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【SS】オシャマリ「ポケモンサーカス団エクリプス!」

 ▼ 1 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:42:26 ID:LvCDM3Hw [1/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







プロローグ  0 アシマリは語る






 ▼ 2 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:42:46 ID:LvCDM3Hw [2/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
0-○0 

オイラの目には、ある1匹のポケモン――ニャヒートの姿が映る。

今、この世界に、オイラとニャヒート以外の存在はない。

そのニャヒートが、空を舞う。それ以外の物は、オイラの視界から、完全に消えていた。

纏う炎は、控えめな光に照らされて、飛び散る火の粉が煌めきを帯びる。

くるりくるりと空を舞い、そのポケモンは、あたかもそこが陸の上であるかのように、美しいパフォーマンスをしていた。

しかし、ニャヒートは、尻尾を滑らせる。

巻き付ける、その尾が、上手くブランコを捉えなかったのだ。

そのポケモンは、そのままの勢いで、落下した。

酷くスローに、その光景は映った。
 ▼ 3 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:43:19 ID:LvCDM3Hw [3/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
喧噪が、オイラとニャヒートを追い越していく。

ざわめく観客。慌てる団員たち。

そんな中、ニャヒートは、自らの4つ足で、すっくと立ちあがり、舞台袖へと消えた。

オイラは、射すくめられたように、それこそ「かげぬい」を食らったように、動けなかった。

どこまでも気高いその姿は、オイラの目に、ただただ、美しく映った。

オイラの口は、何やら訳のわからない事を呟く。

震えていた。

ステージから歩き去ったニャヒートの、あまりの強さに、震えていた。
 ▼ 4 ィアルガ@キーストーン 17/01/02 21:44:59 ID:LvCDM3Hw [4/24] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
このSSは、
【SS】アシマリ「ポケモンサーカス団エクリプス!」(http://pokemonbbs.com/poke/read.cgi?no=404456)の続編となります

読まなくても支障はないようになっていますが、読んでいるとより楽しめると思いますのでよければどうぞ
 ▼ 5 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:45:35 ID:LvCDM3Hw [5/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







1部 ニャヒート「ポケモンサーカス団エクリプス!」






 ▼ 6 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:46:09 ID:LvCDM3Hw [6/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







1〜6 打ち上げの夜






 ▼ 7 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:46:39 ID:LvCDM3Hw [7/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
1-△1

フーディン「お疲れ様。ここ、ケルンでの公演も、今日で終わりだ。みんな、今夜は打ち上げだぞ!」


目の前でこう語る、エクリプスの団長、フーディン。

それに対し、アシマリが「やったぁ!」なんてはしゃいでいる。

それをモクローがたしなめるのもいつもの事だ。

アシマリとモクローは、たぶん、あたしの恩ポケだ。

彼らのお陰で、あたしのブランコのパフォーマンスに、深みが出て来たのだから。


アシマリ「ニャビー、一緒にはっちゃけよう! 打ち上げぐらい、楽しまなきゃ損だよ!」

ニャビー「それもそうね」


あたしはそう応じ、皆が盛り上がるその中へ、身を投じた。
 ▼ 8 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:47:34 ID:LvCDM3Hw [8/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ブラッキーが腕によりをかけて作る料理は、それこそ天にも昇る心地だ。

この世の物とは思えない程おいしい。

あたしは生まれてこの方、サーカスばかりしてきた。

だから、料理、その他の事と言ったら、大概の事が出来ない。

もちろん、そういう特技を持ったポケモンの事は尊敬するし、羨ましくも思う。

けれど、サーカス以外の特技がない事を、あたしは、悪い事とは思っていない。

あたしは、過去に失敗した事がある。

その時の、周囲の視線は、それこそ痛い程だ。

その痛みは、スティグマとして、今でも残っている。

怖気づきそうな時、あたしはいつでも、その記憶を引きずり出し、それを噛みしめる。

そうすれば、あたしは負けない。

もう二度と、失敗してなるものか。そんな思いが、あたしを貫くから。

首元に、ひもを付けて掛けた、「かわらずのいし」に誓う。

あたしは、負けない。

絶対に、負けない。
 ▼ 9 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:48:18 ID:LvCDM3Hw [9/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「ふああ、眠くなって来ちゃった。お休み……」


アシマリが大あくびをしながら部屋へ戻って行く。

宴たけなわだが、まだ大人と共に遅寝出来る程にアシマリは大人じゃない。

そして、それはあたしも本来同様なのだ。

あたしも、眠る事にした。

こっそりと身を引き、自分用の寝床へと向かう。

アシマリの寝床とは、かなり近い。

あたしは1匹で寝ているが、それでも会話が出来ない程の距離ではないのだ。


ニャビー「ねえアシマリ」

アシマリ「何、どうしたの急に」

ニャビー「……ううん、なんでもない。お休み」


何を言いたかったのかはわからない。けれど、どうしてか、あたしはアシマリと、共に過ごしていたい。

だから、声を掛けた。内容は、どうでもよかった。

不意に睡魔が襲い、あたしは抗う事なく意識を放り投げた。
 ▼ 10 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:49:11 ID:LvCDM3Hw [10/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
2-◇1

モクロー「あれ、アシマリたちはどこだろ」


僕はそう呟く。

けれど、と目の前のバカ騒ぎを見て思う。

きっと、2匹は、この喧噪に付き合うには、疲れすぎてるんだ。

何しろ、サーカス団エクリプスの二大巨頭。疲れの比は、僕たちとは比べ物にならないはずだ。

けれど、それを気にしていてもしょうがない。

僕の司会の仕事だって、とても重大なのだ。

2匹に及ばない訳ではない。

全てが重要で、それこそがポケモンサーカス団エクリプス。

それを、僕は知っている。だから、間違えない。
 ▼ 11 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:50:09 ID:LvCDM3Hw [11/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーディン「どうかしたのかモクロー」

モクロー「いや、なんでもないです」

フーディン「ならいいんだ。ところでさ……打ち上げが終わったら、ちょっといいか?」

モクロー「はい、いいですけど、どうかしました?」

フーディン「少し相談したい事があるんだ」

モクロー「はあ。まあ、いいですよ」

フーディン「サンキューな。じゃ、まあ楽しんでくれ」


そう言って、団長は再び喧噪に身を投じて行った。
 ▼ 12 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:50:55 ID:LvCDM3Hw [12/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
団長の相談したい事、とは一体なんだろう。

なんてタイミングで伝えてくれたんだ、と恨めしく思う。

団長は、さっき言った事などなかったかのように楽しんでいる。

けれど、僕は、駄目だった。一度気になりだすと、止まらない。

大人ぶってるように見えても、僕は、好奇心の権化だ。

悶々として過ごしていると、エーフィが心配そうな顔で覗き込んで来た。


エーフィ「モクロー、なんかあったの? 変だよ」

モクロー「ああ、まあね。ちょっと、好奇心が疼いててさ」

エーフィ「あー、出ました、モクローの好奇心。いいんじゃない? そのまま突き進めば。で、何に好奇心が?」

モクロー「わからないんだ。団長が相談したいって言って来て、それっきり。疼いてるのは、知らないからだよ」

エーフィ「それもそうね。ま、頑張れ。手に負えない感じなら、あたしも協力を惜しまないから」

モクロー「ありがと」


追及しないでくれる、エーフィの優しさに感謝しながら、僕は寝床に戻った。

この喧噪に、今の自分は乗っかれない。
 ▼ 13 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:51:37 ID:LvCDM3Hw [13/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
3-○1

オイラが眠ろうとしていると、隣にモクローが潜り込んで来た。


アシマリ「もう寝るの? モクロー、まだまだ元気そうだったのに……」


眠たげな声でそう問い掛けると、モクローは首を横に振った。

その動作が、モクローの常で180度を超える程回転するという見ていて微妙にグロデスクさを醸し出す物だったりして、オイラはクスリと笑う。


モクロー「なんで笑ってるんだよ。まあ、それはいいや。なんか、ちょっと疲れて来てさ。休憩しに来たんだ」

アシマリ「へえ」

モクロー「まあ、僕はしばらくしたら戻るけどね」

アシマリ「うん。オイラはそろそろ寝るね」

モクロー「あ、ごめん起こしちゃった?」

アシマリ「ちょっとね……でも、大丈夫だよ。お休みー」

モクロー「お休み、アシマリ」
 ▼ 14 ーナイト@ひみつのコハク 17/01/02 21:51:54 ID:B5c9jNzo [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
続きやんけ!
支援!
 ▼ 15 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:52:40 ID:LvCDM3Hw [14/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
4-◇2

アシマリは、すぐに軽い寝息を立ててしまう。

その向こう、布団1つ分ぐらいを隔てた場所で、ニャビーは既に眠っている。

2匹は、朝から練習したりするのだろうか。

アシマリも、ニャビーも。本当にサーカスを愛している。

その愛し方にこそ違いはあれど、かける思いの深さは本物だ。

一方で、僕は。

サーカスに入れば、ごはんには少なくともありつける。それより何より、アシマリと一緒にいたい。

そんな動機だけで、入団を決めてしまった。

初期の頃こそ、ダメダメサーカス団を立て直すという役割が持てた。

けれど、今ではエクリプスももう立派なサーカス団と呼べる。

そんな中、僕のサーカスにかける思いって何なのだろう、と考えてしまうのだ。

もちろん、そんな悩みなどお構いなしにサーカスは始まるし、観客はそれを見るし、僕は司会をする。

重要度に差はない。そこは理解している。

けれど、かける思いの差は圧倒的で、僕は、どうしてもそこに劣等感を抱いてしまう。
 ▼ 16 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:53:14 ID:LvCDM3Hw [15/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
すやすやと眠るアシマリは、そんな悩みに気付いているだろうか。

僕は、意外にわかりやすい性質らしく、簡単に見破られてしまう。

アシマリはきっと、「気にする事ないよ」と笑ってくれるだろう。

けれど、僕はどうしても、そんな思いを拭えなかった。


モクロー「ま、とにかく今は、団長の相談事だ」


僕は首を回して振り返り、喧噪の収まりつつあるそこへ戻って行った。
 ▼ 17 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:54:11 ID:LvCDM3Hw [16/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
戻ってみると、打ち上げはほとんど終わっていた。

もうさすがに疲れたのか、みんなして片付けを始めている。

僕もそれに加わる。

そんな中、ブラッキーが声を掛けて来た。


ブラッキー「ありがと、手伝ってくれて」


例のエクリプス事件以来普通に喋るようになったとはいえ、どちらかというと寡黙な方である事に変わりはない。

そんなブラッキーだが、実はエクリプスの家事担当係でもあったりする。


モクロー「そりゃ、楽しんだからね。まだ元気もあるし、片付ける義務があるのは当然だよ」

ブラッキー「なんだけどねぇ。それをしないポケモン、多すぎでしょ」


目線の先には、彼の双子の姉、エーフィ。

彼女は、緑の体躯を横たえていた。

この双子は、2匹そろって色違いなのだ。
 ▼ 18 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:54:53 ID:LvCDM3Hw [17/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーディン「まあ、みんな疲れてるからな。ブラッキーも、無理して今片付けなくてもいいんだぞ」

ブラッキー「いや、あんまり放置してるとこびり付いて余計に面倒だから」


そう淡々と返し、黙々と仕事を進めるブラッキー。

僕は団長と見合わせ、頷いた。


モクロー「ブラッキー、僕たちはお皿を運ぶから、洗う方に専念してよ。その方が効率的でしょ」

ブラッキー「え、いいの?」

モクロー「もちろん。洗い場がそう何個もないから、そっちはまかせっきりになっちゃうけどさ、どうせ、運んだ後に洗うんでしょ?」

ブラッキー「まあね、ありがと。じゃ、行って来る」

フーディン「ったく、ホント、あいつがいない時って、俺らどう生活してたんだろ……」


エーフィブラッキー姉弟は、かなりの新参だ。僕たちが一番新参なのだが、エーフィたちは僕らが入団するまでその座を持っていたポケモンなのだ。

僕はだから、その時分の生活を知らない。

けれど、本当に、どうしていたのかさっぱりわからない。

家事担当を、どうしていたのか。ううむ、謎だ。
 ▼ 19 Popplioの夫◆afNbRfS6VA 17/01/02 21:55:33 ID:kIS8DYTs NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援です!
 ▼ 20 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:55:50 ID:LvCDM3Hw [18/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
片付けも終わり、ブラッキーはすぐに「お休み」と寝床へ戻った。

その場で横になっていたポケモンたちに団長がサイコパワーで布団を掛けると、その疲れで少し荒くなった息を宥めながら、団長は僕を見据えた。


フーディン「さて、モクロー。ちょっとばかり相談したい事があるんだ」

モクロー「なんですか、気になって眠れません」

フーディン「ああ、それなんだが……どうしてニャビーが進化したがらないのか、って話だ。

       そもそも、その話を知らないだろうから、少し説明するぞ」
 ▼ 21 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:57:21 ID:LvCDM3Hw [19/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
5-△2

あたしの過去の話をしよう。

あたしは、エクリプスに来るまでに、とあるサーカス団で働いていた。

けれど、とある事情……つまり、失敗してしまった事から、あたしはそこを追い出された。

その時の仲間たちは、頭を抱えた。

失敗が続き、人気が少し衰えてきているのだ。

普段はあり得ないような失敗を、あたしはしてしまった。

どうしても、逃れようのないトラウマが、当時のあたしにはあったのだ。

それは、今も消えずに残っている。

今では乗り越えたといえるが、それでも、消えてしまいはしない。

ただ、隠しているだけだ。
 ▼ 22 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:57:58 ID:LvCDM3Hw [20/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
エクリプスにやって来たのは、成り行きだ。

別のサーカス団に再就職しようとあたしはアテもなく旅をしていた。

しかし、どのサーカス団でも、一度失敗したあたしを雇い入れてくれる事はなかった。

そして、今まで一度も旅なんてものをした事がない以上、行き倒れるのも時間の問題だった。

幸い、あたしは近所の親切なポケモンに拾われ、しばらくをそこで過ごした。

そんな中、その街に、サーカス団エクリプスがやって来ると聞いた。

耳にした事もないサーカス団だった。

こんなサーカス団ならもしかして、と淡い期待を込めて、まずはそこを見る事にした。

悲惨な出来だった。

あたしの失敗なんて、これと比べれば小さい物だと思わせる程の雑さ。

もちろん、熱意だけは感じられた。

けれど、適切な指導がなっていないのが、ありありと見て取れる。

こんなサーカス団でなら、あたしでも入れるかもしれない。

期待は、確信に変わった。
 ▼ 23 プ・コケコ@ガブリアスナイト 17/01/02 21:58:06 ID:uE.PoJWw NGネーム登録 NGID登録 報告
ニャビーちゃんもし最終進化まで行ったら何か似合わないなぁ
悲しいなぁ
 ▼ 24 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:58:34 ID:LvCDM3Hw [21/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーディン「え、ここに入りたい? だってお前、あの……」

ニャビー「あたしの事、知ってるんですか」


団長、フーディンにそう持ち掛けると、フーディンの反応は、あたしの事を知っているような口ぶりだった訳で。

当然、落胆も激しかった。けれど、知っている、というのは、また違った意味であるらしかった。


フーディン「知ってるも何も、この業界じゃお前、有名だぞ。空中ブランコ乗りのニャビー」

ニャビー「え……」


あたしは茫然と、フーディンを見詰めた。


フーディン「なんだってこんなとこに1匹でいて、それでエクリプスなんかに入りたいのかは知らない。けど、ニャビーがそう言うなら、俺としては大歓迎だ」


その日の夜、あたしは拾ってくれたポケモンにお礼を言って、エクリプスに入った。

それ以来、こうしてここで、なんとかサーカスにしがみついている。
 ▼ 25 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 21:59:42 ID:LvCDM3Hw [22/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
6-◇3

モクロー「あ、そういう事だったのか。ニャビーがここにいる理由。あっちゃー、前、マズい事言っちゃってたな、僕」

フーディン「エクリプス事件の後、俺だけがそれを聞いた。あいつが話してくれたからな。そして、こうも言われたんだ」

ニャビー『それはそうと、たぶんあたし、進化そろそろなんです。けど、あたし、進化したくないから……』

フーディン「進化したくない、だぜ? 何があったのかは教えてくれなかったけどさ、何かあると思うだろ?」

モクロー「まあ、ですね」


大概のポケモンは、進化をしたくてしょうがないはずだ。

強くなり、大きくなり、出来る事が様々に広がる。

大人に近付いて行く、という意味では、ある意味エッチと言えなくもないってのは、誰のセリフだったっけ。

とにかく、進化したくないポケモンなんて、そう数多くいるはずもない。

もっとも、個人の思考なのだから、そういうポケモンがいてもおかしくはない。が、確かに気になる。

彼女は強い。そんな彼女が進化を拒む理由。

僕の好奇心は、収まってくれないようだった。
 ▼ 26 1◆J44kAZeDOM 17/01/02 22:00:48 ID:LvCDM3Hw [23/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーディン「かわらずのいしを、あいつにあげた。だから心配する必要はない。

       けど……団員の心配事を取り除くのも、俺の、団長としての務めなんじゃないかと思うんだ」


そう言って、団長は、僕の方を見やる。

別に、そんなチラチラ見なくとも、僕の答えは決まっていたのだけれど。


モクロー「わかってます。いいですよ、協力します」

フーディン「ありがとう。ニャビーは……きっと、聞かれたくないんだ。だから」

モクロー「わかってますよ。そろそろ眠いんで、寝ていいですか」

フーディン「ああ。明日はここで休みだから、ゆっくり寝てくれ」

モクロー「わかりました。お休みなさい」

フーディン「お休み」
 ▼ 27 こまで◆J44kAZeDOM 17/01/02 22:01:27 ID:LvCDM3Hw [24/24] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は、寝床に戻った。

みんな、もう眠っている。

ふああと1つあくびをし、僕も布団に潜り込んだ。

アシマリには、秘密にしていよう。

集中を、削ぎたくないし……。

そんな事を考えながら、いつしか僕は、眠りに落ちていた。
 ▼ 28 ョロトノ@ボロのつりざお 17/01/02 22:03:55 ID:B5c9jNzo [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ▼ 29 ララッパ@ヨロギのみ 17/01/02 22:17:09 ID:6r3guzTo NGネーム登録 NGID登録 報告
支援
 ▼ 30 パー@チャーレムナイト 17/01/02 23:14:31 ID:rXxx.Hsk NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ男の子なのにあの姿に
 ▼ 31 ンホロウ@おおきなキノコ 17/01/03 19:14:32 ID:2PtHu9OY [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 32 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:14:40 ID:OvBdZ3n2 [1/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







7〜16 ポケモンサーカス団ルテー






 ▼ 33 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:15:16 ID:OvBdZ3n2 [2/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
7-○2

光が差し込んでいる。

眩い、朝の陽ざしが、テントの隙間から覗く。

オイラたちは、大きなテントで寝泊まりをしている。

食事やら、その他さまざまな事も、その場で組み立てるタイプのキッチンで作り、持ち運んでいるお皿で食べているのだ。

ふああと1つあくびをし、オイラは布団から起き上がる。

ふと見ると、ニャビーがいない。

きっと、サーカスの練習だ。前は夜型だったのだけれど、最近は朝も練習している。

まったく、ニャビーは凄い。

なんて苦笑しながら、オイラはサーカス会場のテントへと向かった。
 ▼ 34 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:15:59 ID:OvBdZ3n2 [3/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
案の定、ニャビーはそこで飛んでいる。

ニャビーの首飾りが揺れ動き、殊更動きを盛り立てていた。

動きにくくないか、と前に尋ねた事がある。すると、慣れるまで練習するから、と言われた。

なんのために、なんで首飾りをしているのだろうか。

サーカスに不要な物はあたしにとっても「不要」。

そうやってすべてを切り捨てて来たニャビーが、初めて付けた――と思われる飾りだ。

なんでかと聞いてみても、ただ曖昧に言葉を濁すのみ。

疑問は残ったが、そうなるともう絶対に答えは帰って来ないだろうからと諦めた。

オイラはただ、ニャビーの練習を眺めている。

本番でも素晴らしいパフォーマンスを見せるが、ニャビーが真に輝くのは、1匹で練習している時だ。

過去の失敗を引きずり、未だ、見られる事に若干の抵抗があるという。

オイラだけが、ニャビーのゼンリョクをお目に掛ける事が許されている……のだと思う。


アシマリ「おはよ、ニャビー」


そう声を掛けるが、彼女は返事をしなかった。
 ▼ 35 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:16:30 ID:OvBdZ3n2 [4/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
オイラは外に出て、朝の陽ざしを体に浴びる。

みんなはまだ眠っている。

秋も、そろそろ終わりに近付いて、朝の空気は冷え込んでいた。


アシマリ「寒っ」


思わず声が出る。オイラはのびをして、練習を始めた。

体を動かせば、あったまる。

鼻からバルーンを吐き出し、それを地面に設置。

それに飛び乗って、トランポリンの要領で飛び跳ねる。

そんな動作を繰り返し、思った。

オイラのパフォーマンスは、水だ。

当然、濡れると寒い。


アシマリ「はっくしゅん!」
 ▼ 36 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:17:47 ID:OvBdZ3n2 [5/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
8-△3

ニャビー「で、何カゼ?」

アシマリ「かもしれないっくしゅん!」


呆れた。

まあ、水使うんだから、寒いのは当然かもしれないけれど、体調管理ぐらいはしっかりして欲しい。

あたしなんか、カゼなんかとは次元の違う体の悩みを抱えているというのに……。

年頃のポケモンなら、種類にもよるが経験する変化。

あたしは、それを恐れる。

体が大きくなる、つまり、バランスが取りづらくなるという事。

進化は、空中ブランコ乗りにとって、命取りだ。

団長は気付いていないらしいけど。

まあ、そんなとこがエクリプスらしいと言えばエクリプスらしいのだが。
 ▼ 37 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:19:32 ID:OvBdZ3n2 [6/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリは鼻ぐずつかせている。バルーンを作るのに、一番重要な部位だ。

幸いというかなんというか、今は公演のない期間。

だからまあ、ゆっくり治す事に専念してもらえばいいのだけれど……。


アシマリ「どうしよっしゅん!」

ニャビー「とりあえず、あたしにうつさないでよ。体あっためる?」

アシマリ「お願い」

ニャビー「すぅ……『ひのこ』っ!」


息を吸い込むと、朝の毛づくろいで舐めとった毛に点火し、一気に放出した。


アシマリ「うわっちぃ!」


温まる、というよりどちらかというとダメージを食らっているような気がしなくもないが、まあアシマリは水タイプだ。大丈夫だろう。


アシマリ「あったまった……かなあ?」

ニャビー「もっと行く?」

アシマリ「遠慮しとく……」
 ▼ 38 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:20:23 ID:OvBdZ3n2 [7/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
9-◇4

アシマリの叫び声で目が覚めた。

何匹か、起きだしてきている。

そんな事をぼんやりと眺めている内に、アシマリの叫びという物の意味を把握し、慌てて駆け出した。


モクロー「アシマリどうかしたっ?!」

アシマリ「いや、カゼひいちゃって……あっためてもらおうと思ったら、炎技ってやっぱ痛いね……っしゅん!」

モクロー「……とりあえず、治療しよう。お薬とかはあるはずだから」


心配して損した。

炎技は僕には効果抜群でもアシマリにはいまひとつ。それほど苦しい物じゃないはずだ。

叫び声の緊急性はそんな物でしかなかったのだ。

と、ここで思い直す。

カゼの方は、充分問題だ。

こちらは速く治さなければならない。


アシマリ「たはっ、まさかカゼひくとはねっくしゅん!」
 ▼ 39 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:21:11 ID:OvBdZ3n2 [8/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
10-○3

オイラはベッドに寝かされた。看病は、エーフィが買って出てくれている。


エーフィ「ブラッキー、子どもの頃病弱でさ。よく看病してたんだ」

アシマリ「そうなんだ……」

エーフィ「うん。落ち着いたら病院に行かないとね」

アシマリ「うんっくしゅん!」

エーフィ「まあ、最近気温差激しいもんね。それなのにずぶ濡れで外出歩いてたら、いくら水タイプでもそりゃカゼひくよ」

アシマリ「はぁ……。辛いなあ」


要するに、今の時期、朝は練習ができないって事なのだ。

オイラのパフォーマンスには水が付き物で、つまりはそういう事だ。

ため息が零れるが、そこに咳が紛れ込んだ。
 ▼ 40 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:21:43 ID:OvBdZ3n2 [9/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
エーフィ「行く前に……変装した方がいいよね。アシマリ、一応エクリプスの売れっ子な訳だし」


世界を救ったサーカス団、エクリプス。

そこの中でも特に目立っているのは、たぶんオイラとモクロー、そしてニャビーの3匹だ。

だから、自分で言うのもなんだけれど、かなり周りの注目を集めてしまう。よくも悪くも。

オイラ自身、注目されるのは大好きなのだけれど、目的地まで急ぎたい時とかはたまに煩わしく感じてしまう事もある。

そんな時のために、ブラッキーは変装を施してくれるのだ。

本当に手先が器用で、オイラ、正直羨ましい。


ブラッキー「じっとしててね……」

アシマリ「くしゃみが出るかもしれないけど……」


頑張ってこらえる、しかない。


ブラッキー「わかった。なるべく急ぐ」
 ▼ 41 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:22:33 ID:OvBdZ3n2 [10/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ブラッキーは言葉に違わず手早くオイラの変装を終わらせた。

モクローに確認してもらうと、「やっぱ凄いな……。手早くやってこれか」と感嘆のため息。

つまり、大丈夫という事だ。


エーフィ「じゃ、行こっか、アシマリ」

アシマリ「うんっくしゅん!」


オイラはエーフィと2匹、テントから出て、病院への道を辿り始めた。

秋の陽ざしは、うららかに輝いていた。

冷え込んだ体を温めるような、そんな明るさだった。
 ▼ 42 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:23:09 ID:OvBdZ3n2 [11/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
キュワワー「カゼですか。まあ、季節の変わり目ってのは、かかりやすい時期ですしね」


お医者さんのキュワワーが、オイラを見てそう言った。

彼女の目は、真剣そのものだ。


アシマリ「どのぐらいで治りますか?」

キュワワー「とりあえず……『いやしのはどう』で回復しますので、後は一晩眠ればすぐかと」

アシマリ「よかったぁ……」

エーフィ「大丈夫そうだね。もうしばらくここに滞在する事になりそうだし」

キュワワー「まあ、後はあなたの回復力次第ですね。では行きますよ……」


キュワワーの体から穏やかなオーラが発せられる。

それにあてられたオイラは、なんだか元気になって行くように感じた。


キュワワー「はい、おしまい。それじゃ、待合室で待っててくださいね」

アシマリ「はあい」
 ▼ 43 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:24:03 ID:OvBdZ3n2 [12/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
待合室のイスに座って、会計を待つ。

その時間が退屈で、ボーっと周りの話に耳を傾けていた。

と、オイラの耳が「サーカス」という単語を拾い上げ、その会話に一気に引き込まれて行った。


「……ス団ルテー、だったっけ」

「あー、そんな名前だったような気が……」


親子の会話は、そのままサーカスに関する話へと移って行った。
 ▼ 44 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:24:34 ID:OvBdZ3n2 [13/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「なんか、ケルンって最近サーカスの誘致に力を入れてるらしいのよ。ほら、エクリプスだって来たでしょう?」

「うん。凄かったって、友達が言ってたよ」


こそばゆい。オイラたちのパフォーマンスを見て凄いと言ってくれたポケモンが、確かにいる。

その事実が誇らしくて、オイラはエーフィと目を合わせ、微笑んだ。


「どうする? カゼ治ったら、行く?」

「いいの?! やったー!!」


サーカス団ルテー。

初めて聞いた名前だけど、オイラたちのライバルになる訳だ。覚えておこう。

はっくしゅん!
 ▼ 45 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:25:04 ID:OvBdZ3n2 [14/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
11-◇5

さて、アシマリも病院に向かった事だし、僕は僕で、ニャビーに関して少し調べてみよう。

と言っても、僕にできる事なんて、そう多くはない。

情報が出揃えばそれを考えるのはできるけれど、あいにく僕は、情報収集がそれほど得意ではない。

今の今まで、かなり打ち解けた今でも、ニャビーの過去を正確にはとらえていなかったのだから。

一応、前いたサーカス団の名前は、エクリプス入団前に調べが付いている。

ネメシー。それが、ニャビーが元いたサーカス団の名前だ。

そこで、ニャビーはミスを犯した。

そのミスが原因で追いやられ、エクリプスに流れ着く。

そんな流れなのだが、進化を拒む理由は見えて来ない。

本来なら喜ばしい物を、頑ななまでに拒む彼女は、一体何なのだろう。

思い返せば、ニャビーには謎が多い。

生まれた頃からサーカスばかりと言っているが、どうしてそんな事になっているのか。考え出すとキリがない。
 ▼ 46 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:26:10 ID:OvBdZ3n2 [15/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そう考えると、僕の今までって平凡極まりないよな、なんて考えてしまう。

そりゃ、両親との死別なんて出来事はあったけれど、それだって劇的な物があった訳ではない。ただの病死だ。

まだ幼かった自分は、それでも懸命に事実を消化して、受け入れた。

死別した両親は、それでも僕に遺産を残してくれていた。

生活は楽ではなかったけれど、劇的に悲惨な目にも遭っていない。

それに、僕は、そんな生活をしていたからこそ、アシマリに出会えた。

アシマリとの出会いは、たぶん、これから先注がれるはずであった両親の愛を埋め合わせるには充分な出来事だろう。

結局、通り一遍の楽な暮らしではないけれど、ニャビー程の波乱万丈なポケ生を送っている訳ではないのだ。


モクロー「進化を嫌がる、か」


とりあえずは、ネメシーについて、もっと調べるのが先決だろう。

ニャビーの過去は、そして憂いは、きっと、そこに収束する。
 ▼ 47 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:26:42 ID:OvBdZ3n2 [16/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
12-△4

サーカス団ルテー。

名前は知っている。それどころか、たぶんあたしは、ネメシー時代、何度かその公演を見ているはずだ。

だから、不意にアシマリがその名前を出した時、あたしの胸をよぎったのは一抹の懐かしさだった。


アシマリ「知ってる?」

ニャビー「知ってるも何も、見た事あるよ。有名だし、ルテー。アシマリはないの?」

アシマリ「実はオイラ、サーカスを見たの、エクリプスのを除いて1回だけなんだ。確か……なんだったっけなぁ。小さい頃だったから、よくは覚えてないんだけど」

ニャビー「そう。それであんた、ずっとサーカスに憧れてた訳?」

アシマリ「うん。あの時の強烈なイメージが忘れられなくて。あのイメージのお陰で、オイラはモクローと出会うまで生き延びられた」


生き延びる。その単語の強烈さを、あたしは一瞬スルーしかけた。

慌ててそれを掴み直し、そして問う。


ニャビー「生き延び……あんた、何があったのよ」
 ▼ 48 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:27:13 ID:OvBdZ3n2 [17/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「ああ、いやさ、パパが夜逃げして」


なんでもない事のように話すアシマリ。

けれど、さすがのあたしも、衝撃に撃たれた。

夜逃げ。その不穏な単語が、ふつふつと胸に迫る。


アシマリ「まあ、それでもなんとかやって来られたのは、その時の思い出のお陰かな」

ニャビー「なるほど……。あんたの原動力は、そんなとこにあったんだ」

アシマリ「うん。オイラ、サーカスの力を知ってる。だから、オイラも、誰かにそれを与えたいんだ。

      もちろん、サーカスはたぶん、オイラに向いてたんだと思う。やってて楽しいのは間違いないし」

ニャビー「……ありがとね、話してくれて」

アシマリ「え、なんでお礼言うの? ねえなんで?」


あたしはそれを無視した。

当のアシマリがそれを辛いと思ってないのなら、そう決め付ける理由なんてどこにもない。

ありがとう、なんて、必要ないのだ。
 ▼ 49 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:28:24 ID:OvBdZ3n2 [18/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
13-○4

エーフィにサイコキネシスでベッドに強制連行された。

ニャビーとの会話もだから、それで切り上げになった。

ボーっと思考を巡らせる。オイラが昔見たサーカスって、どこの誰だったっけ……。

ん、誰?

自分の思考の言葉尻を捉えて、オイラは首を捻る。

サーカス団全体ではなく、個人の事を考えている。

一体どういう事だろう。サーカスは全体で紡ぐもの。誰か1匹だけのものじゃないのに、それをわかっているはずなのに。

過去の事となると、誰かぼんやりとした1匹のシルエットが脳裏によぎる。

せめてそのポケモンの種族だけでも特定しようと試みたけれど、1つの像を結ぶ事はなかった。


アシマリ「まあ……無理だよね」


幼い頃の記憶なんてないに等しい。

それだけを頼りにオイラが考えるだけで真実を掴めるとは思えない。

モクローならなんとかなるかもしれないけれど、オイラの推理なんてテキトーなのだから。
 ▼ 50 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:29:00 ID:OvBdZ3n2 [19/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
結局、そのまま眠ってしまい、目覚めた時にはもう、オイラは完全に元気になっていた。

1つあくびをすると、オイラは立ち上がり、外を眺める。

辺りは暗く、風が吹きすさぶ。

もう夜だ。まだ夜と言うべきか。


エーフィ「あっ、起きたんだ」


オイラの様子を見に来たのか、エーフィが近付いて来て、そう言った。


アシマリ「うん。もう元気だよ」

エーフィ「よかった……。凄いね、お医者さんも明日には治るとしか言ってなかったのに……」

アシマリ「たはは」

エーフィ「ごはんできてるよ。ほら、早く食べちゃって」

アシマリ「はーい」
 ▼ 51 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:29:43 ID:OvBdZ3n2 [20/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
14-◇6

アシマリが病院に行っている間、僕はネメシーについて調べていた。

図書館に行って、新聞で調べてみた。

ニャビーがやって来たのはもう10年近く前なのだという。年齢を聞いた事はないけれど、恐らく当時まだ5歳だ。

その時期の、サーカスに関する記述を調べてみた。

新聞に載るような事かはわからない。けれど、10年前と言えば、僕もまだ5歳(つまり、目算では僕とニャビーは同い年。ちなみにアシマリは2つ下だ)。

その頃の事なんて、ほとんど覚えていない。その時代について知る事が、全くの無駄になるとも思えなかった。

想定外の当たりを引き当てるなんて淡い期待は、だからしていなかった。

して、いなかったのだ。


モクロー「えっ」


あわや叫ぶところであった。幸いそれは押し止めたが、僕の目は、物凄い記事を見付けていた。


『サーカス団に勤めるニャヒート氏(12)が一昨日を最後に消息を絶っている事がわかりました』


そこから、僕は慌てて記事を読み込んだ。
 ▼ 52 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:30:35 ID:OvBdZ3n2 [21/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
サーカス団のニャヒート。

ニャヒートと言えば、ニャビーの進化形だ。

そんなニャヒートが、ニャビーのエクリプス入りと同時期に失踪――

奇妙な符合だ。気にせざるを得ない。

記事からは、あまり詳しい事は読み取れなかった。ニャビーとの関連も、ネメシーの文字も見当たらない。

けれど、全くの偶然であり得ようか。


モクロー「調べるっきゃないな」


そう呟いて、僕は顔を上げる。

10年前となると、覚えているポケモンも限られているだろう。

相当サーカスに詳しい、大人だ。
 ▼ 53 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:31:12 ID:OvBdZ3n2 [22/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
となると……。

エクリプスの面々の顔を思い浮かべてみるも、首を横に振らざるを得ない。

ニャビーとアシマリは年齢的にも精神的にも訊けない。

団長は、ニャビーの失敗の事すら当時は知らなかったという。

エーフィとブラッキーがいたミリスの街は、そういった情報からは相当疎い街だ。知っているとは到底思えない。

他のメンバーだって、サーカスの詳しさで言ったら団長と似たり寄ったりだ。

生憎、僕のコネはそれほど広くない。

故郷、ラサーシャならそれなりに知り合いぐらいはするのだけど、ここはラサーシャから遠く離れているし、そもそも別れを告げようとも思わないぐらいの遠い関係じゃ、尋ねる気にもなれない。

となると、誰がいいだろう。
 ▼ 54 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:32:24 ID:OvBdZ3n2 [23/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ルテーの話題を聞いたのは、そんな悩みを持て余している時だった。


エーフィ「ってな訳で、ルテーってサーカス団がもうすぐケルンに来るんだってさ」

フーディン「へえ。ううん、後学のために見てみるかな……」


そう団長が呟いたのを、僕は聞き逃さなかった。


モクロー「それ、どういう事ですか?」

フーディン「ああ、お帰りモクロー。いや、ここケルンに、サーカス団ルテーってのが来るらしくてな。俺もちょっと見ておこうかなって思ったんだ」

モクロー「そうなんですか……。よし、僕も連れてってください」
 ▼ 55 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:32:58 ID:OvBdZ3n2 [24/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
即決即断は、僕の美学とは反するのだけれど、(しっかり考えて、最高の状態で進めるのがポリシーだ。いわゆる完璧主義である)これに関しては強ち間違えでもないだろう。

ルテーの面々に会えるかもしれない。何しろ僕たちは「世界を救ったサーカス団エクリプス」なのだ。

サーカス団同士、面識を増やすのはいい事であろう。

そう踏んでくれれば、話を聞くのも容易い。

きっと、ネメシーの事も知っているだろう。エクリプスがそういう情報に疎すぎるのは、ニャビーの件で証明されている。

普通のサーカス団なら、知っている可能性も高い。


フーディン「ああ、大歓迎だ。もう何匹か連れて行こうと思ってたしな」

モクロー「ありがとうございます!」

エーフィ「あたしは……いいかな。練習してるよ」

フーディン「了解。俺もモクローも外すから、エーフィが残ってくれるのはありがたいよ」


真面目さでは、おそらく今話してる3匹がトップクラスだろう。ニャビーとアシマリは全体についてほとんど考えないし。


エーフィ「まあ、いなくても大丈夫だとは思いますけどね」


苦笑いを浮かべたエーフィ。僕も首を1周巡らせた。
 ▼ 56 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:33:47 ID:OvBdZ3n2 [25/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
15-○5

ごはんを食べながら、オイラはモクローから、ルテーの公演を見に行く? と尋ねられ、二つ返事で頷いた。


アシマリ「だってもぐもぐ他のサーカス団とかもぐもぐほとんどもぐもぐ見た事ないしもぐもぐ」

モクロー「食べながら喋らない」

アシマリ「あっ、ごめん……」


慌てて飲み込んで、続けた。


アシマリ「他のサーカス団がどんななのか、気になるんだ。もしかしたら、何か思い出すかもしれないし」

モクロー「思い出す?」

アシマリ「オイラがエクリプスに入る前に1回だけ見た本物のサーカス」

モクロー「あー、そういやそんな事言ってたね」

アシマリ「うん。全然思い出せなくってさ。今日、ニャビーと話してて、ふっと気になったんだ」
 ▼ 57 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:34:38 ID:OvBdZ3n2 [26/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
モクロー「何話したの?」


そう問うモクローに、オイラは答えて言う。


アシマリ「そう、それがちょうど、ルテーの話だったんだ。今までに見たサーカスが、エクリプスのとそれだけだなって話につながって」

モクロー「へー。まあ、何にせよ好都合だね。よし。一緒に行こう!」

アシマリ「うん!」


と、オイラはふと気になった事を尋ねた。


アシマリ「で、いつ見に行く?」

モクロー「アシマリとエーフィが聞いて来た以上の情報はないし、明日にでも団長が調べて来ると思う。初公演を見る事になるのかな」

アシマリ「了解。じゃ、食べるね」


それだけ言うと、オイラは勢いよくごはんをかきこみ始めた。

ブラッキーの料理は本当においしくて、病み上がりの体に沁みわたって行くような感じだった。

思わず顔がニヤつく。おいしいのだから仕方がない。
 ▼ 58 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:35:08 ID:OvBdZ3n2 [27/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャビー「ルテーの公演か……。行く。他のサーカス見るのって勉強になるし」

アシマリ「そう言うと思ったよ。他のみんなにも聞いたらしいけど、結局行くのはオイラ、ニャビー、モクロー、ダンチョーの4匹だけみたい。

      みんな見た事あるんだって。エーフィたちは除くけど」

ニャビー「……これでさすがに誰も見た事ないじゃ、サーカス団として恥ずかしいしね。うん、よかった」


頷くニャビー。オイラはどう返事をすればいいのかわからず、曖昧に微笑んだ。

見上げると、月が煌々と輝いている。

風が吹き抜け、オイラは1つ、くしゃみした。
 ▼ 59 1◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:36:17 ID:OvBdZ3n2 [28/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
16-△5

ルテーの公演について思いを巡らせる。

見た事あるとアシマリには言ったけれど、正直記憶が曖昧過ぎて、見たと胸を張れない。

だから、少しでも思い出して、予習をしておこうという訳だ。

司会をしていたのは……♀の、草タイプで……赤みを帯びた体……アマージョだったかな。

玉乗りしていたのは……誰だったっけ。

霞む記憶の奥深く、どれほど前足を伸ばしても、あたしは思い出せなかった。

アマージョの妙に威厳ある司会だけが、ルテーの公演の輪郭を描き出す。


ニャビー「有名だけど、そんなんじゃサーカスとしては失格よね」


呟きながら、あたしは練習場へと向かう。

飛んでいれば、他のすべてを遮断できるから。
 ▼ 60 こまで◆J44kAZeDOM 17/01/03 20:36:49 ID:OvBdZ3n2 [29/29] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、1人で飛ぶ、練習の時間が何より好きだ。

エクリプス事件以降、ハイペースな公演が少しマシになり、一か所に留まっている時間が増えた。

結果、公演が終わってもすぐには分解せずに済んでいる。

あの事件以前は、1週間で別の場所の公演に向かっていた。正直、アホとしか。

移動も、資材を団員に運ばせ、食料も現地調達という超低コスト。

入りが少ないのをそうして誤魔化していたっけなと少し笑った。

さて、練習だ。

あたしは階段を登り、そして飛んだ。
 ▼ 61 イリュー@2ごうしつのカギ 17/01/03 20:37:42 ID:2PtHu9OY [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ▼ 62 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:12:22 ID:YaXAAu3g [1/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







17〜22 ルテーの公演






 ▼ 63 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:13:00 ID:YaXAAu3g [2/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
17-○6

数日後、オイラたちは行列に並んでいた。

横にはモクロー、ニャビー、そしてダンチョー。

行列の先にあるのはテントで、その中では今、たぶん、最終調整が行われている。

看板にあるのは「ルテー」の文字。

行列に並ぶポケモンたちは、期待に胸を膨らませているのが半分、もう半分はその顔を見て楽しんでいるような気がする。

もっとも、オイラの位置から視認できる範囲なので、それ以外のポケモンがいてもおかしくはない。

家族に無理矢理連れて来られて、仕方なく来てるポケモンだって、きっといる。

そんなお客さんを振り向かせられるかが、サーカス団の実力なのだろう。

とりあえず、オイラは「期待に胸を膨らませているポケモン」だ。間違いない。

どうしても、ワクワクと興奮で、言葉少なになってしまう。

自分のパフォーマンスですらここまでの高まりは感じない。

オイラたちが入る前のエクリプスの公演は、ほとんどダメダメだったからノーカンだとすると、これがオイラの一生の内2回目のサーカスだ。

しかも1回目は物心が付く前。

楽しみで仕方ないのも当然だというものだ。
 ▼ 64 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:13:33 ID:YaXAAu3g [3/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
モクロー「なんか、緊張するね」

アシマリ「うん」

フーディン「おいおい。俺あがり症だけど、全然そんな事ないぞ」

ニャビー「憧れのサーカスで、緊張しない団長の感覚がおかしい」

フーディン「厳しいなぁ」


頭を掻くダンチョー。今の一幕で、少し緊張が解けた。


ニャビー「あたしはまあ、サーカスイコール命みたいなもんで、憧れもクソもないんだけど」

フーディン「……まあ、あっ、進み始めた」


ニャビーの、この偏ったサーカスへの愛情は、いつもの事だ。

それすらもニャビーの一部で、オイラはたぶん、そんなニャビーに惹かれている。

けれどまあ、重苦しくなるからどこでもその感覚を持ち出すのはやめて欲しいかな。

話題を変えるように、オイラは言う。
 ▼ 65 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:14:03 ID:YaXAAu3g [4/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「いやホント、楽しみ過ぎて震えがヤバいよ……」

ニャビー「だね。やっぱり、新たなバリエーションを増やせるのはありがたい」

アシマリ「……ちょっとは純粋に楽しもうよ。ね?」

ニャビー「ま、それもそうね」


これだから、ニャビーは凄い。

オイラじゃ、追いつけないだろうな。戦うなら、だけど。
 ▼ 66 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:14:45 ID:YaXAAu3g [5/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
18-◇7

なかなかの盛況だ。

僕が観客として見たサーカスは、エクリプスを含めてこれで2度目になる。

1回目がエクリプス(過疎)だったので、盛り上がったサーカスを観客目線で見るのは初めてだ。

加えて、僕の役目は「司会」。呑気にみんなのパフォーマンスを眺める訳にも行かず、だからもう、初めてみたいなものだ。

テントの入り口が開き、ポケモンたちがその中に吸い込まれて行く。

その光景は、随分と新鮮に映った。

これほどの観客が1つのテントに入り、僕たちの公演を見ているのだ。ルテーとエクリプスじゃ規模も違うだろうけれど。

それを思うと、緊張するのだろうか。生憎僕は、観客の数なんてまったく気にせずに司会をできる自信があるのだけれど。

アシマリなんかは、観客が多いとやる気がでるらしいから、あらためて実感するのはいい事なのではないだろうか。

ニャビーは……まあ、知っているだろう、身をもって。
 ▼ 67 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:15:55 ID:YaXAAu3g [6/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーディン「こ、こんな大勢を相手どって公演してるのか……」

モクロー「出番もないクセに何言ってるんですか団長」


持ち前のあがり症を発揮して、団長でありながら一切公演に出演しないフーディンだけが今になって緊張しだして、それが妙におかしかった。


席に座り(身体構造的に座るってのもよくわからないけれど)、開始を待つ。

他の観客はざわめいているが、エクリプスの面々は、みな一様に静まり返っていた。


モクロー(アシマリ(楽しみだなぁ、どんなパフォーマンスするんだろ……))

モクロー(ニャビー(お手並み拝見とでも行くかな))

モクロー(フーディン(こんな大勢の中で、俺なら死ぬな……))


なんて、3匹に心の声をアテレコして遊んでいると、ライトが消え、辺りは暗くなり、それに伴って観客のざわめきも消えた。そろそろ始まるらしい。

いきなりライトが点いて、そこに照らされていたのは、司会のアマージョだった。


アマージョ「みなさま、本日はお集まりくださり、ありがとうございます」


そう、威厳に満ちた声が始めた。
 ▼ 68 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:16:38 ID:YaXAAu3g [7/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は居住まいを正し、その司会っぷりに耳を傾けた。

僕が参考にする必要のある箇所は、ここだ。

アマージョは、怯えや緊張などかけらも感じられない凛とした佇まいでハキハキと言うべき事、楽しませる発言などを口端に乗せていく。

観客を見やると、みな、引き込まれるように体を前倒しにしていた。

これが、「じょおうのいげん」。存在の放つオーラが、観客の目を惹く事に成功していた。


アマージョ「では、みなさん、どうぞお楽しみください!」


照明が落ち、沈黙が訪れた。

隣でアシマリが、じっとその光景を眺めていた。
 ▼ 69 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:17:45 ID:YaXAAu3g [8/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ステージに照明が当たり、そこからは、パフォーマンスの始まりだ。

いつもは舞台袖で眺めているだけのものだが、観客席から見るとそれは、本当に煌めくようだった。

もっとも、実力は、最近頭角を現して来たエクリプスの面々も負けてはいない。

けれど、こんな感動を味わったのは初めてだ。

サーカスは、観客席のお客さんに見られる事を意識して構成される。

当然僕の場所は考慮されず、結局僕が見られるのは練習のみ。

こうも違うのか。

場所が違うと、こうも違うのか。

そんな簡単な事に、打ち震えた。

僕たちが創り上げているのは、こういう世界なのだ。

飛んで、跳ねて。けれど、根源の所で、お客さんを楽しませるというのは変わらない。

改めて、サーカスの力を知った。

世界を動かす程の力がある、とアシマリが主張したのも、わかる気がした。
 ▼ 70 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:18:52 ID:YaXAAu3g [9/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
19-△6

なるほど、上手い。

これがマトモなサーカス初体験だというモクローは、恐らく幸運だと言える。

ギリギリをかすめるように火の輪をくぐるポケモン。玉乗りしながら玉回しをするポケモン。

ざっと見た限り、サーカスとしては、かなり実力派だと言える。

けれど、どうしてだろう。

なぜか、印象に残らない。

物凄く上手いはずなのに、あたしの心に響かない。

上手い物は素直に上手いと言えるのは、サーカス以外であたしが長所だと胸を張れる数少ないものだ。

それなのに、このパフォーマンスは、心に響かない。

もっとも、そんな事を思うのはあたしだけだろうけれど。

そんなモヤモヤを抱えたまま、舞台は空中ブランコへと突入する。

現れたのは、真っ赤な体躯を持った、恐らくはあたしと同じ、炎タイプのポケモンだ。

お手並み拝見と行きますか。

同じ空中ブランコ乗りの炎タイプとして、そのパフォーマンスを観察する事にした。
 ▼ 71 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:19:32 ID:YaXAAu3g [10/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
電撃に撃たれたような、そんな感覚。

あたしを襲ったのは、激情だった。

――同じだ。

――これは、紛れもなく、あたしと同じだ。

そんな事を思う。

炎を纏い、それをライトの煌めきで引き立てる。

空中を飛ぶように舞い、ゆったりと3回回って、またブランコに着地する。

どこかで見覚えのあるパフォーマンス。

――見覚え、なんてもんじゃない。

――今飛んでいるのは、あたしだ。

目の前のポケモンが感じているであろう、風の音までリアルに想像できてしまう。

それ程までに、あたしと同じだ。

――あたしなんだ。あそこにいるのは、あたしだ。
 ▼ 72 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:20:34 ID:YaXAAu3g [11/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリの方を見る。

と、すぐに目が合った。


アシマリ「……似てる、よね?」

ニャビー「うん」


小声で、だから他の誰にも、モクローにさえも、聞こえていないはず。

けれど、確かに、アシマリは、「あたし」を見付けた。


アシマリ「ニャビーのパフォーマンスと、おんなじ感じがするんだ。なんだか、怖いぐらい似てる」

ニャビー「だよね」

アシマリ「凄く上手くなると、おんなじに見えちゃうのかなぁ」

ニャビー「やめて。上手くっても、同じになれるはずなんてないよ」
 ▼ 73 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:21:20 ID:YaXAAu3g [12/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしには、どうやっても追い越せない、ライバルがいる。

ネメシーで、それを嫌という程学んだ。

あたしが上手いのは客観的事実。だけど。

――同じになれる、はずもない。

ずっと追いかけている、背中。

不意にそれが、ルテーの空中ブランコと重なった。

そして、と思う。

――これは、劣化コピーだ。あたしも、あなたも。

あのパフォーマンスには、絶対に勝てない。あたしも、あなたも。
 ▼ 74 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:22:09 ID:YaXAAu3g [13/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
20-〇7

空中ブランコのポケモン。

ニャビーと似たパフォーマンスをしたポケモン。

彼、もしくは彼女は、何かでニャビーのパフォーマンスを見て参考にしたのだろうか。

でも、だとしたら――

悪質じゃないか。

パクリだ、これは。

今すぐにでも問い詰めたかった。

サーカス自体は素晴らしい。けれど、間違っている。

参考にはしても、最後は自分たちで編み出した物に頼るしかないはずなのだ。

そうニャビーに主張すると、「いいよ、別に。模倣されようが、あたしはあたし。ここまで来るには、相当な練習が必要だし、そこは認めたいの」と返され黙り込むしかなかった。

どうしても、ニャビーの価値が貶められたような気がして辛かった。

けれど、ニャビーは真剣に舞台を見つめていた。

何かを捜すかのように、じっと。

それを見て、オイラの中の反骨精神もどんどん萎んでいき、終わる頃にはもうすっかり消えてしまっていた。
 ▼ 75 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:23:19 ID:YaXAAu3g [14/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーディン「いやー、凄かった」

モクロー「負けてられないね、アシマリ」


舞台も終わり、そうモクローが声を掛けて来る。

それに生返事をすると、オイラはニャビーの方に視線を向けた。

彼女は、ずっと考え込んでいる。

それを見ていると、不意にモクローが声を掛けて来た。


モクロー「ところで……サーカス団同士で交流でも深めようかなって思うんだけど、どうする? アシマリ」

アシマリ「え? ああ……ニャビーはどうする?」

ニャビー「あたしはパス」

アシマリ「じゃ、オイラもニャビーといるよ。ダンチョーと行って来たら?」

モクロー「わかった。じゃ、近くにあった公園に集合しよう」

アシマリ「うん」
 ▼ 76 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:23:55 ID:YaXAAu3g [15/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
先にオイラとニャビーは集合場所の公園に向かった。

道すがら、ニャビーの思索は止まる事を知らず、気まずいままオイラはその隣を歩く。

何か会話を探すのだけれど、生憎オイラもニャビーも生粋のサーカスオタク。

この状況で、他の話題など探せるはずもなく。

真っ赤な紅葉がその存在を主張する公園で、オイラはただ、ニャビーの横に座っていた。
 ▼ 77 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:24:54 ID:YaXAAu3g [16/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
何も言わないままそうしていると、ニャビーが声を発した。


ニャビー「いてくれて、ありがと。なんか、あんたがいると落ち着く」

アシマリ「え、どうしたの急に」

ニャビー「何も訊かずにいてくれるからさ」

アシマリ「……なんか、訊きにくいし」


とは言った物の、これがモクローなら間違いなく質問攻めだ。

基本的には大人なのだけれど、好奇心の止め方を知らないってのは本人の弁。

自覚できるレベルでそうなのだ。まず間違いない。
 ▼ 78 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:25:31 ID:YaXAAu3g [17/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャビーはただでさえ不機嫌そうな顔をさらに冷たくして、言った。


ニャビー「なんか、凄い混乱してる。あたしを真似る? 何バカな事言ってるのよ」

アシマリ「まあ、凄いよね。よっぽど頑張らないとニャビーのマネなんて……」

ニャビー「違うのっ! あたしは、マネされるような存在じゃない! ……あたしは昔、失敗したのに。あたしなんかより、凄い奴、ごまんといるってのに……。

      勝敗じゃない。それはわかってる。でも、わかるの。圧倒的なのって。あっ、これは無理だ、追いつけないって。

      あたしより凄いのはなかなかいない。だけど、だけど、あたしより凄い奴なんて、探せばいくらでもいるってのに!」

アシマリ「ど、どうしたのニャビー?」

ニャビー「ごめん。なんでもない。忘れて」
 ▼ 79 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:27:01 ID:YaXAAu3g [18/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャビーより凄いポケモンが、いっぱいいる?

世界ってのはどれだけ広いんだ……。

オイラもまだまだだな。

そんなどうでもいいような事を考えて、間を繋いだ。

忘れて。言葉通りに忘れようとした。

けれど、さすがに無理だった。

普段は滅多に感情を表に出さないニャビーの激情。

出来るだけ、オイラは、それに応えていたい。

ニャビーはまたさっきのように考え込む。いや、もう考えてすらいないのかもしれない。


アシマリ「でもさ、ニャビーが凄いのは確かだよ。ニャビーより凄いポケモンがいるのかもしれないけど、オイラにとってはニャビーがナンバーワン」

ニャビー「ありがと。さっきはああ言ったけど、正直、あたしより凄い奴、そうはいないから、あんたの見る目は間違ってないよ。あんたが見て来た数少ないサーカスの中では一番だって自信がある」


物凄い事をサラリと言ってのけるニャビー。嫌味に感じないのは確かに実力があるからだ。
 ▼ 80 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:27:44 ID:YaXAAu3g [19/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
オイラにとっても、ニャビーは1つの目標。

それが自分を見下してばっかりいたら、オイラとしてはむず痒い訳で。


アシマリ「そうだよ。だからさ、認めた方が、楽だよ。自分は、マネされるに足る存在だって。

      どんなに凄いポケモンだって、いつかは抜かれる。そうやって、どんなジャンルの物でも成長するんだよ。

      いつかは、オイラだってニャビーを抜かせるかもしれない。それと一緒。

      ニャビーだって、自分より凄いと思ってたポケモンが、いつの間にかそうでもなくなってるかもよ?」


しかし、この発言は、いわゆる地雷を踏み抜いていた。

ニャビーは一応「そうね、そうかも。あたし、超えてるのかもね」と反応した。

けれど、オイラが思わず身震いしたのは、気温のせいだけじゃ、絶対ない。

そもそもニャビーは炎タイプ。いるだけでかなり暖かいのだから。

ニャビーは泣き笑いのような表情を作り、肩を震わせた。
 ▼ 81 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:28:20 ID:YaXAAu3g [20/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャビー「あたしは、超えてるのかも……超えてる……。

      アシマリ、あたしに『みずてっぽう』撃って」

アシマリ「え、でも効果抜ぐ――」

ニャビー「いいから!」

アシマリ「わ、わかったよ……。『みずてっぽう』!」


ずぶ濡れになったニャビーは、声を押し殺して、泣いていた。

どうしようもなく、泣いていた。
 ▼ 82 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:28:54 ID:YaXAAu3g [21/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
21-◇8

フーディン「す、すいま、すいません……」


そう言えば団長はあがり症だった。

軽くため息を吐いて、僕は続きを引き取った。


モクロー「すいません、サーカス団エクリプスの者です」

「ああ、あの」


エクリプスで通じるって所に小さい喜びを感じながら、僕は続けた。


モクロー「今日、こちらの公演に伺いまして、まあよければ少しサーカス団同士で話でもしたいなと思いました」

「なるほどです。団長呼んできますね。えっと……」

モクロー「エクリプスのモクローです。こっちは団長のフーディン」

フーディン「よ、よろしくです……」

「え、だ、団長……」

フーディン「ちょっと、緊張して……」
 ▼ 83 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:29:35 ID:YaXAAu3g [22/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
モクロー「団長しっかり。舞台でもなんでもないし。僕たちが来た時は何ともなかったでしょ」

フーディン「いや、あれは舞台が終わってリラックスしてる時だったし……」

モクロー「初対面には変わらないでしょ。そんな怯えないで」

「と、とりあえず呼んできますね」


そう言って彼女は走り去って行った。

まあ、誰だって、こんなどうでもいい漫才にもなりきれないような掛け合いを見たいとは思わないだろう。


フーディン「あー、大丈夫かな、俺」

モクロー「たぶんだいじょばないでしょうね。深呼吸でもしてください」

フーディン「ああ……」


団長は大きく深呼吸を始めた。

それにしても、団長ってここまであがり症だったかな。

舞台での緊張はともかく、日常の中で緊張する事なんてほとんどなかったはずなのに。
 ▼ 84 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:30:28 ID:YaXAAu3g [23/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そんな事を考えながらルテーの団長が来るのを待っていると、不意に何かしらの「気」のような物を感じた。

何かあるのだろうか、と思った傍から、それはどんどんこちらに近付いて来る。

団長は露骨にその気にあてられて、緊張の度合いを深めているのが目に見えてわかる。


モクロー「落ち着いて」

フーディン「い、いや、ちょっと……」

???「大丈夫ですか」


声を掛けて来たそのポケモンから、「気」は放たれているらしい。


???「すいません、私、特性が『じょおうのいげん』な物で、余計緊張させてしまうかもしれませんが」

???→アマージョ「あ、申し遅れました。私はルテーの団長、アマージョです。エクリプスのフーディンさんとモクローさんですね」

モクロー「はい。ほら、団長、挨拶して」

フーディン「よ、よろしくお願いします……え、エクリプスの団長、フーディンです……」

モクロー「司会担当モクローです。すいません、団長、あがり症で」

アマージョ「いえいえ。……そんなに緊張して、サーカスでは大丈夫なのですか?」

モクロー「大丈夫じゃないので僕が司会してるんですよ」
 ▼ 85 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:31:10 ID:YaXAAu3g [24/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そんな話題から始まり、サーカスに関する話題がどんどん花開いて行った。

団長はほとんど何も話さなかったので、僕とアマージョの2匹が、文字通り花を咲かせたのだ。

お互い草タイプという気安さもあり、すぐに打ち解けた。

で、そんな辺りで、僕は疑問をぶつけた。

失踪したニャヒートに関する話題である。


アマージョ「ああ、それは……力にはなれそうにないですね、すいません」

モクロー「そうですか。じゃあ、少し話題を変えますが……サーカス団ネメシーのニャビーって知っていますか。今から10年ぐらい前の」


僕の新たな問いかけに、アマージョの顔は一瞬何かの翳りを帯びた……気がした。

何だかよくわからない所で、僕は、地雷を踏み抜いていた、のだろうか。


アマージョ「いえ、そちらも残念ながら……」
 ▼ 86 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:31:41 ID:YaXAAu3g [25/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――とにかく、1つだけわかった事がある。

ネメシーの、空中ブランコ乗りのニャビーと言ったらうちの団長でさえ知っていた有名なポケモンだったはずだ。

ルテーの団長が知らないはずない。

もし年齢的な問題だったら、彼女は♀なのだ、絶対意地になって「そんな事を知っている年齢じゃない」と否定するはず。

それが、ただ知らない、だけ。

間違いない。アマージョは嘘を吐いている。ニャビーと、もしかしたらニャヒートの件に関しても。


モクロー「そうですか。ありがとうございました。ところで……団長、時間も時間だし、そろそろ帰った方がいいよね」

フーディン「あ、ああ」

モクロー「ってな訳で、お時間を割いていただき、ありがとうございました。とても参考になりました。これからも、お互い切磋琢磨していきましょう」

アマージョ「いえ、こちらこそ。世界を救ったと言われるサーカス団とお話出来て、貴重な経験になりましたよ」


別れの言葉を告げて、僕たちは歩き(飛び)去った。
 ▼ 87 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:33:00 ID:YaXAAu3g [26/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ルテーのサーカス団を後にしようとしたとき、ふっと視線を感じた。

首だけ振り向くと、その陰とバッチリ目が合ってしまう。

まあ、まさかこんな迅速に振り向けるとは誰も思わないだろうからなぁ。


モクロー「隠れてないで、出て来て下さいよ、そこの方」


そう呼び掛けたが、そのポケ影は、一瞬でその身を翻すと、逃げて行ってしまった。

後には、甘い香りだけが残った。


フーディン「どうかしたか?」

モクロー「いえ、誰かに見られてた気がして……」

フーディン「気のせいじゃないか?」

モクロー「いや、この目で見ました。……まあ、別にいいんですけど」


そう呟いて、僕は首を前に向ける。そして、そのままアシマリたちが待っている公園へと翼を進めた。
 ▼ 88 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:34:05 ID:YaXAAu3g [27/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
22-○8

アシマリ「あ、モクローお帰り」

モクロー「ただいまー」


あの後、ニャビーは落ち着きを取り戻し、公園にあるブランコを揺らし始めた。

こんなとこでもブランコなのか、なんて少し呆れながら、結局オイラがしていた事もバルーンの練習なのだから、よーするにオイラたちは似た者同士って事なのだろう。

あれから、ニャビーは何も語らなかった。だから、オイラも何も聞かなかった。訊けなかった。
 ▼ 89 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:34:39 ID:YaXAAu3g [28/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
モクロー「ん、アシマリどうかした?」

アシマリ「ううん、なんでも」

モクロー「そっか。ならいいや。帰ろう」

アシマリ「だね。モクロー、どうだった?」

モクロー「うん。いい勉強になったよ」

フーディン「はぁ、やっぱお前らといると落ち着くわ……」

アシマリ「どしたのダンチョー」

フーディン「いや、緊張し過ぎて……」


コケた。
 ▼ 90 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:35:31 ID:YaXAAu3g [29/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーディン「帰ったぞー」

エーフィ「あ、お帰りなさーい」


みんながオイラたちを振り向く。

その奥から、鼻をくすぐる香りがした。

急に空腹がオイラを襲い、お腹がぐーっと鳴った。


アシマリ「あ、アハハ……」

エーフィ「ま、とりあえずごはん食べよっか。みんなが帰って来るぐらいのタイミングをあたしとブラッキーで読んだから、出来立てだよ」

アシマリ「ホント?!」

エーフィ「うん。だから急いで」

アシマリ「うん!」
 ▼ 91 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:36:11 ID:YaXAAu3g [30/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ブラッキーが作るごはんって、どうしてこんなにおいしいのだろう。

オイラもそれなりに料理は出来るけど、これには絶対敵わない。

ああ、幸せだ……。


アシマリ「ごちそうさまでした」


おいしい食べ物には、不思議な力が宿る。

その日の疲れや悩みを、全て吹き飛ばしてくれるのだ。

ニャビーの方を見やると、黙々とごはんを口に運んでいた。

どちらかというと、口をごはんに運んでいるように見えるけれど……。

その顔が、少し綻んで、オイラはほっと息を吐く。

ニャビーは、どうして泣いたのだろう。

上手いと褒められて、嬉し泣き以外の理由で泣くだろうか、普通。
 ▼ 92 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:36:45 ID:YaXAAu3g [31/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ちらりとオイラは、名探偵な大親友を振り向く。

けれどダメだ。

モクローに相談する気にはなれない。

ニャビーの過去を、モクローはたぶん、本当に快刀乱麻で解き明かす。

けれど、それじゃダメなのだ。

ニャビーが求めているのは真実ではない。向上だ。

どんな時でも、サーカス命。

目標が誰なのかはわからないけれど、本当に知りたいのは、真実なんかよりも、今自分が、その目標にどのぐらい追い付いているのか、追い越してるのか。

それを伝えてあげるだけでいい。

モクローは、誰かを慮るには少し、頭が良過ぎる。

でも、オイラだけじゃ無理だろうしなぁ。

なんて事を思っていると、ふっと緑の細い尾が目に入った。


エーフィ「アシマリ、どうかしたの?」

アシマリ「そうだ、エーフィがいるじゃん!」

エーフィ「?」
 ▼ 93 1◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:37:25 ID:YaXAAu3g [32/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――

エーフィ「へえ、そんな事が……」

アシマリ「うん。何がなんなのかさっぱりだけどさ、とりあえず、オイラがわかるのはここまでだよ」

エーフィ「期待してもらって悪いけどさぁ……」


エーフィは言いにくそうに続けた。


エーフィ「あたしエスパーだけどさ、相手の心を読むのははっきし言って苦手だし、考えるのもそんな得意じゃないしなぁ」

アシマリ「うん。でもさ、一緒に考えれば、1匹で考えるよりも答えに近付きやすくなると思うんだ」

エーフィ「まあ、それはそうだけどさ……この場合は、考えるというより調べる訳でしょ? あたしたちにそれが出来るかってなると……うーん」

アシマリ「まあ、そうだよね……。うーん、どうなんだろ」

エーフィ「少なくとも、安心はしてもいいと思うのよ。今までだってこんな複雑な感情抱えたままそれでも気にせず生きて来られた訳だし、ニャビーはそんな、弱いポケモンじゃないのは確かでしょ」

アシマリ「それもそうだしなぁ……」

エーフィ「……アシマリ、ニャビーの事、好きなの」
 ▼ 94 こまで◆J44kAZeDOM 17/01/04 20:38:08 ID:YaXAAu3g [33/33] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
声を潜めて、エーフィはいきなりそう聞いて来た。

オイラは驚いて目を見開く。


アシマリ「え、な、なんで」

エーフィ「そのぐらいわかるよ見てて。こうやって本気でニャビーの事を心配する辺り、やっぱそうなんじゃないのって思ってさ」

アシマリ「……うん。好き」

エーフィ「なら、頑張らないとね。ニャビーがここに来るまで、どこにいたのかとかから調べないと」

アシマリ「エーフィ!」

エーフィ「あなたたちには恩があるからね。あたしも、一肌脱ぐよ」

アシマリ「ありがとうエーフィ大好き!」

エーフィ「アハハ。んじゃ、まずは団長に当たってみますか」

アシマリ「うん!」
 ▼ 95 マゾウ@いでんしのくさび 17/01/04 20:54:33 ID:/jb8pkQY NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ▼ 96 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:26:08 ID:uAYqlY5. [1/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







23〜26  思い出と目標と






 ▼ 97 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:26:45 ID:uAYqlY5. [2/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
23-△7

寝床の中で、ぼんやりと意識を取り戻す。

ゆっくりと、けれど確実に、しっかりと目を覚ましていく。

朝練するのだ。寝ぼけていては危険だ。

少しずつ体を夢の世界から遠ざけ、あたしは、立ち上がり、大きくひとつ、のびをした。


ニャビー「ふにゃぁああ」


大きなあくびがついでに零れる。

さて、練習だ。

全てを忘れてしまうには、やはりそれしかない。
 ▼ 98 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:27:20 ID:uAYqlY5. [3/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ『ニャビーだって、自分より凄いと思ってたポケモンが、いつの間にかそうでもなくなってるかもよ?』


違うのだ。超えてはいけないのだ。

あたしの中で、彼は、永遠に目標でいて欲しい。

もちろん、あたしは着々とそこに近付いている。

けれど、圧倒的に、彼のパフォーマンスは次元が違う。

そう。彼は、あたしの永遠の目標。

超えようと努力するのは構わない。超えてると周りから評されるのも、別に構わない。

ただ、決して超えられないし、超えてはいけない壁なのだ。

彼は、孤独だった。あたしですら、支えにはなれなかった。

誰にも言えず、だから――
 ▼ 99 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:27:53 ID:uAYqlY5. [4/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしには今、アシマリがいてくれる。

あたしの事を理解しようと努力してくれる、アシマリがいてくれる。

きっと、アシマリはあたしに追い付く。だから、あたしは孤独じゃない。

背中に、視線を感じているから、だから。

彼にとってのアシマリに、あたしはなれなかった。

あたしはだから、彼を超してはいけない。

そんな権利、あたしにはない。
 ▼ 100 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:28:55 ID:uAYqlY5. [5/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ブランコを揺らし、とりあえず空を舞う。

こうしていると、邪念も空へと消えていくはず。

あたしの体から放たれる炎に、涙も乾いていく。

わかっているのだ。あたしには、ブランコしかないって事ぐらい。

けれど、みんながいる。

何が正しい、ではない。あたしにも仲間がいた、それだけだ。

それだけなのに、彼に対しての如何ともしがたい罪悪感があたしを襲うのだ。

駄目。しっかりしなさいあたし。

そんな事はどうでもいい。大事なのは、目の前の練習だよ。

ほの明るくなって来たテントの中の景色が、後ろに飛んで行く。

冷たい風があたしの炎を、激情を冷ます。

この感覚だ。この感覚だけは、信じていい。

ブランコは、練習は裏切らない。
 ▼ 101 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:29:34 ID:uAYqlY5. [6/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「おはよーニャビー」


あたしはちらりとそちらを見やり、そのまま飛び続けた。

と、アシマリもバルーンの練習を始めた。

外の寒さを学んだからか、テントの中で練習をするらしい。

この空間には、あたしたち2匹だけ。

その感覚が、どうにも心地いい。

アシマリだけだ。こんな風に思える相手は。

思うにあたしはたぶん、相当アシマリに依存している。

あれ以来だと、サーカス以外では初めてだ。誰かに依存するなんて。

いや、これもサーカスの一端と言えばそうなのだけれど――
 ▼ 102 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:30:06 ID:uAYqlY5. [7/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
練習を終え、あたしは大地に降り立った。

アシマリもそれを見て練習を中断した。


アシマリ「そろそろごはんだね」

ニャビー「何わかりきった事言ってんの?」

アシマリ「だってそう思ったんだもん」

ニャビー「まあ別にいいんだけど」

アシマリ「あーお腹空いた。今日のごはんはなんだろ……」
 ▼ 103 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:30:56 ID:uAYqlY5. [8/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
24-○9

朝ごはんを済ませて、みんなダンチョーの指示の下練習を開始した。

そんな中、オイラはエーフィと示し合わせて(エーフィはテレパシーが使えるのだ)そこを抜け出した。

そういえば、モクローもいなかった。

ニャビーが全体練習の時にいないのならそれは個人練習しているだけで普段通りなのだけれど、いなかったのは真面目なモクローだ。

どうしたのだろう。

気にはなったが、それよりもオイラにとっては、ニャビーの方が心配だった。

だから、まずは昨日エーフィが言っていた通り、ニャビーが前所属していたサーカス団を調べる事にした。


エーフィ「一応あなたたちが来る前に、聞いた事があるのよ団長に。ほら、あの子あんなキャラだから、ちょっと気になってさ」

アシマリ「でも、ほとんど何もわからなかった」

エーフィ「そーなのよ。団長のクセに、ニャビーからここに流れ着いた事情はほとんど聞かされてなかった。唯一わかってたのがサーカス団ネメシーにいたって事」

アシマリ「ネメシー……どっかで聞いた事があるような……」

エーフィ「そりゃ、有名だからね。そういうのに疎いミリスで暮らしてたあたしたちも小耳に挟んだ事あるぐらい」


ミリスとは、古くからの言い伝えを今に伝える街だ。そのせいか、新しい事には疎くなりがちである。
 ▼ 104 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:31:34 ID:uAYqlY5. [9/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
エーフィ「ってな訳で、ネメシーの凄いポケモン……比べてる以上、空中ブランコ乗りなはず。ニャビーが知ってるって事は、どんだけ少なくとも15歳よりは上なポケモン」

アシマリ「ニャビーって何歳なの? オイラよりかは上だと思うんだけど……」

エーフィ「モクローと同い年の、15よ。どんだけ若くても、さすがにニャビーより若い事は考えられない」

アシマリ「まあ普通に15より若いって事はないだろうけどね……」

エーフィ「うん。だから、今ネメシーにいるブランコ乗りがそうなんじゃないかなって」

アシマリ「なるほど……」

エーフィ「問題は、今ネメシーがどこにいるかがさっぱりわからないとこよね……」

アシマリ「だよね……。この街に待機してればこれから来るかもしれないけど……」

エーフィ「たぶんその頃には、あたしたちはもう別の街に行ってる」

アシマリ「……どうしよう。ニャビーと、その目標とを比べるために……」

エーフィ「うーん……」


オイラたちは揃って考え込んでしまう。

しかし、そうしていても、特に何かを思い付く事はなかった。

けれど、とにかく、オイラの今の目標は決まった。

――ニャビーを立ち直らせる。そのために、ネメシーを捜して、ニャビーの憧れのポケモンを捜す。
 ▼ 105 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:32:13 ID:uAYqlY5. [10/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
25-◇9

明らかに、ルテーは怪しい。

ニャビーの過去、そしてニャヒート失踪事件に、間違いなく何かしら絡んでいる。

となると、僕がする事は1つ。


モクロー「調査する以外あり得ない……よね」


まず何から調べて行けばいいか。

昨日の間悩み続けて、結局答えはすぐ見付かった。

ニャヒートの件を洗う。それが一番だ。

アマージョの反応からしても、何かしらの関係があるはず。

きっと、ニャヒートは、ネメシーの団員だったはずだ。

そこを調べて行けば、きっと、芋づる式にニャビーの、そしてルテーの謎につながる。

そんな予感があった。
 ▼ 106 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:33:22 ID:uAYqlY5. [11/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート失踪事件に関して、僕はまず団長に問い掛けた。

知ってる、と。まあ、あまり期待はしていなかったけれど。

当然知らなかった。ただし、ニャヒートというポケモンに心当たりはあるという。


フーディン「10年前ぐらい前だと、ニャヒートって凄いポケモンがいたとかいないとか……あんまし覚えてないけど、いたはずだ」

モクロー「なるほど、団長でも知ってるぐらいの実力者……」


やっぱりだ。

年齢的にも、たぶんそう。

彼は、ニャビーの兄だ。

同じサーカス団に2匹ブランコ乗りがいるのか。

いる。うちは1匹だけど、複数匹いてもおかしくはない。

手をつないで1匹がブランコに乗っている1匹にぶら下がる、なんて事もあるはずだし。

同系列で、同じ場所にいて、同じ事をしていて、評判も似通っている(団長の記憶力の差は、今いるニャビーと今いないニャヒートで違うだけだろう)。

これが偶然なはずない。兄妹だと考えるのが一番しっくりくる。


モクロー「ありがとうございます」
 ▼ 107 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:33:56 ID:uAYqlY5. [12/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
で、結局僕は図書館に翼を向けた。

ルテーがダメとなると、やっぱり一番情報が詰まっているのは、書物だ。

間違えた事が書いてあることもあるけれど、大概嘘は吐かない。


モクロー「10年前の事件について書いてそうなのはっと……」
 ▼ 108 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:34:27 ID:uAYqlY5. [13/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
26-△8

10年前、お兄ちゃんは消えた。

あたしの前から、突然消えた。

いや、突然なんかではない。

わかっていた。そうするであろう事は。

けれど、幼いあたしは、まだそれを止める術を持っていなかった。

だから、あたしは、涙した。

どうにもならない運命を、呪った。
 ▼ 109 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:35:19 ID:uAYqlY5. [14/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
今、あたしは、ルテーのテントの前に立っている。

チケットは持っていない。

そもそも目的は、公演ではない。


アシマリ『ニャビーのパフォーマンスと、おんなじ感じがするんだ。なんだか、怖いぐらい似てる』


もしかすると、お兄ちゃんがいるかもしれない。

お兄ちゃんがあたしにしたのと同じ指導を、あのポケモンに対してしたのかもしれない。

そう考えるのは、夢を見すぎであろうか。

お兄ちゃんを想うが故の、淡過ぎる幻想だろうか。

けれど、そう考えると、どうしようもなかった。

忘れるなんて、不可能だ。

どれほど練習に打ち込んだとしても、これだけは、出来ない。

ブランコより――あたしの生の証明より優先度の高い、たった1つの例外。

お兄ちゃんとまた会えるのなら、あたしは、死んだって構わない。

そのぐらいの覚悟で、あたしは今、ここに臨んでいる。
 ▼ 110 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:36:47 ID:uAYqlY5. [15/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告















――けれどまさか、本当に死の危険に瀕する事になるなんて

――そして、実際に死んでしまうポケモンが出てくるだなんて、誰が想像出来ただろうか。

あたしは、もちろん無理だった。
 ▼ 111 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:37:33 ID:uAYqlY5. [16/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャビー「ごめんください」

アマージョ「あら……っ!」


応対に出たアマージョの目が、驚愕に彩られる。

まあ、あたしは有名だ。サーカス界では、たぶん相当の実力者で通っていると思う。

驚くのも自然なのだろう。


アマージョ「あなた、エクリプスのニャビー……」

ニャビー「はい。少し、伺いたい事があって来ました」

アマージョ「こちらもよ。あなたとは、常々お話したいと思っていました」

ニャビー「そうですか。お互いに、何かしら得られればいいですね」
 ▼ 112 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:38:11 ID:uAYqlY5. [17/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
応接間とでも呼ぶべき空間に、あたしは通された。

周りを見回すが、サーカス団なのだ。調度品の類は移動の邪魔になるため、何もない。

結局、あたしたちは座って会話を始めた。


アマージョ「それで、伺いたい事とはなんですか」


アマージョの表情が、硬く強張っている。

チラリとあたしは恐怖を感じた。

だが、それは恐らく、彼女の特性のせいだ。

怖気づく事なんて、ない。


ニャビー「ここに、ニャヒート、もしくはガオガエンがいるのではないか、という事です」
 ▼ 113 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:38:42 ID:uAYqlY5. [18/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
言った。

言ってしまった。

もう引き返せない。

あたしは、もう止まれない。
 ▼ 114 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:39:26 ID:uAYqlY5. [19/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アマージョ「ニャヒート、もしくはガオガエン……。公演にはそのようなポケモンは出ておりませんが」

ニャビー「わかってます。でも、たぶん、いる。

      空中ブランコが、あたしと同じだったんです。

      それは、あたしと同じポケモンから教わったからじゃないかと考えました」

アマージョ「――あなたはニャビー。つまりそれはあなたの兄と」

ニャビー「はい。あたしは、兄にブランコを教わりました。

      だから、今、あたしはこうしてやっている。

      でも、お兄ちゃんは、あたしの前から消えた。

      どこに行くのかも言わないまま、消えました。

      ……希望的観測ですかね、ここにいるなんて思うの」

アマージョ「そういう事ですか。……いますよ、ガオガエン」


アマージョの言葉に、あたしは顔を上げた。

アマージョの表情は、強張ったままだった。

あたしは、口を開く。
 ▼ 115 プラス@リバティチケット 17/01/05 20:39:37 ID:xikQaE/I NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 116 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:40:05 ID:uAYqlY5. [20/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャビー「え、いる……」


確信自体はあった。けれど、そう言われてしまうと、少し信じられない。

あたしは続けた。


ニャビー「会えますか、兄と!」

アマージョ「……はい」


どうしたのだろう。

アマージョの表情は、なおも強張ったままだ。


ニャビー「兄は、どこにいるんですか」

アマージョ「呼んできますね」


そう言って、アマージョは立ち去った。

あたしはどうすればいいのかもわからず、そこで待機する事に決めた。

まあ、間違いはないだろう。
 ▼ 117 1◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:40:36 ID:uAYqlY5. [21/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告

























――そう、思っていた。
 ▼ 118 こまで◆J44kAZeDOM 17/01/05 20:41:06 ID:uAYqlY5. [22/22] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
不意に、何かしらのメロディーが聞こえてくる。

何かの練習だろうか。

そう思って、覗いてみるが、特にそんな気配はない。

どうしたのだろうかと再び座り込んだ瞬間、眠気を感じた。


ニャビー「ふにゃぁああ、寝不足かな……」


そう言ってみるが、そんな物ではない。

尋常ではないのだ。

急激な眠気の発作が、あたしを襲う。

そこまで来て、ようやく気付いた。

これは、『くさぶえ』だ。誰かが、あたしを眠らせようとしている。


ニャビー「待って、あたし、お兄……ちゃん……と……会……すぅ……」


後の記憶は、残っていない。
 ▼ 119 ガオニゴーリ@クリティカッター 17/01/05 20:44:39 ID:VT/wGbOc NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ▼ 120 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:41:12 ID:aFPNI/3U [1/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







27〜32 ニャビー誘拐事件






 ▼ 121 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:41:48 ID:aFPNI/3U [2/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
27-○10

晩ごはんの時間になってもニャビーが帰って来ない。

どうしたのだろうか。

全体練習をすっぽかして1匹で練習するのはいつもの事だけど、それでもいつも、晩ごはんまでにはちゃんと帰って来る。


アシマリ「モクロー、ニャビーどうしたんだろう」

モクロー「確かに、いないよね……」


幸い、オイラとエーフィが途中でいなくなった事は誰にもバレていなかった。

それをいい事に、あの後オイラたちは、練習が終わった後の自由時間を利用してネメシーに関して調べてみた。

残念ながら、図書館でいろいろと見ようとしたけれど、可能性がありそうな本を司書さんに聞いてみたところ、ほとんど全部借りられてしまっていて、何もわからなかったのだけれど。

そんな風に落胆しながら帰って来たら、こうである。

ニャビーがいない。

そろそろみんな気付いているようで、こそこそと何やら話し込んでいる。
 ▼ 122 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:42:19 ID:aFPNI/3U [3/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーディン「あー、ニャビーだが」


とダンチョーが言う。


フーディン「あいつがどこにいったのか、俺もわからない。

       とりあえず、みんなは飯を食ってくれ。

       ニャビーの事は心配だが、何かあった時に、腹が減って動けないじゃ笑えないからな。

       ってな訳で、いただきます」


ダンチョーが言う事はもっともで、だからオイラは食べ始めたのだけれど、心配な感情のせいで、ブラッキーの料理だというのにおいしく食べられなかった。


アシマリ「ニャビー……どうしたんだろ……」
 ▼ 123 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:43:07 ID:aFPNI/3U [4/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
モクロー「心配だけど……アシマリ、半分も残してるよ」

アシマリ「なんかさ、食欲出なくって。ごめん」

モクロー「謝る事じゃないけどさ……大丈夫?」

アシマリ「わからない」


ニャビーの涙に、オイラは気付いてしまった。

だから、心配が止まらない。

何か、早まった事をしてなければいいけど……。
 ▼ 124 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:43:42 ID:aFPNI/3U [5/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
エーフィ「どうしたんだろうね、ニャビー」


エーフィも、オイラと似たような心配をしていたらしい。

もっとも、ちゃっかりごはんは完食していたのだけれど。


エーフィ「何か……思うとこがあったのかもね」

アシマリ「そりゃあるよ……。オイラ、どうすればいいんだろう。ニャビーは、どうしたいんだろう。わからないよっ……」

エーフィ「……モクローに話そう。何かあってからじゃ遅い」

アシマリ「でも――」

エーフィ「やっぱり、謎を解くのは、モクローなんだよ。あたしたちじゃ、絶対に無理だ。

      ニャビーがどうしてるのか、わからないけど、すっごい嫌な予感がする。

      急がないと、大変な事になる」

アシマリ「えっ」

エーフィ「あたしを、信じて。エスパーで、しかも太陽の力を授かったポケモンなんだよ。

      ……絶対に、何かが起きる。そんな気がする」

アシマリ「……わかった」
 ▼ 125 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:44:16 ID:aFPNI/3U [6/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
28-◇10

モクロー「ってな訳で、今はネメシーとニャヒートについて調べてます」

フーディン「はぁ……。関係あるのか、それ、進化を嫌がる理由と」

モクロー「ニャビーの思想は、たぶん幼い頃に決まってる。となると、そう考えるしかない」

フーディン「なるほどな……」


団長の依頼だから、逐一状況を説明しないといけない。

もっとも、話す事で整理されるので、ありがたいのは間違いない。
 ▼ 126 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:44:55 ID:aFPNI/3U [7/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は、話題を変えた。


モクロー「ところで、ニャビーに関して、ホントに知らないんですか?」

フーディン「え、ああ。まったく聞かされてないが……」

モクロー「どこに行ったんだろ……」

フーディン「まあ、心配ではあるが、あいつって気まぐれだし、昨日のルテーで何かしらあったのかもしれねえなって」

モクロー「まあそれはそうですけど……ニャビーって、凄く不安定だから」

フーディン「それでも、あいつは強いよ。絶対帰って来る」


団長が言う事は、正しい。

けれど、違和感が拭えない。

ニャビーがふらっと消えて、何をしているというのだろう。
 ▼ 127 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:45:50 ID:aFPNI/3U [8/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「モクロー」


そんな事を考えながら歩いていると(飛んではいなかった)、アシマリに声を掛けられた。

どうしたの、と問いかけると、アシマリはニャビーに関して、話があるという。


アシマリ「ニャビー、昨日すっごく泣いたんだ」


心配そうな声で、アシマリがいろいろと語ってくれる。

ルテーのブランコ乗りのパフォーマンスがニャビーのそれと似通っている事。

ニャビーの、いきなりの涙、その訳。


アシマリ「だから、心配で! ニャビー、どうしたのか、心配で!

      だから、モクローにも、伝えた」

モクロー「……気にしてないよ。アシマリ、君は間違ってない。

      僕に言ったら徹底的にやる。それは間違いない。

      まあ、どっちみち、団長からの依頼絡みで僕は調べてただろうけど」

アシマリ「え、ダンチョー?」
 ▼ 128 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:46:35 ID:aFPNI/3U [9/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
モクロー「ニャビーが進化を嫌がる理由を調べてくれって。あの首飾りに付いたかわらずのいしに、ニャビーは何を願ってるのか」

アシマリ「あれかわらずのいしだったの?!」


アシマリがそう叫ぶ。

そして、少しだけ考えるような素振りを見せて、それから言った。


アシマリ「進化が嫌な理由ってさ……進化したら体格が変わるからじゃないの?

      空中ブランコなんて、どう考えても体格が変わってバランスが崩れたらマズイでしょ。

      そんな事よりも、今はニャビーがどこにいるのかだよ!」
 ▼ 129 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:47:08 ID:aFPNI/3U [10/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は、絶句した。

アシマリは、僕を悩ませていた謎を、いとも簡単に解きほぐしてしまった。

証拠はない。けれど、それが正しいと、そう思えた。


アシマリ「ねえ、モクロー! ニャビーがどこいったのかとか、わからない?!」

モクロー「ちょっと待って、考えるから」


そう、僕の感傷なんて、どうでもいい。

大事なのは、ニャビーがどこにいるかだ。

僕は、脳みそと首をゼンリョクで回し始めた。
 ▼ 130 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:48:58 ID:aFPNI/3U [11/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャビーと似通ったパフォーマンスをする、ルテーのブランコ乗り。

突然泣き出したニャビー。

10年前消えたニャヒート。

ニャビーの兄であり、恐らくは憧れの的であった、ニャヒート。

10年前失敗したニャビー。

今、ここにはいないニャビー。

ニャビーは今、どこにいて、何をしているのか。

進化を拒む。体格の変化。

何かが、何かがつながろうとしている。

なんだ。

事実は、なんだ。

僕の中にある、答えは……。
 ▼ 131 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:50:56 ID:aFPNI/3U [12/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――ダメだ、見えない。

すんでの所で、答えが僕の頭のざるからこぼれ落ちて行く。


モクロー「……なんで」

アシマリ「モクローどうし――」

モクロー「……わからないんだ、さっぱり」

アシマリ「……そ……っか」

モクロー「ごめん」

アシマリ「モクローが謝る事じゃないよ! オイラだって、考えなきゃいけないんだから」


アシマリはそう励ましてくれるけれど、それでも暗く沈んだアシマリの顔が、僕の心をどうしようもなく貫いた。

肝心な時に真相を特定出来ないで、何が推理屋だ。


モクロー「ごめん、落ち着いて考えたい。しばらく1匹にして」

アシマリ「わかった」


そう言って、僕はアシマリから離れた。
 ▼ 132 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:51:40 ID:aFPNI/3U [13/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
29-○11

モクローですら、気付けないのか。

オイラも考えないと、と言いはしたが、モクローが考えてわからない物を、オイラが推理出来るはずもない。

どうすればいいんだろう。

オイラだって、考えないといけないのだけれど。

でも、何もかもが足りない。

オイラには、それに気付く、能力がない。


エーフィ「モクローどうだった?」


オイラは首を横に振る。

エーフィの目が、驚愕に彩られて行く。
 ▼ 133 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:52:14 ID:aFPNI/3U [14/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「どこに……ニャビー、どこに……」


オイラの目から、涙が滴った。

ニャビーに、何か危ない事が起こるかもしれない。

そんな予感が、胸を締め付けた。

それなのに、オイラは何も出来ない。

何も、してあげられない――
 ▼ 134 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:55:03 ID:aFPNI/3U [15/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――気付けば、朝だった。

エーフィが布団に運んでくれたのだろうか。

完全に、眠ってしまっていた。

ニャビーは、いない。

練習場に向かったが、そこにもいない。

ちょっとどこかに行っただけ、なんて望みは完全に消えた。


フーディン「アシマリ」


不意に後ろから声を掛けられて、オイラは振り向いた。


アシマリ「ダンチョー」
 ▼ 135 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:55:58 ID:aFPNI/3U [16/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーディン「ニャビー、まだ帰って来ないのか。

       あいつの事だから、心配はいらない、って思ってたんだが……あいつは、ブランコから離れられないからなぁ、精神的に。

       移動で1日潰れる時以外は、毎日やってるよな」

アシマリ「どんだけ遅くなっても、今頃には練習してるはず」

フーディン「……まあ、練習自体はここ以外の場所にいたって欠かしてないだろうけど、なるべくなら戻って来てちゃんとした器具を使ってやりたがるはずだ」

アシマリ「わかってる。だから、おかしい。ダンチョー。もう、ひょっこり帰って来るかもなんて言えないよ。捜さないと」

フーディン「ああ」
 ▼ 136 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:56:55 ID:aFPNI/3U [17/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーディン「それでだな……アシマリ、お前に聞きたいんだ。ニャビーについて」

アシマリ「ああ……でも、モクローに全部話したよ」

フーディン「ああ、それも聞いた。モクローから直接な。

       俺が聞きたいのは、そう言う事じゃなくてだな……。

       ニャビーのパフォーマンスは、マネしようと思って、そう簡単にマネ出来るもんか? って事だ」

アシマリ「え、絶対無理だよそんなの!」

フーディン「だろ? そのぐらいは俺だってわかる。わかるけど、お前に確かめたかったんだ。

       ニャビーのパフォーマンスは、マネ出来ない。

       でもさ、ニャビーには、憧れのポケモンがいたんだ」

アシマリ「そうだけど、それがどうしたの?」


ここでフーディンは、頭を掻いた。

少し言うのを躊躇うような素振りを見せ、そして口を開いた。
 ▼ 137 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:57:29 ID:aFPNI/3U [18/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーディン「モクロー、この事はお前にだけは言うなって言ってたんだけど、言わない訳にもいかない」

アシマリ「えっ、何を?」

フーディン「あいつ、一晩中悩んでた。ずっと首回してさ。

       今はもう、爆睡中だよ」

アシマリ「そう……なんだ」


オイラは寝ていたというのに。

その間にも、モクローはずっと考えていたのか。


フーディン「これは、あいつの推理だ。一晩かけて、ようやく絞りだした物だ。

       入り組んでるが、解けない謎じゃないって言ってたな、あいつ」

アシマリ「聞かせて、すぐに!」

フーディン「ああ」
 ▼ 138 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:58:14 ID:aFPNI/3U [19/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーディン「ニャビーのパフォーマンスは、マネ出来ない域に達している。

       けど、それを成し遂げたポケモンがいる。

       じゃあ、そのポケモンは、何を見てそこまで達したのか。

       ニャビーだって、最初から天才だった……のかもしれないけれど、それにしたってブランコのいろはを教えた存在がいるはずだ。

       それが、ニャビーの憧れ。恐らくは、10年前に失踪したニャビーの兄、ニャヒートだ」

アシマリ「えっ……」

フーディン「ニャビーは、兄であるニャヒートからブランコを学んだ。

       その兄には、今でも追い付けてないって言ってるんだろ、ニャビー。

       だったら、ニャヒートはそれ程の実力者って事になる」


フーディンの説明は続く。

けれど、オイラの耳は、何か1つの単語にひっかかり、先へと進んでくれなかった。
 ▼ 139 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 13:58:59 ID:aFPNI/3U [20/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「ちょっと待ってダンチョー……今、なんかちょっと変な感覚が……」

フーディン「え」

アシマリ「ああいや、オイラの昔の話なんだけど、ちょっと待って……続けていいよ」


何の単語がひっかかったのか、それが何故なのかはわからない。

それよりも大事な問題が、今は目の前にある。

けれど、どうしてか、オイラの幼い日の記憶の引き出しが少し開いた――ような気がした。

しばらく心を落ち着けて、続きを促す。
 ▼ 140 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:00:06 ID:aFPNI/3U [21/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーディン「……まあいいや。

       兄であるニャヒートが憧れのポケモンなのだとしたら、きっとニャビーは、兄から学んだはずだ。

       だからこそ、ニャビーはいつまでも追い越せないと思ってる訳だし、それでもここまでの実力を手に入れもした。

       で、だ。どういう事かわかるか? ルテーにも、ニャビーと似たようなパフォーマンスをするポケモンがいるって事が」


あっとオイラは声を出す。


アシマリ「そのポケモンも……ニャヒートから学んだ?」

フーディン「そういう事だ。だからこそ、同じように感じられたんだ。もちろん、向こうだってそれ相応の努力はしただろうがな」

アシマリ「そっか。ん? ちょっと待って、じゃあ今、ニャビーは……」

フーディン「ああ。俺もアシマリと話して確信したよ。

       恐らく、兄に会いに、ルテーに出かけたんだ。

       なんでまだ帰って来ないのかは謎だが、とにかくそのはずだ」

アシマリ「今すぐ行こう、迎えに!」

フーディン「ああ」
 ▼ 141 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:00:40 ID:aFPNI/3U [22/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
出かける支度をしていると、朝ごはんを作っているブラッキーに気付かれた。


ブラッキー「何してるの」

アシマリ「ニャビーを捜しに行くんだ」

ブラッキー「心当たりは?」

アシマリ「あるよ。モクローが推理してくれた」

フーディン「お前は……料理を作っててくれ。まあ、そんな危険な事があるとは思えんが、もし昼過ぎても帰って来なかったら、みんな引き連れてルテーまで来てくれ」

ブラッキー「ルテーね、了解」


ブラッキーによろしくと声を掛け、オイラたちはテントの入口を潜った。
 ▼ 142 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:01:31 ID:aFPNI/3U [23/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
30-△9

暗闇。

あたしを縛る、過去の思い出が、あたしの中を駆け巡る。



ニャビー「お兄ちゃん、凄かったね!」

兄ニャビー「ありがとな、ニャビー。……やっぱ、俺たちって呼び分けるべきだよな」

ニャビー「えー。でもお兄ちゃんはお兄ちゃんだし、それでいいじゃん!」

「ふふ、ほんっと仲いいな」


そう声を掛けて来たのは、あたしたちの同僚。

あたしたちはネメシーの中で、楽しく暮らしていた。
 ▼ 143 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:02:30 ID:aFPNI/3U [24/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
場面は暗転し、再び視界が戻って来た時、あたしとお兄ちゃんは、雨に降られていた。


兄ニャビー「おい、待てよ。こいつは……妹はどうなるんだよ、親父、お袋」

ニャビー「にゃぶにゃぶ」


まだあたしは、ほとんど物心も付いていない状態。

けれどこれは、あたしの一番古い記憶。


「ごめんなさい、だけど……このままじゃ、あなたたちも、私たちも、死んじゃうから……」

「せめて、お前たちは、サーカス団で、不自由なくメシが食えるようにだな」

兄ニャビー「ふざけんなよ、俺たちを売ろうとしてるクセに」


そう言うお兄ちゃんの怒った顔が徐々に薄れ、また暗転。

そして光が戻って来て、あたしは、1匹ぼっちだった。
 ▼ 144 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:03:07 ID:aFPNI/3U [25/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
誰からも見捨てられ、お兄ちゃんも消えて。

何度も死のうと思った。

けれど、駄目だった。あたしには、死ぬ勇気もない。

ネメシーを追い出され、それでもなお、あたしはサーカスに執着した。

サーカスは、もはやあたしの生の一部。

そして、あたしとお兄ちゃんを繋ぐ唯一のものだったから。

それを失えば、あたしは、あたしでなくなる。そう、知っていたから。


徐々に世界が掻き消えて、瞼の奥にほんのりと明かりが忍び込む。
 ▼ 145 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:03:37 ID:aFPNI/3U [26/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
31-△10

ニャビー「う、ううん?」


ぼんやりと目を開き、それからしばらくかけて、覚醒へと向かって行く。

と、その内に違和感を覚える。

あれ、ここどこだ?

見渡すと、あたしは檻に閉じ込められていた。


???「ようやくお目覚め?」


その声に、聞き覚えがあった。

頭の引き出しを引っ掻き回し、その声の主を探り当てる。


ニャビー「アマージョ……。アマージョ?!」


どういう事だ、なぜいきなり……。

あたしの中でその声が姿と一致した瞬間、様々な記憶が一気に巻き戻る。

「くさぶえ」で眠らされるまでの、その記憶が。
 ▼ 146 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:04:07 ID:aFPNI/3U [27/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャビー「アマージョ、どうして……お兄ちゃんは?」

アマージョ「いるわ。……でも、会いたくないそうよ」

ニャビー「え」

アマージョ「あなたに会えば、決意が揺らいでしまうからだそうね」

ニャビー「け、決意?」


いきなりの発言に、戸惑いしか覚えられない。

お兄ちゃんは、どこにいて、何を考えているの?


アマージョ「あなたには話さないといけないわね……」


アマージョは、まだ強張った表情を消さない。

それが演技なのか真正なのかはわからないけれど。
 ▼ 147 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:05:45 ID:aFPNI/3U [28/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アマージョが語る話はこう。

お兄ちゃんは、あの事件以来、姿を消した。

そして誓ったのだという。

ネメシーを潰す。絶対王者になって、ネメシーを、潰す。

そんな思いで、サーカス団ルテーの陰の団長になった、らしい。


ニャビー「自分たちのパフォーマンスしか見ていなかったネメシーを許さない、か。お兄ちゃんらしいや」


確かに、あの時の周りの目の豹変ぶりったらなかった。

誰もあたしを見ていなかった。

あたしのパフォーマンスだけだった。大事なのは。

それをありありと知らされた。
 ▼ 148 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:06:24 ID:aFPNI/3U [29/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャビー「でも、だからって、あたしを閉じ込める意味よ。訳わからないんだけど」

アマージョ「今のあなたは、過剰なまでに凄過ぎるからよ。私たちが描く理想に、あなたの存在は、強すぎる」

ニャビー「それが言い分? お兄ちゃんがそんな事あたしに言うとは思えないから、あんた1匹で考えた事だろうけどさ。

      あたしが消えたら、みんなが捜しに来るよ。

      その時、どう言い逃れするの?」


あたしを隔離して、エクリプスの人気を落とし、一番になりたいのだろうか。

アマージョは、お兄ちゃんの計画を履き違えている。

お兄ちゃんはただ、当時の絶対王者、ネメシーを潰したいだけなはずだ。
 ▼ 149 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:07:08 ID:aFPNI/3U [30/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アマージョ「だから、あなたを閉じ込めてるの。あなたを説得するために、ね」

ニャビー「は?」

アマージョ「まあ、しばらくここにいるだけだから。どうせあなたの事だもの。俺の事は話してないはずって、ガオガエンも言ってたわ」

ニャビー「……え、ちょっと待って、お兄ちゃんは、これ知ってるの?」

アマージョ「ええ、知ってるわよ。またあなたとサーカスを出来るかもしれないってね」

ニャビー「!」


なるほど、つまりお兄ちゃんの狙いは、またあたしとサーカスを創りたい、か。

けれど、それをしてしまうと、ネメシーへの殺意が消えてしまう。

だから今は、覚悟を固めていると。


ニャビー「ふざけんなよ。

      お兄ちゃんを出せ! あんたなんかに何がわかるっての!」
 ▼ 150 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:08:18 ID:aFPNI/3U [31/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アマージョ「ですから、しばらく落ち着いて」

ニャビー「……うるさい。あんたがいなけりゃっ! 今頃お兄ちゃんと会えてたのに!」


あたしは、もはや何も見ていない。

ただ、奥に隠れているお兄ちゃんを求めるだけ。

そんなわめきに意味はなく、しばらくの後、ようやく冷静さを取り戻すまで、延々と叫んでいた。


ニャビー「……ああもう! わかったわよ、話聞く!」


その言葉で、あたしを縛る呪縛は、完全に解けてしまった。

兄は、もういないのだ。

少なくとも、あたしの知っている、兄は。
 ▼ 151 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:09:04 ID:aFPNI/3U [32/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アマージョ「そう。じゃあ、話すわ。

       私たちがあなたに望むのはただひとつ。

       エクリプスをやめて、こちらに移ってくれないか、という事。

       あなたはガオガエンと共演出来て、私たちはルテーをさらなる高みへ……っ!」


恍惚とした表情を浮かべ始めたアマージョとは対照的に、あたしの心はどんどん冷え切って行った。

何よ、今さら。あたしがエクリプスにいるって事は、あの事件以来広く知られてる。

そんなにあたしが欲しいなら、すぐに会いに来てよ。

もう、遅いよお兄ちゃん……。
 ▼ 152 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:09:56 ID:aFPNI/3U [33/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アマージョ「どちらにとっても利益でしかないでしょう? ニャビー、よく考えて」

ニャビー「それで、なんで閉じ込めた訳?」

アマージョ「まだ足りないか。

       あなたは、たぶん暴れてしまう。でも、ここで、あなたを暴れさすとかない、って言ってたわ。

       俺はあいつを止められないし、誰にも無闇に止めさせたくないから、って。

       現にその通りになったわね」


確かに、あたしは暴れたけれど、もっと穏便な話し方だってあったはずだ。

お兄ちゃん、あなたの狙いは、何?
 ▼ 153 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:11:22 ID:aFPNI/3U [34/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アマージョ「まあ、しばらく時間はあるでしょう。まだ夕方よ。

       落ち着いて考えて。どうするのが、一番いいのか」


そう言ってアマージョは立ち去った。
 ▼ 154 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:12:15 ID:aFPNI/3U [35/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
数時間後、あたしは、重大な、極めて重大な問題に直面した。

檻の中に閉じ込められて、身動き出来ないとはつまり、ブランコに乗れない、という事を示す。

別に、常に練習していないと死ぬとまでは言わない。

もちろん完全に辞める時が来るとしたらそれは半ば死、というか新たな生の始まりと言えるけれど、物理的にずっと続けている必要は、ハッキリ言って、ない。

だからこそ、あの事件の時アシマリと一緒にミリスに行くと名乗りをあげられた訳だし、食事、睡眠その他の時間、別に普通に取っている。

だから、このぐらい、問題ではない。

ないはずなのだが、どうしてか、あたしは今、禁断症状という極めて重大な問題に襲われている。

恐らく、いつでも乗れる、という安心感さえあれば、あたしは大丈夫なのだ。

飛びたくなったら飛べる。その感覚が、あたしを護る。

けれど、それが封じられようとする時、あたしは、自分を自分で抑えられない。

イスカーの時、エーフィたちに辛くあたったのも、その時にアシマリの前で涙を流してしまった事も、全部そうだ。

ブランコが奪われる。これが、ただ怖かった。

そして今、あたしは――


ニャビー「飛びたい」
 ▼ 155 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:13:42 ID:aFPNI/3U [36/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
目の前にブランコがあるというのに、それに駆け寄って行く事の出来ない苦痛。

あたしは、止まらなかった。

飛びたい飛びたい飛びたい飛びたい飛びたい飛びたい飛びたいとびたいとびたいとびたいとびたいとびたいトビタイトビタイトビタイトビタイトビ……











――エクリプスに、帰りたい。
 ▼ 156 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:14:35 ID:aFPNI/3U [37/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
どうして急に、そんな思考に至ったのかはわからない。

いつの間にか、あたしの飛びたいという感情が、帰りたい、にすり替わっていた。

あたしは、ネメシーを追い出され、サーカスにしがみ付くために、仕方なくエクリプスを選んだ。

だから、ルテーのような実力のあるサーカス団に入る、しかもそこにお兄ちゃんもいるとなれば、移らない理由はない。

そのはずなのに、どうしても、あたしは、それがいい事だとは思えない。

あたしがいる場所は、ここじゃない。

あたしのいるべき場所は……
 ▼ 157 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:15:07 ID:aFPNI/3U [38/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、首に掛けた紐を燃やした。

お兄ちゃんがいるなら、これで意思表示出来るはず。

あたしがいるべき場所は、ここじゃない。

かわらずのいしが地面に落ちて、あたしの体は光を纏う。

ほの暖かな力が流れ込み、あたしの体は分子レベルまで分離して、再構成を始める。

首に、熱が集中し、熱い。

その熱が、進化の感覚だった。

ふう、と息を吐く。

――あたしが、あたしがいるべき場所は!
 ▼ 158 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:15:58 ID:aFPNI/3U [39/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







ニャヒート「ポケモンサーカス団エクリプス!」






 ▼ 159 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:17:17 ID:aFPNI/3U [40/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、進化を遂げた。

あれ程恐れていた進化を、済ませてしまった。

これが、あたしの答え、そして覚悟よ、お兄ちゃん。

あたしは、ルテーに入るぐらいなら、進化して、あたしの命を終わらせた方がマシだ。

エクリプスにいるという事実を、奪われるぐらいなら。

バランスを崩し、不甲斐なく失敗したとしても。

あたしは、進化を選ぶ。

これは、あなたとの決別。

あたしは、もう、今までの、お兄ちゃんに憧れ、頼るだけの、あたしじゃない。

だから、さよなら。

成長したこの身に、これだけの想いを乗せ、あたしはアマージョが戻って来るのを待った。
 ▼ 160 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:18:22 ID:aFPNI/3U [41/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
誰かが来る気配を感じ、あたしは身構えた。

小さな足音を、逃さないように確かめていると、そこから覗いたのは、アマージョでも、お兄ちゃんでもなかった。


???「ねえ……さっき、エクリプスって叫んでなかった?」

ニャヒート「え? 誰?」

???→アママイコ「あたしはアママイコ。ねえ、あなたって、さっきエクリプスって叫んでたよね」

ニャヒート「え、まあ……」


叫んだのは事実だし、聞こえていたのなら言い逃れは出来ない。

その事がどう転ぶかわからないが、嘘を吐くのも面倒だった。


アママイコ「やっぱり! そこって、モクローがいるサーカス団よね?」

ニャヒート「そうだけどどうしたのよ」

アママイコ「あたしを、エクリプスに連れてって」

ニャヒート「はぁ?」

アママイコ「ほら、カギもあるよ」

ニャヒート「えっ」
 ▼ 161 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:19:38 ID:aFPNI/3U [42/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
この子が、どうやってカギを取ったのだろうか。

なんにせよ、これに乗っからない手はないだろう。

さすがに罠に掛ける理由はないはずだ。


アママイコ「あたしね、ここのダンチョーの娘なんだ。

       だから、カギをこっそり取れたの」

ニャヒート「アマージョの……」

アママイコ「ほら、開いた。……とりあえず、隠れながら逃げよ。話はそれからだよ」
 ▼ 162 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:20:37 ID:aFPNI/3U [43/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
こっそり、足音を立てないように、あたしたちは進んだ。

アママイコの足取りはしっかりしていて、付き従っても安心感のあるものだった。

誰かに見られたらマズイと、周囲への警戒はゼンリョクで行っていたが、幸いにも皆練習中で、あたしたちの存在に気付く様子もない。

アマージョと、お兄ちゃんだけが危険だ。

2匹に見付からないように、あたしたちは歩を進め、そしてついに、テントの外への脱出に成功した。


アママイコ「ニャヒート」

ニャヒート「アママイコ」


あたしたちは顔を見合わせ、ニコリと同時に微笑んだ。

しかし、安心するにはまだ早い。

出来るだけ速く、逃げなければ。

帰るのだ、あたしの場所へ。

皆が待つ、サーカス団エクリプスへ。
 ▼ 163 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:21:57 ID:aFPNI/3U [44/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート「って言うか、来てくれて感謝はしてるけど、なんでこっちに来ようと?」

アママイコ「どうでもいいでしょ。だって、絶対間違ってるよ、こんな事。

       あなたが誰だろうと、間違ってるのは間違ってる。誰かを監禁なんて、絶対やっちゃいけない事。

       だって、犯罪だよ?

       ……お母さん、どうしてあんな事になったんだろ……」


最後の方は消え入りそうな声になっていた。


ニャヒート「とにかく、助けてくれてありがとう。だけどさ、嘘はダメだよ。

       あたしがエクリプスって叫んだの聞いて、助けてくれた、そうだよね。

       アマージョの事を疑問に思うのはホントだとしても、少なくともあたしを助けた動機は別にあるんじゃない?」
 ▼ 164 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:22:46 ID:aFPNI/3U [45/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「たっはー、バレるか、やっぱ。そりゃ、あんな風に言って助け出したんだし、当然か。

       うん。あたし、ルテーから逃げ出したかったの。

       お母さん、今さ、一番に拘って、怖いから。

       で、こないだ来たモクローとフーディン。ダンチョーがあんな気弱ならいてて楽しそうだなって」

ニャヒート「……」


団長のあがり症さまさま、とはなんとも情けない。


アママイコ「そんな訳で、エクリプスにいさせてもらっていいかな」

ニャヒート「あたしじゃなくて、団長に聞いて。まあ、いいとは思うけど」
 ▼ 165 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:23:59 ID:aFPNI/3U [46/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
気付けば、もう夜も遅い。

いつまで待たせるつもりだったのだろう。

それこそ、あたしの禁断症状が酷くなり、どこでもいいからブランコに乗らせろってなるまで待たせるつもりだったのかもしれない。

お兄ちゃんは、結局何が目的なのか。

あたしはただ、会いたかっただけなのに。


アママイコ「後どのぐらい?」

ニャヒート「もうちょっと、だと思うけど……」
 ▼ 166 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:24:53 ID:aFPNI/3U [47/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
闇夜に紛れ、道か判然としない。

日が暮れるまでにはいつも帰っていたのだ。


ニャヒート「どうだろ、ちょっと道見失ったかも……」

アママイコ「ええっ?!」

ニャヒート「朝になればわかるけど……。無闇に動いて迷子にでもなったら笑えない。

       追手が来る気配もないし、今日は野宿にしよう。

       正直、お腹空いて、死にそう。あなたからめっちゃいい匂いもするしさ……」

アママイコ「ああ、これはね……食べないでね?」

ニャヒート「食べる訳ないでしょうが」
 ▼ 167 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:25:56 ID:aFPNI/3U [48/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
兎にも角にも、猫にも果物にも、あたしたちは適当にその辺の店でリンゴを買って(アママイコがお金を持っていた。ホントありがたい)食事にした。

そんな中、お互いにいろいろと自己紹介をして、わかった事。

彼女はアマージョの娘であり、現在はその強すぎる拘りが苦痛で逃げ出したという事。

それだけだ。それ以上の事を、彼女は語らなかった。


アママイコ「とにかく、まずは話し合う事じゃない? でも、いつかはまた狙われそうだよね、ニャヒートも」

ニャヒート「まあね……」


あたしがルテーに攫われたという確たる証拠がない以上、警察に伝えてもどうにもならない。

そして、お兄ちゃんは、確かにいるのだ。

いつまたあたしを狙うか、わからない。


アママイコ「だから、とにかくまずは、1匹にならない事。それから……ダンチョー同士で話し合うとか?」

ニャヒート「うーん、それが出来たらいいんだけど……」

アママイコ「あっ」

ニャヒート「察したみたいね、うちの団長が誰かって」
 ▼ 168 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:26:47 ID:aFPNI/3U [49/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「だね……。なら、モクローと話せば?」

ニャヒート「お兄ちゃんは炎、悪タイプ。あたしならともかく、モクローを攻撃するのに躊躇う理由もないでしょ」

アママイコ「じゃあどうしろって言うのよ!」

ニャヒート「エクリプスにはもっといるからね。複数匹でいかないと」

アママイコ「ああ!」


アホの子なのだろうか。

1匹になるなって言った傍から。

絶対ノープランだよこいつ……。

けれど、どことなくいてもらえると気分が明るくなる。

ちょうど――アシマリのように。

まあ、なんとかなるでしょう。

彼女といると、そんな風に考えられる。
 ▼ 169 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:27:42 ID:aFPNI/3U [50/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
どことなく不思議な存在だった。

遠慮会釈なく相手の懐に踏み込んで許される個性、というのは確かにいる。

それが、彼女だった。

アシマリですら、最初は軽々しくは踏み込ませなかったけれど、どうしてか、彼女だけはそんな気にもなれなかった。


アママイコ「とりあえずじゃあ、もう寝よ。ルテーからはだいぶん離れた。もう心配はしなくていいよ」

ニャヒート「だね、だけど……交代で見張りしよ。最初は寝てて。あたしは、ルテーで眠らされたからまだあんま眠くない」

アママイコ「それもそうだね。じゃあ……お月様が真上を過ぎたら起こして」

ニャヒート「了解。その後あたしは寝るけど、何時間かしたら起こしてもらって構わないからね」
 ▼ 170 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:28:44 ID:aFPNI/3U [51/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコの寝息以外何も聞こえない程の夜の静寂に身を預け、あたしはぼんやりと考え事をしていた。

いきなり様々な事が起こり過ぎて、あたしは、どうにも感情の整理が付かなかった。

だから、あたしたち兄妹の過去も考え合わせて、今一度事実を整理し、心を落ち着けようと試みたのだ。


ニャヒート「14年前、あたしは捨てられた」


ほとんど記憶に残らない幼き日の思い出。

しかし、あたしの最初の記憶は、その瞬間から始まった。

両親との衝撃的な別れ。

あたしとお兄ちゃんは、ネメシーに売られた。

サーカス団として、右も左もわからなかっお兄ちゃんは、それでもまごう事なき天才だった。

あたしは実力者を自負してはいるけれど、今でもたぶん、当時のお兄ちゃんには敵わない。

あたしより7つ上なだけだから、当時はまだ8歳。

それなのにお兄ちゃんは、あたしの立場が悪くならないようにと、あっという間に売れっ子への階段をのし上がって行った。

実際、お兄ちゃんが稼ぎ頭となってくれたお陰で、あたしも邪見に扱われる事はなかった。
 ▼ 171 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:29:42 ID:aFPNI/3U [52/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そしてあたしが3歳になった頃、お兄ちゃんはあたしに、ブランコの指導を始めた。

今は自分の稼ぎであたしまで養っているようなものだが、それもいつまで続くかわからないから、あたしも稼げるようにと願っての事だ。

お兄ちゃんの指導はそれはもう自らのパフォーマンスに適ったもので、あたしもメキメキと技術をあげた。

お兄ちゃんの補助として前座として、舞台に出演する事も出来るようになったのは4歳の頃。

それからもあたしはどんどん成長し、カゼをひいたお兄ちゃんの代役として出演した舞台で、あたしは大成功を収めた。

ここだけ聞くと順風満帆に聞こえるが、あたしは当時、もう自分の役目をしっかり理解していた。

最初の記憶がいらないと捨てられたという事実であるあたしはいつも、「役に立たなければ捨てられる」の強迫観念に駆られていた。

ブランコで稼ぎ出したあたしにとって、その強迫観念が、「ブランコこそがあたしの命」にまですり替わるのに、そう時間はかからなかった。
 ▼ 172 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:31:22 ID:aFPNI/3U [53/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
とにかくあたしは自覚している。あたしのえげつないまでの拘りは、ネメシー時代の記憶に全て端を発している。

――はあ、思い出すだけでもしんどいや。

あたしはこれ以上考えるのを諦めて、ぼんやりと辺りを眺めた。

アママイコを除き、誰の気配も感じない。

完全な静寂だった。

あたしは月を見上げ、それからアママイコを起こした。


アママイコ「うーん、もうそんな時間か……」

ニャヒート「じゃ、あたしはしばらく寝るね」
 ▼ 173 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:31:53 ID:aFPNI/3U [54/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
32-○12

ルテーへの道すがら、ふっと甘い香りが鼻孔をくすぐった。

朝ごはんも食べず勢い込んでやって来たオイラたちにとって、この匂いは空腹を刺激するには充分過ぎる物だった。

お腹が鳴り、オイラはダンチョーを見詰めた。


フーディン「……とりあえず、なんか買ってくるわ」


そんな場合ではないのだけれど、腹が減っては戦も出来ない。

だから、期待を込めた眼差しも、悪く思わないで欲しい。
 ▼ 174 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:32:35 ID:aFPNI/3U [55/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その甘い匂いは、こちらに近付いて来た。

それと共に、オイラの空腹もどんどん酷くなり、お腹の鳴る音で音楽隊でも作れそうだった。


アシマリ「ああああああお腹空いたああああああっ!」

「その声、アシマリっ?!」


ふっと芳香がする方向から、ニャビーの声が聞こえた。

ん、ニャビー?


アシマリ「ニャビーっ?! よかった、無事だったの?!」


「うん。ごめん、遅れて」

アシマリ「遅れてって……ねえ、君……」

ニャヒート「ああ、進化したの。ニャヒートね、もうあたし」


オイラは、しばらくその姿に見とれた。

何かが、何かがオイラの中で主張している。

ふっと我に返り、それから何を言うべきか気付いた。
 ▼ 175 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:33:08 ID:aFPNI/3U [56/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「ええっ?! バランス崩すから進化しないんじゃないの?!」

ニャヒート「ん? あんたにそれ説明した事あったっけ」

アシマリ「いやないけどさ」

アママイコ「あっ、エクリプスのアシマリ?」

アシマリ「うんそうだけど、君誰? 凄いいい匂いするんだけど」

アママイコ「あたしアママイコ。よろしくね!」

アシマリ「よろしく……なんでニャビ、じゃなかった、ニャヒートと一緒にいるの?」

ニャヒート「話せば長くなるから、とりあえずエクリプスに戻ろう」
 ▼ 176 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:33:43 ID:aFPNI/3U [57/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ごはんを買って来たダンチョーと合流して、オイラたちはエクリプスへの道を歩き始めた。

ニャヒートは、「後でみんなにまとめて説明するから」と言っていたが、アママイコが勝手に説明してくれて――


アシマリ「ええっ?! もう、何に驚いてるのかわかんないけど、ええっ?!」

アママイコ「ってな訳でまあ、あたしはニャヒートが逃げ出す手伝いをしたって訳」

アシマリ「えっと……とりあえず、モクローは大正解なんだよね」

フーディン「だな。……アママイコ。エクリプスにいたいっていうなら、それは全然構わない」

アママイコ「ホント?! やったー!」

フーディン「だが、とりあえず、俺たちはみんなして、ルテーと戦わないといけない。言葉なのか、腕力なのかはまだわからないけどな。

       もしかしたら、お前の母親とどうにかする事になるかもしれないんだ。

       それでもいいのか?」

アママイコ「うん。あたしも、覚悟は決めてるよ。お母さんを、マトモに戻したいし」

フーディン「なるほどな。わかった」


こんな会話の流れで、アママイコはエクリプスにしばらく居候する事が決まった。
 ▼ 177 断◆J44kAZeDOM 17/01/06 14:34:37 ID:aFPNI/3U [58/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
それにしても、戦う、か。

オイラとしては、あんまり派手な事はやりたくないんだけどなぁ。

サーカス団なら、サーカスで戦えって話だと思うけど……。

そんな事を思いながらオイラたちはエクリプスに到着した。

どうしてか、進化したニャヒートの姿が妙に意識されて、オイラはそっちを見る事が出来なかった。

ニャヒートの姿が、オイラにとってはもう、何か大事な物であるみたいだった。

とにかく、ニャヒートは帰って来た。

オイラにとって、その事が一番重要だった。

ニャヒート、無事で、本当によかった。
 ▼ 178 クリン@ボーマンダナイト 17/01/06 14:51:28 ID:E3Lqyscg [1/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
支援
 ▼ 179 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:14:30 ID:aFPNI/3U [59/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







2部 フクスロー「ポケモンサーカス団エクリプス!」






 ▼ 180 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:15:04 ID:aFPNI/3U [60/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







33〜35 アママイコがやって来た






 ▼ 181 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:15:48 ID:aFPNI/3U [61/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
33-◇11

目を覚まして僕は、芳香に気が付いた。

ブラッキーの料理とはまた違う、甘い香り。

どこかで嗅いだ覚えのある匂いだった。

ボーっとそれに関して思いを巡らせると、不意に思い当たった。

ルテーで、僕たちの事を影から覗いていたポケモンの匂いだ。

それに気付くと、僕は文字通り飛び起きて、その匂いを辿った。

物陰から覗くと、そこにはみんなと、1匹のポケモンがいた。

アシマリと団長に警戒している様子がないので僕も安心してそちらへと向かった。

と、赤と黒の体躯を持つニャビーのような、それでいてニャビーとはまた別の容姿のポケモンを目に留めた。


モクロー「おはよう……何があったの?」

アシマリ「あ、おはようモクロー。大正解だよモクロー。

      アママイコが、ルテーからニャヒートを助け出してくれたんだって」


……団長、なぜ言った。あんまり言いたくなかったのに。
 ▼ 182 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:17:18 ID:aFPNI/3U [62/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「あっ、お、おはよ……」

モクロー「えっと……アママイコ、って事はアマージョの進化前……アマージョの進化前?! もしかして」

アママイコ「うん、あたし、ルテーのダンチョーの娘なんだ……」

モクロー「ああ、それでルテーでこっちを」

アママイコ「そ、そうなの」

アシマリ「何緊張してるの。モクローはいいポケモンだよ!」

アママイコ「わかってるよ!」


緊張? どうして僕に……?

そんな疑問は意にも介さず、会話は進んで行く。
 ▼ 183 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:17:52 ID:aFPNI/3U [63/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート「事情、説明する?」

モクロー「ああ……いいや、だいたいわかる。

      お兄ちゃんが、また一緒にサーカスしようって、監禁したんでしょ?」

ニャヒート「なんでわかってんの?! やっぱあんた、こういう方面は凄いね」

モクロー「……全然凄くなんかないよ。一晩中考えて、ようやく解けたんだから。

      あー、なんか首が重い……」


今さらながら、ずっと首を回し続けていたツケが回って来たらしい。

あー。
 ▼ 184 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:18:45 ID:aFPNI/3U [64/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート「……まあ、いいや。そう、あたしは、また一緒にサーカスしようって言うお兄ちゃんに監禁されたの。

       これが全てよ」


誰も、何も言わなかった。

ニャヒートの過去を詮索してはいけないという空気が、無言の内に出来上がりつつあった。


フーディン「とにかく、俺たちが出来る事は、こいつを護りながらサーカスをするだけだ。

       ルテーの奴らも逃げ出すようなパフォーマンスを目指すぞ!

       ニャヒート、ガオガエンに関しては、俺から話を付ける。

       その前に1つ聞かせてくれ。

       お前はエクリプスに残る。それでいいんだな?」

ニャヒート「はい。お願いします」
 ▼ 185 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:20:05 ID:aFPNI/3U [65/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
皆に解散を命じてから、さてと、と団長は呟いて、アママイコを向き直った。


アママイコ「どうしたの?」

フーディン「お前がああ言ってた以上、アマージョを元に戻す手伝いも、出来る限りしていきたい。

       だから、教えてくれないか。何がどうなって、どう変わったのか」

アママイコ「……わかりました」


僕と、それからアシマリ、ニャヒート、そしてエーフィがなんとなくこの場に残っていた。



アママイコ「昔のルテーは、おばあちゃんがダンチョーしてたの。

       その頃はお母さんも司会の練習してて、そんな中あたしを身籠った。

       で、あたしが生まれてから7年ぐらい経ってかな? おばあちゃんが死んじゃった。

       何て事ない、普通に歳取り過ぎただけ。

       だったけど、ルテーは、一気に人気がなくなったの。

       おばあちゃんって言う優しくて厳しい強いリーダーがいなくなったせいか、みんなやる気がなくなって」
 ▼ 186 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:20:40 ID:aFPNI/3U [66/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「そんな中、お母さんは進化したの。

       必死で、かつてのルテーの威厳を取り戻そうと、厳しく、ただ厳しく……」


昔は優しかった母が、ルテーの人気のために心を鬼にした。

そして、いつしか鬼の仮面が、自らの感情を規定してしまった。

よくある話だ。偽りの自分が本物にすり替わってしまう、なんて事は。


アママイコ「あたし、別にルテーが人気じゃなくなってもいい。

       ただ、昔みたいに、まだおばあちゃんがいた頃みたいに、楽しいサーカス団になって欲しいの。

       だけど、駄目。ガオガエンと出会って、お母さんは、余計酷くなったの……」

フーディン「なるほどな……」

ニャヒート「それ自体は別に悪くもなんともないと思うよ。

       むしろ、あんたの方が甘えてるように、あたしは感じる」


空気が、一瞬にして凍り付いたのを感じた。

彼女はそれも気にせず続ける。
 ▼ 187 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:21:12 ID:aFPNI/3U [67/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート「けど、それにお兄ちゃんを巻き込むのは、また別。

       高みを目指すのは当然の事。

       だけど、周りに不幸を振りまくのは頂けない。

       誰かを幸せにするのがいいパフォーマンスなんだから、そこを履き違えちゃいけない」

アシマリ「そうだよね。サーカスは、幸せって感情が大事だもん!」


アシマリがニャヒートをフォローした。

僕もまた、2匹を見詰めた。

そう、サーカスにとって何が大事なのかを、2匹はちゃんと、理解している。

少なくとも、自分なりの答えは見付けている。

僕は、どうなのだろう。

技術面以外で、僕は何をしているだろう。
 ▼ 188 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:22:00 ID:aFPNI/3U [68/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート「だから、協力する。

       周りを不幸にするサーカス団が売れてるなんて、あたし、嫌だから。

       あたしの一番大事な物と、その次に大事な物を両方侮辱した罪は重い」

アシマリ「そういう訳だけど、どうやってわからせるの? アマージョが一番に拘って、ガオガエンも一番に拘って……。

      2匹で作った城に、2匹だけで住んでるみたいな感じでしょ?」

モクロー「えらく詩的だね。まあ、聞いてる限りそんなとこかなぁ。

      娘が怖がる姿も目に入らない程に、固執しちゃってるとなると、ちょっとやそっとの説得じゃ聞き入れてはもらえないだろうね」

エーフィ「ううん……力で、ってのも無理だしなぁ」

フーディン「トップになりたい、か。ガオガエンに関しては、ネメシーを潰したいだったらしいが……」

ニャヒート「あたしを追い出した、ネメシーをね。だから、消えた」

アシマリ「なんでそんな難しい事考えるかなぁ」


憂いを含んだアシマリの声こそが、最も神髄を得ているようだった。

ルテーの面々は、闇が深過ぎる。

……そしてその言葉は、そのまま僕にも突き刺さる。

難しい事を考えすぎるのは、僕だって同じだ。
 ▼ 189 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:22:53 ID:aFPNI/3U [69/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーディン「とにかくだ。俺たちは、和解の道を探らないといけない。

       それを考えたいんだが……アシマリ、ニャヒート。今回は考える仕事だが、お前たちにも協力して欲しい」

モクロー「サーカスに命を懸けてるポケモンを説得出来るのは、同じサーカスに命を懸けてるポケモンだけ、だよね」

フーディン「そういう事だ。俺じゃ、力不足」

アシマリ「了解! オイラ、頑張るよ!」

ニャヒート「手伝わない訳ない。あたしもやります」

フーディン「ありがとう。エーフィ、お前とブラッキーで、全体の指揮を執ってくれ。

       ったく、新入り4匹が一番頼りになる今の状況ってなんなんだろうな。もちろんニャビーは別だけど」


団長がそう言って苦笑した。

エーフィもしっかりと頷いて、指示に応えた。
 ▼ 190 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:23:25 ID:aFPNI/3U [70/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーディン「じゃあ、とりあえず……そろそろ晩飯出来たか?」

エーフィ「ブラッキーでも超ポケじゃないんですから、そんなすぐには出来ませんて」

フーディン「朝からいろいろあって、ロクに飯食えてないんだがなぁ……」

モクロー「そういや、僕もだ……」


一瞬で空気がほどけ、爆笑が起きた。
 ▼ 191 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:24:04 ID:aFPNI/3U [71/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
34-△11

過去のお兄ちゃんとの記憶を、頭の引き出しから見付け出そうとする。

そして、記憶自体は蘇るのだ。

ただ、そこに説得の手掛かりが落ちてはいないだけ。

あたしは、よくも悪くも、必死だったあの頃のお兄ちゃんの背中を追い続けている。

技術、そしてサーカスに対する覚悟。

生きる事即ちサーカスという思想は、お兄ちゃん譲りだ。

そしてそれは、比喩ではない。

当時のあたしたちにとって、サーカスの技術は正しく死活問題。

他の楽しみを削ってでも、それに打ち込まないといけなかった。

それだけに、あたしたちは、そこに楽しみを見出した。

そうしなければやっていけなかったから。

だからこそ、サーカスを舐めている奴が、本当に嫌いなのだ。

こちとら命を懸けているのだ。軽々しく考えて欲しくない。


――軽々しく考えてはいけない。あたしたちには、サーカスしかないのだから。
 ▼ 192 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:24:45 ID:aFPNI/3U [72/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
サーカスしかない……。


ニャヒート「そっか、あたしたちには、サーカスしかないんだよ。だから、お兄ちゃんを黙らせるにも、サーカスしかない」


1匹呟いた言葉に、あたしは確信を深めた。

そう、あたしたちには、サーカスしかない。

こんな簡単な事、どうしてすぐ気付けなかったのだろう。
 ▼ 193 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:26:25 ID:aFPNI/3U [73/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは息せき切って、まずはアシマリに話した。


アシマリ「……兄妹そろって凄い覚悟だね。サーカスしかないって……」

ニャヒート「まあね」

アシマリ「まあ、それはいいや。ニャヒート、たぶんそうだよ。絶対そう、それが正解だよ!

      アマージョとガオガエンに、オイラたちのサーカスを見せるのが!」

ニャヒート「だよね。とにかく、みんなに言ってみよ。晩ごはんの後でさ」
 ▼ 194 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:26:59 ID:aFPNI/3U [74/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「サ、サーカスを見せる?!」

ニャヒート「お兄ちゃんも、たぶんアマージョも、サーカスに命懸けてるから。サーカスでしか説得のしようがない」

モクロー「うん、それはそうだ」


晩ごはんを食べた後、あたしたちはまた集まって、さっきの思い付きをテーマに話を始めた。

モクローはすぐに理由を察し、そして問題点すらも指摘した。


モクロー「けど、どうやってサーカスを向こうに見せるの? ちょっとやそっとの理由付けじゃダメだ。

      それに、ただ見せるだけじゃダメ。ルテーじゃなく、エクリプスじゃないといけない理由を捜さないといけない」

アシマリ「ほええ、やっぱ凄いや」

モクロー「凄いって言うのはこれを解決してからだよ。問題を見付けるだけじゃ、足りない」

フーディン「まあでも、問題が整理されるのはありがたいからな。んじゃ、今モクローが言った2つの課題をなんとかして解消しよう」
 ▼ 195 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:27:29 ID:aFPNI/3U [75/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
議論が始まる。

エクリプスにしか無い物、などという抽象的な議題は取りあえず脇に置いて、まずはサーカスを見せる方法を探す。


フーディン「……普通に見せるじゃダメなのか?」

アママイコ「モクローが言ってたけど、お母さん、手紙送ったりとかぐらいじゃ来ないよ。

       一番でいたいから、周りを拒んでるって事かな」

フーディン「そうか……」

モクロー「向こうがこっちに来たのは公演のためで、閉じこもって上を目指してる以上、それ以外の動機で動かすのは難しい?」

アママイコ「う、うん。モクローの言う通り……」

アシマリ「公演? 向こうにサーカスをさせつつ、こっちも見せる……」

モクロー「ああ、そうだよアシマリ! 競争だ!」

一同「え?」

モクロー「企画として、エクリプスとルテー、合同サーカスみたいな公演をする機会を作ればいいんだ!」
 ▼ 196 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:28:02 ID:aFPNI/3U [76/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート「でも、どうやって?」

モクロー「最近、ここケルンは、サーカスの誘致に力入れてるんでしょ? だったら、ケルンの町長に持ち掛けてさ」

アシマリ「ああ、そんな事言ってたような……」

フーディン「言ってた。向こうからオファーがあった訳だし、エクリプス、ルテーとこんなに時間をおかずに別のサーカスを呼んでるのもそういう事だ」

モクロー「団長。ケルンの町長に伝えて。『エクリプスとルテー、合同でサーカスをやるというのはどうでしょう。こちらはいいので、向こうの了承が取れれば』。

      向こうにとっても、話題性が出来て一石二鳥だよ。僕は撃ち落とされそうで怖いけど」


一石二“鳥”だけに、である。


フーディン「わかった。明日、持ち掛けてみるよ」

モクロー「了解。後は、エクリプスである必要。ニャヒート、どうしてこっちに残ろうと思ったの?」
 ▼ 197 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:28:36 ID:aFPNI/3U [77/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
唐突に水を向けられて、効果抜群……という訳ではないが、あたしは答えにつまった。

ただ、なんとなく、としか言いようがない。

強いて言うなら、とあたしは視線を向けてみるけれど、その言い方だと語弊がある。

アシマリのために残った、じゃ。


ニャヒート「どうしてだろ……帰りたいって思ったのは間違いないけど、明確にそれを掴むまでにアママイコに助けられた訳で、あたし自身よくわかんないんだよね」

アシマリ「なんで急にそんな事訊いたの、モクロー」

モクロー「ん? ああ、ニャヒートがエクリプスに残りたいと思った理由。そこにこそ、エクリプスにあって今のルテーに無い物が隠されてると思ったんだ。

      まあ、そんなすぐにわかるとは期待してないけど、間違いなく、そこに潜んでる」

アシマリ「うーんと……わかんないけどわかった!」

ニャヒート「説明したげて。あたしはわかったけど」


あたしも、よっぽどのサーカス脳だ。

エクリプスの方が勝ってると思える要素が少しもなければ、あたしは帰りたいとは思わなかった。

その、あたしを惹き付けた要素は、恐らくアママイコの目指す物とも重なっている。

だから、そこを全面に押し出したパフォーマンスをしなければならない。
 ▼ 198 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:29:30 ID:aFPNI/3U [78/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート「まあでもさ、言いたい事はわかったけど、そこまで考えなくてもただ『やってて楽しい』ってのを押し出せばいいと思うけど」

モクロー「え?」

ニャヒート「それこそアシマリのみたいにさ。あたし自身は、どちらかというと向こうより。だったら、アシマリのパフォーマンスが参考になると思うんだ」

アシマリ「え、オイラ?!」

ニャヒート「そ。やってて楽しいという感覚。それを、上手く魅せる事が出来たなら。

       まあ、それが難しいんだけどね」

アシマリ「あー、そういや前言ってたね。吹っ切ってから忘れてたよ」

ニャヒート「……らしいや。とにかく、そういう事でしょアママイコ」
 ▼ 199 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:30:04 ID:aFPNI/3U [79/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「あ、えっと……どうだろ、モクロー」

モクロー「それを僕に聞く?」

アママイコ「あっ、ごめん嫌だった?」

モクロー「別にいいけど……」

ニャヒート「とにかく、お兄ちゃんたちに足りてないのは、その感覚だよ。自分本位って言うのかな。観客の事が目に入ってない。

       サーカスの根本を履き違えてるよ」

モクロー「……なるほど」

フーディン「じゃあ、そういう事でいいか? みんな。
 
       少なくとも俺は、この意見は、信頼に足ると思う」

アシマリ「オイラも! オイラも信じるよ! ニャヒートの事!」

モクロー「僕も」

アママイコ「じゃああたしも!」

フーディン「決まりだな」
 ▼ 200 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:30:56 ID:aFPNI/3U [80/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
35-◇12

アママイコ『あ、えっと……どうだろ、モクロー』


それを、僕に聞くのか。

よりによって、僕に。

サーカスに命を懸けてるポケモンの説得でなければアマージョたちは応じないと言うのなら、僕は失格だ。

わかっている。

僕は、アシマリ、ニャヒートと比べて、一段格が下がる。

そもそも、サーカスの事を、僕はまだ、掴めていない。

もし掴めていれば、もっと速く、ニャビーが消えた事件に関して推理出来ていた。

模倣は、どうしたって同じになれないなんていう、そんな簡単な事にすぐに気付けなかったばかりに、僕は、真相を逃し掛けた。

ニャビーだって、誰かから学んだはずだなんていう事実に気付けなかったばっかりに。

僕は、サーカスを知らない。サーカスに、心からゼンリョクで挑めない。
 ▼ 201 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:31:32 ID:aFPNI/3U [81/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「どうかしたの、モクロー」

モクロー「なんでもないよ。ただ……僕、ここにいていいのかなって」


甘い香りに、僕の弱った心はどうかしてしまったらしい。

ちょっと問い掛けて来たアママイコに、いとも簡単に僕は悩みを打ち明けていた。

行きずりの気安さもあるのかもしれない。

僕の悩みは、出口を求めていた。

たまたま、アママイコが空気穴を開けてくれただけなのだ。


モクロー「僕、そもそも、アシマリが入るって言って、それに引っ張られるみたいに……まあ、自分で決めたんだけど、それでサーカスに入ったんだ。

      理由なんて、食事にありつけそうだから、だよ。

      それからも、アシマリとニャビーが2匹で切磋琢磨して実力付けてさ。サーカスとの向き合い方の違いで対立しても、結局2匹はサーカスが大好きなんだよ。

      だからすぐ仲直りして、その日の夜には一緒に練習してる。

      でも僕は? 僕は一体、サーカスにおいて、何が出来る?

      ――こうやって頭を働かせて、いろいろ考えたりはするけど、そんな事してる間にも、アシマリは、どんどん前に行く。

      僕は、じゃあ、なんのために生まれたのかなって」
 ▼ 202 1◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:32:53 ID:aFPNI/3U [82/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコは、じっと耳を傾けてくれている。

それに甘えて、僕の心は、口を止めない。


モクロー「僕は、ずっとアシマリとその日暮らしをしてたんだ。

      その暮らしは楽しくて、だけど先が見えなくて。

      エクリプスに入ってからも、そうだった。

      ――僕は何者なんだろう。僕は、どこへ向かって行くのだろう。

      アシマリは、もう護ってあげなくても大丈夫。

      みんながいるからさ。

      でもそうなると、僕のアイデンティティが消えていく。

      ちっちゃい頃からアシマリと一緒にいて、アシマリと助け合って生きて来たから、僕は、そればっかなんだ。

      僕には、目標がない。

      目指す物がないパフォーマンスに、なんの意味があるんだろうって」


吐き出してしまうと、後には沈黙だけが残った。


モクロー「ありがと、聞いてくれて。だいぶスッキリしたよ」
 ▼ 203 こまで◆J44kAZeDOM 17/01/06 20:33:41 ID:aFPNI/3U [83/83] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコは、首を横に振ると、僕を見据え、言った。


アママイコ「あたしが役に立てるなら、なんでもするよ」

モクロー「ありがと、でも気持ちだけで充分。僕も僕で、自分で考える。

      考えるのは得意だからね」

アママイコ「あ、そう……。わかった。でも、相談したくなったら、いつでもしてね」


そう言ってアママイコは立ち去った。
 ▼ 204 ールル@ソクノのみ 17/01/06 20:34:44 ID:E3Lqyscg [2/2] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
 ▼ 205 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:05:59 ID:ckyWYs.w [1/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







36〜42 懸ける想い






 ▼ 206 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:06:38 ID:ckyWYs.w [2/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
36-○13

翌朝、オイラは目を覚まして、練習を始めた。

ニャヒートがもう起き出して、始めている。

進化した体の感覚を掴もうというのか、飛びはせず、ぶら下がっている。

おはようとだけ声を掛けて、オイラはバルーンを作りその中に飛び込んだ。

その中で、バルーンの層を作る。

3重に重ねたバルーンの中心から、一気に外へ飛び出す。

勢いよくバルーンが割れ、水飛沫が散った。


アシマリ「フィニッシュ!」
 ▼ 207 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:07:32 ID:ckyWYs.w [3/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート「どうしたの大声で叫んで」

アシマリ「いつも以上に楽しさを前面に押し出そうと思ってさ」

ニャヒート「……そんな小手先の話じゃないって事ぐらい、アシマリならわかると思うんだけど」

アシマリ「うーん、でもさ? オイラ、これ以上どうすればいいのかなって」

ニャヒート「あんたは今までの路線を貫け。あたしも、貫く。

       だけど――交わって、いいと思ったとこを採り入れるのは、絶対大事だよね」

アシマリ「……だね」

ニャヒート「そういう柔軟性。何でもサーカスに採り入れていく覚悟とも言えるかな」

アシマリ「自分の殻に閉じこもっちゃってちゃ、成長出来ないって事だよね。

      うん。オイラたちは、アマージョたちの殻をぶっ壊さないと」

ニャヒート「……ま、あんま気負うな。いつも通り、観客が楽しめるパフォーマンスをするだけよ」

アシマリ「だよね。さ、頑張ろ!」

ニャヒート「当たり前よ」
 ▼ 208 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:08:28 ID:ckyWYs.w [4/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
朝の練習を済ませ、オイラたちは朝ごはんを食べた。

相変わらずとろけるようにおいしい。

そして、それは新しくやって来たポケモンにとっては特に、であり……。


アママイコ「えっ、何これすっご! いや昨日晩ごはんも食べたけど、改めてすっご!」

ブラッキー「ありがとう」

アママイコ「ねえ、今度料理教えてよ」

ブラッキー「え、いいけど別に……」


アママイコのテンションが凄い事になっている。さすがブラッキーの料理だ。


エーフィ「あたしもこんな弟持って誇り高いわー」

ブラッキー「ちょっ、やめてよお姉ちゃん」

エーフィ「へへん、やめないよーだ。ブラッキー、あんたは自信を持ちなさいって何回も言ってるでしょ!」

アママイコ「えっと……モクロー、これ何?」

モクロー「姉弟ゲンカ。気にしないで、半ば日課みたいなもんだから」

アママイコ「そ、そうなんだ……」
 ▼ 209 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:09:14 ID:ckyWYs.w [5/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコは、一気にモクローと仲良くなっている。

なんだか嬉しい。

というより、アママイコって絶対モクローの事好きだよね。

なんとなくそんな気がする。

アママイコ、モクローと話す時だけどもったり、何かにつけてモクローに質問したり……。

なんてニヤニヤしながら2匹のやり取りを眺めていた。


エーフィ「わかるよ。あの2匹、絶対いい感じだよね。

      特にアママイコなんか、もう恋する乙女のオーラを感じちゃうよ。

      当のアママイコは隠そうとしてるけどあたしエスパーだしね」

アシマリ「やっぱり」


話し掛けて来たエーフィとオイラは会話を始めた。

もちろん、周りに聞かれないように、ヒソヒソと。
 ▼ 210 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:09:46 ID:ckyWYs.w [6/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
エーフィ「モクローは……気付いてないみたい。でもたぶん……みんなは気付いてるだろうね」

アシマリ「え、そうなんだ」

エーフィ「まぁ、見ててバレッバレだからね。明らかに、モクローに対してだけ態度が変わってる」


そう言ってニヤリと笑って、すぐにエーフィは真顔に戻って、言う。


エーフィ「でもさー、ちょっと気になるのよね」

アシマリ「え?」

エーフィ「アママイコ、いろいろあった訳じゃん。こんなすぐにモクローに恋出来るのかなって」

アシマリ「言われてみれば……」

エーフィ「何かあるような気がするのよね……」


オイラは、思わずアママイコを見詰めた。

2匹は、楽しげに話している。
 ▼ 211 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:10:19 ID:ckyWYs.w [7/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
みんなが食べ終わった頃を見計らって、


フーディン「じゃあ、メシも食い終わった事だし、ちょっと話を聞いてくれ」


ダンチョーがみんなにそう言った。

そして、昨日まとまった話を全体に伝えた。


フーディン「ルテーに対して説得力のあるパフォーマンスなんて、ハードルが高いだろう。

       そんな事は百も承知。

       それでも、やらないといけないんだ。アママイコと、ニャヒートのためにも。

       みんな、今まで以上に頑張ってくれ」

みんな「おうよ!」

フーディン「以上! エーフィ、指揮頼んだぞ」

エーフィ「合点!」
 ▼ 212 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:11:18 ID:ckyWYs.w [8/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
37-△12

それにしても……簡単に言ってくれる。

あたしが出来ない物を、この「戦い」は要求してくる。

いや、違う。

あたしにこれが出来ないからこそ、あたしはお兄ちゃんと戦わないといけない。

お兄ちゃんに、追い付くために。

お兄ちゃんの孤独を、癒せるように。

お兄ちゃんを目標に置いて、孤独を埋める必要は、もうない。

あたしには、エクリプスがあるから。

だから、あたしは、お兄ちゃんに追い付かないといけない。

それだけが、あたしなりの「恩返し」だ。

猫の恩返し……となると微妙に違って来るけれど。


ニャヒート「よし、やろう、あたし。泣き言なんて、らしくないぞ」
 ▼ 213 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:11:50 ID:ckyWYs.w [9/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、ブランコにぶら下がった。


ニャヒート「おっと……」


お兄ちゃんは、この感覚と戦って来たのだろうか。

変貌を遂げた自らの体は、重心の位置と重さの感覚を変え、あたしはまだ、飛べない。

団長がどのタイミングでアポを取るかは知らないけれど、とにかく早く仕上げなければならない。

なんとしても、あたしは飛ぶ。

失敗は許されない。

だから……あたし、掴んでくれ、自分の体の感覚を。
 ▼ 214 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:12:30 ID:ckyWYs.w [10/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ブランコを揺らしつつ、首から炎を吐き出した。

口を開ける、というモーションがなくなった分、少しブランコに集中しやすくなっただろうか。

少しずつ、ブランコの揺れを大きくしていく。

どっしりとした足腰のせいで、重心が後ろへ寄る。

慌てて前に少し力を入れ、バランスを取った。

ほっとため息を吐き、あたしは再び揺らし始める。

太くなった尻尾は、ブランコに絡めるには向いていないだろう。

となると、そのパフォーマンスは削り、もっと別のものを考えなければならない。

さて、思った以上に厳しいぞ、これ。

今までとは全く別の、新境地を切り開かないといけない。

お兄ちゃんから教わった事のない、それこそ誰も知らない高みを、目指さないといけない。

ぶら下がった状態で、あたしは自らの体の分析を始めた。
 ▼ 215 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:13:43 ID:ckyWYs.w [11/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
進化した姿は、明らかにたくましくなっている。

ガオガエンのように筋骨隆々、とまでは言わないけれど、その萌芽をこの身に宿しているのは間違いない。

となると、今までの繊細なパフォーマンスではなく、大胆かつ力強いパフォーマンスを目指すのが正解か。

ただ、口でそういうのは簡単でも、実際面だと技術を超えた力強さというのは相当に難しい。

適当にやればいいなんて事はありえない。技術が必要なのは前提だから。

その上で、豪胆なパフォーマンスを、となると……。

激しい炎、激しい揺れ、そして高いジャンプ。

ニャビーの体なら、やれと言われれば3つともこなせた。今でもたぶん、前2つはなんとかなる。

問題は、最後。高いジャンプだ。

ジャンプした後、再びブランコにぶら下がらないといけない。

そこで、前足を滑らしてしまえば、終わりだ。

ズレた重心を加味して、ブランコの軌道と落下の軌跡を重ねなければならない。感覚で出来る物ではないし、必要なのは――


ニャヒート「駄目だ。時間が足りない」


練習時間。これに尽きる。
 ▼ 216 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:14:19 ID:ckyWYs.w [12/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
38-◇13

フーディン「合同公演だが、町長がルテーに持ち掛けてくれるらしい。

       時期はわかり次第連絡するが、1週間が目途じゃないかって」

モクロー「1週間?! そんなすぐに向こう対応してくれるかなぁ……」

フーディン「町長、ほんと飛びつくみたいにこの話に乗って来たからな……。

       多少強引に、金を少し盛ってでも、ルテーを引っ張り出して来るぞ、あれは」

モクロー「……とにかく、みんなに伝えないとダメですね」

フーディン「ああ。とりあえず、みんな集めるぞ」
 ▼ 217 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:14:57 ID:ckyWYs.w [13/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
みんなの反応は、やっぱり期間の短さを驚く物だった。

そこまで短時間でそんな大事な公演に向けた調整が出来るのか。


フーディン「出来る。俺たちは、あの事件まで、週替わりで公演の場所変えてやってただろ?

       今じゃ1回でそれなりに稼げるから練習に時間を割けてるが、あの時代を経験して来た俺たちなら出来る」


団長の発言に、謎の説得力を感じてしまった。

かつての話だから情けなく思う必要はないのだけれど、真顔でそんな事を言う団長にちょっと苦笑いしてしまった。
 ▼ 218 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:15:45 ID:ckyWYs.w [14/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「モクロー、さっきフーディンが言ってたの、ホント?」

モクロー「らしいね。僕はその時代あんま知らないんだけど」

アママイコ「へえ……凄いね」

モクロー「いや、その時はホントにダメダメだったから」

アママイコ「……」


呆れ顔のアママイコ。

僕は、どうしてか、その表情に一瞬見惚れた。


アママイコ「ん、モクロー、どうかしたの?」

モクロー「え、ああ、いやなんでもないよ」
 ▼ 219 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:16:48 ID:ckyWYs.w [15/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
きっと、と僕は自己分析を始める。

悩み、重い秘密を共有したアママイコに、好意のような感情を抱いてしまうのはごく自然な事だ。

ただ、それは恐らく一過性な物。

本物の恋ではなく、ある種の吊り橋効果だろう。

アママイコの笑顔は、確かにかわいいけれど、それだけだ。

恐らく、明確な目標が定まればすぐに消えてしまうであろう淡い感情。

そんな物よりも、僕は、合同公演に備えて練習しなければならない。

司会に関してはアマージョがするのかもしれないが、出来る事なら彼女には、観客として見て欲しい。

一度、客観視するのが大事だから。

たぶん、その辺の――司会は誰がするのか、順番はどうするのかというような事は打ち合わせという事になるのだろう。

その時には、アママイコにも頑張ってもらわなければならない。

こちらにいるという意思表示をしないといけないのだから。

ならよかった、と微笑むアママイコに、僕は複雑な感情を秘めて向き合っていた。
 ▼ 220 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:17:35 ID:ckyWYs.w [16/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そのまま、ルテーとの合同公演に関して、アママイコと話を始めた。


モクロー「アマージョに、どうやって説明する? 凄いマズイよね、立場的に」

アママイコ「もー、忘れようとしてたのに! 出来るなら行方不明で済ませたかったよ。

       まあでも、そうだよね。心配してくれてありがとうねモクロー!

       どうするかだけど……誤魔化す訳にはいかないのよね」

モクロー「誤魔化してもどうせバレてるよ。だから、なんとかしないといけない。君が無事でいられるように」

アママイコ「……だよね。あーもう」


ぷくりと頬を膨らませ、アママイコはそれでも考え始める。


アママイコ「お母さんを納得させるのはどうやったって無理だし……だとしたら強引にごり押すのが吉?

       だけどなぁ、それじゃ上手い事合同で出来ないよねさすがに……」

モクロー「結局はごり押す事になるんだけど、少しはマシな説得を考えないとだよね。

      どっちみち、向こうからのこっちの評価は、悲惨な事になってるから、せめて最後まで……本番まで持ち込めれば御の字だよ」
 ▼ 221 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:18:32 ID:ckyWYs.w [17/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「そんなレベルでいいの?! なら大丈夫だよ! お母さんもガオガエンも、一回引き受けたからにはやるポケモンだし!

       ……やらないと、信頼に傷が付くからね」

モクロー「え、そうなんだ……。じゃあ、そこを心配しないでいいとなると……。ニャヒートとアママイコが殺されないで済む程度を目標に設定してそこをこなせばいいのか」

アママイコ「ちょっと、お母さんたちをなんだと思ってるの?!」

モクロー「さすがに冗談だってば。殺したりなんてしたら信頼に傷がどころの話じゃないもん」

アママイコ「あ、そ、そうだよね、アハハ……」

モクロー「まあ、正直言うと監禁の時点でアウトなんだけど……ニャヒート曰く、アマージョの表情ちょっと硬かったらしいし、案外本心じゃなかったりしてね。

      個人的には、ガオガエンが衝動的にやらかしたんだと思ってる。ま、これは推理じゃなくて空想なんだけど」

アママイコ「うーん、その辺はどうなんだろ。あたしもよくわかんないんだよね」

モクロー「え、そうなんだ」


今のは半ばカマかけだったのだが、知らないのか。


アママイコ「まあ、でもたぶん、モクローので正解だよ。ガオガエンの指示が大きかったと思う」

モクロー「やっぱり?」

アママイコ「うん」
 ▼ 222 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:19:16 ID:ckyWYs.w [18/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「でも、羨ましいなぁ。そんなに思って貰えるなんて。

       あたしのお母さん、必死過ぎて、あたしに構うどころじゃなかったから。

       ま、団員たちが気に掛けてくれてたし、そんな寂しかった事はないけど」

モクロー「そうなんだ」

アママイコ「あっ、そういやモクローに家族っていないの?」

モクロー「え? いないけど。強いて言うならアシマリ?」

アママイコ「……?」

モクロー「僕、父親も母親もちっちゃい頃に病死しちゃってさ。

      あ、でも別に、生活も楽じゃないけど絶望的ではなかったし、アシマリとも会えた。

      だから、僕は、そんな気にしてないんだ。

      普通な暮らしと変わらない幸せがあったと思うから」
 ▼ 223 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:19:55 ID:ckyWYs.w [19/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「……なんか、ごめんね」

モクロー「いいよ別に。実の親の記憶もあんまりないし、ニャビーとかアシマリとかに比べれば、僕なんか全然だよ」

アママイコ「……ニャビーはいいとして、アシマリ?」

モクロー「まあね」


そうか、知らないんだ。

よく考えれば当たり前なのだけれど、僕はすっかり失念していた。
 ▼ 224 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:21:36 ID:ckyWYs.w [20/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
モクロー「アシマリ、本当に捨てられてたんだ。父親が夜逃げしたんだと思う」

アママイコ「えっ」

モクロー「どこかのサーカス団のすぐ近くで、父親を呼びながら泣いてたのに気付いてさ。

      なんでそこ行ったのかって……なんか騒ぎになっててさ。そしたら、たまたまアシマリがそこにいた。

      たくさん大人がいたのに、みんなチラッと見るだけで、通り過ぎちゃう。

      まだ僕だってちっちゃかったけど、その気持ちがもうほんっとわかったから、拾った。

      当時はまだ、いわゆる遺産富豪だったから、大丈夫だと思ったんだ。

      実際、自分でダンジョンに潜って新鮮なリンゴ調達して稼げるようになるまでもってくれた」

アママイコ「いやモクローのお金なんてどうでもいいよ! 2匹とも……そんな……」

モクロー「だから気にしないでよ。僕たちは、どっちも気にしてないんだから。

      ……心配してくれるのはありがたいけど、今はそんな事より、ルテーの問題だよ」

アママイコ「…………。


       ………………決めたっ! あたし、モクローを支える!」

モクロー「……へ?」
 ▼ 225 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:22:19 ID:ckyWYs.w [21/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
呆気に取られてアママイコを眺めると、彼女はニコリと微笑んだ。


アママイコ「今、モクロー悩んでるんでしょ?

       だったら、あたしが支えてあげる! ルテーを助けてくれるエクリプスに恩返ししたいんだけど、全部にするのは無理だから……。

       だから、せめてモクローだけでも!」

モクロー「えと……なんで?」

アママイコ「モクローがホントにやりたい事を見付けるまで、あたし、あなたといるよ。

       出来れば見付けてからも……なんちゃって」

モクロー「いやそうじゃなくて、なんで僕?」

アママイコ「ニャヒートもアシマリも、2匹ともサーカスに打ち込めてるんでしょ?

       それは、他のみんなを見てもそうだった。

       あなただけだもん、辛そうなの。みんなは見慣れてて気付かないのかもしれないけど、あたしはわかったよ」


隠しているからなのだけれど、そんな事はどうでもよくて。
 ▼ 226 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:23:09 ID:ckyWYs.w [22/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
モクロー「まあ、いいや。わかった。お互いに、助け合おう。僕は、アマージョと君を仲直りさせる。君は、僕を支える。

      ……どうやるつもりかは知らないけど」

アママイコ「あー、あたしの事舐めてるでしょ」


舐めてるというか……戸惑っているだけである。

あまりに唐突過ぎて、受け入れる受け入れない以前に訳がわからない。

僕は頭を切り替えて、ルテーに関する話に戻す。


モクロー「それよりも、本当にアマージョとどうやって話すか考えなきゃ」

アママイコ「まー、正直死なない事を目標にぐらいなら適当にやってもなんとかなると思うよ」

モクロー「それはそうだけど、なるべくベストな方法で締めたい」

アママイコ「ベストって一番いいって意味だからなるべくだったらベストじゃないよ」

モクロー「……出来る限りいい形で話を付けたい」

アママイコ「わかった。考えよ、一緒に!」
 ▼ 227 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:23:46 ID:ckyWYs.w [23/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
39-△13

6日間。ルテーの方から返事があったらしく、この日数が期限だとあたしたちは団長から聞かされた。

今のあたしに、この言葉は重く、それこそ言い伝えのグラードンよりも重くのしかかる。

たったそれだけの時間で、感覚を掴まないといけない。

失敗を恐れた練習じゃ、到底間に合わない。

あたしは、ルテーとの顔合わせは免除されるだろう。

その時間は間違いなく充てられるけど、食べて、寝て、その時間すら勿体ないレベルだと、そんなの焼石に水。

あたしは、どうすればいい?

どうすれば、どうすれば……。


アシマリ「ニャヒート」

ニャヒート「どうしろっていうのよ!」

アシマリ「うわっ!」

ニャヒート「ん? ああ、アシマリ、ごめん、取り乱した」
 ▼ 228 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:24:19 ID:ckyWYs.w [24/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「いや別にいいんだけど……どうしたの?」

ニャヒート「……あたし、進化したから、体のバランスが掴めないの。

       落ちるんじゃないかって、どうしても怖くって。

       失敗したら、あたしは、どうなっちゃうんだろうって……」

アシマリ「別に、どうもしないでしょ。ニャヒートはニャヒートだよ」

ニャヒート「……あんたは、全然わかってない。失敗の恐ろしさを」

アシマリ「……でもさ、大事なのって、失敗しても、また立ち上がる事じゃないの?」

ニャヒート「周りがざわめいて、白い目で見られて、エクリプスだから団員たちの評価が変わる事はなくっても、世間の目は容赦ない。

       ……失敗するってのはつまり、そういう事なの、わかってる?」

アシマリ「わからないけど!」


アシマリは叫んだ。

あたしは驚いて、そちらを見詰める。
 ▼ 229 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:25:33 ID:ckyWYs.w [25/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「わからないけど! でも、違う! ……怖がってちゃ、駄目でしょ。オイラたちの悩みなんて、観客には関係ない。

      そう言ったの、ニャヒートだよ?!

      オイラたちは、どれだけ怖くても、出来るだけのゼンリョクを尽くさないといけないし、それしか出来ないよ。

      だから……飛ぶ前から失敗を考えてるようなニャヒート、オイラの憧れのニャヒートじゃないっ!!」


アシマリは、一息に言い切ると、少し荒い息を吐いた。


アシマリ「……大丈夫だよ。ニャヒートは、どれだけ怖がっても、どれだけ上に誰かがいようと、結局はサーカスの天才なんだから。

      そのニャヒートが、1週間も練習出来るんだよ?

      それに、万が一の事があっても、オイラが支えるから。

      オイラたちみんなで、支えるから……だから、1匹で抱え込まないで。不安だったら、話してもいいよ。

      観客には関係なくても、オイラたち仲間には、関係あるんだからさ」


アシマリは、そう言ってあたしを見詰めた。
 ▼ 230 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:26:28 ID:ckyWYs.w [26/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、それを見返す。


ニャヒート「わかった。……だから、今は練習するよ。

       こうやって話してる時間も勿体ない」

アシマリ「それでこそニャヒートだよ。……まあ、それはそれで凄過ぎて怖いんだけどね」

ニャヒート「褒め言葉として受け取っとくよ」
 ▼ 231 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:27:01 ID:ckyWYs.w [27/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、もう怖がってはいられない。

傷だらけ、ぼろぼろになってもいい。

この公演だけは、なんとしても成功させる。


ニャヒート「アシマリ、バルーンのクッションお願いしていい? ……水は辛いけど、ダイレクトに落下するよか何倍もマシ」

アシマリ「りょーかい!」


アシマリが鼻からバルーンを膨らませる。

大きな、大きなバルーンを。

それはアシマリの鼻を離れ、地面に着地した。

しかし、割れないままそこに残る。


アシマリ「これでよしっと! んじゃ、頑張って。頑張ってるのはわかるけど、オイラにはこれしか言えない。頑張って」

ニャヒート「……もちろん」
 ▼ 232 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:27:37 ID:ckyWYs.w [28/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、飛んだ。

クッションがあるから、だいぶ気が楽だった。

揺れが最大限まで高まった所で、飛び、別のブランコへ飛び移る。

下半身にかかる重力をいなそうと、あたしは前のめりになる。

――届かない。

あえなくバルーンの上に墜落。あたしは、トランポリンのように軽く跳ねた。

水と油は混ざらないとはいえ、さすがにあたしの重さがかかれば中に入り込むはずなのに……。

実際は、中に入り込む事はなく、弾力のある、まさしくクッションのように機能した。


ニャヒート「アシマリ……あんた、凄い練習してんだ」


バルーンの硬さ……正確に言うと、触れて破裂するかしないかを本気で調節しようと思ったら、普通はアシレーヌまで進化してからである。

今までだってトランポリンのような使い方はしていたけれど、それだって1回きりのものだった。

これほどの大きさのバルーンで、それを調節している。アシマリ系列の事はそこまでわかる訳ではないけれど、並大抵の練習量じゃ難しいはずだ。


ニャヒート「……負けてられない」
 ▼ 233 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:28:09 ID:ckyWYs.w [29/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
何度も、ブランコを揺らし、そして飛ぶ。

その度に落下して、それでも少しずつブランコまでの感覚がつかめて来た。

が、まだまだ完璧には程遠く、ニャビー時代のキレすらもない。

上空へ向かって加速度を増すブランコを見ながら、あたしは思う。

駄目だ。まだ、ニャビー時代のパフォーマンスに固執している。

変わらないといけない。体に合わせて、全部。

途中で勢いがなくなっているのだけれど、もっと勢いを付けて、という訳にもいかない。

では、どうするのが正解か。

バルーンの上で寝転がり、背中にひんやりとした感覚を感じながら、あたしは目を閉ざし、先程の自分を心に描く。
 ▼ 234 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:29:00 ID:ckyWYs.w [30/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
高く飛び、そこまではいいが、強くかかる重力のせいで、ブランコに届くよりも前に、体がボーダーラインを下回っている。

必死に前足を伸ばすが、無駄なあがきでしかない。

そして、バルーンに受け止められる。このループ。

そう、問題は、体が下に落ちる事。

だとすると、持ち上げればいい。

でも、どうやって……。
 ▼ 235 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:29:41 ID:ckyWYs.w [31/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
隣で、アシマリが練習している。

小さなバルーンを複数個使い、それを伝って高くジャンプするという練習だ。

飛んではバルーンを創り、創っては飛ぶ。

その繰り返しだが、優雅に泳ぐその姿は、間違いなく「いいパフォーマンス」だ。

弾ける飛沫は、光に照らされるとよく映えるだろう。

と、宙を舞うアシマリが、下に向かって少し大きめのバルーンを撃ち出した。

どうするのだろうと思って眺めていると、それをトランポリンに再び跳ねて、最後、鮮やかな着地を決めた。


アシマリ「ん? どうかしたのニャヒート」

ニャヒート「……そうか! 下だ! あたしには、炎があるじゃない!」

アシマリ「え?」

ニャヒート「ありがとうアシマリ! あんたのお陰で、パフォーマンス、見えて来た!」

アシマリ「よくわかんないけど……見せてよ!」


言われなくてもである。

あたしは、踏切台を踏み抜いた。
 ▼ 236 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:30:11 ID:ckyWYs.w [32/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
まずは最初のブランコに掴まる。

ここは、この体でも容易のこなせる。

そして、少しずつ揺らしていく。

どんどん振れ幅の大きくなるブランコ。頬を切る風に、あたしは覚悟を決めた。

最も勢いの付くタイミングで、あたしは飛んだ。

重力を強く感じる。体が下に追いやられて行く。

けれど。

あたしは首の鈴に意識を集中させる。

リン、と澄んだ音が鳴った。

その瞬間、鈴から炎が放出される。

それは、あたしの軌道を上方へ修正する。

やった。心で快哉を叫んだが、次の瞬間、あたしはとんでもないミスを犯していた事に気付く。

高過ぎた。これでは、ブランコを飛び越える。

そう思ったのも束の間、あたしの前足は下へ伸び、それでもまだ届かない。

そのまま落下してしまった。
 ▼ 237 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:31:22 ID:ckyWYs.w [33/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「何今の音! めっちゃ綺麗だった!」

ニャヒート「あたしが……ニャヒートが炎技を撃つ時、首の鈴が音を鳴らすの。

       あー失敗した。炎で高さ調節、でもいい案だった。

       ホントに調節しないとな……それと、炎を撃つ時に意識を集中させ過ぎちゃう。

       慣らさないと……新しい体を、ブランコと、技を撃つ事に」

アシマリ「……聞いてる?」

ニャヒート「あ、ごめん」

アシマリ「まあいいや。感想だけど、凄かったよ! 炎がもう力強くって。

      今までとは全然感じが違ったね」

ニャヒート「そうかな」

アシマリ「ホントだよ! 今までのニャビーは、テクニックが凄くて、炎と絡まって凄くなってた。

      今のは……なんて言えばいいんだろ、炎の力強さを引き立てる? そんな感じがした。

      ジェットみたいな炎の使い方、凄いよ!」
 ▼ 238 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:31:59 ID:ckyWYs.w [34/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート「炎を引き立ててる……」

アシマリ「うん。今まではキレイに見せるための炎だったけど、今回は飛ぶための炎。

      迫力があってさ。まあ、ニャヒートなんだし、本番までには迫力以外もちゃんと仕上げてそうだけど」

ニャヒート「……なるほどね」


ニャヒートらしい力強さを求めていたあたしにとっては朗報と言えた。

この調子で練習を続けていけば、なんとかなるかもしれない。

少し希望が見えて来た。

――けれど、同時に、どこかひっかかりを覚えてしまったのは、気のせいだろうか。
 ▼ 239 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:32:39 ID:ckyWYs.w [35/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
40-○14

落ちていくニャヒートの姿に、オイラは、どことなく、記憶の奥底を揺さぶられるような気がしていた。

気のせいだと割り切ろうとはするけれど、衝動的に訪れるその感覚は、押さえつける事が出来ない。

オイラは一体、何を重ね合わせているのだろう。


アシマリ「ちっちゃい頃の記憶、なんだよね」


ここ、喉まで答えが出かかっているのだけれど、わからない。

そのもどかしさが、限界を超えた。

練習に集中出来るとも思えなくなり、オイラは少し外に出て、モクローの姿を探した。

謎解きは、モクローに任せるのが一番だ。
 ▼ 240 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:33:09 ID:ckyWYs.w [36/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
モクローを見付け、近付いて行こうとした所で、甘い香りが鼻に届き、オイラはアママイコがいる事に気付いた。

近付いて行くと、アママイコが「……よ、一緒に!」と言ってるのが聞こえてくる。


アシマリ「おーいモクロー」

アママイコ「きゃっ!」

モクロー「ん、どうしたのアシマリ」

アママイコ「ビックリしたじゃない!」

アシマリ「ご、ごめんアママイコ。モクロー、ちょっといい?」

モクロー「いいけど……どうかしたの?」

アシマリ「ちょっと推理して欲しいんだ。オイラの記憶について……」

モクロー「アシマリの記憶?」

アママイコ「おーい、お2匹さん」

アシマリ「そう」

アママイコ「ちょっと聞いてよ! アシマリ、いきなり過ぎない? あたしたちも、今大事な話してたんだよ?」


怒った声で、アママイコがオイラに言う。
 ▼ 241 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:34:10 ID:ckyWYs.w [37/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「え? あ、ご、ごめん。何の話してたの?」

アママイコ「どうやってお母さんにあたしがこっちにいるって事を納得させるかって話よ」

アシマリ「ああ、それは大事だね……」

モクロー「いや、でも謎なんでしょ? そこに謎があれば、解き明かすのが僕だから……アシマリ、聞かせて。

      アママイコ、ちょっと待っててね」

アママイコ「えっ……まあいいけど」


ふてくされたように頬を膨らませるアママイコ。

オイラはごめんと謝ってから、モクローを連れ出した。
 ▼ 242 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:34:42 ID:ckyWYs.w [38/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
モクロー「で、何? 記憶に関して推理して欲しいって」

アシマリ「オイラの記憶だから、モクローの方が詳しいかもしれないけど……。

      なんだか、ニャヒートがブランコから落ちる時――」

モクロー「えっ、ニャヒートが落ちてるの?! あ、ああ、体のバランスか」

アシマリ「うん。落ちる時、どうしてか、オイラ、凄い記憶が刺激されるんだ。

      なんでかなって」

モクロー「……それって」

アシマリ「たぶん、オイラが捨てられるよりも前の話」

モクロー「……」
 ▼ 243 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:35:17 ID:ckyWYs.w [39/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
モクローが、首を回す。

凄い勢いで、首を回す。

このままねじ切れてしまうのではないかと心配になって来た頃、モクローが首を止めて言った。


モクロー「まさか……ね」

アシマリ「何かわかったの?!」


モクローは首を戻してから、オイラを見据える。
 ▼ 244 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:35:54 ID:ckyWYs.w [40/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
モクロー「もしかしたら、アシマリ、君はとんでもない偶然に巻き込まれてるのかもしれない。

      まだ、ちょっと確信が持てないんだけど……」

アシマリ「それでもいいよ、今すぐ教えて!」

モクロー「……どうして、どうしてニャビーは失敗したんだと思う?」

アシマリ「へ?」


そのままモクローは、だんまりを決め込んだ。

オイラは続きを促すけれど、何も反応がない。

ゆっくりと、モクローの首が回りだす。

こうなってしまうと、オイラにはどうしようもない。

ただ、それを眺めていた。壊れたぬいぐるみのように、同じ動きを続けるモクローを。
 ▼ 245 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:36:42 ID:ckyWYs.w [41/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
41-◇14

信じられない。こんな偶然、あってもいいのか。

これが事実だったとしても、困る事は何もない。

何もないけれど、ただただ、自分の脳がはじき出した結論が信じきれない。


アシマリは、過去に、ニャヒートの兄のパフォーマンスを見ていた。

しかも、よりにもよって、彼が進化したてで、失敗した時の。


こんな偶然、あってもいいのか。

僕は、再び自らに問うた。


けれど、こうでも考えないと、納得が行かない。

アシマリは、ニャビーのパフォーマンスを見て、エクリプスに入りたいと即決した。

それは、過去に見た彼のパフォーマンスと重なったからではないか。

僕がアシマリを拾ったのは、サーカス団のテントの前。そこが騒ぎになっていたのは、ちょうど、ニャヒートが失敗していたからではないのか。
 ▼ 246 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:37:35 ID:ckyWYs.w [42/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
父親と、最後の思い出としてサーカスを見た。

それが、偶然にも、その回だった。

僕がアシマリを拾った時期と、ニャヒートの失踪の時期も重なっている。どちらも10年前だ。

状況証拠に過ぎないが、アシマリの記憶が揺さぶられている以上、この可能性は、極めて高い。

――いや、偶然ではないのかもしれない。

アシマリは、そのパフォーマンスの何かに、強く惹き付けられ、サーカスへの興味を強めた。

遅かれ早かれ、ニャビーのパフォーマンスを見る事になっていただろう。僕とあんな暮らしをしていたからすぐだっただけで。

兄の失敗に動揺して自らも失敗し、追い出されたニャビーがへっぽこサーカス団に入る事。

あまり豊かとは言えない暮らしの中で、それでもサーカスを見たいアシマリがへっぽこサーカス団のチケットを手に入れる事。

――すべて、必然だったのか?
 ▼ 247 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:38:48 ID:ckyWYs.w [43/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
けれど、そうなると、僕は、細かい所で、推理の修正をしないといけない。

ニャビーの失敗が、むしろ尊敬する兄の失敗、及び失踪に因る物だったとしたら? ――順序が入れ替わっていたのだとしたら?

ニャヒートのミス→ニャヒートの失踪→ニャビーのミス→ニャビーの追放

恐らく、これが正しい順番だ。

そしてだとすると、ニャビーが進化を拒む理由もスッキリ行く。兄の失敗を見ていたからこそ、強くその事実を拒んだ。

過去の話を団長にした直後に、その話題に移行したというが、その理由も恐らくこういう事だろう。

そして。そうだとするならば、最大の問題は。

ガオガエンは必ずしも、妹想いの優しい兄とは限らないという可能性が出てくる事だ。

――あくまでも仮定だが、ガオガエンは、失敗から逃げたのではないか。

ニャビーを護る事を放棄して、自らを責める悪意から逃げ出したのではないか。

何かがキレてしまったのだろうか。

――最悪のシナリオは、ガオガエンがニャビーすらも逆恨みしている事。

彼は、失敗した時に、酷い扱いを受けたのだろう。それでポケモン不信になっていたら。

ニャビーの前に姿を現さなかったのも、そういう事なのではないか。

決意を揺るがせない。なんの決意だ?
 ▼ 248 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:40:00 ID:ckyWYs.w [44/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「モクロー。モクロー!」

モクロー「うわっ! ど、どうしたのアママイコ」

アシマリ「……やっと止まってくれた」

アママイコ「考えるのはわかるけど、考えすぎないで、1匹で。あたし、あなたの事支えるって決めたんだよモクロー。

       お願い、話して」

モクロー「……うん。だけど、途中からもう、推理じゃなくて、推測、もはや妄想の領域だよ。後、絶対にニャヒートには内緒」


僕は、先程までの、とりとめもない考えを話した。

話している内に情報が整理される事は多いが、今回はまさかという先入観がそれを許してはくれない。

2匹は真剣な顔で僕の話に耳を傾けてくれた。

お陰で、少なくとも話しやすくはあったのだけれど。
 ▼ 249 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:40:32 ID:ckyWYs.w [45/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「なーるほど。ガオガエンとニャヒート、ついでにアシマリの過去か……」

アシマリ「ついでってなんだよ! ……まあ、今回に関しては、確かについでかもしれないけどさ」

モクロー「思い出した、アシマリ?」

アシマリ「うーん……どうだろ。なんか、言われてみればそうだったかなぁってぐらい。

      今のがホントなら、本番、ニャヒートが飛んだ時に思い出すかもしれないね」

モクロー「え、失敗するって事……?」

アシマリ「ううん、ニャヒートはきっと成功する。けど、なんとなく、今の話聞いて思ったんだ」

――オイラが思い出すのは、たぶん、本番の、その瞬間だって。
 ▼ 250 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:41:03 ID:ckyWYs.w [46/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
モクロー「……ならよかった。アママイコ。ガオガエンに関して、何かわかる?」

アママイコ「うん。……確かにモクローが言った通り、ネメシーへの恨みは、妹絡みって訳じゃなかった。

       まあ、0でもないんだけどね」

モクロー「え……やっぱり、そうなんだ」

アママイコ「モクロー、自分の頭に自信持ってよ!」

アシマリ「アママイコの言う通り! モクローは、名探偵なんだからさ!」

モクロー「誉めても何も出ないよ」


冗談でかわすが、正直満更でもなかった。

そう、僕は、考えるのが得意だ。

信じられない事実でも、推理出来る。出来てしまう。

それが、僕の個性。

紛れもない真実に、僕の心は、安息を得た……気がした。
 ▼ 251 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:42:06 ID:ckyWYs.w [47/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「まー、そこまで考え付いたんだし、一応あたしだって、ルテーの団長の娘だからさ。

       答え合わせ、出来なくはないよ」

モクロー「お願いするよ」

アママイコ「……ガオガエンはね、ネメシーを潰そうとしてる。その暗いやる気に、お母さんが乗っかった。

       サーカス団を立て直したい。その思いが、ガオガエンの強い思いと共鳴したんだろうね。

       で、なんでガオガエンがそうしたか……だけど、正解は、『自分たちを白い目で見たあいつらを許せない』。

       妹が、とか自分が、とかじゃない。どっちも、なんだよ。

       順番的には、当時基準で、ニャヒートのミス、ニャビーのミス、ニャヒートの失踪、ニャビーの追放。

       自分は逃れられて、しかも逃げた臆病者に怒りが集まるからニャビーも守れるって考えたみたい」
 ▼ 252 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:42:52 ID:ckyWYs.w [48/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
42-△14

再び10年前のあたしの話をしよう。


ニャビー「お兄ちゃん、どうして……」

ニャヒート「……俺、駄目みたいだ。バランスが、上手く取れない」

ニャビー「でも、だからってお兄ちゃんが……こんなに責められる事ないじゃない!」

ニャヒート「進化は、仕方ないからな。少しは勘弁して欲しいよ。俺、また出られんのかなーサーカス。

       今更、他の道じゃ食ってけねえしさ」


笑うように、お兄ちゃんはそういう。
 ▼ 253 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:43:36 ID:ckyWYs.w [49/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
お兄ちゃんが失敗して、あたしは動揺した。

あのお兄ちゃんが、ミスをした。それだけであたしは、天地がひっくり返ったような衝撃を味わっていた。

いや、あの時にあたしにとってすれば、正しく天地がひっくり返ったのだ。

だから、あたしも失敗した。

どうしようもないイライラがあたしを蝕んで、それに気を取られていたから。
 ▼ 254 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:44:12 ID:ckyWYs.w [50/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ネメシーは、とんでもない実力派サーカス団だ。

たった一つの失敗が、その評判を、地に叩き付ける。

その事に苛立っていたのは、あたし以外の全員だ。

もちろんそこに、お兄ちゃんは含まれている。

けれど、お兄ちゃんは、自責の念に苛まれてなお、あたしの前でおどけてみせる。

いや、違う。味方が欲しかったのかもしれない。

あなたは悪くないと、心の底で、言って欲しかったのかもしれない。

だから、あたしの前では、「どうしようもなかった」と強調した。

もしそうだとするなら、あたしは、完全に乗せられていた事になる。

もっとも、これはさすがに考え過ぎだと思う。思うけれど、あたしを監禁したあのあたりから、お兄ちゃんの行動を全て美化するのがバカらしくなったのだ。

そして、その感覚は、今この瞬間にも更新され続けている。

進化した体を、少しずつ慣らしていく、この瞬間に。
 ▼ 255 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:45:03 ID:ckyWYs.w [51/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
とにかく、当時のあたしのイライラは、周囲の急に冷たくなった応対に向けられた。

お兄ちゃんが声を掛けても無視するのは当たり前。

酷い事に、ごはんまで明らかに減っている。

お兄ちゃんはおどけながら笑うけれど、あたしは笑えなかった。

涙はこぼれない。お兄ちゃんの代わりに怒るのも違う。

けれど、そういうわかりやすい感情の発露を封じられ、あたしの心は、徐々に鬱屈していった。

溜まりに溜まったその苛立ちは、ある形で発露した。

結果が、サーカスでの失敗。

あたしは、無様に地面に叩き付けられた。
 ▼ 256 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:45:37 ID:ckyWYs.w [52/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
それからの事は、思い出したくもない。

ざわめく観客。慌てる団員たち。

そんな中で、1匹のポケモンが――つまり、ネメシーの団長が、強く舌打ちした、その音が耳に届いた。

それ以外のすべての音は、あたしの世界から消えた。

ああ。

ああ、あたしも、お兄ちゃんと同じになるんだ。もう、ここにはいられないんだ。

そう思うと、せいせいした。

しかし、同時に、途轍もなく嫌な予感も味わっていた。


――あたしが、サーカスに依存している事を自覚したのは、しばらく後。あたしが、ネメシーを追い出される時である。
 ▼ 257 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:46:27 ID:ckyWYs.w [53/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
「これ以上ネメシーの評判を傷付けて……っ! お前らは、うちを潰す気かっ!」


団長の叫びに、肩をびくりと震わせる。

思わず瞑った目を恐る恐る開くと、彼の目はもはや憎悪に歪んでいた。


ニャヒート「だから、俺は進化でバランスが崩れてるの。そんな俺をいつまでもうじうじ責めて、そのせいでこいつのパフォーマンスにまで影響したんだっての。

       誰のせいなんだろうな」


反抗的な物言いをするお兄ちゃんに、団長は顔を歪めた。


「俺は行き場のないお前らを引き取ってやったんだっ! その恩を仇で返す気なのか?」


あたしは、何も言えずに立ち竦んだ。

けれど、お兄ちゃんは違った。


ニャヒート「うるさい。俺はサーカスなんてしたくなかったんだ! 本当なら、今頃は親父と御袋とこいつと俺で、楽しく暮らしてたはずなんだ!

       貴様が俺らを突っぱねてたら! 親父も、考え直した! それから頑張って、暮らせる金を稼げるようになってた!」


首の鈴が音を鳴らす。お兄ちゃんの目に浮かぶ物も、怒りだった。
 ▼ 258 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:47:09 ID:ckyWYs.w [54/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート「全部……全部お前が……サーカス団ネメシーが悪いんだ!」

ニャビー「お兄ちゃんやめてっ!」

ニャヒート「ニャビー、頼む、ちょっと黙ってくれ。俺に考えがあるんだ」


お兄ちゃんは、あたしに小声でそう言った。

激昂した団長の耳には、幸いにも届いていない。


「そうか。そこまで言うなら、お前はクビだ。消えろ。今日中にだ」


そんな発言をしただけだった。
 ▼ 259 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:47:51 ID:ckyWYs.w [55/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート「ふぅ。これで、お前は護れるかな」

ニャビー「……行かないでよお兄ちゃん、そんな事言わないで」


あたしを護る。その発言の真意を汲み損ねて、あたしはそんな脈絡のない事を言った


ニャヒート「いや、俺は逃げる。お前の分まで罪を背負ってな。

       こんな別れ方したら、どうやったってヘイトは俺に向かうだろ。

       お前の分を少しでも減らせるなら……本望だ。

       ま、恨んでねぇっつったら嘘になるけどな」

ニャビー「でも、でも……」


ぐずるあたしの頭を、お兄ちゃんの前足は優しく撫でた。

穏やかで、暖かく、しかし、力強い前足で。

あたしは、こらえきれずに、涙を流した。

行ってしまう。お兄ちゃんが、行ってしまう。

それをわかっていて、あたしは止める事が出来なかった。

駄目だった。その炎が、あたしを優しく撫でたから。
 ▼ 260 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:48:22 ID:ckyWYs.w [56/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告














翌日、お兄ちゃんは消えた。
 ▼ 261 1◆J44kAZeDOM 17/01/07 21:48:59 ID:ckyWYs.w [57/58] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、お兄ちゃんの策略のお陰か、露骨に酷い扱いを受ける事はなかった。

――なんて、なるはずもない。

むしろ、お兄ちゃんが消えた分のとばっちりを、あたしは、より酷く受ける事になっていた。


ニャビー「……お兄ちゃん、助けてよ……」


あたしの存在は、もはやなかった。

透明ポケモン、とでも言うべきか。食事もなく、話し掛けても誰も何も返さない。

存在を否定されるという恐怖を、あたしは骨の髄まで味わった。

限界が訪れるまで、そう長くはかからなかった。

あたしは、団長に辞表を叩き付け、ネメシーを去った。

その勢いには、恨みつらみしかなかった。

ポッポがポケマメテッポウオを食らったような表情をしている団長を後目に、あたしはそのままネメシーを消えた。

そして、△2に至る。

お兄ちゃんも、きっと、サーカスからは逃れられない。少なくとも、あたしは無理だ。そう信じて。
 ▼ 262 ォッシュロトム@ムシZ 17/01/07 21:49:32 ID:ckyWYs.w [58/58] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
名前欄忘れてた
ここまでです
 ▼ 263 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:20:35 ID:0e8Z7aUk [1/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







43〜51 公演までに






 ▼ 264 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:21:06 ID:0e8Z7aUk [2/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
43-◇15

翌日。僕とアママイコ、そしてエクリプスの中でも腕っぷしの強いポケモン数匹を連れて、団長はルテーとの打ち合わせに出かけた。

なんと、そこには町長も立ち会うという。

これで、少なくとも不穏な行動を起こされる可能性はない。

今何かをしでかしたら、それは権力に盾突く行為。

奇しくも、この町長を巻き込んだ合同サーカスという案は、この1週間の僕たちの安全を保障していた、という訳だ。


アママイコ「あー、緊張するなー」

フーディン「い、いや、俺の方がヤバいから! ぜ、ぜ、絶対俺の方がヤバいから!」

「団長さぁ、あんたが緊張する必要ねぇだろ」と団員の1匹が言う。

フーディン「いやそうだけどさ、いや、アマージョの威厳ヤバいから! しかもこんないろいろあって、ホントダメだから!」

アママイコ「アハハ! フーディン見てたら落ち着いて来たよ」


そう言って笑うアママイコの表情がどうしようもなくかわいくて、僕は目を逸らした。


「言われてるぞ、団長」

フーディン「あーもう! ビビりで結構! みんな、こんな不甲斐ない団長の事ちゃんとフォローしてくれよ?」
 ▼ 265 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:21:39 ID:0e8Z7aUk [3/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そんなコントみたいな会話をしながら僕たちは町長と合流した。

さすがの団長も、別に舞台に上がる訳でもアマージョの「じょおうのいげん」を前にした訳でもないから緊張はしていない。


フーディン「この度は、私たちの提案にご賛同下さり、ありがとうございました」

町長「いやいや。こちらこそ、お陰でこの街もより一層活気に溢れますよ」

フーディン「打ち合わせはここですよね。ルテーの方は……」

町長「まあ、少しぐらい遅れても構わないでしょう。ルテーは今、忙しいんですから」

フーディン「ですね。あ、それと町長。私は、幾分とあがり症でして、向こうの団長を前に緊張してしまうと思いますが……」

町長「ああ、そういやあがり症とか言ってましたね。新聞にインタビューが乗ってましたが、そこに書いてました」

フーディン「えっ?! 俺そんな事言ったかな……」

モクロー「団長、素が出てる」

フーディン「あっと……失礼しました」


町長は「お気になさらず」と笑った。
 ▼ 266 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:23:08 ID:0e8Z7aUk [4/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そうこうしている内に、気配を感じ、それを知っている僕とアママイコは少し身構えた。

……もっと露骨に反応しているのが団長で、まあ、お察しの通りである。


町長「いや、にしてもこの感覚は何回味わっても慣れませんな……」

モクロー「気持ちはわかるから、団長、落ち着いて。アママイコもしっかりしてるんだよ」

フーディン「いや、だからこれは――」


団長がそう叫びかけた所で、アマージョ以下数匹(ただし、ガオガエンは含まれていない)の姿が見えた。

慌てて言葉を呑み込む団長に、僕たち一同、揃って失笑した。
 ▼ 267 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:23:44 ID:0e8Z7aUk [5/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
町長「お待ちしてました」

アマージョ「お待たせしてすいません」


表向き、ただの、人当たりのいい――体からムンムンと発される、強烈過ぎるオーラを除けばだが――サーカス団の団長だ。

けれど、彼女たちは、ニャヒートを監禁した。

そして今、僕たちには、彼女の娘が付いている。

その事実に、彼女は今、何を思っているのだろうか。

生憎、その顔からはうかがい知る事が出来なかった。

が、それならそれでいい。

一時的とはいえ、少なくとも町長の目が届くうちは、表には出さないという休戦協定が結ばれた、と考えられるから。


モクロー「いえいえ。こちらも今来たばかりです。それじゃ、打ち合わせを始めましょうか」


団長は機能停止している。僕が槍玉に上がるのが一番だろう。本来の意味とはズレているが、ここではなんだか、この表現がしっくりくる。

アママイコは、唇を固く結び、僕たちが話すのを眺めていた。
 ▼ 268 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:24:18 ID:0e8Z7aUk [6/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
結局、打ち合わせ自体はなんら問題なく進んだ。

司会進行に関しては、最初はアマージョが行い、エクリプスメンバーの紹介は僕が、ルテーメンバーの紹介はアマージョが担当するという事に決まった。

アマージョが、うちのパフォーマンスを司会以外の視界から見てくれるというのが絶対条件だったため、この形で妥協した。

なるべくなら両者を比べてもらいたかったのだけれど、アマージョの実力は確かな物なのだ。僕なんかが出しゃばる隙はない。

エクリプスに関しては僕の方が知っているとの触れ込みで、最低限のラインだけはなんとか死守出来たのだ。よしとしよう。
 ▼ 269 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:25:00 ID:0e8Z7aUk [7/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
舞台の順番は、細かい所はまた詰めていくとして、それでもトップバッターだけはなんとしてもとアシマリを推した。

誰もが――あのニャヒートもが認める、「見てて楽しさが伝わるパフォーマンス」の権化、アシマリ。

そのパフォーマンスが少しでも、ガオガエンとアマージョの創り上げた城の錆び付いた扉に差すオイルとなってくれればという淡い期待を込めたのだ。

もっとも、水と油は決して出会い、交わる事をしない。そう考えると、水タイプのアシマリは少々縁起が悪い。

けれど、アシマリなら、きっとそんなもの、吹き飛ばしてくれる。何しろ、神を押し返した実力なのだから。

縁起なんて、鼻で笑うサーカス団。それがエクリプスであり、その筆頭は、友だちとしての贔屓目抜きに、どうやったってアシマリなのだ。

ちなみに、アマージョに対しては、「アシマリのパフォーマンスはとってもキャッチーなんです。最初にぶつけるには向いてます」と説明した。

アマージョも一応考えてはくれるらしい。そこまで強い拘りがある訳でもないだろうし、たぶん大丈夫だと思うよー、というのは後でアママイコが語った物だ。

やるからには、観客の評判のいい、素晴らしい物にしたいはずだからって。

それ以外には特にこちらからの希望はなかったのだが、なんと向こうから、ニャビーのパフォーマンスは最後にしてくれないかと持ち掛けて来た。

正確にはもうニャヒートだと訂正すると、けれどアマージョは、あまり驚く事なく、そのままニャヒートを最後にと言う。

狙いはわからなかったが、別段拒む理由もない、むしろ願ったり叶ったりだ。どうせなら、最後に残して置いた方が印象に残るのだ。そう言って承知した。
 ▼ 270 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:25:36 ID:0e8Z7aUk [8/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
その他の順番は、また今後突き詰めていくという事になり、僕たちは別れた。


町長「それじゃあ、お二方、これからよろしくお願いします」

モクロー「はい」

アマージョ「こちらこそ」


ちなみに、最後までアママイコとアマージョが話す事はなかった。

互いに何も感じさせないような素振りを続けていたためか、恐らく町長は、2匹が親子である事に気付いていない。

隠すなら徹底的に、か。

どうやってダメージの少ない暴露をしようか頭を悩ませていた僕にとって、この展開は正直拍子抜けでもあった。

けれど、それならそれで好都合だ。

少なくとも、本番まで余計な事に頭を悩ませる必要がなくなったのだから。
 ▼ 271 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:26:09 ID:0e8Z7aUk [9/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
本番以降の事は、努めて考えないようにしていた。

きっと、アシマリとニャヒートなら成功させる。そう、無理矢理に楽観的立場に立っていた。

失敗した時の事なんて、考えたくもない。

どうやったって、見るに耐えない結末しか待っていないから。

もう、アママイコがニャヒートを連れ帰って来た時点で、いや、僕たちが合同サーカスなんて提案をした時点で、僕たちにはもう、成功しか残されていない。


アママイコ「まあ……完全にあたしは無視だったね。こうなったら、もう何が何でもお母さんを説得するよ!

       フーディン、あたしも何か出来る事ある?!」

フーディン「え? お前はルテーで何してたんだ?」

アママイコ「えっと……司会、の練習かな」

フーディン「うーん、この合同公演に関しては、モクローとアマージョでもう2匹いるしなぁ……。

       アママイコ、家事とか出来るか?」

アママイコ「えっと……お皿洗いと布団干しぐらいなら」

フーディン「布団は……まあ個人でやるからいいとして、それなら皿洗いを手伝ってやってくれ。

       照明はサーカスのキモなんだが、それ担当のブラッキーが家事好きでさ、そっちばっかであんま練習できないんだよ」

アママイコ「わっかりましたぁ!」
 ▼ 272 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:27:25 ID:0e8Z7aUk [10/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
44-△15

ニャヒート「っ!」


痛みにあたしは顔をしかめた。

いくらバルーンのクッションが効いていると言っても、痛いのは痛い。

それにあたしは炎タイプ。水のバルーンは、やはり少しずつとはいえ、あたしの体にダメージを蓄積させている。

食事、睡眠以外の時間を全て練習にあてているため、最低限の休息は取れているものの、息抜きの時間はない。

しかし、そんな事をしていたら時間が足りないのは、高さ問題を解決した今も変わらない。

まだまだ課題は山積だ。
 ▼ 273 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:27:55 ID:0e8Z7aUk [11/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
まず、未だに一度たりともピッタリの高さに合わせられない。

そして合わせられたとしても、今度はクオリティの問題がある。

力強さと繊細さを併せ持つパフォーマンス。求められているのはそういう事だ。

昨日のアシマリの発言にあたしはそう気付いた。

炎の力強さだけではダメだ。謎の引っかかりの、正体はそれだ。

ただただ強引な、力強さだけのパフォーマンスは、迫力があってもそれだけだ。

お兄ちゃんたちの心には響かない。

技術を維持したままでニャヒートならではのパフォーマンスをする。

これだけが、あたしたちの希望なのだ。

お兄ちゃんだって、わかっていたはずなのだ。バランスを崩しやすい以上今までのパフォーマンスは出来ないと。

それでもそのままのパフォーマンスに固執したのは、技術を捨てたくなかったから。

あたしは、そうなりたい。あたしがするしかないのだ。もう、お兄ちゃんには自力でのパフォーマンスは残されていないのだから。
 ▼ 274 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:28:31 ID:0e8Z7aUk [12/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリも、相変わらずあたしの横で練習している。

あたしは別にアドバイス出来る訳でもないし、みんなと一緒にすればいいのに、といつも思うのだけれど、これはアシマリなりの気遣いだろうか。

あたしを1匹にしたくないという。

けれど、アシマリの気遣いに構っている暇はない。

あたしは再び階段を登り、そして踏切台を踏み抜く。

そして、まずは最初のブランコにぶら下がった。

揺らして、飛ぶ。

炎を下へ吐き出しながら、あたしは、狙いを定める。

火力が強い。少し弱めて……。

まだ、高い。クソッ。

ブランコの棒は、あたしの下をくぐり抜けて行く。

けれど、惜しい。もう少し全体的に弱めて――

少しずつ遠くなるブランコに、あたしはそんな事を考える余裕すらあった。

柔らかく、冷たい感触があたしを包み込む。
 ▼ 275 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:29:07 ID:0e8Z7aUk [13/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そうやって、何度繰り返しただろうか。

回数に意味などから初めから数えてなどいないが、もう数えきれないぐらい飛んだ頃。

あたしの前足は、確かにブランコの棒を掴んでいた。

思わず「やった」と声が漏れる。

しかし、油断は禁物。

あたしは、再びそれを揺らし、今度は高く飛んで、ぐるりと一周大回りをして元の棒にぶら下がらないといけない。

それが出来たら2回転、3回転と飛び移る間に重ねていかなければならない。

ニャビー時代は、まだまだ遠い。

とりあえずはブランコから飛び移る事なく、そのまま向かいの踏切台に着地した。

まずは、今の感覚を掴む。

それが何よりも大前提だ。体のバランスを崩しても失敗しないあたしを見せる事が。
 ▼ 276 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:30:40 ID:0e8Z7aUk [14/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「おめでとー!! 掴めてたよ!」

ニャヒート「ううん、まだ。この感覚をものにしないと」

アシマリ「あー、それもそうだね。でも、1回出来たらなんとかなるんじゃない?」

ニャヒート「だからクセにしたいの。今までの感覚を抜くので精一杯なんだから」

アシマリ「そっか……。もう、なんというか、頑張れって、オイラ、こればっかりだ」

ニャヒート「それでもいいよ。結局、どれだけみんながお膳立てしてくれようと戦うのはあたしとお兄ちゃんの、1対1。

       それなら、応援してくれるだけでもいてくれればもう心強いから」

アシマリ「そう言ってもらえるとオイラも嬉しいよ。頑張って」

ニャヒート「――あったりまえよ」


あたしは、口角を持ち上げてみせた。
 ▼ 277 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:32:40 ID:0e8Z7aUk [15/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
45-○15

どう考えても、ニャヒートに進化してから、近付きやすくなってるよね。

前は頑張ってと言っても、「当たり前」と変わらない表情で返すだけだったのに。

それが今では、微笑みもする。

ニャヒートは、また、空を飛ぶ。

オイラの目に、真っ赤で力強い炎が映る。

ニャヒートの体はそれに包まれて、その炎が特に、重点的に下を狙うのが見える。

ニャヒートの体はふわりと持ち上がり、そして、ブランコにその前足を掛けた。

また成功だ。

オイラは「やったぁ!」と叫ぶ。

ニャヒートなら大丈夫。そう信じてはいても、やっぱりこう成功の様子を見せられると嬉しくなる。
 ▼ 278 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:33:15 ID:0e8Z7aUk [16/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒートは、現在進行形で変わり続けている。

ガオガエンに教わったパフォーマンスを超えた所で自分の道を探しているから。

ニャヒートの表情が、それをハッキリと表していた。

感情を露わにするパフォーマンス。

過去に、ニャビーはそれが出来ないと嘆いていた。


アシマリ「なんだ……出来るじゃん」
 ▼ 279 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:34:07 ID:0e8Z7aUk [17/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャビーは、いいや、ニャヒートは、やっぱりサーカスの天才だ。

いいと思った物を、貪欲に取り込み続ける。

オイラが取り込まれる対象になったのは嬉しいけれど、これじゃあ困る。


アシマリ「追い付いて欲しいんじゃ、なかったのニャヒート」


あの後、オイラは勝ち負けには拘らないと返したけれど、それでも最終目標をニャビーに設定するぐらいの影響は残った。

参ったな、これじゃ、無理だ。オイラじゃ、どう足掻いたって追い付けなくなる。

でも、これでいいのかもしれない。

オイラは、いつまでも追い掛け続けられる。

ニャヒートも、いつまでも追われ続ける訳だ。

悪くない関係なのかもしれない。結局、それがわかるのは、全部終わってからだ。

さて、オイラも練習しよう。そうしないと、しっぽも見えなくなるから。
 ▼ 280 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:36:21 ID:0e8Z7aUk [18/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そう簡単には割れないバルーンを創り、その中へ飛び込む。

水に潜り、オイラは空を飛ぶ。

ニャヒートみたいな飛び方は出来なくても、重力を感じないこのバルーンは、充分空だ。

オイラも、高みを目指せる。

きっと、変わって行ける。

泡を作り、炭酸バルーンを弾けさして、オイラは着地を決めた。

オイラのコンディションは、たぶん、絶好調。

1週間と調整しなくても、今すぐにでも舞台に立てるだろう。

ニャヒートは、何度でも空を飛ぶ。5回に4回の成功率でブランコにぶら下がれるようになっていた。

けれど、まだダメ。百発百中じゃないと。

絶対ニャヒートならそういう。

それをわかったから、オイラも自分の練習を続けた。
 ▼ 281 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:37:03 ID:0e8Z7aUk [19/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「おーい! 2匹とも、ごはん出来たよ!」

アシマリ「あ、はーい、すぐ行く!」


ニャヒートは、奇しくも5分の1を引き当てたタイミングで、少し悔しそうに顔をしかめながら、すぐにこちらを振り向いた。


ニャヒート「あたしも行くよ、腹が減っては戦は出来ぬ、しね」

アママイコ「そーだよ? ホント、ごはんって大事だよ。その点エクリプスって凄いよね。あんなおいしい料理、打ち上げですら食べた事ないのにそれが日常なんだよ?

       あたし、料理習おっかな。この公演が終わったら、もう味わえなくなっちゃうかもしれないんだし」

アシマリ「それがいいよ! ルテーのみんなも、おいしい料理食べたら和むと思うよ?」

アママイコ「だよね! あの味は世界を救うよ、ホント。

       あ、もしかしてだから世界救えたの? エクリプスって」

ニャヒート「うん、それは違うかな」

アママイコ「むー」


頬を膨らませてみせるアママイコ。

ニャヒートがあざといぞ、そういうのはホントに好きなポケモンの前だけにしとけとツッコみ、オイラは愕然とニャヒートを見詰めた。
 ▼ 282 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:38:30 ID:0e8Z7aUk [20/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート「何、どうかした?」

アシマリ「いや、れ、恋愛っぽい話出来るんだ……」

ニャヒート「別にあたし、鈍感じゃないから。アママイコとは違ってね」

アママイコ「あたしリーフガードなんだけどなぁ……」

ニャヒート「一般論。アママイコって「どんかん」なのが多いって聞いたから」

アママイコ「ああ、そういう。まあ、確かにそうだね。お母さんも、アママイコ時代はどんかんだった」
 ▼ 283 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:39:17 ID:0e8Z7aUk [21/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「ちょ、ご、ごめん付いてけない」

ニャヒート「いわゆる恋バナって奴ね。サーカスにしか興味がないあたしだけど、話すぐらい♀の本能で出来る」

アママイコ「え、それはちがくない? 恋バナって誰が誰を好きって話でしょ」

アシ・ヒート「アママイコが(あんたが)モクローを好き、みたいな?」

アママイコ「っっ〜〜っ!」


アママイコが、見ているこっちも恥ずかしくなるぐらい顔を赤らめた。

けれど、オイラたちは続けてからかう。


アシマリ「バレバレだよ、ハッキリ言って。当のモクロー以外」

ニャヒート「今は恋愛沙汰なんてどーでもいいから気にしてないのにそれでもわかるぐらい」

アママイコ「ふええっ?!」

アシマリ「ニャヒートにも気付かれてるんじゃ、モクロー以外はたぶんみんな気付いてるだろうね」

アママイコ「」

ニャヒート「どういう意味よ、それ。あたしを異常みたいに」

アシマリ「気にしない気にしない! ほら、みんな待ってるし、速く行こ!」
 ▼ 284 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:39:54 ID:0e8Z7aUk [22/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ごはんを食べながら、ついモクローとアママイコの顔を見てニヤついてしまう。

これからどうなっていくのか、見物だ。

もしかしたら、これをきっかけに、アママイコもエクリプスに加わってくれるかもしれない。

そうなったら、オイラは凄く嬉しい。


モクロー「どうしたの、アシマリ。その顔気持ち悪いよ?」

アシマリ「へ? そう?」

モクロー「ニヤニヤして僕の事見ないでよ」

アシマリ「ごめんごめん」

モクロー「ま、いいけどさ」


やっぱり、モクローは気付いていないらしい。

オイラが、アママイコの事も見ていたという事実に。

そういえば、モクローってアママイコの事をどう思ってるんだろう。

尋ねようとしたけれど、これは聞いちゃ野暮かな、と考え直し、オイラは言葉をごはんと一緒に呑み込んだ。
 ▼ 285 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:40:42 ID:0e8Z7aUk [23/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
46-◇16

アシマリ、どうしたんだろう。

僕の事をニヤニヤ眺めて来て。

ついでに、アママイコの方も眺めていた。それにはさすがに気付いた。

もしかすると、アシマリは、今の僕の微妙な感情に気付いているのかもしれない。

淡い、恋心にも似た感情に。

僕は、もう認めていた。

今の自分は、恋愛感情を持っている。

けれど、それを事実として消化する事と、受け入れる事はまた別で、僕はまだ、どうせこの感情は一過性のものだと楽観していた。

思わず厳しく遠ざけてしまったけれど、露骨に悲しそうな面持ちで「ごめんごめん」と言われると、僕としても許すしかない。

元々そんなに気持ち悪くはないのだ。むしろ微笑ましくすらある。

半ば親バカに近い感情なのかもしれないけれど。

落ち込むアシマリを宥めてから、僕は絶品グルメをお腹に詰め込んだ。
 ▼ 286 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:41:41 ID:0e8Z7aUk [24/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒートの練習に、僕も付き合う事にした。

どうせ、僕の役目は普段と何も変わらない。

それなら僕も、ニャヒートの手伝いをしようと思った。

それがルテー説得の最大の近道になるのは、間違いないから。

アシマリも当然一緒に練習するから、そこにいるのは3匹だけだ。

ニャヒートも、別段僕の事を拒みはしなかった。まあ、歓迎こそされなかったけれど。

たぶん、この事件は、ニャヒートを相当変えている。進化というのも一つの契機になったのかもしれない。

ただ、彼女は周りに心を開きつつある。そんな気がした。

僕がこうやって練習を見る事が出来る事自体、その証拠だ。

彼女は、誰かに見られる事を好まなかった。

だから朝早く練習し、全体練習をふけて個人練習し、夜に練習する。

それが今では、僕なんかがそれを見ている状態をよしとしているのだ。

進歩かどうかはわからない。けれど、間違いなく、ニャヒートは変わり続けている。
 ▼ 287 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:44:59 ID:0e8Z7aUk [25/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒートが空を舞う。

バランスを崩すと言ってた割に、確実にブランコにぶら下がってるじゃん。

そういうと、アシマリは「そりゃ相当練習してたからね。あんだけ練習したら、ニャヒートだもん、出来ない訳ないよ」と返して来た。


モクロー「凄いよね、ニャヒートは。僕は、ニャヒートが成功させる前提で、少しでも説得の確率をあげるように頑張ってる訳だけど、それもこれも、全部ニャヒートにかかってる。

      その重圧を跳ね除けて、進化のデメリットも跳ね除けて。僕なんか、サーカスに、どんだけ打ち込めてるんだろって」
 ▼ 288 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:46:01 ID:0e8Z7aUk [26/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
自虐的に笑うと、アシマリは怒ったような顔になって言った。


アシマリ「モクロー、それは違うよ。みんな、それぞれに向き合い方があるんだから」

モクロー「それはわかってるつもり。だけど――わからないんだ。僕は、本当に、サーカスと向き合いたいのか」

アシマリ「……えっ?」

モクロー「もう、アシマリは、僕がいなくても大丈夫でしょ?」

アシマリ「え、も、モクロー、どういう……」

モクロー「……言ってみただけだよ。心配しないで。やめるつもりはないから」


そう言うと、アシマリは露骨にホッとした表情を浮かべた。

僕は、くるりと首を1週回して、気持ちを切り替えた。


モクロー「そんな事より、練習だよね」

アシマリ「うん!」
 ▼ 289 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:46:36 ID:0e8Z7aUk [27/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そうは言っても、アシマリに関してはいつもと何も変わらない訳で、心配事は何もない。

だから、本当に、問題になるのはニャヒート。

飛行タイプを活かしてニャヒートのジャンプを僕は間近で見る事にした。

と言っても、近付き過ぎると今度は炎技を食らいかねない。効果は抜群。あまりありがたい話ではない。

けれど、まあそこまで近付く必要もなし、僕は空中からニャヒートのジャンプを分析し始めた。

まず、回転がない。すぐにわかるのは、それだ。

けれど、バランス感覚を完全に掴んでからでないとこちらの練習に移行するのは厳しい。

だから、そこは置いておく。後6日、ニャヒートならきっと、そこまで辿り着く。

次に気が付くのは、やはり、迫力のある炎だろうか。

光に照らされて輝く炎は、ニャビー時代よりなお、力を得ている。

けれど、残念な事にというか、ニャビー時代の軽やかさは消えている。

当時のニャビーは、それこそ飛んでいるようだった。実際に飛べる僕だからわかる。彼女は、本当に飛んでいた。

今は、跳んでいる、と言うべきか。どうしても、重みを増した体は、軽やかと言う言葉からは離れてしまう。

もっとも、それは仕方のない事であり、ニャヒートは恐らく、その先へ進む。

軽やかに、が無理なら力強くへ。もしかしたら僕の知らない他の可能性もあるかもしれないけれど、きっと、ニャヒートは何かを確立する。
 ▼ 290 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:47:36 ID:0e8Z7aUk [28/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そしてその時、真の説得は完成する。ガオガエンの教育を超えた所で、成し遂げたニャヒート。この絵を見せれば、ガオガエンには完全勝利出来る。

そしてそうなると――そうなると、どうなるんだろう。

当然のように和解出来ると考えていたが、本当に出来るだろうか。

完全に勝ってしまった時、ガオガエンは本当に、純粋に妹の成長を喜ぶだけで済むだろうか。

きっと、大丈夫だろう。僕は、そう信じる。

アシマリも、ニャヒートも。2匹は本物だ。そして、本物には力が宿る。有無を言わせぬ説得力のある力が。

それはきっと、ガオガエンにも届くはず。

とにかくだから、ニャヒートの課題は、新たなスタイルを確立する事だ。

そして恐らく、そのぐらいはニャヒートも気付いている。

僕は、その先を考えなければならない。考えるのは、僕の仕事だ。
 ▼ 291 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:48:10 ID:0e8Z7aUk [29/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート「飛びながら首回さないでよ、ただただ怖い。主にあんたの首が千切れそうって意味で」


ぶら下がりながら言うニャヒート。

そういえばそうだ、ごめんと謝って、僕は地上に降り立ち、そして考えた。

力強さを演出するには、やっぱり相応のモーションが必要だろう。

炎だけなら、炎タイプであれば――炎技を覚えるポケモンでさえあれば炎タイプでなくても――誰でも可能だ。

やはりそこに、ニャヒートらしさをプラスしなければならない。

ニャヒートは恐らく、ニャビーの技術もと欲張ろうとしている。

それはそれで間違いと言い切れはしないし、出来るに越した事はないのかもしれないが、どう考えても間に合わない。

ニャヒートの力強さを押し出していくのが正解だ。

観客が求めるものは、ニャビーとニャヒートでは変わってしまう。

ニャヒートに求められるのは、やはりニャヒートならではのものだろう。
 ▼ 292 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:48:58 ID:0e8Z7aUk [30/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そうやって狙いを定めた所で、次は「どうやってそれを達成するか」だ。

力強いパフォーマンス、となるとぐるりと回転するにしても――相手にダメージを与えるような、例えるなら「かえんぐるま」だ。

残念ながら、ニャビー一族は覚えないようだけれど、技の感覚に例えると少しはわかりやすいかもしれない。

本当に、ニャヒートがかえんぐるまを習得しないのが悔やまれる。
 ▼ 293 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:49:28 ID:0e8Z7aUk [31/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
モクロー「ニャヒート! ちょっといい?」

ニャヒート「何?」

アシマリ「モクローどうしたの?」

モクロー「ニャヒート、僕からアドバイス! ニャビーのパフォーマンスに拘ってちゃ駄目!

      進化したら、求められる技術も変わって来る!」

ニャヒート「わかってるけどそのぐらい」


ニャヒートがブランコの上から叫ぶ。けれど、僕は負けじと叫んだ。


モクロー「わかってるだろうとは思ったけど、でも一応! イメージは、『かえんぐるま』だよ! 力強さと技術を兼ね備えた――ニャヒートが覚えないのは知ってるけどイメージは!」

ニャヒート「かえん……ぐるま」


ニャヒートがポツリと呟いたのを僕の耳は拾った。

そう。その要領だ。どうして炎タイプなのにニャヒートが覚えないのか……。僕は小さくため息を吐いた。


ニャヒート「ありがとう! イメージつかめたかも!」

モクロー「どういたしまして!」
 ▼ 294 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:50:03 ID:0e8Z7aUk [32/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒートは地面に降り立ち、そして跳んだ。

そのままくるっと周り――背中を強打した。


アシマリ「だ、大丈夫?!」

ニャヒート「このぐらい余裕よ。回る練習も、別件でやった方がいいかなって。

       回る練習、飛ぶ練習を一旦切り離して、まずは『出来る』って状態に持って来たいの」

モクロー「うん、それの方がいい。こっちで出来ないのに、空中で出来るはずないし」

ニャヒート「別にそうとも限らないけどさ。多少回転が足りなくても空中なら前脚伸ばせばなんとかなるし。いてて……」

アシマリ「無理しないでね」

ニャヒート「もちろんよ。体調管理は何よりも大事だし」


そういうと、ニャヒートは再び宙返りの練習を始めた。

アシマリも、少し遠くにバルーンを創り出し、その中に潜り込んで練習を始めた。

僕は、心の中でそれを実況する。

どこをどう強調すれば、皆の心に響くのか。

その試行錯誤を重ねていく。
 ▼ 295 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:50:55 ID:0e8Z7aUk [33/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒートが炎を纏い、そして、跳躍する。

炎が煌めいて、飛び散った。

練習の時はエーフィたちのライトがなく、その炎の灯りが薄暗くなったこの空間によく映えた。

ニャビー時代もライトは「つきのひかり」だけの弱い物だったけれど、もしかすると、それすらも必要ないかもしれない。

むしろ、炎とニャヒートの力強さは、何もない舞台でこそ輝くのではないだろうか。


モクロー「そうだ。ライトはカットだな」


魅せ方を考えるのは団長の役目だけれど、それでも僕だってそちらには絡むべきだ。

ニャヒートを魅せる。それだけに専念して。

今回の事件に関して言えば、ニャヒートだけを専属で見られるポケモンがいた方が、絶対にいい。

ニャヒートは、今度は尻もちをつく。痛むお尻を少しさすって、再び取り掛かる。

僕に出来るのは、演出まで。そこから先は、ニャヒート自身の頑張りだ。

何も言わなくても、彼女は呼吸するように頑張るのだろうけれど、それでも、願わずにはいられない。

――どうか、ニャヒートが成功しますように。
 ▼ 296 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:52:18 ID:0e8Z7aUk [34/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は練習を切り上げ、団長に掛け合っていた。


フーディン「ニャヒート専属の、演出担当か」

モクロー「間違いなく、ルテー説得と、合同公演の成功はニャヒートにかかってます。

      団長、アマージョと話し合い、してください。全体を決めるのは、両サイドの意見をすり合わせないといけない」

フーディン「え、ちょおまっ……」
 ▼ 297 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:53:08 ID:0e8Z7aUk [35/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
モクロー「大丈夫です。ニャヒートは舞台のラストを単独で締めるんですから。どこでも、成功すればよかったんですけど、どうせなら最もドラマチックに魅せないと」

フーディン「いやでも……俺とアマージョを話させる?」

モクロー「はい。団長、自分で思ってるよりあがり症なんかじゃないと思いますよ。だって、世界の一大事って時に、ちゃんとリーダーシップ、取れてたじゃないですか」

フーディン「いや、あの時はお前らが消えて、必死で――」

モクロー「その意気です。必死にやれば、怖い事なんて何もないでしょ?

      世界の危機を前に、乗り越えたんですから」

フーディン「……はぁ、俺の歳の、まだ半分ぐらいの奴にこんな励まし方されるとはな……。

       わかったよ、やればいいんだろ! 俺がやるしかないんだから……」

モクロー「はい! 団長もちゃんとしないとダメです」

フーディン「はぁ……大丈夫かなぁ、俺」


そう言って、団長は頭を掻いた。


モクロー「ところで、ニャヒートの演出を考えたんですけど――」
 ▼ 298 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:54:04 ID:0e8Z7aUk [36/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「ふいー! 終わったー!」

ブラッキー「料理作りたいって言ってたよね」

アママイコ「はい!」

ブラッキー「明日、早起き出来る?」

アママイコ「はい!」

モクロー「ブラッキー、アママイコ、どうしたの?」

アママイコ「うわっ、モクロー!」


驚いたようにこちらに目を向けるアママイコ。僕は慌てて目を逸らし掛け、それじゃ失礼だと思い至り開き直って首を1周させた。


モクロー「もしかして、料理の練習?」

アママイコ「うん。ブラッキーの手伝いに、少しでもなればなって」

ブラッキー「アママイコ、別に悪くないよ筋は。練習すればすぐ上達すると思う」

エーフィ「ま、あんたほどにはなれないだろうけど」

モク・マイコ「うわっ!」
 ▼ 299 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:54:54 ID:0e8Z7aUk [37/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ブラッキー「いきなり話しかけないでよ。2匹がビックリしてるじゃん」

エーフィ「ごめんごめん。でも、アママイコ? 胃袋を本気で掴みたいなら、大変だよ? 何しろ、ブラッキーレベルの料理は、そう簡単には作れないから。

      あたしは料理の才能全部こいつに取られたらしくって、もうさっぱりだけど、これだけはわかる。

      ブラッキー、天才だから。もう、ただのポケモンは、死ぬ気で努力してもどうにもならないと思う」

アママイコ「えー……」

エーフィ「ま、普通に旨い料理目指すだけなら、ブラッキーに教わればすぐだよ」

ブラッキー「お姉ちゃん、アママイコが委縮するからやめて」

エーフィ「え? ああ、ごめんごめん。あたしってホント、弟バカだよね。

      アママイコ、頑張ってね」
 ▼ 300 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:55:35 ID:0e8Z7aUk [38/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
エーフィも、僕を見て、それから少し、ニヤついた気がした。

どうも、僕のこの微妙な感情は、もう知れ渡っているらしい。


ブラッキー「じゃあ、明日も早いから。手伝いたいなら、早寝して」

アママイコ「はーい!」

モクロー「僕も寝るよ。明日の朝練にも付き合いたいし。アシマリたちの」

アママイコ「じゃ、あたしと一緒だね! 頑張ろう!」


その弾ける笑顔に、僕は、駄目だった。
 ▼ 301 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:56:29 ID:0e8Z7aUk [39/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
布団の中で、悶々として過ごす。

どうしてだろう。かわいいと感じてしまう。

瞼を閉じると、その顔が浮かんでしまう。

いよいよ重症だ。

眠りが訪れるまで、僕はずっと、ゴロゴロと、自分を持て余しながら考えていた。

僕は、どうなりたいのだろう。

アママイコに恋をして、何かが変わるのだろう。

けれど、何が、どう変わるのか。予想も出来なかった。

きっと、この1週間で――もう2日も消費された訳だけれど――すべてハッキリするだろう。

そんな予感だけは確かにあるのだけれど――
 ▼ 302 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:57:23 ID:0e8Z7aUk [40/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
47-△16

こうか? いや、違う――

「かえんぐるま」自体は覚えられないあたしだけど、その感覚、そしてイメージはなんとなく理解出来る。

それを習得すべく、まずは普通の宙返りから始めていた。

背中を強打する事は次第になくなって行き、数十回も跳んだ辺りであたしは完全に宙返りを習得していた。

実はニャビー時代にも、陸上での宙返りは成功させた事がなかったりする。回り過ぎてしまっていたのだ、いつも。

それが、ピッタリ1周。ハハ、とあたしは自嘲的な笑いをこぼした。

宙返り自体は会得しても、今度はそれを空中で、しかも炎を吐き出しながら――口からでもないのに吐くという表現はいかがなものかとは思うが――しなければならない。

そして、回転を加えてしまうと、炎を下だけに向けて発射できなくなってしまうという問題も発生する。

これだけは、何度も試行錯誤して、上手い強弱の具合をつかみ取らなければならない。

火力を全体的に強めた上で、上よりも下向きの力をより強める。

そうすればバランスは取れるだろう。
 ▼ 303 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:58:02 ID:0e8Z7aUk [41/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
けれど、そう何度もは強力な炎を作れない。

アシマリのバルーンは技じゃなく生体の一部だから何度でも使えるが、あたしの炎は技由来。

しかもいちいち「ひのこ」をより強めなければならないのだ。本来の「ひのこ」のPPよりも、使える回数は限られてしまう。

ヒメリの実が足りない。明日、団長に調達してきてもらうとしよう。

眠れば――技「ねむる」によらない普通の睡眠でないといけないが――PPは回復する。だから、今は思いっきり試そう。

そう決意し、あたしは踏切台を踏み抜いた。
 ▼ 304 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 12:58:33 ID:0e8Z7aUk [42/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
体に炎を纏うのは、簡単だ。油にまみれたあたしの体は、少し火を付けるだけで簡単に燃え上がる。

消すのは……まあ、簡単だ。どうやっているのか意識したら、それこそムカデのダンスだ。でもムカデってなんだろう……。

と、どうでもいい事をぼんやり思い浮かべているのは、まあ、結論から言うと失敗したからである。

クルリと回る、その事に意識を取られ、炎を吐き出す力を全体的に強める、という動作を忘れていたのだ。

下と比べ、少し上向きの炎を弱めただけでは、結局打ち消し合って、あたしの体は落ちていく。

そんな状況の中、こんなどうでもいいような事を考えられる程度には、あたしは落下に慣れた。

まだ消えないバルーンに受け止められ、思う。

そろそろ時間だ。寝ないと、力は回復出来ない。睡眠は、万病に効くし、寝ないと。

体調不良でパフォーマンスを見せられないとか、笑い話にもならない。

月光の照らす中、あたしはひとつあくびをし、布団へと向かった。
 ▼ 305 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 13:00:03 ID:0e8Z7aUk [43/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
48-○16

目を覚まして、オイラはニャヒートが練習しているであろう場所に向かった。

当然のようにそこで練習しているニャヒート。本当に、いつ眠っているのだろう。

ごはんの時を除いてずっとここにいるような気がする。

オイラも負けじとバルーンを創っては壊し、創っては壊す。

ニャヒートは、纏う炎を力強く演出しようとしていた。

具体的には、ただ火力を上げているだけ。

もちろん、強弱の差を付けるための練習だろう。

上手く飛ぶには、そこが重要になる。

きっと間に合う。こう期待するしかない。
 ▼ 306 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 13:01:18 ID:0e8Z7aUk [44/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
49-◇17

ただ、ニャヒートの演出プランを練って行く。

その炎の力強さを、確かに引き立てるために。

今は、僕のサーカスに対する心構えうんぬんはどうでもいいのだ。

アママイコへの恋慕も、合同公演が終わってから考えればいい。

そう割り切ってしまった。

割り切りでもしないと、今の僕は、思考の世界に潜り込んで、帰って来られなくなる。

もう、謎は、全部解かれたのだ。僕の出番は、そこにない。

熱意が足りなかろうと、アママイコに気を取られようと、僕は、僕なりに、この事件と向き合うしかないんだ。
 ▼ 307 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 13:02:03 ID:0e8Z7aUk [45/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
50-△17

必死で練習する。

強弱。迫力。その辺のコントロールは、大分精密に出来るようになって来た。

ある程度は感覚も掴めてきたと言える。

けれど、まだ足りない。

本番、確実に成功するために、あたしは、練習するしかない。
 ▼ 308 断◆J44kAZeDOM 17/01/08 13:02:56 ID:0e8Z7aUk [46/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
51-○17

一日を、そうやって過ごしていく。

各々の――オイラはそこに含まれていないけれど――の課題もこの2、3日で浮き彫りになっている。

ニャヒートは、感覚をものにする事。

モクローは、ニャヒートの演出を考える事。

エクリプス全体としては、楽しさを伝えるパフォーマンスを身に付ける事。

そうやって目標を、そしてすべてを決定してしまうと、後はもう、一直線に練習するだけだ。

葛藤も、何もない4日間。けれど、オイラたちにとって、最も密度の濃い4日間。

そんな時を、オイラたちは過ごした。

アママイコとモクローの関係の進展だけが気になるタネだったのだが、2匹は、急速に接近して行った。

そろそろ互いに好きだと気付いているだろうか。

オイラはそれをニヤニヤ眺めたりしながら、それでも合同公演に向けて気持ちを引き締めていた。


――そして、合同公演、初演の日。
 ▼ 309 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:11:10 ID:0e8Z7aUk [47/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







52 エクリプス・ルテー 合同公演






 ▼ 310 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:12:23 ID:0e8Z7aUk [48/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
52-○18

とうとう、この日がやって来た。

オイラたちは、緊張した足取りで、ルテーのテントへと向かう。

設備が向こうの方がいいらしく、場所に拘りがある訳でもないオイラたちは、特に抗う事なくルテーを会場とする事に同意した。

そして、今、ぞろぞろとつれたって歩いている、という訳だ。


アシマリ「ヤバい、緊張してきた」

モクロー「アシマリは大丈夫。いつも通りやるだけだよ」

アシマリ「わかってるんだけど……こんな緊張、初めてで、オイラ、どうしたらいいか……」

モクロー「手……なのかな? 前脚だか手だかに『P』って3回書いて呑み込むといいよ」

アシマリ「P?」

モクロー「ポケモンのP」

アシマリ「ああ、そういう……」


観客を飲み込んでしまえば、緊張する必要もない、って事だろう。
 ▼ 311 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:12:57 ID:0e8Z7aUk [49/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
モクロー「大丈夫だって。世界がかかったサーカスでその重圧を跳ね除けて、しかも僕にメッセージまで伝えてくれたんだよ?

      君なら絶対大丈夫だから」

アシマリ「うん、わかってるよ。オイラより、もっと緊張してるはずのニャヒートが普段通りなんだし、オイラも頑張らないと」

モクロー「だね。でも、ホントに凄いよね、ニャヒート」

アシマリ「……練習して来たから。まだ、成功率は半々ぐらいだけど」


結局、ニャヒートは、この1週間で、自らの体を、完全にはものにしていなかった。

成功率は、だいたい50%。

成功した時は、ニャビー時代よりも力強く、それでいてしっかりとテクニックも映える、例えて言うならドデカバシのような重量感のある飛び方を可能にしていた。

しかし、駄目な時は、一度目のジャンプで落下する。

逆に、一度目さえ乗り越えれば、後の感覚は掴めるらしい。

階段を昇る、その時間にも消えていく感覚との戦いなのだ。

――加えて、ニャヒートのパフォーマンスは公演のトリを飾る事になっている。今よりも、もっと確率は下がるだろう。

けれど、ニャヒートの顔は、いつもの公演の前と、なんら変わらない。

進化して、顔立ちこそ変わったが、彼女のきりりと真一文字に結んだ唇は、いつもの通りだ。
 ▼ 312 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:13:50 ID:0e8Z7aUk [50/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
公演前に、ルテーの器具に慣れるため、という名目で空中ブランコや火の輪くぐりその他器具を使う演目の練習時間が入る。

そして、直前のリハーサル。

それが、ニャヒートが感覚を確認出来る、最後の時間だ。

オイラは器具を使わないため、そこに加わる事はしない。だから、ニャヒートの練習は見られない。

ふぅ、とオイラは息を吐く。

どうなってしまうのか、オイラには予想も付かなかった。

ふとアママイコの方に視線を移す。

アママイコは、それでも笑顔を崩さず、メンバー数匹と会話している。

緊張をほぐそうとしているのだろうか。

実際、楽しげに談話する様子から、緊張はかけらも窺えなかった。

モクローは、オイラに釣られてアママイコを見て、そのまま見入ってしまったようだ。

ニヤニヤと「モクロー」と声を掛けると、モクローは慌てて首をこちらに向け、そして赤くなりながら「ちっ、違うよっ?!」と否定した。

それで、オイラの緊張は、ほどけてしまった。
 ▼ 313 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:14:41 ID:0e8Z7aUk [51/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ルテーのテントに辿り着いて、オイラたちは、ルテーのメンバー(ガオガエンを除く)との顔合わせを済ませた。

それから、アマージョの案内で、本番を行うテント、そして器具の場所や独自ルール(大したものがある訳じゃないけれど)の説明を受けた。

それから、器具に慣れる必要があるポケモンだけをそこに残し(屈強なポケモンもこちらにはいる。ニャヒートは、だから心配ない)オイラたちはリハまでの時間を待機する事になる。

が、モクローとダンチョーだけはアマージョに連れられて、司会の最終打ち合わせに行く事になった。


アママイコ「あー、モクロー行っちゃった」

アシマリ「まあ、司会となると、アマージョもだもんね。そりゃ、息を合わせなきゃ。で、なんだけどさアママイコ。

      ガオガエン、どこにいるの? 一回、見るだけ見ときたいんだ。ニャヒートの憧れが、どんなポケモンなのか」

アママイコ「え? まあいいけど。ついて来て」


オイラたちは、2匹連れたって――としようとすると、エーフィに気取られた。


エーフィ「あたしも連れてってよ。一応あなたたちよりも大人だし、いざとなったら味方は多いに越した事ないでしょ?」


特に断る理由もなく、オイラたちは3匹でガオガエンを一目見ようと足を進めた。
 ▼ 314 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:15:14 ID:0e8Z7aUk [52/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「ここよ。隠れてはいるけど、隠遁生活送ってる訳じゃないし、普通に厳しすぎるだけのコーチだったんだけど……」


そう言ってガオガエンの部屋を覗き込む。

そこに、ガオガエンは、いた。

横になって、目を閉じているが、恐らく眠ってはいない。

本番まで、自分が出演する訳でもないのに、体力を蓄えているような、そんな感じだ。

きっと、様々な光景が見られる訳だから、心を落ち着かせているのだろう。

と、机の上に、ニャヒートがニャビーだった時掛けていた「かわらずのいし」が置いてあるのが見えた。

進化、というのはニャヒート兄妹にとって死活問題。

あの石は、ある種の象徴だったのかもしれない。


アシマリ「ありがとう。もういいよ」


あれが、ニャヒートの憧れ。

そして、超えるべき、目標。

それだけを呑み込んで、オイラは皆が集まる場所へと戻って行った。
 ▼ 315 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:15:44 ID:0e8Z7aUk [53/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そして、リハーサルが始まる。

リハーサルと言っても軽い物で、全体の流れの再確認と、それから軽いウォーミングアップ程度の事しかしない。

結局、ニャヒートはぶら下がり、体のバランスを取るにとどめていた。

その様子だけを見るに、余裕さえ感じさせるような風格だったが、その内心はどうなのだろう。

そう考えはするけれど、考えるだけ無駄だ。どうせ、オイラに推理は出来ない。

きっと、成功するだろう。そう思いながら、ウォーミングアップを済ませた。

いよいよ、本番が始まる。
 ▼ 316 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:16:21 ID:0e8Z7aUk [54/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
オイラたちは、アマージョに先導されて、控えの場所へ向かった。

エーフィとブラッキーは別の、照明用の場所へ移動。アママイコは邪魔にならないようにとテントの外で待機するらしい。

モクローが、アマージョとの最終確認の成果を報告する。


モクロー「とりあえず、ルテーとは違うエクリプスに注目してくれ、ってのだけ押して来た」

ニャヒート「ナイス。アシマリ、みんなを惹き付ける役、お願いね」

アシマリ「合点!」

ニャヒート「後は、あたしがやる。みんな、あたしの、お兄ちゃんへの想いに、ここまで付き合ってくれてありがとう」

モクロー「まだだよ。まだ終わってない」


ニャヒートは小さく笑い、そして続けた。「それもそうね」
 ▼ 317 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:16:59 ID:0e8Z7aUk [55/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「でも、モクローの場合、アママイコのためってのも大きそうだけど」


ふと思い立って、カマを掛けてみた。

元々の意味合いは、アマージョの説得だ。そこに、ニャヒート、ガオガエンの過去が絡み、より複雑になっているだけで。

普段のモクローなら、オイラでもわかるぐらいのこんな事実を見落とす訳がないのだけれど。


モクロー「え、ええっ?!」


見事に顔を真っ赤にして、慌てて首をぶんぶん横に振るのだけれど、モクローがそれをするとシャレにならないというかなんというか……。

本当に首が取れないか心配になってくる。


ニャヒート「こら。今は本番前。余計な事言うなっての」

アシマリ「てへへ……。まあ、心配しないで。両想いだよ。モクロー、アママイコからの矢印には気付いて無さそうだけど」

モクロー「えっ」

アシマリ「このサーカスが終わって、説得が上手く行ったら、アママイコに告白したら?」

モクロー「……だね。ありがとアシマリ。うん、そうだ。悩んだって仕方ない。恋ってのは誰でも起こる感情なんだしぶつぶつ……」
 ▼ 318 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:17:38 ID:0e8Z7aUk [56/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート「ねえ、モクロー考え込んじゃったんだけどどうしてくれるの」

アシマリ「まあ、大丈夫だって。モクローは強いから。それにさ……恋ってのは、スッキリさせちゃった方が、集中出来ると思うよ。

      吹っ切って頑張ろうとはしてたけど、モクロー、絶対気取られてたもん」

ニャヒート「とは言ってもさぁ……」

アシマリ「モクローさ、いろいろ悩んでるんだよ。だったら、それを上書きして、それから消すのが一番いいと思ってさ」

モクロー「そんな事考えてたの?!」

アシマリ「あっ、モクロー。ごめん、今考えた」

モクロー「今……でも結構凄いけど。うん。確かにもう、うだうだした悩みは忘れられたかも。ありがと、アシマリ」

アシマリ「どういたしまして」

ニャヒート「……結果オーライって奴? ま、いいけど」


そうやってニャヒートが呟いたのを最後に、オイラたちはステージへと目を向けた。

アマージョが、ライトに照らされたからだ。


アマージョ「ご来場の皆さま、本日は、お集まりくださり、誠にありがとうございます!」
 ▼ 319 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:18:12 ID:0e8Z7aUk [57/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アマージョの司会は、こう続いて行く。

――この度は、私たちルテーと、世界を救ったと名高いエクリプスによる合同公演が実現致しました。

2つの物が交わり、重なった時に生まれる化学反応を、とくとご覧あれ。


アシマリ「あれ……」

モクロー「うん。2匹で考えたんだけど、交わって成長ってワードだけは絶対入れたくて」

ニャヒート「来るよ、アシマリ」


アマージョが、大勢の観客に向かって声を張り上げた。


アマージョ「それでは、まずはエクリプスのムードメーカー、アシマリの登場です!」


オイラは、ひとつ息を吸った。

ライトが落ちる。

出番だ。
 ▼ 320 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:19:02 ID:0e8Z7aUk [58/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
舞台上に出て行ったタイミングで、エーフィの「あさのひざし」がオイラを再び照らした。

オイラはまず、バルーンを創り出す。

小さくて、そして割れないタイプの物だ。

それに、オイラは飛びのって、トランポリンの要領で高く飛んだ。

空中でオイラは、鼻からバルーンを――オイラよりもかなり大きめな、割れるタイプのバルーンを飛ばし、その中に入り込む。

エーフィが放つ光がバルーンを乱反射し、幻想的な光景を生み出す。

オイラは、一気にバルーンを突き破り、水飛沫を浴びながら、下にトランポリンバルーンを創って、それに着地し、そこからさらに飛び跳ね、そして着地を決めた。

フィニッシュ。光と水が、虹を生み出して、観客の口から、歓声があがるのを聞いた。

成功だ。少なくとも、オイラは。

照明が消え、オイラは、急いで舞台袖へとはける。
 ▼ 321 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:19:56 ID:0e8Z7aUk [59/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「よしっ」

ニャヒート「お疲れ様」


モクローは、次の司会に向け、もうここから消えていた。

オイラの役目は、ここで終わり。

後は、ニャヒート次第だ。


ニャヒート「うん。あたしも、頑張るから。そんな顔しないで。あんたがそんなだと、変な緊張する」

アシマリ「え、オイラどんな顔だった?」

ニャヒート「いやに真剣。あんたは、楽しそうに笑ってよ。それがあんたなんだから」

アシマリ「え、と。わかった」
 ▼ 322 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:20:30 ID:0e8Z7aUk [60/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
言われて、自分の頬が強張っていた事に気付く。

パフォーマンスをしている時は大丈夫だっただろうか。そう確認すると、そこは心配ないと返された。

まあ、それならよしとしよう。

そう決めて、オイラは、口角を持ち上げた。


アシマリ「だよね。ニャヒートなら、乗り越えるもん!」

ニャヒート「声が漏れたらどうすんの。静かに」

アシマリ「あ、ごめん……」
 ▼ 323 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:21:22 ID:0e8Z7aUk [61/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
そこからも、次々と公演は進んで行った。

モクロー、アマージョの司会の下、エーフィやブラッキー、ルテーの照明係に照らされて、未だかつて見た事ない程の素晴らしい物だった。

技術のルテー。心のエクリプス。

その対比は、くっきりと浮かび上がっている。けれど、決して、エクリプスは、ルテーに見劣りしていない。

残念ながらというか喜ぶべき事なのか、その実力は拮抗し、オイラたちの言葉に確かな説得力を与える「勝利」という形にはなっていないのだけれど。

それでも、もともとエクリプスは三流サーカス団だった。

あの事件以来、正確にはモクローの見事な説得以来、やる気を出し始め、世界を救うに至った訳だけれど、それでもやはり、ルテーの公演を初めて見た時はどうしても見劣りを感じていた。

隣の芝が青かったのは、たぶん、見間違いじゃない。

それが、今では、拮抗と呼べるレベルに到達したのだ。
 ▼ 324 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:21:58 ID:0e8Z7aUk [62/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
オイラは、ニャヒートを目標に、がむしゃらに練習しているだけだ。

けれど、みんなも、相応の努力をしているのだ。

オイラは、純粋に、感動していた。

「心」を持ったエクリプスのパフォーマンスは、決して、技術で及ばないルテーのパフォーマンスに見劣りしないのだ。

これなら、きっと。

オイラは、ニャヒートを振り向く。

ニャヒートの顔に、笑みが浮かんでいた。


ニャヒート「みんな、やれば出来るんじゃない……」
 ▼ 325 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:23:03 ID:0e8Z7aUk [63/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
オイラは、気付いていた。

ニャヒートは、孤独だった。目標はあまりに遠く、背後には誰もいない。そんな状況の中で、どうしようもなく孤独だった。

だったらせめて、すぐ後ろで追いかけて、孤独を埋めたい。そう思っていた。

けれど、サーカスに打ち込むべきなのは、オイラだけじゃない。

オイラたちは、みんなでサーカス団エクリプスなんだって、ホントは、気付いてたはずなのに。

それでもオイラは、ニャヒートに認められたのをいい事に、1匹でニャヒートの孤独に立ち向かおうとしていた。

そう。ニャヒートは、もう孤独じゃない。それがどうしようもなくわかった。


ニャヒート「あたしも、やるよ。みんな、あたしとアママイコのために、ここまでしてくれたんだから」

アシマリ「その意気だよ、ニャヒート」

ニャヒート「ふぅ。……よし」


ニャヒートの顔が、きりりと引き締まる。

奇しくも、タイミングは、ルテー最後のポケモンのパフォーマンスが終わり、ライトが落ちたタイミング。

舞台は整った。頑張れ、ニャヒート!


モクロー「それでは、最後の演目となります、ニャヒートによる空中ブランコ!」
 ▼ 326 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:24:11 ID:0e8Z7aUk [64/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒートが、その炎が、照明を浴びないままに、突如浮かび上がる。

オイラは、思わず息を呑んだ。

ニャヒートのパフォーマンスは、オイラは練習で散々見て来た。

そして、オイラは知っていた。ニャヒートは、いや、ニャビーは、練習の方がいきいきしていた。

あの事件以来、その傾向は丸くなったとはいえ、それでもまだ、残り続けた。

本番。ニャヒートは、階段を昇り、踏切台を踏み抜く。

軽やかに――そう表現するより他に、オイラはなんと言っていいのか知らない――飛んだ。

練習で、ここまで綺麗に飛べた事があっただろうか。

そんなオイラの疑問を意にも介さないニャヒートはそして、その身の炎を掻き消し、ブランコを掴んだ。

ブラッキーの、弱めの「つきのひかり」がニャヒートを照らす。それは、淡く、消え入りそうな世界観を演出していた。

けれど、これは、恐らく伏線だ。力強さを演出するための。

舞台と言う物を把握して、それを最大限利用したパフォーマンス。

モクローが考えた演出だというが、さすがだと言わざるを得ない。

成功した時のインパクトは、物凄い事になる。

そして、最高に調子のいいニャヒート。行ける。オイラは、確信を深めた。
 ▼ 327 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:24:50 ID:0e8Z7aUk [65/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒートが、勢いの付いたブランコから手を離し、飛んだ。

その体から、澄んだ音が鳴る。

一瞬の静寂の後、ニャヒートの体は炎を纏い、ライトがそれと共に消えた。

下へ向かって放出される炎が、ニャヒートの体を上方へと持ち上げる。

そして、ニャヒートは、ブランコにぶら下がった。

成功だ。

鬼門の、最初のジャンプを乗り越えた。

オイラは、心の中で快哉を叫んだ。

そして、同時に、オイラの心は、思い出せと叫んだ。

そう。やっと、やっとオイラは思い出すのだろう。忘却の彼方へと押しやられた、オイラの原点を。
 ▼ 328 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:25:20 ID:0e8Z7aUk [66/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――

オイラの目には、ある1匹のポケモン――ニャヒートの姿が映る。

今、この世界に、オイラとニャヒート以外の存在はない。

そのニャヒートが、空を舞う。それ以外の物は、オイラの視界から、完全に消えていた。

纏う炎は、控えめな光に照らされて、飛び散る火の粉が煌めきを帯びる。

くるりくるりと空を舞い、そのポケモンは、あたかもそこが陸の上であるかのように、美しいパフォーマンスをしていた。

しかし、ニャヒートは、尻尾を滑らせる。

巻き付ける、その尾が、上手くブランコを捉えなかったのだ。

そのポケモンは、そのままの勢いで、落下した。

酷くスローに、その光景は映った。
 ▼ 329 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:25:59 ID:0e8Z7aUk [67/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
喧噪が、オイラとニャヒートを追い越していく。

ざわめく観客。慌てる団員たち。

そんな中、ニャヒートは、自らの4つ足で、すっくと立ちあがり、舞台袖へと消えた。

オイラは、射すくめられたように、それこそ「かげぬい」を食らったように、動けなかった。

どこまでも気高いその姿は、オイラの目に、ただただ、美しく映った。

オイラの口は、何やら訳のわからない事を呟く。

震えていた。

ステージから歩き去ったニャヒートの、あまりの強さに、震えていた。
 ▼ 330 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:27:15 ID:0e8Z7aUk [68/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ(3)「凄いよ、パパ! ニャヒートが、すっごくかっこよかった!」

パパ「え、と……」


今思えば、どことなく予感のような物があったのだろうか。

負けても、逃げても、どうしても、ニャヒートの姿は気高くて、オイラはその姿に感動していた。


アシマリ「だって、凄いんだよ?! あんな高いとこからおっこちて、それでも強いんだもん!」

パパ「そうだな……」


オイラは、ニャヒートのカッコよさを語り続けた。

ただただ、オイラは、その姿に圧倒されていたのだ。

たじろぐ父親の事なんてオイラは全く気にしていなかった。









翌朝、パパは消えた。
 ▼ 331 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:28:11 ID:0e8Z7aUk [69/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
辺りに争った形跡はなく、ただ、オイラは、残されていた。

夜逃げ。借金のカタに、連れて行かれたのではないかとその後オイラを拾ったモクローに言われた。

当時のオイラは幼くて、そんな事理解出来なかった。

ハッキリ言うと、まだ現実の事のように呑み込めていない。

ただモクローから言われたからそう言っているだけで、オイラ自身は何もわからない。

完全に、記憶を後から改竄(ざん)している。その自覚はあるけれど、そこに答えがあればオイラには充分だった。

結局、パパの夜逃げから得られた物事は2つ。

サーカスへの執着と、モクローへの信頼だ。

結局、それからの事は、ほとんど覚えている。

モクローのお金で2匹ともある程度まで……モクローが10歳になるぐらいまで生活し、そこからはリンゴを売っての生活だ。

そんな中でも、オイラはサーカスへの憧れを隠さなかった。

それで、モクローがエクリプスのチケットを取ってくれたのだ。

本当に、感謝しかない。

けれど、オイラの原点は、やはり、ニャヒートだろう。

サーカス団ネメシーの、ニャヒートなのだ。
 ▼ 332 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:28:55 ID:0e8Z7aUk [70/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――

アシマリ「思い……出したぁ」


オイラは、ポツンと呟く。

やっぱりだ。

モクローは、全部正しい。

オイラも、それを見ていたのだ。

ネメシー。ニャヒート。失敗。その全て。

オイラとニャヒートは、同じ物に囚われ続けていたのだ。全くの、別ベクトルで。

これは、ある種の奇跡と言えるだろう。

――きっと、運命だ。オイラとニャヒートを結ぶ。
 ▼ 333 断◆J44kAZeDOM 17/01/08 18:29:32 ID:0e8Z7aUk [71/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒートは、空を舞う。

炎が照り輝き、闇を切り裂いて振り子の軌跡を描く。

自由自在。ニャヒートは、辿り着いた。

新たな境地に、辿り着いた。


アシマリ「おめでとう……ニャヒート」


そう、呟いていた。オイラが言うのもお門違いかもしれないけれど、ただ、そう、勝手に呟いていた。

ニャヒートがブランコを終え、舞台が闇に包まれる。

そして、モクロー、アマージョ、2匹の姿が照らされた。


モクロー「本日の公演はこれにて終了となります!」

アマージョ「ご来場くださり、誠にありがとうございました!」
 ▼ 334 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 19:38:40 ID:0e8Z7aUk [72/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







53〜59 決戦の夜






 ▼ 335 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 19:39:25 ID:0e8Z7aUk [73/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
53-◇18

終わった。ライトが点いて、観客たちが立ち上がるのが見えた。

僕とアマージョは、互いに顔を見合わせた。

笑いはしない。対決は、ここから。

僕にとって、本番は、ここからだ。


モクロー「素晴らしいパフォーマンスでしたね」

アマージョ「そうね」


観客を見送りながら、小声で会話する。

アマージョは、自制を続けているようだった。

最後の観客が帰り終わるまで、僕たちは、見送りを続けつつ会話を広げた。


モクロー「どちらも足りないものを補い合って、本当に化学反応を起こしてましたね」

アマージョ「そうね。で、あなたたちの狙いは何?」

モクロー「後で、後で説明します」
 ▼ 336 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 19:42:05 ID:0e8Z7aUk [74/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
観客が完全にはけ、僕たちも舞台袖に別れた。

アシマリが声を掛けて来るが、僕は今、それどころではない。

説得を完成させるには、外で待っているアママイコが必要だ。

アマージョの説得は、アママイコにしか出来ない。


モクロー「ガオガエンに、ニャヒートと話付けて来て!」

アシマリ「へ? わ、わかった!」


慌てたようにアシマリはニャヒートを見た。

ニャヒートは呆気にとられたような表情を浮かべていた。

僕は、チラリとそれを見やり、全速力で飛んだ。
 ▼ 337 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 19:42:37 ID:0e8Z7aUk [75/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「あっ、モクロー!」

モクロー「アママイコ! 終わったよ! 大成功だ!」

アママイコ「やったー! ねえ、これからどうなるの?」

モクロー「アマージョと話そう。サーカスは成功した。今が、一番だ」

アママイコ「了解! 行こう!」


僕はアママイコと顔を見合わせて、頷いた。

決戦が始まる。ふと空を見上げると、太陽が赤く沈みつつあった。

ふう、と荒い息を吐き出して、僕はアマージョの下へ向かった。

もう、失敗は考えない。

アママイコの言葉は、絶対にアマージョに届く。そう、訳もない確信があった。
 ▼ 338 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 19:43:36 ID:0e8Z7aUk [76/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「お母さん!」

アマージョ「もう来たのね」


2匹が向かい合う。

僕は、それを眺めていた。

僕が出来るのは、ここまで。アママイコを、アマージョの下に帰す事。

そこからは、2匹の問題だ。

けれど、僕は、アママイコの傍にいたい。

彼女の勇気に、少しでもなればいい。そう思っている。

アママイコは、真剣な面持ちで、アマージョを見据えた。

アマージョも、体からオーラを発散させつつ、娘を見据える。

2匹の間に差すような視線のやり取りを感じ、僕は、黙り込んだ。

頑張ってくれ、アママイコ。

そんな心中の呼びかけに答えるように、アママイコが口を開く。
 ▼ 339 断◆J44kAZeDOM 17/01/08 19:44:44 ID:0e8Z7aUk [77/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「お母さん……どうして、どうしてニャビーを監禁したりしたの?」

アマージョ「どうして、どうしてあなたは逃げたのよ」

アママイコ「質問に答えてよ、お母さんっ! どうして?」

アマージョ「……私は、あなたの事を思ってたのに、あなたの事だけを想っていただけなのにっ!」


アマージョが叫ぶ。アママイコは、思わず「え?」と問い返した。


アマージョ「このルテーを、あなたに誇れるサーカス団にしたかっただけよ……。

あたしはどう思われようと構わない。

けど、ルテーだけは、あなたに、しっかり引き継ぎたかった……」

アママイコ「そ、そんなの……そんなの、自己満足だよっ! やっていい事と悪い事があるでしょ?!

犯罪までして強くなったサーカスなんて、あたし、いらない!

       ただ、みんなで楽しく上手くなってけばそれでいいのっ!」


一瞬揺らいだかに見えたアママイコは、それでもアマージョに、思いの丈を吐き出した。

アマージョは、面食らったようにアママイコを見詰める。

アママイコは続けた。
 ▼ 340 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 19:56:35 ID:0e8Z7aUk [78/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「お母さん、見たでしょ? あたしも、こっそりテントの外から眺めてたよ。

       エクリプスは、一緒にいて楽しかった。

       普通に恋バナして、誰かのために悩んで、おいしいもの食べて、練習して――

       エクリプスは、そんなでも凄いの。

       誰も、天才なんていないのにだよ?

       アシマリだって、ニャヒートだって、凄く練習して、でも、自発的で、ホントに楽しそうだったの!

       ルテーはどう? お母さんがおっかないからやってただけじゃないの?」

アマージョ「うるさい……」

アママイコ「あたし、わかったの。お母さんのやり方は、間違ってるよ。

       お母さん、いっそ、やり直そうよ。まだ、間に合うよ」

アマージョ「うるさい……」

アママイコ「あたしは、こんなルテー嫌だ。おばあちゃんだって、優しくて、厳しくて、凄かったじゃない。

       お母さん、無理しないでよ。あたし、ルテーの事、嫌いじゃないのに……」

アマージョ「うるさいっ! あんたに、何がわかるっていうの!」
 ▼ 341 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 19:57:11 ID:0e8Z7aUk [79/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「わからないよっ! わからないけどっ! わからないけど、それが何よっ!」


アママイコは、泣いていた。

泣きながら、それでも言葉を続ける。


アママイコ「おかしいよ……。サーカスって、みんなが楽しむものでしょ?

       まず自分が楽しめないと、どうしようもないじゃないの……」
 ▼ 342 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 19:58:18 ID:0e8Z7aUk [80/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アマージョ「……ねえ、アママイコ」

アママイコ「何、お母さん」

アマージョ「……ルテーは、お母さんを、求めてないのかな」

アママイコ「違うよ。ルテーに、お母さんは、欠かせない」

アマージョ「お母さんね、怖いの。おばあちゃんと比べて、劣ってる事実が」

アママイコ「おか……」

アマージョ「だから、無理してた。だけど、あなたに見抜かれてるようじゃね……」

アママイコ「……そんな事ない。お母さんは、お母さんだもん。あたしにとってたった1匹の、お母さんだもん」

アマージョ「……アママイコ」

――ありがとう。
 ▼ 343 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 19:58:55 ID:0e8Z7aUk [81/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
2匹の間に、どんな心の揺れがあったのか。

僕の位置から、全てを窺い知る事は出来ない。

出来ないけれど、それでも僕は、考えようとはしなかった。

ただ、僕たちのパフォーマンスと、アママイコの訴えが、アマージョに届いた。それだけだ。

2匹は、ギュッと抱き合い、それから2匹で、しばらく泣いていた。

僕はどうにもお邪魔なようで、そこから離れた。

と、みんなが、ざわめいているのに気付く。

エクリプスと、それからルテーのほとんどのメンバーが、テントを見上げている。

釣られて見上げる。

空には、星が数多浮かび、そこに、一筋の煌々とした赤い光が――赤い光? 星が見える夜に夕焼け?

少し下に視線をずらす。


――火事だ。テントの一部が、燃えている。
 ▼ 344 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 19:59:32 ID:0e8Z7aUk [82/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
モクロー「ダンチョーっ?!」

フーディン「モクローかっ?!」

モクロー「何があったの?!」

フーディン「わからないが、火事だ!」


僕は、辺りを見回した。

ルテーはわからないが、エクリプスのメンバーなら把握している。

数える。

2匹足りない。

2匹。誰よりも見慣れた、2匹の姿が。


モクロー「アシマリっ! ニャヒートっ!!」
 ▼ 345 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:00:08 ID:0e8Z7aUk [83/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「モクローこれ……」

モクロー「中に、アシマリたちがいるんだっ!」

アママイコ「えっ、あっ、モクロー待ってっ!」

モクロー「無理っ!」


僕は、燃え盛るその部屋の中へ、タイプ相性も恐れずに踏み込んだ。

アママイコが何故か付いて来る。

アマージョの静止の声が聞こえたが、それも振り切って。




――話は、数分前に遡る。
 ▼ 346 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:00:40 ID:0e8Z7aUk [84/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
54-○19

ニャヒート「お兄ちゃん、久しぶり」


ニャヒートは、ついにガオガエンと対面した。

ガオガエンもきっと、どこかから、オイラたちのパフォーマンスを見ていたはず。

だとしたら、知っているはずだ。

“ニャヒートの”成功を。

こちらを振り向いたガオガエンは、どこか諦めたような表情を浮かべていた。


ガオガエン「ひさしぶりだな、ニャビー。いや、もうニャヒートか」


机のかわらずのいしを手に取り、こちらに投げてよこす。


ガオガエン「お前にはもういらねえだろうけど……一応返すわ」

ニャヒート「あ、ありがとお兄ちゃん」


2匹は、間に炎をたぎらせて(さすがに比喩だよ)にらみ合っていた。
 ▼ 347 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:01:27 ID:0e8Z7aUk [85/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
どちらから口を開くのだろう。

ハラハラしながら眺めていると、ニャヒートが口を開いた。


ニャヒート「この子は、あたしに憧れてくれてるアシマリ。エクリプスのメンバーよ。ま、見てただろうけど」

ガオガエン「へえ、お前が憧れられる立場か。成長したんだな、お前も」

アシマリ「あっ、アシマリと申します……」


憧れ2匹を前にして、不意に話す必要に迫られたオイラは、10年以上のポケ生で初めてというぐらい言葉遣いを丁寧にしていた。というか、なっていた。


アシマリ「そ、その、オイラは、あなた方2匹のパフォーマンスに憧れて今ここにいる訳でありまして……」

ガオガエン「えっ、俺?」

アシマリ「10年前、あなたの姿に、たいそうはっ、励まされたものでして……」

ニャヒート「えっ、どういう……」

アシマリ「こっ、言葉通りでありましてそ、その……ガオガエンさんの姿に、オイラ、感激しまして……。

      そっ、それからオイラ、サーカスに憧れた訳であります!」


言い切ってしまうと、オイラは慌てて深呼吸。そして、ガオガエンに向き直った。
 ▼ 348 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:02:09 ID:0e8Z7aUk [86/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「オイラも、思い出したのはさっきなんですけど、でも、間違いない。オイラは、ガオガエンの、ちょうど失敗の公演を見てたんだ」

2匹「はあっ?!」

アシマリ「でも、その姿が気高くて、オイラは、感動したんです」

ガオガエン「……」

ニャヒート「そう……だったんだ」

ガオガエン「そう……か。俺は、ミスして。せめて繕いたくて、立ち去る姿だけはカッコよくって。まさか、こんな事になるなんてな。

       10年越しに、俺のそんな微妙な拘りに感激したなんてさ……」

アシマリ「あっ、でも、ガオガエンがやった事は、間違いだよ。どうして、どうしてニャヒートを監禁したりしたの?」


オイラの昔話に流れそうだったので、慌てて話題を元に戻した。
 ▼ 349 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:02:45 ID:0e8Z7aUk [87/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ガオガエン「どうして、か。ニャヒート、お前は、わかってんだろ? わかってなかったら、そんな返事しない」


ガオガエンは、オイラが持つかわらずのいしを指さした。

ニャヒートも、確かに頷く。


ニャヒート「だけど、あれが答えだから。あたしは、エクリプスに残るよ」

ガオガエン「わかってる。お前のブランコ見て、わかるなって方が無理な相談だよ」

ニャヒート「……お兄ちゃん」
 ▼ 350 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:03:31 ID:0e8Z7aUk [88/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ガオガエン「はあっ! お前、すげぇな。俺、もうお前に適わねえ。

       俺も知らねぇ境地に辿り着きやがったんだもんな。

       お前は、エクリプスにいる方が輝けるよ、間違いない。

       俺に拘ってちゃ、ああはなれなかったしな」

ニャヒート「お兄ちゃん……」

ガオガエン「行けよ。お前の居場所は、エクリプスだろ?

       あー、それから、アシマリ」

アシマリ「えっ、オイラ?」

ガオガエン「ああ、お前だ。これから、ニャヒートを、よろしくな。

       俺のあれが、お前を護るのに繋がってたんだから、因果だな」


そう言って、ガオガエンは笑った。

オイラは、戸惑いの目で彼を見詰める。
 ▼ 351 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:04:05 ID:0e8Z7aUk [89/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ガオガエンは、なおも言った。


ガオガエン「行けよ、ニャヒート。なんだ? こっちに来たいのか?」

ニャヒート「……ううん。ネメシーの事、どう思ってる?」

ガオガエン「恨んでるよ。恨んでねえつったら嘘になる。

       でも、その復讐は、お前ら見てたら、俺がしなくてもいいやって。

       お前らなら、きっと超えてくれるだろ、正攻法で。

       俺は、俺のやり方を貫く。でもな、お前ら、俺に影響されなくてもいいんだからな」

ニャヒート「――わかってるよ、お兄ちゃん」

アシマリ「はいっ!」


そう言って、オイラたちは、ガオガエンから離れて行った。
 ▼ 352 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:04:40 ID:0e8Z7aUk [90/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒートが、歩きながら、話し始める。


ニャヒート「アシマリ、あの時、見てたんだ」

アシマリ「うん」

ニャヒート「お兄ちゃんね、あたしを監禁したけどさ、でも、すっごく優しくて、あたしの事、好きだった。もちろん、変な意味じゃないよ」

アシマリ「わかるよ」

ニャヒート「あたし、お兄ちゃんがいなかったら、とっくに死んでた。

       ……お兄ちゃんが、あたしを育ててくれた。お兄ちゃんが、お兄ちゃんが……」


ニャヒートは、気付けば泣いていた。

オイラは驚いてそちらを見る。

ニャヒートは、滴るそれを隠そうともせず、掠れた、弱く、細く、甲高い声でオイラに向かって続けた。
 ▼ 353 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:05:24 ID:0e8Z7aUk [91/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート「お兄ちゃんは、あたしに、数えきれない物をくれた。あたしに、目標をくれた。

       あたしは、お兄ちゃんを、助けられなかった。

       お兄ちゃんの孤独を、埋められなかった。

       ねえ、お兄ちゃん、今、幸せなのかな」

アシマリ「……わかんないけど、なんなら、聞けばいいじゃん、今。あなたは今、幸せなの? って」

ニャヒート「……ちょっと待って。お兄ちゃんの前で、泣いてたくないよ……」


しばらく、ニャヒートは泣いていた。

オイラは、それに付き合っていた。

ただ、隣にいるだけ。オイラに出来るのは、それだけだった。
 ▼ 354 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:05:59 ID:0e8Z7aUk [92/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート「……よし。行こう」

アシマリ「だね」


オイラたちは、踵を返し、ガオガエンの下へと向かった。

そこで、オイラたちは、驚愕の光景を目にする。

ガオガエンが、火を噴いていた。

辺り中に、火を灯していた。


ニャヒート「お兄……ちゃん?」


ガオガエン「……どうして、どうして戻ってくんだよぉ、ニャヒート……」


ガオガエンも、泣いていた。

泣きながら、燃やしていた。
 ▼ 355 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:06:38 ID:0e8Z7aUk [93/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「ど、どうしてこんな……」

ガオガエン「……わかんねぇけど、俺、もういいんだよ……」

ニャヒート「ねえっ! お兄ちゃんっ! 孤独なの? 不幸なのっ?! 教えてよ、叫んでよ、主張してよっ! 俺は孤独だって、伝えよっ!

       あたし、お兄ちゃんを護れなかったんだよ?! 少しぐらい、協力させてよっ!」

ガオガエン「だからお前を監禁――」

ニャヒート「あれだけでもわかんないよっ! あたしは別に、お兄ちゃんの孤独を埋められる訳じゃないっ!

       お兄ちゃんは、遠すぎるから。あたしの中で、もう、追い付けない程遠くにいるから……」

ガオガエン「……お前さ、自分を見くびり過ぎ。っつーか、俺を神格化し過ぎ」

ニャヒート「だって、あたしって……」

ガオガエン「孤独じゃねえよ。ただ、もう嫌になっちまった」

ニャヒート「バカな事やめて、逃げるの!」

ガオガエン「嫌だ。お前は、もう俺を必要としてない」

ニャヒート「それは違うよっ! あたしには、お兄ちゃんが必要なのっ!」

ガオガエン「言ってるだけだろ」
 ▼ 356 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:07:17 ID:0e8Z7aUk [94/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アシマリ「とにかく、炎を消すよっ! 『みずてっぽう』ーっ!」


オイラは、ふっと我に返り、必死に、炎に水を掛け始めた。

けれど、それこそ焼石に水だ。

炎は新たな住処を求め、舐めるように部屋中に広がり、煙が部屋を満たしていく。

オイラが出せる程度の弱い水じゃ、足りない。


アシマリ「クソッ、バルーン!」


バルーンを創る。水で出来た物だから、消化自体は可能だ。

しかし、それでもなお、オイラじゃ力が足りない。


ニャヒート「お兄ちゃん、逃げるよっ! お願い、逃げようよ……」

ガオガエン「俺はいいんだ。お前は逃げろ」

ニャヒート「いやっ! お兄ちゃん、死なないでよっ! あたしの目標で、あたしのライバルでいてよ……っ!!」

アシマリ「ダメだ、ニャヒート! ガオガエンは、もう聞かない!」

ニャヒート「でも――」
 ▼ 357 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:07:54 ID:0e8Z7aUk [95/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒートが何かを続けようとした瞬間、部屋に、煙の臭さを打ち消す程の甘い香りが広がった。

そちらを見ると、モクロー、そしてアママイコが踏み込んで来た。


モクロー「アシマリニャヒート大丈夫っ?!」

アママイコ「急いで逃げてっ! テントの構造はあたしがわかるからっ!」

アシマリ「逃げよう、ニャヒート。ガオガエンは、もうダメ」

ニャヒート「でも、お兄ちゃんが……」

ガオガエン「行けつってんのがわかんねぇのかニャヒートォ! お前は、まだまだ希望があんだろ?! そんな仲間がいるんだからよっ!」


オイラ、モクロー、そしてアママイコを一目見て、ガオガエンは言った。


ガオガエン「俺は、サイテーなポケモンだ。けど、せめて、ポケ殺しにはさせないでくれ。死ぬなら、1匹だ」

ニャヒート「……お兄ちゃんの、バカあああああああっ! 何言ってんのっ?! アンタ今、何言ってんのかわかってる?!」

ガオガエン「ああ。わかってるつもりだ。だから早く――危ないっ!」
 ▼ 358 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:08:32 ID:0e8Z7aUk [96/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ガオガエンが、ニャヒートに飛びかかり、覆い被さる。

その上から、燃え盛るテントの骨組みが落下して来た。


ガオガエン「うぐっ」

ニャヒート「お……兄ちゃん」


2匹は、鉄骨の下から這い上がって来た。

炎は、けれど炎タイプの2匹をやけど状態には変えない。

それは不幸中の幸いなのだが、オイラの目は、もっと違う物を見付ける事になる。

即ち、入り口が塞がれてしまったという事実を。
 ▼ 359 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:09:31 ID:0e8Z7aUk [97/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ガオガエン「無事か、ニャヒート……」

ニャヒート「お兄ちゃんは……」

ガオガエン「もう、駄目だ。アシマリ、こいつをバルーンで連れ出せ」

アシマリ「えっ、オイラ?」

ガオガエン「お前のバルーンなら、飛べんだろ1、2匹ぐらい」

アシマリ「でも……」


確かに、やろうと思えば、どこまでも空へ上るバルーンは作れなくもない。

けれど、その中に、ポケモンを入れて……?


ガオガエン「お前なら出来る。ニャヒートを助けてくれ。モクロー、アママイコを連れて、まずは逃げろ」
 ▼ 360 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:10:02 ID:0e8Z7aUk [98/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
上空しか、逃げ道は残されていない。それは、確かだ。

モクローは、飛べる。アママイコを運べるかはともかく、それ自体は可能だ。

オイラのバルーンも飛べる。ニャヒートと、それからオイラを運べるかはともかく。

けれど――ガオガエンが助かる道は、もう残されていない。

飛べるバルーンにするのに、割れないタイプだと重すぎる。

最低限の硬さは、把握している。

けれど、2匹。どうだろう。ガオガエンが入ったら、まず無理だ。


モクロー「ガオガエン、お前は……」

ガオガエン「お前に俺を運べるか? バルーンで、俺を運べるか?」







アシマリ「……やるよ。オイラが、2個作ればいい話でしょ」
 ▼ 361 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:10:43 ID:0e8Z7aUk [99/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ニャヒート「アシマリっ!」

アシマリ「モクロー、先に逃げて。草タイプは、火事の中にいたら真っ先に死んじゃう。

      大丈夫。オイラは水タイプ。少しぐらいじゃ死なないよ」

モクロー「わかった。来たはいいけど足手まといみたいだったな。行くよ、アママイコ。覚悟してっ!」

アママイコ「うん!」


モクローが、足でアママイコをがっちりつかみ、その翼をはためかせた。

苦しげに歪むモクローの顔。

けれど、確かに、浮上していた。


アシマリ「これでよし。ガオガエン、行くよっ!」


オイラは、その浮くタイプのバルーンをガオガエンめがけて発射した。
 ▼ 362 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:11:19 ID:0e8Z7aUk [100/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ガオガエンの体を問答無用で取り込んで、バルーンは浮上を始める。


アシマリ「出来た……最後は、オイラとニャヒート」

ニャヒート「……ありがとう、アシマリ」

アシマリ「そーいうの、無事助かってからにしてよ」

ニャヒート「それもそうね。来て」

アシマリ「行くよっ!」


オイラは、また同じバルーンを創り、ニャヒートをその中に取り込んだ。

オイラはそこに飛び込む。オイラが飛び込む程度で割れるバルーンではなく、浮きながら、バルーンはオイラも包み込んだ。
 ▼ 363 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:11:51 ID:0e8Z7aUk [101/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
崩れゆくテントを、オイラはバルーンの中で、ニャヒートと眺めていた。

言葉は、なかった。

ただ、茫然と、その様子を眺めていた。

モクローが、苦しげに羽ばたいている。

落下を始めているが、今のペースだとテントの外には出られる。

オイラは、そちらの心配はしていない。

きっと、高く上がり過ぎる前にダンチョーが見つけて、サイコキネシスか何かで誘導してくれるだろう。

そう、油断していた。

綻びは、想定外の形で発生していた。

ガオガエンが、バルーンを、叩き割ったのだ。


アシ・ヒート「……え?」
 ▼ 364 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:12:21 ID:0e8Z7aUk [102/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
浮力を失って、ガオガエンは落下していく。

オイラたちの根源にある、あの瞬間よりも、激しい勢いで。


ニャヒート「嘘……でしょ?」

アシマリ「ガオガエン、どうして……」


ガオガエンが、こちらをチラリと見やった……気がした。


ニャヒート「お兄ちゃん……お兄ちゃんっ!」

アシマリ「落ち着いてニャヒート、暴れないでっ! バルーンが割れるっ!」

ニャヒート「わかってる……お兄ちゃん……おにいちゃあああああああん!」


オイラは、何も言えないまま、バルーンが引っ張られて行くのを感じていた。

ただ、ぼうっと、そこに座り込んだまま。
 ▼ 365 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:13:04 ID:0e8Z7aUk [103/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
55-△18

お兄ちゃんが、落ちていく。

お兄ちゃんが、落ちていく。

お兄ちゃんが、落ちていく。

おにいちゃんが、おちていく。

おにいちゃんが、おちていく。

おにいちゃんが、おちていく。

オニイチャンガ、オチテイク。

オニイチャンガ、オチテイク。

オニイチャンガ、オチテイク。

オニイチャンガ、オチテイク。

オニイチャンガ、オチテイク。






 ▼ 366 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:13:52 ID:0e8Z7aUk [104/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、茫然自失なまま、バルーンから助け出された。


フーディン「大丈夫かアシマリニャヒートっ?!」

アシマリ「オイラたちは大丈夫だけど、ガオガエンがっ! バルーンから逃げて、テントに落ちて……」

フーディン「なっ……」

アシマリ「もう、無理だもんね。こんな燃えてたら、もう、入れないし、もう、生きてるはずないし……」


アシマリが、ショックを受けたような、小さな声で話す。

あたしは、正しく、ショックを受けていた。


ニャヒート「どうして……どうしてよお兄ちゃん……」


ポツンと呟いた言葉。しかし、それに応えるポケモンは、いなかった。

あまりに悲しいと、涙もこぼれないらしい。ただ、誰に届くでもない、どうしてを繰り返していた。
 ▼ 367 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:14:29 ID:0e8Z7aUk [105/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
56-◇19

どうして。

ニャヒートの問い掛けに、けれど僕は、確かに答えていた。

どうしてなんだ、ガオガエン。

どうして、死なないといけなかったんだ。

ネメシーから解き放たれて、妹の成長も確かめて、死ぬような事が、あったのか。

あった、のだろう。どうしてか、僕にはわかる。理由はわからないけれど、そう行動する感情は、僕にもわかる。わかってしまう。

疲れた体はけれど、集中した思考を妨げる。

まずは、休まないといけない。


アママイコ「モクロー……」

モクロー「ごめん、少し、休ませて……」


僕は、倒れ込み、眠りへと落ちて行った。
 ▼ 368 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:15:03 ID:0e8Z7aUk [106/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
気が付くと、僕たちは、エクリプスのテントにいた。

隣で、アシマリとアママイコが、アシマリのひとつ向こうでニャヒートが眠っていた。

疲れは、取れている。

結構な時間が経っているはずだが、空腹は感じない。

外では、満月が、空の真上に昇っていた。

僕は、ただ、ガオガエンの事を考えたかった。

僕に出来るのは、考える事だけだから。

僕は、首を回し始めた。

手掛かりなんて何もない。何もないけれど、それでも、答えを出す事は出来るはず。

だって、どうしてだかはわからないけれど、僕は、共感しているのだ。

きっと、僕は、知っている。本当は、知っているのだ。
 ▼ 369 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:15:34 ID:0e8Z7aUk [107/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――もし、アシマリたちとの会話中に自殺を思い立ったとしても、炎を撒き散らすという行為そのものは、アシマリたちの前では出来ない。

アシマリは水タイプ。初期消火ぐらいなら容易なはずだ。

それが出来なかった以上、実行の瞬間は捉えていない。

けれど、初めから燃やしていて、ずっと炎の中で元来の説得を続けていた、となると時間が合わない。

僕とアママイコは、アマージョと話していた。それなりに時間を取って。

だから、説得を終えて戻った後、炎に気が付き、あるいは他の理由でも、ガオガエンの所に再び行ったのだ。そこで、気が付いた。

この順序である以上、直接の原因は、ニャヒートとアシマリの言葉にある事がわかる。

抱え込んでいた何かが爆発したのだともいえるけれど、それだってきっかけがないと始まらない。

ガオガエンの問題はどこにある。
 ▼ 370 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:16:15 ID:0e8Z7aUk [108/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は、首を回す。

ただ、首を回す。

思考が、ぐるぐると巡って、唐突にひとつの、ありえるかもしれない解を導く。

――ガオガエン、もしかして君は。

僕の頬を、涙が伝った。

ガオガエン、もしかして、君は。
 ▼ 371 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:16:45 ID:0e8Z7aUk [109/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
瞬間、僕は、光に包まれた。

ああ、そうか。

僕も、そうなんだ。

僕も、おんなじだ。君と、おんなじだ。

そう気付いたその時、僕は、進化を始めていた。

翼にその力が集まり、光の粒は僕の体を離れ、再構成を始める。

力が溢れ、僕は、ただ、その快楽に身を任せていた。

荒い息。

光が弾けたその時、僕は、フクスローになっていた。
 ▼ 372 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:17:45 ID:0e8Z7aUk [110/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
57-△19

朝焼けに目を覚まして、あたしは、条件反射のように歩き始めた。

目指す場所は、テント。

あたしの練習が始まる。

今日も、あたしの一日が始まる。

例え、お兄ちゃんが消えようと、あたしの一日は、変わらない。

お兄ちゃんを乗り越えたあたしにとって、もう、どうでもいい事なのだ。

どうでもいい、事なのだ。
 ▼ 373 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:18:16 ID:0e8Z7aUk [111/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、ブランコの階段を昇った。

そこに、手紙が置いてあるのに気が付いた。

そこには、ニャヒートへ、と書かれている。

え、と呟いて、あたしはそれを前脚に取った。


ニャヒート「ニャヒートへ……」
 ▼ 374 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:18:51 ID:0e8Z7aUk [112/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――

やっぱりここに来る。ニャヒートは、どんな事があっても、ここに来る。

凄いよ。本当に、凄い。あんな事があった直後でも練習出来る。尊敬するよ。

僕には、絶対無理だ。

前置きはこのぐらいにして、僕、ガオガエンの謎、解いたと思うから、ここにメッセージを残した。

ガオガエンは、きっと、君に依存してたんだ。正確には、君に依存されているという事実に、依存していたんだ。

だから、君が、それを断ち切った瞬間、怖くなったんだ。

自分のいる意味が、わからなくなって。

だから、消えた。

どうしようもなかったんだ。君が悪い訳じゃない。誰が悪いって言えば、やっぱり、君たちの運命を狂わせた、両親とネメシーなんだと思う。

だけど、責めちゃ駄目だ。君には、サーカスがある。サーカスで、見返すだけだ。それ以上は、しちゃいけない。

止めないといけないんだ。負の連鎖は。

気負いすぎないで、ニャヒート。

君のブランコは、正しく世界一だ。間違いない。

フクスローより。
 ▼ 375 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:19:33 ID:0e8Z7aUk [113/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――

フクスロー。

モクローの、進化形。

モクローは、一体どうしたというのだろう。

いつ、進化したのだろう。

あたしは、練習する気も失せて、ベッドに戻った。

あいつに問い質す。なんで直接言わない。もっと、ちゃんと説明しろ。あたしじゃ、呑み込めない。そんな事。

ベッドに辿り着き、あたしは、ふと気が付く。

アシマリは、まだ眠っている。けれど、モクローと、アママイコがいない。

昨日は本当にイレギュラーだった。もしかしたらもう、ごはんを食べに出ているのかもしれない。

あたしは踵を返し、食堂に向かった。
 ▼ 376 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:20:14 ID:0e8Z7aUk [114/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ブラッキーが、料理を作っているだけだ。

そこには、まだ、他に誰もいない。

当然だ。ベッドには、2匹とブラッキ―以外、全員眠っていたのだから。


ニャヒート「ブラッキー」

ブラッキー「どうしたの、ニャヒート」

ニャヒート「アママイコ、知らない?」

ブラッキー「アママイコ……そういや今日、疲れてるのかな。来ないんだけど」

ニャヒート「そう、ありがとう」


食堂にもいない。となると、団長のとこか?

アマージョたちルテーメンバーは、テントを失って、寝床がない。まさか野宿させる訳にもいかないし、どこかで眠っているはず。

そうか、2匹は、きっとそこだ。


ニャヒート「ブラッキー。ルテーメンバー、どこで寝てんの?」

ブラッキー「団長の部屋。他に場所がないからって」

ニャヒート「ありがとう」
 ▼ 377 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:20:53 ID:0e8Z7aUk [115/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
あたしは、団長の部屋に向かった。

そこで、フーディンは困惑したように立っていた。

ルテーの面々が寝ている部屋で、眠れるようなポケモンじゃないからだろう。


ニャヒート「団長。モクロー、いや、フクスロー知りません?」

フーディン「ああ……知ってる。あいつから、手紙を預かってる。これを、アシマリに渡してくれ」

ニャヒート「手紙……」

フーディン「頼む。説明は、全部それに書いてるはずだ」

ニャヒート「わかりました……けど」


あたしは、再び練習用テントへ向かった。

アシマリも、きっとそこにいる。
 ▼ 378 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:21:44 ID:0e8Z7aUk [116/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
思った通り、アシマリはそこにいた。

所在なさげにバルーンを飛ばしている。

そこに、あたしは声を掛けた。


アシマリ「ニャヒート」

ニャヒート「団長が、モクロー……ううん、フクスローから手紙を預かったって」

アシマリ「え、手紙? なんでそんな事……」


あたしは手紙を渡す。アシマリは、それを広げて読んだ。


アシマリ「アシマリ、ごめん……」
 ▼ 379 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:22:17 ID:0e8Z7aUk [117/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
58-◇20

フーディン「え、なんでだ? なんで、いきなり……」

フクスロー「ごめんなさい」

フーディン「いや、謝らなくていいんだ。けど、どうして」

フクスロー「……僕、気付いたんです。僕は、ここにいちゃ、駄目だって」

フーディン「そんな事ないぞ? お前は、うちの大事な副リーダーだ。実質のリーダーは、お前だし」

フクスロー「それでも、僕は、駄目なんです。僕が、駄目なんです」

フーディン「どういう事だ?」

フクスロー「……僕は、サーカスにゼンリョクを尽くせてません。本当は、アシマリの夢でしかなくて、僕は、違ったんです」

フーディン「……それで?」

フクスロー「僕は、ずっと、アシマリに依存されて来ました。だけど、僕だって、依存してたんです。アシマリに依存されている、って事実に。

       ガオガエンも、そうなんだと思います。ニャヒートが依存を断ち切って、依存を断ち切れないまま、自ら命を投げ出した。

       僕、痛い程、わかったんです。その事実が、僕を責めた。

       だから、僕は、自分を見付けたいんです。お願いします」
 ▼ 380 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:22:48 ID:0e8Z7aUk [118/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フーディン「そうか。……残念だが、俺はお前を止めないよ。お前がそう思うなら、それがお前にとっての真実だ。

       俺的には、お前にもいて欲しいんだが、こっちの都合でお前を曲げる事は出来ない」

フクスロー「……ありがとう、ございます」

フーディン「けど、これだけは約束してくれ。自分を見付けたら、エクリプスの公演に来てくれ。そして、もっかい俺たちに、結論を教えてくれ」

フクスロー「……はいっ!」
 ▼ 381 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:23:49 ID:0e8Z7aUk [119/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は、エクリプスをやめる。

ガオガエンも、僕と同じだ。

僕は、だから、断ち切らないといけない。

自分をしっかり見付けたい。

そうしないと、僕は、壊れてしまう。

いつか、アシマリの成長に、壊れてしまう。

アシマリは、もう、僕がいなくても大丈夫だから。エクリプスも、もう僕がいなくても大丈夫だから。

アシマリの事を最後に一目見ようとして、やめた。

きっと、アシマリを見たら、僕は、駄目だ。アシマリは、母性本能を掻き立てる才能がある。

僕は、それに囚われて、やめる事をやめてしまうだろうから。

僕は、誰にも声を掛けず、ただ、フーディンに手紙を預けるだけで、僕は消えるつもりだった。


けれど、アママイコは、気付いていた。
 ▼ 382 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:24:25 ID:0e8Z7aUk [120/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「モクロー……ううん、もうフクスローだね」

フクスロー「うん。アママイコ、どうして……」

アママイコ「いなかったから、探しちゃった。どうしたの」

フクスロー「僕、エクリプスをやめるんだ」


先程の説明を、僕は繰り返した。

僕の不安を、嘆きを知っていたアママイコは、頷きながら聞いてくれた。

アママイコは、そして言う。


アママイコ「そっか。フクスローは、やめるんだ」


アママイコは、それから少しの沈黙の後、僕に向かって微笑みながら、こう言った。


アママイコ「あたしも連れてって。あたし、あなたを支えたいから」
 ▼ 383 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:25:02 ID:0e8Z7aUk [121/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フクスロー「え?」

アママイコ「お願い、あたしも連れてって」


微笑みを消して、真剣な顔で続ける。


アママイコ「あたし、あなたが好きなの。お母さんも優しくなって、もう、ルテーは心配ないから」

フクスロー「え、でも……」


来てくれて、嬉しいのは間違いない。

けれど、アママイコは、いいのか。

せっかく、せっかくアマージョに声が届いたというのに。


アママイコ「お願い、フクスロー。あたしを、連れてって」
 ▼ 384 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:25:58 ID:0e8Z7aUk [122/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
真剣な目で上目遣いをしてくるアママイコに、僕は、もう、自制の限界だった。

思わずアママイコを掴み、その唇に、乱雑に自らの唇を寄せた。

そして、強く、キスをした。強く、強く。

僕とアママイコは、しばし、そのまま佇んでいる。

溶けあい、混ざり合い、僕は、快感の波に襲われた。

アママイコも僕に腕を回し、力強く引き寄せる。

ずっと、そうしていたかったけれど、朝焼けに、僕は我に返り、唇を離した。


フクスロー「アママイコ……大好きだ」

アママイコ「あたしも……」

フクスロー「君は、後悔しないの? 僕と来て、後悔しない?」

アママイコ「うん。あたしのファーストキス、奪った責任取ってもらうからねっ」


アママイコは、ニッコリと微笑んだ。

僕は、アママイコと顔を見合わせ、頷く。

そして、テントから離れる道を、進み始めた。
 ▼ 385 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:26:34 ID:0e8Z7aUk [123/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
僕は、ふと振り返る。

エクリプスは、僕にとって、いろいろな事を教えてくれた場所だ。

心安らぐ、実家のようなもの。

皆の暖かさを、僕は、一生忘れないだろう。

けれど、行かないといけない。

僕の居場所は、もうないのだ。


フクスロー「ありがとうっ!」


思わず、叫んだ。

近所迷惑も考えず、僕は叫んだ。


フクスロー「ありがとうっ――!」
 ▼ 386 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:27:11 ID:0e8Z7aUk [124/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







フクスロー「ポケモンサーカス団エクリプス!」






 ▼ 387 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:28:23 ID:0e8Z7aUk [125/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
アママイコ「スッキリした?」

フクスロー「うん。行こう」


僕たちは、朝焼けに向かって、歩き始めた。

これからのビジョンなんて、わからない。

けれど、アママイコがいれば、僕は、きっと見付け出せる。

僕の答えを。アママイコとの、幸せを。

何しろ僕は、考えるのが得意なんだから。
 ▼ 388 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:28:53 ID:0e8Z7aUk [126/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
59-○20

アシマリ「フク……スロー?」


オイラの目を、涙が滴る。

オイラは、フクスローからの手紙を読んでいた。

オイラは、フクスローを縛り付けていたの?

フクスローは、そんなに気に病んでいたの?


ニャヒート「アシマリ……」

アシマリ「ううん、泣いちゃ駄目、だよね。フクスローは、これから、幸せになってくんだもん。

      今いないって事は、きっと、アママイコも一緒だよね、手紙にはないけど、一緒にいるんだよね」

ニャヒート「たぶん」

アシマリ「だったら、幸せになるんだもん……喜ばないといけないのに、そのはずなのに……うわああああ……」


オイラは、泣いた。

ただただ、泣いた。
 ▼ 389 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:29:37 ID:0e8Z7aUk [127/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
フクスロー。

君の分まで、オイラ、エクリプスで、頑張るよ。

君が答えを見付けた時、誇れるオイラでいられるように。

オイラ、頑張るから。だから、フクスロー。

頑張って。

オイラたちは……

ポケモンサーカス団エクリプスの一員であり……

そして何より……

親友なんだから!

親友、なんだから……。
 ▼ 390 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:30:41 ID:0e8Z7aUk [128/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
エピローグ 60 オシャマリを語る

60-△20

あたしから見た、アシマリの話をしよう。

アシマリの今と、これから未来のオシャマリの話を。

彼は、あれからも努力を重ね、今や、あたしに追い付け追い越せの、破竹の勢いだ。

サーカスは楽しくて、フクスローとの別れも乗り越えて、アシマリは、進化した。

あれ以来、オシャマリは、バルーンの実力に磨きを掛け、「いつか帰って来たフクスローに、見せるんだ。オイラのゼンリョクを。オイラの答えを」と笑う。

きっと、引きずってはいない。あの時以来、涙は見せていない。

――けれど、時折、あたしの前で、悲しげな表情を浮かべる事がある。

それでも、オシャマリは、きっと、大丈夫。

オシャマリは、あたしとは真逆。全てを受け止め、別れを直視し、出会いを喜び、そんな中で自らの技術を伸ばす。それがオシャマリだ。

すべてを捨てて打ち込むあたし。すべてを取り込み打ち込むオシャマリ。いいじゃない、こういうのも。

別れさえ、悲しみさえ糧に変えて行けるのが、オシャマリだから。

――そして、それは、あたしには到底たどり着けそうにない境地だ。お兄ちゃんを振り切ったように見えるなら、それはただ、記憶を押しやってるだけでしかない。

あたしたちは、同じ経験をしようと正反対で、だからこそ、最高のライバルなのだ。
 ▼ 391 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:31:19 ID:0e8Z7aUk [129/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
ところで、あの事件の後、ルテーは解散し、エクリプスに吸収合併された。

火災に関して、消えたモクローに疑いがかかりかけたけれど、アマージョがアリバイを証明し、だからエクリプスは無罪放免。

ルテーのあたし監禁事件に関しても、あたしはあんな手紙があったから、咎めたてはしなかった。だから、ルテーも無罪だった。

けれど、テントは失われ、指導者もこの世を去った。

結果として、フクスローが抜けた穴をアマージョの司会が補うという、とんでもない贅沢な事になっている。

エクリプスの人気はその影響もあってかどんどんと高まり、今やネメシーを軽く追い越しかねないレベルに達していた。

あたしの復讐が完成する時も近い。

ささやかな意趣返しでしかないけれど、あたしは、それで満足だ。

オシャマリも、笑顔であたしを祝福した。

あたしは、お礼を言って、そのまま日常に戻って行く。
 ▼ 392 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:32:07 ID:0e8Z7aUk [130/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
――

2匹で朝練をしていた。

そんな時、不意にオシャマリが、叫ぶ。


オシャマリ「フクスローぉぉおおおおお!」


オシャマリ「オイラは、オイラは元気だよぉぉおおおお!」


オシャマリ「元気にやってるぅぅううううう!」


オシャマリ「オイラ、待ってるからねぇぇええええ!」


あたしは、驚いてそちらを見詰めた。

オシャマリは、こちらを見て、笑顔で言った。


オシャマリ「……ありがとね、いっつも、オイラの目標でいてくれて」

ニャヒート「いいよ別に。あたしだって、追いかけてくれるあなたの事、感謝してるよ」
 ▼ 393 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:33:32 ID:0e8Z7aUk [131/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
オシャマリは、あたしを見据え、真顔で言った。


オシャマリ「オイラ、君の事、大好きだ。いっつも、オイラの目標でいてくれる、君の事が、大好きなんだ」


あたしも、それに応えて、真剣な顔で言う。


ニャヒート「あたしもよ、オシャマリ。あなたの事、あたしも好き。あたしを追いかけてくれる、あなたの事が、大好き」


互いに、顔を見合わせたまま、笑う。

そして、少しずつその距離を近付け、そして――






慌てて離し、言った。


ニャヒート「こういうのは、全部終わってからだよ。ね?」

オシャマリ「そっか。それもそうだよね。よーし! 練習頑張るぞ!」


オシャマリの笑顔に、あたしも頷いた。
 ▼ 394 1◆J44kAZeDOM 17/01/08 20:34:05 ID:0e8Z7aUk [132/133] NGネーム登録 NGID登録 wf 報告







【SS】オシャマリ「ポケモンサーカス団エクリプス!」 完






 ▼ 395 ウオウ@ミックスオレ 17/01/08 20:35:46 ID:0e8Z7aUk [133/133] NGネーム登録 NGID登録 [s] wf 報告
当SSはこれにて完結です
最後までお読み下さり、ありがとうございました


以下サーカス団の名前の由来
ネメシー(ネメシア)の花言葉:正直・過去の思い出

ルテーはエーテルを逆から読んだだけです
エクリプスの由来は前スレにて
 ▼ 396 ルチャイ@バトルレコーダー 17/01/08 21:05:36 ID:3nOmt1yA NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
乙です!
めっちゃ良かったです!
 ▼ 397 ードリオ@ゴーストジュエル 17/01/08 22:14:37 ID:Trfmc1z2 NGネーム登録 NGID登録 報告
乙ァマリでした
 ▼ 398 ータクン@しろぼんぐり 17/01/08 22:39:26 ID:7c/KuCsQ NGネーム登録 NGID登録 wf 報告
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