.DzO5/xA [7/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
理由はだいたいわかる。

僕の前にも、ママには子どもがいた。

だけど、その子は、もう死んじゃっている。

僕は、結局一度もその子には会っていないままだ。

イーブイが見ていた辺りには、その子のブツダンがあるから、たぶんそれを見たんだろうな。

イーブイは、そんな事を考えていた僕に向かって言った。


「あ、ありがとう」

「ど、どういたしまして」

「ったく、いっちょまえに照れちゃって!」

「そ、そんなんじゃないよママ!」
 ▼ 18 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 20:08:47 ID:.DzO5/xA [8/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
思わず叫び返した。

そんなつもりは、ホントにない。全く。神様に誓って。

だけど、イーブイがそれで笑ってくれた。

さっきまでずっとこわごわとした顔だったのに。

それがなんだか嬉しくて、僕も笑った。

リビングに、2匹の笑い声が響く。

それを見たママも、「さて、晩ごはん作りますか」と呟いて、立ち上がった。

僕は、笑いの余りにじんだ涙をこすって話しかける。


「僕、リオル。2年生だよ」

「え、ああ、自己紹介か……。私、イブ」


大笑いのお陰で、緊張もほぐれたのかな。もしかすると、オレンの効果が物凄かったのかもしれないけど。

イーブイは、さっきまでとは比べ物にならないぐらい、元気な声で言った。

それでも、僕と比べると大人しい感じなんだけど。

それはさておき、僕の心には1つの疑問が残った。

僕は、それをそのまま口に出す。
 ▼ 19 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 20:10:38 ID:.DzO5/xA [9/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「イブ? イーブイじゃなく?」

「名前って言うの。えっと、ここにあなた以外のリオルがいたとするじゃん。そうしたら、あなたは、どうやって区別する?」


質問の意味が良くわからなかった。

だけど、とりあえずそのまま答えた。


「えっと……そっちのリオル、あっちのリオルみたいに、かな」

「でもさ、そう言うの、面倒じゃない?」

「うーん……。そんな事思った事はないなぁ。ずっとそうだし。そもそも僕、別のリオルに会った事がないもん」

「あ、そうなんだ。でもさ、もしあなたにリオ、もう1匹にオルって名前を付けたら、リオ、オルって感じで、簡単に区別出来るよね」

「えっと……ああ! なるほど! ナマエって便利だね!」

「私の場合、友達も同じ種族だったもんだから、私にはイブ、向こうにはブイって感じで呼び分けてたの」

「へぇー」

「でも……これからどうしよう。家族もいなくなっちゃったし……」

「家にいたらいいよ! ママ、いつも言ってるし。誰かを助けられるポケモンになりなさいって」

「でも、悪いよ……」

「遠慮する事はないよ!」
 ▼ 20 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 20:11:41 ID:.DzO5/xA [10/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
突然話しかけて来たママにビックリして振り返る。

ママは、ニッコリ笑って言った。


「親御さんがいないんなら、これから行くあてとかもないんだろ? それじゃあ、あんまりじゃないか」

「いや、でも悪いですよ……」

「ただし、1つ条件がある。なんであんな事になってたのか、ちゃんと説明してくれ。

気になって、眠れもしないよ」

「えっと……、それは、秘密にしたい……」

「駄目。あんたはまだ子どもなんだよ。秘密の1つ2つあってもいいけど、命に関わるような危険を1人で抱え込むのは危険過ぎる」

「……わかりました。えっと……えっと……あれ?」

「どうしたの?」

「なんでだろ……記憶が、ない」

「ええっ!」
 ▼ 21 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 20:12:30 ID:.DzO5/xA [11/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
僕とママの声が重なった。

ママが、慌ててキッチンから駆け寄って来る。


「それ、ホントかい?」

「はい……。襲われた辺りの記憶が曖昧で……」

「そこだけかい?」

「うーん……ちょっとわかんないです」

「まあ、そこだけがわからないのなら、たぶんただのショックだね。すぐ思い出すよ、きっと」

「そう……ですか」

「あっと、焦げちゃう焦げちゃう……。リオル、イーブイと話しといたげて」

「うん」


僕は、イーブイに疑問をぶつけた。


「それにしてもさ、どうしたの? 全然嬉しそうじゃないけど」

「いや、なんか実感が湧かなくて」

「あー、なんかわかる気がする」
 ▼ 22 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 20:13:19 ID:.DzO5/xA [12/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
覚えている方が辛い事だって、ある。

僕にはそれが、良くわかってる。

不意に意識がぼんやりする。

慌てて頭を振って、嫌な妄想を振り切った。


「それにしても、ビックリしたよ。いきなり倒れてるんだもん」

「私もビックリした。いきなり知らないポケモンが目の前にいたんだもん」

「それにしても、なんで気絶してたんだろうね」

「うーん」


と、そんな話をしている間に、晩ごはんが出来た。
 ▼ 23 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 20:14:04 ID:.DzO5/xA [13/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
見た目はイマイチ。だけど味はピカイチ。そんなごはん。

ママが僕たちを呼んで、とりあえず3匹で食べ始める事になる。


「えっと……」

「なんだいなんだい!」

「ま、まあとりあえず食べてみなよ……」

「う、うん……」


イブは、恐る恐る、晩ごはんを口に運んだ。
 ▼ 24 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 20:14:35 ID:.DzO5/xA [14/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「おいしい……」

「そうかいそれは良かった!」

「ママの料理、おいしいでしょ!」と僕は言って、小声で付け足す。「見た目はこんなだけどね」

「こんなに親切にしていただいて……。本当に、ありがとうございます」

「いいのいいの! とりあえず、思い出すまではいててくれて構わないよ。だけど、明日からしばらくは、忙しくなるよ! なんたって、警察が来るだろうしね」

「え、なんで?」

「いいかいリオル。イーブイは傷だらけだった。これはれっきとした傷害……他人にケガを負わせる犯罪なんだよ。それに関して、何も聞かない訳にはいかないだろう」

「け、警察……」

「ま、心配しなさんな! あたしがいるから、そんな厳しい事はさせないよ!」

「ママね、警察の中でも結構偉いんだよ!」

「え?! け、警察なんですか?!」
 ▼ 25 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 20:15:31 ID:.DzO5/xA [15/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「ああ、言ってなかったね。実はあたし、これでも敏腕で鳴らしてるんだよ」

「ママはこの国の平和を守ってるんだよ!」

「凄い……ですね」


イーブイは、ママの名前を呼ぼうとした。

だけど、ママはそれを遮った。


「あんたはこれからあたしの家で生活する。だから、イーブイ……おっと、イブってナマエがあったんだっけ。イブ、あんたはあたしを、お母さんとかママとか、そんな風に呼びなさい」

「え? なんでですか?」

「あたしの覚悟を揺らがせないためさ。あたし、前に1回子どもがね……」

「……」

「ま、心配する事ないよ。結局家で引き取るってのも、自己満足でしかないんだしね」

「は、はぁ……」

「さ、食べよう」

「でも僕、もう食べ終わっちゃった」

「リオル、食べるの早過ぎない?」
 ▼ 26 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 20:16:08 ID:.DzO5/xA [16/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
みんなが食べ終わって、僕たちは話し始めた。

その内容は、イブの事についてがほとんど。

その結果わかった事は、

イブは、自分がどこから来たか忘れている。

覚えているのは、ナマエと、それが付く理由になった友達の存在だけ、って事。

収穫は、ほとんどなし。

残念な結末に、ママはため息を吐く。


「はぁ……。こりゃ、結構難しそうだね」

「そうですか……」

「うーん、記憶がない、でもナマエだけ覚えてる、かぁ……」

「そう言われてみれば、伝説の救助隊だったか探検隊だったかのポケダンズとか、調査団に入ったポケモンたちとか、そんな話は聞くけどねぇ……」

「ポケダンズ?」
 ▼ 27 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 20:16:47 ID:.DzO5/xA [17/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「まあ、今となっては伝説みたいなものね。大昔、世界を救ったんだって」

「へぇ……」

「元ニンゲンで、世界を救うためにやって来たらしいね」

「へぇっ?!」
 ▼ 28 日はここまで◆J44kAZeDOM 16/04/25 20:17:46 ID:.DzO5/xA [18/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「うわっ、ど、どうしたの。そんなビックリして……」

「あ、ごめんなんでもない……。ニンゲン、ねぇ……」

「どっかで聞き覚えでもあるのかい?」

「うーん、あるようなないような……」

「……何かしら関係があるのかもね。もしかしたら、その傷を負わせたのが、ニンゲンだったりして」

「いやいやまさかぁ。だって、ニンゲンはホントの大昔に絶滅してるんでしょ?」

「ま、それもそうか」

「……」


ママの視線は、イブに注がれていた。

観察するような目付き、って感じで、じっと見ていた。

とりあえず、僕はイブに声をかけた。


「これからよろしくね、イブ!」
 ▼ 29 欺だった◆J44kAZeDOM 16/04/25 22:47:20 ID:.DzO5/xA [19/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「うん、よろしく……。よろしくお願いします、えっと……お、お母さん」

「そうそう。よし。まずはお風呂に入って来な!」

「はーい。イブ、一緒に入ろ!」

「い、一緒に?」

「え、なんか嫌?」

「いや、別に……」

「ならいいじゃんいいじゃん!」

「う、うん……」
 ▼ 30 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 22:47:41 ID:.DzO5/xA [20/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ふいー、気持ちいい……」

「やっぱりお風呂はいいよね」

「さっぱりさっぱり。にしてもさぁ、見た感じ、僕と同い年ぐらいだよね」

「え、そうなのかな……。リオルって何歳だっけ」

「さっき言ったじゃん、小2だって」

「あー……ま、まあそのぐらい、ってか同じかな」

「どうしたの? なんか変だよ。ま、いっか。それなら、学校どうするの?」

「学校……」

「ギムキョーイクってのがあって、小学校と中学校には絶対行かないといけないはずなんだよね」

「ああ……確かにそうだった」

「で、ここで暮らすからには、行かない訳にもいかないでしょ?」

「まあ、そうなるね」

「だけど、そう言うの、どうするんだろ。よし、ママに聞いて来よう! ってな訳で、僕もうあがるね!」

「えっ、早いよ。もっとあったまらないと、湯冷めしちゃうよ」

「でもさ、イブのこれからの方が気になるもん!」

「……ありがとう」
 ▼ 31 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 22:48:04 ID:.DzO5/xA [21/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は体を拭いて、それから部屋にいたママに声をかけた。

ママはビックリして振り返ると、「どうしたの?」と聞いて来た。


「ねえママ、イブの学校ってどうするの?」

「学校……ああ! 確かに、行かない訳にはいかないもんね」

「だよね。ギムキョーイクなんだよね」

「ああ。とにかく、しばらくはそれどころじゃないだろうけど、事情聴取が終わったら考えとかないとね。リオルと同い年?」

「みたい」

「了解。なら、明日にでも、校長先生に掛け合ってみるよ」

「よろしくお願いします」

「任せときな!」
 ▼ 32 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 22:48:50 ID:.DzO5/xA [22/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「とにかく、2匹はもう寝なさい。明日も学校あるんだろ?」

「あ! 宿題やってない!」

「はぁ……。速く進めときな」

「はぁい……」

「あ、手伝おうか?」

「いいの?! ありがとう!」


僕たちは、僕の部屋に2匹で入り込んだ。

かばんからノートとドリルを取り出す。

イブは、それをじっと見詰めていた。

ドリルを開く。

ノートに何か書いてみる。

……さっぱりわからない。

イブは、まだ見詰めている。


「手伝ってよ……。さっぱりわかんない。なんで1×5が5になるの!」
 ▼ 33 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 22:49:26 ID:.DzO5/xA [23/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「……単純な掛け算じゃないの」

「数なんて、1だけで充分だよ……。10個もいらないって絶対……」

「それなら、1は何倍しても1って事になるよね。でもいいの? いろいろ面倒だけど。そうなると」

「計算めんどくさくないじゃん」

「でも、日常の中でさ、掛け算っていろいろ使うよ。例えばさ……リンゴを1人5個ずつ、5人で持ってきました。さて、リンゴは何個?」

「えっと……」

「5+5+5+5+5は何?」

「えっと……10、15、20……25!」

「そう。それがつまり、5×5なの」

「うーん、わかんないや」
 ▼ 34 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 22:50:28 ID:.DzO5/xA [24/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「そう……。大丈夫? 終わる?」

「勉強嫌い……」

「でもやらないと、将来何にも出来なくなるよ」

「わかってるけどさ……。イブはわかるの?」

「うん。でも、私に解かせようとしても無駄だからね」

「ちぇっ」

「さ、わかったらこれは……」
 ▼ 35 1◆J44kAZeDOM 16/04/25 22:52:53 ID:.DzO5/xA [25/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「終わったー!」

「なんでこんなのにこんなに時間かかってるの……」

「イブ、学校行かなくても大丈夫なんじゃないの?」

「義務教育はそう言う物じゃないの」

「えー、なんだよ」

「……ふあぁっ、眠くなって来ちゃった。もう寝るね。布団は……」
 ▼ 36 当にここまで◆J44kAZeDOM 16/04/25 22:53:15 ID:.DzO5/xA [26/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
とだけ言うと、イブは僕の布団に盛大に倒れ込んだ。

ずっと耐えていたのか、軽い寝息が聞こえて来るまでに、1秒もかからなかった。

けれど、1つ問題がある。

僕、どこで寝ればいいんだ?

そんな単純な疑問を解消すべく、ママの所に向かった。


「ああそうだ、完全に忘れてた。布団、出して来るから」

「ありがとう」


母さんが僕の部屋に布団をセッティングして、ようやく僕は眠った。

何か疲れが一気に吹き出て来て、夢も見ないでグッスリだった。
 ▼ 37 レイハナ@パワーリスト 16/04/26 15:28:38 ID:PAM.LM5I NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
1は何倍しても1だよ
 ▼ 38 1◆J44kAZeDOM 16/04/26 20:06:39 ID:VXBd5KE2 [1/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
翌朝目が覚めると、そこにイブはいなかった。

もう起きたのか、速いな。なんて思いながら立ち上がろうとすると、ママの怒った声が聞こえた。


「遅いよリオル! いつまで寝てるんだい! もう朝の特訓をしている時間もないよ!」

「ごめーん! もう起きた!」


慌ててそうやって返事を返すと、僕はリビングに出て行った。

普段はもっと早起きして、ママとバトルの練習をしている。

誰かを守れるポケモンになれって言うのの最初の1歩、らしい。

だけど、昨日はいろいろ疲れた。

だから、結局遅くまで寝ちゃったって訳。
 ▼ 39 1◆J44kAZeDOM 16/04/26 20:07:15 ID:VXBd5KE2 [2/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
イブはもうそこにいた。

そして、ママの事を手伝っていた。


「あ、おはよう」

「おはよ!」

「リオル! 急いで用意を済ませな!」

「うん!」


30秒で用意を済ませて――昨日のうちにある程度は用意しておいたし――僕はママの手伝いにかかった。

やる事と言えば、だいたいお皿配り。

2人して盛り付けたお皿を、テーブルの方に持って行くだけ。

お皿を配ってる間、そこに盛り付けられた料理を間近で見る事になる。

……やっぱりいつもよりおいしそう。

なんて考えてイブの方を見詰めた。

イブはその視線に気付いて、不思議そうに首を傾げた。
 ▼ 40 1◆J44kAZeDOM 16/04/26 20:07:55 ID:VXBd5KE2 [3/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
いつものごはんは、確かにおいしい。だけど、見た目が残念だった。

それが、見た目まで良くなってるのは、どう考えてもイブのお手伝いのお陰だった。

いつもはぐちゃぐちゃにまとまりなく盛り付けられているサラダが今日は綺麗にまとまっていたり、違いは数えきれないぐらいある。

思わず、「すごい」と呟く。

イブが自慢気に笑った。
 ▼ 41 1◆J44kAZeDOM 16/04/26 20:09:33 ID:VXBd5KE2 [4/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
味はもちろんおいしかった。いつも通り。

でも、見た目がいいと、こんなにも変わる物なのか……。

そんなママに失礼な事を考えていた。

そのママは、いきなり今日の予定について話すと宣言して、続けた。


「とりあえず、リオルはいつも通り学校に行く事。イブは今日は、ママと一緒に来る事。そこからは、いろいろ面倒だけど、言われた通りにやってたら何も問題ないから」

「はい」

「はーい」

「さ、わかったならちゃっちゃとする!」

「いや、もう食べ終わったんだけど」

「だから味わって食べなよ……」

「それにしても、最初目覚めた時からえらく打ち解けたじゃないか」

「まあ、リオルが話しやすかったんで」

「そう?」

「うん。割とね」

「ありがと!」
 ▼ 42 1◆J44kAZeDOM 16/04/26 20:12:24 ID:VXBd5KE2 [5/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ごちそうさま」


みんなの声が重なる。

そしてそこからは、ジェットコースターのように目まぐるしく朝の用意が片付けられて行く。

ママは皿洗い、僕は歯を磨いたり顔を洗ったり。

イブはしばらく迷った後、ママの手伝いにかかった。

そして僕が一足お先に全ての用意を片付け、ランドセルを背負い、2匹に行ってきますと声をかけた。

送り出す声を最後まで聞かずに、扉を閉めた。
 ▼ 43 1◆J44kAZeDOM 16/04/26 20:14:04 ID:VXBd5KE2 [6/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そして、木の実屋のおじさんとかの商店街のポケモンたちに挨拶をしながら僕は道を歩く。

2人の友達、シシコとミミロルも合流して、おしゃべりが始まった。

もちろん、僕はイブの事を話す。


「マジかよ! んじゃ、つまり俺らの学年に転校生が来るって事か?」

「たぶんね。同い年だから、一緒に勉強する事になるよ」

「やった! 性別は?」

「うん。♀のイーブイ。イブってナマエがあるんだって」

「ナマエ?」

「うん」
 ▼ 44 1◆J44kAZeDOM 16/04/26 20:14:38 ID:VXBd5KE2 [7/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は昨日聞いたナマエの説明を繰り返した。


「へー。便利だなそれ! すげぇや!」

「だよね。今んとこ同じリオルに会った事はないから困った事はないけど。僕は」

「でもさ、なんかわかんないや」

「え、ミミロル、何が?」

「何か変って言うかさ。イーブイはイーブイな訳じゃん」

「全くお前さぁ。そんないちいち堅苦しく考えんなよ!」

「ま、それもそうねシシコ」


そんな感じで僕たちは学校に到着。

そこでも、話はイブの事で持ち切りになった。
 ▼ 45 1◆J44kAZeDOM 16/04/26 20:14:59 ID:VXBd5KE2 [8/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


何が転校生よ、くだらない。

あたしはそう呟いて、机に突っ伏した。

昨日の疲れがまだ残っている。あたしにしつこく言い寄って来た客を思い出して、げんなりした。

あたしはまだ小学生。やっていい事といけない事の区別ぐらい付けて欲しい物だ。

だが、それでもあたしは辞める訳にはいかない。例え、それがどれだけきつかろうと。

だから、とにかく今は眠りたかった。

けれど、周りの声は否応なしにあたしの耳に飛び込んで来る。


「……が事件かもしれないからって、警察に事情聴取されてるよ」

「えー! 心配だね……」


警察か。あたしは気付かぬ内に笑みを浮かべていた。

来てそんなすぐに警察のお世話になるような子なのか。

もしかしたら、あたしと似て大変な子なのかもしれないな。もしかしたら、久々に仲良くなれるかもしれない。

そんな事を考えていた。
 ▼ 46 日はここまで◆J44kAZeDOM 16/04/26 20:15:24 ID:VXBd5KE2 [9/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
興味を惹かれて、あたしは会話に耳を傾けようとした。

と、その瞬間に授業の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。

あたしは舌打ちして顔をあげた。

みんなが各々の席に戻って行くのを横目に、あたしは教科書を開いた。
 ▼ 47 コッチ@トロピカルメール 16/04/27 05:42:58 ID:SdDPYrQQ NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あぁシンオウ一周書いてた
 ▼ 48 リミアン@カゴのみ 16/04/27 06:34:58 ID:C/Dfekvc NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 49 ンヤンマ@サメハダナイト 16/04/27 06:39:50 ID:J.bb1Hdw NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
タイトルからしてエロだと思ったんだよ支援
 ▼ 50 1◆J44kAZeDOM 16/04/27 20:46:12 ID:2pNJr/Do [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「それじゃ、僕今日は帰るよ。イブもいるしね」

「会いたい!」

「俺も!」

「ちょっとみんな落ち着いて! 明日のお楽しみだよ!」

「ケチ!」

「楽しみは明日に置いてる方がいいでしょ」

「リオルの言う通りだよ」

「チョロネコありがとう……」

「勘違いしないで。別にあんたが困ってるから助けたとか言う訳じゃないし。あんたたちうるさい」

「……行こうぜ」

「だな」

「……」
 ▼ 51 1◆J44kAZeDOM 16/04/27 20:46:37 ID:2pNJr/Do [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
チョロネコは、いつもこうだ。

いるだけで、なんとなく怖い。

だから、みんなが避ける。それはもちろん、僕も例外ではなかった。

話しかけるなって感じのオーラが出てるから、声をかけづらい。

自分の殻に引きこもっている感じ。

でも、とりあえずこれだけは声をかけた。


「ありがとう」

「あーうるさいうるさい。黙れってんのがわかんないの? この低能」


いっつも苛立ってる。

そんなんじゃ、友達出来ないのにな。

なんて事を言っても、チョロネコの方に変わる気がないなら、どうしようもない。

そうやっていつも、諦める事になる。
 ▼ 52 1◆J44kAZeDOM 16/04/27 20:46:59 ID:2pNJr/Do [3/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ただいまー」


ママもイブも、まだ帰って来ていなかった。

まだ事情聴取が続いてるんだろうか。

もっと遊んでおけばよかったと後悔して、でも夜にイブと話すためには宿題を終わらせないといけない事に気付いた。

だったら、終わらせちゃおう!
 ▼ 53 1◆J44kAZeDOM 16/04/27 20:47:54 ID:2pNJr/Do [4/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
やろうとはしたけど結局全然わからなかった。

イブたちが帰って来るのを待たないとどうしようもない。

まだかなまだかなと待っていると、ドアが開いた。


「ただいま」

「た、ただいま……。慣れないな」

「あ、お帰り!」

「リオル。私、明日から学校に行く事になったよ」

「うん! 一緒に行こうね!」

「うん」

「宿題も手伝ってもらえるしね!」

「自力でやるんだよ! リオル!」

「はぁい……」

「ふふ」
 ▼ 54 1◆J44kAZeDOM 16/04/27 20:48:15 ID:2pNJr/Do [5/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「じゃあ、もうやっちゃおっかな……」

「今日も掛け算?」

「うん」

「まずは考え方から理解しないと」

「うーん……」

「ハハハ! いい先生じゃないか!」
 ▼ 55 1◆J44kAZeDOM 16/04/27 20:48:36 ID:2pNJr/Do [6/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
結局、イブの手伝いがあっても宿題が終わったのは夕方になってからだった。

普段は仕事のママも、イブの事で早引けして来たみたいで、家事をする必要のなくなった僕は、イブと話して時間を潰していた。


「でさ、いろいろとウワサになってると思うけど……でもみんな、ほとんどみんな優しいから、心配する事はないよ!」

「ほとんど」

「うーん、チョロネコってポケモンがいてさ、ちょっとクール過ぎるって言うかなんと言うか……」

「へえ。仲良くなれそうかも」
 ▼ 56 1◆J44kAZeDOM 16/04/27 20:49:48 ID:2pNJr/Do [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「だから近寄り辛いと言うか……え?」

「私、学校は苦手で。みんなが一緒ってのがどうにもね。そんな中で1人だけ、周りとは違うんだったら、私と気が合うかも」

「そ、そうなんだ……」


この時、ちょっとだけイブの事を、怖いと思った。

何だか、暗い過去みたいなのが見えた気がしたから。

でも、肝心のイブに、その記憶がない。


「もしかしたら、学校に行く事がきっかけで、何か思い出すかもね」

「だといいんだけどね……」


うつむいたイブに、慌てて謝った。

あんまり触れられたくないみたい。
 ▼ 57 日はここまで◆J44kAZeDOM 16/04/27 20:50:45 ID:2pNJr/Do [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そんな事よりさ、他のクラスメイトってどんなポケモンがいるの?」

「えっと……まずはマイナンが……」


僕はみんなの事を説明した。

そうこうしている内に晩ごはんが出来たとママが叫ぶ。

返事を返して、そう言えば、とイブを見やった。

ごはんの見た目、大丈夫かな……。
 ▼ 58 1◆J44kAZeDOM 16/04/28 20:16:09 ID:YzyLDJ/U [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
案の定、いつもの悲惨な見た目だった。

イブがため息を吐き、慌てて謝る。

それに思わず吹き出して、僕もイブと同じ事をする羽目になった。


「……わかってるよ。あたしには料理の才能がないって事ぐらい」

「あ、味はホントにおいしいですよ!」

「味は、ね」

「ママ、そんな卑屈にならないで!」

「お母さん、大丈夫だって! 気にしないから!」

「……早く食べな!」

「はあい!」


食べればおいしいんだ。

もう、外食にも勝ってるぐらい。

それなのに……。

なんでカレーが青いの?

どうやったらそうなるの?
 ▼ 59 1◆J44kAZeDOM 16/04/28 20:16:54 ID:YzyLDJ/U [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「全く、オレンを隠し味にしたらおいしいと思ったのに……」


納得。

イブが小声で話しかけて来る。


「お母さんの料理センス、ある意味凄いよ。普通カレーにオレンは入れないって」

「だよね……。しかもそれがいちいちおいしいんだもん。なんなんだろうね」

「さあ……。こればっかりは」


ママはイライラとごはんをかき込んでいる。
 ▼ 60 1◆J44kAZeDOM 16/04/28 20:17:27 ID:YzyLDJ/U [3/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ごちそうさま。おいしかったあ」

「凄いおいしかったですよ」

「そう言ってくれるとありがたいけどねぇ……」

「さ、イブ。お風呂入ろ!」

「うん!」

「まあ、仲良くやれてるならそれが一番って事か」


なんて呟いてるママを横目に、僕たち2匹はお風呂場に向かった。
 ▼ 61 1◆J44kAZeDOM 16/04/28 20:17:56 ID:YzyLDJ/U [4/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
お湯が湯船から溢れ出す。

宿題で溜まった疲れも一緒に溢れ出して行った。


「そういやさ、友達がいたんでしょ? ブイってナマエのイーブイ」

「え? あ、まあ、うん」

「その子も変わってたの?」

「うーん、どうだったかなぁ……。なんだかぼんやりしちゃってて。これも記憶喪失のせいなのかな……」
 ▼ 62 1◆J44kAZeDOM 16/04/28 20:18:28 ID:YzyLDJ/U [5/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「でも、なんでそんな学校の事だけ覚えてるんだろ」

「うーん……」

「ニンゲンって言葉にもビクッてしてたけど、それも関係あるのかな……」

「ふふっ」

「え? どうしたの?」

「いや、リオルとお母さんって、親子だなって」

「なんで?」

「だって、事情聴取しようとしてるじゃん。気付かない内に」

「……そうなの?」

「きっとお母さんに影響されてるんだろうなって」

「へー」


全く気付かなかったや。
 ▼ 63 1◆J44kAZeDOM 16/04/28 20:19:09 ID:YzyLDJ/U [6/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「まあでも、私の事、真剣に考えてくれてありがとう。だけど……私の事なら、あんまり心配しないで大丈夫だよ」

「え、でも!」

「なんとなくだけど、傷付けられたのはきっかけでしかなかったんじゃないかなって。記憶を失う」

「……どう言う事?」

「さっきまで言って来たけど、私、結構重い過去があるみたいじゃん。それから目を逸らしたくて、記憶を消した。でも、実際に消すのは難しくて、それが殺されかける事で完全に消えたんじゃないかなって」

「……ダメだ! さっぱりわかんないよ」

「だろうね。私もよくはわかってないし」

「なんだよそれ! 僕がバカみたいじゃないか!」

「ごめんごめん」

「まあいいけどさ。僕がバカなのはホントだし」

「でも、リオルはバカだけど、でもいいバカだよ。他人の事を思いやれる、いいバカ」

「……結局バカなんだ」

「私、もうあがるね。なんだか学校、楽しみになって来ちゃった」

「待って! 僕も出る!」
 ▼ 64 1◆J44kAZeDOM 16/04/28 20:19:50 ID:YzyLDJ/U [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
2匹揃ってお風呂から出ると、ママは玄関に立っていた。

慌てて外出の準備をしているらしい。

僕たちの気配を認めて、ママは振り返った。


「急に呼び出し食らって。また行方不明のポケモンが出たんだ。今日は帰って来られないと思う」

「そっか。いってらっしゃーい。頑張ってね」

「リオル、気を付けるんだよ。まあ、今は1匹じゃないから多少はマシだけどね」

「え、わ、私ですか?! 気を付けると言っても、私、バトルはからきしで……」

「気持ちの問題だよ。じゃ、行って来るよ!」

「……行っちゃった」

「まあ、大丈夫だよ。悪い奴が襲って来ても、僕が絶対守ってみせるから」


イブは急に強くなった口調にビックリしたのか、僕をじっと見詰めた。

パチクリと言う擬音語がピッタリくる、そのぐらい目を大きく見開いて。

僕はニコリと笑って見せた。


「大丈夫だって。悪い奴なんてそうそう襲って来ないから。あ、でもイブを傷付けた奴らが来るかもしれないのか……」
 ▼ 65 レキブル@しんぴのしずく 16/04/28 20:20:31 ID:Z8PAQCsg NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ちょっと思ったんだが…これSSじゃなくて小説じゃね?
 ▼ 66 日はここまで◆J44kAZeDOM 16/04/28 20:26:39 ID:YzyLDJ/U [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「それにしても、また行方不明のポケモンが……ねぇ」

「うん。最近多いんだ。ニュースではあんまり言われてないんだけど、ママが言ってくれるんだ。気を付けてねって」

「ニュースで言われてない……か」

「全然手掛かりが見付からないもんで、イライラしてる事も多くって。その時のママは、ちょっと怖いよ」

「わかった」

「行方不明と言えば、もしかしたらイブの事も、行方不明になったって探してるポケモンがいるよね」

「いる……のかな。よくわかんない」

「いや、絶対にいる! だって、まさか心配してくれる親がいないとか、そんなはずないでしょ?」

「だといいけどね」


話はここで終わった。

僕たちはまだ子ども。もう寝る時間だ。

イブの事はいろいろ気になる。

だけどそれは、ママに任せておけばいい話だ。絶対、イブの過去も、イブを傷付けた犯人も捕まえてくれる。


「じゃ、明日も早いし、お休み」

「お休み」
 ▼ 67 1◆J44kAZeDOM 16/04/29 20:54:20 ID:N3I/qAyo [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「こーんな子どもをお金で買おうとするなんて、ほんっとサイテー」


さすがに、この発言には覚悟が必要だった。

これは本心ではあるが、普段のあたしはこの場でそれを口に出さないぐらいの常識は持ち合わせている。

それをわざわざ言うのは、目の前のこのおっさんが、罵ってと言って来たから。

もしお金をくれるのでなければ、こんな奴、罵る以前に声をかけようとも思わない。

だが、今しているのは仕事だ。

健全な仕事ではないが、お金をもらっている以上、手抜きは出来ない。

あたしは、目の前で酷いと傷付いたフリをするおっさんにバレないように、こっそりとため息を吐いた。


「奥さんとか子どもとか、いるの? ま、いる訳ないか」

「どうしてそんな事言うのさ……」


お前が罵れって言ったからだよ、とツッコミたい気持ちを全力で抑え付け、あたしは妖艶さを意識して微笑んだ。


「だって、あんたみたいな冴えない男に、女が寄って来るはずもないし」
 ▼ 68 1◆J44kAZeDOM 16/04/29 20:54:45 ID:N3I/qAyo [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
時計をチラチラと見る。

もちろん、客であるこいつにバレないように。

この時間は苦痛だが、家に帰る時間を思うとなおさら憂鬱になる。

その苛立ち、そして恐怖が、あたしの口を、必要以上に動かした。


「あ、それともいた? 夫婦間が上手くいかなくて、一緒に暮らしてるのに別居してるみたいな奥さんが」

「ひ、酷い……」


こいつは、かわいそうな自分に惚れこんでしまうタイプだろう。

満足しているし、これでいいやと割り切る。


「もう時間ですので、お帰り下さい」


普段ならもう少し丁寧に応対するのに、ここでもさっきの苛立ちを引きずって声が尖っていた。

でも、これでいいや。このおまじないは、本当に万能だ。
 ▼ 69 1◆J44kAZeDOM 16/04/29 20:55:46 ID:N3I/qAyo [3/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「はい、ごはんと日当。今日もお疲れ様」


オーナーがあたしに話しかけて来る。

あたしの事情を知っていて、それを追及して来ないオーナーの事が、あたしは、それなりに好きだった。

それなりに、と言うのは、そもそも風俗のオーナーがあたしみたいな小学生の♀と接点を持っている時点でアウトだから。

それでも、あたしに体を売らせるような事は絶対にないし、こうやってちゃんとごはんも――カップラーメンだけど――作ってくれる。

少なくとも、親に比べれば、間違いなくいいポケモンだった。
 ▼ 70 1◆J44kAZeDOM 16/04/29 20:56:06 ID:N3I/qAyo [4/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


目が覚めた。

イブはまだ寝ている。

ふあっと1つあくびをうつと、朝の特訓をするべくリビングに出た。

そして、テーブルの上に置かれている置き手紙を見付ける。

『今日はママ寝てるから、1人で特訓してください。メニューはここに書いてあります』

普段の口調とは違いすぎるその文面に思わず笑いがこぼれた。

さて、と呟いて僕は立ち上がると、家の裏に吊るしてあるサンドバックに向かって歩き出した。
 ▼ 71 1◆J44kAZeDOM 16/04/29 20:56:55 ID:N3I/qAyo [5/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「とうっ!」


『グロウパンチ』。使えば使う程拳の勢いが増して行き、攻撃力が高くなる。

それを何度も振り回し――と言っても毎回ちゃんとサンドバックに狙いを付けてはいるけれど――全力で殴れるようになった所で、動きを加える。

サンドバックを中心に時計周りで動きながら(相手をかく乱する練習だ)、その勢いで繰り出すのは『フェイント』。固いガードを破るのに役に立つ。

そして、軽く突き出した拳でサンドバックを吹き飛ばすと、それにめがけて飛びかかり『はっけい』を繰り出す。

最後の決め技だ。いわゆる僕の切り札。サンドバックがぐるりと一周して、後ろから襲い掛かる。僕はそれをかわした。

最後に『かみつく』(ゴーストタイプ対策。生まれた時から覚えてたけど、ホントに便利)をサンドバックに向かって決めて、今日のメニューは終了だ。

ふと気付くと、イブが覗いていた。


「す、凄い……」

「え、そう? ありがとう!」

「疲れたでしょ。お母さんは寝てるよね。私、ごはん作るね」

「ありがとう! それじゃ、イブの分の朝の用意も済ませちゃうね」

「お願いね」
 ▼ 72 1◆J44kAZeDOM 16/04/29 20:58:14 ID:N3I/qAyo [6/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は、適当にその辺にある大きなかばんを掴むと、筆箱代わりになりそうな物を探した。

すると、その物ズバリ筆箱一式を発見。

その周りには、学校に必要になりそうな物が他にもいろいろ揃っていた。

ノートとか、鉛筆とか消しゴムとか……。

きっと昨日か今日か、コンビニ辺りでママが調達して来てくれたんだろう。

僕は、それをかばんに詰めるだけでよかった。

さて、僕の分の用意も終わらせた事だし、後は新聞を取って、それからごはんを待つだけかな。


「出来たよ!」


そんな事を考えた瞬間にごはんが出来た。タイミングピッタリ。

僕は返事をして、リビングへ向かった。
 ▼ 73 1◆J44kAZeDOM 16/04/29 20:59:52 ID:N3I/qAyo [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「いただきまあす」


2匹の声が重なる。

目の前で湯気を立てているスープに僕は思わず舌なめずりをした。

イブが口を付ける。そして、満足気に微笑んだ。

僕も慌ててスープを飲む。

口の中に、ママの味とはまた違うおいしさが広がった。

温かで優しい味が口の中に広がる。

感動が思わず口からこぼれ、イブは目を輝かせた。


「それにしても、お母さん遅いね」

「たぶん今日はもう起きて来ないよ。昨日あの時間に仕事行ってたし。いつもならごはん用意してくれるはずなんだけど、拗ねちゃってるのかなあ」

「あ、そうなんだ……」
 ▼ 74 日はここまで◆J44kAZeDOM 16/04/29 21:00:39 ID:N3I/qAyo [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ごちそうさま」


僕は立ち上がり、歯磨きして、顔を洗って、イブを待った。

イブも急いでそれを片付けて、かばんを背負った。

僕たちはまだ寝ているママに行って来ますと声をかけ、学校へ向かった。
 ▼ 75 1◆J44kAZeDOM 16/04/30 22:36:03 ID:w2itW2Jk [1/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕たちは、いつも通りシシコとミミロルの2匹と合流した。

2匹はイブに興味津々ではあったけど、質問攻めにはしなかった。

記憶がほとんど消えている事はあらかじめ言っておいたから。

まずは自己紹介から始まる。


「私ミミロル。よろしくね」

「俺シシコ! よろしくな!」

「あ、えっと、イブです。イーブイの。これからよろしく」
 ▼ 76 1◆J44kAZeDOM 16/04/30 22:36:24 ID:w2itW2Jk [2/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「基本的に、私たち3人が家近くて、一緒に登校してるんだ」

「へぇ。仲いいの?」

「ま、普通かな」

「なんだよそれえ! 俺お前の事――」

「はいはい」


イブが、ひそひそと話しかけて来る。


「シシコ、ミミロルの事……」

「好きみたい。ミミロルは流してるけど」

「あーやっぱり」
 ▼ 77 1◆J44kAZeDOM 16/04/30 22:37:02 ID:w2itW2Jk [3/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その後もなんやかんやといつも通りのやりとりをしながら学校へ歩いた。

本当に普段通り。

イブがそこにいても、雰囲気はあんまり変わらなかった。


「どう? イブ。こんな感じのクラスメイト。結構楽しそうじゃない?」

「うん」

「そう言ってくれると私も嬉しいよ。ありがと!」

「これも俺のお陰だな!」


思わず吹き出した。
 ▼ 78 1◆J44kAZeDOM 16/04/30 22:38:07 ID:w2itW2Jk [4/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
学校に到着。

他のクラスメイトのみんなにもイブの事を紹介する。

あっという間にポケ込みのど真ん中に立たされたイブを、僕はどうする事もなく見ている事しか出来なかった。

ふっと目を遣ると、チョロネコはまた眠っていた。

声をかけようと思いはしたけど、結局うるさいとか言われて終わりそうな気もして、結局諦めた。

いつの間にか隣に立っていたイブが、チョロネコの事を見詰めていた。

かわいそうとか、そんな感じの感情じゃなくて、ただ興味だけの目線だった。


「どうしたの?」

「ううん」
 ▼ 79 1◆J44kAZeDOM 16/04/30 22:39:25 ID:w2itW2Jk [5/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


あの転校生が、あたしを見詰めている。

向こうもあたしに興味を示してくれているらしい。

内心嬉しく思い、そんな心の動きに驚いた。

けれど、リオルがいる。

恐らく、彼女は大勢といても上手くやって行けるだろう。

だって、一緒にいられる友達がいるのだから。

あたしにそれを持つ事なんて、許されてはいないけど。

小学生で水商売をやっている悪女に、友達なんて。

だけど、興味を持つぐらいは許されているはずだ。

あたしは、顔をあげてイーブイを見詰め返した。

イーブイはあたしにニコリと笑いかけると、再びポケ込みの中に戻って行った。
 ▼ 80 1◆J44kAZeDOM 16/04/30 22:39:54 ID:w2itW2Jk [6/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
授業は退屈だ。

教科書を読んでれば誰でもわかるような簡単な授業。

それでも、苦戦するポケモンは苦戦するようで、正直見ていて滑稽。

先生が出した問題に四苦八苦しているクラスメイトを眺めながら、あたしは半分眠っていた。

が、それを一気に目覚めさせるかのようにイーブイが発言した。

正解だった。しかも完璧。説明も先生より上手い。

リオルがさすが! なんて褒め称えている。

驚く程の事ではないと思いながらも、あたしは顔をあげた。

イーブイが照れたような笑いを浮かべている。

みんながイーブイの事を尊敬の目付きで見上げていた。

先生がごほんと1つ咳払いして、授業を再開した。

あたしはまた突っ伏す。
 ▼ 81 1◆J44kAZeDOM 16/04/30 22:40:41 ID:w2itW2Jk [7/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
休み時間、イーブイの周りにみんなが集まってワイワイガヤガヤとしていた。

いつもならうるさくて仕方ないはずのその喧噪に、あたしは耳を傾けていた。


「めっちゃ頭いいじゃん。うらやましっ」

「そ、それほどでもないよ……」


とまあ、終止イーブイの謙遜が続いた。

あたしは少し冷めた目付きでそれを眺めていた。

騒ぎに巻き込まれるのは目に見えていただろうに、どうして解答してしまったのかと。

イーブイの謙遜の声の中には、当惑が混じっている。

答えてしまうと悪目立ちすると言う事がわからない程バカではあるまいし。

けれどまあ、それも仕方ない。

一度口にした言葉は、そう簡単には撤回出来ない物だ。
 ▼ 82 1◆J44kAZeDOM 16/04/30 22:41:16 ID:w2itW2Jk [8/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
放課後。

イーブイをみんなが遊びに誘う。

けれど、恐らくそれは全部断るんじゃないかと見ていた。

が、現実には、彼女は断り切れないと言う風情で遊びに行く事が決まっていた。

リオルが笑って手を振る。

イーブイは、それに曖昧な笑いを返すと――

あたしの方を向いた。

そして、歩み寄って来る。

困惑して立ちすくんだままあたしはそれを出迎えた。


「ねえ、チョロネコ。あなた……いや、いいや。なんでもない。これからよろしくね」


それだけ言うと、イーブイは振り返って、走り去った。
 ▼ 83 ムリット@リザードナイトY 16/04/30 22:41:37 ID:w2itW2Jk [9/9] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
今日はここまでです
 ▼ 84 1◆J44kAZeDOM 16/05/01 21:45:14 ID:kVUMXn2M [1/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「イブー、どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ」

「それじゃ、僕はみんなと遊んでくるよ。6時に玄関で集合ね!」

「うん。私もちょっと遊んでくるね」


それにしても、ビックリした。

まさか、あんないきなりチョロネコに話しかけるなんて、思いもしなかった。

だけど、とも思う。

イブがチョロネコに声をかけたのも、興味があるからなんだよね。

だとすると、イブは僕が考えている以上に優しい子なのかもしれない。

チョロネコの方をついと見てみると、何事もなかったかのように帰る支度を済ませていた。

それで、僕の中からもチョロネコの事は消えてしまった。
 ▼ 85 1◆J44kAZeDOM 16/05/01 21:45:45 ID:kVUMXn2M [2/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「何やる?」

「鬼ごっこは?」

「よし! じゃあ俺鬼な! タンマはなしだぞ!」

「わかってるよシシコ! みんな、鬼ごでいい?」

「オッケー!」

「いいよ」

「なら、俺が10秒数えるから、逃げろよ!」


シシコは、あっという間に10秒を数え終え、周りから文句を言われながらも楽しそうに走り始めた。
 ▼ 86 1◆J44kAZeDOM 16/05/01 21:46:07 ID:kVUMXn2M [3/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕の隣には、マイナンがいる。

僕とマイナンは、共同戦線を貼っていた。

要するに、2人がかりで鬼をかく乱し、2人とも助かるって言う作戦だ。

シシコは僕以上に単純だから、こんな作戦でも毎回通用しちゃう。


「あっ、来たよ」

「もう少し引き付けて……」

「待てっ!」

「今だ逃げろっ!」
 ▼ 87 1◆J44kAZeDOM 16/05/01 21:46:41 ID:kVUMXn2M [4/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
結局6時ちょっと前までみんなで楽しく遊んだ。プラスルとイブが迎えに来るまで。

この2匹、なんだか意気投合しちゃったらしく、楽しげに話している。


「姉ちゃん、何話してんの?」

「内緒よ」

「えーひどーい!」

「でも良かったね。仲良くなれて」と僕はイブに声をかけた。

イブも、ニコリと微笑む。


だけど、その表情に、チラリと翳り(かげり)が見えた気がする。

その顔に、僕はなぜか、チョロネコの事を思い出した。
 ▼ 88 1◆J44kAZeDOM 16/05/01 21:47:02 ID:kVUMXn2M [5/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「またな!」

「バイバーイ!」


シシコとも別れて、僕はイブと2匹、帰り道を歩いた。

訳もなくイブの方を見ると、何か考え込んでいるようだ。

僕は、何も口を出せないままに歩き続ける。

僕は、チョロネコから逃げた。だけどイブは、まだチョロネコと向き合おうとしている。

だから、僕には今、イブに声をかける資格がない。

ただ、この気まずい沈黙に、背中がむず痒くなる。

それをどうにも出来ないまま、僕たちは家に辿り着いた。
 ▼ 89 1◆J44kAZeDOM 16/05/01 21:47:39 ID:kVUMXn2M [6/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ただいま」

「あ、ただいま」

「お帰りリオルにイブ。ごはん出来てるよ。ま、あたしのごはんなんて……」

「おいしいからいいの! 気にしないでよ。見た目が酷くてもママの料理は世界一だって!」

「ハハッ、ありがとね」

「いや、本気で味はおいしいですよ。今まで食べた事ないぐらい。まあ他の物食べた記憶もほとんどないけど……」


そう言うイブの口調はあんまり暗くはなかった。

イブは大丈夫だと判断して、ママの機嫌を取りに行く。


「ホント、味は最高だって!」

「まあ、おいしく食えて栄養が取れればいいですからね」

「そうかい。ならあんまり気にするのはやめとくよ」
 ▼ 90 1◆J44kAZeDOM 16/05/01 21:48:14 ID:kVUMXn2M [7/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
イブが小声で話しかけて来る。


「これ、無理してるよね」

「いや、ママだから、たぶん本気」

「何それ」

「だってママだもん」

「いやわからないよ」

「僕もわかんないけど、ママはこんなとこで嘘吐いたりなんかしないって」

「……ふうん」


それだけ言うと、イブはママの手料理を食べ始めた。

僕も慌てて食べ始める。

やっぱり、味は最高だ。今朝のイブの料理と比べても、普通に勝ってる。

目を閉じて食べられたら……といつも夢想するのだけど、叶わない願いだった。
 ▼ 91 1◆J44kAZeDOM 16/05/01 21:48:40 ID:kVUMXn2M [8/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ごはんを食べ終えて、お風呂に入った。

その中で、話題はチョロネコの事になる。


「そういやさ、チョロネコに話しかけてたじゃん。あれ何だったの?」

「え? ああ、いや……ただ、私なりに考えがあって。説明面倒だから、後でいい?」

「え、まあいいけど……」

「じゃ、私はもうあがるね」

「うん」


僕は汗を流すのも兼ねて、もう少し長湯する事にした。

その間に、いろいろと考えてみる。

イブが何を考えているのかについて。
 ▼ 92 1◆J44kAZeDOM 16/05/01 21:49:42 ID:kVUMXn2M [9/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
結局、その労力は無駄に終わった。

僕には何もわからない。

イブが考えている事がチョロネコについて、って事ぐらいはわかるけど、イブはそれ以上の事を考えていそうな雰囲気を出している。

けれど、そこへ至るための手掛かりが、絶対に足りなかった。

僕は自分の部屋で、イブに説明を頼んだ。
 ▼ 93 CSn9vcIqE6 16/05/02 15:46:40 ID:dN59MnxU NGネーム登録 NGID登録 報告
支援ですー!
 ▼ 94 1◆J44kAZeDOM 16/05/02 20:35:33 ID:R9d26hr6 [1/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「いいよ。まずえっと……リオルって、学校と家族、習い事以外で、誰か深い関係を持ってる人、いる?」

「いない事はないけど……。ママの職場の同僚の子どものチルタリスさんとか」

「へぇ。でも、それは家族からのつながりだから、家族とカウントするよ。学校でも、家族での付き合いでもない友達とかいる?」

「えっと……いない、かな」

「だよね。まずはそこに納得してもらわないと次に進めないの。学校関連、家族付き合い、習い事以外で知り合いになるのは、小学生にとってすっごい難しい事なの」

「でも、それが何か関係あるの?」

「まあね。この時点で、チョロネコのこの異様なまでの暗さ? は学校関連か家庭関連かのどっちかが原因になってるって事になる」

「……なるほど! 凄いや、そんな事よく考えるね!」
 ▼ 95 1◆J44kAZeDOM 16/05/02 20:35:53 ID:R9d26hr6 [2/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「で、チョロネコは、私には興味を示してくれてたみたいだけど、他のみんなはどうでもいいって感じじゃない」

「うん」

「だから、学校関連でトラブルがあろうと、チョロネコはそれを気にしないと思うの」

「うん」

「習い事は論外だよね。行ってるとは到底思えないし、たぶん行ってたとしても、学校と同じようになってたと思う」

「あ、それはないよ。チョロネコは習い事してないって聞いた事あるし」

「え?」

「近所に住んでるヒトから聞いたんだけどね」

「ふうん。でも、それならなおさら、問題があるのは家庭なんじゃないかな」

「でもさ、元々そう言うポケモンなだけだと思うんだけど……」

「そう言われると反論出来ないの。だから……カマかけてみた」

「えっと……どう言う事?」


ニコリと微笑むイブに、僕の理解は限界を超えた。

だから、僕はそう尋ねた。
 ▼ 96 1◆J44kAZeDOM 16/05/02 20:37:36 ID:R9d26hr6 [3/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「私はあなたの事を知ってる、みたいな思わせぶりな発言をしようとして、でもあえて止める演技をするの」

「?」

「つまりね……私はこう言ったの」

『ねえ、チョロネコ。あなた……いや、いいや。なんでもない。これからよろしくね』

「ね? 続きが気になるでしょ?」

「……それで?」

「こうやってしてれば、話しやすくなると思うんだ。本当に事情があった場合は、だけど」

「へえ。……わかんないや」

「やっぱりか」

「何だよそれえ!」

「ううん、なんでもない。ほら、さっさと宿題終わらせようよ」

「うっ……」
 ▼ 97 1◆J44kAZeDOM 16/05/02 20:37:57 ID:R9d26hr6 [4/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
それを言われてしまうと、僕は何も言えなくなってしまう。

イブだって宿題があるのは同じだけど、すぐ終わるだろうし。

なんたってあんな天才ぶりをクラスで見せつけていたのだ。宿題なんて余裕だろう。

けど僕は……。

ここまで考えて、物憂げに嘆息した。
 ▼ 98 1◆J44kAZeDOM 16/05/02 20:40:08 ID:R9d26hr6 [5/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「終わったあ」

「お疲れ様……私が疲れたよ」

「ありがとうね、教えてくれて」

「これ、私が来るまでどうやって宿題やってたの?」

「え? いっつも途中で諦めてたけど」

「……はあ」


イブのため息に、僕はなんだか情けなくなった。

だけど、仕方ない。

イブの懇切丁寧な説明を聞いても理解するのに時間がかかったんだから、嘆かれて当然だ。

ただ、どうしてもはっきりさせたい事があった。


「ねえイブ」
 ▼ 99 1◆J44kAZeDOM 16/05/02 20:41:15 ID:R9d26hr6 [6/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ん? 何?」

「チョロネコは……心配しないといけないような状態なの?」

「わからない。それがハッキリするのは、もっと後だよ」


かわされてしまった。

僕のパンチの命中率は高いのに、言葉は虚しく宙を舞うだけ。

イブは、よくわからない。

自分の事もまだわかっていないはずなのに、平然とこんな推理をしてしまう。

それは凄い事なんだけど、ちょっとイブの事を怖く感じてしまう。

やっぱり普通、こんな時は自分の事で精いっぱいになるんじゃないかなと、疑問に思うのだ。
 ▼ 100 ュリネ@きかいのぶひん 16/05/03 16:31:10 ID:NuHwp.TY NGネーム登録 NGID登録 報告
世界観は現代っぽいな
 ▼ 101 1◆J44kAZeDOM 16/05/03 23:26:32 ID:CLZn2wnQ NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
今日は更新出来ません
すいません
 ▼ 102 1◆J44kAZeDOM 16/05/04 17:43:55 ID:xwl8bE.Q [1/12] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「ふあっ、なんか久しぶりに学校に行った気がする。疲れたから、もう寝るね……」

「あ、うん、お休み」


物思いに耽っていた僕は、唐突にかけられた声に驚いて振り返る。

イブは、布団に倒れ込んでいた。

それに合わせて時計を見ると、もう10時。寝ないといけない。

僕も不意に重くなって来た目をこすり、僕は布団に寝転んだ。
 ▼ 103 1◆J44kAZeDOM 16/05/04 17:44:17 ID:xwl8bE.Q [2/12] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
翌朝。

いつものように朝起きて、特訓を始める。

イブに料理を任せて、ママも僕の特訓に、いつも以上に親身になってくれた。


「遅いよ! そんなんじゃ相手は騙せない!」

「うー……」

「フェイント、筋はいいから、後は小刻みな動きをマスターしないと駄目だね」

「はあい」

「ごはん出来ましたよー」

「あ、そうかい! 行くよリオル」

「うん!」


イブのごはんに、思わず気持ちが軽くなる。

味は、イブのもおいしいけどママの方がおいしい。

だけど、見た目ってのは意外に重要だ。

特に朝は。
 ▼ 104 1◆J44kAZeDOM 16/05/04 17:44:53 ID:xwl8bE.Q [3/12] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「いただきまあす」


僕たちはイブの手料理を頬張りながら、特訓についてイブに改めて説明する。

と言うのもイブが、


「なんで修行してるの?」


と聞いて来たからだ。


「えっと……誰かを守るためには、強くないといけないから。だったよね? ママ」

「そうだよ。こうやって警察に入って、わかったんだ。思うだけではどうにもならない。誰かを守るには、頭か、力か。どちらかが必須なんだ」

「まあ、僕はバカだしね」


拗ねたように言うと、イブがくすりと笑う。

それに対して余計イライラした声を出すと、イブは慌てて謝った。

でも、これは冗談だった。

慌てて訂正すると、イブはなあんだと笑った。
 ▼ 105 1◆J44kAZeDOM 16/05/04 17:45:26 ID:xwl8bE.Q [4/12] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「でもまあ、きっかけはどうあれ、この特訓は、楽しいよ。将来はなんかこう言う仕事がしたいなって思ってるし」

「へえ。いいな、未来の目標がちゃんと決まってて」

「えへへ」

「私は……まず未来より過去について思い出さないとだけどね」

「そうだよね。ホントなんなんだろ。なんでケガしてたのかわかれば手掛かりにはなると思うんだけど……まだ見付からないの? 犯ポケ」

「まあねぇ……。残念ながら、今の所手掛かりなしだよ。全く、上手くやるもんだよ……」


失望を滲ませながら、ママはこう語った。


「どうせまた、この辺のチンピラ共なんだろうけど……。今は別件で時間取られるんだよ。すまないね」

「いえ、いいんですよ」

「はあ……」
 ▼ 106 1◆J44kAZeDOM 16/05/04 17:47:41 ID:xwl8bE.Q [5/12] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「ごちそうさま」


話題が重くなりそうだったから、僕が空気を読まずにそう言って、朝の雰囲気に戻した。

イブもママも、そこでお皿に目を遣ると、まだ半分しか減ってない事に気付き、慌てて食事を再開した。

僕は朝の用意を済ませ、イブを待機する。

イブも急いで支度を完了させ、僕と並んで言った。


「行ってきまあす」

「行ってらっしゃい」
 ▼ 107 1◆J44kAZeDOM 16/05/04 17:48:22 ID:xwl8bE.Q [6/12] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
シシコやミミロルと談笑しながら学校への道を歩く。

イブに宿題を手伝ってもらってる事を話すと、イブは恥ずかしがってうつむき、シシコは反対にうらやましいと身を乗り出し、ミミロルはそんなシシコをたしなめる。

こんな会話を繰り広げながら、僕たちは学校へ到着した。

そして、イブは辺りを見回すと、言った。


「ねぇリオル、チョロネコは……」

「普通にいるけど……特に変わった気配はしないね」

「あ、こっち見たよ」

「ホントだ」

「どうなんだろ、私の推測、あってるかな……」

「あっ、立ったよ! こっち来た、凄い……」
 ▼ 108 1◆J44kAZeDOM 16/05/04 17:50:02 ID:xwl8bE.Q [7/12] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
そして、チョロネコは僕たちの目の前に立った。

何を言ってくれるのかと期待して待っていると、その願望をいとも簡単に裏切る発言をする。


「ねぇあんたたち、あんまりこっちをじっと見ないでくれる? 目障りなんだけど。あたしの視界から消えて」

「酷いよっ!」

「知るか」

「でも――」


なおも食い下がろうとする僕を、イブが止める。


「リオル、ここは引こう。ごめんねチョロネコ。つい気になって」

「ふん」
 ▼ 109 1◆J44kAZeDOM 16/05/04 20:02:41 ID:xwl8bE.Q [8/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


イライラしながらあたしは自分の席に戻った。

クラスの雰囲気が一気に暗くなり、ゴニョニョの声でも聞き取れそうな静寂が辺りを包む。

だが、あたしがイライラするのにも、理由はある。

イーブイの、あの『私は全てお見通し』って言う視線と口調が気に入らなかったのだ。

そんな簡単にわかったような気になったあの表情が、何よりうざったかった。

あたしは水商売をしている。

その事に、安い同情を寄せられるぐらいなら、いっそのこと貶された方がよっぽど気が楽だ。

同情は、優しさの発露であるように見えてその実、自分が相手より優位に立っていると言う優越感からしか来ない物だ。

自分がその苦しみにおかれてみれば、同情には実は何の意味もない事なんてすぐにわかるだろう。

本気で相手の立場に立って考えるだけでもわかりそうな物なのだ。

だから、安い同情をする奴は、心配してあげている自分に酔っている、ただそれだけだ。

結局、この転校生もそう言う奴だ。

少しでも興味を惹かれた自分がバカみたい。

そう言って冷たく笑うと、あたしは教科書を開いた。
 ▼ 110 1◆J44kAZeDOM 16/05/04 20:03:21 ID:xwl8bE.Q [9/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その不安定な感情をあたしは飼い殺しにしていた。

しかし、内に溜め込んでいる内に、負の感情は少しずつ、増大して行く。

あたしは、周りを拒み、1人思考の深淵へと潜り込み、自分の思い込みに、絶対の正しさを付加させて行った。

いや、拒みと言う言い方は正確ではない。

今日は、イーブイですら声をかけては来なかったのだから。

だから、1人で思う存分、心の闇を増大させて行く事が出来た訳だ。
 ▼ 111 1◆J44kAZeDOM 16/05/04 20:05:00 ID:xwl8bE.Q [10/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その感情は、消える事ないままに家まで持続した。

あたしは帰宅も告げずに親の目を盗んで、かばんを下ろし、そのまま仕事へと向かった。

親に見られれば、何をされるか分かった物ではない。

殴る蹴るは当たり前、酷い時には体の関係を強要しようとしてくる父親。

そんな父を見て見ぬ振りして、自分が少しでも長く生き延びたいと言う、それだけに固執して生を無為に過ごしている母親。

あたしは、独りだった。

誰もあたしの事を理解してくれない。

オーナーだって、金が絡まなければあたしとの関係は切っているだろう。

あたしその物を受け入れてくれるヒトは、どこにもいないのだ。

なぜか、乾いた笑いがこぼれる。

絶望に伴う、明るい笑い。

あたしの苛立ちは最高潮に達して、限界値を超えていた。
 ▼ 112 1◆J44kAZeDOM 16/05/04 20:05:48 ID:xwl8bE.Q [11/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「イブ、どうだった? チョロネコは……」

「えっ、ちょっと待って、もう出て来た隠れてっ」


僕たちは、2匹してチョロネコの事を尾行していた。

実は、誰もチョロネコの家を知らなかったのだ。

だから、まずはそこの特定から始めようとイブが提案し、僕がそれに乗っかる形で実現した。

チョロネコは、帰って来るやいなやかばんを置いて、どこかへと向かった。

僕たちは、気取られないようにその後ろから付いて行く。
 ▼ 113 1◆J44kAZeDOM 16/05/04 20:06:27 ID:xwl8bE.Q [12/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
チョロネコは、ポケ影のない路地裏の方へと入り込んで行く。

まだ気付かれてはいない。

僕たちは路地裏に足を踏み入れた。

入り組んだ道を迷う事なく進んで行く。


「チョロネコ、来慣れてるわね」

「だね。いっつもこんな家から離れたとこに……」

「にしても何ここ。なんかいかがわしい……」

「そういやここ、先生に危ないから来ちゃ駄目って言われてる……」

「その通りだぜ、お嬢ちゃんたち」
 ▼ 114 1◆J44kAZeDOM 16/05/05 20:15:26 ID:LWHT1HFk [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
不意を突かれて振り返ると、おっさんがニヤニヤと笑っていた。

長い耳が、その表情以上に器用に感情を伝えていた。

それは、警告ではなく、喜び、期待と言った物だった。


「ここはこんなガキが入って来ていい場所じゃねぇぜ」

「でも! チョロネコも入って来てるじゃん!」

「ちょっとリオル!」


小声でたしなめようとするイブの声も、このおっさんの声に掻き消される。


「ヘヘッ、彼女はな、ガキじゃねぇんだぜ、お前らと違って」
 ▼ 115 1◆J44kAZeDOM 16/05/05 20:16:09 ID:LWHT1HFk [2/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……この辺は、もしかして風俗――」

「その通りだぜ。もちろん、お前らがここで働きたいってんなら話は別だが、そうでもないのに通す訳にはいかねぇなあ。ついでに言うなら……無事にこっから返す訳にもいかないぜ」


その声の冷たい響きに、僕の背筋は震えた。

古い記憶が強引に表層に現れようとして、それを無理矢理抑え込んだ。

が、イブの恐怖はそれ以上だった。

ヒトより危険に敏感な体質らしい。
 ▼ 116 1◆J44kAZeDOM 16/05/05 20:16:32 ID:LWHT1HFk [3/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「おっと、そっちのお嬢ちゃんはわかってるみたいだな。俺が危険な奴だって。お前はどうする? 素直に言う事を聞くなら、勘弁してやらない事もないぜ」

「誰が……誰がお前なんかのっ!」


僕は恐怖を振り払うように大声で叫ぶ。

おっさんは、ニヤリと笑う。


「なら、お前は無事じゃぁ済まないな」

「イブ、援護お願いね」

「う、うん……」


まずは、相手を冷静に見定める。

種族は恐らくホルード。

ノーマル・地面タイプだから僕の格闘技は効果抜群。

よし、と呟く。

震えが止まった。

僕は大地を蹴った。
 ▼ 117 1◆J44kAZeDOM 16/05/05 20:17:26 ID:LWHT1HFk [4/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「て、手助けっ!」


イブは本当に僕の手助けに徹するようだ。

この行動のお陰で、力が湧き上がって来る。


「うぉぉおおおおおっ!」


雄叫びと共に、拳を突き出して殴りかかる。

グロウパンチをホルードに捻じ込んだ。

ホルードの顔に少しだけ苦しみが浮かんだが、すぐにそれを振り切って、行動を起こした。

耳を地面に突き立て、そのまま大地を揺らす。地震だ。

バランスを崩して、僕とイブは倒れ込む。

ホルードは僕に狙いを付けると、その耳を振り回す。

慌てて僕はそれに対抗するため、拳を振りかぶった。
 ▼ 118 1◆J44kAZeDOM 16/05/05 20:18:13 ID:LWHT1HFk [5/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
勢いの付いた耳と攻撃力の高まった拳のぶつかり合いは、釣り合いを保ったままだ。

子どもの力と大人の力では、やはり、差は激しい。

それをここまで対抗出来ているのは、ひとえにイブの手助けのお陰だった。

しかし、僕の拳は、もう片方の耳には届かない。

ホルードは、自由に動くもう1つの大きな耳を僕めがけて振りかぶった。


「危ないリオルっ! しゃがんで!」


咄嗟の発言に、意味を理解する間もなく僕は言われた通りしゃがんだ。

それが、身を救った。

つっかえ棒になっていた僕の拳がなくなる事で、ホルードはバランスを崩したのだ。

耳の攻撃が空を切る。

僕はそこめがけて手を突き出した。
 ▼ 119 1◆J44kAZeDOM 16/05/05 20:18:35 ID:LWHT1HFk [6/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「はっけい!」


「援護するよ! 手助け!」


さっきよりも、しっかりと力が伝わって来る。

僕の拳が唸りをあげる。

全身全霊を込めた攻撃に、ホルードがたたらを踏む。

そこを逃さず僕はグロウパンチを叩き込んだ。
 ▼ 120 1◆J44kAZeDOM 16/05/05 20:19:18 ID:LWHT1HFk [7/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そこからは、僕の独壇場だった。

面白いように刺さる拳。

勢いを増して行く。

ホルードが、必死で助けを乞う声を遠くに聞いた。

それでも拳は止まらない。

何かのネジが外れたように、僕はひたすら殴り続ける。

イブの制止の声が聞こえるまで、蹂躙は続いた。


「もうやめて。リオル、やり過ぎだよ」

「えっ」
 ▼ 121 1◆J44kAZeDOM 16/05/06 20:52:23 ID:136wa/so [1/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
我に返ると、ホルードが泡を吐いて倒れていた。

口から血が流れ、腹部は傷まみれ。


「リオル、何か、怖いぐらい気合い入ってたけど……」


実戦で誰かをボコボコにしたのなんて、実は、生まれて初めてだった。

なんとなく、嫌な後味が残った。

向こうが襲い掛かって来たのだからセートーボーエーではあるらしいけど、それでもなんだか申し訳ないような、そんな気がした。

ただ、それだけだった。僕は、どことなく胸に暗い物を残しただけで、そのまま気分を切り替えられた。


「ねえ、逃げた方がいいよ。騒ぎを聞きつけられたかもしれないし」

「う、うん」
 ▼ 122 1◆J44kAZeDOM 16/05/06 20:52:44 ID:136wa/so [2/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕たちは、慌てて家まで逃げ帰る。

ママはいなかった。

でも、自宅に帰って来た事で、僕たちは安堵のため息をもらした。


「にしてもチョロネコ……あんなところにいるなんて、これは相当闇が深いな」


そうやって考え込むイブ。


「家から一瞬で出て来た辺り、やっぱり家に……」


独り言を積み重ねている。その漏れ聞こえて来る内容に、イブは推理しているのだと確信する。

僕は何も出来ないまま、ただその横顔を見詰めていた。
 ▼ 123 1◆J44kAZeDOM 16/05/06 20:53:19 ID:136wa/so [3/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「一旦、情報を整理するね。

 チョロネコは、恐らく……ううん、確実に、親から虐待を受けている。低能なんて嘲りの言葉、普通に暮らしてたら小2で覚えるはずないし」

「なんか自分は小学生じゃないみたいな言い方」

「え?! い、いや、そんな事はないけど……、それは気にせず次に行くよ。

 それで、養ってもらえないのか、酷い場合は養わないといけないのか……いずれにせよチョロネコは、あそこでお金を稼いでいる。

 周りを拒むのも、風俗で働いているから、まともに受け答えするのが馬鹿らしくなったと思えば筋道は通るし」

「あそこに行ってるだけで、働いてないって可能性は?」

「それも考えてはみたけど、一瞬で却下した。だって、ホルードも言ってたじゃない。チョロネコは私たちみたいな子どもじゃないって。

 あれは、チョロネコの事を1人の……ポケモンと見てる証拠だよ。子どもじゃなく、大人としてね」

「そっか。だとすると……」

「とにかく、親があそこで働かせてるとしたら、大問題だよ」

「何の話だい?」
 ▼ 124 1◆J44kAZeDOM 16/05/06 20:54:00 ID:136wa/so [4/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「うわっ、マ、ママ、帰って来たんだ」

「ずいぶんな挨拶だねえ」

「あっ、ごめん。お帰りママ」

「ただいま。で、何の話してたんだい?」

「いや、クラスメイトのチョロネコが、風俗で働かされてるって話です」

「はぁ?」

「だから、チョロネコってクラスメイトが、1人ぼっちでいる理由を探してたら、そんな結論が……」

「……それ、普通に犯罪だよ! リオル! 危ない事に巻き込まれてないかい?!」

「いや、ホルードってポケモンにその風俗街で襲われて……」

「危ないじゃないか! 行ったら駄目だって言ったはずだよ!」

「ご、ごめんなさい……」

「お母さん、ケンカしてる場合じゃないです。チョロネコを、助けられますよね?」

「ああ! あの辺治安が悪い割に事件が起こらなくてどうにも出来なかったんだけど、子どもが働かされてるとなると話は別だよ!

 リオル、イブ! あんたたちはここにいて! あたし、仕事に行くよ!」
 ▼ 125 1◆J44kAZeDOM 16/05/06 20:54:20 ID:136wa/so [5/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ヤダ! 僕も付いて行く!」

「危険だよ!」

「だけど……チョロネコは友達、かどうかはわからないけど、でもクラスメイトなんだ!」

「私も! 私も、バトルは出来ないけど、チョロネコを助けたい」

「もう、誰かが僕の目の前で傷付くのは嫌なんだ」

「……仕方ない。とにかく、自分の身の安全を一番に考える事! いいね!」

「うん!」

「はい!」

「行くよっ!」
 ▼ 126 1◆J44kAZeDOM 16/05/07 19:38:23 ID:MCNAWK.Q [1/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「と言う訳で、身の回りに気を付ける事! いいね!」


あの低能……!

あたしがここに居辛くなったらどうなるのかわかってやってるの?

そうやって毒づいてみても、あいつらに届くはずもなく、あたしは苛立ちを笑顔の仮面の下に隠して、仕事を始めるより他なかった。

だけど、そのイライラは、仕事にも響いた。

客の望む応対をし損ねたり、酷い時にはお酒をこぼしたり。

些細なミスに自分を責め、そしてイーブイとリオルの顔を思い浮かべ心の中で思い切り切り裂いた。

そうでもしないとやっていられなかった。

ここと言う居場所を失ったら、後に待っているのは今よりさらに暗い未来だけ。

その現実から、意図して目を逸らしていた。
 ▼ 127 1◆J44kAZeDOM 16/05/07 19:38:43 ID:MCNAWK.Q [2/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「今日のチョロネコ、なんか変だよ? 日当は減るけど、とりあえずごはんは食べといて」


あたしは、手を出さなかった。

どうにも、空腹を感じない。

オーナーが、心配そうにあたしを覗き込む。


「もしかして、襲って来たリオルとイーブイに何か関係があるの?」


あたしは、首を横に振った。

もう、逃げ出したかった。この世界の全てから。

否定してしまえば、そんな現実から、少しでも離れられる。そんな気がした。

だけど、現実は、そう甘くない。

騒々しい喧噪がやって来て、あたしは身構えた。
 ▼ 128 1◆J44kAZeDOM 16/05/07 19:40:06 ID:MCNAWK.Q [3/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「チョロネコ! 助けに来たよ!」

「なっ、リ、リオルっ?!」

「ねえ、まさかあのリオル……」


オーナーが不安気な声を出す。

あたしは、ただ、首を横に振り、違う、違うと繰り返した。

あたしの中で、何かが音をたてて崩れ落ちて行く音を聞いた。

目の前にいるのは、確かにリオルだった。

でも、そこにいるのは、リオルだけじゃないはずだ。果たしてリオルは、2匹のポケモンを呼んだ。


「ママ! イブ! いたよ! こっちだ!」


例のイーブイに、「ママ」――リオルの母親は、確か警察なんだったっけ――の2匹がいるらしい。

あたしは、何も出来ずに、震えた。

オーナーは、咄嗟に隠れようとするが、リオルがそこに飛びかかる。

雄叫びと共にグロウパンチを当てると、オーナーはそのまま吹き飛ばされた。

あたしは、それを眺めていた。
 ▼ 129 1◆J44kAZeDOM 16/05/07 19:41:33 ID:MCNAWK.Q [4/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「もう大丈夫だよチョロネコ、ケガはない?」


そう言って笑顔で尋ねて来るリオル。

しかし、その笑顔が、あたしの中で黒く溜まった感情に激しい火を灯した。

唐突に現れた激情に駆られ、あたしはリオルを突き飛ばす。

困惑顔のリオルに、あたしは怒りをぶつけた。


「何がもう大丈夫よっ! そんな無責任な事言わないでっ! あんたに……あんたなんかに、あたしの何がわかるって言うのっ!」


迸る激情に、あたしはイーブイや、「ママ」の到来にすら気付けない。

付いてしまった火をなんとか打ち消そうと、心の中に激流のように言葉が渦巻く。

言葉に変換する事で、怒りを打ち消そうと言うのだ。けれど、逆効果だった。


「あんたはここを出られればいいと思ってんのかもしれないよ? だけどっ! どこに逃げても、あいつはついて来るんだよっ! あたしは、逃げられないんだよっ!」

「わかってるよ。家族からいじめられてるんだよね」
 ▼ 130 1◆J44kAZeDOM 16/05/07 19:42:16 ID:MCNAWK.Q [5/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
起き上がったリオルが、あたしに向かって語り掛ける。

あたしの火は未だ燃え盛る。








「わかってんなら! ほっといてくれない? あたしはっ! あたしはここで働けて、幸せだからっ! ここのヒトたちは、みんないいヒトだからっ!」
 ▼ 131 1◆J44kAZeDOM 16/05/07 19:43:10 ID:MCNAWK.Q [6/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ママ」がオーナーに、警察手帳を見せていた。

そして、手錠をかけられる。

そんな時、あたしのこの叫び声が響き渡る。

一瞬、オーナーが振り向いた。

そして、「ママ」の方を振り返ると、言った。
 ▼ 132 1◆J44kAZeDOM 16/05/07 19:43:56 ID:MCNAWK.Q [7/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「この子の親は、こんな子どもにお金を稼がせようとしているゴミクズなんです。根本的な問題を取り除かないと、この子は救えない。

 僕は、僕なりのやり方で、この子を助けようとして来ました。

 どうせ水商売やらせるなら、少しでもマトモな環境で働かせてあげたい……。

 そう思うのはいけない事なんですか?

 今ここで僕が逮捕されたら、この子は、もっと酷い事になります。それでもいいんですか?」

「何言ってるんだい。チョロネコは、あたしが引き取るんだよ!」

「……はぁ?」


思わずまぬけな声を出してしまった。

それと同時に、毒気も体から抜け出た気がする。

誰かの家に引き取ってもらう。

その提案は、考えれば考える程に、魅力的に響いた。
 ▼ 133 1◆J44kAZeDOM 16/05/07 19:44:20 ID:MCNAWK.Q [8/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そもそもだね。本気でチョロネコを助けたいと思ってたのかい?」

「もちろんです。僕は……」

「なら、チョロネコの現状は知っていたかい?」

「え、はい……」


「ママ」はオーナーの頬をぶん殴った。

変な音をたてて、オーナーが吹っ飛び……こそしなかったが、顔が腫れあがっていた。


「バカな事言うんじゃないよ! 知ってたんなら! そこから助け出そうとしてあげな! 家にいたら問題が解決しないのはわかってたんだろう?」

「あ、あぁ……」

「だったら! 本気で助けたいなら! あんたはここででも、どこでも引き取ればよかったんだよ! チョロネコは、ずっと家から逃げたがってたんだよ」

「な、なんでそれを……」

「だって、見てりゃわかるよそのぐらい。ま、ちょっとは私の推理も入ってるけど」


と、イーブイが横から口を挟む。

あたしはあんぐりと口を開けた。
 ▼ 134 1◆J44kAZeDOM 16/05/07 19:44:58 ID:MCNAWK.Q [9/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「この子は、家から逃げれば助かる。それをしなかったのはなんでか。この子が幸せになれば、ここで働く意味もないから。違うか?」

「違う……」

「助ける方法を知っていながら実行しなかった時点で、あんたの意見に説得力なんかないね。まあ、ここはチョロネコに決めてもらうとするか」


唐突に指名されて、あたしは開きっぱなしの口を慌てて閉ざした。

だけど、言葉の意味は脳を素通りして行く。
 ▼ 135 1◆J44kAZeDOM 16/05/07 19:46:09 ID:MCNAWK.Q [10/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「チョロネコ、あんたにとって、ここはなんだい?」

「……」

「チョロネコ、僕は――」

「あんたは黙ってな」

「……」


あたしの思考はフリーズした。

全てが静寂の中に埋もれる。

視界の端が白く塗りつぶされて行く。

ハァハァと荒い息が漏れる。


「あ、あたしは……あたしは……」


感情がごちゃごちゃにかき回されて、暴走する。

あたしは堪えきれずに、どさり、と崩れ落ちた。
 ▼ 136 1◆J44kAZeDOM 16/05/08 13:31:48 ID:dXUoC4Ls [1/11] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


「チョ、チョロネコっ!」


僕は、慌てて駆け寄った。


「大丈夫、しっかりして!」

「ほら、まだこの子には酷が過ぎたんですよ。あなたの言う結論は。

 子どもには親が必要です。でも僕には、それだけの責任能力がない。だから……」

「お黙り!」


ママと「オーナー」はさっきからずっと言い争っている。

と、その時イブが叫んだ。


「! 誰か来るっ! 敵よっ!」

「なんでわかるんだい?」

「たぶん……特性危険予知」

「わかった。リオル! やるよっ!」

「うん!」
 ▼ 137 1◆J44kAZeDOM 16/05/08 13:32:30 ID:dXUoC4Ls [2/11] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
扉が勢い良く開け放たれる。

そこから入って来たのは、1、2……5匹だ。

僕たちは、先にそれを察知していた利点を活かして、そのままグロウパンチを溜めていた。

ママが味方ではないと認識して躍りかかる。

その直後、僕も追随して飛びかかった。

拳が命中する。

そして勢いを増したまま、別の1匹を殴る。

そして最後の1匹にはっけいを決めると、僕は後ろへ飛びずさった。

そこへ、グロウパンチを積んだママが決め技を繰り出す。


「岩雪崩っ!」
 ▼ 138 1◆J44kAZeDOM 16/05/08 13:32:51 ID:dXUoC4Ls [3/11] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
完勝だった。

敵は攻撃する間もなく崩れ落ちる。

それを見ていた「オーナー」が、突然叫び出した。


「なんなんだよっ! お前ら、強すぎだろっ! なんでこうなるんだよ……。それもこれも、お前のせいだっ、チョロネコっ! 貴様に慈悲なんかかけてやったばっかりにっ!」

「遂に本性を現したね」

「……え? あっ、いやあの、あは、アハハ!」

「あんたを逮捕するよ。小学生をこんなとこで働かせた罪でね!」
 ▼ 139 1◆J44kAZeDOM 16/05/08 18:21:34 ID:dXUoC4Ls [4/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


目が覚めると、イーブイが覗き込んでいた。

そんなあたしの耳に、突如オーナーの怒号が響き渡る。

それを聞いて、なんだか、全てが崩れ去ったような気がした。

オーナーは、結局自分の事しか考えていなかったんだ。

誰も、誰1匹として、あたしの事をわかってくれるヒトはいない。

そう思ってた矢先、イーブイが、あたしに声をかけた。
 ▼ 140 1◆J44kAZeDOM 16/05/08 18:22:35 ID:dXUoC4Ls [5/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ねえチョロネコ。少しぐらい、周りを見てみなよ」

「……」

「あなたをわかってくれる人はいないかもしれない。だけど、思ってくれる人はいる。私もリオルもそうだし、今はあなたの事を避けてるクラスメイトだって、あなたが心を開けば、きっと」

「……」

「ねえチョロネコ。世界は、案外悪くないよ。いつ何がきっかけで、変わるかわからない。いい方に転がる時もあれば、酷くなる事もある。でも、変わろうとしないと、前には進めないよ」

「……」

「まあ、それは私にも言えるんだけど。あっ、これ、みんなには秘密ね」

「……」

「だから、さ。一緒に立ち向かおう、家族に。私たちをこんな目に遭わせる、運命に、ね」
 ▼ 141 1◆J44kAZeDOM 16/05/08 18:23:19 ID:dXUoC4Ls [6/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしの心の中に巣食う、冷たい氷が解けて、あたしの目から、暖かい雫が零れ落ちた。

それは、あたしの頬を優しく撫で、滴り落ちて行く。

ぽとっ、と地面にそれが落ちた瞬間、あたしは頷いていた。

何度も、何度も。

うん、うんと、口から言葉が漏れた。


「じゃあ、さ」


駆け寄って来たリオルは息を吸い込んで、言った。


「帰ろ!」
 ▼ 142 1◆J44kAZeDOM 16/05/08 18:24:08 ID:dXUoC4Ls [7/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「だね、リオル。お母さん、こっからはよろしくお願いします」

「任せときな! ごはんは……これでコンビニで何か買って来な」

「はーい。じゃ、行こ、イブ、チョロネコ」

「うん」

「……わかった」

「待てっ! お前はこの世界でもっとのし上がれる! だから……」


あたしは、振り向いて、あっかんべーをした。

「バーカ」の言葉と共に、あたしは、一拍おいて逃げ出した。

この一拍の間に、あたしの脳裏を様々な景色が流れる。

けれど、あたしはそれを振り切って、走り出す。


「待って!」

「急いで急いで!」

「わかってる!」
 ▼ 143 1◆J44kAZeDOM 16/05/08 22:56:41 ID:dXUoC4Ls [8/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしたちは、リオルの家に到着した。

コンビニ弁当を頬張りながら、あたしは話し始めた。


「もうわかってるみたいだけど……全部説明するね」

「いや、僕はさっぱりわかってないよ」

「ここまでやってまだわかんないって、よっぽどの低能ね」

「低能ってどう言う意味?」

「あーもう、どうでもいいでしょそんな事」

「まぁまぁ。一応、私の話から聞いてくれる?」

「お願い」

「わかった」
 ▼ 144 ーボック@ハッサムナイト 16/05/08 22:56:43 ID:x4tEs5w. NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
好き
 ▼ 145 1◆J44kAZeDOM 16/05/08 22:57:10 ID:dXUoC4Ls [9/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
イーブイは、どうやって考えたのかを全て説明する。

あたしが傷つけられるとすれば、それは家族でしかありえない。

だからこそ、例え今助け出さないといけないのはあの街からでも、もっと別に対処をしないといけない。

そう考えた上での提案だった。あたしを引き取ると言うアイデアは。


「ありがとね。だいたい合ってる。あたしは父親から虐待され、母親に助けも求められないまま、父親の酒代を稼ぐため、あんなとこで働かされたって訳。

 もしかしたら、薬もやってるかもだけど。たぶん、それをきっかけにしたら捕まえられる」

「でも、どうやって検査まで持って行くか、だよ。いきなり家に押しかけてもあれだし、何かしら事件がないと、警察ってのは動けない物だし」

「もう既に何かある――」

「何かあるように警察から見えないと、って事」

「……はあ」
 ▼ 146 1◆J44kAZeDOM 16/05/08 22:58:00 ID:dXUoC4Ls [10/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「だからね、私に考えがある。ちょっとチョロネコにとっては厳しいかもしれないけどね……」

「? それ、どう言う事?」

「私の記憶が正しければ、現行犯なら逮捕状がなくても逮捕出来る。こっからは、お母さんに確認してから事を進めたいから、今夜はうちに泊まって行きなよ」

「うん」

「よろしくね、チョロネコ!」

「よろしく、リオル。イーブイも、これからよろしくね」

「あー、そっか、知らないんだ」

「え、何を?」

「名前の事。私には、イブって名前があるの」

「ナマエ? 何それ」

「ニックネームみたいな物よ。私、昔同族の友達がいたもんだから、私はイブ、相手はブイ、みたいな感じで呼び分けてたの。その時の名残で、私はイブって名乗ってるわ」
 ▼ 147 1◆J44kAZeDOM 16/05/08 22:59:29 ID:dXUoC4Ls [11/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「へえ。あっ、そうだ」

「ん、何何?」とリオルが尋ねる。

「いい事思い付いた」

「だから何だよチョロネコー」

「ねえイブ、私たちにも……ナマエ、ちょうだい?」

「ああ! それ、すっごいいい!」

「なるほど……。よろしくねの代わりにって事か。わかった。考えるから、ちょっと待っててね。出来れば、明日の朝まで」

「わかった」

「うん!」

「じゃ、お休み」

「お休みー」


久々の暖かい布団に、あたしはなんだかむず痒さを感じた。

隣では、疲れたのかしらないけれど、もうリオルがすやすやと幸せそうな寝息をたてている。

あたしは、イブの方をチラリと見ながら、眠りに落ちて行った。
 ▼ 148 1◆J44kAZeDOM 16/05/09 21:03:49 ID:dYrJnDmk [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「くああ……」


大あくびとともに起き上がる。

イブとチョロネコはまだ眠っていた。

視線を巡らせると、ふと時計が目に留まった。

それが指し示している時間は……。


「えっ、もう7時半?!」


学校が始まるのが8時半。

だから、遅くても8時までには家を出ないといけない。

それなのに、こんな時間まで寝てしまった。
 ▼ 149 1◆J44kAZeDOM 16/05/09 21:04:31 ID:dYrJnDmk [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「まずい……遅刻しちゃうよ。起きてイブ、チョロネコも!」

「ううむ……って、えっ! あっ、そう言えばそうか。あたし……」

「うーん、おはよ、リオ」

「リオ?」

「あなたの名前よ、リオル。一晩かけて考えたの」

「ありがと……でも、それどころじゃない! 遅刻だよ遅刻!」

「え……あっ」

「そういや、教科書とか家にあるんだ……」

「貸したげるから。だから急ごう!」
 ▼ 150 1◆J44kAZeDOM 16/05/09 21:07:24 ID:dYrJnDmk [3/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ママ、おはよっ! あれ?」

「まだ帰って来てないみたいね。仕方ない。パンをトーストだけするから、急いで食べちゃって」

「わかった。僕、イブの分まで用意しとくね!」

「お願い」


僕は大慌てでかばんに教科書を詰め込んだ。

その間、チョロネコは手持無沙汰に佇んでいた。


「ローネ、あっ、チョロネコの名前なんだけど、ちょっと手伝って」

「わかった」


朝の忙しさの中、どさくさに紛れてイブは、僕たちに付けたナマエを紹介する。

パンを口の中に押し込みながら、僕は、リオ、と言うナマエの持つ響きに酔いしれていた。


「むぐっ、つ、詰まった……」

「慌てて食べるから。はい、モーモーミルク」

「あ、ありがと……」
 ▼ 151 1◆J44kAZeDOM 16/05/09 21:08:00 ID:dYrJnDmk [4/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「コントしてるのもいいけど、後ちょっとだよね。何時出発なの?」

「8時。後5分。急がなきゃね」



食事が終わり、歯を磨く間もなく僕たちはかばんを背負った。

そのまま扉を開いて、走り出す。

僕の後ろから、イブたちがついて来る。

必死で、それこそ死ぬ気で走って、ぎりぎり学校に着いた。

と同時にチャイムの音が鳴り響く。


「セーフ」


と、2匹に笑いかけた。
 ▼ 152 1◆J44kAZeDOM 16/05/09 21:08:39 ID:dYrJnDmk [5/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「どうしたのリオル! チョロネコと……」

「あっ、ミミロル。今日から僕たちと一緒に暮らす事になったんだ」

「ええっ?!」

「お前んち、どんどん増えてくな」とシシコ。

マイナンも、「何があったの?」と追随する。


「いや、いろいろとね」


そう言ってかわそうとはするけれど、それだけで凌ぎきれないのも事実。


「もう授業始まっちゃうから、詳しい話は後で!」
 ▼ 153 1◆J44kAZeDOM 16/05/09 21:09:52 ID:dYrJnDmk [6/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


ローネ、ねぇ。

あたしは、胸中でそのナマエを咀嚼した。

ナマエ。あたしたちだけの、友達の証。

リオ、イブ、そしてあたし、ローネ。

そんな事を考えて笑みがこぼれる授業中。

教科書はないが、先生は、あたしが起きているだけで満足だとか言ってそのまま授業を続けている。

それをいい事に、あたしはもう少しだけ、この甘美な感覚に身を委ねた。

しかし、そう言う訳にもいかない事を思い出す。

まだ、母親はあのクズの所にいるんだ。

助けないといけない義理はないが、さすがに夢見が悪い。

あたしは、イブを見詰めた。

周囲からの期待を一身に集め、困惑気味の表情を浮かべている。

彼女の脳内では、一体、どんな作戦が展開されているのだろう。
 ▼ 154 1◆J44kAZeDOM 16/05/09 21:10:37 ID:dYrJnDmk [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「なあチョロネコ、何があったんだ?」


あたしたちの周りをみんなが取り囲む。

正直、こういうのが苦手なのは変わらなかった。

まあ、そう簡単にはヒトは変われない物なんだろう。

でも、説明しない訳にもいかない。


「あたしが家で親に虐待されてるのを助けてくれようとしてる。以上。まだ解決してないから、今はまだここにずっといる訳にもいかない。もう帰るね」

「ちぇっ。せっかく仲良くなれると思ったのに」

「まあまあマイナン。大丈夫。僕とイブで絶対助けてみせるから」
 ▼ 155 1◆J44kAZeDOM 16/05/09 21:11:08 ID:dYrJnDmk [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「って言うか、虐待されてたの?!」

「まあ、ね。ミミロル。あたし、思い出したくもないからあんまり強く聞かないでくれない?」

「あ、ごめん……。そうだよね。やっぱ、辛いよね」

「まあね」

「リオル、イブ。頑張ってね。絶対、チョロネコの親をこらしめてあげて」

「お前らばっかいいカッコして、ずりぃぞ!」

「いや、そう言う問題じゃないでしょシシコ……。僕別に、いいカッコしたい訳じゃないし……」

「お前らだけ先に仲良くなりやがって……。俺もナマエ欲しい!」

「あ、話したの?」

「ああ、まあね。私、押しに弱くって。ついリオって呼んだらそこしつこく聞かれちゃって……」

「とにかく、僕らは一旦帰るね。バイバイ!」

「バイバーイ!」
 ▼ 156 マズン@こだいのうでわ 16/05/09 21:23:11 ID:/zALRS2M NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
セリフの前に名前書いてくれないと誰が話してるかわからんな
 ▼ 157 1◆J44kAZeDOM 16/05/10 20:07:03 ID:AyjTpMd2 [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


家に帰り着いた僕たちを、ママが出迎えてくれた。

力なく寝転んで、いびきをかいてはいたけれど。


「ママ、ただいま!」

「起きてください!」

「う……ううむ……あ、リオル、イブ、それに……」

「チョロネコです」

「ああ、そうだったね。ふああ、すまないね、昨日は徹夜だったから」

「大丈夫です。ところでお母さん、ローネ、あっ、チョロネコの事ね。昨日名前を付けたの」

「なるほど。それで?」

「ローネの親をこらしめる作戦、考えたんだけど聞いてくれない?」

「ほう。聞かせてもらおうじゃないの。もし危ない事しようってんなら、あたしが許さないよ!」

「う……。こ、虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うじゃん……。それに、お母さんがしっかりしてくれれば絶対安全なプランだよ」

「わかった。何だい?」
 ▼ 158 1◆J44kAZeDOM 16/05/10 20:07:43 ID:AyjTpMd2 [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「まず、ローネには、一旦家に帰ってもらう」

「はぁ?! あたし、帰る気はさらさら――」

「わかってる。ローネが戻るのは、一旦。ううん、一瞬って言った方が正しいぐらいよ」

「……で?」

「で、恐らくローネの父親はローネを襲おうとする。話を聞いてる範囲だと、間違いなくそうすると思うんだけど、どう?」

「……合ってる」
 ▼ 159 1◆J44kAZeDOM 16/05/10 20:08:26 ID:AyjTpMd2 [3/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「で、そこでローネには、思いっきり悲鳴をあげてもらうの。外に聞こえるぐらいね。そこを、“偶然”通りかかったお母さんが聞き付け、助けに駆け付ける。そんな作戦」

「イブ、それ偶然じゃないよ」

「偶然を装ってって事」

「あっ、そっかぁ……なるほど」

「……どうかな、お母さん」

「……チョロネコ、あんたはどうなんだい? 一瞬でも殴られるかもしれない。あんたが嫌ならやらないけど――」
 ▼ 160 1◆J44kAZeDOM 16/05/10 20:09:10 ID:AyjTpMd2 [4/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そう言おうとしたママを遮って、ローネは強く言った。


「あたし、やる。あいつを破滅させられるなら、少しの苦痛ぐらい、余裕で耐えてみせるよ」

「ふふ、怖い怖い」と、ちっとも怖くなさそうにイブが笑う。

「何よ」とローネが怒ってみせると、「別に。冗談だって」と笑顔のままイブが言った。

「ならいいけど。とにかく、あたしは大丈夫だから、その作戦、乗りますよ」

「わかった。なら、決行するよ」

「僕も行くよ!」

「駄目だ。今の話の弱点は、作為の跡を感じさせたら相手が逆上してチョロネコをポケ質に取るかもしれない事だ。

 あたしの、警察の権力でゴリ押すのが一番だけど、それはあんたたちが付いてるとやり辛いんだ。

 だから、リオル。今日の所はこらえてくれ」

「わかったよ……」
 ▼ 161 1◆J44kAZeDOM 16/05/10 20:09:49 ID:AyjTpMd2 [5/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


リオは、案外素直に頷いた。

絶対折れないと思ってたのに。

まあ、この話の説得力は半端ないし、これで納得しないなら低能だと言わざるを得ないけど。

でも、それでも不服そうなリオは、あたしに向かって言う。


「僕、役に立つと思うんだけどなぁ……」

「だから、そう言う事じゃないんだってば……」

「あたしを信用しな!」

「はぁい……」

「リオ、大丈夫、心配しないで。あたしなら、大丈夫だから」

「ローネ、頑張ってね」

「うん」
 ▼ 162 1◆J44kAZeDOM 16/05/10 20:10:22 ID:AyjTpMd2 [6/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「じゃ、行くよ! チョロネコ、ついて来な! イブは料理を作っといて」

「あ、了解です」

「イブの料理、あたしのなんかより凄いんだよ」

「味は負けますけどね」

「は、はぁ……」


味は。つまり、見た目はイブの方がおいしそうって事なんだろう。

そんな事はどうでもよくて。

あたしは頭を切り替える。
 ▼ 163 1◆J44kAZeDOM 16/05/10 20:10:48 ID:AyjTpMd2 [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
今から飛び込むのは、今までの暗い世界。

だけど、あたしはもう、1匹じゃない。

やるしかないんだ。

そんな決意を胸に、懐かしくも忌まわしい自宅に到着した。

思わず立ちすくんだあたしに、優しい声が響いた。


「怖いなら、逃げても大丈夫だよ」

「……ちょっと待ってください」


あたしは、大きく深呼吸をした。

1つ、2つ、3つ。

もう大丈夫。

あたしは、決然と歩き始めた。

ここから先は、あたし1匹。絶対に、あいつを潰す。
 ▼ 164 ェイミ@かいふくのくすり 16/05/10 20:11:27 ID:OyOTJsWA [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
セリフの前に名前書いてくれないと誰が話してるかわからんなァ!!!
 ▼ 165 パルダス@しんぴのチケット 16/05/10 20:12:15 ID:AyjTpMd2 [8/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
>>164
すいません
諸事情によりどうしても書く訳にはいかないんです
 ▼ 166 ルマユ@マトマのみ 16/05/10 20:12:53 ID:OyOTJsWA [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
>>165
はい・・・
 ▼ 167 1◆J44kAZeDOM 16/05/11 20:15:56 ID:NeCIhu/k [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「た、ただいま……」


返事はない。

正確に言うと、返事の言葉はない。

言葉はいらないとばかりに、コップか何かが飛んで来た。


「てめぇ! どこほっつき歩いてたんだよ! あ?」

「……あたしは、あんたの所有物じゃない。あんたのために、金を稼がないといけない義理もない」

「はぁ? ざけんなっ! てめぇ、一体俺がどれだけ苦労してお前を育てたと……」

「はぁ? あんたがあたしに何してくれたっての?」

「ちっ、この低能め。まあいい。金だ。金を出せ」

「そんな物ある訳ないでしょ」

「チョ、チョロネコ……」


不意に聞こえた声に、あたしは気付けなかった。
 ▼ 168 1◆J44kAZeDOM 16/05/11 20:16:29 ID:NeCIhu/k [2/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ほら、早くお父さんに……」


そこまで来て、初めてあたしは母親の存在に気付く。

けれど、あたしはそれを無視した。


「あんたみたいなポケモンのクズに、渡す金なんてないって言ってんの。そんな事もわかんないの? この低能」

「なんだと?」

「何度だって言ってやるよ。あんたはクズ。ゴミよりもクズ! 生きている価値なんて皆無の無能よ!」


あたしの自制のタガが外れて行く。

あたしは、今まで溜め込んでいたストレスを呪詛に変え、全てを吐き出していく。


「だいたいあんたがした事って何? 母さんとヤッて、あたし産んで、それからあたしと母さんを殴って言う事聞かせただけじゃないの! 暴力しか出来ないって、相当な低能よ!」

「黙れ……」
 ▼ 169 1◆J44kAZeDOM 16/05/11 20:17:03 ID:NeCIhu/k [3/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
こんな奴相手にあたしは怯えていたのだろうか。

「所有物」が予想もしない反撃をしたって影響かもしれないけれど、その瞳には怯えが映っていた。

こいつは、あたしに拳を突き出す。

すんでの所でかわすと――動揺で、拳の速度が遅かった――あたしは悲鳴をあげた。

その声に自信を取り戻したこいつがあたしに襲い掛かって来る。

それであたしは確信した。

こいつ、ザコだ。あそこに客として来ても、ただのカモにしかならないはずだ。

その余裕が、素早い動きを産み出した。
 ▼ 170 1◆J44kAZeDOM 16/05/11 20:17:39 ID:NeCIhu/k [4/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
軽くこいつの拳をかわすと、再び悲鳴をあげる。

もちろん、全て演技だ。

あたしの顔には、もはや笑みさえ浮かんでいた。

目の前のポケモンの動揺。伝わって来る焦り。

それが、あたしの中で、快楽に変わる。

母親は何も出来ないでいる。それでいい。

この時間は、邪魔させない。

あたしが挑発する。キレて攻撃を仕掛けて来る。動きが荒い。簡単に避ける。悲鳴をあげる。この繰り返しを楽しんでいた時、扉が開かれた。


「こっから悲鳴が聞こえたんだが、どうし……」
 ▼ 171 1◆J44kAZeDOM 16/05/11 20:18:16 ID:NeCIhu/k [5/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
演技派だな、とあたしは笑った。

言葉を切る辺り、本当にそれっぽい。

けれど、恐らくもう余計な心配はしなくていい。

あたしがこいつに拘束される事は、もうない。


「あんた、子ども相手に何やってるんだい!」

「しつけだよ。こいつに、大人への口の利き方を教えてやってるんだ」

「怖いです! お父さんに殴られる!」

「だからしつけだって言ってるだろうがよっ!」

「いっつも殴られて、怖いです……」

「そうかいそうかい。ところで、今悲鳴が聞こえたんだが……」

「あたしです」

「ほう。ところで、現行犯、って知ってるかい?」
 ▼ 172 1◆J44kAZeDOM 16/05/11 20:19:44 ID:NeCIhu/k [6/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「知っているが……なんでだ」


そう言うと、警察手帳を取り出した。


「あんたを傷害容疑で現行犯逮捕するよ!」

「なっ、け、警察っ?!」

「ああ! なんたって自分の子どもにそこまでするんだい!」

「やめろっ! 離せっ! ふざけんなっ!」

「ふざけてんのはあんたの方だよ! 自分が産んだ子どもぐらい、大事にしな! したくても、それが出来ない親だっているんだから……」


ああ、そうか。

あの家に飾られていた仏壇を思い出して、納得する。

一度、子どもが亡くなってるんだ。それを嘆いているのだろう。

あたしはいたたまれなくなって、母親の方を向いた。

どうにも、この言葉に、衝撃を受けているようだった。
 ▼ 173 1◆J44kAZeDOM 16/05/11 20:20:14 ID:NeCIhu/k [7/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「とにかく! なんか言い残す事はないかい!」

「てめぇが呼んだんだろ、そうなんだろ?! ふざけんなっ!」

「ったく、あんたってのは最後まで……。とにかく、ゆっくり署で話をさせてもらうよ!」

「離せっ! 俺は悪くないんだっ!」


強引に引き立てられて行く。

あたしは、それに向かってあっかんべーをした。

激情の余り気付かれなかったようだけど、それでもよかった。

なんとなく、気分がすっとしたから。
 ▼ 174 1◆J44kAZeDOM 16/05/12 21:02:30 ID:iczn0Xn6 [1/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ふう……これで、これであいつは消えたよ、ママ」

「チョロネコ……」


あたしたちの間を静寂が包む。

あいつが連れられて、あたしたち2匹だけが残された。

だから、あたしたちが黙り込んでしまうと、何も音は聞こえなくなる。

けれど、不思議と気まずくはなかった。

ただ、緩やかなこの感覚に、身を任せていられた。

ママの顔をチラリと見る。

その目には涙が溜まっていて、しかし、口元は綻んでいた。
 ▼ 175 1◆J44kAZeDOM 16/05/12 21:03:05 ID:iczn0Xn6 [2/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ママが、唐突に口火を切る。


「強くなったね、チョロネコ……」

「……まあね。ママ、これで、やっと自由だね」

「うん。だけど……あたしがいると、あなたに迷惑をかけるかもしれない。また、あんなクズ♂に付け込まれるかもしれない」

「大丈夫だよ。あたしは、もうここには帰らない」

「もしかして、あの警察の方の家に?」


思いの外鋭く、あたしは驚きを隠せなかった。

なんとか頷くと、それを見たママは言う。


「なら安心ね。あのヒトなら、あなたの事も、大事にしてくれる」
 ▼ 176 1◆J44kAZeDOM 16/05/12 21:03:52 ID:iczn0Xn6 [3/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「だろうけど……なんでわかるの? 今の今会ったばっかのヒトなのに」

「わかるわよ。私だって♀だもの。チョロネコ、私」

「何」

「今さら言い訳にしかならないけど、あなたの事は、誰よりも大切に思ってる。今まで、味方出来なかったけど」

「わかってんならそんな事言わないで。余計虚しくなるから」

「ご、ごめん……」

「とにかく、あたしの事は大丈夫だから。だからママも、立ち直って」

「……娘に励まされるだなんてね。うん、わかったよ。ママ、頑張る! ずっと何も考えて来なかったけど、それでもこれからは、ママだって!

 って言うか、凄い成長したよね。何があったの?」

「え? ああ、かくかくシキジカ……」


ママは、あたしの説明を、頷きながら聞いた。

言葉が湯水のように溢れて来て、あたしはあっという間に全てを伝えた。

実際には長い時間語っていたのだろうけど、あたしにとっては一瞬だった。
 ▼ 177 1◆J44kAZeDOM 16/05/12 21:04:15 ID:iczn0Xn6 [4/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そう。いい友達を持ったのね……」

「……ま、まあね」


気恥ずかしさに、思わず語尾がすぼむ。それを見たママが笑い出し、あたしは怒ってみせた。

顔を見合わせて、笑う。
 ▼ 178 1◆J44kAZeDOM 16/05/12 21:04:47 ID:iczn0Xn6 [5/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
母親の顔が綻ぶのを見たのって、いつ以来だろう。

記憶の引き出しを弄って、愕然とする。

母親の笑顔を、今までに一度たりとも見た事がないと言う事に気が付いて。

そして、この表情を、あたしは心のフィルムに収めた。

きっと、この家族アルバムの最後のページは、母親のこの笑顔に彩られる事になる。

いや、最後だなんて言わない。


「今は私、一緒にはいられないけど……私が、あなたに顔向け出来るようになったら」

「わかってる。また会おう、だよね」


永遠なんて物は、この世に存在しないのだから。

母親の笑顔は、これからのポケ生の中で、見られる。

きっと、いつか。

だから。

その時まで。

バイバイ。
 ▼ 179 1◆J44kAZeDOM 16/05/12 21:05:21 ID:iczn0Xn6 [6/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「あーもう! ローネ遅いな! ママ、まだ?」

「ほら、あんまりわがまま言わないの。まったく、これでも一応同い年なんだよね?」

「そうだけど……イブって大人っぽいじゃん」

「え、そうかな」

「うん。小学生じゃないみたい」

「……まあいいや。ごはん出来たし、先食べちゃおう」

「うん――」


そう口に出そうとした瞬間、家の扉が大きく開いた。

その音に遮られ、僕の言葉は情けなく掻き消えた。
 ▼ 180 1◆J44kAZeDOM 16/05/12 21:05:53 ID:iczn0Xn6 [7/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ただいま!」

「あ、ローネ! ママは?」

「父親を連れてった。今日もまた遅くなるような気がする」

「そっか。とりあえず、ローネの分もあるよ、ごはん」

「ありがと。うわっ、凄いな……」

「どうしたの?」

「こんな豪勢なごはん、初めてだよ……」

「え、これがふつ……あ、そっか」

「まぁね。なんだろ、凄いあったかい」

「そう言ってくれると嬉しいよ。じゃ、食べよ!」


イブとローネは目を合わせると、ニコリと微笑む。

それにつられて、僕も笑顔を浮かべた。
 ▼ 181 1◆J44kAZeDOM 16/05/12 21:06:54 ID:iczn0Xn6 [8/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「いっただっきまあす」


僕たちは、ごはんを食べ始めた。

ローネがおいしいと呟いて、涙をはらりはらりと零した。

イブも、もちろん僕も、それに関して何も言わなかった。

だって、どれだけ僕がバカだと言っても、さすがにこの涙の理由ぐらいわかる。

静寂の中、ローネのすすり泣く声だけが響いた。


「おいしい……おいしいよ……うわあああ……」
 ▼ 182 1◆J44kAZeDOM 16/05/12 21:07:25 ID:iczn0Xn6 [9/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ごちそうさま。僕、先にお風呂入っちゃうね」

「あ、うん。ちょっと待って、お皿を流しに!」

「え、ああ、ごめん」


そこに、泣き止んだローネが話しかける。


「それにしても、料理上手いね。これ、あんたが作ったの? イブ」

「え、うん。そうだけど」

「凄いよ。なんでこんなに出来るんだろ……」


純粋な疑問。だけど、イブは一瞬答えに詰まった。

なぜかはわからない。けれど、イブの表情を、困惑が横切った気がした。
 ▼ 183 1◆J44kAZeDOM 16/05/12 21:07:56 ID:iczn0Xn6 [10/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
けれど、そんな沈黙なんてなかったかのように、イブは微笑んだ。


「私、今記憶がないからわかんないんだけど、もしかしたら、前までずっとやってたのかもね」

「え、き、記憶がないの?」

「ああ、学校でもさんざん説明したけど、ローネ、聞いてなかったのか」

「うん」

「それは……かくかくシキジカ……」


イブが事情を説明する。

それにつれて、ローネの表情は、驚愕に彩られて行く。


「参ったな……。この家、闇深すぎでしょ」

「まあまあ。じゃ、僕は、お風呂入って来るね」
 ▼ 184 1◆J44kAZeDOM 16/05/12 21:08:34 ID:iczn0Xn6 [11/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
3匹とも、今日は別々に、お風呂に入った。

そして、2匹が入るのを待つ間に、少しでも宿題を進めようとして、挫折した。

ローネには「低能」とバカにされ、イブにもなんだかバカにされてるような気がするけど、それは気にしてはいない。

ただ、そんな日常の光景を、ローネと共有出来ている。

その事が、無性に嬉しかった。

僕とママ。イブに、それからローネ。

これからの4匹暮らしに思いを馳せながら、僕はノートに拳を叩き付けた。
 ▼ 185 1◆J44kAZeDOM 16/05/12 21:09:04 ID:iczn0Xn6 [12/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







1章 交わり、始まり 完






 ▼ 186 イボルト@スピーダー 16/05/12 21:10:30 ID:iczn0Xn6 [13/13] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
今日はここまでです

このSSでは、前述の通り、性質上キャラの名前をセリフの前に書く事が出来ません
わかりにくい所等ございましたら申し訳ありません

また、今日からしばらく更新頻度が落ちます
ご容赦ください
 ▼ 187 1◆J44kAZeDOM 16/05/14 13:59:52 ID:6BipemIw [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「はあっ、はあっ……誰かっ! 助けてっ!」

「がるるるる……」


少年は、目の前のポケモンと相対する。

しかし、相対と言うにはその力の差が離れすぎていた。それが、少年にはどうしようもなく察せられた。

恐怖に身を竦める。

必死で発した声も、かすれて、裏返り、到底誰かに助けを求められるような物ではなかった。

涙が頬を伝う。

僕の人生、短かったなぁ……、などと言う感慨が胸を襲う。

ポケモンが、その爪でもって襲い来る。

それをどことなく遠くに眺めたまま、僕の意識は過去を再生し始めた。

これが走馬燈なのかななどとぼんやり考えながら、少年は目を閉ざした。
 ▼ 188 1◆J44kAZeDOM 16/05/14 14:00:42 ID:6BipemIw [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「頑張るんだよ」


僕は、ずっと引きこもって機械いじりばかりしていた僕は、その機械いじりの能力が認められて、ある所に就職する事になった。

人口増対策プロジェクト、と言う物だ。

現在、人間の数は増加の一途をたどっている。

しかし、生命と言うのは、増え過ぎると逆にその勢いを減らす事になり、最終的にその生命を絶やす事にもなりかねない。

具体的な問題を挙げると、食糧難や、土地不足、水不足などだ。


「まさかあなたが、こんな凄いとこに就職出来るなんてねぇ」


大した事ないよ、と伝えると、母は笑って言った。


「そんな謙遜しないの! あんたの力で掴んだ栄光なんだから、もっと誇りに思いなさい」


僕はニッコリ微笑んで見せると、行ってきますと伝えた。

母も笑顔で送り出す。

僕は、振り返る事もなく歩き始めた。
 ▼ 189 1◆J44kAZeDOM 16/05/17 17:46:12 ID:2Y44WXTs [1/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







2章 消えるポケモンたち






 ▼ 190 1◆J44kAZeDOM 16/05/17 17:46:35 ID:2Y44WXTs [2/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「ぐあっ……はっ……」


母のうめき声が聞こえる。

何も聞きたくない。けれど、聞かずにはいられなかった。

少女は、布団の下に隠れたまま、耳を澄ます。

途切れ途切れの中、2つの感情のせめぎ合いが続く。

知りたい。けれど、知りたくない。

乱暴する音が響く。

そこに紛れて、何も知らない、と言い張る母の声と、それを打ち消す怒鳴り声が混じる。

少女は震える。

乱暴する音が止まる。

震えも、同時に止まる。

もはや、恐怖の感情のメーターが振り切れてしまっていた。

少女は、ただそこにあるだけの、ぬいぐるみと化していた。
 ▼ 191 1◆J44kAZeDOM 16/05/17 17:47:28 ID:2Y44WXTs [3/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「ママ、また徹夜?」

「ああ。まったく、最近行方不明になるポケモンが多すぎだよ! 1件1件の事件性自体は少ないけど、こうも続くとなると怪しいってね……ふああ」


問いかけるリオルにそう答えると、そのまま布団に倒れ込む。

あたしたちのごはんを作る事すら思い浮かばなかったらしい。

まあ、あの笑っちゃうような見た目の料理は、始めこそ感動したけど、今じゃ、ちょっと遠慮願いたい。

味はいいんだけどね……と苦笑したリオに、あたしは内心で頷いた。

で、そんなこんなで朝は慌ただしく過ぎて行く。

リオは特訓、イブは料理。そしてあたしはと言うと、特にする事も思い浮かばないものだから適当にリオの特訓に付き合っていた。

結局リオ、宿題が全然進まなくって、最初は笑ってたけど教えるのを手伝いだした辺りから事情が一変、物凄い手間取った。

いわゆる脳筋って奴なんだとため息を吐かざるを得ない程に。なんとか九九を叩き込み、疲れて寝落ちした気がする。

それでも、そんな生活も、なかなか楽しそうだった。少なくとも、前よりもいい方向に向かっているのは間違いない。

何より、イブと話が合いそうだと言う、当初の想像が強ちハズレじゃなかった事が嬉しい。

周りの応対に面倒になる事がある。この歳で、これに共感してくれるヒトってのは、そうそういない。
 ▼ 192 1◆J44kAZeDOM 16/05/17 17:48:03 ID:2Y44WXTs [4/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
なんてぼんやり考えていたら、イブの呼ぶ声が聞こえる。


「ごはん出来たよ!」

「あ、ローネ、出来たって。行こ!」

「だね」


食卓まで出て行くと、おいしそうな料理が机の上に乗っている。

さすがにもう泣きこそしないが、それでもやっぱり感嘆のため息をもらす事になるのだ。

だけど、こうやって頼り切りもあんまりよくないし、これからはちょっと料理でも習おうかなと思う。

それを伝えると、イブは笑顔で言った。


「大歓迎だよ。仕事サボれるようになるしね。リオも手伝ってくれたらいいんだけど」

「僕がやってもママより悲惨な事になるし。間違いなく。僕は力で誰かの役に立てたらそれでいいんですーだ!」

「勉強しないとどうにもなんないってわかってる? バカは誰も使わないよ?」

「う……ローネ、さすがに酷いよ……」

「ごめんごめん」と、内心ちっとも思わないままに謝った。

「まあいいけどさ」と唇を尖らせるリオに、イブがクスリと笑った。
 ▼ 193 1◆J44kAZeDOM 16/05/17 17:48:29 ID:2Y44WXTs [5/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
朝ごはんを食べ終わり、あたしはかばんに、家から取って来た教科書を詰め込んだ。

歯を磨いたり、顔を洗ったりして、準備を済ませると、先に終わらせたリオと共にイブを待つ。


「そういや、今日テストあるんだよね……ガクガクブルブル」

「そうなのか。ま、あたしは余裕だけど」

「お待たせ。何の話?」

「テストだよ。今日は、掛け算のテストがあるんだよね」

「ああ、そんな事言ってたね。問題、1×8は?」

「いんいちがいち、いんにがに……いんぱちが……8!」

「正解。7×3は?」

「しちいちがしち、しちにじゅうし、しちさん……21!」

「あんたさあ、そのいちいち言わないとわかんないの、なんとかならない?」

「仕方ないじゃん。わかんないんだもん……」

「まあ、昨日1日でよくそこまで覚えたと思うよ。くく?」

「81! 最後の1個ぐらいは覚えたよーだ!」

「お疲れ」
 ▼ 194 1◆J44kAZeDOM 16/05/18 20:55:45 ID:MO45Qxmo [1/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


何が悲しくて朝まで勉強の話しないといけないんだよ。

とため息を吐いては見るけど、何も変わらない。

今回のテストはまだマシな点が取れるだろうなと自分を納得させて、僕たちは家を出た。


「あ、おーいみんな」

「……お前んち、やっぱ増え過ぎだろ」

「まあ、この短い時間に1匹が3匹になっちゃったからねぇ」
 ▼ 195 1◆J44kAZeDOM 16/05/18 20:56:08 ID:MO45Qxmo [2/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「でも、まさかチョロネコとこうやって話す日が来るとは思わなかった」

「別に話したくないなら話さなくていいけど」

「あ、いや嬉しいのよ? 慣れないだけ」

「まあ何にせよ、イブが来てからだよな。なんか、お前凄い力持ってるんじゃね?」

「そんな事ないよシシコ。私は普通のポケモンだって」

「ま、とにかくこれからは賑やかな登校になりそうだね!」

「だな! よっしゃリオル、学校まで競争しようぜ!」

「負けないよシシコ! ミミロル、スタートお願いしていい?」

「ダーメ。街中で走ったら危ないよ」

「ちぇっ、真面目だなぁ」
 ▼ 196 1◆J44kAZeDOM 16/05/18 20:56:49 ID:MO45Qxmo [3/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そんなこんなで学校に着いた。

ローネはいつも通り机に突っ伏した。

誰かと話せない訳じゃないはずなのに、これはもう習慣なんだろうな。

イブはクラスメイトと話している。ちょっと耳を澄ましてみると、ローネの事に関してだった。

そして僕はと言うと、マイナンと話していた。


「リオル」

「ああ、マイナン。ごめんね、最近遊べなくって」

「いいんだよ。ヒーローみたいな活躍してたんでしょ? すごいよリオル」

「そうかな、えへへ……」

「で、今日は遊べそう?」

「たぶん大丈夫。サッカーでもする?」

「うん! じゃ、放課後はグラウンドで集合!」

「オッケー!」


最近忙しくて、遊ぶ暇もなかった。

だから、このお誘いは、純粋に嬉しい。まあ、誘われて嬉しくない時なんてほっとんどないけど。
 ▼ 197 1◆J44kAZeDOM 16/05/18 20:57:35 ID:MO45Qxmo [4/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
嬉しいなんて言ってられない事態が始まった。


「じゃ、テストするぞ」


その声は僕を絶望の淵に叩き込む。

今回はいつもよりかはマシだろうけど、それでも憂鬱な事に変わりはなかった。

テスト用紙が配られる。
 ▼ 198 1◆J44kAZeDOM 16/05/18 20:57:58 ID:MO45Qxmo [5/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「お、終わったぁ……」


思わずそう呟いて時間を確認すると、ぎりぎりだった。

その瞬間、先生の終了を告げる声が聞こえる。

後ろから送られてくる用紙に自分のを重ねて前に送った。

それにしても、信じられない。

まさか、時間内に全部書き終わるだなんて。

文章題とかは自信ないけど、普通の計算ならたぶんあってるはず。

休み時間に、僕はマイナンと話した。


「イブとローネが教えてくれたお陰か知らないけど、結構解けた……あー疲れた」

「え、解けたの? ホントに?!」

「まあね……駄目だ眠い……」

「あれ? リオル? リオル!」
 ▼ 199 1◆J44kAZeDOM 16/05/18 20:58:32 ID:MO45Qxmo [6/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


あの低能、たかがテストごときで知恵熱とか馬鹿じゃねえの。

とまあ、こんな風に全力で罵れるのも、リオが無事だったお陰だ。

なんだかんだ言って、何事もなくて良かった。
 ▼ 200 1◆J44kAZeDOM 16/05/20 18:46:11 ID:T2WhMr2. [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「ありがと、イブ、ローネにマイナン……」

「いいのいいの!」とマイナンが言う。

「それにしても、そんなにテストに本気出したの? リオ」と、これはイブ。

「まあね……。死ぬかと思ったよ。何点取れたかなぁ……」

「では、みなさんは帰ってくださいね。授業がありますし」

「どうせあたしは受けないんで残ってもいいですか先生」

「駄目に決まってるでしょ! ちゃんと授業は受けなきゃ」

「だって全部わかってるし」

「ローネ、凄いね……」
 ▼ 201 1◆J44kAZeDOM 16/05/20 18:47:00 ID:T2WhMr2. [2/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
先生が、チョロネコに教え諭す


「チョロネコ、いい。授業ってのはね、わかってるヒトには退屈な物よ。だけど、わかってるならわかってるなりに、それでも真面目に聞く事が修行になったりもするのよ」

「はあい」

「って、今の説明でわかったの?!」

「時間凌ぎの勉強って事ですよね、わかりました」

「なんか違う気もするけど……ま、いっか」

「じゃ、みんなまた」

「ゆっくり休んでね、リオ」

「任せといてよ、イブ」

「なんで胸張ってんだよ!」とツッコむマイナンに、一同の笑いが弾けた。
 ▼ 202 1◆J44kAZeDOM 16/05/20 18:47:29 ID:T2WhMr2. [3/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ベッドの上に1匹、ぼーっと佇む。

何も考えないで休めと言われたが、そう言われると何かしら考えたくなってしまう。

となると、考える事なんて1つぐらいしかない。

イブの事だ。まあ、正確に言うとイブの事だけで考えるべき事はいぃっぱいあるけど。

まず、イブはどこから来たのか。これについては、何もわからない。

なんでボコボコにされてたのか。これもわからない。

ナマエなんてシステムを聞いたのは初めてだけど、呼び分けるなら納得だ。

あれ? でもそれ、ニックネームでいいような……。まあ、世界中どこでもおんなじ言葉使う訳じゃないから、それはいいとしよう。

結局何がわからないのかしかわからないと言う結論が出るだけで終わった。
 ▼ 203 1◆J44kAZeDOM 16/05/20 18:47:57 ID:T2WhMr2. [4/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「どう? 元気になった?」

「あ、先生。はい、もう大丈夫だと思います」

「じゃあ、次の授業からは戻るのね?」

「はい! 体育、楽しみだなぁ」

「あ、体育は休む事! 今日は安静にね!」

「えっ! そんな!」

「当たり前です!」

「むー」

「ま、そんな風に口答え出来るようなら大丈夫ね」

「体育して……」

「駄目」

「ちぇっ」
 ▼ 204 1◆J44kAZeDOM 16/05/20 18:48:29 ID:T2WhMr2. [5/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
体育は見学だけど、僕は教室に戻った。

眺めてるだけだと退屈だ。

それもこれも全部掛け算のせいだ。

もう掛け算なんてなくなってしまえ。

そう言っても虚しいだけだった。

情けなくため息を吐いて、僕はイブを観察してみた。

サッカーしてるけど……あっ、こけた。

イブ、運動神経はないみたいだ。

で、ローネはと言うと、ゴールのポストにもたれかかって、半分寝てる。

よく立ったままで寝られるなぁ……。

羨ましい。代われる物なら代わってあげたい。

けれど、そう上手く行くはずもなくて。

僕は、あくびをかみ殺しながら、空を仰いだ。
 ▼ 205 1◆J44kAZeDOM 16/05/20 18:49:58 ID:T2WhMr2. [6/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
体育が終わって、僕はイブと話し掛けた。


「いいなぁ、体育出来て」

「私は体育なんてなけりゃいいのにって思うけど」

「えっ、イブそれ本気?!」

「うん。ずっと体育は大嫌いで」

「信じらんない……」


体育って、唯一楽しい授業じゃないの?


「だって、体動かすの面倒だし」

「ええっ?!」


もう、言葉も出て来なかった。


「まあ、価値観はいろいろあるって事よ」
 ▼ 206 イティ@ナナのみ 16/05/20 18:54:44 ID:T2WhMr2. [7/7] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
>>205
書き溜めの訂正を即興でやるのはやはりまずい

1行目を『イブに話し掛けた』に訂正お願いします
 ▼ 207 1◆J44kAZeDOM 16/05/21 21:40:38 ID:dUb29.wU [1/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
放課後。

一応保健室の先生に診てもらった所、「もう大丈夫そうね。遊んでも大丈夫よ。あんまり激しいのは駄目だけどね」と言われ、僕はマイナンたちとサッカーを始めた。


「マイナン! パス!」

「おう!」


マイナンから飛んで来たボールを、ピタリとタイミングを合わせて蹴る。

入ったと確信してガッツポーズをしたが、キーパーをしていたシシコが見事にそれを弾い-た。

ガッツポーズをしたまま僕は「あっちゃー」と呟く。

慌てて頭を振り、僕は再びボールを追いかけた。

そうやって過ぎて行く放課後。

イブと出会って、ローネを助けようと決意してからの、初めての普通の放課後だった。
 ▼ 208 1◆J44kAZeDOM 16/05/21 21:41:33 ID:dUb29.wU [2/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「リオー! そろそろ帰ろうよ! ローネもう帰っちゃったよ!」

「えー!」

「体調崩したでしょ! やり過ぎは駄目だよ!」

「はーい……。ってな訳で、みんなごめん。僕、もう帰らなきゃ。あれ? でもそういや、プラスル来ないね」

「ねーちゃん? あー、確かに来ないな。でも、たくさん遊べるぞ!」

「いいなぁ」

「こらリオ。お母さんも心配するよ?」

「わかってるって。じゃ、みんな、バイバーイ!」

「バイバイ!」
 ▼ 209 1◆J44kAZeDOM 16/05/21 21:43:23 ID:dUb29.wU [3/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕たちは、帰り道を歩く。

2匹だけだ。ローネは、とっくのとうに帰ったらしい。


「一応みんなと話させようとしたんだけど、ローネ、めんどくさがって帰っちゃった」

「変わったのか変わってないのか、よくわかんないよね」

「まあ、そんなすぐに変われるもんじゃないよ。人ってもんは」

「そっか、そうだよね。少しずつ、仲良くなれれば」

「そうだよ。ま、あんまり気にし過ぎちゃ駄目って事ね」

「そっか」


なんて話しながら歩いていると、件の木の実屋のおじさんが話し掛けて来た。


「おーリオル。その子、結局大丈夫だったんだな」

「あ、おじさん久しぶり!」

「だからおじさんじゃなくって……」
 ▼ 210 1◆J44kAZeDOM 16/05/21 21:43:56 ID:dUb29.wU [4/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「リオ、この人誰?」

「あ、そっか。イブは知らないんだ。このヒトは木の実屋のおじ……じゃなかった、お兄さんだよ。

倒れてたイブを運ぶのを手伝ってくれたんだ。

で、こっちはイーブイのイブ。あの時倒れてた子だよ!」

「とにかく、無事でよかったよ。ま、うちのオレンは栄養満点だからな!」

「あ、助けてくださって、ありがとうございます」

「へぇ、しっかりした子じゃないか」

「しっかりって言うか、天才だね」

「ほう! そうなのか!」

「ちょっとリオ!」

「だって凄いんだもん! 僕の100万倍は頭いいんだよ!」

「そうかそうか! そりゃよかったな! 宿題、楽だろ?」

「むしろ面倒だけど……」

「ははっ、そうかいそうかい。ま、親御さんも心配するだろうし、そろそろお開きかな」

「あ、さようなら」

「んじゃ、またな。俺はいつでもここにいるから」
 ▼ 211 1◆J44kAZeDOM 16/05/21 21:44:30 ID:dUb29.wU [5/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
おじさんに別れを告げて、僕たちは家に帰り着いた。

扉を開くと、ローネが寝転んで、くつろいでいた。


「あ、お帰り」

「ママはまだいない?」

「うん。忙しいみたいね」

「そっか。また行方不明?」

「なんじゃない? だとしたら、多いってもんじゃないけど」

「そんな事よりさ」とイブが慌てて遮った。

「リオは宿題やらなきゃでしょ?」

「うぐっ! 今日はテスト頑張ったんだから許してよ……」

「ダーメ。やる事はちゃんとやらなきゃ」
 ▼ 212 1◆J44kAZeDOM 16/05/21 21:44:57 ID:dUb29.wU [6/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「わかったよ……。えっと、今日は……掛け算のまとめだっけ」

「ああ、わかんないんだ」と悪戯じみた笑顔でこちらを見るローネに、僕は唇を尖らせる。

「なんだよ!」

「ううん、リオって、いいヒトだけど、いいヒトでしかないよね」

「なんだよそれぇ」

「そのままの意味よ」

「ま、いいヒトなんだしいいじゃない、ローネ。優しい事に勝る物はないと思うよ」

「まあね」

「それって誉められてるの? バカにされてるの?」

「誉めてるって思った方がいいと思うよ」

「いやだから……まあいいや」

「とりあえず、ローネ、一緒にごはん作ろ。リオはその間……宿題やっときなさい」

「はあい……」
 ▼ 213 1◆J44kAZeDOM 16/05/21 21:46:07 ID:dUb29.wU [7/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「で、出来たぁ……」

「えっ、出来たの?!」

「いや、昨日あんなに教えてもらったんだよ。さすがに出来るよ、イブ……。ごはん出来た?」

「あ、もうちょっと。いや、出来る出来ないは置いといて、まだかかると思ってたの」

「……まあ、もういいや。僕はバカだよ、うん」

「あー、だからそんな卑屈にならな――」

「でもさ、バカはバカでも、自分の事バカだってわかってるバカだったら、まだ全然マシなバカだよ。

 うちの父親とか、自分の事いっぱしのポケモンだと思い込んめるレベルにはバカだったから、もう真性。ああいうバカは救いようがない。

 リオ、自分の事をちゃんとわかってるってのは、相当凄い事だよ」
 ▼ 214 1◆J44kAZeDOM 16/05/21 21:46:28 ID:dUb29.wU [8/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「それ誉めてないよね」

「あ、バレたか。さすがにそこまでバカじゃないんだ」

「もう、ローネもあんまりいじめないの! 集中しないと、火傷するよ」

「いや、さすがにそれぐらい気を付けてるっての」

「ならいい……って、駄目だって」

「まあ、誰かをバカにするの楽しいし」

「……ドSね」

「なんで僕ばっかり……」

「でも、ここで『前助けてあげたのに』なんて恩着せがましい事言わないの、リオぐらいだと思うよ」

「もう聞かない。誉めてるのかバカにしてるのか」

「じゃ、あたしももう言わない」

「約束してあげてよ。それはともかく、ごはん出来たよ、リオ」

「うん!」
 ▼ 215 1◆J44kAZeDOM 16/05/21 21:47:16 ID:dUb29.wU [9/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


まあ、ちょっと言い過ぎちゃったかな。

だけど、あたしとしては、釣り合いはちゃんと取っているつもりだ。

軽く傷付いたかもしれないけれど、一応あたしの中の限度は超えてない。

だから大丈夫、と勝手に納得して、あたしは食事を始めた。


「うっ、ちょっと、マズったかも……」

「えっ、ミスしてたかな……。ちょっと一口……あっと……」

「え、おいしいけど」

「あ、そっちのスープはイブが作った奴。あたしはそっちよ」

「へぇ……。うっ」

「……失敗か。昔から、手先が不器用でさ」
 ▼ 216 1◆J44kAZeDOM 16/05/21 21:48:10 ID:dUb29.wU [10/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ねえ、これ、僕バカにしていいの?」

「駄目だって。だってまず、リオも料理してないし」

「あっ、そっかぁ……。ま、仕方ないか。わかったよイブ。ローネをバカにはしない」


それが一番効くと言う事を、たぶんリオはわかっていない。

だって天然だから。

だけど、まあさっきまでさんざん言って来たし、ちょっとぐらいは我慢しないと罰当たりかな。

聞き流せば済む話だし。


「ま、練習だしね」
 ▼ 217 1◆J44kAZeDOM 16/05/21 21:49:02 ID:dUb29.wU [11/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
食事も終わって、あたしたちは順番にお風呂に入った。

まずリオが、そしてイブが。

あたしは、なんとなく最後に入る風潮が出来ている。

で、リオが入っている間、あたしはイブと料理について話をした。

どこがどう間違っていたのか、どこを直せば良くなるか。

そんな話をして、次につなげる努力をした。

そして、リオが出て来て、イブがお風呂に入る。

今度は、まず軽く謝っておいてから、少し話し始めた。内容はイブの事。

記憶がないと言ってはいるが、正直あたしはそれを疑っている。

ずっと違和感を覚えていたが、今日、リオが倒れたのを見て、それがあたしが倒れたあの時の光景とダブり、そして気付いた。

あの時、イブはこう言った。


『ねえチョロネコ。世界は、案外悪くないよ。いつ何がきっかけで、変わるかわからない。いい方に転がる時もあれば、酷くなる事もある。でも、変わろうとしないと、前には進めないよ』

『まあ、それは私にも言えるんだけど。あっ、これ、みんなには秘密ね』


中身自体には触れなかったが、明らかに過去を意識した発言があると言う事を、リオにもわかるようにかみ砕いて伝えた。
 ▼ 218 1◆J44kAZeDOM 16/05/21 21:50:05 ID:dUb29.wU [12/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「えっ、それつまり……どう言う事?」

「わかんない。傷だらけで倒れてたのに嘘はないだろうし、そこまでの経緯自体はよく覚えてないのかもしれない。

 だけど、全ての記憶を失ってるっての、あれは嘘だよ。まあ、なんでそんな嘘を吐くのかとかはわからないけど」

「なんで僕が聞こうとした事わかったの? なんで嘘吐いてるのって」

「だってあたしも疑問だし」

「そう……なんだ」

「あ、これ、絶対イブには秘密ね」


不用意に疑っているのがバレて、何か重大な秘密を取りこぼすかもしれない。

何かあるにしても、何もないにしても、情報は多いに越した事はない。

とにかく、ハッキリするのはそれからだ。

そうやって考えていた所で、イブが出て来た。

あたしは交代でお風呂に入る。
 ▼ 219 1◆J44kAZeDOM 16/05/21 21:50:46 ID:dUb29.wU [13/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
どうしてリオに話そうと思ったのか。

正直、血迷ったとしか思えない。

けれど、イブに関する事なら、リオは知る権利があると思った。

だから話した。

面倒な事にはなるけど、でも間違いだとは思わない。

イブには何か秘密がある。

あたしは、それを解き明かしてみせる。

そんな決意を、体を流しながらに固めた。
 ▼ 220 1◆J44kAZeDOM 16/05/22 21:12:19 ID:CP.OVMuo [1/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


イブが嘘を吐いているかもしれない。

ローネは、そう言った。


「それにしても、お疲れ様だねリオ」

「え?! あ、う、うん……」

「どうかしたの?」

「な、なんでもないよ?」

「ふーん」


イブには秘密。

さすがに、そうしないといけない理由ぐらいはなんとなくわかる。

だけど、僕は嘘が苦手だ。秘密を隠し通すなんて、絶対に無理。

あくびをするイブの顔に、どこか恐怖を感じた。

これが嘘を吐いているかもしれない。
 ▼ 221 1◆J44kAZeDOM 16/05/22 21:13:00 ID:CP.OVMuo [2/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
いいや、そんな事はない、と僕は首を横に振る。

イブは、本当に記憶をなくしているんだ。

だって、イブはそんな嘘を吐くようなポケモンじゃない。

優しくて、賢くて、真面目で……。

それより何より、ドーキがない。

イブがそんな嘘を吐く、理由が。

だって、自分を傷付けた犯ポケを、捕まえたくないはずがない。

もし覚えているならママに全部伝えたはずだ。

それを隠してまで嘘を吐いて記憶喪失だなんてあり得ないはず。

うん、きっとそうだ。間違いない。


「ねえリオ、ホント変だよ。勉強やり過ぎた? 寝た方がいいんじゃない?」

「うん、そうする。お休み」

「お休み」
 ▼ 222 1◆J44kAZeDOM 16/05/22 21:14:21 ID:CP.OVMuo [3/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「え、リオ、もう寝たんだ」

「うん。まだちょっと調子悪かったみたいで」


さっきの話が重すぎたんだろう。

けれど、不用意に会話して、その中からバレる可能性もあった訳で、そう考えるとこれはあたしにとって有利と言えた。

当然、疑いたくはない。けれど、疑わざるを得ないのもまた事実。

それなら、真実を全てハッキリさせて、そこからいい関係を築いて行けたらいいなと思う。


「あたしももう寝よっかな」

「そっか。私ももう寝るかな……」

「そだね。お休み」

「うん、お休み」
 ▼ 223 1◆J44kAZeDOM 16/05/22 21:15:03 ID:CP.OVMuo [4/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
布団に潜って、いろいろと考えてみる。

もし記憶がないと言うのが嘘だとしたら。

そう仮定して、今までの言動を照らし合わせてみる。

特に違和感はない。隠そうとしているのだから、嘘だろうが真実だろうが、そう簡単に綻びが見えるはずもなかった。

今度は、イブが他のポケモンと違う所を考えてみる。

となると、まず真っ先に思い付くのは、ナマエの存在だ。

理由付けはされていた。

しかし、それはニックネームと呼べば済む話でもある。

あたしたちを繋ぐ物が、疑いの元にもなるだなんて皮肉だなと苦笑を浮かべながら、あたしは決めた。

ナマエと言う物について、調べてみようと。
 ▼ 224 1◆J44kAZeDOM 16/05/22 21:15:37 ID:CP.OVMuo [5/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「ふあぁ……。ママは……また置き手紙か」


『昨日もまた帰りが遅かったので、朝は起きられないと思います。

 メニューは書いておくのでこれを参考に特訓してください』


「なんでママって、書き言葉だとこんな丁寧になるんだろ」


そんな疑問を思い浮かべたが、まあいいやと首を振り、僕は裏庭に向かった。

そして、サンドバックに向かって一通り技を繰り出すと、今日は鏡に向かってシャドーボクシングのような事をした。

攻撃フォームを見て、問題点がないかとか、いろいろ探してみる。

そこを修正していると、イブとローネが起き出して来た。


「あ、おはよ」

「おはよ」

「おはよう、リオ。で、ローネどうする? ごはん作る?」

「朝はむしろあたしがいたら邪魔でしょ。任せるよ」

「あっ、そう。まあいいや、わかった」
 ▼ 225 1◆J44kAZeDOM 16/05/22 21:16:04 ID:CP.OVMuo [6/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「リオ、それにしても、こう言う方面は凄いよ。皮肉とかじゃなく」

「ありがとう!」


なぜか笑い出したローネに、どうしたのかと聞いてみると、あんたって純粋なのねと返って来た。

訳がわからないよ。


「で、さ」


不意に真顔に戻ってローネは言った。
 ▼ 226 1◆J44kAZeDOM 16/05/22 21:16:40 ID:CP.OVMuo [7/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「イブには、ナマエってあるじゃん。まあ、今はあたしたちにもあるんだけど」

「うん。それが?」

「でも、あんたはともかく、あたしも聞いた事がないんだよ、ナマエなんて物」

「うん。だけど説明されてたじゃん。ニックネームみたいな物だって」

「そうだよ。だけど、じゃあなんでニックネームって言わないのか」

「外国語なんじゃないの? 適当に言ってるけど」

「もしそうだとしたら、住んでた場所の特定のヒントになるだろうね」

「え……ああっ!」

「『ナマエ』がどこで使われている言葉なのか、調べる事は意味のある事だと思わない?」

「なるほど……ローネ天才!」

「ま、あんたよりマシってだけよ」

「いや、僕よりマシでも大した事ないってば」

「だから言ってるじゃん。自分の事を――」

「自分の事をバカだと認識してるバカはまだいい方だ、でしょ?」

「うん」
 ▼ 227 1◆J44kAZeDOM 16/05/22 21:17:02 ID:CP.OVMuo [8/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ま、とにかく、あたしはナマエについて調べてみるから、リオはそれをイブにバラさないようにだけ注意ね」

「わかったよ。大丈夫かなぁ……」

「何が?」

「うわっ、イブ、いたんだ」

「今来たとこ。なんか話してたの?」

「ああ、リオの攻撃力って凄いよねって。あのホルード、あそこの中でも脳筋力自慢で鳴らしてたんだよ?」

「そうなんだ」

「でもあの時は、イブがいなかったら負けてたよ」

「いや、年齢差考えなさいよこの低能」

「……あっ、そっかぁ!」

「とりあえず、ごはん出来たから食べちゃおうよ」

「だね」
 ▼ 228 1◆J44kAZeDOM 16/05/22 21:17:52 ID:CP.OVMuo [9/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


なんだろう、もうあたしの毒舌も市民権を得て来たな。

慣れればどうって事ないのかもしれない。

まあ、あたしの場合、ドSと言っても相手の反応は気にしないタチで、ただ毒舌が吐ければそれでいいから、慣れてもらえたならそれが一番いいだろう。

そんな事はどうでもいいのだ。

あたしは食事をしながら、考えを深めて行く。

ナマエについて調べるにはどうすればいいのか。

まず、図書館に行って、外国語辞典を調べてみる。

それでヒットすれば話は楽なんだけど、あいにくあたしはそこまで楽天的じゃない。

むしろ、育って来た境遇のせいで、悲観的な性格をしているはずだ。と、自己分析している。

とにかく、それでヒットする事はまずないだろうとあたしは判断した。
 ▼ 229 1◆J44kAZeDOM 16/05/22 21:19:18 ID:CP.OVMuo [10/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
だから、次の策を考えないといけない。

食事を進めながらも、あたしの心は上の空で考えを続けた。

司書さんに聞いてみるのも手かもしれない。

もしかしたら、調べたい物がどの本に載っているか教えてくれるサービスがあるかもしれないし。

一応守秘義務もあるはずだから、あたしが何を調べたのかは、警察が令状持って来とかしなければ、バレないはずだ。

とりあえずはこんなもんでいいか、と考え、あたしは意識を現実に呼び戻した。
 ▼ 230 1◆J44kAZeDOM 16/05/23 21:08:45 ID:jnS7oMao [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「おはよーみんな」

「おはようミミロル! シシコもおはよっ」

「おうよ!」

「おはよう」

「おはよ、イブ」

「……あっ、おはよう」


朝の挨拶の中、ぼんやりしていたあたしは慌てて周りに合わせた。

まあ、ぼんやりすると言ってもただぼんやりしていた訳ではなく、考えてはいたのだが。

しかし、とりあえずは図書館で得られる情報待ちだと言う結論しか出て来なかった。


「ねえ、ローネ。なんか変だよ今朝は」

「なんでもないよ、イブ。心配しないで」

「ならいいんだけどさ……」
 ▼ 231 1◆J44kAZeDOM 16/05/23 21:09:24 ID:jnS7oMao [2/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そんな風に会話を続けていると、校門の前にマイナンが立っているのを見た。

かばんを持っている辺り、今来た所なんだろう。


「あれ? 今日はプラスル一緒じゃないのかな」

「え? もう学校に着いてるだけなんじゃないの?」

「いや、だってマイナンかばん持ってるじゃん」

「えっと、イブ、どう言う事?」

「学校にまだ1回も入ってないって事だよこの低能」

「なるほど!」

「だからチョロネコ口悪いって……」とミミロルがあたしに注意したが、あたしは無視する。

「何? あいついっつもプラスルと一緒に来てんの?」

「うん。きょうだいだしね」

「姉弟だけどね」

「あれ? イーブイお前、もうプラスルと仲良くなってるの?」

「まあね。なんとなく話しやすかった」

「へぇ」
 ▼ 232 1◆J44kAZeDOM 16/05/23 21:09:53 ID:jnS7oMao [3/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「おーいマイナン、どうしたの?」

「え? あっ、いやなんでもないよ」


リオとマイナンの間に、そんな会話が繰り広げられる。

だけど、小2の嘘なんて、顔しっかり見てればすぐにわかる。

むしろそれを上手く隠し通しているイブが異常なだけで、普通は細かい仕草とか、言葉の揺れとかでわかる物だ。

あたしにはわかる。

マイナンは、嘘を吐いている。

なんでもないはずがない。

けれど、まあ、リオにその判断を求めるのは酷と言う物だ。

リオはバカだが、仮に天才だったとしても、そう簡単に読み取れる物ではない。

あたしだって、風俗で働いた経験がなければそんな事は出来ない。

もちろん、あたしが天才だと言うつもりはないのだが。


「そっか、それならいいよ」とリオは笑った。
 ▼ 233 1◆J44kAZeDOM 16/05/23 21:10:53 ID:jnS7oMao [4/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
けれど、信じられない事にと言うかなんと言うか、イブにはそれがわかったらしい。

正直、マイナンは上手く隠せていた方だと思う。

大人でも、出来ない奴はもっと外に出る物だ。

あの嘘は、そう簡単に見破れるシロモノではない。

けれどイブは、休み時間にあたしだけに声を掛けて来た。


「ねえ、マイナンって、嘘吐いてるよね」

「……あんたわかったの? 大丈夫?」
 ▼ 234 1◆J44kAZeDOM 16/05/23 21:11:16 ID:jnS7oMao [5/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
煽りではなく素直に心配だった。

あれが嘘だと認識出来る程、イブの性格がひん曲がっているとは思えない。

いや、しかしと思い直す。

イブは、嘘の達ポケだ。

彼女なら、理解出来てもおかしくはない。


「え、何が?」

「ううんなんでもない。あんたって、純朴そうに見えて、意外とよく見てるよね」

「まあね。って、私の事はどうでもよくて、マイナンの事だよ今は」
 ▼ 235 1◆J44kAZeDOM 16/05/23 21:11:51 ID:jnS7oMao [6/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「それなんだけど、なんでリオに言わないの? あたしより、よっぽど適任だと思うんだけど」

「いや、リオに言っても無駄に悩ませるだけかなって。リオとマイナン、仲いいから余計に」

「まあね。その点あたしなら、ポケ情が薄いから言っても安心だと」

「あっ、いやそう言う意味じゃな――」

「自覚あるから大丈夫。あたしも、自分の事がクズだとわかる程度のクズで留まってたいから」

「いや、別にローネはそこまでクズではないと思うよ。ちょっとドSなだけ。ちょっとなのにドって付けるのは変か」

「ありがと。とにかく、あたしに出来る事はほとんどないと思うよ。傷を恐れてちゃダメって言ったの、あんただよね」

「いや、私は『変わろうとしないと前に進めない』って言っただけだけど」

「変わるってのは勇気がいる事。傷を恐れてちゃ、出来ない。若干違うかもだけど、面倒だから同じって事にしといて。

 とにかく、あんたはリオに話すべき。マイナンの事をあたしたちだけで解決しても、リオは複雑でしょうし」

「ああ、そうかもね」
 ▼ 236 1◆J44kAZeDOM 16/05/23 21:12:16 ID:jnS7oMao [7/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
説得成功。

もしここで巻き込まれていたら、調べ物が出来なくなっていた。

それに、リオには別の事に意識を向けていてもらえる訳だから、一石二鳥だ。

リオとイブがあたしがいない所で2匹きりになる時間が増えるかもしれないと言うリスクはあるが、リオは恐らく、マイナンの事で頭がいっぱいになって、イブに対するあたしの疑問までは考えられなくなるだろう。

こちらは後付けではあるが、それでもこの考えにあたしはほくそ笑んだ。
 ▼ 237 1◆J44kAZeDOM 16/05/24 21:41:18 ID:T.0y/E1A [1/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「えっ、それホンむぐっ」

「しっ! 聞かれちゃ駄目だから」

「あっ、ごめん……」


イブが、今朝のマイナンの態度に不審な所があると言って来た。

ただでさえイブへの疑惑を伝えられて混乱状態なのに、これ以上難しい事言われても頭がパンクしそう。

だけど、無視する訳にもいかなかった。

だって、マイナンは親友だから。

一緒に遊ぶポケモンに嘘を吐かれているかもしれない。

その事はショックだったけれど、それよりも心配が先に立った。

嘘を吐いてまで隠したい秘密があるかもしれない。

それが何なのかわからないけど、僕は、マイナンの力になってあげたい。
 ▼ 238 1◆J44kAZeDOM 16/05/24 21:41:47 ID:T.0y/E1A [2/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そこまで考えて、ふと思う。

僕は、イブの事は信じたいと言ってるクセに、マイナンの事になると、嘘を吐いていると言うイブの言葉を疑う事もなく信じ込んでいる。

マイナンが嘘を吐いていると言うのは、僕にとって受け入れられる事なのであろうか。

しばらく考えて、結論が出た。

イブに関しては、わからない事が多すぎる。

だけど、マイナンの事なら、僕はかなり知っている。

きっと、この差だ。

わからないと言う不安が、僕をおかしくしてるんだ。

だから僕は、イブは、嘘を吐いていないと言い切りたいんだろう。


「リオ、どうかした?」

「あっ! いやなんでもないよ」

「嘘。絶対変だって」

「だからなんでもないって」

「……ま、いいけど。今朝からなんか、リオもローネも絶対変だよ」
 ▼ 239 1◆J44kAZeDOM 16/05/24 21:42:25 ID:T.0y/E1A [3/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そ、そんな事よりマイナンだよ! 嘘吐いてるってホント?」


最後の方だけ声を潜めて言った。

頷くイブに、僕は「でもなんで?」と尋ねる。


「わかったら相談してないって」

「それもそうか……」

「リオ、そう言うの、調べられる?」

「僕が調べないとダメ?」

「一番仲良しだし、聞きやすいのは間違いなくリオだよ」

「……わかった。頑張ってみる」

「お願いね」
 ▼ 240 1◆J44kAZeDOM 16/05/24 21:43:05 ID:T.0y/E1A [4/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
授業も終わった放課後。

僕は、与えられた任務をこなすべく、マイナンに声をかけた。

任務がなくてもかけてただろうけど。


「今日もなんかして遊ぼうよ」

「あー……ごめん、今日はパスでいい?」

「いいけど……なんか用事でもあるの?」

「え? まあね」

「そっか……」
 ▼ 241 1◆J44kAZeDOM 16/05/24 21:43:28 ID:T.0y/E1A [5/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
これも嘘なんだろうか。

イブやローネに聞いたら、たぶん嘘だって言われるだろう。

けれど、僕にはそうは思えなかった。

マイナンが嘘を吐いているかもしれない。

イブから聞かされた時はそう信じられたけれど、こうして向かい合ってみると、そうは思えない。

僕は、先程の考えを改めた。

信じられるかどうかは、実際に自分の目で見て確かめたかどうかなんだろう。

僕の目には、嘘を吐いているようには見えない。だから信じられないんだ。
 ▼ 242 1◆J44kAZeDOM 16/05/24 21:44:16 ID:T.0y/E1A [6/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
とにかく、今のマイナンは、普段と何も変わらない。

用事があって遊べないのはいつもの事だ。

それが何日も続くようならさすがに嘘臭いけど、でもいちいち遊べないだけで疑っていたら、何にもならない。

イブが疑い始めた。その日にたまたま、マイナンの予定が重なった。

それだけだ。


「んじゃ、また明日」

「また明日ね」


そう言って僕は、マイナンと別れた。

明日になれば、何事もなく、いつも通り。

マイナンは、笑って一緒に遊んでくれる。

絶対そうだ。そうに決まってる。

僕は、他のクラスメイトのみんなと遊び始めた。
 ▼ 243 1◆J44kAZeDOM 16/05/25 21:47:02 ID:qgu7o7gc [1/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


ダメだ、何も見付からない。

強いて挙げるとするならば、ポケモンになったニンゲンの伝説――救助隊や探検隊が世界を救った事件――に、元ニンゲンのポケモンがナマエを持っていた事実があるぐらい。

けれど、まさかイブが元ニンゲンだなんて、そんな突拍子もない事は、さすがのあたしも考えなかった。

一応思い込みではなく、それを考慮の埒外に置いた理由はある。

ニンゲンがポケモンになる。こうした事例はいくつかあるようだ。

しかし、そのいずれも、少なくとも自分が元ニンゲンだったと言う記憶は持ち合わせていて、それを信頼出来る誰かに伝える所から始まる。

信頼出来る誰かは、その元ニンゲンが巻き込まれる事件の渦中に身を投じる事になる。が。

それを言ったら、リオとイブは世界を救う事になってしまう。まあ、元ニンゲンだと伝えていないのだが、最初に出会ったポケモンが関係するのはほぼ間違いないのだ。

そう判断するには、さらに理由がある。

いずれの場合も、そのニンゲンは、事件を防ぐため、あるいは事件の渦中に初めから身を投じていて、なるべくしてポケモンになるのだ。

あいにく、世界はそんな風に面白くは出来ていない。

世界を滅ぼしかねない事件など、起こる気配も見せていないのだ。

さらに、元ニンゲンだとしたら、それを伝えないはずがない。

ここまでの不安要素を抱えて1人で笑っていられるほど、ヒトは、強くない。
 ▼ 244 1◆J44kAZeDOM 16/05/25 21:47:47 ID:qgu7o7gc [2/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
1つ目は、正直曖昧な理由で、先入観だらけの推測でしかない。

けれど、2つ目は、ほぼ間違いないと思う。

上記の例は、1つを除いて完全に記憶が消えていた。

これもイブの主張と合致するが、問題はあたしがそこを疑っている点。

本当だとすれば伝えないと不安だろうし、かと言って記憶が本当はあるのだとすると、それこそ隠す理由が消え失せてしまう。

ニンゲンがこの世界にやって来るのは、それ相応の理由がある。

それを伝えるリスクと、それに伴うメリットを天秤にかけた時、メリットに傾くのは当然ではないだろうか。

間違いなく、協力してくれるポケモンは多いに越した事がないからだ。

そこまで考えて、チラリと胸の奥を何かがかすめた気がした。

けれど、あたしはそれを掴めないまま、司書さんが座っているカウンターの方へ足を向けざるを得なかった。

司書さんに説明しようと腐心している内に、先程の感慨は忘却の彼方へと消え去っていた。
 ▼ 245 1◆J44kAZeDOM 16/05/25 21:48:15 ID:qgu7o7gc [3/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
結局、これ以上の収穫はなかった。

司書さんも一応心当たりを当たってくれはしたが、ナマエと言う記述があるのは先程の伝説ぐらいな物らしい。

ちなみに、伝説、伝説と連呼しているが、これは一応史実であると言う情報が得られたのは収穫だろうか。

しかし、それは斜め読みしたがために読み飛ばしただけであって、本を丹念に読んでいればいずれわかる事だった。

時短にはなったと気落ちした自分を慰める。


「だけど、これじゃ振り出しか」


そう口に出してしまい、慌てて頭を振った。

マイナス思考はよろしくない。真実を求めるのに必要なのは、前向きな探求心。

後ろを向いていたら、真実から逃げるだけに終わってしまう。

あたしは前を向き、もう自宅と呼んでいる場所へと駆け出した。
 ▼ 246 1◆J44kAZeDOM 16/05/25 21:49:00 ID:qgu7o7gc [4/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「で、結局何も探らなかった、と」

「だって嘘吐いてるように思わなかったんだもん! 僕は、疑いたくないんだもん!」

「はぁ……。信じる気持ちは大切だけど、気付いてあげるのも優しさなんだよ。じゃ、私も成果を発表するね」

「……えっ?」

「言った通り。マイナンが何か変だってプラスルに打ち明けたんだ」

「そ、そうなんだ……」


イブがそんな事をするだなんて思いもしなかった。

確かにプラスルとはもう仲良くなっていたが、それでもその行動力には驚かされてばかりだ。


「で、プラスルは、何か変だって事には気付いてなかったけど、それでも私が聞いたら、全部わかったみたいだった。

 マイナンの誕生日、いつかわかる?」

「え? 1週間後……あっ!」

「わかったみたいね」
 ▼ 247 1◆J44kAZeDOM 16/05/25 21:50:44 ID:qgu7o7gc [5/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は、自分が行き付いた結論を、そのまま口に出す。


「つまりプラスルが……マイナンにサプライズを仕掛けようとして、冷たくしてる。

 それでマイナンは、傷付いてる……って事?」

「そう言う事だろうね」
 ▼ 248 1◆J44kAZeDOM 16/05/25 21:51:06 ID:qgu7o7gc [6/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
信じてもいなかった事の理由を説明されて、それでも納得出来てしまうのは、相手がイブだからだろうか。


「昨日プラスルが迎えに来なかったのも、もしかしたらそれが理由かもね」

「あっ……」

「これでもホントに、マイナンは隠し事してないって言える?」


畳み込まれるような説明に、僕は首を横に振るより他に残されていなかった。


「だけど……リオのそう言うとこ、私、大好きだよ」

「えっ?」

「なんでもない。帰ろ」

「いや、今大好きって……」

「だからなんでもないって!」
 ▼ 249 1◆J44kAZeDOM 16/05/26 06:19:10 ID:K2gzTge. [1/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「ただいま。ま、誰もいな――」

「ああ、チョロネコかい。お帰り」

「あ、帰って来てたんだ」

「毎日毎日束縛されてたんじゃリオルたちも困るだろうって早帰りさせてもらったんだ」


けれど、口で言う程簡単な事ではないだろう。

警察なんかは、典型的な男尊女卑だと聞く。

それに、子育てだから早く帰るだなんて理由がそう簡単に通るとも思えない。

それなのに結局早く帰って来た。

その面倒を思うと、同情せずにはいられない。

けれど、同時にその優しさが嬉しかった。
 ▼ 250 1◆J44kAZeDOM 16/05/26 06:19:37 ID:K2gzTge. [2/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ぼーっとくつろいでいると、不意にさっきまで調べていた事を話してみたらいいんじゃないかと言うアイデアが降って来た。

警察なのだから、あたしの考えをより強固な物にしてくれるかもしれない。

自分を助けてくれたイブを疑ってかかっているみたいでなんとなく申し訳ない気もしたが、疑われるような言動を行ってしまったイブのミスだと判断して、あたしは口を開いた。

最初は驚きをその表情に浮かべたが、あたしの推論を聞いて徐々にその顔は真剣な物になる。

全てを話し終えると、しばらくの思案の末に、「なるほど、よくそこまで考えたね」と言う。


「まあ、考えるのは好きなんで。で、どうですか? 当たってます?」

「……実は、あたしもちょっと疑っていたんだよ」


そこから先を続けようとした瞬間に、扉が開く音がした。
 ▼ 251 1◆J44kAZeDOM 16/05/26 19:49:48 ID:K2gzTge. [3/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


結局イブからは何も聞けないままに、家に帰り着いた。

そこには、ローネだけでなく、久々にママがいた。

何やら真剣な表情をしている2匹に、「何か話してたの?」と尋ねても、「大した事じゃないよ」といなされてしまう。

「どうしたんだろ」と声を掛けて来るイブに、僕も首を捻るだけだった。


「そういやさ」とローネが話題を変える。

「マイナン、結局どうなの?」

「あ、それはだいたいわかったよ」とイブが伝える。

「へえ、良かったじゃん。何?」

「マイナンの誕生日、プラスルがつれなくしてる」

「なるほど」


2匹の間にはたったこれだけの会話が交わされただけだ。

それなのに、ローネは興味をなくしてしまったかのようにうつむいてしまった。
 ▼ 252 1◆J44kAZeDOM 16/05/26 19:50:38 ID:K2gzTge. [4/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「えっ、それだけ?!」

「うん。悪い?」

「別に悪くはないけど……」

「ならいいじゃん。原因がわかったなら、後は対処も簡単だろうし」

「まあね……」

「まあ、リオ。いいじゃない」

「うーん……」
 ▼ 253 1◆J44kAZeDOM 16/05/26 19:51:57 ID:K2gzTge. [5/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
まあ、どうせローネがそんな簡単に手伝ってくれるとも思えなかった。

たぶん、今はナマエに関して調べるのに忙しいはずだし、そもそもローネの性格的に、そのぐらい放っておけと思うに違いない。

仕方ないかとため息を吐いて、僕はかばんからドリルを取り出し、宿題を始めようとした。

それだけだ。

なのに、ママが驚いたように声を掛けて来た。


「おお、リオル! あんた、自分から宿題するようになったんだ!」

「まあね。イブとローネのお陰だよ」

「いや、あんたがあんまりバカだから見てらんなかっただけだし」

「へぇ、これぞまさしくツンデレって奴ね」

「はぁ? 頭沸いてんの?」

「全然? 自分の事そうだって自覚出来ない低能じゃないんでしょ?」

「むぐぐ……」
 ▼ 254 1◆J44kAZeDOM 16/05/26 19:53:29 ID:K2gzTge. [6/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
珍しくローネがやり込められている。それがおかしくて、思わず僕は吹き出した。

もちろん、ローネから鋭く睨まれたが、そのぐらいじゃ僕の防御力は下がらない。


「ところでツンデレって何?」

「リオは(あんたは)知らなくていい!」


2匹の声がかぶさり、僕の腹筋は壊された。


「大笑いするのもいいけどねリオル、いやみんな! 宿題はちゃんと終わらせるんだよ!」

「はあい」


2匹も曖昧に返事をした。
 ▼ 255 1◆J44kAZeDOM 16/05/27 23:38:04 ID:bYaNcJw2 [1/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ワイワイガヤガヤと宿題を進めて行く。

と言っても、イブとローネは早々に終わらせている。

そして、僕は2匹から教わるのだ。

これもいつもの事だった。

イブが料理をする時間を今日はこっちに回せる分、より濃密に勉強する事になる。

正直げんなりしてしまうのだが、それでも勉強が全く出来ないのも困りものなのは確かなので、仕方なく僕は宿題を進める。


「ここはこうして……」

「こんな事もわかんないわけ?」

「ダメだ、わかんないよー!」

「なんでなのよこの低能」

「だからローネ言い過ぎだって」

「あー……ここはこう?」

「あっ、そうそう!」


と、まあ、こんな感じで。

僕の頭も、少しずつ、マシにはなって来ていると思う。
 ▼ 256 1◆J44kAZeDOM 16/05/27 23:39:49 ID:bYaNcJw2 [2/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ねえ、リオ。ちょっといい?」

「ん? どしたの?」

「いや、マイナンの事なんだけど……」

「うん」

「マイナンには……秘密にした方がいいんじゃないかなって」

「え?」

「やっぱりね、ここはプラスルに任せるべきだと思うの。だって、私たちが首を突っ込んでも、何かが変わると思えない。

 原因はプラスルの優しさなんだし、それを外からあーだこーだ言うのは違うと思うんだ」

「うーん、そう言うもん?」

「少なくとも私はそう思う」

「そう言うもんなのか……」
 ▼ 257 1◆J44kAZeDOM 16/05/27 23:40:56 ID:bYaNcJw2 [3/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
イブは、今までも物凄い閃きと頭の良さで、ローネを助けている。

そのイブがそう言うのなら、それが正しいのかもしれない。

けれど。


「だけど、苦しんでるなら、僕は、助けてあげたい。黙って見てろだなんて、絶対無理だよ!」

「……そっか、そうだよね。とりあえず、明日は私たちで、プラスルに話してみよ」

「うん!」

「ローネはいい?」

「ごめん」

「仕方ない、か」とイブは呟いた。

そこに、ママが呼ぶ声が聞こえる。ごはんが出来たらしい。
 ▼ 258 1◆J44kAZeDOM 16/05/28 21:38:25 ID:jkTs31tA [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「こうして久々に家でゆっくり出来るってのは、ありがたいね」

「捜査の状況はどうなの? ママ」

「埒があかないよ、ホントに。煙みたいに消えちまって……」

「あの……そんなに簡単に漏らしていいんですか?」

「ああ、気にする事はないよ、イブ。捜査上でこれだけは絶対秘密に! ってのがあって、それだけは隠してるからねいつもは。

 まあ……今回は、何もわからないからどうにもならないんだけど」

「新聞にも情報ないですもんね」

「そもそも、行方不明自体が世間一般に認知され辛いからねぇ。多すぎるのが問題なのであって、1件1件はどうって事ないありきたりな事件でしかないから、

 メディアも注目し辛いんだろうね。まあ、警察からしたらありがたい事なんだけど」

「うーん、でも行方不明って、メディアはもっと積極的に取り上げるんじゃないかなぁ……」
 ▼ 259 1◆J44kAZeDOM 16/05/28 21:38:50 ID:jkTs31tA [2/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「どう言う事だい? イブ」

「あっ、いやなんでもないですけど、でもメディアがなんで警察の情報を流さないのか……。圧力かけてません?」

「ぶっ」

「圧力って?」

「リオは知らなくていい」

「ちょっとイブ、どこでそんな言葉覚えたんだい?」

「えっ? いや、どこででしょう。記憶がないもんで」

「はあ……、全くもう、そう言う煩わしい事、家でぐらい忘れたいもんなんだけどねぇ」


ママは、イライラと食事をかき込んだ。


「ったく、あの頭の固い古狸どもめ……」
 ▼ 260 1◆J44kAZeDOM 16/05/28 21:39:29 ID:jkTs31tA [3/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ご、ごちそうさま」


僕はそそくさと晩ごはんを終わらせ、お風呂に浸かった。

ママのイライラが止まらない。

僕の脳内の危険信号が警鐘を鳴らしていた。


「リオ、私も入れて」

「あたしも一緒に入る」


少し遅れてイブとローネも入って来た。


「なんかこう、本能に切実に訴えかけて来るね、お母さんのあのイライラ。絶対危ない。

 君子危うきに近寄らずって言うし、少し冷静になってもらうのを待たないと」
 ▼ 261 1◆J44kAZeDOM 16/05/28 21:40:12 ID:jkTs31tA [4/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……あんた、特性危険予知?」

「たぶん」

「ふーん、珍しいの」

「え? そうなの?」と僕が聞く。ローネは呆れたように呟いた。

「あんた、そんな事も知らないの? 常識だよ? 九九と同じレベルの。イブのそれは、夢特性って言うの。

 なんでも夢を覗かれた事があるポケモンが今までの特性を失って、別の特性を身に付ける事があって、それで夢特性って言うらしいよ。

 まあ、それは今日、図書館で知ったんだけど」
 ▼ 262 1◆J44kAZeDOM 16/05/28 21:40:34 ID:jkTs31tA [5/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そうなんだ。でも常識って――」

「夢特性だって事ぐらいは常識の範囲内だってのバーカ」

「あのさあ、今のは説明が足りないよ、ローネ」

「イブ!」

「まあ、今のはあたしも悪かったと思う。反射的に言ってるけど」

「ローネさぁ、頭いいんだから、もうちょっとちゃんと考えなよ。何言ったら傷付くだろうなぁとかぐらいさ」

「ごめんごめん」

「……反省してないでしょ」

「まあね」

「ったくもう……」
 ▼ 263 1◆J44kAZeDOM 16/05/28 21:41:24 ID:jkTs31tA [6/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


まあ、イブはそう言っているけれど、あたしは生まれてこの方父親にもっと酷い扱いを受け続けて来た。

そして、これはもうどうしようもないのだが、相手を罵ると言う行為に快楽すら感じている。

やめようと思う相手に対しても、どのぐらいの感覚で接すればいいのか、あたしにはわからなかった。

イブは、もう少し考えろと言う。

だけど、それなら教えて欲しい。


あたしは、どんな風に接すればいいのか。どんな風に考えれば、罵る事を普通だと思えなくなるのか。
 ▼ 264 1◆J44kAZeDOM 16/05/28 21:42:30 ID:jkTs31tA [7/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ねえ、そろそろ誰かお風呂から出ないとだよね……」とリオが言う。


その声にあたしは、現実世界へと呼び戻される。


「え、あ……」

「そう言えばそうだった」とあたしは頷く。

「誰が出る? ママの機嫌、戻ってるといいんだけど……」

「私行くよ。まだ危なそうだったら戻って来ればいいし、危険予知のお陰で2人よりそう言うのに敏感だしね。

100秒数えて戻って来なかったら大丈夫だと思ってくれていいよ」

――

リオは、律儀に100秒、口に出してゆっくり数えた。

あたしは面倒だったからそれに任せ、しばらく湯船からだけ出て体を冷ます。


「きゅうじゅうくー、ひゃーく! ローネ、もう出て大丈夫だよ」

「だね。出よっか」
 ▼ 265 1◆J44kAZeDOM 16/05/29 16:28:43 ID:1apxbkLc [1/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
恐る恐ると言う体でドアからリビングを覗くリオ。

あたしは、それを少し遠くから眺めていた。

リオがドアを開く。

あたしも、後から続いた。


「ママ、お風呂空いたよ」

「あ、そうかい。わかった」


リオがそう言って、あたしは道を譲るべく体を横に向けた。

横顔には苛立ちこそ仄見えたものの、あたしたちに当たり散らす事はないだろうと思えた。
 ▼ 266 1◆J44kAZeDOM 16/05/29 16:29:03 ID:1apxbkLc [2/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「大丈夫だったよ、お母さん」

「みたいだね、よかったぁ」

「ま、触らぬ神に祟りなし。今日はもう寝ちゃおう」

「だね」と、イブはあたしに同調する。

「わかった、お休み!」

「お休みー」

「お休み」
 ▼ 267 1◆J44kAZeDOM 16/05/29 16:29:58 ID:1apxbkLc [3/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
布団に潜って、あたしはぐるぐると思考の闇を彷徨う。

せっかくナマエと言うとっかかりを見付けたのに、それは儚い砂の城だった訳で、あたしの落胆は、こうして冷静になってみると思ったより大きかった。

あたしは、思ったより知識欲が旺盛らしい。と言うより、自分に知らない事があると言うのが納得いかないと言った方が正しいのかもしれないが。

どちらにせよ、次の調査を考えなければならなかった。

けれど、他におかしな所は見受けられない。

頭がいい事とか、突き詰めればいろいろとあるけれど、考えても仕方ないだろうし。

自然とため息がこぼれた。
 ▼ 268 1◆J44kAZeDOM 16/05/29 16:30:28 ID:1apxbkLc [4/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


布団に潜って、僕はぐるぐると思考の闇を彷徨う。

マイナンの事を疑うのが、本当に正しい事なのか。

僕は、まだ決めかねていた。

もちろんイブの事は信頼している。きっと、誕生日の事でプラスルから冷たくされているのも、それに気を病んでいるのも、きっと本当だ。

だけど、それでも、僕には話してくれるはずだと思った。

そして、こうも簡単にゆらゆらとゆれる僕の心の弱さを恥じた。

イブの前では、イブの言葉の説得力に呑まれて、どうしてもそう思えてしまう。

けれど、僕は、嘘だと思えなかった。

いや、違う。

僕は、嘘だと思いたくなかった。

そう言う事なんだ。

そう思った瞬間に、なんだかスッとした。

とにかく、全て、明日になればわかる事だ。

僕は、寝る事にした。
 ▼ 269 1◆J44kAZeDOM 16/05/30 21:29:06 ID:2/tNaY3c [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
翌朝は、早く眠ったお陰か物凄く早く目が覚めた。

ママも起き出して来ない。そのぐらいの早さ。

当然の事ながら、僕はすぐにヒマを弄び始める事になる。

少しでもぼんやりすると、マイナンの事が心配になり、イライラと頭を振らざるを得なくなる。

1つうなると、僕は立ち上がった。

仕方ない、ランニングでもするか。

そう呟いて、僕は書き置きだけ残すと家を出た。

準備体操をしっかりと行って、僕は少し遠い公園までの道のりを走る。

一定のペースで走っていると、リズミカルな呼吸の音がどことなく楽しく聞こえて来る。

はっはっはっ。

このリズムをペースメーカーに単調なリズムで走る。

そうしていると、汗と共に体から余計な雑念が流れ出して行く。
 ▼ 270 1◆J44kAZeDOM 16/05/30 21:30:05 ID:2/tNaY3c [2/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
疲れを感じ足を止め、しばらくゆっくり歩いていると、新聞配達のお兄さんが声を掛けて来た。


「お、お前あの家の……。いっつもサンドバック全力で殴り付けてる子だな」

「ああ、確かにそうですけど、なんで知ってるんですか?」

「新聞配ってると、外から見えるんだよな。それに、少し変わってんなぁって思って覚えてたんだ」

「そうですか」


「で、今日はランニングか? 精が出るな」

「なんかムダに早起きしちゃったんで」

「そうか。俺、今からお前の家に届けに行くんだが、一緒に行くか?」

「はい!」


僕は、お兄さんと一緒に走り始めた。

お兄さんは自転車に乗っていて、そのかごには新聞がたくさん入っている。

知らないヒトに付いて行かないと教えられてはいるが、さすがに新聞配達だって事に嘘はないだろう。

それに、万が一怪しいポケモンだったとしても僕ならたぶん倒せると思う。

だから、付いて行く事に抵抗はなかった。
 ▼ 271 1◆J44kAZeDOM 16/05/30 21:30:34 ID:2/tNaY3c [3/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「それにしてもさ、ニンゲン、って知ってるか?」


走っていた僕はそれを上手く聞き取れず、聞き返す。

お兄さんはもう一度言い直すと、「なんか新聞の見出しに見えるんだけどさ」と付け加えた。


「ニンゲンかぁ……。大昔世界を救ったって言う伝説ぐらいしか知らないですね」

「だよな。それがなんで新聞に載ってんだろ。気になんだよね」

「うーん……、僕頭良くないんですよね。イブとかローネなら何かわかるかも。聞いてみますね」

「いや、まあ読めば済む話だとは思うんだが……」

「あっ……、アハハ」

「でもまあ、誰かと話してみるのはいい事かもしれねぇな。たぶん小坊が普段からこんな早起きする事はもうないだろうし、俺と会う事はもうないだろうけど、でもまあ、お前はお前で調べてみたら面白いかもな。

 じゃあな!」


いつの間にか僕の家の前まで来ていた。

その事に、別れのあいさつをして気付いた。

僕はポストから新聞を抜き取り、扉を開いた。


「ただいまっ!」
 ▼ 272 1◆J44kAZeDOM 16/05/30 21:31:14 ID:2/tNaY3c [4/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
帰ってみると、ママもイブもローネも全員起きていた。

ローネがイブから料理を教わっていて、ママはその間にとでも言わんばかりに掃除をしていた。


「あ、お帰りリオル!」とイブが笑う。

「ランニングねぇ。ま、朝からお疲れ様」と、これはローネ。

ママも「ま、体力作りは全ての基本だしね」と微笑む。
 ▼ 273 1◆J44kAZeDOM 16/05/30 21:31:54 ID:2/tNaY3c [5/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ごはん出来た?」

「もうちょっと待って。ローネに教えながらやってるから、ちょっと時間かかっちゃって」

「ま、あたしも今朝ぐらいはゆっくりさせてもらうよ。どうせ戻ったら捜査詰めでしばらく休めそうにないし」

「ああ、そうなのか……」と僕は少し肩を落とす。

「なおさら緊張するんだけど、そんな事言われたら」

「大丈夫大丈夫! ローネ、普通に筋はいいと思うから」

「そう言ってくれるとありがたいけどさ」


そんなこんなで出来上がった料理の見た目は、ママの料理の数百億倍おいしそうに見えた。

けれど、油断は出来ない。

確か、ローネの料理は、見た目はおいしそうなのに味は今一つだった。

今回はどうだろうと恐る恐る口に運んだ。
 ▼ 274 1◆J44kAZeDOM 16/05/30 21:33:09 ID:2/tNaY3c [6/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……どう?」

「うーん、まあ、前よりは全然いいけど、ママとかイブのと比べるとやっぱり……」

「ま、あたしのは見た目がさっぱりだけどね」と、ママは自虐的に笑った。

「なんなんだろ、塩入れなさすぎ? 少し薄いってかだいぶん薄い気がするんだけど……」

「ま、あたしがおいしい料理を作れるとしたら、誰かに無条件の愛を注げるようになってからだろうね」


ママの料理が見た目は悲惨なのにおいしいのもそこにある、けれどあたしはまだ愛を注がれた経験が足りないしね、とローネは笑った。

何の感情も感じさせない笑みだった。

ローネは、時折こう言う無感動な笑みを浮かべる事がある。

それを見て胸が痛まないでもないが、だからと言って何かが出来る訳でもなく、僕にはそれを眺めるしか出来なかった。
 ▼ 275 1◆J44kAZeDOM 16/05/30 21:33:32 ID:2/tNaY3c [7/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
重苦しい雰囲気を嫌って、僕は不意に話題を変えてみる。


「そういやさ、今日の新聞に、ニンゲンってのが載って――」

「ぶっ」


唐突にローネが吹き出す。

不意を突かれてビックリしたみたいだけれど、何でそんなにビックリしたんだろう。

まあ、ニンゲンってのが珍しいのはわかるけどさ……。


「そ、そうなんだ……。どう言う内容?」

「わかんないよ。まだ読んでないし」

「あー、情報漏れ出したか……。機密事項だったんだけどねえ」

「えっ、ママ知ってたの?」

「誰にも言っちゃダメだよ!」

「わかってるよママ。で、なんで?」

「……最近、大臣に接触して来ているらしいんだよ、ニンゲンが」
 ▼ 276 1◆J44kAZeDOM 16/05/31 21:59:19 ID:7PlCZ8m2 [1/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


あたしは、思わず叫んだ。

当然であろう。

昨日、それはないと却下したばかりなのだ。


「えっ、ニ、ニンゲンってもう大昔に絶滅したはずじゃ!」

「それが、どうにも……、おっと、これ以上は勘弁してもらうよ。バラしたってバレたらただじゃ済まないんだから。

 まあ、新聞見ればわかるかもしれないけどね」

「ああ、なるほど……」


チラリとイブの方を見やる。

しかし、その表情からは、特に何の感情も窺い知る事は出来なかった。

もっとも、何にも読み取らせないと言う事その物が既に異常なのだ。

あたしの心証パラメータは、大きく黒に傾いた。

イブは、元ニンゲンなのかもしれない。

何があってそうなったのかはわからないけれど、このタイミングで唐突に現れた記憶喪失のポケモンだなんて、都合が良すぎる。
 ▼ 277 1◆J44kAZeDOM 16/05/31 22:00:07 ID:7PlCZ8m2 [2/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
とりあえず、あたしは、より多くの情報を集めるべく新聞を手に取る。

少し朝食は残っていた物の、そんな事、あたしの頭の中からは消えてしまっていた。

『消えたはずのニンゲンが復活か?!』

まずこの扇情的な見出しが目に飛び込む。

少し詳しく読んでみると、都市伝説的な雰囲気ではなく、見出しにそぐわぬマトモな記事だとわかるが、この記事は確かに読者の興味を惹くにはインパクト充分だ。

具体的な中身を読んでみる。

まとめると、こうなる。

『パラレルワールドからやって来た。

 これからは交易や移住その他もろもろで協力して行こう。

 とニンゲンは、大臣のキリキザンの交渉を持ち掛けていると言う』

その顔写真を見て、あたしは愕然とした。

ニンゲンの、ではなくキリキザンの、である。


こいつ、あたしの元客だ。
 ▼ 278 1◆J44kAZeDOM 16/05/31 22:00:32 ID:7PlCZ8m2 [3/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
はは、と自嘲気味に笑う。

あたしのこの黒い経歴が、とんでもないところのコネを作っていたんだと思うと、笑いもこぼれだすと言う物だ。


「ローネ、確かにニンゲンはビックリだけどさ、急がないと遅れるよ」

「え、あ、そうね。ごめんごめん」


生返事をしながら、あたしは立ち上がる。

朝の用意をしながら、ほくそ笑む。

どうしてもニンゲンに関して知りたくなったら、あいつに聞けばいい。

最終手段だが、上手く使えば確実に効果を発揮する、最高の手段でもある。

イブが何を隠しているのか。

その秘密に1歩近付けた気がした。
 ▼ 279 1◆J44kAZeDOM 16/06/01 21:44:03 ID:gh/yRsmM [1/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ねえローネ、何が書いてあったの?」


通学路の道すがら、リオが聞いて来た。

あたしは軽い足取りを止めて、答える。

全て聞き終え、リオは、へぇと頷いた。

しかしイブは、「まあ、何がどうなるかはわからないけどね」と澄ましている。

その態度に、あたしはどんどん疑いを深めていく。

記憶を失っていると言うのは嘘で、本当はこのニンゲンの到来を知っていたのではないか。

だって、元ニンゲンだから。

そう考えると、全てが納得行く。

あたしは、脳内でいろいろシュミレートして、そう判断した。
 ▼ 280 1◆J44kAZeDOM 16/06/01 21:44:35 ID:gh/yRsmM [2/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
けれど、まだどれも推測でしかない。

証拠も一切ないのだ。

白か黒か、ある程度判別しておきたい。

キリキザンと言う切り札を使うのは、もっと後でいい。

何が正しいのか。真実は何なのか、そもそもイブの事を追及するのは正しい事なのか。

それはわからないけれど、とにかくイブの事を知りたかった。

その衝動は、もうどうしようもない程に、あたしの中で膨らんでいた。
 ▼ 281 1◆J44kAZeDOM 16/06/01 21:45:34 ID:gh/yRsmM [3/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


イブとローネが見つめ合う。

その様相に、僕は思わず逃げ出しそうになってしまった。

何か、これから途轍もない大きな出来事が起きる。

訳もなく、そんな予感がした。

そんな風に震えていると、シシコとミミロルが、まるで救世主のように現れた。


「おはよ、みんな」

「ああ、おはよう!」

「おはよ、なんかお前ら、怖くね?」

「だよね、僕も思うんだけど……」
 ▼ 282 1◆J44kAZeDOM 16/06/01 21:46:08 ID:gh/yRsmM [4/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
しかし、イブとローネは、何事もなかったかのような応対で済ませてしまう。


「え? そうかな」

「気のせいでしょ。ね、イブ」

「うん。だよね、ローネ」


2匹は、見合わせて、笑った。

好敵手と書いてライバルと読むような、そんな雰囲気で。

どうしても、嫌な予感しかしなかった。

ストレートな暴力より、よっぽど恐ろしい。
 ▼ 283 1◆J44kAZeDOM 16/06/01 21:46:48 ID:gh/yRsmM [5/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そこから逃げたくて、僕の思考はマイナンの方へ移った。

逃亡に使うのは申し訳ない気もするが、しかし怖い物は仕方ない。

割り切って、考える事にする。

マイナンは嘘を、吐いているのかいないのか。

僕は、マイナンの事を信じたい。

だけど、イブの言葉に間違いは見受けられない。

マイナンを信じるには、どこかイブの推理の間違いを見付けないといけない訳だけれど、僕にそんな事が出来るとは思えなかった。

プラスルが、マイナンの誕生日を祝おうとしている。

何しろ、本人の口からそこは事実だと聞いたらしいのだ。イブが嘘を吐くとも思えないし、ここは信じていいはずだ。

だとすると、マイナンが嘘を吐いていない場合、その無視をあまり強く気にしていない事になる。
 ▼ 284 1◆J44kAZeDOM 16/06/01 21:47:31 ID:gh/yRsmM [6/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ここで、僕は、イブも、ついでにローネも持っていない物を使う事にした。

マイナンと過ごした時間、である。

マイナンは、プラスルといて楽しそうだったか。

プラスルから無視されて、傷付きそうな性格なのか。

それは、きっとイブにはわからない。

間違いが潜んでいるとすれば、そこでしかありえない。


「なあリオル、お前まで何考え込んでんだよ」

「あ、ごめんシシコ。もう少し考えさせて」

「あのさぁ、考えるのはいいけど、ちゃんと歩きなよ。リオル、止まってるよ」

「えっ? あっ……」


見渡すと、イブとローネが前で待っていた。

僕は、慌てて後を追う。
 ▼ 285 ピナス@ムーンボール 16/06/02 16:03:29 ID:BAK/FgJk NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
しえん
 ▼ 286 1◆J44kAZeDOM 16/06/02 20:57:22 ID:zl4TDSLA [1/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
結局、思考を深める事は出来ないままに、僕は学校に到着する事になる。

けれど、思いのほか僕の落胆は小さかった。

どのみち、マイナンに話を聞けば全てハッキリするのだ。

僕なんかが考えるよりも、ずっと早く、正しい。

そんな風に、ボーっと考えていると、不意にイブが呟いた。


「ねえ、あれ、プラスルじゃない?」
 ▼ 287 1◆J44kAZeDOM 16/06/02 20:58:00 ID:zl4TDSLA [2/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あ、ホントだ。どうかしたのかな……」


これは恐らく、この5匹の中でも僕とシシコしか知らない事だが、マイナンはいつもプラスルと一緒に学校に来ている。

そして、姉、プラスルは時間に厳しいと男子たちの中で通っている。

そのあおりを受けて、弟であるマイナンも普段から学校に着くのは早い方である。

だから、あの姉弟のどちらかが、校門の外にこんな時間まで立っているなんて、ふつうならありえない事だった。

つまり、なんらかの異常事態が発生した。

そう考えるのが妥当である。

「どうかしたのかね?」と尋ねるシシコに、僕も首を捻って答えた。

しかし、そんな疑問も、一瞬で氷解する事になる。

プラスルは、僕たちの姿を認めると、こっちに向かって走って来たのだ。

困惑したまま立ち竦んでいると、プラスルは僕たちの目の前で立ち止まった。


「プ、プラスル……どうしたの?」
 ▼ 288 1◆J44kAZeDOM 16/06/02 20:58:40 ID:zl4TDSLA [3/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
イブがそう声をあげたのにも理由はある。

傍から見てもそうとわかる理由が。

プラスルの目は、赤く泣き腫らしていた。

今ここではこらえているのか、涙こそ流れていなかったが、少し冷静に観察すれば、僕ですらそうとわかる程だった。

ここだけ時間が止まってしまったのかと思えるような、長い長い沈黙――実際には1分足らずなんだろうけど――の後に、プラスルは口を開く。


「……マイナン知らない?」
 ▼ 289 1◆J44kAZeDOM 16/06/02 20:59:29 ID:zl4TDSLA [4/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その声にも覇気はない。恐らく、眠っていないのではないだろうか。

僕の頭は、この発言を正確に認識出来なかった。

プラスルの睡眠時間についてぼんやりと考えられるぐらいには。


「……え?」


イブが、言葉を促す。

プラスルも、それに応えたのか、もう一度、言った。


「マイナンが、いなくなっちゃった」
 ▼ 290 ァイヤー@においぶくろ 16/06/02 21:00:07 ID:zl4TDSLA [5/5] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
今日はここまでです

明日と明後日は、恐らく更新出来ません
ご容赦ください
 ▼ 291 1◆J44kAZeDOM 16/06/05 19:28:32 ID:qG2XpR6M [1/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
しばらくの間、僕たちは呆けたような表情で見守る事しか出来なかった。

次第に、プラスルの中で何か砕け落ちる音を聞いた。

それは、笑い声と言う形で現れていた。


「あはっ、いないんだ、あはっ、あははは……」


その笑い声に、ママの嘆きがフラッシュバックする。


『最近行方不明になるポケモンが多くてねぇ……』


僕は頭を振って、嫌な妄想を振り切った。

そして、プラスルに問いかける。


「マイナンがいないの?!」

「うん……」
 ▼ 292 1◆J44kAZeDOM 16/06/05 19:30:48 ID:qG2XpR6M [2/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ようやく理解が追い付いて、僕は驚きの声をあげていた。

一応問いかけの体裁こそ保っていたが、それはほとんど叫びに近い物だった。

けれど、と僕は自分の頬を軽く叩く。

マイナンがいなくなった。だとすれば、僕たちがするべき事は何か。

そんなの決まっている。

僕は、みんなに呼びかける。


「みんな、しっかりして。いなくなったんだったら、マイナンを探さなきゃ」

「……そうよねリオ」とイブは頷き、一瞬空を見上げ、その後にプラスルに向き直る。

「ねえプラスル、最後にマイナンを見たのはいつ?」

「昨日、イブと話した後、マイナンが……」
 ▼ 293 1◆J44kAZeDOM 16/06/05 19:32:00 ID:qG2XpR6M [3/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
『ねえ姉ちゃん! なんで昨日は来なかったの? 帰ってからもなんか冷たいし』

『そんな事ないよ』

『嘘だ! 絶対おかしい! なんか隠し事してるだろ!』

『そ、それは……』

『もういいっ! 姉ちゃんなんて知らないっ!』


要約すると、こんな感じだ。

つまり、誕生日の話をこじらせて、大喧嘩に発展した、と言う事だ。

この時点で、僕のささやかなイブへの抵抗は、いとも簡単に打ち砕かれた事になる。

しかし、そんな事はどうでもよかった。

ふと周りを見渡すと、僕たち6匹だけがそこに残されている。

他のみんなは、もう学校に入って行ってしまったらしい。

プラスルは、笑いながら、なんとか「私たちの事は気にしないで」と伝えた。

その表情は、笑いながら、死んでいた。
 ▼ 294 1◆J44kAZeDOM 16/06/05 19:32:56 ID:qG2XpR6M [4/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は、イブ、ローネと顔を見合わせる。

2匹も、確かに頷いた。


「プラスル、僕たちも手伝うよ!」

「気付いてたのに止められないってなったら、さすがに夢見が悪いし」

「あたしもこういうヒト探しなら手伝える」

「シシコ、私たちも行こ――」

「ごめんだけど、ミミロルたちは、私たちが探しに行ったって伝えてくれない? 2匹の証言があれば、私たちがいなくても納得はしてくれる」

「俺は行っても――」

「ダメ。ムダな騒ぎを起こしたくないし、1匹だけじゃ少し説得力に欠けるもの」

「わ、わかったよイブ……」

「じゃ、私たちも、放課後になったら探すの手伝うよ!」

「ありがとう、みんな……」


いつの間にか、僕たちの言葉が届いたのか、プラスルの笑いは止まっていた。
 ▼ 295 1◆J44kAZeDOM 16/06/05 19:33:52 ID:qG2XpR6M [5/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そしてプラスルは、僕たちの事をまっすぐ見詰めると、言う。


「マイナンが行きそうな場所に、いくつか心当たりがあるの。そこを手分けして探そう」

「あたしはあたしなりのルートで探す」

「え、なんで?」

「あーもう! コネとかいろいろあんのよ!」

「ふーん……」

「まあ、ローネのコネは信じていい。私たちは、プラスルに従おう、リオ」

「だね」

「とりあえず、まずは桜の丘だね。それから……」
 ▼ 296 CSn9vcIqE6 16/06/06 08:10:06 ID:szdAMKe. NGネーム登録 NGID登録 報告
支援ー!
 ▼ 297 1◆J44kAZeDOM 16/06/06 21:11:07 ID:VvGr8mpA [1/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
桜の丘――街の南にある大きな1本の桜が特徴的な小高い丘。

僕の記憶でも、マイナンはここが好きだって言っていた。

もっとも、今は桜も咲いていない。

どっしりと大地に根を下ろし、青々とした葉を茂らせている。

桜の木は清々しい程に青い空を突き抜けて直立していた。

この場所には隠れる場所はあまりない。

昨日からずっとここに隠れていられるとは、到底思えないけれど、それでも可能性はゼロではない以上、誰かが探さざるを得ない。

で、僕に白羽の矢が立った。理由は単純。僕が、ここに詳しいからだ。

少しのびをする。

今、僕は1匹だ。隣には、誰もいない。


「ふぅ、しっかりしなくちゃね……」


そう言って自分を鼓舞すると、僕は探索を始めた。
 ▼ 298 1◆J44kAZeDOM 16/06/06 21:11:50 ID:VvGr8mpA [2/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「ありがとうございました」

「チョロネコちゃんの頼みなら、いつでも聞くよ! だから……また遊んでくれる?」

「はいはい、あんまり風俗とか行き過ぎない方がいいですよ」


探偵に、タダ働きをさせる。

あたしだからこそ出来た事だ。

こいつもあたしの元客である。もしこいつがあの店まで行ってもそこはもうもぬけの殻なのだが、そうなったらそうなったでまた個人的に軽い会話だけして終了でも大丈夫だろう。

あたしは、始めから下の方に興味がある奴お断りのスタンスで働いていた。

それでもあたしに興味を持って店に入れあげてたヒトは、本気であたしの事を好いていてくれたと言う事だろう。

それならば、そう言った会話だけで充分だ。

そう判断して、あたしは彼に相談を持ち掛けた。

結果は上々。思惑通り、彼はマイナン探しを手伝ってくれると言う。
 ▼ 299 1◆J44kAZeDOM 16/06/06 21:12:17 ID:VvGr8mpA [3/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「これ、あたしの連絡先です」と今の家の住所を伝える。

仮にそこに来て、大暴れしようとしたとしてもリオたちがいれば軽く退治出来るだろう。

なんたってあのホルードを軽く倒した訳だし。


「わかった。結果が分かり次第、ここに郵送するよ」

「そっち持ちでお願いしますね」

「ハハ、ちゃっかりしてるなぁ。そう言う所もかわいい……」


まあ、仕方ない。

あたしは、あたしに出来る事をやるのみだ。

だらしなく赤面する彼にあたしは背を向け、探偵事務所を後にした。
 ▼ 300 1◆J44kAZeDOM 16/06/06 21:12:46 ID:VvGr8mpA [4/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


しかし、見付からない。

上手く隠れたなぁと、少し呆れてため息を吐いた。

マイナンは、かくれんぼをしていても割とすぐに見付けられていた。

要するに、隠れるのはあまり得意ではないのだ。

それが、ここまで綺麗に姿形を隠している。

何かあったのだろうか。

ともすればのど元まで込み上げて来る不穏な感情を慌てて飲み下した。

大丈夫、マイナンは、帰って来る。

だって、だって。

僕たちは、約束したんだ。

また明日、って。

また明日、遊ぼうって。

だから、帰って来る。絶対に。

気付かぬ内に、頬を涙が伝っていた。
 ▼ 301 1◆J44kAZeDOM 16/06/07 21:15:00 ID:fBzRtvJY [1/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


太陽は空高く、風も爽やかに吹き渡る昼下がり。

あたしたち4匹は、公園に合流した。

「全く……バカみたいに晴れてるね」と思わず呟く。

目の前で、涙を流すリオとプラスル。

そしてそれを必死になだめるイブ。

誰かが涙を流しても、世界は関係なく回って行く。

それはもう、残酷な程に。

正直、今までも嫌と言う程知らされて来た事だ。

あたしが泣いても、世界は変わらなかった。

今ここで2匹が泣いても、マイナンは見付からない。

だったら。

だったら、あたしたちがしっかりしないといけない。
 ▼ 302 1◆J44kAZeDOM 16/06/07 21:15:32 ID:fBzRtvJY [2/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ねえみんな。諦めるのはまだ早いよ。あたし、プロに依頼したんだし」

「プロ?」

「探偵よ。あたしの元き……」


そこまで言って、あたしはプラスルの存在を思い出す。

あんまりあたしの過去の話を他人にペラペラと吹聴しようとは思えなかった。

イブは納得したように頷くと、プラスルに「心配する事ないよ。ローネ、親戚に探偵がいたんだって」と素知らぬ顔で嘘を吐いた。

リオが「ホントに?」と顔をあげたのには思わず笑いかけたが、自重した。


「そうなの。だからお金とか、そう言う事は何にも気にしないでいいよ」

「ありがとう……マイナン、帰って来たらお説教なんだから! みんなに迷惑かけて……」


プラスルの表情に、少し精気が戻った気がする。やはり、プロと言う言葉は、説得力が違う。

帰って来る事を前提とした発言も、いい兆候だ。

涙こそ止まらなかったが、それでも顔をあげて、立ち上がった。


「絶対見付けてやるんだから! マイナン、覚悟してなさい!」
 ▼ 303 1◆J44kAZeDOM 16/06/07 21:16:38 ID:fBzRtvJY [3/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







――――――――――






 ▼ 304 1◆J44kAZeDOM 16/06/07 21:17:10 ID:fBzRtvJY [4/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
捜索は、夕方まで続いた。

あたしも今回は、プラスルの言う心当たりを探す事にした。

けれど、見付かるはずもなかった。

そして、それは3匹も同じだったらしい。

昼過ぎからはミミロルとシシコも捜査に加わったが、結果は芳しくなく。

結局あたしたちは、うなだれたままに校庭に集合した。

今度と言う今度は、もう、誰も言葉を発しなかった。

あたしたちは、町中を探した。

それなのに、見付からない。

プラスルの頬を伝う涙が、夕陽に照らされ、赤く輝いた。

その絶望的なまでの美しさに、一瞬だけ吸い込まれそうになる。
 ▼ 305 1◆J44kAZeDOM 16/06/07 21:18:14 ID:fBzRtvJY [5/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
明るい闇の中で、あたしは立ちあがった。

誰も言わないなら、あたしが言うしかない。


「みんな、これは立派な行方不明事件だよ。……警察に届けるべき」

「……なら、ママだよね」とリオが言う。あたしも頷き、返した。

「あたし、探偵には依頼した。だけど――」


その先は、言えなかった。

言ったら、もうそれは変えられない物としてあたしたちに襲い掛かって来るような気がしたから。

呑み込んだ言葉は、こう。


『最近、行方不明事件が多いって言うし』
 ▼ 306 1◆J44kAZeDOM 16/06/07 21:18:34 ID:fBzRtvJY [6/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
信じたくはない。仮にもクラスメイトがそんな事に巻き込まれるだなんて。

けれど、恐らくそれは、事実なんだろう。

前言撤回だ。

口にしようとしなかろうと、認識は、あたしたちに牙を剥く。


「……みんな、ありがとう。私、大丈夫だから。大丈夫だから……うぐっ、うああああ……」
 ▼ 307 1◆J44kAZeDOM 16/06/08 22:08:13 ID:bk7qXmPY [1/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
泣き続けるプラスルを、あたしたちは家まで送った。

別れを告げて、あたしたちは、自宅までの道のりを歩く。

その道すがら、リオが言った。


「……行方不明事件、なんなんだろうね」


その声音には、怒りが滲んでいた。

悲しみを突き抜けて、行き場を失った感情は、形を変えて、外へ溢れ出る。

今朝のプラスルは、笑いに。

今のリオは、怒りに。

変じた姿こそ違えど、元を正せば同じ激情だ。


「だって、警察も、全然捕まえられないんだよ、犯人! それって、絶対おかしいよ!」
 ▼ 308 1◆J44kAZeDOM 16/06/08 22:08:40 ID:bk7qXmPY [2/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ふとイブの方を見ると、悲しげに俯いていた。

とりあえず、イブまでが激情に身を任せる、と言う最悪の事態だけは回避出来たようだ。


「落ち着いてリオ。きっと、お母さんたちも、頑張ってるんだよ」

「だけどっ! だけど、マイナン、帰って来ないじゃんか……」

「バカなの? まだ知らないのに、動ける訳ないじゃん。知らないからこそ、今から伝えるんだってのに」

「でも、でも……」

「いい、これはただの家出じゃない。もう、あたしたちの手に届く問題じゃないの」


リオも、イブも何も言わなかった。

だから、あたしも押し黙る。

結局、沈黙は、家に帰るまで、いや、家に帰ってからも続いた。
 ▼ 309 1◆J44kAZeDOM 16/06/08 22:09:54 ID:bk7qXmPY [3/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
イブは、無言で料理を作る。

リオは、ひたすらにサンドバックを打ち続ける。

そしてあたしは、する事もなく、思考の深淵に沈んで行った。

ニンゲンが現れて、行方不明が始まって……。

いや、行方不明は元々ニンゲンが来る前からあった事だ。関係あるはずがない。

ないけれど……。
 ▼ 310 1◆J44kAZeDOM 16/06/08 22:10:35 ID:bk7qXmPY [4/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
視線は、チラチラとイブの方を向く。

本当に何も関係ないと言い切れるのだろうか。

ニンゲンの狙いはわからないが、もし友好的な集団ではないとしたら?

闇に紛れて、誘拐していてもおかしくはない。

いや待て。仮定の話で推理しても仕方ない。

ニンゲンに関する情報をもっと集めないと、関連の有無は判別出来ない。

あ、でも違う。イブが、本当にニンゲンならば、間違いなく敵対関係にあるはずだ。

理由は単純。隠すと言う事はつまり、後ろめたい事があると言う事。

雷に打たれたように、あたしは立ち竦む。

そうだ、イブがニンゲンならば、全て説明は付く。

ニンゲンはパラレルワールドから来たと言う。そこに隔離していれば、見付かるはずもない。

だって、あたしたちポケモンには、探しに行けないのだから。

そしてイブは……イブは……。
 ▼ 311 1◆J44kAZeDOM 16/06/08 22:11:24 ID:bk7qXmPY [5/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
否定したい考えにむしろ固執してしまう。

どうしてだかはわからないが、あたしの中では、嫌な考え程説得力を持ってあたしを揺さぶる。

あたしは、ぶんぶんと頭を振った。

それこそ妄想の領域だ。

辻褄は合うが、それだけ。

証拠がないと、何も考えられないし、妄想で断罪するだなんてもっての外。

とりあえずは、信頼出来る大人に相談するのが先決だ。
 ▼ 312 1◆J44kAZeDOM 16/06/09 22:28:19 ID:CltMwCJQ [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


サンドバックがゆらゆらと揺れる。

マイナンは、本当に家出なのだと信じたい。

けれど、それだけにしては、隠れるのが上手すぎる。

真実はどちらなのか。

心と頭がケンカして、僕はふらふらと揺れ動いていた。

気が付けば、夜の闇が辺りに降りている。

マイナンは、どうしているのだろうか。

その心配だけが、どうしようもなく僕の中を覆う。

溢れ出た感情が拳を動かし、僕は再びサンドバックを殴り付けた。
 ▼ 313 1◆J44kAZeDOM 16/06/09 22:28:51 ID:CltMwCJQ [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
イブが呼ぶ声が聞こえる。

ごはんが出来たらしい。

けれど、食欲が湧かない。

マイナンの事を思うと、何かをする気になれなかった。

僕はごろりと寝転ぶ。

空に映る数多の星が、キラキラと光り輝いていた。

涙にそれが滲んで、幻想的な風景を描き出す。

走馬燈のように、楽しかった日常の光景がその星空のスクリーンに映し出され、それとともに、悲しみも増大して行った。

溢れた涙は、止まらなかった。
 ▼ 314 1◆J44kAZeDOM 16/06/09 22:29:27 ID:CltMwCJQ [3/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「リオ、ごはん――」


やって来たイブが言葉を呑む。

僕は、慌てて涙を拭き、声をあげた。


「うん、今行くよ」


悲しくて、それでも、僕は強くありたかった。

昼間は堪えきれなかった。

正直、今も耐える事は難しい。

だけど、僕は、強引に涙を押しとどめた。

もう自力で見付ける事が絶望的になった以上、涙を流しても意味がない。

だからせめて、また会えた時に、強い僕を見せられるように。

せめて、涙は隠したい。

僕は、立ち上がる。

星空は、何もなかったかのように明るく瞬いていた。
 ▼ 315 1◆J44kAZeDOM 16/06/09 22:30:05 ID:CltMwCJQ [4/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
晩ごはんが始まっても、僕たちは無言のままだった。

けれど、それではどうにも埒があかない。

僕は、言葉を探して、慎重にそれを伝えた。


「ママ、遅いね」


悩んで、悩んで、その結果出た言葉がそれだった。

あまりにも関係のないように見える言葉。

けれど、この場では、たぶんこれが正解だ。

そもそも、マイナンの事を警察に伝える、と言うのが結論だった訳で、だから警察に務めているママの話題を出すのは、恐らく間違っていない。

それに、この発言だけなら、普通の会話としても取れる。

マイナンの事に対して万が一触れたくないと思っているのなら、額面通りに受け取ってくれるだろうから、そのまま会話を続けるだけだ。

けれど、イブたちがそこまで豆腐メンタルだとは思えない。

むしろ、こう言う事件には積極的に首を突っ込もうとして行くはずだ。

果たしてイブは、「だよね。マイナンの事も相談しなきゃいけないのに」と反応する。

ローネが、「ま、忙しいんでしょ。書き置きでもしとくのがベストだと思うよ」と冷静に言い切った。
 ▼ 316 1◆J44kAZeDOM 16/06/09 22:31:10 ID:CltMwCJQ [5/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「なるほど、書き置きか……」

「失踪事件に関して書き置きだけで伝えるってのもなんかあれだけど、でも仕方ないじゃん。あたしたち、まだ子どもだし。寝ないとダメだし。

ま、あたしに関しては夜に強いから大丈夫だろうけど」

「まあ、明日はしっかり、3匹とも学校に行かなきゃだよね」と僕が言った。

2匹も頷きで返す。


「さすがに2日続けてサボりはマズいよね」

「うん。言い訳は立つけど、でも、さすがにこれ以上探すのなら、『大人にきちんと伝えなさい!』って怒られそうだし……」

「ま、仕方ない。マイナンの事はプロに任せよう。あたしたちは、今まで通りやるしかないよ」


ローネのその宣言は、僕に、嫌と言う程現実を知らしめた。

気を抜くと、心が暴れ出しそうだったから、それをなんとか抑え付けて言う。


「わかった。じゃあ、とりあえずごはん食べよっか」
 ▼ 317 1◆J44kAZeDOM 16/06/09 22:32:21 ID:CltMwCJQ [6/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


リオが、明らかに気に病んでいる。

傍から見ていて心配な程に。

とりあえず個別に風呂に入ったが、イブが入っている間、リオは、一切話さなかった。

晩ごはんの時は話そうとしていたが、やはりリオには荷が重すぎるのだろう。

あたしもイブも、普通の小学2年生よりだいぶん大人びている。

けれど、リオは年相応だ。もっとも、気になる所はあるけれど。それでも中身が小2男子なのには変わりない。
 ▼ 318 1◆J44kAZeDOM 16/06/09 22:32:51 ID:CltMwCJQ [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
それに加えて、リオは元々、マイナンとはかなり仲が良かった。

過去形で話さざるを得ない事に一抹の寂しさも感じたが、あたしが無闇に悲しがるのもおかしな話だ。

今まで交流すらなかったのだから。

だから、あたしは、悲しむのではなく、探さなくてはいけないと思う。マイナンを、ではなく、真実を。

それはともかく、リオにとって、これは、かなり苦しい事に違いない。

そんなリオを励ます言葉を、あたしは知らなかった。

だから、あたしも無言で応えた。

今声をかけても、本気でマイナンの身を案じているリオには失礼にしかならない。

結局、あたしはあたしに出来る事をやるだけなのだ。

そんな決意を胸に秘め、あたしはイブの出て来た浴槽へと向かった。
 ▼ 319 1◆J44kAZeDOM 16/06/09 22:34:00 ID:CltMwCJQ [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告






2章 消えるポケモンたち 完






 ▼ 320 ェイミ@じてんしゃ 16/06/10 05:41:33 ID:rKK3eU3A NGネーム登録 NGID登録 報告
支援
 ▼ 321 1◆J44kAZeDOM 16/06/10 21:50:53 ID:okn5anrY [1/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「先生、息子は、息子は!」

「……大変危険な状態です。最善は尽くしますが……」

「お願いします。どうか、どうか、息子を息子を助けて……」


母親と誰かが話している声が聞こえる。

会話の内容からして、恐らく医者だろう。

ポケモンに襲われて、その後運ばれたのだ。

痛みは、未だ低く重厚な音を自分の中で奏で続けている。

そんな中、2人の会話は、どこかおとぎ話のように思えた。

自分の身に降りかかった出来事ではないような、そんな浮遊感。

少年は、意識と無意識の狭間で、騒がしい音楽に耳を塞いだ。

後には、漆黒の闇だけが残った。
 ▼ 322 1◆J44kAZeDOM 16/06/10 21:51:50 ID:okn5anrY [2/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


リーダーのトギリと言う男が何やら演説していたが、そんな事僕にとってはどうでも良かった。

片耳で聞き流しながら、僕はある機械のプログラムを組み立てる。

そんな僕を眺める視線には、一切気付かないままに。

演説が終わったらしく、指示に従って周りは去って行く。

後には僕と、1人の少女だけが残された。


「すいません」


何か声を掛けて来たようだが、僕はそれを無視した。


「すいません、カズオさんですよね?」


彼女が僕の名前を呼ぶに至って、ようやく僕は顔を上げた。
 ▼ 323 1◆J44kAZeDOM 16/06/10 21:52:45 ID:okn5anrY [3/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
少女は栗色の短い髪の毛をゆらし、そのクリクリした目を僕に向けた。

そして、ふと疑問に思う。

この場にいるには、若すぎやしないかと。


「やっと気付いてくれた。誰が呼んでも無反応。僕は世界の誰とも関わりませんよってタイプなのかと思った」


僕が苦笑いを浮かべていると、彼女は構わず話し始めた。

その顔には微笑みが浮かんでいた。

少なくとも、高校生のような風貌の女子が浮かべる表情ではない。
 ▼ 324 1◆J44kAZeDOM 16/06/10 21:53:15 ID:okn5anrY [4/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そんな風に彼女の事を観察していると、彼女はおもむろに口を開く。


「意外に人のことちゃんと見るんだ。なんか、そんな風には見えないからさ」


観察は、開発の基本だ。怠っていては、何も始まらない。

けれど、そんな事どうでもいいとでも言わんばかりに、彼女は話題を変える。

あっちに行ったりこっちを見たり、空を舞う風船のようにとりとめのない。


「あ、そうそう。あなたと同じとこに配属されたの。よろしくね」


僕はあんぐりと口を開く。

目の前の少女が、僕と同じ所だなんて、とてもではないが信じられなかった。

その冗談に、僕の彼女に対する興味は一気に失せた。

そしてそのまま歩き去る。
 ▼ 325 1◆J44kAZeDOM 16/06/10 21:53:48 ID:okn5anrY [5/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
彼女は食い下がる訳ではなく、しかしただ、黙ってついて来た。

僕は、それを完全にいない物として扱って、そのまま部屋に入り、PCを起動した。

一度、使わせてもらったが、信じられない程にハイスペックだった。

これを使えると言うだけでもここに来た意味はある。

元々創ろうとしていたプログラムを画面上に開き、どうすれば完成させられるのかを考え始めた。


「うーん、なるほど……。でも、これならここをこうした方がいいんじゃないかな?」


唐突に聞こえた声にゆっくりと振り返る。

先程の少女が、真剣な顔つきでプログラムを覗き込んでいた。


「ほら、ここだけど、わざわざこんな指示飛ばさなくても、こうやれば短縮出来るよね」


その指示通りに脳内でシュミレートする。

すると、確かにその通りだったのだ。

感嘆の目で少女を見詰めると、彼女は得意げに言った。


「こういうの、得意だからさ」
 ▼ 326 ンド@もうどくプレート 16/06/10 22:07:00 ID:bgED/Ah. NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
凄い大作になりそう
 ▼ 327 1◆J44kAZeDOM 16/06/11 20:46:59 ID:RwVnza9c [1/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







3章 現れるニンゲンたち






 ▼ 328 1◆J44kAZeDOM 16/06/11 20:47:45 ID:RwVnza9c [2/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


静寂。

少女の意識はぼんやりと薄れ、騒がしい乱闘の音も遠くに消える。

どれほどの時間が経っただろうか。

何も見えない闇の中で、少女は、息を殺していた。

もう、何も感じない。

恐怖すら、意識の外にある感情となっていた。

永遠とも、一瞬ともつかない時を彷徨う少女。

ひたすらに、ひたすらに、押入れの中で、布団を、強く、強く握りしめていた。


しかし、その時も、すぐに終わりを告げる事になる。


「みぃつけた」


それは、絶望の幕開け。

少女の、長い永い一瞬が、今始まろうとしていた。
 ▼ 329 1◆J44kAZeDOM 16/06/11 20:48:39 ID:RwVnza9c [3/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


郵便受けを覗く。

すると、例の探偵からのメッセージが入っていた。

もう見付かったのだろうか。

一瞬そんな希望的観測が頭に浮かび、すぐに、そんなはずがないだろうと、その願望を、笑いと共に吐き出した。

手紙を開いてみる。


『参った。相当ヤバい案件だよこれは。

少し調べただけなのに、背後から気配を感じるんだ。

そして、今朝見たら、ポストの中に脅迫状が入ってたんだよ。

この件から手を引け、って。昨日の今日だぞ?

一応同封してるから、良ければ見て欲しい。

とりあえず、今の俺にはチョロネコちゃんに会わせる顔はない。

だから、何もわからなかった、と言う事で納得してくれないか?』


物凄い圧力がかかっているようだ。

の割に、本気でそれを調べようとしているあたしたちに向かっては、一切そう言う動きをしないと言うのもまた謎だけれども。
 ▼ 330 1◆J44kAZeDOM 16/06/11 20:49:30 ID:RwVnza9c [4/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
とりあえず、あたしはその同封された脅迫状と言うのを検めた。

新聞の切り抜き文字で、こう書かれていた。


『今スグコノ件カラ手ヲ引ケ』


これだけだ。この、と言うからには別件の可能性もあるはずだが、それをマイナン絡みだと断じたと言う事は、他に仕事がないのだろう。

そう言う奴が風俗にのめり込み、破滅するのだ。

あたしは心の中で嘲笑した。

しかし、それも虚しい現実逃避。

わかっている。あたしは、相当ヤバい事に片足を突っ込んでいたのだ。
 ▼ 331 1◆J44kAZeDOM 16/06/11 20:49:58 ID:RwVnza9c [5/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしの中で、疑惑は、確信に変わる。

間違いなく、この件には、ニンゲンが関わっている。

そうでもなければ、小2男子の失踪ごときで圧力をかけるような物好きだなんていないだろう。

もちろん、当人たちにとっては「ごとき」だなんて言葉で割り切れる物でもないだろうけれど。

その当人は、裏庭でいつものようにサンドバックを殴り付けていた。

そちらに意識を向けて、しばし観察してみる。

きらりと汗が飛ぶ。サンドバックは揺らぎを止める。そこに、リオは再び拳を叩き込む。

一瞬、リオに何もかもぶちまけてしまおうか、と言う考えが頭をよぎった。

けれど、今これを言っても、リオに背負いきれるとは到底思えない。

あたしは、言葉を呑み込んだ。
 ▼ 332 1◆J44kAZeDOM 16/06/11 20:51:23 ID:RwVnza9c [6/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
相談すべきはリオではない。

イブに話せれば楽ではあるけれど、疑いの対象は、あくまでもイブなのだ。

出来るはずもない。

あの探偵はもう恐らく使い物にならないから、あたしが頼るべきは……。

脳内に、1つの優しい顔が浮かんだ。

今は、世界の平和を守るために奔走しているであろう顔が。
 ▼ 333 1◆J44kAZeDOM 16/06/12 22:27:09 ID:Czi.ddDA NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
今日は更新出来ません
申し訳ないです
 ▼ 334 CSn9vcIqE6 16/06/13 15:00:27 ID:C6xpK8pk NGネーム登録 NGID登録 報告
支援です!
 ▼ 335 1◆J44kAZeDOM 16/06/13 20:53:12 ID:GEHt7S.. [1/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


修行している間は、悲しみを忘れていられた。

いや、違う。正確には、悲しみを意識の埒外へ追いやれた。

忘れるなんて到底出来ない。

意識の片隅にはいつまでも引っかかっている。

置き手紙に返事が付いていた。

『情報ありがとう。何かしらの手掛かりになればいいなと思います』

警察が探してくれるんだ。

心配する事はない。

そうやって自分を安心させようとしても、どうにもならない。

だから、僕はまだ、こうしてサンドバックを殴っている。


「ごはん出来たよ」

「うん今行く」


イブに返事をすると、僕は家の中へ駆け戻った。
 ▼ 336 1◆J44kAZeDOM 16/06/13 20:53:58 ID:GEHt7S.. [2/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
朝の時間は、作戦会議のような物に費やされた。


「……どこを探そうか」

「まず、そもそも闇雲に探してなんとかなる物なのかなぁ」

「まあ無理でしょ。でも、だからと言って探さない訳にもいかないんでしょ? 特にリオは」

「だろうね……。何か考えろ、私」


必死で思案を巡らせるイブ。

その聡明な頭脳をもってしても、この件は難しいみたいだ。
 ▼ 337 1◆J44kAZeDOM 16/06/13 20:54:24 ID:GEHt7S.. [3/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は、ローネに話題を振ってみる。


「ローネ、何かわかった?」

「別に。わかれば言ってるよ」


ぶっきらぼうに呟いたローネは、そのままうつむいてしまった。


「ダメだ、何も思い浮かばない」


イブが叫んだ。僕も、「そっか……」とため息を吐いた。


「結局、私たちに今出来るのは、闇雲に探し回る事だけみたい」


そうやって出た結論に、僕たちは暗い朝食を済ませた。
 ▼ 338 1◆J44kAZeDOM 16/06/13 20:55:04 ID:GEHt7S.. [4/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
学校への道すがら、僕たちはミミロル、シシコと合流する。

その顔は、少し翳りを持っていた。


「……マイナン、まだ見付からないのかな」


ミミロルの言葉に、僕は無言の頷きで返す。

少なくとも、まだ見付かったと言う話は聞かない。

ひょっこり帰って来ていた、なんて事を心のどこかで期待していないでもないけれど、まあ、変な期待を過剰にすると、裏切られた時の落差が激しくなるから、やめておくのが無難だろう。


「ま、警察も本格的に動いてくれるみたいだから、そこは安心していいと思うよ」


ローネの言葉に、少しほっとした表情を見せる2匹。

けれど2匹は、ママの嘆きを知らない。

行方不明が止まらない、と言う現実を。

ローネの言葉は、僕にとって、ただの気休めでしかなかった。
 ▼ 339 1◆J44kAZeDOM 16/06/14 21:13:08 ID:4JP0mjfY [1/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
プラスルが、校門前で待っていた。

その表情から、マイナンが帰って来たかどうか、だいたい察せられる。

暗く沈んだ面持ち。充血した目がこちらを向く。

黙って首を横に振るその姿に、僕は、ただうつむくしか出来ないでいた。

そのままプラスルは駆け出して行く。

僕たちは、誰もそれを止めなかった。

止められなかった。

太陽は、燦々と降り注ぐ。

プラスルの目から滴り落ちた雫が地面に作り出した滲みは、それに照らされて、あっという間に小さくなって行った。

地面に呑み込まれて行く涙を見詰め、僕は、立ち竦んだ。


「……とにかく、学校に行こう」


誰からともなく言い出した言葉に、僕たちは従った。
 ▼ 340 1◆J44kAZeDOM 16/06/14 21:13:48 ID:4JP0mjfY [2/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「リオル、チョロネコにイーブイ!」


そう言って先生が声を掛けて来る。

事情はミミロルたちに伝えてもらったはずだからわかっているだろう。

だから、それ程こっぴどく怒られるとは思えない。

ふと視線を向けると、マイナンの席だけがぽっかりと空いていて、否応なしに僕に現実を突き付ける。

そこだけが、台風の目のように、静けさから隔離されている、そんな錯覚を覚えた。


「事情はミミロルたちから聞きました。だけど、勝手に学校を休むのは――」

「先生、勝手にではありません。お母さんなら、マイナンを探すのを優先するように言ってくれるはずです。

って言うか、言ってました」
 ▼ 341 1◆J44kAZeDOM 16/06/14 21:14:19 ID:4JP0mjfY [3/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
確かにママならそう言うだろう。けれど、そんな話は聞いていない。

ただ、置き手紙に、咎めるような言葉は一切残されていなかった。

それだけである。

イブはそれを、拡大解釈したのだろうか。それとも、ただの嘘なのか。

どちらにせよ、ここで本当の事を言う程、僕はバカではない。


「……わかりました。心配ですもんね。とりあえず、お母さんの許可があるなら、よしとしましょう。

だけど、危ない事はしてはいけませんよ。いいですね?」

「はぁい」


僕は、とりあえずそう返事をしておく。

なんだか危ない事に巻き込まれる、そんな予感が、この時はっきりと、胸を襲った。だから、言い切れない。

イブも、はいと返事をする。

ローネは、あくびをかみ殺しているようだった。
 ▼ 342 ダイトス@ヒウンアイス 16/06/15 15:41:39 ID:crrR4zuc NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
しえん
 ▼ 343 1◆J44kAZeDOM 16/06/15 22:15:01 ID:bGQYdXbQ [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
授業は、基本的にはつつがなく進んだ。

ただ、誰もマイナンの席の方を見ようとしない。

マイナンの痕跡が、マイナンが、消えてしまった。

そんな風に感じた。

しかし、休み時間になると、その雰囲気は一転する。


「なあ、マイナンどうしたんだよ?!」

「行方不明ってどう言う事なの……?」
 ▼ 344 1◆J44kAZeDOM 16/06/15 22:15:27 ID:bGQYdXbQ [2/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
強さに差はあれど、誰しもみな、好奇心の塊だった。

そんな些細な事に、マイナンは確かにいたんだと、少しだけ安心する。

マイナンは確かにいた。

これまでも、そして、これからも。

いるんだから、いつかは見付かるはずだ。

もはや、希望と言うより祈りにも近いその感情を抱えて、僕はみんなの疑問に、答えられる限り答えて行った。

イブもローネもみんなの事は無視したらしいし、ミミロルとシシコも答えてはいたが、その2匹よりは僕たち3匹の方が詳しいだろうと思われたのか、明らかに質問は僕に対して集中していた。

けれど、僕はそれを嫌には思わない。

質問に答える事が、マイナンが確かにいた事を、証明してくれるから――。
 ▼ 345 1◆J44kAZeDOM 16/06/15 22:16:03 ID:bGQYdXbQ [3/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
放課後、僕に遊びの誘いを掛けて来るヒトはいなかった。

むしろ、探すのを手伝おうか? と言う申し出がたくさん来たぐらいだ。

僕はもちろんOKしようとしたのだけれど、ローネが強く反対した。


「あんまり大事にしても、マイナンの家族が困るだろうし、それにプラスルも、肩身が狭くなる」

「でも、多ければ見付かる確率も――」

「それで変わるようなぬるい事件だとは到底思えないの。だから断るべきよ」

「……イブはどう思う?」

「私は……どっちでもいいと思う。人海戦術で見付かるとは私も思ってない。だけど、探してるって事実は、プラスルたちも嬉しいんじゃないかなぁ」

「……帰って来ないかもしれないんだ」

「私たちみたいな子どもの力だけじゃ絶対無理なのは確実だと思う」

「うーん」


なんだか、それを聞いて、みんなを巻き込むのが途端にバカらしく思えた。

みんなに謝って、僕たちは5匹だけで、まずはプラスルの様子を見に行く事にした。
 ▼ 346 1◆J44kAZeDOM 16/06/15 22:16:34 ID:bGQYdXbQ [4/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「え?! まだ帰って来てないんですか?!」

「……それ、どう言う事よっ!」


マイナンたちの母親が、掴みかからんばかりの勢いで尋ねて来る。

そのあまりの勢いに、思わず気圧される。


「今朝……学校の前で走って行って……」

「……プラスル、どうしてそんな――」

「とにかく」とイブが遮った。

「プラスルは、たぶんまだ、その辺にいる。昼だし、そんな活発に誘拐しようとは思わないはずだよ」

「ま、どうせマイナンを探してるんだろうけど」

「チョロネコお前、どうせってなんだよ!」と、これはシシコ。

「シシコ落ち着いて! だけどチョロネコ、その言い方は少し酷いと思う」

「ごめん。とにかく、探さなきゃ」

「みんな、行こう!」
 ▼ 347 1◆J44kAZeDOM 16/06/15 22:17:19 ID:bGQYdXbQ [5/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


とは言ったけれど、あたし自身はプラスルを探すつもりはない。

太陽が雲に隠れて、光が遮られる。

「嫌だな」と小さく呟いた。「不吉な感じ」

あたしの足は、忌まわしいあの場所へと向かっていた。

この界隈には誰も足を踏み入れはしないだろう。

捜索者サイドだけでなく、隠れる方でさえ。

けれど、あたしは敢えてここへ舞い戻る。

ここには、意外な程に情報が集まっているのだ。

裏のネットワークと言うのは、侮れない。

表情を物凄く明るく作り、変装した。

ここでのあたしは、哀愁漂わせる小学生だった。

そのイメージを崩壊させるだけで、意外に行きずりのヒトにはバレない物なのだと言う事を、あたしは知っている。
 ▼ 348 1◆J44kAZeDOM 16/06/15 22:18:15 ID:bGQYdXbQ [6/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あの、すいませーん」


明るさをひたすらに演出しながら、当時から関係のなかったヒトに問いかける。


「この辺に、キリキザン来ませんでした?」

「ん? ああ、あの警察に潰されたあの店か――お前もチョロネコだな」

「え、何ですかそれ」

「まあ、ポケ違いか。いや、なんでもない。キリキザンは……最近見ねぇな」

「そうですか……ありがとうございます」
 ▼ 349 1◆J44kAZeDOM 16/06/15 22:19:10 ID:bGQYdXbQ [7/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ちょっと待ちなお嬢ちゃん。……なんでこんなとこに来たんだ? それと、なんでキリキザン?」

「いえ、親戚なんですけど、会いに行ったらいなくって、知り合いのヒトがいつもここでって」

「ったく、小学生の♀にその知り合いはなんつー事教えてんだよ……。まあ、今ここは、世界で一番ロリに優しい風俗街だろうから安心ではあるのかもしれんがさ……」

「どう言う事ですか?」


あくまで無知を演じ続けるあたしに、目の前の♂は完全に騙されている。

ちょろい。


「なんでもないよ。とにかく、キリキザンは、あの店が潰れてからはあんま見ねぇな」

「なるほど、ありがとうございました」


落胆を隠さないままに、あたしは言った。

ここでは隠さない方が年相応だ。


「ごめんな、力になれなくて」

「大丈夫ですよ」
 ▼ 350 イリーフ@けむりだま 16/06/16 21:27:47 ID:X8jQGBzQ [1/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そこからも、素性がバレないように気を付けながら、あたしは情報収集に励んだ。

キリキザンと連絡を取る方法を探らないといけない。

この場所で直接会えればそれが最高だったのだけれど、まあ、さすがにそうは問屋が卸してくれなかった。

ふと思いついて、行方不明事件に関しても調べてはみたが、そちらに関しても目ぼしい情報はゼロ。

裏切られた気分であたしは風俗街を後にした。


視線を感じる。

風俗街を出た辺りから、しばらくの間ずっと。

辺りを見回す。

そよ風に木の葉がそよぎ、青々としたその姿はどことなく、力なく感じられる。

夕陽があたしの陰を黒く伸ばす。

そんな光景。いつも通りの。

何者かが潜む余地は、そこにはなかった。

気のせいだろうか。

あたしは前を向き、歩き始める。

幸い、視線に脅かされる事は、これきりなかった。
 ▼ 351 1◆J44kAZeDOM 16/06/16 21:28:26 ID:X8jQGBzQ [2/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


プラスルは、幸いすぐに見付かった。

件の桜の丘の麓で、青い空を眺めていたのだ。


「プラスル」

「あ、リオル……。来たんだ」

「うん。だって心配だし」

「……ありがと」


僕は、プラスルの横に並んで座り込む。

そして、空を見上げた。


「いい天気、だよね」

「……うん」
 ▼ 352 1◆J44kAZeDOM 16/06/16 21:30:39 ID:X8jQGBzQ [3/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「泣かないんだ」

「もう、出尽くしちゃった」

「……マイナンも、見てるのかな、この太陽」

「見てるはずだよね、うん。マイナンは、きっと無事だよ」


自分で自分を励ます。

慰める、と言ってもいい。

安心させる、と言うのも正しいだろう。

とにかく、そうやって信じ込まなければ、やって行けない。
 ▼ 353 1◆J44kAZeDOM 16/06/16 21:31:54 ID:X8jQGBzQ [4/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「私、どうすればいいのかな。もう、何もわかんない。

ただ、誕生日にサプライズパーティーをしたかっただけなのに。

ねえ、私、何が間違ってた?」

「……間違ってなんかないよ。悪いのは、僕だ。マイナンが僕に隠し事をしてるって信じたくない、ただそれだけでマイナンの苦しみに気付けなかった僕が悪いんだ」

「違う! リオルが苦しむ事は――」

「ない? そんな事言わないでよ。僕は、僕は……」


涙は流さない。

必死で堪える。

けれど、どうしても、声は震えた。


「プラスルだけが悪いんじゃない。それだけは言わせて。悪いのは、マイナンを攫った奴だよ」

「……ありがとうね、リオル。さて、こんなとこで油売ってる場合じゃないか。探しに行かなきゃ」

「だね」
 ▼ 354 1◆J44kAZeDOM 16/06/16 21:33:23 ID:X8jQGBzQ [5/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
探索のアテもないままに歩き回る。

どこへ行けばいいのか。

これがわかるのなら、僕はもう何をされてもいい。

そのぐらい、今のこの状況は苦痛だった。


「どこに隠れたんだよ……。マイナン……」


そんな呟きも、虚しく空に消えるのみ。

言葉を吸い込んだ空から差し込む眩い光に、思わず目を背けた。
 ▼ 355 1◆J44kAZeDOM 16/06/17 21:17:49 ID:f1hZ7V.k [1/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
捜索も虚しく、マイナンはまだ見付からない。

合流して、みんなの報告を聞いたけれど、それはみんなも同じだったらしい。

「もしかすると……」とミミロルが呟く。「これ、危ないとこも探さないといけないのかも」

「その可能性はありそうだよね」と僕は同調した。

プラスルも「……誘拐されたのだとしたら、そりゃ、安全な場所ばっかり探しても意味ないか……」と言いだして、


「だけどみんな、危ない事はしちゃダメだからね! ……そう言うとこは私が探すから」

「……いや、リオもいた方が得策でしょ。こいつ、腕っぷしだけは半端ないから」

「だけってなんだよだけって」


言い返す声にも力がこもらない。

憎たらしい程澄み渡る風に、僕はそっと、恨めしげなため息を混ぜ込んだ。


「ふふ、ありがと。だけど、いいの。私は、1匹で行きたい」

「バッカじゃないの。あんた1匹じゃ危険な目に遭うのは目に見えてるって」
 ▼ 356 1◆J44kAZeDOM 16/06/17 21:18:45 ID:f1hZ7V.k [2/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……チョロネコ?」

「あんたは夜の世界の危険を全然わかってない! 舐めんじゃないわよ!」

「ど、どうしたのよチョロネコ!」とミミロルが叫んだ。

「あ、ごめん……。あたし、興奮するとドSになっちゃって」


ローネがドSなのはいつもの事だろう。

とツッコみたかったけれど、ローネがこそりと目配せ――と言うには厳しすぎる目線だけれど――をして来た物だから、僕は仕方なく口を閉ざした。
 ▼ 357 1◆J44kAZeDOM 16/06/17 21:19:29 ID:f1hZ7V.k [3/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……とにかく、そう言う裏の世界はホントに危ないから。だよね、リオ、イブ」

「まあね……やっぱり危ないみたいだよ」

「なんでお前らそんな詳しいんだよ」とシシコがツッコむが、僕たちはそれを完全に無視した。

「とにかく、ここまで首を突っ込んだんだから、手伝わない訳がないよ。

だけど……人手が少なくなるのもあれだよね。

うん。リオがいれば安心……だよね」

「えっ?! ぼ、僕だけ?! 前勝てたのはイブのお陰だし……」

「プラスルは応援ポケモンよ。それに私じゃなくて、技『てだすけ』のお陰だし」

「……『てだすけ』なら私も使える」

「だよね、よかった。これで安心でしょ?」

「うーん……、まあ、仕方ないか」


僕は、しぶしぶ頷く。

当然イブは来てくれる物だと思い込んでいたから、どことなく心細く感じてしまう。
 ▼ 358 1◆J44kAZeDOM 16/06/17 21:20:12 ID:f1hZ7V.k [4/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


リオは、イブに来てもらいたがっている。

そんな感情が、露骨に見て取れた。

恐らく、イブもそれは気付いている。

気付いていて、気にしないようにしている。

イブの目線、言葉、態度。そう言った物の端々からそれは漏れ出していた。

いや、これも疑いのバイアスをかけて見ているからかもしれないなと思い、あたしは心中で苦笑した。

ポケモン、一旦怪しみだすと、全ての物事が疑わしく見えてくる物なのだろう。


「とにかく、明日からにしよう。今日はもう暗いし、今からそんなとこ行くなんて、正気の沙汰じゃない」


あたしの言葉に逆らうヒトはいなかった。
 ▼ 359 1◆J44kAZeDOM 16/06/18 22:13:27 ID:POSl/brE [1/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
帰り道、あたしのイブを見据える鋭い視線に気付いたリオは、こそりと言う。


「ローネ、どうしたの?」

「……なんでもないよ。ただ、まだイブは、何か隠してる気がして」


全てを率直に言おうとは、まだ思えない。

あたしなりの妥協ラインを探した結果、前伝えた疑いを蒸し返す事で他の全ての疑惑を隠す、と言う方法を思い付き、実行に移した訳だ。

リオは、ぷいと目を逸らし、呆れたように言った。


「……ローネ、まだ気になるんだ」

「まあね。証拠がないから何にも出来ないけど」


それから、少し沈黙が続く。

前方を歩くイブが、「あー、もう夕陽が沈んじゃうね。急ごう」と言い出し、あたしたちも慌てて駆け出した。
 ▼ 360 1◆J44kAZeDOM 16/06/18 22:14:05 ID:POSl/brE [2/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
家に帰り着く。

イブが料理を作り始め、あたしはリオに宿題を教えながら、思考を巡らせる。

どうすればキリキザンに近付けるのか。

その事に、あたしの脳のほとんどは使われていた。

窓から夜の闇が入り込み、あたしは電気を付ける。

スイッチのかちり、と言う小気味のいい音を聞いた瞬間、あたしの脳もパチリと閃いた。


「……とりあえず、あの探偵に頼んでみるか」
 ▼ 361 1◆J44kAZeDOM 16/06/18 22:14:36 ID:POSl/brE [3/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
行方不明以外の事件なら、恐らくは「敵」も行動はして来ないだろう。

そもそも、あたしに対しては、未だ何も仕掛けて来ないのだ。

監視されているのかもしれないけれど、と昼間の視線を思い出して、背筋を冷たい汗が滴り落ちた。

意図して頭から恐怖を追いやり、あたしはリオが待つ机へと戻る。

もしあたしたちを止めたいのなら、もっと直截的に止めに来るだろう。

探偵だけを止めるだなんて七面倒な事はしないで。

だから、とりあえずはあたしの言う通りに動かしても、あたしに危険が及ぶ確率は少ないのではないか。

少なくとも、探偵に関しては、行方不明の件から身を引いている。

なら、相手方の指示には従った訳で、だとしたらまた別の要件で調べてそれが「敵」の琴線に触れたとしても、最初は警告から入って来るだろう。

万が一「敵」に探偵が危害を加えられようと、あたしには関係のない話だ。

小学生の風俗嬢なんかに入れあげた自分が悪いとしか言いようがない。
 ▼ 362 1◆J44kAZeDOM 16/06/18 22:15:06 ID:POSl/brE [4/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そこまで考えて、あたしは、自分が「敵」と言う表現を使っている事に気が付く。

そう。敵だ。

何が何だかわからないが、あたしたちを取り巻くこの失踪事件には、間違いなく、裏に大きな敵がいる。

それがニンゲンなのか、それとも何か別の物なのかはわからない。

けれど、間違いない。

昼に怪しげな視線を感じた事。

探偵に対し、調査をやめろと即座に指示が飛んだ事。

ただの失踪事件ではあり得ない。

どこへ行き付くのかはわからないし、マイナンがどうなっているのかもわからない。

ただ1つ言えるのは、敵の存在。それだけだ。
 ▼ 363 1◆J44kAZeDOM 16/06/18 22:15:41 ID:POSl/brE [5/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ローネ、ローネ!」

「ん、何?」

「ここ教えて欲しいんだけど……」

「ハイハイ」


リオは無邪気に宿題を進める。と言っても、心中穏やかではないだろうけれど。

それでも、しっかり宿題をやろうとしている辺り、リオはまだ、事の重大さに気付いていないのだろう。

気付けと言うのがそもそも無理な相談か。

リオは、イブが元ニンゲンである可能性を信じていない訳だし。
 ▼ 364 1◆J44kAZeDOM 16/06/18 22:16:01 ID:POSl/brE [6/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
真っ白なノートにあたしは、ため息を吐いた。


「全然進んでな――」

「ページが変わっただけだもん!」


確かにページをめくると、そこには意外に整った字が並んでいる。

それに目を凝らすと、確かに宿題の前半だった。


「ほらね」

「ごめん」と素直に謝り、言う。「で、どこがわかんないって?」
 ▼ 365 1◆J44kAZeDOM 16/06/19 20:12:55 ID:W9XXEuyU [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
リオに教えていると、イブの呼ぶ声が聞こえた。

ごはんが出来たらしい。

あたしたちはそれに従って、リビングへ出た。

白い湯気がお皿から立ち上り、少しツンとした酸味が鼻腔をくすぐる。


「ナナシのスープ。疲れた時にはすっぱめの食べ物が一番だよ」


そう言ってイブはニコリと笑う。

あたしたちは、いただきますと言うと、そのスープに口を付けた。

強烈過ぎない、柔らかな酸味が口いっぱいに広がる。

ごくりと飲み込むと、爽やかな後味が残る。

少し、元気が出た。

今までずっと繰り返していたはずの演技と言う行為に、どうしてか疲労を感じていた事に気付いたのはその時だった。
 ▼ 366 1◆J44kAZeDOM 16/06/19 20:13:17 ID:W9XXEuyU [2/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
お風呂に入って汗を流し、あたしは、早々に布団に潜り込む。

夜遅くまで起きていないと、相談出来ないのが辛い所だ。

そもそも家に帰って来ない上に、イブにバレてもいけないのだ。

だから、寝たふりをして、イブの目を欺きつつ、待たなければいけない。

家の扉が開かれるのを。
 ▼ 367 1◆J44kAZeDOM 16/06/19 20:13:55 ID:W9XXEuyU [3/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「えっ、ローネもう寝るの?」

「うん。なんか疲れちゃって。イブのスープのお陰でだいぶん楽にはなったけど、でもまだね」

「ふうん。お休み」


まあ、宿題もなんとか終わりそうだし、寝ちゃって困る事はないだろうけど。

でもなんか、意外だ。ローネがそんな風に言い出すなんて。

意識してローネの瞳に目を凝らしてはみるけれど、何の考えも読み取れなかった。

もしかして、イブに何かしようと企んでいるのだろうか。

けれど、ローネは夕方、言っていた。


『証拠がないから何にも出来ないけど』


証拠が見付かるまでは、危ない事はしないだろう。

そして、その発言から今に至るまで、証拠を見付けられるような時間は1秒たりとも存在していない。

宿題してる時、ローネが何か考え事をしているみたいだったけれど、証拠と言うのは考えただけで出て来る物でもない。
 ▼ 368 1◆J44kAZeDOM 16/06/19 20:14:34 ID:W9XXEuyU [4/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
窓から外を眺める。

静かな闇。

月が一筋の光を落とす。

不意に、そこを何かが横切った――気がした。

けれど、あまりに一瞬の出来事だったため、僕はほとんど何も見ていない。

いや、むしろ気のせいだったのではないか。

何もないその景色を眺めて、そんな風に考える。
 ▼ 369 1◆J44kAZeDOM 16/06/19 20:14:55 ID:W9XXEuyU [5/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
とりあえず、カーテンを閉ざし、外から見えないようにだけして、僕は部屋の中央に戻る。


「あっ、リオ。あがったよ。……ローネは?」

「もう寝ちゃった。疲れたんだって」


疑惑は残るけれど、イブにそれを伝えようとも思えなかった。

ローネは、間違いなくイブの事を疑っている。

僕はと言えば、どちらを信じればいいのか未だに決め切れないでいる。

だから、どっちを信じるか決めるまでは、どちらにも肩入れしないでおこうと思ったのだ。


「じゃ、僕はお風呂入るね」

「うん」
 ▼ 370 1◆J44kAZeDOM 16/06/19 20:15:30 ID:W9XXEuyU [6/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「ローネ、もう寝た?」

「一応まだ起きてはいる」


そう小さく呟く。

あくまでももう眠い自分を演出するため、なのだが、こうしていないと本当に寝てしまいそうで怖くもあった。


「そう。……マイナン、見付からないよね」

「うん。ねえイブ、何か知ってたりしない?」

「え、なんで?」

「ううん、なんとなく。あたしの時も、真っ先に何かに気付いたのはイブだったんだよね」

「まあ、そうだけど」

「だから、今回も何かって、ふあぁ……」
 ▼ 371 1◆J44kAZeDOM 16/06/19 20:16:05 ID:W9XXEuyU [7/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あ、マズイ。本気で眠くなって来た。

あたしは布団を跳ね除け、起き上がる。


「ごめんだけど、今回はホント、何にもわかんないよ。ローネ、探偵からの情報は?」

「なーんにも」


マイナンの件に関しては何も情報がないのだから、嘘は吐いていない。


「そっか……。どうなってるんだろうね」


本当に知らないのか。あたしはそれを、見極められないでいる。

イブの表情に嘘が紛れ込んでいないかずっと見詰めているのに、何も見えて来ない。

その目はいつも通り澄んでいて、ニコリと微笑む口角は、特に不自然さを感じさせない。

それはもう、不自然な程に自然なのだ。

普通の小2にここまでの事が出来るとは到底思えない。


「あっ、ごめん疲れてるんだったね。起こしちゃってごめん」

「ううん、いいの」
 ▼ 372 ノヤコマ@ダウジングマシン 16/06/19 23:45:08 ID:hd3Z8UkY NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
こんなにのめり込んでSSを読んだのは初めて
支援
 ▼ 373 1◆J44kAZeDOM 16/06/20 20:59:47 ID:9uEKLOxc [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ゾロアとメタモンの化かし合いみたいなその時間は、リオの乱入で終わりを告げる。

その空気を一瞬で破壊する程の陽気な声が飛び込んで来た。


「あっ、イブ、ローネ。イブも寝るの?」

「そのつもり」

「ちょっと話してたけど、うん。あたしも寝る」

「そっか……。じゃ、僕も寝よっと」


それを最後に、3匹が3匹、各々布団に就いた。

と思うと、リオがすやすやと寝息をたて始める。
 ▼ 374 1◆J44kAZeDOM 16/06/20 21:00:17 ID:9uEKLOxc [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
どれほどの時間が経っただろうか。

あたしは、考え事をしていても眠ってしまうと気付き、目を見開いて、天井のシミを数えていた。

そうしていると、何か良からぬ物が見えて来て、あたしの疑念を煽る。

そうやって時間を潰していると、隣の方で、ガサゴソと物音がした。

何だろうと振り向きかけて、踏み止まる。

イブの方からだ。

あたしが起きてるって気付かれたらマズイ。

ともすれば荒れそうになる息をなんとか押し止め、あたしは、すやすやという寝息を演出する。
 ▼ 375 1◆J44kAZeDOM 16/06/20 21:03:44 ID:9uEKLOxc [3/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……ローネ、寝てるよね」


確認するようにそう呟くと、イブは電気を点けた。

不意に眩しさがあたしを襲い、強く目を閉ざす。

この状況を見られたら1発だ。

あたしは、最悪イブに疑いを直接ぶつける事も覚悟した。

けれど、イブは何も言っては来なかった。

ため息を吐きかけて、際どい所で呑み込んだ。

それから、しばらくの後、あたしは目をそろりと開く。

イブが、机に向かって、何やら書きものをしていた。

何をしているんだろう。

いや、でもそれは後で見ればいい話か。イブの隙を突いて。

イブが電気を消した。

あたしの視界も、暗闇に囚われる。
 ▼ 376 1◆J44kAZeDOM 16/06/20 21:04:24 ID:9uEKLOxc [4/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
それから、かなりの時間が経って、ようやく扉が開く音がした。


「ただいま」


小声で、しかし確かにそう言う。

あたしはむくりと起き上がり、物音をたてない様に部屋から抜け出す。

イブの方をチラリと見やると、完全に眠りこけていた。

本当に眠っているのか確かめたい衝動にかられたが、本当に寝ているかもしれないのをわざわざ起こす理由もない。

ここは、あたしを信じよう。
 ▼ 377 1◆J44kAZeDOM 16/06/20 21:05:19 ID:9uEKLOxc [5/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「お帰り」

「うわ――」

「しっ、静かにして」

「え、どうしてだい?」

「起こしたくない、イブを」

「……それで、なんでこんな時間まで起きてるんだい?」

「イブに関して、いろいろと話したいから」

「そういやなんか言ってたね、そんな事」


その言葉を言い終わる前に、あたしは、強く言い切った。


「あたしは……イブの事、疑ってる。元、ニンゲンなんじゃないか、って」
 ▼ 378 1◆J44kAZeDOM 16/06/20 21:05:57 ID:9uEKLOxc [6/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
おっどろいたとでも言わんばかりに目を大きく見開く。

そして、頭を振って、あたしを見据え、言う。


「それ、どう言う事だい? 前は却下してたじゃないか、その結論」

「なんですけど、あの話をした後、いろんな事があって、その中で、あり得ない話じゃないって」

「……聞かせてもらうよ」

「前提として、証拠はまだない。あたしの勝手な推測でしかないって事だけはよろしくお願い」

「ああ。鵜呑みにはしないよ。そのぐらい心得てる」
 ▼ 379 1◆J44kAZeDOM 16/06/20 21:07:25 ID:9uEKLOxc [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、その顔をしかと見詰めて、話し始めた。

言葉にすると、自分の中で情報が整理される。

それを知っていたから、細かい事まで、しっかりと。


「まず、あのニンゲン到来の記事。そこが、疑い再燃のきっかけです」

「まー、それはそうだろうね」
 ▼ 380 1◆J44kAZeDOM 16/06/20 21:07:54 ID:9uEKLOxc [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そういや、ちょっと疑ってるとか言ってなかったっけ?」

「ああ、それね。いや、出会った時に、傷だらけだった話はしたかい?」

「はい」

「そうなった原因に、最初は心当たりがあるけれど、隠したい、そんな風に振る舞っていた。

 隠すのを禁止した途端、記憶喪失だ。聞いた時は驚いたけど、冷静に考えると明らかにおかしい。

 まあ、放っておけないってのもあったけど、その嘘の奥も知りたくて、家に置いてるってのはゼロじゃないのかもね」

「なるほど……。実はあたしも、あの救出劇」どことなく、躊躇いを覚えたが、それどころではないと割り切った。

「『変わろうとしないと、前には進めないよ』……。イブはそう言ったんです。その後で、『まあ、これは私にも言える事なんだけど。あっ、これ、みんなには秘密ね』って」

「なるほどね。それは確かに、疑うには充分過ぎる。だけどね、点と点を結び付けて、直線とする危険はわかってるんだろう?」


その比喩は、理解出来る。想像で物を考える危険について語ってくれているのだ。


「はい。これだけじゃ、ただ重い過去がある、みたいな事も考えられますね」
 ▼ 381 1◆J44kAZeDOM 16/06/21 20:25:31 ID:iQyLSkBM [1/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、家にある仏壇を眺める。

そこで微笑む、子どもの笑顔。

この家には、恐らく追及して欲しくないであろう、悲しい過去がある。

リオは、埋め合わせでしかない、のかもしれない。

けれど、埋め合わせであろうと、リオが幸せならそれでいい。過去ではなく、大事なのは今なのだから。

誰にもある、話したくない記憶。

同じ屋根の下、最低3つの暗い過去が、出会い、交わって、それでも前向きに過ごしている。

ありふれた、とまでは言わないが、それでも決して少なくはないのは、この事実が証明しているだろう。


「だけど、ニンゲンにはナマエがある。ポケモンにはそれがない。イブには? ある。これは、元ニンゲン説を疑う充分な理由になる」


そして、この事件――行方不明事件には、複雑過ぎる裏がある。

間違いなく、危険な事だ。

あたしが知っている事を、全て話した。
 ▼ 382 1◆J44kAZeDOM 16/06/21 20:26:11 ID:iQyLSkBM [2/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「探偵に、これ以上調べるなと口止めの脅迫状が来たんです。あたしたちには何にもなしなのに」

「……なるほど、それは確かにおかしいね」

「話してて気付いたんですけど、これ、イブが監視出来るから、あたしたちを止める必要はないって事なんじゃ……」

「それは逆。結論から仮定を導き出すのは絶対やってはいけない愚行だよ」

「……ですね。早まるな、あたし」


ともすれば先走りそうになる思考を必死で抑え込み、あたしは続ける。


「それで、あたしは、大臣のキリキザンが元客ってのを利用して、接近して、ニンゲンに関する情報収集をしたいんです」

「なるほど……。危険じゃないかい?」

「今の、イブを疑わざるを得ないこの状況の方が、よっぽど精神的に危険」

「はは、言うじゃないか。ニンゲンに関する情報収集ねぇ。まあ、一応これでも国家権力の一員だから、キリキザンとも、少し頑張れば話付けられない事はないかもしれない。

 知り合いに、彼の護衛をしてるヒトがいてね」

「それ、ホントですか?!」

「しー、静かにするんじゃないのかい?」

「あっ」
 ▼ 383 1◆J44kAZeDOM 16/06/21 20:27:26 ID:iQyLSkBM [3/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「とにかく、次の土曜……明後日だね。その辺りで、警察まで来てくれたら」

「……ありがとう」

「いいって事。ただし、行方不明事件発生の方が、ニンゲンが来るよりも先だ、とだけは言っておくよ」


構わない。あたしが調べたいのは、行方不明ではなく、イブの過去。

イブの過去について調べていたら、勝手にわかるだろう。どちらが先で、その裏には何があるのか、と言う事ぐらい。

あたしは、軽く息を吸った。


「あたしはもう寝るよ。チョロネコ、早く寝なさい」

「はい」


あたしが、リオたちの行動から、完全に切り離された瞬間だった。
 ▼ 384 1◆J44kAZeDOM 16/06/22 21:22:24 ID:8TrmoxQo [1/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


目を覚ます。

イブも、ローネも、そしてママも。みんな眠っていた。

すやすやと、全てのしがらみから解放されたような、穏やかな表情。

眠っている時ぐらい、休みたいのだろう。

僕は、メモを探したが、今日はなかった。

よほど疲れが溜まっていたらしい。

仕方なしに僕は裏庭に出る。

ここ数日のストレスを全て受け止めたサンドバックは、急速にボロボロになっている。

けれど僕は、構わず殴り付ける。

プラスルを守らないといけない。それも、イブ抜きで。

危ない所を探す、と言うのだ。

具体的な場所についてはよくわからないけど、それでも危険は付きまとう。

だから、僕は、誰かを、プラスルを守れるように、強くならないといけない。
 ▼ 385 1◆J44kAZeDOM 16/06/22 21:23:20 ID:8TrmoxQo [2/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
危ない所、と言うのはどこだろう、とふと思う。

心当たりがないではない。

海辺の崩れかけの倉庫とか、不良の溜まり場になってるって巷で有名だし。

そこに拉致監禁されてるとして、理由はさっぱりだけど。

ああいう不良は、そんな陰湿な事はしない気がする。

僕みたいな力自慢のバカが、悪い事をし始めた、って感じのグループだし、力で脅す事はあっても、誘拐はしない。そんな風に思える。

だとしたら、探すのはムダなのではないか。

けれど、それではプラスルは納得しないだろう。もちろん、それは僕もだ。

頭で理解するのと、心で納得するのは違う。それは、僕が一番知っている。

だから、結局僕たちは、そこに足を向ける事になるのだろう。

例え危険でも、行くしかないのだ。
 ▼ 386 1◆J44kAZeDOM 16/06/22 21:24:08 ID:8TrmoxQo [3/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
目に朝焼けの赤が飛び込んで来て、僕は顔を上げた。

いつの間にか、新しい1日が始まっている。

マイナンがいなくなって、まだそんなに日は経っていないけれど、それでも、地獄のように永い時間に、僕には思えた。

長い永い一瞬。眩しい光に僕は目を背けた。

街が、眠りから覚めて行く。

少しずつ道行くヒトは増え始め、僕の家の中からも、声が聞こえ始める。

木の実が焼ける音。水の音。生活の物音。

どうしてか、新しい夜明けを迎えた、そんな気がした。

今までとはだいぶ勝手が違う、もはや、後戻り出来ない所へ来たのだろう。そんな予感。

それが、正しい夜明けなのか、それは僕にはわからなかった。

けれど、確かに言える事が1つある。

腹が減っては戦は出来ぬ。僕は、お腹を空かしていた。
 ▼ 387 ナトーン@トライパス 16/06/22 21:25:23 ID:8TrmoxQo [4/4] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
今日はここまでです

後、今日からしばらく更新頻度が下がります
また、7月17日から約2週間、自保守を含め一切の更新が出来なくなります

ご容赦ください
 ▼ 388 ノアラシ@オレンのみ 16/06/22 21:55:47 ID:CHP6toWY NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
自分のペースで頑張って
 ▼ 389 1◆J44kAZeDOM 16/06/24 22:03:14 ID:zQliom1U [1/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
部屋に上がり込むと、焦げた木の実の匂いが僕を襲う。


「いい匂い」

「あ、リオおはよ。今日はお母さんもローネも遅いね」

「え、まだ起きてないの?」

「うん。ごはん出来たら起こそうと思うんだけど……そんなに疲れ溜まってたのかな。昨日は早寝したはずなのに……」

「まあ、そのぐらい真剣にマイナンの事探してくれてるって事でしょ」

「まあ、そうだね」

「でも、そろそろ起こさなきゃ。呼んで来る」

「うん」
 ▼ 390 1◆J44kAZeDOM 16/06/24 22:03:59 ID:zQliom1U [2/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「おーい、起きて2匹とも! 朝だよ!」

「……む、むーん……」

「くああっ……」

「おはよう、ママ、ローネ。朝だよ」

「ああ、わかった今行く」

「了解」
 ▼ 391 1◆J44kAZeDOM 16/06/24 22:04:31 ID:zQliom1U [3/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「起こして来たよ」

「ありがと。出来たから、お皿持ってって」

「はーい」


料理が盛り付けられたお皿を手に取ると、僕はそれを運ぶ。

その匂いに、お腹がぐーっと鳴った。

恥ずかしさに思わず見回すと、ローネがあっけに取られたような顔をして、僕を見詰めていた。

イブがくすりと笑いを漏らし、それを引き金にローネとママも笑い出す。

僕は顔を真っ赤にしてうつむくより他になかった。
 ▼ 392 1◆J44kAZeDOM 16/06/24 22:05:04 ID:zQliom1U [4/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「いただきます」

「うん、おいしい。で、さ、ママ。マイナンは見付かった?」

「いいや、さっぱりだよ。他の行方不明のポケモンたちもね」

「うーん、やっぱりかぁ……」と、諦めを込めて呟く。

「とにかく、やみくもに探すしかないのが辛いとこよね……」

「ま、あたしたちが考えてなんとかなるならもうとっくに見付けてるだろうしね、警察が」

「面目ない」

「ごちそうさま。とりあえず、学校に行かないと」

「……やっぱ食べるの速いよ、リオ」と言うイブに、僕は笑顔で応えた。

「だってお腹空いてたんだもん」
 ▼ 393 1◆J44kAZeDOM 16/06/24 22:05:30 ID:zQliom1U [5/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
朝の会話からは、何もわからなかった。

秘密にしている事があるのかもしれないけれど、それがわかれば苦労はしない。

何かをするべきなのに、何も出来ない、この徒労感。

ひたすらに気怠い、この感じ。

首を振って振り払う。

やるしかないのだ。

だって、マイナンは、まだ僕たちを待っているのだから。

だから僕たちは、探すのをやめる訳にはいかない。

例え何が待ち受けていようと、何も待ち受けていなくとも。
 ▼ 394 1◆J44kAZeDOM 16/06/27 17:59:46 ID:.TibsmFk [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
代わり映えのしない授業。

難しいのは難しいのだけれど、最近少しわかるようになって来た。

それが、やけに嬉しかった。

そして、同時に苦しかった。

どうしても、日常の光景を見る度に、マイナンの笑顔が頭をよぎってしまうから。

ずっと、考えてしまうから。
 ▼ 395 1◆J44kAZeDOM 16/06/27 18:00:15 ID:.TibsmFk [2/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――

「じゃあ、リオ。プラスルをよろしくね」

「うん! 頑張るよ」

「あたしたちも探そう」

「だね」


僕たち6匹は、いつものように集まり、そして別れた。

けれど、いつもとは違う点が1つだけ。

僕は、緊張を押し隠して、歩き始めた。


「で、危険な場所にいるかもしれないと見当と付けたはいいけどさ……具体的にどこに行くの?」

「一応、いくつか心当たりはある。学校から行くなって言われてる辺りをいろいろと探し回ろう」

「やっぱりそんな感じか。じゃ、とりあえず――」
 ▼ 396 1◆J44kAZeDOM 16/06/27 18:01:29 ID:.TibsmFk [3/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
昨日も思い浮かべた海辺の倉庫。

危険な場所と言うと、やっぱりここになる。

心臓がバクバクと音をかき鳴らし、震える体は、プラスルの目にも頼りなく映るらしい。


「こ、怖いならこ、ここは避けても――」

「ううん、頑張らないと」


マイナンの顔を思い浮かべて、なんとか動悸を治めた。

波の音が響く。

潮風に晒された金属の柱はさび、余計におどろおどろしさを演出する。

太陽の光に海が照り輝いているのが、まだ救いであった。

今日に限っては、世界が僕の気分とリンクしてたらまずかったな、なんて考えて、小さく笑いがこぼれた。

自分の笑い声に何か自信を得て、僕は前を向き、作戦を伝える。


「行こう。でも、見付からないように、コッソリとね」
 ▼ 397 1◆J44kAZeDOM 16/06/27 18:02:07 ID:.TibsmFk [4/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
見付からなければ戦いにはならない。

だから、怖がる必要もない。

幸い僕たちの体格は小さいから、物陰に隠れるにはちょうどいい。

そして、倉庫がたくさん建ち並ぶこの場所において、身を隠す場所は数え切れない程ある。

潮騒が物音を隠してくれるのも手伝い、気付かれないように行動するには最適とも言えた。


「プラスルは後ろを見張ってて」

「うん……」
 ▼ 398 1◆J44kAZeDOM 16/06/27 18:03:18 ID:.TibsmFk [5/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
少しずつ、問題の倉庫に近付いて行く。

その倉庫は半壊しているらしく、最低限雨風は防げるぐらいの物でしかないらしい。

だから、すぐ見付かった。

1歩1歩、恐る恐る。

永遠ともつかぬ長い時間をかけて、歩みを進める。

そして、その崩れた壁の陰から、中をそっと覗き込む。
 ▼ 399 1◆J44kAZeDOM 16/06/27 18:04:00 ID:.TibsmFk [6/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……いなさそうだね」

「……うん」

「帰ろう。いないなら、ここにいても危ないだけだよ」

「……うん。……なんでだろ、マイナンがここにいなくって、ちょっと安心してる」

「え、なんで?」

「少なくとも、ここにいたんだったら怖い思い、いっぱいしてるって事になるじゃん。ここじゃなかったら、まだ希望はある。

 どこか、誰か優しいヒトが預かってくれてるかもって、そんな事、ありえないんだけど。でも、まだ可能性はゼロじゃない」

「……そうだね」

「……なんなんだろうね、私。見付けたいのに、いて欲しくない。なのに、そんなとこを探すしかない。

 ……帰ろっか」
 ▼ 400 1◆J44kAZeDOM 16/06/27 18:06:27 ID:.TibsmFk [7/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
と、その瞬間、僕は何か気配を感じ、振り返る。

けれど、誰もいない。


「あれ?」

「どうしたのリオル」

「うーん……。気のせい、なのかな」

「え、何どうしたの?」

「ううん、何でもない」


そう、何もないのだ。

不良たちはいはしたが、気付かれていない。

そもそも気付かれていたら無事では済まないだろうし。

そして、その他にある物と言えば、建物と、煌めく海と、燦々太陽。

それだけだ。


「気のせい、気のせい」


小さく呟いて、無理矢理自分を納得させた。
 ▼ 401 1◆J44kAZeDOM 16/06/29 20:30:10 ID:iFt.PLoE [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
全員で合流し、情報を共有させるがまた何もなし。

重い雰囲気の中各々の家へ帰る事になった。

何も出来ないもどかしさ。

明日もまた探すと約束だけして、解散した。


帰りの道すがら、僕は先程感じた視線について話してみた。

この視線の裏には、何かあるのかもしれない。

その疑惑を話せるとすれば、イブとローネしかいなかった。

シシコたちに話しても、怖がるだけで何も進まないような気がしたし、プラスルに言おう物なら余計に追い込む事になりかねない。

だから、3匹でいる時を狙って、話した。
 ▼ 402 1◆J44kAZeDOM 16/06/29 20:30:36 ID:iFt.PLoE [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


驚いた。リオも視線を感じたと言う。

昨日の風俗街で、あたしも感じた謎の視線。

こうなれば、言わない理由がない。


「視線……。あたしも昨日感じたんだけど」

「えっ」

「……こりゃ、いよいよマズイな。よっぽど事態が深刻なのか……」と唸った。

「どう言う事?」

「そのまんま。マイナンを探してるだけなんだよ。行方不明の、小2男子。それなのに、こんな風に立て続けに視線を感じるなんて、どう考えてもおかしいよ」

「それもそうだけど……でも、具体的にどう考えてるの? ローネ」


イブがそう問いかける。
 ▼ 403 ゲピー@ゴッドストーン 16/06/30 22:02:29 ID:Y5Q7eFfM NGネーム登録 NGID登録 [s] 報告
支援
 ▼ 404 1◆J44kAZeDOM 16/06/30 23:10:37 ID:0GylFf/6 [1/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、カマを掛けてみる事にした。


「イブならわかると思うんだけど」

「えっ。いや、さすがにそれは買い被り過ぎだよ。私なりの推論を出せって言うならともかく、ローネが考えてる事を完全にわかる訳ないじゃない。

 だからこそ、誰かと出会い、交わるって事は怖くって、だけど、楽しい」

「あっ、そう。とにかくだけど、あたしはまだ考えが整理出来てないから、イブなりの推論を聞かせてよ」


イブが言わない以上、リオの前で余計な疑いを増やしたくはなかった。


「私の推論かぁ……。誘拐した奴が、知られたら困る秘密があって、それで嗅ぎまわる私たちを消そうとしてるとか?」


まあ、その程度ならニンゲンか否かに関わらずイブなら考え付きそうだ。

あたしは頭を振った。
 ▼ 405 1◆J44kAZeDOM 16/06/30 23:11:23 ID:0GylFf/6 [2/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ちょっと待ってよ、それ、ヤバくない?」

「リオ、怖がらなくても、私の勝手な空想だし。正直ホントの事を知るためには、情報が足りなさ過ぎるよ。

 0から考えた私のアイデアなんて、当たった試しがないし」

「ええっ?! ローネの時は?」

「あれだって、0からじゃない。私は――まあ、どうでもいいじゃない。チョロネコの精神状態がヤバいってリオからの情報と、学校関連で心に傷を負うようなタマじゃないなイメージだけから考えただけだし。

 情報が何もないマイナン事件では、何も出来てないしね……」

「ホントに何もない?」


思わず尋ねてしまった。イブの発言に、どこか躊躇いと言うか、何か言い淀んだ部分があるような気がして。

しかし、その発言からボロを出すとは到底思えないし、それに今の発言はマイナンの方にかかっている。

あたしは慌てて訂正を試みた。


「あたしに関する推理の過程って、どうなってるの?」
 ▼ 406 1◆J44kAZeDOM 16/06/30 23:11:52 ID:0GylFf/6 [3/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「えっと……確か、小学生にとって学校、習い事、家族以外で友達を作るのは難しい、って言ってたかな……」

「あ、まあそうだけど」


小学生にとって。

まるで自分がそうではないと言わんばかりの言い方に、あたしは心中でほくそ笑む。

それは確かに言い淀むだろう。この発言によって、少しイブの真相に近付けた気がする。

自分が小学生であると言う事実を客観視して、それを冷静に分析するなんて、あたしレベルの暗い過去でもない限り、絶対に不可能だ。

考えられる可能性は2つ。

1度既に小学生を経験したか、もしくは本当にあたしレベルかそれ以上の暗い過去を持っているか。

傷だらけで倒れていたと言うし、もしかしたらそれが絡んでいるのかもしれない。

けれどとにかく、これだけは言える。

イブは、普通じゃない。何かしら秘密がある。

今さらではあるが、その確信を深めると言うのも大事な事だ。

迷わずに行動出来るから。
 ▼ 407 1◆J44kAZeDOM 16/07/03 09:27:31 ID:Y3dCLiO2 [1/4] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


金曜だから、宿題はしなくてもいい。

けれど、土曜日曜と、出来る限りマイナン捜索に時間を充てたいから、しっかりと終わらせておく。

算数のプリントが2枚。

ローネの手伝いもあって、さくっと終わらせられた。


「あんた、最近少しは頭の出来もマシになってんじゃない?」

「そう? ありがとう」

「……あんたってさ――」

「え?」

「……バカなフリでもしてんの? 最近急成長し過ぎでしょ。前までは教えても教えても糠に釘だったじゃん」

「何言ってるの? ローネとイブのお陰だよ」

「……そ。ならまあいいんだけど」


ビックリした。

僕がバカなのは元々だ。けど……。

いや、考えても仕方ない。そんな事より今は、マイナンだ。
 ▼ 408 1◆J44kAZeDOM 16/07/03 09:27:51 ID:Y3dCLiO2 [2/4] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
イブの呼ぶ声が聞こえる。

ごはんが出来たらしい。

僕たちは連れたってリビングへ出て行った。


「お待たせ。今日はちょっと辛めに仕上げてみた。マトマをベースにいろいろ混ぜて。明日は休みだけど、って言うかだから、気合い入れないと」

「そうだね。いっただっきまあす」

「いただきます」


スプーンで勢いよく掬って食べる。

一口噛むと、吹き出る辛さに僕は口から炎を吐いた。

物理的に。


「うわっ、リオ、そんなに辛かった?! ちょっと一口……」


イブも炎を吐き出す。
 ▼ 409 1◆J44kAZeDOM 16/07/03 09:28:27 ID:Y3dCLiO2 [3/4] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「……凄いな。辛い物食べて、ホントに火が出るなんて……」


と呟いたイブに、


「まあ、ポケモンならあり得る話だけどね」


そうローネが言った。

そのままローネが続ける事には、


「でも、失敗した訳? 味付けミスったとしか思えないんだけど」


そう言うローネは淡々と食べ続けている。

汗は噴き出ているが、それでもその手を止めない。


「ローネ、辛くないの……?」

「まあ、あたし辛いの得意だから。でも、明らかにおかしいよ」

「……ごめん。気が散っちゃって」
 ▼ 410 1◆J44kAZeDOM 16/07/03 09:28:49 ID:Y3dCLiO2 [4/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「もしかしてさ、あたしのせいなの?」

「え? そんな事ないけど」

「ふぅん」


イブとローネが目を見合わせる。

火花を散らす、と言う訳ではない。どちらかと言うと、嵐の前の静けさ。

僕には到底ついて行けそうにない深淵がそこにはあった。


「とりあえずさ、このごはんどうする?」


重苦しい沈黙に耐えかねて、僕はそう尋ねた。

イブもローネも不意に意識をこちら側に戻し、僕の方を向いた。


「あたしはこのまま食べられるけど、あんたたち2匹の分は味付けし直したら?」

「うん、そうする。少し甘味を足したいから……」


そう言ってイブは、僕の分と自分の分の皿を持って台所へと消えて行った。
 ▼ 411 1◆J44kAZeDOM 16/07/05 22:02:39 ID:xL/wvWBU [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「リオってさ」

「何? 後食べながら話しちゃダメだよ」

「ん? ああ、ごめん」とローネは口元を押さえる。

「リオって、イブの事どう思ってる?」

「僕が何言っても、ローネは聞いてくれないでしょ?」

「まあね。あたしは疑ってる。それは変わらない。とりあえず、黙っててくれてありがとうとだけは言っとくけど」

「……イブがニンゲンだなんて、信じらんないけど」

「まあ、そりゃそうだよ。あたしだって信じたくはない。ただ、知りたいだけだから」

「お待たせー」

「そろそろ話変えよう。でも、マイナンってどこにいるんだろうね」

「うーん……」
 ▼ 412 1◆J44kAZeDOM 16/07/05 22:03:16 ID:xL/wvWBU [2/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


その後イブが運んで来た料理は、いつものように絶品だったらしい。

だから、完全に、あたしとの会話で気を散らしていただけだろう。

それにしても、あたしの推測の正しさを証明するかのように、イブの態度は怪しい物がある。

リオは信じたくないようだけれど……。

と言うか、なんでまだ無邪気に信じ続けられるのだろう。

何かがおかしいのは疑いようもない程にハッキリしている。

上手く隠せてはいるが、些細な綻びに気付けば後は全て見える物じゃないのか。

証拠こそないのは事実。

けれど、あたしがその綻びを伝えているのだから、純粋に信じているのだとしたら、信じられない程のバカだと思う。
 ▼ 413 1◆J44kAZeDOM 16/07/05 22:04:01 ID:xL/wvWBU [3/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そんなバカの方を見ると、改めて出て来た料理に舌鼓をうっていた。

その目からは、やはりマイナスな感情など感じられない。

もちろん、マイナンの事は心配している。それはそうなのだけれど、それ以外には暗い物など存在していないかのようだ。

リオは、光の中を生きている。

叩けば壊れそうな、そんな危うい光の中を。

純粋さは、時として凶器となり得る。

リオを照らす光は、どこまでも純粋で、それゆえにきつく、リオを縛る。

誰かをひたすらに信じたい。そして、信じたヒトは守りたい。リオは、たぶん、優し過ぎるのだ。
 ▼ 414 1◆J44kAZeDOM 16/07/05 22:04:57 ID:xL/wvWBU [4/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ごちそうさま。お風呂入って来るね」

「うん」


リオに返事をすると、あたしは床に寝転がった。

フローリングのひんやりした感覚が、あたしを覚醒させる。

明日は、キリキザンと接触して、ニンゲンを観察する。

もっとも、明日に出来るかは知らないが、とにかくキリキザンとのコネを再接続しておけば、いつでもその機会はやってくるだろう。


「よし」


そう小さく呟いて、あたしは立ち上がり、イブに声をかけた。


「食器洗いとか、手伝うよ」
 ▼ 415 1◆J44kAZeDOM 16/07/05 22:07:23 ID:xL/wvWBU [5/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


どうしてだろう。

最近、ローネがおかしい。

何かしら、僕に対して含む所があるみたいだけど……。

イブの事も疑ってるらしいし、それじゃあローネは、誰を信じればいいんだろう。

溢れる湯水に、そんな事を思った。

ローネは、そんな生き方ばっかりで、辛くないのだろうか。

イブがニンゲンだなんて、そんな事普通あり得ないし。

僕に何かおかしい所があるのかもしれないけど、それはローネに対しての感情とは何も関係がない。

間違いなく、それだけは言える。

だけど、ローネはそれでも、ひたすら純粋に、光の届かない所へ向かおうとしてる。

あんな事があって、それでもまだ。

ずっと、ずっと、闇の中にいたせいで、少し眩し過ぎるのかもしれない。
 ▼ 416 1◆J44kAZeDOM 16/07/05 22:08:21 ID:xL/wvWBU [6/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
どこまで行くのだろう。

ローネは、誰も信じられないままに、どこまで行くのだろう。

そして、僕は、ローネが信じるに値しないのだろうか。

……たぶん、そうなのだろう。だって、僕は、まだ全てを曝け出している訳じゃない。

ローネの疑り深さは、僕の、そんな微妙な心の揺れを見抜いている。

相手の事を、何もかも知りたい。そしてようやく、その相手の事を信じられる。ローネは、きっと、怖がり過ぎるのだ。

賢過ぎるから、怖い。そういう事だろう。
 ▼ 417 1◆J44kAZeDOM 16/07/05 22:08:51 ID:xL/wvWBU [7/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そして、イブ。

傷だらけで倒れていた、イブ。

ローネを見事な推理で助け出したイブ。

僕に力をくれたイブ。

イブは、間違いなくいいポケモンだ。

僕は、そう信じている。

それが、少しでもローネにも伝わってくれたら。

僕たち3匹で、笑い合えたら。

いや、違う。

マイナンも、プラスルも、シシコもミミロルも、クラスのみんなも、一緒にいられたら。そして、笑い合えたら。

僕はもう、嬉し過ぎて死んじゃうかもしれないな。


「さて、もうあがろっと」


だから、とにかく今は、マイナンを捜さないと。
 ▼ 418 1◆J44kAZeDOM 16/07/06 23:34:12 ID:tMFszE8Q [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


明日に備えて、みんな早寝した。

イブは深夜に何かをしているのかもしれないが、とにかく、名目上は全員。

そして、遂にやって来た土曜日。

面倒な客だったキリキザンとの、対面の日。

正直、あいつがそんな偉い奴だなんて、思っていなかった。

けれど、実際にそうなのだから、仕方ない。

ああ言う所でしか弱さを見せられないのだろう。

まだほの暗い空に、そんな事を思った。
 ▼ 419 1◆J44kAZeDOM 16/07/06 23:35:22 ID:tMFszE8Q [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
リビングに出ると、もうリオが特訓しているのが見える。

小刻みに体を揺らし飛び回りながら、サンドバックを360度様々な角度で殴っている。

軽快なリズム。


「リオ、おはよ」

「あ、ローネおはよう」


リオが足を止めてあたしの方を向いた。

額に光る汗が滴り落ちる。


「……やっぱり、その特訓は続けるんだ」

「うん。僕、強くなりたいから。

 それで、みんなを守りたいから」

「そう。頑張ってね」

「そうだ、ローネもする?」

「遠慮しとくよ。まあ、あたしはそこまで激しいバトルをする事もないだろうし」

「そっか。わかった」
 ▼ 420 常運転再開◆J44kAZeDOM 16/07/08 22:53:45 ID:4wUL7hrs [1/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そんな会話を繰り広げた後、あたしはリビングに戻り、そして起き出して来たイブを見た。


「おはよう。遅くなっちゃった。朝ごはん作るね」

「ああ、うん。よろしくね」


何て事ない日常の会話。

あたしが疑念を抱いていようと、もしかしたらイブもそれに気付いているのかもしれないけれど、それでも全く何もないかのように時は経つ。
 ▼ 421 1◆J44kAZeDOM 16/07/08 22:54:26 ID:4wUL7hrs [2/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あたしってさ、料理出来ないじゃん」

「え、ま、まあ……」

「なんでだと思う?」

「えっと、どうして急に?」

「なんか話題が欲しかったから。で、なんでだと思う?」

「うーん、何でだろう、基本的になんでもソツなくこなすけどなぁ、ローネって。手順もそんなに変って訳じゃないんだけど。

お母さんの料理と真逆だよね。あの人、手順も材料もぐっちゃぐちゃ、見た目も壊滅的なのになぜかおいしいって言う」

「まあ、ポケ生経験の違いかな、そこは」

「どう言う事?」

「そのまんま」

「なんかそれってさ、悲しくない?」

「別に。自分で自分の事はわかってるつもりだから」

「でもさ、それだと私……」

「うん。イブのポケ生経験、あたしなんかより凄そうだって思ってる」
 ▼ 422 1◆J44kAZeDOM 16/07/08 22:55:08 ID:4wUL7hrs [3/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
沈黙。

容赦ない程に、あたしたちの間を突き差す氷の刃。

あたしは疑いをぶつけている。

まだ確証を得られてはいないし、そのニュアンスは「思う」と言うフレーズの中に潜ませているけれど。


「……ちょっとよくわかんないな」

「そ。でも、傷だらけで倒れてたんだよね。あたしは、これでも一応、気を失う程の暴力を食らった事はないから。

 あのゴミに殴られて痛かったと言えば痛かったけど、それだけだし。あんたの記憶を失う直接の原因になった事の方がよっぽど深刻なんじゃないの?」

「……でも覚えてない。覚えてないなら、ないのと同じ――」

「同じ? ホントに?」


あたしは、リオがいる裏庭の方を見据えた。

と、リオが戻って来るのが見える。


「え、何の事?」


そちらに目を向けたイブが尋ねたが、あたしは無視した。
 ▼ 423 1◆J44kAZeDOM 16/07/08 22:55:41 ID:4wUL7hrs [4/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「おはよー、ごはん出来た?」

「え、ああ、うん」

「じゃ、食べよう」

「だね」

「「いただきます」」


うん、おいしい。

野菜が鮮やかな彩りを添えるプレートを、僕は一気に頬張った。

気合いを入れる意味も込めて、しっかりと噛みながら、勢いよくごはんを食べて行く。


「リオ、もっと落ち着いて食べなよ」

「ごちそうさま。いや、早く探したいからさ」

「リオだけ慌てても意味ないし」

「だから2匹とも、早く早く!」

「先に歯磨きとか済ませといて」

「わかってる」
 ▼ 424 1◆J44kAZeDOM 16/07/08 22:56:56 ID:4wUL7hrs [5/5] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「それじゃ、いつもの公園に集合だよね」

「うん。行こっか」

「だね」


うららかな日差しが肌に心地いい。

爽やかな風が吹き渡り、僕の体毛を撫でた。

今日は、外で活発に活動するには絶好の陽気だ。


「おっすリオル! みんなも」

「シシコ、おはよう」

「……見付かるといいね、マイナン」

「うん。……ホントに」

「プラスル、顔をあげて。うつむいてても、マイナンはいないんだし」

「イブの言う通り。あたしたちがそうやってぼんやりしてる間に、この世界には何が起こるかわかんないんだから」

「うん、そうだよね。じゃあ、みんなよろしくね」
 ▼ 425 1◆J44kAZeDOM 16/07/09 20:42:19 ID:tSnVsCbE [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


あたしは、警察署へと向かった。

そして。


「あん? あいつがまた引き取ったって子か」

「はい。どこにいるか知りませんか?」

「全くなぁ……。あいつもあいつで、気が強すぎんだよ。ったく、俺の周りの♀って、どうしてこうも――」

「どこにいるのか知りませんか?」

「……お前もかぁ。あいつは、たぶん――」
 ▼ 426 1◆J44kAZeDOM 16/07/09 20:43:09 ID:tSnVsCbE [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「遅かったね、チョロネコ」

「イブたちに隠さないといけないし」

「わかってるよ。じゃあ、行こうか。あんたの元客の所へね」

「はい」
 ▼ 427 1◆J44kAZeDOM 16/07/09 20:44:17 ID:tSnVsCbE [3/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
道すがら、あたしたちはこんな会話をした。


「ところで、ボーマンダ見なかったかい?」

「え、ああ、さっきあっちで居場所教えてくれたけど」

「あそこの子のチルタリス、もしかしたら、あんたと話が合うかもね。正義漢だけど、気が強すぎるドSだよ」

「……いや、ドSとドSの相性っていいの?」

「さあね。ただまあ、あそこも最近高校生になってね。忙しくて、なかなか来られないみたいだよ」

「ふぅん」

「よし、到着。ここにいる奴がキリキザンの護衛やってる。あたしの方から連絡は通してある。るぅの紹介だって言えば伝わるから」

「ありがとう」

「どういたしまして。納得出来る結論、見付けて来るんだよ」

「もちろん」

「それと、場合によっちゃ少し厄介な事になるかもしらない。困ったら、遠慮しなくていいんだよ」


そう言うと、そのまま帰って行った。

最後の発言の意味は全くわからなかったが、あたしはまあ、これでいいやと割り切りそのまま進む。
 ▼ 428 1◆J44kAZeDOM 16/07/09 20:45:12 ID:tSnVsCbE [4/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
煤けた門に、大きく『ボディーガード、承ります』と書いてある。

周りを見渡してみるが、雑多な都会でしかない。

その一角の、小さなボディーガード屋。

けれど、仮にも大臣の護衛を任される程なのだから、その腕は一流なのだろう。

あたしは、門を開いた。


「すいませーん」


返事がない。ただの屍のよう……とすら言えなかった。なぜなら。


「……? いないのかな」


姿が見えないのだ。誰1人として。しかし、話は通してある以上、いないはずはない。

どこかにいるはずだと思って、周りを見渡してみた。

うず高く積まれた書類の山から鑑みるに、たぶん典型的な整理出来ない♂。

で、その割に有能ではあるらしいから、恐らく鍵を開け放してこんな大事そうな書類が散らばった部屋に誰かの侵入を許すだなんて到底思えない。

結論:誰かがここにいる。姿が見えないだけで。
 ▼ 429 1◆J44kAZeDOM 16/07/09 20:45:33 ID:tSnVsCbE [5/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「いるんですよね。どこですか」


あたしは、声を出す。

恐らく、ここの主は、姿を消せるのだろう。

だからこそ、ボディーガードなんて職業に就いたとも言える。

そして、今こうしてあたしが来たのに出て来ない理由。


「すいませーん、るぅの紹介で来たチョロネコです」


あたしは、まだ正体を名乗ってはいない。

名乗らずとも姿形で通じるはずではあるが、るぅ、と言う単語がないと不安に思うのかもしれない。

もしあたしがうっかり書類を持ち帰ろう物なら、きっと恐ろしい勢いで姿を現し、ボコボコにされるであろう。

そんな事を考えながら、あたしは名乗った。

しかし、返事はない。


「おかしい、絶対いるはずなのに」
 ▼ 430 1◆J44kAZeDOM 16/07/09 20:46:27 ID:tSnVsCbE [6/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
少し本格的に家探しをさせてもらう事にした。

もちろん、声だけはかけた。それで反応が帰って来る事を期待して。

しかし、それでも返事はない。

まあ、これでいいや、と呟いて、あたしは、書類を机の上へ動かしにかかった。


ギザギザが浮いている。

突然何を言い出すのかと思うかもしれない。

けれど、そうとしか言えなかった。

少し具体的に見てみる。

書類を取り払った時、その下にギザギザが隠れていた。

そのギザギザは、ソファの上に浮いている。

そして、その辺りから、呼吸音が聞こえる。

察しが付いた。しかし、本当にこんな不用心で、ボディーガードが務まるのだろうか。

大丈夫なのかな、と呟いて、あたしはそのギザギザに触れた。
 ▼ 431 1◆J44kAZeDOM 16/07/09 20:48:17 ID:tSnVsCbE [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「起きてください。チョロネコです」

「う、むう……」


ギザギザが、浮かび上がる。


「ん、今何時ですか?」

「知りませんけど。寝てて大丈夫なんですか? 鍵開きっぱですよ」


そして、少しずつ緑のその体を露わにしていった


「えっ、ええっ! 大変だ! 泥棒だー! みんな、捕まえ――」

「何言ってるんですか。あたしは泥棒じゃないですよ、カクレオンさん。チョロネコです! 聞いてません?」

「えっ……ああ! るぅ姉の!」

るぅ姉って。あたしは困惑の笑みを浮かべつつ、「はい」と答えた。
 ▼ 432 1◆J44kAZeDOM 16/07/09 20:48:39 ID:tSnVsCbE [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「って言うか、よくわかりましたね。ここにいるって」

「いや、小さくなって隠れてるのかと思って、少し書類をどかしただけです。透明になって隠れてる、しかも書類に埋もれてだなんて、考えもしませんでしたよ」

「あ、そう」

「不用心ですよ、鍵開けっ放しで寝るなんて」

「ああ……。少し気になる資料がありまして。それ読んでたら、寝落ちしちゃいました」

「えぇ……」

「しっかりしないとダメですね。さて、それじゃ、行きましょうか。依頼主、キリキザンの所へ」


もうか。いきなりで驚いたが、短く済むならそれに越した事はなかった。
 ▼ 433 1◆J44kAZeDOM 16/07/10 20:45:43 ID:6ZDMkY3Y [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


危険な所、とは言っても、そうたくさんある訳ではない。

この街の治安は、かなりいい方らしい。

実際、海辺と風俗街以外で、入っちゃいけないと言われている所はないと言ってもいいだろう。

だから、僕たちはいつものように捜索を続ける。

危険なんて露程も見受けられない、穏やかな街の中を。
 ▼ 434 1◆J44kAZeDOM 16/07/10 20:46:08 ID:6ZDMkY3Y [2/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
背後に視線を感じる。

街は穏やかでも、僕の周りは、平穏ではないらしい。

振り向いてはみるが、それで見付かる程ヤワな相手でもないらしい。

仕方ない。僕は、誘き出す事にした。

背後にはずっと視線を感じたまま。

それは、確かに感じている。

その気配が消えれば、僕にはわかっただろうから、そのままマイナン探しを続けたんだけど、案の定気配は僕に張り付いたままだ。

僕は、心中でほくそ笑む。

この先には、桜の丘がある。

そしてそこには身を隠す場所がないって事は、マイナンを捜した時に気付いている。

だから、尾行する事は出来ないはずだ。
 ▼ 435 1◆J44kAZeDOM 16/07/10 20:46:54 ID:6ZDMkY3Y [3/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
風に、葉っぱがゆらゆらと揺れる。

力強くそこにある、桜。

それと同じぐらいに、強く背後に気配を感じている。

僕は、振り向いた。


「なんで僕たちを尾行してるの?」


彼は、笑った。


「なんだ、気付いてたのか」

「気付いてる事ぐらいわかるでしょ? わざわざこんな場所まで来たんだから。なんで逃げなかったの?」

「そう何度も一気に質問するな。俺様はギルガルド。お前たちを尾行してる訳については教えられない。なんで逃げなかったのか……と言われれば、気まぐれ、かな」

「……本当に?」
 ▼ 436 1◆J44kAZeDOM 16/07/10 20:50:05 ID:6ZDMkY3Y [4/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
沈黙。

僕は、ギルガルドをしっかりと見詰める。

そうしていないと、恐怖に押し潰されそうだったから。

しかし、ギルガルドは余裕癪癪の表情だった。

恐らく、こいつとは戦っても勝てない。そんな気がした。


「ああ。……もうこの件に関わるなと言ったらどうする?」

「この件?」

「行方不明事件だ」

「それは無理。僕は、絶対にマイナンを見付けるから」

「そうか……」


怖い。けれど、そこだけは譲れない。

もし襲って来たらどうしよう。そんな不安はしかし、今マイナンが感じているであろう恐怖に比べたら、屁でもない。
 ▼ 437 1◆J44kAZeDOM 16/07/10 20:52:52 ID:6ZDMkY3Y [5/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
しかし、ギルガルドは、暴力に訴える事はなかった。

その代わり、唐突な提案をして来て、それが僕を苦しめる事になるのだけれど。


「なら、いい情報をあげようか?」

「え?」

「いるか? いらないのか?」

「そりゃ……欲しいけど」


全面的に信用出来るはずもない。

むしろ、嘘を吐かれる可能性の方が高いだろう。

そんな疑問などお見通しだとでも言わんばかりに、ギルガルドは言葉を続けた。


「お前には、信用出来る仲間がいるんだろう? 嘘か否かは、何も1人で考えろって訳じゃない」

「……わかった。教えて」


この言葉は、確かに正鵠を射ていた。

だから、僕も乗っかる事にした。
 ▼ 438 1◆J44kAZeDOM 16/07/10 20:54:55 ID:6ZDMkY3Y [6/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……お前の親友に、チョロネコっているだろ?」

「えっ、なんでそれを――」


驚きのあまり目を見開く。

僕の動揺を意にも介さず、ギルガルドは続けた。



「彼女、探してないぜ。自分の好奇心を何よりも優先させている」

「えっと、つまり、どう言う事?」

「さあな。それはお前が一番よく知ってるんじゃないか?」

「僕が、一番よく知っている」

「ああ。俺が言えるのはそれだけだ。もしかしたら、また会う機会もあるかもな」


そう言って、ギルガルドは飛び去ろうとした。

僕は「待ってよ」と呼び止めたが、それに振り向いてはくれない。

残された僕は、ただ、茫然とそこに立ち尽くすのみだった。
 ▼ 439 1◆J44kAZeDOM 16/07/10 20:56:10 ID:6ZDMkY3Y [7/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
本当なのだろうか、さっきのギルガルドの言葉は。

ローネは、自分の好奇心を優先させている。

コーキシン。どうしても気になって、家に一旦帰り辞書で調べてみたら、今僕が抱いているこういう感情の事らしい。

自分がどうしても気になっている事を優先させる。何よりも。

ローネが気にしてる事と言えば、間違いなく、イブの事だろう。

何よりも、って事は、もしかして、マイナンを捜していないって事なのだろうか。イブの事を調べる事を優先させて。

……そもそも本当なのか。

ギルガルドはああ言ってたけど、イブにもローネにも相談は出来なかった。

僕が、自分で考えるしかない。

いや、と僕は首を振る。

それよりも今は、マイナンだ。

捜さないと。
 ▼ 440 1◆J44kAZeDOM 16/07/11 20:42:36 ID:lYFYtTQQ [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「お久しぶりです」

「おわっ! チョ、チョロネコちゃん……」

「え、知り合いなんですか?」

「いや、知らない。俺はこんな奴知らない」

「あの、お願いします。私、ニンゲンについて調べたいんです。でも、そのためには、あなたの力が必要なんですキリキザンさん」

「あう……わかった。それじゃあ、ついて来てくれ」


ちょろい。

知らないで通したいのはわかっている。

だからこそ、いつでもあたしはそれをバラす事が出来るとチラつかせておけば、もともとあたしに抱いている感情も手伝って、いともたやすく承諾してくれるだろうと踏んでいた。

もちろん、その読みは大当たりだった訳だ。

カクレオンの方をチラリと見やる。

その顔には、疑念が浮かんでいた。
 ▼ 441 1◆J44kAZeDOM 16/07/11 20:42:58 ID:lYFYtTQQ [2/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、なぜか存在していた隠し扉に押し込められた。

その姿を見られてはいけない。関係ないポケモンがその場にいたら、信頼に関わるから。

だから、あたしは隠れ潜み、その会話を聞くだけになる。


「ミミロップさん」

「だから、私は♂ですので」

「そんないやらしい目で見てるつもりはないんだけど。俺はホモじゃないし」

「仮にも私はポケモンです。どうにも、ニンゲンより鼻は効くらしいので」

「はいはい。恋してる匂いがするんですよね。わかりましたよ」

「無駄口を叩くな、行くぞ」


キリキザンは、一度も話していない。出迎えた秘書のミミロップ♂に対して恋している♂のニンゲン――つまりホモか――と、それをたしなめる上司みたいな関係性の2匹のニンゲンだろう。

ホモじゃないと言っているのを信用するなら、見た目で性別の区別が付かないのだろうか。
 ▼ 442 1◆J44kAZeDOM 16/07/11 20:43:27 ID:lYFYtTQQ [3/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ようこそいらっしゃいました。ニンゲンの皆さん。大臣の、キリキザンです」

「ええ。よりよい関係性を築いて行けるように、お互い努力して行きましょう」


キリキザンは、意外に有能だった。

こちらの既得権益を損なわない範囲で、譲歩出来る所を探って行く。

あたしの前のだらしない姿とは、大違いだった。

きっと、ああ言った場所でぐらい真面目な自分と言う物から逃れたかったのだろう。

そう思うと少しだけ同情したが、それでもやはり、あたしを注文したのは犯罪だ。

許される事ではないだろう。

そう考え、あたしは、声を殺してあくびした。
 ▼ 443 1◆J44kAZeDOM 16/07/11 20:43:58 ID:lYFYtTQQ [4/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
会談を終え、キリキザンは扉を開いた。


「どうでした? 何か参考になりました?」

「どうでしょう。メインの話に終始していて、ニンゲンと言う物の情報はあまりわからなかったですね……。

 あっ、一応だけど、ミミロップさん」

「私ですか?」

「あのあなたに声をかけていたニンゲン、彼は本当にホモじゃないんですかね?」

「だとは思いますよ。あたしの容姿を見て、♀だと勝手に思い込んでるだけで」

「……ニンゲンは、ポケモンの性別を認識出来ない、か。ありがとうございました。これがわかれば満足です」

「えっ、どう言う事……」

「いえ、こちらの話です。今日はありがとうございました。カクレオンさんも、案内してくれて、ありがとうございます」

「いえいえ。こちらこそ」
 ▼ 444 1◆J44kAZeDOM 16/07/11 20:45:24 ID:lYFYtTQQ [5/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
カクレオンを見やり、思う。

彼がいなければ、恐らく会う事までは出来ても、知らぬ存ぜぬで押し通されただろう。

あたしがキリキザンを使えたのは、その場にいてくれる第三者のお陰でもある。

バラす相手がいなければ、脅しも効果を為さず、逆にあたしが暴力による口止めを受けていたかもしれないのだ。

感謝してもしきれない。
 ▼ 445 1◆J44kAZeDOM 16/07/11 20:45:52 ID:lYFYtTQQ [6/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
帰り道、あたしは、再び視線を感じた。

集中力を高めるべく、技「つめとぎ」を使う。

夕闇に紛れた影を探すべく、あたしは辺りを見回した。

けれど、何もいなかった。

あたしのささやかな抵抗は、無駄に終わった。

そして、件の公園に辿り着く。

結局どこ探してもいなかったとだけ伝えて、あたしたちは帰路についた。
 ▼ 446 1◆J44kAZeDOM 16/07/11 20:46:49 ID:lYFYtTQQ [7/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
帰り道、あたしは思考を深めていく。

リオを見て、そこから視線をイブに移し、あたしは、作戦を組み立てた。

十中八九間違いない。

イブが、もし本当にニンゲンなのだとしたら、あたしは、追い詰める方法を手に入れた。

内から湧き上がる喜びを必死で押し隠し、あたしは道を歩く。

既に、頭の中では、シミュレーションが始まっていた。
 ▼ 447 ロリーム@じめんのジュエル 16/07/11 20:48:24 ID:MBcvc0U2 NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ポケモナーかな? 支援
 ▼ 448 1◆J44kAZeDOM 16/07/12 20:34:05 ID:nOMYnDbI [1/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


どうすればいいのだろう。

ローネがマイナンを探していないとして、僕はローネに、何をすればいいのだろう。

怒ればいいのか、無視すればいいのか。

全然わからなかった。

ギルガルドが僕に話し掛けて来た訳を探ろうにも、もう視線すら感じない。

1匹で考えるには頭がパンクしそうで、だから僕は、何も手に着かなくて。

ごはんを食べていても、お風呂に入っていても、常に心は上の空。

イブから体調でも崩したのかと聞かれ、なんでもないよと首を振る。
 ▼ 449 1◆J44kAZeDOM 16/07/12 20:34:28 ID:nOMYnDbI [2/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
返す返す恨めしく思う。

尾行してた奴が、何を思ってそんな事を言って来たのか。

どうして、僕は尾行されていたのか。

もう、何もわからない。

わからないから、寝る事さえも出来なかった。

ボーっと布団の中にうずくまって、ただただ時を消費した。

考えるのは、苦手だ。
 ▼ 450 1◆J44kAZeDOM 16/07/12 20:35:07 ID:nOMYnDbI [3/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
横の方から、ガサゴソと音が聞こえる。

驚いて、そちらを見やると、イブが起き出していた。


「……どうしたのイブ」

「うわっ! リオ、まだ起きて……」

「うん。眠れなくて」

「そっか……」

「イブはどうしたの?」

「私も眠れないの」

「へぇ」
 ▼ 451 1◆J44kAZeDOM 16/07/12 20:35:48 ID:nOMYnDbI [4/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
静かに時は流れる。

僕は、まだぼうっとしていた。

隣ですやすやと寝息を立てるローネ。

僕がすべき事は……。

すべき事は……。

いや、違う。

ギルガルドが言ってたから不安なだけで、元々ローネは調べたいって言っていた。

それなら、何も問題はない!
 ▼ 452 1◆J44kAZeDOM 16/07/12 20:36:10 ID:nOMYnDbI [5/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
気付けてよかった。

そう。僕は、普通にローネに聞いていいんだ。

ローネがそれで怒ったりとかもないし。

問題は、なんでギルガルドがそれを知っているかだ。

……とにかく、僕がすべき事は決まった。

後は、眠って、明日を待つだけだ。


「でも、もう寝られそうかな……。お休み、イブ」

「うん、お休み」
 ▼ 453 1◆J44kAZeDOM 16/07/12 20:36:59 ID:nOMYnDbI [6/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
翌朝起きたのは、かなり遅かった。

特訓も大事だが、寝て疲れを癒すのも大事だから仕方ないと自分を納得させる。

ママは、今日もまだ眠っていた。

最近ずっとこうだ。

僕たちが眠ってから帰って来て、僕たちが家を出てから起き出し、仕事に行く。

まあ、帰って来ない日も多いのだけれど。

イブはあれ程遅寝だったのに、もう起きていた。

ローネは逆に、普通に寝ていたはずなのに、まだ眠っている。


「おはよ、イブ」

「おはよう。もうちょっとで出来そうだから、待っててね」

「うん」


ごはんを食べ、歯を磨き、顔を洗い。そんないつもの朝の一幕を済ませ、僕たちはいつものように公園に向かった。
 ▼ 454 1◆J44kAZeDOM 16/07/12 20:37:34 ID:nOMYnDbI [7/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そして、いつものように散らばる――のだが、僕はローネに声を掛ける事から始めようと思った。

けれど、ローネの行動は、僕には予想も付かない物だった訳で……。
 ▼ 455 1◆J44kAZeDOM 16/07/12 20:38:20 ID:nOMYnDbI [8/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


ねえ、どうして、どうしてずっと、あたしたちを騙して来たの?

まあ、あたしは騙された訳ではないけど。

でもさ……。

そりゃ、ビックリすると思うんだ。

ずっと一緒にいたのに、こんなに知らなかったんだって。

ねぇ、どうして。

教えてよ。

なんであなたは……自分の素性を偽ったりなんかしたの?
 ▼ 456 1◆J44kAZeDOM 16/07/12 20:39:34 ID:nOMYnDbI [9/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは問いかける。

目の前の少女に向かって。

彼女は、その拳をわなわなと震わせながら、あたしを見据えた。

あたしも、目は逸らさない。

その感情と向き合うのは、あたしの義務だ。

真実を知るには、並大抵じゃない覚悟がいる。

その時が、今なのだ。

あたしは、覚悟を決めて、問いかける。

ひたすらに、問いかける。

ねえ、なんで?
 ▼ 457 1◆J44kAZeDOM 16/07/12 20:40:21 ID:nOMYnDbI [10/10] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告








3章 現れるニンゲンたち 完







 ▼ 458 1◆J44kAZeDOM 16/07/13 19:50:47 ID:F3O7We8g [1/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


目を覚ました少年は、病室のベッドの上で、何もない世界を彷徨っていた。

そんな折、母親の声が聞こえる。


「大丈夫?」


母親は、息子の名前を呼んだ。

少年は、その声に、ふっと顔を向けた。

しかし――。


「うわあっ!! ポ、ポケモンだっ!」


母親の肩に乗る1匹のデデンネ。

それを見て、少年は、悲鳴をあげた。
 ▼ 459 1◆J44kAZeDOM 16/07/13 19:51:37 ID:F3O7We8g [2/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ふむ……ASDですかな」

「えーえすでぃー」


呆気にとられた母親は、茫然と呟いた。


「はい。急性ストレス障害。長期化するとPTSDとも呼ばれるようになりますが……」

「息子はっ! 息子は大丈夫なんですかっ?!」

「治療法も確立されていますので、恐らくは」

「恐らくじゃダメなんです! 息子は、絶対に治さないといけないんです!」

「落ち着いてくださいお母さん。あなたの息子さんにも悪え――」

「いえ、取り乱しましたすいません」

「とにかく、保護者ともども心を強く持つ事です」

「……はい」

「頑張るんだよ、君も」

「はい」


少年は、ぼそりと呟いた。
 ▼ 460 1◆J44kAZeDOM 16/07/13 19:52:12 ID:F3O7We8g [3/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


それからも、僕は、彼女と共にその機械の改良を重ねた。

遥か昔、カントーのハナダの辺りで偶発的に起きた事故。

僕はそれに着目し、そして論理的にこの機械が成功の可能性を秘めている事を突き止めた。

だからこそ、実際に創り出す事こそが、今の僕にとっては重要だった。

何としてでも作りたい。

その願望を叶えるのに、このまだ幼い少女のパートナーは、しかし最高のパートナーでもあった。


そして――。
 ▼ 461 1◆J44kAZeDOM 16/07/13 19:52:48 ID:F3O7We8g [4/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「出来た……出来たよカズオ! やった!」


僕も、笑顔を彼女に向けた。


「……でも、こんな機械を、一体何に使おうとしてるんだと思う? トギリさんって」


僕は、首を横に振ってみせた。

彼女の表情には納得が浮かぶ。


「まあ……カズオって、自分の研究が第一だもんね。そんな事どうでもいいみたいな事思ってそう」


事実その通りなのだから、何も言い返せなかった。


「私はね……一応は考えがあるよ」
 ▼ 462 ルジーナ@ダートじてんしゃ 16/07/13 19:52:58 ID:KN8.R8vA NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 463 1◆J44kAZeDOM 16/07/13 19:53:22 ID:F3O7We8g [5/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
しかし、そこから先は黙り込んでしまう。

続きを促しても、彼女は何も答えなかった。


その答えは、突然やって来た。

完成した、とトギリに伝え、実験をしたいと申請した所……。


「いや、実験などいい。私はお前を信頼しているから」


信頼しているのならそれこそ僕の言う通りしてくれればいいじゃないか、とは思ったが無論そんな事を言ったりしない。


「よし、さっそくそれを使って作戦を実行しよう」


どうした物か。成功確率は計算上99%を超えてはいるものの、100ではない。

それに、計算と現実は違う物だ。

それを伝えようとしたが、手を振って制された。


「とりあえず、私を君の部屋まで案内してくれ」
 ▼ 464 ◆aCqftYE9go 16/07/13 21:30:38 ID:F3O7We8g [6/6] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
次回更新で、ほんの少しだけR18な展開を臭わせる箇所があります
そう言った単語がほんの少し目に入るだけで不快と言う方はこちらの名前欄をNGしておく事を推奨します
 ▼ 465 1◆J44kAZeDOM 16/07/14 20:34:02 ID:52K4VFaA [1/16] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告








4章 疑惑のイブ






 ▼ 466 ◆aCqftYE9go 16/07/14 20:34:26 ID:52K4VFaA [2/16] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


少女を見付けたならず者たち。

彼らは、舌なめずりをして、少女を見詰めた。


「ダメっ……その子だけはっ、その子だけはっっ!」

「ほーう。そんなに大事な子なんだ」

「お願いします……私なら……何しても構わ……はぐっ!」

「うっせえんだよこのクソアマァ!」


少女の目に、情けなく蹴り飛ばされる母親の姿が映る。

しかし、少女は、見てはいても、視てはいない。

聞いてはいても、聴いてはいない。

既に外界との意識の接触を絶った彼女に、その光景は、なんの感情も呼び起こしはしなかった。

母親は、ぼろきれのようになり、もはや何も言わない。
 ▼ 467 ◆aCqftYE9go 16/07/14 20:34:51 ID:52K4VFaA [3/16] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「なぁ」

「ん? どうしたよ」

「こいつ……エロくね? この、私は何も知らない、見てない……みたいな怯え方」

「おいおい、お前、こんないたいけな幼女に対して何言ってんだよ」


そう言って片割れは笑った。しかし、目の色は変わる。


「でもまぁ、需要があるのも事実って訳か。どうせ借金の肩代わりで、ウリやるんだからな」

「ったく、こいつもかわいそうだねぇ。バッカな父親のせいで、こんな事になるなんて」
 ▼ 468 リンリキ@ネストボール 16/07/14 20:34:59 ID:OwZZi06Y [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 469 ◆aCqftYE9go 16/07/14 20:35:29 ID:52K4VFaA [4/16] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
突如、発作を起こしたかのように、母親が金切声をあげ、男たちに飛びかかる。

それを払い落とすと、男たちは少女に目を向けた。


「慣れとくのも大事だと思うんだけどさ、お前、どう思うよ」


先程たしなめた方の男は、しかしこう言って、笑った。


「お前の言う通りだな。しゃーないしゃーない」

「よし、じゃあ、ヤるか」

「だな」
 ▼ 470 ◆aCqftYE9go 16/07/14 20:36:03 ID:52K4VFaA [5/16] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
それからの事をあまり多く語るのは野暮と言う物だろう。

男たちの蹂躙の前に、もはや抵抗すらせず素直に従う少女。

絶叫し、殴りかかってはカウンターをくらい、もはや命の灯の消えてしまった母親。

永遠ともつかぬ一瞬の中、少女の耳には、こんな言葉だけが残った。




「あーあ。これでお前も、♀としてのいっちばん大事な物、失っちまったなぁ」
 ▼ 471 1◆J44kAZeDOM 16/07/14 20:38:20 ID:52K4VFaA [6/16] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


あたし、言ってしまった。

恐らく絶対に訊かれたくなかったであろう質問を、あたしはピンポイントで突いた。

どう思ったのだろうか。

あいつは、何を考えているのだろう。

誰かを断罪する、と言う事が、ここまで苦しいとは思っていなかった。

とにかく、あたしの推測は、恐らく正しい。

こうなれば、毒を食らわば皿まで。徹底的に、あたしは、知る。

変わろうとしないと、前には進めない。

あたしは、変わる。だから、あいつにも、変わって欲しい。
 ▼ 472 1◆J44kAZeDOM 16/07/14 20:39:31 ID:52K4VFaA [7/16] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
とにかく、今マイナンを探しても意味がないのはほぼ確定と言ってもいいだろう。

だから、この時間は、ただただ退屈でしかない。

眠ってしまう事も考えはしたが、それは違う。

断罪する辛さを、眠りによって忘却に押しやるのは、許される事ではない。

生半可な同情は、明らかな蔑み、嫌悪より害毒だ。

だからあたしは、本気で向き合いたいと思う。

彼女の辛さを、共有は出来ないけれど、少しでも近付きたい。

そして、不安を和らげたい。


あたしは、あいつを探す事にした。
 ▼ 473 1◆J44kAZeDOM 16/07/14 20:40:15 ID:52K4VFaA [8/16] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


どうしてそんな事……ローネ。

僕はただ、みんなでマイナンを探したかっただけだ。

見付けたかっただけなんだ。

それと、どうしてこの話が関係するんだ。
 ▼ 474 1◆J44kAZeDOM 16/07/14 20:40:37 ID:52K4VFaA [9/16] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は、ずっと、苦しんでいた。

そして、悩んでいた。

何を信じればいいのか、何を護ればいいのか。

僕は、何をするべきなんだろうか。

ずっとずっと、ローネは、疑っていた。

だけど、僕は、それを見て見ぬ振りをしていた。

イブは、なんと言うだろうか。

僕は、耐え切れずに逃げ出した僕は、何も言えなかった。

ただ、目の前の真実が恐ろしくて、それが白日の下に晒されるのが怖くって、逃げた。

だから、僕に何かを言う資格はないのかもしれない。

けれど、イブとローネは、これからどうなってしまうのか。


……また仲良く、3匹で過ごせるのだろうか。
 ▼ 475 ギギアル@ミミロップナイト 16/07/14 20:40:50 ID:OwZZi06Y [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
名前を書かないのは人間なのかポケモンなのか分からせないのが意図なのかな
 ▼ 476 1◆J44kAZeDOM 16/07/14 20:41:06 ID:52K4VFaA [10/16] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
桜の丘の木の下で、1匹、佇む。

僕は、どうすればよかったのか。

せっかく決意を固めた、その途端にこれなのだ。

もう、何もかもが嫌だ。

全て滅茶苦茶だ。

僕も、イブも、ローネですらも。

プラスルたちは、何も知らずにマイナンを探しているんだろう。

だから、僕も探さないといけない。

それはわかっている。

だけど、足は動いてはくれなかった。
 ▼ 477 1◆J44kAZeDOM 16/07/14 20:41:47 ID:52K4VFaA [11/16] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


イブも、リオも、見付からない。

あたしの質問から逃げ出したリオは、そのままどこかへ行ったのだろう。

イブを探してはみるが、そちらも全然見付からない。

あたしの思考は、過去の様々な出来事を映し出していた。

あの風俗の暗い世界に突如差し込んだ光。

それがイブだった。

それから、あたしは、ずっと疑い合って、それでもあたしは、楽しかった。

今までで一番、生き生きしていた。輝いていた。

イブを見ていると、あたしの闇が、照らされた。
 ▼ 478 1◆J44kAZeDOM 16/07/14 20:42:12 ID:52K4VFaA [12/16] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そしてリオ。

リオも、あたしとともにいてくれた。

あたしには眩しすぎる程純粋で明るかったリオ。

……どうして、こんな事になってしまったのだろう。

あたしは、ただ、知りたかった。

イブの事を知りたかった。

それだけだった、はずなのに。
 ▼ 479 1◆J44kAZeDOM 16/07/14 20:42:38 ID:52K4VFaA [13/16] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


少しずつ、雲が出て来た。

その移り変わりを、僕はぼんやりと眺めている。

木のてっぺん。

この街で、たぶん一番、空に近い場所。

僕はやおら立ち上がり、大声で叫んだ。


「うぁぁぁぁぁああああああ!」


叫んだからと言って、何かが変わる訳でもない。

日曜の昼下がり、ただただ、誰も聞く者のいない叫びが響く。

白い雲はどんどん増えて行く。

はあっと息を吐いて、僕は座り込んだ。
 ▼ 480 1◆J44kAZeDOM 16/07/14 20:43:16 ID:52K4VFaA [14/16] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


イブは、本当にニンゲンなのか。

今さらになって、そんな事を考えてしまう。

もし本当にニンゲンなのだとしたら、ポケモンになってすぐ、襲われたと言う事になる。

だとすると、かわいそう過ぎる。

あたしは、彼女に何をしてあげられただろう。

あたしがしてもらった分を、返せただろうか。

いいや、何も返せてなんかいない。

あたしは、貰いっぱなしだ。

イブは、誰かに与え続けている。

そんなあたしに、裁きの権限なんて、ありやしない。

あたしには、裁く事なんて出来ない。

ただ、知るだけ。

そして、向き合うだけ。受け止めるだけ。

あたしに許されたのは、それだけ。
 ▼ 481 1◆J44kAZeDOM 16/07/14 20:43:39 ID:52K4VFaA [15/16] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――イブ、どこにいるの。

あたしは、ここよ。

返事して。

――リオ、謝るから。

お願いだから、また会って、話そう。

だから……だから。

こんなあたしを、誰か許して。
 ▼ 482 1◆J44kAZeDOM 16/07/14 20:44:14 ID:52K4VFaA [16/16] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


白かった雲は、徐々に黒をその身に取り込んで行く。

僕は、ただ、それを眺めていた。

マイナンの事さえも、もう頭の中からは消えていた。

記憶が、蘇る。


――リオル、心配しなくても、ここに悪い奴はいないよ。

――あんたは、強くなりたいんだろう?

――あたしは、ここにいる。あんたの事、守ってやるから。


不意に、ポツリと、雨が頬を濡らした。
 ▼ 483 1◆J44kAZeDOM 16/07/15 20:31:25 ID:1fPpyWH2 [1/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


雨が降り始めた。

あたしは、とりあえず、公園に戻る。

そして、雨宿りが出来るトンネル状の遊具の下に潜って、みんなの帰りを待った。

すると、そこにシシコとミミロルが駆け込んで来る。


「ったく、今日雨振るとか聞いてねぇよ」

「ホントだよね。リオルたち、大丈夫かな」

「大丈夫でしょ。少なくともリオは。バカはカゼひかないらしいし」


こんな時ですら、口から出るのは悪口で。

そんなあたしが、自分で憎らしかった。
 ▼ 484 1◆J44kAZeDOM 16/07/15 20:31:50 ID:1fPpyWH2 [2/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
プラスルも、沈痛な面持ちで遊具の下に避難して来た。

マイナンは、見付からないらしい。

そして、リオとイブも、まだ戻って来ない。


「あいつらおっせぇなぁ。どうしたんだ?」

「……心配ね」

「みんな。リオとイブは、あたしが待つよ。帰ってもいいよ」

「えっ、でも……」とミミロルが言ったが、あたしは「お願いだから、あたし1匹で待たせて」と頼み込んだ。

「まあ、そう言うのなら」と不満気に呟いたミミロルは、シシコを連れて、駆け出した。

「チョロネコ。あんまり無理しちゃダメだからね」と言うプラスルには、大丈夫だから、と返す。
 ▼ 485 1◆J44kAZeDOM 16/07/15 20:32:43 ID:1fPpyWH2 [3/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたし1匹だけ残された、この空間。

雨音は徐々に激しさを増して行き、叩き付けるような軽快な音楽を鳴らし始めた。

あたしは、黙って耳を傾ける。

あたしは、どうしようもなく孤独だ。

自ら望んでおいて、それを悲しむなんて、バカバカしいにも程がある。

けれど、それでも、悲しかった。

常に疑うばかりだったあたしの心は、抜け殻だった。

いや、違う。

あたしは、始めから抜け殻だったのだ。

リオとイブは、その抜け殻に、魂を注入しようとしてくれていたのだ。

それを、あたしは拒んだ。

誰かを信じる恐ろしさ。ただただ、怖かった。
 ▼ 486 1◆J44kAZeDOM 16/07/15 20:33:07 ID:1fPpyWH2 [4/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


木の下ってのは、意外に雨が降り込んで来ない。

僕は、幹にもたれかかり、その雨音を聞いていた。

ザーザー降り続けるその音楽は、僕の心を慰めてくれた。

涙は、出ない。

空が、代わりに泣いてくれているから。
 ▼ 487 1◆J44kAZeDOM 16/07/15 20:33:35 ID:1fPpyWH2 [5/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は、一体何者なのだろう。

イブは、きっと、ニンゲンなのだろう。

ローネは、もう真実を掴んだのだろうか。

もう、何も考えたくなかった。

眠りの世界に逃げ込みたい。けれど、激しく降り続ける雨は、それを許してはくれなかった。

だから、僕は、いつまでも、その感慨を胸の中で膨らませ続けた。

記憶の鍵は、こじ開けられた。

楽しかった思い出もそうではない思い出も。

ぜんぶないまぜになって、僕に襲い掛かる。

息が苦しい。
 ▼ 488 1◆J44kAZeDOM 16/07/15 20:34:01 ID:1fPpyWH2 [6/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


ぼんやりと、遊具の下、あたしは寝転がる。

雨が少しずつ流れ込んできている。

そろそろここも危ないのかもしれない。

けれど今は、その冷たさが、心地よかった。


「こんにちは、あたし」


何を思ってか、そう声をかける。

今のこの冷たい心と、冷たい雨水が同化して、融け合った。
 ▼ 489 1◆J44kAZeDOM 16/07/15 20:34:36 ID:1fPpyWH2 [7/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


木のふもとで寝転がる。

大地の暖かみが、どことなく気持ちよかった。

ここだけが外界から切り離されたように雨は降らない。

そう、まるで、今の僕だ。

いや、今の、なのだろうか。

いや、違う。この場所は、僕だ。

周りから切り離されて、不自然なまでに暖かい。この場所は、まさしく僕だ。

そう思うと、穏やかな感情が僕を包んだ。

そして、完全に外との意識の接触を絶ち切り、僕は、眠りの世界へと誘われて行く……。
 ▼ 490 1◆J44kAZeDOM 16/07/15 20:35:13 ID:1fPpyWH2 [8/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


遊具の下から脱出した。

あたしは、ここに留まっていてはいけない。

変わろうとしないと、前には進めない。

あたしは、この冷たさから、抜け出さないといけない。

だから、抜け出した。

そして、自宅を目指す。

今は誰も待っていない、過去の自宅へと。

あたしは、過去を断ち切る。

雨の中、濡れるのも構わず、あたしはゆっくりと歩き始めた。
 ▼ 491 1◆J44kAZeDOM 16/07/15 20:36:05 ID:1fPpyWH2 [9/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そこは、何も変わらず、残っていた。

ママは、いないだろう。

そう、あたしにはまだ、ママはいない。

前のママは、もう切り捨てた。

今の方は……あたしの中で、なんと呼ぶべきか、まだ定まっていない。

ママと呼べばいいのか、種族名で呼ぶべきか。

だから、あたしは、彼女の事を、一度も、心の中ですら、名前では呼ばなかった。

そこにあったのは、扉が開く音であり、世界を救うために奔走する優しい顔であった。

けれど、それではいけない。

あたしは、抜け殻だ。

だけどその分、全てを受け入れられる。

あたしは、まだ彼女の事をママとは呼べないけれど、それでもいつか、そう、素直に呼べる日が来る事を祈った。
 ▼ 492 1◆J44kAZeDOM 16/07/15 20:37:08 ID:1fPpyWH2 [10/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
敷地に踏み入り、扉を開けようとする。

当然ながら、鍵がかかっていた。

あたしは苦笑すると、今度は件の風俗街へ足を向けた。

歩く道すがら流れた涙は、雨に紛れて、あたし自身かなり長い事気付けなかった。

それに気付いた時、あたしは呟いた。


「乗り越える……。変わる……か」
 ▼ 493 1◆J44kAZeDOM 16/07/15 20:37:46 ID:1fPpyWH2 [11/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そして、風俗街に辿り着く。

あたしは、過去を振り切る。

そのために、ケリを付けないといけない。

雨に濡れたこの空間には、誰もいなかった。

あたしはそこに足を踏み入れる。

そして、過去の職場へと向かった。

そこには、何もなかった。

建物の死体がそこに転がっているのみ。

ビル自体はそのまま建っている。

しかし、そこに住む者、そこで活動する者を失った建物は、やはり死んでいる。

あたしには、どうしようもなくそう思えた。


「あなたも同じね」


そんな事を呟く。

中身を欠いた、建物の抜け殻。

あたしは、足を踏み入れた。
 ▼ 494 1◆J44kAZeDOM 16/07/15 20:38:39 ID:1fPpyWH2 [12/12] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
濡れそぼった体を、あたしのロッカーから結局回収出来ず仕舞いだったタオルを取り出して、丹念に拭いた。

まだ残っていたのかと驚いたが、あたしが取りに来るまで残されていたのだろう。

そして、あたしは足を今の今まで踏み入れてなかった。

だから、残っててもおかしくはない。

あたしは、応対する時によく使った椅子に腰掛ける。

そうしていると、いろんな記憶が呼び戻って来るような気がした。

黒い、ひたすら深い闇。

あの時のあたしを構成していた要素。

それを、今では鼻で笑い飛ばせる。

あたしは、変わった。

少なくとも、前に、1歩は。

だから、あたしは、まだ変わって行ける。

変わったと言う事は、変わろうとしている事の証明なのだから。
 ▼ 495 ンタイン@チルタリスナイト 16/07/15 21:21:03 ID:lwMVgPi6 NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 496 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:34:31 ID:g0RPgz7w [1/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


夢を見ていた。

何か黒い物が蠢き(うごめき)、僕は、それから必死で逃げる。

しかし、それは声をあげ、僕に付きまとう。

どんな言葉だったのか、それはぼんやりとした意識の奥底に眠っていて、判然としないけれど、ただひたすらに、怖かった。

……僕には、今、安寧は許されていない。

だとすると、出来る事はただ1つ。

イブを探しに行こう。

そう決意した、その瞬間の事だった。
 ▼ 497 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:34:58 ID:g0RPgz7w [2/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「おやおや、お前、こんなとこにいたのか。この雨の中」

「お前……ギルガルド!」

「ああ。昨日会ったばっかだがな。なんとなく、お前、見どころがある」

「なんで……なんでチョロネコを尾行していたんだ!」

「ふん、俺様の事はどうでもよかろう。それよりも、お前が今、悩んでいる事を教えてやろうか?」

「マイナンと、イブの真実を探す事。ローネが何を調べてても、それは変わらない。

「ほう、なるほど。問題の正確な把握能力。これはふさわしいかもしれないな」

「ん? 何か言った?」

「いや、何も。なるほど。じゃあ、今度こそ、いい事を教える」

「……聞くよ。だけど、また迷わせるような事言っても、今度は効かないよ」

「ああ、わかってる。お前が求めてるのは、誘拐事件の犯ポケだ。俺は、そいつを知ってる。

そして、そいつは、今夜、誰かを攫うらしい」

「……えっ? ちょっと待って、犯ポケ?」

「ああ。お前たちはニンゲンがやったと思い込んでるのかもしれんが、そもそもニンゲンにはそれほどの戦闘能力なんてない。

その時点で、ニンゲンが犯ポケって説は消えてる」
 ▼ 498 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:35:22 ID:g0RPgz7w [3/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そうなのか……。

「で、そいつは誰なの?」

「ユキメノコだ」
 ▼ 499 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:36:26 ID:g0RPgz7w [4/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ギルガルドは、話を続ける。


「今日は、○◇って場所で仕事するとか言ってたな。誘拐して、それから――」

「ありがとう。じゃあ、そこ行けば捕まえられる?」

「ああ」

「……ありがとう」

「それじゃ、俺様はこれで去るぜ」

「……止めても行くんでしょ?」

「ああ。じゃな」
 ▼ 500 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:38:18 ID:g0RPgz7w [5/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
行ってしまった。

僕の手元には、情報だけが残された。

しかし、僕だけでこれを吟味する事は、到底出来ない。

イブかローネの手助けが必要だ。

もちろんそれは重要なのだが、僕にとってはそれ以上に、誘拐事件にはニンゲンが関与している訳じゃないって言葉の方がありがたかった。

これで、イブがどうだろうと、躊躇いなく話せる。

だから、やっぱり、イブを探すしかないんだ。
 ▼ 501 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:38:53 ID:g0RPgz7w [6/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
イブが探してそうな場所と言えば、どこだろう。

一緒に探した事がないから、わからなかった。

イブは僕みたいにバカじゃないから、同じとこばっかり何回も探す事もないだろうし。

僕の思考力じゃ、イブには絶対勝てない。

だから、濡れるのも構わず、僕はひたすらに探し回った。

もちろん、そう簡単に見付かるなら、マイナンの件もここまでの問題にはならなかっただろう。

僕は、それでも歩き回った。

探し回った。

そうしていれば、黒いそれから逃れられる、そんな気がした。
 ▼ 502 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:39:35 ID:g0RPgz7w [7/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


あたしは、学校へ向かった。

あたしが変わった事の証明。

学校にしっかりと行っている事。

それは、免罪符。

繭のように、あたしを護る、柔らかな鎧。

その事だけで、あたしは、変わった事を実感出来る。

そう。風俗街ではない。学校なのだ。今の、あたしの戦場は。

閉ざされた校門を軽やかに乗り越えて、あたしは、敷地内に侵入した。


驚くべき事に、そこには、イブがいた。
 ▼ 503 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:40:35 ID:g0RPgz7w [8/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ロ、ローネ。どうしたの?」

「イブこそ。なんでわざわざ学校なんかに……」

「……雨、降って来ちゃって。雨宿り出来る場所探してたら、ここが……」

「校門は閉まってる。ねえ、あたしはリオじゃない。ローネよ。そんな陳腐ないい訳で、信じてもらえると思わないで」

「思ってないよ。だって、知ってるもん。あなたは、私の事を、疑ってる」

「へぇ。何の事で?」

「そこまでは知らない。疑ってるって事だけだし、たぶん、事実無根だと思う」

「……そうなんだ」


さすがに、ボロは出さない。

元ニンゲンかどうかあたしが疑っている、と言う事をイブが知っていたら、それは推理力が高すぎるか、それとも後ろ暗い事があるのか、そのどちらかだ。

前者の場合、ちゃんとした説明が必須になるから、理屈を通せない限りは、そこは知らないで通した方が賢い。
 ▼ 504 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:41:12 ID:g0RPgz7w [9/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「で、なんでこんなとこに?」


玄関の軒下で、あたしたちは2匹、肩を並べて座り込む。

あたしが目を向けると、イブは、悔しそうな顔をした。


「1人になりたくて。こうやってやみくもに探してどうにかなる事件じゃないから、考えて探さないとって思って。

考えに集中するために、私はここに来た」

「……それで、なんか思い付いた?」

「ううん、全然」

「そ」
 ▼ 505 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:41:42 ID:g0RPgz7w [10/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「そう言うローネは、なんでここに?」

「……過去に決別して、今の自分と向き合うため」

「……なんでそんな事」

「誰かを裁く、その覚悟が、あたしには足りなかった」

「裁く?」

「そう。裁く」


あたしは、冷淡に言い切る。

裁く対象を目の前に。
 ▼ 506 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:42:14 ID:g0RPgz7w [11/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「リオは? もう帰った?」

「それが……わかんない。ミミロルシシコプラスルは帰ったけど」

「えっ?」

「リオは、公園に、帰って来なかった。雨降ってるのに」

「……えっ?」

「……まあ、あいつは大丈夫だと――」

「なんでそんな事言えるの? 行方不明事件は続いてるんだよ?! リオルが攫われてたらどうするの?!」

「えっと……」

「探しに行くよ、ローネ」

「……わかった」
 ▼ 507 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:42:37 ID:g0RPgz7w [12/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
イブが、走り出す。

心の底から、リオの事が心配なようだった。

きっと、誘拐事件にはイブも絡んでいる。

そうであるとするならば、恐らく、イブは、リオに特別な感情を抱いている。

でなければ、あの心配そうな走りは、考えられない。

もっとも、誘拐に絡んでいない可能性も0ではないが、ほんの数時間帰って来ないだけで誘拐だと決めつけるのは時期尚早に過ぎる。

現に、イブだって帰って来ていなかったが、無事だ。

それなのに、真っ先に誘拐の心配をする辺り、何も関係がないとは言えないだろう。

あたしは、走り行く。

そして、イブに追い付いて、「まずは公園に行って、その後家に一旦戻ろう。帰ってるかも」と提案した。

イブも頷いて、あたしの言葉に従った。
 ▼ 508 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:43:09 ID:g0RPgz7w [13/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
公園には、誰もいなかった。

当然だ。雨が降っているのだから。

もっとも、雨が好きなポケモンもいるにはいるのだが、今日に関してはその姿すら見えなかった。

雨宿り出来そうな所も全て探したが、リオはいない。

ここにはいないと見切りを付けて、家まで戻る事にした。
 ▼ 509 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:43:39 ID:g0RPgz7w [14/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
しかし、家にもリオはいない。

あたしは、軽く息を吐いた。

一旦シャワーだけ浴びたいと伝えると、そんなヒマないよと切り返される。

その必死さが、もう、あたしには、真相を伝えているように見えた。


「ねえイブ」

「どうしたのローネ」

「イブってさ――」

「何?」

「リオの事、好き?」
 ▼ 510 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:44:06 ID:g0RPgz7w [15/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


イブは、どこにいるのだろう。

もしかしたら、ローネとケンカして、今頃、どこかで落ち込んでいるのかもしれない。

だとしたら、僕が励ましたい。

ローネの敵になる訳じゃない。

追い詰められるだけじゃ、苦しいはずだ。

だから、僕は、イブの事を、守りたい。

もう二度と、誰にも、あんな苦しい思いは味わって欲しくないから。
 ▼ 511 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:45:03 ID:g0RPgz7w [16/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
びしょびしょになりながら、走った。


「イブー! イブ! どこにいるの?!」


大声で叫んだ。

走る。叫ぶ。しまいに息が切れる。

涙が頬を伝う。

苦しみを押し隠し、それでも僕は走る。
 ▼ 512 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:46:32 ID:g0RPgz7w [17/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
イブが、元ニンゲン。

それが何だって言うんだ。

もしマイナンが見付からないのがニンゲンのせいって言うなら、それは返して欲しい。

他の、全ての誘拐したポケモンを返して欲しい。

だけど、そうじゃない。みんなわかってない。

この世の全てが、悪いポケモンばっかりじゃないように、ニンゲンの世界のニンゲン全てが悪いニンゲンじゃないはずだ。

イブは、間違いなくいいニンゲンだ。もしニンゲンだったとしても。

そうなんだ。

ニンゲン=悪だと思い込んでたから、苦しいんだ。

正義のニンゲンもいるはずなんだ。いや、誘拐してないのなら、ニンゲンが悪ってのも、そもそも間違ってるんじゃないか?

僕は、僕は――。

イブとローネに、この単純な思い付きを教えたかった。

イブは、本当にいいヒトなんだって。

絶対に、いいヒトなんだって。
 ▼ 513 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:46:54 ID:g0RPgz7w [18/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その事実に思い至ってから、僕の足取りは一気に軽くなった。

見付かりはしないけれど、見付かって、その後の事は、何も怖くない。

だから、僕は、走った。

伝えたい。

溢れ出す感情が、僕を動かす。
 ▼ 514 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:47:21 ID:g0RPgz7w [19/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「えっ、いやあのちょっ……」

「好き……なんだ」

「……」


あたしは、最後に1つだけ、質問をした。

イブは、それに何の事? と頭の上に疑問符を浮かべながら否定した。


「それなら――」
 ▼ 515 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:47:50 ID:g0RPgz7w [20/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


とりあえず、一旦家に帰ろう。

よくよく考えたら、こんなに雨が降ってるのに、外でまだ探してるはずがない。

バカだから気付けなかったけど、当然なんだ。

待っててね、イブ、ローネ。

今から、戻るから。
 ▼ 516 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:48:25 ID:g0RPgz7w [21/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
しかし、リオルの僕、リオ。イーブイのイブ。チョロネコのローネ。3匹が一堂に会する事は、もう二度とない。

そんな事も露知らず、僕は、ひたすらに走った。
 ▼ 517 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:49:00 ID:g0RPgz7w [22/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告





「それならあなたは……ニンゲンだよ、イブ」
 ▼ 518 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:49:38 ID:g0RPgz7w [23/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「ただいま、いる?」

「……リオ!」

「……イブ、良かった。ローネは?」

「ローネは、ちょっと用事があるとか言って、どっか行っちゃった」

「……そう、なんだ」

「でもよかったリオ……。もしかしたら、もう会えないかもしれないって、不安で……」
 ▼ 519 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:50:10 ID:g0RPgz7w [24/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「もう、どこにもいかないで欲しい。いつまでも、一緒にいたい」


僕は、イブを見据えて、頷いて見せた。

ローネも一緒に、それでも絶対、イブとは一緒にいる。

マイナンを見付けて、今まで通りの日常へ戻るんだ。

そんな決意を胸に、僕は、ギルガルドの言葉を伝えた。
 ▼ 520 1◆J44kAZeDOM 16/07/16 19:50:37 ID:g0RPgz7w [25/26] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告








4章 疑惑のイブ 完






 ▼ 521 ローン@するどいくちばし 16/07/16 19:52:23 ID:g0RPgz7w [26/26] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
前にも伝えました通り、明日以降約2週間、自保守を含め一切の更新が出来なくなります
8月に入ってから、遅くとも5日までには生存報告(出来れば更新)をする予定です

長い事お待たせする事になりますが、ご容赦ください
 ▼ 522 ゲボウズ@ナナシのみ 16/07/16 20:26:31 ID:Pwu1xBhs NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
責任を持って保守しときます
 ▼ 523 ガカメックス@イバンのみ 16/07/17 15:34:58 ID:NSOdBuUI NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ▼ 524 イティ@ハッサムナイト 16/07/20 21:50:37 ID:/NLuS74s NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
しゅ
 ▼ 525 ガース@ひかりのこな 16/07/24 18:40:47 ID:CQzDtTZs NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 526 トベター@シルフスコープ 16/07/27 17:57:17 ID:iJ.a3Me. NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 527 ジャンボ@ブリーのみ 16/07/31 09:28:45 ID:m6DnwoN. NGネーム登録 NGID登録 [s] 報告
支援
 ▼ 528 クライ@にじいろのはね 16/08/02 20:48:49 ID:eu7/I1qE NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 529 1◆J44kAZeDOM 16/08/02 22:39:31 ID:lklIm0X6 [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「ほら、しっかりしなさい」


投薬両方で、少年の容態は、少しずつ快方に向かって行っている。

そう、医者は伝えた。

しかし、少年の心の奥底では、未だに恐怖の炎が暗く影を落としていた。

それにも関わらず、母親は、少年を元に戻そうと必死で、無理に少年とポケモンを触れ合わせようとした。

少年は、その度に悲鳴をあげ、周りを困らせる。

母親は、そんな少年を叱責するが、それにつれて少年は、ポケモンと言う物を激しく憎むようになって行った。
 ▼ 530 1◆J44kAZeDOM 16/08/02 22:40:59 ID:lklIm0X6 [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「どうも、トギリさん」

「おお、君、お疲れ様」

「……もう来たんですか? シュミレートは終わりましたが実験が――」

「実験がまだ、だろう?」

「わかってるならまだ無理なのはわかりますよね」


僕は、うつむいてため息を吐いた。

彼は、誰かの意見に耳を貸す状態ではない。

けれど、ここで彼女に頑張ってもらわないとどうにもならない。

まだ危険なのは、確かに事実なのだから。
 ▼ 531 1◆J44kAZeDOM 16/08/02 22:41:28 ID:lklIm0X6 [3/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「いや、それでもやる。時間がないのだ」

「時間がないって……それで失敗したら意味がないでしょうに」

「つまり、君たちの発明は失敗すると」

「そんな言い方ないでしょう? カズオが作って、私が仕上げたんですよ?」

「落ち着き給え。つまり、出来る、と言う事だな」

「当たり前です」


僕は、頭を抱えた。

仕方ない。こうなってしまえば、もう僕は彼女を止める術を持ち合わせてはいない。

僕は降参の意を表して諸手を上げた。
 ▼ 532 1◆J44kAZeDOM 16/08/02 22:41:58 ID:lklIm0X6 [4/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「それで、誰を使うかなのだが……」


トギリは、彼女を見詰めた。


「わかってます。始めっから、そのつもりでしたから」


僕も、驚いて彼女を見詰めた。

そんな事聞いていない。

そう主張すると、トギリは冷静に言った。


「それは、そんな事伝えていないから当然だ。もちろん、これは決定事項だ。もう変えられんよ」
 ▼ 533 1◆J44kAZeDOM 16/08/02 22:42:53 ID:lklIm0X6 [5/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は、なおも彼女を見詰めた。

彼女は、笑顔で言う。


「心配しないでよ、カズオ。これでも私だって、面倒な過去があるんだから」

「彼女は、その溢れる才能を隠しきれず、出る杭として打たれたのだ」

「いや、要約し過ぎです。そんな簡単に……」

「どう違うと言うのだ?」

「まあ、言っちゃうとそうなんだけど……」

「報告、楽しみにしている」

「……わかってますよ」
 ▼ 534 1◆J44kAZeDOM 16/08/02 22:43:28 ID:lklIm0X6 [6/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は、何も聞いていない。

彼女は、そんな僕を気遣ってか、全て説明してくれた。


「私ね……いじめられてたの。成績が良くって、クラスのリーダー格から目を付けられてさ。全く、私が頭いいなんて思えるとか、よっぽどのバカなんじゃないの。

 私は、0からじゃ何も生みだせないような凡人。カズオみたいな天才を前にして、成績の良さ、その他もろもろの私の能力なんてないようなもんだよ」


否定しようとしたが、構わず彼女は続けた。


「でも、周りのバカはそう思わなかった。そして、私を、執拗なまでにいじめた。それが私のトラウマ。

 ……周りの事バカなんて思ってるから、いじめられたのかもしれないけど。

 どんないじめだったとかは、カズオはどうでもいいだろうね。私も思い出したくないからカットするけど」
 ▼ 535 1◆J44kAZeDOM 16/08/02 22:44:13 ID:lklIm0X6 [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は、続きを促す。

彼女は、戸惑ったような顔をして、「もう終わりだけど」と告げた。


「まあ、強いて言うなら、そんな状況から私を連れ出してくれたトギリには感謝してるって事ぐらいかな」
 ▼ 536 1◆J44kAZeDOM 16/08/02 22:44:46 ID:lklIm0X6 [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その翌日。

数値上では絶対に成功する。

それを確認する事で、彼女の無事を祈った僕は、彼女を実験台として、初の起動を開始した。


「ドキドキするな……。私、行って来るね」


軽く頷いて見せる。

彼女が、僕たちの創り上げた機械の中へ吸い込まれて行く。

そして、もう片方の入口に、ある1匹のポケモン――イーブイ――を入れる。

僕は、静かに、丁寧に、ボタンを押した。
 ▼ 537 CSn9vcIqE6 16/08/03 12:58:36 ID:24R6mD7w NGネーム登録 NGID登録 報告
支援です…!
 ▼ 538 1◆J44kAZeDOM 16/08/03 19:50:40 ID:5tGMsv8E [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







5章 リオとローネとイブ






 ▼ 539 1◆J44kAZeDOM 16/08/03 19:51:02 ID:5tGMsv8E [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


どのぐらいの間、そうしていただろう。

時間にすればわずか、しかし少女にとっては永遠。

そんな最中、男が不意に腰をあげた。

露出した物を納めながら、未だ快楽に耽る仲間へ言う。


「そろそろ誰か来るんじゃねぇか。行こうぜ、こいつだけ攫ってな」

「ちぇっ。もう少し、もう少しだけ……」

「いい加減にしろ。引き際を間違えたらとんでもない事に――」


男は、最後まで言い切る事が出来なかった。

刹那、扉が吹き飛ばされる。
 ▼ 540 1◆J44kAZeDOM 16/08/03 19:52:08 ID:5tGMsv8E [3/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「悲鳴が聞こえたってんで来てみたが……あんたら、何してんだい!」


男は、片割れを睨み付ける。

睨まれた方は、肩をすくめてみせると、目の前に現れた女性に対して啖呵を切った。


「てめぇみたいな♀が来た所で、今さら何かが変わる訳じゃねぇんだよ!」

「あらそうかしら。なら、かかってきなさいよ」

「言われなくてもぶっ殺してやるよ。なあ?」

「……あんまし殺す殺す言うな。弱く見える」

「ふんっ、あんたはわかってるみたいだね。弱い奴程よく吼える」

「んだとてめぇ! ぶっ殺す!」
 ▼ 541 1◆J44kAZeDOM 16/08/03 19:52:25 ID:5tGMsv8E [4/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
しかし、彼らは、目の前の女性に対して、歯も立たなかった。

彼らの拳はかすりもせず、面白いように彼女の拳は突き刺さる。

少女は、その光景をボーゼンと見詰めていた。

どさり、と気絶した男たちの肉体が積み重なる。


「ふぅ……大丈夫かい?」


その声を聞き、少女の意識は、安心したのか、プツリと途切れた。
 ▼ 542 1◆J44kAZeDOM 16/08/03 19:52:47 ID:5tGMsv8E [5/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「リオ、場所は聞かなかったの?」

「いや、聞いた。それにしても……ローネ、遅いね」


不意に、ローネも連れ去られたんじゃないかと言う考えが胸を襲う。

不吉な考えを首を振って振り切った。


「……とりあえず、そのユキメノコだよ。なんとかして捕まえないと」

「じゃあ、僕が囮になるよ。それで誘き出せばいいんでしょ?」

「でも、リオみたいな子どもじゃ――」

「マイナンだって子どもだよ。僕でも絶対大丈夫」

「……そっか。リオなら、きっと、倒せるよね」

「こんな時に備えて鍛えてたんだから。心配しないでよ」

「……うん」
 ▼ 543 1◆J44kAZeDOM 16/08/03 19:53:30 ID:5tGMsv8E [6/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
イブがごはんを作り始める。

僕は、戦いに備えて、眠りに落ちた。

夢すら見ずに、グッスリだった。

おいしそうな匂いに目を覚ますと、イブがお皿を配膳していた。


「あっ、出来たんだ。ローネはまだなの?」

「うん。遅いね。用事ってなんだったんだろ……」

「ローネ、まだかな……」

「でもとりあえず、リオは先食べちゃいなよ。腹が減っては戦は出来ぬって言うしね」

「……うん」


心配が頭の中を駆け巡る。

けれど、僕にはどうしようもなかった。
 ▼ 544 1◆J44kAZeDOM 16/08/03 19:54:42 ID:5tGMsv8E [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ねえイブ」

「ん? どうしたのリオ」

「ニンゲンって、悪い奴ばっかりじゃないんだよね」

「なんで?」

「ポケモンにも悪い奴はいる。ローネのお父さんとか、他にもいろいろ。だけど、いいポケモンだっていっぱいいる。

 ニンゲンも、そのはずなんだ。もし、悪いニンゲンが襲って来ても、いいニンゲンは止めてくれる。だよね?」

「……うん」

「だから、心配する事はないんだよね」

「……」

「ローネは、帰って来る。絶対に。だから、僕たちは、マイナンを取り返そう」

「うん」
 ▼ 545 1◆J44kAZeDOM 16/08/03 19:55:03 ID:5tGMsv8E [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そんな決意を掲げ、夜になるまで待った。

そうして僕たちはママとローネに置き手紙を残し、家を出て行った。

降りしきる雨の中、1歩1歩、着実に歩を進める。

僕たちは、間違いなく、真実に近付いて行っていた。
 ▼ 546 リヤード@ギャラドスナイト 16/08/04 19:35:50 ID:5mYlqbmU NGネーム登録 NGID登録 [s] 報告
頭ごっちゃでストーリーよく分かんないから誰か説明
 ▼ 547 1◆J44kAZeDOM 16/08/04 20:19:21 ID:g7PqdvY2 [1/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「この辺に待機してればいいかな」

「ちょうどポケ影もない感じだしね。イブ、隠れてて。僕が、適当に歩いてるから」

「うん」


そう言うと、イブは茂みの中に潜り込む。

僕は、夜中に待ち合わせた相手が来ない、と言うような演技を始めた。

背筋が震える。

夜の闇の記憶は、僕を未だに縛る。

けれど、逃げていてはいけない。

僕は、強くなった。

絶対に、逃げたりなんかしない。
 ▼ 548 1◆J44kAZeDOM 16/08/04 20:20:00 ID:g7PqdvY2 [2/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
どのぐらいの間そうしていたであろうか。

突如、声を掛けて来た女性がいた。


「坊や、こんな所で何しているんですか?」


振り返る。

白い頭からは2つの手が垂れ下がり、腰の辺りにリボンを結んだその姿。

紛れもなく、ユキメノコだった。
 ▼ 549 1◆J44kAZeDOM 16/08/04 20:20:21 ID:g7PqdvY2 [3/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は歯を食いしばりながら、言った。


「あなたを待ってたんだ。……マイナンを、返せっ!」


そう言うと、僕はかみつくを繰り出した。

ユキメノコはゴーストタイプ。

はっけいも、グロウパンチもフェイントも効果がない。

だから、ひたすらにかみつくだけだ。僕は、それしか出来ない。

「キャ」っと小さく悲鳴をあげたユキメノコは、しかし僕の敵意を認めて、微笑んだ。
 ▼ 550 1◆J44kAZeDOM 16/08/04 20:20:44 ID:g7PqdvY2 [4/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「なるほど……そんなに私に氷漬けにされたいのでしたら、遠慮なくして差し上げますわ」

「やれるもんならやってみな」





火ぶたは、切って落とされる。
 ▼ 551 1◆J44kAZeDOM 16/08/04 20:21:30 ID:g7PqdvY2 [5/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「食らいなさいっ!」


そう言ってユキメノコが繰り出したシャドーボールは、闇夜に紛れて判別しにくい。

しかし、そのぐらいでどうにかなる僕ではない。

風切り音を頼りに、僕は相手の攻撃を回避した。


「やりますわね。だけど、これはどうかしら?」


そう言うと、軽く息を吸い込み、青く輝く光線を放った。

それに触れた雨が、瞬く間に凍り付き、僕は肝を冷やした。

慌てて回避すると、それは僕を追いかけて来る。

「うわっ」と叫んで僕は飛び回った。
 ▼ 552 1◆J44kAZeDOM 16/08/04 20:22:11 ID:g7PqdvY2 [6/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「うふふ、攻撃して来ないと勝てないですよ」

「わかってるっての……」


僕は頭の中で、ほとんど本能的に最適解を導き出す。

相手が僕の事を追尾するなら相手を騙せばいい。

僕は、軽く体を左に揺らした。

ビームがそれを追いかける。

しかし、僕の重心は、右に残ったままだった。

ニヤリと笑って、僕は一気にユキメノコに接近する。


「なっ、ふぇ、フェイント?!」
 ▼ 553 1◆J44kAZeDOM 16/08/04 20:22:46 ID:g7PqdvY2 [7/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「うがあっ!」


口を大きく開いて、ユキメノコの胴体にむしゃぶりつく。

やった。

心の中で快哉を叫ぶ僕に、しかしユキメノコは笑って言った。


「残念ね。確かに痛いけど、だけどゼロ距離なら、外れる心配もないでしょう」


妖艶なその笑みに、僕の背筋は凍り付く。


そして、凍り付くのは背筋だけではない事を知る。




「食らいなさいっ!」
 ▼ 554 1◆J44kAZeDOM 16/08/04 20:23:50 ID:g7PqdvY2 [8/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は口を離し、回避を試みた。

しかし、全てが遅すぎた。

ユキメノコから放出される冷気は、僕を突き刺す刃となる。

体中が凍り付き、目を開ける事すらままならない。


「ふ、吹雪……か」

「命中率が不安なので、こういう状況でもないと使えないんですの」


視界が、徐々に黒く塗り潰されて行く。
 ▼ 555 1◆J44kAZeDOM 16/08/04 21:45:01 ID:g7PqdvY2 [9/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
口も開けない。

僕はただ、耐えた。

そんな時、イブの声が聞こえた。

それは、闇の中に差し込んだ一筋の光となる。


「リオ! 体を動かして! 出来るだけ早く!」

「まだ誰かいるのですか」


ユキメノコは吹雪を中断した。

僕は、イブの言葉に従い、少しずつ体を揺らす。

ユキメノコは、イブの隠れている茂みの方へ近付いて行った。

早く止めないと。

その感情ばかりが先走り、ほとんど自由を欠いた肉体がもどかしくてたまらない。

それでも、少しずつ、体は温まって行く。

イブ、待ってて。

絶対に、助けるから。

もう誰も、僕の前で傷付けさせたりなんかしない。
 ▼ 556 1◆J44kAZeDOM 16/08/04 21:45:40 ID:g7PqdvY2 [10/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
体が完全に温まった頃、走る音が聞こえた。

それを頼りに向かって行くと、ユキメノコがイブを隅に追い詰めていた。

僕は、慌てて飛びかかる。


「きゃっ! ふう、あなた、無事でしたのね。そうだ、いい事思い付きましたわ」


闇夜に似つかわしくない能天気な声。

しかし、僕の体は震えた。

彼女は、強い。

そいつが思い付いたいい事ってのは、まあ「いい事」なんだろう。

だから、怖かった。

ユキメノコが、口を開く。


「あなたに、このイーブイを仕留めてもらう、と言うのも楽しいかもしれません」
 ▼ 557 1◆J44kAZeDOM 16/08/04 21:46:55 ID:g7PqdvY2 [11/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
驚きが、僕を襲った。

僕が、イブを仕留める?

ユキメノコは、小さく笑って、僕の方を見やった。

そして、何やらハート型の思念を飛ばす。

メロメロだ。今度こそ、僕は絶句した。

僕は、その直撃を受ける。



「さあ、これであなたも、私の忠実なる僕です。さあ、このイーブイを倒しなさい。殺さない程度に」

「……」
 ▼ 558 1◆J44kAZeDOM 16/08/04 21:47:17 ID:g7PqdvY2 [12/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
イブは、黙っている。

僕は、ユキメノコの方へ接近して行く。


「どうしたのですか?! 速くこのイーブイを――」



ユキメノコが、最後まで言葉を言い終える前に、僕はかみつくを繰り出していた。

もちろん、イブではなく、ユキメノコに。



「な、なぜ……」




動揺に、先程まで以上のダメージを受けたのだろうか。彼女は、地にその体を横たえた。
 ▼ 559 1◆J44kAZeDOM 16/08/04 21:47:47 ID:g7PqdvY2 [13/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告










「だって……」









「僕、実は、♀だから」




 ▼ 560 4utkX8E9U2 16/08/04 21:49:13 ID:Ru9KHeKE NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 561 1◆J44kAZeDOM 16/08/05 14:39:42 ID:wZM3ExIs [1/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「本当に、そうなんだ……」と、イブが呟いたのを聞いた。

僕は、声をあげる。


「ユキメノコっ! 僕にメロメロは効かない! 大人しく降参しろっ!」

「ふっ、ふふふふふ」

「何がおかしいっ!」

「降参? 原因がわかったら、何てことない。未だ私の有利は変わりませんわ」

「なっ!」

「あっ、危ないリオ、避けてっ!」


雨は、ザーザーと降り続いている。

僕も、気配を察知はした。

しかし、暴露した後の心の隙が、僕の足取りを一瞬遅らせた。
 ▼ 562 1◆J44kAZeDOM 16/08/05 14:40:04 ID:wZM3ExIs [2/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「なるべく生け捕りにしたかったのですけど……!」


ユキメノコが、横たわったまま、物凄い勢いで冷気を放ち始める。

周りの雨が凍り付き、本当に鋭くとがる。


「食らいなさいっ!」


吹雪。氷の刃が僕を襲う。


「ぐああっ!」


うめき声が口から漏れ出る。


「リオっ!!」

「ふん、私に逆らうからこうなるのです」
 ▼ 563 1◆J44kAZeDOM 16/08/05 14:40:45 ID:wZM3ExIs [3/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は、徐々に、暗い深淵へと潜って行く。

既に蘇った記憶が、それでもなお、僕を蝕んだ。

しかし、今回ばかりはそれに感謝しないといけないのかもしれない。

僕は、そいつらから逃れたくて、必死に現実世界へ意識を残そうとしたのだから。
 ▼ 564 1◆J44kAZeDOM 16/08/05 14:41:20 ID:wZM3ExIs [4/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「イブ……逃げて……」

「そんなっ! 無理だよ……」

「ふっ、美しき友情です事。あなたも、これでおしまい――」




その刹那。





ユキメノコの声が、消えた。
 ▼ 565 1◆J44kAZeDOM 16/08/05 14:42:13 ID:wZM3ExIs [5/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ユキメノコの体に向かって、何やら赤いビームが伸びている。

その光源を探ると、赤と白のボールがある。


「な、なんですの……? なんで私が……?」


そう言うや否や、彼女は、そのボールの中に吸い込まれた。
 ▼ 566 1◆J44kAZeDOM 16/08/05 14:42:57 ID:wZM3ExIs [6/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
薄れゆく意識の中、その光景に対して、ただ、美しい、と思った。

それ以外の、例えば恐怖と言った感情は、もはや存在していない。

ただただ、美しかった。

僕の心は、切実に闇を求めている。

ずっと、ずっと。

自ら創り上げた光の中で生きていた僕は、ずっと、闇を求めていた。

きっと、自分でも気付かない内に、ほとんど本能で。

そんな闇が、そこにはあった。少なくとも、僕にはそう感じた。

その陰には、ニンゲンがいる。

僕は、笑った。

誰にも聞かれない程か弱く、小さな声で、笑った。
 ▼ 567 ビビール@まひなおし 16/08/05 14:46:22 ID:t3NZK8lA NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
本格的に人間が出てきたな
 ▼ 568 1◆J44kAZeDOM 16/08/05 19:40:50 ID:wZM3ExIs [7/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「リオ、もう大丈夫だよ。……だけど、寂しくなる」


イブは、傷だらけの僕に、オレンの実を差し出すと、唐突にそう言った。


「もう、私は、あなたとは二度と会えないと思う。

 ずっと、あなたといたかった。

 あなたの事が、好きだった。

 だけど……ううん、だから、あなたと一緒にいられない」


発言の意味もわからず、僕は、そこで寝転がったまま、その言葉を聞いていた。


「私は、元人間。そして、もうすぐ、人間に戻る」


ああ、そうか。訳もわからないままに、諦めが胸を覆った。

やっぱり、そうなんだ。イブは、ニンゲンだったんだ。
 ▼ 569 1◆J44kAZeDOM 16/08/05 19:41:29 ID:wZM3ExIs [8/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……私は、もうすぐ人間に戻る。……もし、もしまた私があなたを見付けたら。

 これだけは覚えておいて。9×9は?」

「……81」

「正解。リオは、バカなんかじゃないよ、きっと。私の中に、いろんな物を産み出した。

 0から、たっくさん。だからリオは、天才なんだよ。

 だから、心配いらない。私は、もう帰るね」






 ――バイバイ
 ▼ 570 1◆J44kAZeDOM 16/08/05 19:41:55 ID:wZM3ExIs [9/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
先程物陰にいたニンゲンの方へ走り去るイブ。

それを見て、確信した。

ああ、やっぱり、誘拐は、ニンゲンの仕業だったんだ。

あのボールに、ポケモンを捕らえて、連れ去ってたんだ。
 ▼ 571 1◆J44kAZeDOM 16/08/05 19:42:19 ID:wZM3ExIs [10/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕はフラフラと立ち上がると、イブが走り去った方とは逆側に歩き始める。

オレンの実は、食べない。

雨はまだ降り続く。

歩く先に、ようやく目的地が――雨の中、明るく照らされた家が見える。

僕は、そのままそこへ向かって歩いた。

そして、扉を開く。
 ▼ 572 1◆J44kAZeDOM 16/08/05 19:42:58 ID:wZM3ExIs [11/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「えっ、ど、どうしたのリオル?!」と、出迎えたプラスルは言った。

けれど、傷だらけの僕は、ただ笑って、言う。


「わかったんだ……。プラスル、マイナンをさらった犯人は、ニンゲンなんだ……」


そして、僕は完全に意識を手放した。
 ▼ 573 1◆J44kAZeDOM 16/08/05 19:43:29 ID:wZM3ExIs [12/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――

ローネは問いかける。

僕に向かって、ただ、問いかける。

僕は、その拳をわなわなと震わせながら、ローネを見据えた。

ずっと目は逸らされないまま。

そこには、ローネの覚悟が滲んでいた。

ねえ、なんで?

その問に、僕は、答えられなかった。

受け止めきれずに、走って逃げた。

――
 ▼ 574 ーイーカ@するどいツメ 16/08/05 19:44:32 ID:wZM3ExIs [13/13] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
今日はここまでです

>>546
VSユキメノコの最中に分かった事を元に4章を読み返すと、恐らくかなりスッキリすると思います
 ▼ 575 クリン@チルタリスナイト 16/08/06 00:10:35 ID:o2gV9kXw NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
どうなるのだろう
 ▼ 576 ロバレル@むげんのふえ 16/08/06 08:01:58 ID:nJsxB8SA NGネーム登録 NGID登録 [s] 報告
>>574
ありがとうございます!
支援
 ▼ 577 1◆J44kAZeDOM 16/08/06 19:46:45 ID:8LFFJ2l. [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
目を覚ました時、僕は、マイナンの部屋にいた。

よく遊ばせてもらった部屋だ。

つまり、さっきのは、夢だったのだろう。

不意に痛みが体を襲い、顔をしかめた。


「大丈夫? リオル」


プラスルが心配してか声を掛けて来る。


「うん。イブも、ローネも、いなくなっちゃったけど」


ローネは、きっと、もういない。

イブがニンゲンだって問い詰めたから、あのニンゲンに連れ去られたんだ。


「えっ、それ、どういう……」

「ニンゲンに連れ去られたんだ、きっと」


僕は、うわ言のように、そればかりを繰り返した。
 ▼ 578 1◆J44kAZeDOM 16/08/06 19:47:42 ID:8LFFJ2l. [2/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
今度気付いた時には、病院のベッドの上。

体中に包帯が巻かれていた。

今日は月曜日。普通なら学校に行っているはずだった。

だけど、僕は今、それどころじゃない。

ようやく自分の事が見え始める。

ケガが酷い。オレンの実の汁が点滴の袋に入っていて、それからつながった管が、僕の腕に刺さっていた。

さすがに眠る気にもなれず、僕は、窓から差し込む光をただただぼーっと眺めていた。
 ▼ 579 1◆J44kAZeDOM 16/08/06 19:48:33 ID:8LFFJ2l. [3/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
どれぐらいの間そうしていただろうか、不意に扉が開かれる音が聞こえた。

そこから入って来たのは、ママだ。

ママは、目覚めた僕を見るなり、僕の頭を優しく撫でた。


「よかった……。よかったリオル」

「ねえママ、僕、思い出したよ。

 全部、全部思い出した」


ママの目には、驚愕が浮かぶ。
 ▼ 580 1◆J44kAZeDOM 16/08/06 19:49:12 ID:8LFFJ2l. [4/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ローネは、たぶん、僕が本当は♀だって事を使ってイブがニンゲンなんだって証明しようとしてるんだと思う。

 ニンゲンは、きっと、ポケモンの性別を簡単には見分けられないらしいんだ」

「とりあえず、詳しく聞かせてもらえるかい?」

「いいよ、わかってる」


僕は、全て説明した。

僕に問いかけたローネ。

悩み、そして話し掛けて来たギルガルド。

イブと一緒にユキメノコと戦った事。

ユキメノコがニンゲンに捕まった事。

そして――全て思い出した、その内容も。

ママは、途中で、「そういやイブに言うの忘れてたっけ……リオルについて」と呟いた他は、一言も口を挟まずに聞いていた。

話し終わると、ママが言う。


「思い出したんだ」
 ▼ 581 1◆J44kAZeDOM 16/08/06 19:50:15 ID:8LFFJ2l. [5/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「うん。あっ、そんな事より! ローネはどこに行っちゃったの?!」

「それが、わからないんだ。行方不明なのかもしれないけど……」

「やっぱり。イブを問い詰めたから――」


僕は呟いた。
 ▼ 582 カチュウ@やけどなおし 16/08/06 19:50:28 ID:7L7.3KvI NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 583 1◆J44kAZeDOM 16/08/06 19:51:48 ID:8LFFJ2l. [6/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ママが帰って行き、しばらく僕は、寝転んでいた。

と、お見舞いが来た。

プラスル、ミミロル、シシコだ。


「リオル、大丈夫かお前!」

「どーだろ。大丈夫じゃないかも」

「ねえリオル。これだけ聞かせて。マイナンは、無事なの?」

「わかんない。ニンゲンに連れ去られた後どうなるかまでは」


そう、わからないんだ。

今頃、ローネが、何をしているのか。

しばらく心配そうに僕の周りに佇んだ後、お医者さんが来たからと言ってみんなは帰らされた。

治療を受けながら、僕はただただ、悩んでいた。

イブが、ローネをどうしたのか。

ローネは今、何をしているのか。
 ▼ 584 1◆J44kAZeDOM 16/08/06 19:52:17 ID:8LFFJ2l. [7/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


何もされなかった。

本当に、何もされなかった。


しかし、あくまでもそれは、



イブからは、の話であるが。
 ▼ 585 ンダー@ユキノオナイト 16/08/07 15:23:54 ID:5WYxfzxI [1/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 586 1◆J44kAZeDOM 16/08/07 20:11:18 ID:Inj3qexo [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――――

「それならあなたは……ニンゲンだよ、イブ」

「……どうして? どうしてリオを好きになったら――」

「だって、リオは、本当は♀だから」

「……え?」

「あたし、ニンゲンに関していろいろ調べてた! そして、ニンゲンは、そう簡単にポケモンの性別を知る事が出来ないってわかったんだ!

 リオは、本当は♀。だけどみんな、それをわかってて、絶対直接言わないようにって先生に言われてるの。

 本当に、命に関わりかねないからって、先生が、リオ以外のみんなに。冗談でも言っちゃいけないって。

 それ程までにタブーなんだけど……何があったのかは、だからわからないけど。

 だけど、あたしは聞いた。なんで隠してたのかって。

 まあ、リオは答えてはくれなかったけどね。

 でも、それを訊く覚悟が出来たのは……あなたのお陰だよ、イブ」
 ▼ 587 1◆J44kAZeDOM 16/08/07 20:12:04 ID:Inj3qexo [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「え、私?」

「うん。変わろうとしないと、前には進めない。それを教えてくれたのは、イブ、あなただよ」

「……そっか。ありがとう、話してくれて。問い詰めてくれて。ようやく、私、楽になれたよ」

「で、どうする? ここには誰もいない。あたしを連れ去るんだったら、今だよ」


その声を聞いて、イブは、わなわなとその体を震わし始めた。

目が、途端に怒りに塗り潰されて行く。


「……バッカじゃないの、この低能」
 ▼ 588 1◆J44kAZeDOM 16/08/07 20:12:47 ID:Inj3qexo [3/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「え?」

「私たち、そんな関係?! あんたは、私を信じてくれなかったの?! 私が人間だからって、私たち、友達になれないの?!

 ……嫌だよそんなの。私を天才だとか言って遠ざけた、あいつらとなんも変わんないじゃん。

 お願いだから、否定して。私は――あなたと、みんなと、仲良くなりたかっただけなのに。

 それだけだったのに……」


イブは、泣いた。

あたしは、どうする事も出来ずに、ただ、そこに立ち竦んだ。
 ▼ 589 イコウオ@つららのプレート 16/08/07 20:12:53 ID:5WYxfzxI [2/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 590 1◆J44kAZeDOM 16/08/07 20:13:57 ID:Inj3qexo [4/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……ごめん、ずっと騙してた事、それは謝る。

 この世界の情報は、確かに向こうに伝えてた。

 だけど……良ければ、日記見てみなよ。私の机の引き出しの中にあるから。

 それで、カズオに連絡取ってたんだ、毎晩」


あたしは、何も言わずに、言われた通りにした。

カズオとは誰なのか、あたしは全くわからなかったけれど、そんな事を言う気にもなれない。

そんな事は、日記を読めば、ある程度はわかるだろう。
 ▼ 591 1◆J44kAZeDOM 16/08/07 20:14:43 ID:Inj3qexo [5/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
イブの日記

やって来た傍からサザンドラをリーダーとしたグループに襲われた。
だけど、その後で、リオルが介抱してくれたの。
やっぱり、いい奴、悪い奴、どっちもいるのは人間と変わらないみたい。
とにかく、実験は大成功みたい。このイーブイ、もう完全に自分の体だよ。

いろいろと事情聴取された。
警察とか、こっちの世界もいろいろ組織立ってるんだなぁと思うと、そっちの世界にもし人間がいなかったら、どうなってたんだろうね。
結局人口の増え過ぎで世界的な危機になったりして(笑)

チョロネコって言うクラスのめっちゃ静かな子が気になる。
いじめはないみたいだけど、絶対心に傷があるレベルだよあれ。
なんとかして助けたい。
わかってる、こっちの世界の情報についても、ちゃんと伝える。でもまずは、チョロネコを助けたい。


「あたしを――」
 ▼ 592 1◆J44kAZeDOM 16/08/07 20:15:45 ID:Inj3qexo [6/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そこからも、日記の記述は続く。

イブは、この世界の光も闇も、包み隠さずに伝えていた。

けれど、そこに、悪い感情はなかった。

闇に悲しみ、光に喜ぶ、素直な感情。

イブは、きっと、あたしたちのこの世界が好きなんだ。

それが、ひしひしと伝わって来た。

けれど、それは同時に、誘拐へのニンゲンの関与をも伝えている。

イブは心を痛めているが、何も出来ないと嘆く。

そして、それを隠したまま、見付かるはずもないマイナンを探していたのだ。

イブは、ニンゲンの仕業だと気付いていた。

そして、そんな出会いをしたままで、ニンゲンとポケモンが交わるのは危険だと言っていた。

彼女は、闇を取り払おうとしている。少なくとも、それを願っている。

それだけ確認して、あたしは日記を閉ざす。
 ▼ 593 1◆J44kAZeDOM 16/08/07 20:16:26 ID:Inj3qexo [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
イブは、いなかった。

リオを探しに行ったのか、それともただ、隠れているのか。

あたしは、「イブの机の引き出しの中を見て」とリオの枕の上に置き手紙を残して、家を後にした。

あたしは、あたしに出来る事をするだけ。

あたしに出来る事は、♀を武器にする事、ただそれだけだ。

でも、これでいいや。

あたしは、戦える。

あたしなりのやり方で、イブの想いを遂げる。
 ▼ 594 1◆J44kAZeDOM 16/08/07 20:18:04 ID:Inj3qexo [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
となると、出来る事と言えば、キリキザンの所に出向く事だった。

そして――


「え、ニンゲンとの交易を、考え直せ?」

「はい。お願いします」


あたしは、全て説明した。


「だから、ニンゲンと交わるには、まだ早いと――」


あたしの言葉は、扉を開く音によって阻まれた。
 ▼ 595 ッパ@シャドーメール 16/08/07 20:18:34 ID:5WYxfzxI [3/3] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 596 1◆J44kAZeDOM 16/08/08 20:03:38 ID:a2ANaMUI [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その気配を感じつつ、あたしは、冷たい汗を流す。


「へえ、いつからあなたはそんな子どもの言う事を素直に聞くようなヒトになったんですかね」

「なっ――」


あたしも、声が聞こえた方を振り返る。

そこには、この前ニンゲンに言い寄られていた、♂のミミロップが立っていた。


「キリキザンさん、その子は、一体何なんですか?」

「あ、いや……」

「バカなヒト。なんでわざわざ、よりにもよって小学生なんかに……」

「いや、これはだな、そのぉ……」

「おじさんなんです、実は」とあたしは助け船を出したが、絶対零度の目線をこちらに向けるミミロップには、恐らく通じないだろう。
 ▼ 597 1◆J44kAZeDOM 16/08/08 20:04:23 ID:a2ANaMUI [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
迂闊だった。確かに、あたしの存在は、キリキザンにとってはただの危険分子。

それはわかっている。むしろ、あたしもそれを利用していたと言っていい。

だが、まさか、それを断罪しようとしている奴が、こんな間近にいるとは思っていなかった。


「あのね、チョロネコちゃん。ここは、お遊びで来ていい場所じゃないんだよ」

「……知ってるんだ、こいつが、あたしの元客だって事」

「はい。まあ、正直あの対応見てそうだろうなぁとは思ったけど……」

「やはりそうでしたか」


唐突に姿を現したのはカクレオン。

驚きのあまり、あたしは悲鳴をあげてしまった。
 ▼ 598 1◆J44kAZeDOM 16/08/08 20:04:56 ID:a2ANaMUI [3/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……キリキザンさん、見損ないましたよ。まあ、始めからそれに関して調べろとも言われてたんですけどね。るぅ姉から」

「えっ、それって一体……」

「あんた、この子の所に通ってたんだろ? 自分の立場もわきまえないで」

「ちょっ」


なんて最悪なタイミング、と悪態を吐く。

カクレオンの険しい視線は、キリキザンの刃物のような体を貫いていた。
 ▼ 599 1◆J44kAZeDOM 16/08/08 20:06:43 ID:a2ANaMUI [4/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「チョ、チョロネコちゃ――」

「あんたは黙れ、余計にややこしくなるから。

カクレオンさん、どういう事? 頼まれてたって」

「顧客リスト。あの店から押収されたのに、こいつの名前があった。で、可能性があるかもしれないから調べろって。チョロネコの客だったのか、どうか」

「それ、あたし言ったのに……」


容易に想像できる。あたしの前で激情をこらえつつ、1匹になった途端、

「ったく、大臣のクセになんて事してんだい! そんな奴に任せとけないよ! この国を!」

と言っている彼女を。

ため息を吐いた。警察の中でもいろいろ面倒だろうから、こうしてカクレオンに依頼したのだろう。

本当に、よりにもよって、なんで今。

まあ、あたしがいる時がよかったのだろうけど。
 ▼ 600 1◆J44kAZeDOM 16/08/08 20:07:28 ID:a2ANaMUI [5/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ミミロップさん、ここはあたしに免じて許してくれませんかね。

 あたしが納得すれば、それは事件にはならないでしょ。だって、被害者なんだから」

「そう言う問題じゃない。こいつは、犯罪者だ。そんな奴を内に飼っていたらこの国全体のイメージが低下する。

 これからのニンゲンとの交流にも支障が出るのは間違いない。

 それに、これは親告罪じゃない。君が納得してようと、僕たちは彼を罪に問える」

「だから、あたしはそのニンゲンとの交流を――」

「……君は、どこまで知っている?」


唐突な問いかけ。
 ▼ 601 1◆J44kAZeDOM 16/08/08 20:08:30 ID:a2ANaMUI [6/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、困惑しながらも、答える。

今の発言だけで何かしらを疑った彼は、恐らく、ニンゲンと接触がある。

白日の下に晒せないような、そんな、黒い接触が。

けれど、あたしは、彼に対してカードを隠しきれる、とは到底思えなかった。


「たぶん、何から何まで」

「ふん、じゃあ、無事に帰す訳にはいかないみたいだ」


ミミロップの目に、残忍な光が宿った気がした。

キリキザンの方を見やると、ぶるぶる震えている。

情けない奴。

「どういう事だ? チョロネコを倒す理由なんてどこにも――」とカクレオンが言ったが、その声は、ミミロップの攻撃に掻き消された。

「うおりゃっ!」


その拳は、あたしを狙って猛威を振るう。
 ▼ 602 1◆J44kAZeDOM 16/08/08 20:09:42 ID:a2ANaMUI [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
それを間一髪かわして、あたしはほっと息を吐いた。

リオの特訓をいつも眺めていたお陰だ。パンチの軌道が、ギリギリ読める。


「ちょ、どうしたんですかミミロップさん!」と、カクレオンが言う。

「これ以上知ってしまったら、あなたも無事では済みません。あなたは何も知らない。いいですね」


その会話の隙に、あたしは、爪を研いだ。

集中力をあげ、ついでに攻撃力もあげる。

戦うつもりは毛頭なかったが、一応自分の技ぐらいは把握している。

つめとぎ、つじぎり、ねこだまし、ねこのて。

最悪、猫騙しで驚かせつつ辻斬りを決めて逃げる、なんて事も視野に入れなければならない。

カクレオンは、恐らくあたしの敵になったりはしないだろう。

だから、ミミロップだけを撒けばいい。

ミミロップは不敵な笑みを浮かべる。

しかし、あたしの心配は、杞憂に終わった。
 ▼ 603 1◆J44kAZeDOM 16/08/08 20:10:15 ID:a2ANaMUI [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「まったく、無駄な争いはしたくないんですけど、あなたがその気なら、いいですよ、わかりました。

 ワタクシ、あなたを倒させて頂きます!」

「いいんですか? 国家権力が潰しに来ますよ」

「構いません。るぅ姉の子どもを守るためなら!」


カクレオンの方を見やると、その目は、闘志に燃えていた。

安心して、あたしはミミロップの方を向く。


「この子は何も悪くない! 巻き込むな!

 チョロネコちゃん、今の内に逃げて」

「ありがとうございます」


小声で会話を済ませ、あたしはミミロップの隙を突き、部屋を後にした。

その際、チラリとバトルを見てみると、とんでもない激しさでパンチが飛び交っていた。

ダメだ。これは到底あたしについて行ける世界じゃない。

三十六計逃げるに如かず。あたしは、カクレオンの勝利を祈った。
 ▼ 604 レキッド@くろいビードロ 16/08/08 20:12:51 ID:fAhHkS.g NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 605 1◆J44kAZeDOM 16/08/09 21:10:13 ID:F.Z8SRvA [1/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
暗闇の中、あたしは、鉢植えの陰、曲がり角の陰、そう言った物を駆使して外へ向かう。

幸い、あたしの体毛は黒い。

闇に紛れさえすれば、見付かる事はないだろう。

音を立てないように気を付けながら、絨毯敷きの廊下を歩いた。

それにしても、どうしてわざわざ明かりを消しているのだろう。

何かしらの事情があるのかもしれないし、たまたまかもしれない。

けれど、どうしようもなく嫌な予感がする。

そして、こういう予感ってのは、当たる物なのだ。
 ▼ 606 1◆J44kAZeDOM 16/08/09 21:10:36 ID:F.Z8SRvA [2/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
背後に、いつぞやのような視線を感じ、振り返る。

今度は、確かにいた。

気配だけではない。

ついに、あたしの前に姿を現した。


「あんたが、視線の主」


腕を細く、胴体の円形の部分に伸ばし――まあ、曲げているのだけど――その胴体は、まるで刀身。

こいつは、恐らくギルガルド。

闇の中でも、確かにそれが判別出来た。


「なんで、今まであたしを尾行して――きゃっ!」
 ▼ 607 1◆J44kAZeDOM 16/08/09 21:12:18 ID:F.Z8SRvA [3/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
最後まで言い切る事は、出来なかった。

こいつは、いきなり攻撃を仕掛けて来たのだ。

至近距離かつ唐突な攻撃に、回避する事は到底出来なかった。

あたしは、吹き飛ばされる。

衝撃で、意識がグラついた。

けれど、倒れる訳にはいかない。

リオが、あの家で待っているはずだ。

目の前の敵は、なぜか、苦痛に顔を歪めている、そんな風に見えた。

そして、盾を外し、手に掲げている。

つめとぎの効果は? と自問自答。

幸い、まだ残っていた。

今なら、もしかすると。
 ▼ 608 1◆J44kAZeDOM 16/08/09 21:14:05 ID:F.Z8SRvA [4/4] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、ギルガルドに躍りかかった。

そして、腕を横に大きく掻き切った。

確かな手応え。しかし、ギルガルドはビクともしない。

それどころか、むしろ、あたしの力が下がっているように思える。

ギルガルドは、その盾でもってガードしていたのだ。


「くっ」


攻撃も、防御も、どちらの力も高いポケモン。

今までバトルをした回数なんて数える程しかないあたしに、歯が立つはずもなかった。

そして、近付いた、と言う事はつまり、敵の攻撃が当たりやすい、と言う事も意味する。

目の前で、漆黒の玉が生成されていく。

あたしは、回避しようもなく、吹き飛ばされ、今度こそ意識を失った。
 ▼ 609 ーディ@てんかいのふえ 16/08/09 21:15:08 ID:gHtRBwLY NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 610 1◆J44kAZeDOM 16/08/10 20:53:41 ID:5ODKx2Zg [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


次の日お見舞いに来てくれたミミロルたちによると、ローネは、学校に来ていないという。

当然だ。

絶対、イブに連れ去られたんだ。

退院の時が来て、ママが迎えにやって来たけれど、僕の心は、ぐるぐる回って、着地点を見付けられずにいた。

空は青く澄み渡り、家を目指して歩くけれど、僕の心は、あの雨の夜に置き去りにされている。

イブ、どうしてなんだよ。

よりにもよって、なんで、僕なんだ。

なんで僕の前に現れたんだ、イブ。

イブ、イブ。

ローネを返して。

イブを返して。

また、一緒にいさせて。

お願いだから、誰か。

2匹を、返して。
 ▼ 611 1◆J44kAZeDOM 16/08/10 20:54:05 ID:5ODKx2Zg [2/7] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
部屋に戻って、ママは、警察の仕事へと戻って行った。


「イブたちを、絶対に取り返すから。だからあんたも、しっかりしなさい」


それだけ言って。

優しい目だった。

けれど、それすらも疎ましい。

僕はやさぐれて、布団に潜り込む。
 ▼ 612 1◆J44kAZeDOM 16/08/10 20:55:24 ID:5ODKx2Zg [3/7] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
と、置き手紙に気付いた。

この字は……ローネのだ。

懐かしさが込み上げてきたが、ぐっとこらえて目を通した。


「イブの机の引き出しの中を見て」


どう言う事だろうと気になり、見てみる事にした。


イブの机は、変わらずにそこにあった。

僕がイブを見付けて1週間も経たない内に、ママが買って来た物。

そこにあるイブの、ローネの痕跡。

僕の目の前で存在感を放つそれに、押しつぶされそうになりながらもなんとか引き出しを開け、本を手に取った。
 ▼ 613 1◆J44kAZeDOM 16/08/10 20:55:56 ID:5ODKx2Zg [4/7] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
そこにあったのは、確かなイブの文字。

ニンゲンである事、それでもこの世界が好きな事、そして、誘拐関連の疑念、そして。

ポケモンとニンゲンが出会い、交わると言う事。その、時期尚早さ。

僕の中で、イブが、どんどんわからなくなる。

イブは、敵なのか、味方なのか。
 ▼ 614 1◆J44kAZeDOM 16/08/10 20:56:40 ID:5ODKx2Zg [5/7] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
部屋に閉じこもり、何もする気が起こらないままにぐーたらしていた。

そもそも、もうこれ以上何かをした所で、僕が与えられる影響なんて、もう、何もない。

僕は、誰かを守りたかった。イブを、ローネを、守りたかった。

でも、無理だった。

結局僕は、誰かの助けがないと、何も出来ない。

自分1匹じゃ、何も出来ないんだ。

わかってた、本当は。だけど、そんな自分から、逃げ出したかった。


僕は、変わりたかった。

でも、変われなかった。
 ▼ 615 1◆J44kAZeDOM 16/08/10 20:57:15 ID:5ODKx2Zg [6/7] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
カーテンを閉ざし、光を遮断する。

今は少し、眩し過ぎる。

お日様の光が、辛い。

そう、僕は、どうもならなかった。

僕は、僕でしかない。

男たちに弄ばれ、♀としての大事な物を早々に失った挙句、♂のようになりながらも強くなり切れない、1匹の、リオル。

中途半端なだけの存在。

それなら、いっそのこと、消えてしまいたかった。
 ▼ 616 クーン@こうこうのしっぽ 16/08/10 20:58:06 ID:5ODKx2Zg [7/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
気付けば、頬を涙が伝っていた。

押し止めようとしても、内から湧き上がって来る。

肩を震わせ、僕は叫んだ。無言のままに。

声無き慟哭。

日記を床に叩き付け、布団に潜り込んだ。
 ▼ 617 1◆J44kAZeDOM 16/08/11 16:53:01 ID:0hM5B4a2 [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
もう、ずっとそうしていた。

気付けば、カーテンの奥が闇に染まっている。

けれど、何もする気になれない。

ごはんを作るのも、お風呂に入るのも。

何をしても、イブとローネの顔がチラついてしまうから。

死にたい。

不意に、そんな衝動に襲われた。

僕は立ち上がる。

そして、リビングに向かった。
 ▼ 618 1◆J44kAZeDOM 16/08/11 16:53:24 ID:0hM5B4a2 [2/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
適当にある紐を探し出し、何かかけられる物がないかを探す。

しかし、思った以上に見付からない。

そうしている内に、なんだかバカらしくなって、やめた。

座り込んで、そのまま床に寝転がる。

今までは、ずっとこうだった。

この家に1匹、退屈を持て余して。

イブが来てから、僕の毎日は、楽しかった。

椅子があり、机があり、台所があり、ブツダンがある。これだけだった空間に、イブとローネは、色をくれた。

ママの事はもちろん好きだけど、忙しくて、ほとんど家にいられないから、寂しさを紛らわせてくれる事は、あんまりなかった。

ため息がこぼれる。
 ▼ 619 1◆J44kAZeDOM 16/08/11 16:54:25 ID:0hM5B4a2 [3/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
そのまま眠ってしまったらしかった。

物音がして、目が覚める。

僕は、ビクンと体を動かした。

似てる。

あの景色と。僕の記憶と。

震えが止まらない。

怖い。

怖い。

助けて。

ママ、ママ、お母さん、お母さん……。
 ▼ 620 ガライボルト@ブリーのみ 16/08/11 16:54:57 ID:C6rLZ5u6 NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 621 1◆J44kAZeDOM 16/08/11 16:54:59 ID:0hM5B4a2 [4/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「ただいま。リオル、いるかい?」


扉を開けて入って来たのは、ママだった。

怖がる必要なんて、なかったのだ。

だけど、僕の恐怖は、なおも止まらなかった。

恐怖とは違うのかもしれない。

けれど、何かが僕の感情を支配している事に代わりはなかった。


「リオル、いないのかい? それならいないって言ってくれ……なんだ、いるじゃないか。

 ん? リオル、大丈夫かい? って、それロープ! リオル、早まるんじゃないよ!」

「……ごめんなさい」


ママは、僕をぶった。

そして、強く抱きしめた。
 ▼ 622 1◆J44kAZeDOM 16/08/11 16:55:25 ID:0hM5B4a2 [5/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「リオル、自殺は、逃げなんだ。あたしは、あんたをそんな弱い子に育てた覚えはないよ!」

「でも、それじゃあ、どうすればいいんだよ! 僕は、イブたちのために、何も出来ない! ねえママ、教えてよ、僕は、何をすればいいの?!

 僕だけじゃ、わかんないよ。何も、何もわかんないよ……」

「ったく、仕方ない。新聞読んでみな」

「え?」


手渡された新聞を開き、目を通してみる。

いや、正確には、開くまでもなかった。

一面にデカデカとある記事が載っていたのだ。


キリキザン容疑者は児童――

また、そのチョロネコは現在行方不明で――

緊急事態宣言として、ミミロップがその業務を一時的に引き継ぐ事に――


「これ、どういう……」

「カクレオンが教えてくれたんだ。あたしが、前に命を助けた事があったんだけど、そのカクレオン」

「どうでもいいよ。教えて、何が言いたいの?」
 ▼ 623 1◆J44kAZeDOM 16/08/11 16:57:06 ID:0hM5B4a2 [6/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「チョロネコを攫ったのは、イブじゃない。ギルガルドだ」

「ギッ、ギルガルド?!」

「ああ。どうにも、ニンゲンとのコネがあったみたいで、裏で糸を引いていたようだ。キリキザンの秘書の、ミミロップが」

「でも、ギルガルドは、僕にユキメノコの事を教えてくれた――」

「わかってる。だけど、事実だ。カクレオンも、危うく殺される所だったと言っている。そのギルガルドに」

「じゃあ、なんであいつは――」

「恐らく、あんたたちの目をそっちから離したかったんだろうね」

「ママ、ミミロップを、逮捕出来ないの?」

「出来ない。上層部から圧力がかかっているから。ったく、ふざけんな老害ども……」

「そっか……あっ、もしかして、僕に、ううん、僕たちに出来る事って!」


ママは、ニッと笑った。


「ああ。ミミロップを、潰すよ」
 ▼ 624 1◆J44kAZeDOM 16/08/11 16:57:34 ID:0hM5B4a2 [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







5章 リオとローネとイブ 完






 ▼ 625 ミラミ@メガストーン 16/08/11 16:58:45 ID:0hM5B4a2 [8/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
8月中は、断りなく長期の休載に入る可能性があります
過去ログに送られる程の長期間にはならないと思いますが、ご容赦ください
 ▼ 626 ブトプス@クリティカッター 16/08/11 17:17:53 ID:5Ig6EA9s NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
頑張れ!
 ▼ 627 リリダマ@スペシャルガード 16/08/15 14:03:10 ID:xSez/RAg NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
上げ支援
 ▼ 628 1◆J44kAZeDOM 16/08/15 21:03:59 ID:xn9eNOs2 [1/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


ポケモンを嫌うあまり、少年は、暴力と言う行動に出た。

始めは自らの拳で、しかし、徐々にその行動を激化させていく。

最終的には、刃物でもってその生命を危険に晒す程の大ケガを負わせた。

事ここに至るまで、彼の母親は一切事態に気付かなかった。

ポケモンと触れ合わせる、と言う事に躍起になり過ぎたせいで、他の事が目に見えていなかったのだ。

そして、そこに至った時には、もう遅かった。

簡単に言葉だけで治せる、そんな段階ではないのである。

母親は、少年を殴り付けた。

暴力なんて最低だ。そう、言葉を添えて。


「痛いでしょう? ポケモンだって痛いのよ!」
 ▼ 629 1◆J44kAZeDOM 16/08/15 21:04:21 ID:xn9eNOs2 [2/13] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
少年は、目に涙を溜めながら、声をあげて主張した。

それじゃあ、無理矢理ポケモンと近付けさせないで!

そんな声も、母親には届かない。

彼女は、少年をポケモンと触れ合わそうとさせる事に固執していた。

少年は、言葉を紡いでも無駄な事を知る。

そう思った瞬間、笑いがこぼれた。

しかし、声は出なかった。

声を出さないままに、ただ、ひたすらに笑い続けた。
 ▼ 630 1◆J44kAZeDOM 16/08/15 21:04:43 ID:xn9eNOs2 [3/13] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
手を差し出してみる。

ポケモンは、怯えて逃げて行った。

少年から滲み出す感情は、ポケモンを怖気づかせるには充分過ぎる程だったのだ。

この時、少年は、すでに決意を固めていた。

自らに害を為す、あいつらを潰す。

そんな、黒い決意を。

それをきっかけに、少年は変わった。

勉学に励み、少年は、みるみるその聡明な頭脳を開花させて行った。

そして、そんな野望を抱えたまま、また、その黒い部分に誰も気付けないまま、少年は大人になった。
 ▼ 631 1◆J44kAZeDOM 16/08/15 21:05:08 ID:xn9eNOs2 [4/13] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


機械から出て来た少女は、その胴体に驚いているようだった。

しかし、人間である少女の肉体に、今は用などない。

だから、そのままコールドスリープ状態に入ってもらう。

殺しはしない。ただ、長い時を、眠ってもらうだけだ。

肉体の劣化は極限まで0に等しい。

だから、このイーブイの魂にとっても、不利益はないはずだった。

そして、もう一方の口から出て来たイーブイはと言うと――。


「凄いよ、カズオ。大成功!」
 ▼ 632 1◆J44kAZeDOM 16/08/15 21:05:57 ID:xn9eNOs2 [5/13] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
カントー、ハナダの岬でマサキと言う青年が預かりシステムの誤作動のせいでポケモンと合体してしまうという事件があった。

また、ホウエンの海域で、マナフィによる精神入れ替えが発生したとも聞いている。

この2つを応用し、僕たちは、この機械を創り上げた。

結果は、大成功。

見事、少女は、イーブイの肉体を手に入れた。


「やっぱり、カズオは天才だよ。私なんかより、よっぽど。さて、トギリさんのとこに行かなくちゃ」
 ▼ 633 1◆J44kAZeDOM 16/08/15 21:08:46 ID:xn9eNOs2 [6/13] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
そして、少女は、ポケモンの世界に旅立った。

シンオウに、ある1人の少女が異世界からやって来た元人間のレントラーと共に世界を救ったという話がある。

いや、それは実話だ。

彼女の物語は、帰って行ったレントラーを捜しに、パラレルワールドの行き来を目標として設定した所で終わる。

そして、その機械は、現実になった。

彼女は、カロスへと向かい、パラレルワールドの行き来をした事があるという。「リオ」と言う青年の話を聞き、そのメカニズムを応用しつつ、キショウと言う人物の協力も仰いだ。

そして、ようやく成し遂げたと思ったら、作り方だけ残して旅立ってしまったのだ。

最終的に、人類はパラレルワールドの行き来を可能にした。

それを利用して、トギリは、ポケモン世界にスパイを送り込んだ。

笑ってしまう。そんな事が目的だなんて、僕は、一度も聞かされなかった。
 ▼ 634 1◆J44kAZeDOM 16/08/15 21:09:15 ID:xn9eNOs2 [7/13] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
それから、彼女は、日記を通して、様々な情報を送って来た。

向こうの世界の光と闇を、隠す事なく伝えている。

その文章の端々からも、聡明さと明るさが伝わって来た。

それに対し、僕もその本に向かって文章を送信する。

こうして僕たちは、ホウレンソウを可能にしていた。

そんなある日の事。

彼女が、失踪事件の存在を告げた。


最近、行方不明が多いって言うの。
私が来る前からではあるんだけど、なんかヤな予感がするんだよね。
テレビはないけど新聞はあって、それなのに全然そんな報道ないんだもん。
もしかしたら、私たち人間が関係してて、しかもなんか脅しに使ってたりして。
圧力がかかってる可能性もあるし、そんな個々につながりがない誘拐の話が広まるのを恐れるって、よっぽど誰にも言えない裏があると思わない?
それが、人間なら納得なの。人間との交渉において、問い詰めちゃうと決裂しちゃうかもしれない。
間違いなく、ポケモン世界にとって、私たちの技術力は魅力的だもん。引かれたら痛いでしょ?
ワイロもあったりね(笑)
ま、さすがにないとは思うけど。でも、もしあったとしたら――トギリさんが一番怪しい。
圧力かけられるのは、こっちでは、トギリさんぐらいなもんだよ。


彼女は、不幸な境遇から連れ出してくれたトギリに感謝していると言っていたはずだ。

それでも、躊躇なく疑える、彼女は強い。
 ▼ 635 1◆J44kAZeDOM 16/08/15 21:09:45 ID:xn9eNOs2 [8/13] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
そんな感想を抱きつつ、僕は、彼女からの続報を待った。

そんなある日、こんな文章が届く。


失踪事件があるって言ってたよね。もしかしたら、私たち人間が関与してるかもって奴。
それが、ついに私の周りで起きちゃった。
マイナンって子が、行方不明なの。
カズオ、知らない?


知らない。

データベースにアクセスし、調べてみたが、結果は芳しくなかった。


ダメだ、わからない。


そう返信を送る。
 ▼ 636 1◆J44kAZeDOM 16/08/15 21:10:06 ID:xn9eNOs2 [9/13] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
そんなやり取りが続き、僕たちの中で、徐々にある確信が生まれて行った。

間違いなく、この事件には人間が絡んでいる。

どうしても見付からないのは、こちらの世界に連れ去られたから。

そんな状況証拠どころじゃない。

バッチリと証拠を見付けた。

データベースの情報を丹念に洗っていると、とあるドキュメントファイルが出て来たのだ。

そこには、とある文章の原稿が書かれていた。

そして、それは、2匹のポケモンに、誘拐を依頼する旨の文章だった。

ポケモン世界には今の所、ネット回線はない。だから、印刷して渡したのだろう。

つまり、だ。

トギリが、誘拐の黒幕であるのは、ほぼ間違いない。
 ▼ 637 1◆J44kAZeDOM 16/08/15 21:10:32 ID:xn9eNOs2 [10/13] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「カズオ君、君のPCから、何やら不正アクセスが見受けられるようだが」


そんな風に言われたが、そっちの方にある情報から新たな機械のネタを探したり出来ないか試してただけですと伝えて窮地を凌ぐ。


「なるほど。だが、次からはしっかり許可を取ってからにしてくれよ」
 ▼ 638 1◆J44kAZeDOM 16/08/15 21:11:31 ID:xn9eNOs2 [11/13] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
そして、そんなある日の事。

彼女からの日記に、こんな文章が載った。


ユキメノコを倒しに行く事になった。
お願いカズオ、今から言う場所に、夜9時ぐらいに来て。
モンスターボールを忘れずに。


ユキメノコ。トギリが、誘拐を依頼していた片割れ。

もう片方がギルガルドである事を鑑みるに、仲間割れでも起こしたのだろうか。

それとも、何か別の動機が――。


あ、後カズオ。私、もうそろそろ戻る。
トギリさんを、説得しないとダメだもん。


了解、とだけ打ちこんで、僕は、支度を始めた。
 ▼ 639 イホーン@ふしぎなタマゴ 16/08/15 21:14:45 ID:xn9eNOs2 [12/13] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
今日はここまでです

お察しの通りというかなんというか、>>633にあげられている2つのエピソードは、スレ主の過去作です

カロスうんぬんは ポケダン 生命の探検隊 http://pokemonbbs.net/poke/read.cgi?no=105591

シンオウうんぬんは 俺「目が覚めたらポケモンになってたんだが……」以下2作 http://pokemonbbs.com/poke/read.cgi?no=141983(1作目)

ですので、良ければお読みください
 ▼ 640 ロスター@ホイップポップ 16/08/15 21:17:56 ID:xn9eNOs2 [13/13] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
>>639
追記

読まなくても本編には一切の支障がないようになっています
 ▼ 641 1◆J44kAZeDOM 16/08/16 19:40:28 ID:2kpoh5h6 [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







6章 戦い






 ▼ 642 1◆J44kAZeDOM 16/08/16 19:40:49 ID:2kpoh5h6 [2/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


目が覚めた時、少女は病院のベッドの上で横たわっていた。

周りには、誰もいない。

窓から差し込む光に背を伸ばす。

そうして、再び襲い来る眠気と戦いながら、それに敗れようとした、そのまさに瞬間。

扉が開く音がした。


「おっ、気が付いたかい、リオル」

「あ、あなたは……」

「あたしかい? あたしは、ガルーラだよ。警察のね。今日から、あんたのママになるポケモンだ。よろしく」

「えっ、それじゃあ、お母さんは……」

「……死んださ。覚えて……ないだろうね。すまん」

「そんな……お母さん、僕、どうすれば……」

「えっ、僕?」
 ▼ 643 1◆J44kAZeDOM 16/08/16 19:41:25 ID:2kpoh5h6 [3/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
後にこの少女――リオルの母親としての役割を担う事になる警察官、ガルーラ。

彼女は、リオルの一人称を始めて聞いた時、困惑した。

しかし、それと同時に、納得もした。

♀として、汚されてしまった。

そんな自分を忘れたくて、自分の事を♂だと思い込んでいるのだろう、と。
 ▼ 644 1◆J44kAZeDOM 16/08/16 19:42:06 ID:2kpoh5h6 [4/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
時は、過去に遡る。

リオルがまだ眠りの中にいる時、ガルーラは、同僚のボーマンダと会話していた。


「あの子、どうするんだろうな。父親の借金のせいで、母親を殺され、レイプされるだなんて……」

「ホントだよ。あたしが速く駆け付けられたからよかった物の……下手したらあの子、一生誰かの慰み者だったよ」

「闇金とか、そう言った所は根元から潰さないとって係の奴らは言ってるが、俺はお前を凄いと思う」

「ありがとうね。理解ある上司で助かるよ」

「だからお前はもうちょっと敬語を使え」

「信頼してるからこそ使わないんだ。さぁて、○課の奴らに迷惑かけた事だし、そろそろ反省文でも書こうかね」


そう言って、ガルーラは、手慣れた手付きで、本心にもない丁寧な言葉遣いを並べて行った。

このクセは、いつまでたっても治らず、後にリオルに対して書き置きを残す時でも言葉遣いは丁寧になってしまうのだが、その事はあまり関係しない。


「……ったく、お前の暴走を止めるこっちの身にもなってみろ。チルタリスが生きてた頃から俺ずっとこうだ」

「だからありがとうって言ってるだろ? 上に従ってたら間に合わないって、あたしは気付いた。だから、あたしは勝手に動かさせてもらう」

「ハイハイ」
 ▼ 645 1◆J44kAZeDOM 16/08/16 19:42:28 ID:2kpoh5h6 [5/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
彼女は、お腹に手をやった。

本来なら、まだあどけない赤子が入っているはずのお腹。

そこには、空間があるのみ。

彼女は、過去に、子どもを失っている。

誰かを失う悲しみをわかっているから、彼女は、時に自分勝手とも言える程に、行動を急ぐのだ。
 ▼ 646 1◆J44kAZeDOM 16/08/16 19:43:00 ID:2kpoh5h6 [6/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「あの子は、あたしが育てるよ」

「はぁ?! お前、そんな事許されると……」

「もちろん、聴取とか、そう言うもろもろは済ませてからだよ。だけど、あの子、不憫じゃないか。

 ……それに、あたしだって、誰かを育てたい。父親に逃げられ、子どもを失い。あのリオルを育てるには、充分過ぎる」

「……とにかく、俺じゃなくて、係長辺りに報告して来い。それで許可が下りればいいだろ」

「そうするよ」


存外その係長は、簡単に許可を出した。

むしろ、孤児院との話し合いが省略出来て、喜んでさえいた。

その態度に苛立ったが、ガルーラはぐっと拳を握り込んだ。


こうして、ガルーラの元に、リオルがやって来る。

そして、それから数年後、イーブイ、そしてチョロネコをも引き取る事になるのだ。

ここからの物語をいちいち述べるまでもないだろう。

先程まで、延々と述べて来た物語がそれなのだから。
 ▼ 647 1◆J44kAZeDOM 16/08/16 19:43:50 ID:2kpoh5h6 [7/8] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


失われた感覚が戻って来る時は、どうも聴力から回復していくらしい。

まず、周りの呼吸音が聞こえた。

はあはあと荒い息。

そして、嗅覚も復活する。

汗の臭いが鼻の中を満たし、少し顔をしかめる。

この事をきっかけに、視力が舞い戻る。

瞼の裏側に映った光に、あたしは目を覚ました。

と、そこに、1匹のポケモンが覗き込んでいるのを見る。


「あっ、やっと起きた」
 ▼ 648 1◆J44kAZeDOM 16/08/16 19:44:16 ID:2kpoh5h6 [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
まだぼーっとする頭で彼の種族を確認する。

黒い顔、頭に少しだけある赤毛、そして悪戯めいた笑い顔。

ゾロアだ。


「大丈夫? ずいぶん長い事寝てたけど」

「大丈夫……じゃないと思う」


痛みはない。傷もない。が、それでもこっ酷くやられた記憶はある。

「そりゃ大変だ」と、彼は笑った。
 ▼ 649 1◆J44kAZeDOM 16/08/17 20:07:35 ID:Rs292cxk [1/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「いいよリオル! そこではっけい!」

「とりゃっ!」


僕は、あれ以来、修行を激化させた。

ママも協力してくれている。

イブもローネも消えてしまい、誰かが料理を作らなければならない、と言うのをいい事に、今までのように積極的に帰って来ているのだ。

それに、行方不明事件の真相が判明して、今はヒマなのだと言う。


「圧力は相変わらずだけど」


そう言ってイライラと、ママは酷い見た目の絶品朝ごはんをかき込んだ。


「だけど、どうにかして接触する」
 ▼ 650 1◆J44kAZeDOM 16/08/17 20:08:02 ID:Rs292cxk [2/6] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
で、どうして圧力がかかっているのか、と言う事にも、ママは説明をくれた。

ただし、難し過ぎて、僕にはちんぷんかんぷんだったのだが。


「ニンゲンは、物凄い技術力を持っている。それをいい事に、自分たちに有利な条約を結ぼうとしているんだ。

 従わなければ、戦争だ、ってね。

 向こうの世界にもポケモン自体はいるらしくてね。知能はあたしたちに比べると全然だけど。

 ニンゲンのせいで、頭脳の発展が遅れたんだろうね。未だに野生の暮らしをしているか、ニンゲンの支配下にいるかの二択らしい。

 そして、そんなポケモンたちもいる上に、高い技術力で襲ってこられたら、あたしたちもたまったもんじゃない。

 だから、大人しく言う事を聞いておこう、って事なんだけど、正直やり過ぎだよ。

 キリキザンは、最悪の奴だったけど、仕事の手腕自体は有能だったらしくて、上手い事交渉して、ある程度の妥協は辞さないが最低限の保障は守ろうとしてたんだ。

 子ども相手に風俗に行くなんて馬鹿な事しなければ、まだ良かったんだろうね」

「えっとママ、つまり、どういう事?」

「まだわからなくても仕方ない。一つ言えるのは、ニンゲンは最低な奴らだって事だよ」

「……やっぱり、そうなのかな」

「まあ、全てのニンゲンがそうとは限らないけど、少なくとも、交渉にあたってる奴らはそうだろうね」
 ▼ 651 1◆J44kAZeDOM 16/08/17 20:09:02 ID:Rs292cxk [3/6] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
何も言えなかった。

ニンゲンがいい奴ばっかりじゃないってのは間違いないけど、それでも……。


「だけど、イブは、いいニンゲンだよね? 絶対に、悪い奴だったりしないよね?」

「たぶんね。あの日記を読む限りでは。まっ、そんな事よりリオ、学校に行かないと。勉強だって大事なんだから。それに――」

「わかってるって。ごちそうさま」


ごはんを食べ終わり、朝の用意を済ませて、学校へ向かった。

1匹ぼっちの、寂しい道。

ともすれば涙が出そうになって、僕は、全力で走った。
 ▼ 652 1◆J44kAZeDOM 16/08/17 20:09:22 ID:Rs292cxk [4/6] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
荒い息を整えながら校門をくぐり、みんなの顔を見た。


「あっ、リオル!」

「大丈夫だった?」


質問攻めを振り切り、僕は席に着いた。

今は、あの事件に関して、何も答えたくない。

だって、不用意な事を言ったら、どこからバレるかわからないから。

みんなの不機嫌そうな顔も、仕方ないと思えた。
 ▼ 653 1◆J44kAZeDOM 16/08/17 20:09:59 ID:Rs292cxk [5/6] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
授業が始まる。

算数の授業が、なぜかすらすらと理解出来た。

たぶん、もうそろそろ、♂の子どもという自分で自分に貼り付けたラベルを剥がす時が来たんだろう。

きっと、僕は、変わるんだ。

だけど、まずは決着をつけないといけない。

先生の話は、しっかりと耳に届いていた。
 ▼ 654 1◆J44kAZeDOM 16/08/17 20:11:02 ID:Rs292cxk [6/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「起立、礼、「「さようなら」」」


その言葉と共に、僕は立ち上がり、かばんを手に取った。

と、ミミロルたち2匹が声を掛けて来る。


「ねえ、どうすればいいの? 捜しても、意味ないんだよね」

「たぶん」


この2匹と、プラスルにだけは事情を説明している。

だけど、ローネが行方不明になった所までで、そこから先、なんで行方不明になったのかとか、ミミロップが何をしたとか、そういった説明は、全くしていない。


しかし、僕たち親子には、ある作戦があった。


「ねえ、ウワサで聞いたんだけどさ……」
 ▼ 655 1◆J44kAZeDOM 16/08/18 20:50:31 ID:elSrR5nk [1/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ウワサと言うのは、想像を超える勢いで広まる物だ。

真剣味をもって大人に伝えても、何も始まらない。

子どもが変な事言ってる、で終わるだろう。

だけど、ウワサの破壊力は、僕みたいな子どもの叫びより、よっぽど高い。

そんなウワサを流せば、瞬く間にいろんな所へ話が広まり、それは共通の、動かしがたい物として、事実より強く、聞くヒトの心を締め付けるのだ。


家に帰る途中も、僕は、そのウワサを流し続けた。


「ウワサで聞いたんだけどさ……」


ウワサ程度なら僕みたいな子どもの話にも耳を傾ける。それで充分だった。

きっと、ミミロルたちも話を広めてくれるだろう。

ネズミ算的に広がり、きっと、ミミロップの耳にも届く。

そして――


その時は、案外早くやって来た。
 ▼ 656 1◆J44kAZeDOM 16/08/18 20:50:53 ID:elSrR5nk [2/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――数日後


「大成功だよリオル! ミミロップが、警察に護衛を要請して来たんだ!」

「やったねママ!」

「ホントだよ……正直確率は半々ぐらいだと思ってたからね。

 まあ、重大な問題だし、念には念を入れて、ってね」


僕たちが流したウワサ。それは――

ニンゲンとの会談の日を狙って、一部の過激派ニンゲンアンチがテロを起こそうとしている、と言う事。

僕たちが実質ニンゲンアンチとしての役割を担う事になるだろうから、あながち間違いではないのだけれど、正直事実無根だ。


「とにかく、あたしも入れてもらえる事になったから、リオル、あたしのお腹の中に隠れてチャンスを窺うよ」

「うん!」
 ▼ 657 1◆J44kAZeDOM 16/08/18 20:52:26 ID:elSrR5nk [3/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「で、何の用?」

「用がなかったら話しかけちゃいけないの?」

「うん。いけない」

「酷いや! せっかく誰か来たと思ったのに……」

「まあ、今だけはいいよ。ここがどんな場所かとかも知りたいし」


このゾロア、かなり幼い。

表情に残るあどけなさもさることながら、その口調がまた、子どもっぽい。

どうにも、リオを思い出させる。

しかし、子どもっぽいと笑うあたし自身、実年齢は小2だからどうしようもない。

ただ、彼にも少しだけ黒い部分はありそうだ。

あのセリフと共に笑えたのだから。

まあ、どうでもいいのだけれど。
 ▼ 658 1◆J44kAZeDOM 16/08/18 20:52:49 ID:elSrR5nk [4/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ここがどんな場所かぁ。ここはね……


 地獄だよ」


彼は、笑みを消さないまま、声だけ潜めて言った。


「地獄」

「うん。たくさんのニンゲンがやって来て、じろじろと僕らの事を見回し、そん中から1匹だけ選んでもらって行くの。

 オリに入れられて、ほとんど身動きも取れないし、それにこのオリ、僕と君しかいないじゃん?

 よーするにさ、今までは誰もいなかったんだよ。

 せっかく仲良くなったと思ったら、すぐいなくなっちゃう」

「あんたは選ばれないの?」

「僕?」


彼は、ニヤリと笑った。

そして、瞬く間に姿を消した。
 ▼ 659 1◆J44kAZeDOM 16/08/18 20:53:44 ID:elSrR5nk [5/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あっけにとられたあたしを見てか、笑い声が聞こえる。


「あっ、そういや忘れてた。特性、イリュージョン」

「そゆこと。今は姿を消しただけだけど、基本的にいかついポケモンは連れて行かれにくいからそんなポケモンに化けてるんだ」


彼は姿を現し、あたしの目をしっかりと見つめた。


「どう? 凄いでしょ」

「まあね。そういや自己紹介まだね。あたしチョロネコ。よろしくね」

「ゾロアだよ、よろしく。ふあっ、にしてもヒマだなぁ……」


そう言ってあくびすると、こくりこくりと船をこぎ始めた。
 ▼ 660 1◆J44kAZeDOM 16/08/18 20:54:29 ID:elSrR5nk [6/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
彼は地獄でなぜ悪いとばかりに適応しているが、あたしは、ニンゲンの視線にずっと晒されるなんてまっぴらごめんだ。

会話相手がいるのが不幸中の幸いだが、これではどうにも幸いとは言えそうもない。

ため息を吐いて、あたしはオリの外を眺めた。

他にもたくさんのオリがある。

そしてその中には、また別のポケモンたちが入れられている。

恐らく、誘拐されたポケモンたちだろう。

会話は出来そうもない。

外界の音は完全にシャットアウトされていた。

結局、と眠りこけている彼を見て、思う。

助け合えるのはこいつだけ、みたいね。

ここでの暮らしが長い彼が寝た、と言う事は、今は寝て大丈夫って事だろう。

あたしも、来たるべき脱出の時に備えて、再び眠る事にした。
 ▼ 661 ガイアス@はつでんしょキー 16/08/18 21:34:01 ID:ysN3eVF2 NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 662 1◆J44kAZeDOM 16/08/19 19:50:26 ID:ITQ9J3CY [1/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
翌日、なのかどうかはわからないが、ゾロアに起こされた。


「おーい、そろそろ起きなきゃ、ごはん食べ損ねるよ」

「う、ううん……」

「まったく、僕が寝る前まであんなに気絶してたってのに、まだこんなに眠れるんだね。凄いや」

「……そんなとこ褒められてもうれしくもなんともないけど。で、ごはんって?」


衣食足りて礼節を知るとはよく言うし、腹が減っては戦が出来ぬとも言う。

食事は、何よりも大切だ。


「ポケモンフードっての。まっずいよ」


そう言ってゾロアは、嫌そうに舌を出した。


「情報ありがと。期待してないで待ってるよ」
 ▼ 663 1◆J44kAZeDOM 16/08/19 19:50:50 ID:ITQ9J3CY [2/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その後、一瞬オリのふたを開けられ、ニンゲンがそこからお皿を2つ入れた。

そこには、茶色い何かが少しだけ乗っている。

匂いを嗅いでみるが、何も感じない。

手に取り、一口かじってみる。

やはり、何も感じなかった。

「あ、そうそう。水はここのチューブでいつでも飲めるよ」と、オリの後ろ側を示してゾロアは言った。

「こっちもあんましおいしくないけどね」


とにかく全てを飲み込んだ。

栄養だけはありそうだなと、なんとなく思う。

ここにいる限り、死ぬ事はないだろうが、それでもあたしは、逃れたいと言う思いを強めて行った。
 ▼ 664 1◆J44kAZeDOM 16/08/19 19:51:45 ID:ITQ9J3CY [3/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ねえ、ゾロアはさ、ここから出たくないの?」

「出たいよ、そりゃもちろん。だけどさ、どうにかなるレベルだとは到底思えないし……」

「それを考えるんじゃないの。ねえ、あんたのイリュージョン、使えると思わない?」

「まあね。だけどそれをどうやって使うの?」

「それは、今から考えるって言ってるじゃんか。わかんないの? この低能」

「ま、そだね。じゃあ、どうせヒマだし、しばらく考えてみよっと」


まず、あたしは、1日の生活サイクルについてゾロアから聞き出した。

具体的に言うと、どのタイミングで、何をしにニンゲンがやって来るのか。

オリの扉を開けられるのは、どうもニンゲンだけのようだ。

だから、まずはそれを把握しないとどうにもならない。

1日の内で、ニンゲンがやって来るタイミングは、3回。

ごはんA、ごはんB、そしてそれらで挟むように、複数のニンゲンが連れたってやって来て、1、2匹連れて行く時。
 ▼ 665 1◆J44kAZeDOM 16/08/19 19:52:05 ID:ITQ9J3CY [4/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニンゲンは、あたしたちを監禁している。

だから、そのタイミングで、姿を消していれば、驚いて確認しようとするんじゃないか。

オリの扉を開けて。

よし、まとまった。


「ゾロア、今から作戦説明するから、よく聞いて」


――
 ▼ 666 1◆J44kAZeDOM 16/08/19 19:54:51 ID:ITQ9J3CY [5/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニンゲンがやって来る。

これは真ん中の、連行タイムだ。

ここはスルーしておく。なるべくオリの隅に隠れて、じっとして。

ゾロアのイリュージョンは、残念ながらあたしには効果を及ぼせないようで、もしここで連行されたら泣くしかない。

自分がいかついと言うよりは、どちらかと言うとかわいい方に属しているのは正直間違いないと思う。

そして、かわいいポケモンの方が、連れて行かれる確率が高そうだ、というのがゾロアの話だ。

だからこそ、あたしはなるべく隠れていたかった。
 ▼ 667 1◆J44kAZeDOM 16/08/19 19:55:22 ID:ITQ9J3CY [6/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
なんとかその時を凌ぎ切り、あたしはほっと溜息を吐く。


「やったね、大成功」

「まだよ、ゾロア。本番は、これからなんだから」

「わかってる」
 ▼ 668 1◆J44kAZeDOM 16/08/19 19:56:07 ID:ITQ9J3CY [7/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そして、その時はやって来た。

ゾロアは、自らの体にイリュージョンをかける。

一瞬の後に、その姿は消えてしまった。

あたしは、まずい水を飲んで、喉を潤す。

次に飲めるのがいつになるかわからないし、力を備えておきたかった。

その後、つめとぎを何度も積んで、攻撃力と集中力を高めた。
 ▼ 669 1◆J44kAZeDOM 16/08/19 19:56:44 ID:ITQ9J3CY [8/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「来たよ、ニンゲン」

「うん」


彼は、くるくると、カギを弄ぶ。

そして、1つ1つのオリに、食料を入れて行く。

あたしたちのオリの目の前に立った時、彼は、目を丸くした。

そして、扉を開いた。

手を差し入れて来る。

計画通り。あたしは、その手に向かって全力でつじぎりを決めた。


「うぐあっ!」
 ▼ 670 1◆J44kAZeDOM 16/08/19 19:57:13 ID:ITQ9J3CY [9/9] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「今よゾロア! 逃げ出して!」


オリから飛び降り、ゾロアを呼ぶ。

ゾロアは、あたしにその姿を見せた。


扉をくぐり、あたしたちは、廊下へ脱出した。
 ▼ 671 ガリザードンY@きあいのハチマキ 16/08/19 21:33:21 ID:/0QVR8rs NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 672 ランテス@ふるびたかいず 16/08/20 19:54:19 ID:sYXtirio [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
今まで見た事ないような真白な壁は、強い明かりに照らされ、眩い程だ。

そんな中、あたしたちは、物陰に隠れつつ進む。


「ねえチョロネコ。君、これからどうするの? 逃げて来たはいいけど、どうすれば帰れるのかもわからないし」

「あたしは……」


どう考えても、ここは、パラレルワールドを超えたニンゲンの世界。

だとすると――もしかしたら、イブもいる、かもしれない。

けれど、保証はないし、もしニンゲンに戻ってこっちの世界に帰って来たとしたら、イブの姿は、あたしじゃ絶対わからない。

不安は残る。


「あたし、あんたと一緒に、向こうに帰る方法を探そうと思う」

「ホント? ありがとう」

「だけど、いい? 姿を消せるあんたからしたら、あたしはお荷物よ」

「気にしないで。仲間は多いに越した事ないでしょ」

「まあね。よし、隠れながら行こう」
 ▼ 673 1◆J44kAZeDOM 16/08/20 19:54:42 ID:sYXtirio [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ゾロアの体毛も黒いから、闇に紛れられれば楽だったのだけれど、天井から明かりが強く廊下を照らし、影すらも見当たらない程だった。

その中では、あたしたちの黒い体毛は、少々派手が過ぎる。

いや、ゾロアは容姿をごまかせるから気にしなくてもいいだろう。

問題は、あたしだ。

どれだけ隠れようと、無理が出る。


その上、ニンゲンが作り出した発明のお陰で、あたしのこの隠れる、と言う動作は完全に無駄に終わる。
 ▼ 674 1◆J44kAZeDOM 16/08/20 19:55:44 ID:sYXtirio [3/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
『ここよね』


マズイ。声が聞こえる。

なんて言ってるかはさっぱりわからないが、足音が近付いて来る。


「来たよ」

「わかってる。逃げるよ、ゾロア」


あたしは4足になり――全力で走る時のポーズだ――駆け出した。

けれど、少女も追いかけて来る。


「待って! 逃げても無駄だから!」


今度は、あたしたちに理解出来る言語を話した。
 ▼ 675 1◆J44kAZeDOM 16/08/20 19:56:30 ID:sYXtirio [4/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







「待ってローネ! 私よ、イブ!」






 ▼ 676 1◆J44kAZeDOM 16/08/20 19:57:23 ID:sYXtirio [5/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その言葉を聞き、あたしは急停止。


「どうしたのチョロネコ?! 速く逃げなきゃ!」

「イ……ブ……?」


時間が、止まったようだった。

イブと名乗るニンゲンが、目の前にいる。


「よかった、ローネが無事で……。売られる前に逃げ出せて……」


栗色の毛を頭から生やしたその少女は(他の場所ハゲてて気持ち悪いんだけど、ニンゲンの共通仕様らしい)、そのクリクリした目から涙をこぼした。


『よかった、ホントによかった……』
 ▼ 677 1◆J44kAZeDOM 16/08/20 19:59:08 ID:sYXtirio [6/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
この発言は、理解出来なかった。

恐らくイブ――涙を見て、そう信じた――は、ニンゲンの言葉と、ポケモンの言葉を使い分けられるのだろう。

こっちにも国によって言語の差があり、バイリンガルなヒトがたまにいるように、だ。

そんな思考を一瞬で打ち切り、あたしは、目の前の少女に問いかける。


「ホントに……イブ、なんだよね?」

「うん」
 ▼ 678 1◆J44kAZeDOM 16/08/20 19:59:38 ID:sYXtirio [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「こいつ誰? 知り合い?」

「そう。向こうの世界の」

「えっ、訳わかんねぇんだけど」

「後で説明するよ。とにかく、今はこっち来て」

「えっ?」


ゾロアは、怯むように後ずさりをする。

当然だ。このイブは、ニンゲンなのだから。

正直な話、まだあたしも、ちょっと怖い。

彼女がイブで、本気であたしの無事を喜んでいるのはわかる。

が、それでも味方だと断言はできない。

いつの間にニンゲンに戻ったのか、もろもろ謎だし……。
 ▼ 679 1◆J44kAZeDOM 16/08/20 20:00:02 ID:sYXtirio [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あっ……そっか、まだ信じられないんだ」

『当然だよね』と、彼女は呟いたが、理解は出来ない。

「イブ、まずは、ゾロアを帰してあげて。元の世界に」

「うん、だけど……とにかく、あたしのとこに来てもらわないとどうにもならない。お願い、信じて」

「だって。どうする?」


問いかけるゾロアに、あたしは怖がりながら、だけど、確かな自信をもって、答えた。

そもそもが、今までもずっと疑って来たんだ。

ここでぐらい、信じてみたい。


「行くに決まってるでしょ。イブは、あたしの親友だから」

「君がそう言うんなら、僕も信じるよ」

「ありがとう……」


あたしとイブの声が重なった。

そして、彼女は、あたしたち2匹を抱きかかえる。
 ▼ 680 ラス@ネットボール 16/08/20 21:45:40 ID:MzJOVxY6 NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 681 1◆J44kAZeDOM 16/08/21 20:28:56 ID:d7yMzZQk [1/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
道中、他のニンゲンとすれ違った。


『あっ、イブさん! その2匹どうしたんすか?』

『ああ、いや、なんか迷子みたいなんだけど、私が引き取ろうかなって思いまして』

『いや、迷子と言うよりそのぉ……』

『その?』

『あっ、いや、カズオさんがポケモンダメなはずなんで、やめといた方がいいっすよ』

『えっ?! カズオ、ポケモンダメなんですか?』

『ああ、知らないんすか? 昔いろいろあったらしいっすよ』

『そっか、だから……。でも関係ない。この子たちは、私が引き取る。なんとしても、カズオを説得してね』

『はあ……』

『それじゃあね』


イブは、最後の言葉とともに、このニンゲンの♂に笑いかけた。
 ▼ 682 1◆J44kAZeDOM 16/08/21 20:29:16 ID:d7yMzZQk [2/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そして、そのニンゲンの視界から消えたであろうその瞬間、彼女の表情は一気に鋭くなる。


『私とカズオだけが知らない……か』

「なんの話よ」

『えっ……』と呟いた後、イブはポケモン語に戻した。「ああ、ごめんごめん。こっちの話。ややこしくなるから、これも後で説明するね」

「まあ、いいけどさ」
 ▼ 683 1◆J44kAZeDOM 16/08/21 20:29:53 ID:d7yMzZQk [3/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そして、扉の前に辿り着く。

あたしたちを抱えて、どうやって開くのかと思ったら、なんと前に立っただけで開いてしまった。

技術力は、あたしたちポケモンの比ではない。


『ただいま、カズオ』といい、慌てて補足。「あっ、今のは、ただいま、カズオ。って言ったんだよ」


そのカズオは、こちらを一瞥、少し表情に怯えを見せた。

会話は、止まってしまう。


「ったく、カズオも少しは興味示してくれてもいいのにね」


彼の視界には、眼前に広がる何かに映し出された映像しか映っていないようだった。


『カーズーオ! 監視カメラのお陰で無事ローネ救出! ついでにゾロアも一緒だよ!』


そういいながら、イブは、何かしらの機械をいじくる。

そして、「よし」とポケモン語で呟いた。
 ▼ 684 1◆J44kAZeDOM 16/08/21 20:30:13 ID:d7yMzZQk [4/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
『ヨシ』


その機械が、唐突に何かを話した。


「これは翻訳装置。私はポケモン語も学んだから使えるけど、カズオとか、ほとんどのニンゲンにはやっぱりまだ難しいみたいなんだ」


機械が、今の発言を、訳のわからぬ言語へと移植して行く。


「もちろん、ニンゲン語も翻訳してくれるよ」


この発言を、あたしたちは機械を通して聞き取った。

のっぺりとした声だった。
 ▼ 685 1◆J44kAZeDOM 16/08/21 20:31:04 ID:d7yMzZQk [5/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「まあ、それはいいよ。だけどさ、ねえ、説明してよ。訳わかんないもん」

「うん。えっと、まずどこからしようかな……」


そう言って、イブは、ある機械を指し示した。
 ▼ 686 1◆J44kAZeDOM 16/08/21 20:31:24 ID:d7yMzZQk [6/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
まず、ここにある機械なんだけどさ、2人の魂を入れ替えられるの。

こっちに私が入って、こっちにイーブイを入れたら、あら不思議、私の中身はイーブイに乗り移り、イーブイの中身が私を動かせる、そんな風な機械だよ。

凄いでしょ。これ、作ったのカズオ……あ、この男の人ね。

そう。よーするに、ローネ大正解。

私は元ニンゲン。ついでに言うなら、スパイでもあるのかな。

まっさかリオが♀だとか、そんな事思いもしなかったし、そりゃボロが出るのも当然か。

あっ、ゾロアはわかんないよね、ごめん。

こっから、本気で長いけど、どうする? 詳しく聞きたい? それともダイジェストにしとく?

ダイジェストね、OK。
 ▼ 687 1◆J44kAZeDOM 16/08/21 20:31:55 ID:d7yMzZQk [7/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
私は、さっきの機械でイーブイになって、向こうの世界に行った。

調査のためにね。

そこで、なんか不良集団に襲われちゃったの。

命からがら逃げて来たけど、もう体は傷だらけのボロッボロ。

そんな時、私は、ある1人の、リオルって言う男の子に出会った。いやまあ男じゃないんだけどさ。

彼――彼女、なのかな、リオルは、私を拾って、介抱してくれた。

その家に住ませてもらったの。向こうに行ってる間。
 ▼ 688 1◆J44kAZeDOM 16/08/21 20:32:23 ID:d7yMzZQk [8/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
話は変わるけど、私が姿を借りたイーブイは、まだ子どもだったのね。

リオルと同い年の、小2だった。

そういやゾロアって何歳? どうでもいっか。

そう、それで、私はリオルと一緒に学校に通う事になったんだけど、そのクラスメイトがこのローネ……チョロネコだったんだ。

ローネってのは名前だよ。まあ、これから重要になるし、今の内に説明しちゃうか。

名前ってのはね、お互いに呼び分けるための物。私の場合、友達が同じ種族だったからってリオには説明したんだけど、あながち嘘じゃないよね。

友達だったのか、って言われるとちょっと困るけど。

ああ、いや、私の話は何にも関係ないからパスでいいよね、ローネ。

え、駄目? まあ、確かに私は今からローネの過去も話す訳だし、アンフェアか。

でも、面白くないよ。私の才能……そんな物ないのにね、でも、勝手にある事にされて、無理矢理嫉妬して、いじめられた。

それだけだよ。ね、つまんないでしょ?

ローネに比べると、私の問題なんてちっぽけだった。

イーブイになって、始めて気付いたな、これ。人間だった時は、私が世界で一番不幸ぐらいには思ってたし。

まあ、思ってただけで、実際私よりよっぽど不幸な目に遭ってる人もいっぱいいるのはわかってたけどね。
 ▼ 689 1◆J44kAZeDOM 16/08/21 20:32:44 ID:d7yMzZQk [9/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
戻すよ。

この時ローネは、クラスメイト全員を遮断してた。

で、なんかヤバいなと思って、私は、リオも巻き込んでローネに接近したんだ。

そしたらね、なんとこのローネ、風俗嬢やってたの。クズな父親のせいでね。

私とリオと、後お母さん……ガルーラなんだけど、もうお母さんで統一しちゃうね、の3匹でローネをなんとか助け出して、その場は一件落着。

2人に名前を付けて、これから楽しくやろうみたいな感じで終わったの。
 ▼ 690 1◆J44kAZeDOM 16/08/21 20:33:33 ID:d7yMzZQk [10/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
だけど、名前のせいで、私は、ローネから疑われたの。

元、人間なんじゃないかって。

え? 違う? 助け出した時の過去を振り返ったセリフ?

あっちゃー、あん時は必死でそれどころじゃなかったもんな。

意外にいろいろボロ出してるし。バカだな私って。

まあ、それはいいんだけど、で、その時に、誘拐事件が起きてたのね。

人間の……私たちのリーダーのせいなんだけど。

あっ、誤解しないでね。信じてもらえるとは思わないけど、私たちは、それを止めようとしてる。

ありがとうローネ。
 ▼ 691 1◆J44kAZeDOM 16/08/21 20:33:59 ID:d7yMzZQk [11/11] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
で、そんなある日、私たちのクラスメイトが、誘拐されちゃったの。

その子を捜してる内に、ローネはなんか、風俗時代のコネを手繰ったりお母さんに相談したりして、最終的に、「人間はそう簡単にポケモンの性別を見抜けない」って事に気付いたの。

で、都合のいい事にそこには僕っ娘リオルの姿が。

ローネは、まずリオになんでそうやってるのかって尋ねた後、それを使って私を追い詰めた。

私は逃げたよ、ローネから。

だけど、本当にどっかに行っちゃうとは思ってなかった。

その後帰って来たリオには、用事でどっかに言ったって説明して、誘拐に協力してたユキメノコを、カズオの協力で倒して、そのまま私は帰って行った。

残るのは、ローネにバレたし危険かなって。

だけどまさか、こっちに来るとはね、ローネ。
 ▼ 692 バゴ@あかいいと 16/08/22 13:26:07 ID:gOFfAR2. [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
やっと自分の中でこの話がいろいろつながった…

支援
 ▼ 693 ドリーナ@ていこうのハネ 16/08/22 13:44:14 ID:gOFfAR2. [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
がんばってね
 ▼ 694 1◆J44kAZeDOM 16/08/22 18:26:31 ID:GAHNn79c [1/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ホントだよ。まさかあんなに強い奴が直々にあたしを捕まえに来るなんて、思いもしなかった……」


あたしは事情を説明する。

その話を聞き終えて、イブは頷いた。


「確かに、事態は切迫してる。なんとかして、トギリさんを止めないと」

「あの……さ?」とゾロアが口を挟む。「なんかいろいろ凄いのはわかった。だけど……帰れないの?」

「帰れるよ、もちろん。どうやって私が向こうに行ったのかって話よ」

「そっか、よかった……。マァが心配してるから、帰りたいんだ」

「マァ?」と疑問を差し挟むあたしに、ゾロアは笑う。「ママみたいなもんだよ。パパだけど。ちっちゃい頃からずっとそう呼んでて、もう今さら変わんないんだ」
 ▼ 695 1◆J44kAZeDOM 16/08/22 18:27:04 ID:GAHNn79c [2/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「まあ、そんな事より、帰るんだね? ローネはどうする? 私は、巻き込みたくないんだけど」

「巻き込まれたくはないよ、そりゃあたしだって。ここまでニンゲン世界に踏み込むつもりはさらさらなかった。

 だけど、あたしは狙われてる。尾行の主が、あたしを直々に連れ去ったんだから、間違いない。

 戻った所で意味ないだろうね、だから。

 あたしは残るよ」

「わかった。そこまで理屈立てて言われると、もう何も言えない」

「凄いね、君たち。そうだ、僕に何か出来る事ある? 向こうで少しでも役立てるなら、何かしたいんだけど」

「えっと、それなら……」イブが呟き、メモにさらさらと何かを書き出した。

「これ、家の住所。ローネは無事だってここに手紙を出して。文面は、これをそのまま貼り付けて。写真も付けてる」

「なるほどね。残して来た家族に、って事か。オッケー。そのぐらい、お安い御用さ!」

「ありがとう……」


思わず、あたしが呟いていた。
 ▼ 696 1◆J44kAZeDOM 16/08/22 18:28:49 ID:GAHNn79c [3/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「パラレルワールド転移装置、状態はオールOK。起動はいつでも出来るみたいねカズオ」


僕は頷いてみせた。

けれど、問題はある。どうやってその装置がある部屋まで行くというのだ?


「起動はこっからでも出来るよね。バレないように。だから、後は連れてくだけ。しかもゾロアはイリュージョンで姿を消せる。トギリさんがいないタイミングを狙ってだね……」


栗色の髪を揺らしながらぶつぶつと呟く彼女。

それを、チョロネコとゾロアが心配そうに見つめている。


「よし、これなら大丈夫でしょ」

『ゾロア、ついて来て』


何やらポケモン語を用いて会話した後、彼女はゾロアを抱きかかえて出て行った。


後には、僕と、1匹のチョロネコが残された。
 ▼ 697 1◆J44kAZeDOM 16/08/22 18:29:46 ID:GAHNn79c [4/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
『カズオさん、って言うんだっけ』


翻訳装置を通した声は、薄っぺらく響く。

けれど、確かにそれは、意思疎通を可能にしていた。

僕も、機械に言葉を打ちこむ。


『そうだよ』

『な、何も言わないまま翻訳してる?!』

『機械に直接打ち込んでる。言わなくても機械が読み取れば翻訳は出来る』

『凄いな……ニンゲンの技術力』

『人間には力がないから、技術で補わなければ絶滅していただろうな』

『で、ニンゲンがいない世界が、あたしたちの世界、って事か』
 ▼ 698 1◆J44kAZeDOM 16/08/22 18:30:55 ID:GAHNn79c [5/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
『……どうして世界って、2つの物が交わる事を強要するんだろうな』

『え?』

『なんでもない』

「カズオ、そろそろお願いね」


電話を通して彼女の声を聞き、僕は行動を開始した。

数秒後、起動を終えた転移装置は、あっという間にゾロアを呑み込んだ事だろう。


「よし、成功だね。急いで戻るね」

「何を急ぐと言うのだ?」

「きゃっ! ト、トギリさん……」
 ▼ 699 1◆J44kAZeDOM 16/08/22 18:33:04 ID:GAHNn79c [6/7] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
電話口から声が漏れ聞こえる。

その音まで鮮明に拾ってしまうのは、技術の進歩の賜物だ。

電話の感度の調整は、何十年前に出来るようになったのだろう。


「何か勝手な行動が目立つようだが。もう君の役目も終わったんだ。あんまりやり過ぎると、またあの場所に逆戻りだぞ」

「……はい」


ぞっとする。

間違いなく、トギリは僕たちの暴走に、気付いている。

それでもあえて泳がせる、というのには、何かしらの意味があるのだろうか。

考えたところで、僕には何も見えて来ないのだけれど。
 ▼ 700 メパト@ゴーゴーゴーグル 16/08/22 18:42:59 ID:KHgsVAgU NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 701 ンターン@クリティカッター 16/08/22 21:26:27 ID:ZvziRmks NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
支援
 ▼ 702 イコウ@トレジャーメール 16/08/22 22:01:07 ID:GAHNn79c [7/7] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
伝達忘れ

今週木曜まで更新止まります
 ▼ 703 プ・コケコ@しんぴのチケット 16/08/23 13:19:13 ID:/7UcptYo NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 704 1◆J44kAZeDOM 16/08/26 19:54:05 ID:pubZj/hw [1/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「ふぅ、焦ったぁ」

「お疲れ様、イブ。なんかあったの?」

「あ、ううんなんでもないよ」

「ふぅん。まあ、いいんだけど」


意味ありげなカズオの言葉も、あたしの脳裏からは、既に消え去っていた。

大事なのは、目の前の問題。

いかにして、ニンゲンの暴走を止めるのか。


『よし』

「じゃ、説明するよ、ローネ。たぶん、あなたが今、一番知りたいだろう事」


そう言って、イブは口を開く。
 ▼ 705 1◆J44kAZeDOM 16/08/26 19:54:57 ID:pubZj/hw [2/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
トギリさんは、いろんなポケモンを誘拐して来た。

実は、こっちの世界では、ポケモンにはペットとしての人気があるの。

わかる? ペット。植物を育てたりとかしてる人が向こうにもいたでしょ? それと同じ感覚。

育てて、一緒にいて、楽しいの。

まあ、向こうのに限らず意外とこっちのポケモンも知恵が発達してるから、モンスターボールってのに入れて、軽い催眠をかけるの。じゃないと危なくてそれどころじゃないし。

今までは否定されてたけど、モンスターボールってのは、やっぱり洗脳効果も0じゃないのね。

あ、ごめん。モンスターボールってのは、これの事。

カズオ、ちょっとこれ、借りるね。

行けっ、ユキメノコ!
 ▼ 706 1◆J44kAZeDOM 16/08/26 19:56:04 ID:pubZj/hw [3/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「どうしましたか?」

「と、誘拐に協力してた、私たちの敵だったユキメノコも、カズオのモンスターボールに入れたから、私たちに従ってくれるようになったって訳」

「あ、ああ……」


怖かった。

ボールの中から、赤い光線とともに、ユキメノコがいきなり現れたのだ。

しかも、洗脳付きという。

ユキメノコは、従順な様子で、イブの言葉を待っている。


「あ、もう戻っていいよ」


ユキメノコに赤い閃光を当て、その瞬間にユキメノコの姿が消える。

情けなく震えるあたしに、それでもイブは、言葉を紡ぐ。
 ▼ 707 1◆J44kAZeDOM 16/08/26 19:56:50 ID:pubZj/hw [4/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ってな訳で、うん、ごめん、怖いよね。

始めて見るシステムでしょ?

ビリリダマとかタマゲタケみたいな見た目してるけど……そういやそっちでもそうなの?

そう。じゃあ、昔はモンスターボールがあったって事なのか、そっちにも。

人類は滅亡しました……的な。

とにかく、モンスターボールは、ポケモンを捕まえるためのアイテム。

ちなみに、1回これに入ったポケモンは、逃がされるまで別のボールには入れない。

けど、ローネはまだだよね。

気を付けないと。

え? 捕まえる訳ないよ、私がローネを。

当たり前じゃん。友達だよ?

まあ、それはいいとして、ローネ、ニンゲンはね、誘拐したポケモンをあえてこれを使わず捕まえて、オリに監禁するの。

それで、やって来た人間に、売るのよ、お金で。

今まではこの売るってシステム当たり前だと思ってたけど、考えてみたらヤバいね、これ。

ポケモンにも知性はある。だとすると、人身売買とやってる事は何にも変わらない。

うーん、ポケモンになってみると、世界の見方が変わるね。
 ▼ 708 1◆J44kAZeDOM 16/08/26 19:57:18 ID:pubZj/hw [5/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
とにかく、ポケモンを売りさばいて、お金を稼ぐの。

私たちのグループは、人口増に対応するために、あなたたちの世界を奪おうとしている。

私自身奪わなくても共有でいいんじゃないかって思ってたんだけど、っていうか最初はみんなそのつもりだと思ってたんだけど、どうも私だけだったみたい。

あ、このカズオは違うよ? 人口増なんて、どうでもいい。自分が作りたいと思った発明にしか興味がないって感じなんだもん。

ね、カズオ。

……ったく、反応ぐらいしてくれてもいいのに。

ま、こんな奴よ。ずっと自分のしたい事に集中してる。

あーもう、話が逸れる逸れる!

結論から言うよ。
 ▼ 709 1◆J44kAZeDOM 16/08/26 19:57:50 ID:pubZj/hw [6/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
トギリさんを止めるには、トギリさんが誘拐していた事実を全世界に暴露するの。

内部告発は潰されるって方程式があるけど、気にしちゃ負けよ。

あなたたちの方はもちろん、人間の世論も、打倒トギリに傾く。

だから、それを利用して、トギリさんを社会的に潰す。

私たち人間にとって、あなたたちと交易を結べなかったら、すぐにキャパオーバーして衰退に向かう。

だから、あんまりやり過ぎるとマズイんだけど、でもさ。

黒い心を持って誰かと交わろうとしても、絶対どこかで破綻する。

ポケモンの方が力は強い。人間の技術を吸い取られた後で反乱を起こされたら、絶対敵わない。

だから、人間にとっても、トギリさんは邪魔。
 ▼ 710 1◆J44kAZeDOM 16/08/26 19:58:10 ID:pubZj/hw [7/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
まあ、まずは説得して、改心させる方向に行きたいんだけど、あの人絶対ダメだもん。

何事も、自分が絶対正しい、で通してる。

天上天下唯我独尊が服を着て歩いてるような人だから。

私も、昔はあの人が正しいと思ってたから、あんまり強くは言えないけどね。

……ショックだったなぁ。私の過去を、十把一絡げ扱いされた時は。

あの時以来、私の中のトギリさん絶対説は崩れ去っちゃって。

まあ、そんな人だから、たぶんダメ。

で、そうそうにセカンドプランを考えてる、って訳よ。
 ▼ 711 1◆J44kAZeDOM 16/08/26 19:58:32 ID:pubZj/hw [8/8] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
まあ、トギリさんも、悪い人じゃないって信じてるけどね、まだ。

やり方が間違ってるだけで、本当に人間の事を考えてる、と思うから。

ただ、その視界に、ポケモンが含まれてないだけ。

なんなら1回、あの人をポケモンとして、向こうに送り込んでみたいな。

どうなるか見物だ……。

あっ、ごめん。とにかく、私たちのプランは、内部告発。

私たちは、ポケモン世界に行って雲隠れするつもりかな。

その時は、絶対お母さんのとこに匿ってもらうよ。
 ▼ 712 カシャモ@ウッディメール 16/08/27 10:33:40 ID:.H1dB3A6 NGネーム登録 NGID登録 報告
支援
 ▼ 713 マタナ@たんちき 16/08/27 15:04:43 ID:5077OP5o NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
支援
 ▼ 714 1◆J44kAZeDOM 16/08/27 21:11:14 ID:SdgW6JsA [1/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「なるほどね、あなたたちのプランはよーくわかった」

「ローネの目から見て、これど――」

「あんた、死ぬ気?」

「……」

「トギリっての、何しでかすかわかんないぐらい冷酷なんでしょ? 相手には、ギルガルドも付いてる。生身のあんたに、太刀打ちできるはずないよ」

「……わかってる。だから、逃げ――」

「られると思ってんの? あんた、そんな低能じゃないよね」

「……」

「イブ、ポケモン世界のために、どこまでやれるの? なんで、そこまでしてくれるの?」

「……ローネ、残念だけどさ、私、結構打算的な人間だから、別に誰かのためとかじゃない。

 これは、私の利益でもあるの。

 この計画が終わったら、どのみちあたしは元通り。

 だったら、どうなってもいいやって。ま、死ぬつもりはさらさらないよ。楽観的でもあるから、逃げきれないなんて思ってないし」

「逃げきれないと思ってないはさすがに嘘だよね」
 ▼ 715 1◆J44kAZeDOM 16/08/27 21:11:59 ID:SdgW6JsA [2/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「さ、どうだろうね。意外に私が野心家で、トギリを先に殺してのし上がろうとしてたりして」

「……嘘吐き。ポケモン世界の事、心配してたクセに」

「参ったなぁ、私、そこまでいい人じゃないよ。自己犠牲は、ガラじゃない。

 って言うかさ、どうしてだろう、そこまで不安じゃないの。

 私には、リオが、お母さんが、そしてローネがいてくれる。それを感じたら、ぜんっぜん。

 だから、あんまり失敗は考えてないの。

 これはホント。……ま、そんなんだから、私は天才にはなれないんだけど」

「……」



何かを言う気になれなかった。

イブは、本心で言っているのか、何かを隠しているのか……。

あたしの疑問なんてどうでもいいと言わんばかりに、イブは笑って話を続けた。
 ▼ 716 1◆J44kAZeDOM 16/08/27 21:12:54 ID:SdgW6JsA [3/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「で、内部告発するための情報を集めて、それと一番いいタイミングを見計らいたいんだけどさ……」

「タイミング?」

「効果的なタイミングって物があるの。今のそっちの情報が知りたいけど……わかる?」

「全然。キリキザンは捕まっただろうけど」

「ああ……。で、代打の誰かがその職務を果たしてる訳だ。人間との会談って仕事を」

「ミミロップだと思うけど」

「まあ、ここで代打って事は、息がかかってるんだろうし、交渉も割とすんなり運ぶと思うの。

 締結しちゃったら手遅れ。かと言って、速過ぎるともみ消される確率もあがる。

 直前を狙いたいんだけど……」
 ▼ 717 1◆J44kAZeDOM 16/08/27 21:13:36 ID:SdgW6JsA [4/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「直前……か。次の交渉はいつ?」

「えっと……」

「そのタイミングで、何か動きがあると思う。見張ってよう。締結は……さすがにキリキザンから変わってそこまですぐにはしないと思う。

 さすがに疑われるだろうしね。少しずつ、何かが起こって行く形になるはず。

 ……リオたちも、絶対何かしら動く」

「……ま、トギリさんもそこまで馬鹿じゃないだろうしね」

「とにかく、あたしはここで、その交渉のタイミングまで待ってるよ」

「それぐらいしかする事がないもんね」


あたしは、大きく伸びをする。
 ▼ 718 1◆J44kAZeDOM 16/08/27 21:13:58 ID:SdgW6JsA [5/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――そして、来たるべき、交渉の日。



「なんだろ。手紙? ……イブ?!」


愕然とした。イブからと書かれてある手紙が送り届けられたのだ。

飛びつくように僕はそれに目を通す。


私は無事です。
ついでに、ローネも保護しました。
なんとかして、人間の暴走を止めようと思ってます。
写真も付けてるので、ローネの無事を確認してください。
 ▼ 719 1◆J44kAZeDOM 16/08/27 21:14:27 ID:SdgW6JsA [6/6] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
写真は、なんとカラーだった。

モノクロの写真ならあるけれど、カラーの写真を平然と送れるあたり、ニンゲンの技術力は凄い。

写真には、いつもの感じで悪態を吐くローネの姿が映っていた。

間違いなく、元気だった。


「よかった……。ローネ、無事なんだ……」


これで、心配事は何もない。

イブが味方だって事も、ほとんど確定した。

後は、ミミロップを倒すだけだ。
 ▼ 720 ルノーム@ドリームボール 16/08/28 14:46:30 ID:j43kgek6 [1/2] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
支援
 ▼ 721 1◆J44kAZeDOM 16/08/28 19:26:57 ID:SbiBWqyE [1/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「大丈夫かな……」

「絶対外に出て来るんじゃないよ、リオル」

「わかってるよ」


僕は、今日学校をサボった。

そして今、ママのお腹の中にいる。

その少し外を見てみると、大きな建物の姿が見えた。

あそこが、今回ママが護衛する場所。

そして、ローネの姿が最後に見られた場所でもある。

だからどうしたという話ではあるけれど、やっぱり、少しだけ不安だ。
 ▼ 722 1◆J44kAZeDOM 16/08/28 19:27:19 ID:SbiBWqyE [2/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ボーマンダさん、ガルーラさん。今日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「よろしく頼むよ」

「あー、ガルーラ、一応敬語をだな……」とボーマンダさんがヒソヒソ声で言う。

それに対してママはあっけらかんと、「あたしはいつでもこんなのじゃないかい?」と返した。

「まあそうだが……」

「気にしなくても結構です。そのぐらいの方がむしろ心強い。ところで、お腹にお子さんは……」

「死んださ。ああ、それこそ気にしなくて大丈夫だよ」

「すいません」


僕のお兄ちゃんにあたる、お腹の子ども。

時々、ママは、僕にその子を重ねてるんじゃないかなって思っている。

けれど、それでもよかった。

ママは、行くあてのなかった僕を育ててくれたんだ。そのぐらいされても別に嫌な気分にはならない。
 ▼ 723 1◆J44kAZeDOM 16/08/28 19:28:06 ID:SbiBWqyE [3/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
温かい、けれど真っ暗なママのお腹の袋の中。

僕は、そこで、じっと機会を窺う。


「それでは、そろそろ時間ですので」

「ああ。出迎えは……誰がするんだい?」

「うーん、前回までは僕がしてましたからね……。今まで通り、僕がやりましょうか」

「了解」


扉が開かれ、また閉じた。その音が聞こえる。
 ▼ 724 1◆J44kAZeDOM 16/08/28 19:28:38 ID:SbiBWqyE [4/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
と、すぐにママたちがヒソヒソ話を始めた。


「ったく、信用ならねぇな、あいつ」

「同感だよ。あのタイミングでキリキザンを潰そうとした辺り、悪意があるようにしか思えない」

「お前もだろ。カクレオンから聞いたぞ」

「あれはタイミングなんて何も関係ない。カクレオンがあそこで突っ込んで行ったのだって、始めはミミロップが敵だなんて思ってなかったからだし」

「……ホント、よく逃げ帰って来てくれたよ」

「ま、あれからずっと鍛えてたらしいしね」

「……そろそろやめとくか」

「だね」


2匹が会話をやめた次の瞬間、何匹かのニンゲンが入って来た。

もちろん、ミミロップも一緒だろう。

じっとしているのも少し辛いが、ローネたちが戦って来た苦痛を思えば、このぐらいなんでもない。

何を話しているのかはさっぱりわからない。

ただ、ママのイライラ具合がハッキリ伝わって来るだけだった。
 ▼ 725 1◆J44kAZeDOM 16/08/28 19:29:42 ID:SbiBWqyE [5/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「それでは、ミミロップさん。前向きなご検討を……」

「もちろんです」

「終わったかい?」

「はい。送り届けて来ますよ」

「あたしもついて行くよ」

「俺も……」

「ボーマンダ、あんたはここでニンゲンアンチを見張ってる役目があるだろ? あたしは一兵卒だから身軽だけど、あんたは一応役職持ちだ」

「ったく、しゃあねぇな」

「よろしくお願いします」


ついに事態が動き出す。

その予感に、僕は意識を集中させた。
 ▼ 726 1◆J44kAZeDOM 16/08/28 19:30:04 ID:SbiBWqyE [6/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
唐突に、ニンゲンの気配が消える。

恐らく、パラレルワールドの行き来をしたのだろう。


「にしても、悪質なデマでしたね。警戒態勢に怯えて逃げたのかもしれませんが」

「ホントだよ、誰だろうね、そんなウワサを流したのは」


張本人がしらじらと。

僕は苦笑いを顔に浮かべた。


「……それにしても、あなたは凄いですね。上を上とも思わないような傲慢な態度」

「お誉めの言葉として受け取っておくよ」

「ハハハ、らしいですね」
 ▼ 727 1◆J44kAZeDOM 16/08/28 19:30:51 ID:SbiBWqyE [7/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ところで……ちょっといいかい?」

「なんでしょう」

「キリキザンは、チョロネコのとこに行って、破滅したんだよね?」

「はい」

「そのチョロネコは、ここにいた。カクレオンから聞いたんだけど……」

「……」


気配が一気に冷え込む。

なんとなく、今のミミロップは、凄い怖い顔をしてるんじゃないかなと思った。




「チョロネコをどこにやったんだい?」




「……君のような勘のいい♀は嫌いだ」
 ▼ 728 1◆J44kAZeDOM 16/08/28 19:31:11 ID:SbiBWqyE [8/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
戦いが始まろうとしている。その気配を感じ取り、僕は、こっそり袋を出ようとした。

さすがに見とがめられずという訳にはいかないだろうが、2対1じゃかなり違うだろう。


と、思っていたが、甘かった。


「気付いてないとでも思ってたのですか」

「うぐぁっ!」


いきなり猛烈な勢いでパンチが飛んで来て、一瞬僕の意識は飛んだ。


「ったく、勘がいいのはどっちだか。リオル、大丈夫かい?」

「なんとかね……」

「ったく、こんな子どもがまた1匹。なんなんだ一体……」
 ▼ 729 1◆J44kAZeDOM 16/08/28 19:32:13 ID:SbiBWqyE [9/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
気が付くと、僕たちはニンゲンに包囲されていた。


「やっぱりね、一筋縄ではいかせないってか」

「どうして誰も理解しない! この世界を救うには、これしか方法がないんだ!」

「諦めてるから、何も進まないんだよ。あんたは、キリキザンにも負ける低能だ」

「黙れ……」

「リオル、向こうに飛び込んできな。イブとチョロネコがいるんだろ」

「うん」


ニンゲンが現れたと思しき所は、真ん中がぐるぐると渦を巻く不思議なわっかだ。

そこの先は、恐らくニンゲンの世界。

イブと、ローネが待つ世界。

僕は、全力で駆け出した。
 ▼ 730 1◆J44kAZeDOM 16/08/28 19:32:40 ID:SbiBWqyE [10/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「クソっ! 待てっ!」


ミミロップの声が響き渡り、次いで大地を蹴り上げる音が聞こえる。


「させるかっ!」


僕の背後に、どさり、どさりと岩が落ちて行く。

ママの技、岩雪崩のお陰だろう。

それをわかっていたから、僕は、ひたすらに走り続けた。


「止まれっ!」

「待てと言われて待つバカがいるもんか!」


ミミロップだけは岩をくぐり抜けてこちら側にやって来たらしい。
 ▼ 731 1◆J44kAZeDOM 16/08/28 19:33:25 ID:SbiBWqyE [11/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
なんとか撒きたい。

出来る事なら、こっちで倒したい。

向こうに行ったら、何があるかわからないのだから。

僕はバカだから、結局立ち止まる。

それ自体が充分なフェイントとして成立していたのか、ミミロップがバランスを崩した。

そして、そこを見逃したりはしない。


「うおりゃあっ!」


グロウパンチで殴りかかる。ジャブだ。

ミミロップは右手でそれを受け止めたが、僕は残りの手を思いっきり振りかぶった。

左手を軸として、僕の体は右へ急回転し、その拳を顔面にぶち抜いた。


「へへっ、どうだ」
 ▼ 732 1◆J44kAZeDOM 16/08/28 19:34:23 ID:SbiBWqyE [12/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「痛い……お前、どうしてだ。ニンゲンは、戦っても勝てないんだ」

「だったら、もう少しニンゲンを信用しろよ! 悪い奴ばっかじゃないんだ!」

「……信じられるか。キリキザンさんが異常だっただけだ!」


ミミロップは、激情のままに拳を振るう。


けれど、その軌道は、簡単に見切れた。

鼻先でかわし、そこにかみつくを決めた。


「うぐあっ!」
 ▼ 733 1◆J44kAZeDOM 16/08/28 19:34:46 ID:SbiBWqyE [13/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
悲鳴をあげるミミロップに、僕は叫んだ。


「ローネは、ローネは攫う必要なかったはずだ!」

「……お前は、なぜそこまで戦える? 待っているのは、死だけだってのに……」

「違うっ! ニンゲンだって、いろいろいるんだ!」

「だからといって、お前を無事に返す訳にはいかない! くらえっ!」


至近距離からの攻撃に、僕は慌てて回避を試みたが、手遅れだった。

壁まで吹き飛ばされ、僕は、背中を強打する。


「うぐっ……」

「お前は何も知らない……何も見ていない!」
 ▼ 734 1◆J44kAZeDOM 16/08/28 19:35:32 ID:SbiBWqyE [14/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「おかしいよ……そんなの」


痛みをこらえ、必死に訴えかける。


「もっと、ちゃんと話し合うべきだっ! ニンゲンは、わかってくれるっ!」

「綺麗事言うなっ! お前なんかに、政治の何がわかるっ!」

「わかんないけどっ! わかんないけど、でもそうなんだっ!」


僕は壁を蹴り、勢いを付けて殴りかかった。

大きく開いた口から、声が漏れ出す。

ミミロップも体勢を整え、僕に向かって拳を突き出した。

拳と拳がぶつかる。


「くっ……行けぇぇええええ!」
 ▼ 735 1◆J44kAZeDOM 16/08/28 19:36:31 ID:SbiBWqyE [15/15] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
叫びに力が宿り、僕は、その拳を勢いよく振り抜いた。

ミミロップの拳が弾け飛ぶ。


「食らえッ!」


――はっけい。

僕の決め技が、ミミロップの顔面にクリーンヒットした。
 ▼ 736 ャロップ@なんでもなおし 16/08/28 19:36:51 ID:KABEEVYc NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 737 リリダマ@ホズのみ 16/08/28 21:10:10 ID:j43kgek6 [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
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 ▼ 738 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 11:49:15 ID:u6OLYyic [1/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
どさり、と音がして、ミミロップは崩れ落ちる。

確認してみると、意識が途切れているようだ。

僕は、ママを呼んだ。

岩の向こう側にいるはずの、ママを。

けれど、返事は聞こえない。

ただ、戦う音が鳴っているのみだ。

……ママなら大丈夫。そう呟いて、僕は踵を返し、ふわふわと漂う円形の装置を見据えた。

体が震える。恐怖を感じていないと言ったら、嘘になるだろう。

けれど、行くしかないのだ。


「あの奥に、イブがいる。ローネも、いる」


イブには、たくさん伝えたい事がある。怒りみたいなマイナスの感情も含めて。

ローネには、お礼を言わなくちゃいけない。僕に、変わるきっかけをくれた事に対して。

そう自分を鼓舞するけれど、それでも足りなかった。少しはマシになったものの、震えは、止まらない。
 ▼ 739 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 11:49:35 ID:u6OLYyic [2/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
――僕は、誰かを護れる強さが欲しい。

――お母さんが、目の前で死んだ。

――僕も、レイプされた。

――もう、誰も、あんな目に遭って欲しくない。

――僕が、誰かを護るんだ。

――イブを、ローネを。そして、この世界を。

――強く、強くならなくちゃ。


ふうっ、と息を吐き出した。

倒れたミミロップの体を見る。

これを、僕がやった。

僕は、大人に負けないぐらい、強いんだ。

やる。やらないといけない。


「待っててね、みんな。この世界は――」


僕が護るから。
 ▼ 740 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 11:49:55 ID:u6OLYyic [3/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


「私も、もっと、強くならなくちゃね」

「急にどうしたの? イブ」


いきなり呟いたイブに、あたしは問いかける。

彼女は、あたしの方を見ないまま、言った。


「トギリさんを断罪するのが、今になって、怖いの。ねえ、私たち、どうなっちゃうんだろうね」


足が震えている。確かに、怖いのだろう。

そもそも、イブにとって、トギリは恩人らしい。それが、例え打算による善だったとしても。

それに加えて、イブは、トギリの冷酷な一面も知ってしまった。

自分の行動が、何を引き起こすのか、読み切れないでいる。

あたしは、何も言えずにいた。
 ▼ 741 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 11:50:48 ID:u6OLYyic [4/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
話は少しだけ前に遡る。


「これ、カメラって言うんだけど、わかる?」

「向こうにもカメラはあるよ」

「あ、そうなんだ。結局見付けられなかったけど」

「新聞に写真が載ってたでしょうに。ま、誰でも手に入れられる訳じゃないけど」

「うーん、でも、モノクロで、しかも静止画だけだよね、さすがに」

「え? 当たり前じゃん、何言ってんの?」

「それがそうじゃないんだよね。これ見てよ」
 ▼ 742 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 11:51:12 ID:u6OLYyic [5/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
イブが指さしたのは、大きなモニター。

そこには、少しずつ移ろい行くカラーの映像が。


「監視カメラって言って、取り付けた場所の映像を、カラーの動画で記録し続ける装置なの。

 これを、誰かにぶつかるフリして押し付ける」


イブの掌には、小さな何かが乗っていた。それこそ、風が吹けば飛びそうな程。


「一応取り付けたら離れないような加工はしてあるけどね。服に付く可能性は、94パー」

「高いね。そんなちっちゃいのに……。ニンゲンの技術力って凄いな、ホント、うん」

「音声も拾ってくれるから、情報も手に入るはずだよ」

「なるほどね。状況を見るには、確かに最適、か」


イブは、ニコリと笑った。
 ▼ 743 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 11:52:02 ID:u6OLYyic [6/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
そして今、あたしたち1匹と2人は、この凄いカメラを用いて監視していた訳だが……。


「リ、リオ?!」

「お母さんも……」


そう、戦いが始まったのだ。

リオと、ガルーラさんが、2匹で大勢を相手していた。

リオは走り抜け、ミミロップも後を追い、ガルーラさんが岩雪崩でミミロップの道を阻む。

けれど、ミミロップの姿も、岩の向こうに消えた。


「リオが……こっち来る……」と、イブは茫然と呟いた。

あたしも首肯し、画面から目を離した。
 ▼ 744 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 11:52:25 ID:u6OLYyic [7/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「……迎えに行かなくちゃ。こっちは危ないんでしょ」

「うん。私が行く。ローネにとっても、ここは危ないから」

「……」


あたしも行きたい、そう思った。

けれど、その意見を主張する事は、直前のあたし自身のセリフに妨害されている。

唇を噛んで、あたしはこらえた。


「わかった。イブ、無事でね」

「私は大丈夫だよ。ニンゲンだし」
 ▼ 745 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 11:52:51 ID:u6OLYyic [8/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
しかし、ここで冒頭に時は戻るのだ。

イブは恐怖を口にし、あたしは、励ます事が出来ない。


「ローネ、どうしてだろう……。イーブイだった時は、ローネを助けにホルードと戦った時も、他のどんな時も、怖くなんかなかったのに……。

 なんで、なんでこんなに、震えが止まらないんだろ……」

「……それは、たぶん――」


あたしは、言葉を呑み込む。

答えは、わかっている。けど、どうしてか、その先を続けたくなかった。


イブも首を横に振り、迷いを断ち切った。少なくとも、あたしにはそう見えた。


「わかってる。やるしかないよ。この世界は――」


私が護るから。
 ▼ 746 ャスパー@メガストーン 16/08/29 12:58:12 ID:rzs7CisU NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
支援!
 ▼ 747 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 14:02:13 ID:u6OLYyic [9/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


僕は、輪っかに飛び込む。

いきなり視界が真白に塗り込められた壁へと変じ、僕は、それに激突した。


「うぐっ……いてて……」


痛む頭を押さえながら、辺りを見回す。

白い壁が延々と続き、明かりに照らされて僕の陰が黒く僕の周りを包む。

どうも、複数個の光源があるらしい。

ニンゲンの臭いが辺りに立ち込めているが、その臭いにも濃淡は当然あって、僕は、その臭いが薄い方へと歩を進めた。

どこかに、ローネの臭いが混ざる事を期待して。
 ▼ 748 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 14:02:33 ID:u6OLYyic [10/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
物陰に身を隠しながら、鼻を頼りに進んで行く。

と、いきなり誰かが走る音を聞いて、立ち竦んだ。

慌てて気配を殺し、息を止めると、そこをニンゲンが走り抜けて行く。

冷や汗が流れた。ここは、妙に寒い。

そろそろと顔を出し、辺りの様子を窺う。

誰もいない。行こう。
 ▼ 749 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 14:03:06 ID:u6OLYyic [11/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


モニターに、リオの姿が映し出されている。


「全く、カメラぐらいよけてくれよ」


カズオが翻訳機を通してあたしに声を届ける。あたしも頷いた。

イブとカズオ以外にも、この画像にアクセス出来るニンゲンは大勢いるらしい。

姿が丸見えだから、見付かるのも時間の問題だ。

イブが速く見付けてくれる事を祈るしかない。

と、モニターに、今度はイブの姿が映る。


「かなり近いな」

「よしっ」


翻訳機ののっぺりとした声に対して、あたしは快哉をあげた。
 ▼ 750 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 14:03:44 ID:u6OLYyic [12/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


少し、ローネの臭いが混ざった気がした。

捉えるには、あまりに弱すぎる臭いだけれど、それでも僕を勇気付けるには充分だった。

とにかく、行こう。

一歩、恐る恐る踏み出し、辺りを見回しながら進む。

全身が感覚器官にでもなったかのように、神経を鋭く尖らせる。

変な音が聞こえたら身を隠し、変な臭いを感じたら身を隠し。変な物を見たら……普通に危険なのだけれど。
 ▼ 751 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 14:04:04 ID:u6OLYyic [13/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
牛歩を続け、少しだけ、ローネの臭いが強くなる。

辿るぐらいなら出来そうだ。

そう判断し、僕はゆっくりと先へ進む。

臭いのする方へ。

一歩一歩。

音を立てないように。
 ▼ 752 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 17:27:04 ID:u6OLYyic [14/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
音が聞こえる。

ローネの足音では、ない。

臭いは、確かにローネの物も混ざってはいる気がするが、それにしては違う物が混ざり過ぎている。

警戒を強め、僕は、身を隠した。

息を殺し、気配を消し、とにかく気取られないように。


『この辺かな……』


何を言っているのだろうか。

理解出来ないのは、ニンゲンの言語だからだろう。

こっから離れてくれ。

しかし、それは虚しい願い事。

儚く淡い希望は、一瞬で打ち砕かれる。


「……リオ、いるよね」


ただし、プラスな方向に、生まれ変わるのだ。
 ▼ 753 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 17:27:24 ID:u6OLYyic [15/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
僕は、息を呑む。

じっとこらえ、時を待つ。

いつ戦いになってもいいように、力を蓄えておく。


「リオ……隠れても無駄よ。……9×9は?」


その問いを聞き、僕の口は、弾かれたように、1つの解を唱えた。


「は、81……」


この問いは……九九の、最後を飾る、この問題は……。


『……私は、もうすぐ人間に戻る。……もし、もしまた私があなたを見付けたら。

 これだけは覚えておいて。9×9は?』

『……81』
 ▼ 754 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 17:27:44 ID:u6OLYyic [16/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「イブ……なの? ねえ、イブなの?」

「リオ……。会いたかった。物凄く、会いたかった……」


イブは、僕の体を、強く、強く抱きしめた。

僕は、震える唇を、なんとかして動かそうとした。

けれど、呼吸しか漏れ出さない。

言葉が自分の中で飽和して、イブに伝えたい想いは多すぎて、言葉じゃ全然足りなくて――

気が付けば、僕の頬を、水滴が滴り落ちていた。

どうしようもなく、溢れて止まらない。


「イブ……」

「……ううん、泣いてる場合じゃないよ。リオ、ここは危険。だけど……もう帰れないし、とにかく、私と一緒に来て。ここから逃げるよ」


涙を押し止め、僕は、顔をあげる。

そして、笑顔で応えた。


「うん!」
 ▼ 755 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 17:28:32 ID:u6OLYyic [17/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


合流出来た……よかった。

安堵のため息をもらしながら、それでも、どこかに拭いきれない違和感を覚えた。

イブは、あたしの時に、あそこまで泣いてくれただろうか。

あたしとの合流よりも、リオとの合流の方が――

いや、考えるのはやめよう。

今は、ひたすら、リオとイブの無事を願うだけだ。

それ以外の事は、出来ないし、しない。

あたしは、前足を合わせた。

余計な雑念を、振り払うために。

自分自身を、見ないで済むように。
 ▼ 756 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 17:29:07 ID:u6OLYyic [18/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


イブの後ろから、なんとか気配を消しつつ進んで行く。

イブの足取りには、迷いなんてなかった。

けれど、イブが例え迷わずとも、状況がイブの足を迷わせる。

僕は今、追われている身。

その僕を匿っているイブも、同じように狙われるのではないだろうか。

後先考えずにこちら側にやって来てしまったけれど、それは結果的に、イブの首を絞めただけじゃないのか。

そんな後悔が胸を襲った。


「リオ、大丈夫。こうなったら、もう、全部公表する。今、すぐに」

「どう言う事……」

「しっ、隠れて」
 ▼ 757 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 17:29:53 ID:u6OLYyic [19/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
イブと合流しても、やる事は何も変わらない。

ひたすら、ニンゲンから逃げ隠れするだけだ。

イブが何やら言い、それに対し、別のニンゲンも、何かを返す。

理解出来ない言語による会話は、正直ストレスだ。


「リオ、外に出るよ」

「えっ」

「気にしないで。私を信じて」
 ▼ 758 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 17:30:29 ID:u6OLYyic [20/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
それから、どれだけ先程のような事を繰り返したか。

何度も何度も、ニンゲンに進路を邪魔される。


「ったく、おかしいよ……。ここまでやって、誰も気付かないって」

「同感。もう、バレる覚悟はしてるのに……」

「……疲れた。休ませて。その部屋で」

「……大丈夫だよね」

「なはず」

「……わかった。いいよ」
 ▼ 759 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 17:31:05 ID:u6OLYyic [21/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


「……どうしたんだろ、リオたち」

「疲れたんじゃないか? ひたすら逃げてたんだ。当然だろ」


執拗に、カズオは翻訳機に直接入力を続けていた。

普通に話すのを翻訳した方が絶対速いのだが、面倒だから追及もしない。

正直今は、それどころじゃないし。


「……イブ、大丈夫かな」

「大丈夫だと思う。彼女はたくましい」

「……だといいんだけど」


嫌な予感ってのは、たいてい的中する。

あたしのそんな不吉な感覚も、その御多分に漏れる事はなかった。
 ▼ 760 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 17:32:19 ID:u6OLYyic [22/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


「はあっ……」

「大丈夫?」

「うん……。嘘吐いて、嘘吐いて。あたし、向こうに行ってから、嘘ばっかり。もう、疲れちゃった……」


自嘲気味に笑ったイブ。

僕は、それを否定する事が出来ない。

だって、たいていは僕の前で吐かれた嘘なのだから。

イブが、初めて見せた弱さだった。

僕は、そっと、掌を重ね合わせる。


「ふふ、ありがと、リオ。さてと、そろそろ行かなくちゃ――」

「どこへ行くと言うのだ? リオルなんか連れて」
 ▼ 761 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 17:32:43 ID:u6OLYyic [23/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


「あっ、ヤバい。トギリさんだ」

「えっ、トギリ?!」

「イブたちの部屋に入って行ってる」

「はぁ?!」


あたしは叫んだ。

リオとイブが、危ない。
 ▼ 762 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 17:33:03 ID:u6OLYyic [24/50] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「カズオ、どうすればいいのよ?!」


あたしは、カズオを揺さぶる。

カズオは、黙として語らない。

その唇からは、声のかけらもこぼれない。

揺さぶり続けるあたしをカズオは、強く、叩いた。


「いった……」


カズオは、その体を震わせる。恐怖だ。恐怖の感情が、彼を覆っていた。
 ▼ 763 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:20:10 ID:u6OLYyic [25/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


『ト、トギリさん……』

「誰?」

「黒幕」

「えっ」

『残念だよ。君は、もっと私に従順でいてくれると思ったのだが……』

『おあいにくさま。私は、1人の人間です。あなたの読み通りに動く、駒なんかじゃありません。

わかってましたよ、あなたが私を助け出したのは、そういうのが目的だって。心の傷に付け込んで……。

ったく、素直に騙される私もどうかとは思いますけど』

『さすがだな。私が見込んだだけの事はある。が、しかし君は……愚かだ』


イブと、目の前にいる黒幕が、何やら話し込んでいる。

その間の空気は、氷だ。

視線が交錯し、空気を凍らせる。

僕は、何がなんだかわからないままに、それを見ていた。
 ▼ 764 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:20:34 ID:u6OLYyic [26/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
『トギリさん……なんで誘拐なんて馬鹿な事をしたんですか?』

『馬鹿な事、か。君なら理解してくれると思ったんだがな……。単純さ。こちらに有利になるように、だ』

『……相手の不満を高めるのは、将来的に大きなマイナスになる』

『ふん、反乱など起こらんよ。大昔、カントーやジョウトでは、刀狩りという事が行われた――なんて、知っているだろうけどな』

『ちょっ、トギリさん、ポケモンに……技術を伝えないつもりなの』

『当たり前だろう? ポケモンなぞ、所詮畜生だ。我々人間が気に掛ける必要などない』

『っ……! このっ……

 ニンゲンの、恥晒しっ!』


イブが、強く叫んだ。

黒幕が、ニヤリと笑った、気がした。
 ▼ 765 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:20:59 ID:u6OLYyic [27/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「リオ、やるよ。もう躊躇しなくていい」

「こいつが、敵なんだ」

「うん。いわゆるラスボスにあたるはず」

「こいつを倒せば、ニンゲンは止まるんだね!」

「うん!」

「行くよ、リオ。私があなたに指示を出す」

「わかった」


戦いが、始まる。

その予感に、僕の体を震えが走った。

恐怖ではない。武者震いだ。

黒幕に相対する。

彼は、ニヤリと歪めたままの唇から、言葉を放り投げる。


『さあ、仕事だ』
 ▼ 766 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:21:48 ID:u6OLYyic [28/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
宙を舞った件の紅白のボール。

緩やかな放物線を描いたそれは、僕の数メートル先に着地し、高くバウンドする。

そこから赤い光線が伸び、そこから出て来たのは――


「な、なんで……」

「嘘……でしょ?」


信じられない光景に、僕は、いや、僕たちは、驚き、立ち竦む。


「お前たちは、負ける」


黒幕が、ポケモンの言葉で話した。

黒幕が繰り出して来たポケモンが、一声、唸りをあげる。

僕は、それに怯まずにはいられなかった。

どうして? どうして捕まってるの?


ママ……。
 ▼ 767 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:22:28 ID:u6OLYyic [29/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「お前の母親は負けたんだ。そして、今では、私の従順なる僕という訳だ」


ママが、僕たちを、ぎろりと見詰める。

背筋を、汗が滴り落ちた。


「トギリさんも話せるんだ……。なら、遠慮なくこっちもポケモン語で行きます」

「勝手にしろ。ガルーラ、こいつらを、潰せ」

「ママ、僕だよ、リオル! わかんないの?!」

「無駄。ボールの洗脳効果、トギリさんが高めてるっぽい。完全に、操られてる」

「そ、そんな……」
 ▼ 768 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:23:09 ID:u6OLYyic [30/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「リオ、やるしかない。私も辛いけど……グロウパンチ!」

「こちらもグロウパンチ」


トギリ(という名前なのだろう)の指示に従って、なんの躊躇いもなくこちらに拳を振り下ろすママ。

僕は、覚悟を決め切れずにいた。

ママの攻撃をすんでの所で回避し、隙だらけの姿を見付けても、僕は、攻撃を仕掛けられない。


「リオっ! ……卑怯よトギリっ!」

「ふん、反乱分子は、徹底的に潰すに限るからな」

「……お母さんを使って。だから、私たちを泳がせてたのか」


このセリフを聞きとがめたいのだけれど、そんな余裕はなかった。

グロウパンチを壁に当て続け、ママの攻撃力はどんどん高まって来ている。

そろそろ危険だ。あれを食らってしまったら、意識がぶっ飛ぶでは済まないだろう。
 ▼ 769 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:23:49 ID:u6OLYyic [31/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……あんたの作戦はどうでもいい! トギリっ! 絶対に許さないっ!」

「哀れだな。攻撃すら出来ないと言うのに」


目の前に拳が振り下ろされた。

それは、もはや大地を揺るがす程の威力となっている。


「うぐっ……」


歯を食いしばり、後ろに身をかわした。

いや、吹き飛ばされたと言った方が正しいかもしれない。

あまりの威力に、当たらなくても巻き起こる爆風だけで効果が出るのだ。


「リオっ!」

「降参するか? 戦えないのなら、負けあるのみだ」

「降参……するもんか!」

「ふんっ、ガルーラ、いわなだれだ」
 ▼ 770 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:24:19 ID:u6OLYyic [32/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その指示を聞いて、僕は、作戦を組み立てた。

しかし、組み立てはしたけれど、実行する勇気が、未だ出て来ない。

攻撃しないと殺される。

それはわかっている。

けれど、竦んだ足は、動いてくれなかった。


「――リオ、やるしかないよ。私たちがやらないと、お母さんは、ずっと苦しんだまま」

「……どうすればいいの? 僕、ママを攻撃なんて……」

「……やるしかないの! リオ、お母さんは、あんたがそんな風にビビる事なんて、望んでないっ!」


ママは、岩雪崩の体勢に入っている。

グロウパンチで付いた勢いが、その岩にも表れているのか、1つ1つが巨大サイズだ。当たったら、それこそ命はない。
 ▼ 771 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:24:40 ID:u6OLYyic [33/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あんたしかいないのっ! お母さんを救えるのはっ!」


ママを、救う。

ママは、苦しんでいる。

僕は……僕は……!


「うおぉぉおおおおおおおおっ!」
 ▼ 772 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:25:12 ID:u6OLYyic [34/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ママが、岩雪崩を繰り出す。

落ち着け、リオル。

冷静になって、1つ1つの動きを見極めろ。

軽く息を吸い込んだ。


「リオっ、よけてっ!」

「言われなくてもっ!」


僕は、飛び上がり、岩に向かって着地を決めた。

そして、その直後、再び今度は別の岩に向かって飛び上がる。

軌道は、見極められる。

これでも僕はリオル。波導の一族だ。

落ち着きさえすれば、このぐらい出来て当然なはずだ。

お母さんも、昔そう言っていた。

――やる。

降りかかる岩を利用し、僕は、少しずつ、高みへ向かう。
 ▼ 773 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:25:34 ID:u6OLYyic [35/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「いっけぇぇぇええええっ!」


当然、いつまでも登り続けられる訳ではない。

しかし、それこそが僕の狙いだ。

落ちる時、どんどん勢いが付いて行く。

それを利用し、全てを拳に乗せて、ぶつけるのだ。

叫びが狭い部屋に反響し、喧しく響いた。


「リオっ! 行けるよっ! グロウパンチっ!」


ママ、ごめん。

心の中でそう唱えながら、僕は、拳を振り抜いた。
 ▼ 774 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:25:56 ID:u6OLYyic [36/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
小気味のいい音が部屋に響き渡る。

僕の拳は、効果抜群の一撃を、間違いなくママにぶつけていた。

重力の相乗効果で、普段よりも格段に重い一撃を。

しかし、ママは甘くない。

多少ふらつきこそしたが、僕の全力の攻撃を受けて、それでもなお、立っていた。

そして、ニッと笑う。

いつものママの笑顔。一瞬だけど、確かに、見慣れた笑顔が、そこに浮かぶ。

しかし、それは、あっという間に黒い笑みへと塗り替えられる。


「ようやく重い攻撃をして来たか……。待っていた、この瞬間を。カウンター」
 ▼ 775 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:26:24 ID:u6OLYyic [37/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
トギリが、冷酷にそう言い放つ。

攻撃モーションのまま動けずにいた僕に、それを避ける術はない。

それを悟ったのか、イブも、指示を飛ばさない。ただ、「耐えきって!」と叫ぶのみ。

僕は、いずれ来る一撃に備え、歯を、強く食いしばる。

そして、インパクト。

ママの拳が、僕の頬を捕らえる。

捻じ込まれ、激痛が体を襲う。

そして、その衝撃を持ったまま壁へと弾き飛ばされる。

勢いの付いた体は、壁にぶつかり、鈍い音を立てる。

一瞬の、永遠。痛みが、体中を駆け巡り、狂ったように音を奏で始める。

引き延ばされた時間が、苦しみを強める。


「リオっ」


イブの叫び声も、やけにスローに聞こえた。
 ▼ 776 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:27:25 ID:u6OLYyic [38/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あまりの痛みに、意識を飛ばす事すら許してくれない。

ひたすらに、体中をオーケストラが荒らしまわっている。


「リオっ! しっかりして、リオっ!」

『もう無理だろう。大人しく降参しろ』

「嫌だっ! 誰が……誰があんたの言う事なんて聞くかっ! リオを……リオを返せっ!!」

『初めから諦めていれば……』

「リオ……リオ、ダメ、死なないでリオ……」


2匹の声を聞きながら、僕は、燃えるような痛みを、必死に抑え込んでいた。

まだ戦える。

僕は、戦わないといけない。
 ▼ 778 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:28:23 ID:u6OLYyic [40/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
指先を、軽く動かす。

その音が、とてつもなく小さな音が、それでも確かにイブの耳へ届く。


「リオ?」

「あ……きら……め……るな……」

「リオ、しゃべっちゃダメ!」

「せか……いを……まも……」

「リオ、お願いだから……」


イブの涙が僕の顔に滴り落ちる。

僕は、ニコリと笑った。
 ▼ 779 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:28:45 ID:u6OLYyic [41/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「だい……じょうぶ……僕は……イブとなら……」

「リオっ!」

「ガルーラ、とどめだ。いわなだれ!」

「……イブ、最後まで……一緒に……戦って……くれ……るよね……?」

「当たり前よ……だけど……」

「ママが……攻撃……僕……戦う……」

「――!」

「イブとなら……僕は……みんなを……護れる……強く……なれる……」

「リオ……」

「もろとも潰せ」

「……そうだよね。傷を恐れてちゃ、変化を怖がってちゃ、前には進めない!」
 ▼ 780 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:29:20 ID:u6OLYyic [42/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
決めたんだ。僕は、みんなを護れるように、強くなる。      決めたんだ。私は、みんなを護るために、強くなる。

    もう、誰にもあんな苦しみは味合わせたくない。    傷付いてるフリして自己満足するのも、充分だ。

       「僕は……」                         「私は……」

          「もっと……」                 「もっと……」

                      「「強く!」」
 ▼ 781 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:29:45 ID:u6OLYyic [43/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
言葉が、想いが、重なり合い、シンクロして。

そして、僕の体に、奇跡が起こった。

まず、光を帯び始める。

進化の光だろうか。さもありなんと思う。

リオルは、懐き進化だ。このタイミングでの進化は、充分過ぎる程に考えられる。

しかし、どうにもそうではないらしい。

本来なら鋭い突起が生まれるはずの手の甲に、そんな物は現れ出ない。

ただ、頭に付いている束が、長さ、量を増して、体の背面を包み込む。

目線は、少しずつ高まっている。

体も、再構成が始まっているようだ。

光の粒が、僕の体を行き来し、成長が始まった。
 ▼ 782 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:30:05 ID:u6OLYyic [44/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
それだけではない。

記憶が、次々と蘇る。

出会い。

ローネを助けた大立ち回り。

勉強。テスト。

マイナンとプラスルのケンカ。

マイナンの捜索。

数え上げればきりがない程の、イブとの、ローネとの思い出が、脳の中を駆け巡る。

この一瞬、僕の体から、痛みが消えた。

温かい何かに包まれている、とも言えるかもしれない。

そして、自らの体から、力が湧き出す。波導の力だろうか。

それは、自らを纏い隠す、ベールとなる。
 ▼ 783 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:30:40 ID:u6OLYyic [45/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「リオ……これ」

「キズナ現象……だと?」


キズナ現象。それが何なのか、僕にはさっぱりわからない。

けれど、間違いなく、いい事だ。

僕は、立ち上がる。

痛みは、あの後戻ってこそ来たが、今は、それすらもかすむ程に、力が溢れる。

イブが、自分の中にいる。

そんな感覚だ。

間違いなく、目の前にイブはいる。けれど、自分の中にも、確かに存在している。


「何……これ」


僕とイブが、同時に言った。
 ▼ 784 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:31:10 ID:u6OLYyic [46/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「でも、とにかくチャンスだよ!」

「だね! 行ける! 今しかないよ!」

「小賢しい。ガルーラ、シャドーボール」


イブが目を閉ざす。

そして、僕の何かに、直接訴えかけてくる。

その通りに行動すると、ママのシャドーボールは、全て間違った方向へ飛んで行った。

イブが、掌を前にかざす。

それに釣られたように、僕も腕伸ばした。

纏った波導が、掌の一点に集中して行く。

僕のその姿が露わになり、ママも、それを見て、微笑んだ気がした。


「いわなだれで潰せ」

「今よリオっ!」


僕は、波導を飛ばした。
 ▼ 785 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:31:35 ID:u6OLYyic [47/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
それは、思いがけない方向へと飛んで行く。

しかし、これでいいのだ。

イブが、そう指示を出しているのだから。

僕は、その作戦に、乗りかかるのみ。

襲い来る岩を、全て拳で打ち砕いた。

ひたすらに、振り払う。
 ▼ 786 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:31:59 ID:u6OLYyic [48/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「なっ……。だが、どこを狙っているのだ」

「そりゃ、お母さんを攻撃せずに勝つには……」


波導弾は、ママを遠く飛び越えて、どこかへ消えて行った。

そう思って油断した、トギリの負けだった。

波導弾は必中技。外れるはずなんて、ない。

トギリの背後に、巨大な、とてつもなく巨大な、力の塊が浮かんでいた。

トギリが、何かを察して振り返る。

その目は恐らく、恐怖に塗り替えられて行った事だろう。

波導弾が炸裂した。

狙いは――ママのモンスターボール。

爆音が鳴り響き、僕は、思わず、耳を塞いだ。
 ▼ 787 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:32:19 ID:u6OLYyic [49/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


その音は、遠いであろうここまで響いた。

リオたちが勝ったのは、監視カメラの映像で確定している。

ほっと安堵のため息を漏らした。

それにしても、なんだったのだろう、リオのあの姿は。

見た所、ルカリオではないから、進化ではない。

背は高く伸び、どことなくルカリオの面影を持ってこそいるが、どちらかと言うと、イブに近い風貌をしているように思うのだ。


「ま、これでいいや。勝ったんだし」
 ▼ 788 1◆J44kAZeDOM 16/08/29 19:32:44 ID:u6OLYyic [50/50] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
カズオは、まだ震えている。


「ほら、カズオ。イブたちが勝ったよ。何ビビってんの」


ただ、首を横に振るのみだ。

翻訳機の言葉すら、彼の耳には届いていないのだろうか。


「落ち着きなって」



――だが、落ち着いてはいられない事態が、間もなく勃発する。
 ▼ 789 ブトプス@たいようのいし 16/08/29 19:36:51 ID:3ka6jMAU NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ポケモンに技術伝えたら人間奴隷にされると思うんですけど
まさに鬼に金棒ってやつだな
 ▼ 790 ジャンボ@マスターボール 16/08/29 19:58:18 ID:uIeT3Kfg NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
一気に進んだね
 ▼ 791 CSn9vcIqE6 16/08/30 10:24:27 ID:Ajbf2rU. NGネーム登録 NGID登録 報告
支援です〜

面白くなってきた…!
 ▼ 792 コン@とけないこおり 16/08/30 10:52:25 ID:xDjsBhvE NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
イブ達はなんでポケモンに技術をあたえようとしてんの?
技術を渡したら人間側のアドバンテージが消えるしポケモンにもクズはいるし

どっかでこれに触れてた気がしたが忘れた
 ▼ 793 ャオニクス@ばんのうごな 16/08/30 13:03:35 ID:MqnE3ksU NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 794 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 17:41:42 ID:h.rwy/Z6 [1/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


僕は、光に包まれたかと思うと、あっという間に元のリオルに戻っていた。

そして、体を疲労と痛みが襲う。

唸り声をあげ、僕は、倒れ込んだ。


「リオっ! ……ゆっくり休んでて」

「……それも……厳しいかな、痛すぎて……」


切れ切れの言葉をイブに投げかける。

イブは、心配そうに、僕を見詰めていたが、その自分が肩で息をしている事に、気付いていないようだった。

へへ、と笑い声を出した。

しかし、安心するには速過ぎる。それを、僕たちはすぐに思い知る事になる。
 ▼ 795 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 17:42:30 ID:h.rwy/Z6 [2/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「……私は……負けたのか……だが、ただでは消えん」


不意に、倒れているトギリの体から、声が漏れた。

いや、トギリの体だけではない。周囲から、様々な方向から、トギリの荒い息が聞こえる。


「負け惜しみもいいとこね。アナウンスなんか起動して、何するつもり? もう、あんたはダメよ。私、あんたが誘拐の自白をした所、ちゃんと録音してるから」


イブを無視して、トギリは続ける。

止めに入ろうとしたけれど、僕の体は、動かなかった。


『ここが、ポケモンに占拠された。自爆テロだ。速やかに避難の事』

『……えっ?』

「どうしたのイブ?」


イブの体が、震えている。

トギリが、手に持つ何かのスイッチを押した。


『まさかあんた……この建物に、爆弾を?』

『そのまさか、さ。正確には、私が今、手に持っている物だがな。これで、証拠もろとも、お前らを潰す』
 ▼ 796 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 17:42:53 ID:h.rwy/Z6 [3/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


何やら騒がしい。

先程の音声アナウンスが入ってから、ずっとそうだ。

まあ、当然と言えば当然だろう。

アナウンスの音声は、翻訳機を通して、ポケモン語に変換された。

当然、あたしはその発言の意味を理解する事になる。

ここが、爆発する。ポケモンのせいで。

当然大嘘だ。追い詰められたトギリの策略に過ぎない。

しかし、ここが爆発すれば、証拠は一掃、真相を知っているあたしたちも一掃。そして、ポケモンに罪をなすり付け、向こう本位の交渉が出来る。

なんて事を冷静に考えていたのは、あまりに現実味が乏し過ぎたからだろうか。

意味を頭で理解しても、心での理解は、それから数十秒経って、ようやく訪れた。


「ってはぁぁぁああああ?!」
 ▼ 797 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 17:43:24 ID:h.rwy/Z6 [4/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


「トギリは……なんて言ってるの?」


痛みに耐えながら、必死で問いかける。イブの焦りが、切実に伝わって来たから。


「ここが……爆発する……。あっ、ダメ! お母さん、起きて!」


洗脳が解け、ママはどさりと崩れ落ち、そのままだ。


「お前たちは……どうせ逃げられんがな」

「通路を閉鎖するってんでしょ。そんぐらいわかってる。舐めないで。

 あっ、なんで諦めないのか。それは、諦めたら終わりだから。わかった? ってな訳でトギリさん、黙ってて。脱出方法を、ひたすらに考えるから」
 ▼ 798 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 17:44:20 ID:h.rwy/Z6 [5/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


イブはそう言っているが、逃げられるのだろうか。

モニターからの会話に耳を澄ます。聞き取れない部分は、翻訳機からの音声で伝え聞く。


「時限爆弾でしょ? あんたが持ってんの。人間たちが逃げる必要もあるんだし」

「ああ。任意のポイントにシャッターを下ろせる。壊すのは……外と内、両方から強力な打撃を加えればいいんじゃないか?」

「どうして教えてくれる訳?」

「どうせ無理だろうからな。シャッターから脱出したところで、出口に間に合わん」

「あっ、それもそうか……」


何納得してるのよ、イブ。事実だけど。


「だけど、やるしかないんだ」


こうなれば、外側にいるあたしも、、何とかしないといけない。

リオは満身創痍、イブも疲れているらしい。


「カズオ、爆弾を止めるしかイブたちを助ける方法はないよ。ねえ、どうすればいいのか教えて」
 ▼ 799 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 17:45:18 ID:h.rwy/Z6 [6/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


「教えて」と翻訳機がのっぺりした声で伝える。

僕は、どうすればいいのだろう。

怖かった。どうしようもなく、怖かった。

言葉が、体の中を、出口を求めてぐるぐる周る。

チョロネコが僕の体を揺さぶった。


『教えてよっ! どうすれば、爆弾を止められるのっ! お願いだから、教えてよっ! イブも、リオも……母さんもっ!

 お願いよっ、教えてよ! 教えてよ……イブを、リオを、母さんを……助けたいの……』
 ▼ 800 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 17:46:04 ID:h.rwy/Z6 [7/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
喉の奥から、かすれたような何かが浮かび上がって来る。

それを、無理に絞り出す。


「こ、凍りゃせれば……ばくでゃん……とまりゅ……」

『は? なんて言ってんの? 翻訳に引っかかんない!』


僕は、慌ててタイピングを行った。


『温度を極限まで下げれば、時限爆弾は止まるはず』

「了解! カズオ、ユキメノコ出して!」


僕は、そこにあったボールから、ユキメノコを繰り出した。


『ユキメノコ、付いて来て! カズオの想いも同じはず!』

『かしこまりました』


そのまま2匹は走り去って行った。
 ▼ 801 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 17:46:40 ID:h.rwy/Z6 [8/25] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
と思ったら慌てて戻って来る。


「道わかんない。案内して」


翻訳機の声を聞いて、僕は立ち上がった。
 ▼ 802 バット@カゴのみ 16/08/30 19:32:56 ID:rOOzYIFU NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そろそろ終わりが近いのかしら
 ▼ 803 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 19:34:44 ID:h.rwy/Z6 [9/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


ぼんやりする思考は、ぐるぐると訳もわからない方向へ行ったり来たり。

ただ、爆弾があって危険だ、としかわからなかった。


「お母さん、しっかりして! 扉を壊せるかもしれないのは、お母さんだけなんだよ!」

「う、ううむ……」

「お母さんっ!」

「……イブかい?」

「……な、なんでわかったの?」

「あたしの事をお母さんと呼ぶのは……イブだけさ」

「……とにかく、すぐに状況を説明する。聞いて」
 ▼ 804 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 19:35:10 ID:h.rwy/Z6 [10/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


カズオの先導で、あたしたちは走る。

逃げ惑うニンゲンたちは、あたしたちに一切構う事などない。

ただ、ヒトの流れに逆らって走るのは、かなりの重労働でもある。

急げば急ぐほど空回り。

ひたすらにもどかしかった。


「とにかく……逃げてる間は爆発もしないはずだけど」


そう呟いて、自分を安心させるのみ。

限界まで急いで、それでもなお遅いのだ。こうでもしないとやってられない。
 ▼ 805 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 19:36:17 ID:h.rwy/Z6 [11/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「……そうか。トギリ、話は……後で、署でゆっくりと聞かせてもらう。リオ、イブ。あたしのポケットの中に隠れるんだ」

「わかった。だけど、私は時間を見るから」


イブは、僕を抱え、ママの袋の中に放り込む。


「あたしは……とにかく、扉を壊すよ」

「……氷タイプの技は覚えて……ないか。4つ出てたし」

「え、どうしたんだい?」

「極度の低温は、時限爆弾を止めるんです」

「なるほど……だけど、生憎あたしは持ってないよ。誰もないだろうね、ここにいる誰も」

「……とりあえず、壊すしかない。急いで」

「了解!」


そう言って、ママは立ち上がり、グロウパンチを幾度も壁に叩き付け始めた。

僕の意識は、先程の戦いの疲れからか、薄れて行く……。
 ▼ 806 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 19:36:47 ID:h.rwy/Z6 [12/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


カズオが指差したのが、通路を防ぐ扉。

奥からは、ガンガンと殴り付ける音が聞こえる。

きっと母さんだ。目覚めて、壊そうと奮闘しているのだろう。

あたしも、外から攻める。

爪を研いで、爪を研いで、6回繰り返し、あたしは、深呼吸をした。

そして、つじぎりをぶつける。

内と、外。2つの攻撃をぶつけてなお、扉はビクともしない。

いつの間にか、辺りは静まり返り、あたしたちの攻撃の音しか聞こえなくなっている。

イブの声が、扉の向こうで叫んだ。


――後、1分。
 ▼ 807 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 19:37:15 ID:h.rwy/Z6 [13/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「くそぉぉおおおおおっ!」


あたしの叫びは、ひたすらに扉を破壊する力へと変換されて行くけれど、それでも扉は、傷だけは付けても壊れる気配なんて一切ない。


「あたしがっ! あたしにもっと力があればっ! みんな、死なずに済むのにっ!!」


扉を、拳で打ち付けた。

溢れる思いが、あたしの体を、勝手に動かす。


「どうしてよっ! どうしてっ! あたしは弱いのっ?!」

「チョロネコ、わめいてるヒマがあるなら、攻撃するんだよっ!」


母さんの叫び声が聞こえた。

それもそうだ。だが、どう考えても間に合わない。
 ▼ 808 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 19:37:56 ID:h.rwy/Z6 [14/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ったく、あんただけでも逃げればよかったのに――」

「んな事、出来る訳ないでしょ、この低能! あたし、みんなに助けられたのよっ?!」


叫びながら、つじぎりを繰り出す。

扉は、開かない。


「あたしは、みんなと一緒に、死ぬっ!」

「大丈夫だよ! 死になんてしないさ!」

「比喩よっ! 攻撃を続けてっ!」


――後、50秒。
 ▼ 809 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 19:38:16 ID:h.rwy/Z6 [15/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「つじぎりっ! つじぎりっ! つじぎりっ!」

「砕け散れっ! グロウパンチっ!」


内からも外からも、攻撃は激化する。

しかし、あたしたちは同時に、疲労の色を深めて行く。


「ユキメノコ、シャドーボールぶっ放して! この辺に!」

「了解」


特殊技がここでは役割をあまり持てないのはわかる。

物理的に吹き飛ばしたいのだから。

しかし、0よりはマシだ。

少しでも、早くなるのなら。
 ▼ 810 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 19:39:23 ID:h.rwy/Z6 [16/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
次の一撃を仕掛けようとして、あたしは気付いた。


「あっ……」


PP切れだ。

このタイミングで起こるなんて、想定外だった。


「クソッ! クソッ! クソッ!」


何度念じても、あたしの手は、黒いオーラを纏わない。

あたしは、あたしの非力を、呪った。


「どうしてっ! あたしは、何も出来てないっ! イブに、リオに、母さんにっ! 何も……何も……」

「お手伝いしましょうか? チョロネコ様」


不意にかけられた声に気付いたのは、一拍おいて後だった。


――後、40秒。
 ▼ 811 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 19:40:03 ID:h.rwy/Z6 [17/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「あ、あんた……なんでここに……」

「チョロネコ様をお守りするためで――」

「訳わかんない。帰ってくれる?」

「お望みとあらば。ですが、チョロネコ様、力を欲しているようにお見受けされるのですが」

「そ、それは……」

「事情は、後程説明いたします。今は、信じてください」

「っ……」

「信じてください」


唐突に、目の前に現れ、嫌に丁寧な口調であたしに話すこいつ。

それでいて、説明もなしに、信じてくれ、もないだろう。

が、あたしが腕力を欲しているのは、紛れもなく事実。

どうすればいい? あたしは、どうすればいい? こいつの狙いは、なんだ?
 ▼ 812 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 19:40:40 ID:h.rwy/Z6 [18/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
一瞬の逡巡。しかし、あたしは、決めた。

全てを知るなんて不可能だ。なるべくたくさんの事を知って、それでも、ある程度は妥協するしかない。

信じる、という結果は、わからない所も含めて受け入れる、というプロセスにおいてのみ、初めて成立する物なのかもしれない。

だから、あたしは、言った。


「わかった。どうしてあんたがいきなりいんのか、後でたっぷり説明は貰うからね――





 ギルガルド」


――後、30秒
 ▼ 813 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 19:41:08 ID:h.rwy/Z6 [19/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「チョロネコ様、残りの奴らも、離れてください」


そう言ってあたしたちを押しやるや否や、ギルガルドが、その刀身でもって、アイアンヘッドを扉に向かって叩き付ける。


「うおりゃぁぁぁあああっ! 俺様の刃の前に沈めぇぇぇぇええええっ!」


恐らく、こっちが本性だろう。

あたしの前でのみ、態度が一変するこいつ。

狙いはわからないが、少なくとも今は、協力体制に入っているようだ。

なら、あたしも、見届けるしかない。

咆哮を上げながら、ギルガルドは、扉を攻撃し続ける。

目算だが、少しずつ、壁が壊れつつあるのではないだろうか。

亀裂が入っている。

何度も、何度も、斬りつける。


――後、20秒。
 ▼ 814 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 19:41:39 ID:h.rwy/Z6 [20/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
時間が、いやに短い。

1秒が、あっという間に過ぎ去る。

ギルガルド、母さん。頑張って。

あたしは、そう、祈りを込めずにはいられなかった。

そして、亀裂が広がり、ついに――

ピキリ、と音が鳴った。

そこを狙って攻撃を続けるギルガルド。

そして、広がった亀裂から、壁は、崩落した。

少しずつ、砂塵と化して行く壁。

瓦礫が、足元に転がる。


――後、10秒。
 ▼ 815 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 19:42:07 ID:h.rwy/Z6 [21/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、ユキメノコとともに走った。

そして、指示を出す。


「ユキメノコ、吹雪を――」

「吹雪を、あそこを狙って全力でっ!」


イブが、続きを引き取り、爆弾の詳細な場所を示した。

ユキメノコが、ニヤリと微笑み、空気を冷却して行く。

そして、トギリの体をめがけて、ひたすらに技を撃ち出した。
 ▼ 816 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 19:43:39 ID:h.rwy/Z6 [22/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
倒れているトギリ。

吹雪を撃ち出すユキメノコ。

疲れてへたり込む、母さんとギルガルド。

リオは、きっと、母さんのお腹の袋だ。

イブは、時間をカウントしている。

あたしは、ひたすらに、祈った。

お願い、止まって。

頑張って、ユキメノコ。

あたしは何も出来ないから、せめて、祈らせて。

お願い、ユキメノコ。

みんなを、助けて。
 ▼ 817 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 19:44:04 ID:h.rwy/Z6 [23/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
何秒の間、そうしていただろうか。

やけに、今度は時間が経つのが長かった。

時間にして、間違いなく、10秒以内の出来事だ。

けれど、あたしにとって、何時間にも、何日にも感じられる、それ程の長さだった。

皆が、ユキメノコを注視する。



――後、0秒。
 ▼ 818 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 19:44:38 ID:h.rwy/Z6 [24/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告




時が経った。





爆弾は……









停止していた。
 ▼ 819 1◆J44kAZeDOM 16/08/30 19:45:04 ID:h.rwy/Z6 [25/25] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







6章 戦い 完






 ▼ 820 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 00:24:40 ID:hWQpvN82 [1/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「頑張るんだよ」


少年――いや、もう青年と呼ぶべきだろう――は、ずっと引きこもって機械いじりばかりしていた彼は、その機械いじりの能力が認められて、ある所に就職する事になった。

人口増対策プロジェクト、と言う物だ。

現在、人間の数は増加の一途をたどっている。

しかし、生命と言うのは、増え過ぎると逆にその勢いを減らす事になり、最終的にその生命を絶やす事にもなりかねない。

具体的な問題を挙げると、食糧難や、土地不足、水不足などだ。
 ▼ 821 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 00:25:01 ID:hWQpvN82 [2/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「まさかあなたが、こんな凄いとこに就職出来るなんてねぇ」


大した事ないよ、と手話でもって伝えると、母は笑って言った。


「そんな謙遜しないの! あんたの力で掴んだ栄光なんだから、もっと誇りに思いなさい」


青年はニッコリ微笑んで見せると、行ってきますと伝えた。

母も笑顔で送り出す。

彼は、振り返る事もなく歩き始めた。

その顔は、一瞬で凍り付き、ただ、絶望に伴う小さな笑いだけが浮かんでいた。
 ▼ 822 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 00:25:29 ID:hWQpvN82 [3/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


あれよあれよと言う間に、ポケモンたちが雪崩れ込み、トギリやその他人間を連れ去って行ってしまった。

イブが録音した物が証拠として採用された。

説明にはだいぶん難儀していたが、イブの苦心のお陰で無事に成功したらしい。

僕たちも、任意同行の形を取って、警察へと連行された。

こうなる事は、可能性としてはあり得ただろう。何しろ、人間なのだから。

それは予想外だったものの、計画は成功と言えるだろう。

思えば偶然に頼り過ぎた物だ。

正直ここまで上手く行くとは思っていなかった。

僕は、僕の心に、未だに暗い情念を燃やしている。

自覚はある。だが、消す気はない。

これからの展開を、見守るとしよう。
 ▼ 823 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 00:26:25 ID:hWQpvN82 [4/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そう言えば、僕は、再び言葉を話せるようになった。

声を出さずに笑った、あの日以来だ。

言葉の話し方を忘れてしまったのか、幼児のような発音しか出来ないけれど、少しは快方に向かって行っているのかもしれない。

どちらにせよ、僕の計画は、達成されたも同然だ。

もう、後悔はない。

例え、このポケモンと人間を巡る物語が、どんな結末に転ぼうとも。
 ▼ 824 ッピ@きよめのおふだ 16/08/31 12:10:20 ID:RLdl039Q NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
支援
 ▼ 825 マザラシ@くろいビードロ 16/08/31 13:40:21 ID:hWQpvN82 [5/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







7章 ポケモンと人間が出会い、交わると言う事






 ▼ 826 チコール@するどいキバ 16/08/31 13:40:41 ID:hWQpvN82 [6/55] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


「リオル! パース!」


僕は、足元のボールを蹴り上げた。

ボールは放物線を描き、友達、シシコの目の前に着地する。


「シシコ! 任せたよ!」

「ナイスパスリオル! 行っけえ!」


シシコはそれを前へと蹴り飛ばす。

狙いはコーナーの隅。

シシコの放ったシュートは、狙い通り隅を貫いた。

僕は大きく叫んだ。


「ナイッシュー!」
 ▼ 827 マヨール@チャーレムナイト 16/08/31 13:41:05 ID:hWQpvN82 [7/55] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
夕焼けが眩しく辺りを照らしている。

校庭に、たくさんの陰が伸びていた。

そんな中、僕の親友、ローネが声をあげる。


「リオ! もうそろそろ帰るよ」


なぜかシシコがそれに答えた。


「えー、もっと遊びた――」

「だ、め、で、す」

「ちぇっ」

「もう帰ろうよ。ローネも言ってるし」

「まあ……そうだな」


落胆した声のシシコに、みんなの笑い声が響いた。
 ▼ 828 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 13:41:31 ID:hWQpvN82 [8/55] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
僕は、あの事件以来、特に変わらない日常を送っている。

世界を救ったとは言え、最初の数日間こそ、新聞の記者をママが追い払って、クラスメイトに武勇伝を語ったけれど、最近は、本当に、特に何もない。

それを、僕たちが望んだから。

変わった事と言えば、イブが居なくなった事。

そして、マイナンもいなくなった事。

向こうの世界でイブが「てれび」という物を使って捜索を依頼したらしいが、まだ見付かっていない。

だから、プラスルだけは、未だ、あの事件に取り残されている。

しかし、すぐに見付かるだろうというイブの楽観的な言葉に、クラスメイトたちは既に安心していた。まあ、僕もその1匹な訳だけど。

そんな訳で、大半のポケモンたちは、日常を取り戻しつつあった。
 ▼ 829 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 13:42:15 ID:hWQpvN82 [9/55] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
「でもさ、イブはどうなっちゃうんだろうね」

「さぁ……。母さんたちがどれだけ早く釈放するのか、後、イブがどっちの世界を選ぶのか、だね」


イブと僕たちの面談は、禁止されている。向こうから手紙を送るのはOKらしいけれど。

ママですら話す事は制限されているらしいのだから、まあ、当然だろう。

あまりに僕たちと居過ぎると、イブの発言に何かの影響が及ぶ可能性が高いらしいから。

だから、先程のローネの発言は、正確には間違いだ。

母さんたち、ではなく警察、と言わなければならない。


「ま、あたしたちが気にしてなんとかなる事でもない。祈ろう」
 ▼ 830 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 13:42:35 ID:hWQpvN82 [10/55] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


あたしは、あの事件以来、基本的に変わらない日常を送っている。

世界を救ったとは言え、最初の数日間こそ、新聞の記者を母さんが追い払って、クラスメイトに武勇伝を語ったけれど、最近は、本当に、特に何もない。

それを、あたしたちが望んだから。

変わった事と言えば、イブが居なくなった事。

そして、マイナンもいなくなった事。

向こうの世界でイブが「てれび」という物を使って捜索を依頼したらしいが、まだ見付かっていない。

だから、プラスルだけは、未だ、あの事件に取り残されている。

しかし、すぐに見付かるだろうというイブの楽観的な言葉に、クラスメイトたちは既に安心していた。まあ、あたしもその1匹な訳だけど。

そんな訳で、大半のポケモンたちは、日常を取り戻しつつあった。
 ▼ 831 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 13:43:00 ID:hWQpvN82 [11/55] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ところで、先程「基本的に」、と言った。

あたしに関しては、どうしても拭い去れない違和感が、上記の事を除いて、1つある。

あれから、妙な視線を感じるのだ。

妙と言っても、視線の主はわかっている。ギルガルドだ。

あたしを、女王となるべき存在として崇め奉っている、俺様系殺ポケ犯。

あたしは自分で何も出来なかった代わりに、周囲を動かす才能があるらしく、その才能がギルガルドの気に行ったらしい。

きっと今日も、あたしの護衛に勤しんでいる事だろう。余計なお世話だけど。

憎ましいけど、結局、あいつがいないとあたしが向こうに行く事も、ギルガルドが壁を壊す手伝いをする事もなかっただろうから、まあそれはいいとしよう。

さすがに、気味が悪い。

あたしが文句を付けたら恐らくは消えるだろうけど、それもそれで怖いのだ。

ああいうタイプは、怒らすと何をするかわからない。

所謂ヤンデレ化である。

はぁ、とため息を吐いて、あたしは道を歩いた。
 ▼ 832 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 13:43:54 ID:hWQpvN82 [12/55] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告


「ただいま、ママ!」

「お帰り、リオル、チョロネコ」

「ただいま、母さん」

「ふふ、やっと呼んでくれたよ、あたしの事を」

「え?」

「あの事件まで、チョロネコは、一度もあたしの名前を呼んでなかったんだよ」

「ふえ?!」

「うん。なんて呼べばいいのかわかんなくってさ。だから、主語をなんとかして誤魔化して……」

「す、凄いというかなんというか……大変だったでしょ」

「まあね」
 ▼ 833 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 13:44:43 ID:hWQpvN82 [13/55] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
ママは、先程言った理由から、捜査には加われない。

そのため、最近はヒマなのだ。

ミミロップその他ニンゲンとの裏取引があったポケモンたちは、ギルガルドを除いて軒並み逮捕に向けて動いているらしいが、事件解決の功労者であるママは、それもしばらくは免除との事だ。


「ところで、あたしたちに手紙を送った主の居場所を特定してくれたよ、カクレオンが」

「え、ゾロア? ……そーいや、なんでトギリに見咎められずに、ゾロアを脱出させられたんだろう」

「ああ、そういやそれは、イブが言ってたらしいね。あたしは調書しか見てないんだけどさ――」


曰く、あそこのポケモンには、発信機が取り付けられるらしい。

売られる時に取り外されるらしいのだが、脱走したら、取り外す事は出来ない。

イブですら、事件解決後にその情報を知ったと言う。

だから、何も気にせずゾロアを送り届けたらしいのだが、恐らく今、監視されている事だろう。

だが、その日々ももうすぐ終わりだ。

ママが、その監視している奴を捕まえるだろうから。

住所の特定には、そう言う実質的な意味もあったのだ。
 ▼ 834 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:01:23 ID:hWQpvN82 [14/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「にしても、イブはどうしてるだろうねぇ」とママが呟いた。


その頃――。



連日に及ぶ事情聴取。

疚しい事など何もないのに、なぜここまで執拗なのか。

まあ、それはひとえに、僕の発声能力が著しく低い事に起因しているのだろうけれど。


「はい、あえいうえおあお」

「あえいうえおあお」


だから、発声の練習を、あれ以来ずっと行っている。

目の前でニコリと笑う彼女は、飽きずに付き合ってくれる。

曰く「リオに九九教えるので慣れちゃった」。

そんな彼女の好意に甘え、僕は、取り戻した声を使えるように、訓練に励んだ。
 ▼ 835 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:01:48 ID:hWQpvN82 [15/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
数日に及ぶ訓練の成果か、僕は、だいぶ言語を取り戻していた。

まだ少し不確かな部分もあるが、日常生活に支障を来す事はないと言えるレベルまで。

事ここに至って、ようやくまともな事情聴取が受けられる訳だ。

が、その必要は、正直なかった。

イブが、しっかりと説明してくれていたのだ。

ではなぜ、ここに拘留されているのか。

一瞬疑問に思うのだが、その理由は、すぐに知れた。
 ▼ 836 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:02:45 ID:hWQpvN82 [16/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「ねえ、カズオ」

「ん? どうしゃの?」

「もう、割と普通に喋れるよね。だからさ……聞きたいんだけど。カズオが、言葉を失った原因」

「え?」

「――場合によっては、私は、カズオを断罪する事になると思う」

「……まずは聞かしぇてよ、話」

「いいの? 私……既存の物を組み合わせるのは、大得意なんだよ」

「うん」

「わかった。聞いて。私の、あなたに関する推理。最悪の事態もあり得るから、私は、あなたをここに留め置いた。

 警察のポケモンたちも、わかってるよ、私の懸念は。ボーマンダさんが便宜を図ってくれて、私のワガママが通ってるんだけどさ。

 ま、普通はポケモンサイドに得な事を、みすみす捨てたりしないだろうから、こっちの警察はまだ、腐り切ってないみたいだね」

「……」


今の発言でわかった。ほぼ間違いなく、イブは、正鵠を射る。

その覚悟を、決めよう。

正直、今までが上手く行き過ぎたんだ。
 ▼ 837 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:03:16 ID:hWQpvN82 [17/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「カズオ、まず大前提として、あんたは、実はポケモンが怖い。だよね?」


僕は、頷いてみせた。

そこを突いて来るか。

僕の顔には、知らず知らず、笑みが浮かんでいる。

目の前の少女と相対するのは、楽しい。

こんな感情、久方ぶりに抱いた。

誰かと交わる事を、純粋に楽しめる。そんな日が来るだなんて、思いもしなかった。

彼女は、いたって真剣な表情を崩さない。
 ▼ 838 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:03:44 ID:hWQpvN82 [18/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「カズオ、私は真剣。だから、真剣に聞いて。

 あなたはポケモンが怖い。ここを押さえたら、ある疑問を抱かざるを得ない。

 ――カズオ、あんたはなんで、わざわざ苦手なポケモンに肩入れなんかしたの?」

「質問形で聞いても、どうしぇわかってるんでしょ」

「……まあね。カズオ、あなたは、ポケモンを怖がる以上に、人間を恨んでいた。それこそ、声を失う程。違う?」

「……しぇいかい」

「やっぱり。何があったのか、そこはどうやってもわかんないから聞くしかないんだけど……。

 でさ、こっから先が、私の懸念。カズオ、あんた、必要以上に人間を下げようとしてない? 条約は結ばれるだろうけど、圧倒的に人間不利な方向へ、走らせようとしてない?

 最悪、結ばれない可能性すらある。カズオの出方次第では。違う?」

「違わない。しゅごいよ。1から10まで大しぇいかい」

「……0から1を産み出せない人にとっては、ただの皮肉にしか聞こえない」

「しょれは違う。0から1、1から10、10を保(たも)ちゅ。全部、全部大変だ」

「ありがと。……やっぱ、もう少し滑舌をよくしないとダメね」

「だね」
 ▼ 839 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:04:58 ID:hWQpvN82 [19/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「で、何があったの?」

「簡単だよ」


ポケモンに襲われ、トラウマが残った。

それでも無理矢理触れ合わせようとする母親に絶望し、声を失い、人間への情愛を失った。

だから、ポケモンに肩入れした。

自らに害を為す、人間を潰す。

その一心で、誘拐事件を知った辺りから、僕は、計画を組み立てていた。

トギリを必要以上に落とし、こちら側のヘイトを集めれば、交渉は決裂に終わる可能性が高い。

そう踏んで、僕は、彼女たちに手を貸したのだ。


「なるほど……。世界は広いな。私なんか、ちっぽけな事で、うじうじうじうじ」

「まあ、大丈夫だと思うよ」

「……そうね。カズオ、あんたは、何を言うかわからない。

 だから、謝罪声明は、私だけで出すよ」

「……だろうね」

「謝罪声明を出すのが、ここに残った一番の目的だし」
 ▼ 840 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:05:45 ID:hWQpvN82 [20/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「でもさ、カズオ。わかるよ、あなたの気持ち」

「……」

「私も、誰にも受け入れてもらえない苦しみだけは、痛い程わかるから。

声を失う程、辛いのも、わかるよ」


そう、彼女は気付いていた。わかってもらえない苦しみこそが、一番の問題だと。

そしてこう言っているのだろう。

そんな必要などないのに。

僕の過去を、不思議なぐらいに理解してくれた彼女。

フォローを重ねる必要などない。既に、理解してくれているって事は、わかっているのだから。

そんな意味を込めて、僕は、首を横に振った。顔には笑みを浮かべながら。

彼女も、ニコリと笑う。


「私は、人間も、ポケモンも、大好き。2種類の物が交わるってのは、確かに大変かもしれない。カズオは特にそう思うだろうね。

 ……だけど、いいじゃない」



――ポケモンと人間が出会い、交わると言う事も。
 ▼ 841 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:06:14 ID:hWQpvN82 [21/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――数日後。



「今日らしいね、イブの、謝罪会見」と、ママがカレンダーを見ながら言った。

「えっ、そうなの?」

「この会見を最後に、完全に向こうへ帰るらしいよ。まあ、あたしたちは行けないけどね。家族だからって、束縛が強すぎるよ……って、リオル?!」

「ローネ誘って行って来る! 警察だよねっ!」

「あっ……。まあ、そうだよ! 気を付けて行ってきな!」


僕は、慌てて駆け出した。

イブの言葉を、聞きたい。

いや、それ以上に。

僕たちは今、猛烈にイブに会いたい。

また、3匹で笑い合いたい。

あの雨の日以来、一度もそんな時間を取れていないから。

だから、僕は、走った。
 ▼ 842 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:06:55 ID:hWQpvN82 [22/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


僕は、イブが話す言葉を、傍で聞いていた。

イブは、用意していた台本を……なんと、ビリビリに引き裂く。

そして、言葉を紡ぎ始めた。


『お集まりいただいたみなさん、これが、私の覚悟です。

 今から話すのは、台本も何もない、直球勝負。

 人間の代表としての、私の、生の声です。

 質問等は、最後に受け付けますので、今は、話を聞いてください。
 ▼ 843 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:07:29 ID:hWQpvN82 [23/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
まず、皆さまには、お詫びをしないといけません。

私たち人間の身勝手な理屈――具体的には、誘拐して、そのポケモンを売り捌く事で資金集めを行う――ただそのためだけに、数多くのポケモンを誘拐してしまいました。

その点に関しましては、申し開きの余地はありません。

人間が犯した過ちは、これから、ひたすらに償っていかなければなりません。

その点は、重々承知しております。

現在、誘拐された全てのポケモンの居場所を特定する事から始めております。

……申し訳ありませんでした。
 ▼ 844 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:08:10 ID:hWQpvN82 [24/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ところで、私は、この世界に、スパイとして潜入していました。

イーブイの姿を借りて、リオルやチョロネコ、その他たくさんのポケモンと交流を深めました。

そして、思った事。

凄く、楽しかった。

この世界にだって、暗くて、悲しい話はたくさんあるけれど、それでも前向きに変わって行く姿。

私は、そんな姿を見て、変われました。

楽しかった。

本当に、楽しかった。

楽しかったしか言ってないですね。アドリブだと、こうなったりもするみたいです。

でも、そのぐらい、面白かった。
 ▼ 845 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:08:52 ID:hWQpvN82 [25/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ただ、その中で、私は、悪意にも出会いました。

幼い子どもを風俗で働かせようとする親。

幼い子どもを風俗に留め置こうとするオーナー。

いたいけな少女をなぶるヤクザ。

性別を自分で忘れるぐらいに酷い目に遭わされた少女もいます。

もちろん、ワイロでトギリに釣られた奴だって。

だからどうしたという話です。ポケモンに悪い奴がいるから、人間が許されるべきだ、なんて詭弁を唱える気は、さすがにないです。

ただ、許されなくてもいい。一度素直になって、人間は会談に望むべきだったんです。

人口が増え過ぎて困っている。助けてくれ、って。

余計な策略なんて考えずに。

そうすれば、きっと、受け入れてくれたでしょう。

人間だって、全てが悪な訳じゃない。いい人間もいれば、悪い人間もいる。

私が、私がいい人間か、それはわかりません。

だけど、同じなんです。根本的な所では、人間も、ポケモンも。

それが、私がこのスパイ活動で学んだ事です。
 ▼ 846 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:09:21 ID:hWQpvN82 [26/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
今回、私はトギリを止めるために活動しました。

誘拐されたポケモンは、間違いなく、私たちが保護し、そのポケモンの希望にもよりますが、すぐにお返しします。

今は、それしか出来ません。

許されなくても構いません。

が、私は……人間と、ポケモンが交わる事は、素晴らしい事だと思います。

異文化を吸収し、共に成長していけたら。

人間が犯した罪を、その中で返済して行けたなら。
 ▼ 847 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:09:45 ID:hWQpvN82 [27/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
以上で、私の話を終わります。

最後に、本当に、申し訳ありませんでした』


彼女は、深々と頭を下げる。理解出来ないまでも、謝罪しているのだと察しは付いた。

舞台袖から僕は、それを眺めている。

と、喧噪が巻き起こっているのに気付く。


『ちょっ……ル、チ……ネコ! 部外者は……んし……』

『イブ! イブ!』

「えっ、リオ?!」

『イブっ! 来たよっ!』

『ローネもっ!!』
 ▼ 848 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:10:50 ID:hWQpvN82 [28/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


押しとどめようとする係の人には、強引に「部外者じゃないもん!」と言い放ち、僕たちは押し入った。

そして、舞台袖から大声で叫ぶ。

イブは気付いたらしく、こちらを向いて、笑顔で声をあげた。


「おーい!」

「イブー!」

「リオ、ローネ!」
 ▼ 849 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:11:10 ID:hWQpvN82 [29/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……久しぶりだね、こうやって、また、3匹で揃うの」

「ホントにね。いつ以来だっけ」

「ローネが、私とリオを問い詰めた日だよ。爆弾の時は、リオ気絶してて、どうにもならなかったし」


記者たちが、質問を投げかけている。


「ごめん、ちょっと待ってね。

みなさん! 質問あると思いますが、まず1つお答えします! この2匹は、さっきのリオルとチョロネコです!

私の、最高の友達の!」

「うわっ、照れくさいな」

「低能ね。恥ずかし過ぎる」

「ったく、仕方ないでしょ。事実なんだもん」


僕たちは、ニコリと笑う。
 ▼ 850 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:11:34 ID:hWQpvN82 [30/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「……私は、人間とポケモンは、交われると思います。

私たちの関係こそが、その証明だと言えるんじゃないでしょうか」

「うん! 絶対、ニンゲンとポケモンは、仲良くやって行けるよ」

「あたしも賛成。こんなあたしでさえ、今じゃ立派に友達してる訳だし」

『だよ、カズオ。あなたも、こっちに来てよ』
 ▼ 851 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:12:15 ID:hWQpvN82 [31/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「えっ、僕?!」

「そりゃそうよ、カズオ。あなただって、事件解決の立役者なんだから」

「……わかっちゃ」


舞台袖から、1歩1歩、歩みを進める。

そこにあるのは、たぶん、人間とポケモンの、理想の関係性。

ポケモンと人間が出会い、交わると言う事の神髄が、きっと、ここにこそある。


『彼はカズオです。この事件の立役者でした。訳有って発声能力が衰えているのと、そもそもポケモン語を話せないってので、今は話しません。質問をしてもどうにもならないので、ご容赦ください』


何を話しているのか、僕にはさっぱり理解出来ない。

その上大勢のポケモンに囲まれて、怖くないというと嘘になる。

けれど、不思議と、緊張はなかった。
 ▼ 852 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:12:59 ID:hWQpvN82 [32/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
軽く息を吸い込み、頭の中で、思考をまとめた。


「……通訳してくれにゃいか?」

「え? いいけど」


僕は、言葉を紡ぐ。

イブが、それを伝える。

僕は、過去を語った。そして、今の心理を語った。

間違いなく、僕の心は、目の前の彼女によって溶かされた。

聡明な彼女といる事は、間違いなく、楽しかった。

自分の事を理解してもらえる。その喜びこそが、僕を、変えた。

だが、彼女が僕の氷を溶かせるようになったのは、こちらの世界での経験のお陰もあるだろう。

そう言う趣旨の事を、語った。
 ▼ 853 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:13:26 ID:hWQpvN82 [33/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「カズオ……私の事、そんな風に思って」

「うん」

「……ありがとう、カズオ」

「どういてゃしましちぇ」


締まらないな、この発音じゃ。

苦笑しながら、僕は、舞台を降りた。

やはり、ここは僕の場所ではない。

ここにいる、3人の少女たちの物だ。

僕は、消えるとしよう。
 ▼ 854 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:14:29 ID:hWQpvN82 [34/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「……カズオさん、そんな闇が……」

「私だって、正直知らなかった」

「……まあ、いいじゃない! 僕も、ローネも、カズオさんも。みーんな、イブのお陰で変われた、って事で」

「ま、それもそうね」

「ちょっと! そんな恥ずかしいオチ付けないで……。あっ、みなさん、どうです? 質問ありますか?」


質問は、なかった。

きっと、あたしたちの態度が、そのまま通じたのだろう。

そうだと信じたい。
 ▼ 855 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:15:24 ID:hWQpvN82 [35/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしたちは舞台を降りて、イブが使っていると言う部屋へと入った。


「イブ、凄いよ。1匹で、あんなたくさんのヒトの前で話さないとダメなんでしょ?」

「……まあね。あっ、人間はね、人数を数える時に、匹じゃなくて、人って単位を使うのよ」

「へー」

「あっ、なんか違和感あったなぁと思ったら、それか。ずっと、あたしたちとは単位が違ったんだ」

「あー、そういや変えてなかったかも。バッカだなぁ、私」

「ま、いいんじゃない?」

「あ、ローネが罵らないなんて……。こりゃ明日は大雪かな」

「バカなの? リオ」

「うへぇ、いつものローネだぁ……」
 ▼ 856 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:15:56 ID:hWQpvN82 [36/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「にしても、ありがとうね、イブ。あたしたちの――ポケモンの世界を護ってくれて」

「ううん、いいの」

「……だけど、ニンゲンの技術力は強くても、僕たちの方が力は強い。不安じゃないの?」

「ああ、そーいやリオには説明してなかったか。実はね、今、人間は増え過ぎてて、食料だったり土地だったりが足りなくなって来てるの。

 そのまま行けばどのみち滅びるから、私たちは、ポケモン世界と交易を結んで、互いに行き来出来るようにしないといけなかった。

 そして、技術はそのためのエサ。

 もちろん、不安が0じゃないって言ったらウソになる。

 だけど、私たちには、最後の砦、マスターボールがある。このボールに当たったポケモンは、100パー捕まるって言う、魔法のボールがね。

 もし反乱でも起こされたら、私たちはそれを使える。……そんな事ないと、私は信じてるけど。

 あなたたちポケモンの生活に、モンスターボールなんて必要ないから、その技術を伝える必要もないしね。
 ▼ 857 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:16:32 ID:hWQpvN82 [37/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ちなみに、こんな言葉があるの。魚心あれば水心。親しみを持って接すれば、相手も親しみを感じてくれるって意味。

 だけどさ、私たち人間が黒い心を持ってれば、相手も当然そうなるでしょ。

 どっから技術を盗まれて、絶対反乱起こすよ、ポケモンは。しかも、たぶん、ちゃんと対等に接した時よりも、数多くのポケモンが団結して。

 だって、ポケモンは強いから。

 だったら、反乱の可能性は、低いに越した事ない。だから、私はトギリを止めた。

 素直に接すれば、相手も優しく接してくれるだろうから」

「……凄い、そこまで考えて」

「まあね」


リオは、納得の言葉を伝えておきながら、意味を完全には理解出来ていないようだった。

ようやくわかった。そんな風に見えたタイミングで。

「ところでさ」と口火を切った。「イブ、帰るんだろうけどさ、今から」

「うん」

「イブは、こっちに戻って来るの?」
 ▼ 858 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:17:04 ID:hWQpvN82 [38/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
イブは、面食らったようにしばらく言葉を詰まらせるが、しかしすぐに迷いを振り払って、言う。


「私は……しばらくは戻れない、かな。人間の代表として、向こうでいろいろとしないといけない。

戻って来られるとしたら……たぶん、人間とポケモンが、気持ちよく共存できるようになった時」

「そっか……。でも、イブは、これから大変だろうね」

「そういや、そっちの新しい大臣、誰がなったの?」

「これから選挙だよ。ホント、ニンゲンインパクトは、ヤバ過ぎる。上層部が軒並み入れ替わって、新陳代謝がどーのこーので」

「ったく、説明になってないっての、この低能」

「ふふ。……私、そろそろ行かなくちゃ。向こうで、私が立て直すの」

「うん。……頑張ってね、イブ」

「ありがと、リオ」

「イブ、ありがとうね。あたしたちを、変えてくれて」

「ううん、こちらこそだよ。すっごく楽しかった。一緒にいられたのが、2匹でよかったよ。ありがとう!」


イブは、立ち上がる。

そして、転移装置を起動させた。
 ▼ 859 ◆aCqftYE9go 16/08/31 20:18:13 ID:hWQpvN82 [39/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
微百合注意
ほんの少し成分があるだけで不快な方はこの名前欄のNGを推奨
 ▼ 860 ◆aCqftYE9go 16/08/31 20:18:36 ID:hWQpvN82 [40/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


「あっ、最後に、1つだけ……。リオ、こっち来て」

「え? 何?」


呼ばれて、僕はそのまま付き従う。

イブは屈み込み、僕と、目線を合わせた。



そして、そっと、僕に口付けた。


「ん?!」


イブは、力強く僕を抱擁した。

逃れようとするけれど、本気が出せない。


「ちょっとイブ、リオは♀よ、しかもポケモンの!」


そんな声すらも無視して、イブは、ひたすらにキスを続けた。

僕も、逃れるのを諦めて、イブに身を任せ、目を閉ざす。
 ▼ 861 ◆aCqftYE9go 16/08/31 20:18:57 ID:hWQpvN82 [41/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
どのぐらいの間そうしていただろうか。

そろそろのぼせて来た……。ちょうどそんなタイミングで、イブが唇を離す。


「……ごめんね、リオ。大好きだったよ。それじゃ、また今度!」
 ▼ 862 ◆aCqftYE9go 16/08/31 20:19:40 ID:hWQpvN82 [42/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告


イブが、リオに接吻をした。

信じられない光景だ。

種族はおろかタマゴグループさえ超え、性別の垣根さえ超えて。

そして、同時に、自分の中の感情の正体に、ようやく気付けた。


「また今度!」


ああ、イブが帰ろうとしている。

あたしには目もくれず。

これでいいや。今まではそうやって、自分を納得させてきた。

だけど。

これでいい……の?

気が付けば、あたしの体は勝手に動いていた。
 ▼ 863 ◆aCqftYE9go 16/08/31 20:20:34 ID:hWQpvN82 [43/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「待って、イブ」


あたしは、去り行くイブを、引き留める。

さすがに、キスはしない。

あたしに、そこまでは出来ない。

だけど、あたしにだって、出来る事はある。

思えば、あたしは小さな頃から風俗で醜い♂の相手をしていた。

本当の好みが♀になるのも、致し方ないのかもしれない。


「あたしも、あんたの事が好きだよ。恋愛的な意味で」
 ▼ 864 ◆aCqftYE9go 16/08/31 20:21:16 ID:hWQpvN82 [44/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
イブは、一瞬驚愕の視線を浮かべ、それから躊躇いがちに呟く。


「わかってるよ。ローネ。だけど……ダメ。たぶん、リオが最初に私を助けてくれた時から、決まってたんだと思う。

それに、私は、レズビアンじゃないって、前言ったよね?

初めから♀だってわかってたローネは……」

「そ……っか。うん、ごめんね、変な事言って」

「いいよいいよ、こっちこそごめん。……とにかく、私たちは、また会えると思う。だからさ……これだけは覚えといて。9×9は?」

「81(!)」


あたしたち2匹の声がこだました。
 ▼ 865 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:21:39 ID:hWQpvN82 [45/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







「じゃあ、今度こそ。バイバイ!」









そしてイブは、パラレルワールドの向こう側に、消えた。


 ▼ 866 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:22:21 ID:hWQpvN82 [46/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「行っちゃった」

「行っちゃった……ね」


ただ、そこに座り込む。

イブを失ったショックが、マトモにあたしを直撃した。


「……ショック、だったな。まさか、キスするなんて。

 あー、もうこのクソ無能! なんでわざわざ気まずくなるような事言ってんのよ!」

「だけどさ……言わずに、ずっと溜め込んでるよりかは、よっぽど良かったと思うよ」

「……そう、だよね……」

「ローネ?」

「あたし……変われた……よね? ……前に、進めた、よね?」


涙が、溜め込んでいた涙が、瞼のダムを破壊して、ついに溢れ出した。


「イブ、イブ……うああああ……」
 ▼ 867 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:23:13 ID:hWQpvN82 [47/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「泣かないでよ、ローネ。ローネが泣いたら、僕も……うわああああ……」


2匹の涙が、合唱を奏でる。

イブがいなくなってしまった。

あたしたちの、大切な親友が、いなくなってしまった。


「違うよ、いなくなってなんか……ないんだよ……」


泣きながら、リオが言う。


「イブは……向こうに……いるんだから……。向こうで、頑張ってるんだから……。だから、泣いちゃ、泣いちゃダメだよ……」


涙を流しながら、それでもリオは言う。

あたしは、力強く、頷いた。
 ▼ 868 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:24:03 ID:hWQpvN82 [48/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――数日後。



「プラスル! 僕だよ、リオル! マイナンの居場所がわかったって、イブから手紙が届いたんだ!」

「えっ! ホントに?!」

「うん!」


イブからの手紙が届いた。

向こうでの活動について語っている中で、同封の小さな袋には、マイナンの行方に関しての手紙が入っているらしい。

プラスルに直接渡してあげて、と書かれていた。

そして、僕はここにいる。

興奮で頬を上気させた、プラスルの目の前に。


「リオル、マイナンは、無事?」

「それは……自分で確かめなよ。僕はまだ、詳しくは見てないんだ」

「……だね」
 ▼ 869 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:24:38 ID:hWQpvN82 [49/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
久しぶり、姉ちゃん
僕は、元気過ぎるぐらい元気だよ
ところでさ、またリオルたちが凄い活躍したんだって? テレビで見たよ
人間が誘拐してたのを、止めたんだって?
ホントに凄いよね

ところで、今僕は、人間と一緒に暮らしてるんだ
あの後オリに閉じ込められて、その後誰かが、僕を買って行った
その人間、いいヒトでさ、しっかりおいしいごはんもくれて、一緒にいて、楽しいって思えるんだ
あの事件があって、返さないといけないって知って、そこの人間の♀の子ども、本気で泣いてるの
それで、帰り辛くなっちゃってさ
今度、姉ちゃんたちにも、この人間たちを紹介したいな
とりあえず、僕は、しばらく帰れそうにないかな
楽しいけど、やっぱ姉ちゃんにも会いたいし
ま、じゃあまた、出来るだけ早く!

PS あの時姉ちゃんが僕を無視してたのは、誕生日だったんだよね
   後から気付いて、愕然としたよ
 ▼ 870 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:25:04 ID:hWQpvN82 [50/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
手紙を読む、プラスルの頬を、雫が伝う。

声を震わせながら、プラスルは問いかけた。


「マイナン……あなたは今、幸せなのね?」

「それは、イブが確かめたらしいから、間違いないよ」


僕の言葉に、本格的に、プラスルは崩れ落ちる。


「よかった……本当に……マイナン、よかった……うわぁぁあああああ……」


僕は、何も言えずに、その場から立ち去った。
 ▼ 871 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:25:24 ID:hWQpvN82 [51/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そして、僕は、ううん、“私”は、いつもと変わらない日常へ戻って行く。

この世界が、そしてニンゲンとの関係性が、変わろうとする事を。

そして、ほんの少しでも前へと進む事を。

そんな事を願いながら――。
 ▼ 872 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:25:57 ID:hWQpvN82 [52/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







ポケモンと人間が出会い、交わると言う事 完






 ▼ 873 ンナ@メガバングル 16/08/31 20:27:04 ID:En3hGAmY [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

楽しく見させてもらった
 ▼ 874 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:28:35 ID:hWQpvN82 [53/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
エピローグ

「ここだよね……」


彼女は、はやる心を抑えて、深呼吸をした。緊張は、消えて行く。

完全に消えた。そう確信して、彼女は声をあげた。


「すいませーん」

「はいはーい」
 ▼ 875 1◆J44kAZeDOM 16/08/31 20:28:56 ID:hWQpvN82 [54/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
声がそこで応じ、扉が開かれる。

そして、そこから覗いた顔が、少しずつ、驚きへと塗り替えられて行った。


「えっ……え?」

「ビックリしたよね。だけど、私だよ」

「いや、その……」


戸惑いの表情に向かって、彼女は、ニコリと笑い、言った。


「久しぶり」

                                END
 ▼ 876 ジョン@ノメルのみ 16/08/31 20:30:49 ID:hWQpvN82 [55/55] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
当SSはこれにて完結です
お読み下さりありがとうございました

ハナズオウ(花ズオウ→カズオ)の花言葉
裏切り、疑惑、不信
喜び、質素
エゴイズム、目覚め

オトギリソウ(トギリ)の花言葉
恨み、秘密
迷信、盲信
敵意

その他当SSに関する質問等ありましたら、お気軽にどうぞ

以下関連作(前述の2作は除く)
チルタリス「もふもふは正義」 http://pokemonbbs.com/poke/read.cgi?no=283054
 ▼ 877 ガガブリアス@みどりのバンダナ 16/08/31 20:39:52 ID:0sCxaxJI NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ビックリしたのはどっちの私なんでしょうな
 ▼ 878 バルオン@マトマのみ 16/08/31 20:40:20 ID:En3hGAmY [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
二度目乙
凄いと思う
 ▼ 879 ガピジョット@チイラのみ 16/08/31 20:40:53 ID:YQET1qJ6 NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
カズオをもう少し掘り下げてほしかったかな 乙
 ▼ 880 リーセン@オボンのみ 16/08/31 23:14:18 ID:aFcJdkLk NGネーム登録 NGID登録 報告
エピローグはアカリとレントラーかね
 ▼ 881 メックス@のんきのおこう 16/09/01 13:30:52 ID:7gxOWXo6 NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ▼ 882 CSn9vcIqE6 16/09/03 10:14:19 ID:MqCCqse2 NGネーム登録 NGID登録 報告
乙ー!
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